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詳細情報 F2001050120
論文題名 所得格差と所得決定構造の変化
−副題名 「社会階層と社会移動」研究の観点から
−カナ題名 ショトク カクサ ト ショトク ケッテイ コウゾウ ノ ヘンカ
−カナ副題名 「シャカイ カイソウ ト シャカイ イドウ」 ケンキュウ ノ カンテン カラ
分類 職業一般
著者氏名 鹿又 伸夫
−カナ著者氏名 カノマタ ノブオ
掲載誌名 日本労働研究雑誌
−巻号 472巻
−発行年月 1999年10月
−発行元 日本労働研究機構
登録年月 2001年5月現在
内容抄録 (著者抄録)
1955年から1995年までの10年おきに実施されたSSM全国調査データをもちいて,日本における所得格差と所得決定構造の変化を分析した。分析結果は,次の諸点をしめした。第1に,所得格差は,1955−65年時期(昭和30年代)に拡大し,1965−75年時期(昭和40年代)に顕著に平準化し,1975年以降はゆるやかな拡大に転じた。第2に,被雇用者では,年齢・教育・規模・役職などによる所得規定力が1965年以降に強まり,その所得決定構造はより強固なものに変化していた。所得を規定する要因のなかでは,組織内の管理的地位をあらわす役職(職位)がとくに強い規定力をもち,またその規定力を増大させていた。

(論文目次)
I 世代間移動と所得格差
II 検討課題
III 所得格差の変化
IV 所得決定構造の変化
V 結論
全文情報

I 世代間移動と所得格差

 結果の不平等としての所得格差は,親子2世代間の階層異動(世代間移動)による経済的帰結とみなすことができる。社会階層と社会移動の研究において,トライマン(Treiman 1970)は,産業化と所得不平等との関係について次のような仮設命題を提示している(注1)。
 [1] 社会がより産業化されるほど,所得格差の平等化が進む。
 [2] 社会がより産業化されるほど,収入にたいする教育の直接的影響は小さくなる。
 [3] 社会がより産業化されるほど,収入にたいする職業的地位の直接的影響は大きくなる。
 トライマン命題は,産業化理論にもとづいた仮設であり,産業化の発展とともに平等化が趨勢的に増大することを指摘するものであった。産業化課程に随伴する企業組織の大規模化および官僚制化,熟練および専門的労働力の需要増加,教育水準の上昇などの構造変動によって,各社会の構造は収斂化する。そして産業化は,社会的資源の配分原理を属性原理から業績原理に移行させ,より開放的で平等な社会をつくりだすというのである(Parsons 1951; Kerr et al. 1960; Blau and Duncan 1967;富永 1970)。
 しかしながら,経済学の研究では,日本における所得格差が1970年代後半もしくは1980年代から拡大しており,不平等化が進んでいると指摘するものが多い。この指摘にしたがえば,日本社会における所得不平等の長期的変動は,上記のトライマン命題および産業化理論が描いた平等化とは逆に,不平等を拡大させてきたことになる。
 本稿では,日本における所得不平等の変化について,所得格差そしてその規定構造の二つの側面から検討する。使用するデータはSSM調査(社会階層と社会移動全国調査)1955-95年の5時点データ(75年A票,85年A・B票,95年A・B票)で,時点比較ができる男性20-69歳を分析対象とした。なお所得は,一部で世帯年収をあつかうが,おもに個人年収を対象とする。これらは課税前所得である。所得にかんする研究では,農家や自営業者そして単身者が除外された調査データ(たとえば『家計調査』や『賃金構造基本統計調査』)に依存せざるをえないことが多い。しかし,SSM調査では1955年で農業従事者が除外される以外は問題ない。また,10年間隔の調査なので短期的変動をとらえられないが,1955年から1995年までの約40年間における変化を同一調査データとして分析できる。これらの点で,所得不平等を個人サンプルにもとづくSSM調査によって検討する一定の意義がある。次節では,検討課題を所得格差と所得決定構造のそれぞれについて整理し,ついでそれらの課題にたいするデータ分析をおこなう。



