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詳細情報 F2001080057
論文題名 年齢差別禁止の経済分析
−副題名 高齢化社会の人的資源活用に与える定年と求人の年齢制限の影響
−カナ題名 ネンレイ サベツ キンシ ノ ケイザイ ブンセキ
−カナ副題名 コウレイカ シャカイ ノ ジンテキ シゲン カツヨウ ニ アタエル テイネン ト キュウジン ノ ネンレイ セイゲン ノ エイキョウ
分類 高齢者労働問題
著者氏名 清家 篤
−カナ著者氏名 セイケ アツシ
掲載誌名 日本労働研究雑誌
−巻号 487号
−発行年月 2001年1月
−発行元 日本労働研究機構
登録年月 2001年8月現在
内容抄録 (著者抄録)
世界に類をみない高齢化の中で日本は働く意思と能力のある高齢者の活用をはからなければならず,また長い職業人生の中での企業間移動の可能性も高くなる。しかし現状では,定年が高齢者の就業促進,働く場合の能力発揮を阻害している。また求人の年齢制限が中高年になってからの労働移動を阻害している。こうした年齢を基準とした雇用制度・慣行の弊害を除くためには,雇用における年齢差別禁止のルール確立が必要となる。ただしそのためには,年功的な賃金・昇進制度なども抜本的な変革を必要とする。こうした年齢差別禁止を可能にする条件については,年齢差別禁止法下でのアメリカにおける退職管理の実態を参考にできる。これから年齢差別禁止のルール作成のためにスケジュールだった環境整備も必要だ。
(論文目次)
I 序論
II 定年のもつ問題点
III 採用の年齢制限
IV 年齢差別禁止の条件
V 年齢差別禁止法のもとでのアメリカの退職実態
VI 年齢差別禁止に向けて
全文情報

I 序  論

 日本は,世界に類をみない高齢化を経験しつつある。この人口の構造変化の中で,高齢者が少なく若年人口の多いピラミッド型人口構造に合わせて作られた制度は抜本的な変革を迫られている。端的にいえばできるだけ年齢を基準としない制度への変革である。
 雇用制度はその典型だ。とくに高齢化との関連で,雇用制度をできるだけ年齢を基準としないものとしていかなければならない理由が二つある。
 ひとつは高齢者の就業促進という面からの必要性である。高齢人口激増,若年人口激減という人口構造の大きな変化のなかで,現在のように主として60歳までの労働者が社会を支えるということでは,労働者1人あたりの負担は著しく高まってしまう。働く意思と能力のある高齢者にできるだけ長く本格的に働き続けてもらい,高齢社会を支える側に居てもらうということは,これからの社会活力を維持するために不可欠となる(注1)。
 このときに年齢を基準とする雇用制度がネックになる。典型的には定年退職制度がそれである。一定の年齢になるとどんなに働く意思と能力があっても退職させるしくみというのは,働く意思と能力のある高齢者にできるだけ長く本格的に働きつづけてもらうという考え方とは相容れないものである。
 年齢を基準としない雇用制度を必要とする二つ目の理由は,中高年になってからの労働移動の円滑化ということである。上述のように個人の職業人生を長くしなければならない一方で,内外の企業競争激化によって,企業が個人に雇用を保障できる期間は短くならざるをえない。個人は,雇用を守りきれなくなった企業から,人材を必要とし,雇用を増やそうとする企業へ移動することで,長い雇用生涯を守らなければならなくなる。また,これまでは若年者がそのときどきの成長産業に多く就職し,衰退産業は人材を多く集められないというかたちで,衰退産業から成長産業への雇用ウエイトの変化はかなりの部分実現されてきた。しかしこれから若年人口が激減するなかでこうした若い人中心の調整は難しくなってくる。一つの産業・企業にすでに長年勤めたベテランの中高年労働者が,企業間・産業間を移動をしないと,必要な産業構造転換ははかれない。
 このとき,求人の年齢制限という,年齢基準の雇用慣行がネックになる。中高年になってから移動しようとしたとき,求人年齢に上限があると,年齢だけが理由となって移動の可能性が低下してしまう。どんなに賃金等の労働条件で妥協しても,また,必要な仕事能力を身に着け直す再訓練を受けても,年齢を理由にされては中高年労働者としてはどうしようもない。
 本稿の目的は,こうした定年退職制度と求人における年齢制限という年齢を基準とした雇用制度が,具体的にどのように高齢者の能力活用を阻害し,中高年の労働移動を制限しているかを明らかにし,それに対する方策を示すことにある。本稿の構成は次のとおりである。
 まず次のIIでは,定年の問題点について整理する。続くIIIでは採用における年齢制限についての問題点について整理する。そのうえでIVにおいては,定年や年齢制限を必要としている背景要因を述べる。そのうえでVでは,年齢を基準としない雇用制度の事例として,アメリカにおける年齢差別禁止法の実態について述べる。最後にVIで結論を述べることにしよう。



