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(著者抄録)
EUでは、1990年代半ば以来、公開協調手法として欧州雇用戦略が進められ、構造的失業率と長期失業率が低下し、就業率が上昇している。欧州雇用戦略は就業能力、起業家精神、適応能力および機会均等の四つの柱からなるが、2000年のリスボン欧州理事会で就業率の向上が目標として打ち出され、失業者対策から労働力の活性化政策に転換してきている。2002年に見直しが行われ、2003年からはフル就業、仕事の質および社会的統合を目指す第2期欧州雇用戦略が開始された。
(論文目次)
I EUにおける構造的失業の動向
II 欧州雇用戦略の進展
III 構造的失業への取り組み-就業能力からのアプローチ
IV 構造的失業対策から非就業者の活性化政策へ
V 「スクール・トゥ・ワーク」から生涯学習へ
VI 起業家精神-自営業と社会的経済への期待
VII 適応能力-労働組織の現代化
VIII 男女機会均等
IX 仕事の質
X 雇用戦略の見直し
XI 第2期欧州雇用戦略の枠組み
 本稿では,まずEUの雇用失業状況の近年の動きを概観し,1990年代後半から構造的失業率が着実に下がってきていることを確認した上で,この時期に進められたEUレベルの雇用に関する政策協調としての欧州雇用戦略の進展を略述し,それが狭義の失業対策から就業率の向上を目指す労働力活性化政策に転換してきていることを示す。さらに,生涯学習,起業家精神,適応能力および男女均等などの政策領域を概観し,新たなテーマとしての「仕事の質」にも言及する。最後に,最新情報として,2003年に始まる第2期欧州雇用戦略の方向性にも触れたい。



I EUにおける構造的失業の動向

 EUの失業率は,1970年代以来,急速かつ着実に上昇していった。1970年代前半の2%台から1980年代半ばには10%近くまで上昇し,1980年代末の好況で7%台まで下がった後,1990年代前半には11%台にまで跳ね上がった。不況とともに上昇し,好況でも下がらないEUの失業率の背後には,構造的失業の高まりがあった。欧州委員会の『欧州の雇用 2002』の分析では,インフレーションを加速しない失業率(NAIRU)は1980年代を通じて上昇し,1994年にピークに達している(図1)。構造的失業率が10%に達するなかで,景気刺激による失業対策をとろうとしても,強い物価・賃金上昇圧力を伴ってようやく一時的に7%台に下げられるにすぎず,その後には副作用としてより高い失業率が待っているだけだということを,当時のEUの労働市場は示していた。

図1 EUにおける失業率と構造的失業率(1980-2003)

 ところが,図1を見ると,1990年代半ばから徐々に,EUの構造的失業率が下がり出していることがわかる。3.5%ポイントに達する1990年代末期の失業率減少には景気回復がかなり与かっていることは明らかであるが,決してそれだけではない。特に,2001年以降,国際情勢の悪化に伴い景気の先行きが不透明になるなかでも,失業率は横ばいを続けており,構造的失業率は下がり続けている。この時期,EUの労働市場には何か構造的変化が発生したようである。
 一つの顕著な変化は,長期失業者(1年以上の失業者)の減少傾向である。1997年以降,毎年約0.5%ポイントずつ減少し続けている(図2)。もう一つは就業率(15~64歳層人口に占める就業者の割合)の上昇傾向である。1980年代後半まで減少傾向にあった就業率は,その後90年代半ばまで微増傾向に転じ,1990年代後半から増加が加速している(図3)。1990年代半ばまでは女性の就業率上昇効果が大きく全体を引き上げていたが,1990年代後半以後は男性の就業率も着実に上昇している。かつて働かない方向に向かっていたEUの労働市場は,働く方向に舵を切り替えているようである。やはり,何かが変わったのである。

図2 EUにおける構造的失業率と長期失業率の変化(1994-2000)

図3 就業率と構造的失業率の変化(1981-2001)