II 検討課題

1 所得格差

 所得格差の変動について,SSM調査による既存研究では今田(1979:111-13)が,1955-75年3時点データから変動係数を計算し,所得分配が趨勢的に平準化してきたことを指摘している。この指摘はトライマン命題[1]に適合する。また,もちいたデータがちょうど高度経済成長期のものであることを考慮すると,クズネッツ曲線における不平等減少期に該当するとも考えられる。
 しかし,クズネッツ曲線が多くの国で観測された後に,産業化が高度化した先進諸国で1970年代以降とくに1980年代にはいってから,所得格差の拡大がみられはじめた。この格差拡大は,「グレートUターン(Great U-Turn)」と称されるようになった(Harrison and Bluestone 1988; Morris et al. 1994; Nielsen and Alderson 1997)。そして日本でも,ジニ係数などの分析によって,1980年代以降に所得格差の拡大がゆるやかな趨勢としてみられることが報告されている(橘木・八木 1994:30;橘木 1998:5-6,27-29,35;経済企画庁経済研究所編 1998)。こうした格差拡大の傾向について橘木(1998:70)は,「経済発展が高度に成熟化すると,経済は再び不平等に向かう」という仮設を提示している。
 そこで第1の検討課題として,所得格差について1955年から95年までの5時点を比較して,トライマン命題および今田の指摘した趨勢的平準化の持続がみられるのか,あるいは橘木らが指摘するような近年の格差拡大がみられるのかについて検討する。

2 所得決定構造

 社会階層と社会移動の観点からの所得決定構造の検討は,十分になされてきたとはいいがたい。たとえば,富永(1979b:66-67)は,1965年と1975年のSSM調査データを対象として,世代間移動と所得(個人年収)の影響関係を重回帰分析(パス解析)によって分析した。その結果は,本人の「教育→初職→現職」という強い影響関係が「日本における社会的昇進のメイン・ルート」であるのにたいして,「所得決定に関してはそのようなメイン・ルートなるものは存在しない」というものであった。しかし,この結論は,独立変数として父親の教育・職業,本人の教育・初職が採用されながら,本人の現職が含まれない所得決定分析(重回帰分析)の結果(決定係数R2(Rの2乗)は1965年で0.061,1975年で0.090)から導かれたものであった。
 今田(1979:113-14)は,1975年データを対象として,独立変数に富永のもちいた変数に現職をくわえ,年齢段階別に所得の重回帰分析をおこなっている。その結果,26-65歳の10歳間隔の各年齢段階で0.07から0.29までの決定係数をえている。また鹿又(1990:162-64)は,1975年と1985年のデータに,今田のもちいた独立変数に年齢・都市規模をさらに加えた重回帰分析をおこなった。その結果,決定係数は1975年で0.19,1985年で0.27であった。これらの研究では,職業階層的地位の測定指標として職業威信スコア(人々が各職業に与える格付け評価を得点化したもの)をもちいているが,それほど高い説明力はえられていない。
 ところで,社会階層と社会移動研究は,生産手段の所有関係を重視して一元的にとらえようとするマルクス主義的階級論とは異なり,階層的地位を多元的にとらえようとする立場を基本的にとってきた(富永 1979a:7)。しかしながら,上の諸研究は,そうした立場と矛盾して,自営と被雇用の格差,企業規模格差,企業内の管理的地位である役職(職位または職階)による格差などを無視して,職業階層を威信スコアによる一次元的連続体として測定するものであった。つまり,職業階層について,多元的な視野をむしろ排除していたのである。
 橋本(1986)は,1975年SSM調査データをもちい,マルクス主義的な階級カテゴリーをダミー変数として所得決定分析に投入し,それらの効果が威信スコアによる職業的地位のそれよりも大きいことを指摘した。また石田(Ishida 1993:208-40)は,同じデータで,威信スコアのもとになる職業分類よりも,それに自営・被雇用,役職,企業規模を組み合わせた階級カテゴリー分類のほうが所得にたいする説明力が高かったことを指摘している(注2)。さらに鹿又(1993:254-55)は,1987年に実施された首都圏調査データをもちいて,現職にかんして多元的に地位を測定する複数の独立変数を投入して,0.43の決定係数をえた。その結果,役職および自営的地位が威信スコアよりも規定力が強かったことを報告している(注3)。
 このように,所得格差の規定要因を検討する分析において,職業階層的地位を威信スコアに限定して投入する理論的そして実態的な根拠はないのである。そこで本稿では,本人の職業階層的地位をホワイトカラー・農業・自営・企業規模・役職の各変数から多元的にとらえ,それらの所得にたいする規定力を検討する。
 他方で,経済学における研究では,高度経済成長期に地域間・年齢間・学歴間・企業規模間の賃金格差は縮小したが,1970年代後半以降,年齢間格差は拡大し,企業規模間格差と学歴間格差もゆるやかに拡大したと報告されている。また,これらの格差のなかでは,年齢格差がもっとも大きく,それにつぐのは規模格差で,学歴格差は小さいとされている(玄田 1994:142-43;石川 1994:12;橘木 1998:99-105)。こうした指摘は,所得決定構造も長期的スパンにおいて変化したことをうかがわせる。そこで第2の検討課題として,上記のように職業階層的地位を多元的にとらえながら,それらの所得にたいする相対的規定力の変化を分析し,所得決定構造の変動を検討する。