II 定年のもつ問題点

 労働省「雇用管理調査」(1999年)によると定年退職制度は,現在日本で30人以上の従業員を雇用する企業の90.2%に存在する。もっとも,この制度が日本の企業全体に普及してきたのは高度成長期以降であり,石油危機直後の1974年でも,定年退職制度をもつ企業の比率は30人以上規模の企業の66.6%と,調査対象の3分の2ていどであった。現在定年年齢は法律によって60歳を下回ってはならないものとされているが,これも「雇用管理調査」(1999年)によれば,一律定年制を定めている企業の91.2%がこの法定最低限に定年年齢を定めている。
 定年退職制度は,年齢だけを理由に従業員を退職させる制度である。この定年退職制度は,二つの面で高齢者の能力活用を妨げている。
 ひとつは高齢者の就業意思を低めるということである。よく知られているように,定年退職は必ずしも就業生活からの完全な引退を意味するものではない。定年後もいわゆる第二の職場といわれるところで働き続ける人は少なくない。しかし,定年が就業からの完全引退の重要なきっかけになっていることも繰り返し確認されている。表1は,これまで日本で高齢者の労働供給を分析した実証研究のなかから,定年経験が高齢者の就業行動に与える影響を示す係数を抜粋したものである。

表1 定年退職経験の就業確率減退効果

 この表からわかるように,定年経験は就業確率に有意にマイナスの影響を与えている。その効果の大きさも,計測された時代や分析対象年齢層などによって異なるものの,定年経験は他の条件を一定として60歳代の男性については就業確率を2割ていど低下させる可能性をもっている。しかもこうして定年後に引退生活に入ったひとたちは,定年を経験しないで就業し続けている労働者に比べて相対的により高い能力をもっている。
 図1は,定年を経験して引退している高齢者がもし働いたら得られるはずの市場賃金と,定年を経験しないで働いている高齢者の市場賃金の分布を示すものである。この市場賃金は個人のもつ人的資本関連の変数を説明変数として計測されており,各自の仕事能力(人的資源)の水準を示すものとみなせる(注2)。

図1 定年退職制度によって失われる高齢者の人的資源

 図1からわかるように,定年を経験して引退している高齢者の市場賃金のほうが,定年を経験せずに働き続けている高齢者のそれよりも高いほうに分布している。市場賃金率がその個人の人的資源を表すものであるとすれば,この結果は定年を経験して引退している高齢者の能力は,そうでなく働き続けている高齢者のそれよりも高いことを意味する。定年はたんに数としての労働力を労働市場から喪失させるだけでなく,より高い人材を市場から喪失させてしまっているといえる。
 こうした高齢労働力の喪失効果に加えて,定年退職制度は,働き続ける高齢者の十分な能力発揮を阻害するという面でも問題がある。まず,定年後に働き続ける場合,定年を境に実際に受け取る賃金が減少することが少なくない。表2はこのことを実証する高齢者の賃金についてのSwitching regressionの計測結果である。Switch関数の計測結果は,定年を経験することで,高賃金グループと低賃金グループのうちの後者に振り分けられる確率が有意に高まることを示している。また,高賃金,低賃金それぞれの賃金グループの賃金決定においても,定年経験は賃金水準を有意に低下させている。