II 欧州雇用戦略の進展

 1980年代のEU労働政策は,労働者保護と福祉の拡充で彩られる「ソーシャル・ヨーロッパ」路線を追求していた。しかしながら,英米で新自由主義に基づく政策が実行されて一定の成果を上げる一方,欧州大陸諸国では失業率は10%,若年失業率は20%,長期失業率は50%という有様で,社会民主主義者のドロール委員長も路線の転換に踏み切らざるをえなかった。
 もともと,完全雇用はソーシャル派のテーゼである。社会民主主義者は失業を自発的なものとして放置する自由主義者を批判し,マクロなケインジアン政策とミクロな失業者救済策によって失業の解消を図ることを主張する。しかしながら,手厚い労働者保護や福祉と雇用との間にトレードオフが存在するという主張がなされると話は複雑になる。労働市場の規制緩和や社会保護の水準低下こそが雇用を拡大する道であるということになるからである。イギリス保守党政権によるこういったネオ・リベラリズム的な挑戦に対するEUの応戦が欧州雇用戦略であった。
 その出発点に位置するのが,1993年12月のブリュッセル欧州理事会に提出された『成長,競争力,雇用――21世紀に向けての挑戦と進路(白書)』(ドロール白書)である。同白書は,労働市場の硬直性を構造的失業の原因とし,労働市場の柔軟性を高め,企業の競争力を強化するための措置を加盟国に提言している。ただし,労働市場の柔軟性といっても,必ずしも外部労働市場にすべてを委ねる政策を主張しているわけではなく,むしろ教育訓練,企業内の雇用調整,労働時間の柔軟化,消極的な失業者救済策から積極的な労働市場政策への転換などが求められている。ここから1997年11月のルクセンブルク欧州理事会までの4年間は,欧州雇用戦略の準備期と位置づけられる。特段の法的根拠のないまま,半期ごとに開かれる欧州理事会が政策の方向性を示し,欧州委員会と閣僚理事会が各国の動向を報告するというやり方である。これを条約上の公式の政策過程として位置づけたのが,1997年6月に合意されたアムステルダム条約の雇用政策条項であり,欧州理事会の「結論」→閣僚理事会の「雇用指針」→加盟国の「年次報告」→閣僚理事会の「検査」と「勧告」→閣僚理事会と欧州委員会の「合同年次報告」→欧州理事会の「結論」という1年単位の政策協調サイクルを明確に規定し,すべての加盟国が真剣に雇用政策に取り組まざるをえないようにした。
 欧州雇用戦略は1997年11月のルクセンブルク欧州理事会で開始され,就業能力(employability),起業家精神(entrepreneurship),適応能力(adaptability),男女機会均等の4本柱のもと,昨年までに5回の政策サイクルが回転した(第1期)。その中でかなりの新機軸が打ち出されたのが2000年3月のリスボン欧州理事会であり,失業から就業へと政策の焦点がシフトし,就業率(employment rate)が数値目標として設定された。そして,社会的排除や年金といった社会保護分野においても(条約上の根拠はないまま)同様の政策協調が少しずつ開始された。
 開始から5年たった2002年は欧州雇用戦略の見直しの年とされ,仕組みと内容の両面にわたって抜本的な見直しが行われた。仕組みについては,同様に条約に基づいて行われている経済政策サイドの政策サイクルと日程を合わせることとされ,2003年の雇用指針は今までより半年遅れて,この6月に採択された。第2期雇用戦略の出発である。



III 構造的失業への取り組み――就業能力からのアプローチ

 第1期雇用戦略は上述の四つの政策の柱を掲げた。労働供給側の問題点に取り組む就業能力の柱,労働需要側の問題点に取り組む起業家精神の柱,両者間の関係に取り組む適応能力の柱,そして男女均等という柱である。
 このうち,構造的失業への取り組みの中心に位置するのが労働者の就業能力に着目するアプローチである。ただし,EUにおけるエンプロイアビリティという言葉の意味が,近年日本で使われるものとかなり異なっていることに留意する必要がある。中高年の在職者に対し,労働移動を可能にする能力を身につけ,終身雇用に安住するなというメッセージが込められた近時日本流エンプロイアビリティに対し,EUのエンプロイアビリティは,若年失業者や長期失業者を始め,福祉受給者や高齢者など労働市場から排除された人々をいかにして労働市場に連れてきて仕事に就かせるかという問題意識のもとで用いられている。
 ルクセンブルク欧州理事会で真っ先に打ち出された数値目標は,若年失業者と長期失業者に対する積極的雇用政策の促進であった。第1期雇用指針は,すべての失業者に,若年失業者は失業後6カ月以内に,成人失業者は失業後12カ月以内に,職業訓練,再訓練,職場実習,就職その他の就業能力向上措置を,個別職業指導とカウンセリングを伴って提供することを求めている。そして,失業者に提供される教育訓練または類似の措置の達成目標を,最先進3カ国の平均,少なくとも20%と設定した。第1期5年間にほぼ全加盟国が20%を達成し,最先進3カ国の指標は50%に上昇した。この結果,1997年から2001年の間に,全失業者に占める長期失業者の割合は50%から42%に,長期失業率は5%から3.2%に低下した。国別に見ると,特にスペインとアイルランド,スウェーデンが目覚ましい(図4)。同時期に長期失業率が倍増した日本と対照的である。

