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(著者抄録)
女性の学歴と労働市場への定着性との関連について分析する。使用したデータは1995年に名古屋市で行った女性の職業経歴と家族経歴に関する調査により収集した。分析の結果,キャリア形成の初期において大卒者は高卒者より高い確率で労働市場を退出するが,後期には大卒者のほうが定着率が高い。就業決定に対する結婚・出産の影響は学歴によって異なり,結婚・出産によって退職する確率は大卒者においては比較的低い。しかし,結婚・出産を乗り越えて労働市場に定着していった一部の大卒者の職業は特定の職種に限定され,女性の高学歴化によってもたらされる女性の就業パターンの変化は,学歴そのものの効果よりも職業属性によることが示唆される。

(論文目次)
I はじめに
II 先行研究と問題の所在
III 使用したデータと調査方法
IV 分析方法と変数の定義
V 職業経歴,家族経歴の概要
VI 分析結果
VII まとめ

I はじめに

 既婚女性の就業行動に関して,過去様々な研究が行われてきたが,他の先進工業国のケースと比較して日本の場合よく指摘されてきたのが,女性の学歴と労働力供給の間には必ずしもはっきりした正の相関が見られないということであった(Brinton 1993;ブリントン 1998;Hill 1983,1984;雇用促進事業団雇用職業総合研究所 1988;岡本,直井,岩井 1990;Tanaka 1987;矢野 1982;苑 1992)。
 たとえば,有業率を大卒と高卒とで比べると,若年層,高年層では大卒のほうが高いが,出産・育児期にあたる30代中ごろの有業率は大卒のほうが低くなっている(古郡 1995)。雇用就業に対する学歴の影響力はフルタイム就労ではプラスの方向にはたらくが,パートタイム就労ではマイナスの方向に影響する(大沢 1993)。また,就業歴をキャリアパターンに分類して分析した研究でも,学歴の高さが必ずしも就業継続と結びついていない(雇用促進事業団雇用職業総合研究所 1988;岡本,直井,岩井 1990)。
 こうした日本における女子労働の変則性が,経済発展に伴う産業構造と労働力構成の転換のタイミングの違いによるものなのか,あるいは教育や労働市場における人的資本の形成過程の制度的違いによるものか,多くの議論がなされてきた。
 人的資本理論に基づく女子労働供給理論では,経済発展に伴う市場賃金の上昇が既婚女性の労働供給量に与えた影響を,労働供給を促す代替効果と逆にそれを抑制する所得効果という相反する力の総和として決定されると考え,女子労働力率の増加は前者の影響力が後者のそれを上回ってきたという経緯により説明される(Mincer 1962;Smith and Ward 1985)。学歴はその双方に対し正の相関関係にあるが,これらを統制してもなおかつ学校教育の持つ社会化機能により,欧米においては学歴は既婚女性の労働供給を促進するはたらきを持つこと,さらにはアメリカではそのような傾向が今世紀初頭からすでに現れていたことが確認されてきた(Goldin 1990)。わが国でそのような関係がはっきりとは見られなかった理由として,一つには家族従業者や自営業者の割合が比較的高かったという労働力構成の違いと産業構造の転換ペースの違いが指摘されている(Hill 1983,1984;Mincer 1985;大沢 1993.1998)。
 その一方で,女性の学歴と労働供給率との関連におけるわが国の変則性を説明するものとして,Brintonはライフコースの移行タイミンタと人的資本形成システムの性分離に注目する。Brintonは,日本の場合欧米に比べてライフコースの移行タイミングの規範性が高いため,出産・育児期と重なる初期キャリア形成期において女性が研修など人的資本を形成するチャンスを逃し,結果として人的資本形成システムの性分離が恒常化していると指摘する。しかし,企業内訓練は退職のハザード率を低下させる効果があるが,こと大卒の女性に関してはそのような関連が認められない(Higuchi1994)。
 日本の女性の学歴と就業行動の関係は,今後欧米諸国がたどったような軌跡を描いていくのだろうか。すなわち,女性の学歴と就業行動の間には人的資本論が予測するような正の関係が見られるようになるのだろうか。本論が問題とする点はここにある。