表2 実際に受け取れる賃金額にかんするスウィッチングリグレッションの計測結果

 定年の前後で人的資源の水準に大きな変化はないはずであるから,この計測結果は,定年後に本来の能力を活かせない職場で働かざるをえないことの多いことを示すものといえる。本来は高い人的資源をもっているはずの定年経験者は,定年退職を経験したというだけで,より低い能力しか求められない低賃金の仕事に振り分けられているといえる。
 高齢者がその能力を十分発揮できる条件として重要なことのひとつは,長年従事してきた仕事を続けられるかどうかであろう。図2は,60代で働いている高齢者のうち,55歳当時の職種と同一の職種で働いているかどうかを示すものである。なお,高齢者が同一職種で働き続けるかどうかの確率は公的年金の受給の有無とも関連している(公的年金を受給している高齢者ほど同一職種で働き続ける確率は低い)ことがわかっており,かつ公的年金受給と定年退職経験の間には高い相関があるので,ここでは公的年金受給の有無を統御したもとでの結果を示している。公的年金を受給している場合もそうでない場合も,55歳当時と同じ職種で働いている確率は,定年退職経験のある高齢労働者が有意に低くなっている。

図2 公的年金受給・定年経験有無と55歳当時と同一職種で働く高齢者の比率



III 採用の年齢制限

 このように定年退職制度は定年を機に引退を誘発するという意味で高齢者の人的資本の量的な活用を阻害するだけでなく,定年後に働く場合にも本来の経験や能力を活かしにくくするという意味でその質的な活用をも阻害している。年齢を基準とした雇用慣行のもつ弊害といえる。こうした年齢を基準とした雇用慣行の弊害としてもうひとつきわめて深刻な問題がある。
 労働者を採用しようとする際に企業が設けている求人の年齢制限である。とくに中高年になってから失業したときに,この年齢制限は再就職の機会を大幅に制約することになる。企業が比較的若い年齢層に限定して求人を行うため,年齢の高い失業者ほど応募機会は限られてしまうからである。このことは政府の業務統計である有効求人倍率にも表れている。
 表3は2000年7,8,9月の職業安定業務統計である(注3)。この間労働需給は月を追って改善しているものの,いずれの月でも有効求人倍率は45〜49歳層を境に急速に低下していることがわかる。これは同じ表からわかるように主としてこの年齢層から求人が激減するためである。

表3 年齢別有効求人倍率

 日本労働研究機構(2000)の調査においても,求人企業の90.2%が年齢制限を設けて求人を行っていることを確認している。この調査で年齢制限を設けていると回答した企業の設定した年齢制限(上限)の平均は41.1歳と,40歳を超えていた。
 公共職業安定所といった公式ルートを通さない求人として,新聞の求人広告について見てみても同じように年齢制限がある。ここでは,2000年7,8月に,それぞれ一般紙,経済紙,夕刊紙,スポーツ紙に掲載された求人広告から,年齢制限の有無,制限のある場合のその分布をとってみたものである(注4)。
 表4はそれを示すものである。まず年齢制限の有無について見ると,一般紙・経済紙ではほぼ8割の求人広告に年齢制限がついている。これに対して,夕刊紙,スポーツ紙では年齢制限つきの求人広告は全体の4〜5割ていどにとどまる。

