調査研究成果データベース

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まえがき
第1章 研究の目的・方法と結果の概要
 1-1 はじめに
 1-2 研究の枠組み
 1-3 調査の方法
 1-4 各章の概要

第2章 中高年期の生活設計と就業意欲
 2-1 はじめに
 2-2 生活設計と就業意欲
 2-3 就業意欲の規定要因
 2-4 高齢期における就業意欲のロジット分析
 2-5 まとめと考察

第3章 教育訓練と中高年期の職業的自立性
 3-1 問題の設定
 3-2 初期教育訓練経験の検討
 3-3 継続教育訓練の検討
 3-4 教育訓練経験と職業的自立性
 3-5 まとめと考察

第4章 資格と中高年期の働き方
 4-1 問題の設定
 4-2 資格の有無による相違
 4-3 代表的な資格の分類と特性
 4-4 4資格群と収入の規定要因
 4-5 小括

第5章 中高年者の転職状況と企業年金改革の課題
 5-1 はじめに
 5-2 企業年金制度の現状と問題点
 5-3 中高年者の転職と企業年金の役割
 5-4 まとめ

第6章 中年期女性の就業状況と高齢期の働き方
 6-1 はじめに
 6-2 分析対象サンプルの属性
 6-3 学歴別にみた就業・不就業と働き方
 6-4 現在の就業状態別にみた高齢期に対する希望
 6-5 終わりに:若干の考察

調査票

第1章 研究の目的・方法と結果の概要

1-1 はじめに

 本研究は、中高年齢者を対象として、彼らの今後の就業意欲や生活設計を捉えることを目的としたものである。高齢化がいっそう進む21世紀には、人々の就業行動や生活はどのように変化するのだろうか。10年後の21世紀初頭に60歳以上の高齢者になる世代は、団塊の世代を中心とした中年世代である。人口学的にみれば団塊の世代を中心としたコーホートは、他の世代に比べて人口の規模が大きいことから、彼らが高齢期に達したときにどのような就業行動をとるかが、今後の高齢社会における労働市場の変化の方向性を占う上でも重要である。そこで、本研究では現時点で中高年世代である40~59歳の人々を対象として、彼らが60歳以降になった時にどのような就業形態を望んでいるか、あるいはどのような生活設計を立てているかを明らかにする。

1-2 研究の枠組み

 日本の高齢化の速度は他の先進諸国と比較しても極めて高い水準である。例えば65歳以上人口の割合が7%から14%の水準に達するのに要した年数は、フランスが1865年から1979年の114年であり、またイギリスは1930年から1976年の46年である。これに対して日本は1970年に7%に達し、1994年には既に14%となっており、その間わずか24年であった。この日本の高齢化の速度は世界最速であり、65歳以上の人口の割合が20%を超えるのは2007年と推計されている。2020年にはその割合は25%を超え、4人に1人は高齢者という超高齢社会を日本は迎えるのである(厚生省人口問題研究所,1996)。
 このような21世紀の超高齢社会の到来は、労働問題にも多大な影響を及ぼすことが指摘されている。とりわけ労働市場において若年労働力が不足するという指摘は多い(清家,1998;八代,1997)。このため、高齢者を社会のお荷物と捉えるのではなく、意欲のある高齢者の就業・雇用を積極的に促進することは政策における重要な課題であろう。
 幸い、日本の高齢期の就業意欲は他の先進諸国に比べてかなり高い水準になる。例えば、60~64歳の労働力を1995年の国際比較でみると、男性の場合ドイツが29.5%、フランスが15.5%、オランダが20.5%と低い水準を示す一方で、日本は74.9%ときわめて高い割合を示している(ILO,1996)。しかし、今後このような高齢期における就業率を高い水準に維持することは可能であろうか。あるいは高齢期における就業意欲が維持されるとすれば、どのような就業形態を望んでいるのだろうか。本研究の課題の一つは、そのような高齢期における就業の動向を、これから高齢期に入る世代の意識調査から捉えるという点にある。すなわち、現在の中高年世代に、60歳以降における働き方や生活設計を聞くことによって、21世紀の高齢者の就業意欲を推測しようとするのが、本研究の課題の一つでもある。
 このような課題に対して、本研究では次の二つの点に着目してアプローチしてみたい。
 その第一は、労働者の就業ニーズの多様化への着目である。先にも述べたように、日本の高齢者の就業意欲は国際比較でみても極めて高いが、就業形態については多様なニーズが存在することを指摘する必要がある。たとえば、身体の元気なうちはずっと働き続けたい、という人が増えたとしても、フルタイムでの就業を望む人はそう多くはない。むしろ1日の労働時間を短くするパートタイム労働や、一定の仕事を請け負うような働き方を望む人も出てくるであろう。またできるだけ元気なうちに引退して、ボランティア活動やスポーツなどの趣味に打ち込みたいという人も少なくないはずである。従来の雇用慣行では55歳、あるいは60歳で定年退職し、その後は年金を主に生活するというパターンが多く、若年期から引退までの職業キャリアの形成のパターンは斉一化の傾向が強かった。しかし、寿命の伸びとともに、人々の職業キャリアにも多様なパターンがみられるようになっている。例えば、これからの高齢者は、60歳を過ぎてからも長い第3の人生を自らの意志で設計できるようになり、経済的にも一定水準が維持できる状況においては、人生の選択の自由は、古いコーホートに比べればはるかに増加している。このような職業キャリアの選択が増加する中で、60歳を過ぎてからも生きがいのために働き続けたい、という人は多い。しかし同時に、中年期に比べて相対的に体力が低下するのに比例して、個々人の体力や仕事へのコミットメントに応じた働き方を選択したいという希望は増加するはずである。高齢期においては個々人の体力のみならずライフスタイルにも個人差が生じやすい。したがって、その個々人の多様なライフスタイルに見合った働き方に対するニーズは、今後一層増大するものと思われる。このような職業キャリアの多様化の傾向を見いだし、それを、今後の高齢者の雇用システム構築のために積極的に位置づけるというのが、本研究のスタンスである。
 同時に、高齢期における働き方の多様化の背景には、職業キャリアのみならず、ライフコースの多様化という現象があることを見逃すことはできないであろう。このようなライフコースの多様化から派生する、いわば高齢期における就業ニーズの多様化という現象に対しては、「生活者としての労働者」という視点が必須の枠組みとなる。つまり、職場のみならず、家庭や地域生活との関係の中で、高齢者の就業を捉えていく必要がある。労働市場からの引退か否か、という二分法的な発想ではなく、生活者としての高齢の労働者が、家庭、地域生活とのバランスを考えながらどのようにスムーズな引退をしていくか、という視点は、高齢化が進む今後はいっそう重要になるだろう。このような視点から、本研究においても、高齢者を単なる労働力としてみるのではなく、「生活」という枠組みを用いて、彼らの就業行動が生活とどのような関連を持っているかを分析していくことになろう。
 本研究のアプローチの第二は、自立した「個」としての労働者意識への着目である。この「個」としての労働者の出現は、従来の日本的な雇用慣行の「ゆらぎ」から生じつつある、というのが本研究の仮説でもある。これまでの日本の雇用慣行の古典的モデルの根本原理は「生活保障」という点にあったが、それは標準的な生計費の上昇を長期に渡って担保するというメリットと同時に、従業員の会社への依存度を高めるという性格を持ち合わせていたといえる(稲上,1992)。雇用慣行の実態をみれば、その内容はバリエーションがあるものの、日本社会における「望ましい、あるべきもの」として暗黙に人々に共有されている規範としてみれば、「終身雇用」と「年功賃金」という二つの構成要素は、「生活保障」を目的とした日本の雇用制度の根本原理と見なされよう。このような雇用慣行の根本原理は、戦後のたぐいまれなる経済成長の要因となってきたことも事実であるし、またそれによって多くの労働者が生活の経済的安定を維持することができたともいえる。しかし同時に、そのような雇用慣行は、労働者と企業との関係を市場的な契約関係ではなく、人格的なコミットメントを必要とするような、(暗黙の)契約関係をも生み出してきたことも否定できない事実であろう。それ故に、極端な場合には、会社のためならば家族や地域生活をも犠牲にして働く、ということも厭わない社会風土を生み出してきたともいえる。換言すれば、生活を巻き込んでの仕事中心のシステム、つまり労働者の家族、地域生活、職場ともに一つの共同体として機能している、というのが日本の古典的な雇用システムの特徴でもあった。しかし近年、とりわけ若いコーホートにそのような働き方に対する価値観の変化の兆しが見え、また企業も従来のような古典的なシステムを変革する動きが出てきている。いわば古典的な日本の雇用慣行に「ゆらぎ」が生じているといえよう。この「ゆらぎ」の底流に存在するのが「個」を尊重する働き方への肯定的な評価であろう。いわば集団的な雇用関係から、個人主義的な雇用関係への変化がみられる、というのがここでの仮説である。このような「個」を尊重するような働き方は、高齢労働者の増加によっていっそう拍車がかかり、雇用慣行のゆらぎは増幅する。なぜなら、先にも述べたように、高齢者の働き方は、その個々人の身体や生活スタイルに見あった多様な就業形態を必要とするからである。とりわけ団塊の世代は人口規模が大きいために、彼らが高齢期に達する21世紀初頭には、雇用システムのゆらぎにいっそうの拍車がかかるであろう。本研究では、「個」を優先した労働、あるいは自立的な働き方への意識の傾斜は、現在の高齢者世代よりも、より若い中年世代のほうにより顕著ではないか、と考える。その結果、個人を軸とした働き方の登場は、現在よりも今後の高齢社会においてはいっそう顕在化するであろうし、また高齢者の働き方はいっそう「個」を重視した方向へ向かうであろうと考えるのである。現在の雇用システムのゆらぎ方向性は、「集団的」な働き方から「個」を重視した働き方へと向かっている。これはいわば職業キャリア形成における「個人化」という方向でもある。このような社会から一定の距離を置きつつ働くような労働者を、政策的にも積極的に評価していくことは重要であろう。つまり仕事の自立性、あるいは職業的自立性を確保するための職業訓練や資格、自営業への独立・開業の動向、といった動きを積極的に評価するとともに、そのような「個」としての労働者意識を支えていくような労働システムを形成する必要がある。本研究ではこのような視点に依拠しつつ、高齢化社会における仕事の自立性や職業資格、独立・開業の動向といった点を分析の軸としていきたい。

1-3 調査の方法

 本研究では現在から将来の展望を予測するという調査方法をとっている。高齢期における就業行動や生活の実態を明らかにする試みは多いが、多くは既に60歳以上の高齢期に達した人々の就業状態を把握するか、もしくは彼らの職業キャリアを過去に遡って把握するという方法が主流である。そのような方法は、現時点での高齢者の就業行動や生活を把握する点では優れているが、それに基づいて将来の変化を展望するには不十分である。本研究は、そのような回顧法に基づいた調査ではなく、現時点から将来に向けてどのような就業行動を予定しているか、あるいはどのような生活設計を立てているか、という労働者の意識を捉える視点に基づいた調査である。

(1) 基本項目

 本研究では、今後の就業の希望や生活設計の項目を中心に調査票が構成されている。また、家族構成、現職、収入、資産といった基本的な属性変数の他に、教育職業訓練の経験や今後の希望、職業資格の有無、生活の充実感、介護の実態といった、今後の就業行動や生活設計に深く関わってくると思われる項目を取り入れた点で特徴がある。調査項目の詳細は巻末の調査票を参照されたい。後述するように、本研究では調査の方法上、男性と、有配偶の場合にのみ女性についても調査を行った。男女それぞれに対する調査の基本項目は以下の通りである。

【男性票】
 a) 「生活設計」
 55~59歳、60~64歳、65~69歳、70歳以上における生活設計。
 b) 「就業意欲」
 高齢期における就業意欲(何歳まで働きたいか)。
 c) 「教育・職業訓練」
 教育・職業訓練の経験と今後の希望。
 d) 「生活の充実感」
 仕事、家庭生活、社会活動、自由時間などの充実感と今後の重点のおき方。
 e) 「家庭構成」
 同居家族の構成、結婚、子供の誕生など。
 f) 「職業経歴」
 現職、最長職、学歴など。
 g) 「収入・資産」
 年金、個人収入、世帯収入、資産、住宅ローンなど。
 h) 「介護役割」
 介護の現状と今後介護が必要になった場合の対応。
 【女性(配偶者)票】
 a) 「生活設計」
 40~49歳、50~59歳、60~69歳、70歳以上における生活設計。
 b) 「就業意欲」
 高齢期における就業意欲(何歳まで働きたいか)。
 c) 「教育・職業訓練」
 教育・職業訓練の経験と今後の希望。
 d) 「職業経歴」
 現職、最長職、学歴、個人年収など。

(2) 調査の概要

 本調査は以下の基本設計に基づいて実施した。
 a) 調査地域:首都圏50km圏内の東京都、千葉県、神奈川県、埼玉県
 b) 調査対象:40~59歳の男性とその配偶者
 c) 標本数:男性1700人、女性(配偶者)1003人
 d) 抽出方法:住民基本台帳からの層化二段無作為抽出法
 e) 調査方法:留置記入依頼法で、詳細についての再確認部分は面接法を採用
 f) 調査時期:平成8年11月
 g) 調査実施機関:社団法人 中央調査社
 h) 回収結果:
 男性票1700サンプルの内、有効票は1117サンプル(回収率65.7%)、女性(配偶者)票1003サンプルの内、有効票は940(回収率93.7%)である。

1-4 各章の概要

【第2章】 「中高年期の生活設計と就業意欲」

 第2章では、本調査の対象となった40~59歳の男性の今後の働き方や生活設計を明らかにするとともに、65歳以上も働きたいとする高い就業意欲はどのような要因によって規定されているかを分析した。その結果、得られた知見は以下のようであった。
1) 60歳代前半の生活設計をみると、「仕事をせずに年金・貯蓄などで暮らす」と答える人はわずか8.0%にすぎず、ほとんどの人が何らかの形で働き続けることを予定している。
2) 60歳代後半の生活設計をみると、7割の人は何らかの形で働きたいと答えているが、「フルタイムで会社に雇用されて働く」と答えた人はわずか3.8%であり、就業形態の希望が多様化する。
3) 70歳以降の生活設計をみると、ほぼ4割の人は何らかの形で働き続けたいとしている。
4) 住宅ローンなどの経済的負担が大きいほど、70歳以降も働き続けたいとする割合が高まる。
5) 40~44歳コーホートに比べて55~59歳コーホートほど、70歳以降も働き続けたいとする割合が高い。
6) 末子の出生年齢が遅いほど、引退希望年齢は遅くなる傾向がある。
7) 「雇用から自営へ」という独立・開業志向のあるサラリーマンほど引退希望年齢は遅くなる傾向がある。
8) 「雇用から自営へ」という独立・開業志向のあるサラリーマンは、年齢が若いコーホートで、学歴が高く、専門職や営業職に就いている場合が多く、また仕事以外の地域・社会活動への参加の意欲も強い傾向がある。
9) 高齢期の就業意欲のロジット分析によれば、60歳代前半では末子出生年齢が遅いほど就業する可能性は有意に高まり、65歳以降では独立・開業志向のサラリーマンほど就業の可能性が有意に高まる。
10) 高齢期の就業意欲の重回帰分析によれば、末子出生年齢が遅いほど、また独立・開業の志向のある場合ほど、引退希望年齢が遅くなる。
 以上の知見から高齢者の就業について三つのポイントを指摘した。第一は現在の中年世代も高齢期における就業意欲は強いという点である。本稿の分析対象となった中年世代の中でも比較的若いコーホート(40~44歳)は、古いコーホートに比べて70歳以降での就業意欲は低下する傾向がみられるものの、65歳まではほとんどの人が就業継続を希望している。この点からみても、日本の高齢者の就業意欲の高さは今後も維持されていくものと推測される。指摘された第二のポイントは、65歳以降の就業希望者の中でも就業形態が多様化するという点である。65~69歳における就業希望は約7割にのぼっているが、多くは「1日の労働時間を短くして働く」「1週間に2,3日だけ働く」といった弾力的な働き方を望んでいる。今後の高齢者の雇用を考える際には、このような短時間の就業を希望する労働者を企業がどのように受け入れていくかを検討する必要がある。第三のポイントは現在は雇用労働者として働いている人でも、将来は独立・開業したいと希望する場合は彼らの高齢期での就業意欲は高まるという点である。日本の高齢者の就業率の高さは自営業比率の高さを反映しているのであるが、近年は自営業の割合は減少の一途をたどっている。そのため高齢期における就業を高めるためには、雇用労働者から独立・開業への転換を促進する必要がある。また本稿の分析では独立・開業を希望する雇用労働者は仕事以外の社会(地域)活動の参加への意欲が強いという傾向を示していた。雇用労働者とは異なって、独立・開業の場合は、仕事と社会活動との調和をはかるような働き方が比較的可能である。そのためボランティア活動などの社会活動への意欲は、雇用労働者よりも独立・開業者の場合に高まるであろう。このような結果から、高齢者の就業意欲を高め、また同時にボランティア活動などの社会活動を促進する上では、雇用労働者から独立・開業したいと考える労働者への政策的支援がいっそう重要になってくることが考察された。
 【第3章】 「教育訓練経験と中高年期の職業的自律性」
 第3章では、教育訓練経験と職業的自律性の問題にアプローチする。従来日本では、初期教育訓練と継続教育訓練を併せた教育訓練経験の長期的構造に関する実証研究、および、教育訓練の非経済的効果に関する実証研究の蓄積が薄い領域であった。そこで、このような研究状況を念頭に置いた上で、第3章では分析課題を次のように設定する。すなわち、日本の中高年男性における初期教育訓練と継続教育訓練の全体的布置構造を把握する(「教育訓練の機会構造」)とともに、そのようなライフコース上の教育訓練経験が彼らの中高年期における「職業的自律性」にどのような影響を及ぼしているかを明らかにすること(「教育訓練の非経済効果」)である。第3章で、教育訓練の経済効果ではなく非経済効果、中でも「職業的自律性」への効果という分析課題を設定した背景には、次のような問題意識がある。それは端的に、「職業的自律性」の形成が、現在の日本社会、特に今回の調査対象でもある中高年男性にとって、もっとも肝要な課題の一つとなっているという現状認識である。戦後日本の企業社会は、高度経済成長期を通じて、長期雇用・新規学卒一括採用などのいわゆる「日本的雇用慣行」を形成してきたが、90年代初頭以降の厳しい経済環境のもとで、その見直しが始められている。それは就業形態の多様化や人事制度の変革などに表れているが、社会的にも大きく注目されたのは、余剰中高年の雇用調整(リストラ)である。こうした状況のもとで、人口規模的にも大きい「団塊の世代」と、それに後続する世代にとって必要なのは、職場組織に過剰に依存的にならず、個々人に帰属するスキルを基盤として自らの職業キャリアを積極的にコントロールしてゆく態度(=「職業的自律性」)であると思われる。そしてそのような職業的自律性の形成には、ライフコース初期およびその後の継続的な教育訓練経験が大きく寄与すると考えられる。「どのような教育訓練を経験してきた者が職業的自律性が高いのか」という本章の問いは、このような問題関心から引き出されたものである。
 第3章の分析結果は次のようにまとめられる。

1) 初期教育訓練経験は、職業キャリアや職場特性に大きく影響する。
(1) 教育段階別に比較すると、大卒は管理職比率や大企業勤務率が高く、大卒以外は営業・販売職や技能工・労務職の比率が高いとともに転職率も高い。
(2) 高卒・大卒について学科・専攻分野別に比較すると、いわゆる「理系」(工業高校卒・自然科学系大卒)では、専門的・技術的職業に就く比率が高いと同時に、大規模な職場組織に勤務する度合いが高い。いわゆる「文系」の内部では、普通高校卒・人文科学系大卒に比べて商業高校卒・社会科学系大卒の方が管理職比率が高く、転職経験比率が低い。

2) 初期教育訓練経験は、継続教育訓練経験にも大きく影響する。
(1) 初期教育訓練経験が量的に多いほど、また質的には「工業・技術系」>「商業・社会科学系」>「普通・人文科学系」の順で、継続教育訓練経験が職場内外ともに豊富である。
(2) 高卒や人文科学系大卒など初期教育訓練経験が高度に職業専門的でない場合には、職場研修に依存する傾向がやや強く、逆に専修・短大・高専卒では職場外の教育訓練経験に積極的である。
(3) 初期教育訓練経験以外の変数としては、職場の従業員数が多いほど職場内外ともに教育訓練の経験が豊富である。転職は職場内研修経験とは有意な関連をもたないが、職場外の教育訓練経験とは相互に促進的な関係をもつ。

3) 初期教育訓練経験および継続教育訓練経験は、中高年期におけるスキル意識に大きく影響する。
(1) 初期教育訓練、継続教育訓練のいずれかを潤沢に経験した者は、スキル意識が高い。
(2) 職業資格の取得は、スキル意識を高める効果をもつ。
(3) スキル意識、および職場外の継続教育訓練経験は、将来の学習意欲を高める効果をもつ。

4) 初期教育訓練経験および継続教育訓練経験は、自らの職業キャリアへのコントロールの度合いにも大きく影響する。
(1) キャリア・コントロールの志向が弱い「現状容認型」の比率は、初期教育訓練に関しては高卒ないし専修・短大・高専卒者、継続教育訓練に関しては職場の研修のみ経験した者において多い。職場内外の教育訓練をいずれも経験した者は、「満足型」と「変革型」の比率が高く、「現状容認型」が少ないことが特徴的である。
(2) 初期教育訓練経験や継続教育訓練経験において、量的・質的に職業スキルを形成している度合いが高いほど、自らの職業キャリアのコントロールにすでに成功しているか、そうでなくとも今後のコントロールに対して積極的である。

【第4章】 「資格と中高年期の働き方」

 第4章では、職業に関する資格と働き方との関連について分析する。はじめに、職業資格に関する既存研究のレビューを行い、ここでの分析の視点を提示する。次に資格に関するデータ特性を概観し、さらに職業資格の有無による相違点や収入への影響などを検討する。最後に有資格者を分類し、そのなかでの違いを検討する。このような分析から得られた知見は以下のようである。
1) 資格の有無別に見た場合、単純なクロス表からは、学歴・学科、業種、現在および今後の生活設計に関して、有資格者と無資格者との違いが見て取れる。
2) 従属変数を時間当たり収入とした重回帰分析の結果は、プラスの影響を与える変数として大卒以上(社会科学および自然科学)、従業員規模、役職が、マイナスの影響を与える変数として転職回数が検出された。
3) 資格の経済効果、すなわち資格の有無が収入に与える影響については、他の属性をコントロールした後でも、有意な値は検出されなかった。
4) 調査データから得られた資格(150種類)の上位19種類を対象とした数量化理論III類による分類では、経理グループ、管理・監督グループ、建設関連技能グループ、生産技能グループ、教員グループの5資格群が検出された。これらは能力認定型-業務独占型、管理技能型-生産技能型という二つの座標軸上にプロットされた資格群である。
5) 教員グループを除く4資格群の属性は、学歴・学科、役職・満足度、今後の生活設計などの面で相違する。
6) 4資格群と無資格者を合計したサンプルを対象に、収入への影響を分析した結果、プラスの影響を与える変数は年齢、家族人数、大卒以上(社会科学)、従業員規模、役職が、マイナスの影響を与える変数として年齢の二乗と転職回数が得られた。さらに4グループのうち、管理・監督グループについてはプラスの方向に有意な影響を与えており、その効果は無資格者に対して約39%ほど高い時間当たり収入を得ているという結果になった。
7) このことは、業務独占型かつ管理技能型の資格である場合には、一定の収入効果があることを示している。

