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詳細情報 F1998020066
論文題名 労働時間短縮の意義と効果―マクロ経済的視点から
−カナ題名 ロウドウ ジカン タンシュク ノ イギ ト コウカ − マクロ ケイザイテキ シテン カラ
分類 労働時間・休日休暇
著者氏名 中村 二朗
石塚 浩美
−カナ著者氏名 ナカムラ ジロウ
イシヅカ ヒロミ
掲載誌名 日本労働研究雑誌
−巻号 448号
−発行年月 1997年9月
−発行元 日本労働研究機構
登録年月 1998年2月現在
内容抄録 (著者抄録)
この論文では,わが国の労働時間の短縮がどのような要因によって行われたのか,また,生産性,雇用および賃金決定などにどのような影響を及ぼしたのか実証的な検討を行った。その結果,1988年の労働基準法の改定が最近の労働時間減少に大きな効果を持っているが,パートタイム労働の拡大などの就業構造の変化も時間短縮に大きく寄与していることが確認された。また,労働時間の短縮は賃金決定や雇用調整の在り方に対しても大きな影響をもたらすが,労働基準法などによる外生的な労働時間の短縮に対して雇用調整や賃金決定のメカニズムが必ずしも労働市場の効率を高めるような方向に変化しているとは限らないことが示唆された。

(論文目次)
I 序
II 労働時間の動向とマクロ経済
    1 労働時間の推移
    2 労働時間短縮の統計的要因
III 労働時間短縮による労働市場への影響
    1 労働時間短縮と労働生産性
    2 労働時間短縮と雇用調整
    3 労働時間の変動と賃金決定
IV 結論に代えて
全文情報

I 序

 わが国における労働時間の動向に関しては,その時々の経済情勢にあわせた議論がなされてきた。中村(1986)でも指摘したように労働時間の短縮に対しては,これまでに様々な意味づけがなされてきた。労働条件の改善という本来的な意義だけでなく,ワークシェアリングとしての機能や作業効率を高めるための手段としてさえも考えられてきた。さらに,1980年代の対外的な貿易摩擦の拡大は国際的に公平な競争条件を整えるという趣旨からも労働時間の短縮を要請するようになった。
 1998年の労働基準法の改正も,この流れとは全く無縁なものとは言えない。しかし,労働時間は労働投入量を規定する重要な要因であり,その動向は企業の行動にとって大きな意味を持つ。本来,労働時間は需要側と供給側の合理的な行動の結果として決定されるべき要因であり,基準法等による制約が大きくなれば,それだけ企業や労働者の選択肢が狭まってくることになる(法定所定内労働時間が労働時間短縮に与える影響については猪木〔1986〕,早見・島田〔1986〕などで議論されている)。一方,企業の採用競争の激化は,単に労働投入量の決定という枠組みから労働条件の改善をも考慮した幅広い枠組みの中で労働時間の決定を迫るようになる。
 労働時間の決定や,その影響については中村・西川(1986)に収録されている諸論文を始めとして多くの分析がこれまでにもなされている(注1)。しかし,次節で示すように最近の急速な労働時間の減少は,これまでの推移とは幾分異なった性質を持っている。国際的に見た場合,わが国の労働時間は今やアメリカ並みになったと言えるが,ヨーロッパ諸国に比べれば,まだ長い。さらに,宮沢内閣時代に提唱された年間1800時間労働はいまだに達成されていない。
 このような状況の中で,労働時間短縮がマクロ経済に及ぼす影響を再度整理しておくことは,今後のさらなる労働時間短縮を考えるうえで重要な情報を与えることになろう。この論文では,これまでの労働時間の短縮がマクロ的に見て,雇用や賃金の決定にどのような影響を与えてきたか整理するとともに,最近の労働時間短縮が従来の傾向とどのように異なるのかも併せて整理する。