表4 新聞求人広告調査

 求人に年齢制限のある場合について年齢分布を見てみると一般紙では,35歳までというのがもっとも多く,ついで30歳までと40歳までがほぼ同率である。45歳までの求人で全体の3分の2ちかくとなり,45歳をこえると求人は急に少なくなる。経済紙では上限年齢の設定はいくぶん若い年齢層に偏り,45歳をこえる求人の減り方は一般紙よりもさらに顕著である。また,一般紙,経済紙ともに,正社員募集のケースのほうが年齢制限はやや若い層に偏る傾向も見られる。いずれにしても,一般紙,経済紙の求人広告にみられる年齢制限の分布は45〜49歳層を境に求人倍率が減る職業安定業務統計ときわめて似通った傾向を示しているといえる。
 これに対して夕刊紙とスポーツ紙の年齢分布は異なる傾向を示す。夕刊紙では年齢上限は相対的に高いところにあるのに対し,スポーツ紙では相対的に若いところに偏っている。これは両紙の読者の年齢層の偏りおよび求人職種の違いにもよるものかもしれない(注5)。
 このように政府の業務統計や研究機関の調査,あるいは新聞広告などから見ても,中高年の求人にかんする年齢制限の存在ははっきりしている。とくに40歳代くらいからの者にとって,この年齢制限は求職の機会をきわめて限定するものとなる。結果としてとくに中高年失業者の再就職機会が困難になる。このことは図3から明らかである。

図3−1 年齢別の仕事に就けない理由(2000年2月)

図3−2 年齢別の仕事に就けない理由(2000年8月)

 図3,図4は2000年2月と8月に実施された総務庁統計局の「労働力調査特別調査」における,失業者に対する再就職できない理由を聞いたものである。35歳以上の年齢階層ではいずれも再就職できない理由のトップは「求人の年齢と自分の年齢とがあわない」である。とくに45歳以上の年齢層になると,45〜54歳では4割ちかく,55〜64歳では5割,65歳以上では6割がこの理由をあげており,断然トップとなっている(注6)。

図4−1 年齢別・失業期間別の仕事に就けない理由(2000年2月)

図4−2 年齢別・失業期間別の仕事に就けない理由(2000年8月)

 この年齢層で若すぎて雇ってもらえないということはないので,「求人の年齢と自分の年齢とがあわない」は,求人の年齢よりも高い年齢になってしまったために再就職できないことを意味していることはあきらかである。とくに45歳以上になるとこの理由を挙げる比率は急上昇しており,このことは先に見た年齢制限がこの年齢層あたりを境に厳しくなることときわめて整合的である。
 さらに図4はこの年齢制限が中高年失業者の失業期間に無視できない影響を与えていることを示すものである。たしかに中高年失業者にとって年齢は再就職を困難にする最大の理由ではあるが,しかしこれを図4のように失業期間別に見ると,失業期間3カ月未満といった失業期間の短い失業者の中では年齢は必ずしも最大の理由ではなく,年齢を理由にあげる失業者の比率はおおむね失業期間の長くなるにしたがって増えている。中高年のしかも失業期間の長い失業者に求人の年齢制限の影響はより顕著に出ているといえる。このことは失業している期間が長くなるに従って年齢制限によって再就職を妨げられる経験も多く蓄積されること,そして年齢制限が再就職の妨げとなっている中高年失業者にとって失業期間が長引くとさらにその影響を受けやすくなってしまうということを示唆するものであるといえよう。
 図3,図4の結果は,求人における年齢制限が失業者の再就職機会を奪っていることを確認し,さらに失業期間を長引かせている可能性を示唆するものである。いずれにしても,求人における年齢制限のために,より多くの人的資源の活用機会が失われていることは間違いない。