【第5章】 「中高年者の転職状況と企業年金改革の課題」

 第5章では中高年の転職状況と企業年金との関係を分析する。企業年金改革において、企業年金のポータビリティ(企業年金を転職元企業から転職先企業に移管すること、通算制度)を拡充する必要性が認識されてきたが、中高年の転職に伴って企業年金がどのように利用されているのか、またどのような問題が生じているのかについての実態は、必ずしも十分には把握されていない。しかも、企業年金の普及度において企業規模間格差があることが知られているにもかかわらず、中高年者の転職を企業規模別に整理して、しかも企業年金の利用状況やその役割について実態を明らかにした調査研究は、これまでほとんど行われてこなかった。そこで、第5章では、まず、企業年金の普及度における企業規模間格差や転職実態における企業規模間格差に留意しつつ、個人属性や経済的要因とに関連づけながら、中高年者(男性)の転職に伴う退職金と企業年金の取得状況とその使途を明らかにした。そして、中高年者の転職の実態に即して、企業年金の役割とその中で企業年金のポータビリティーを充実させることの意義を明らかにした。最後に、こうした中高年者の転職を視点として明らかにした企業年金の役割に照らして、企業年金の普及に規模間格差がある中でどのような改革の課題に取り組む必要があるかについて検討した。
 このような分析から次のような点が明らかとなった。一般に、中高年者にとって、転職は従来あまり肯定的にはとらえられてこなかった場合が多い。これは、いわゆる中高年の後半から年金受給年齢に達する時期に、早期退職優遇制度により転職を余儀なくされたり、自営業者の場合でも近年の不透明な景気動向から事業の継続が容易ではなくなっていることが指摘されているからである。しかし、本章の分析結果では、40歳以上59歳以下の本来の意味での中高年者にとって、転職は必ずしも否定的な面しかないわけではないことが明らかになった。もちろん、学歴が異なり、生涯のうち学校を卒業する時期が早ければ現在に至る就業期間が長くなり、そこで経験した転職回数も増加する傾向がみられる。転職回数の学歴間格差の一因はここにあるが、同時に学歴間格差により就職先の企業の従業員規模にも格差が生じている。企業年金の普及状況には、明らかに企業の従業員規模格差があり、小企業でも企業の経営を脅かさないように従業員の引退時期の所得保障として機能する企業年金の普及が求められている。
 実際に転職を経験したことがある中高年者の就業行動をみると、転職と引退時期に備えた企業年金の利用状況は、肯定的な側面を見いだすことができる。本章の分析によれば、学校を卒業して現在に至るまでの間に転職回数が5回以下ならば、個人所得の平均値は転職経験者の方が転職をしたことがない者よりも若干であるが高い。また、企業年金を受け取ったり通算制度を利用して転職先の企業に積立金を移す形で企業年金を利用することは、中高年者にとって引退時期までの職業生涯を見通した生活設計ができるため、そのような企業年金を提供した転職元の企業に勤める期間が学校を卒業して現在までに至る期間に占める比率(最長就業期間比率)を高める可能性がある。その意味で、本調査に基づく実証分析による限り、企業年金制度は、転職経験者にとって、これを提供する企業に長く勤める企業定着効果を持つ福利厚生制度としての側面をもっていることが示された。
 雇用の流動化が経済改革の一翼を担うことが期待されている一方で、企業経営者からは能力のある従業員の定着も考慮すべきことが指摘されている。したがって企業年金の改革を考えるとき、転職が中高年にもたらす影響をとらえ直す必要がある。中高年者にとって、転職は、極端に転職回数が多くない限り、個人所得などの労働条件を改善し、企業年金を受け取ったり積立金を転職先に移せる場合には老後の所得保障とも必ずしも矛盾しない好ましい結果をもたらし、豊かな職業生活を可能にさせる場合があることに注意を向ける必要がある。もちろん、本調査の対象が40歳以上59歳以下であり、雇用延長や再雇用に伴う賃金低下の問題が顕在化する前の年齢層を対象にしている点に留意する必要がある。しかし、転職が中高年者の職業生活に役立つ側面があるならば、これを認めた職業生活とより豊かな引退時期を保証する企業年金制度の整備が必要になる。
 ただし、企業年金の普及や実際に利用できるかどうかの点からみると、企業規模間格差があり、小規模の企業に勤める中高年者は、より大きな規模の企業に勤める人と比べて不利であり、不公平があることは明らかである。従業員規模の小さい企業は、産業組織の中で下請けや系列会社として、大企業の利益変動のクッションとして利用されることがあったり、最近の銀行の貸し渋りにみられるように流動性制約に直面しやすい面もある。その分だけ、景気変動の中で、従業員の福利厚生制度としての企業年金に労使折半で対処するには、小規模企業の経営者は難色を示すかもしれない。こうした現状の元でも普及させることのできる企業年金制度の制度設計が、緊急の課題であるといえるだろう。企業規模間格差を是正して、広く普及させることのできる企業年金制度ができれば、転職を決して職業生活上不利なものとしてとらえることなく、自己の選択に従った職業生活を送りながら、かつ公的年金を補う企業年金を利用して一人一人の生活設計に即した老後の所得保障の準備ができるようになると考えられる。

【第6章】 「中年期女性の就業状況と高齢期の働き方」

 第6章では、40~59歳の女性(調査の実施方法上すべてが有配偶)を中年期と捉えて、まず第1に彼女たちの現在の就業・不就業や働き方に学歴のほかに夫の働き方、また子供の有無や人数などがどのような影響を与えているかを分析する。第2に、そうした現在の働き方別の視点から、将来(主に60歳以上)の就業等の希望の状況を検討する。その結果次のような知見が得られた。
1) 有配偶の中年期女性の就業・不就業と働き方は、学歴別に特徴が異なる傾向が見られる。それは第1に、背景として本人と夫の学歴に相関関係が存在するなかで、本人の働き方が(もともと学歴との関連が見られる)夫の働き方や収入の影響を受けている[本人の学歴 → 夫の働き方 → 本人の働き方]という、いわば間接的、また従属的な影響である。なお、学歴が有配偶女性の子供の有無や数の違いを通じてその就業・不就業と働き方に影響を与えているというメカニズムは、確認されない。第2に、学歴の直接的影響ともみられるものも存在する。高学歴の女性は専門的・技術的職業などへの志向が強い傾向にあり、それが当該分野での労働力需要の少なさを反映してパート的な働き方の少なさにつながっている。
2) 高齢期の就業希望は中年期の就業状況の影響を受け、現在が家族従業員である者は60歳代では3分の2、70歳代でも3分の1が労働時間を短くしつつも就業を希望している一方、現在が常用雇用あるいはパート等勤務の者は60歳代で過半数の者が労働市場からの引退を希望している。
3) しかし、後者の場合でも60歳代で4割以上の者はなお就業を希望しており、その形態としてはパート的な勤務が中心となっている。また50歳代でのパート的な勤務への希望は、40歳代にパート等勤務を行っている者だけでなく常用雇用あるいは無職の状態にある者にも多く、現状では50歳代のパート勤務者比率は40歳代の者に比べ低下していることと対照的である。
 中年期以降の女性の働き方は夫の働き方の影響を受ける傾向にあるが、それは間接的には本人の学歴の影響ともいえる。それも含め学歴が働き方に与える影響が大きいが、その主要なものは職種である。高学歴の女性は専門・技術的職種や事務職に就いている割合が大きい。この場合に問題なのはパート等勤務の職種内容であり、高学歴者が志向する職種は絶対量が少ない上に、住宅地に立地する傾向にある販売職やサービス職の仕事に比べ都市部立地型であるため、相対的に通勤時間が長く、パート勤務のメリットの一部を小さくしている。調査結果からは、今後、中年期に加え高齢期においてもパート的な働き方への大きな希望が見込まれるが、特に高学歴者の中・高齢者にとって、希望する内容の職場がいかにして提供されうるかが問題となる。

<文献>
 ILO,1996,Yearbook of Labour Statistics.
 稲上毅,1992,「現代日本の雇用慣行-いくつかの変動局面とその示唆-」『これからの働き方を考える(Part1)』日本労働研究機構-。
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 八代尚宏,1997,『日本的雇用慣行の経済学-労働市場の流動化と日本経済-』日本経済新聞社-。



第2章 中高年期の生活設計と就業意欲

2-1 はじめに

 高齢化が進む我が国では、年金支給開始年齢の引き上げ、60歳から65歳への雇用延長などが検討・具体化される中で、高齢期の就業の在り方についての議論が活発化しているが、高齢者の就業システムを考えるにあたっては、これから高齢期に入る労働者がどのような働き方を望んでいるか、そしてどのような生活設計を描いているのかがポイントになる。そこで本稿では、40~59歳の中高年齢者の男性を対象として、彼らの今後の生活設計と就業意欲に関する分析を行う。
 国際比較でみると日本においては高齢期における就業率が高い。例えば1996年の統計によれば、60~64歳の男性の就業率は日本は74.9%であり、ドイツの29.5%、フランスの16.5%、アメリカの53.2%をはるかに凌いでいる(ILO,Yearbook of Labour Statistics,1996)。フランスやドイツなどのヨーロッパ諸国では早期引退制度が普及しているために、60歳以前に退職する人も少なくない。これに対して日本では自営業の割合が高いという背景もあって、高齢期における就業意欲は強いのが現状である。ではこのような高齢期の就業率の高さは今後も維持されるだろうか。あるいは、もし高い就業率が今後も維持されるとすれば、どのような条件が高齢期の就業意欲を促進するのだろうか。このような問いに答えるために、本章ではまだ高齢期に達していない40~59歳の中年世代の男性を対象として、彼らが高齢期になった時の生活設計や就業意欲について分析することにしたい。高齢期の就業意欲とその規定要因に関してはこれまでもいくつかの研究があるが、本章では特に次の三つの要因に着目して分析する。その第一は収入の他に、住宅ローンや貯蓄、持ち家取得方法といった「経済的要因」と就業意欲・生活設計との関連である。第二は出生コーホート、初婚年齢、末子出生年齢といった「ライフコース要因」との関連である。そして第三に、学歴や雇用形態、今後の独立・開業の意欲といった「職業キャリア要因」との関連である。このような三つの要因に着目することによって、なぜ中年世代の高齢期における就業意欲が高いかを検討することにしよう。

2-2 生活設計と就業意欲

 まず対象者の高齢期における就業意欲と生活設計を概観してみよう。ここでは対象者にそれぞれ60~64歳、65~69歳、70歳以上になった時に、どのような生活設計を考えているかを聞いている。まず図2-1から60~64歳になった時の生活設計をみると、「仕事をせずに年金・貯蓄などで暮らす」と答える人はわずか8.0%にすぎず、ほとんどの人が何らかの形で働き続けることを予定している。最も多い割合は「フルタイムで働く・会社で雇用される」というもので、全体の26.5%である。しかし「1日の労働時間を短くして働く」と答えた割合も25.3%となっており、フルタイムではない短時間就労を望む傾向もみられる。また「独立開業・自営をする」(18.7%)、「時間に拘束されず一定の仕事を請け負う形で働く」(11.2%)などのように、働き方の内容にばらつきが見られる。
図2-1 60~64歳までの生活設計
 次に65~69歳になった時の生活設計を聞くと(図2-2)、「仕事をしないで年金で暮らす」と答える人は30.3%で、残りは何らかの形で働き続けることを予定している。内訳は「フルタイムで会社で雇用されて働く」はわずか3.8%であり、「一日の労働時間を短くして働く」(20.1%)、「一週間に2,3日だけ働く」(19.4%)、「時間に拘束されず一定の仕事を請け負う形で働く」(17.9%)など、就業形態の希望の多様化がいっそう大きくなる。
図2-2 65~69歳までの生活設計
 さらに70歳以上になった時の生活設計をみてみよう。図2-3にみるように「仕事をせずに年金・貯蓄などで暮らす」と答えたのは60.5%を占めており、約6割の人は70歳以降は労働市場から引退することを考えていることがわかる。しかし残りの4割は何らかの形での就業を希望している。残り4割の人々の生活設計をみると、その内容は「時間に拘束されず、一定の仕事を請け負う形態で働く」と答えた人が最も多く(14.3%)、ついで「毎日働くが、1日の労働時間を短くして働く」(11.3%)といった形で就業を希望する者が多くなっている。このように「70歳以降も働き続けたい」と考える人は4割近くもおり、対象となった中年世代の就業意欲はかなり高いものと思われる。
図2-3 70歳以上の生活設計
 ではこのような就業意欲の高さは、どのような要因によって支えられているのであろうか。以下では1)ローンなどの経済的要因、2)結婚年齢などのライフコース要因、3)独立・開業志向などの職業キャリアの要因といった三つの視点から、なぜ中年世代の就業意欲が高いかを検討してみることにしよう。

2-3 就業意欲の規定要因

(1) 資産・住宅ローンと就業意欲

 既に図2-3でも明らかにしたように、中年世代の男性は70歳以上でも働きたいとする割合が高いが、これを経済的負担という視点から検討してみよう。図2-4は現在の住宅ローンの残高別に70歳以降も働きたいと答える割合の分布をみたものである。これによると住宅ローンの残高が500万円未満の人は70歳以降も働きたいと答える割合は19.4%と就業意欲は最も低くなっている。しかしローンの残高が多くなるほど就業意欲は高まる傾向にある。例えば住宅ローンの残高が1500万円未満の場合は、70歳以降も働き続けたいと答える割合は35.7%であり、1500万円以上になると47.4%に上昇している。このように住宅ローンの残高は70歳以降の就業の意欲を促進する要因であることが明らかである。
図2-4 70歳以降も働き続けたい 住宅ローンの残高
 次に、住宅ローンの返済終了年齢との関係を図2-5で検討してみよう。ここでも住宅ローンの返済終了年齢が70歳以降の就業意欲を促進していることが判明する。ローン返済終了年齢が59歳以下の場合70歳以降も働き続けたいと答える割合は18.0%であるが、ローン返済終了年齢が65歳以降になると、その割合は大きく増加する。特にローン返済終了年齢が65~69歳の場合、70歳以降も働き続けたいと答える割合は36.9%と最も高くなっている。
図2-5 70歳以降も働き続けたい 住宅ローン返済終了年齢
 このように住宅ローンという経済的な負担は、高齢期における就業意欲を促進する方向で作用していることが明らかである。これらの複合的な影響を検討するために「出生コーホート」、「住宅ローン残高」、「持ち家を自宅で購入」という三つの要因の「働き続けたい希望年齢」に対する影響力を検討したのが図2-6である。サンプル全体の就業希望年齢の平均は64.8歳である。しかし出生コーホートが55~59歳で、住宅ローン残高が1500万円以上あり、持ち家を自力で購入した人の就業希望年齢は67.3歳であり、平均の就業希望年齢に比べて2歳以上長い結果となった。したがって、住宅ローンのみならず、持ち家の取得方法といった資産形成の経済的要因が、中年世代のこれからの働き方を規定しているといえるだろう。
図2-6 働き続けたい希望年齢

(2) ライフコースと就業意欲

 では次に、高齢期における就業意欲を規定しているライフコース要因の影響力について分析をしてみよう。ライフコース要因にはいくつかあるが、ここでは「出生コーホート」、「末子年齢のタイミング」という二つの視点から明らかにする。ここでいう出生コーホースとは、出生年を同じくする集団のことを意味しており、調査時点での対象者の年齢で示される。
 図2-7は出生コーホート別に、70歳以降も働き続けたいと答えた割合を示したものである。これによると出生コーホートが40~44歳の場合は、70歳以降も働き続けたいとする割合は20.7%と最も低い。これに対して55~59歳の場合は29.3%となり、他の出生コーホートよりも70歳以降も働き続けたいとする割合が高くなっている。今回の調査は1時点のクロスセクショナルなものであるため、コーホートの世代効果と年齢効果の区別がつきにくい。今回の分析でみる限り、55~59歳のコーホートでは高齢期における就業意欲が強いことが見いだされるのであり、これは定年60歳により近いことによっての現実感を反映した回答によるという解釈、そして古い出生コーホートほど仕事へのコミットメントが高く、それによって高齢期においても就業したいと答える割合が高まったという解釈の二つが考えられる。後者の解釈に基づけば、若いコーホートほど仕事へのコミットメントは低くなることから、高齢期における就業意欲は今後は低下することが予測される。
図2-7 70歳以降も働き続けたい 現在の年齢(出生コーホート)
 次に、高齢期における就業意欲に対する末子出生年齢の効果を分析してみよう。表2-1は出生コーホート別にみた、末子出生年齢別の引退希望年齢を算出したものである。まず40~44歳コーホートをみてみよう。末子出生年齢が29歳以下の場合の引退希望年齢は63.67歳であるのに対して、30~34歳の場合は引退希望年齢は65.96歳と上昇する。次に45~49歳コーホートでは、末子出生年齢が29歳以下の場合、引退希望年齢は64.19歳である。末子出生年齢が高いほど引退希望年齢も上昇しており、末子出生年齢が30~34歳の場合は64.60歳、35歳以上の場合は65.24歳となっている。また50~54歳コーホート、および55~59歳コーホートについても同傾向であり、末子の出生年齢が高いほど引退希望年齢も遅くなる傾向は一貫している。このように末子の出生年齢が遅い場合ほど、高齢期においても引退時期を遅くするという傾向が読みとれる。
表2-1 出生コーホート別にみた末子出生年齢別の引退希望年齢

(3) 独立・開業志向と就業意欲

 次に、今後の職業キャリアの希望が高齢期における就業意欲にどのような影響を及ぼすかを検討してみよう。特にここでは現在雇用労働者(サラリーマン)である人が、今後独立・開業したいという志向を持っている場合に、引退年齢がどのように変化するかを明らかにしてみよう。表2-2は今後の職業キャリア希望別の引退希望年齢を算出したものである。ここで用いる項目は、現在雇用労働者(サラリーマン)であり、今後も雇用労働者であることを希望している場合を「雇用から雇用へ」とし、現在雇用労働者(サラリーマン)であるが、今後は独立開業を希望している場合を「雇用から自営へ」とした。また、現在自営であり、今後も自営を続ける場合を「自営から自営」とし、現在自営であるが、今後は雇用労働者として働きたいという場合を「自営から雇用へ」とした。この分析によれば、現在雇用されて将来も雇用されるという「雇用から雇用へ」という労働者の引退希望年齢は64.19歳であるのに対して、現在雇用であるが、将来は独立・開業したいという「雇用から自営へ」という労働者の引退希望年齢は65.72歳となっている。つまり、独立・開業志向の人は高齢期における就業意欲の高いことが明らかである。一般に日本の高齢者の就業意欲の高さは、自営業の比率の高さと比例している。つまり自営業は雇用労働者に比べて引退年齢が遅いために、自営業の比率の高い日本では高齢者の就業率も高いと言われている。ここでの分析結果では「自営から自営へ」という職業キャリアは引退年齢が最も遅い(67.43歳)ことが示されているが、同時に「雇用から自営へ」という労働者の引退希望年齢も遅い(65.72歳)という傾向があり、いわゆる「サラリーマンの独立・開業志向」が高齢期の就業意欲を高める重要なファクターとなってくるものと推測される。
表2-2 今後の職業キャリア希望別 引退希望年齢
 そこで以下ではさらに「雇用から自営へ」という独立・開業志向の強い労働者に着目していくつかの分析をしてみよう。図2-8は今後の職業キャリアの希望の分布を示したものである。これをみると「雇用から雇用へ」という割合は全体の67.9%を占めている。次いで「自営から自営へ」が22.8%、「雇用から自営へ」が8.2%であり、「自営から雇用へ」という割合は1%と最も低い。では「雇用から自営へ」という独立・開業志向はどのような要因によって生み出されるだろうか。
図2-8 今後の職業キャリアの希望
 表2-3は出生コーホート別の職業キャリアの希望を示したものである。ここで注目すべきは「雇用から自営へ」という割合は、出生コーホートが若いほど高まるという傾向である。つまり50~54歳で雇用から自営へ希望する割合は8.9%、55~59歳コーホートでは4.4%であるのに対して、40~44歳という若いコーホートでは11.3%と高い割合を示している。これは若いコーホートほど雇用労働者(サラリーマン)からの独立・開業志向が強いことを意味している。
表2-3 出生コーホート別今後の職業キャリアの希望
 表2-4は学歴別に職業キャリアの希望を示したものである。「雇用から自営へ」をみると、学歴が高いほど割合の高まる傾向がみられる。つまり中学卒では雇用から自営へ希望する割合は3.6%、高校卒では6.4%であるのに対して、大学卒以上では11.6%となっている。つまり学歴の高い人ほど雇用労働者からの独立・開業志向が強いことが明らかである。また、表2-5は職種別に今後の職業キャリアの希望をみたものである。これによると専門・技術職、および営業・販売職に独立・開業の志向が強い。
表2-4 学歴別今後の職業キャリアの希望
表2-5 職種別今後の職業キャリアの希望
 では労働者の生活と独立・開業志向との関連はどうなっているだろうか。ここでは仕事以外の社会(地域)活動について表2-6および表2-7に示した。まず表2-6は現在の社会(地域)活動の現状について検討したものである。ここで注目すべきは「雇用から自営へ」の場合に、現在の社会(地域)活動に時間をかけていると答える割合が高いことである。これは「雇用から雇用へ」の場合と比較するとより明らかである。つまり今後の職業キャリアを「雇用から自営へ」と希望する人では、社会(地域)活動に「時間をかけている+かなり時間をかけている」と答える割合は10.2%であり、これは「雇用から雇用へ」の4.5%の数字を凌ぐ。現在雇用されているサラリーマンでも、今後独立・開業する志向を持っているか否かによって、ボランティア活動などの社会活動への参加の度合いがかなり異なってくることが推測される。そこで次に、今後の社会(地域)活動の重視度との関連を検討してみよう。表2-7によれば、「雇用から雇用へ」を希望する人では、今後の社会(地域)活動に「たいへん重点をおく+かなり重点をおく」と答える割合は7.5%であるのに対して、「雇用から自営へ」と希望する人のうち、12.5%が社会(地域)活動に重点をおくと答えている。つまり現在サラリーマンの人でも独立・開業の志向が強い人ほど、ボランティア活動などの社会活動への参加の意欲も強いということが明らかである。この傾向を「自営から自営」という一貫して自営であり続ける予定の人と比較しても、サラリーマンから独立開業する人は社会活動への意欲は強い。表2-7によれば「自営から自営へ」と希望する人のうち、今後は社会(地域)活動に「たいへん重点をおく+かなり重点をおく」と答えた割合は9.5%であり、これは「自営から雇用へ」の場合よりも少ない。このように現在雇用労働者(サラリーマン)で、今後独立・開業の意欲を持っている人は、ボランティア等の地域社会活動にも参加する傾向にあり、また将来も参加する意欲の強いことが明らかである。社会(地域)活動の重視度は全体的に低いという傾向からも、日本の男性の「仕事重視・社会(地域)活動の軽視」という傾向が読みとれるが、その中にあって、独立・開業志向が社会活動の活性化にも結びつくことをデータは示唆している。
表2-6 今後の職業キャリア希望別現在の社会(地域)活動の重視度
表2-7 今後の職業キャリア希望別今後の社会(地域)活動の重視度
 以上、ここでは特に雇用労働者の独立・開業志向が高齢期の就業意欲を高める傾向にあることを確認した。そしてそのような独立・開業志向は若いコーホートに強い傾向も確認された。また学歴が高く、専門職と営業職の場合に独立・開業志向が強いということも明らかにした。さらに独立・開業志向は社会(地域)活動の重視とも結びついており、高齢期における就業のみならず、ボランティア活動などの社会活動を促進することが明らかとなった。

2-4 高齢期における就業意欲のロジット分析

 次に、高齢期における就業意欲をロジット分析および重回帰分析により検討する。ロジット分析では各年齢に達した時に「就業するか否か」(就業を1、非就業を0と変換)というダミー変数に対して、いくつかの独立変数の効果を推計する。また重回帰分析では「引退希望年齢」を従属変数として、いくつかの独立変数の効果を推計することにしたい。ここでは特に次の三つの独立変数群に着目してロジット分析および重回帰分析を試みる。独立変数群の第一は「資産・経済的変数」である。具体的には「住宅ローン」「貯蓄」「収入」という三つの変数を投入する。「住宅ローン」は住宅ローンの残高が1500万円未満の場合0とコード変換し、1500万円以上の場合を1と変換した。「貯蓄」は貯蓄なしを0、100万円未満を1、100~200万円未満を2というカテゴリー変数に変換し、結果的に0から9までの連続変数とした。また「収入」はデータが、年収が1000万円未満は「25万円位」、「50万円位」・・・「950万円位」というカテゴリー変数であるため、実数値にコード変換し、最終的に0から9999万円までの連続変数とした。独立変数群の第二は「職業キャリアと独立・開業志向変数」である。この中には「学歴」「雇用者ダミー」「独立・開業志向」の三つの変数が含まれる。学歴は「中学卒」を1、「高校卒」を2、「短大・専門学校卒」を3、「大学卒以上」を4とコード変換して用いる。「雇用者ダミー」は自営を0、雇用労働者を1と変換した。また「独立・開業志向」は「雇用から自営へ」というカテゴリーを1と変換し、その他を0と変換した。独立変数群の第3は「ライフコース変数」である。これは「出生コーホート」「結婚年齢」「末子出生年齢」「子供の数」という4つの変数である。これはそれぞれの実数を連続変数として投入した。
 表2-8は今後の就業の有無に関するロジット分析の結果である。ここでは60~64歳、65~69歳、70歳以上という各年齢到達時における就業の有無を従属変数とした分析結果を示している。まず60~64歳時の就業の有無に対する独立変数の効果をみると「収入(β=-.0014)」と「末子出生年齢(β=.4575)」の効果が有意である。つまり収入の高いほど60~64歳時点での就業の可能性は有意に低下する。逆に末子出生年齢が遅いほど60~64歳時点での就業の可能性は有意に高まることが判明する。次に、65~69歳時点での就業の有無に対する独立変数の効果をみると、「独立開業志向(β=2.0603)」が有意な効果を持っている。つまり雇用から自営への独立開業を希望する場合ほど、65~69歳での就業の可能性は有意に高まる。さらに70歳以上での就業の有無に対する独立変数の効果をみてみよう。ここでは「独立開業志向(β=1.4108)」「子供の数(β=-.7325)」「貯蓄(β=-.0004)」という三つの変数が有意な値を示している。これは雇用から自営への独立開業を希望する人ほど70歳以降も就業する意欲のあることを示している。逆に子供の数が多いほど、また貯蓄の多い人ほど70歳以降の就業意欲は低下することを示している。以上のロジット分析の結果をみると、60歳代前半では末子出生年齢の効果が大きく、65歳以降は独立開業志向の影響が大きいことが明らかである。これは次の重回帰分析でも確認できる点である。表2-9は引退希望年齢を従属変数とした重回帰分析の結果を示している。ここでは「独立開業志向(β=.3222)」「末子出生年齢(β=.3070)」の二つの変数が有意である。これは雇用から自営への独立開業を志向する場合、まだ末子出生年齢が遅い場合に引退希望年齢が遅くなることを意味する。このように他の変数をコントロールしたロジット分析および回帰分析の結果では、「独立開業志向」と「末子出生年齢」という二つの変数が高齢期における就業意欲にとって重要であることが明らかとなった。
表2-8 今後の就業の有無に関するロジット分析
表2-9 引退希望年齢に関する重回帰分析

