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詳細情報 F2001050119
論文題名 平等社会の神話を超えて
−副題名 戦後日本の産業化と社会階層
−カナ題名 ビョウドウ シャカイ ノ シンワ ヲ コエテ
−カナ副題名 センゴ ニホン ノ サンギョウカ ト シャカイ カイソウ
分類 職業一般
著者氏名 今田 高俊
−カナ著者氏名 イマダ タカトシ
掲載誌名 日本労働研究雑誌
−巻号 472巻
−発行年月 1999年10月
−発行元 日本労働研究機構
登録年月 2001年5月現在
内容抄録 (著者抄録)
本稿では,産業化の進展とともに社会的地位達成や階層移動の開放性が高まるとする命題を批判的に検証することで,戦後日本社会における平等社会神話の虚構と現実を解明するとともに,これからの社会階層の方向性を模索する。最初に,1980年代以降,中流意識のかげりとバブル経済による資産格差の拡大を契機として,不平等のメカニズムが顕著に露呈するに至った経緯を議論する。ついで,経済成長による構造変化の効果を統制すれば,地位達成および社会移動の構造に不変のレジームが存在することを検証する。そして最後に,社会階層のリアリティ変容について議論し,物質的所有と序列的な地位にとらわれてきた階層把握の限界を指摘し,来るべき社会の階層テーマを議論する。

(論文目次)
I はじめに
II 格差の時代へ−中流意識のかげりとバブル経済
III 変化していない地位達成のメカニズム
IV 流動性と社会移動レジーム
V 社会階層のリアリティ変容
全文情報

I はじめに

 自由と平等の理念にもとづく民主主義が御者となり,産業主義,技術主義,官僚制のたづなをさばく。これが近代社会の歩むべきはずの道であった。ところが,民主主義はしばしば経済優先に従属し,社会階層の平等性実現は期待どおりに進んでいない。戦後の日本では,一見して平等化が進んだようにみえたが,じつはそれは高度成長の効果によるものであって,必ずしも正しい意味で平等化が進んだのではない。成長効果が不平等のメカニズムを覆い隠すほど大きかったというべきである。
 こうした傾向に支持を与えたのが「豊かな社会」論である。これは経済成長によってパイを増やすことのほうが,不平等を是正する再分配政策に期待するよりも,貧乏人にとって有利だとする考え方である。国民の福利厚生にとって,政治的な平等政策よりも経済成長のほうが効果的であり,不平等や格差による緊張はパイの増加によって和らげられるとする。こうして格差の解明と改革に鈍感になる口実が与えられた。
 戦後に顕著な階層割れが起きなかったのは,高度成長によって階層割れを抑止する安全弁が形成されたからである。(1)生活水準の上昇による中流意識の広汎化,(2)職業や教育でみた親子世代間の社会移動の促進,および(3)教育や職業的地位は低いが所得は高いといった社会的地位の非一貫化の三つの安全弁が高度成長期に有効に働いた。これらは階層をごちゃまぜにし,階層の境界を不明瞭化することで,特定の階層に固有な文化や価値や生活様式を実体なきものにした。こうした階層の非構造化により階層割れが可視化せず,一見,開放性や平等が現実のものとなるかにみえたのである。しかし,高度成長が終焉して低成長時代に入ると三つの安全弁がはずれ,背後にあった不平等のメカニズムが露呈するようになった。



II 格差の時代へ
−中流意識のかげりとバブル経済

 戦後の高度成長期に有効に作用した階層割れ抑止の三つの安全弁は,1980年代に入って以降,その機能を失っていった。とくに,生活水準の上昇にともなう中流意識(正確には「中」意識)の広汎化にかげりが生じたことは象徴的である。また,1980年代後半には,バブル経済による資産格差が高まり,一気に格差意識が増大した。さらに,不平等の相殺効果を発揮した地位の非一貫性も弛緩し,階層非構造化の力が弱まった。

1 中流意識の下方シフト

 1970年代後半,日本は中流意識に浮かれた。マスコミや言論界では,「9割中流」「オール中間」「一億総中流」のテーマが盛んに取りあげられ,中流すばらしい論や中流幻想論が飛び交って,すったもんだの議論がなされた。ところが,1980年代に入ると,中流意識にかげりが生じ,後半には一転して格差意識が高まった。
 中流意識に変化が起きたのは,ちょうど1980年である。総理府が実施している世論調査で,それまでおよそ60%の水準を維持していた「中の中」意識が,1980年に,前年に比べて6%強も急落した。1979年の60.6%から一気に54.4%に落ち込み,それ以降,50%台の前半で推移している。これに対し,「中の下」および「下」が増加し,中意識の下方シフトが起きた(総理府内閣総理大臣官房広報室 1997)。
 かつての中流論議は,当初より国民生活の実態から乖離していた。なぜなら調査では,誰も「ほんとうの中流階級」を念頭に置いて,自分の生活程度を「中」と判定していないからである。単に,自分の暮らしむきが社会全体のなかでどこに位置するかを答えたにすぎない。それを勝手に中流意識に読み替えて,「みんな中流」や「みせかけの中流」の議論(ゲーム)をしたのである。また,世間も,そのようなことは先刻承知でこのゲームに乗った(ふりをした)。だが,こうした中流ゲームは社会的に重要な役割をはたした。中流論議は生活水準の上昇による豊かさの実感を,社会意識レベルで確認しあうゲームであるとともに,中流階級を実体のないものにする効果(階層の非構造化)を持った。
 中流論議の際には,きまって中流の条件が問題にされる。そして,これがどれほど満たされているかを議論しあい,現状では「ほんとうの中流」ではないことを確認する。議論の落とし所は,「みせかけや幻想というほど惨めではないが,ほんとうの中流に到達するには一段の努力が求められる」である。こうして,中流ゲームは豊かな生活の実現へ向けて国民的エネルギーを引きだす装置となった。また,「中」意識の中流意識への読み替えは,中流のバーゲンセールによって,かつて下層から明確に区別されていた中流階級を実体なきものにし,階級の輪郭を不明瞭にする効果を持った。幻想であろうとみせかけであろうと,中流階級を大衆の面前でバナナのたたき売りのように安売りする。これにより,かつて下層と明確に区別されていた中流階級を骨抜きにする。その結果,日本社会に実体としての階級が存在することすら疑問な状態がもたらされた。「9割中流」や「オール中間」は平等社会の神話づくりに格好のキャッチフレーズであった。こうして中流ゲームは,人々のあいだに潜在化している不満をはきだし,中流論議ですったもんだを繰り返すことで緊張処理をおこなう格好の機能を担った。
 しかし,1980年代に入って,国民の家計はゆとりを欠くようになった。実質可処分所得が伸び悩むなか,多くの世帯で住宅ローンの返済や子供の教育費などの固定支出の割合が高まった。そして,ゆとりのある層とゆとりのない層との分化が進み,これを反映するかのように,階層を意識する用語が流行した。たとえば,1984年に『金魂巻』という本で話題になった(金)(マルキン=金持ち)と(ビ)(マルビ=貧乏人)(注a)がそれである。また,「ニューリッチ,ニュープア」という言葉も流行した。さらに,1986年ごろから,いわゆる「お嬢様」ブームが起き,「令嬢」とか「家柄」など,古めかしい階層用語が頭をもたげた。こうした現象が流行するのは,人々が持てる者と持たざる者の階層割れを肌で感じ,それを意識するようになったからである。
 中流意識から格差意識への反転を決定的にしたのが,資産格差の拡大をともなった経済のストック化である。確かな根拠に欠けていた格差意識が,目にみえる資産格差とリンクすることで一気に顕在化した。バブル経済による地価高騰と株式投機に突出したストック化が,サラリーマンの「あすなろ物語」の夢を打ち砕いたのである。それ以前には,必死になって働けば,いずれはそこそこのマイホームを入手できるという希望が持てた。ところが,東京を代表とした都市圏の地価高騰はその可能性を奪った。努力してかりに管理職に就けたとしても,東京近郊で自宅を持ち,ゆとりある生活などとても送れない。それは努力が報われる水準を超えている。ということで「あすなろ物語」も成り立たなくなったのである。