IV 年齢差別禁止の条件

 このように定年や求人の年齢制限は,とりわけこれからの高齢社会において大きな弊害をもたらすものと考えられる。そうした問題の抜本的解決のためには,定年退職制度,求人の年齢制限そのものをなくすこと,具体的にいえば雇用における年齢差別禁止ルールの導入が必要となる。そこで問題は,雇用における年齢差別はどのような条件下で実現可能となるか,ということである。
 よく知られているように,定年や求人年齢制限といった年齢差別的な雇用慣行を企業がとるのには理由がある。定年の存在を経済学的に論証した文献には,有名なLazear(1979)(タイトルもそのものズバリの「定年はなぜ存在するのか」)がある。年功賃金プロファイルが限界生産力プロファイルを左下から右上に横切るかたちで,雇用の前半に限界生産力以下で働いた部分の企業への「預け金」を,後半に限界生産力以上の賃金を受け取ることで「払い戻し」きったときに定年となるという図式である。定年の時点よりも長く雇うと企業としては過払いになってしまう。
 このことは定年の存在理由を示すだけでなく,年功賃金制度のもとでは中高年からの採用が難しくなることも示している。中途で雇用して年功賃金プロファイルに乗せたのでは,十分な「預け金」を積み立てていない者に中高年になってからの払い戻し金を払わなければならないからだ。また,企業は賃金が限界生産力を上回った時点から,そこから定年までの賃金と限界生産力の差額分の退職金を支払ってもこの従業員を退職させたいという動機をもつようになるのである(注7)。
 企業が定年や採用年齢の上限を設けるもうひとつの理由は年功的な昇進制度である。年長者は管理職,監督職に就けるという年功的な昇進制度のもとでは,年長者がどこかで退職してくれないと後の者を処遇できないから定年退職は不可欠だ。中高年は管理職適齢期ということであると担当者としての働いてもらいたい人材を中途採用するときに中高年は採用対象から外れてしまう。
 定年にかんしていうと,企業がそれを必要とする理由はもうひとつある。それは解雇権がかなりきびしく制限されている日本企業にとって,定年退職が貴重な雇用調整手段になっているということである(注8)。実際大手企業のリストラ計画などを見ると,雇用削減の多くは定年退職者の後を採用しないというかたちの自然減をとっている。定年なしということになると,企業は余剰労働の削減を,定年退職以外の方法で実現できるようになっていないと困るわけだ。
 このように,年功的な賃金・昇進,定年に大きく依存した雇用調整が定年制度や求人年齢制限を必要としているとすれば,雇用における年齢差別を禁止するためには,これらを見直さなければならないことになる。すなわち,年齢や勤続だけでなく,貢献度や能力に依存した賃金・昇進体系,定年に依存しない雇用調整慣行への移行である。年功的な賃金・昇進制度や解雇制限はこれまでの日本の雇用制度の根幹をなすものだから,それを抜本的に見直すことは,現行の雇用制度そのものを根底から変革することになる(注9)。



V 年齢差別禁止法のもとでのアメリカの退職実態

 このとき参考になるのは,すでに年齢差別禁止法によって定年,求人年齢制限を禁止しているアメリカの実態である。衆知のようにアメリカにおいては,「雇用における年齢差別禁止法(ADEA: Age Discrimination in Employment Act)」が1967年に成立し,その後1978年,1986年と改正されて現在では40歳以上のすべての労働者について年齢を理由とした不利益な扱いを禁止している(注10)。アメリカ企業は年齢差別禁止法の下でどのような雇用管理を行っているのであろうか。
 筆者は,とりわけ年齢差別禁止法下での退職管理のありようについて,2000年5月にアメリカで森戸英幸氏とともに実態調査を行った(注11)。調査は,民間企業と公務員の両方について,従業員の引退実態や年齢差別禁止法導入の影響などを中心に聞き取り調査形式で実施した。
 まず従業員の退職年齢については,定年なしであるにもかかわらず民間,公務員とも一定の年齢層に集中している。具体的には60歳代前半,とくにSocial Securityといわれるアメリカの公的年金の早期減額支給開始年齢にあたる62歳の頻度が高くなる。図5はこうした実態を反映した在籍公務員の年齢別分布を40代後半から見たものであるが,あきらかに50代後半から60代前半にかけて大きく低下している。ただし60代後半や70代にもわずかながら在籍者のいることは定年なしの効果として注目される(注12)。

