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第1章 職業キャリアとライフコースの日米比較研究:序論
 1 研究の経緯と概要
 2 掲載論文の要約
 3 M字型カーブと台形カーブ
 4 日本型雇用慣行と職業経歴
 5 分析方法に関する補足

第2章 消え行く少数派:生涯未就業女性の歴史的減少とその決定要因について
 1 序
 2 データ・変数・仮説
 3 分析モデル
 4 分析結果
 5 結

第3章 続き行く職歴中断:結婚、出産・育児による離・転職率の歴史的変化とその決定要因について
 1 序
 2 データ・変数・仮説
 3 分析モデル
 4 分析結果
 5 結

第4章 事務セクターの進展:日米の歴史比較研究
 1 はじめに
 2 米国における既婚女性の就業率の拡大:事務職の役割
 3 米国における事務職の女性化
 4 日本における事務セクターの拡大
 5 事務職における性別分業の日米比較

第5章 初期職業キャリアの日米比較
 1 はじめに:問題の設定
 2 データについて
 3 企業間移動の日米比較
 4 職種間移動の日米比較
 5 取得学歴と職業経歴
 6 分析結果の意味と今後の展望
 補遺 National Longitudinal Study of Labor Market Experience の概要と職業経歴の抽出について

第1章 職業キャリアとライフコースの日米比較研究:序論

 職業キャリアとライフコースの日米比較研究:序論

1.研究の概要
 本報告書は、当研究所で行われた「職業キャリアとライフコースの日米比較研究」の成果をまとめたものである。本研究は1992年に準備段階がスタートした。以降、本報告書が完成するまでに長い時間がかかってしまった。その間に、日米の経済状況も大きく変化したが、本報告書で採り上げられている研究は、長いタイム・スパンを視野に入れたものばかりである。
 本研究は、報告書のタイトルが示す通り、職業経歴、ライフコースについての日米比較を目的としている。しかし、そのために新たな調査を行ったわけではなく、既存のデータの分析を行った。日本人の職業経歴、ライフコースに関する実証的な研究を目的として、当研究所では、1981年に男性を対象とした「職業経歴と移動調査(男性調査)」、1983年に女性を対象とした「職業経歴と移動調査(女性調査)」を行った。これらの調査データを分析して、は幾つかの報告書が既に出版されている(注1)。しかし、どちらの調査も豊富な情報を持っており、すべての情報を分析し尽くしたとは言い難い。もちろん、実証分析そのものが、理論的発展に伴う新たな視点、新たな仮説を導入し、繰り返し行われるべきものである。どちらのデータも、そのような分析の繰り返しに耐え、応えてくれるものだと確信している。
 これらのデータを分析するための新しい視点として、国際比較という問題が導入された。我々は、たびたび、日本と外国の間の様々な分野における相違点、類似点について議論する。また、議論されたものを聞いたり、読んだりする。しかし、平田論文の中でもふれられているが、本報告書で用いられているような、詳細なデータを分析した上での議論は意外に少ない。同時に、職業経歴やライフコースという視点自体への関心が高まり(注2)、我々の職業経歴調査データと比較可能な調査が行われるようになった。また、時系列の変化を分析するための統計手法の開発も進んだ。このような情勢をふまえ、職業経歴とライフコースの国際比較が計画され、その第一歩として、日米比較研究がスタートしたのである。
 国際比較研究を進めるにあたり、我々が独自に外国のデータを集め、日本のデータと比較するという方法をとることもできる。しかし、我々が選んだのは、海外の研究者と共同して研究を進めるという方法だった。例えば、日本人だけをメンバーとして国際比較研究を行うと、しばしば、外国のデータについて解釈を誤ることがある。また、日本のことについても、海外の研究者から日本人が気がつかなかった点が指摘されることがある。本研究では、日米比較がテーマなので、日本に関心を持っている米国の研究者と共同作業を進めることによって、新しい視点の導入を図った。
 当初から、本研究に参加したメンバーは以下の通りである。
 山口一男 シカゴ大学社会学部教授
 メリー・ブリントン(Mary Brinton)シカゴ大学社会学部助教授
 今田 幸子 日本労働研究機構副統括研究員
 平田 周一 日本労働研究機構副主任研究員
(注:所属、役職は1997年12月現在)
 山口一男氏は、カリフォルニア大学ロス・アシジェルス校の社会学部教授を経て、1991年にシカゴ大学社会学部教授となり、現在に至っている。主な専門は、社会階層論、ライフ・コース論など。また、時系列上の変化を分析する方法としてのイヴェント・ヒストリー分析法の発展、普及についても大きな寄与をしている。メリー・ブリントン氏は1986年よりシカゴ大学の社会学部に所属している。過去に数年間、日本に滞在して調査を行った経験があり(注3)、女性の就業や教育問題の日米、あるいは米国と東アジア諸国の比較研究を専門としている。
 前述のように、日本に関しては、主に研究所に蓄積されている「職業経歴と移動調査」のデータの分析を行った。前に、外国で職業経歴調査と類似した調査が蓄積されるようになったと述べたが、米国について、どのデータを用いて分析するのかの選択には時間を要した。アメリカでも、確かに、幾つかの調査は行われているのだが、大部分が追跡調査、パネル調査の形式をとっている。追跡調査は定期的にリアルタイムで情報が更新されるので、調査の精度は高くなるが、長い継続的な時間にまたがるデータを蓄積するためには、当然、時間がかかる。我々の職業経歴と移動調査のデータは回顧調査という方法をとり、データの中には、長い回答者の場合、調査時点から遡って30年以上にわたる職業経歴が記録されている。アメリカで行われている調査の中に、これだけの長さに匹敵する情報を持ち、しかも、職業経歴やライフコースに焦点をあてたものを見つけることはできなかった。検討されたデータの中には、1987年に調査を開始した家族・世帯調査(National Survey of American Family and Households)、1960年代以降行われている収入に関するパネル調査(Panel Study of Income Dynamics)、収入と公共プログラム参加に関する調査(Survey of Income and Program Participation)等がある。これらは、かなり長い間継続されており、十分長い時間にわたる情報が蓄積されていても、職業経歴に関する情報が不十分だったり、逆に、調査開始からあまり時間がたっていない等の理由で使用を断念した。また、各パネルを接続して継続的なデータを作成するのが技術的に難しいために使用を見送ったものもある。最終的に、就業行動に関するパネル調査(National Longitudinal Survey of Labor Market Experience)を用いることに決定した。このデータの詳細については、第5章の補遺にまとめられているので、参照されたい。

(注1) これらの調査の詳細については、雇用職業総合研究所(現日本労働研究機構)(1987)を参照されたい。
(注2) 例えば、Spilerman(1977)、Rossi(1985)等を参照。
(注3) 日本における調査結果をもとにした研究が、Brinton(1992)にまとめられている。

2.掲載論文の要約

 本節では、報告書に収められている各論文の概要について述べる。本報告書は以下の通り、この第1章を含め、5つの章から成っている。
第2章 消え行く少数派:生涯未就業女性の歴史的現象とその決定要因について 山口一男
第3章 続き行く職歴中断:結婚、出産・育児による離・転職率の歴史的変化とその決定要因について 山口一男
第4章 事務セクターの進展:米国と東アジアにおける女性のワークパターンの比較歴史的研究 メリー・ブリントン

第5章 初期職業キャリアの日米比較 平田 周一

 以下に各章の要約を示す。
 ・第2章「消え行く少数派:生涯未就業女性の歴史的現象とその決定要因について」
 本稿は我が国において生涯一度も就業経験の無い女性達、即ち未婚時に就業経験が無く結婚後は終身専業主婦となる女性達、の割合が戦後歴史的に減少したことの原因を解明する。二組の理論的命題と関連する仮説が提示され、データにより検証される。一組目の理論的命題は労働市場における需要側、特に女性の初職の従業上の地位と職業の歴史的変化の影響に関しており、分析結果は初職中の割合の増加が女性の就業経験の増加に「直接的」に影響したのに対し、専門・管理・事務職の割合の増加が女性の就業についての本人や家族の態度の変化を通して「間接的」に影響したことを明らかにする。二組目の理論的命題は労働市場における供給側、特に女性の教育と家庭や学校における女性のソーシャライゼーションの結果の影響に関しており、分析結果は教育制度・環境と就業についての本人および家族の態度・状況の歴史的変化が女性の就業経験の増加をもたらしたことを明らかにする。
 ・第3章「続き行く職歴中断:結婚、出産・育児による離・転職率の歴史的変化とその決定要因について」
 本稿は我が国の結婚あるいは出産・育児を理由とする女性の離職・転職率の歴史的変化について、離職と転職を共に含む離・転職率が近年まで歴史的に増加し、かつ、離・転職が起こった時それが転職でなく離職となる割合も歴史的に増加したこと、をまず確認し、その二つの歴史的変化の原因を明らかにする。離・転職率の歴史的増加については未婚時に家族従業者や自営業主でなく雇用者となる女性の割合が歴史的に増加したことと、初職就業以前に結婚する女性の割合が歴史的に減少したこと、の二つが主な要因であることを示し、後者の要因についてはさらにその原因を明らかにする。また離職対転職の比の歴史的増加については未婚時に農業に従事しその後「農家の嫁」となって結婚後も引き続き農業に従事する女性の割合が歴史的に減少したことが主な原因であることを明らかにする。また、それまでの歴史的傾向とは反対の最近の離・転職の減少の原因についても解明を試み、今後の展望を議論する。
 ・第4章「事務セクターの進展:日米の歴史比較研究」
 米国では1940年代及び1950年代初頭に既婚女性の就業率が急速に上昇した。こうした変化をもたらした重要な要因として女性の教育水準の向上と、こうした教育を受けた労働力を必要とするセクター、特に事務職が増大したことがあげられる。特に、アメリカでは、既婚女性が就業を継続することによって、女性のM字型就業率カーブは消滅したが、日本ではそうならなかった。また、日本では、女性の取得学歴は、戦後、大きく向上したが、就業率の相関関係が非常に弱い、あるいは全く欠如している。それでは、
(1) 日本において事務セクターは既婚女性をどれくらい吸収したのか、
(2) もし、事務セクターの吸収力が大きなものでないとしたら、なぜ、事務セクターは、米国の経験にみられるような、既婚女性を労働市場に吸収するという役割を果たさなかったのか、
 というのが本章における問題である。
 ・第5章「初期職業キャリアの日米比較」
 本論で対象となるのは、日米の男性の職業経歴である。長い間、他の国々と比較して、日本における雇用構造の特長として「終身雇用」または「長期継続雇用」、及び「年功序列」があげられると了解されてきた。これに付随して、OJTの普及、内部労働市場型の人材育成等の特徴をあげることができる。
 一方、アメリカにおける労働市場は典型的な個人主義であると考えられてきた。すなわち、個々人の持つ能力を企業側は評価し、個々の労働者も自分の能力にしたがって一つの企業に固執することなく、転職を繰り返してキャリアを形成する。
 こうした日米の違いは、主に男性の職業キャリアをモデルとして想定したものだが、アメリカでは女性の就業率カーブの形状も男性と同様台形であるのに対し、日本では未だにM字型が維持されているといった現象にも関連していると考えられる。
 上に述べたような雇用慣行の違いが日米の間にあるとすると、職歴はどのような違いを見せるのか。本章では以下のような3つの仮説を用意した。
(1) ある企業への雇用継続率は、日本よりも米国の方が早くから減少を始める。日本よりも、アメリカの方が転職者が多いことによる自然な帰結だが、生存率カーブの形状自体が異なっていると仮定している。
(2) 企業間を移動する際、米国と比べると日本の方が職種を変わる者が多い。これは、日本では職種に特定した技能ではなく、企業特殊的な技能が重視されるという仮説に対応したものである。
(3) 企業間を移動する際、米国では学歴の効果が労働市場に参入した後も持続するのに対し、日本では、いったん労働市場に参入すると学歴の効果は減少する。
 これらの3つの仮説の中、最初のものと最後のものは当初の予想通りの結果を得たが、2番目の仮説については予想とは異なる結果を得た。しかし、全体的には、日米の雇用慣行の違いが職業キャリアの形成に反映されていると考えても良い結果を得た。また、最初の仮説を検討する際に副次的に得られたの一つの発見がある。米国と日本の転職のハザード率を比較すると、米国では20歳から30歳にかけて一貫してハザード率が高いが30歳前後で低下を始める。いっぽう、日本におけるハザード率は20歳代後半まで米国と比較してかなり低いが、30歳前後で一時的に高くなる時期があり、以降のハザード率は日米間で大きな差がみられなくなる。
 以上が各章の要約であるが、これをみればわかるように、基本的に、在米の研究者が日本のデータを分析し、日本の研究者が米国のデータを分析を行った。また、個々の研究者が、比較的自由に分析を行い報告論文を作成するという形を採った。そのため、一見するとテーマがばらばらであるかのようにみえるかもしれない。しかし、本報告書を通読すればわかるように、共通の問題意識を持って分析が行われ、報告論文も相互に深い関係を持っている。ただ、こうした(共通の)問題意識は本文の中で明示されていない。また、必ずしも、個々の章で他の論文について言及していないので、研究全体の問題意識、報告論文同士の関連がわかりにくいかもしれない。そこで、以降、本章の中で報告書全体の解説を少し詳しく行うこととする。

3.M字型カーブと台形カーブ

 まず、各論文で議論の対象となっている者の性別をみると、第2章、第3章の山口論文は、女性の職業経歴についての分析、第4章のブリントン論文は、事務セクターの拡大と女性の雇用の関係についての歴史的分析、第5章の平田論文は、男性の職歴についての日米比較を行っている。しかし、第5章も含めて、女性の職業経歴についての日米の違いが共通の問題意識となっている。女性の就業をめぐる状況は、日本とアメリカの間にみられるもっとも顕著な差の一つであり、この問題は、本研究全体のテーマの一つであった。
 ブリントン論文の中でも示されているが、女性の職業経歴を日米で比較すると、もっとも明らかな違いは、年齢別の就業率にみることができる。日本で、女性の就業率を年齢別にプロットするとM字型の形態を示すのは周知の通りである。学校を卒業後、その多くが就職するが、20代後半から30代前半にかけて、結婚や出産を機として多くの女性が労働市場から離れる。さらに、30代後半くらいになると、再び就業率が上昇する。
 いっぽう、ブリントン論文に示されている通り、アメリカの女性の年齢別就業率カーブはM字型ではなく、男性と同様に台形を示す。下に示した図は、1995年時点でのアメリカの白人女性の年齢別就業率カーブである。アメリカの女性の就業率カーブの形状が台形であることは明らかだが、同時に、就業率のピークが40歳代以降になっている点にも注目したい。40歳代の女性の就業率が高いという問題に関しては、年齢効果と同時にコーホート効果の影響も考える必要がある。すなわち、1995年当時の40歳代だったアメリカの女性はもとから就業率が高かったという効果である。しかし、30歳代と40歳代の間の差は大きなものではなく、いずれにしても、ブリントン論文で示されているアメリカの既婚女性の就業率の高さを裏付けている。
図1-1 年齢別米国女性の就業率
 もう一つ、アメリカの白人女性の経験から得られる興味深い知見は、女性の取得学歴と就業の関係である。アメリカでも、女性の所得学歴の向上と就業率の上昇は同じ時期に起きた。しかし、ブリントン論文によれば、第二次大戦後女性の事務職員に要求されていた学歴は高卒程度のものだったという。大学卒業以上の学歴を持つ女性の就業が問題となるのは、1970年代以降、ビジネス界でMBA(経営学修士号)をとっていることが重要視されてからのことである。MBAの取得と職業キャリアにおける成功の関係は、男性でも同じ現象がみられた。
 日本でも女性が高い学歴を得ることは、女性の就業率を上げるための重要な戦略の一つだった。事実、第二次大戦後、女性の取得学歴は急速に向上した。一方、女性の若年層の就業率は大きく向上したが、女性全体の就業率は50%前後の水準を保ったまま大きな変化を見せていない。すなわち、既婚女性、特に結婚、出産、育児の時期にあたる女性の就業率が上昇しないのである(注4)。次の図1-2は、図1-1で示したデータと同じ年の日本の女性の年齢別就業率を示している。今更言うまでもないのかもしれないが、学校を卒業して就職する時期の20代前半で就業率のピークを迎えるが、20代後半から減少を始め、30歳代前半で大きく落ち込み、30代後半になると就業率は再び上昇を始める。全体として日本女性の年齢別就業率は、依然、M字型の形状を示す。以前と比べ女性の学歴は大きく向上したのに、既婚女性の就業率が上昇しない、就業率カーブはM字型を保ち続けていることに対して、学歴の量的な向上ではなく、質的な教育の中身を問う研究も多くある。例えば、天野(1988)は、学校教育の中で自然と性役割が植え付けられる構造が依然として残存していることが女性自身が持つ就業、経済活動に対する態度が変化しないことの原因であるとした。また、女性の大学進学率は上昇したが、女性が専攻する学科が文学、家政学等に依然として偏っていることが、女性のビジネス進出を阻んでいるのではないかと論じるものもある。しかし、ブリントン論文で示されているように、アメリカで女性の就業率が向上しM字型の就業率カーブが消滅した時期に主役を演じたのは高卒程度の学歴の女性だったのである。また、最近の研究では、女性の就業継続に影響するのは学歴ではなく、どのような仕事に就いているかであることが報告されている(平田 1998)。もちろん、女性の学歴の向上の帰結、あるいは職業世界に直結した分野を専攻するもの増えることを議論することは重要である。しかし、せっかくの学歴を女性だけがうまく生かせないことの原因が日本の労働市場、雇用構造の中にあることも同時に議論されなければならない。
図1-2 年齢別日本女性の就業率
 何故、日本で女性の年齢別就業率がM字型の形状を、根強く保ち続けているのかという問題に、直接、取り組んだのが第3章の山口論文、「続き行く職歴中断:結婚・出産・育児による離転職率の歴史的変化とその決定要因について」である。したがって、ブリントン論文と第3章の山口論文は同じテーマを扱っている。ただ、ブリントン論文は、産業構造の変化というマクロな要因が女性の就業継続、または中断に及ぼす影響に着目しているのに対し、山口論文では、結婚、出産等のライフコース上のイヴェントの影響力の歴史的変化に主眼を置いているというアプローチの違いがある。
 もう一つの山口論文、「消え行く少数派:生涯未就業女性の歴史的減少とその決定要因について」は、生涯就業経験を持たない女性の動向についての分析結果である。生涯就業経験を持たない女性の動向は、女性の就業と裏腹の現象ではあるが、M字型の就業率カーブの問題とは、多少、異なったテーマであることは確かである。
 内容の詳細は、本論及び前述の要約にまかせるが、この論文では、生涯就業経験を持たない女性を年々減少していく層であると位置づけた上で、このような女性の学歴、家族、ライフコース等のバックグラウンドはどのようなものであったのかを検討している。生涯就業経験を持たない女性の動向と女性の就業とは裏腹の現象である。したがって、分析結果から、どのような女性が就業するのかということを読みとることができる。著者自身は、女性の就業に対して本人及び家族がどのような態度をとっていたのかを示す変数が、女性の就業に有意な影響力を持っていることに注目しているが、ここでは、そのような意識の形成に影響している変数に注目したい。すなわち、「初職中の雇用の割合の増加が女性の就業経験の増加に「直接的」に影響したのに対し、専門・管理・事務職の割合の増加が女性の就業についての本人や家族の態度の変化を通して間接的に影響した」という点である。
 まず、この論文における各変数間の関係を確認しよう。下に、この論文における変数間の関係を要約した概念図(作成:平田)が示されている。この論文では、女性のライフコースを未婚期と初婚時以降に大きく分け、未婚期は全てのサンプルを、初婚時以降は、未婚期に就業経験を持っていない女性を対象にして、仕事に就くという出来事(イヴェント)の発生に、どのような変数が効果を持っているかを分析している。独立変数となったものは、大きく分けて、本人の学歴、階層的地位(注5)といった本人の属性、本人あるいは周囲の家族が持つ女性が外に出て仕事を持つことへの態度、及び、労働市場の状況である。ここで労働市場の状況は、専門、事務などのホワイトカラーの仕事に就く者の比率が採り上げられている。下の図は、今、挙げた3つの独立変数群と女性の就業の間の関係を示しているが、本論では、労働市場の状況と女性の就業に関する態度の間の関連も議論されているので、「労働市場の状況が態度変数を規定する」という意味で矢印が引いてある。また、本人の属性と女性の就業に関する態度の間には相関関係(弓形の曲線)が仮定されている。労働市場の状況が女性の就業に及ぼす直接効果は有意なものでなかったので、破線で示されている。
図1-3 山口論文(消えゆく少数派…・)における変数間の関係(作成:平田)
 山口氏が分析の成果として強調しているのは、女性の就業に関する態度を示す変数の効果であり、ライフコースに関する計量的な研究の中で見過ごされてきた価値や、態度に関する変数の重要性を見直すことである。ここでは、女性の就業に関する態度の変数と他の変数の関係に注目したい。すなわち、上の図に示されているように、労働市場の状況、具体的には「管理・専門・事務職比率」が直接女性の就業に効果を持っているのではなく、女性の就業に関する態度の形成に効果を及ぼし、この変数を媒介して間接的に女性の就業に影響しているという構造である。「管理・専門・事務職比率」自体は女性の就業に否定的な態度形成に対して、有意な負の効果を持っている。
 ブリントン論文で示されていたホワイトカラー職が持つ女性の就業先としてのイメージが女性の就業を促進したのと同じ現象が、日本でも起きたということをこの論文でも示されている。

(注4) 最近、就業率のM字型カーブの就業率の底上げが観察されているが、これは、主に20代後半、30代になっても結婚しない女性が増えたこと、女性の晩婚化現象によるものであり、就業している女性が結婚すると仕事を辞めてしまう比率は相変わらず高い。
(注5) 父親の学歴によって代替されている。

4.日本型雇用慣行と職業経歴

 第5章での議論の対象となっているのは日米の男性の職業経歴である。日本に関するデータは、25歳から69歳までの男性を調査対象とし、調査時点までの職歴を調査対象者に回顧してもらうという形で質問しているので、コーホートによって異なるが、かなり長い間にわたる職業経歴の情報がある。いっぽう、米国のデータは調査を開始した1979年当時に15歳から24歳だったものを追跡するパネル調査によるものなので、日本のデータほど長いスパンにわたるデータは収められていない。こうしたデータの制約から、比較的初期のキャリア形成に関する日米比較に分析を制限せざるを得なかった。
 第5章の議論の中心は、いわゆる日本的雇用慣行の元にある日本の男性のキャリアをアメリカの男性のそれと比較し、従来いわれているような違いが見いだせるのかという問題である。本論でも述べられており周知のことでもあるのだが、ここであえて繰り返せば、日本的雇用慣行の特徴として終身雇用(あるいは長期雇用)、年功序列賃金(あるいは年功型昇進)をあげることができる。この論文では、こうした日本的雇用慣行の性格をさらに詳しく検討し、長期雇用に伴う内部労働市場としての性格、すなわち、OJTを中心とした企業内訓練が重視されていること、企業特殊的な技能形成が目指されていることが職業キャリアにどのような帰結をもたらすかを議論している。
 分析結果は、第一に、日本の企業の方が長期雇用を基本とし、企業内訓練を重視しているために生ずると考えられる兆候が、日米の企業就業継続ハザード率の形状の違いにみられる。また、日本では職務自体の技能ではなく企業特殊的な技能が重視されるならば、勤め先を変わる際、日本の方が職務の変更が多く観察されるのではないかという仮説に関しては、これを支持するに十分な結果を得られなかった。しかし、同様に、日本における企業特殊的な技能の重視、企業内訓練の重視という仮定に基づいた、「日本では学歴は労働市場に参入するときには効果を持つが、それ以降は大きな効果を持たない、一方、アメリカでは学歴の効果は持続する」という仮説に関してはこれを支持する結果を得た。
 このように第5章を要約してしまうと、本報告所に収められている他の論文、あるいは本章におけるこれまでの議論との関連性がないかのような印象を受けるかもしれない。しかし、山口論文、特に第3章の「続き行く職歴中断:結婚、出産・育児による離・転職率の歴史的変化とその決定要因について」、及びブリントン論文で議論されていた、日本における女性の就業率がM字型の形状を依然として維持していることの背後には、この第5章で議論されている日米の間の雇用慣行の違いがある。ブリントン論文が多くを依拠しているゴールディンによる歴史的研究の中で、アメリカにおいても、「内部労働市場としての性格(内部昇進、年功的な賃金の上昇、一定の賃金表、新規参入者に対して年齢制限を設けているなど)が強い企業」では、女性の雇用が少なく、女性が結婚すると退職する傾向が強かったことが報告されている(Goldin 1990 pp.166-67)。加えて、日本のように長期雇用を前提とした技能形成、雇用慣行が行われている場合、女性のように結婚や出産などで退職する可能性が高い(と思われている)者に対して企業内訓練といった投資を行うことは不合理なのである。この結果、女性は内部労働市場の中で周辺的な立場に追いやられる。下に示した図は、第5章で引用されているある企業の男性ホワイトカラーの昇進構造に関する研究の中から、その企業の役職の構成を学歴別に示したものだが、斜線で塗られていない高卒者のように低い役職に集中し、核となる大卒者以上の従業員のキャリア形成を維持しながら企業全体のピラミッド型の人員構成を形成するのが、内部労働市場における周辺的な立場である。したがって、企業にとっては結婚を機に女性従業員が早々とやめてしまっても、十分に機能を果たしたことになる。
図1-4 ある企業における男性ホワイトカラーの人員構成

5.分析方法に関する捕捉

 最後に、山口論文、平田論文で用いられるハザード率(hazard rate)の分析にふれておこう。もっともわかりやすい例として、アリスン(Allison 1984)による例を引用する。下の表は1950年代後半から1960年代はじめにかけて博士号を取り、大学講師(assistant professor)となった200人の生化学研究者が勤務先を変更したか否かを5年間追跡した結果である。左から3番目の列にある「勤務先を変わるリスクを持つ者」とは、各年毎に追跡調査を開始して以来、勤務先を変更していない者の数である。1年目は調査を開始したばかりなので200人全員が対象となり、その内11人が勤務先を変更した。2年目は最初の200人のサンプルから1年目に勤務先が変わった11人を除いた189人が対象となる。ハザード率とは、表の右端の列にある通り、各年毎に勤務先を変更した者の数を該当する年まで勤務先変更の経験のない者の数で除した比率である。
表1-1 200人の生化学者の勤務先の変更

第3章の山口論文におけるハザード率は学校を卒業した女性が初めて仕事に就く比率を各時点毎に計算したもの、第5章の平田論文における「企業からの退職のハザード率(図5-3)」はある企業から退職する者と在職者の各時点毎の比率である。
 このハザード率の変化を分析する方法がイヴェント・ヒストリー分析と呼ばれる方法である。イヴェント・ヒストリー分析とはハザード率を分析するための様々な方法全体を指す言葉だが、山口論文、平田論文で用いられている比例ハザード分析(partial hazard rate analysis)はこの代表的なもので、時間軸上のハザード率の変化のパターンは独立変数となる対象者の属性に関わらず一定であるが、独立変数の値によって全体的にハザード率が増減すると仮定し、ダミー変数を用いた回帰分析、あるいはロジスティック回帰分析と同様に、独立変数の値が変化することによってハザード率がどのように変化するかを分析する方法である。
 本章で示したように、本書に収められた各論文は多くの共通した問題関心によって貫かれている。この様な問題関心については、研究の過程で、度々、議論が行われた。ただ、一方で、各研究者の自由な発想を妨げず、様々な視点から日米の比較が行われるように努めたことも事実である。そして、様々な視点に立った研究が有機的に結びついて一つの報告書をなすように努めたつもりだが、もし、そうなっていなければ、それは編者である平田の責任である。また、山口氏、ブリントン氏の論文は日本とアメリカの間を行き来して、構成、修正を重ねられたが、最終的には平田が編集作業を行った。もちろん、内容は原文の通りだが、もし、技術的なミスがあれば、それも平田の責任である。
 最後に、長い間、本プロジェクトに関わり、本書に論文を提供された上に、我々に対しても様々な助言、援助をいただいた山口一男、メリー・ブリントンの両氏に改めて感謝したい。

引用文献
 Allison,Paul C..1984.Event History Analysis.Beverly Hills,Ca:Sage.
 天野正子 1988 「「性と教育」研究の現代的課題-かくされた「領域」の持続」 『社会学評論』 第39巻第3号pp.38-55
 Brinton,Mary C.1992.Women and the Economic Miracle:Gender and Work in Postwar Japan.University of California Press.
 Goldin,Claudia.1990.Understanding the Gender Gap.New York:Oxford University Press.
 平田周一 1998 「女性的職業と職業経歴-女性を無職に追い込むもの」 『科学研究費補助金特別推進研究(1)「現代日本の社会階層に関する全国調査研究」成果報告書 12 女性のキャリア構造とその変化』PP.33-52 1995年SSM調査研究会
 雇用職業総合研究所(現日本労働研究機構) 1987 『女性の職業経歴』 日本労働研究機構
 Rossi,Alice S.(ed.)1985 Gender and the Life Course.New York:Aldine Pub..
 Spilerman,Seymour,1977.“Careers,Labor Market Structure and Socioeconomic Achievement."American Journal of Sociology vol.83 pp.