2-5 まとめと考察

 本章では中年世代の男性を対象として、彼らの高年齢期における生活設計と就業意欲について明らかにしてきた。本章の分析から得られた主な知見は以下のようにまとめられるであろう。
1) 60歳代前半の生活設計をみると、「仕事をせずに年金・貯蓄などで暮らす」と答える人はわずか8.0%にすぎず、ほとんどの人が何らかの形で働き続けることを予定している。
2) 60歳代後半の生活設計をみると、7割の人は何らかの形で働きたいと答えているが、「フルタイムで会社で雇用されて働く」と答えた人はわずか3.8%であり、就業形態の希望が多様化する。
3) 70歳以降の生活設計をみると、ほぼ4割の人は何らかの形で働き続けたいとしている。
4) 住宅ローンなどの経済的負担が大きいほど、70歳以降も働き続けたいとする割合が高まる。
5) 40~44歳コーホートに比べて55~59歳コーホートほど、70歳以降も働き続けたいとする割合が高い。
6) 末子の出生年齢が遅いほど、引退希望年齢は遅くなる傾向がある。
7) 「雇用から自営へ」という独立・開業志向のあるサラリーマンほど引退希望年齢は遅くなる傾向がある。
8) 「雇用から自営へ」という独立・開業志向のあるサラリーマンは、年齢が若いコーホートで、学歴が高く、専門職や営業職に就いている場合が多く、また仕事以外の地域・社会活動への参加の意欲も強い傾向がある。
9) 高齢期の就業意欲のロジット分析によれば、60歳代前半では末子出生年齢が遅いほど就業する可能性は有意に高まり、65歳以降では独立・開業志向のサラリーマンほど就業の可能性が有意に高まる。
10) 高齢期の就業意欲の重回帰分析によれば、末子出生年齢が遅いほど、また独立・開業の志向のある場合ほど、引退希望年齢が遅くなる。
 以上の知見から高齢者の就業について三つのポイントが指摘できよう。第一は現在の中年世代も高齢期における就業意欲は強いという点である。本章の分析対象となった中年世代の中でも比較的若いコーホート(40~44歳)は、それ以外のコーホートに比べて70歳以降での就業意欲は低下する傾向がみられるものの、65歳まではほとんどの人が就業継続を希望している。この点からみても、日本の高齢者の就業意欲の高さは今後も維持されていくものと推測される。指摘すべき第二のポイントは、65歳以降の就業希望者の中でも就業形態が多様化するという点である。本章の分析でも示したように65~69歳における就業希望は約7割にのぼっているが、多くは「1日の労働時間を短くして働く」「1週間に2,3日だけ働く」といった弾力的な働き方を望んでいる。今後の高齢者の雇用を考える際には、このような短時間の就業を希望する労働者を企業がどのように受け入れていくかを検討する必要がある。第三のポイントは現在は雇用労働者として働いている人でも、将来は独立・開業したいと希望する場合は彼らの高齢期での就業意欲は高まるという点である。日本の高齢者の就業率の高さは自営業比率の高さを反映しているのであるが、近年は自営業の割合は減少の一途をたどっている。そのため高齢期における就業を高めるためには、雇用労働者から独立・開業への転換を促進する必要がある。また本章の分析では独立・開業を希望する雇用労働者は仕事以外の社会(地域)活動への参加意欲が強いという傾向を示していた。雇用労働者とは異なって、独立・開業の場合は、仕事と社会活動との調和をはかるような働き方が比較的可能である。そのためボランティア活動などの社会活動への意欲は、雇用労働者よりも独立・開業者の場合に高まるであろう。このような結果から、高齢者の就業意欲を高め、また同時にボランティア活動などの社会活動を促進する上では、雇用労働者から独立・開業したいと考える労働者への政策的支援がいっそう重要になってくるものと思われる。



第3章 教育訓練経験と中高年期の職業的自律性

3-1 問題の設定

(1) ライフコースと教育訓練をめぐる研究状況

 「生涯教育」という言葉がP.Lengrandによって提唱されてから、すでに30年以上が経過した。欧米では、諸個人がライフコースの途上で経験する教育訓練を、初期教育訓練(initial education and training)と継続教育訓練(continuing education and training)という対概念を用いて捉えることがすでに一般的になっている(注1)。全社の初期教育訓練とは、個人が社会生活や労働市場に参入する以前の若年期に受けた教育訓練を意味し、前者の継続教育訓練とは、社会生活や労働市場への参入後に職場内外で経験した教育訓練を指す。このように、個人にとっての教育訓練を、ライフコースの初期における学校教育を主とした経験のみならず、その後に継続して経験した多様な教育訓練をも包摂する総体として把握する必要があるという考え方が、欧米を中心として世界的に定着しつつある。
 こうした状況のもとで、「ライフコースと教育訓練」に関する実証的研究が、海外でも、また日本でも蓄積されてきているが、明らかにすべき点はいまだ数多く残されている。表3-1は、従来の研究状況を分類整理するための一つの枠組みを示したものである。
表3-1 ライフコースと教育訓練をめぐる研究の分類枠組み
 主たる研究テーマは、教育訓練の機会および教育訓練の効果の二つに大別することができる。前者の教育訓練の機会、すなわち人々が実態としてどのような教育訓練を経験しているかについては(表3-1のA欄)、学校基本調査、民間教育訓練実態調査など各種の統計調査が基礎資料を提供していることは言うまでもない。初期教育訓練に関しては、出身階層や人種、地域などによる教育機会の格差の検討が、欧米を中心として広く行われてきた。他方の継続教育訓練に関する研究には、教育訓練プログラムの開発や学習支援制度の策定を目的とした、学習ニーズや学習への障害に関する各種の調査も含まれる(注2)これら教育訓練の機会に関する研究では、過去に受けた教育訓練の量が多いほど、その後の教育訓練の量が多くなり学習ニーズも高まるという、「学習のふくらみ」現象(矢野,1983)が指摘されている。しかし、A欄に含まれる調査研究は、初期教育訓練と継続教育訓練のそれぞれに分断されている傾向があり、また一時点における機会分布の調査に留まる例が多いため、ライフコース上での教育訓練経験を体系的・構造的に把握した研究は、特に日本ではほとんど行われていない。
 他方の、教育訓練の効果に関する研究は、どのような効果に注目するかによってさらに分類することができる。その中で蓄積が比較的多いのは、教育訓練の経済効果を検証するタイプの研究(表3-1のB欄)であり、初期教育訓練に関しては教育経済学に含まれる学校教育の収益率分析、継続教育訓練に関しては労働経済学に含まれる教育訓練の投資効率分析(注3)が代表的なものである。また準経済的な効果として、職業的地位達成や企業内昇進に対する初期教育訓練の効果に関する研究が、教育社会学の分野で蓄積されている。これらの研究では多くの場合、教育訓練の経済効果を支持する結果が得られているが、その効果が学校教育の人材選別機能(スクリーニング機能)と生産性向上機能のいずれに由来するものであるかについては、明確な結論が得られていない。また、フォーマルな学校教育機関への就学が賃金の上昇に及ぼす効果は、就学がライフコースの後期に行われるほど弱くなることが見いだされている(Monk,1997;牟田,1996など)。
 他方の非経済的な効果に関する研究(表3-1のC・D欄)としては、各種の教育訓練が生活や職業などの面でどの程度役立ったかについて、主観的評価を直接に問う形の調査は数多く実施されている。しかし、それ以外の手法によるものは限られている。意識・態度面での効果に関する数少ない研究の例として、若年期の学校生活における体験の豊かさと定年退職後の生きがいとの関係を分析した新井郁男編著(1993)が挙げられる。また、職場スキルの形成効果に関する研究としては、教育訓練と職業スキルとの間の客観的な規定関係を検討した研究はほとんどみられない。
 以上を改めてまとめるならば、第一に、初期教育訓練と継続教育訓練を併せた教育訓練経験の長期的構造に関する実証研究、第二に、教育訓練の非経済的効果に関する実証研究が、特に日本において蓄積が薄い領域であるといえる。

(2) 本稿の分析課題と枠組み

 このような研究状況を念頭に置いた上で、本章は分析課題を次のように設定する。すなわち、日本の中高年男性における初期教育訓練と継続教育訓練の全体的布置構造を把握する(「教育訓練の機会構造」)とともに、そのようなライフコース上の教育訓練経験が彼らの中高年期における「職業的自律性」にどのような影響を及ぼしているかを明らかにすること(「教育訓練の非経済効果」)である。
 本章が、教育訓練の経済効果ではなく非経済効果、中でも「職業的自律性」への効果という分析課題を設定した背景には、次のような問題意識がある。それは端的に、「職業的自律性」の形成が、現在の日本社会、特に今回の調査対象でもある中高年男性にとって、もっとも肝要な課題の一つとなっているという現状認識である。
 戦後日本の企業社会は、高度経済成長期を通じて、長期雇用・新規学卒一括採用などのいわゆる「日本的雇用慣行」を形成してきたが、90年代初頭以降の厳しい経済環境のもとで、その見直しが始められている。それは就業形態の多様化や人事制度の変革などに表れているが、社会的にも大きく注目されたのは、余剰中高年の雇用調整(リストラ)である。
 こうした状況のもとで、人口規模的にも大きい「団塊の世代」と、それに後続する世代にとって必要なのは、職場組織に過剰に依存的にならず、個々人に帰属するスキルを基盤として自らの職場キャリアを積極的にコントロールしてゆく態度(=「職業的自律性」)であると思われる。そしてそのような職業的自律性の形成には、ライフコース初期およびその後の継続的な教育訓練経験が大きく寄与すると考えられる。「どのような教育訓練を経験してきた者が職業的自律性が高いのか」という、本章の中心的な問いは、このような問題関心から引き出されたものである。
 図3-1には、本稿の分析枠組みを示した。[教育訓練経験]と[職業的自律性]との関係を明らかにすることが基本的な課題であり、前者は初期教育訓練と継続教育訓練、後者は「スキル意識」と「自己の職業キャリアのコントロール」というそれぞれ二つの要素から構成されている。また両者の間には職業経歴や職場特性が介在しており、これらの変数も分析の視野に含める。
図3-1 分析の枠組み
 [教育訓練経験]に関しては、初期教育訓練と継続教育訓練の結合パターンを描くだけでなく、両者の効果を比較検討すること、言い換えれば、初期教育訓練の影響を、その後の継続教育訓練経験によって何らかの程度打ち消すことができるのか、という問いを検討することも重要な課題である。
 そして本分析のさらなる特徴は、初期教育訓練、継続教育訓練のそれぞれについて、量のみならず質を重要な変数として設定していることである。具体的には、初期教育訓練に関しては学科や専攻分野の種類、または継続教育訓練に関しては、その教育訓練が職場内で行われたものか、それとも職場外の場で行われたものかを分類の軸とする。
 初期教育訓練の質=内容に注目する理由は、学校教育がその後のライフコースに及ぼす影響に関する従来の諸研究が、教育年数や出身教育段階(「縦の学歴」)、あるいは同一教育段階内部の階層構造における出身学校の位置づけ(「横の学歴」)には注目してきたが、教育の質的内容の影響にはほとんど注目してこなかったことに由来する(注4)。従来、日本の学校教育の教育内容に関して指摘されてきたのは、一つには、高校における普通科/職業科間の学力や進学機会の格差であり、他方では、日本の学校教育は職場スキル形成にほとんど貢献しておらず、実際のスキル形成は入職後の企業内教育訓練を通じて行われてきたということである。これらの認識が強すぎたためか、学校教育における教育内容の種別は、一般的能力ないし訓練可能性面での一元的なハイアラーキーとの関係においてのみ取り上げられてきた。しかし実際には、学校教育すなわち初期教育訓練の質的内容は、その後のライフコースにおける職業キャリアや意識・態度に大きく影響しているのではないか。特に、職業と関連性の強い教育内容は、従来考えられているよりもプラスの意義を豊かにもっているのではないか。この点を検証するためには、初期教育訓練を質的に仕分けした上での分析が不可欠である。
 また、継続教育訓練を職場の内外を軸として分離する理由は、次の点にある。近年における企業の雇用管理の変化の一環として、企業内教育訓練にも変化が生じつつあるということがしばしば指摘されている。すなわち、従来の日本では、OJTを主とする職場内訓練によって、個々の企業に固有の、かつ職業横断的・一般的で柔軟性の高いスキルを形成することが一般的であったが、今後は個人が自発的に、企業外のOff-JTを活用しつつ、専門的なスキルを形成することが必要になるという議論である。たとえばKaneko(1992)は、教育訓練の2つのモデルを表3-2のように概念化し、今後は「個人主導」モデルの重要性が高まると指摘している。
表3-2 教育訓練における職場主導モデルと個人主導モデル
 職業的自律性を中心的な分析課題とする本稿にとって、継続教育訓練の2つのモデルの性格の違いは重要である。なぜなら、職場の主導で実施される職場内教育訓練は、むしろ個人を職場依存的にし、職業的自律性を阻害する働きがあるという仮説を立てうるからである。それゆえ継続教育訓練の類型化に際しては、職場内-職場外という軸を採用する。
 次節以下は、以上の問題関心に基づく分析の結果である。第2節では初期教育訓練経験、第3節では継続教育訓練経験について整理し、続く第4節で、これらの教育訓練と、職業的自律性との関連を検討する。第5節では、最終的なまとめと考察を行う。
 なお、本章では、教育訓練の経済効果についても試論的な分析を行った。その結果については、章末の補論を参照されたい。

3-2 初期教育訓練経験の検討

(1) 初期教育訓練の分布

 まず、調査対象者がどのような初期教育訓練を経験したかをみておこう。表3-3は、5歳きざみの年齢コーホート別の初期教育訓練を示したものである。表3-3に示した通り、ここでは初期教育訓練を、教育段階に課程・学部の種別を加味した9つのカテゴリーに分類している。
表3-3 年齢別 初期教育訓練
 まず全体についてみると、高卒者が約38%、大卒者が33%とほぼ拮抗しており、中卒者も16.5%を占めている。今回の調査対象者の年齢層は、日本社会が急激に高学歴化を遂げた1950・60年代に義務教育を修了しているため、その後の進路動向が多様であり、初期教育訓練の各カテゴリーにかなり満遍なくサンプルが分布していることを特徴としている。これを国勢調査の該当年齢層の学歴分布と比較すると、調査サンプルの方が学歴が高い方にかなり偏っているが、これは調査対象が首都圏在住者であることによると思われる。
 年齢コーホート別にみると、中学卒業者は最も高齢の55~60歳コーホートでは26.4%を占めているが、最も若い40~44歳コーホートでは5.8%にすぎない。調査対象コーホートの20年間に、中卒後の進学率が顕著に高まったことが確認できる。中卒者の減少分約20%のうち、高卒後に就職する者、短期高等教育に進む者、大学まで進学する者がそれぞれ約7%ずつの増加となって表れている。
 高卒者と大卒者については、課程ないし学部の教育内容をそれぞれ三分類した。高卒者の中では職業科の卒業者が約半数を占めており、特に工業科の卒業者は若いコーホートほど比率が高い。大卒者の中では過半数を社会科学系学部の卒業者が占めておた、コーホート間で一貫した変化の方向は見いだされない。

(2) 初期教育訓練と職業経歴・職場特性

 このような初期教育訓練によって、その後の職業経歴や職場特性はどのように異なるだろうか。表3-4は、現在の職業と勤務先の従業員数、そして転職経験および職業資格の取得に関するデータを、初期教育訓練カテゴリー別に示したものである。ここから、初期教育訓練のカテゴリーによって職業や職場の性質が非常に異なることが確認できる。
表3-4 初期教育訓練別 現職・勤務先従業員数・転職経験率・資格取得率
 まず中卒者は、技能工・労務職が4割以上を占め、従業員数も10人未満が過半数に達している。転職経験率も75%と非常に高い。高卒の中で、普通高校卒と商業高校卒は、営業・販売職が20%前後である点では共通だが、普通高校は技能工・労務職も17%を占めているのに対して、商業高校卒では管理職が20%以上に達している。しかし1,000人以上の大企業ないし官公庁に勤務する比率は、普通高校の方がやや高い。また工業高校卒と専修・短大・高専卒も、専門・技術職が約3割を占め、資格取得率も高い点では共通しているが、専門・技術職以外の職業の選択肢が工業高校では管理職ないし技能工・労務職であるのに対し、専修・短大・高専卒ではサービス職ないし営業・販売職となっている。また大企業・官公庁に勤務する比率も工業高校では約3割と全体平均よりも高いが、専修・短大・高専卒では2割を切っており、逆に10人未満の比率が高い。専修・短大・高専卒では転職経験率が中卒と同程度に達していることも特徴的である。
 大卒者は、それ以外の学歴よりも管理職の比率が高いことを特徴とするが、大卒内部でも出身学部の学問分野によって相違があり、管理職比率が最も高いのは社会科学系の出身者である。自然科学系出身者では専門・技術職が管理職と拮抗しており、前者の方がわずかに多い。大企業・官公庁に勤める率は自然科学系でほぼ半数にまで達しており、続いて社会科学系、人文科学系の順となる。転職経験率は、大卒は全般的に他の学歴よりも少ないが、人文科学系で相対的に多い。カテゴリーの「その他」はサンプル数が少ないが、転職経験率が低いこと以外は専修・短大・高専卒と似た回答パターンを示している。
 このように、同じ高卒者、大卒者の中でも、出身学科や専攻分野によって職業経歴や職場特性はかなり異なっている。指標によっては、教育段階別の学歴を超えた共通性も見いだされる(中卒と専修・短大・高専卒の転職率、工業高校卒と専修・短大・高専卒の専門・技術職率や資格取得率など)。全体としていえることは、第一に、大卒は管理職比率、大企業勤務率などが高く、大卒以外のカテゴリーでは営業・販売職や技能工・労務職の比率や転職率が高いなどの点で、両者の間にかなり明確な格差があることである。また第二に、いわゆる「文系」ないし「事務系」(普通高校、商業高校、人文科学系大卒、社会科学系大卒)と、いわゆる「理系」ないし「技術系」(工業高校、自然科学系大卒)を比べると、後者の方が専門・技術職率、資格取得率および大企業勤務率の高さなどを特徴としている。日本の技術系人材は、高い専門性をもちつつ、大規模な職場組織に帰属する度合いが高いといえる。そしてさらに「文系」内部で、非職業的・一般教養的なカテゴリー(普通高校および人文科学系大卒)と、より職業的・実践的性格の強いカテゴリー(商業高校および社会科学系大卒)とを比較すると、後者の方が管理職比率が高いと同時に転職経験が低く、職場組織への定着・適応の程度が高いことがうかがわれる。

3-3 継続教育訓練の検討

 では、このような初期教育訓練と、その後の継続教育訓練は、どのように関係しているのだろうか。表3-5は、初期教育訓練のカテゴリー別に、継続教育訓練経験を示したものである。まず全体の傾向をみると、今回設定した継続教育訓練カテゴリーの中で、もっとも経験頻度が高いものは、「職場や関連会社の集合研修」で、サンプル全体の約半数が経験している。それに続くのが「民間の講座やセミナー」(23.5%)、「専門書やテレビ・ラジオで」(16.7%)、「通信教育講座」(15.1%)、「仲間同士の勉強会」(14.1%)などであるが、いずれも経験率は「職場や関連会社の集合研修」と比べてかなり少ない。日本の継続教育訓練に関して、職場の研修が占める比重が大きいことが確認できる。
 この職場研修の経験率を初期教育訓練別にみると、高卒以下のレベルでは、中学<普通高校<商業高校<工業高校の順で、それぞれ10%近い経験率の差がみられる。この比率は専修・短大・高専卒および人文科学系大卒では工業高校よりも低くなるが、社会科学系大卒および自然科学系大卒では再び工業高校よりも10%以上上昇する。このような職場研修経験率の違いは、先ほどみた、初期教育訓練に応じた職場組織への定着・適応の度合いの違いと対応している。
 職場研修以外の各継続教育訓練カテゴリーをみると、全体として自然科学系大卒の経験率が目立って高く、それに次いで社会科学系大卒ないし専修・短大・高専卒の経験率が高くなっている。社会科学系大卒は「民間の講座やセミナー」(36.7%)、「通信教育講座」(24.8%)、「専門書やテレビ・ラジオで」(24.3%)などを多く経験しているのに対し、専修・短大・高専卒が多く経験しているのは「専門学校等の講座やセミナー」(21.9%)、「仲間同士の勉強会」(21.0%)などである。
 これらの傾向は、継続教育訓練の量的指標として、各カテゴリーの経験率を合計した累積経験率に集約されている。この数値は、自然科学系大卒で飛び抜けて高く、中学卒の約4倍に達している。そのあとに社会科学系大卒、専修・短大・高専卒、工業高校卒の順で続いており、人文科学系大卒は工業高校卒よりも累積経験率が低い。
表3-5 初期教育訓練別 継続教育訓練の経験(複数回答)
 表3-5に基づき、職場研修の経験率と、職場外の教育訓練の累積経験率とを二軸として、各初期教育訓練カテゴリーの分布を図示したものが図3-2である。職場内外のいずれの経験率も低い中卒、両者とも高い自然科学系大卒を両極として、その間に他の初期教育訓練カテゴリーが分布している。この図から明らかなように、職場研修と職場以外の研修の経験頻度は相互に相関している。しかし詳細にみるならば、専修・短大・高専卒では職場外教育訓練に比較的大きな力点がおかれ、社会科学系大卒では職場の研修の経験が相対的に豊富であるなど、初期教育訓練のタイプによっては職場内外の教育訓練の重点の置かれ方にやや相違がみられる。
図3-2 初期教育訓練と職場内外の継続教育訓練経験
 なお表3-6は、各継続教育訓練の中身をより詳しく把握するために、学んだ内容や理由、年齢や継続期間などを示したものである。あるカテゴリーを複数回答経験している場合には、「その中であなた自身にとってもっとも重要と思われるもの」について記入を求めた。これらの変数も初期教育訓練別に把握する必要があるが、煩雑になりすぎることと、細分化するとサンプル数が確保されないために、表3-6には各カテゴリーの経験者全体についての結果を示し、表3-7に経験者数の多い職場研修についてのみ初期教育訓練別の特性を掲げた。
表3-6 継続教育訓練の特性(各頻度順、各教育訓練の経験者中の%)
表3-7 初期教育訓練別 職場の研修の特性(各頻度順、各初期教育訓練カテゴリー中%)
 表3-6からは、次のことがわかる。第一に、学習内容の面からは、継続教育訓練は大きく次のように分類することができる。
 a. 「職場の研修」「民間のセミナー」など、「管理職や経営者にとって必要な知識(経営戦略、意識改革など)」や「ビジネスマン向けの実務知識(マーケティングなど)」などを学習する場合がそれぞれ約半数程度を占めているもの。
 b. 「公民館等」「個人の指導」「専門書等」など、「教育・芸術・スポーツ・生活関連の知識・技能(歴史、料理、書道、ゴルフなど)」が学ばれる頻度が高いもの。
 c. 「専門学校等のセミナー」「公共職業訓練」など、「専門的な職業に必要な知識・技能(税理士、カウンセラー、調理師など)」や「生産や工事に必要な技能(旋盤・配管・木工など)」を学習するケースが多いもの。
 d. 「大学・大学院」は、唯一「研究や開発に必要な知識・技術(電子情報工学など)」を学習する頻度が一位に来ている。
 これ以外の継続教育訓練としては、「通信教育」がaとcの中間的性格を、また「勉強会」はbとcの中間的性格をもっている。
 第二に、学習の理由については、「職場に命じられたため」が6割を超えているのは「職場の研修」のみであり、それ以外は「職場での仕事のため自発的に」あるいは「仕事とは関係なく自分のために」が合わせて7割程度になっている。しかし「民間のセミナー」や「公共職業訓練」、「大学・大学院」などは「職場の命令」で学習する場合も2割弱から3割程度を占めている。また「専門学校等のセミナー」「公共職業訓練」は、「転職や独立開業、再就職のため」に受講するケースも2割程度みられる。
 第三に、学習する年齢および期間については、全体としてばらつきが大きいが、特徴的なのは、「民間のセミナー」「勉強会」「専門書等」は比較的に経験年齢が高いこと、またフォーマルな集合教育訓練は1週間未満で終わる場合が多く、逆にインフォーマルに自分で続けられるものは2年前後の長期に及ぶ場合も少なくないことが見いだされる。
 そして表3-7からは、職場研修の内容が、個々人の初期教育訓練によって、生産技能と管理職・ビジネス知識に分化しており、前者は20歳代の比較的若い時期に、後者は30歳代後半以降の時期に多いことが読みとれる。
 さて、すでに表3-5をめぐって、職場の研修とそれ以外の教育訓練との間に、連動する面が大きいと同時に、両者のいずれかに力点がやや偏る場合もあることを指摘した。また、第1節で提示した仮説を検証するためにも、教育訓練を職場内外で区別して類型化することが必要である。そこで継続教育訓練の経験パターンを、次の四つの類型に分類した。
 A. 「職場研修とそれ以外の継続教育訓練のどちらも経験している場合」
 B. 「職場研修のみ経験し、それ以外の継続教育訓練はまったく経験していない場合」
 C. 「職場研修は経験していないが、それ以外の継続教育訓練のどれかを経験している場合」
 D. 「継続教育訓練をまったく経験していない場合」
 それぞれの類型の性格を一言で表現するならば、Aは経験豊富型、Bは職場依存型、Cは自発型といえよう。この四類型は、継続教育訓練のパターンを集約したものとして、第3節の職業的自律性の分析でも用いる。
表3-5 初期教育訓練別 継続教育訓練の経験(複数回答)
 初期教育訓練カテゴリー別の上記四類型の比率を、表3-8に示した。表3-5でみた傾向を、表3-8からはより鮮明に見いだすことができる。AとDの比率は相反する傾向にあり、またBとCの比率を比較すると、高卒者および人文科学系大卒者においてBの比率が相対的に高く、専修・短大・高専卒においてCの比率が高い。
表3-8 初期教育訓練別 継続教育訓練類型
 本節の最後に、継続教育訓練のパターンがどのような要因によって規定されているのかを集約的に検討しよう。表3-9は、職場内教育訓練(「職場や関連会社の集合研修」)を経験しているか否か、およびそれ以外の継続教育訓練のいずれか一つでも経験しているか否かのそれぞれを被説明変数とし、初期教育訓練の各カテゴリーと従業員数・転職経験を説明変数として、ロジスティック回帰分析を行った結果である。
表3-9 継続教育訓練経験の規定要因(ロジスティック回帰分析)
 まず職場内教育訓練の経験に対する初期教育訓練の各カテゴリーの影響力に関しては、ここまでにクロス表を通じて検討してきたことが確認された。すなわち、自然科学系および社会科学系大卒者において顕著に職場研修を受ける確率が高く、それに続くのが工業高校、人文科学系大卒、専修・短大・高専卒の順であるということである。しかし職場内教育訓練を受ける確率に対しては、初期教育訓練だけでなく、職場規模が独自に強い効果を及ぼしており、職場の従業員数が多いほど、職場研修の機会を得る確率は高くなっている。
 他方で職場外の継続教育訓練に関しては、中学卒の経験の少なさ、自然科学系および社会科学系大卒者と、専修・短大・高専卒の経験の多さなど、やはりすでにみた点が確認された。それ以外の新しい知見としては、第一に、職場外教育訓練に関しても職場の規模が顕著な効果を及ぼしていること、第二に、転職経験と職場外教育訓練経験との間に順接的な関係があることが見いだされた。この第一の点に関しては、先に表3-6でみたように、職場外の教育訓練でも「職場に命じられたため」に経験しているケースが少なくなく、そのような機会を提供しているのが大企業に偏っていることを理由とすると思われる。また第二点目に関しては、職場外教育訓練を通じた企業横断的スキルの取得が、企業間の労働移動を促進する効果をもつことを示唆している。
表3-6 継続教育訓練の特性(各頻度順、各教育訓練の経験者中の%)
 これらの点を踏まえた上で、次節ではこのような教育訓練経験が、中高年期の職業的自律性とどのように関係しているかについての検討に進もう。