図4 各国の長期失業率の変化(1997-2001)

 具体的な措置の効果について,各国の事例から欧州委員会は次のように述べている。職業訓練は労働市場に再参入する女性など特定のグループには有効である。雇用への補助金は,公的部門よりも民間部門の方が効果的。自営開業援助は適用範囲は限定的だが有用。一般的に,個人別プログラムは有効だが,集団的プログラムは効果が乏しい。
 働かない人々を働かせるには,働けるようにしてやるとともに,働く気にさせることも必要である。「失業の罠」とか「貧困の罠」と呼ばれているが,失業者や福祉受給者にとって,なまじ就職するよりも失業していたり,福祉で生活しているほうが収入がいいとすると,就職へのインセンティブが働くはずがない。そこで,給付や税制を見直して,仕事を引き合うようにすること(make work pay)が政策目標となる。これも就業能力向上政策の一環である。一方,労働に対する課税や社会保険料は,企業が未熟練労働者を雇い入れるディスインセンティブとしても働く。これらを見直し,雇用親和的(employment-friendly)な税制や社会保障制度にすることが,起業家精神の柱において求められている。
 第1期を通じ,多くの加盟国で給付の代替率が下げられ,支給要件が厳格化された。また,上昇の一途をたどってきた労働への課税率も1996年から2002年の間に41.3%から39.2%に下がってきている(図5)。なお,税制面では,低賃金労働者に焦点を絞った社会保険料の減免,労働集約的な財やサービスに対する付加価値税の引き下げ,育児等に対する減税措置などが効果的であるとされている。

図5 労働に対する税負担の変化(1996-2002)