II 先行研究と問題の所在

 女性の学歴と就業行動を分析した先行研究は,分析方法において大きく三つに分類される。第1は,労働力率や雇用就業率,勤続年数といった労働供給の側面に焦点を当てたもの,第2は,キャリアコースのパターン分析,第3は,労働市場定着性を論じるものである。これらの先行研究によって女性の就業行動に関する知見の蓄積がなされてきたが,ライフコースにおける女性の「働き方」とそれに対する学歴の効果を問う場合,これらの研究枠組みには様々な限界がある。

1 「移動」をめぐる問題

 第1は横断的データ解析では「移動」の実態を厳密にはとらえられないことである。たとえば,労働力率や雇用就業率を被説明変数とした場合,それはある一時点での労働人口(雇用就業者数)をとらえたものであり,その中には,当然のことながら働き始めて1年目の者も10年目の者も含まれる。ライフコース上における就業行動は,現実には労働市場への参入,退出,あるいは労働市場内での転職といった「移動」によって織りなされており,これをある一時点の労働供給量で把握するには限界がある。
 「移動」を十分に把握できないことはキャリアコースのパターン分析にも当てはまる。これはキャリアコースを,「就業継続」「結婚退職型」「再就職型」等のパターンに分類して分析する手法だが,これによって就業パターンの大まかな構造を知りえても「移動」の実態,あるいはその因果関係まで踏み込んで分析するには情報の損失が多い。たとえば.3年働いて結婚退職した者も,10年働いて結婚退職した者も,その後再就職しなければ等しく「結婚後無職」として扱われるからである。
 学校を卒業した後,大部分の女性がまず労働市場に参入している現状をかんがみるに.問題は「はたらくかはたらかないかではなく,人生のどの時点でどのような形ではたらくか」(大沢 1998,p.15)ということである。初期キャリア形成期における人的資本の蓄積がその後のキャリアパスに大きな影響を及ぼしていることを考えれば,注目しなければならないのは横断的な労働供給量よりも,むしろキャリア形成期における女性の労働市場への定着性であると考えられる。「働いているグループ」がどれだけそこにとどまったか。本研究が労働市場への定着性に着目するゆえんはここにある。

2 センサリング

 職業経歴やライフコース移行を分析することの2番目の難しさは,研究課題亜となる事象(たとえば労働市場からの退出)をすべての人が経験するわけではなく,また生起時点いかんによっては観測から脱落してしまうことである。センサリング(Censoring Problem)と呼ばれる問題である。
 たとえばキャリアコースのパターンのコホート分析で,初職についてまだ間もない20代前半を観測すれは当然「一貫就業型」が多いであろう。その中には将来キャリアを中断する者も縦続する者も当然のことながら存在するが観測時点ではこの分化は観測しえない。
 また,センサリングは分析サンプルの偏りをも引き起こす。たとえば,勤続年数を被説明変数にする場合,勤続年数が観測できるのはその時点で有職の者こ限られる。逆に言えば,労働市場から退出してしまった者は分析サンプルから除かれてしまうわけである。

3 学歴と家族イベントの交互作用

 第3は,就業行動に対する〈学歴〉と結婚・出産などの〈家族イベント〉の交互作用が十分解明されていない点である。たとえは,初職でフルタイム就業した女性の末子出産時点におけるフルタイム就業確率を分析した研究では,学歴がごくわずかながらフルタイム継続就業を促進する効果を持つことが確認されている(田中 1997)。同様な結果が,結婚前にフルタイム雇用されていた有配偶女子と未婚女子を結合したデータを使用した分析で,結婚退職,出産退職のハザード率に対して学歴が負の関係にあることも報告されている(小島 1995)。また一方では結婚や出産後も働き続ける確率に大卒であることが有意義を持たなかったという報告もある(日本労働研究機構 1997)。これらの研究は時間軸を視野に入れた点で大いに評価されるものの,労働市場への定着の度合いを観測する時点を末子出産や結婚/出産退職といった家族イベントと連結させているため,結婚や出産という家族イベント自体が「退職」という行動決定にどのような影響を持つのか,学歴が高いほどその影響力が強いのかあるいは弱いのか,そうした交互作用を推定することができない。
 以上のように,労働市場内・外の「移動」を把握し,観察期間や事象の生起のタイミングにかかわるセンサリングの問題を扱い,事象間の因果関係および交互作用を推定できる分析手法が求められてきた。