III 所得格差の変化

 表1は,時点別かつ年齢段階別にみた個人年収(課税前所得)の平均値(単位:万円)である。ただし,1955年の個人年収は農業従事者(回答者)について設問がなかったので除外され,サンプル数が少なくなっている。

表1 個人年収の平均値

 表2は,個人年収(課税前所得)の分配における不平等の程度をあらわす変動係数である。この変動係数によって,時点間で異なる平均値をもつ所得の散らばりの程度を比較でき,数値が大きいほど格差が大きいことをしめす。なお,各年齢段階の変動係数を作成するさいにもちいた平均値は,当該時点のサンプル全体(20-69歳)の平均値である。表3は,同様に計算した世帯年収(課税前所得)の変動係数である。ただし,世帯年収は回答者が農業であっても設問されているので,1955年の世帯年収では回答者が農業であってもサンプルに含まれている。

表2 個人年収の変動係数

表3 世帯年収の変動係数

 表2と表3から,第1に,個人年収でも世帯年収でも,各時点内で年齢段階別の変動係数を比較すると,ごく一部をのぞいて,高齢になるほど所得格差が大きくなる傾向がみられる。第2に,世帯年収の変動係数は,個人年収のそれよりも全般的に小さく,個人年収よりも格差が小さい。
 そして第3に,時点間比較から次の点を指摘できる。サンプル全体の20-69歳で各時点を比較すると,変動係数は,(1)個人年収も世帯年収も,1955-65年時期にやや増加し,1965-75年に急減しているが,(2)個人年収は1975-85年にやや増加し,1985-95年ではほぼ横ばいだが,世帯年収は引き続き1975-85年に減少し,1985-95年では増加している。(3)年齢段階ごとに時点間比較をすると上記2点と合致しない変化もみられるが,すべての年齢段階で1965-75年時期に個人年収も世帯年収も変動係数が減少し,格差が顕著に縮小している。
 1955-65年にみられた変動係数の増大は,昭和30年代の高度経済成長前半において所得格差が拡大したことをしめしている。第2次大戦後から1950年代にかけては労働力過剰のもとで年齢間および企業規模間の格差が拡大したと指摘されている(小野 1973;玄田 1994:142)。また,1950年代には,製造業従事者の増加とその賃金伸び率がとくに高かったために,所得格差が増大したという指摘がある(溝口 1986;橘木 1998:59)。表2の個人年収の変動係数は大きく増加していない。しかしこれは,1955年の個人年収で低所得層とされる農業従事者(回答者)が除外されているので,所得格差が過小に計算されている可能性が高い。したがって,ほぼ高度経済成長前半期にあたる1955-65年の時期においては,それほど大きな変化ではないが,格差拡大があったといえよう。
 1965-75年時期の変動係数の急減は,昭和40年代の高度経済成長後半期に所得平準化が急激に進んだことをしめしている。この時期には,労働力が不足して労働力確保のために初任給および賃金全般が引き上げられ,また農業の兼業化が進み,それらが所得平等化をもたらしたとされる(玄田 1994:142;小野 1989:22-26;橘木 1998:59-60)。労働需給逼迫は1959年ごろからその傾向を強めたが,もっとも顕著だったのは有効求人倍率が1.00を超えていた1967-74年ごろであった(経済企画庁編 1985:90,385)。また,5%を超える実質賃金上昇率を維持したのは1966-73年であった(経済企画庁編 1985:111,397)。このように,日本社会の所得平準化は,ほぼ1965-75年時期に急激に進展したといえる。
 1975年以降の変動係数は,個人年収と世帯年収とで異なる変化をしめした。個人年収の格差は75年以降やや拡大の傾向をしめし,世帯年収の格差は1965-75年時期に引き続いて1985年まで縮小し,1985-95年でやや拡大している。
 橘木らは,『家計調査』や『所得再分配調査』データによって,第1次オイルショックによって1974-76年ごろに一時的に所得格差が増大したが,その後の約10年の安定成長期には格差が低いレベルで安定的に推移し,1980年代後半からのバブル経済によって格差が拡大したと指摘している(橘木・八木 1994:30;橘木 1998:57-67)。しかし,表2と表3の1975年以降における変動係数の変化は,1965-75年時期の急減にくらべれば小さなもので,75年以降の所得格差は拡大に転じるが相対的には安定していた。
 前述のように,既存のSSM調査研究では今田(1979)によって,1955-75年時期にトライマン命題[1]に適合する所得格差の趨勢的平準化があったとされていた。しかし,個人所得も世帯所得も,昭和30年代にその格差拡大があった後に,昭和40年代の高度経済成長後半期に所得平準化が起きたのである。第1次オイルショック後約20年間の個人所得格差には,ゆるやかな拡大傾向はみられるが,大きな変化ではない。他方で世帯所得は,1975年以降も平準化が進むが,85年ごろから格差拡大に転じたのである(注4)。橘木らがバブル期以降にあらわれたとする所得格差の拡大は,たしかに世帯所得にみられるが,個人所得にはあまり明確にあらわれていない(注5)。
 トライマン命題[1]でしめされるような,産業化の進展にともなう持続的な所得平等化はなかった。高度経済成長の後半期に,クズネッツ曲線の下降局面つまり格差縮小が急激にあらわれたのである。そしてその後は,産業化のさらなる高度化とともに,むしろグレートUターンといわれるような格差拡大がゆるやかに進んできた。ただし,その格差拡大は,昭和40年代の所得平準化に匹敵するような大きな変化ではなく,個人所得と世帯所得でそれぞれ異なる推移をしてきたのである。