2 ゆがんだストック経済

 土地や株式に代表される資産格差が表面化したのは,1980年代後半になって,日本が国内外で急速に資産を蓄積し,経済のストック化を進めて以降である。世界最大の債権国であるアメリカが1985年に債務国に転落したのと対照的に,日本はこの年から対外純資産を急速に増大させ(もっともこれはプラザ合意による円高基調に原因するところ大である),1988年にはついに世界最大の債権国(資産大国)になった。また,日米間の貿易摩擦を機に,日本は内需拡大を進めることで,国内での資産形成も顕著に増大させた。
 しかし,このストック化は当初よりゆがんでいた。日本の巨大な貿易黒字が国際摩擦を高め,「日本たたき」によって円高と内需拡大を余儀なくされたころから,これに拍車がかかった。巨大な余剰マネーが,国内で自己増殖する場をあさり,土地と株式をそのターゲットにしたのである。企業は,簿価をはるかにうわまわる「含み資産」を担保として資金を借り,本業そっちのけで不動産投資や財テクに走った。地価と株価は投機期待をバネにらせん的に高騰し,1986年から1987年の2年たらずで,土地はサラリーマンの手の届かない値段につりあがった。
 バブル経済がはじけて以降,地価の値下がりが続いており,「土地は値下がりしない」という土地神話が崩壊したかの印象を受けがちだが,これは正しくない。バブル期にあまりにも地価がつりあがり,そこからの下落が大きいため,心理的な値下がり感が強いだけである。現実は,バブル以前の土地神話の趨勢に復帰しているにすぎない(注1)。
 健全なストック化が進むことは望ましい。快適な都市建設がなされ,住宅や社会資本の蓄積がおこなわれれば,経済成長がなくても充実した生活を送ることができる。しかし現実は逆方向に進んだ。経済のストック化が資産格差を拡大し,持てる者と持たざる者の階層割れに拍車をかけた。生活の充実につながるべきストック化が,逆に生活を阻害する方向に働いた。平成元年度の『経済白書』でも指摘されたように,ストック化の最大の要因は地価高騰による土地資産の増加と株式投機による金融資産の増加であるのに対し,生活充実のための住宅ストックや社会資本は,1980年と比べてほとんど増加せず,住宅ストックはむしろ低下した。
 ストック経済化の恩恵を享受したのは,いわゆる「含み資産の錬金術」に参加できた企業や一部の資産家だが,それにとどまらず,土地高騰以前に運よく住宅を購入した,年収が1000万円前後の「小金持ち」を巻き込んで,細かな階層割れをも引き起こした。企業の不動産ゲームのメリットは,不動産の購入が減価償却などを損益に算入できる節税効果にある。不動産会社はこのメリットを「小金持ち」にまで持ちかけ,階層割れに拍車をかけた。その手口は,たとえば「節税のためにぜひワンルームマンションの購入を」というもの。マンションを購入し賃貸すれば,確定申告の際に損益として計上でき,かなりの節税ができるという仕掛けである。頭金100万円そこそこで,あとはローンを組み,その支払いを家賃でまかなえば,楽に資産を増やすことができるとされた。
 こうした仕組みで,土地・マンション騰貴を,東京圏から他の地域へ波及させたのである。地方中核都市で建設されたマンションを東京の住人が購入する。地元の住人からすれば,かなり高い値段で取引され,これに連動して周辺の土地やマンションの評価額が上昇する。節税の名を借りた財テクゲームが,じつは資産格差を助長し,国民生活を脅かす結果になった。節税は個人的に考えれば理にかなった行為であるが,そうした経済行為が土地高騰の呼び水となり,ひいては社会の階層割れに拍車をかけた。

3 地位の非一貫化も弛緩

 バブル経済を引き金とした階層割れは特異な歴史事例であるが,1980年代の格差化は,一元的な階層割れを抑止してきた地位非一貫化の効果をも薄める結果となった。地位の非一貫性とは,学歴や職業的地位は低いが所得は多い,あるいは逆に高学歴で高威信の職業に就いているが所得はそれほどでもない,といった状態をさす。たとえば,一流企業のエリート社員や大学の教師は,高学歴で職業威信は高いが,年功賃金制度によって,業績にみあう所得を得られないのが現状である。これに対し,学歴や職業的地位は低くても,自営業など自分で事業を営み,高い所得を得ている人も多くいる。これは,社会的地位が首尾一貫せず,ジグザグ状になることで,一方の不平等が他方のそれを相殺する効果をもたらす。こうした地位の非一貫パターンが多くなれば,上・中・下という一元的な階層割れが抑止される。
 戦後日本の高度成長は,現存する報酬分配規則の処理能力をうわまわるスピードで余剰を生みだすとともに,日本的雇用慣行の特徴である年功賃金制度を定着させた。このため,業績原理による分配から逸脱する現象が生じて,社会的地位の非一貫化が進んだ。表1には,1955年以来,10年おきに実施されている「社会階層と移動全国調査」(SSM調査と略す)データから計算した,学歴と所得,職業威信と所得,学歴と職業威信の相関係数を掲げてある。二つの地位のあいだの相関は,必ずしもストレートに三つの地位間の非一貫性を反映しない。厳密には3変数を用いたクラスター分析によってプロフィールを析出する必要がある(注2)。しかし,二つの地位間の相関が高ければ,少なくとも両者の一貫性は高くなるので,大まかな傾向を理解するには有効である。