4 問題の所在

 女性の高学歴化は近年著しく進んでいる。特に,女子の大学進学率(短大・大学)が男子の進学率を超えた1989年以降,男子の大学進学率が停滞するなかで,女子の進学率の上昇と短大志向から4年制大学志向へのシフトが目立つ。しかし,その一方で,全体的に女子労働力率が上昇したものの,男女の賃金格差は相変わらず先進国中最も大きく,しかも改善される傾向はあまり見られない。その要因として,結婚・出産による初期キャリアの中断と企業内における人的資本形成システムの性分離が常々指摘されてきた。
 欧米先進諸国において,女性の就業行動が著しく変化してきた原動力が,産業構造の転換による女性の就業機会の増大と女性の学歴水準の上昇にあったこと(Goldin 1990)にかんがみると,わが国の女性の就業行動の今後の変化を占う意味でも初期キャリア形成期における女性の労働市場への定着性を学歴とのかかわりにおいて分析することは有意義であると考えられる。
 以上のような問題意識において,本論は女性の学歴と初期キャリアにおける労働市場への定着性の関連をハザード分析を用いて分析する。本論で注目する事象は初期キャリアにおける労働市場からの退出である。学校(高校,短大,大学)を卒業して初職に就いてから労働市場を退出する確率に学歴はどのような影響を及ぼしているのか。結婚・出産による影響は学歴によって異なるのだろうか。



III 使用したデータと調査方法

 本研究で使用したデータは,1995年,名古屋市の市立小学校を通じて実施した調査によって収集した(注1)。名古屋市内の259の市立小学校学区から,国勢調査の学区別データをもとに女性居住者の高等教育進学率と高齢者人口比率の二つの指標を用いて4校を層化抽出し,各学校に在籍する4,5年生の保護者(母親)を対象として調査を行った。調査方法は,1995年5月8日に各小学校の4,5年生のクラス担任を通じて児童に調査票を配布し,家庭で記入・封印された調査票を1週間から10日後に回収した。配布数973通,有効回収数は819通,回収率は84.17%である。調査内容は,回想法による職業経歴(初職から現在まで就いた各職業[第3職まで+現職]の属性),本人の年収,世帯収入,家族歴(結婚歴,出産歴),夫の属性(学歴,初職と現職の職業属性)である。
 ここから,(1)年齢:30~49歳,(2)調査時点で有配偶,(3)学校卒業後に職業経験があり,(4)初職が雇用者だった者,計587件をサブサンプルとして抽出し,分析に用いた。
 分析対象を30~49歳の有配偶で就学児を持つ女性とした。年齢とライフステージで分析対象の下限を区切ったのは,回想法による職歴のセンサリングを極力避けるためではあるが,その反面,未婚者および出産経験のない者を分析対象から除外せざるをえなかった。
 未婚・未出産者を分析に含めるべきか否かについては判断の分かれるところである。未婚者を含む分析枠組みを設定すれは,就業決定に対する〈学歴〉と〈家族イベント〉の交互作用はより厳密に推定できる。しかし,女性の就業行動の決定要因として大きなウエイトを持つ夫の収入その他の配偶者の属性に関する変数は分析に用いることは不可能となる。女性の学歴と就業行動の関連について分析する際,配偶者の所得効果を統制できないことは致命的な欠陥と考えざるをえない。したがって,本研究では当該コホートのうち,調査時点ですでに結婚・出産したことのある人について,学歴と家族イベントとの交互作用を分析するにとどめている。さらに,女性の就労が晩婚化をもたらしているという逆の因果関係,あるいは就業行動と結婚行動の同時決定関係も考えられるが,それらに関する考察は別の機会にゆずりたい。
 もっとも,1995年の全国平均有配偶率は35~39歳で約90%であり(総務庁統計局1996),さらに,有配偶者のうち出産経験者は35~39歳で95%である(厚生省人口問題研究所1993)。つまり,このコホートのほとんどの者が一度は結婚し,結婚した大部分の人が出産を経験しているという現実がある。女性の高学歴化が晩婚化を促しているという指摘はなされているが,統計で見る限り本研究の対象とするコホートの大部分はこの年齢に達するまでに遅かれ早かれ結婚・出産を経験しているのである。
 結婚行動に大きな変化が見られるようになったのは比較的最近のことであり,晩婚化傾向が「非婚化」につながるのか,少子化が「無子化」に結びつくかは,現在20歳代の女性の結婚,出産,就労状況を追跡するまで解明しえない。
 表1は当該データを全国データと比較したものである。初婚年齢は結婚年度によって異なるので,ここでは使用データにおける結婚年の最頻値年に近い1980年のデータと比較している。全国平均と比べると初婚年齢は若干若く,調査時点での労働力率は高い傾向にあるが,雇用者率は低い(注2)。