IV 構造的失業対策から非就業者の活性化政策へ

 第1期欧州雇用戦略は2000年に大きな転機を迎えた。4本柱の構造自体は変わらないものの,その前に横断的目標として,フル就業(full employment)という政策目標と就業率という数値目標が設定されたのである。ここで,フル・エンプロイメントをフル就業と訳したのは,非自発的失業がないという旧来の完全雇用とは明らかに意味が異なるからだ。
 EUはリスボン欧州理事会で,2010年までの目標として,就業率を61%から70%に,女性の就業率を51%から60%に引き上げることを決め,ストックホルム欧州理事会では高齢者(55~64歳層)の就業率を50%に引き上げることを決めた。通常,雇用政策の指標として使われるのは失業率であるが,欧州雇用戦略は失業率を下げることそれ自体を目標とせず,その代わりに就業率を引き上げることを目標にする。これは,失業者を非労働力化することで失業率を引き下げるというやり方をとるつもりはないということである。むしろ,さまざまな要因から非労働力化している人々を労働市場に参入できるようにしようという発想である。雇用戦略の焦点が眼前の失業者をどうするかという次元から,失業者という形で現れてこない非就業者をも,長期的な社会全体の持続可能性という観点からいかにして仕事の世界に連れてくるかという問題意識にシフトしてきたことがうかがえよう。
 働けるのに働いていない非就業者としては,さまざまな福祉給付を受給している人々や,早期退職制度によって前倒しの年金や給付を受給している高齢者,さらには障碍者や少数民族,移民など差別や偏見の対象となる人々が含まれる。福祉受給者を「貧困の罠」から労働市場に移行させる政策は,EUの社会保護見直し戦略のうち「メイク・ワーク・ペイ」の柱として掲げられ,イギリスの「福祉から就労へ」政策を始め,ミーンズテスト型の最低所得保障制度の見直しや就職時の課税減免や賃金補助などの形で各国で取り組まれている。また,障碍者や少数民族,移民の労働市場への統合については,1997年のアムステルダム条約で人種・民族,宗教・信条,障碍,年齢,性的志向といった広範な分野における差別禁止の根拠規定が設けられ,2000年には一般雇用均等指令と人種・民族均等指令が成立するなど急ピッチで法整備が進むとともに,リスボン欧州理事会で社会的排除(social exclusion)問題についても公開調整手法による政策協調を進めていくことが決定され,現在社会的統合(social inclusion)戦略が展開されている。このインクルージョンという言葉は,今やEUの社会政策全般にわたるキーワードの一つである。雇用戦略における「万人の労働市場への統合」と社会的統合戦略における「就業への参加」がお互いに響き合う形で,フル就業=フル参加が目指されている。
 高齢者対策の転換は,欧州社会にさらに大きなインパクトをもたらす可能性がある。そもそも欧州では高齢者の雇用機会を問題とする意識が乏しかった。これは,1970年代以来欧州の失業が特に若年層に集中し,そのなかで高齢者層はむしろ早期退職によって若年者に雇用機会を提供することが期待され,そのような方向の政策がとられてきたことによる。しかしながら,欧州でも今後人口の高齢化が急速に進んでいき,年金や医療・介護など社会保障の観点からも活力ある高齢化の方向に転換することが求められるようになった。同時に,高齢者の雇用機会からの排除についても,年齢による差別と捉える人権論的視座が登場してきた。EUはこの新たな考え方を「世代を超えた連帯」というテーマで打ち出してきている。
 EUでは社会的統合戦略に続き,2001年末から年金戦略を始動している。そこでは,年金の将来は人口学的従属人口比率(demographic dependency ratio)ではなく,経済的従属人口比率(economic dependency ratio)にかかっているのであり,年金を持続可能にするためには就労引退年齢を引き上げ,就業率を高めなければならないことが強調されている。2002年3月のバルセロナ欧州理事会では,2010年までに就労引退年齢を5歳引き上げるという野心的な目標を設定した。



V 「スクール・トゥ・ワーク」から生涯学習へ

 構造的失業に対する就業能力からのアプローチとしては,今まで見てきたような広い意味の「ウェルフェア・トゥ・ワーク」と並んで,「スクール・トゥ・ワーク」すなわち教育訓練政策が重要である。この分野も,第1期雇用戦略の間に大きな転換を見た領域である。
 ルクセンブルク欧州理事会では就業能力の柱のうちの「学校から職場への移行の容易化」という項目で,学校中退者の数を顕著に減らし,徒弟制を含め若年者の技能養成に取り組むことを求めていた。教育訓練政策は若年者雇用対策の一環という位置づけであった。しかしながら,こちらの実績はあまり目覚ましくない。学校中退者は1996年の21.6%から2001年の19.3%に減ったが顕著とは言い難い。ただ,進学率の上昇もあり,後期中等教育修了程度の者の比率は1995年の52.0%から2000年には60.3%に上昇し,若年層(25~34歳層)では62.8%から71.6%に上昇している。これは特に女子に顕著である。もっとも,これは雇用戦略の成果とは言い難い。
 教育訓練政策の焦点を転換したのも2000年のリスボン欧州理事会である。そこでは,到来しつつある新たな情報社会を知識基盤経済社会と捉え,万人が排除されることなく情報社会に参加できるように,今までの学校教育と職業訓練の枠を超え,生涯を通じて知識の発展を続ける生涯学習社会を目指そうとしている。これを受けて,2001年の雇用指針からは,横断的目的として生涯学習という政策目標が掲げられるとともに,上記項目が「生涯学習の文脈における新たな労働市場のための技能の発展」となった。そこでは,2010年までに前期中等教育のみを受けて学校卒業後の教育訓練を受けない18~24歳層の者の数を半減するという目標を設定するとともに,教育訓練に参加している成人(24~64歳)の比率を増加させるべく各国で目標を設定するよう求めている。成人の教育訓練参加率は既に1995年の5.7%から2000年の8.2%に着実に上昇しており,これも女子に顕著である。もっとも,これも雇用戦略の成果とは言えまい。