表1 地位3変数間の相関係数:1955-1995年

 表1をみると,高度成長の離陸期である1955年からピーク期の1965年にかけて,すべての相関係数が低下している。これは学歴,職業威信,所得のすべての組み合わせにおいて,地位の非一貫化が進んだことを意味する。ところが,1975年には,学歴と職業威信の組み合わせを除いて相関が高まり,さらに,1985年にはすべての組み合わせで相関が高まっている。つまり,高度成長期の1960年代に地位の非一貫化が顕著に進んだが,その後はこの効果が薄れ,1980年代なかばにはかなり一貫化した。地位が一貫化すると階層の境界がはっきりするようになる。1980年代に流行した古典的な階層用語にみられる階層意識の高まりはこれを反映したものである。
 ただし,1995年には1985年と比較して各相関係数が低下している。学歴と職業のあいだの相関係数の差は明らかに誤差範囲だが,学歴と所得のそれは微妙であり,職業と所得のあいだの減少は有意である。しかし,これを1980年代に進んだ地位一貫化(階層構造化)が緩み,非一貫化しつつあると解釈するには無理がある。というのも,1995年はバブル崩壊後の不況下にあり,多くの職業で賃金カットやリストラ圧力の嵐が吹き荒れたからである。こうしたなかで,学歴と職業の相関が1985年から低下せず安定した状況にあることのほうが重要である。所得は景気により影響を受けやすいから,労働市場が混乱した状況下の社会階層の現実は,職業と学歴の関係に的確に反映されると考えるべきである。
 以上のように,高度成長期に進んだ地位非一貫化は,それが終焉した1975年から次第に一貫化を強め,1985年にはそれが顕著になった。不況下の1995年には,若干のゆらぎがみられるものの,高度成長期のような非一貫化の効果は確認できない。これまで明確な階層割れを抑止してきた第2の安全弁も有効に働かない状態である。



III 変化していない地位達成のメカニズム

 持てる者と持たざる者の決定的な階層割れを引き起こした直接の原因は,企業社会の暴走によるゆがんだストック経済である。これが格差意識の高まりに拍車をかけた主要因だが,単にストック(資産)格差が格差感を高めたわけではない。現状は,所得や階層移動に代表されるフロー格差も並行して露呈しており,両者が相乗しあっている。
 私は以前に,1955年から1985年までのSSMデータを分析した結果,戦後,社会階層の平等化,開放化は正しい意味で進んでいないことを明らかにした(今田 1989)。そして,戦後,産業化の進展によって親子世代間の社会移動が増え,社会の流動性は高まったが,それは農業社会から産業社会への転換を速やかに進めるための要請から引き起こされたものであると結論づけた。つまり,戦後社会の流動性は,社会が効率化と合理化を推進したことの副産物であって,必ずしも平等化の実現によるとはいえないということである。
 高度成長期には,職業のホワイトカラー化,高学歴化,都市化などによって,社会の流動性は顕著に高まった。また,職業機会や教育機会がどんどん拡大したため,家柄や出身家族の経済的地位とは関係なく上昇移動するチャンスが増えた。そして,これらが社会の開放性イメージにつながった。けれども,社会の流動性の高いことが,すぐさま開放性の高まりにつながるわけではない。職業の需給変動による,強いられた移動も含まれるからである。たとえば,産業化を進めるためには,農業から製造業やサービス業への労働力移動を促進する必要があるが,日本では戦後,農業従事者は急速に減少し,これに代わって生産工程従事者やホワイトカラー従事者が増大した。このため親子の世代間職業移動が顕著に増大した。しかし,これをもって職業階層の開放化が進んだというには抵抗がある。職業の需給変動がなくても,移動が頻繁に起きてはじめて開放的なのである。
 1995年に実施されたSSM調査データを加えて分析しても,上記の結果に変更はない。戦後の社会的地位達成の構造は,高度成長による機会の増大を統制した場合,基本的に変化していない。

1 流動性と開放性−地位達成のレジーム分析

 産業化と社会階層にかんする古典的命題は,産業化とともに職業や教育でみた世代間移動が促進され,社会の流動性と開放性がともに高まることを主張する。社会階層の流動性と開放性は概念的に異なり両者は必ずしも一致しない。しかし,これまでの階層研究とくに産業主義の立場からの階層研究では,階層の流動性と開放性が相関して高まることを熱心に検証しようとしてきた。しかしながら,こうした発想には成長効果がただちに平等効果につながるとする誤解が含まれるだけでなく,その検証方法にも難点が存在することを指摘する研究が,1970年代後半以降あらわれるようになった(Featherman, Jones and Hauser 1975; Hauser et al., 1975; Hauser 1978; Featherman and Hauser 1978; Goldthorpe 1980; Erikson and Goldthorpe 1993)。この流れは社会階層のレジーム分析と呼びうる研究である。レジーム分析を試みた研究の多くは,階層の流動性は階層の開放性が高まったことから帰結しているのではなく,農業社会から産業社会への転換を進めるための,あるいは社会が経済効率を高めるための要請から帰結したものであることを明らかにしている。こうして,レジーム分析の諸結果は開放性命題を旗印に掲げた産業化論に対する反証例となってきた。
 開放性命題が示唆する地位達成構造の変動は以下のように定式化できる。まず第1に,親の職業的地位や教育達成が子供の教育達成に及ぼす影響力が弱まる。第2に,親の職業的地位や教育達成が子供の職業的地位に対して及ぼす直接的な影響力が弱まり,これに代わって子供の教育達成が自身の職業的地位に対して及ぼす影響力が強まる。要するに,地位達成過程において,一方で出身階層からの影響力が低下し,他方で本人の獲得した業績要因による影響力が増大して,教育の機会均等化と地位達成の業績主義化とが同時に進むことである。
 はたして,この傾向は戦後日本において検証されるであろか。これをテストするために,ダンカン(Duncan 1966; Blau and Duncan 1967)が提出した地位達成のパス解析を用いることにする。ここでいう地位達成レジームとは,産業化にともなう教育構造,職業構造の変動を除去した後の地位達成様式のことである。戦後の高学歴化によって教育の上昇移動のチャンスが増大し,また雇用のホワイトカラー化によって威信地位の高い職業への移動チャンスが増大したが,これらは産業化にともなう表層的な移動チャンスの高まりであって,地位達成レジームにはかかわらない(注3)。

2 戦後日本の地位達成構造

 図1には,父親の教育と職業的地位が息子の教育達成にどの程度の影響力を及ぼし,つぎに息子の教育が自身の現職地位をどう規定しているかの因果連関をパス解析にかけた結果が,各年度ごとに掲げてある(注4)。一見して明らかなように,5時点の地位達成構造はきわめて類似しており,めだった変化がない。結論を先取りすれば,地位達成に不変のレジームが存在することである。