3-4 教育訓練経験と職業的自律性

(1) 教育訓練経験とスキル意識

 すでに図3-1に示したように、本章では、職業的自律性の構成要素として、「スキル意識」と「職業キャリアへのコントロール」の二つを設定している。まず前者の「スキル意識」について、教育訓練経験との関係を検討しよう。ここで「スキル意識」と呼んでいるのは、具体的には、自分自身のスキルについてどう考えているかをたずねた次の4つの質問項目である(括弧内は略称)。
 a. 自分は特定の仕事分野の「専門家」といえる(「『専門家』意識」)
 b. 知りたいことや身につけたいことがあれば今の年齢からでも学ぶことができる(「学習可能性」)
 c. 自分の職業上の知識や技術は若い世代にも負けない(「若年層に対する自信」)
 d. 生活環境が大きく変わっても柔軟に対応できる(「変化への適応」)
図3-1 分析の枠組み
 個々人の実際の様々なスキルについて測定することは今回の調査では不可能であったため、代替的にこれら各項目に関する自己評価を、「かなり当てはまる」=4点、「やや当てはまる」=3点、「あまり当てはまらない」=2点、「全然当てはまらない」=1点という形でスコア化したもの、および4項目の平均点(以下「スキル意識スコア」と呼ぶ)を用いることにした。これらのスコアは、いずれも、自らのスキルに対して個々人がどれほど自信をもっているかを表す変数として用いることができる(注5)。
 なお、上記4つの項目への回答結果をみると、いずれも「かり当てはまる」と「やや当てはまる」の合計が70%を超えており、この点では調査対象の職業的自律性はかなり高いことになる(確認のためには比較対照群が必要である)。
 図3-3でおよび図3-4は、それぞれ初期教育訓練、継続教育訓練のカテゴリー別に、別項目のスコアを示したものである。
図3-3 初期教育訓練とスキル意識
図3-4 継続教育訓練とスキル意識
 まず図3-3をみると、全体的には、教育段階が高いほど、また「工業・技術系」>「商業・社会科学系」・「普通・人文科学系」の順で、スキル意識が高くなっている。しかし細かくみると、初期教育訓練カテゴリーによって特徴的な反応も見いだされる。まず中学卒では「学習可能性」が顕著に低いが、「若年層に対する自信」では工業高校卒に匹敵し、人文科学系大卒をも上回っている。高卒者の中で三つの学科を比較すると、商業高校卒が相対的にスキル意識が低調であり、工業高校卒で高いが、工業高校卒では「変化への適応」のみスコアが低い。専修・短大・高専卒ではいずれの項目もスコアが高いが、中でも「専門家」意識は社会科学系大卒を凌駕し、自然科学系大卒者に匹敵している。
 大卒者の中では、専攻分野による違いが大きい。人文科学系では、「学習可能性」以外の項目は中卒や商業高校卒・普通高校卒と同レベルにすぎない。それに比べて社会科学系では各項目のスコアが明確に高く、特に「学習可能性」は非常に高い。自然科学系大卒者には、社会科学系の特徴がさらに顕著に現れている。
 このように、初期教育訓練の量および質と、スキル意識との間には明確な関連があり、それは「学習可能性」にもっとも典型的な形で現れている。では、継続教育訓練との関連はどうだろうか。図3-4より、まず職場内外の教育訓練を両方経験している者と、いずれも経験していない者との間には、どの項目についても大きな差があることが明らかである。しかし、その間に位置する、職場内・職場外のいずれかのみを経験した者同士を比較すると、職場外教育訓練のみを経験した者の方がスキル意識は全般にやや高い。しかし「変化への適応」に関しては職場内のみの経験者の方が上回っており、職場外の教育訓練の内容が、固定的なパッケージ化された知識・技能に偏りがちであることがうかがわれる。
 さて、上では初期教育訓練および継続教育訓練のそれぞれとスキル意識との関係をみたが、初期・継続両者の教育訓練の組み合わせによる効果を検討しておく必要がある。表3-10は、表側に初期教育訓練カテゴリーを、表頭に継続教育訓練カテゴリーをおき、縦横のクロスから成る各セルに該当する個々のグループについて、スキル意識スコアの平均値を示したものである。第一に明らかなのは、社会科学系大卒者および自然科学系大卒者は、継続教育訓練のタイプに関わりなくスキル意識が高いということである。第二に、継続教育訓練として職場の研修と職場外の教育訓練の双方を経験した者は、初期教育訓練の経験に関わりなくスキル意識が高い。この二つの点は、初期教育訓練、継続教育訓練のいずれかを潤沢に経験した者は、中高年期に自らのスキルに対する自信が高いということを意味している。上記の第二点目に着目するならば、継続教育訓練によって初期教育訓練の質的・量的な不足を補うことが可能であるという示唆が得られる。しかしその際、職場の研修と職場外の教育訓練の両者を経験していることを必要条件とするということは重要である。
表3-10 初期教育訓練・継続教育訓練類型別スキル意識 (スキル意識スコア)
 上記2点以外にも、表3-10からは次の諸点を読みとることができる。(各セルのサンプル数が少ない場合もあることには注意が必要だが)。すなわち、普通高校や人文科学系大学など、職業的性格の弱い初期教育訓練を経験した者の場合、職場外の教育訓練のみ経験した者は、職場の研修のみを経験した者に比べて、スキル意識が高いこと。このことは、彼らにとってスキル意識の源泉となっているものが、職業的必要性から一定程度離れた一般教養的知識を自律的に学習した経験であることをうかがわせる。特に、人文科学系大卒者で職場訓練しか経験していない者のスキル意識は、他の多くのセルと比べて非常に低い。
 また、商業高校や工業高校を卒業した者の場合、職場と職場外の教育訓練を双方とも経験していることが高いスキル意識の条件であり、職場、職場外のいずれかのみの経験では、スキルへの自信につながりにくいといえる。なお、商業高校卒業者で、継続教育訓練の経験がない場合、スキル意識が顕著に低くなっている。そして中卒および専修・短大・高専卒では、職場外の教育訓練のみを経験した者よりも、職場の研修のみ経験した者の方がスキル意識が高い。前節でみたように、専修・短大・高専卒の人々は職場外の教育訓練に積極的に取り組む傾向があったが、それだけではスキル意識の向上に直結しないということになる。
 以上の記述的分析を踏まえた上で、スキル意識に対する諸変数の効果を集約的に検討するために、重回帰分析を行った結果が表3-11である。初期・継続教育訓練の各カテゴリーの効果については、以上でみてきた点が確認される。その他の変数についてみると、職業資格を持っていることがスキル意識に明確な正の効果を及ぼしていること、また弱い効果ではあるが、加齢がスキル意識を高める方向に作用していることが指摘できる。職場外の教育訓練経験によって一般的スキルを獲得しても、それだけでは必ずしもスキル意識の向上につながらないが、それが職業資格という形で証明された場合、自らのスキルへの自信と誇りに結びつくといえる。なお、転職経験や企業規模は独自の効果を及ぼしていない。企業規模は、職場内の教育訓練の機会という変数を介して間接的にスキル意識に影響しているが、直接的な効果はもっていないことがわかる。
表3-11 スキル意識の規定要因(重回帰分析)
 本節の最後に、このようなスキル意識と将来の学習意欲との関連について簡潔に示しておきたい。
 今回の調査では、継続教育訓練と同じ10個の項目を提示し、その中で今後経験してみたいものをいくつでも挙げてもらっている。この質問に対して、個々の回答者が挙げた項目の個数を将来の学習意欲とみなし、これを被説明変数としてやはり重回帰分析を行った。説明変数にはスキル意識も含まれている。この結果が表3-12である。
表3-12 学習意欲の規定要因(重回帰分析)
 学習意欲に対しては、中卒が負の効果をもつ点を除いて、初期教育訓練は有意な影響を及ぼしていない。しかし継続教育訓練については、職場研修と職場外教育訓練を双方とも受けた場合に比べて、それ以外のカテゴリーでは学習意欲が明確に低くなっている。そしてB値を比較すると、職場の研修のみを経験した者は、継続教育訓練を全く経験していない者とB値が大きく違わないのに対して、職場外の教育訓練のみを経験した者は、負であるB値の絶対値が小さく、この三者の中では相対的に学習意欲が高いといえる。
 そして、教育訓練以外の変数の中では、スキル意識のみが有意に正の影響を及ぼしている。中高年期に自分のスキルにどれほど自信をもっているかによって、より高齢の時期における学習への積極性が規定されることがわかる。

(2) 教育訓練経験とキャリア・コントロール

 続いて、「職業的自律性」を構成する第二の変数である「キャリア・コントロール」への検討を行おう。ここで「キャリア・コントロール」と呼んでいるのは、「現在の仕事への満足度」と、「今の仕事を変えたいと思う気持ちがあるかどうか」という二つの質問への回答結果から合成された、次の三つの類型である。
 A. 「満足型」(19.0%):「現在の仕事にとても満足」
 B. 「変革型」(28.6%):「現在の仕事にやや不満ないし不満」かつ「仕事を変えたい」
 C. 「現状容認型」(48.9%):「現在の仕事にやや不満ないし不満」かつ「仕事を変える気はない」
 このうち「満足型」は、職業キャリアのコントロールにすでに成功しているタイプである。また「変革型」は、現在の仕事に不満な点があるため、何らかの形で(「自分で積極的に探して」あるいは「チャンスがあれば」あるいは「いずれは」)仕事を変えようとしており、自分自身の今後の職業キャリアを望ましい方向にコントロールしようとする意志をもつ人々である。それに対して「現状容認型」は、現在の仕事に不満点があるにも関わらず、それを容認し、現状にとどまろうとする人々であり、職業キャリアを自ら積極的にコントロールしようとする志向が他の二つと比べて弱いタイプといえる。この「現状容認型」が全体の約半数を占めているということから、少なくとも今回の調査対象に関しては、キャリア・コントロールへの志向は全体としてあまり強くないといえるだろう(この点を確認するにはやはり比較対照群を必要とする)。
 表3-13、表3-14には、それぞれ初期教育訓練別、継続教育訓練別に上記三類型の構成比を示した。「現状容認型」の比率は、表3-13の初期教育訓練に関しては高卒ないし専修・短大・高専卒者、表3-14の継続教育訓練に関しては職場の研修のみ経験した者において多くなっている。しかし表3-14で職場の研修のみ経験した者は、「変革型」の比率もまた比較的高い。職場と職場外の双方を経験した者は、「満足型」と「変革型」の比率が高く、「現状容認型」が少ないことが特徴的である。
表3-13 初期教育訓練別 キャリア・コントロール類型
表3-14 継続教育訓練別 キャリア・コントロール類型
 上では初期および継続の教育訓練別にキャリア・コントロール類型の分布をみたが、諸変数間の関連をより複合的に把握する必要がある。そこで、キャリア・コントロールに関する上記3つのカテゴリーと、初期教育訓練・継続教育訓練を含む他の諸変数との関連を集約的かつ視覚的に把握するために、数量化III類の分析を行った。図3-5は、数量化III類の解1と解2を軸とする座標表面上に、カテゴリー数量に応じて各変数の項目を配置したものである。
図3-5 教育訓練経験と職業キャリアのコントロール
 まず、「満足型」と親近性が強いのは、初期教育訓練として自然科学系の大学を経験していること、継続教育訓練として職場の研修と職場外の教育訓練を両方とも経験していること、そしてスキル意識が高いことである。これらのカテゴリー群は他と比較的離れたグループを形成している。
 「変革型」と「現状容認型」は、相互にかなり接近した位置にあるが、「変革型」の方が工業高校卒や社会科学系大卒、やや高いスキル意識、職業資格を有していることなどのカテゴリーと比較的近い位置にあるのに対して、「現状容認型」は普通高校卒や商業高校卒、やや低いスキル意識、職場研修のみの経験と近い位置にある。
 なお、中卒者・継続教育訓練経験なし・低いスキル意識・職業資格無しというカテゴリーが親近性の高い一群を形成しているが、人文科学系大卒者もその近辺に位置づいていることが注目される。
 全体としていえることは、初期教育訓練や継続教育訓練において、量的・質的に職業スキルを形成している度合いが高いほど、自らの職業キャリアのコントロールにすでに成功しているか、そうでなくとも今後のコントロールに対して積極的であるということである。

3-5 まとめと考察

 本章が明らかにしてきたことを、以下に改めて整理しておこう。

1) 初期教育訓練経験は、職業キャリアや職場特性に大きく影響する。
(1) 教育段階別に比較すると、大卒は管理職比率や大企業勤務率が高く、大卒以外は営業・販売職や技能工・労務職の比率、転職率が高い。
(2) 高卒・大卒について学科・専攻分野別に比較すると、いわゆる「理系」(工業高校卒・自然科学系大卒)では、専門的・技術的職業に就く比率が高いと同時に、大規模な職場組織に勤務する度合いが高い。いわゆる「文系」の内部では、普通高校卒・人文科学系大卒に比べて商業高校卒・社会科学系大卒の方が管理職比率が高く、転職経験比率が低い。

2) 初期教育訓練経験は、継続教育訓練経験にも大きく影響する。
(1) 初期教育訓練経験が量的に多いほど、また質的には「工業・技術系」>「商業・社会科学系」>「普通・人文科学系」の順で、継続教育訓練経験が職場内外ともに豊富である。
(2) 高卒や人文科学系大卒など初期教育訓練経験が高度に職業専門的でない場合には、職場研修に依存する傾向がやや強く、逆に専修・短大・高専卒では職場外の教育訓練経験に積極的である。
(3) 初期教育訓練経験以外の変数としては、職場の従業員数が多いほど職場内外ともに教育訓練の経験が豊富である。転職は職場内研究経験とは有意な関連をもたないが、職場外の教育訓練経験とは相互に促進的な関係をもつ。

3) 初期教育訓練経験および継続教育訓練経験は、中高年期におけるスキル意識に大きく影響する。
(1) 初期教育訓練、継続教育訓練のいずれかを潤沢に経験した者は、スキル意識が高い。
(2) 職業資格の取得は、スキル意識を高める効果をもつ。
(3) スキル意識、および職場外の継続教育訓練経験は、将来の学習意欲を高める効果をもつ。

4) 初期教育訓練経験および継続教育訓練経験は、自らの職業キャリアへのコントロールの度合いにも大きく影響する。
(1) キャリア・コントロールの志向が弱い「現状容認型」の比率は、初期教育訓練に関しては高卒ないし専修・短大・高専卒者、継続教育訓練に関しては職場の研修のみ経験した者において多い。職場内外の教育訓練をいずれも経験した者は、「満足型」と「変革型」の比率が高く、「現状容認型」が少ないことが特徴的である。
(2) 初期教育訓練経験や継続教育訓練経験において、量的・質的に職業スキルを形成している度合いが高いほど、自らの職業キャリアのコントロールにすでに成功しているか、そうでなくとも今後のコントロールに対して積極的である。
 総合的な結論として、次のことが指摘できる。まず第一に、初期教育訓練の経験は、職業経歴・職場特性のみならず、その後の継続教育訓練の機会をも大きく左右し、それらを経由して中高年期の職業的自律性にも影響を与えている。単により長い初期教育訓練を受けていることだけでなく、その内容の職業的専門性・実践性が強いほど、職業キャリアや継続教育訓練機会に恵まれており、中高年期における職業的自律性や学習意欲が積極的である。特に、自然科学系の大卒者、すなわち多くは大規模製造業企業に勤務する技術者として日本の高度経済成長を担ってきた人々が、職場からも優遇され、また自発的な研鑽をも積みつつ、自信にみちた中高年期に到達していることが、随所で現れている。また高校レベルでも、工業科や商業科の卒業生が、職業的な機会や態度の面で普通科にまさる面をもつことがいくつかの指標に表れている。初期教育訓練における職業教育の積極的意義が再評価されるべきであろう。
 全体として、ライフコースの初期に当たる若年期の教育訓練経験が、その後の人生における諸変数に累積的な効果を及ぼすという構造、いわば「初期教育訓練の雪だるま効果」(注6)が、日本の中高年男性には明確に見出される。
 しかし第二に、「初期教育訓練の雪だるま効果」が部分的に覆されるような局面も存在する。たとえば、職場の内外にわたって潤沢な継続教育訓練を経験した場合、自らの職業能力や柔軟な適応力に対する自信において、初期教育訓練による格差はほとんど消滅する。このような「継続教育訓練の挽回効果」の存在は、継続的な生涯教育訓練の重要性を再認識させる結果である。
 この点に関連して、本章の分析結果が示唆している第三の点は、継続教育訓練における職場と個人との関係に関することである。本稿では第1節の表3-2で二つの教育訓練モデルを対比して示したが、「職場主導の教育訓練(職業能力開発)」を「個人主導の教育訓練(職業能力開発)」へと転換してゆくことの必要性は、現在の日本では政策立案者を含む多くの論者によって語られるところである(注7)。しかし、本章の分析は、職場内で職場の主導により実施される教育訓練の経験と、職場外で個人が自らの必要性に基づいて実施する教育訓練経験との間には、相互に高い相関があることを示していた。さらに、その双方を経験していることが、スキル意識や職業キャリアの自律的コントロールを高める上で必要であるということも見出されている。むろん、たとえば将来の学習意欲に関しては、職場外の教育訓練経験の有無が大きく影響することなど、個人の主導性が重要である側面も確かに存在している。しかし職場主導、個人主導というモデル上の対比にとらわれすぎ、両者を排他的に考えることは誤りであろう。また、継続教育訓練の実態についての本章の分析をみるかぎり、従来の日本の職業社会で個人主導の教育訓練が欠如していたとも言い切れない。表3-2の内容に即するならば、例えば教育訓練の内容に関していわれる企業特殊的-領域特殊的という対比も、理念的なものであり、実際の教育訓練内容にはグレイゾーンが大きいと思われる。費用負担に関しても、職場と個人が一定の割合で分担しあうケースも当然あり得る。重要なのは、ノウハウの宝庫としての職場の重要性ないし責任を再認識した上で、職場主導の教育訓練と個人主導のそれとの両立、調和を図るための施策であると思われる。
表3-2 教育訓練における職場主導モデルと個人主導モデル
 特に、職場主導の教育訓練は、現状では「初期教育訓練の雪だるま効果」を増幅する傾向が強い。このような、初期教育訓練による継続教育訓練機会の格差を是正するための実効ある施策を導入してゆくことも、重要な政策課題である。
 以上、本稿では、首都圏在住の中高年男性を対象として、教育訓練経験と職業的自律性を検討してきた。さらに必要とされるのは、より若いコーホートや女性、地方在住者、ひいては日本以外の諸社会など、他のサンプルとの比較である。特に、初期教育訓練の各カテゴリーの位置づけは、進学行動や産業界の人材ニーズの長期的変動に左右される面が大きいため、今回の調査対象コーホートに関して見出されることを過度に一般化することなく、時系列的推移を慎重に検討する必要がある。また、調査方法上の制約から、十分に踏み込めなかった点も多い。「ライフコースと教育訓練」に関する研究成果を、いっそう蓄積してゆくことが必要である。

<注>
1) フランスの例に関しては日本労働研究機構(1997)を参照。
2) 日本の例としては、国立教育研究所内生涯学習研究会(1993)、NHK放送文化研究所編(1990)などを参照。
3) この分野のレビューとしては、Tuijnman(1996)、日本労働研究機構(1996)などがある。またStern,D.and Ritzen,J.M.M.eds.(1991)には豊富な実証分析が集められている。
4) 近年、教育社会学の分野では、高校の学科と出身階層や職業経歴との関係の長期的変動に着目した研究が現れている(中西・中村・大内,1997;稲田,1997)。
5) 4つのスキル意識項目間の相関係数は下記の通りである。
4つのスキル意識項目間の相関係数
 いずれの対の間にも有意に正の相関があるため、4項目の平均値を「スキル意識スコア」として用いることは妥当であるといえる。また、この「スキル意識スコア」は、「働き続けたい年齢」との間には.1489(P=.000)、また収入との間にも.2690(P=.000)の相関があることから、スキルに対する主観的な自信の指標としてだけでなく、実際のスキルの高さをもある程度反映していると考えられる。
6) 「雪だるま効果」については竹内(1995,p.107)を参照。
7) 一例として、自己啓発推進有識者会議報告書(1995)を参照。

<文献>
 新井郁男編著,1993,『「生き方」を変える学校時代の体験-ライフコースの社会学』ぎょうせい.
 稲田雅也,1997,「職業系中等学歴の社会的位置づけの変遷」『教育社会学研究』第61集.
 自己啓発推進有識者会議報告書,1995,『個人主導の職業能力開発の推進に向けて』.
 Keneko,M.,1992,Higher Education and Employment in Japan.Research Institute for Higher Education.
 Hiroshima University.
 国立教育研究所内生涯学習研究会,1993,『生涯学習の研究(上巻・下巻・資料編)』エムティ出版.
 Monk,J.,1997,“The Impact of College Timing on Earnings’. Economics of Education Review. Vol.16.No.4
 牟田博光,1996,「生涯学習が職業生活にもたらす効果に関する研究」『悠峰職業科学研究所紀要』第4巻.
 中西祐子・中村高康・大内裕和,1997,「戦後日本の高校間格差成立過程と社会階層」『教育社会学研究』第60集.
 NHK放送文化研究所編,1990,『日本人の学習-成人の学習ニーズを探る-』第一法規.
 日本労働研究機構,1996,『企業内教育訓練と生産性向上に関する研究』調査研究報告書No.81.
 日本労働研究機構,1997,『「公共職業訓練の国際比較研究」フランスの職業教育訓練』資料シリーズNo.75.
 Stern,D.and Ritzen, J.M.M.(eds),1991,Market Failure in Training? Springer-Verlag.
 竹内 洋,1995,『日本のメリトクラシー-構造と心性-』東京大学出版会.
 Tuijnman,A.C.,1996,‘Economics of Adult Education and Training’. International Encyclopedia of Adult Education and Training (second edition). Pergamon.
 矢野眞和,1983,「生涯学習における参加と不参加の構造-学習希望は顕在化するか-」『大学論集』第12集.広島大学大学教育研究センター.