VI 起業家精神――自営業と社会的経済への期待

 欧州雇用戦略の第2の柱として掲げられているのが起業家精神である。雇用創出には労働需要側の問題点に取り組まなければならない以上当然であるが,EUおよび各国における所管も雇用政策サイドではなく産業政策サイドであるし,内容的にも雇用戦略に先立って,それとは別立てに進められているものが多い。ここでは,ルクセンブルク欧州理事会以来,税制や社会保険料など労働費用の削減や,新規企業設立の際の規制や手続きの簡素化などが求められているが,雇用政策との関係で注目すべきは,失業者や労働者による自営業開業の促進を政策目標として掲げている点である。
 積極的労働市場政策としての自営業促進策は,イタリアやスペインを始め各国で取り組まれ,1998~99年の1年間で約15万人をカバーしているという。もっとも,農業における減少とサービス業における増加が相殺しあって,全就業者に占める自営業比率は約15%で横ばいである。
 また,自営業と並んで,地域レベルにおける社会的経済(social economy)すなわち非営利セクターによる雇用創出が強調されている。これに属するのは協同組合,社団,共済組合,財団など利潤追求の目的を持たず,公私の機関から独立した団体で,教育,医療,社会サービス,スポーツ,文化,職業訓練など地域のニーズに応える分野で活動し,不利益を被っている人々に就業の場を提供しており,社会的統合戦略の重要な主役でもある。1999年に改正され,2000年から施行されている新たな欧州社会基金においても,四つの適格活動の一つとして「社会的経済を含む新たな就業源の開発」が明記されている。社会的経済の先進国はイタリア,スペイン,ポルトガルなど地中海諸国であるが,近年フランス,ベルギー,スウェーデン,フィンランド等でも推進されている。イタリアでは4000の社会的協同組合に10万人が就業し,スペインでは35万7000人が就業しているという。



VII 適応能力――労働組織の現代化

 欧州雇用戦略の第3の柱は適応能力(adaptability)であり,その中身は労働組織の現代化であるが,これでは何のことかよくわからないであろう。絵解きをすれば,アダプタビリティはフレクシビリティに,労働組織は労働市場に対置する概念である。つまり,新自由主義の雇用政策が労働市場の柔軟性を主張するのに対して,労働組織の適応能力こそが重要なのだと応戦しているのがこの柱であり,その核心は柔軟性と安定性の両立にある。
 したがって,政策のメニューは柔軟化戦略とよく似ている。たとえば,これまで社会民主主義勢力は,パートタイム,有期雇用,派遣労働などの非典型雇用形態は望ましくないという考え方であったが,むしろ均等待遇など一定の保護を加えつつ,積極的に活用していこうという方向に転換しているし,労働時間制度についても,これまでの厳格な労働時間規制を緩和し,労働時間編成を柔軟化する方向が打ち出されている。そして,こういった安定性を伴った柔軟化を,労使の密接な対話を通じて実現していこうという社会的パートナーシップのアプローチが,欧州雇用戦略をもっとも特徴づけるものとなっている。
 労使の社会的パートナーシップも2001年雇用指針で横断的目的に加えられた項目であるが,考え方はそれ以前から繰り返し示されている。1998年以後は「マネージング・チェンジ」という謳い文句で,雇用の安定を維持しつつ,リストラクチュアリングを労働者が積極的に関与していくべき前向きのプロセスと捉える考え方が提示されてきており,労使協調路線が推奨されている。欧州雇用戦略の影響というより,こういった大きな政策の流れの中で,1990年代以降賃金抑制の傾向が現れてきている。特に,賃金上昇率とNAIRUの関係を見ると,1993年を転機として,フィリップスカーブが水平になっているのがわかる(図6)。失業率が下がっても賃金上昇は起きていない。これは1990年代欧州労働市場の構造変化を明確に物語っている。

図6 賃金上昇率とNAIRU(1980-2003)