図5 連邦公務員の在職年齢分析

 このように定年なしであるにもかかわらず退職年齢が一定範囲に集中する理由のひとつは上述のように62歳といった公的年金の受給資格獲得をきっかけに引退を決意するということである。企業年金もそうした年齢をターゲットに自発的な退職を促すような設計になっている(注13)。とくに最近の企業年金にかんしては,確定拠出型年金の運用成績の好調なこともあって,大企業の場合にはかなりの高い水準になっており,相対的に賃金の安い現業労働者にとっては,年金と賃金の代替率も高くなる。
 こうした定年なしの退職管理を可能にしている条件のひとつは,日本に比べて非年功的な賃金体系にある(注14)。この傾向は民間でも公務員でも共通であり,とくに現業部門の労働者に顕著である(注15)。また年功的な昇進という面でも若くして管理職についている人がいる一方で,年齢の高いひとでも担当者として仕事をするといったことは例外的ではない。なお経営管理者層については,年間4万ドル以上の退職年金を受け取るような場合には定年を設けてよいことになっており,また,公務員の場合,政策立案等に携わる上級公務員の多くはいわゆる政治任命(political appointee)で政権交代等によって退職していくから,上級管理職のポストを定年によって空けていく必要性も小さい。
 レイオフ制度の存在も定年なしで退職管理を行える条件のひとつである。高齢労働者に対しても,後で年齢差別の訴訟を起こさないという一札をとったうえで,退職条件などにプレミアムをつけた早期退職プログラムを提示することは可能である。ただし,年齢差別禁止法下で高齢労働者の解雇やレイオフは容易ではない。実際,図6にあるように,年齢差別禁止違反にかんする訴えとしては,解雇に際して年齢差別を受けたというものが多くなっており,結果として高齢者の雇用保護は法律によって強化されているといえる。

図6 年齢差別禁止にかんする項目別申し立て数

 アメリカでは年齢差別禁止法以前の,定年が合法的であったときでも,定年の多くは65歳であり,その当時から一般的な退職年齢は60歳代前半だったから,禁止法導入のインパクトはそれほど大きくはなかった。しかし上述のように,退職年齢は集中しているとはいえ,例外的に70歳を超えて働くような人も出てきており,また年齢層を特定した早期退職募集等には,年齢差別訴訟を起こさないことを応募条件につけるといった注意も必要になった。定年なしでも,企業にとって望ましい年齢層での退職を誘発するような企業年金設計を行うことになったということも,禁止法導入のインパクトといえよう。