第2章 消えゆく少数派:生涯未収業女性の歴史的減少とその決定要因について

消え行く少数派:生涯未就業女性の歴史的減少とその決定要因について(注1)

(注1) 本研究が可能になったのは、ここで分析に用いている1983年職業移動と経歴調査のデータを提供してくださった日本労働研究機構の御好意、特に今田幸子・平田周一両研究員の御尽力、によるものである。ここに記して深く感謝する。

1.序

 我が国における女性の労働力参加率が西側欧米諸国、特に米国、のそれと比べて特異な点は、戦後、単調にではないが減少傾向にあった点である。参加率は1955年に56.7%、1965年50.6%、1975年45.7%、1985年48.7%となっている(Omori 1993、表1)(注2)。これに対して、米国では同時期に女性の労働力参加率はほぼ単調に増加した。タウバー(Taeuber 1991,pp.70-72)によれば参加率は1955年に35.7%、1965年39.7%、1975年46.3%、1985年54.4%、となっている(注3)。我が国と米国のこの違いは、主に男女の分業形態が歴史的に異なることによる。戦前の米国では、家族における男女の分業は、夫は働き妻は専ら家事を行なう、と言うのが典型であった。その結果米国における既婚女性の労働力参加率は1940年代でほぼ20%程度、1910年代から1930年代にかけては10%から20%の間、であった(Davis、1984)。一方我が国では、夫が主たる働き手ではあったが、妻が家事と同時に家族従業者として労働力参加をする形態が普通であり、その結果1935-1945年では既婚女性の労働力参加率は47%-48%と高いものであった(今田、1991)。
 このことから、我が国で女性の労働について戦後歴史的に大きく変化したのは労働力参加率ではなく、自営や家族従業に対する雇用の割合の拡大といった従業上の地位の変化や、販売職、農林漁業職、作業職、サービス職に対する専門職や事務職の割合の拡大といった職業の変化であったと、往々にして指摘されている(Omori、1993)。しかしこの議論は、指摘された事実に関するかぎりそのとおりであるが、我が国の女性の労働力参加についてある重要な一面を見過ごしている。それは、生涯に一度も労働力参加をしない女性達が歴史的に確実に減少してきた、と言う点である。表1は1983年の職業移動と経歴調査(後述参照)に基づいて調査時に25-69歳であった女性について、出生コーホートの区分別に一度も就業経験のない者の割合を示している。
 表1の結果は、より若年のコーホート程、就業経験のない女性が少ないことを示している。しかし、この結果の解釈について注意を要する点は、若年コーホートの女性は高齢コーホートに比べて今後就業経験をもつ可能性が高いので、センサーされた観察値(ここでは就業経験が調査時までにはないが、将来起こりうる可能性があるので、最終的な就業の有無および未就業継続年数が未確定の状態を意味する観察値)の割合が高く、生涯労働力不参加率は表1の割合に比べてより低くなる可能性が高い、ということである。したがって、表1のコーホート間格差は実際より低く評価されている、と見てよい。
表1 出生コーホート別就業経験の無い女性の割合:1983年に年齢25-69歳の女性(N=2461)
 本稿はどのような社会的および個人的な特性や状況が生涯を通じて就業経験をもたぬ女性達を産み出したのか、またそれらの特性や状況はどう歴史的に変化したのか、を明らかにすることを通して、我が国の女性のうち生涯未就業者、即ち未婚時に就業経験を持たずかつ結婚後終身専業主婦となる女性達、の歴史的衰退の原因についていくつかの仮説を検定し結果の意味を検討することを目的としている。この「少数派」の女性達が完全に「歴史から消え行く」前に、彼女達はいかなる人々であり、またなぜゆえ消え去って行くのか、を明らかにすることが目的である、とも言える。
 生涯未就業の女性の割合の歴史的減少に相関を持つ重要な変数の一つに、学業終了後すぐ就業する女性の割合の歴史的増加がある。同調査に基づいた表2の結果によると、若年コーホート程、学業終了後すぐ就業する者の割合が高くなること、またこの歴史的変化は表1で見た傾向より一層顕著であること、がわかる。なお、ここで「すぐ」とは就業年齢から学業終了年齢を引いた差が0か1の場合、として定義している。
表2 出生コーホート別「初職時と学業終了時の差」別の女性の割合:1983年に年齢25-69歳の女性(N=2461)
 本稿では、生涯未就業の決定要因について、センサーされた観察値を適正に扱うことのできる分析手法を用いる。また、生涯就業経験を持たないという結果に帰結することを次の二段階の過程としてとらえ、それぞれの段階についてのみ決定要因をとらえる:(1)学業終了後すぐ就業するか否かについての決定要因、および(2)学業終了後すぐ就業しない女性について、その後の就業ハザード率の決定要因、および生涯未就業者となる確率の決定要因。

(注2) 15歳以上人口に基づく。
(注3) 16歳以上人口に基づく。

2.データ・変数・仮説

データと変数
 分析には1983年に雇用職業総合研究所(現在の日本労働研究機構)の行なった職業移動と経歴調査のデータを用いる。この調査は、1983年に年齢25-69歳の2,490人の女性を全国からサンプルし、うち2,312人の就業経験者には、回顧に基づき、初職から現職までのそれぞれにつき、従事期間(何歳から何歳まで)、従業上の地位、職業、等の情報をとっている。またすべての調査回答者から学業終了時の年齢、初婚年齢、離婚・死別の有無とその年齢、を調べ、学業終了時、と時点を特定化して、回答者の就業に関する本人や家族の態度・状況についての情報も得ている。前掲の表1・表2の分析は、学業終了時の年齢が(終了があったが)不明な者、初職年齢が(就業があったが)不明な者、あわせて29人を除く、2,461標本に基づいている。表2以降の分析はさらに夜間学校や通信教育で学びながら就業をはじめた60人を除き2,401人の標本に基づいている(注4)。これらの60標本を以下の分析から除外したのは、分析に用いる予測変数のいくつかは調査回答者の学業終了時の状態に関するものなので、学業終了時前に就業した者を分析に含めると、初職の有無およびその時期の予測に学業終了時の状態を用いることが、原因と結果を混同することになるおそれがあるからである。
表1 出生コーホート別就業経験の無い女性の割合:1983年に年齢25-69歳の女性(N=2461)
表2 出生コーホート別「初職時と学業終了時の差」別の女性の割合:1983年に年齢25-69歳の女性(N=2461)
 表2は分析に用いる従属変数とその予測変数についての記述統計結果を提示している。しかし、同表は学業終了後すぐ就業しない女性についての就業ハザード率に用いられる時間に依存する予測変数は含んでいない。
 表2の結果によると、7.4%の就業経験が全く無い女性を含む33.6%の女性が学業終了後一年以内に就業しなかったことがわかる。予測変数のうち、カテゴリー変数には(1)義務教育終了時の居住地(5カテゴリー)、(2)本人の学歴(7カテゴリー)、(3)父親の学歴(4カテゴリー)、(4)学業終了時以前の結婚の有無、(5)態度・状況に関する5つの二分法変数、が含まれている。最初の4変数については、表2の脚注で説明されている。
 態度・状況に関する5変数は調査回答者の就業についての学業終了時の本人と家族の態度・状況についての変数で、もともと「非常にあてはまる」、「かなりあてはまる」、「あまりあてはまらない」、「まったくあてはまらない」、「不明」の5回答枝からなる調査項目に基づいており、以下の様に二分化されたものである。A:《就業意欲なし》は学業終了時に「働きたいとおもった」か、の質問に「あまりあてはまらない」もしくは「まったくあてはまらない」と回答した場合を1、他を0としている。B:《家族の反対》は同時期に「家族が動くことに反対した」か、の質問にたいし、「非常にあてはまる」もしくは「かなりあてはまる」と回答した場合を1、他を0としている。C:《適当な仕事なし》は「適当な仕事がなかった」か、の質問にたいし、「非常にあてはまる」もしくは「かなりあてはまる」と回答した場合を1、他を0としている。D:《経済的必要なし》は「経済的理由で働く必要があった」か、の質問にたいし、「まったくあてはまらない」と回答した場合を1、他を0としている。E:《就業意識無し》は「働くことなど考えもしなかった」か、の質問にたいし、「非常にあてはまる」もしくは「かなりあてはまる」と回答した場合を1、他を0としている。なお各項目の回答中「不明」は《適当な仕事なし》が約5%、他は約2~3%と少数である。
 これらの学業終了時の状況についての質問は調査回答者の回顧に基づいているため、当時の真の状況を反映するかわりに、例えば学業終了後すぐ就業しなかった者ほどふりかえって見て当時「働きたいと思わなかった」と回答しがちであるなど、回答がその後の就業の有無や就業の時期等の結果に依存してしまう可能性があり、回顧された状況とその後の行為との因果関係について解釈上の問題を残す。しかし、これらの変数はその後の就業に関する選択に大きく影響を与えうる回答者の心理状況や家族の規範状況について時期を特定化して測定しており、その回答に信頼性がおければその後の就業に関する行為の予測に非常に有効である。これらの社会心理変数は従来のライフ・コース研究や職歴研究ではほとんど無視されてきたが、本稿は、ライフ・コースの計量的研究に「社会審理を呼び戻す」ことの利益を提唱することをも意図している。社会審理変数を導入することにより、それになしには検定できない重要な仮説のテストが可能になるからである。上記の態度・状況に関する変数は、「学業終了時」と時間を特定化して特徴づけているので、以下の分析においてはこの時点からみた「未来」の時間帯に起こる行為の予測に用いる。しかし、分析結果の解釈にあたっては、実際にはこれらの変数が回顧によるもので、学業終了後の就業に関する行為の結果に依存している可能性もあることに留意して、結果の解釈の妥当性についてもあわせて検討する。
 区間尺度をもつ予測変数としては(1)調査回答者の1983年の年齢に基づく出生コーホート、(2)調査回答者の学業終了時と同時期の学業終了者でかつ25歳未満就業者中、雇用者の割合、(3)調査回答者の学業終了時と同時期の学業終了者でかつ25歳未満就業者中、専門・管理・事務職者の割合、を用いる。(2)および(3)の変数については後述する。
 本研究の一つの制約・限界は用いるデータが家族の社会的地位について父親および母親の学歴のみを調査している点である。調査回答者の学業終了時の家族の所得や父親の職業や従業上の地位は、データがあれば情報として有用であるが、本研究には含まれない。なお以下では、母親の学歴は父親のと比べ分散が少なく説明力が弱いので、父親の学歴を用いて家族の社会的階層の指標とする。
表3 変数の記述統計結果:1983年に年齢25-69歳で学業終了前に就業しなかった女性 N=2401
表3 変数の記述統計結果:1983年に年齢25-69歳で学業終了前に就業しなかった女性(続き)

(注4) この調査は全日制の学校教育終了後の就業経験について調査している。このため、学業終了前に就業経験を持つ者は、働きながら夜間の学校の通ったか、働きながら通信教育で学位を取った者に限られている。

理論的命題と仮設
 本節では女性の生涯未就業者が歴史的に減少した原因について二つの理論的命題を述べ、それぞれに関連したいくつかの検定可能な仮説を提示する。第一の理論的命題は、25歳未満の女性(以後若年層女性と言う)の職業の特徴の歴史的変化と、それと相関して、若年層女性の就業について彼女達自身の就業意欲と家族の態度が歴史的に変化したこと、が生涯未就業の女性を歴史的に減少させて来た、と言う命題である。後述するように、過去五・六十年間我が国の女性の就業について、家族従業者や自営業主でなく雇用者の割合が、特に初職で、劇的に増大した。この従業上の地位の変化は、同時に家族の特徴の大きな変化を意味した。即ち、女性の家族従業が欠くべからざる要素として考えられていた経済的生産単位としての家族から、女性の家族的役割と就業が切り離された経済的消費単位としての家族へ、の変化である。この変化は他のいくつかのことを意味した。第一に、それは女性の就業機会が、親および夫と形成する家族内での特殊的な女性労働への需要に依存することから、労働市場における女性労働へのより一般的需要に依存することへ変化し、その結果家族の従業形態に依存しない女性の就業機会が増大することを意味した。第二に、家業における家族従業が、戦前の家制度においては、無賃金の義務的家庭内労働であり(Fukutake、1989)、戦後法的には家制度は廃止されたものの、自営業の家族においては、そのような義務化した家庭内労働は戦後も存続していたのに対し、雇用者としての従業は、義務的な家制度的家庭内労働から従業が切り離されることをまず意味し、それは同時に賃金報酬と「家族の外」での仕事を意味していたことである。これらの事柄は、雇用された女性にとって個人の消費という経済的自由の増大および家庭の時間的束縛からの社会的自由の増大、を共にもたらし、また、家制度のもとで典型的であった個人でなく家を単位する「家」主導型の結婚からはなれた、個人の選択をより重んじる結婚の機会が増大することをも意味した。
 また戦後は、就業者中の雇用者の割合だけでなく、専門職および事務職の割合も歴史的に飛躍的に増加した。この販売職でないホワイト・カラー職の増大はより多くの女性達がオフィス的職場環境で働くことを意味した。当初「BG(ビジネス・ガール)」と呼ばれ、後「OL(オフィス・レディ)」と称されるようになったグループの登場である。それらの仕事はその職業を持つ女性達にとって、単にサラリーと言う安定した経済的報酬を意味するだけでなく、そういった「きれいな」職場で働いていること自体が一定の社会的地位を与えられるという社会的報酬をも伴っていた。
 家族従業者や自営業者として働いていた女性達にとって、家業への就業はいわば当然の義務であり、それを望むか否かはあまり問題にならなかった。これに対して、雇用職、とくに専門職や事務職、の市場での拡大は、これらの仕事をもつことが前述のように経済的・社会的な報酬および自由の増大を意味していたので、より多くの女性達が「働きたい」という就業意欲を持つにいたる誘因となった。またこれらの仕事を持つ女性達の一定の社会的地位は、親が娘の家の外での就業に反対する、といった女性の就業に否定的な家庭の規範環境を弱めた。したがって、次の理論的命題と関連する仮説が導かれる。
 理論的命題1:雇用の割合の増加および専門・管理・事務職の割合の増加に特徴づけられる若年層女性の職業の歴史的変化(これは外生的に定められた)が、次の直接的および間接的メカニズムを通して、生涯に一度も就業経験のない女性の割合を減少させた。直接的には、雇用の拡大に代表される職業の変化が、女性の労働に対して、家族特殊的でなく一般的な労働需要をもたらし、就業の機会を増大させた。間接的には、女性の職業の歴史的変化が、就業意欲の高い女性の割合を歴史的に増加させ、また、就業にたいし家族の反対にあう女性の割合を歴史的に減少させ、それらの態度・状況の変化が女性の就業を増大させた。
 理論的命題1により検定可能な以下の仮説が導かれる。
 H1:学業終了後すぐ就業する女性の割合が歴史的に増加したことは若年層女性就業者中、雇用者の割合が歴史的に増加したことか(H1(a))、若年層女性就業者中、専門・管理・事務職者の割合が歴史的増加したことか(H1(b))、あるいはその両方(H1(c))によって説明される。
 H2:学業終了後すぐ就業しない女性について、その後の就業のハザード率が歴史的に増加したことは若年層女性就業者中、雇用者の割合が歴史的に増加したことか(H2(a))、若年層女性就業者中、専門・管理・事務職者の割合が歴史的増加したことか(H2(b))、あるいはその両方(H2(c))によって説明される。
 H2:学業終了時に就業意欲のない女性ほど、学業終了後すぐ就業する確率が低くなり、(H2(a))、かつ学業終了後すぐ就業しない場合にその後の就業ハザード率も低くなる(H2(b))。
 H4:学業終了時に就業意欲のない女性の割合は歴史的に減少する。
 H5:学業終了時に就業意欲のない女性の割合の歴史的減少は若年層女性就業者中、雇用者の割合が歴史的に増加したことか、若年層女性就業者中、専門・管理・事務職者の割合が歴史的増加したことか、あるいはその両方によって説明される。
 なお仮説H2、H4、およびH5がすべて成立すれば、その組み合わせは仮説H1およびH2の現象を部分的かつ間接的に説明することになる。
 H6:学業終了時に就業について家族に反対されるほど、学業終了後すぐ就業する確率が低くなり、(H6(a))、かつ学業終了後すぐ就業しない場合にその後の就業ハザード率も低くなる(H6(b))。
 H7:学業終了時に就業について家族に反対される女性の割合は歴史的に減少する。
 H7:学業終了時に就業について家族に反対される女性の割合の歴史的減少は若年層女性就業者中、雇用者の割合が歴史的に増加したことか、若年層女性就業者中、専門・管理・事務職者の割合が歴史的増加したことか、あるいはその両方によって説明される。
 なお仮説H6、H7、およびH7がすべて成立すれば、その組み合わせは、仮説H1およびH2の現象を部分的かつ間接的に説明することになる。
第二の理論的命題は、家庭が中流階級以上の女性については、家庭および学校での女性の就業に反対する規範的環境がかって存在し、それが歴史的に弱まってきたことが、生涯未就業の女性の割合を歴史的減少させた、という命題である。家庭の外で雇用されて働く大部分の女性が経済的必要性のために働いていた時代では、働かないですむことは中流階級以上の家庭的背景を持つ女性、あるいは中流階級以上の社会的地位を持つ夫と結婚した女性、のいわばステイタス・シンボルであった。雇用者として働く女性の大部分が販売職、作業職、サービス職に従事していた時代のことである。当時においては中流階級以上の家庭において、社会化(ここでは家族や周囲の社会環境との社会的交わりにより価値観等などを獲得していく過程のこと)を通じて女性が就業について意識を持たないようにしむけられる状況や、女子の中等教育および高等教育を就業と連結させないで、単により高い教養とより高い学歴や社会内地位を持つ男性との結婚への手段としてのもの、として考えるといった状況が存在し、またその結果、中等教育および高等教育を受けた女性が学業終了時に、次の人生のステップとして「働くことなど考えもしなかった」といった状況を生みだしていた。しかし、前述した女性の職業の大きな歴史的変化は、こういった状況をも大きく変化させた。
 女性の学校教育の場での規範的環境も、特に戦後の教育制度の改革を通じて、大きく変化した。戦前における女性の中等・高等教育、即ち旧制高等女学校および旧制女子大学(以後旧制高女、旧制女子大と言う)は女性の職業キャリアへの道を開くことを目的とするものではなく、国家のため家族のために将来の「良妻賢母」を育成することを旨とするものであった。戦前の中等教育および高等教育は男女別学であり、旧制高女のカリキュラムは公式には修身・公民科、国語、歴史、地理、数学、理科、図書、家事・裁縫、音楽、教育、体操を基礎科目とし、家事・裁縫を除けば、男子の旧制中学のカリキュラムと類以していたが、「実際生活化」と称して「家事、裁縫、主芸等に多くの時間を配当するものが少なくない(海後、1937)」と言う状態であった。義務教育であった尋常小学校、およびその延長の高等小学校、は別学ではなかったが、原則としてクラスもカリキュラムも男女別であった。しかし戦後1947年に制定され同年に執行された教育基本法に基づき男女に対し同一クラス、同一教科、同一教師、即ち男女に同等で非分離的な教育機会を与えること、を旨とする男女共学が公立の初等中等教育で行なわれるようになった。一方私立学校においては、戦後も男女別学は存続し、特に女子短期大学は家政、教育、人文学を中心科目とする女子教育のための機構として発達したが、「職場結婚」に代表される就業を通じての結婚機会の増大や短大卒が有資格となる職業の増加と共に、戦前の高女・女子大とは異なり、未婚時の就業に対し肯定的ソーシャライゼーションをもたらす場となった。
 このように、とくに中流階級以上の出身の女性について、家庭や学校における規範環境が女性の就業について否定から肯定に歴史的に変化したことは、学業終了後すぐ就業する女性の割合の歴史的増加、および生涯就業経験を持たない女性の割合の歴史的減少、におおいに寄与した、と考えられる。したがって、次の理論的命題と関連する仮説が導かれる。
 理論的命題2:中流階級以上の家庭において女性の中等および高等教育を就業と無関連なものとして考える規範的環境が歴史的に弱まったこと、また学校においても女性の中等・高等教育を就業と無関連なものとする「良妻賢母主義」が、戦後の教育制度の改革を通じて弱まり、かつその後の女性の職業と職場の機能の変化の影響もあって、中等および高等教育の場の規範環境が女性の就業について歴史的に否定から肯定に転じたこと、が次の直接的および間接的メカニズムを通して、生涯就業経験のない女性の割合を減少させた。直接的には、学校や家庭の状況の変化が教育と就業の関連を強め、学業終了後すぐ就業する女性の割合やその後も比較的早い時期に就業する女性の割合を歴史的に増加させた。間接的には、学校や家庭におけるソーシャライゼーションの変化が学業終了時に就業意識の低い女性の割合を歴史的に減少させ、また、就業にたいし家族の反対にあう女性の割合を歴史的に減少させることを通じて就業を増大させた。
 理論的命題2により検定可能な以下の仮説が導かれる。これらの仮説では、家族の社会的地位を父親の学歴で計っており、また、前述の仮説1および2で述べた若年層女性の職業の歴史的変化の影響をすでに統制した上でに成り立つ、としている。
 H9:父親の学歴の高い女性は(父親の学歴の低い女性と比べて)、特に年齢の高いコーホートで、学業終了後すぐ就業する確率が低い(H9(a))。また、旧制高女卒以上の学歴の女性は(それより低い旧制の学歴および新制のすべて学歴の女性と比べて)、学業終了後すぐ就業する確率が低い(H9(b))。
 H10:父親の学歴の高い女性は(父親の学歴の低い女性と比べて)、特に年齢の高いコーホートで、学業終了後すぐ就業しない場合その後の就業ハザード率が低い(H10(a))、また旧制高女卒以上の学歴の女性は(それより低い旧制の学歴および新制のすべての学歴の女性と比べて)、学業終了後すぐ就業しない場合その後の就業ハザード率が低い(H10(b))。
 H11:学業終了時に就業意識のない女性程学業終了後すぐ就業する確率が低くなり(H11(a))、学業終了後すぐ就業しない場合にその後の就業のハザード率も低くなる(H11(b))。
 H12:学業終了時に就業意識のない女性の割合は歴史的に減少する。
 H13:父親の学歴の高い女性は(父親の学歴の低い女性と比べて)、特に年齢の高いコーホートで、学業終了時に就業意識のない者の割合が高い(H13(a))、また旧制の高女卒以上の学歴の女性は(それより低い旧制の学歴および新制のすべての学歴の女性と比べて)、学業終了時に就業意識のない者の割合が高い(H13(b))。
 なお仮説H11、H12、およびH13がすべて成立すればその組み合わせは仮説H9、およびH10の現象を部分的かつ間接的に説明することになる。
 H14:父親の学歴の高い女性は(父親の学歴の低い女性と比べて)、特に年齢の高いコーホートで、学業終了時に就業について家族に反対される者の割合が高い(H14(a))、また旧制の高女卒以上の学歴の女性は(それより低い旧制の学歴および新制のすべての学歴の女性と比べて)、学業終了時に就業について家族に反対される者の割合が高い(H14(b))。
 家族の反対の影響およびその歴史的変化についての前述の二仮説(H6およびH7)とこの仮説H14がすべて成立すれば、その組み合わせは、仮説H9およびH10の現象を部分的かつ間接的に説明することになる。
 最後の一組の仮説は、生涯未就業の女性の歴史的減少傾向に反作用をもたらし得たたはずの戦後の経済成長が、影響を及ぼさなかったか、あるいは弱い影響しか持たなかったこと、の原因についての対立仮説である。我が国において、西側欧米諸国と比べて、戦前から女性の労働力参加率が高かったことが、主として経済的必要性によるものであったならば、戦後経済の高度成長期を経て国民一人あたりの所得が大きく増大した時期に、就業経験をもつ女性の割合が減少してもよかったはずである。しかし実際にはこの反作用は女性の就業の歴史的変化を支配するに至らなかった。次の二つの仮説は、その理由について、二者択一の対立仮説である。
 H15(a):学業終了時に就業について経済的必要性がないと感じる女性の割合は国民の富裕化とともに歴史的に減少したが、学業終了後すぐ就業する者の割合およびその後の就業率への家庭の経済的必要性の影響は他の要因の影響に比べて相対的に弱く、その結果、女性の就業の歴史的傾向に支配的な影響を与えなかった。
 H15(b):女性は就業についての経済的必要性についての意識は、絶対的な富(あるいは絶対的窮乏)ではなく、社会の他の成員と比べた相対的富(あるいは相対的剥奪)に依存し、したがって、就業について経済的必要性を意識する女性の割合は国民所得が歴史的に増加しても歴史的に変化せず、またその結果、生涯未就業の女性の割合の歴史的減少になんらの反作用も果たさなかった。
 中流階級意識についての研究で、高坂(Kosaka、1994)は仮説H15(a)およびH15(b)と類似した仮説について、つまり絶対的所得と相対的所得のどちらが個人の中流階級意識を決定するかについて、調べた。彼は、戦後始めは絶対的所得が中流階級意識に影響を与えていたのが、1965年と1975年の間を境として相対的所得が中流階級意識に影響を与える様に変化したと結論している。したがって、以下の分析でも、仮説H15(a)の状況から仮説H15(b)の状況に変化する可能性も考慮する。