補論:教育訓練の経済効果

 表Aは、現在の収入を被説明変数とする重回帰分析の結果である。初期教育訓練、継続教育訓練のいずれも収入への規定力が大きい。初期教育訓練については、社会科学系大卒者を基準とすると、中卒者では税込み年収が約240万円少なくなっている。高卒者の中では普通高校卒が相対的に年収が低く、商業高校と専修・短大・高専卒がほぼ同水準にある。専攻分野による大卒者間の収入格差は顕著ではない。
表A 収入の規定要因(重回帰分析)
 また継続教育訓練については、職場内外の教育訓練をいずれも経験している場合と比べて、まったく経験していない場合は150万円弱の年収低下につながっている。職場内と職場外のいずれかのみを経験した場合を比較すると、職場内の研修のみ経験した場合の方が年収が高い。
 教育訓練以外の変数については、従業員数および年齢は正の効果を、転職経験は負の効果を及ぼしている。職業資格の効果は、統計的に有意ではないが、符号的には負の効果となっている(ただし、資格の効果についてより詳しくは、第4章の分析を参照されたい)。
 以上から、教育訓練が経済効果をもつことが確認される。



第4章 資格と中高年期の働き方

 以下では、職業に関係する資格と働き方との関連について分析する。はじめに、職業資格に関する既存研究のレビューを行い、ここでの分析の視点を提示する。次に資格に関するデータ特性を概観し、さらに職業資格の有無による相違点や収入への影響などを検討する。最後に有資格者を分類し、そのなかでの違いを検討する。

4-1 問題の設定

(1) 職業と資格をめぐるこれまでの研究成果

 「資格(ここではいわゆる~士などの資格、免許・免状、検定・認定試験などをすべて含む)」と言っても、世の中には数多くの資格がある。国家試験、公的機関の認定、民間団体の認定などいっさいの区別をせずに数えると、その数は約1500にも達する。しかも毎年資格の種類は増えている。国家試験だけでも約600種類あり、日本の職業資格制度はかなり発達している。神代和欣(1980)によれば、この背景には、(1)行政機関が新しい法律・政策を浸透させるための手段として創設した、また(2)公益すなわち公共の利益を守る立場から私企業の活動に規制を加える、(3)行政機構の能率化を促進させるためなどの理由がある(神代,1980,p.19)。
 どのような人たちがどのような資格の取得を目指すのか。資格の取得は、職業生活に対してどのような効果を持つのか。残念ながら、これらの疑問に対する明確な解答は、筆者の知る限りまだ得られていない。しかし個別あるいは複数の資格に関しては、近年になって、多少の貢献が生まれている。
 今野浩一郎・下田健人(1995)は、職業と資格についての筆者の研究蓄積にもとづいて、簡潔・平易に、一般向けの図書として書き下ろされた、おそらく本邦初の書であろう。このなかで筆者は、資格を資格一般論としてとらえるのではなく、「職業と資格」という側面に視点を置いている。職業と資格とは、「経済学的にみた資格の機能」と言い換えてもよく、その主たる機能は(1)売買の対象となる商品や労働力の質に関する情報提供と、(2)追加的機能である。(1)は、資格を取得した労働者の能力の証明であり、また提供される財やサービスの品質を保証する役割(今野・下田[1995,p.38]および神代[1980]にもとづく)を持つ。(2)は、資格が一定の職業能力を証明することによる職業能力開発を促進するという機能と、資格取得者による労働市場独占(入職規制)という2つの機能を併せ持つ(今野・下田,1995,pp.38-40)。資格一般論ではなく、「資格」が持つ経済学的な意味を分かりやすく書いているという点で、示唆に富んでいる。残念ながら、資格の種類が限定されており、公認会計士、税理士、社会保険労務士、不動産鑑定士、情報処理技術者、宅地建物取引主任者、簿記検定一級、行政書士、中小企業診断士の9種類という、ホワイトカラー向けの資格のみが分析の対象となっており、職業と資格を全般的に扱ったものではない。これは著者らが行った調査(連合総合生活開発研究所,1993)にもとづいたもので、さらに連合総合生活開発研究所(1994)においては、このうちの税理士、宅地建物取引主任者、社会保険労務士、中小企業診断士の4種類についてより詳細な調査・分析が報告されているためである。有効なサンプル数を確保するためには、資格の種類を限定する必要があり、また近年の経済状況・労働市場を考慮すると、ホワイトカラー労働者の雇用問題がより重要であるという事実認識が背景にあるためと思われる。
 今野浩一郎・下田健人(1995)では、職業上の機能によって資格を分類している(今野・下田,1995,pp.42-44)。JILが行った今回の調査データでも、この職業上の資格の機能を変数として利用しているので、以下、簡単に説明する。今野・下田は、職業上の機能を2つに分類する。(1)業務独占型資格と、(2)能力認定型資格である。(1)と(2)の相違点は、資格が当該職業に就くという意味での供給独占をするか否かということである。(1)はさらに職種型(=資格と実際の業務の範囲がほぼ一致)と、職務型(=資格は実際の業務の部分)に分けられる。また業務独占型の資格は例外なく国家試験であるが、能力認定型の試験はそうではない。しかし国家試験がすべて業務独占を意味するわけではない。
 資格が職業生活に与える影響については、(1)所得向上効果と、(2)キャリア向上効果をあげている。とくに(2)についてはさらに企業内昇進効果、転職効果、独立開業効果の3タイプを想定し、結論的には独立開業効果が高いと思われる資格の評価が相対的に高いと指摘している。著者らの調査では、独立可能型資格である税理士、宅地建物取引主任者、社会保険労務士、中小企業診断士のうち、独立開業型は税理士、宅地建物取引主任者であるという結果が得られた。そのほか、資格取得前後の状況を見ると、転職者は「仕事内容は改善されたが労働条件がよくなったわけではない」という評価が多く、独立開業者は「労働時間が長くなるが、収入は増加、結果的には成功した」という評価が多い。また企業内残留派は、「労働時間は変わらず、収入増加」と評価している(今野・下田,1995,pp.133-143)。このように、資格取得により一定の収入効果が見られることが指摘されている。
 今野浩一郎・下田健人(1995)の貢献は、昨今、問題になっているホワイトカラーを念頭に置いた資格と職業との関係を、他に類を見ない調査によって実態分析し、これまで得られなかった知見を追加した点にある。しかし他方で、9種類ないし4種類の資格が、本当に我が国の典型的な労働者が持っている資格かというと、必ずしもそうではない。したがって、資格と職業の関係を一般論としてとらえるには、まだある程度の留保が必要であるし、さらに資格取得者が今後の職業生活をどのように考えているかという点も分析の対象とはなっていない。
 阿形健司(1998)は、資格と職業との全般的な関連を研究したものである。1995年に実施されたSSM調査のデータを用いて、我が国における資格取得者の全体像を浮き出させようとした、これもまた類例の稀な研究である。
 SSM調査では、資格の有無と「あり」の場合にその具体名を2つまで回答するという調査票が設計されている。この結果、1133/2653名(42.7%)が資格ありと回答し、延べ146種類の資格が得られた。データ特性としては、(1)職業別には専門的職業従事者の有資格者比率が高い、(2)年齢別には30歳代が多い、(3)学歴でみると高学歴者ほど多い、という結果であった(阿形,1998,p.60)。
 SSM調査が男女とも、有職者無職者、年齢層などを幅広く対象としていることもあり、阿形健司(1998)は、資格と職業との全般的な関連について分析している。この際、阿形は、資格に関する研究でよく取り上げられる税理士、社会保険労務士などは少数派であるので、SSM調査に出現した上位18資格を代表的なものととらえ、分析の対象としている。この上位18種類とは、簿記検定、教員免許、珠算検定、危険物取扱者、調理師、クレーン運転士等、看護婦、保母、自動車整備士、ボイラー技師等、英語、技能士、土木施行管理技士、理・美容師、ガス溶接、電気工事士、宅地建物取引主任者、タイプ、であるが、民間資格である簿記検定、珠算検定、英語、タイプの4種類は、分析の対象からは除外している(阿形,1998,pp.60-62)。
 我が国の相対的に多くの労働者が持っている資格を分類するために、阿形はこれら14種類の資格を統計的手法(数量化理論III類)により分類する。数量化理論III類は、質的尺度を持つ変数をグルーピングするための方法であり、量的尺度で使用する因子分析と同様の概念を持つ。その際、SSM調査の内部変数として無職率、高等教育比率、平均職業威信スコア、平均収入をとり、外部変数として各資格の創設年、合格率を追加している。数量化理論III類による分類によって、(1)女性専門職型(高学歴だが無職率が高い専門職=保母、教員免許)、(2)伝統型(取得は容易、低学歴、手に職をつける資格=美容師、看護婦、調理師)、(3)男性工業型(比較的新しい工業関係の男性資格=自動車整備士、ガス溶接、電気工事士、技能士など)、(4)建設ホワイト型(取得困難で学歴が高く、ホワイトカラー向けの資格=宅建、土木施行管理技士)の4タイプが導出された(阿形,1998,pp.62-67)。
 さらに阿形は、SSM調査から得られた全146資格を分類することを試みている。このため、当該資格に必要な学歴要件(取得要件別資格分類)を用い、(1)高卒後の学歴を必要とするもの、(2)高卒の学歴を必要とするもの、(3)中卒後の学歴を必要とするもの、(4)中卒で実務経験/講習会の受講を必要とするもの、(5)受験資格に制限のないもの、(6)学歴要件の不明のものという6分類(より細かくは10分類)を新たな変数として追加している。その上でこの取得用件別資格分類によって、収入と職業威信に対する資格の効果を検証している(阿形,1998,pp.67-70)。
 阿形によれば、有識者全体を対象とした場合、男性では収入を増加させる効果は認められないが、20歳代と60歳代では職業威信スコアを増加させる効果が認められた。女性では40歳代以上では収入を増加させる効果を持ち、50歳代以下では職業威信スコアを増加させる効果が認められた。また、取得要件別資格分類による資格の効果については、(1)収入に対しては性別、年齢、現職威信、教育年数が有意な効果を持つこと、(2)現職威信に対しては性別、年齢、初職威信、教育年数、父職威信が効果をもつこと、(3)学歴要件が与える影響は収入にはあまり影響しないこと、(4)学歴要件は職業威信には複雑な影響を与えていること、(5)性別でみると、男女で影響度が異なること、端的には、職業資格の効果は男性にとってはほとんどみられないか、マイナスに働き、女性にとってはプラスの効果を持つことをあげている(阿形,1998,pp.70-75)。阿形は、男性に対しては資格の効果(収入と職業威信)がほとんどないということを、男性には資格インフレーションの可能性が高い、つまり、男性の取得する資格には、当該職業に就いている限り取得することが必須のものが多く、それゆえ、職業威信を高めるという効果がみられないのではないかと推論している(阿形,1998,pp.79-80)。
 阿形健司(1998)の貢献は、SSM調査の性格にもとづいて、我が国の職業資格の全般的な特性を分類し、さらに資格の収入や職業威信への効果を測定した点にある。資格がどのように職業生活に影響しているのかという疑問を持っても、これまでは約1500種類もある資格の適切な分類方法がなかった。阿形はこれにより多くの労働者が持っているという視点から、代表的な14種類の資格に限定し分類することで、一定の基準を与えた。こうした分析は、これまでほとんど行われなかったため、阿形の研究は、今後の資格と職業研究に関して新たな一歩となるものである。しかし他方で、146種類すべての資格については、新たに変数として追加した取得要件別資格分類の妥当性に、ある程度は留保する必要があると思われる。阿形自身も留保しているが、一般的に我が国の職業資格は、様々なルート(学歴・実務経験など)から入ることが可能である。端的に言えば、通常は相当の高学歴者でないと取得が困難であると言われている資格であっても、阿形が行ったような当該資格に必要な学歴要件の最低のものを基準とすると、結果的にそれぞれの資格の取得要件と、資格取得者の実際の学歴とが必ずしも一致しなくなってしまうのである(阿形,1998,p.68)。したがって、当該資格の収入への影響なども部分的には過小評価されてしまう可能性がある。

(2) 分析の視点

 それでは、本調査からはどのような分析が可能であるのか。本調査では現在の保有資格の有無、および「あり」の場合に3つまで具体名を記入してもらった。取得時点が不明なので、資格取得前後の相違を見ることはできない。この点では、今野浩一郎・下田健人(1995)または今野らの行った連合総研調査との比較ができない。
 また対象者が首都圏に在住の40~59歳の男性(本人票のみ、配偶者票では資格についてきいていない)のみであるので、SSM調査とも性格を異にしている。つまり、阿形健司(1998)が行ったような、我が国の資格と職業との全般的な関連について分析することは、適切ではない。
 しかし本調査のメリットもある。調査票は、基本的な属性に限らず、現在の職業や生活全般に対する意識、今後の職業や生活に対する意識などを非常に細かくたずねている。首都圏に在住する中高年労働者が、現在そして今後、どのような職業人生を歩んで行こうと考えているかを詳しく見ることができる。したがって、ここでの分析の範囲は、首都圏の中高年労働者を対象として、資格の有無や有資格者の中での資格グループによる、職業生活に対する現状や意識の相違をクロス表などによって把握する作業、および資格の有無や資格の分類が経済効果を持ち得るか、以上のことを検討する作業としてとらえることにする。

4-2 資格の有無による相違

 はじめに、資格の有無による相違点を概観する。本調査では、「あなたは、なにか職業資格、たとえば税理士、ボイラー技師、簿記検定など、資格試験に合格して得られた資格をお持ちですか。持っている場合、その資格をご記入ください。複数お持ちの方は主なもの3つまでご記入ください。」という設問項目がある。
1117名のうち、有資格者は373名、無資格者は705名であった。有効回答者全体を100とすると有資格者比率は34.6%ということになる。SSM調査(42.7%)と比べると、若干低いが、年齢構成の違いが大きいと思われる。有資格者373名のうち、157名は2つ、さらに81名は3つ(以上)の資格を有している。本節では373名を対象とするが、次節では資格全体を分析の対象とするために、回答者個人ではなく有資格者を抽出することにする。したがって延べの有資格者である611名を分類の対象とする。なおこの611名の資格の種類は150種類あった。

(1) 資格の有無別・基本属性の相違

 回答データが実数値である年齢、週当たり労働時間、税込み年収、転職回数、何歳まで働くかを見たものが表4-1である。年齢以外はすべて資格ありのほうが平均値が高い。統計的に有意差が生じたのは週当たり労働時間だけであったが、税込み年収では資格ありのほうが約30万円高く、他の変数をコントロールしてみないと詳しいことは分からない(後述)。
表4-1 資格の有無別・平均値の比較
 図4-1及び図4-2の学歴&学科については、高校卒と大学以上卒を、専攻学科とクロスさせて区分している。普通高校、商業高校、工業高校、大卒以上(人文科学)、大卒以上(社会科学)、大卒以上(自然科学)、大卒以上(その他専攻)、である。このうち、大卒以上(自然科学)については医学・薬学専攻の者が8名、大卒以上(その他専攻)には大卒以上で福祉・教育・芸術を専攻した者11名が含まれている(ただしその他専攻は分析対象としていない)。資格ありは工業高校、専修・短大・高専、大卒以上(自然科学)などの割合が比較的高く、資格なしに比べれば、専門的な知識・技能を身につけている者が多いといえる。このことは現在の職種(図4-3および図4-4)についても同様で、専門・技術職と回答したのは、資格ありで29.0%、資格なしでは19.4%であった。
図4-1 資格「あり」の学歴&学科
図4-2 資格「なし」の学歴&学科
図4-3 資格「あり」の職種
図4-4 資格「なし」の職種
 業種別に見ると(表4-2)、資格ありは建設業、サービス業などで多く、資格なしは製造業、卸小売・飲食などに多い。また現在の従業員規模別に見ると(表4-3)、1-29人の合計では資格ありが44.5%、資格なし37.2%となっており、相対的に資格ありの勤務先は小規模であると思われる。
表4-2 資格の有無と業種カテゴリーのクロス表
表4-3 資格の有無と従業員規模(現在)のクロス表

(2) 資格の有無別・現在および今後の生活設計に対する意識の相違

 今の仕事を変えたいかとの設問に、「積極的」「チャンスがあれば」「いずれは」と回答した者の合計を見ると(表4-4)、資格ありでは33.0%、資格なしでは30.3%となっており、大きな差はなかった。しかし、これらの「今の仕事を変えたい」と回答した者のうち、現在雇用労働者である者が、今後どのように仕事を変えたいと考えているかを見ると(表4-5)、「独立・自営になる」の項目で、大きな相違が見られる。資格なしの27.2%に対し、資格ありは47.0%となっている。このことは、自らの今後の職業人生に対して、有資格者と無資格者の意識に違いがあることを示唆している。次にこの点をより詳細に検討する。
表4-4 資格の有無と「今の仕事を変えたいか」のクロス表
表4-5 資格の有無と「現在の雇用労働者の変え方」のクロス表
 まず、現在の考え方として、職業に対してどのような意識を持っているかを比較する。「自分は特定の仕事分野の専門家といえる」かとの設問に、順位尺度で回答した結果を見ると(表4-6)、「かなり当てはまる」と回答した者の比率が大きく異なる。資格ありでは45.3%であるが、資格なしは27.8%であった。しかし資格ありでも「やや当てはまる」が36.9%あり、有資格者の中でも専門家意識に違いがあることを伺わせる。「知りたいことや身につけたいことがあれば今の年齢からでも学ぶことができる」については(表4-7)、「かなり」と回答した者の比率は高くない。しかし「やや」と合わせると、資格ありでは83.7%、資格なしは75.3%となり、資格ありのほうが若干自信があるといえる。「自分の職業上の知識や技術は若い世代にも負けない」では(表4-8)、「かなり」に8.7ポイントの差がある。また「生活環境が変わっても柔軟に対応できる」でも(表4-9)「かなり」には7.4ポイントの差があり、どちらも資格ありのほうの回答率が高い。総じて、有資格者の現在の職業に対する意識は、無資格者よりも自信があるという結果になった。
表4-6 資格の有無と「自分は専門家である」のクロス表
表4-7 資格の有無と「今からでも学ぶことができる」のクロス表
表4-8 資格の有無と「知識や技術は若い世代に負けない」のクロス表
表4-9 資格の有無と「環境変化に適応できる」のクロス表
 それでは、今後の人生においてはどのような相違が見られるだろうか。調査票では、55歳から70歳以上までを4区分し、それぞれについて「フルタイムで働く 会社で雇用される」「フルタイムで働く 独立開業・自営をする」「毎日働くが、1日の労働時間を短くして働く」「1週間に2,3日だけ働く」「時間に拘束されず、一定の仕事を請け負う形態で働く」「仕事をせずに年金・貯金などで暮らす」という6つの選択肢が設けられた。図4-5から図4-10は、それぞれの選択肢別に、回答者の年齢がどの時点で、何パーセントの回答比率があるかを見たものである。「フルタイムで会社で雇用される」との回答は(図4-5)、年齢が高くなるにつれて回答比率が下がる。60歳未満では約6割の者が回答しているが、60-64歳では3割以下に下がる。資格の有無別に見ると、資格ありの回答比率は、すべての年齢段階において資格なしよりも少ない。反対に「フルタイム・独立自営で働く」では(図4-6)、資格ありの回答者は、資格なしに比べて、64歳までは回答比率が高い。「1日の労働時間を短く」では(図4-7)資格ありの回答比率が若干高く、「1週に2,3日働く」では(図4-8)反対に資格なしの回答比率が高いが、このことは資格が自分の提供する労働日数や労働時間を決める際の要因となり得ることを示唆しているのかもしれない。「一定の仕事を請け負い働く」では(図4-9)、65-69歳段階から逆転する。64歳までは資格なしの回答比率が高いが、65歳を超えると資格ありのほうが高くなり、しかも70歳以上になっても回答率は大きく低下しない。有資格者の就労意欲は、老後の職業人生においても無資格者より高いということである。「仕事せず年金・貯金で暮らす」との回答は(図4-10)、年齢段階が高くなるにつれ高まるが、特に70歳以上の段階では、資格なしの回答比率が高い。
図4-5 資格の有無別・今後の生活設計「フルタイムで会社に雇用される」(%)
図4-6 資格の有無別・今後の生活設計「フルタイム・独立自営で働く」(%)
図4-7 資格の有無別・今後の生活設計「1日の労働時間を短く」(%)
図4-8 資格の有無別・今後の生活設計「1週間に2、3日働く」(%)
図4-9 資格の有無別・今後の生活設計「一定の仕事を請け負い働く」(%)
図4-10 資格の有無別・今後の生活設計「仕事せず年金・貯金で暮らす」(%)
 さらに各年齢段階ごとに、回答者がどの選択肢を選んでいるかを見ると(図4-11および図4-12)、55-59歳と70歳以上では大きな違いが見られる。当然のことであるが、59歳まではフルタイムで働く人が多く、70歳以上では仕事をしないで暮らしたいという回答が多い。しかし資格の有無別に見てみると、特に65-69歳の段階以降、資格ありのほうの就労意欲が、資格なしよりも高いことが分かる。
図4-11 資格あり・今後の年齢別生活設計(%)
図4-12 資格なし・今後の年齢別生活設計(%)

(3) 資格の収入への影響

 資格の有無は、収入の増減に影響があるのだろうか。阿形健司(1998)では、男子の場合、ほとんど影響はないという結論が得られた(阿形は独立変数として性別、年齢、現場威信、本人教育年数、父職威信、父教育年数、資格の有無(取得要件別資格分類)を使用している)。本章でも40-59歳の男性労働者を対象とする分析を試みることにする。
 従属変数は、時間当たり収入の自然対数(1nw)をとる。時間当たり収入は{個人の税込み年収÷52÷週当たり労働時間}である。自然対数をとることで、基準とした変数に対しておおよそ何パーセントの増減があるかがわかる。独立変数に年齢、年齢の二乗、転職回数、家族人数、資格の有無ダミー、学歴ダミー、従業員規模ダミー、役職ダミー、を使用する(表4-10)。年齢とは別に年齢の二乗値をとるのは、年功賃金のカーブが高年齢層になると下方に傾く(上に凸の二次関数曲線)ことに対応している。一般的には年齢が高いと収入は高くなると想定されるので、年齢のパラメータの値は正となるが、年齢の二乗では負と予想される。転職回数(実数値、単位:回)については、長期勤続を前提としたいわゆる年功的な賃金体系では、回数の多さは勤続年数の長期化を妨げる要因と考えられるから、この値は負と予想される。家族人数(実数値、単位:人)は現在一緒に住んでいる家族の人数で、本人も含めている。人数が多いと必要となる生計費も増えるということから、正の値をとると予想する。資格の有無ダミー(あり=1なし=0)については、第2節(1)のクロス表で紹介したように、資格ありのほうがわずかながら平均年収が高かったという結果から、正の値をとると予想する。学歴ダミーは、高校卒=0として、中学卒、専修・各種学校卒、短大・高専卒、大卒以上(人文科学)、大卒以上(社会科学)、大卒以上(自然科学)、大卒以上(その他福祉・教育・芸術専攻)それぞれの差を見る。高学歴なほど収入は高く、中学卒以外では値は正となると予想する。従業員規模ダミーは、最小規模の1-4人=0として、各規模との差を見る。規模が大きいほど労働条件は良い、すなわち収入は高い、したがって従業員規模のパラメータは正の符号をとると予想される。役職ダミーは、役職に就いていない者(ヒラ)=0として、各役職との差を見る。より上位の役職になるほど収入は高く、正の符号となることが予想される。
表4-10 記述統計量
 重回帰分析の結果を示したものが表4-11である。5%および1%水準で統計的に有意な値が検出されたのは、上から順に、転職回数、大卒以上(社会科学)、大卒以上(自然科学)、30-49人、300-999人、1000人以上、監督・班長・職長、係長、課長代理、課長、部長、社長・重役となっている。
表4-11 重回帰分析結果
 非標準化係数(B)の値は、時間当たり収入におおよそ何パーセントの変化があるかを示しており、たとえば高校卒に比べると大卒以上(社会科学)では20.9%、大卒以上(自然科学)では25.9%ほど高い収入を得ているということである。
 プラスの符号をとる年齢(10%水準)、家族人数(10%水準)、大卒以上(社会科学および自然科学)、従業員規模、役職についてはほぼ仮説通りの結果となった。とくに役職についてはかなり有意な水準で差が生じている。課長を除けば、より上位の役職であると想定される役職に行くほど、ヒラ社員との差が大きい。従業員規模でも300人以上では1-4人規模に比べて30%強高い収入を得ているということが分かる。マイナスの値でも、年齢の二乗(10%水準)のほか、転職回数が多いほど年収は低く出るという予想通りの結果になった。これは転職回数が1回増えると、時間当たり収入は約4%低くなるということである。
 しかしながら、資格の有無ダミーの値は統計的に有意なものではない。このことは、本調査の回答者(首都圏の40-59歳の男性労働者)の時間当たり収入に対して、資格の有無は有意な説明変数とはならないということである。つまり本調査のデータからも、阿形健司(1998)と同様の結果が得られたということになる。