VI 年齢差別禁止に向けて

 こうしたアメリカなどの事例も参照にしながら,年齢差別禁止ルールはどのように策定すべきであろうか。まず,定年退職制度や求人年齢制限を不可欠にしている年功的な賃金・昇進制度の抜本的見直しだ。これについてはかなり自動的に進むものと考えられる。
 たとえば「労働白書」(2000年)は男性標準労働者の年齢賃金プロファイルが1980年,90年,99年と確実にフラットになってきていることを示している。もちろんこれは標準労働者の賃金であるから中途退職者や中途採用者などを含む平均の動きとは異なる。しかし,逆にいえばそれだけ企業の中の標準的な賃金制度そのものの変化を示すものといえる。少なくとも賃金「制度」は非年功的な方向に向かって確実に変化しているといえよう。同じ白書は年功的な昇進については昇進年齢の遅れということで,まだ年功的な枠組みの変化していないことを示している。しかし同時に高学歴でも管理職にならない従業員比率も増加することを予測しており,年功的昇進制度についても早晩変化してこざるをえないことを示唆している。
 年功的な賃金・昇進制度については現在企業の進めている変化が,定年退職制度や求人年齢制限の廃止を可能にする方向に向かっていると考えられてよいだろう。ただし,年功賃金制度には個人のライフステージにあわせた賃金支払いという生活給の側面もある。したがって賃金をまったく年齢とリンクしないかたちにするには,たとえば30代の賃金と必要所得の差額を運用して40代,50代の出費のために備えるといったように,個人が自らの選択と責任で生涯の所得配分をおこなえるような外部環境の整備も必要である。
 問題は定年によらない雇用調整ということである。現在の解雇権濫用法理の下では,企業としては雇用調整の手段として定年退職に大きく依存せざるをえないし,労働側としても定年によってそれまでの雇用保障が担保されるならやはりその枠組みは維持したいはずだ。ただここで考えなければならないのは,定年によってどれほどそこまでの雇用保障が担保されてきたかは実証的には必ずしも明らかでないということである。
 実際これまでも定年退職制度の下でも解雇や希望退職募集がなかったわけではない。定年の雇用維持効果についてはより実証的な分析を必要とするだろう。
 しかもこれまでの雇用調整実態を見ると,定年退職制度と一体になった年功的な賃金・処遇制度のもとで,中高年層がリストラの対象になりやすかったことも事実である。中高年で雇用を奪われることは,若いときよりも大きなロスを生むことはこれまでの実証研究でも繰り返し確認されている(注16)。むしろ必要な場合の雇用調整はやむをえないという観点に立って,もっともロスの少ないかたちでの雇用調整ルールを作ることが,労働側にとっても必要なのではないだろうか。
 こうした賃金制度,昇進制度,雇用調整のありかたなどについて,労使でよく討議することで,年齢差別のない雇用制度を構築していく必要がある。そして最終的にはそうした労使大方の合意をうけて,法律による年齢差別禁止ルールを確立すべきである。もちろんそのためには,政策的な環境整備も不可欠だ。とくにそうした年齢差別禁止を実現するための外部条件と十分な時間を労使に与えることが重要である。
 たとえば外部条件整備ということについていえば,年功賃金がなくなっても個人のライフステージに応じた所得配分を個人の選択でおこなえるような金融制度の整備といったことも大切なポイントになる。あるいは中年になって企業を変わることになっても困らないように,雇用情報や能力再開発の機会が労働市場にもっと多く供給されるような,労働市場機能の強化も必要だ。そのうえでの年齢差別禁止法施行ということになろう。
 またこうした労働市場環境の整備や企業内の雇用制度変革には時間を要するから,年齢差別禁止法を策定するとしても,相当長い予告期間を経たうえでこれを施行すべきである。たとえば特別支給の厚生年金(いわゆる基礎年金部分)の支給開始年齢が65歳支給になる2013年あたりをターゲットにするといった考え方もその一つだろう。それまでに年齢差別禁止を可能にする環境条件を整え,労使にも雇用制度の変革をゆとりをもって進めてもらうということである。
 ただし緊急性のある問題についてはできるだけ速やかに実施する必要がある。求人年齢制限の問題などは中高年の失業を深刻化させている喫緊の障壁であり,できるだけ速やかな対応が求められる。すでに定年の年齢は60歳を下回ってはならないという法律があるのだから,少なくともその年齢までの求人年齢制限をつけることを禁止するといったことはすぐにでも具体的検討に入ってよいのではないかと思う。
 最後に,本稿は主として高齢社会における人材活用という観点から年齢差別禁止の必要性について議論したが,年齢差別の禁止についてはもともと人権問題としての側面もある。年齢という個人では変えられない要件によって退職を迫られ求人を制限されるということのもつ問題点である。さらに個人にとっていつ引退するかという職業人生の自己決定権を取り戻すという意味もある。こうしたことも含めて,年齢差別禁止の可能性について幅広い議論の発展を望みたい。