図1 パス解析による社会的地位達成の構造:1955-1995年

 まず,息子の教育達成から検討してみよう。たとえば,1995年時点の図で説明してみる。息子にとって父親の教育と父親の職業は生まれながらにして与えられた出身背景であり,両者のあいだには0.50の相関関係がある(息子にとっては外在的であるから因果関係を設定せず,両方向の矢印であらわしてある)。父親の教育が息子の教育に及ぼす因果影響力の大きさ(パス係数という)は0.37であり,これは標準偏差で測って,父教育が1ポイント高くなると息子教育が0.37ポイント上昇することをあらわす。同様に,父親の職業が息子教育に及ぼす影響力は0.22であり,これは標準偏差で測って,父教育が1ポイント高くなると息子教育が0.22ポイント上昇することをあらわす。残差(変数)のパス係数は0.86であり,これは息子教育が家族の所得や子供の数など父教育・父職以外の要因から受ける影響力の大きさをあらわす。父職と息子教育が息子現職に及ぼす影響力についても同様である。
 さて,父教育から息子教育へのパス係数は,1955年から1995年までほとんど変化していない。1975年時点で父教育の影響力が若干増えているようにみえるが,係数の標準誤差は各時点でほぼ±0.02であるから,時点間の比較のために,これを2倍した±0.04の範囲の違いは有意な差ではない。したがって,5時点のパス係数の差はすべての組み合わせで誤差範囲であり,父親の教育が息子の教育達成に及ぼす影響力に変化があったとはいえない。同様に,父親の職業的地位が息子の教育達成に及ぼす因果効果も変化がない。
 以上のことは,戦後50年間に教育機会の均等化が進んでいないことを示す。もちろん,このことは高学歴化による教育水準の上昇,および親子世代間でみた教育の上昇移動の制度化を否定するものではない。また,高学歴化によって生みだされた教育機会の配分について平等化が進んだ可能性をも否定しない。けれども,そのような構造変動の効果を除去すれば,教育機会の均等化はなされておらず,教育達成には不変のレジームが存在する。
 では,職業達成についてはどうか。産業主義命題によれば,出身階層の影響力が低下して,息子の教育の影響力が増大するはずである。残念ながら,この命題もあやしい。父親の職業から息子の現職へのパス係数の違いはすべて誤差範囲内である。したがって,産業化とともに職業的地位達成における出身階層の影響力が低下するとはいえない。父親の職業の影響力はそれほど大きくはないが,ある一定の規定力を維持し続けている。
 息子の教育が自身の現職に及ぼす効果に若干の変化がみられるが,基本的に構造変化はない。息子教育の息子現職へのパス係数は,1975年を別にすれば各時点で有意差はない。1975年の係数は,1955年と比べて0.08の差があり有意であるが,趨勢的なものとは考えにくい。というのも,1973年10月に起きた石油危機により日本は翌年に戦後はじめて経済のマイナス成長を記録し,雇用状況がきわめて厳しかったからである。大卒者の就職難および企業のリストラにより,こうした一時的な影響があらわれた。この意味で,1975年のパス係数が小さいことは,石油危機というイヴェント効果による。
 以上のことは,社会階層における産業主義命題が成立しないことを意味する。戦後50年間の産業化にもかかわらず,その背後の地位達成レジームは不変なまま温存された。産業化によって新たなしかも威信地位の高い職業機会が創出され,こうした職業機会の配分に平等性が確保されたかもしれないが,そうした機会創出をカッコに入れると,地位達成の構造は不変である。



IV 流動性と社会移動レジーム

 地位達成のレジーム分析で用いた職業的地位は職業威信スコアである。職業は地位指標としてだけでなく役割指標としての意義をも備えた中心的な社会構造変数である。社会階層研究では,職業を地位と役割が複合したカテゴリカルな概念と位置づけて,職業への人材の配分・再配分を社会移動の分析によってとらえてきた。とくに,世代間職業移動は役割・地位複合としての職業への人材配分に,流動性と開放性がどれほど確保されているかを検証する有力な方法である。IVでは,親子世代間の職業移動表を用いて,社会階層のレジーム分析を試みる。

1 開放性の高まり?

 表2には,1955年から1995年までの5時点のSSM調査データから計算した,親子世代間の職業移動にかんする移動率と開放性係数を掲げてある(注5)。職業移動を計算するために用いた職業分類はつぎの5分類である。(1)専門管理職層:弁護士,大学教授,医者などの専門職や会社役員,管理的公務員などの管理職からなる。(2)事務販売職層:会社勤めの非管理的職員などの事務職や販売店員・店主,外交販売員などの販売職からなる。(3)熟練職層:自動車組立工,大工,電気工事人などの熟練職からなる。(4)半・非熟練職層:合板工,金属溶接工などの半熟練職や配達人,道路工夫などの非熟練職からなる。(5)農業層:主として農業従事者からなり,林業・漁業作業者を含む。また,本稿では,専門管理職層と事務販売職層をあわせてホワイトカラー層,熟練職層と半・非熟練職層をあわせてブルーカラー層と呼ぶことがある。

表2 職業移動率と開放性の指数:1955-1995年

 社会階層の流動性をあらわす全体移動率(事実移動率ともいう)は,1955年から1995年まで増加し続けている。とくに,1955年から1965年にかけての増加は15%を超えており,その後の4時点間の増加率を大きくうわまわる。1965年から1975年の増加率は3.6%と,前の10年間の増加率と比べておよそ4分の1である。また,低成長期の影響を反映した1975年から1985年および1985年から1995年の増加率はそれぞれ1%前後にすぎず,変化があったとはいえない。1975年以降の趨勢をみる限り全体移動率に有意差がなくなったことは,親子世代間の職業移動が飽和状態に達したことを示す。
 職業階層の流動性は,高度成長へ向けての離陸期からピーク期にかけての10年間に集中的に高まり,その後,低成長の時代に入って停滞している。こうした動向をもたらしている大きな要因は構造移動である。構造移動率は1955年から1965年の最初の10年間に大きく増加した後は停滞し,低成長期を反映した1975年以降は減少している。もはや,職業構造の変化に起因する移動に流動性の高まりを期待できない状態にある。
 これに対し,開放性にかかわる純粋移動は着実に増えている。純粋移動率は1955年いらい1985年までおよそ3%ずつ増加し,1995年には10年前と比べてそれまでのおよそ倍の6%強増えている。このことは開放性係数に反映している。1955年から1965年にかけて開放性は大きく高まり,その後は勢いが衰えたものの一貫して高まっている。開放性係数でみた場合,産業化が進めば開放的な流動性が高まるという命題は成立するようにみえる。