II 労働時間の動向とマクロ経済

 この節では,本題に入る前に過去30年ほどの間にわが国の労働時間がどのように推移してきたか整理しておく,(これまでにも,腰原〔1988〕,水野〔1986〕および労働白書などによって労働時間の長期的動向が整理されている)。労働時間は労働投入という側面だけでなく賃金と同様に労働条件としての側面も持っている。したがって,経済成長に伴う生産性の上昇は長期的には賃金の増加だけでなく労働時間の短縮をもたらすことは確実である。しかし,一方では前節で示したように様々な決定要因が複合して影響を与えていることも無視できない。


1 労働時間の推移

 労働時間の長期的な動向を確かめるためにわれわれが利用可能な資料としては,『毎月勤労統計』『賃金構造基本調査』『労働力調査』がある。神代(1989)などの分析からも,これらの資料からは統計上の定義や対象とする労働者の相違などによって異なった労働時間の動向が得られる可能性が指摘されている。図1〜図3で以上の資料より男女別および男女計の総労働時間の動向を示したが,女子労働時間の動向や最近の(特に1994年以降)動きが各資料で異なっていることがわかる(注2)。しかし長期的なトレンド等にはそれほどの違いはない。
 図1〜図3から,わが国の経済成長のパターンに併せて労働時間の動向も時代とともに異なってきていることがわかる。1973年までの高度成長時代には労働時間は急速な減少を示している。その後の第1次石油危機等を契機とする安定成長期には労働時間は横ばいもしくは微増を示している。86年前後の円高期や貿易摩擦の進展は,これまでの時短論議とは異なり後述するように政策的な意味合いを強いものとした。

図1 『毎月勤労統計』(事業所規模30人以上・年平均)、図2 『賃金構造基本統計調査』(企業規模10人以上・各年6月)、図3 『労働力調査』(非農林業雇用者計・年平均)、

 ここで,マクロ経済と労働時間との関連をより明確にするために成長率や労働市場の需給状況と対比させながら労働時間の推移をもう一度見てみよう(図4参照)。一部の期間を除けば成長率と労働投入量(雇用者数*労働時間)の変化率は,ほぼ対応して動いており成長率が高い時期には労働投入の伸び率も高くなっている。また,企業の労働力不足感も高くなっている。一方,労働投入の変化を人数と労働時間に分けてみると1987年まではおおむねその動きは比例しているのに対し88年以降は反比例的になっており,人数ベースの動きと労働時間のそれとが逆の動きを示している(注3)。

図4 労働時間とマクロ経済の指標

 この期間の労働時間の動向には,これまでにない要因が考えられる。一つは労働基準法の改定に伴う法定週所定労働時間の短縮である(注4)。もう一つの大きな要因は,企業の雇用態度の変化である。第1次石油危機直後から多少の変動はあったものの1987年まで10年以上も企業は雇用過剰感を抱いたままであったが,88年以降急速に不足感を高めている。同時に所定外労働時間の総労働時間に占める比率も88年には高まっていた。また,この時期には長期的に見て労働力が不足するという見解が多く出されはじめ企業も将来の労働力不足を強く認識するようになっていた(雇用政策研究会(1991)などを参照)。一方,バブル崩壊後は,法定所定内労働時間短縮の効果は残されたままであるが,所定外労働時間の増加などによって急速に労働時間短縮は後退していった。その結果,1993年以降の労働時間は横ばいか拡大を示すことになった。
 以上のように,1960年代後半からの労働時間の推移は経済成長と対応して二つのパターンに分けることができる。一つは1970年代半ばまでの期間と88年から93年ごろまでの期間(両期間ともに高成長の期間とその後の急速な景気の縮小を生じた期間が含まれている)における急速な労働時間短縮期,もう一つは,安定成長期(1976年から1987年)に対応した労働時間が横ばいもしくは微増の時期である。
 もちろん二つの労働時間短縮期においては,類似した部分もあるが時短以外の経済変数の動向は必ずしも同じような動きを示しているわけではない。図5は,二つの時期について産業計と製造業の生産量,雇用者数(毎勤ベース),労働時間(毎勤ベース),生産性,資本装備率の動きを見たものである(以下では便宜的に前者の期間をA,後者をBとする)。両期間とも4年目以降は急速な景気縮小を示しているが,4年目以降の生産性の落ち込みはBの方が顕著に大きくなっている。