IV 所得決定構造の変化

1 変数

 次に,所得格差を直接的に規定している要因,そしてその変化を検討するために,個人年収を従属変数とした重回帰分析をおこなった。独立変数には,本人年齢,本人の教育・職業,父親の教育・職業などをもちいた。ここでは対象を就業者に限定した。円の価値が変動してきたので,年収額をそのまま従属変数とすると,偏回帰係数bを時点間で比較できなくなる。そこで従属変数は,各時点内で個人年収額を標準化した得点とした。つまり,偏回帰係数bは標準化された年収額にたいする効果をしめすことになる。独立変数は,教育を教育年数によって測定し,職業にかんする各変数を次のように測定した。
  ホワイトカラー:ホワイトカラーを1,その他を0とするダミー変数
  農業:農業を1,その他を0とするダミー変数
  自営:30人未満の規模で非農業の自営および家族従業者を1,その他を0とするダミー変数
  規模:従業者数「5人未満」「5〜29人」「30〜299人」「300〜999人」「1000人以上および官公庁」にそれぞれ0,1,2,3,4をあたえた。
  役職:「役職なし」「監督・職長・班長・組長,係長および係長相当職」「課長および課長相当職」「部長および部長相当職,経営者・役員・高官」の職位にそれぞれ0,1,2,3をあたえた。農業および30人未満規模自営の場合は0とした。

2 分析結果

 表4は,本人にかんする独立変数だけをもちいて,個人所得の重回帰分析をおこなった結果である。1955年については,農業従事者が分析対象から除外されることと,役職にかんする設問がなかったことから,農業および役職の変数が投入されていない。