表1 全国データとの比較



IV 分析方法と変数の定義

 本論では女性の労働市場への定着性を観察するにあたり,ハザード分析を用いる。ハザード分析とは,ある時点(t-1)まである事象を経験しなかった者が次の観測時点(t)において当該事象を経験する確率(ハザード率)を多変量解析を用いて分析する手法である(Allison 1984; Allison 1995; Blossfeld,Hamerle and Mayer 1989; Yamaguchi 1991)。
 ハザード分析の手法については,ハザード関数の関数形をあらかじめ想定するパラメトリカルな手法,関数形を想定しない比例ハザードモデルなどいくつかの選択肢があるが,本研究では,以下の二つの理由からdiscrete logit modelを採用する。それは,(1)学歴のハザード率への影響が(関数形のいかんにかかわらず)ベースラインモデルに対して指数的に変化するという比例ハザードモデルの前提を,当該データが満たしていないこと,(2)従業上の地位や企業規模など各観測時点で変化する時間変動変数の情報が比較的豊富にある当データの利点を生かすためである。
 具体的には,データを各サンプルごとの各観測時点(ここでは月ごと)におけるレコード系列に組み直したうえで,各月における退出・非退出の確率のロジットを被説明変数とするロジスティック回帰分析として推定を行う(注3)。推定式は下記の通り表される。



 推定に用いた説明変数は以下の通りである。「仕事の満足度」「企業規模」「従業上の地位」「結婚」「出産」は各月の観察による時間変動変数とした。「本人の年収」については過去にさかのぼった正確な額を調査でとらえることは不可能なため,就業中断者については,労働市場を退出する直前の,縦続就業者については調査時点における職業の,それぞれの職業属性をもとに,民間企業については1995年の『賃金サンサス』(労働省1995),公務員については1994年の『公務員給与体系表』(自治省・地方公務員給与制度研究会1994)から推定した。推定に用いた指標は,産業中分類,企業規模,性別,職種,学歴,年齢階級,勤続年数等である。パートタイム就労者についても賃金センサスのパートタイム労働者各カテゴリーの1時間当たり所定内給与額を割り出し,それと調査から得られた週当たり労働時間を用いて年収を推定した(注4)。

説明変数
学歴    高卒以下(基準カテゴリー),短大・専門学校卒,4年制大学以上
勤務月数  初職に就いてからの月数
【本人の職業属性】
 仕事の満足度(時間変動変数=time-varying covariate)
   疲労:「仕事が終わると疲れていて他になにもする気がしなかった」
     (その通りだと想う=1~まったくそうは思わない=5)
   専門知識:「自分の知識や専門を活かすことができた」
     (まったくそうは思わない=1~その通りだと思う=5)
   給与男女差別:「給与の面で男女差別をよく感じた」
     (その通りだと想う=1~まったくそうは思わない=5)
   職場の人間関係:「職場の人間関係はとてもよかった」
     (まったくそうは思わない=l~その通りだと思う=5)
 企業規模(時間変動変数)
   50人未満(基準カテゴリー)
   50人から999人
   1000人以上
   公務員
 従業上の地位(時間変動変数)
   パートタイム=0 フルタイム=1
 Ln(本人の年収)
   就業中断者については労働市場を退出する直前の年収,継続就業者については調査時点における年収
【夫の属性】
 学歴 (年数)
 夫の勤務先企業規模
   50人未満(基準カテゴリー)
   50人から999人
   1000人以上
   公務員
 Ln(夫の年収)
   世帯収入-妻の収入を推定値として使用
【家族歴イベント】(時間変動変数)
 結婚
   各月の配偶関係,0=未婚,1=既婚
 出産
   各月の妊娠・子供の有無 0=未妊娠,1=妊娠中もしくは子どもあり