図5 マクロ経済の指標(期間別・産業別)

 このような相違が,単に労働時間短縮の直接的な効果として現れたと考えるのは乱暴であるが,何がしかの影響をもたらしたことは否定できない。今後の労働時間の動向,および,そのマクロ経済に対する影響を考える場合,この二つの時期における経済状況の相違を分析することの意味は小さくないであろう。次節では,労働時間短縮の効果を整理するために,この二つの時期におけるマクロ諸変数と労働時間短縮の関係にできるだけ焦点を絞り実証的な分析を行うことにする。


2 労働時間短縮の統計的要因

労働時間短縮の統計的要因

 表1は,以上の結果を整理したものである。この表より,多くの期間において産業構造や就業構造の変動がH*に与える効果は相対的に小さく個別労働者の労働時間は減少が大きく寄与していることが確認できる。しかし,1980年代後半以降の『労働力調査』を用いた結果から,労働時間の変動に関して短時間雇用者の増加が大きく寄与していることが示されている。図6に示したように短時間雇用者比率は90年代に入って急速に拡大しており,このことが,この時期のH*の減少に大きく寄与したことを示している(注7)。

表1 労働時間変動の統計的要因

図6 短時間雇用者比率

 1960年代後半から70年代半ばまでの労働時間短縮期においては,パートタイムもしくは短時間雇用などの就業形態の普及率は低く(男女計で見ても10パーセント以下),マクロでの労働時間短縮は個別労働者の時短に大きく依存していたことがうかがえる。その後の就業構造の多様化は,その進展がマクロ的な労働時間の変動に影響を及ぼすだけでなく,企業内における雇用・賃金決定などにも影響を及ぼしている可能性がある。以下では,マクロ的な労働時間の短縮が生産性や賃金決定に,どのような変化を及ぼしたか検討する。しかしながら,紙幅の制約もあり,ここで扱われる対象は極めて狭い範囲に限定される。以下では,生産性,雇用調整,賃金に与える時短の影響に絞って検討する。




III 労働時間短縮による労働市場への影響

1 労働時間短縮と労働生産性

 最初に,平均労働時間の短縮がマクロ的な就業構造や産業構造の変化を通して,生産性にどのような影響を与えたか見てみよう。今,雇用者(L),労働時間(H),資本(K)をおのおの生産要素とするコブ・ダグラス型生産関数を考える。