2 専門管理職と農業に階層障壁

 移動率や開放性係数など記述統計水準の指標分析は移動パターンの分析であり,職業構造の変動により生じた移動の影響を完全に除去できない。表層の移動パターンが機会均等化したことは評価すべきだが,これを開放性の高まりに短絡することはできない。なすべきは移動レジームの分析であり,表層的な移動パターンの背後に存在する構造変化の検証である。
 私は以前に,1955年から1985年までの世代間職業移動データを用いて,ログリニア・モデルによる移動レジームの分析を試みた(今田 1989:2章)。その結果,親子世代間の職業移動に流動性の高まりがみられるが,その背後には,不変の移動レジームが存在することを明らかにした。そして,つぎのように結論づけた。高度成長は社会移動を促進し,流動性を高めたけれども,それは表層的なフロー水準(移動パターン)の現象でしかなく,その背後に隠れた次元としての階層再生産様式(移動レジーム)を温存した。一見,開放的になったかにみえたのは,機会の増大によってもたらされた流動性がこの移動レジームを覆い隠すほどの高水準を維持したからであり,全体的に総括すれば,戦後民主化政策の効果は移動レジームを開放的にするまでの成果をあげていない。
 1995年のデータを加えた5時点の移動表分析によっても,1985年までのデータ分析結果がおおむね成り立つ(Imada 1997)。ただし,1995年に限っては,移動レジームの融解を予兆する変化があらわれている。その第1は,熟練職層と半・非熟練職層のブルーカラーにおける世代間の階層結合力が減少し,レジーム融解の兆しがみられること。第2は,熟練職層から専門管理職層への移動チャンスの増加と農業から専門管理職層への移動チャンスの減少がみられるが,これらには一貫した傾向がなく,一時的なゆらぎとみなせること,である。いずれにせよ,こうしたレジームの変化が純粋移動率を高めた原因である。
 表3には,移動レジームのうち不変部分をあらわす密度マトリクスを掲げてある。対角要素の数値は子が親と同じ職業層に帰属すること,すなわち階層結合(再生産)の大きさをあらわし,非対角要素の数値は子が親と異なる職業層に帰属すること,すなわち移動チャンスの大きさをあらわす(注6)。

表3 階層結合と移動の密度マトリクス:1955-1995年

 表3に示された移動レジームの特徴は,移動表の対角要素である階層結合(再生産)力が大きいことである。とくに農業層(1.24)と専門管理職層(1.00)のそれが顕著である。それ以外の事務販売職層およびブルーカラー層の各結合密度は,およそ半分(0.54)しかない。このことは専門管理職層および農業層の閉鎖性が強いことをあらわす。専門管理職層の閉鎖性が強いのは,「優越した地位にある親は,それを自分自身および子供のために維持しようとする強い動機づけがあるだけでなく,そうできるような資源力をも有している」からである(Goldthorpe 1980: 42)。また,農業層も閉鎖性が強いが,それは農地などの資源譲渡の制約や土地に対する愛着が大きいからである。
 移動チャンスについてはどうか。移動がもっとも起こりやすいのは,専門管理職層と事務販売職層のあいだの移動である。けれども,その密度は0.41であり,専門管理職層および農業層の再生産力は,この移動チャンスのおよそ2.4(1.00/0.41)倍および3.0(1.24/0.41)倍もある。したがって,事務販売職層から専門管理職層への移動チャンスは,専門管理職層の再生産力にはとうてい及ばない。ついで移動チャンスが大きいのは,熟練職層から事務販売職層への移動,半・非熟練層から熟練層への移動,および農業から半・非熟練職層への移動(密度はそれぞれ0.24)である。
 移動チャンスについて一般にいえることは,ブルーカラー層や農業層から専門管理職層への移動および専門管理職層からブルーカラー層や農業層への移動といった,境界を超える大きな移動が制限されていることである。たとえば,農業層や熟練職層から専門管理職層へ移動するチャンスは,事務販売職層の出身者が同じ移動をするチャンスの半分に満たない(0.16/0.41)。さらに,このチャンスは専門管理職層の階層結合(再生産)力の16%(0.16/1.00)にすぎない。逆に,専門管理職層からブルーカラー層や農業層への移動チャンスは小さく,この層の再生産力の16%(0.16/1.00)であり,下降移動に対する抑止力が強く働いている。
 1975年に,移動レジームは一時的な変化をみせた。それは,半・非熟練職層における階層結合と,熟練職層から専門管理職層への移動チャンスの変化である。別途計算した結果によれば,1975年時点においては,(1)半・非熟練職層の階層結合力がおよそ半分に弱まり,(2)熟練職層から専門管理職層への移動チャンスが1.6倍に高まっている(注7)。しかし,この変化は1985年データでは消滅しているから,一時的なものとみなすのが妥当であり,特異事例と位置づけるのが適切である。
 しかし,1995年には,もはや一時的な変化として片づけることができない変化が起きている。とくに,熟練職層および半・非熟練職層の各階層結合力の変化は無視できない。熟練職層の結合力は不変のレジームの83%(0.45/0.54)に緩み,半・非熟練職層のそれは52%(0.28/0.54)に緩んでいる。また,熟練職層から専門管理職層への移動チャンスは不変のレジームの移動チャンスと比べて50%(0.24/0.16)増加したのに対し,農業から専門管理職層への移動チャンスは不変のレジームの69%(0.11/0.16)に減少している(注8)。
 以上をまとめるとつぎのようになる。まず第1に,専門管理職層と農業層に閉鎖性がみられ(階層障壁があり),その程度は1955年以来1995年まで不変である。第2に,階層間の移動は小幅の移動に制限されており,ホワイトカラー,ブルーカラー,農業層の境界を横切る移動は境界周辺の移動に制限されている。第3に,1975年時点では,半・非熟練職層の階層結合力が緩むとともに,熟練職層から専門管理職層への移動チャンスが高まったが,これは石油危機の影響による一時的な現象であると解釈でき,1985年には不変の移動レジームへ回帰している。しかし第4に,1995年には,レジームの融解を予兆する変化があらわれている。熟練職層から専門管理職層への移動チャンスの増加および農業から専門管理職層への移動チャンスの減少は一時的なゆらぎとみなせる。しかし,二つのブルーカラー層における各階層再生産力はともに低下しており,移動レジーム融解の兆しを示す可能性がある。
 では,これらの点を含めて,これからの社会階層の方向をどのようにとらえるべきか。Vでは,階層のリアリティ変容という視点から,全体的な見通しを議論してみよう。



V 社会階層のリアリティ変容

 1955年から1995年までの5時点のSSMデータに,パス解析を用いた地位達成モデルとログリニア・モデルを用いた移動表分析を適用することで,戦後日本における社会階層のレジーム分析を試みた。分析結果によれば,職業威信スコアで測定される地位達成は戦後一貫して変化がなく,不変のレジームが存続する。また,世代間職業移動も1985年まではおおむね不変のレジームが存在するが,1995年にはブルーカラー層における階層結合力が弛緩し,移動レジームが融解する兆しをみせている。この兆しは,現在のところ,地位達成レジームを変化させるまでには至っていないが,今後の動向次第では,その影響があらわれる可能性がある。

1 階層開放化の兆し?