 図1は,本研究の分析枠組みを図式化したものである。学校(高校,短大,4年制大学)を卒業した後に初職に就いた時点から調査時点までの労働状況を回想法により月ごとに観察し,労働市場から退出する確率に対する学歴の効果を推定する(注5)。

図1 分析枠組み

 基本モデルで特に注目されるのは妻の収入と夫(本人以外の世帯構成員)の収入の効果である。人的資本論から導き出される仮説では前者は労働市場から退出するハザード率を抑制し,後者は逆にそれを促進するであろう。また有配偶,および妊娠・出産はハザード率を促進する。問題はモデルIIIとモデルIVで投入される家族イベントと学歴との交互作用である。今後既婚女性の就業行動が人的資本論が予測する方向に変化するのであれば,労働市場退出のハザード率に対する結婚・出産の家族イベントの効果は学歴によって異なり,有配偶と学歴および妊娠・出産と学歴の交互作用は労働市場退出のハザード率を抑制するであろう。



V 職業経歴,家族経歴の概要

 表2は対象者の職業経歴と家族経歴の概要を学歴別にまとめたものである。経験した職業の数の平均値は2.24,労働市場を一度は退出したことのある者は90%。また,初職に就いてから4.92年で50%の者が労働市場を退出している。

表2 サンプルの属性

 概して高学歴の者ほど職歴は単純である。たとえば,経験した職業の数は,高卒で2.53,短大卒で2.04,大卒で1.77と高学歴の者ほど少ない。その一方で初職を継続した者の割合は高卒と短大卒は2%だが,大卒では13%と高い。しかし,初職を退職後,次の職業に就いた者の割合は,高卒83%,短大卒68%,大卒60%と学歴が高いほど少なくなっている。さらに,初職に就いてから労働市場を退出するまでの年数の中央値も,高卒5.33年,短大卒4.33年,大卒4.00年と,高学歴ほと短い傾向にある。高学歴者の職歴が比較的単純だというのは,ある一つの仕事を継続した少数グループと,初職を早い時期に退職して以降専業主婦の道を歩んだグループとに二極分解していると考えることもできる。
 家族経歴に関しては,結婚年齢の平均は24.4歳,出産年齢の平均値は26.2歳。学歴別で見ると,高卒23.8歳,短大卒24.7歳,大卒25.7歳と学歴が高いほど結婚年齢は上がる傾向にある。もっとも,学卒時からの年数を見ると,高卒では6.7年,短大卒では5.5年,大卒では4.3年となっており,その間隔は高学歴ほど短い傾向にあるといえる。出産年齢も同様に高卒25.7歳,短大卒26.4歳,大卒27.4歳となっている。結婚から出産までの年数には学歴に有意差は認められず,また,子供の数にも差は見られなかった。
 図2は,労働市場への累積生存率を学歴別にプロットしたものである。高学歴者の職業経歴の二極分解傾向がこの図からも読み取れる。職歴の前半,6~7年目ごろまでは学歴が高いほど速い速度で労働市場を退出しているが,後半になると大卒者のほうが労働市場に定着している。つまり,労働市場を退出するハザード率に対する学歴の効果は時間軸上で大きく変化している。