 この式を書き直せば,労働生産性(X/L)を被説明変数とする以下の式を導くことができる。
  log(X/L)=loga+clog(H/L)+dlog(K/L)+(b+c+d−1)log(L) (3−1)
 この式からわかるように,0<cならば人数で評価した労働生産性(X/L)は,他の条件が一定ならば時短によって低下する。また,1<cならば延べ労働時間で評価した労働生産性(X/LH)は時短によって上昇することになる(注8)。
 マクロ的な観点からは,以上で示した以外にも就業構造の変化などによっても生産性に影響を与える。ここでは,それらの効果を(3−1)式に反映させるために男女比率(RFM)と短時間雇用者比率(RPART)の変数を追加する。労働時間短縮と就業構造の変化に関する因果関係をここで明確にすることはできないが,前節で示したようにマクロ的な労働時間短縮を考える際に短時間雇用者などの動向は重要である。また,それらの変化に伴う生産性に与える効果を無視することはできない。オークン法則に従えば景気を生産性の動きはpro-cyclicalであり,その要因の一つとして労働保蔵が考えられる。男子フルタイム労働者より調整コストの低いと想定される女子労働者や短時間雇用者の増加は雇用調整メカニズムを通して労働保蔵にも影響を及ぼすことが考えられる。
 さらに,(3−1)式に労働時間の対前年変化率(DH)を付け加えた。DHの導入理由は二つある。一つは,技術進歩の程度を示す指標としてである。先にも述べたように,労働時間はトレンド的な生産性の上昇とともに低下していく傾向をもっている。技術進歩の程度が加速すればDHは大きく減少することになる。一方,技術進歩は生産性も増加させる。したがって,DHをトレンド的な技術進歩の代理変数と考えれば,生産性に対して負の効果を持つことになる。もう一つの理由は,短期的な雇用調査の必要度を示す指標としてである。労働時間の減少率が大きいほど労働投入量の調整が必要であると仮定すれば,労働時間の減少率が大きいときには労働保蔵も大きくなり生産性を低下させることになる。したがって,DHは生産性に正の効果を持つことになる(注9)。以上から,どちらの効果が大きいかによって,異なった期間では正負どちらの係数をも取りうることになる。
 労働時間の短縮はマクロ的に見て様々な構造変化を引き起こす可能性を持っている。推定に際しては労働時間短縮に伴う構造的な変化を把握するために大幅な労働時間短縮を示した期間(1968年から1975年,1988年から1993年)に対応するダミー変数(D6825,D8893)を導入する。
 表2は,(3−1)式の推定結果を整理したものである(注10)。いずれの推定結果でも,log(H/L)の係数は正で有意に推定されており,労働時間の減少が実際にも生産性を低下させていることがわかる。その弾力性は0.58から0.78であり,1パーセントの時短によって生産性は0.7パーセント程度低下することになる。また,弾力性が1以下であるため,労働時間で評価した生産性も労働時間の短縮とともに低下する。

表2 (3−1)式の推定結果

 ダミー変数を用いない推定結果((1)欄)では,RPARTの係数は正であるが有意性は低い。RFMの係数は正であるが有意とはならない。一方,DHの係数は負であり,労働時間の減少期において生産性を増加させることが確認できる。しかし,前節でも見たようにHの変動は,マクロ的な産業構造や就業構造と相互に関連している。
 以下では,各個別労働者の労働時間変動の効果をより明確に把握するために男子フルタイム労働者労働時間の変化率をDHの代わりに用いることにより推定結果がどのように変化するか検討しよう((2)欄参照)。DHの係数は有意でないが,労働時間が急速に減少する時期とそうでない時期とではDHの効果の大きさが異なると想定し,(3)欄のようにダミー変数を導入して推定するとDHの係数は有意となる。しかし,70年代前半までの労働時間短縮期には,DHの減少率が高いほど生産性は低下する。また,88年以降の減少期においては通常の時期よりも時短に伴う生産性の増加は小さくなる傾向が示唆されている(注11)。
 一方,(3)欄の推定結果では短時間雇用者比率の増加は有意に生産性を拡大させることを示している。このことは,短時間雇用者が雇用調整のためのバッファーとしての性格を持っており,短期的な生産調整に対してRPARTが大きいときほどフルタイム雇用者の労働保蔵が少なくなり生産性の低下を抑止することの結果と見なすこともできる。しかし,通常の枠組みでは短時間雇用者の限界生産力はフルタイム労働者より低く,その構成比が長期的に拡大するほど全体の生産性も低下することが考えられる。そこで,資本集約度とRPARTとの交絡項(RPART*log(K/L))を導入すると((4)欄),その係数は負で有意に推定される。このことは,RPARTの増加は短期的な生産性の低下を抑制する機能を持つが,長期的にRPARTを増加させるためには資本集約度の拡大が必要であり,RPARTを増大した分だけ生産性の拡大に寄与する資本集約度の直接的な効果は薄まることになる。