4-3 代表的な資格の分類と特性

 前節では、資格の有無による諸属性の違いや収入への影響などを考察した。しかし冒頭に述べたように、我が国の資格には約1500もの種類があり、本調査でも総計150種類の回答があった。当然、これらの資格の中には、取得の難易度や実際の業務を行うにあたって必須かどうかなどの点で、様々な相違がある。したがってここでは、資格の有無よりさらに一歩踏み込んで、回答結果から得られた資格を合理的に分類し、その上で属性の似ていると判断される資格群の比較を行うことにする。

(1) 回答順位上位19資格の分類

 本調査では、資格ありと回答したのは373名であった。複数所持している人をその資格の数だけ二重(三重)にカウントすると、延べ611名、総計150種類の資格が得られた。しかしサンプル数の非常に少ない資格がたいへん多い。有資格者全体を対象とするという意味では、サンプルが1つや2つの資格を統計処理の対象とするのは適切ではない。したがって、ある程度はサンプル数のある資格に限定しなければならない。それゆえ、度数の高い順に上位の資格を抽出し、それらの有資格者を代表的な資格の分類という本節の分析対象ととらえることにする。なお、有資格者を抽出するという観点から、またサンプル数の関係から、複数回答している者の諸属性はその数だけ複製し、延べ611名を母集団としてとらえることにする。
 上位19種類の資格の資格名、サンプル数などを示したものが表4-12である。もっとも多い資格は簿記検定で53名、次が危険物取扱者の35名などとなっている。上位19種類だけで有資格者の6割弱を占めるので、残りの131種類はサンプル数6以下ということになる。本来ならばせめて10あるいは20以上のサンプルがある資格に限定したいところであるが(阿形(1998)では20サンプル以上を基準としている)、本調査の規模が大きなものではないので、やむを得ずサンプル数7以上の資格をとった。表頭の「機能」とは、今野浩一郎・下田健人(1995)にもとづいた、資格の職業機能の区分である。すなわち業務独占型(A)と能力認定型(B)を示している。19種類のうち業務独占型は12種類、能力認定型が7種類であった。それぞれのサンプル数は業務独占型が210、能力認定型が145であった。
表4-12 有資格者延べ611名の上位19資格
 ある程度数を絞った19種類(355ケース)の資格であるが、19通りの分析を試みて比較することは複雑で、理解に苦しむ。したがってこれらを客観的・合理的にグルーピングし、いくつかの資格群を作る作業が必要となる。データの特性から客観的かつ合理的な分類方法として、数量化理論III類を使用する。数量化理論III類は、変数間に独立・従属の関係が設定されておらず、すべて質的データの場合に、変数間の関係を視覚的に把握することを目的とした多変量解析の一手法であり、いわば質的尺度を持つデータの分類を行うための統計的手法である。

 数量化理論III類に使用した変数:資格名(19)
                 :年齢カテゴリー(4)
                 :学歴&学科合成変数(9)
                 :雇用者か自営か(2)
                 :職種(7)
                 :職業機能(2)

 数量化理論III類では、変数はすべて質的データとして扱われるので、年齢など量的データであっても、カテゴリー化し質的データに変換する。ここでは年齢は40-44歳、45-49歳、50-54歳、55-59歳の4カテゴリーとした。学歴&学科合成変数は、最終学歴(中卒から大学院まで)とそこでの学科とをクロスさせて、たとえば高校卒業で商業科であった場合に商業高校とみなすという方法で9カテゴリーを作成した。中学卒、普通高校、商業高校、工業高校、専修・短大・高専・大卒以上(人文科学)、大卒以上(社会科学)、大卒以上(自然科学)、大卒以上(その他)、である。雇用か自営かは経営者・役員、常時雇用されている従業員、臨時雇用・パート・アルバイト、派遣社員を雇用とし、それ以外(自営業主、家族従業員、自由業、内職)を自営とした。ただし従業員規模が9人以下の企業での経営者・役員は自営業主に性質が近いと考え、雇用ではなく自営のほうに分類した。職種は、調査票では9分類であるが、保安的職業と運輸・通信的職業をまとめて8種類とした。ただしその他が該当しなかったので、分析上は7カテゴリーとなっている。職業機能は前述したとおり。

(2) 数量化理論III類による19資格の分類結果

 図4-13は、数量化理論III類による分類の結果を示したものである。数量化理論III類では、組み込んだすべての変数カテゴリーの数(43)分の値をX、Y座標軸上にプロット(この場合は二次元なので)している。しかしこれらすべてを図に表すことは複雑になるので、分類の本来の対象である、19の資格名だけを取り出した(付属資料参照)。
図4-13 数量化理論III類による19資格の分類
 資格の座標軸上のグルーピングを行うと、ほぼ5グループの資格群に分けることができる。それらは、
(1) 経理グループ:珠算検定、簿記検定
(2) 管理・監督グループ:食品衛生管理者、公害防止管理者、宅地建物取引主任者
(3) 建設関連技能グループ:土木施行管理技士、電気工事士、1,2級建築士、クレーン・フォークリフト 運転士、危険物取扱者、ボイラー技師関連、管工事施行管理技士
(4) 生産技能グループ:2種運転免許、ガス溶接技能者、自動車整備士、溶接各種、技能士、調理師
(5) 教員グループ:教員免許
 である。(1)は、経理・会計業務を行う際に所持されていることが多い資格といえる。(2)は、比較的高学歴で管理・監督業務が主となる資格である。(3)は、建設業における様々な工程に携わる資格である。(4)は多少雑多ではあるが、生産・製造に関わるブルーカラー業務のための資格である。(5)については、教員免許のみであり、そのサンプル数も少ないので以降の分析からは除外する。
 座の座標軸は、X軸が資格の職業機能、Y軸は資格の生産・管理技能を表すと考えられる。つまりX軸はプラスの方向に能力認定型の、マイナスの方向に業務独占型の性質を持つ。Y軸はプラスの方向に管理技能の、マイナスの方向に生産技能の性質を持つとみなす。またY軸はプラスの方向にホワイトカラーの、マイナスの方向にブルーカラーの要素が強くなるともとらえることができる。したがって、各象限はそれぞれ、第一象限=能力認定・管理技能、第二象限=業務独占・管理技能、第三象限=業務独占・生産技能、第四象限=能力認定・生産技能という特性をもつ。

(3) 4グループの比較

 数量化理論III類による4資格群をそれぞれ比較する。平均値だけを見ると(表4-13)、年収と週当たり労働時間では有意な差が見られた。年収では、最高の管理・監督グループと最低の生産技能グループには約358万円の差がある。反対に労働時間では最長の生産技能グループのほうが最短の管理・監督グループより7.06時間長い。
表4-13 数量化による4資格群の属性
 次に職種とのクロス表を見ると(表4-14)、各資格グループでもっとも多いのは、経理グループでは管理職34.9%、管理・監督グループでも管理職40.4%、建設関連技能グループでは専門・技術職43.3%、生産技能グループでは技能工・労務職29.5%となっている。
表4-14 数量化による4資格群と職種(7分類)のクロス表
 学歴と学科を合成した変数とのクロス表では(表4-15)、経理グループでは商業高校卒(37.1%)、大卒以上(社会科学)(27.4%)などで多く、また管理・監督グループでは大卒以上(社会科学)(30.0%)や大卒以上(自然科学)(24.0%)、建設関連技能グループでは工業高校卒(32.8%)、生産技能グループでは中学卒(33.3%)と普通高校卒(27.6%)などが多くなっており、資格群に学歴構成の違いが大きいことが分かる。
表4-15 数量化による4資格群と学歴&学科合成変数のクロス表
 従業員規模では(表4-16)、経理グループでは10-299人規模が44.4%でもっとも多く、管理・監督グループと建設関連技能グループでは300人以上規模がもっとも多くそれぞれ42.3%、37.0%となっている。生産技能グループでは1-9人規模が52.9%でもっとも多くなっている。
表4-16 数量化による4資格群と従業員規模(現在)のクロス表
 表は掲げていないが、現在の役職でも、資格群の違いが大きい。経理グループと管理・監督グループでは役員以上がそれぞれ27.4%、34.6%でもっとも多いが、建設関連技能グループと生産技能グループではひらが27.8%、28.8%でもっとも比率が高い。通勤時間では、経理グループ、管理・監督グループで60-89分がそれぞれ38.7%、28.8%でもっとも多いが、建設関連技能グループでは1-29分(30.4%)、生産技能グループでは1-29分と30-59分が双方とも29.8%となっており、建設関連技能グループおよび生産技能グループのほうが他の2グループよりも相対的に短い。また現在の仕事に対する満足度では、とても満足と回答したのは経理グループ(23.8%)、管理・監督グループ(28.8%)、建設関連技能グループ(19.7%)、生産技能グループ(20.0%)となっており、管理・監督グループの満足度の高さが分かる。
55歳以降の生活設計について、どのような働き方を望んでいるかを見ると(図4-14~図4-19)、「フルタイムで働く 会社で雇用される」では(図4-14)、年齢段階が高くなるにしたがって相対的に回答率が下がるものの、55-59歳および60-64歳までの建設関連技能グループと管理・監督グループとの差が20ポイント以上あることが分かる。「フルタイムで働く 独立開業・自営をする」では(図4-15)、管理・監督グループが相対的に高水準で低下している。経理グループは55-59歳でも60-64歳でも同水準で移行している。「毎日働くが1日の労働時間を短くして働く」では(図4-16)、60-64歳をピークに以降下降しているが、建設関連技能グループと管理・監督グループでは、55-59歳から60-64歳への移行期の回答率の差に違いがある。「1週間に2,3日だけ働く」では(図4-17)、65-69歳が回答率のピークとなる。「時間に拘束されず一定の仕事を請け負う形態で働く」では(図4-18)、各資格群で異なった動きを示しており、65-69歳が回答率のピークなのは、生産技能グループと経理グループで、建設関連技能グループは70歳以上のピークに向かって徐々に高くなっている。管理・監督グループは60-64歳がピークとなるが、60-64歳で下がった後、70歳以上で再び高くなっている。「仕事をせず年金・貯金などで暮らす」は(図4-19)、相対的に年齢段階が高くなるにしたがって回答率も高まる。ただし65-69歳の段階では、管理・監督グループと建設関連技能グループでは20ポイントの差がある。
図4-14 数量化による4資格群・今後の生活設計「フルタイムで会社で雇用される」(%)
図4-15 数量化による4資格群・今後の生活設計「フルタイム・独立自営で働く」(%)
図4-16 数量化による4資格群・今後の生活設計「1日の労働時間を短く」(%)
図4-17 数量化による4資格群・今後の生活設計「1週に2,3日働く」(%)
図4-18 数量化による4資格群・今後の生活設計「一定の仕事を請け負い働く」(%)
図4-19 数量化による4資格群・今後の生活設計「仕事せず年金・貯金で暮らす」(%)
 また職業に関する意識の肯定度合いを見ると(図4-20~図4-23)、「自分は特定分野の専門家といえる」でかなり当てはまると回答したのは(図4-20)、管理・監督グループ(51.9%)、建設関連技能グループ(48.8%)などで高い。「知りたいことや身につけたいことがあれば今の年齢からでも学ぶことができる」では(図4-21)、管理・監督グループの45.1%がかなり当てはまると回答している。「自分の職業上の知識や技術は若い世代にも負けない」および「生活環境が大きく変わっても柔軟に適応できる」でも(図4-22および図4-23)管理・監督グループでかなり当てはまると回答した比率は高く、それぞれ45.1%、33.3%となっている。総じて、管理・監督グループの職業に対する構成度合いの高さが分かる。
図4-20 数量化による4資格群「自分は専門家である」(%)
図4-21 数量化による4資格群「今からでも学ぶことができる」(%)
図4-22 数量化による4資格群「知識や技術は若い世代に負けない」(%)
図4-23 数量化による4資格群「環境変化に適応できる」(%)

4-4 4資格群と収入の規定要因

 第2節(3)では、回答者個人の時間当たり収入を従属変数とした分析を試みた。ここでは数量化理論III類により分類された資格群を独立変数として同様の分析を試みる。なお、資格群は4グループに無資格者を加え、5つのカテゴリーとする。したがってここでの分析は、無資格者+上位19資格の所持者というサンプルを対象としており、サンプルの構成は先ほどとは異なる。
 従属変数および独立変数は第2節(3)で投入した同様の変数を使用する(表4-17)。従属変数は時間当たり収入の自然対数(1nw)である。第2節(3)と異なるのは、独立変数として資格の有無ダミーではなく数量化理論III類によって分類された資格群を使用することである。資格を持っていないグループ=0として、経理グループ、管理・監督グループ、建設関連技能グループ、生産技能グループの各資格群との差を見る。仮説としては、有資格者全体では収入への影響は有意に生じないが、X軸に能力認定・業務独占、Y軸に管理技能・生産技能とした資格分類で見ると、業務独占型で管理技能型の資格、つまり第二象限に位置する管理・監督グループの場合は、何らかの差が生じると想定する。これは第3節(3)で見た資格群の年収の相違から類推され、符号は正であると予想する。他の独立変数は第2節(3)と同じである。したがってこれらの独立変数に関する仮説は前述と同様である。
表4-17 記述統計量
 重回帰分析の結果を示したものが表4-18である。5%および1%水準で統計的に有意な値が検出されたのは、上から順に、年齢、年齢の二乗、転職回数、家族人数、管理・監督グループ、大卒以上(社会科学)、5-9人、30-49人、100-299人、300-999人、1000人以上、課長、部長、社長・重役となっている。
表4-18 重回帰分析結果
 プラスの符号をとる年齢、家族人数、大卒以上(社会科学)、従業員規模、役職については第2節(3)の仮説と同様の結果となった。とくにこちらでは従業員規模と役職についてはかなり有意な水準で差が生じている。マイナスの値でも、年齢の二乗のほか、転職回数が多いほど年収は低く出るという予想通りの結果になった。
 無資格者に比べて有意に差が生じたのは、予想通り管理・監督グループであった。他の3資格群については有意な値は検出されなかった。このことは、数ある資格の中でもより業務独占型でかつ管理技能を有する種類の資格に関しては、無資格者よりも約39%高い時間当たり収入を得ているということである。つまり、本調査のデータから見る限り、業務独占型・管理技能型の資格は、時間当たり収入に対して有意な説明変数となっているのである。
 しかしながら、業務独占型の資格である建設関連技能グループと、管理技能型の経理グループで有意な値が検出されなかったことは、資格の収入に対する影響が(資格の種類の中で)かなり限定的であることを示していると考えられる。またこのことは、第2節(3)で検証した資格の有無が有意に影響しなかったこととも整合性がある。

4-5 小括

 以上、本章で検討してきたことを要約すると、
(1) 本調査データから、資格と職業との関わりを、首都圏に在住の40-59歳男性労働者に限定して分析した。
(2) 資格の有無別に見た場合、単純なクロス表からは、学歴・学科、職種、現在および今後の生活設計に関して、有資格者と無資格者との違いが見て取れる。
(3) 従属変数を時間当たり収入とした重回帰分析の結果は、プラスの影響を与える変数として大卒以上(社会科学および自然科学)、従業員規模、役職が、マイナスの影響を与える変数として転職回数が検出された。
(4) 資格の経済効果、すなわち資格の有無が収入に与える影響については、他の属性をコントロールした後でも、有意な値は検出されなかった。
(5) 調査データから得られた資格(150種類)の上位19種類を対象とした数量化理論III類による分類では、経理グループ、管理・監督グループ、建設関連技能グループ、生産技能グループ、教員グループの5資格群が検出された。これらは能力認定型-業務独占型、管理技能型-生産技能型という二つの座標軸上にプロットされた資格群である。
(6) 教員グループを除く4資格群の属性は、学歴・学科、役職、満足度、今後の生活設計などの面で相違する。
(7) 4資格群と無資格者を合計したサンプルを対象に、収入への影響を分析した結果、プラスの影響を与える変数は年齢、家族人数、大卒以上(社会科学)、従業員規模、役職が、マイナスの影響を与える変数として年齢の二乗と転職回数が得られた。さらに4グループのうち、管理・監督グループについてはプラスの方向に有意な影響を与えており、その効果は無資格者に比べて約39%ほど高い時間当たり収入を得ているという結果となった。
(8) このことは、業務独占型かつ管理技能型の資格である場合には、一定の収入効果があることを示している。

<文献>
 阿形健司,1998,「日本の職業資格-その現状と効果」苅谷剛彦編『教育と職業-構造と意識の分析』1995年SSM調査研究会.
 今野浩一郎・下田健人,1995,『資格の経済学』中公新書,No1236,中央公論社.
 神代和欣,1980,「職業別労働市場分析の一視角」雇用促進事業団職業研究所編『職業構造研究II』職研資料シリーズI-33.
 自由国民社,1998,『国家試験資格試験全書』.
 連合総合生活開発研究所,1993,『個人尊重時代のホワイトカラーの雇用と処遇に関する労使の取り組みについての調査研究報告書』.
 連合総合生活開発研究所,1994,『ホワイトカラーの雇用と処遇に関する労使の取り組みに関する調査研究報告書-ホワイトカラーの社会的資格に関する調査』.
付属資料:数量化理論III類による分類結果



第5章 中高年者の転職状況と企業年金改革の課題

5-1 はじめに

 従来、わが国の労働市場の特徴は、中高年の労働力率が欧米諸国に比べて高い水準を維持してきたことである。しかし、現在の雇用情勢はこの特徴を覆しかねないほど、中高年労働者にとって厳しいものである。
 総務庁が5月29日に発表した『労働力調査』によれば、1998年4月の完全失業率(季節調整値)は4.1%と、最悪だった前月を0.25ポイント上回り、この調査を始めた1953年以来初めて4%以上の水準に達した。とくに、4月の米国男性の失業率は4.0%であったのに対し、わが国の男性失業率は4.2%に達し深刻な状況になっている。また、労働省が発表した4月の有効求人倍率も0.55倍であり、前月比0.3ポイント低下し(8ヶ月連続の悪化)、過去最低の水準0.51倍(1978年1月)に近い水準にまで低下した。このような失業率と有効求人倍率の動向は、年齢ごとに異なった影響を及ぼしている。年齢別の失業率を見ると(表5-1)、15~24歳の若年層失業率と中高年齢層失業率の上昇が顕著である。
表5-1 最近の年齢階級別失業率(1998年4月、単位%)
 このように中高年労働者に対する雇用情勢が厳しい状況の中で、企業年金改革は、これまで以上に労働市場の動向に対応しながら進めなければならないという課題に直面している。企業年金と呼ばれる制度には、主として厚生年金に代わって厚生年金給付額に企業独自の給付を加えて退職者に年金給付を行う厚生年金基金と、国税庁の定める税法上の基準を満たすように企業が退職年金を積み立てこれを退職後に年金給付の形で支給する税制適格年金という二つの制度がある。さらに、退職金の積み立てを公的に援助する退職金共済制度があるが、年金として給付を支給することのできる中小企業等退職金共済組合や特定退職金共済組合も、広義の企業年金と見なすことができるだろう。
 本章では、このように複数の制度が存在する現行の企業年金制度はどのような問題を抱えているのかを指摘した上で、中高年者の職業選択と密接に関係する転職経験を視点に企業年金制度の現状を、データを用いて考察する。最後に、中高年者の転職と老後の所得保障のあり方に留意した企業年金改革の課題について検討する。

5-2 企業年金制度の現状と問題点

(1) 企業年金制度の現状と企業年金のポータビリティー

 企業年金改革の検討は、企業年金の中でも給付水準が比較的高く受給者数も多い厚生年金基金を対象に検討が始められた。厚生年金基金とは、厚生年金の種々の給付のうち老齢年金の報酬比例部分を企業が設けた厚生年金基金が代行して給付する代わりにその代行部分の保険料納付が免除される社外積立方式の企業年金である。この制度は昭和41年11月に発足し、昭和41年度末までに142基金が設立された。その後基金数が増加し続け、平成8年4月には基金数1886基金、加入員数1234万人に達している(加入員数は厚生年金被保険者の3分の1以上に相当する)。しかし、わが国の企業年金にはこれ以外にも税制適格年金や中小企業等退職金共済組合や特定退職金共済制度があり、企業規模や職種によって制度が分立している問題点が指摘されてきた。
 実際、適格年金制度とは、「適格退職年金契約」と呼ばれる法人税法施行令第159条に定められた適格要件を具備して国税庁長官の承認を受けた生命保険会社または信託銀行との契約による社外積立の企業年金制度である。これは昭和37年4月に制定され、平成5年の適格年金数は92467であり、対象者は1059万人に達している。
 また、中小企業等退職金共済組合とは、退職金制度の普及とその水準に見られる企業規模間格差を是正するために、国の援助のもとに中小企業退職金共済事業団によって運営される中小企業(従業員300人未満)相互間の共済制度による退職金制度である。平成8年末現在、加入事業所数では約41万件、加入者数は280万人に達している。一事業所あたりの加入者数は平均7人となっているが、5人未満の規模が46.0%、10人未満の規模で見ると71.5%と小規模企業が3分の2以上を占めている。
 そして、特定退職金共済制度とは、昭和34年の中小企業退職金共済(中退金)制度の設立前に商工会議所や地方自治体などが実施していた地域的な退職金共済制度に対して国の行う中退金制度と同様の税法上の優遇措置が適用されることとした退職金制度である。この制度と中退金制度には退職時における一時金支給のみならず年金給付もあるため、中小企業労働者の老後の所得保障を担う企業年金の役割を果たすものとして、企業年金改革においても近年注目されている制度である。
 なぜ、中小企業等退職金共済組合や特定退職金共済制度も視野に入れた総合的な年金改革の検討が必要なのかと言えば、企業年金改革も厚生年金と国民年金等からなる公的年金改革の理念と整合的に進められる必要があるからである。
 1995年の公的年金改革の理念は「年金と雇用の連携」であり、65歳支給への移行の前提条件として60歳代前半層の雇用政策として、雇用保険を財源とする高年齢雇用継続給付と高年齢再就職給付が導入されたことは、記憶に新しい。これらの60歳代前半層の中高年に対する給付は、企業が中高年雇用を続ける際の人件費の抑制をある程度許容しながらも中高年の手取り賃金を引き上げることによりその所得保障を図る機能を持っている。企業にとって人件費の抑制がある程度許容されるならば、中高年に対する労働需要は増加する。このように、「年金と雇用の連携」政策のもとでは、年金改革は中高年の労働市場の活性化につながる手段を整備しながら進められなければならなくなったのである。
 この観点から重視されるようになったのが企業年金のポータビリティー(企業年金の積立金を転職元企業から転職先企業に移管すること)である。企業年金改革には、上記三つの制度それぞれの改革が相互に関連しながら協調的に行われる必要性があるが、その先駆的な研究報告としての厚生年金基金連合会・企業年金改革研究会報告(1996年11月)においても、企業年金のポータビリティーの充実が課題として指摘された。その研究会報告は、(1)報酬比例部分の企業年金への移行を含む公的年金の役割の縮小と企業年金の役割の拡大、(2)厚生年金基金と適格年金の統合、(3)年金課税と退職金課税の調整を一つの手段とする退職給付における年金の比重の拡大と一時金の縮小を企業年金制度全体の改革の方向性として位置づけた上で、この方向に向かうための具体的課題として、次の3点を指摘した。すなわち、(1)拠出立て年金(確定拠出企業年金)の導入と予定利率の弾力化を含めた、企業の自己責任に基づく制度設計・運営の弾力化、(2)転職者の不利を解消するための受給資格期間の短縮と年金原資のポータビリティーの充実および積立基準を強化しつつ支払保障制度を整備することを含めた、受給権保護の確立と年金財政の健全性の確保、(3)制度の弾力化に伴う受託者責任の確立と情報開示の強化、である。
 ただし、企業年金のポータビリティーを実際に充実させるためには、勤労者の離・転職に企業規模間格差があるとともに、企業年金の普及度においても企業規模間格差がある点に注意しなければならない。離・転職が大企業よりも中小企業においてより多く見られることは、『雇用動向調査』(労働省政策調査部編)や『賃金構造基本統計調査』(同左)によって確かめることができる。『雇用動向調査 平成7年版』によれば、1995年における転職入職率(入職者のうち過去1年間に仕事をしていた者の労働者全体に占める比率)は、1000人以上の企業規模では4.3%であるのに対して、300~999人規模で5.5%、100~299人規模で7.0%、30~99人規模で9.4%、5~29人規模で10.9%である。すなわち、企業規模が小さくなるほど転職入職率が高くなっている。このような規模間格差は時系列的にも見いだされ、1990年における転職入職率は、1000人以上の企業規模で5.0%だったのに対して、30~99人規模で10.0%、5~29人規模で12.0%であった。また、『賃金構造基本統計調査』(平成7年)によれば、企業年金受給要件が満たされるようになる年齢層として55~59歳層の男子労働者を比較すると、1995(平成7)年の一事業所あたり平均勤続年数は、1000人以上の企業規模では29.5年であるのに対して、10~99人規模では16.7年と大企業の約半分にしかならないことがわかる。
 現在、企業年金のボータビリティは、厚生年金基金を持つ企業間については厚生年金基金連合会の通算制度を利用する場合に、また適格年金を持つ企業間については転籍時に退職金を精算せず勤続年数を通算して積立金を転職先に移す場合においてのみ、行うことができる。また中退金制度と特定退職金共済制度との間の通算制度は1997年に実現した。しかし、厚生年金基金を持つ企業と適格年金並びにそれらの制度と中小企業退職金共済組合との間には通算制度が確立しておらず、企業年金のポータビリティーは完全には実現していない。したがって、中小企業に勤める労働者の方が大企業の労働者よりも離転職率が比較的高く一企業への勤続年数が短くなりやすく、しかも企業年金を通算することができない場合が多いために、引退期に得られる企業年金の受給額が大企業に比べて平均的に低くなるという格差が生じてしまうのである。