3.分析モデル

3.分析モデルP1
3.分析モデルP2
3.分析モデルP3

(注5) 一般的にあるイヴェントの最終未生起確率Pとそのイヴェントの未生起継続時間Tとの合同モデルとして、シュミットとウィッテ(Schmidt and Witte、1989)および山口(Yamaguchi、1992;Yamaguchi and Ferguson、1995)はPについてのロジスティック回帰モデルとTについての加速失敗時間回帰モデル(accelerated failure-time regression model)を組合わせたモデルを提唱している。また類似のモデルとしてヘックマンとウオーカー(Heckman and Walker、1987)はPについてのロジスティック回帰モデルとイヴェントが起こる場合の条件付きハザード率についての等比ハザーズモデルを組み合わせたモデルを提唱している。これらの手法は共に原則的には、二つ一組の回帰モデルを用いて生涯未就業確率Pの決定要因と未就業継続時間Tの決定要因を区別できる。ヘックマンとウオーカーの提唱するモデルは、等比ハザーズモデルを用いた分析の延長として自然ではあるが、このモデルは、シュミット・ウィッテおよび山口が提唱するモデルと比べて、最終生起確率と未生起継続時間の分離が効果的にできない場合がある(Yamaguchi、1992)。本稿では、予備分析で(ここでは報告しない)ヘックマン・ウオーカー・モデルを調査自時点で未就業者が177人の当データに適用したとき、パラメーター値が収束しなかったり、不安定であることが判明した。山口(Yamaguchi、1992)の用いたモデルの当データへの応用には、これらの問題は生じなかった。


4.分析結果

学業終了後すぐ就業するか否かの決定要因について
 表4は学業終了後すぐ就業する確率についてのロジスティック回帰分析の結果を提示している。モデル1は、出生コーホート、義務教育終了時の居住地、本人の学歴、父親の学歴、および学業終了以前の結婚の有無、を予測変数として用いており、学業終了後すぐ就業する確率を他の変数を統制して有意に予測する変数について以下の四つの結果を示している。まず第一に、より調査時の年齢の高いコーホートほど、就業確率は低くなる。つまり学業終了後すぐ就業する女性の割合は歴史的に増加してきた。第二に、本人の学歴については、新制高卒者と比べ、新制中卒者は就業確率は低くなり、新制短大卒は逆に高い。中卒者の低い確率は彼女達にとって市場状況の悪いことを示唆している。第三に、学業終了前に結婚した女性の就業確率は低い(注6)。第四に、父親の学歴が上から二番目に高い階層3(主に旧制中学卒)の場合、他と比べて就業確率は低い。
表4. 学業終了後すぐ就業するか否かについてのロジスティック回帰分析(N=2401)
 モデル2はモデル1に学業終了時の就業についての本人もしくは家族の態度・状況に関する五変数を予測変数として加えたものである。これらの五変数の影響はすべて有意で強い。また、これら五変数を統制したことによって、コーホートの影響がモデル2ではモデル1の結果と比べて小さくなっている。このことは、後で詳しく分析するが、学業終了後すぐ就業する女性の割合の歴史的増加が、これらの五変数の歴史的変化よって一部説明されることを意味している。モデル2の結果によると、就業確率を低めるのに《就業意欲なし》が最も強く影響し、《家族の反対》がそれに次ぎ、他の三変数(《就業意識なし》、《経済的必要なし》、《適当な仕事なし》)が三番目となっている。一番、二番、三番の間では影響の強さに有意な差が有り、三番の三変数間では有意な差は無い。
 モデル3はモデル2に《家族の反対》と父親の学歴の最も高い階層4(旧制高卒以上・新制大卒)との交互作用が統計的に有意なので、これを加えたものである。モデル3の結果によると、父親に反対された場合、父親の学歴の最も高い階層の家庭の女性は、より低い階層の家庭の女性に比べて、学業終了後すぐ就業する確率が有意に低くなっている。この結果は、父親の学歴の高い家庭では(低い家庭とくらべて)、娘の就業について、親の意見がより大きな影響力を持っているか、または娘が父親の意見により従順であるか、のどちらかを示している。
 モデル4と5はコーホートの影響について、異なった解釈の可能性をテストしている。学業終了後すぐ就業する確率が歴史的に増加したのは、女性が初職として得る仕事の種類が歴史的に変化した結果、特に若年層女性就業者のうち(1)雇用者の割合が歴史的に増加したこと、(2)専門・管理・事務職の割合が増加したこと、の一方もしくは両方の影響、を反映している、という仮説がそれである。この仮説を検証するため、五年区分ごとに、その期間内に学業を終了しかつ25歳末満に就業を経験した女性の初職について(1)雇用者の割合および(2)専門・管理・事務職の割合を、同調査データから計算した。五年区分を用いたのは、より短い区分より推定値が安定するからである。表4の脚注にこれらの二つの割合と推定に用いた標本数が五年区分ごとに示されている。
 次に、この二変数を、学業終了時に女性が初職として期待する仕事を特徴づけることに利用するため、各調査回答者の学業終了年がどの五年区分に属するかによって、各個人に与えられる変数とした。ここでは、この二変数はほぼアンシラリー変数、即ち各個人の結果が標本全体での割合の推定に寄与する程度は無視できる程小さいので、ほぼ各個人とっては外生変数として扱うことのできる変数、と仮定している。これらの二変数間の相関は高く(r=.91)、そのため各々他方を統制した時の独自の影響を計るのには、多少限界がある。しかし以下の分析では、一方が他方の影響にまさって支配的であると結論づけられるような結果が多くの重要な場合に得られた。以下この二変数を雇用者の割合および専門・管理・事務職の割合と呼ぶ。
 モデル4は、コーホート効果の変数と共に上述の二変数を同時にモデルに導入すると、雇用者の割合の効果が他の二変数の効果を消し去り、かつ自身は有意を保つことを示している。この結果は、学業終了後すぐ就業する女性の割合が歴史的に増加したことは、家族従業者や自営業主でなく雇用者として働く機会が歴史的に増加したことによってもたらされたと説明できることを示している。一方専門・管理・事務職の割合は独自の効果をもっていない。モデル5は、モデル4から有意な影響のないコーホート変数と専門・管理・事務職の割合の変数を取り除いたより簡潔なモデルである。
 表4には掲載していないが、テストをした追加のモデルの結果について補足したい。まず前述の五つの態度・状況変数はコーホート変数や雇用者の割合の変数との間に有意な交互作用効果はない。同様に父親の学歴もコーホート変数や雇用者の割合の変数との間に有意な交互作用効果を持たない。後者の結果は父親の学歴の高い家庭は特に年齢の高いコーホートで女性の就業を低くすると言う仮説(H9(a))が実証されないことを示している。

(注6) ここでは小程度であるが選択バイアスがある。本分析では学業終了前に就業経験のある60標本を除外しているが、この中には学業終了前に結婚した4標本が含まれているからである。

就業の障害となる学業終了時の五つの態度・状況の決定要因について
 表5は学業終了後すぐ就業することに対して障害となる五つの態度・状況を従属変数とするロジスティック回帰分析の結果を提示している。
表5 就業の障害となる五つの態度・状況についてのロジスティック回帰分析(N=2401)
 表5の結果は五つの態度・状況従属変数のうち《就業意欲なし》、《家族の反対》および《就業意識なし》に対し、有意な強いコーホート効果があり、学業終了時に就業することへの障害となるこれらの態度・状況を持つ者の割合がすべて歴史的に減少したことがわかる。一方《経済的必要なし》および《適当な仕事なし》にはコーホートの影響がなく、これらの態度・状況を持つ者の割合は歴史的に変化していない。特に、コーホートが《経済的必要なし》の状況に影響を与えていないことは、女性の就業についての経済的必要性の意識に影響を与えるのは、絶対的窮乏でなく相対的剥奪であることから、高度成長時代を通じて国民所得が急激に歴史的に増加したにもかかわらず経済的必要性の動機から就業しようとする女性の割合は歴史的に変化しないとした仮説H15(b)の予測と一致している。
 表5の結果はいくつかの他の変数が態度・状況を予測することを示している。義務教育終了時に十一大都市のいずれかに居住していた者は、他の居住地にいた者に比べて、学業終了時に就業について《経済的必要なし》と感じた者の割合が有意に多く《適当な仕事なし》と感じた者の割合が有意に少ない。大都市は明らかにより多くの者に経済的満足感を与え、また就業の機会もより豊富のようである。父親の学歴が最も低い階層1(旧制尋常小卒以下)には《適当な仕事なし》と感じた者の割合が有意に多く、より高い学歴の父親を持つ場合と比べて、職深しにより困難があったことを暗示している。一方父親の学歴の《家族の反対》への影響については、高い学歴の家庭において家族の反対の割合が高い、とした仮説H14の予測とは異なり、有意差は学歴の低い二階層間にのみ見られる。なお、父親の学歴が「不明」の場合が《家族の反対》に負の「影響」を持っているのは、これらの場合に《家族の反対》変数への無回答者(変数の値は反対無しの0と同一視されている)が多いためで、父親が無く実際上父親の反対が不可能ことからくる、見かけの影響である。
 本人の学歴の影響については、戦前・戦後のそれぞれで最下位のレベル(旧制の小卒・高小卒、新制の中卒)の場合、より高い教育レベルと比べて、学業終了時に就業について《経済的必要なし》と感じた者の割合が有意に少なく、本人の低い学歴が、家族の相対的な経済的貧窮度を反映していることを示している。またこれら低学歴の女性は学業終了時に就業について《適当な仕事なし》と感じた者の割合も有意に多く(ただし新制中卒者の場合有意水準10%)、経済的必要性にもかかわらず就業が困難という状況を示している。本人の学歴の他の三つの態度・状況変数への影響は下記の追加のモデルの結果に基づいて議論する。
 表6は、表5の結果で歴史的に減少していることが判明した《就業意欲なし》、《家族の反対》および《就業意識なし》の三つの態度・状況従属変数について、それぞれ三つの追加モデルを応用した結果を提示している。これらの追加モデルは歴史的変化を示すコーホート効果について、表4の分析で用いた雇用者の割合および専門・管理・事務職の割合のマクロ変数を用いて、より具体的説明が可能かどうかをテストすることを目的としている。
表6 『就業意欲なし』、『家族の反対』、『就業意識なし』についての追加ロジスティック回帰分析
表5 就業の障害となる五つの態度・状況についてのロジスティック回帰分析(N=2401)
表4. 学業終了後すぐ就業するか否かについてのロジスティック回帰分析(N=2401)
 表6の結果によると、三つの態度・状況従属変数のそれぞれについて、コーホート変数および職業の割合に関する二変数をすべて同時に用いた場合(モデル2)は、三変数のうちどの変数も他を支配できず独自な影響はいずれも有意でない。しかし、理論的により重要でないコーホート変数を取り除くと(モデル3)、《就業意欲なし》および《家族の反対》の二つの従属変数について、専門・管理・事務職の割合の影響は有意であるのにたいし、雇用者の割合の影響は有意でない、という結果を得る。したがって雇用者の割合でなく専門・管理・事務職の割合の増加が、就業の障害となる《就業意欲なし》および《家族の反対》の二つの態度・状況をもつ者の割合を減少させた、と結論できる。《就業意識なし》の従属変数については、モデル3の結果で二つの割合の影響はどちらもまだ有意でないが、Zスコアは専門・管理・事務職の割合の効果の方が雇用者の割合の効果より大きい。モデル4はモデル3からさらに雇用者の割合の変数を除き、簡潔化したものである。モデル4と表5のモデル1の説明力はほぼ同等であるが、モデル4のほうが内容的・情報的により意味のある結果を示している。すなわち、単にコーホートの影響ではなく、専門・管理・事務職の割合の歴史的増加が《就業意欲なし》、《家族の反対》、《就業意識なし》の三つの態度・状況の歴史的減少を説明できる、と解釈できる点である。(ただし、《就業意識なし》への影響については、雇用者の割合の影響か専門・管理・事務職の割合の影響かは、確定できない。)
 表4の結果で見たように専門・管理・事務職の割合は直接的には学業終了後すぐ就業する確率に影響を与えない。しかし表6の分析結果によれば、この割合の歴史的増加は学業終了時に就業意欲がない女性の割合および就業に関して家族の反対にあう女性の割合を共に減じることによって、間接的に女性が学業終了後すぐ就業する確率が歴史的に増加することに寄与してきたことを示している。これに反して雇用者の割合については(表4の結果で見たように)直接的影響はあるが(表6の結果で見たように)間接的影響はない。
 モデル5の結果の他の重要な点はコーホートの影響が専門・管理・事務職の割合の影響と旧制の高女卒および旧制女子大卒の影響の組み合わせとして見ることができると言う点である。このことはモデル1で用いたコーホート変数が、モデル5で専門・管理・事務職の割合の変数に置き換えられた時、旧制高女卒・旧制女子大卒の影響が新たに現われることで示されている。この傾向は《就業意識なし》に対しての影響について特に顕著であり、男女別学であった戦前の教育で高女卒・女子大卒の女性は学業終了時に「働くことなど考えもしなかった」者の割合が、他の変数を統制しても、有意に高い。類以の傾向は《就業意欲なし》および《家族の反対》の変数への旧制高女卒・旧制女子大卒の影響についても見られる(しかし、旧制女子大卒の標本数がすくないため、旧制の高女卒の効果のみ有意となっている)。一方これら三従属変数に対しての父親の学歴の影響は、コーホートとの交互作用も含めて(表6ではこの結果は報告されていない)、存在しない。つまり、旧制高女卒・旧制女子大卒であることが学業終了時の就業意識のない者の高い割合(H13(b))や、親の反対にあう者の高い割合(H14(b))を予測すると言う点は検証されたが、父親の学歴が高い家庭で、特に年齢の高いコーホートについて、同様の結果を生みだすという仮説(H13(a)およびH14(a))は表6の分析結果から支持されない。しかしながら、父親の学歴は以下に報告する第二段階で重要な影響を持っている。
表6 『就業意欲なし』、『家族の反対』、『就業意識なし』についての追加ロジスティック回帰分析

学業終了後すぐ就業しない場合のその後の就業ハザード率の決定要因について
 表7は第二段階、即ち学業終了後すぐ就業しない場合(就業年齢が学業終了年齢より二歳以上大きいか、もしくは調査時までに就業経験のない者)の、その後の就業ハザード率、についての分析結果を該当807標本に基づいて、提示している。
表7 就業ハザード率のモデル:1983年に年齢25-69歳で学業終了後すぐ就業しなかった女性(N=807)
表7 就業ハザード率のモデル:1983年に年齢25-69歳で学業終了後すぐ就業しなかった女性(続き)
 表7における最初の四モデルは、学業終了後の年数についてのダミー変数のセット以外は時間に依存しない予測変数を用いており、このグループの中での最良モデルを見つけることを目的としている。モデル1は出生コーホート、居住地、本人および父親の学歴、学業終了以前の結婚の有無、を予測変数として用いている。このモデルの結果は年齢の高いコーホートほど就業ハザード率が有意に低いこと、つまり、学業終了後すぐ就業しない場合も、その後の就業率は歴史的に増加してきたこと、を示している。
 モデル2はモデル1に第一段階の分析で用いた五つの態度・状況変数を加えたもので、この結果コーホート効果は小さくなっており、就業率の歴史的増加が五つの態度・状況変数の値の歴史的変化によって一部明されることを示している。モデル3はモデル2のコーホート変数を、第一段階の分析で用いた女性の初職の割合についての二変数で置き換えたものである。(なお、コーホート変数を除かず三変数をすべて含むモデルでは独自な影響はどの変数も有意でない、ただし表7でこの結果は省かれている。)この結果、雇用者の割合の独自の影響が10%水準で有意であるのに対し、専門・管理・事務職の割合の影響はほとんどゼロであるので、モデル4では雇用者の割合の変数のみ残している。またその結果雇用者の割合の変数の影響は0.1%水準で有意となる。こうして得られたモデル4を(雇用者の割合のかわりにコーホート変数を用いた)モデル2と比べると、自由度が同じでG2(Gの2乗)(尤度比カイ二乗)値がモデル4の方がやや大きくなっており、従ってモデル4の方が(尤度比検定では比べられないが赤池基準やBICを用いれば)より良いモデルとなっている。
 上記のモデルの比較分析と最良モデル4の結果は学業終了後すぐ就業しない女性についてのその後の就業ハザード率の決定要因に対し以下の結論を与える。まず第一に、ここでも専門・管理・事務職の割合でなく雇用者の割合が直接的に就業ハザード率に影響し、したがって雇用者の割合が歴史的に増加したことが、学業終了後すぐ就業しない場合のその後の就業率が歴史的に増加したことの説明を与える。第二に五つの態度・状況変数のうち、《就業意欲なし》および《家族の反対》の二状況は学業終了後すぐ就業しない場合のその後の就業ハザード率を低くする。またこの結果は、表6の分析で見たように専門・管理・事務職の割合の歴史的増加が《就業意欲なし》および《家族の反対》の状況の歴史的増加に間接的に寄与していることを意味する。第三に父親の学歴の高い二階層の女性は就業率が有意に低い。第四に、旧制女子大卒は就業率が有意に低い。第五に、就業率は学業終了後の未就業継続年数に大きく依存し、最初の十年はほぼ次第に減少し、その後は有意な変化がない。
表6 『就業意欲なし』、『家族の反対』、『就業意識なし』についての追加ロジスティック回帰分析
 モデル5はモデル4に時間に依存する次の三予測変数を加えたものである:(1)婚姻上の地位(未婚、既婚、離婚・死別)、(2)夫の従業上の地位と職業、(3)夫の学歴。変数の(2)と(3)は夫のデータが得られる初婚継続期間中にのみ適応される。モデル5の結果は以下の通りである。離婚・死別は(未婚と比べて)就業ハザード率を有意に高くする。既婚女性の間では自営業主・家族従業者の夫と結婚した女性は他と比べて就業率が有意に高く、また旧制高卒以上の学歴の夫と結婚した女性は他と比べて就業ハザード率が有意に低く、新制の大卒の夫と結婚した女性でも10%有意水準で同様に低くなる。このようにモデル5の結果は個人の家庭的社会的背景だけでなく、結婚歴に関する特徴も学業終了後すぐ就業しない女性についてのその後の就業率に影響することを示している。またモデル5の結果では父親の高学歴の階層の影響がモデル4の係数より小さく、特に階層4(旧制高卒以上、新制大卒)の影響は依然有意であるが階層2(旧制中卒、新制高卒)の影響は有意でなくなっており、父親の高学歴が低い就業率に結びつく傾向は、高学歴の夫を持つことの影響にかなりの部分仲介されていることがわかる。
 表8の分析は表7の分析からでは不明な点、即ち低い就業ハザード率を予測することは生涯未就業の確率を高めることから来るのか、就業の時期を遅らせることから来るのか、の区別に関係している。以下の分析には二つの限界があるので、技術的ではあるが、この点をあらかじめ明らかにしておきたい。第一に、表7のモデル5で用いた時間に依存する変数は以下の分析で用いることができない。これは一般的な技術的制約である。第二に、拡大ガンマ回帰モデルは継続時間についてのパラメトリックなモデルとして形態上の柔軟性を持っているが、現在分析するデータについては、等比ハザーズ回帰モデルと比べて、基底ハザード関数のデータへの適合度が相対的に悪い。このため、多くの効果、特に有意水準の強い効果については、等比ハザーズ回帰モデルと(P回帰を含まない)拡大ガンマ回帰モデルの結果は相互に内容的に一致しているが、弱い結果については必ずしも一致していない。このように拡大ガンマ回帰モデルの基底ハザード関数がデータにあまり良く適合していないことは、生涯未就業確率Pについてのロジスティック回帰と未就業継続年数Tの対数についての回帰の混合モデルの結果の解釈についても次の制約を生じる。P回帰の係数(前述の式(2)におけるα係数)の推定値はTについての基底ハザード関数にほとんど依存しないので問題はないが、T回帰の係数(前述の式(3)におけるβ係数)の推定値は基底ハザード関数に大きく依存しているので、未就業継続年数を長くするか短くするかの影響の有無ついての結論については強い有意性のある効果の解釈は信頼できるが、強い効果であっても未就業継続年数を何倍にするかの数量的解釈や、有意水準の低い結果は、あまり信頼できない、という点である。
表8 就業についての三種のモデル:1983年に年齢25-69歳で学業終了後すぐ就業しなかった女性(N=807)
表7 就業ハザード率のモデル:1983年に年齢25-69歳で学業終了後すぐ就業しなかった女性(N=807)
表7 就業ハザード率のモデル:1983年に年齢25-69歳で学業終了後すぐ就業しなかった女性(続き)
 表8は三つのモデルの結果を提示している。モデルHは表7のモデル4から有意な影響のない変数(居住地、学業終了以前の結婚の有無、態度・状況に関する三変数)を除いた等比ハザーズ回帰モデルであり、モデルTは対応する未就業継続年数の対数についての拡大ガンマ回帰モデルである。最後のモデルT+PはモデルTに生涯未就業確率のロジスティック回帰をさらに加えたモデルである。
 表8の三モデルでは、父親の学歴について基底カテゴリーを階層1(旧制尋常小卒または学歴なし)からその上の階層2(旧制高小卒、新制中卒)に変更している。これはモデルT+Pの結果において、階層1についての生涯未就業確率の推定値が0に収束するため、基底カテゴリーとして用いることができないためである。モデルT+Pの結果は四つの異なるグループにおいて、生涯未就業確率が0に収束するため、対応するα係数がマイナス無限大に収束することを示している。これらの四つのグループとは(1)新制の中卒者、(2)新制の大卒者、(3)父親の学歴が最も低い階層1、および(4)父親の学歴が不明の者、である。これらの四つのグループは生涯未就業者の割合の推定値がゼロなので、基準のカテゴリー(本人の学歴は新制の高卒、父親の学歴は階層2)のグループに比べて生涯未就業者の割合が低い可能性が高いが、α係数がマイナス無限大に収束するとその標準誤差はより速くプラス無限大に収束ので、有意性のテストは有効でない。
 表8の最初の二つのモデルの結果を比べると、(1)雇用者の割合、(2)《就業意欲なし》、(3)《家族の反対》および(4)親の学歴の最も高い階層4の四変数については両モデル共に有意水準5%を達成しており方向も内容的に一致している。(係数のサインが変わる場合が、例えば就業ハザード率が小さくなれば未就業継続年数が大きくなる、という意味において内容的一致を見る場合である。)有意水準は5%から10%と変わるが、旧制女子大卒の影響もほぼ結果は一致している。しかし父親の学歴階層2の影響はモデルHの結果では有意だがモデルTの結果では有意でなくなっており、逆に新制大学卒の影響はモデルHでは有意でないがモデルTでは有意となっている。
 モデルT+Pはこれらの予測変数の就業率についての影響が生涯未就業の確率の違いから来るのか、あるいは就業が起こるまでの未就業継続年数の長さの違いからくるのか、の区別を試みている。このモデルの結果のうち以下のものにはあいまいさが少ない。(1)父親の学歴の上位二階層(階層3および4)の女性の就業ハザード率が階層2に比べて低いのは、彼女達の生涯未就業確率が高いからで(α係数が正で有意)就業時期が遅れるからではない(β係数が有意でない)。(2)旧制女子大卒の女性の就業ハザード率が低いのは彼女達の生涯未就業確率が高いからで(α係数が正で有意)就業時期が遅れるからではない。(3)学業終了時に《就業意欲なし》の女性の就業ハザード率が低いのは、彼女達の就業の時期が遅れるからで(β係数が正で有意)生涯未就業確率が高いからではない(α係数が有意でない)。
 一方、学業終了時に《家族の反対》にあうと就業率が低くなることについてモデルT+Pの結果は、就業の時期が遅れること(β係数が正で有意)と生涯未就業確率が高いこと(α係数が正で10%水準で有意)の双方に関係している、ことを示している。ただし、α係数の有意水準は10%なので、この点は、ややあいまいである。
 雇用者の割合の影響についても結果は一部あいまいである。β計数が負で有意なので、若年層女性の就業者中の雇用者の割合の増加が、表4の分析で見たように学業終了後すぐ就業する者の割合を高めるだけでなく、すぐ就業しない場合でも就業時期を早めることは明らかである。あいまいなのはα係数のほうで、雇用者の割合が多いほど生涯未就業率の低くなることを意味する負の係数は大きいのだが誤差も大きいために有意でない。雇用者の割合は回答者の学業終了年の関数として与えられているが、雇用者の割合の大きい近年の学業終了時ほど、回答者の調査時の年齢が若くセンサーされた観察値となる割合も大きいので、最終的に生涯未就業になるか否かの情報が十分でない。これがモデルT+Pで雇用者の割合の生涯未就業確率への影響が係数が大きいにもかかわらず歴史的傾向は有効にテストできず、有意とならない理由である。したがって、影響が無いと言うより、結論はデータ不十分で未確定というのが妥当である。なお、未確定なのはあくまで学業終了後すぐ就業しない場合という条件付き生涯未就業確率についてであって、雇用者の増加は学業終了後すぐ就業する者の割合を増加させるので、条件なしの生涯未就業確率を減少させることは確定的である。
表4. 学業終了後すぐ就業するか否かについてのロジスティック回帰分析(N=2401)
 最後にモデルT+Pの結果にはいま一つ新たな発見がある。学業終了後すぐ就業しない場合、新制高卒に比べ、新制大卒の女性はその後の就業時期が遅れる(β係数が正で有意)。これはモデルHで新制大卒は就業ハザード率に影響しないとう結果とは矛盾しない。新制大卒の女性の生涯未就業確率の推定値はゼロで有り、これは就業ハザード率を高め、一方未就業継続年数が長いことは就業ハザード率を低める。モデルHの結果がこの二つの背反する効果を分離し得ないため、新制大卒の影響を見いだしえなかったと解釈できるからである。