2 労働時間短縮と雇用調整

 以上で見たようにマクロ的な労働時間の変動は,それ自体が生産性に有意な影響を与えているだけでなく,就業構造の変動などによっても生産性に影響を及ぼしている。以下では雇用調整速度と労働時間短縮の関係について検討しよう。
 わが国の失業率は先進諸国の中では,常に低い水準を維持している。この要因の一つとして1でも述べたように緩慢な雇用調整に伴う労働保蔵があげられている。他の先進諸国と比較するとわが国の雇用調整は人数ではなく労働時間で行われる比率が高いことが小野(1981)などによって指摘されている。相対的に短い労働時間は,短期的に調整できる労働時間の幅を低下させることにより雇用調整を難しくさせ労働保蔵を拡大させる可能性を持つ。
 以下では労働時間の短縮と雇用調整速度の間にどのような関係が存在するか簡単な部分調整型労働需要関数を推定することによって確認する。ここで扱う労働需要関数は,



 変数記号; L:労働需要(人数もしくは延べ労働時間)
      K:資本サービス
      W:一人当たり賃金総額もしくは時間当たり賃金
      P:デフレーター
である(注12)。この式を推定することにより,調整速度(×=1−β3)を導くことができる。表3は,1977年第1四半期から96年第4四半期までの期間について88年を境に二つの期間に分けて推定した結果を示している。産業計だけでなく製造業について推定した結果も示している(注13)。(1)は前半の(2)は後半の期間に関する推定結果である。

表3 雇用調整速度

 産業計,製造業どちらについても,延べ労働時間に関する調整速度は88年以降小さくなっている。雇用者数での調整に関しては,製造業では延べ労働時間のケースと同様に調整速度は小さくなっていることがわかる。しかし,産業計に関する推定結果では88年以降について有意な推定結果が得られないため明確な比較をすることが難しい。
 以上の結果からは確定的なことは言うことができないが,次のことが示唆される。労働時間の短縮に伴って延べ労働時間での調整が遅くなってきており,このことが,労働時間での調整を困難にしていることの反映であるとするならば,人数ベースでの調整を速めない限り,より多くの企業内余剰人員(労働保蔵)を抱え込まざるをえないようになる。しかしながら,人数ベースでの調整は,時短に対応して必ずしも速くなってきていないことが推定結果からはうかがえる(注14)。先の(3−1)式の推定結果と併せて考えれば,人数ベースでの雇用調整を速める代わりに短時間雇用者などの調整しやすい労働者の割合を増やすことによって対応したことが考えられる。


3 労働時間の変動と賃金決定

 労働時間の減少がマクロで見た賃金変動にどのような影響を与えているか見てみよう。わが国の賃金決定は春闘に見られるように,統一的な決定ルールに根ざしている部分が多いとされている。また,ひところ言われていたように生産性基準原理なる基準の下に生産性上昇の範囲内で,その成果を賃金の上昇と労働時間の減少に割り振るとされていた。しかし実際には,どのような決定メカニズムで賃金が決められているかは必ずしも定かではない。以下では,通常のマクロ計量モデルに多く用いられているフィリップス型賃金決定関数をもとに,幾つかの説明要因を加えることにより労働時間の短縮がマクロ的賃金決定にどのような影響を及ぼしたか検討する。
 使用する推定式は,



 変数記号; DW:時間当たり賃金の前年同期比
      DCPI:消費者物価指数前年同期比
      RU:失業率の逆数
      DPRO:実質GDP/(労働者数*労働時間)
      DH:労働時間前年同期比
      DRFM:男女雇用者比率前年同期比
である。右辺第3項までが通常のフィリップス型賃金関数に導入されている説明変数である。ここでは,労働時間の変動に伴う生産性の効果,労働時間そのものが変動することによる賃金決定に与える効果および就業構造の変動が賃金の変動に与える効果を把握するために第4項から第6項までの変数が付け加えられている。
 表4は,推定結果を整理したものである。(1)欄の推定結果からは(3−3)式の有意性が高いことを示している。DHの有意性が劣るものの,他の変数の有意性は比較的高い(注15)。予想通り,生産性の上昇は賃金率の上昇を加速させる。生産性の上昇率と労働時間の短縮との関係をより詳細に検討するために両変数の交絡効果を加味して(3−3)式を再推定したものが(2)欄である。この推定結果より,労働時間の減少が大きいほど生産性の上昇に伴う賃金上昇は抑制される事を示唆しておりよく言われていることと一致している。一方,DHの係数は負で有意となる。これは,他の条件が一定ならば時短を行っても給与総額(賃金率*労働時間)が下がらないように賃金率が調整されていることを示している。