図2 学歴別累積生存率分布



VI 分析結果

 表3はハザード分析の推定結果である。モデルIの推定結果から,全般的に初職参入から年月がたつほど労働市場から退出するハザード率は高まるが,大卒者に関しては逆に時間とともに定着性が高まることが読み取れる。しかし,短大卒にはこの傾向は観測されなかった。時間変数と大卒の交互作用が負の方向にはたらいていること(negative duration dependency)から,大卒者間での多様性を統制しきれていないことが疑われる(unobserved heterogeneity)。しかし,別に行った分析で,専攻分野や国公立・私立の別,あるいは共学・別学といった教育に関する変数を投入したが,結果に大きな変化はなかった。すなわち,当該分析枠組みではとらえきれない大卒者間の差異は,少なくとも専攻分野や大学の種類によるものではない。

表3 労働市場退出ハザード率推定結果

 職業属性のうち,本人の年収は一貫してハザード率を抑制する方向にはたらいていた。しかし,夫からの所得効果は妻の労働市場への定着を阻害する方向にはたらいているものの,有意には達していない。その一方で夫が公務員であることはハザード率を抑制する。公務員の夫を持つ妻が労働市場を退出する確率は,小企業勤めの夫を持つ妻の約38%である。
 仕事の満足度との関連で言えば,専門知識が活かせ,給与の男女差別がなく,また職場の人間関係が円満であるほど,労働市場への定着性を高めるという傾向が認められた。
 モデルIIの推定結果から,結婚や出産はハザード率を促進する効果があることが認められる。推定値としては労働市場を退出する確率は結婚により1.6倍,出産により3.4倍高くなる。配偶関係,出産を別々に投入しても,同様の結果が出た。
 結婚・出産が女性のキャリアにとって大きな分岐点となることは周知のことだが,それが学歴によってどう異なるか,つまり,結婚・出産と学歴との交互作用を投入して推定したのがモデルIIIとモデルIVである。これら交互作用のうち,大卒であることと結婚・出産の交互作用の効果はマイナスで有意に達している。つまり,全体として結婚・出産は,女性が労働市場から退出する確率を非常に強く促進するが,その影響力の強さは学歴によって異なり,大卒者では高卒者に比べて低い。また,最終モデルでは大卒と勤務月数の交互作用が有意に達していないことから,年数がたつほど大卒者の定着率が高まるのは学歴による出産効果の違いによるものであることが示唆される。
 これらのことは学歴別ハザード率が時間軸上で大きく変化することと密接な関係がある。図3は基礎モデル(モデルI)で推定された短大卒,大卒者の相対ハザード率が勤続年数によってどのように推移するかをプロットしたものである。基準となるのは高卒のハザード率であり,それぞれの時点で高卒者が労働市場から退出する確率を1とした場合の短大卒,大学卒者のハザードの相対比率である。この図からわかるように,初期キャリアにおける大卒者のハザード率は相対的に高く,勤続1年目の終わりには高卒者より1.6倍も高い。しかし,その差は時間とともに狭まり,初期キャリアの後半では大卒者のほうが高卒者よりも労働市場への定着率は高くなっていく。その分岐点となるのが就職してから約4年目ごろ。ちょうど結婚・出産という家族イベントを経験する時期と重なる。つまり,大卒者が労働市場に参入するのは高卒者に比べると4年のギャップがあり,それに比べて彼女らの結婚・出産のタイミングの遅れは相対的に小さい。そのため,大卒者で労働市場を退出する者がキャリアの初期に集中し,平均すると労働市場を退出するまでの期間は学歴が高いほど短くなってしまうのである。

図3 各時点における相対ハザード(モデルI)

 労働市場参入後4年目の終わりには大卒者の約半数が,6~7年目の終わりごろまでには8割が労働市場から退出している(図2)。この時点で労働市場に残っている大卒者が2割という数字を多いと見るか少ないと見るか判断は分かれるであろうが,いずれにしても,大卒女性の就業行動パターンには,早期に退職する多数の者と配偶関係や出産にかかわらず労働市場にとどまり続ける少数派という二極分化が確認される。
 ここで注意しなくてはいけないのが,学歴と職業属性との関連である。大卒者で労働市場にとどまり続けた者は111名中20名であり,そのうちの11名は教職関係に従事しており,また企業規模・タイプ別では7名が公務員となっている。サンプル数の制約から一般化には慎重を要するが,初期キャリアの後半における大卒者のハザード率の低さは学枚数育の効果そのものよりも教育関係/公務員に代表される職業属性によるものである可能性は否定できない。つまり,この職種に就くには学歴が必要だが,学歴が高いから教職関係に就くわけではないということである。実際,大卒者で教職に就く者の割合はここ30年で急激に減ってきており(田中1997),そのことからも女性の高学歴化が女性の就業パターンに与える影響はまだ特定の職種に検定されていると考えられる。