5.結

 仮説のH1からH7までは女性の初職における雇用者の割合、専門・管理・事務職(ただし管理職は希少で実質的には専門・事務職)の割合、あるいはその両方、の歴史的増加が、学業終了後すぐ就業する者の割合および学業終了後すぐ就業しない場合の就業ハザード率を、直接的および間接的影響を通じて、歴史的に増加させた、と言うことに関する仮説であった。ここで、直接的とは他で説明されない独自の影響を言い、間接的とは学業終了時に就業意欲なしの者の割合および就業について家族の反対にあう者の割合を歴史的に減少させることを通じての影響をいう。これらの仮説は原則的にすべて実証されたが、以下の点でより緻密化された。
 まず第一に、学業終了後すぐ就業する者の割合の歴史的増加および学業終了後すぐ就業しない場合の就業ハザード率の歴史的増加に直接的に影響したのは、雇用者の割合の増加であって、専門・管理・事務職の割合の増加ではなかった、という点である。これは雇用が家族従業や自営と異なり、家族特殊的でない一般的労働需要と結びついているを考えると、十分納得がいく結果である。第二に、学業終了後すぐ就業する者の割合の歴史的増加および学業終了後すぐ就業しない場合の就業ハザード率の歴史的増加に、学業終了時に就業意欲の無い者の割合の歴史的減少および就業について家族の反対にあう者の割合の歴史的減少への影響を通じて、間接的に影響したのは、専門・管理・事務職の割合の増加であって、雇用者の割合の増加ではなかった、という点である。これは、賃金報酬や家庭の束縛からの自由といった雇用一般がもたらす恩恵よりも、「きれいな」職場環境で、一定の社会的地位もあり、また職場を通じて良縁に恵まれる可能性も高いことの恩恵、いわゆる「BG」や「OL」になれること、の方が女性の就業意欲を増し、また家庭での女性に就業についての否定的規範状況を弱め、その結果学業終了後すぐ就業する女性の割合やその後の女性の就業ハザード率を歴史的に高めることに寄与してきた、ことを意味する。
第三の緻密化は、学業終了時に《就業意欲なし》の状態の影響は比較的短期的で、学業終了後すぐ就業する人の割合を減らし、また学業終了後すぐ就業しない場合にその後の就業時期を遅らせるが、学業終了後すぐ就業しないという条件のもとでの、条件付き生涯未就業確率には影響を与えない、という点である。これに比べると学業終了時に《家族の反対》にあう女性は、学業終了後すぐ就業しない場合でも単に就業時期が遅れるだけでなく、条件付き生涯未就業確率も高い傾向が見られる。これは未婚時代に家族の反対のため就業経験が無いと結婚後も一部は終身専業主婦になりやすい、という傾向を示していると思われる。
 仮説H9からH14までは父親の高学歴階層(特に高年齢コーホートにおいて)および旧制の中等あるいは高等教育を受けたことが、コーホートもしくは他の変数で捉えられる時代の趨勢を統制してもなお、学業終了後すぐ就業する者の割合および学業終了後すぐ就業しない場合の就業ハザード率を、直接的および間接的影響を通じて、減少させ、またその構成の歴史的変化(父親が高学歴でかつ高年齢コーホートに属する者および旧制高女卒・旧制女子大卒の者が歴史的減少すること)が学業終了後すぐ就業する者の割合の歴史的増加と、学業終了後すぐ就業しない場合のその後の就業ハザード率の歴史的増加、に寄与した、と言う仮説であった。ここで間接的とは、学業終了時に就業意識のない者の割合および家族の反対にあう者の割合の歴史的減少を通じての影響をいう。これらの仮説は、矛盾する反対の事実こそ発見されなかったが、様々なプロセスのうち、一部のみ成り立ち全部はなりたたず、多くの場合厳密化を要することがわかった。
第一に、父親の学歴階層の影響については、最高学歴階層(旧制高卒以上、新制大卒〉と《家族の反対》との交互作用を除けば、学業終了後すぐ就業する者の割合には影響せず、学業終了後すぐ就業しない場合の就業ハザード率のみを減少させる。しかし、後者の減少は就業時期を遅延させるのでなく、条件付き生涯未就業確率を増加させるので、父親の高学歴二階層、特に最も高い階層、は予測どおり生涯未就業確率が高い。また、父親の最高学歴階層については、学業終了時に《家族の反対》にあう者のすぐ就業する確率が、他の階層と比べてより大きく減少するので、平均的にはさらに生涯未就業確率が高くなる。仮説と異なる点の一つは、父親の学歴とコーホート(もしくは歴史的趨勢を説明する雇用者の割合)との交互作用効果は無い、と言う点である。これは、時代的趨勢の影響がすでに雇用者の割合の効果で捉えられているので、その効果以上に父親の高学歴階層が年齢の高いコーホートで影響を持つことはない、と言うことであり、またこの結果は、父親の高学歴が生涯未就業確率を高くするという影響はそれ自体としては存在するが、生涯未就業の女性の割合の歴史的減少には、あまり寄与しなかったことを意味する。ただし《家族の反対》にあう者の割合は歴史的に減少したので、この変数と父親の高学歴階層の交互作用の影響が衰えた分だけは、学業終了後すぐ就業する者の割合の歴史的増加に寄与したといえる。
 父親の学歴階層について今一つの重要な発見は、それが学業終了時の就業意識や家族の反対の有無に影響を与えないので、その影響は(夫の学歴を通じるという意味の間接約影響は別として)直接的影響のみで、学業終了時の本人の就業意識や家族の規範状況を介しての間接的影響はない、という点である。父親が高学歴の家庭は家族の反対の状況には影響しないが、家族の反対があれば、その影響は高学歴の家庭においてより強い、というのは予測しなかった興味深い発見である。娘の就業に反対する親の家庭を「封建的」、親の意見を強く娘に影響させえる家庭を「権威的」、とかりに呼ぶなら、父親が高学歴の家庭は封建的ではなく権威的である、と言える。
第二に旧制高女卒および旧制女子大卒の影響については、第一段階の学業終了後すぐ就業する者の割合には直接的には影響しない。しかし、旧制高女卒・旧制女子大卒の者は、学業終了時に「働くことなど考えもしなかった」という、就業意識の無い者の割合が高く(学業終了時に《就業意識なし》の状態であると学業終了後すぐ就業する割合が低くなるので)間接的に学業終了時にすぐ就業する者の割合が低くなり、結果として、生涯未就業者の割合は高くなる。さらに、学業終了後すぐ就業しない女性の間で、旧制女子大卒の女性の就業ハザード率は低く、これは就業時期を遅延させるのではなく、条件付き生涯未就業確率を増加させるので、旧制女子大卒はより一層生涯未就業確率が高くなっている。要約すると、旧制高女卒および旧制女子大卒の女性の割合が戦前・戦後を境として減少したことは、間接的に、就業意識の変化を通じて、学業終了後すぐ就業する女性の割合の歴史的増加をもたらし、また旧制女子大卒の女性の減少は学業終了後の条件付き生涯未就業確率をもさらに減少させるので、その結果、旧制高女卒および旧制女子大卒の女性の歴史的減少が生涯未就業の女性の割合の歴史的減少に寄与した、と結論できる。
 最後の一組の対立仮説(H15(a)およびH15(b))は戦後の一人あたり国民所得の増大が学業終了時に経済的必要性から就業する者の割合に影響して、生涯未就業の女性の割合の歴史的減少に対して拮抗作用をなしたのではないか、という可能性についてであったが、学業終了時に経済的必要性から就業する者の割合は歴史的に変化せず、したがって絶対的窮乏ではなく、同時代の他の家庭と比べた相対的剥奪が経済的必要性の意識に影響すると言う仮説を支持する結果となった。この分析では、学業終了時の家族の所得が得られないため、相対的剥奪論についてのより直接的な検定はできなかったが、戦前・戦後を通じて本人の学歴の最下位のレベルの女性達(旧制の尋常小卒・高小卒・新制の中卒)が共に経済的必要性を感じる割合が有意に高いと言う事実は相対的剥奪論と一致している。
 本稿では回顧に基づいた態度・状況変数をライフ・コースの計量的分析に用い、上記の結論はこの信頼性を仮定している。しかし、時点を指定して態度・状況を聞いているとは言え、回顧に基づくものである以上、回答結果がその後の就業の有無や時期の結果に依存してしまう可能性がある。では、こう言った因果関係の逆影響の可能性を考慮すると、主な発見事項にどういった別の解釈が可能であり、それは上記の結論より内容的により妥当な意味をもつであろうか? 主な二例について以下それを吟味したい。《就業意欲なし》の影響についての主な特徴には学業終了後すぐ就業しない場合その後の就業時期を遅らせるが、生涯未就業確率には影響を与えない、ということがあった。これは因果関係の仮定が妥当とすれば、《就業意欲なし》といった心理的状態は永続性が少なく、短期的影響はもたらすが長期的影響はもたらさない、というかなり内容的妥当性があり、かつ興味深い結論が導びかれる。一方就業意欲の有無の回答がその後の就業の有無や時期の結果に依存している、とすると、遅れて就業した者ほど早く就業した者に比べて学業終了当時は就業意欲がなかったと回答しやすい一方、最終的に就業するしないの別は、なぜか学業終了当時の就業意欲の有無の回答に影響を与えない、と言う結論になる。これはあまり妥当性があるとは思えない。また、《家庭の反対》の影響についての主な特徴は父親が最高学歴の階層の場合、より低い階層に比べて、学業終了後すぐ就業する者の割合を減少させる度合いが有意に大きい、ということであった。これは因果関係の仮定が妥当とすれば、父親が最高学歴の階層の家庭では、より下の階層の家庭に比べて、娘の就業について親の意見がより大きな影響力を持つか、あるいは娘が親の意見により従順であるという、これもかなり内容的妥当性があり、かつ興味深い結論が導びかれる。一方家族の反対の有無の回答がその後の就業の有無や時期の結果に依存している、とすると、父親が最高学歴の階層の家庭の娘は、下の階層の家庭の娘に比べて、自分が学業終了後すぐ就業したか否かの別を、学業終了時に親が反対したか否かという別により強く帰順させやすい(つまり自分の行動をより親の意見や態度のせいにしがちだ)と言う結論になる。この解釈も、あまり妥当性があるとは思えない。この二例に見られるように、因果の方向について技術的にはどちらが正しいと決めることは不可能であるが、回答者の回顧に信頼がおけるとした場合の結果の解釈のほうが内容的にはるかに妥当性があると思われる。本稿では特に、《就業意欲なし》、《家族の反対》、《就業意識なし》の三変数が、生涯未就業の女性の歴史的減少に、独立および媒介変数として、それぞれ独自の役割を果たすことを示した。心理に対する回顧データの信頼性の欠如の可能性は完全には払拭できないが、ライフ・コースの計量的研究に「社会心理を呼び戻す」ことの重要性を十分示しえた、と言えるのではないだろうか。


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第3章 続き行く職歴中断:結婚、出産・育児による利転職率の歴史的変化とその決定要因について

 続き行く職歴中断:結婚、出産・育児による離・転職率の歴史的変化とその決定要因について(注1)

(注1) 本研究が可能になったのは、ここで分析に用いている1983年職業移動と経歴調査のデータを提供してくださった日本労働研究機構の御好意、特に今田幸子・平田周一両研究員の御尽力、によるものである。ここに記して深く感謝する。

1.序

 我が国において結婚あるいは出産・育児を理由とする(以後「結婚や出産・育児による」と言う)女性の離職・転職率が近年まで歴史的に増加してきたことを示し、その原因は何か、かつ、このような離職・転職(以後離・転職と呼ぶ)が起こった時、それが転職でなく離職となる割合も歴史的に増加してきたことを示し、その原因は何か、この二点を明らかにするのが本稿の主たる目的である。また、これらの離・転職率及び離職対転職の比の決定要因一般についてもあわせて考察する。
 図1は国勢調査(総務庁統計局、1990、129ページ)の結果に基づき、我が国において女性の年齢別労働力参加率を1940、1955、1965、1975、1985の各年について表示したものである。
図1 女性の労働力参加率
 図1に見られるように我が国の女性の年齢別労働力参加率はM字型の形を示している(今田・平田、1989)。今このM字型の20-24歳区分から25-29歳区分への変化を示す第二線分(ただし1940年結果は15-19歳人口の労働力参加率が高いので第一線分がないが)に着目すると、この第二線分の右下がりの負の傾きが(1965年から1975年への変化はわずかであるが)1975年までは年々急勾配になって来ていることがわかる。この図は一時点における多コーホート間比較を通じて労働力参加率の年齢グループ間の差を見たもので、一コーホートの多時点間比較を通じて年齢による労働力参加率の変化を見たものではないが、この年々急勾配になる負の傾きは結婚や出産・育児による離職率が歴史的に増大し、それによってM字型の凹みがより顕著になってきたことを示唆している。また図1は1985年には、20-24歳区分から25-29歳区分への労働力参加率の減少の傾きがゆるやかになり、25-29歳区分の離職傾向が弱まりを見せ、それまでの歴史的傾向とは逆の傾向を示している。
 戦後においてM字型の凹みが段々顕著になるといった歴史的傾向は同時期の米国における女性の労働力参加率とはまさに逆の傾向である。米国では1950年代、1960年代においては明確なM字型をしていたが、その後しだいに凹みが減って、1987年前後には凹みのない台形型になるに至っている(Taeuber 1991、図B1-8)。
 以下の分析には1983年に25歳から69歳までの女性を対象として行われた1983年職業移動と経歴調査(後述参照)のデータを用いており、転職を、調査における職歴に関する質問に対し、回答者がある職業を変わった時、無職あるいは(専業)学生という従業上の地位の期間がなく、同年齢で他の職業が引き続き始まる場合、と定義している。ただし企業内異動による職業の変化は転職としない。これに対して離職とは、回答者がある職業をはなれた時、引き続き無職あるいは学生という従業上の地位の期間が明示されているか、あるいは次の職業の始まる年齢が前職を去った年齢より一歳以上大きい場合、と定義している。図1のM字型の凹みが転職を含まず離職のみに依存しているので、本研究は結婚や出産・育児による離職率の歴史的変化に焦点をあて、離職の決定要因について次の二段階の分析を行う。第一段階は、結婚や出産・育児による離職と転職を共に含む、離・転職のハザード率の決定要因の分析である。第二段階は、離・転職が起こった時の、離職となる確率対転職となる確率の比(以後離職対転職の比と言う)の決定要因の分析である。この二段階の分析は、女性が、当時のあるいは近い将来の、家庭での妻あるいは母親としての役割と仕事が両立し難いと考える時、その仕事を継続するか否かをまず決め、継続しない場合、離職して無職になるか家庭の役割と両立できる別の職業に転職するかを次に決める、という仮定をしている。
 表1はこの調査データに基づいて女性の就業経験者中結婚や出産・育児による離・転職をしたことのある者の割合を出生コーホート別に提示しており、就業経験者中約3分の2にあたる64.5%の女性がこれらの理由による離・転職経験者であり、また若年コーホートほど一般に割合が高くなることを示している。この割合は各人の従業年数を考慮していないので離・転職率を表すものではないが、後に結婚や出産・育児による離・転職率について若年コーホートほど高いことを確認し、この離・転職率の歴史的増加の原因を解明する。また、表1の結果は1983年に25-29歳の最若年コーホートで離・転職経験者の割合が低いことを示している。このコーホートは、より高齢のコーホートに比べ、未婚の女性や出産経験のない女性をより高い割合で含んでおり、5年後には結婚や出産を経験する女性の割合が増えるので、離・転職経験者の割合が現在の30-34歳のコーホートのそれを上回ることが可能であるが、一方図1で見たように、1985年国勢調査の結果は当時25-29歳のコーホートが離職せず従業を継続する傾向が以前より増したことを示しているので、表1に見られる1983年に25-29歳のコーホートの特徴は、この新傾向を反映している可能性もある。後にコーホート間の年齢分布の違いの影響を統制して、この1983年の最若年のコーホートの特徴が後者の解釈、即ち結婚や出産・育児による離・転職率が減少したことから来ることを確認しその原因の解明を試みる。
表1 結婚や出産・育児による離転職に関連する出生コーホート別の4種の割合 1983年に25-69歳の女性就業経験者(N=2311) および結婚や出産・育児による離・転職経験者(N=1491)
 また表1は、結婚や出産・育児による離・転職(ただし二度以上あれば一度目、以下同じ)の経験者のうち多数(73.4%)は転職でなく離職を選択し、またその割合は若年コーホートほど高く、離職の割合が歴史的に増加してきたことを示している。この歴史的変化の決定要因も明らかにする。表1は関連する他の二つの歴史的変化を提示している。一つは結婚や出産・育児による離・転職者のうち大多数(83%)は出産・育児でなく結婚を離職・転職の理由としてあげているが、結婚を理由とする女性の相対的割合は若年コーホートほど低く、歴史的に減少してきたことである。後に結婚や出産・育児による離・転職の多様化の傾向についてさらに記述する。
 さらに表1は初婚時もしくはそれより後に(以後初婚以後と言う)初職に就いた者の割合が確実に減少してきたことを示している。この歴史的傾向は、初婚以後初職についた者は結婚や出産・育児による離・転職率が低くなることから、結婚や出産・育児による離・転職率の歴史的増加に貢献する。関連する理論的根拠と仮説については後述する。
 ライフ・イヴェントの時間的順序、例えばここでは初婚と初職の順序、がその後の生活歴に大きく影響を及ぼす、というのは近年のライフ・コース研究の中心テーマの一つである。しかし、初婚と初職の順序の歴史的変化は、結婚や出産・育児による離・転職率の歴史的変化の決定要因として独立な外生変数ではなく、むしろ仲介的役割を果たす内生変数であり、その歴史的変化自体が説明を要する。初婚以後初職に就く女性の割合の歴史的減少に大きな相関を持っている変数は学業終了後すぐ就業する女性の割合の歴史的増加である。また後者の歴史的増加は、別稿で示したように(山口、1996)、女性の初職における雇用者(家族従業者・自営業主に対して)の割合の歴史的増加と大きく相関している。本研究では、結婚や出産・育児による離・転職率の歴史的変化の決定要因を分析するにあたって、この歴史的変化を産み出すにいたる要因の因果的連鎖をも同時に明らかにする。
2.データ・変数・仮説
 データと変数
 分析には1983年に雇用職業総合研究所(現在の日本労働研究機構)の行った職業移動と経歴調査のデータを用いる。この調査は、1983年に年齢25-69歳の2,490人の女性を全国からサンプルし、うち2,312人の就業経験者には、回顧に基づき、初職から現職までのそれぞれにつき、従事期間(何歳から何歳まで)、従業上の地位、職業、会社の雇用者数、等の情報を取り、特に異動・離職・転職の理由については企業内異動のため、結婚のため、出産・育児のため、等全部で14項目の別の情報を得ている。初職就業後の非従業期間についても何歳から何歳までかおよび無職か学生かの別、を調べている。また職歴とは別に、すべての調査対象者から学業終了年齢、初婚年齢、離婚・死別よび再婚についてその有無と年齢を調べており、学業終了時、結願時と、時点を特定化して、回答者の就業や従業の継続についての回答者本人や家族の態度・状況についての情報も得ている。
 本研究の主な分析の従属変数は結婚や出産・育児による離・転職(以後本節ではイヴェントと言う)のハザード率である。この分析には学業終了後イヴェントあるいは以下で定義するセンサーリングがおこる以前のすべての従業期間がイヴェントの起こりうるリスク期間として分析に利用されている。ただし41歳以上でイヴェントが起こったケースが標本中皆無なのでリスク期間は41歳未満の従業期間とし、またこの結果2,312人の就業経験者中、初職就業年齢が41歳以上の60標本は事実上分析から除外されている。ここでセンサーリングとはリスク期間の最終観察時でイヴェントが起こっていない状態を言い、次の三種の異なるタイプを含む:(1)調査時でリスク期間の観察が打ち切られる場合、(2)結婚や出産・育児以外の理由で離職しその後再就業がない場合、(3)イヴェントがないまま従業期間が41歳に到達する場合。リスク期間を学業終了以後に限ったのはいくつかの予測変数が学業終了時の状況に関するからで、このため学業終了前に就業経験を持つ60標本については学業終了前の職歴は学業終了時の変数の初期値の決定にのみ用いられた(注2)。また前述の41歳以上の初職就業者60人の外に、31人については、学業終了年齢、初職年齢、もしくは初婚年齢が不明で分析の基本となる変数が定義できないため分析から除外した。したがって結婚や出産・育児による離・転職率の分析は残りの2,221標本に基づいている。
 個々の職業の従業時期については開始と終了の時期を年齢で調べているので、リスク期間中の従事期間の長さについて、次のルールを用いて計算した。(1)前の年齢から継続している職業が、ある年齢を経て次の年齢まで継続した場合はその年齢の従事期間を12ヶ月とした。(2)新しい職業がある年齢で始まり次の年齢まで継続した場合、および前の年齢から継続している職業がある年齢でイヴェントもしくはセンサーリングにより終了した場合、ともにその年齢の従事期間を6か月とした。(3)新しい職業がある年齢で始まり同年齢でイヴェントもしくはセンサーリングにより終了した場合はその年齢の従事期間を4ヶ月とした(注3)。結婚や出産・育児による離・転職ハザード率の予測変数には(1)リスク期間中時間に依存しない変数、(2)職業によって変化するが、同じ職業の従事期間中は時間に依存しない変数、(3)職業の変化とは独立に時間に依存して状態の変わる変数、の三種がある。
 リスク期間中時間に依存しない変数としては(1)調査時の年齢に基づく出生コーホート(線形効果の変数および1983年に25-29歳のコーホートのダミー変数)、(2)初職が初婚以後に起こったか否かを表わす初婚・初職の順序(ダミー変数)、(3)学歴(7カテゴリー)、(4)義務教育終了時の居住地(6カテゴリー)、(5)学業終了時の就業意欲が高いか否か(ダミー変数)、(6)学業終了時に就業についての経済的必要性の有無(ダミー変数)を用いる。また、職業に依存する変数としては(7)従業上の地位(5カテゴリー)、(8)職業(6カテゴリー)、(9)会社の雇用者数(6カテゴリー)、(10)前職の数(ただし企業内異動を除く)、(11)通勤時間(5カテゴリー)を用いる。なおこれらの変数(1)~(11)については後述の表2およびその脚注を参照のこと。
表2 従属変数、リスク期間中時間に依存しない予測変数と職業のみに依存する予測変数の記述統計結果。1983年25-29歳で初職が41歳未満の女性N=2221
 時間に依存する変数としては(12)(各時点での)年齢の区分(11カテゴリー)、(13)(各時点での)現職の継続年数(一次式および二次式の効果の二変数、ただし企業内異動は継続とみなす)、(14)(各時点での)初婚年齢への近接度(6カテゴリー)、(15)、(16)および(17)就業の継続について、初婚時の本人および家族の態度についての三つのダミー変数(詳細は後述)(これは初婚以後のすべてのリスク期間に適用される)、(18)初婚時の夫の従業上の地位および職業(7カテゴリー)(これは初婚継続期間中に適用される(注4))を用いる。
 表2は時間に依存しない変数と職業のみに依存する変数についての記述統計結果である。ただし、後者については初職についての結果である。
表3 出生コーホート別の初職の従業上の地位、初職の職業 1983年に25~69歳の女性就業経験者

 H1:自営・家従・内職従事者は雇用者に比べて、結婚や出産・育児による離・転職ハザード率が低い。

 H2:結婚や出産・育児による離・転職のリスク期間中、自営・家従・内職に従事する女性の割合が歴史的に減少し、雇用に従事する女性の割合が歴史的に増加したこと、が結婚や出産・育児による離・転職ハザード率の歴史的増加を一部説明する。

 以下の分析では、影響をもたらしたのは従業上の地位の分布の歴史的変化であって、職業の分布の歴史的変化は、後述する従業上の地位との重複効果を別として、独自の影響は少なかったことをあわせて確認する。
 結婚や出産・育児による離・転職率の歴史的変化の原因の今一つの要因は、女性の従業年齢の分布と結婚や出産年齢の分布の重複度が歴史的に大きくなったことである。一般的に、従業年齢の分布と結婚・出産年齢の分布の重複度が大きいほど、妻または母としての家庭の役割と仕事の役割が両立できない時期を持つ者の割合が多くなり、その結果結婚や出産・育児による離・転職率が増加する。特に初婚以後初職に就く者は次の三つの理由により結婚や出産・育児による離・転職のリスクが低くなる。(1)大多数の女性が出産・育児でなく結婚を理由として離・転職をするので、初婚以後初職に就けば、従業期間がすでに離・転職の高いリスクの期間を過ぎてしまっている。(2)初婚以後初職に就く者の中にはすでに出産・育児期間を過ぎてから初職に就く者も含まれている。(3)初婚以後初職に就く者の多くは既存の家庭の役割と両立しやすい仕事を選択できる。このことから以下の仮説が導かれる。
 H3:初婚以後初職に就く女性は、初職が先の女性に比べて、結婚や出産・育児による離・転職ハザード率が低い。
 H4:初婚以後初職に就く女性の割合が歴史的に減少したことは、結婚や出産・育児による離・転職ハザード率の歴史的増加を一部説明する。
 初婚と初職の順序の影響以上に、より一般的に従業年齢と結婚・出産年齢の分布の重複度の大きさは結婚や出産・育児による離・転職のリスクを高めるはずである。また、この重複度の歴史的増加は結婚や出産・育児による離・転職率の歴史的増加を一部説明するはずである。これらの、仮説H3およびH4より、より一般化された仮説については後述する「初婚年齢への近接度」を統制するモデルとしないモデルの結果の比較を通じて、さらに検討する。また以上の仮説H1~H4はいわば基本仮説であって、以下の分析は単のこれらを実証することのみではなく、その結果の内容を厳密化、特定化し、またその意味をさらに深く掘り下げることを目的としている。

(注2) この60人のうち学業終了前に一人もイヴェント経験者がいなかったので、学業終了以後の従業期間はすべて分析に用いられた。なお、職業の継続期間と前職の数は学業終了前の職歴データをリスク期間の初期値の計算に組み入れた。この処理により、学業終了前の職歴が「左センサー」されても、パラメーターの推定にバイアスは生じない(Yamaguchi 1991;Guo 1993)。
(注3) 4か月は同年令内での職の開始時と終了時についての分布のある仮定のもとでの推定期間の近似値となる(Yamaguchi、1991)。なお、この値は同年令内で開始し終了する職が二つ以上あれば不適当であるが、標本中該当するケースはなかった。
(注4) 調査が調査時現在の夫のデータのみ調べているので、離婚・死別があれば再婚していても、変数(18)のカテゴリーは「不明」となる。

3.分析モデル
3.分析モデル
3.分析モデル(続き)