表4 個人所得の重回帰分析

 表4の分析でもちいた独立変数に父親の教育と職業(威信をのぞく5変数)の各変数を加えた分析もおこなったところ,決定係数は1955-95年でそれぞれ0.185,0.178,0.203,0.354,0.324であった。これらの数値は,表4の各年のそれにくらべて増分が最大で0.015で,ほとんど違いのないものであった。また,表4の結果と同様に,β係数でみた影響力が大きいのは本人の年齢・教育・職業であり,父親の教育・職業からの影響はほとんどないことが確認された。
 表4から,次の諸点を指摘できる。(1)本人の年齢が高いほど,教育年数が長いほど,非農業自営であると,企業規模が大きいほど,役職的地位が高いほど,所得が高くなっている。(2)職業的地位変数については,役職,自営,規模の影響が一貫して強く,とくに役職の影響は抜きんでている。また,(3)決定係数R2(Rの2乗)が1965年から85年まで増大し,95年でやや減少している。
 各変数の影響力をβ係数で時点比較すると,次の諸点を指摘できる。(4)本人の年齢の影響は,1955-75年で減少し,1975-85年で増加し,1985-95年でふたたび減少している。(5)本人教育の影響は,1955-65年で減少し,1965-85年で増加し,1985-95年でふたたび減少している。(6)役職的地位の影響力は1965年から85年まで増大傾向をしめした。(7)決定係数が1985年でピーク(分析結果(3))をむかえたのは,本人の年齢,教育,役職の効果がそろって85年でもっとも大きくなったためである。
 さらに被雇用者と自営・農業従事者とにわけて分析した。被雇用者については,自営と農業変数を,自営・農業従事者については自営と役職変数を投入せずに分析した(注6)。表5は,被雇用者の分析結果だが,良好な決定係数R2(Rの2乗)がえられ,被雇用者における所得格差の規定構造は強いものだといえる。表5の分析結果は,表4の分析結果(1)〜(7)とほぼ一致するものであった。相違点は次の2点である。(8)表4では1965-85年でしかみられなかった役職の影響力増大が,1965-95年で一貫して増大し続けていたこと。そして,(9)規模が所得を増大させる効果が1965-95年で趨勢的に増大していたことである。

表5 被雇用者を対象とした所得の重回帰分析

 他方で,自営・農業従事者を対象とした分析では,低い決定係数R2(Rの2乗)しかえられなかった(1955年から95年まで,0.152,0.057,0.018,0.066,0.139であった)。被雇用者を対象とした表5の分析では高い決定係数がえられ,その係数値の傾向は,全体を対象とした表4の結果とほぼ同じものであった。つまり,表4の全体での分析結果は,被雇用者における所得決定構造が強く反映されたものだといえる。この点から,被雇用者についての分析結果を重視して,所得決定構造に起こった変動は上の(6)をのぞく,(1)〜(5)と(7)〜(9)だというべきである。
 これらの分析結果は,所得決定構造がより強固になってきたことを意味している。従属変数の所得は各時点内で標準化した得点としたので,各時点の従属変数の分散を1に変換していた。したがって、各独立変数のβ係数値の時点間変化は,所得規定にたいする影響力の相対的重要度の変化と解釈されなければならない。IIIの所得格差の分析では,個人年収の所得格差が,とくに1965年から75年にかけて急激に縮小し,その他の時点間での変化はそれほど大きくなかったことを確認した。従属変数の実態(観測値)としての分散が1965-75年時期に急減してその後はほとんど変化なく,かつ1965-85年時期に決定係数が上昇したことは,年齢・教育・自営・規模・役職などによって所得が規定される構造が,この時期により強固になったことを意味している。そして,被雇用者についての決定係数が高く,農業・自営業者のそれが低かったことから,所得決定構造がより強固になったのは,特に被雇用者においてだといえる。
 トライマン命題[2]と[3]は,それぞれ,産業化進展にともなって,所得にたいする教育の規定力が弱まり,職業の規定力が強まることを仮説化していた。産業化を経済成長と同義とみなして実質国内総生産(GDP)の前年比でみた場合,1955-95年のあいだにマイナス成長だったのは1974年だけで,景気による成長の短期的変動はあったものの,持続的な経済成長と産業化が進んできたといえる。前者の教育による規定力は,分析結果(5)のように,1955-95年のあいだに減少,増加,減少と変化していた。つまり,トライマン命題[2]には合致しない。
 [3]の職業による規定力については,分析結果(7)(8)(9)のように,とくに被雇用者では規模および役職による効果が1965-95年で一貫して増大し続け,所得決定構造も1985年までその規定力を増してきた。つまり,トライマン命題に適合的であった。
 他方で,経済学の研究では,高度経済成長期に年齢間・企業規模間・学歴間の資金格差が縮小したが,1970年代後半以降それらの格差に拡大傾向がみられること,そして年齢格差,規模格差,学歴格差の順で格差が大きいことが指摘されていた。これらは賃金格差の大きさを問題にしているので,年齢・規模・学歴の所得規定力に直接言及するものではない。しかし,これらの所得規定力の増大が格差拡大の要因だと想定している,とみなすこともできる。こうした観点から,上の指摘を仮説化すると次のようになる。
  仮説1:年齢,規模,教育による所得規定力は,1955-75年に減少し,1975年以降に増大した。
  仮説2:年齢,規模,教育による所得規定力は,この順序で大きい。
 仮説1については,上の分析結果と整合する。年齢による規定力は,分析結果(4)のように,1955-75年で減少し,1975-85年で増大していた。教育の規定力については,上述したように,増大が1965-85年でみられるが,β係数値の変化をみると1965-75年の増分よりも,1975-85年の増分が大きく,仮説1と整合的である(注7)。規模による規定力は,分析結果(9)のように,被雇用者で1965-95年に増大していた。しかし,1965年の係数の絶対値が小さく有意ではないこと(表5参照)を考慮すると,分析結果は仮説1に適合する。
 しかし他方で,仮説2は分析結果と合致しない。表4と表5の各時点のβ係数値をみると,むしろ年齢,教育,規模の順になっている。さらに重要なことは,仮説2そしてその他の既存研究では,役職的地位の所得規定力の大きさに言及されていないことである。役職変数のβ係数値は年齢変数と同等かむしろそれより大きい。そして,1965-95年で次第に数値が高くなっている。つまり,1965年以降により強固になってきた所得決定構造のなかにおいて,役職的地位(職位)がより決定的に重要な規定要因となってきたのである。