表4 (3−3)式の推定結果

 ここで,最近の時短期とそれ以前において構造的な変化があるか確認するためにダミー変数を導入した推定を行うことにしよう。結果としては(3)欄に示したようにDHの賃金上昇に与える直接的な効果は,0.75・D8893−1.71であり,88年から93年にかけての最近の急速な労働時間短縮期を別にすれば,労働時間の短縮は他の条件が一定であっても給与総額を増加させるような傾向がみられる。一方,88年以降における労働時間の短縮は,他の条件が変わらないような状況の下では総賃金は一定か,もしくは若干低下する可能性があることを示唆している。
 以上のことは,1988年以降の基準法の改正に伴う労働時間の短縮が必ずしも労働効率などの上昇が伴っていないため最低限給与総額が下がらないように賃金率を調整していることをうかがわせる。このことが,法定所定内労働時間短縮に伴うものであるとするならば,企業にとっては時短が労務費用の拡大につながらないよう賃金決定のメカニズムを変化させている可能性があることを示唆している。




IV 結論に代えて

 最近の労働時間短縮の背景には,以前と異なり就業行動の変化などが同時に発生しており,その効果をマクロ的に判断する場合,時短が雇用調整や賃金決定に直接・間接にどのような影響を及ぼしているかなどの幅広い枠組みで考慮する必要性が高まってきている。小野(1981)が示したように,わが国の雇用調整に労働時間の調整が果たす役割が大きかったとするならば市場によって決定されるような自律的な労働時間の短縮以外は,これまでの雇用調整メカニズムの修正を余儀なくする可能性がある。仮に,パートタイムなどの短期的な景気変動に対応した調整弁としての就業形態が普及したとしても全体の効率を低下させることなく多様な就業形態を長期的に維持することは難しい。
 ここで検討したことは,あくまでも集計量としてのマクロ的な関係であり,ミクロ的な行動原理に即して時短の効果を分析したわけではない。労働時間短縮に伴うマクロ的影響について事後的な関係を整理したにすぎないとも言える。したがって,より詳細な議論は,ミクロ的な分析を背景として行われるべきことは否定できないが,最近の労働時間の短縮が,必ずしも市場メカニズムに沿って自律的に達成されたものでないこと,そのことによるしわ寄せが生じている可能性があることが示唆される。
 長期的に見て労働時間短縮が必要であることは言うまでもない。しかしながら,生産性の増加に裏付けられた時短でない限り,どこかにしわ寄せが生じる。もはやアメリカ並みになった現状において,これ以上外生的(政策的)に労働時間を引き下げることが長期的に望ましいかどうか,あるいは,企業および労働者の合理的な行動の結果として時短を促進させる他の方策が存在するか今一度検討してみる必要があるのではなかろうか。



(注1) 労働時間の決定図式については大橋(1990)などを参照のこと。また,Booth and Schiantarelli(1986)などでは,労働時間の減少が雇用に及ぼす影響について理論モデルを用いて説明している。

(注2) 『労働力調査』での労働時間の推移は,他の二つの統計と比べて比較的異なっている。これは,他が事業所調査であるのに対し『労働力調査』は家計を対象とした調査であることが大きく影響していると思われる。

(注3) ここでの雇用者および労働時間のデータは『毎月勤労統計』常用雇用者指数と総労働時間指数である。また,60年代後半から70年代前半の高度成長期においても同様な傾向が見られるが,88年以降ほど顕著ではない。