(2) 企業年金の企業規模間格差

 企業年金制度の普及度(従業員規模別の企業数に占める企業年金を実施している企業の割合)には企業規模間格差がある。中小企業退職金共済組合制度はそもそも中小企業を対象とするが、適格年金は、特別法人としての基金を設立する厚生年金基金よりも設立が容易であるので、比較的企業規模の小さい企業によって利用されることが多い。1995(平成7)年度末現在、適格年金の加入員契約総数に占める100人未満加入者規模の契約件数の割合が78.7%に達している。これに対して、厚生年金基金は比較的企業規模の大きい企業において多く利用されている。厚生年金基金には連合設立と総合設立がある点に留意しなければならないが、1994(平成6)年度末の厚生年金基金加入員契約総数に占める1000人未満加入者規模の契約件数は10.2%であり、残りの89.8%は1000人以上の加入規模の厚生年金基金が占めている。厚生年金基金が相対的に大企業に普及し、適格年金が中小企業により多く普及しているという企業規模間格差は、時系列的に見ても明らかである(表5-2-1、表5-2-2)。
表5-2-1 加入規模別にみた厚生年金基金数
表5-2-2 加入規模別にみた税制適格年金数(契約件数)
 こうした企業年金の企業規模間格差は、『高年齢者就業実態調査』によって確認することができる。厚生年金受給者と企業年金受給者を比較した表5-3によれば、厚生年金受給者に占める企業年金受給者の比率は大企業ほど高くなっている。また、賃金の企業規模間格差は企業年金算定基礎にも格差を生じさせ、しかも離・転職した場合に通算できない可能性が高いことを反映して、一人あたり平均の企業年金受給額も大企業に勤めていた個人の方が高くなる傾向が見られる。
表5-3 55歳時点の企業規模別にみた企業年金受給者比率(60歳時点、単位%)

5-3 中高年者の転職と企業年金の役割

(1) 問題の所在

 企業年金改革において、企業年金のポータビリティ(企業年金を転職元企業から転職先企業に移管すること、通算制度)を拡充する必要性が認識されてきたが、中高年の転職に伴って企業年金がどのように利用されているのか、またどのような問題が生じているのかについての実態は、必ずしも十分には把握されていない。しかも、企業年金の普及度において企業規模間格差があることが知られているにもかかわらず、中高年者の転職を企業規模別に整理して、しかも企業年金の利用状況やその役割について実態を明らかにした調査研究は、これまでほとんど行われてこなかった。
 個人が生涯の職業生活を充実したものにするためには、終身雇用と年功賃金制度のもとで経済的な目的からみれば、一つの企業や職場にとどまることが合理的な行動になる。しかし、職業生活の目的は、経済目的にとどまらず、自己の能力や適性を発見して、自分に最もふさわしい仕事について働くことも、その目的の一つになるだろう。適職を得るためには試行錯誤を繰り返す場合もあり、その過程で転職を経験する人も少なくない。一方、自分にとってふさわしい仕事に就くことができたとしても、経済状況によっては企業や事業が困難に直面した結果、転職を余儀なくされる場合もある。中高年者(男性)の働き方と生活設計の観点からみると、自己の適性を見つけるための転職は職業生涯の形成にとって肯定的な意味を持つのに対して、経済的な理由で転職を余儀なくされる場合の転職は、職業生涯の中で必ずしも肯定的な意味を持たないかもしれない。ただし、転職を余儀なくされた場合でも、転職後の仕事が自分の適性に合ったものであることがわかったり、転職後の職場の職場訓練や熟練を通じて自分の適性に合ったものに変わっていく可能性があることは、否定できない。このように考えてみると、転職が中高年者の働き方と生活設計に対してどのような影響を及ぼしたかをみるためには、一人一人の転職状況を示唆する様々な要因や個人属性を考慮した分析が必要になることがわかる。
 このような問題意識に即した本調査の調査項目では、転職経験のある中高年の人々に対して、転職回数、もっとも長くつとめた職業の地位、産業、企業規模などを聞いた上で、転職に伴う退職金や企業年金の取得状況とそれぞれの使途についての情報を得ている。したがって、本稿では、まず、企業年金の普及度における企業規模間格差や転職実態における企業規模間格差に留意しつつ、個人属性や経済的要因とに関連づけながら、中高年者(男性)の転職に伴う退職金と企業年金の取得状況とその使途を明らかにする。そして、中高年者の転職の実態に即して、企業年金の役割とその中で企業年金のポータビリティーを充実させることの意義を明らかにする。最後に、こうした中高年者の転職と企業規模間格差を視点として明らかにした企業年金の役割に照らして、どのような企業年金改革の課題に取り組む必要があるかについて検討する。

(2) 学歴別、企業規模別にみた中高年者の転職行動

 調査対象となった中高年者1117人のうち、転職経験のある者は596人であり、全体の53.4%、転職経験のない者は521人であり、全体の46.6%である。
 中高年者の転職回数の分布を学歴別にみたものが表5-4である(転職したことのない者の転職回数はゼロとした)。転職したことのない者(転職回数ゼロ)の中における学歴別分布は(表の転職回数ゼロの列の4段目)、大学・大学院卒が最も多く(45.25%)、ついで高等学校卒(40.11%)、中学校卒(9.32%)、専門学校・専修学校・短大卒(5.32%)の順になっている。転職回数1回の学歴別分布では、高等学校卒が最も高く(38.14%)、ついで大学・大学院卒(27.54%)、中学卒(20.76%)、専門学校・専修学校・短大卒(13.56%)の順となっている。これに対して、転職回数が比較的多い5回以上10回未満の場合では、中学卒の割合が最も高く(43.48%)、ついで高等学校卒(26.09%)、大学・大学院卒(17.39%)、専門学校・専修学校・短大卒(13.04%)の順である。さらに転職回数が多い場合(転職回数10回以上)では、専門学校・専修学校・短大卒と大学・大学院卒には該当者がなく、中学卒と高等学校卒のものに限って10回以上という非常に多くの転職を経験した者が見られる。
表5-4 学歴別に見た転職回数の分布
 同じ学歴の中での転職回数の分布を見ると、中学卒では転職回数0回と1回の分布がほぼ同じなのに対して、高等学校卒と大学・大学院卒では転職回数0回の者の割合が最も高くなっている。これに対して、専門学校・専修学校・短大卒の場合には、転職回数1回の割合が最も高く、ついで転職回数2~3回の割合が多く、転職したことのない者の割合がこれらよりも少ない。専門学校・専修学校・短大卒者は転職回数が非常に多いものはいないのに対して、転職経験者の比率が高い点が、その特徴となっている。その結果、転職したことのない者の比率は、大学・大学院卒の中では60.87%と5割以上なのに対して、高等学校卒の中では48.39%となり、専門学校・専修学校・短大卒の中では26.67%、中学卒の中では26.63%と低くなっている。中高年者(男性)の場合、専門学校・専修学校・短大卒の占める割合は他のどの学歴と比べても小さい点に留意する必要があるが、表5-4から、学歴が高いほど転職したことのない者の比率が高く、転職回数の多い者が占める割合は学歴が低い場合ほど大きくなる傾向が見出せる。すなわち、学歴が高いことに対してより大きい値をつけるとすれば、学歴が高いことと転職回数にはマイナスの相関があると考えられる。実際に、中学卒、高等学校卒、専門学校・専修学校・短大卒、大学・大学院卒に対してそれぞれ1から4までの数値を与えて学歴の高さを示し、これと転職回数の相関係数を求めてみた。その結果、ポアソンの相関係数、スピアマンの相関係数、ケンドールの相関係数は、それぞれ-0.204,-0.219,-0.187であった(いずれも1%水準で有意)。このように、学歴が高い(低い)ほど転職回数は少なくなる(多くなる)傾向がある。
 中高年者の平均転職回数を学歴計と学歴別にまとめたものが、表5-5と表5-6である。学歴別にみた理由は、後に実証するように雇用労働者に限った場合にはより高い学歴を持つものの方がより大きい従業員規模の企業で働く場合が多いという意味で、学歴と企業規模に相関関係が認められるからである。表5-5と表5-6では、自営業者や家族従業者などを含む、すべての中高年者の平均値を示した。転職したことのない者の転職回数はゼロとしたので、全サンプルの平均転職回数(転職回数1と表記)は1.385であるのに対して、転職したことのある者だけの平均転職回数(転職回数2と表記)は2.623となり、転職経験者は平均して2回以上転職していることがわかる。
表5-5 中高年者の平均年齢、平均転職回数、平均就業期間
表5-6 学歴別にみた中高年者の平均年齢、平均転職回数、平均就業期間
 転職回数の平均値を学識別にみると(表5-6)、中学卒が最も高く、ついで高等学校卒、専門学校・専修学校・短大卒の順に高く、大学・大学院卒の平均転職回数は一番低い。転職経験者だけの転職回数を見ると、中学卒と高等学校卒がそれぞれ3.133と2.786という高い値をとっているのに対して、専門学校・専修学校・短大卒と大学・大学院卒はそれぞれ2.285と2.104という相対的に低い転職回数になっている。
 企業年金を積み立てるためには、企業年金を実施している企業または国民年金基金に加入している自営業にとどまってより長く働く必要がある。もし企業年金の積立金を転職先に移すことができれば、転職を繰り返しても企業年金の積み立てを継続することができる。しかし、実際には、前節で述べたように、異なる種類の企業年金間の通算制度はまだ十分には出来上がっていないので、老後の所得保障手段として十分な企業年金額を得るためには、ひとつの仕事を継続する必要がある。転職したことのない者と転職経験者の間の相違を見るために、ここでは、学校を卒業して最初に就職した時から働いていた期間を就業期間として、学校を卒業してから現在までの年数に対する就業期間の比率として就業期間比率を用いる。
 全サンプルの平均就業期間は、40歳以上59歳以下の者を対象としているので、30.09年であり、就業期間比率は0.599であった(表5-5)。これを転職したことのない者と転職経験者に分けてみると、転職したことのない者の就業期間は29.08年であり、就業期間比率は0.583であるのに対して、転職経験者の最も長く勤めた職場の就業期間(最長就業期間)は19.37年であり、最初に就職したときから現在までの年数に対する最長就業期間の比率(最長就業期間比率)は、0.382である。この結果から、転職経験者では、最も長く勤めた職場の就業期間も、転職したことのない者と比べると約6割の長さしかなく、最初に就職したときから現在までの間の半分以下の長さしかその仕事についていなかったことが、理解される。ただし、学歴別に見ると(表5-6)、学歴が高くなるほど転職回数が少なくなる傾向があるにもかかわらず、どの学歴を見ても、転職経験者の最長就業期間比率は転職したことのない者の就業期間比率の約6割5分(約65%)の値を示しており、学歴間の相関が見出せない。
 転職すると元の企業よりも転職先の企業の方が従業員規模が小さくなり、賃金が低下する場合がある。転職したことのある中高年者のうち、長く勤めていた仕事が自営業主、家族従業者、自由業、内職を除く者について、転職先(現在)の企業規模が元の企業規模よりも小さくなった者の割合、同じであった者の割合、および大きくなった者の割合を求めたのが、表5-7である。なお、従業員規模の比較のため公務員を除き、元の企業の従業員規模として、転職者が最も長く勤めた企業の従業員数を用いた。表5-7によれば、転職経験者のうち従業員規模が元の企業より転職先の企業の方が大きくなった者の割合はわずか1%以下(0.93%)であり、83%の者は転職元よりも転職先の方が従業員規模が小さくなっている。ここでは、「雇用動向調査」における下降移動(転職前企業より転職先の従業員規模が小さくなる転職)に該当する値は、転職回数1回の場合の転職後の従業員規模低下の割合であり、その値は81.5%である。転職により従業員規模が大きくなったのは転職回数が1回または2回の者だけであり、転職回数がそれ以上になると、転職先の企業(事業)の従業員規模の方が転職前よりも従業員規模が小さくなっている。賃金水準の企業規模間格差を踏まえると、このような結果は、中高年者が転職すると賃金が低下する可能性を示唆している。
表5-7 転職による企業の従業員規模の変化

(3) 転職回数別にみた所得、貯蓄、退職金の実態

 そこで、転職回数別に個人所得、世帯所得、世帯貯蓄額の平均値をまとめたものが表5-8である。(転職回数が15回以上の者の割合がわずかなので、転職回数10回以上に含めた)。最も長く勤めた仕事の従業上の地位が雇用者だった者の個人所得については、転職回数が1回と転職回数4~5回の場合には、転職したことのない者の平均個人所得よりも大きい値を示しているのに対して、それ以外の転職回数では小さい値となっている。最も長く勤めた仕事の従業上の地位が自営業主等であり、転職経験のない者のサンプル数が1人であるため、自営業主等については、このような比較ができない。転職経験者だけをみると、転職前の従業上の地位が雇用者であっても自営業主等であっても、転職回数が増加するほど個人所得が低下する傾向がみられる。これに対して、世帯貯蓄は、転職により企業の従業員規模が大きくなる場合を含む転職回数1回の場合の平均世帯貯蓄残高が最も高く、転職回数が増加するほど世帯貯蓄が低下する傾向がある。これは、転職に伴う失業期間(または休職期間)に世帯貯蓄を取り崩さざるを得ない状況があり、転職回数が増えるほど貯蓄の取崩しが累積するためであると考えられる。
表5-8 転職回数と個人所得、世帯所得、世帯貯蓄残高(万円)
 転職により貯蓄が取り崩されるとしたら、老後の所得保障手段としての公的年金と企業年金の役割は一層重要になる。表5-7によれば、最も長く勤めた仕事の従業上の地位が雇用者であった者が転職後に自営業主等になる場合は、転職経験者のうち9.8%を占める。このような場合には、転職後は国民年金が適用され、定額の保険料を納めなければならない。転職経験者のうち約88%を占める雇用者から雇用者への転職の場合には、転職後も厚生年金が適用される。しかし、支給開始年齢に達した時の厚生年金の受給額(新規裁定額)は標準報酬額に基づきながら勤続期間のうち厚生年金に加入していた被保険者期間に比例するので、転職が多く、その間失業期間や臨時雇用など厚生年金の対象にならない期間を含むと、それだけ厚生年金の受給額は減少することになる。したがって、老後の所得保障を転職に関わらず充実させるためには、貯蓄の取り崩しを少なくするために一時金として役立つ退職金と、厚生年金の受給額の低下を補う企業年金の役割が重要になる。
 転職をしたことのない人に比べて、転職経験者の方が学校卒業後現在までの年数に対する就業期間の比率が小さくなるので、退職金の算定が就業期間に比例してなされる以上、転職回数が増えると退職金を受け取れなくなったり、受け取れたとしてもその額が小さくなる可能性がある。まず、転職回数別に転職経験者のうち転職元の企業から何割の人が退職金を受け取ったかをみたものが、表5-9である。転職回数が3回以下の場合には、最も長く勤めた企業から退職金を受け取った人の割合は約7割であるが、転職回数が4~5回になるとその割合は約6割に下がり、6回以上の場合には5割以下の人しか退職金を受け取っていない(表5-9の各欄の3行目)。退職金を受け取った者のうち4回以上の転職をした者の割合は約2割なのに対して、退職金を受け取っていない者の中で4回以上転職を経験した者の割合は4割近くにのぼる。
表5-9 転職回数別にみた退職金の有無
 次に、退職金を受け取った者を対象に転職回数別の平均退職金額をみると(表5-10)、転職回数が増えるにつれて最も長く勤めていた企業の就業期間(最長就業期間)が短くなり、最長就業期間比率も低下するので、サンプル数3の10回以上転職者の場合を除いて、転職回数が増えるほど退職金受取額が減少している。退職金額は就業期間とその期間の間の賃金に基づくので、賃金の企業規模間格差を反映して退職金にも企業規模間格差が生じる。
表5-10 転職回数別の平均退職金額、最長就業期間、最長就業期間比率(対象:退職金を受け取った者)
 転職回数別の退職金額をさらに退職金を受け取った企業の従業員規模別に分けてまとめたのが、表5-11である。小計に示された退職金額が、企業規模別の平均退職金額である。これから、従業員規模1000人以上の場合を除いて、企業規模が増加するほど退職金額が増加する傾向がみられる。企業規模別かつ転職回数別にするとサンプル数が少なくなるので結果をみる場合注意する必要があるが、企業規模が30~99人の場合と100~999人の場合には、転職回数が増えるほど退職金額が少なくなる傾向がみられる。企業規模1000人以上の場合には、転職回数とは必ずしも反比例しないが、最長就業期間比率は短くなるほど退職金額が少なくなっている。
表5-11 企業規模別にみた転職回数別の平均退職金額、最長就業期間比率

(対象:退職金を受け取った者)

 転職前の企業の従業員規模が小さく、転職回数が多いほど退職金が少ない傾向があるが、転職するとき貯蓄を取り崩して貯蓄残高が少なくなっている転職回数の多い人は、再び退職金を生活費に充てる必要がある。他方、転職回数が少ない人は、退職金を老後に備えて貯蓄することができる可能性がある。このような退職金の使途を転職回数別に調べたのが、表5-12である。転職回数が1回の場合には、生活費として使った者と独立開業などの準備金に使った者の割合がそれぞれ23%と19%なのに対して、貯蓄した者の割合が29%になっている(表5-12の各欄の2行目の転職回数別%)。対照的に、転職回数が4回以上になると、退職金を生活費として使った者の割合は5割以上になる。転職回数が10回以上の者のサンプル数がわずかであることに留意しても、退職金は転職回数が増えるほど生活費を補うために使われ、貯蓄や資産形成につながらず、老後の所得保障手段としては機能しない可能性が示唆されている。
表5-12 転職回数別にみた退職金の使途
 退職金の使途を退職金を受け取った企業の従業員規模別にみると(表5-13)、30人未満の小企業の場合には、退職金の使途として生活費に使う場合と独立開業の準備金に使う場合の割合がそれぞれ35%と29%と、比較的高い。しかし、企業規模が大きくなるにつれて、生活費として使う者の割合が低下し、資産形成や貯蓄に使う者の割合が増加する。
表5-13 企業規模別にみた退職金の使途

(4) 転職回数別、企業規模別にみた企業年金の利用状況

 転職回数が多いほど、また企業規模が小さいほど、退職金を受け取っても生活費を補うために使われ老後に備えた貯蓄につながらないとしたら、このような職場で働く中高年者ほど企業年金の重要性が増すはずである。老後の所得保障手段として役に立つはずの企業年金が、こうした転職経験者にとってどれだけ認識されていたかを知るためには、どれだけの人が退職金を受け取った企業(転職元の企業)に企業年金があることを知っていたかをみる必要がある。この割合を転職回数別および企業規模別にまとめたものが、表5-14と表5-15である。
表5-14 転職回数別にみた企業年金制度の認識度
表5-15 企業規模別にみた企業年金の認識度
 転職回数や企業規模を問わない場合には、転職経験者のうち、企業年金(厚生年金基金、税制適格年金及び中小企業退職金共済組合など企業独自の年金が支給できる制度)が転職元の企業にあることを知っていた人の割合は32%であり、企業年金がなかったか又は知らなかった人の割合は68%である。転職回数別にみると(表5-14、各欄の3行目)、転職回数10回以上の場合には企業年金がなかった又は知らなかった人が約8割になるが、転職回数が10回未満の場合には、転職回数が増えるほど勤めていた(転職元の)企業には企業年金があったことを知っていた人の割合が増加する傾向がある。転職回数が10回以上の場合には、学校卒業後の就業期間のうち最も長く勤めていた企業の就業期間の比率(最長就業期間比率)が短く、また最も長く勤めた企業の企業規模も小さくなる傾向があるために、企業年金の普及度が低下するのみならずそれがあるかどうかを知ることもできなくなる場合が多いことを示している。ただし、本調査の雇用者には派遣労働者が含まれているため、転職回数10回以上については(解答者のうちの3%)、派遣元会社には企業年金があるが転職が多いと理解している派遣先の企業の企業年金の有無を知らない場合が含まれている可能性がある点に留意する必要がある。しかし、転職回数が10回未満の場合には、転職回数が増えるほど、勤めていた(転職元)の企業に企業年金があることを知っている人の割合が多くなり、企業年金制度の認識度が高まることがわかる。
 企業規模別にみると(表5-15)、転職元の企業の従業員規模が小さいほど、企業年金がなかった又は企業年金があるかどうか知らなかった人の割合が高い。とくに従業員規模30人未満の場合には、このような人の割合が8割近くに達している。しかし、従業員規模が1000人以上になると企業年金がなかった又は知らなかった人の割合は55%に下がる。反対に、企業年金があることを知っていた人の割合は、従業員規模30人未満では22%であるが、従業員規模30人以上になると30%以上になって企業規模とともに増加し、1000人以上では45%になる。これは、厚生年金基金が比較的従業員規模の大きい企業に普及しており、税制適格年金も中小企業に普及しているものの従業員規模が30人未満のような小企業ではなかなか設立されていない事実と符号している。企業年金の設立は、企業の福利厚生制度として従業員と経営者の協議と合意に基づくものであるから、企業の従業員規模が小さくても企業年金を持つことを当然として受け止める企業年金への認識を、労使双方に育てていく必要がある。こうした認識が広がった上で、企業年金の設立に対して企業の経営上の理由でそれが阻まれる場合には、企業負担が軽減される拠出と給付の仕組みを企業年金制度に組み入れるとともに、加入者の受給権保護のための措置を確立する必要があると考えられる。
 転職回数が増加するにつれて企業年金の認識度が上がったとしても、転職先の企業に企業年金がなかったり、あったとしても通算制度がなければ、企業年金の積立金を移して老後に十分な企業年金額を受け取ることができなくなる。実際に転職元の企業に企業年金があったことを知っていた者について、企業年金をどのように利用したか(または利用できなかったか)という利用状況を、転職回数別及び企業規模別にみてみると(表5-16及び表5-17)、問題の所在が明白になる。
表5-16 転職回数別にみた企業年金の利用状況
表5-17 企業規模別にみた企業年金の利用状況
 まず、企業年金があったことを知っていた者全体についてみると(表5-16及び表5-17の最も右の列)、転職元の企業に企業年金があったことを知っていた者のうち、転職に際して年金として受け取った人は16%、一時金として受け取った人の割合は21%、次の会社に積立金を移した(通算制度を利用した)人は36%、お金を受け取れなかったり積立金を移せなかった人は27%であった。企業年金制度があることを知っている場合には、転職に際して約3割の人が通算制度を利用していることがわかる。一時金として受け取った人の割合が2割になるのは、税制適格年金と中小企業等退職金共済制度の場合には一時金として受け取れるからである。
 転職回数別にみると、企業年金を受け取れなかったりその積立金を移せなかった人の割合は、転職回数が6回以上では5割以上になるが、転職回数が5回以下の場合には3割以下である。年金として受け取った人の割合が高いのは、転職回数が1回の場合であり(32%)、転職回数が増えるほど年金として受け取った人の割合が低下する。これに対して、転職元の企業から次の(転職先の)企業に積立金を移した人の割合は、転職回数6回以上の該当者は1人なのでこれを除いてみると、転職回数が増加するほど増加する結果となった。
 企業規模別にみると、企業年金を受け取れなかったり積立金を移せなかった者の割合は、従業員1000人以上の場合には25%であるが、従業員規模がそれ以下の場合には約3割になっている(なお従業員規模100~299に限っては17%であった)。一時金として受け取った人の割合は、従業員規模30人未満が最も高く(36%)、ついで100~299人規模(29%)、300~999人規模(19%)となり、従業員規模が1000人以上では低く13%である。30~99人規模ではこの割合が11%であるが、企業規模が大きくなるにつれて一時金として受け取る人の割合が増加する傾向がみられる。これに対して、年金として受け取った人の割合は、従業員規模30人未満で最も低く(9%)、ついで30~99人規模(11.5%)、100~299人規模(17%)、300~999人規模(19%)となり、従業員規模が1000人以上では最も高く22.5%になっている。このように、従業員規模が大きくなるほど年金として受け取る人の割合が増加する。次の会社に積立金を移した人の割合は、企業規模30人未満の場合だけ23%という低い値になるが、30人以上999人以下では企業規模が大きくなるほどそれぞれの規模で通算制度を利用した人の割合が低下し、企業規模が1000人以上になるとこの傾向が反転して、勤めていた人の38%の人が通算制度を利用した結果となっている。通算制度を利用するには、転職元の企業規模のみならず転職先の企業規模も問題になり、本調査では両者の従業員規模と企業年金の通算制度の利用状況をクロス集計することはできなかった。この点は今後の課題である。