VIII 男女機会均等

 欧州雇用戦略の第4の柱は男女機会均等であるが,これは既に独自の政策領域として展開されてきていたもので,雇用戦略の一環であるとともに,ジェンダー戦略の雇用面という性格を有する。1999年指針で「ジェンダー主流化アプローチ」が導入されている。これは男女均等問題を雇用戦略のあらゆる局面で主流化しようとするものである。その他男女間格差への取り組み,職業と家庭生活の両立,職業への復帰の支援が主な項目である。2001年雇用指針以来,女性の就業率60%という数値目標が設定され,就業促進で足並みをそろえた。
 男女間格差としては,就業率の男女格差,男女職務分離(segregation)および賃金格差の問題がある。就業率を男女別に見ると,1996年には男性70.1%,女性50.2%であったのが,2001年には男性73%,女性54.9%と格差は約2%ほど縮まってきている。これに対して,職務分離指数は職種で見ても業種で見ても高止まりしていて,あまり変化はない。女性の就業率の高い北欧諸国では職務分離が大きく,就業率の低い南欧諸国では職務分離が小さいというのが,この問題の難しさを物語っている。賃金格差も,女性は男性の85%程度でほとんど変わらない。職務分離の影響の大きさである。
 職業と家庭生活の両立については,多くの国で積極的に取り組まれているが,保育・介護施設はなお充実していない。2002年雇用指針では各国に国内目標を設定するように求めていたが,2002年3月のバルセロナ欧州理事会では,2010年までに3歳から義務教育就学までの児童の少なくとも90%,および3歳未満の児童の少なくとも33%に保育を提供することで,女性労働力のディスインセンティブを除去するよう求めている。



IX 仕事の質

 第1期欧州雇用戦略で最後に登場したのが仕事の質(quality in work)であり,2001年3月のストックホルム欧州理事会で項目に挙げられ,2002年指針で横断的目標とされた。もっとも,リスボン欧州理事会の標語「より多くの,よりよい仕事」(more and better jobs)を因数分解すれば,フル就業(more jobs)と仕事の質(better jobs)になるのかもしれない。就業率で見ればアメリカの労働市場は高水準であるが,生産性の低い低賃金の仕事が多く,ワーキング・プアとして問題になっている。これに対して,これまでの欧州労働市場は生産性の高い高賃金の仕事を目指してきたが,それが労働コストの増大や労働市場の硬直性の原因となっているとして批判されてきた。量と質とは両立しない,トレードオフという考え方である。これに対して,新たな欧州雇用戦略は,就業率を引き上げるだけでなく,できるだけ多くの人々に質の高い仕事を確保していくことを目指す。いわば,二兎を追おうとするのである。
 欧州委員会の『欧州の雇用』では,2001年,2002年と続けてこの問題を取り上げ,雇用契約の安定性,賃金および生産性,責任の重さ,キャリア開発機会の程度に基づき,いい(good)仕事,まあまあの(reasonable)仕事,低賃金の(low-pay)仕事およびどんづまりの(dead-end)仕事に分類し,仕事の質と労働市場の動学を分析している。それによれば,仕事の質の向上は失業や非就業への流出を減らし,流入を増やして就業率を引き上げる効果がある。まさに「メイク・ワーク・ペイ」である。もっとも,失業者や非就業者を労働市場に再統合する際には生産性が低いため,質の高い仕事に就けることはできない。しかし,それは賃金や労働条件は低くても,雇用の安定性や将来の雇用展望によって労働市場にしっかりと立脚する仕事(「青空の見える仕事」!)であることが望ましく,これによってどんづまりの仕事を失業や非就業を行ったり来たりを繰り返す悪循環を避けることができる。これが,特に女性や若年者の労働市場への統合における政策課題となる。
 仕事の質については,2001年12月のラーケン欧州理事会で,雇用委員会報告に基づき10項目の指標が承認されている(注1)。