V 結論

 本稿では,第1に,1955-95年時期の所得格差の変化を検討した。分析結果には,トライマン命題[1]にしめされたような所得格差の持続的な趨勢的平準化はみられなかった。顕著な所得平準化は,昭和30年代の高度経済成長前半期における格差拡大の後,昭和40年代の高度経済成長後半期に起きた。第1次オイルショック後の約20年間には,所得格差はゆるやかな拡大傾向がみられた。しかし,橘木(1998:70)が指摘するような,経済発展の高度化にともなって平等化がふたたび不平等に向かう傾向は,きわめて弱いものでしかなかった。
 第2に,職業階層を多元的にとらえる立場から,所得決定構造の変化を検討した。その結果,年齢・教育・自営・規模・役職などによる所得規定力が1965年以降に強まり,とくに被雇用者の所得決定構造がより強固になっていた。被雇用者の所得決定構造は,規模と役職の所得増大効果が1965-95年のあいだに一貫して強まるように変動していた。こうした変動は,職業による所得規定力の増大を指摘するトライマン命題[3]と整合的である(注8)。また,1970年代後半から年齢間・企業規模間・学歴間の賃金格差が拡大したという経済学の既存研究の知見と整合するものである。
 しかし,本稿の分析結果にはいくつかの制約がある。その第1は,所得決定分析で,労働経済学の研究でよくもちいられる労働経験年数や企業勤続年数を投入しなかったことである。これらは職場訓練投資による人的資本(Human Captal)を測定するものとされる。勤続年数は企業特殊的技能を測定するもので,いわゆる「熟練仮説」で重視される。この仮説は,企業内で形成された技能の熟練度がその企業に勤続中の賃金を高める,というものである。労働経験年数は,学校教育投資による学歴という人的資本とともに,一般的技能を測定し,転職してもなお所得増大効果をもつと想定される。
 これらの変数を導入せず,人的資本論および熟練仮説で議論される所得規定要因を分析していない点から,上述の分析結果には一定の限界がある。しかし,年功賃金といわれる日本の賃金特性は,被雇用者の年齢(ライフサイクル)に対応した生活費を保障する年齢給的賃金体系によってもたらされている,とする「生活費保障仮説」も主張されている(小野 1989,1997)。この仮説の観点からすると,本稿の分析では,被雇用者における年齢の所得増大効果(表5)は,一貫して強いものであり,支持的であった。ただし,それは,労働経験年数や勤続年数の効果と比較していないという点で,限定されたものである。
 第2に,所得決定分析モデルの説明力つまり決定係数R2(Rの2乗)が最大でも0.44程度で(表4および表5),経済学での分析よりもかなり低いことである(注9)。その原因には,労働経験年数や勤続年数を投入しなかったこと以外に,年齢の二乗項,そして各変数の交互作用項を導入しなかったことがある。しかし,年齢二乗項については本稿がコーホート別分析のための予備的研究であるため,また,交互作用項については独立変数間の内的相関が高まることを避けるため,より単純な1次線形モデルでの基本的な分析方法を採用したのである。
 こうした制約はあるが,本稿では社会階層と社会移動研究の立場から,所得決定構造について独自な知見を提示できたといえよう。その知見とは,第1に,年齢による影響をコントロールしたうえで,所得という世代間移動の経済的帰結が,親の教育や職業そして初職には影響されず,本人現職の地位のなかのとくに役職つまり企業内職位に強く規定されていたことである。第2に,その役職と従業企業規模が被雇用者の賃金増大効果を持続的に強めており,それらの所得規定力増大という変化が全体としての所得決定構造をより頑健なものに変容させてきたことである。