4.分析結果

結婚や出産・育児による離・転職率の歴史的変化の主な決定要因について
 表4および表5は本研究の主な分析結果を提示している。以後の追加分析はこの結果をさらに一層緻密化するか、もしくはその結果の内容的意味をより明らかにすることを意図している。表4は結婚や出産・育児による離・転職ハザード率について、六つの等比ハザーズモデル(R1~R6)の結果を提示している。
表4 結婚や出産・育児による離・転職率:1983年に25-69歳で初職が41歳未満の女性
表5 離職対転職のロジスティック回帰分析結果:1983年に25-69歳で結婚や出産・育児による離・転職経験者(N=1469:離職数=1076転職数=393)
 モデルR1は分析モデルの節で説明した年齢と職業の継続年数の二次元の基底ハーザード関数に関する変数の他に、出生コーホートの影響を表す変数として、二変数を用いている。一つは、歴史的傾向をとらえるための変数で、これには調査時の年齢(-25)を用いている。以下リスク期間中の各時点での年齢の影響との混同をさけるため、この変数の影響を線形コーホート効果、と呼ぶ。今一つは、表1の結果で見た1983年に25-29歳のコーホートがそれまでの歴史的傾向と逆の傾向を示している可能性をテストするための変数で、これには1983年に25-29歳のコーホートを他のすべてのコーホートと区別するためのダミー変数を用いている。この変数の影響を以下ダミー・コーホート効果と呼ぶ。
表1 結婚や出産・育児による離転職に関連する出生コーホート別の4種の割合 1983年に25-69歳の女性就業経験者(N=2311) および結婚や出産・育児による離・転職経験者(N=1491)
 モデルR1の結果は結婚や出産・育児による離・転職ハザード率(以下離・転職率と言う)は年齢の関数として「逆U字型」をしており、23-24歳で頂点に達すること、また職業の継続年数の関数としても逆U字型で、ほぼ5年目に頂点に達することを示している。線形コーホート効果は負で有意であり調査時に年齢の高いコーホートほど離・転職率が小さいこと、即ち離・転職率は歴史的に増加してきたことを示している。ダミー・コーホート効果も負で有意であり、それまでの歴史的傾向と異なって1983年に25-29歳の最若年コーホートでは離・転職率は逆に減少したことを示している。従って、表1で見たこのコーホートでの結婚や出産・育児による離・転職経験者の割合の減少傾向は、単に観察期間の短いことから来るのではなく、年齢および職業の継続年数の影響を統制しても、離・転職率が有意に低いことから来ることが確認された。
 モデルR2~R5は離・転職率の歴史的増大を示す線形コーホート効果が、(1〉従業上の地位の分布の歴史的変化と(2)初婚と初職の順序の歴史的変化により説明されると言う仮説について、関連する個人の特性を統制することによりいかに変化するかを見ることを目的としている。モデルR2は従業上の地位5区分の影響を計る4個のダミー変数のセットと自営・家従・内職対雇用の従業上の地位の二区分と(線形の)年齢との交互作用効果を計る変数をモデルR1に加えている(注5)。モデルR3は初婚から初職への順序(対反対の順序)の影響を計るダミー変数をモデル1に加えている。モデルR4は年齢との交互作用を含む従業上の地位の変数と初婚と初職の順序のダミー変数を共にモデルR1に加えている。モデル5はモデル4にさらに自営・家従・内職対雇用の対比と初婚と初職の順序の交互作用効果の影響を計るダミー変数を加えている。
 モデルR2の結果を見ると、常雇と比べ、自営業主、家族従業者、内職従事者はすべて有意に低い離・転職率を持ち、パート・臨時の雇用者は有意に高い離・転職率を持つことがわかる。また自営・家従・内職対雇用の対比と年齢との負の交互作用効果は、(常雇および臨時・パートの)雇用者が自営・家従・内職従事者に比べて(離・転職率の2グルーブ間の比で見て)より大きい離・転職率を持つ傾向は高い年齢においてより顕著になることを示している。また、個人の従業上の地位を統制すると、線形コーホート効果は依然有意ではあるが、モデルR1の-.0157からモデルR2の-.0083へと、影響の強さが大きく減少する。これらの結果は、仮説H1(自営・家従・内職従事者は雇用者より離・転職率が低い)およびH2(雇用者の割合の歴史的増加が離・転職率の歴史的増加を一部説明する)が共に実証されたことを示す。
 モデルR3の結果を見ると、初婚以後初職についた者は、初職が先の者に比べて、有意に離・転職率が低いことがわかる。また、個人の初婚と初職の順序を統制すると、線形コーホート効果は依然有意ではあるが、モデルR1の-.0157からモデルR3の-.0093へと、影響の強さが大きく減少する。これらの結果は、仮説H3(初婚以後初職へ就く者は初職が先の者に比べて離・転職率が低い)およびH4(初婚以後初職に就く者の割合の歴史的減少が離・転職率の歴史的増加を一部説明する)が共に実証されたことを示す。
 モデルR4の結果を見ると、従業上の地位と初婚と初職の順序を同時に統制すると、線形コーホート効果はさらに弱まり10%水準で有意を保つが5%水準ではもはや有意でなくなること、また従業上の地位と初婚と初職の順序の各々の独自の効果が、依然共に有意ではあるが、他方を統制しない場合(モデルR2とR3の結果)と比べて小さくなること,を示している。後者の結果は、二変数の重複効果の大きいことを暗示するが、これについては後述する。
 モデルR5の結果を見ると、自営・家従・内職従事者対雇用者の対比と初婚と初職の順序の間には強い負の交互作用効果があり、自営・家従・内職従事者でありかつ初婚以後初職に就く者は、離・転職率を低くする自営・家従・内職従事者の効果と初婚以後初職に就くことの効果を加えたよりさらに一層離・転職率が低くなることを示している。
 表4のモデルR6はモデルR5にさらに職業の影響を計る変数を加えたものである。モデルR6の結果については、以下の四点が着目に値する。第一に、自営と家従の負の回帰係数がモデルR5に比べてモデルR6では(絶対値が)大きくなり、また農林漁業職の独自の効果は正で有意である。我が国では、農林漁業職での雇用は希少であり(この調査では雇用は農林漁業初職のうち2.5%)、従業上の地位を統制した時、農林漁業職(以後「農」と言う)の独自の効果は事実上自営・家従の非農林漁業職(以後「非農」と言う)の者との差を表す効果となる。したがって「農」の効果が正であることは、自営や家従は雇用に比べて離・転職率を低くするが、この傾向は「農」より「非農」の自営・家従においてより顕著であることを示す。例えばモデルR6の結果によると、「非農」の家従であれば常雇に比べて離・転職率が0.38[exp(-.961)]倍と非常に小さくなるが、「農」の家従でれば0.74[exp(-.961+.659)]倍とそれほどではない。第二に、作業職は事務職に比べて離・転職率が(10%水準で)有意に低く、専門職はさらに(1%水準で)有意に低い。第三に、初婚と初職の順序の影響は職業を統制することによってほとんど影響を受けない。第四に、従業上の地位の影響を統制すると、職業の分布の歴史的変化は線形コーホート効果で計られる離・転職率の歴史的変化にはほとんど独自の影響を及ぼさない。より厳密に言うと独自の影響のうち、「非農」のうち高齢コーホートで比較的多数であった作業職に比べ、事務職の割合の増加は離・転職率の歴史的増加に貢献したが、専門職の割合の増加は離・転職率の歴史的減少に貢献しており相互に相殺効果があったと言える。このように独自の影響に関する限り、職業の歴史的変化は正味離・転職率の増加にも減少にも貢献しなかった。しかし「農」の歴史的減少の影響と自営・家従の歴史的減少の影響との重複効果については別で、これについては後述する。
 離・転職率の歴史的増大を示す線形コーホート効果が、従業上の地位の歴史的変化と初婚と初職の順序の歴史的変化の二要因によってどの程度説明されるかを数量的に示すために、図2では、離・転職率の違いを説明するカイ二乗値を次の成分に分解した結果を提示した:(1)線形コーホート、従業上の地位、および、初婚と初職の順序、のそれぞれの独自の効果を表す三成分、(2)これら三変数の効果の二つの変数だけの重複効果として表される三成分、および(3)三変数すべての重複効果として表される一成分。またさらに従業上の地位と初婚と初職の順序の交互作用効果についても、線形コーホート効果と重複する成分としない成分に分解した。この分解は表4のモデルR1~R5のカイ二乗値とこれらの五つのモデルから線形コーホート効果の変数を除いた五つの追加モデルのカイ二乗値から計算される(注6)。図2はこのカイ二乗値の成分への分解の結果を示し、またその脚注に計算の基になった10のモデルのカイ二乗値を提示している。
図2 カイ自乗値の分解
表4 結婚や出産・育児による離・転職率:1983年に25-69歳で初職が41歳未満の女性
 図2によると、線形コーホート効果で説明される合計29.92のカイ二乗値のうち、21.0%(=6.27/29.92)は従業上の地位の独自の効果として、12.7%(=3.79/29.92)は初婚と初職の順序の独自の効果として、最大の53.6%(=16.03/29.92)は従業上の地位と初婚と初職の順序の重複効果として、1.9%(=0.26/29.92)は従業上の地位と初婚と初職の順序の交互作用の効果として、それぞれ説明でき、残りの11.9%(=3.57/29.92)が線形コーホート効果のうちこれらの二変数では説明できない部分の割合となることを示している。したがって、結婚や出産・育児による離・転職率の歴史的増加は、
(1)雇用者が自営・家従・内職従事者に比べて高い離・転職率を持ち、リスク期間中に雇用者である女性の割合が歴史的に増加したこと、(2)初婚以後初職に就く者は初職が先の者に比べて低い離・転職率を持ち、前者の割合が歴史的に減少したこと、の二要因で大部分が説明できることが判明した。
 説明要因にさらに職業を加えてカイ二乗値を同様に分解し、線形コーホート効果によって説明される部分への貢献を上記の分析を同じように見ることができる。関連する図を省き結果のみ記述すると、従業上の地位を統制した職業の独自の効果は初婚と初職の順序との重複の有無にかかわらず、線形コーホート効果をほとんど説明しない。線形コーホート効果のうち上記で従業上の地位の効果として独自にまたは初婚と初職の順序との重複効果として説明できるとした74.6%(=21.0%+53.6%)については、このうち約3/4にあたる54.6%は職業の効果とも重複しており、残りの20.0%は職業によっては説明されない部分となる。職業と従業上の地位の重複効果は農林漁業職従事者が初職で97%以上自営・家従である(ただし逆は真でなく初職では自営・家従の約2/3が農林漁業職を持つ)ことから来るので、この結果は、離・転職率の歴史的増加が(初婚と初職の順序との重複効果も含めて)自営・家従・内職従事者の歴史的減少の結果として説明できる74.6%のうち、その約3/4は「農」の自営・家従の歴史的減少、約1/4は「非農」の自営・家従・内職の歴史的減少、の結果として説明できること、を意味する。表4のモデルR6の結果で見たように、「非農」の自営・家従の方が「農」の自営・家従より離・転職率の雇用者との差が大きいのに貢献度が低いのは、「農」の方が「非農」より割合が大きくかつ歴史的減少の傾向がより顕著なためである。
 このように表4のモデルR1~R6の結果は離・転職率の歴史離増加傾向を示す線形コーホート効果については十分説明しているが、最若年コーホートで離・転職率がそれまでの傾向とは逆に有意に減少したことを示すダミー・コーホート効果については、従業上の地位、初婚と初職の順序、および職業の歴史的変化ではほとんど説明できないことを示している。この最近の傾向の決定要因については、後で引き続き分析する。

(注5) 交互作用効果について線形の年令でなく、基底ハザード関数に用いた年令についてダミー変数のセットを用いる場合もテストしたが、線形の年令の方が(情報を有意に失わず)より簡潔であることがわかった。
(注6) この分解はどの変数も他の変数の「抑制変数(suppressor variable)」でない時に有用である。もし抑制変数があると、これを統制すると他のある変数の説明力が増すので抑制変数とその変数の重複効果に対応するカイ二乗値が負になり、解釈が複雑になる。この問題はここの分解では生じていない。

離・転職が起こった時の離職対転職の比の歴史的増大の決定要因について
 表5は本研究の今一つの主な分析結果である結婚や出産・育児による離・転職が起こった時の離職対転職の比(以後離職対転職の比と言う)の決定要因について、表4の分析で用いられた標本中、離・転職のあった1,469の標本に対して、六つのロジスティック回帰分析(L1~L6)を応用した結果を提示している。表4の等比ハザーズモデルのR1~R4と対応して表5のモデルL1~L4は従業上の地位と初婚と初職の順序の変数について、どちらも含まない場合(L1)、従業上の地位のみ含む場合(L2),初婚と初職の順序のみ含む場合(L3)、両方含む場合(L4)の結果を示している。ただし、従業上の地位と年齢の交互作用効果は有意でないので、その変数は含まれていない。また、従業上の地位と初婚と初職の順序の交互作用効果も有意でないので、R5に対応するモデルは表5では省かれ、表5のモデルL5は表4のモデルR6に対応する職業の効果をつけ加えたモデルであり、モデルL6はモデルL5を簡潔化したものである。またコーホートの影響については、離職対転職の比に最若年コーホート特有の影響はないので、線形コーホート効果の変数のみ用いている。
表5 離職対転職のロジスティック回帰分析結果:1983年に25-69歳で結婚や出産・育児による離・転職経験者(N=1469:離職数=1076転職数=393)
 モデルL1で線形コーホート効果が負で有意であることは、離・転職時の年齢および職業の継続年数を統制して、調査時に年齢の高いコーホートほど離職対転職の比が低いこと、即ち転職ではなく離職する傾向が歴史的に増加して来たことを示す。この傾向は、先に見た離・転職率の歴史的増加傾向にさらに上乗せして、年齢別労働力参加率のM字型の第二線分の負の勾配が時代と共により急に、したがってM字型の凹みがより顕著に、なったことに貢献している。モデルL3の結果を見ると、初婚以後初職に就く者は初職が先の者より離職でなく転職を選ぶ有意な傾向があるが、初婚と初職の順序の統制は線形コーホート効果にほとんど影響を与えない。一方モデルL2とL4の結果は、家従は他の従業上の地位の者より離職でなく転職を選ぶ傾向が有意に大きく、また従業上の地位を統制すると、線形コーホート効果が大きく減少して有意でなくなることを示している。しかし、モデルL5でさらに職業を加えると、家従の影響は消えて有意でなくなり、家従の割合の高い農林漁業職が強く離職より転職を選択することから来る見かけ上の結果であったことが解かる。未婚時に「非農」の家従が雇用者に比べ結婚時に離・転職する時、離職より転職をより選ぶ有意な傾向はない。(ただし自営の夫を持つ場合は別で、この効果については後述する。)モデルL6は、従業上の地位の変数を省いてもモデルの説明力は全く損なわれないことを示している。モデルL6の結果は、農林漁業職、専門職、および作業職(とくに農林漁業職)が事務職に比べ、離職より転職を選ぶ傾向が有意に大きいことを示している。しかし、離職対転職の比の歴史的増加についてはほぼ完全に農林漁業職の減少の結果として説明できる。表5では報告していないが職業について6カテゴリーの代わりに「農」と「非農」の二区分のダミー変数を用いても、線形コーホート効果が減少して有意を失い、さらに前節で用いたカイ二乗値の分解を用いると、線形コーホート効果の実に95%以上が「農」と「非農」の区分を統制することによって説明できることが判明する。後述するように農林漁業者を含め、家従の転職は初婚時に集中する傾向があるので、この結果は未婚時に農林漁業職に就く者の減少が離・転職が起こった時、それが転職でなく離職となる傾向が歴史的に増加したことを説明する、と解釈できる。

従業上の地位と初婚と初職の順序の重複効果の理論的解釈について
 離・転職率の決定要因についていくつかの重複効果が見られた。従業上の地位と職業の重複効果については、共に従業についての特徴であり、因果的にどちらがどちらの変数に影響を与えるとは言えないが、仮説の説明で議論したように、離・転職率に影響を与える上で理論的に重要なのは従業上の地位であり「農」と「非農」の区別ではない。また実際「非農」の自営・家従は「農」のそれよりさらに離・転職率が低いので、より一般的な自営・家従の地位の歴史的減少の影響の主な成分として、農林漁業職の減少の影響がある、と重複効果の内容を解釈して良いと思われる。では、従業上の地位と初婚と初職の順序の重複効果はどう解釈すべきであろうか。図2の分析では離・転職率の歴史的増加を説明する成分のうち、この重複効果が最大であることを示した。個人の従業上の地位はその個人にとって初婚が初職より以前に起こるか否かの決定以後(同時決定を含む)に定まるが、このことから直ちに重複効果が、初婚が初職に先立つことが初職の従業上の地位に影響して間接的に離・転職率に影響する効果を表す、と結論するのは不十分である。相関のある二変数が個人レベルにおいて一方が他方に先行して決まることが社会においてその二変数が相関を持つことの因果関係のすべてを説明はしないからである。以下、この議論の意味を補足分析を通じて明らかにする。
 表6は表4において分析の対象となった2,221の標本に対して、初婚以後初職に就いたか否かの別について、三つのロジスティック回帰分析モデルを応用した結果について提示している(注7)。この分析について留意すべきことは、初婚と初職のそれぞれの時期が他方との順序に与える影響の因果的意味について、例えば初職が遅れたので初婚が先になったのか、あるいは早く結婚したので初婚が先になったのか、には関与していない、と言う点である。ここでは、初婚および初職の両方に対してほぼ完全に先行する決定変数について、具体的には学業終了時、あるいはそれに近い時期、までに値の確定した変数について、それらが初婚と初職の順序についてどう影響を与えるかを調べることを意図している。
表6 初婚以後の初職就業対初職が先のロジスティック回帰分析結果:1983年に25-69才で初職が41才未満の女性N=2221
 表6のモデル1では、個人の特徴として出生コーホート(線形効果について)、本人の学歴、父親の学歴、義務教育終了時の居住地、および回顧に基づき学業終了時に就業に関して経済的必要性があったか否かの別、および「働きたい」という就業意欲が高かったか否かの別、という状況を表すダミー変数(これらの二変数の定義については表2の脚注3を参照のこと)を用いている。これらの変数に加え、モデル1は「雇用者の割合」と名づけられた変数を用いている。この変数は初めに五年区分別にその区分内に学業を終了しかつ25歳未満で初職についた女性のうちの雇用の割合を計算し、ついで各個人に対し学業終了年がどの五年区分に属するかに基づいて与えられたものである。五年区分ごとの雇用者の割合と推定に用いられた標本数は表6の脚注1で示している。ここではこのマクロ変数はほぼアンシラリー変数、即ち各個人の結果の全体での割合に対する影響は無視できるほど小さいので各個人に対しては外生的独立変数と見なせる変数、であると仮定しており、調査回答者が学業終了時に予期する初職について、その主な特徴の一つの歴史的変化の影響をとらえるため用いている。
表2 従属変数、リスク期間中時間に依存しない予測変数と職業のみに依存する予測変数の記述統計結果。1983年25-29歳で初職が41歳未満の女性N=2221
 表6のモデル1の結果によると、出生コーホートと「雇用者の割合」を両方モデルに含むと、表1で見た出生コーホートの影響は有意でなくなり「雇用者の割合」の影響の負の効果は10%水準で有意になることを示している。モデル2はモデル1から出生コーホートの変数を除いたもので、すると「雇用者の割合」の負の効果は0.1%水準で有意となる。この結果は出生コーホートと「雇用者の割合」の相関が高いために(r=0.91)共に統制するとそれぞれの独自の効果が弱まることから来る。しかし、モデル1の結果は出生コーホートの影響と言うよりは、「雇用者の割合」の影響、即ち女性が初職に自営・家従・内職でなく雇用を予期する歴史的状況が進むにつれ、初婚以後初職に就く者の割合は減少した、と言う解釈の方が妥当性を持っていることを示している。
表1 結婚や出産・育児による離転職に関連する出生コーホート別の4種の割合 1983年に25-69歳の女性就業経験者(N=2311) および結婚や出産・育児による離・転職経験者(N=1491)
 他の変数の影響についてモデル1及び2の結果を見ると、本人の学歴、父親の学歴、居住地は有意な影響がないが、学業終了時に就業について経済的必要性を感じたり就業意欲の高かった者はそうでなかった者に比べ初婚以後初職に就く割合が有意に低くなっている。
 モデル3はモデル2に重要な媒介変数である学業終了後すぐ(初職就業年齢と学業終了年齢の差が0か1)就業したか否かのダミー変数を加えたモデルである。このモデルの結果は就業と学業終了の間隔の短いことが初婚が先になる確率を有意にしかも著しく低めるばかりでなく、他の変数の独自の影響を大きく変えることを示している。学業終了後すぐ就業するか否かの別は他の変数より後に値が定まるので、他の変数の効果についてモデル2とモデル3との結果の差は、学業終了後すぐ就業するか否かへの影響を通した間接的影響の大きさを表す、と解釈できる。これによると、まず「雇用者の割合」の影響がモデル3ではモデル2の係数の60%程度に減少したが、これは「雇用者の割合」が増加することが直接的な影響だけでなく、学業終了後すぐ就業する者の割合を増加させることを通して(山口、1996)間接的に、初婚以後初職に就く者の割合を低くすることを意味する。
 第二に、学業終了後すぐ就業するか否かの別が統制されると、「経済的必要性」の影響は有意でなくなる。このことは、学業終了時に就業について「経済的必要性」を感じた者が初婚以後初職に就く確率が低いのは、経済的必要性を感じる者は学業終了後すぐ就業する確率が高く、そのことが初職が初婚に先立つ確率を高めるからで、それ以上の直接的効果はない、ことを意味している。一方学業終了時に「就業意欲の高かった」者については、学業終了後すぐ就業するか否かの別を統制しても、その影響はあまり変わらない。このことは学業終了時に「働きたいと思わなかった」者にくらべ、「働きたいと思った」者は学業終了後すぐ就業したか否かにかかわらず、初職を先にする確率が高いことを示している。
 第三にモデル3の結果は、戦後において学歴が高いと初婚が先になる確率が高くなるという傾向が、学業終了後すぐ就業したか否かの別を統制すると現れることを示している。これは学業終了時にすぐ就業するか否かの影響を通した間接的影響、と学歴の独自の「直接的」影響が方向が反対で相殺的であることを意味している(注8)。
 表7は初職について自営業主、家族従業者、内職従事者のそれぞれになるか雇用者になるかの決定要因ついての二つの多項ロジットモデルの結果を示している。モデル1は表6のモデル3で用いた変数と初婚と初職の順序を予測変数に用いている。モデル1の結果は、マクロな雇用者の割合が大きいと雇用に比べて自営、家従、内職の職業に就く確率がすべて有意に低くなる、という自明の結果に加えて、このマクロな影響を統制しても初婚以後初職に就く者は初職が先の者に比べて、自営、家従、内職の職業に就く確率がすべて有意に高くなることを示している。モデルの他の変数を統制して、初婚以後初職に就く者は初職が先の者に比べて自営対雇用の確率比が約6.6[=exp(1.884)]倍、家従対雇用の確率比が約6.3[=exp(1.873)]倍、内職対雇用の確率比が約6.4[=exp(1.865)]倍、と非常に大きい。
表7 初職の従業上の地位について自営業主、家族従業者、内職従事者のそれぞれ対雇用者の多項ロジット回帰分析。1983年に25-69才で初職が41才未満の女性 N=2221
表6 初婚以後の初職就業対初職が先のロジスティック回帰分析結果:1983年に25-69才で初職が41才未満の女性N=2221
 モデル1の結果によると、学業終了後すぐ職業に就くか否かの影響については、学業終了後すぐ就業しかつ初婚以後初職に就く者は標本中1%に過ぎないのでこの場合を無視すると、初職が先の者の間で学業終了後すぐ就業する場合、すぐ就業しない場合に比べて自営になる確率が有意に小さく、家従になる確率は有意に大きいことを示している。また、戦後の大卒者は高卒者に比べ、自営になる確率が有意に大きいが、これは大卒者がより低い学歴の者には見られない自営の専門職に就く傾向があるためで、具体的には学習塾の教師や稽古事の先生になる者が多いことを反映している。また、父親が高学歴(旧制の高卒以上、新制の大卒)の者はより低学齢の者と比べて、また11大都市や県庁所在都市に(義務教育終了時に)居住していた者は郡部の町や村に居住していた者に比べて、学業終了時に就業意欲の高かった者や就業の経済的必要性があった者はそれぞれそうでなかった者に比べて、家従になる確率が有意に低い。
 モデル2は初職が農林漁業職であるか否かの別のダミー変数をモデル1に加えているが、それには次の二目的がある。一つは「見かけ上の効果」の主な原因の一つを取り除くことである。本研究に用いたデータでは父親の従業上の地位をとっていないので、初婚と初職の順序の効果が、初婚と初職の順序そのものの影響なのか、そうではなく例えば自営業の家に育つことが初婚を先にする確率を高め、また同時に本人が自営や家従になる確率をも高め、その結果見かけ上初婚が先の場合に自営や家従になる傾向が見られるのか確定できない。しかし初職が農業職であれば、初職が初婚の前であれ後であれ、農家の生まれである公算が高い。したがって、モデル2は見かけ上の効果を作り出し得る要因の一つである農林漁業職を統制した時、初婚と初職の順序の効果がどう変わるかをみることを意図している。第二の目的は、農林漁業職の効果を統制することによって、「非農」の職業の中で、各予測変数が自営、家従、内職のそれぞれの確率対雇用の確率の比に与える影響を見ることである。
 モデル2の結果によれば、農林漁業職の効果を統制しても、初婚と初職の順序の効果はすべて有意であることを示している。したがって、「非農」の自営業の家庭に育つことが前述の見かけ上の効果を産み出す可能性は残るが、初婚以後初職に就く者が初職が他の者に比べ(1)「非農」の自営業主と結婚して家従となる確率が有意に高く、(2)本人が「非農」の自営業主となる確率も有意に高く、また(3)内職従事者になる確率も有意に高い、ことを示している。(3)の傾向はもとより(2)の傾向についてもかなりの部分は初婚が先の者が既存の家庭での役割と両立しやすい職業を選択する結果を反映していると思われる。
 モデル2の結果をモデル1の結果と比べると、学業終了後すぐ就業する者はしない者に比べ家従になる確率が高いのは、農林漁業職に就く者が学業終了後すぐ就業しかつ家従になる割合が高いことから生じ、「非農」の職業に就く者については学業終了後すぐ就業するか否かは家従になる確率に影響を与えないことがわかる。また、11大都市や県庁所在都市に居住する者が郡部に居住する者に比べ家従になる確率が低いのは、「農」の家従になる確率が低いためで、「非農」の家従になる確率については、逆に市部の居住者の方が郡部の居住者に比べて高いことがわかる。一方、学業終了後すぐ就業する者はしない者に比べ自営になる確率が低いこと、戦後の大卒者が自営になる確率が高いこと、学業終了時に就業意欲の高かった者や就業の経済的必要性があった者が家従になる確率が低いこと、はすべて農林漁業職の効果を統制しても変わらず、「非農」についての傾向であることがわかる。
 またモデル2は、本人の学歴が戦前の最も低いレベル(旧制尋常小卒、高小卒)の者および戦後の最も低いレベル(中卒)の者、が共に「非農」の家従になる確率が有意に低いことを示し、また初職の自営の標本数が少ないので有意には至らなかったが「非農」の自営についても同様の低い確率が予測されることを示している。また学業終了時就業の経済的必要性があった者も「非農」の家従になる確率と自営になる確率が(後者は10%水準であるが)共に有意に低い。このことは、低学歴や学業終了時就業の経済的必要性に特徴づけれられるより下の階層から「非農」の家業を持つ「プチブル」階層への社会移動が難しいことを示している(注9)。
 以上の表6と表7の分析は結婚や出産・育児による離・転職率の歴史的増加についての従業上の地位と初婚と初職の順序の重複効果について以下の解釈を与える。まずマクロな市場の特徴である女性の初職における雇用者の割合が高くなると、初職が先になる確率が増える。これはマクロとミクロの連結(即ち社会的特性の個人的特性への影響)であるが、これはさらに、女性の初職における雇用の割合の歴史的増加が初職を初婚より先にする者の割合の歴史的増加をもたらす、というマクロとマクロの連結に導く。この過程には「直接的」影響に加えて雇用の割合の歴史的増加が学業終了後すぐ就業する者の割合の歴史的増加をもたらし、それが初職を先にする者の歴史的増加をさらにもたらすと言う間接的影響を含んでいる。またこのマクロとマクロの連結は個人レベルにおいても雇用と自営・家従・内職の別が初婚と初職の順序と相関すると言う結果をもたらす。
 一方、初婚以後初職に就くという個人的特性が定まると、マクロな市場における雇用者の割合を統制しても、その個人は、初職が先の者に比べ、雇用者より自営業主、家族従業者、内職従事者になることを選択する傾向が大きい。このミクロとミクロの連結は即個人レベルで雇用と自営・家従・内職の別と初婚と初職の相関をもたらす。しかし前記のマクロとマクロの連結とは関連の方向は同じだが二変数の因果関係が逆である。
 結婚や出産・育児による離・転職率の歴史的傾向を表わす線形コーホート効果を従業上の地位と初婚と初職の順序の重複効果として説明する成分は、従業上の地位と初婚と初職の順序が互いに相関しながらかつ離・転職の歴史的変化とも連動していたことを意味する。この二変数の個人的および歴史的相関をもたらしたのが本節で明らかにしたマクロとマクロおよびミクロとミクロの二種の連結である。