 まず議論すべきポイントは,移動レジーム融解の兆しが階層の開放化をあらわすかであるが,そのように解釈することはいくつかの点で困難をともなう。
 第1に,開放性命題が1995年になってようやく成立するに至ったとする議論では,これまでの産業化は開放性を高めなかったことを認めなくてはならない。脱工業社会やポストモダン社会への移行が話題にされる昨今,産業主義命題がようやく成立する状態になったというのでは,あまりにもリアリティに欠ける。さらにいえば,これまでの産業化の歴史は産業主義命題を反証し続けてきたことになる。こうした解釈を採用するよりは,明治時代以来の産業化過程で形成された社会階層の基本構造が変容しつつあると解釈するほうが首尾一貫する。
 第2に,地位達成レジームの分析によれば,父親の社会経済的地位が息子のそれを因果規定する大きさは戦後ずっと不変であり,威信スコアという地位指標でみる限り,世代間の地位継承の構造は変化していない。地位達成レジームと移動レジームの各分析は,前者が職業威信スコアを扱い後者が職業カテゴリーを扱っている点で,その内容は厳密には一致しないが,地位達成も広い意味での社会移動であるから,両レジームの分析結果の含意が大きく異なる解釈は避けたほうがよい。移動レジーム分析結果から階層の開放性が進み始めたと解釈することは,地位達成レジームが不変であることに反する。こうした解釈をするよりは,地位達成レジームの変化としてあらわれない程度の,社会階層のゆらぎが発生していると解釈するほうが妥当である。
 第3に,農業層と階層ハイアラーキーの頂点である専門管理職層の閉鎖性は,戦後これまで不変であることに注意が必要である。ベル(Bell 1973)が指摘するように,脱工業社会では,理論的知識が社会において中心的な役割をはたし,産業の主要なセクターが財貨生産経済からサービス経済に移行して職業構造は専門的・技術的職業が優越するようになる。つまり,社会階層においては専門管理職層が重要な位置を占めるようになる。したがって,専門管理職層における階層障壁の強さは,この層(とくに専門職層)が知識特権階級として閉鎖化する可能性を含んでいる。また,ラッシュ(Lash 1990)は,ポストモダンの特徴は機能分化ではなく文化的な脱分節化(dedifferentiation:近代の機能的な観点からの社会分化を融解し,分化のあり方を問い直す動き)にあると指摘しているが,この脱分節化は文化の分野に限らず職業など社会経済的分野にも波及するはずである。とくに,サービス経済への移行にともなって,ブルーカラー層の相対的な役割低下が起きるとともに,職業階層の脱分節化が発生すると予想される。これがどのような形で起きるかは現状では定かではないが,少なくとも現在まだかなりの労働者を擁しているブルーカラー層が融解し,これが職業階層の脱分節化につながることが予想される。したがって,ブルーカラー層の再生産レジームの融解は社会階層の脱分節化の兆しと解釈したほうが妥当である。
 焦点は,専門管理職層がどのような変貌を遂げるかであるが,昨今進みつつある専門家とと素人の区別の脱分節化,文化と経済のあいだの脱分節化,消費者と生産者のあいだの脱分節化,資本家階級と労働者階級という階級構成の脱分節化,男性と女性というジェンダー役割の脱分節化など,文化分野に限らず社会の諸領域で脱分節化が進行しつつある状況を考慮すれば,ポスト近代化とともに,近代的な機能分化の所産としての専門管理職層にも脱分節化の波が押し寄せるであろう。そして,従来の社会階層の脱分節化を経由して,文化的(意味的)分化による新たな階層形成が促進される可能性が大きい。

2 所有から存在へ−社会階層の脱分節化

 では,近代的な社会階層の脱分節化についての具体的な可能性はどこに求められるのか。注目すべきは,1970年代の後半に提起された脱工業社会の到来に始まり,ポスト物質社会,消費社会,高度情報社会,ポストモダン社会,電子メディア社会など,様々な形容される社会論が提出され,近代の産業主義パラダイムでは時代の変化を適切にとらえきれないとする指摘が数多くなされてきたことである。なかでも,イングルハート(Inglehart 1977)が提起したポスト物質主義は,近代産業社会に代わる社会像の底流に存在する共通項になっており,人々の価値観が物質的な生活満足を強調することよりも,自己実現や非拘束感などの「生き方」を重視する傾向が強まることを指摘したことは,社会階層の将来を考察するうえで重要である。
 ポスト物質社会への移行がもたらす変容のうち,もっとも重要なポイントは,人々の社会的関心が「所有」(having)から「存在」(being)へシフトすることである。所有は経済活動・分配様式にかかわり,存在は「生き方」あるいは文化活動・生活様式にかかわる。近代社会では,長らく所有が存在を規定するという因果関係が想定されてきたが,ポスト物質社会ではこの関係が弱まり,後者が前者に対して恣意的にふるまうようになる。
 ベル(Bell 1976:訳上86-88頁)によれば,脱工業社会への移行の帰結として,機能性を重んじる経済領域と自己実現を原則とする文化領域のあいだの矛盾が顕著になり,「任意の社会行動」が増加する。従来は,買い物の習慣,子供の教育,趣味,投票行動などは,階級や地位の違いによってかなり異なっていたが,この前提が次第に通用しなくなる。とくに,社会階層を労働者階級,中間階級,上流階級といった大まかな分類をするときには,社会階層と文化スタイルは関連性を持たなくなる。つまり,ポスト物質社会への移行にともなって,職業・所得・学歴などの社会的地位が文化や生活様式を規定するという従来の仮説は成立し難くなり,文化や生活様式の恣意的な動きが顕著になってくるのである。
 同様のことは,社会階層と密接な関連を有する社会運動の質的変化にもあらわれている。従来の社会運動は,富や権力などの分配をめぐって展開されたが,ポスト物質社会への移行にともなって,抗争の焦点が「分配問題」から地すべりを始めている。ハーバマス(Habermas 1981:訳下412頁)によれば,新しい社会運動の火種は分配問題ではなく,生活形式の文法にあるという。また,メルッチ(Melucci 1989:訳230-32頁)によれば,新しい社会運動の主張は,従来の「所有への権利」から「存在への権利」へと転換が起きているとする。つまり,かつての経済的権利や市民権への要求に代わって,人間生活の基本分野である誕生,死,病気,環境との共生など,意義のある人間存在への訴えが民主主義の新たな地平を切り開きつつある。
 以上のように,富の分配および再分配をめぐる所有の平等問題は,危機にさらされた生活様式ないし意義のある生き方をめぐる存在問題に位相転換しつつある。もちろん平等問題が解決したわけではなく,人種や性による差別をはじめとして様々な不平等が残存しており,これらの問題は人類社会が存続する限り,常に取り組むべき課題である。けれども,自己実現や自己アイデンティティとの関連で生き方としての「存在」が問われるようになった現在,社会階層研究のあり方も単に所有の問題だけでなく,存在(生き方)の問題をも視野に入れた方向への転換を余儀なくされるであろう。所得格差や資産格差が増大して不平等が高まっているからその是正を訴えるだけでは,もはや粗野な議論である。そのことと生き方の問題を関連させて,いかに対処すべきかを考えねばならない。