X 雇用戦略の見直し

 1997年に欧州雇用戦略が開始されて以来,欧州労働市場は着実に構造改善を示してきたが,なお取り組まれるべき課題は山積している。5年前に4本柱の構造で始まった指針も,その後横断的目的がいくつも積み重ねられ,政策のプライオリティが見えにくくなった嫌いがある。雇用戦略の構造を抜本的に見直し,第2期の欧州雇用戦略を打ち出すことが求められてきた。そこで,2002年に欧州委員会と雇用委員会(注2)共同で雇用戦略の見直し作業が行われ,その結果に基づき,2003年始めに今後の欧州雇用戦略のあり方についてのたたき台が示された。そこでは,これまで毎年少しずつ指針を改訂していたのを改めて,2010年までの中期指針として位置づけている。
 他方,雇用戦略と上位の経済政策の政策協調プロセスとの関係を整理する必要も出てきた。こちらでは,毎年包括的経済政策指針を策定し,これに基づき各国の経済政策の方向づけをしているが,その中に「労働市場の活性化」という項目があり,並行して進行する雇用戦略との調整が問題になっていた。これは,一つは日程の問題で,経済指針は春から夏にかけて策定されるのに対して,雇用指針は秋から冬にかけて策定されており,同じ問題を議論するのに時期がずれてしまうので,経済政策サイドに日程を合わせて同時並行とし,同じ欧州理事会で同時に承認することにしようというものであり,2002年3月のバルセロナ欧州理事会でそのように決定された。これにより,雇用戦略のサイクルは半年後ろにずれることになる。
 より重要で深刻な問題は内容の調整である。2000年の経済指針策定の際にも,「雇用に否定的な影響を与えかねない過度に厳格な雇用保護法制を見直す」との記述をめぐって雇用委員会が苦情を呈するという事件があり,雇用保護をめぐる問題は両サイドの考え方がかなり大きく食い違っている分野である。両政策協調プロセスが同期化することにより,雇用戦略が経済政策サイドに押されてしまうのではないかという危惧感もNGO等から表明されている。
 実際,2002年から2003年にかけては経済政策サイドが攻勢に出,経済政策委員会(注3)の『構造改革年次報告 2003』では,給付の見直し,積極的労働市場政策の改善,高齢者等の労働供給の増加といった両サイド共通の目標と併せて,雇用保護法制や賃金交渉システムの見直しといったコントロバーシャルな論点が喫緊の課題として提起された。これが2003年3月のブリュッセル欧州理事会に向けた2003年包括的経済政策指針に関する重要課題文書に盛り込まれ,結局同理事会の結論文書において「賃金,価格安定,生産性,訓練水準および労働市場条件の関係を考慮するように賃金形成システムを改善すること」「国内慣行に従い労使団体の役割を尊重しつつ,特に労働市場ダイナミクスに影響する過度に制限的な要素を緩和することにより,柔軟性と安定性の必要を考慮しつつ雇用法制を現代化すること」という文言が盛り込まれた。一定の留保つきとはいえ,雇用保護法制の規制緩和がEUの戦略目標として打ち出されたわけで,これに否定的であった雇用社会政策サイドが今後雇用戦略の遂行に当たってどのようにこの問題に対処していくか,注目していく必要がある。



XI 第2期欧州雇用戦略の枠組み

 以下,2003年6月に経済指針とともに採択された新雇用指針に基づいて,第2期欧州雇用戦略の枠組みを概観しよう。これは今までのように毎年見直すのではなく,2010年を目標年次とし,2006年に中間見直しを行う中期指針である。
 指針は3部に分かれ,第1部は全体的な目的(overarching objectives)として,フル就業,仕事の質と生産性の向上および社会的結束と統合の強化の三つを掲げている。フル就業はIVでみたリスボンおよびストックホルムでの欧州理事会の目標である。現在の趨勢でいくと,全体と女性の就業率はどうにか達成しそうであるが,高齢者の就業率はかなり努力が必要であろう(図7)。IXでみた仕事の質は労働生産性の向上に資するという意義づけを得て全体的目標に格上げされた。また,社会的結束と統合は,社会的統合戦略における「就業への参加」と響き合う形で全体的目標に位置づけられた。ここでは,特に2010年までにワーキング・プアの割合を顕著に減少させることを求めている。