VII まとめ

 分析結果から得られた知見は以下の3点である。
 1) 労働市場を退出するハザード率に対する学 歴の影響は時間軸上で変化している。職歴の初期(4年目ごろまで)は学歴が高いほど労働市場を退出する確率は高いが,それを越すと学歴が高いほど労働市場に残る確率が高くなる。
 2) 結婚・出産という家族イベントは労働市場を退出する確率を非常に強く促進するが,その効果は大卒とそれ以外の学歴群では異なっている。大卒であることは,高卒や短大卒の女性に比べて結婚や出産で労働市場を退出するハザード率を抑制する。
 3) 本人の職業属性では,年収が高いほど,仕事から得られる満足度が高いほど,また,夫の職業が公務員であることも労働市場を退出する確率を抑制する。
 時間軸上で学歴のハザード率への影響が変わる分岐点となるのは,結婚・出産という家族イベントであるが,離職ハザード率に対する学歴の効果のかなりの部分は--時間軸上での変化も含めて--結婚・出産の「適齢期規範」によるものだと考えられる。すなわち,キャリア初期における高学歴者の離職率の高さは,労働市場に参入するタイミングが学歴が高いほど遅いためであり,その遅れが学歴が高いほど遅れる結婚・出産のタイミングの遅れを相殺してしまい,結果として「結婚・出産」によって中断される初期キャリアが高学歴者において短くなるためだと考えられる。
 さらに,観察期間中,労働市場にとどまり続けた者の職業が教職関係/公務員という職業に多く見られる。そのことから,キャリア後半期こおける離職率を低下させる学歴効果は,学校教育そのものによるというよりも教職関係/公務員という職業的属性によるものである可能性も否定できない。
 本研究で使用したデータには勤務条件の詳しい情報が得られていないので,あくまで推測の域を出ないのだが,教職や公務員という職業が民間企業に比べて安定した雇用を提供する職場であり,残業が比較的少ないことや出産・育児休暇,またそうした制度を利用しやすいなとの子育てと両立しやすい「職場の雰囲気」といった,教職・公務員という職業に付随する属性が大いに影響しているということは十分考えられる。とすれば,教員や公務員の離職ハザード率が低いのは,これらの職業に「女性が働きやすい」とされている属性が備わっているからなのか,あるいは,「働き続けたい」と願う女性がそうした職業を意識的に選んだ結果なのか。また,夫が公務員であることが妻の労働市場への定着率を高める点についても,それが夫の職業属性によるものなのか,あるいは意識的な配偶者選択の結果なのか,様々な因果関係が考えられる。
 さらに,本研究の結果が示唆するものは,学歴とは女性の何を測る指標なのかという古くて新しい問題でもある。人的資本論の立場からは学校教育とは人間の将来の生産性に対する投資であり,また能力を判別する指標として概念化されてきた。だからこそ,学歴は既婚女性の労働供給を説明する際の重要な変数となってきたはずである。
 先行研究で明らかにされてきたように,日本の場合は女性の学歴と就業の間には人的資本論が予測するような正の関係がはっきりとは認められてこなかった。産業化過程における,女性の教育水準の向上,事務職の需要の高まりと就業機会の増大,そして女性の職場進出という一連のシナリオは,アメリカなとではある程度裏付けられてはきたものの,事務職の拡大傾向とそれが女性の就業パターンに及ぼす影響一つとってもアメリカと日本・韓国ではかなりの差異が存在することも指摘されている(プリントン1998)。そして,本研究の結果からも,ごく少数のケースをのぞいては女性の学歴が必ずしも労働市場への定着性を促進するものではないことが判明した。
 仮に,学歴が潜在的な生産性を測定するものだとし,そして,職業から得られる収益を一定とした場合,学歴が示唆するのは「収益への期待」と「それが満たされない現実」との落差であると考えることもできる。すなわち,学歴が高ければ高いほど職業から得られる有形無形の利益(収入の高さや威信,仕事のやりがいなど)に対する期待が高まり,それに見合う労働需要が存在しないことが,初期キャリア形成期における労働市場への定着度の背景にあるということも考えられる。
 しかし,先に触れたように,初期における労働市場から退出する傾向は大学の専門分野によって差が出るものではなかった。つまり,極論すればフランス文学を専攻した女性も理工系の女性もキャリア形成期の就労決定において統計的には差が見られなかったということである。
 もっとも,篠塚(1995)の指摘するように,1960-70年代に急速に向上した女性の高等学校進学率の多くの部分が女子大や短大の増設によるものであり,それらの教育機関で強調された「隠れたカリキュラム」は,職業人の育成というよりもむしろ「良妻賢母」の育成であったことは考えられる。
 本研究で対象としたコホートの大卒者も,30歳代前半をのぞいて,1960年代から70年代にかけた時期に大学に籍を置いている。本研究ではサンプル数の制約上コホート分析にまでは立ち入れなかったが,少なくとも,本研究の結果から見る限り,女性の高学歴化が就業行動の変化の原動力になるか否かという点については,短大離れと女子大の共学化といった最近の大学改革の結果を待つべきなのだろう。さらに,高学歴女性の「晩婚化」が「非婚化」に結びついていくのかという点も含めて,現在20代のコホートが今後どのような職業経歴と家族経歴の軌跡を描いていくかが注目される。