3 達成的地位から関係的地位へ−社会階層の新次元

 第2のポイントは,従来の地位概念が垂直的に序列づけられた地位のみを問題としてきたことである。地位(status)という概念は,必ずしも序列にかかわるものではなく,位置や状態をもあらわす。たとえば,英語圏では,婚姻関係の状態にあるか否かは婚姻上の地位(marital status)と呼ばれる。また,友人の状態にあることを友人の地位(status of friend)といい,学生の身分(status of student)という表現をする。これらの地位には上下の序列は含意されていない(もっとも日本語では,地位という言葉をこのように使用することはまれであり,関係という言葉が用いられるが)。また,性,人種,エスニシティの地位は決して序列的なものではない。
 現在では,序列(rank)と地位は互換的に用いられるが,厳密には,序列づけは地位の一部分とみなされるべきであり,地位概念を序列づけに短絡する発想を脱構築する必要がある。ポスト物質社会においては,必ずしも序列づけとは対応しない地位概念の分節化に,その特徴をみいだすべきである。
 私は,こうした地位の分節化がすでに起きつつあることを,1995年SSM調査データを用いた因子分析によって検証した(今田 1998)。その結果によれば,社会階層に関連して人々が重視する生活様式は,(1)高い職業的地位・高い収入・高い学歴,多くの財産を要素とする達成的地位指向の因子,および(2)家族から信頼と尊敬を得ること・社会参加活動で力を発揮すること・余暇サークルで中心的役割を担うことを要素とする関係的地位指向因子,の2因子にすっきりと分かれる。また,この因子構造には男女差がない。
 達成的地位指向は地位不安の原因である。この指向の強い人は,より上位の地位をめざして地位競争不安に陥りがちであり,獲得した地位を守ることに関心が集中しがちである。これに対し,関係的地位指向は「心の豊かさ」を重視するポスト物質指向を強化する要因である。現在,日本では,圧倒的多数が「心の豊かさ」を求めるようになっているが,その背景には関係的地位指向の高まりがある。
 達成的地位指向は従来の階層研究が扱ってきた職業的地位,所得,学歴など序列的地位概念(所有の位相)に対応し,関係的地位指向は家族関係や社会参加活動やサークル活動など必ずしも序列とはかかわらない地位概念(存在の位相)に対応する。現状では,両者のウェイト(因子の分散寄与率)は達成的地位指向が2に対して関係的地位指向が1であり,従来の序列的地位概念がいまだ優勢である。しかし,所有よりは存在にかかわる関係的地位指向および「生き方」としての生活様式が,階層の新次元としてすでに出現していることを確認するには十分な結果である。
 関係的地位指向はいわゆる社会的地位ではなく,脱階層指向ではないのかとする反論がありうる。しかし,序列にかかわる達成的地位のみを社会的地位とみなしてきた発想法が問い直されるべきなのである。達成的地位に偏向しすぎることで,近代社会は家族の崩壊やコミュニティの衰退など,人との交わりをゆがめてきた。こうした状態を脱却するためにも,地位とは呼びにくい関係的地位をあえて社会階層の新次元として認知することで,生活空間に広がりを確保することが重要である。達成的地位を追い求めることは他者を出し抜くことを第一次的な関心事とすることであり,弱肉強食の競争社会と過度に不平等な階層社会を帰結する。これに対し,関係的地位の追求には他者の存在が不可欠であるため,共生を前提とした競争社会と了解可能な階層社会をもたらすはずである。