*本研究の一部は,慶應義塾大学大学院高度化推進研究プロジェクトと東京財団からの研究費によってまかなわれたことを記して感謝したい。


(注1)この必要性については清家(1988)で詳しく述べた。

(注2)この賃金関数はいわゆるHeckit Modelによって推計された。計測された賃金関数の係数に各自の人的資源変数を掛け合わせて推計したものである。

(注3)ただし職業安定統計では,たとえば45歳までという求人を複数受けているときには,それを45〜49歳層だけでなく,44歳以下の年齢層にも均等配分するという加工を施しているので,高い年齢層への求人数は実際よりも過小に数えられている傾向がある。

(注4)一般紙は,読売,朝日,毎日,経済紙は日本経済,夕刊紙は日刊ゲンダイ,スポーツ紙は東京スポーツをとった。調査日は,一般紙,経済紙については2000年7月23日(日)と8月27日(日)の両日,夕刊紙とスポーツ紙は7月21日(金)と8月25日(金)に発売の7月22日号,8月26日号でとっている。データ収集については慶應義塾大学清家研究会の大石真由君,恩地文夫君,津田夏樹君,三澤香菜子君,山崎倫史君,山崎誠君,行友紀子君,の協力をえた。

(注5)ただし夕刊紙,スポーツ紙はそれぞれ1紙であるので,この傾向はよりサンプルを増やして確認する必要がある。

(注6)ただしこれは本人に理由を尋ねたものであるから,理由として比較的受け入れられやすい求人年齢をあげる傾向もあるだろうということには留保すべきであろう。

(注7)この点を詳細に分析したものとしてLazear(1982)などがある。

(注8)法学者の言う解雇権濫用の法理,とくにその中での整理解雇の法理による。

(注9)ただし,後述のように「労働白書」(2000年)などでは,年功賃金制度などにすでに趨勢的な変化の胎動の生じていることを示している。

(注10)詳しくは本誌本号の森戸論文を参照されたい。

(注11)清家篤・森戸英幸(2000)。

(注12)こうした傾向は民間企業で出してもらった非公開データでも同様である。ただし調査した民間企業の中では,退職の平均年齢が50代後半というケースもあった。この会社は90年代に大規模なリストラを行った企業でもある。

(注13)終身型の確定給付型年金には従業員にとって生涯年金価値を最大にするような退職年齢が存在する。こうした企業による企業年金の退職誘発をねらった戦略を実証的に分析した論文にKotolicoff=Wise(1985)などがある。

(注14)こうした傾向はShimada(1981)以来多くの研究で確認されており,「労働白書」(2000年)もあらためてこれを示す図を掲げている。

(注15)もっとも典型的な例では,アメリカ自動車労働組合(UAW)と自動車メーカーの労働協約で,生産ラインに採用された組合員は同一職種において採用から36カ月間昇給しその後は勤続による昇給はないことになっている。

(注16)たとえばAbe=Tsutsumi(1998)などを参照されたい。


参考文献
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労働省編(2000)『平成12年版労働白書』日本労働研究機構。
清家篤(1993)『高齢化社会の労働市場』東洋経済新報社。
清家篤(1998)『生涯現役社会の条件』中公新書。
Seike, A. and Yamada, A. (1998) The Impact of Mandatory Retirement and the Public Pension System on Human Capital Loss, The Keizai Bunseki (The Economic Analysis), No.155, Economic Research Institute, Economic Planning Agency.
清家篤・森戸英幸(2000)『アメリカ年齢差別禁止法下での退職管理に関する実態調査報告』年金総合研究センター。
Shimada, H. (1981) Earnings Structure and Human Investment, Kogakusha.


 せいけ・あつし 慶應義塾大学商学部教授。博士(商学)。主な著書に『高齢化社会の労働市場』(東洋経済新報社,1993年),『生涯現役社会の条件』(中公新書,1998年)など。労働経済学専攻。

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