(注7) この分析には結婚したが就業経験の全くない、したがって初婚が初職に先んじる、女性の標本は含まれていない。もし現在の関心が初婚と初職の順序の決定要因そのものであるならば、就業経験のない女性の標本を分析から除外するのは誤りである。しかし、ここでは就業経験のある女性の中で様々な変数が初婚と初職のへの影響を通じてどう離・転職率に間接的に影響をあたえるか、を見ることにあり、そのため就業経験のある女性にのみに標本を限っている。
(注8) 学業終了時すぐ就業するか否かを統制すると学歴の高いほど(明らかに学業終了時が結婚適齢時期により近いため)初婚が初職に先だつ確率が増す。しかし学歴の高いほど、学業終了後すぐ就業する確率も増し(ただし短大卒と大卒は有意差なし)間接的に結婚が初職に先立つ確率が減る。この二つの効果が相殺しあうので、学業終了時すぐ就業したか否かを統制しないと学歴効果が消える。
(注9) 社会移動の難しさで社会階層を定義したのはマックス・ウェーバー(Max Weber、[1922]1978)が最初で、彼の社会階級の概念は「プチブル」を多少の資本はあるが教育のない点で独自の階級としている。しかし「教育のない」と言う点は現代社会のプチブルの特性ではなく、我が国でもここに見られるように低学歴からはむしろ距離を保っている。

離・転職率および離職対転職の比の歴史的増加の決定要因についての追加考察
 本節では表4および表5の分析では触れなかった離・転職率および離職対転職の比の歴史的増加の決定要因について、初婚時前後のリスクの変化と関連する変数の影響を統制するモデルの分析に基づく追加の考察を述べる。表8は結婚や出産・育児による離・転職についての等比ハザーズモデルの追加の二モデル(R7およびR8)また離・転職が起こった時の離職対転職の比についてのロジスティック回帰モデルの追加の二モデル(L7およびL8)の結果を提示している。等比ハザーズモデルR7は表4のモデルR6にリスク期間の各時点での年齢と初婚年齢の差(以後「初婚年齢への近接度」と言う)についての6区分(初婚2年以上前か結婚経験なし、1年前、当年、1・2年後、3・4年後、5年後以上)を区別する五つのダミー変数のセット、および、これらのダミー変数と自営・家従・内職対雇用のダミー変数との交互作用効果を計る追加の五つのダミー変数のセットを加えたモデルである。同様にロジスティック回帰モデルL7は表5のモデルL5に(交互作用効果はこちらにはないので)前者の五つのダミー変数の離・転職時の値の変数を加えたものである。
表4 結婚や出産・育児による離・転職率:1983年に25-69歳で初職が41歳未満の女性
表5 離職対転職のロジスティック回帰分析結果:1983年に25-69歳で結婚や出産・育児による離・転職経験者(N=1469:離職数=1076転職数=393)
表8 (1)結婚や出産・育児による離・転職率、(2)離職対転職のロジスティック回帰
 N1=2221、N2=1469
表8 (1)結婚や出産・育児による離・転職率、(2)離職対転職のロジスティック回帰(続き)
 モデルR7は次の二つの目的を持っている。一つは、表4の分析で用いた変数、特に年齢効果と線形コーホート効果、がリスク期間の各時点の初婚年齢への近接度を統制することによって、どう変化するかを見ることである。第二は、初婚年齢への近接度自体が離・転職率に与える影響のパターンを見ることである。予備分析で、この初婚年齢への近接度の変数を導入すると、自営・家従・内職対雇用のダミー変数と年齢との交互作用が以前は年齢の一次式の効果しか有意でなかったのが、二次式の効果が新たに有意となることが判明した。したがってモデルR7はそれを付け加えている。この結果モデルR7は自営・家従・内職対雇用のダミー変数と(1)年齢、(2)初婚と初職の順序、(3)初婚年齢への近接度、の三変数のそれぞれとの交互作用を含むことになり、結果として三変数の主効果を表す係数はすべて雇用者の場合の効果となる。一方、自営・家従・内職従事者の場合の三変数の効果は主効果に交互作用効果を加えたものになるが、便宜のため表8のモデルR7には、有意水準もふくめて計算した結果を[ ]内の数値でわきに提示している。
 モデルR7の結果は、年齢効果はもともと初婚年齢への近接度と影響を反映していた部分が大きいので、初婚年齢への近接度を統制すると、効果が大きく減少することを示している。しかし、自営・家従・内職従事者についてはほとんど年齢効果が消えてしまうのに対し、雇用者では「山」の形はゆるやかになるが、22歳を頂点とする逆U字型を保つことがわかる。これは、自営・家従・内職従事者の結婚や出産・育児による離・転職率の年齢的変化がほぼ完全に結婚年齢の分布の結果として説明されるのに対し、雇用者の場合には、それだけで説明がつかず、初婚年齢への近接度を統制しても、22歳前後が最も離・転職率が高く、20歳未満や25歳以上の場合はより高年齢程、離・転職率が低くなる傾向を示している。
 初婚年齢への近接度自体と、その自営・家従・内職対雇用との相互作用、の効果について見ると、時点が初婚年齢から離れるほど、離・転職率が下がるのは当然であるが、その下がりかたは自営・家従・内職の方が雇用に比べてはるかに急激であることがわかる。これは、結婚や出産・育児による離・転職が、自営・家従・内職従事者はその時期が初婚時により集中しており、雇用者はその時期が初婚時の前後でより多様化していることを表している。表1で結婚でなく出産・育児による者の割合が歴史的に増加しているという傾向を見たが、モデルR7の結果は、雇用者は自営・家従・内職従事者に比べて初婚時でなく初婚より一年以上後の時期に離・転職する傾向が高いと言うだけでなく、初婚時より一年以上前の時期に離・転職する傾向も高い、ことを示している。
表1 結婚や出産・育児による離転職に関連する出生コーホート別の4種の割合 1983年に25-69歳の女性就業経験者(N=2311) および結婚や出産・育児による離・転職経験者(N=1491)
 モデルR7の今一つの重要な結果は、初婚年齢への近接度を統制すると線形コーホート効果がほぼ完全に消えることである。前述の表4のモデルR6の結果まだ10%水準で有意であった残りの線形コーホート効果はモデルR6の他の変数を統制して、調査時の年齢の高いコーホートほど、低いコーホートに比べて、従業時期と初婚近接時期との重複度が少ないことから来ていたことがわかる。これにより初婚と初職の順序の影響以上に従業時期と初婚近接時期との重複の程度が離・転職率に影響し、またその重複の程度が歴史的に増加したことが離・転職率の歴史的増加に貢献した、という一般的仮説は成り立つ(注10)。しかし、従業上の地位と初婚と初職の順序を統制すると、線形コーホート効果の説明されない部分として残ったのは12%であったので、残りをすべて説明したとしても、独自の効果は少ない。
 表8の今一つのモデルR8は、モデルR7では初婚年齢への近接度の統制が、1983年に25-29歳のコーホートの離・転職率が減少したことを表すダミー・コーホート効果にほとんど影響を与えないのに対して、この効果が、少なくともかなりの部分、態度・意識の違いという全く異なった種類の変数で説明できることを示している。調査では結婚経験者が初婚直前に「結婚したら仕事をやめようと考えていた」か否かの回答を得ているが、モデルR8はモデルR7にこのダミー変数を時間に依存し初婚年齢以後該当値を取る(初婚前は常に0)変数として導入した結果である。モデルR8は初婚年齢への近接度の変数で初婚前か以後かが離・転職率に与える効果はすでに統制しているので、このダミー変数は、初婚年齢以後の時期について、「結婚したら仕事をやめようと考えていた」か否かによる離・転職率の変化を計ることになる。結果は「仕事をやめようと考えていた」が離・転職率を高くするという自明の結果に加えて、この変数を統制するとダミー・コーホート効果が大きく減少して有意でなくなることを示している。
 表9は初職年齢が初婚年齢より一年以上早くかつ初婚年齢時の職業(ただし初婚年齢で転職した者は転職前の職業)が雇用であった1,133人の標本について、「結婚したら仕事をやめようと考えていた」者の割合を出生コーホート別に示している。この割合について、線形コーホート効果は有意でないが、1983年に25-29歳のコーホートについてのダミー・コーホート効果は負で10%水準で有意である(表9の脚注1参照のこと)。したがって、雇用者のうち結婚したら仕事をやめようという意志のあった者の割合が1983年に25-29歳コーホートで下がり、この態度・意識の行動への影響がこのコーホートの離・転職率の減少をもたらした、と結論できる。
表9 出生コーホート別「結婚したら仕事を辞めようと思っていた」者の割合 1983年に25-29歳で初職が初婚より先かつ初婚時に雇用者の女性 N=1133
 また、なぜ最若年コーホートにこのような態度の違いがあるのかについて、表9で用いた1,133人の標本と「結婚したら仕事をやめようと考えていた」か否かの別を従属変数としてロジスティック回帰分析を、追加行なった(結果はここでは提示していない)。その結果、二種類の変数がこの「結婚したら仕事をやめる意志」に影響することが判明した。一つは職業の特徴で、専門職がその他の職業に比べて、また公務員が民間企業の従業者に比べて、やめる意志の者の割合が有意に低い。いま一つは家族や夫の態度で結婚時に「家族の者が仕事をやめることを進めた」り「夫が仕事ををやめることを望んだ」り、という否定的態度が見られると、本人もやめる意志を持つ確率が有意に高くなる(注11)。しかし、これらの二種類の変数を統制してもダミー・コーホート効果は依然10%で有意であり、最若年コーホートでのこの態度の違いの原因は判明しなかった。したがってこのコーホート間の「意識の変化」の原因の解明は、今後の課題となる。
 表8は離・転職が起こった際の離職対転職の比についてのロジスティック回帰分析の追加モデルL7およびL8の結果も提示している。表5の分析によって離職対転職の比の歴史的増加が未婚時に農林漁業職に就く者の割合が歴史的減少したことでほぼ完全に説明できることを示した。以下では、農林漁業者が離職でなく転職する傾向があることの意味についてさらに厳密化する。モデルL7は表5のモデルL5に初婚年齢への近接度を離・転職時で評価した変数を導入したもので、結婚時に離・転職する者に比べ、結婚時より一年以上前におよび五年以上後に離・転職する者は、転職より離職を選択する傾向が有意に高いことを示している。モデルL8はモデルL7にさらに夫の初婚時の従業上の地位が自営・家従であるか(値1)否か(値0)の影響を計るダミー変数を導入している。この変数は元来時間に依存する変数で初婚年齢以後の期間に適用されるため離・転職時に未婚であっても値0をとる。しかし、初婚年齢への近接度の変数が初婚前と以後との区別の影響をとらえるので、夫の従業上の地位の変数は初婚年齢以後夫の従業上の地位が自営・家従であるか否かの別の影響を計ることになる。モデルL8の結果は(1)夫が自営か家従であればそうでない場合に比べ転職より離職をする傾向は有意に減少すること、しかし(2)夫が自営・家従であるか否かの別の統制は職業の効果、特に農林漁業職の効果、にほとんど影響しないことを示している。これは農林漁業職従事者が離職より転職をする傾向は彼女達が(農林漁業の)「自営業主や家族従業者の夫を持つ傾向が強いことの結果である」と簡単に説明できないことを意味する。にもかかわらず農林漁業職従事者が離職より転職をする傾向は農家出身の夫を持つことから来る。実際結婚や出産・育児による転職者中転職前農林漁業職従事者の85%は転職後も農林漁業職に、しかも大部分は家従として、従業するのである。この事実は上記の(2)の結果と照らし合わせる時何を意味するのであろうか。実はこれは「農家の自営や家従の夫を持つ」と言うことと「農家の嫁になる」と言うことの違いから来る。結婚前に農林漁業職従事者の女性が離職より転職をする強い傾向があるのは、後者のせいで前者のせいではない。兼業農家に見られるように、夫の家族は農業を営むが夫自身の主な職業は雇用職である場合も少なくなく、その場合でも農家の嫁になれば(「職場」が変わるので定義上転職となるが)女性は結婚後も引き続き夫の家族と共に農業に従業するのである。結論として結婚や出産・育児のため離・転職が起こるとき転職でなく離職する傾向が歴史的に増大したのは、初婚前に(主として農業に)従業し農家の嫁になって初婚後も引き続き農業を営む者の割合が歴史的に減少したせいである、と結論できる。
表5 離職対転職のロジスティック回帰分析結果:1983年に25-69歳で結婚や出産・育児による離・転職経験者(N=1469:離職数=1076転職数=393)
表8 (1)結婚や出産・育児による離・転職率、(2)離職対転職のロジスティック回帰
 N1=2221、N2=1469
表8 (1)結婚や出産・育児による離・転職率、(2)離職対転職のロジスティック回帰(続き)

(注10) しかし、結婚年令からの年令の「ずれ」が同じであっても、自営・家従・内職従事者は雇用者よりその「ずれ」が離・転職率を下げる影響が強いため、従業時期と結婚近接時期との重複度の少なさが離・転職率を下げる影響も自営・家従・内職従事者の方が雇用者より強い。このことが雇用者年令が典型的結婚年令より高くなるにつれ離・転職率の低くなる程度が雇用者より自営・家従・内職従事者について大きいことの理由であり、また初婚と初職の順序と自営・家従・内職従事者対雇用者の負の交互作用効果が、モデルR7で「初婚年令への近接度」とその自営・家従・内職従事者対雇用者の対比との相互作用を統制すると、かなり値が減少する理由でもある。
(注11) これらの態度の変数の定義については表10の脚注2を参照のこと。

離・転職率および離職対転職の比の他の決定要因について
 本節では、これまでの歴史的変化には大きな役割を持たなかったが、今後の傾向を予測するために重要なので、結婚や出産・育児による離・転職率および離・転職が起こった際の離職対転職の比についての決定要因一般についての追加の分析結果を簡単に記述する。表10は離・転織率についてモデルR9およびR10の二つの追加の等比ハザーズモデルの結果を提示している。すでに表4と表8で記述した変数についての回帰係数は表10では省き該当箇所に「N.R.」(Not Reportedの略)と記している。
表10 (1)結婚や出産・育児による離・転職率、(2)離職対転職のロジスティック回帰 N1=2221、N2=1469
表10 (1)結婚や出産・育児による離・転職率、(2)離職対転職のロジスティック回帰(続き)
表4 結婚や出産・育児による離・転職率:1983年に25-69歳で初職が41歳未満の女性
表8 (1)結婚や出産・育児による離・転職率、(2)離職対転職のロジスティック回帰
 N1=2221、N2=1469
表8 (1)結婚や出産・育児による離・転職率、(2)離職対転職のロジスティック回帰(続き)
 モデルR9は年齢と職業の継続年数以外は時間に依存しない変数および職業のみに依存する変数を用いている。この結果によると職業の特性の中では、すでに記述した従業上の地位と職業の影響のほかに(1)前職の数が多い者は、離・転職率が有意に高い、(2)公務員は民間企業の従業者に比べ離・転職率が有意に低い、(3)通勤時間が0分かもしくは30分以上であると1分以上30分未満の場合より、離・転職率が有意に高い、ことがわかる。通勤時間が0分の効果については、通勤時間が0分の者のうち、52%は自営・家従で、これらの者の低い離・転職率はすでに従業上の地位の変数の効果で統制されており、残りの48%は職場内の独身寮にすむ作業職従事者や住み込みの販売職やサービス職の者で、彼女達の結婚時の離・転職率が高いことが原因である(注12)。
 時間に依存しない変数の影響については、モデルR9の結果は学歴が戦前で最も低い者(旧制尋常小・高小卒)および戦後で最も低い者(中卒)が共に有意に離・転職率が低く、また学業終了時に就業について経済的必要性があったと回答した者は離・転職率が有意に低くなっている。経済的必要性があったと回答する者の割合は戦後の国民一人あたりの所得の成長にもかかわらず歴史的には有意の変化はなく(山口、1996)他と比べて相対的に経済的貧窮度の高い者は結婚や出産・育児による離・転職が低くなることを示している。
 モデルR10はモデルR9に結婚に関連して時間に依存する次の変数を加えたものである:(1)初婚年齢への近接度(表10では係数は省略)、(2)就業継続についての初婚時の本人、家族、および夫の態度の三変数、(3)初婚時の夫の従業上の地位・職業(初婚継続期間中に適用)。(2)の変数は回顧に基づき結婚時(もしくはその直前に)本人が「結婚したら仕事をやめようと考えていた」、「家族の者が仕事をやめることを進めた」、「夫が仕事をやめることを望んだ」か否かを区別するダミー変数を初婚年齢以後に該当する値をとる(初婚前は0)時間に依存する変数として適用したもので、表10の脚注2で定義について記述されている。なお(2)および(3)の変数は(1)の変数で初婚前と以後の別の影響を統制することを前提としている。モデルR10の結果は表8で記述した本人のやめる意志の影響のほかに、家族がやめることを勧めることも有意に離・転職率を下げるが、夫の態度と夫の従業上の地位・職業の独自の影響はないことを示している。ただし夫の態度は家族の態度とともに本人のやめる意志との相関が高いので、本人の意志への影響を通じての間接的影響はある。
 表10は離・転職が起こった時の離職対転職の比についてのロジスティック回帰分析についてもモデルR9とモデルR10に対応する二モデル(L9とL10)の結果を提示している。ただし有意でない相互作用効果は省かれ、またモデルL10は離・転職の理由が結婚か出産・育児かの別のダミー変数を追加している。モデルL9の結果は、会社の雇用者数の最小のカテゴリー(0-9人)の場合と学業終了時に「働きたい」という就業意欲が高かった場合どちらもそうでない場合に比べ、転職より離職をする傾向が有意に低くなることを示している。またモデルL10の結果は表8の分析で記述した夫が自営・家従である場合の影響のほかに、結婚でなく出産・育児が理由であること、初婚時に本人に仕事をやめる意志があったことや家族が仕事をやめることを勧めたこと、のそれぞれが転職より離職をする傾向が有意に高くなることを予測することを示している。

(注12) 通勤時間がゼロの雇用者のうち、50%は工場敷地内の独身寮に住む製造業、特に繊維産業、の作業職従事者である。他の22%は住み込みのサービス職の女性で、内訳はお手伝いさん(8%)、レストランのコックまたはウェイトレス(5%)、美容師(5%)、その他(4%)、となっている。また他の10%は小売り・卸売り業の住み込みの店員である。

5.結

 本研究では結婚や出産・育児による離・転職率の近年までの歴史的増加について、その主な原因がリスク期間中に雇用者の割合が歴史的に増加したことと、初婚以後初職に就く女性の割合が歴史的に減少したこと、が二大要因であることを示した。また、それぞれの独自の影響よりも、二変数の重複効果の影響が大きく、この重複効果は、市場における雇用の割合の歴史的増加が、一部は学業終了後すぐ就業する女性の割合の増加への影響を通して、初婚以後初職に就く女性の割合の歴史的減少に影響する、という二変数の社会的レベルでの相関と、また初婚以後初職に就く女性が初職が先の女性に比べて、マクロな雇用者の割合を統制しても、なおかつ雇用者より自営業主・家族従業者・内職従事者になることを選択する傾向がある、という二変数の個人的レベルでの相関との、二つの相関を生み出す過程から生じることを示した。
 結婚や出産・育児による離・転職が起こったときの離職の確率対転職の確率の比の歴史的増加については、未婚中に農林漁業職に就く女性の割合の歴史的減少が、より厳密には主として結婚前に農業に従事しその後「農家の嫁」になる女性の割合の歴史的減少が、原因であることを示した。
 しかし、最近では初職が雇用である女性者が大部分になり、農林漁業職の割合は希少に、また学業終了後すぐ就業する女性が大多数になった結果初婚より初職が先の女性が大部分になった。このことからこれまでの歴史的変化に説明力を持った上記の変数が、もはや変数ではなく「定数」に近くなり、これからの変化に説明力を失うことは明らかである。では、これからの変化について本研究の結果から示唆できることは何であろうか?
 本研究では、結婚や出産・育児による離・転職率および関連する離職対転職の比について、独立ではないが、以下の内容的に異なる要因があったことを明らかにした:(1)未婚時の仕事と結婚後の家庭の役割とを両立できる程度、(2)従業年齢と結婚や出産・育児年齢の重複の程度、(3)既婚女性の家族従業がほぼ義務化されている家業を持つ「家」の存在、(4)家庭にとっての女性の従業の「経済的必要性」、(5)離職の機会コストの高い職業に従業する女性の割合、(6)女性の結婚や出産・育児に関連しての従業継続に関する意志。今までの歴史的変化を作り出して来たのは(1)、(2)および(3)の要因の変化であった。つまり雇用が増えるとともに(1)の仕事と家庭の両立がより困難になり、初婚より初職が先になることが増えて(2)の重複度が増し、それが共に離・転職率を増加させた。また(3)で言う農家や他の家業を持つ「家」に嫁入りする女性の割合が減少して離職対転職の比を増加させた。これらの変化はすべて職歴のいわば「中断」を歴史的に促進させる結果となったが、雇用の割合、特に専門・事務職の割合、の増加につれて起こった初職時の、将来家庭との両立の難しい職業への移行は、一方で女性の経済的および社会的自由を増し又女性自身の望んだ結果でもあり(山口、1996)、例えその後の職歴の中断を促進したとしても、女性にとってそれ自体はマイナスではなかった。しかし今後は職歴中断のコストが個人的にも、また女性の人的資本の活用にとって社会的にも、マイナスであるという観点がより重視されると思われる。(1)から(3)の要因は今後は影響が少ないことはほほ確実なので(注13)、今後の歴史的変化に影響を与える要因となりうるのは(4)、(5)、(6)である。このうち(4)の家庭にとっての「経済的必要性」については戦後この意識が絶対的貧窮度でなく他の家庭と比べた相対的貧窮度に依存していたこと(山口、1996)から、これからも歴史的変化に大きな役割を果たすとは思えない。したがって今後は(5)と(6)の要因が重要性を増すと考えられる。
 離職の機会コストについては、専門職従事者と公務員についての結果が参考になる。事務職と比べ専門職の女性は離・転職率が有意に低く、離・転職があっても離職せず転職して労働力参加を続ける傾向が有意に高い。また意識の上でも「結婚したら仕事をやめようと考えていた」女性の割合が有意に低い。同様に公務員は民間会社の従業者に比べ、離・転職率が有意に低く、また意識の上でも「結婚したら仕事をやめようと考えていた」女性の割合が有意に低い。後者の結果は職業を統制しているので、単に女性の公務員に公立学校の先生等の専門職が含まれているせいではない。最近の「総合職」は別として、民間会社の多くの事務職が「行き止まり」のキャリアであり、やめることの機会コストが低いのに対し、公務員の事務職の場合は比較的キャリアの進展性があることを考えると、今後専門職に限らず、キャリアの将来性があり、したがってやめることの機会コストの高い仕事、の就業機会が女性にとって増し、より多くの女性がそのような職業を指向すれば、結婚や出産・育児による離・転職による職歴中断は少なくなる、と期待できる。
 従業継続の意志については、すでに本研究で1983年に25-29歳のコーホートで、結婚しても仕事を辞める意志のない女性の割合が多くなり、その結果それまでの歴史的傾向に反して離・転職率が有意に減少したことを示した。このコーホートの特異性の原因については判明しなかったが、女性の意志の社会的変化が実際に職歴中断の割合を減少させたことは、今後個人の選好の社会的変化が離・転職率の変化へ及ぼす可能性の大きいことを示唆している。この従業継続意志について、留意すべきことが二点ある。一点は、前述の専門職や公務員の仕事の継続意志への影響に見られるように、女性の職業の質と無関係でなく相関する、という点である。女性の職業の質的向上が従業継続の意志を持つ女性を増加させることは、ほぼ疑いがない。第二点は、この意志が家族や夫の態度とも強く相関し、家庭での規範環境にも依存している、と言うことである。家族や夫の結婚後の従業継続への理解の向上は女性の職歴中断を少なくすることへ大きな影響を及ぼす。しかし一方1983年に25-29歳のコーホートの結果に見られたように、女性の従業継続意識は、仕事の将来性や家庭の環境とはある程度独立にも変化し、個人の意志はその行動に影響を与える。女性個人の選好と意志、女性の職業の質についての社会環境と既婚女性の家の外での従業についての家庭での規範環境、これらの要因の変化とその交互作用が今後の職歴中断の個人的および社会的コストの将来の方向を決定すると思われる。

(注13) (2)と(3)と要因がまだ影響を持つ可能性には以下がある。(2)については米国のように女性の大学院教育の高学歴化が進めば学業終了前、したがって多くは常雇としての初職就業前、に結婚する者の割合が増える可能性がある。しかしこの新しい初婚から初職へのパターンが古いタイプと同じ効果を持つという根拠はない。(3)については、「農」の家業を持つ家庭は大きく減少したが、「非農」については、小売り業、飲食店、個人サービス業等の業種で家業を持つ家庭はいまだに多い。したがって今後これらの家業を持つ家庭の割合がさらに減り自営業主の夫を持つ確率が低くなれば、初婚時に離・転職が起こった時転職でなく離職をする女性の割合の増加に貢献するはずである。

文献
 Guo,Guang.1993.“Event-History Analysis for Left Truncated Data."Sociological Methodology 23:217-244.
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 総務庁統計局 1990 「1985年国勢調査最終報告:日本の人口」総務庁統計局。
 Taeuber,Cynthia.1991(ed.),Statistical Handbook on Women in America.Phoenix,Arizona.
 Weber,Max.[1922]1978.Economy and Society.An Outline of Interpretive Sociology,edited and translated by H.Gerth and C.Wright Mills.New York Oxford University Press.
 Yamaguchi,Kazuo.1991.Event History Analysis.Newbury Park,CA:Sage.
 山口一男.1998.“消え行く少数派:生涯未就業女性の歴史的減少とその決定要因について" 本報告書 pp.17-49