*本研究に対してNational Science Foundation(#SBR9521033),労働リサーチセンターおよびJoint Committe on Japan Studies of the Social Science Research Council and the American Council of Learned Societiesから研究助成をいただいた。ここには謝意を表したい。


(注1) 名古屋市には私立の小学校はほとんどなく,小学生の大部分が地域の公立小学校に就学している。データ収集方法についての詳細はHirao(1997)を参照されたい。

(注2) 前述のように,分析に用いたサブサンプルは初職が雇用者だったものに限定している。

(注3) データの組み替えの手法についてはAllison(1995),Yamaguchi(1991)に詳しい。

(注4) 正確な年収の時系列データを収集するにはパネル調査以外にはない。職業属性から年収を推定することによって分散が低下するという統計学上の問題があるが,本研究では推定値を用いることが最善可能な手法であると判断する。また,ここで問題にしているのは労働市場に「とどまるか」「とどまらないか」という選択であって労働供給量の選択ではない。したがって,推定に用いる変数として職業から得られる金銭的報酬の年間総量という意味で年収のほうが賃金率よりも適切であると判断した。
 また,1994-95年の資料を用いた推定に統一したのは,様々な時点で生起した就業決定に対する代替効果を構造的に統制するためである。たとえば,10年前になされた就業決定と3年前になされた就業決定を同一の分析枠組みの中で扱い,それに対する代替効果を統制するためには,それが生起した時点での年収の実額ではなく,職業から得られる金銭的収益を賃金構造として標準化したほうが有意義であると判断したためである。

(注5) 「労働市場からの退出」と「転職」(職業間の移動)を区別するために,職業経歴上1年を超える無職期間をもって「労働市場から退出した」とみなし,無職期間が1年以内の場合を「転職」(=労働市場にとどまった)とみなしている。それは,(1)雇用保険が適用されるのは多くの場合6ヶ月までであり,(2)1992年に施行された育児休業法が休業の目的を1歳未満の子供の養育としていること,そして,(3)1年以上の休業は人的資本を低下させ,職場復帰の可能性を著しく低下させるという先行研究(Mincer and Ofek 1982)による。


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ひらお・けいこ 1958年生まれ。Ph.D.(University of Notre Dame, Department of Sociology)。上智大学助教授。主な論文に “Work Histories and Home Investment of Married Japanese Women.”(Ph. D. Dissertation, University of Notre Dame)など。社会学専攻。