(注4) 1988年より週の法定所定内労働時間が48時間から40時間に変更された。また,従業員300人未満の事業所については1997年3月までの移行措置が導入されている。

(注5) 平成4年版『労働白書』においては,休日数,有給休暇などの時短に与える要因分解がなされている。

(注6) ここでは,週労働時間が35時間未満労働者を短時間雇用者とし,それ以上の労働時間で就業している雇用者(フルタイム労働者)とは就業形態が異なると仮定している。

(注7) 労働基準法の改正とともに,従業者300人以下の事業所には「時短奨励金」や「パート助成金」制度が導入されており,これらの効果も無視することはできない。

(注8) ここで用いた生産関数についてはFeldstein(1967)を,生産関数を用いた時短と生産性に関する分析については桜本(1986)を参照のこと。

(注9) 人手不足のときに,労働条件の改善として時短をするようなケースも考えられるが,ここでは,そのような効果は無視する。

(注10) 生産関数の直接推定に関しては同時性や多重共線性などの問題があり,本来は,それに対応した推定量を採用する必要がある。

(注11) 図5で示したように70年代前半までの時間短縮期には,雇用者数の伸びは88年移行のそれと比べて極めて低い。また,雇用過不足感においても88年以降ほど不足感が顕著ではない。このことは,生産性の上昇が生産量の拡大に比べて高く,労働投入量の調整が迫られており,その結果として労働時間の短縮が進んだ,と解釈することが可能である。

(注12) 部分調整型の雇用調整関数については,篠塚(1989),山本(1982)などを参照。最近ではECM(エラーコレクションモデル)での推定例も多い。

(注13) 使用したデータは,LとWについては『毎月勤労統計』,Pについては産業計ではGDPデフレーターを,製造業では国内工業製品卸売物価指数を用いた。

(注14) ここで雇用者として使用したデータは『毎月勤労統計』の常用雇用者指数であり,短時間雇用者などの動向が,あまり反映されていないことに注意すべきである。

(注15) 短時間雇用者比率の変化率も説明変数に加えて推定を行ったが有意な結果は得られなかった。


参考文献
猪木武徳(1986)「最近賃金と労働時間」『経済セミナー』9月号。
大橋勇雄(1990)『労働市場の理論』東洋経済新報社。
小野旭(1981)『日本の労働市場−外部市場の機能と構造−』東洋経済新報社。
神代和欣(1989)「労働時間短縮に及ぼすパートタイムの影響」『日本労働協会雑誌』360号。
腰原久雄(1988)「雇用・労働時間の変動」『季刊労働法別冊』に収録。
雇用政策研究会(1991)『労働力需給の展望と課題』労働省。
桜本光(1986)「労働時間短縮と生産性」『現代労働市場分析』に収録(10章)。
中村二朗(1986)「労働時間短縮を考える」『経済と労働』東京都労働経済局。
中村隆英・西川俊作(1986)『現代労働市場分析』総合労働研究所。
早見均・島田晴雄(1986)「法定労働時間短縮の経済分析」『日本労働協会雑誌』320号。
水野朝夫(1986)「わが国労働時間の階層的構造」『現代労働市場分析』に収録(8章)。
Booth,A.L.and Schiantarelli.F.(1986)“The Employment Effects of a Shorter Working Week.”Econometrica,54.
Feldstein,M.(1967)“Specification of the Labour Input in the Aggregate Production Function.”Review of Economic Studies,34.


なかむら・じろう 1952生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程修了。東京都立大学経済学部教授。主な著書に「わが国の賃金調整は伸縮的か」『日本の雇用システムと労働市場』(日本経済新聞社,1995年,に収録)など。労働経済学・計量経済学専攻。

いしづか・ひろみ 東京都立大学大学院博士課程在学。主な論文に「所得税における女性と家族」『横浜市立大学大学院紀要』第2号,1995年,など。労働経済学専攻。

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