(5) 転職経験者にとっての企業年金の役割

 中高年者のうち転職経験者は、企業規模が小さい場合には企業年金がなかったり諸制度が利用できない場合もあるものの、転職回数が増えるにつれて企業年金制度への認識が深まり、本人の選択に従って年金や一時金として受け取ったり、通算制度を利用している実態が、以上の観察から明らかになった。企業規模別にみて普及率が異なり小規模企業へのよりいっそうの設立普及が課題であることは確かであるが、企業年金を中高年者本人の選択に従って利用する点からみると、転職は必ずしもマイナスの効果を企業年金の利用に及ぼしているわけではない。転職回数別にみた個人所得や世帯貯蓄の比較によっても、転職回数が5回以下の場合には転職があっても個人所得が転職をしたことのない人の平均所得よりも大きくなることが示された。中高年者本人が働いて得る個人所得が転職によって増加するならば、賃金所得から保険料が払われる企業年金の積立額も増加する。これが通算制度によって転職元の企業から転職先の企業に移せるならば、引退年齢に達したときの企業年金額が大きくなることが期待されるので、こうした企業年金制度は、転職元の企業で働く人が引退時の所得保障について安心して働けるために、その企業(転職元の企業)にとって従業員定着を促進する福利厚生制度として機能する可能性がある。もちろん、現状では、企業年金制度の普及率が企業規模ごとに異なっていること、及び企業年金が転職元の企業にあることを認識していても、転職に際してお金を受け取れなかったり通算制度を利用できないことを転職経験者の3割近くが直面したことを、無視することはできない。
 また、退職金の使途をみてみると、転職に際しては企業規模が小さいほど、転職回数が多いほど生活費を補うために使われており、転職するときの休職期間中の失業保険を補う機能を果たしている。これは、退職金に対して期待されている従業員定着機能とは裏腹に、退職金が転職期間中の生活費を補うが故に転職を促進する機能を持ってしまう可能性もあると考えられる。
 従来、転職に際して、企業年金を利用したことがあるかどうかと退職金を受け取ったかどうかを同時に尋ねる調査は、ほとんどなされていない。ここでは、転職したことのある人にとっても、企業年金に従業員定着効果があるかどうか、あるいは退職金が逆に転職促進効果を持つかどうかを、最初に就職してから現在までの期間に対する最も長く勤めた企業の就業期間、すなわち最長就業期間比率に対して企業年金と退職金が及ぼす効果として計測する。計測方法は、最長就業期間比率を被説明変数とするプロビット推定である。推定した対象は、転職を経験したことのある中高年者のうち、正規の勤労所得者と見なされた企業年金を利用することのできる役員、経営者、正規雇用者、派遣労働者であり、サンプル数は420であった。説明変数は、企業規模、転職回数、産業ダミー、職種ダミー、職位、資格ダミー、企業年金ダミー、退職金ダミー及び他の世帯収入(中高年者本人以外の世帯収入)である。ダミー変数の詳細は、推定結果を示した表5-18の脚注に記した。
表5-18 転職経験者に対する福利厚生制度としての企業年金の従業員定着効果(プロビット推定)
 推定結果(表5-18)をみると企業規模と転職回数の推定値はともに有意であり、変数の符号は前者が正、後者が負である。上記の観察通り、企業規模が大きくなるほど最も長く勤めた企業での就業期間が最初に就職してから現在までの期間に占める割合が増加し、転職回数が増えるほどその割合が低下する結果となっている。このプロビット分析では、産業ダミー、職種ダミー、職位、資格ダミーで転職経験がある中高年者の属性をコントロールした上で、転職に際して企業年金を利用したことがある場合を1とする企業年金ダミーと退職金を受け取ったことがある場合を1とする退職金ダミーの係数を推定した。企業年金ダミーの推定値は有意で符号は正であるのに対して、退職金ダミーの推定値は有意であるが符号は負であった。企業年金ダミーの符号が正であることは、転職に際して、企業年金を受け取ったり一時金として受け取ったりまたは通算制度により転職先に積立金を移すというどの利用の仕方によっても、企業年金があることを知っておりこれを転職に際して自己の選択に従って利用することが、転職による自己実現と引退時期の所得保障を両立させることにつながるため、企業年金が転職元の企業においては中高年労働者の福利厚生制度として機能し、その企業に勤める期間をのばす効果をもっていることを示唆している。
 これに対して、退職金ダミーの符号が負であっことは、すでに述べたように転職に際しての休職期間中の生活費が補われるため(あるいは失業保険給付の私的な補足となるため)、転職元の企業にとって従業員定着効果を発揮しないことを示唆している。このように、最初に就職して現在までの期間に対する最も長く勤める企業の就業期間(最長就業期間比率)でみた、転職する可能性を高める変数として留意すべき変数には、資格ダミーがある。資格を持っていることは、中高年者の人的資本の高さを市場で表明する一つの手段になり、転職しても賃金低下など労働条件が低下する可能性を低めるために、転職する可能性を上昇させる。

5-4 まとめ

 中高年者にとって、転職は従来あまり肯定的にはとらえられてこなかった場合が多い。これは、いわゆる中高年の後半から年金受給年齢に達する時期に、早期退職優遇制度により転職を余儀なくされたり、自営業者の場合でも近年の不透明な景気動向から事業の継続が容易ではなくなっていることが指摘されているからである。しかし、本調査で対象とした、40歳以上59歳以下の本来の意味での中高年者にとって、転職は必ずしも否定的な面しかないわけではないことが明らかになった。もちろん、学歴が異なり、生涯のうち学校を卒業する時期が早ければ現在に至る就業期間が長くなり、そこで経験した転職回数も増加する傾向がみられる。転職回数の学歴間格差の一因はここにあるが、同時に学歴間格差により就職先の企業の従業員規模にも格差が生じている。企業年金の普及状況には、明らかに企業の従業員規模格差があり、小企業でも企業の経営を脅かさないように従業員の引退時期の所得保障として機能する企業年金の普及が求められている。
 実際に転職を経験したことがある中高年者の就業行動をみると、転職と引退時期に備えた企業年金の利用状況は、肯定的な側面を見いだすことができる。本調査によれば、学校を卒業して現在に至るまでの間に転職回数が5回以下ならば、個人所得の平均値は転職経験者の方が転職をしたことがない者よりも若干であるが高い。また、企業年金を受け取ったり通算制度を利用して転職先の企業に積立金を移す形で企業年金を利用することは、中高年者にとって引退時期までの職業生涯を見通した生活設計ができるため、そのような企業年金を提供した転職元の企業に勤める期間が学校を卒業して現在までに至る期間に占める比率(最長就業期間比率)を高める可能性がある。その意味で、本調査に基づく実証分析による限り、企業年金制度は、転職経験者にとって、これを提供する企業に長く勤める企業定着効果を持つ福利厚生制度としての側面をもっていることが示された。
 雇用の流動化が経済改革の一翼を担うことが期待されている一方で、企業経営者からは能力のある従業員の定着も考慮すべきことを指摘している中で、企業年金改革を考えるとき、転職が中高年にもたらす影響をとらえ直す必要がある。中高年者にとって、転職は、極端に転職回数が多くない限り、個人所得などの労働条件を改善し、企業年金を受け取ったり積立金を転職先に移せる場合には老後の所得保障とも必ずしも矛盾しない好ましい結果をもたらし、豊かな職業生活を可能にさせる場合があることに注意を向ける必要がある。もちろん、本調査の対象が40歳以上59歳以下であり、雇用延長や再雇用に伴う賃金低下の問題が顕在化する前の年齢層を対象にしている点に留意する必要がある。しかし、転職が中高年者の職業生活に役立つ側面があるならば、これを認めた職業生活とより豊かな引退時期を保証する企業年金制度の整備が必要になる。
 ただし、企業年金の普及や実際に利用できるかどうかの点からみると、企業規模間格差があり、小規模の企業に勤める中高年者は、より大きな規模の企業に勤める人と比べて不利であり、不公平があることは明らかである。従業員規模の小さい企業は、産業組織の中で下請けや系列会社として、大企業の利益変動のクッションとして利用されることがあったり、最近の銀行の貸し渋りにみられるように流動性制約に直面しやすい面もある。その分だけ、景気変動の中で、従業員の福利厚生制度としての企業年金に労使折半で対処するには、小規模企業の経営者は難色を示すかもしれない。こうした現状の元でも普及させることのできる企業年金制度の制度設計が、緊急の課題であるといえるだろう。企業規模間格差を是正して、広く普及させることのできる企業年金制度ができれば、転職を決して職業生活上不利なものとしてとらえることなく、自己の選択に従った職業生活を送りながら、かつ公的年金を補う企業年金を利用して一人一人の生活設計に即した老後の所得保障の準備ができるようになると考えられる。



第6章 中年期女性の就業状況と高齢期の働き方

6-1 はじめに

 20~30歳代にかけての女性の就業・不就業や働き方は結婚や出産・育児によって大きな影響を受ける。その延長線上で、結婚し、出産・育児をほぼ終えた時期に当たる40歳以降の女性の就業状況はどのような要因の影響を受けるのであろうか。またこの中年期といえる女性は将来(高齢期)の就業に関し、どのような希望を持っているであろうか。
 本稿は、女性(配偶者)票のデータを用いて、40~59歳の女性(調査の実施方法上すべてが有配偶)を中年期と捉えて、まず第1に彼女たちの現在の就業・不就業や働き方に学歴のほか夫の働き方、また子供の有無や人数などがどのような影響を与えているかを分析する。第2に、そうした現在の働き方別の視点から、将来(主に60歳以上)の就業等の希望の状況を検討する。

6-2 分析対象サンプルの属性

 分析に入る前に、対象サンプルの属性を整理しておこう。

(1) 本人の年齢と末子年齢

 年齢に関しては「はじめに」で述べたように40~59歳に限定している。調査対象の夫の年齢も40~59歳であるため、その配偶者の年齢としては全サンプル中40歳未満の場合も少なくない(1割強)が、「ほぼ出産・育児を終えた層」という想定を行うために対象外とした。実際、分析対象サンプルのうち子供がいる場合(全体の94.0%)、末子年齢が3歳以下のケースは存在せず、また4~6歳のケースもわずか1.7%に過ぎない(なお末子年齢は、さらに7~9歳も5.6%と少なく、10歳以上が9割以上を占める。特に23歳以上が24.9%、19~22歳が24.0%と高校卒業相当以降が中心である)。
 いずれにしても本人の年齢構成は40~44歳が26.1%、45~49歳が36.2%、50~54歳が23.9%、55~59歳が13.8%と、40歳代後半がやや多く、50歳代後半がやや少ない。

(2) 学歴

 学歴構成をみると、全体として高校が約半数、短大・高専と専修・各種で約4分の1、大学・修士が約1割などとなっているが、高学歴化の流れを反映し相対的に若い層ほど学歴が高い傾向にある(表6-1)。
 例えば大学・修士と短大・高専は40~44歳では合計で約3分の1強を占めているのに対して、55~59歳では2割を下回る。一方、中学と高校の合計は55~59歳では7割近いのに対して、40~44歳では5割強に止まっている。
 学歴別の数値を見ていく際には、一定の年齢構成の違いを念頭に置いておく必要がある。
表6-1 年齢別にみた学歴構成

6-3 学歴別にみた就業・不就業と働き方

(1) 全体的状況

 中年期の有配偶女性の就業等の状況を学歴的にみてみよう(表6-2)。特徴を整理すると以下のようになる。
 第1に、無職の割合は大学・修士や短大・高専といった高学歴でやや高い。
 第2に、働き方のうち常用雇用の割合は大学・修士でやや高い。
 第3に、その逆にパート等(臨時や派遣を含む)の割合は専修・各種以上の学歴でやや低い傾向にある。大学・修士では特に低い。
 そして第4に、家族従業員として働いている割合は専修・各種以下の学歴ほど高い傾向にある。
 次に、これらの特徴の背景となる要因について検討していこう。
表6-2 学歴別にみた就業状況

(2) 夫の働き方の影響

 学歴別にみた中年期の有配偶女性の働き方に影響を与える要因として、まず夫の働き方の状況をみてみよう(表6-3)。妻の学歴が高いほど夫は常用雇用や経営者・役員の割合が高く、逆に学歴が高くない場合は自営業主の割合が高い傾向にある。夫が自営業主の場合、妻が家族従業員で働いている傾向(56.1%)が強いため、これが先に示した第4の特徴、すなわち、学歴が高くない層に家族従業員が多いことの背景の一つになっていると考えられる。
表6-3 妻の学歴別にみた夫の就業状況
 とはいえ、夫の働き方に占める自営業主の割合は約2割とあまり大きくはなく、最も大きいのは3分の2近くを占める常用雇用(いわゆるサラリーマン)である。夫が常用雇用(表6-4の(注)参照)の場合、妻の学歴別に夫の年収をみたのが表6-4である。それによると、年収1,000万円以上の高所得の割合は平均では2割弱であるが、短大・高専では約27%、大学・修士では約34%と高い傾向にある。一方、夫の年収と妻の無職者比率の関係をみると、400~599万円では20.3%、600~799万円では34.7%であるのに対して、800~999万円では43.9%、1,000万円以上では61.9%と、夫の年収が高いほど妻の無職者比率も高い傾向にある。
表6-4 妻の学歴別にみた夫の収入(常用雇用の場合)
 このように、先に第1の特徴として指摘した高学歴の女性には相対的に無職の者が多いことの背景の一つとして、夫の所得水準が高い(さらにその背景として夫の学歴水準が高いという傾向もある)ことが挙げられる。

(3) 働き方と職種内容の関係

 有配偶中年期女性の働き方として最も多いパート等(全体の3割近く)について、その職種内容をみてみよう(表6-5)。中心はサービス職(接客サービス、調理など)で4割近くを占め、続いて事務職(2割強)、営業・販売職(2割弱)などとなっている。
 これを学歴別にみて興味深いのは、高学歴、特に大学・修士では全体の中心であるサービス職や営業販売職のウエイトが低く、逆に専門・技術、また事務職のウエイトが大きくなっていることである。
表6-5 学歴別にみたパート等の職種
 それも、パート等の通勤時間は全体として短いなかで(15分未満で51%、30分未満では79%を占める)、専門・技術的職業や事務職では30分以上(各々29%、28%)が少なくなく、さらに1時間以上(同8%、6%)も若干みられる。パートタイム勤務のメリットの低下効果を有すると考えられる通勤範囲の拡大を図りつつも、仕事を獲得している状況がうかがえる。
 一方、常用雇用の場合の職種内容をみると(表6-6)、全体として事務職(約4割)と専門・技術職(2割強)が多いなかで、専修・各種以上、特に常用雇用で働いている割合が相対的に大きい大学では、専門・技術職が特に多くなっている。
表6-6 学歴別にみた常用雇用の職種
 以上から、高学歴の有配偶中年期女性の働き方としてパート等勤務の割合が相対的に少ないことの背景の一つに、学歴に対応した専門・技術職の仕事は常用雇用(すなわちフルタイム)としての需要が中心であり、パート等勤務の需要が少ないという状況が見えてくる。

(4) 学歴と子供の数

 女性の学歴の違いが子供の有無や人数に影響し、それがさらに働き方にも作用するというメカニズムは存在していないか。こうした視点から、分析を続けよう。
 まず子供の有無と人数の状況については、全体として「2人」が6割近くを占め、また「3人以上」も4分の1近い。一方「1人」は1割強、また「子供無し」はわずか6%と、全体として少なくない傾向にある。少なくともこの調査サンプル(首都圏、40~59歳、夫の年齢も同範囲)の有配偶女性に関する限りは、少子化の動きはみられないといえよう。しかもこの状況は、学歴によってもほとんど違いがない(表6-7)。有配偶を前提にすれば、〔高学歴化 → 少子化〕という動きもみられない(なお、先に示したように学歴は年齢の違いも含んでいるが、年齢による変化も見られない)。
表6-7 学歴別にみた子供の有無と人数
 なお、それでは、子供の有無や数の違い自体は働き方に影響しているか(表6-8)。
 まず子供無しでは常用雇用がやや多く、パート等が少ない。一方子供がいると勤務はパートの傾向が強い。また子供がいる場合でも3人以上ではパート等の割合もやや少ない。子供が3人以上では(夫が常用雇用等の場合)、その年収は1,000万円以上が28.0%(平均は18.8%)と高い傾向にある。夫の年収と子供の数に一定の関連が見られる。
表6-8 子供の有無・人数別にみた就業状況
 家族従業員は子供無しと3人以上で多いが、これはその場合夫の働き方として自営業主がやや多い(平均19.4%、なし22.9%、3人以上24.9%)ことと関連している。

(5) 小括:学歴と働き方

 有配偶の中年期女性の就業・不就業と働き方は、学歴別に特徴が異なる傾向が見られる。
 それは第1に、背景として本人と夫の学歴に相関関係が存在するなかで、本人の働き方が(もともと学歴との関連が見られる)夫の働き方や収入の影響を受けている〔本人の学歴 → 夫の働き方 → 本人の働き方〕という、いわば間接的、また従属的な影響である。なお、学歴が有配偶女性の子供の有無や人数の違いを通じてその就業・不就業と働き方に影響を与えているというメカニズムは確認されない。
 第2に、学歴の直接的影響ともみられるものも存在する。高学歴の女性は専門的・技術的職業などへの志向が強い傾向にあり、それが当該分野での労働力需要の少なさを反映してパート的な働き方の少なさにつながっている。

6-4 現在の就業状態別にみた高齢期に対する希望

 学歴別にみた現在の就業状況の次に、その現在の就業状況をベースに主に60歳以降の高齢期を対象として将来の希望を整理してみよう。

(1) 40歳代から50歳代へかけての就業状況の変化と希望

 将来の希望の前に、中年期のなかで40歳代から50歳代にかけての現実の就業状況の変化(違い)を整理しておこう(表6-9)。
表6-9 年齢別の働き方
 全体として、まず無職の割合が5%ポイント程度上昇し、一部に労働市場からの引退の動きがみられる。働き方として減少している中心はパート等の勤務であり、この間の構成比が10%ポイント近く低下している。パート等勤務の引退年齢の相対的な若さがうかがえる。他方、常用雇用は50歳代でもわずかしか低下していない。逆に、絶対値は多くはないが50歳代にかけて構成比がむしろ高まっているのは家族従業員や経営者・自営業主である。家族従業員や経営者・自営業主の継続のしやすさや新規の参入がうかがえる。
 ただ、以上の数値は調査時点でその年齢に該当する者の状況を示しているだけで、40歳代から50歳代にかけての同一者の状況の変化を示しているわけではない。そこで同一者の状況の変化にアプローチするため、現在40歳代の者が50歳代にはどのような働き方等を希望しているかを現在の就業状況別に検討してみる(表6-10)。
表6-10 現在の就業状況別にみた50歳代の希望(現在40歳代の者)
 まず、現在が常用雇用の者については半数強が常用雇用の継続を希望しているが、3割近くはパート的な働き方への転換を希望している。また現状がパート等の者も7割強がパート的な働き方を希望している。加えて現在は無職の者も、4割弱がパート的に働くことを希望している。さらに家族従業員もフルタイムでの継続は4割にとどまり、パート的な働き方の希望が4割を占める。この場合、パート的な働き方に関しては調査では雇用か非雇用かを定義していないが、前三者については雇用勤務の希望が一般的と考えられる。
 一方、専業主婦の希望は全体で4分の1弱と、先にみた現在の50歳代の無職率(約4割)に比べかなり低く、相対的に就業希望の傾向が強い。こうしたなか先に示したようにパート的な働き方への希望が強く、(現職が常用雇用、パート等及び無職の者の希望のみで)全体の4割を占めている。
 世代の違いはあるが、現状では40歳代に比較して50歳代では少なくなっているパート等の勤務への将来的な潜在希望(供給)の大きさがうかがえる。

(2) 60歳代と70歳代の生活設計

 次に、60歳代と70歳代の働き方希望のバリエーションをみると(表6-11)、順序が逆になるが、まず70歳代では全体の8割が専業主婦を希望しており、引退傾向が強い。特に、現在が常用雇用の者ではその割合が86.5%と高い。他方、現在が家族従業員の者では3分の2未満にとどまり、なおパート的あるいは内職的な働き方への希望が少なくない。
 多様性に富むのは60歳代である。全体として約6割が引退の希望を持つとともに、なお4割の者はパート的(3割近く)あるいは内職など(1割弱)の形態で働くことを希望している。現在が常用雇用の者・パート等勤務の者別にみてもこの傾向は基本的に変わらない。ただ両者間で異なるのはパート勤務の形態であり、現状がパート等の者は相対的に週の勤務日数が少ない形態の希望が多く、一方現状が常用雇用の者はそれとともに1日の勤務時間が短い形態とが半ばしている。現状の勤務形態を反映しているともいえる。
 なお専業主婦希望の割合は、現状が常用雇用あるいはパート等勤務の者はともに50%台半ばで違いはないが、現状が家族従業員の場合は3分の1強と小さく、就業希望の格差は70歳代よりも大きくなっている。
表6-11 60歳代、70歳代の働き方等の希望

(3) 小括

 高齢期の就業希望は中年期の就業状況の影響を受け、現在が家族従業員である者は60歳代では3分の2、70歳代でも3分の1が労働時間を短くしつつも就業を希望している一方、現在が常用雇用あるいはパート等勤務の者は60歳代で過半数の者が労働市場からの引退を希望している。
 しかし、後者の場合でも60歳代で4割以上の者はなお就業を希望しており、その形態としてはパート的な勤務が中心となっている。また50歳代でのパート的な勤務への希望は、40歳代にパート等勤務を行っている者だけでなく常用雇用あるいは無職の状態にある者にも多く、現状では50歳代のパート勤務者比率は40歳代の者に比べ低下していることと対照的である。

6-5 終わりに:若干の考察

 中年期以降の女性の働き方は夫の働き方の影響を受ける傾向にあるが、それは間接的には本人の学歴の影響ともいえる。それも含め学歴が働き方に与える影響が大きいが、その主要なものは職種である。高学歴の女性は専門・技術的職種や事務職に就いている割合が大きい。
 この場合に問題なのはパート等勤務の職種内容であり、高学歴者が志向する職種は絶対量が少ない上に、住宅地に立地する傾向にある販売職やサービス職の仕事に比べ都市部立地型であるため、相対的に通勤時間が長く、パート勤務のメリットの一部を小さくしている。
 調査結果からは、今後、中年期に加え高齢期においてもパート的な働き方への大きな希望が見込まれるが、特に高学歴者の中・高齢者にとって、希望する内容の職場がいかにして提供されうるかが問題となる。



付録:アンケート調査票
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P1
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P2
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P3
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P4
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P5
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P6
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P7
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P8
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P9
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P10
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P11
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P12
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P13
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P14
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P15
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P16
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P17
中高年者の働き方と生活設計に関する調査〔本人用〕P18

働き方と生活設計に関する調査〔配偶者(妻)用〕P1
働き方と生活設計に関する調査〔配偶者(妻)用〕P2
働き方と生活設計に関する調査〔配偶者(妻)用〕P3
働き方と生活設計に関する調査〔配偶者(妻)用〕P4
働き方と生活設計に関する調査〔配偶者(妻)用〕P5
働き方と生活設計に関する調査〔配偶者(妻)用〕P6

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