第4章 事務セクターの進展:日米の歴史比較研究

 事務セクターの進展:日米の歴史比較研究

1.はじめに
20世紀後半、米国及び欧米の産業化された国々において、女性の経済的活動への参加にめざましい変化があった(Bergmann 1986;Davis 1984;Oppenheimer 1970,1994)。それ以前と比べて、もっとも重要な変化は既婚女性の就業率の急速な上昇である。合衆国では、この傾向は1940年代から1950年代初頭にかけて始まり、その後10年毎に、白人女性の就業率は約10%ずつ上昇し、1980年代後半には60%に達した(Goldin 1990)。
 こうした変化をもたらした原因は数多く考えられる。もっとも重要なものの一つは、労働需要の性質の変化である。20世紀前半のサービスセクターの急速な拡大により、事務的職務に対する需要が増大した。その後2、30年の間に、この新しい事務職は文化的に「女性的職業(female jobs)」と呼ばれるようになった。それ以前、多くの女性が就業していたセクターである製造業、家事サービスと比べると、事務職は、よりきれいで、危険が少なく、「上品な(respectable)」賃金労働の機会をもたらした。
1920年代初頭から1940年代にかけて、アメリカの企業の多くは、事務職従事者を未婚女性に限定しており、結婚時には退職することを要求していた。しかし、1940年代になるとすでに、未婚時に事務職の経験を持つ既婚女性の就業率は、製造業の経験を持つものよりも高かった(Goldin 1990)。言いかえれば、事務職は、結婚後も労働市場に留まる、あるいは再参入する女性にとって重要なキャリアのスタートだったのである。
 本論では、二つの問題を検討する。すなわち、
1) 合衆国における事務セクターの発展は、何故、既婚女性の就業機会を広げたのか。
2) 同様の事実は日本でも起きたのか。そして、日本では限られた分野で同様の事実が起きたとしたら、それは何故なのか。
 という問題である。
 米国あるいは西欧の産業化の進んだ国々と同様に、東アジアにおいてもホワイト・カラーの増大、サービス・セクターの拡大は女性の就業率の上昇を導いた。しかし、結婚時に労働市場を離れる女性の比率は、男女間の賃金ギャップと同様、西欧諸国と比べて大きい(Brinton 1993;Brinton et al. 1995)。この傾向は、日本と韓国において特に顕著である。山口(1997)が指摘するように、戦後の日本で女性の就業率のM字型がはっきりしていったという事実は、M字型の就業率カーブが消滅した米国と大きく異なっている。同様のことは韓国にもあてはまる(Brinton et al. 1995)。さらに、女性の取得学歴と就業率の間の相関関係は、米国では半世紀前にはすでに明らかであったが、既婚女性の雇用についての研究をみると、日本と韓国では非常に弱い、あるいはほとんどみることができない(Brinton 1993;Brinton et al. 1995;Osawa 1998;Tanaka 1987)。それでは、事務セクターの拡大は、アメリカと同様に、既婚女性の取得学歴と就業率の関係を強化しなかったのは何故なのだろうか。
 次の節では、既婚女性も含めた米国女性の就業率の増大に対して、事務セクターの歴史的変化がどのような役割を果たしたかを検討する。さらに、非常に早くから事務職が女性的職業と文化的にラベリングされたことと、その後、事務職の一部を女性従業者がほぼ独占したことが、第二次大戦後のアメリカの労働市場の中に、男性従業員に対する高い需要があったにも関わらず女性のための就業機会が確保されている分野をもたらしたという、逆説的な仮説を提示する。第三節では、日本の女性の事務セクターへの就業の変遷について検討する。その上で、日本では、労働市場に参入する時点で男女間で事務職の分業が行われていること、そして、この事実が、男女双方のその後のキャリアにどのような帰結をもたらすかについて述べる。さらに、日本では、多くの女性が事務職についていつにも関わらず、今世紀中頃の米国で観察されたような事務職の女性化という現象が起きなかったことについて検討する。特に、アメリカと比較すると、日本で女性従業員が独占している事務職カテゴリーが非常に限られている。最後の節では、何故、日本でこうした現象が起きたのかについて議論し、事務セクターが拡大しても、日本の企業で既婚女性のフル・タイムの従事者が増えなかった理由を考えてみたい。

2.米国における既婚女性の就業率の拡大:事務職の役割

 今世紀初頭、アメリカの労働市場において女性就業者は製造業やサービス職の一部に、過度に集中していた(注1)。しかし、その後の30年間で事務職に従事する女性の数は5倍に増大し、1930年代には従業女性の4分の1が事務職に就くまでになった(Goldin 1990)。表1は、1906年から1910年生まれの者を初めとする5歳毎の年齢グループ別に、女性の事務職従事者の比率を示している。この表から、大きく、二つの特徴をみることができる。第一に、年齢階層が若くなるに連れ、連続的に、事務職に従事する女性の比率が増大している。第二に、事務職従事者の分布が、徐々に均等になっている。この傾向は今世紀初頭から始まっているが、当時は、女性事務職従事者の大部分は年齢の若いものだった。
表1 年齢階層別各歳時の事務職従事者の比率(米国女性)
 1906年から1910年生まれにの女性の約40%が、若い時期(20~24歳児)、事務職に従事していた。10年若いコーホートをみると、この数字は大きく減少しているが、かの女達は大恐慌、あるいは第二次大戦中に労働市場に参入し、多くは軍需のための製造業の仕事に就いたと考えられる。しかし、1926年から1930年生まれの者になると、20代の時期に事務職に就いていた者の比率は約50%である。この水準は1940年代後半生まれの者まで維持され、その後減少している。要約すれば、米国では一貫して、若い女性の多くが事務職に就いており、この傾向は、第二次対戦終了直後にピークを迎えた。
 第二の特徴は、各年齢グループにおける事務職従事者の比率に関するものである。古い時代には(各列の一番上の数字をみれば明らかだが)、事務職に就いている女性の比率は30代より20代の方が大きい。実際、もっとも古いグループをみると、年齢を経るに連れ、事務職従事者の比率は大きく減少し、55歳から59歳では7%にまで低下する。しかし、各列の数字は下に向かってみると、30歳以上の事務職従事者の急激な増大という歴史的変化をみることができる。もっとも顕著な変化は、40代前半から50代後半の女性の比率が、この表に表されている限りでも、2倍、3倍、4倍と増加していることである。もっとも新しい時点では、50代の女性の事務職従事者の比率は34.1%であり、20代前半の者と比べて6%低いだけである。もし、この表は合成コーホート(synthetic cohort)のライフ・サイクル上の就業経験を示しているとみれば、50年前と比べ、若い時期に事務職に就いたものが、その後も同じセクターに留まる比率は大きく増大したとすることができる。具体的には、1930年代初頭20歳から24歳で会った女性の3分の1が事務職に就いていたが、この比率は、かの女等が45~49歳になる時点(1950年代後半)で8分の1までに下がる。いっぽう、1950年代後半に生まれた女性の場合、20代前半時点の事務職従事者の比率は約4分の1だが、この比率は、40代後半になっても3分の1以上の水準を維持している。
 アグリゲイトされたデータに頼らずとも、事務職に従事する女性の大部分が若い未婚のものであった時代から、各年齢層にわたり事務職従事者の比率が、ほぼ均等に分布するようになるまでの劇的な変化をみることができる(注2)。ゴールディン(Goldin 1990)は、米国労働省の女性局が1931年から1940年にかけて行った調査のデータを用い、当時事務職に就いていた女性の約50%が、既婚女性を雇わない、あるいは既婚女性を雇用するか否かの判断を上層部に委ねるといった雇用方針を持つ事業所で働いていたことを明らかにした。このような雇用方針は、中小企業より大企業において、特に、保険業、金融業、公益事業で一般的だった。さらにゴールディンに拠れば、内部労働市場的な性格(内部昇進優先、年功による定期昇給、固定した給与表、新規採用者に対する年齢制限)の強い事業所では、女性従業員が結婚すると、退職を促す傾向がもっとも強かった(日本における同様の問題については後で議論する)。男性しか従事できないような職務のある企業でも、こうした傾向が強かった。こうした傾向は、大恐慌によって強化されたが、それ自体によって生み出されたものではない。
 「大恐慌の間、多くの企業がこぞって、結婚した女性従業員を無差別に解雇する、あるいは既婚女性を従業員として雇わないという行動を取るようになった(Goldin 1990:p.167)。」
 それでは何がこのような慣行を打破し、表1に示されているような、女性事務職従事者の年齢・分布に大きな変化をもたらしたのだろうか。年齢の高い女性はどのようにして、事務職従事者の大きな部分を占めるようになったのだろうか。
 事務従事者の年齢分布が均等になった原因について2つのシナリオが想定できる。第1のシナリオは、事務セクターが急速に拡大し、労働需要が増大したというものである。この場合、年齢の高い、過去に事務職に就いた経験のない女性が事務職に就いた、もしくは未婚時に事務職に就いた経験のある女性が再参入したと考えられる。第2のシナリオは、若いコーホートにおいて、新しい型のライフ・サイクルが現れたというものである。結婚時に事務職、あるいは労働市場それ自体から離れる者の比率が低下したのである。第1のシナリオは、変化をもたらした原因として労働需要側に重きを置く。そして、事務セクターが非常に急速に拡大したので、結婚という障壁が崩れ、既婚女性が以前は就くことのできなかった事務セクターの仕事に流入したとする。第2のシナリオは、労働需要の変化と同時に、労働供給側の要因、すなわち、少なくとも事務セクターにおいて就業を継続する女性が増加したという変化に注目する。
 どちらの説明も検討に値する。事務職において、結婚という障壁は1950年代に崩れた。企業が既婚の女性労働者を必要としたためである。これは、以下の3つの理由から、若い未婚女性の供給が不足したためである。第1の理由は、1930年代初めの時期以来、出生率が急速に低下したことである(Cherlin 1992)。このため、1950年代半ばに労働市場に参加する女性の数が少なくなった。第2に、1950年代、初婚年齢の低下によって、就業しようとする未婚女性が減少した。第3に、1900年頃より女性の学歴が向上し始め、女性の学校に留まっている期間(つまり、労働市場の外にいる期間)が長くなった。この結果、事務セクターに就く女性の労働供給は徐々に低下した。
 この3番目にあげた、女性の学歴の上昇は早い時期に始まり、継続していた現象である。すなわち、1950年代、企業側が事務従事者の不足に直面した時期には、すでに、高校程度の学歴を持つ年齢の高い既婚女性が予備軍として存在していた。女性の多くは家庭内に留まり、働く既婚女性は非常に少なかったという、1950年代に対して一般に抱かれている見方に対して、ゴールディンは次のように説明する。「1950年以前は、既婚女性の就業率はゆっくりと徐々に上昇した。しかし、1950年以降の上昇は、爆発的なものだった(Goldin 1990:p.120)。」特に重要なのは、事務職に従事する既婚女性の上昇である。1940年には、1906年から1920年の間に生まれた女性の約40%が事務職に就いていた。これより前の時期の事務従事者の比率は、この半分にすぎない。
 おそらく、より重要なのは、女性の未婚期の事務職への就業経験が、結婚後の就業率と正の相関を持っているという事実だろう。1940年までには、すでに、初職が事務職であった既婚女性は、製造業の仕事に就いていた者よりも就業率が高かった。その上、事務職に就いた若い女性は就業を継続する傾向が強かったので、事務職従事者の年齢別就業率分布は平らな台形状になった。ゴールディンの発見の中でもっとも驚くべきことは、アメリカにおける既婚女性の労働力には常に異質性(heterogeneity)が存在しており、結婚時に仕事を辞め、労働市場に戻らない女性と、結婚しても就業を継続する者が共存していたということである。事務職に就く女性は、強い労働定着率を示していた。ゴールディンに拠ると、「1940年に、事務職に就いていた既婚女性の平均年齢は33歳で、初めて仕事に就いてから、事務職に就いていた平均累積期間は13.7年だった。この累積期間の大部分、10.5年は現在の勤め先で過ごしたものである。さらに、平均就学年数は11.3年、以前に経験した勤務先の数は1.3、初めて仕事に就いて以来、労働市場から離れていた期間は1.1年にすぎない(Goldin 1990:p.30)。簡単に述べれば、学歴が上昇により、事務職に就くのにふさわしい女性が増え、同時に、事務職に就くことは、その後の就業率と正の相関を持っているのである。
 歴史的に、合衆国における事務セクターの拡大は、既婚女性の就業率を二通りのやり方で上昇させた。第1に、事務職から職業生活を始めた女性は、結婚後も雇用される比率が高かった。現在、事務職に対して、しばしば、昇進の見込みの少ない、あるいは全くない行き止まりの仕事(dead end job)というイメージが抱かれている。しかし、半世紀前のアメリカでも状況は同じであったにもかかわらず、事務職の拡大は、それ以前は製造業や家事サービスに集中していた女性に対し、安全で品のある仕事への就業機会をもたらしたといえる。このことは、特に中流階級に属する女性にとって重要であった。こうした女性と、その夫の大部分、そして一部の労働者階級の家族は、工場労働や家事サービス職を自分たちは就くべきでないものとみなしていた(Cohen 1992;Degler 1980;Goldin 1990)。第二に、事務職の増大は、女性に高い教育を身につけさせるための誘因をもたらすという、フィードバック効果を持っていた。こうした教育は、ホワイトカラーの世界にはいるための第一関門と考えられた。しかし、そう下仕事は、その後の長い期間にわたる職業上の昇進を約束するものではなかった。女性はホワイトカラーの世界に入るため、高い教育を受け、必要な技能や資格を身につけるようになった(Cohen 1992;Smith and Ward 1984;Walters 1988)。その上、1950年代になると、(学校に留まる期間が長くなったため)若い女性の労働供給が減少し、労働需要が満たされなくなり、より多くの年齢の高い既婚女性が事務職に従事するようになった。そして、これらの年齢の高い女性は、必要な教育と就業経験をすでに持っていた。このように、企業側の必要性と30代後半から40代で教育のある女性の働き続けたい、労働市場に再参入したいという欲求が「適合(fit)」した。
 しかし、アメリカの企業が既婚女性の代わりに、若い男性を事務職従事者として雇うこともできたのではないかという疑問が生じる。比較的短い間、事務の仕事のほぼ全般にわたって女性化が進行したため、学歴の高い既婚女性は必ず事務職に就くという、事務職のゲットー化が生じた。同時に、このゲットー化によって、米国において、給与は安いかもしれないが、安定した女性のための職場が確保された。何故、こうした現象が起きたのかを理解するために、同時に、日本における事務職の拡大との対比のために、20世紀前半のアメリカに企業の中で起きた、分業構造の大きな変化をみてみよう。

(注1) 白人の女性と非白人の女性とでは、時代によって、労働市場参加率や就業職種は大きく異なっている。そこで、本論では対象を白人女性に限定する。
(注2) 実際、女性のライフ・サイクル上の就業パターンは、歴史的に大きく変化してきたので、表1を事務職従事者の年齢分布を示すものとみることはできない。しかし、アメリカにおける育児期の女性の就業率は、それ以前、それ以降の就業率と同程度になっており(すなわち、女性のM字型就業率カーブは消滅した)、表1でもっとも若い合成コーホートの数字は、最近の女性の就業率カーブに近似しているといえる。

3.合衆国における事務職の女性化

19世紀が終わりを迎える頃、アメリカ、カナダ、イギリスの事務従事者、秘書の、ほとんど全ては男性だった(Cohn 1985;Davies 1975;Lowe 1980,1986)。1870年のアメリカの国勢調査をみると、事務職従事者の97.5%を男性が占めていたことがわかる。当時のオフイスは概して小さく、自営業的な企業が多かった(Edwards 1979;Kanter 1977)。1890年になると、事務従事者の中で女性の割合は21%となり、1920年までには倍増し、50%を占めるまでになった(Davies 1975)。
20世紀初頭、企業の中で管理的業務が増大し、オフィス技術の改良とともに、工場で行われていた科学的管理法がオフィスに導入された。科学的管理法の導入とタイプライターの普及によって、1900年前後に、事務職の細分化が進み、タイプライターという新しい職種が生まれたが、これは瞬く間に女性の職業となった。女性は手先が起用で、単調な繰り返し作業や、業務の厳しい監視に耐えると信じられていた。第二次対戦終了直後までに、オフィス内の分業はさらに進み、カナダの全国オフィスマネジメント協会は、タイピスト、速記補助者、速記者、秘書、個人秘書などについて細かな職務内容、仕事の流れについて規定することができた(Lowe 1986)。同様に、後にホラリス(Hollerith;訳注1)という初期のコンピューター技術までに発展する加算機が導入され、事務員の仕事は、今世紀初頭に行われていた総合的な職務と比べ、より細分化されたものとなった。ロウ(Lowe)は次のように書いている。
 「19世紀のオフィスにおける仕事は、しばしば、職人的なものとして描かれる。伝統的な男性の簿記事務員はジェネラリストであり、いかなる時でも業務の状況を上司に報告することができた。しかし、今世紀に入り、産業化が進み業務が複雑になるに連れて巨大な官僚組織が現れ、管理的な仕事の分業構造に大きな変化が訪れた。ルーティンワークが大量に生まれ、雇用者は、主に賃金が安いという理由から女性を雇用するようになった。すなわち、管理業務の範囲が拡大すると同時に、個々の事務業務は細分化されていった(傍点筆者)。1920年代になると、大きなオフィスの大部分では、ジェネラリストとしての男性の簿記事務員は過去のものとなり、機械を使って会計データの単調な処理を繰り返す、女性事務員のチームに取って代わられた(Lowe 1986:p.194)。」
 このように、オフィスにおける機械化、職務の細分化、そして男性と比べやすい賃金で雇うことのできる女性への職務の以降は、互いに複雑な相互作用をしながら進行していった。オフィス業務の細分化については、次の第4節で再び取り上げ、日本においてはアメリカほど細分化が進まなかったことを示す。このことが、日本の既婚女性の就業にとって負の影響を持っていた。
 何故、アメリカの女性は男性よりも低い給与に甘んじたのだろうか。少なくとも3つの理由が考えられる。第1に、20世紀初頭のオフィスにおける職務規程は、高学歴の女性が就く一部の専門職を除いて、他の女性に対して開かれていた仕事と比べ、事務職は安全で、清潔で、上品なものであることが強調されていた。第2に、男性とではなく、高卒程度の学歴を持った女性に対して開かれていた他の仕事と比べると、事務職の給与は高かった。第3に、少なくとも、一部の女性事務員は昇進の可能性があった。ケスラー=ハリスに拠れば、書類整理事務員はの初任給は通常週12ドルであったが、オフィスの管理の仕事に移ることができた。この仕事には、書類管理の分類体系を作り、実際に分類し、記録をつけることが含まれ、週給80ドルだった。現金出納係は、販売事務員、または営業事務員にまでなることができた。また、電話交換手にも監督になる道が開かれていた(Kessler-Harris 1982:p.227)。」1910年以降の人事部門の拡大は、特に、女性が就業するのに適していると考えられた職種の例である。これらの職種は、良い対人関係を維持する技能が必要とされていたが、これは、女性なら自然に備えている技能だと考えられていた(Kessler-Harris 1982)。

(訳注1) ホラリス(Herman Hollerith)とは19世紀末に、パンチカード式の情報処理技術を開発した人物。後にIBMとなる情報処理会社の設立に関与した。彼によって導入されたシステムをホラリス・システムと呼ぶ。

職業的性差別が既婚女性にもたらした皮肉な貢献
 大恐慌が押し寄せるまで、事務職の半分以上が女性従業者によって占められたという事実はアメリカの女性の雇用に対して皮肉な効果を持っていた。大恐荒の最初の3年間がすぎると、男性よりも女性の雇用の方が改善された(Cohen 1992;Kessler-Harris 1982;Milkman 1987)。1930年代にもっとも大きな打撃を受けたのは女性の雇用が少なかった重工業であり、もっとも回復が早く、その後拡大した社会サービスや教育産業では事務職に対する必要性が高く、こうした仕事は、すでに文化的に女性的仕事というラベルが貼られていた。第二次大戦終了後、アメリカの男性が通常の経済活動に戻った時も、女性の就業に対する影響は思ったほどではなかった。これらの仕事は「女性の仕事」という観念があったためである。女性局の記録によると、1953年には速記者とタイピストが不足しており、これらの不足は男性ではなく女性従業員によって埋められた。
 しかし、今世紀前半の女性の事務職従事者の増加によって、アメリカで男女間の賃金格差が小さくなったとすることはできない。本論では、そこまでの議論はしていない。逆に、男女間の賃金格差は1980年代にはいるまで、執拗に維持され続けた(Bernhardt et al. 1995;Goldin 1990)。むしろ、事務職の女性化によって達成されたのは、既婚女性のホワイトカラーの仕事に対する恒久的な足がかりだった。本論の最初に述べたように、1940年までに、既婚女性の取得学歴と就業率の間には正の相関があった。それ以来、高い教育を受けた既婚女性の就業率は、学歴の低いものよりも高いという傾向が続いたが、特に事務職においてこの傾向は顕著であった。男女の給与を歴史的に比較することは難しい。男女の間で、最初は給与に大きな差はないが、就業期間が長くなるに連れ、格差が広がってい行く。しかし、1940年までには、事務職に従事する女性の給与の上昇率は、製造業に従事する女性よりも高かった(Goldin 1990)。多くの女性は高校教育の中でタイプなど事務職に必要な技能をある程度身につけており、さらに、秘書養成のための専門学校に通うものもいた。こうした教育の有効性、重要性、アメリカで事務職に就くための職業的教育は、今世紀前半に確立され、現在まで続いている(Osawa 1988)。
20世紀半ばまでの事務職の女性化に加え、アメリカの事務職の世界で新たな革命が1970年代に起きた。事務的なトレーニングだけでなく、MBAのプログラムが提供するような管理者としてのトレーニングが必要とされるようになった。ここで、何故MBA革命と呼ばれるものが起きたかを説明する余裕はないが、1970年代、1980年代におけるMBAプログラムの急速な拡大は、多くの若い女性も巻き込んだ。こうした女性の多くは、大学を卒業した時点で事務職に就いた場合の将来の見通しについて不満を持っていた。1960年代後半から1970年代初めの女性解放運動は、中流以上の階級出身の高い教育を受けた女性の間から起きたものだが、この結果、アメリカの女性は自分の給与を他の女性とではなく、男性と比較するようになった。こうした比較基準の変化は、多くの女性にとって、事務職の価値を引き下げる結果となった。この時期までに、社会的に、女性の就業が認められた職業の数は、事務職以外の選択肢は製造業、家事サービス、販売などの仕事しかなかったそれ以前の時代と比べると、飛躍的に増大していた。選択肢の拡大に伴い、女性が自分の給与を男性のそれと比較するようになったのは自然なことだった。MBAプログラムが拡大した当初から、このプログラムを受講し、アメリカの企業の世界に入り、それまでの女性が就いていた事務職よりも給与、威信の高い仕事に就こうとする女性がいた。
 結論として、事務セクターの拡大がアメリカの既婚女性の職業生活に及ぼした効果は、以下の通りである。20世紀初頭の事務職の急速な女性化により、アメリカのオフィスの中に職業的ゲットーのようなものが出現した。しかし、同時に、女性化という現象によって、女性は事務職に就くためにより高い教育を受けるようになり、多くの年齢の高い、高学歴の女性を生み出した。この新しい就業予備軍の就業率は、1940年代以降、急速に増加した。「女性的な」仕事に就くための若い未婚女性の数が不足していたためである。高学歴で、幅広い年齢層にわたる女性が就業するようになり、女性は自らの給与を男性のそれと比較するようになった。さらに、1970年代以降のMBAプログラムの急速の拡大とともに、アメリカの女性は、上昇移動を望むならば必要とされた学歴を得ようとした。1980年代までに、アメリカにおける管理職従事者の約30%、事務職従事者の77%が女性であった(Brinton and Ngo 1993)。
 次の節では、日本の経験について検討し、事務職の拡大が既婚女性に対して異なった意味を持っていたことについて述べる。

4.日本における事務セクターの拡大

一般的な傾向
 日本における事務セクターの拡大は第二次大戦後、徐々に進展した。40年前、農林漁業を除いた就業者のうち、事務職の占める割合は15%(男女を含む)だった(現在は21%)。表2は、1944年から48年生まれの者を始めとするコーホート別に、5年毎に就業女性の中で事務職従事者が占める比率を示している。表1に示したアメリカの女性と比べると、日本においても、コーホートが若くなるに連れ、事務職従事者が増加していることがわかる。コーホートが若くなるに連れ、全ての年齢時点で、事務職従事者の比率は前のコーホートより増加している。同時に、各年齢にまたがる、事務職従事者の比率の平準化も進行している。しかし、平準化の度合いはアメリカほど顕著なものではない。アメリカのデータで、もっとも若いコーホートが50歳代前半の時点での事務職従事者の比率は、20歳代前半時点と比べて7パーセント低いだけだが、日本では、その差は30%にもなる。つまり、日本では、年齢が高くなるに連れ事務職から離れるものが多くなるという傾向が明らかである(日本のデータのもっとも若い2つのコーホートについてのデータがアメリカのものにはないが、それとは関係なく、こうした結論を出すことができる)。
表2 年齢階層別各歳時の事務職従事者の比率(日本女性)
表1 年齢階層別各歳時の事務職従事者の比率(米国女性)
 日本では、女性の事務従事者の年齢別分布が、アメリカと比べ、平準化していない。しかし、一般的に抱かれている若い「オフィス・レディ」というイメージからすると、平準化は進行している。これらは矛盾した見方ではない。表2を表1とともに検討する際、表中の数字は就業女性中の事務職従事者の比率を示しており、分母の大きさの変化の影響が反映されていないことに留意すべきである。前述のように、アメリカのデータに示されているもっとも若いコーホートが労働市場に入る頃までには、女性のM字型の就業率カーブは消滅している。すなわち、アメリカのデータにおける各年齢時点の分母の大きさは、女性就業者自体の数を反映したものである。いっぽう、日本ではM字型の就業率カーブは維持されており、20代後半から30代前半の女性就業者の数は20代前半と比べて減少している。したがって、25~29歳、30~34歳の列の数字の分母となる絶対数は小さく、この時点の事務従事者の比率は、就業率の高いより若いあるいはより年齢の高い時点における数字と比べて、ある意味で誇張されている。
 このことは、図1をみるとより明らかになる。この図は、過去30年間の日本における事務従事者の年齢構成の変化を示している。この図から、事務職従事者のうち、24歳以下の女性が占める比率が非常に大きく減少していることがわかる。1960年代始めには40%以上であったのが、1990年代始めにはその半分にまでなっている。これは、1970年代頃から始まる40歳以上の女性事務職従事者の増加を反映したものである。1992年には、30歳未満の女性事務従事者の比率は、40歳以上の女性の数字と比べ、僅かに1ポイント高いだけである。言いかえると、ここに示されているのは、年齢の高い女性の事務職への就業が増加しているという長期的な傾向なのである。事務職は、もはや若い女性が独占する分野ではない。このことは、日本について本論が提起する最初のファインディングであり、この点においては、アメリカにおける事務職の拡大と既婚女性の関係と共通している。
図1 事務従事者の年齢構成の変化(日本)
 もちろん、事務職従事者の年齢分布の変化に対して、日本の人口の高齢化も影響している。年齢の若いコーホート自体が小さいのである。しかし、他の職種、特に専門的なホワイトカラーの仕事について、同様の影響を認めることはできない。これらに対しては別の説明が必要である。事務職全体をみると、年齢の高い女性の占める割合は以前よりも高くなっているが、高いレヴェルのホワイトカラー職、技術あるいは教育に関連する仕事に就く女性の年齢は35歳未満である場合が多い。したがって、戦後、ホワイトカラーの仕事への女性の進出を過大評価してはならない。