4 中間分衆の時代−中間階級の行方

 最後に取りあげるべきテーマは中間階級の問題である。Iで論じたように,1980年代に入ると中流意識にかげりが生じ,格差意識が高まった。しかし,これと並行して価値観の多様化と生活様式の個性化も進んだ。こうしたなかで,均質で画一的とされた中間大衆が,多様化・個性化によって分割され,非均質的で価値観も異なるいくつかの集団(分衆)に分節化を始めた(博報堂生活総合研究所編 1985)。私は,この状態を中間大衆から中間分衆への変化とみなす(今田 1995;Imada 1998)。分衆とは分割された大衆のことであり,中間分衆は個性化や多様化を前提としたポスト物質社会の中間階級を特徴づけるために筆者が造語した概念である。
 中間分衆とは,ボランティアや社会参加活動に生き方をみいだす人,趣味や旅行などの余暇に生きがいをみいだす人,環境リサイクル運動に打ち込む人,消費することに喜びを感じる人,パソコン通信のフォーラムで会話(チャット)を楽しむ人など,均質な生活様式を想定できない集まりを意味する。その特徴は,所得や学歴や職業的地位ではなく,家族やコミュニティやサークルなどでの人間関係が重視されることである。つまり,関係的地位指向により形成された多様な中間階級を意味する。
 中間大衆から中間分衆への変化を示すデータの一つに,これからの生活において重きを置きたい点を尋ねた「国民生活に関する世論調査」がある(総理府内閣総理大臣官房広報室 1997)。これによれば,1980年代に入って以降これまで,格差の拡大が進んだにもかかわらず,「物の豊かさ」より「心の豊かさ」に重きを置きたいと答える人の割合が増え続けている。物の豊かさを実現するには大衆志向が向いているが,心の豊かさは人それぞれで多様であるから分衆志向にならざるをえない。つまり,中間分衆の誕生は,人々の関心の比重が「所有(物の豊かさ)」から「存在(心の豊かさ)」への移行したことを反映している。
 こうした生活様式のためには物質的な豊かさの下支えが必要なことはいうまでもない。現在でも,物の豊かさに関連する地位達成への意欲はかなりの比重を占めており,これが社会生活の基盤になっている。しかし,これを母体にして,従来の地位達成にはとらわれない生き方を求める様々な分衆が,イソギンチャクのように触手を出している状況である。つまり,現在の中間階級は「所有」にかんしては大衆的性格を持ち,「存在」については分衆的性格を持っている。不公平や不平等問題がある場合には大衆のように同調行動をとり,社会参加や趣味については自分なりの意味を求めて多様な行動をとる。
 上のような議論をすると,中間分衆は分散してとらえどころのない集まりとみなされる可能性がある。分衆は多様化や個性化を前提とした集まりである以上,そうならざるをえないが,最小限の共通点はある。それは生きる意味を様々なかたちで追い求めていることである。具体的には,他人に自分を認めてもらいたい,利己的な関心を超えて人との交わりを保ちたい,親密な人間関係やコミュニティ感覚を持ちたい,内面生活を豊かにする時間や機会が欲しい,人への配慮や気づかいを大切にしたい,などである。これらはまさに関係的地位指向にもとづいた活動であり,富や権力を求めて利己的な処世術を身につける達成的地位指向とは異なる。
 これからの社会運営はこうした中間分衆の関心をどのように取り込むかが重要になる。生産性や利益追求だけの職場環境や管理システムでは,創造性,相互の承認,信頼,親密性あるいは,美的,精神的,エコロジカルな感覚など,生き方の意味は充足できない。また,利益誘導型の政治や従来型の公共政策では民意をつかむことは困難である。自由や平等を柱とする民主主義のあり方も,再考せざるをえない。互いに違っていることを認めあうことのできる寛容さを育成することが重要である。これらをどのように具体化するかは今後の課題だが,成果を指向したかつての中間階級ではなく,生きることの意味を求める中間階級に焦点をあてた社会への転換が重要である。
 戦後の日本は,諸外国と比較して平等社会を実現したといわれ,これが神話性を持つまでになった。しかし最近では,経済の停滞を克服するために,過度に結果の平等を重視する(?)日本型社会システムを変革し,創造的な競争社会に再構築する必要性が声高に叫ばれている。機会の平等は善であるが,結果の平等は悪だという。しかし,粗野な平等論議は社会の将来を危うくする。現在では,人種問題やジェンダー格差にみられるように,機会の平等と結果の平等の境界は不明瞭になっており,両者を簡単に区別できない状態である。また,本稿で分析したように,地位達成や社会移動における機会の不平等は,戦後,正しい意味で改善されていない。だからといって不平等や格差を単純に悪だと位置づけて,その是正を声高に叫ぶだけでは,これもまた,人々の意識変容を視野に収めない粗野な平等論である。いずれにせよ,平等社会の神話をめぐっての論議は新たな位相へと超えでる必要があり,そこに社会階層研究の課題がある。


(注1) 日本不動産研究所が発表している市街地価格指数によれば,全国住宅地および6大都市圏住宅地の指数は,バブル期に上地神話を大きくうわまわって上昇したあと下落しているが,1996年の指数値は1985年前後までのトレンドをそのまま引き伸ばした値にほぼ一致する(橘木俊詔 1998:134-39による)。

(注2) 地位非一貫性のクラスター分析については,今田・原(1979)および今田(1989:第3章および付録IV)を参照。1955年から1995年の5時点データを用いたクラスター分析については現在分析中であり,その結果は別の機会に発表の予定。

(注3) 産業化と移動レジームを扱った研究は,例外なく,職業移動表をログリニア・モデルで分析しており,地位達成モデルが採用されることはない。その主たる原因は,地位達成モデルに用いるパス解析から求められたパス係数を,異なる母集団(異なる地域や異なる国)で比較できないことにあるとされてきた。しかし,いかなる場合もパス係数の比較ができないと主張するのは誤解である。
   パス解析では,すべての変数はその平均がゼロ,分散が1となるように標準化されている。これは,教育や威信スコアなど変数の尺度単位が異なることによる影響を除去するために工夫されたものである。たとえば,教育年数は学歴なしの0年から大学院修了までのおよそ20年の範囲の値をとるが,威信スコアは原則的に0点から100点までの範囲の値をとる。このとき,変数の平均値と分散は,両者のあいだで大きく異なってしまい,係数が持つ意味の解釈可能性が損なわれる。レジーム分析の考え方からすれば,平均値や標準偏差の変化を除去する必要があるが,パス解析では,すべての変数は標準化されるので,平均水準の違いや不平等にかかわる分散の違いは除去される。すなわち,産業化にともなう教育水準や職業威信水準の上昇ならびにその不平等度の変化は,各時点で一定になるよう調整される。この意味で,パス解析は相対的な移動チャンスを扱うものであり,地位達成レジームの検証に用いることが可能である。とくに,本稿で分析するデータは,5時点ともすべて,日本社会の20歳から69歳までの男性が母集団である。また,分析のためのモデルに含まれる変数の種類と数,およびパス・ダイアグラムも同一にそろえてある。異なっているのは,唯一,調査時点だけであり,もしパス係数に違いがあれば,それは40年という歳月の影響しか存在しない。本稿では,こうしたパス解析の特徴を積極的に活用して,地位達成のレジーム分析に応用する。

(注4) 本分析で用いた変数のうち,教育は年数,職業は職業威信スコアである。職業威信スコアは,1975年SSM調査の際に実施された職業威信調査が求めたものである。1995年調査でも同じ調査が実施されたが,両時点で共通に用いられた職業間の威信スコアの相関係数は0.972と高い値を示している(Hara 1998)。本稿では,1955年から1995年の40年間の比較をおこなうため,ちょうどその中間期にあたる1975年調査の職業威信スコアを用いた。

(注5) 表2にある項目のうち,全体移動率は,父親と異なる職業階層に帰属している息子,すなわち移動表の対角線からはずれたマス目にいる人数を全体の人数で割り算した値である。全体移動には,親子の職業構造の違いによって生じた移動と,階層が開放的であることによって生じた移動の二つが含まれる。前者を構造移動(ないし強制移動)と呼び,後者を純粋移動と呼ぶ。開放性係数は,現実の移動がどの程度,機会均等な状態に達しているかをあらわす指数であり,安田三郎(1971:90−119)により考案された。機会均等な移動様式を完全移動と呼ぶ。完全移動の概念は,親の階層と子供の階層のあいだに,統計的な相関がない状態をあらわす。つまり,親子の階層にはなんら特別の結びつきがなく,統計的に独立(無関係)なことである。開放性係数は,現実の移動が完全移動の際に期待される移動にどれほど近づいているかを,純粋移動について指数化したものである。諸種の移動率と開放性にかんする指数の求め方については,拙著(今田 1989)付録Iにコンパクトにまとめておいた。


(注a)



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いまだ・たかとし 1948年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。東京工業大学大学院社会理工学研究科教授。学術博士(システム科学)。主な著書に『混沌の力』(講談社,1994)など。

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