*SSM調査データの使用にかんしては,1995年SSM調査研究会の許可をえた。本稿は,北海道大学審査学位論文「世代間階層移動と結果の不平等」の一部に加筆修正をくわえたものである。


(注1) トライマン命題には,20以上の仮説が含まれている。産業化と所得との関連にかんする仮説としては,産業化進展にともなって「国民1人あたりの所得が増大する」「教育と収入の相関は小さくなる」という仮説も提示している。しかし,前者は分配格差を考慮するのでなければ自明であり,後者は本文[2]の命題とほぼ同義である。そのため,これらの仮説は検討から除外した。

(注2) 橋本や石田がもちいた階級カテゴリーは,おもにライト(Wright 1978,1979,1985)の階級分類に準拠したものといえ,概念レベルでは生産手段の所有−統制,労働者の支配−統制などを重視したものである。

(注3) 東京30キロ圏の20−64歳男女を対象として,1987年に実施された「社会階層の比較調査(CPSS調査)」(研究代表者:原田勝弘)のデータを使用したものである。投入した独立変数は,父親については職業威信,本人については年齢,性別,教育年数,職業威信・役職・自営・企業規模・組合加入・雇用上の地位(常時雇用か臨時雇用・派遣社員か)などであった。ただし,分析したサンプル数は357人と少なかった。

(注4) ただし,1975年時点の変動係数の数値は,オイルショックによって一時的に増大した格差をあらわしているかもしれない。一時的に増大した数値だとするならば,「長期的な格差構造の変化」としては,1965年から1973年ごろまでは所得平等化が表2と表3にあらわれた以上に進み,75年以後に世帯所得も個人所得と同様に格差拡大が始まった可能性もある。

(注5) 橘木らがおこなったのは,『家計調査』や『所得再分配調査』のデータによって,世帯を分析単位とした家計所得の分析であった。他方で,表2は個人年収を分析したものであり,家計所得と個人所得の異なる格差変動があらわれたといえよう。

(注6) 自営変数は非農業自営を1とするダミー変数である。農業と自営の者を分析対象とした場合,農業変数と自営変数は完全相関となる。そのため,自営変数を投入しなかった。

(注7) 1965,75,85年の本人教育変数のβ係数値は,全体(表4)で0.11,0.13,0.22,被雇用者(表5)で0.14,0.16,0.26となっており,1965-75年時期よりも1975-85年時期における所得規定力の増大が顕著である。

(注8) ただし,トライマン命題[3]は被雇用者に限定したものではなかった。

(注9) 矢野(1998)が1995年SSM調査データにおこなった人的資本論にもとづいた所得決定分析では,決定係数が最大で0.56であった(職種別の分析では0.606)。ただし,かれの分析では,独立変数は少ないものの二乗項が含まれている。


参考文献
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かのまた・のぶお 1954年生まれ。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。北海道大学より博士(行動科学)の学位を取得。北海道大学文学部助教授。主な論文に「“予言の自己成就”と合理性」(『社会学評論』1996年,44(2):156-70)など。社会学専攻。

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