図7 EUにおける就業率の推移(1991-2001)と目標値

 指針第2部は,10の分野ごとに以下のような具体的な数値目標を設定している。
(1)失業者および非就業者の活性化・予防措置
 ・2005年までに,すべての失業者に失業後4カ月以内に個人向け求職計画を提供すること
 ・2005年までに,すべての失業者に失業後12カ月以内に(若年者は6カ月以内に)職場実習や職業訓練を提供すること(ルクセンブルク目標)
 ・2010年までに,長期失業者の30%が職場実習や職業訓練に参加すること
(2)起業家精神の涵養と雇用創出の促進
 ・企業経営訓練の促進および創業への煩瑣な規制の簡素化(各国が設定)
(3)職場における変化への対応と適応能力の促進
 ・2010年までに,労災発生率を15%(危険有害業種では25%)減少させること
(4)人的資本へのさらなる投資と生涯学習
 ・2010年までに,25~64歳層の80%が後期中等教育を修了していること
 ・2010年までに,成人の教育訓練参加率をEUで15%,どの加盟国でも10%に引き上げること
 ・2010年までに,企業の職業訓練投資を総労働コストの5%まで倍増すること
(5)労働供給の増加と活力ある高齢化の促進
 ・2010年までに,就労引退年齢を60歳から65歳に引き上げること(バルセロナ目標)
(6)ジェンダー均等
 ・2010年までに,就業率格差をなくし,賃金格差を半減させること
 ・2010年までに,3歳未満児の33%,3歳~小学校就学までの児童の90%に保育を提供すること(バルセロナ目標)
(7)労働市場で不利益を被っている人々の統合の促進と差別との闘い
 ・2010年までに,各国で学校中退者を半減させ,EUで10%に減少させること
 ・2010年までに,不利益を被っている人々の失業率格差を半減させること
 ・2010年までに,EU国民と非EU国民の失業率格差を半減させること
(8)仕事の魅力を高めるインセンティブにより仕事を引き合うようにすること
 ・2010年までに低賃金労働者への税負担を顕著に軽減すること(各国が設定)
(9)闇就労(undeclared work)の正規雇用への転換
 ・2010年までに闇就労を顕著に減少させること(各国が設定)
(10)職業移動および広域移動の促進と職業紹介の改善
 ・2005年までに,EUの公共職安の全求人が全求職者に提供されること

 以上のように,ほぼ第1期の項目を組み替えて数値目標を設定したものになっているが,新規項目として闇就労が取り上げられているのが興味を引く。また,たたき台文書にあった移民の項目はなお審議が必要ということで落とされている。
 最後に第3部は,関係者の総動員,労使団体の関与,行政サービスの効率化,十分な財政配分を求めている。
 一方,経済指針は,そのかなりの部分を雇用社会政策関係に当てている。「賃金交渉システムを生産性を反映するようにすること」(第3,5項)はマクロ経済政策の観点から賃上げ抑制を求めるもので,雇用戦略とは対応していない。税制給付改革(第4項),労働移動の促進(第7項),積極的労働市場政策(第8項),人的資本投資(第13項),年金改革と早期退職の制限(第16項)などは内容的にまさに雇用戦略と対応している。
 興味深いのはブリュッセル欧州理事会で盛り込まれた雇用保護規制の扱いである。いずれも各総局の原案が相当修正されたのであろうと思われる表現になっている。
 経済指針では「適応可能な労働組織を促進し,特に柔軟性と安定性の必要を考慮しつつ,雇用契約に関係する労働市場規制を見直すこと」(第6項)となっていて,雇用サイド風の枕詞をつけつつややぼかした表現で解雇規制の緩和を求めている。一方,雇用指針案では「労働市場ダイナミクスと労働市場へのアクセスの困難な人々の雇用に影響する過度に制限的な要素を緩和することにより雇用法制を現代化し,労使対話を発展させ,企業の社会的責任を涵養し……」(第3項)となっていて,ブリュッセル欧州理事会の表現を盛り込みながらも,規制緩和色を薄めようとしている。


注 1)これら指標は濱口(2001)を参照。

注 2)条約に基づく諮問機関で,各国雇用担当省2名ずつからなり,欧州委員会雇用社会総局が事務局。

注 3)条約に基づく諮問機関で,各国経済財政担当省2名ずつからなり,欧州委員会経済財政総局が事務局。


参考文献

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 はまぐち・けいいちろう 東京大学大学院法学政治学研究科附属比較法政国際センター客員教授。主著に『増補版 EU労働法の形成――欧州社会モデルに未来はあるか』日本労働研究機構,2001年など。労働法,社会政策専攻。
E-mail:SGB00231@nifty.ne.jp
http://homepage3.nifty.com/hamachan/index.html