日本における事務職の意味
 第二次大戦後の事務職の拡大について、より詳細に検討し、それが既婚女性の労働定着率と仕事のタイプとの関係にどのような意味を持って飯高をみるために、1995年に行われた「社会階層と移動調査(Social Stratification and Mobility Study:以下、SSM調査と略称)のデータを援用する(訳注2)。調査には2つの種類があるが、併せて、無作為抽出された男女各4032名を対象としている。ここでは、回答者の職歴のすべてについての情報がある調査のデータを用いる。この調査は、男女に対して同じ形で行われているので、男女双方の職業生活に対する事務職の意味について検討することができる。そして、事務職は男女にとって全く異なった意味を持っている。
 過去に就業経験を持つ女性の中で、諸処区が事務職であったものは、1995年時点で60歳以上の(1950年代前半に労働市場に入った)女性では26%であったが、20歳から29歳の(1980年から1990年初頭に労働市場に入った)女性においては47%と増加している。これは、戦後に日本における事務セクターの増加と一致する。農林漁業の仕事に従事するもの、及び自営業主、家族従業者を除くと、この数字はさらに高くなる。
 調査に回答した女性の大部分は、結婚以前に就業経験を持っている。93%の女性が結婚より前の時点で就業経験を持っており、結婚後に初めて仕事に就いた者は僅か7%である。結婚以前に就業経験がある女性の初職をみると、事務職に就いた者がもっとも多く41%である。結婚後に初めて仕事に就いた者の中で、初職が事務職であった者の比率は20%であった(この場合、初職が生産工程の仕事であった者がもっとも多い)。初職が農林漁業の仕事ではなく、かつ雇用者だった者の場合、この数字はさらに高く、47%にまで上昇する。職業経歴の最初から経営者、管理職だった者は男女ともいない。このような者は、調査回答者全体の中で男性2人、女性1人だけである。
 アメリカでは、20世紀の半ばには既に初職が事務職の女性は、生産工程の仕事に就いていた者より結婚後の就業率が高かった。いっぽう、日本においては全く逆である。30歳、40歳、50歳の各時点での女性の就業率、職種の分布を計算したところ、初職が事務職だった者の多く(54%)は30歳時点で労働市場から離れていた。この比率は、他の職業に就いていた者と比較するともっとも高い。2番目に労働市場から離れている比率が高いのは販売職に就いていた女性である。また、40歳時点、50歳時点で労働市場に再参入した者の比率は、事務職に就いていた女性がもっとも低い。
 初職が事務職の女性のうち30%は、30歳時点でも事務職に就いている。この数字は、40歳時点で34%、50歳時点でも同様の水準を保っている。すなわち、事務職から職業生活を始めた女性の約3分の1は、30歳、40歳、50歳になっても同様の仕事に就いているが、それ以上の者が労働市場を離れている(それぞれの時点で、59%、39%、42%)。各年齢時点で、事務職以外の職種への流入率が10%を超える職種は事務職従事以外にはない。もっとも興味深い事実は、日本では、事務職に就いていた女性が経営者、管理者に昇進しないということである。30歳、40歳、50歳の各時点までに、初職が事務職で経営・管理的地位に昇進した女性の比率は、各々、0.5%、1.0%、1.3%である。
 日本の男性の職業経歴は大きく異なっている。各年齢コーホートの中で、初職が事務職だった者の比率は約20%で、女性よりも低い。ほとんど全ての男性が結婚以前に就業経験を持っている。30歳時点では、初職が事務職であった者の全てが就業しており、中、79%が事務職に従事している。経営・管理的地位に就いた者は4%であった。40歳時点で事務職に従事している者は61%だが、21%は管理職に移行し、10%の者は販売職に就いていた。したがって、初職が事務職である者の92%が、この3つの職種に従事していたことになる。50歳時点までに管理職に移動した者は34%であり、事務職に留まっていた者は50%、販売職従事者は9%であった。
 要約すると、これらの3つの職種(経営・管理職、事務職、販売職)は、初職が事務職であった男性の中90%以上の者にとっての、50歳時点におけるキャリア・ゴールだということになる。いっぽう、女性の場合、50歳時にこれらの仕事に就いている者の比率は約42%である。もっとはっきりと述べるならば、事務職からキャリアをスタートした男性の約3分の1は、その後(多くは40歳までに)管理的地位に上昇するが、女性では、この数字は僅か1%である。
 管理的地位への移動率の男女差は、どのような事務職に就いているかが男女で異なっていることと関連しているのではないか。SSM調査は、この問題を検討するために優れた情報を与えてくれる。事務職が、国勢調査で用いられている職業分類よりも細かい小分類に分けられているのである。この分類によって、「(国勢調査における:訳者注)一般事務員」の中、どのような職種に男性が多く就いているのかをみることができる。表3によれば、男性の場合、総務・企画事務員、営業・販売事務員、その他の一般事務員に就いている者が多い。いっぽう、女性が多く就いている職種は、総務・企画事務員、会計事務員、その他の一般事務員である。
表3 初職が事務職の男女の職業小分類
 この、若い時期の就業職種の男女差は、取得学歴の差、及び就業時点での年齢の違いによるものだと考えることができる。この仮説を検証するために、初職が事務職の女性について、就業開始年齢と取得学歴を男性のサンプルと比較できるよう標準化した上で、あらためて、各小分類職種従事者の比率を推定した。さらに、就業開始年齢と取得学歴を調節した上で算出された比率と、元の比率を比較した。この結果、全ての職種で、統計的に有意な差があると認められなかった。すなわち、就業開始年齢と取得学歴を男性と同様にしても、男性と女性の分布の差はなくならない。
 上の分析から、日本の事務職における性別分業構造は、キャリアの初期から始まっていることがわかる。しかし、アメリカのように女性により独占されている職種も見あたらない。表3に拠れば、女性従事者が85%以上を占める職種は受付・案内事務員とタイピストの2つだけで、この2つの職種の従事者は事務職従事者全体の5%に満たない。事務職全体が女性によって独占されていないという事実はアメリカと対照的である。
 表4は、アメリカの事務的職業の各職種における女性従事者の比率が示されている(注3)。日本と比べてもっとも顕著な違いは、女性従事者の比率が85%を超える職種は4つあり、これらの職種の従事者は事務従事者全体の53%(日本における同様の数字の約10倍)になることである。
表4 事務職従事者における女性比率
 アメリカと比べ、日本において事務職が女性によって独占されていないということは、性差指数(sex segregation index)を算出し、比較しても明らかである。性差指数とは、各職種における性差を消滅させるためには、どのくらいの移動が必要かを示すものである。表3と表4に示されている小分類カテゴリーは、互いに異なっているので、1980年のアメリカと日本の国勢調査データから算出したものを用いる(Brinton and Ngo)。日本における性差指数は19.5であるのに対し、アメリカにおける数字は31.9である。この数字からも、アメリカでは女性が特定の職種に集中していることがわかる。
表3 初職が事務職の男女の職業小分類

(注3) この数字は初職におけるものではなく、各年齢層にわたるアメリカの労働市場全体における数字である。

(訳注2) 「社会階層と移動調査(SSM調査)」は、日本における社会階層と社会移動の動態を探ることを目的として、1955年から10年毎に行われている全国調査である。1995年の第5回調査は、盛山和夫東京大学教授をリーダーとし、文部省の科学研究助成金を受け実施された。データは、SSM調査実行委員会のメンバーによって現在分析されている。このデータの使用は、報告書が刊行されるまでは調査実行委員に限られているが、筆者のブリントン氏は調査実行委員の一人である。

男女の職業経歴における事務職と管理職
 日本では、女性の事務職の独占の度合いが低く、相当数の男性が30歳、40歳、50歳の時点まで事務職に留まっているとすると、各年齢時点における事務職は、男女双方にとってどのような意味を持っているのだろうか。そこで、各年齢時点における事務職小分類従事者が男女の事務職従事者全体の中に占める比率、及びそれぞれの事務職小分類カテゴリーに対して女性比率を計算した。男性の場合、全体の比率は年齢が変わっても余り変化しない。いっぽう、女性の場合、会計事務員の比率が、若干、変化する。また、全ての年齢時点で、女性によって独占されている(女性従業員が85%以上を占める)職種は受付・案内事務員とタイピストだけであり、これらの仕事に就いている者が事務職従事者全体の中で占める比率は僅かである。
 事務職における男女間の差は、年齢が上がるに連れて徐々に大きくなる。初職における男女間の就業職種は、企業規模に関わらず、ほとんど変わらない。ただし、従業員数が30人未満の小企業に従事する女性が多く、また、公務に就く者は男性が多い。初職が事務職であった者は、男女とも90%以上が正規従業員である。
40歳時点で事務職に就いている女性の半分近くが、従業員30人未満の企業で働いている。いっぽう、同様の企業に勤めている男性の比率は15%である。逆に、男性事務員の約3分の1が従業員1000人以上の大企業に勤めているが、同様の企業で働く女性事務員は約12%である。公務に就く者は、この時点でもやはり男性が多い。おそらく、より注目すべき事実は、40歳時点で事務職に就いている男性の大多数は正規従業員であるが、正規従業員として働く女性事務員の比率は初職時点と比べると半分になっているということである。40歳時点で、女性事務員全体の中46%が正規従業員である。パートタイム・臨時従業員の比率は23%、家族従業員は24%であった。
 結論として、職種だけをみると年齢による男女差は変化しないが、勤務先に関する差は徐々に大きくなる。女性は次第に小企業に集中するようになり、半数は正規従業員、半数はパートタイム・臨時従業員になる。男性には、こうした傾向はみられない。
 最後に、SSMデータによると、40歳ないし50歳までに管理的地位に就く男性の半数以上が営業・販売事務員またはその他の一般事務員であった。表3に拠れば、初職が営業・販売事務員であった女性は非常に少ない。その他の一般事務員であった女性は非常に多いが、年齢を経るに連れ減少する。
表3 初職が事務職の男女の職業小分類

5.事務職における性別分業の日米比較

 日本、アメリカの双方で女性事務員は、過去、若い未婚の者に集中していた。アメリカと同様に、日本の事務職従事者の年齢分布は次第に分散し、相当数の30代以上の女性事務員もみられるようになったが、アメリカの既婚女性に対して事務職が持っていたような効果を、日本でみることができない。アメリカでは、事務職は高校以上の学歴を持つ年齢の高い既婚女性にとってふさわしい仕事であるばかりでなく、仕事に就いたばかりの若い女性に長期のキャリアをもたらすものでもあった。事務職に就いたアメリカ女性の多くが管理的地位に上昇したわけではないが、事務職は、女性が結婚した後も継続して働き続けるセクターの一つなのである。
 事務セクターが年齢の高い既婚女性に対して持つ意味の日米の差は、日本における事務セクターの拡大が比較的最近起きたので、アメリカのように既婚女性を労働力として組み入れることができなかったとするだけでは理解できない。アメリカにおいて、未婚時に事務職に就いていた女性が結婚後も労働市場に留まるという傾向が現れたのは20世紀半ばである。いっぽう、本論で行われた分析で明らかになったように、日本では未婚時に事務職に就いていた女性の方が、結婚後の就業率は低い。また、日本では、働く既婚女性の多くは小企業に勤務し、正規従業員ではなくパートタイムで仕事をしている。したがって、事務職は女性にとってキャリアを意味しない。何故なのだろうか。
 重要なものとして、3つの理由が考えられるが、日本とアメリカの間のタイム・ラグは含まれない。これは、十分な答えではない。3つの理由とは1)事務セクターにおける社会的、技術的な組織構造の違い、2)労働供給の差、すなわち、米国にみられたような若い未婚女性の急激な現象が日本ではみられなかった、3)年齢と性が日本の組織において持つ意味、である。
 事務職の社会的組織構造
 本論で引用した事務セクターに関する幾つかの歴史的研究に示されているように、アメリカにおける巨大な官僚組織の発達は、事務職の中に細かな分業構造をもたらした。前に引用したロウによる記述に示されているように、事務的職務は分類され独立な職務名を持つようになった。この点において、日米の事務職無の組織のされ方は大きく異なっている。日本の職場について、日米の研究者の多くが指摘するように、アメリカと比べ、日本における職務内容の規定は曖昧である。日本の大企業の多くは専門家よりジェネラリストを、可能な限り新規学卒者から雇用しようとする。総合職で働く、つまり、潜在的に終身雇用が約束されている雇用者(通常、若い男性)は、就職後、最初の数年は様々な仕事に従事し、同じ年次の者と下級管理職に就くための昇進競争をする。若い女性従業員は補助的な仕事を行う。かの女達は、通常、総合職ではないが、かといって(アメリカの女性事務員がタイプを打つように)キーボードを打ち続けているわけではない。もし、キーボードの操作に専念するなら、そのことによって企業にとってなくてはならない存在となり、多少の昇進を望むことができたかもしれない(Ogasawara 1998)。
 対照的に、アメリカで、特に政府機関や大学などの大きな組織で働く女性の事務職従事者の一部は昇進する(DiPrete and Soule 1988)。このような地位の階梯は、それぞれの職務内容の中に盛り込まれており、昇進するか否かは取得した技術と勤続年に依存する。このような地位の階梯は日本の事務職の中にはみられない。こうした違いは、日米間の組織のあり方の差と同時に、事務職における技術的な違いにも起因している。アメリカでは、早くからタイプライターが導入された。これは、後にワード・プロセッサーに変わったが、このような機器を操作するタイピストという職務を生み出し、これが急速に女性的仕事となった。書類整理、簿記といった職務も同様に細かく分類され、それぞれ、独立した仕事になった。このようにして、女性事務員は現場のオフィスを運営する上で欠かせない存在となった。これらの女性の中には、若い女性ばかりでなく、経験を積んだ年齢の高い女性も含まれていた。
 労働供給の変化
 アメリカで、事務職に就く既婚女性が急増したのは事務セクターが女性化されたと同時に、若い女性労働力の供給が減少し、企業が既婚者に対する制限を撤廃せざるを得なくなってからである。日本では、このような若い未婚女性の労働供給不足は起きなかった。日本社会は急速に高齢化しているものの、1990年代以降の経済成長の鈍化によって新規女性学卒者に対する求人率は上昇した。1990年代半ばに行った学校の進路指導担当者へのインタヴューによると、女性の高卒者の中に、事務職に就くことを希望していたが、希望通りの就職口を見つけられなかった者が多くいるという(Brinton 1987)。1990年代半ば、日本のマス・メディアは、事務職に就くために大卒、短大卒の女性が長い列を作って面談を受けようとしている姿を盛んに報じた。このような状況下では、事務職の中に完全に女性化したものがあったとしても、アメリカのような既婚の女性事務職従事者の急速な増加は望めないだろう。
 組織における年齢、性の文化的意味
 アメリカでも、企業の本社、大きな法律事務所、エリートを顧客とするオフィスに若く美しい受付嬢がいれば評価されるかもしれない。しかし、年齢や容貌は、多くの場合、アメリカの事務従事者にとって重要なものではない。なぜなら、事務の仕事はそれぞれ互いに分離しており、また日本ほど、年齢を地位の基準の一つとして重要視しない。有名なビジネス・スクールを卒業し、MBAを持った若い管理者に、年齢の高い、経験豊富な秘書が就く。このような場合、管理者の持つ資格の方が秘書の年齢の方が高いという事実より重要であり、年齢差は、管理者と秘書の関係にも影響を及ぼさない。日本では、企業における地位は年齢と密接に関係している。年齢の高い女性と若い男性が職場で並んでいる姿は奇妙に映る。女性であるために、かの女達の地位は低い。しかし、年齢が高いということ自体が一つの地位である。このような状況は、職場にいる者を当惑させる。こうした日米の文化の違いは重要である。両国で、どのような仕事が年齢の高い女性にとってふさわしいと考えられているかということに関係しているからである。日本では、女性だという理由だけではなく、年齢が若いから仕事上の地位が低いと考えられるならば、男性は安心する。こうして、性、年齢、仕事上の地位の間に安定した地位の一貫性(status consistency)が生まれる。年齢の高い既婚女性の存在はこうした一貫性を壊してしまう。年齢が高いということが一つの高い地位なのである。近藤(Kondo 1990)は、例外的な状況について報告している。年齢の高い女性が、男性の若い新入社員に対して母親のように振る舞うのである。このような状況は、東京などのビジネスセンターの中にある大きな事業所ではなく、近藤が調査した、伝統的な中小企業においてあてはまる。
 将来について考えてみると、1990年代以来の不況、外注という企業行動の増加、派遣事務員の増加などの事実は、日本の企業における事務業務の構造の変化を示唆している。一部の事務職種で女性化が進むとも考えられる。しかし、上であげた3つの理由から、仮に女性化が進んだとしてもアメリカの事務業務で過去に起きたものとは異なるだろう。
(訳 平田 周一)

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第5章 初期職業キャリアの日米比較

 初期キャリア形成の日米比較

1.はじめに:問題の設定
 ここ数年の間、日本の労働市場、雇用慣行について、改めて盛んに議論されている。その中には、これまでの本的雇用慣行が実在したことを認めた上で、近い将来日本的雇用慣行は変わらざるを得ないと指摘するものや(八代 1997)、従来の日本的雇用慣行に関する議論自体を見直そうとするもの(野村 1996;熊沢 1997)と様々であるが、いずれも、バブル景気が終わった後、現在に至るまでなかなか改善されない深刻な雇用状況や、その間の企業の行動の変化を見据えた結果生まれてきたものだ。
 日本的雇用慣行といえば、もちろん、「終身雇用」、「年功序列」をその特徴としたものであり、企業別の労働組合という労使関係のあり方の側面と同様、日本の労働市場、雇用慣行に特有のものであるということになっている。いうまでもなく、終身雇用とは、ある企業にはいると定年に至るまで働き続ける、あるいは雇用が保障されていることであり、年功序列とは、雇用者の年齢もしくは勤続年によって賃金が上昇していく制度を意味する。このように単純に日本の雇用慣行を要約してしまっていいのか、あるいは、このような制度が実際に意味を持っているのは一部の大企業だけであるというような議論はあるが、欧米と比較すると、こうした要素が強いのは事実だろう。このような日本の労働市場と対局にあると考えられるのが米国の労働市場だといわれてきた。すなわち、個々の雇用者は企業に縛られず、各自の資格や職業能力を売り物に、条件の良い職場を求めて転職を繰り返す。また、賃金も勤続年ではなく、職業能力の対価として支払われる。しかし、1970年代に入って現れた二重労働市場論(dual labor market theory)は、アメリカにおいても内部労働市場が支配的な第一次労働市場(primary labor market)と、そうではないセクター、第二次労働市場(secondary labor market)が存在することを示した(Doeringer and Piore 1971)。米国におけるこのような潮流は、この新しい二重労働市場論の枠組みを用いて日本の労働市場について再考しようという動きもみられた。
 一方、前述のように日本の雇用慣行も大きく変化する兆しを見せている。このように、日本の労働市場、職業キャリア形成のありかたに国際比較を通して相対的に把握することはきわめて重要な課題である。しかし、日米の労働市場、転職のあり方、職業キャリアの形成等について実証的なデータの分析を行って比較を試みた研究は意外に少ない。ロバート・コール(Cole,1979)による研究は、例外ともいえるかもしれない(注1)。本論の目的は、日米の職業キャリアの実体を実証的なデータ分析を通して比較検討していくことである。
 単純に、職業キャリアといっても、そこには様々な要素が含まれており、何らかの指針なしでは国際比較など行うことはできない。本論では、日米両国の雇用慣行の違いが実際のキャリアにどのような帰結をもたらすのかについて検討することを、日米の職業キャリアを比較するための指針とする。前述のように、日本の雇用慣行といえば終身雇用、年功序列といった言葉が思い浮かぶ。さらに詳細にいえば、日本の雇用慣行のモデルにおいては、新規学卒者を定期的に採用して、これらの新入社員が長期にわたって同じ企業に勤務することを前提として人事管理、教育、訓練が行われる。この結果、日本の企業ではOJTが重視される。また、同じ企業の中長い間勤務するので、当然、様々な部署、仕事を経験する可能性が大きくなる。したがって、ある職務に精通するというよりも、特定の企業の中で業績を上げることが重んじられる。いわゆる「企業特殊的な能力」が重視される。この様な雇用慣行を一言でいえば、「内部労働市場型」の雇用慣行といえる(佐野 1989;Althauser and Kalleberg 1981)。
 一方、個々人が特定の職業上の能力を身につけ、それを売り物にしながら一つの企業に執着することなく転職を繰り返すというアメリカの雇用慣行を「外部労働市場型」と呼ぶことができる。アメリカでも内部労働市場の力が強いセクターが存在すると議論されたことは前述の通りだが、ここで、内部労働市場型、外部労働市場型という用語は理念的なモデルを意味している。それでは、この様な日米の雇用慣行の差は、実際の職業キャリアにどのような帰結をもたらすのか。本章では以下のような3つの仮説を用意した。
(1) ある企業への雇用継続率は、日本よりも米国の方が早くから減少を始める。日本よりも、アメリカの方が転職者が多いことによる自然な帰結だが、生存率カーブの形状自体が異なっていると仮定している。
(2) 企業間を移動する際、米国と比べると日本の方が職種を変わる者が多い。これは、日本では職種に特定した技能ではなく、企業特殊的な技能が重視されるという仮説に対応したものである。
(3) 企業間を移動する際、米国では学歴の効果が労働市場に参入した後も持続するのに対し、日本では、いったん労働市場に参入すると学歴の効果は減少する。
 これらの仮説を、以降の各節で検討していく。その際に、より詳細な検討を改めて行う。

(注1) 本論の分析とは視点が異なるが、日本、米国、英国の3カ国間の地位達成過程を実証的なデータ分析によって比較を試みた研究として石田(Ishida 1989)によるものがある。

2.データについて

 本論で用いられるデータは、米国については、1979年から継続して行われている「労働市場の経験に関する経時的全国調査(National Longitudinal Study of Labor Market Experience)」によるものである(以降、NLSY調査と略称)。NLSY調査の詳しい概要は、本論の最後に補遺として示されているが、対象者は1979年時点で15歳から21歳の男女であり。調査は、1979年以降、毎年追跡調査を行うというパネル調査の形式を取っており、1997年現在も調査は続いている。本論で用いられたのは、1979年から1992年までの14回分のデータであり、その中から男性だけを抽出した(注2)。したがって、1992年時点で調査回答者は、年齢が28歳から35歳の男性ということになる。
 日本のデータについては、1981年に雇用職業総合研究所(現日本労働研究機構)が行った「職業キャリアと経歴調査」の結果を用いる(注3)。日本のデータの調査対象者は調査時点において25歳から69歳の男性であり、調査時点以前の職歴を回顧する形式で記録されている。一方、NLSYの対象者は限られたコーホートに属する者であり、調査期間もまだ14年しかたっていない。NLSYのデータには、職業経歴について1979年以降は、切れ目なく詳細な情報が記録されているが、いずれにしても最も年齢の高い者でも35歳までの記録しかない。この様なデータの制約から、本論における分析は生涯にわたる職業キャリアについてではなく、比較的初期の職歴を日米で比較するということになる。
 日米の比較を行う前に、もう一つ留意すべき点がある。同時に複数の仕事に就いている例は、近年、話題にされるようにはなっているが、日本ではまだ一般的ではない。しかし、米国では珍しい例ではない。NLSY調査では、対象者一人について、最大5つの職業が記録されている。必ずしも、記録されている職業すべてに就いているわけではないが、複数の職業に平行して就業しているケースも当然存在する。筆者は、これらの職業の中から主な職業を選択し、一つの職歴を構成しなければならなかったのだが、幸い、各年毎にCurrent Population Surveyに対応する情報が記録されており、どの職業を参照したかがわかるので、参照された職業を主なものとした。したがって、NLSY調査データにある職業の中には、この職歴に全く現れないものも存在する。当然、このような職業の変化は転職としてカウントされない。
 また、方法論的にいえば、当研究所で行われた職業経歴と移動調査のようなクロスセクショナルな形式をとっているものはもちろん、NLSY調査のような比較的範囲の狭いコーホートを対象としたパネル調査のような場合でも、企業間移動のような変数を扱う際には、右側打ち切りによる歪みが含まれていることを考慮しなければならない。

(注2) この調査の概要については、オハイオ州立大学の人的資源研究センターによるNLSハンドブックを参照されたい。
(注3) この調査の詳しい概要については、雇用職業総合研究所(1988)を参照されたい。

3.企業間移動の日米比較

 それでは、実際に職業経歴の日米比較を試みよう。まず、企業間移動そのものを職業経歴を比較する指標として取り上げる。本節の主な目的は、前述の最初の仮説、「ある企業への雇用継続率は、日本よりも米国の方が早くから減少を始める」について検討することだが、この仮説は、米国の方が転職者が多いと言い換えることができる。一般的に、日米で、職業経歴にはどのような違いがあるかと考えられているかといえば、日本では一つの企業で長期にわたって働く者が多く、アメリカではたびたび転職を繰り返すため、両国の間には転職回数、すなわち企業間移動回数に大きな差があるという「イメージ」がある(注4)。
 表4-1は、コール(Cole 1979)による調査データを元に井上(1979)がまとめた、横浜とデトロイトにおけるコーホート別企業間移動回数である。縦軸に出生年、横軸に年齢時点がとられており、例えば1915年から1924年の間に生まれたものは、16歳から25歳の間に、横浜では平均0.64回、デトロイトでは平均0.77回企業間移動を経験した。該当する行を足しあげることによって、このコーホートに属する者は16歳から55歳の間に、横浜では1.781回、デトロイトでは2.881回企業間移動を経験したことになる。これをみると、いずれのコーホートも、いずれの時点においてもデトロイトの対象者の方が横浜より多くの企業間移動を経験していることがわかる。
表4-1 横浜(上段)及びデトロイト(下段)におけるコーホート別平均企業間移動回数
 また、当研究所が1981年、1991年に行った職業経歴と移動全国調査の結果をみると(表4-2)、全体の平均は1981年で1.14回、1991年には1.10回、ほぼ定年年齢に達したと考えられる60歳から64歳層の累積企業間移動回数は、1981年のデータでは1.57回、1991年では、1.48回であった。しかし、後で述べるように、転職のようなイヴェントの発生には右側打ち切り、すなわち、調査時点では転職を経験していないが、その後転職を経験する可能性があるため、このような比較を行うことには実質的にあまり意味がない。
表4-2 年齢階層別企業間移動回数の2時点比較
 本論では、ある企業で働いていた者が退職して、次の仕事に就いた場合に企業間移動が1回発生したと定義する事とする。退職と次の入職の間に間隔がどれだけあるかについては考慮していない。ただし、日米のデータの双方において、以前に就業経験はあるが(最近の)調査時点において無職である場合は、次の入職の記録がないので企業間移動が起きたとはされない。この様な定義は、NLSY調査の様に、今後、職業経歴が形成される過程にある場合、あるいは日本のデータでも年齢の若いコーホートにおける企業間移動の発生率を過小評価する可能性がある。
 1979年から1992年にNLSY調査データで観察された企業間移動回数は、約2.5回であった。前述のように、NLSY調査の回答者は調査開始時点で14歳から21歳であるので、1992年には、27から35歳になっている。そこで、前に引用したコールの調査結果と比較してみると、1925年から1934年生まれのコーホートが16歳から35歳の間に経験した企業間移動回数は約2.7回、1935年から1944年生まれのコーホートでは約2.5回であるので、ほぼ、同じ水準であるといえる。

 図4-1には、各年齢時における企業間移動発生のハザード率を日米で比較したものがしめされている。NLSY調査の場合は15歳から35歳まで、日本のデータに関しては15歳から40歳までの間のハザード率が示されている。この図から、単に移動回数を比較するだけではわからなかったことを示している。アメリカでは、15歳から30歳くらいまでの間のハザード率が非常に高い。日本の場合も、同じ時期のハザード率は高いのだが、アメリカと比べれば低い水準にある。しかし、日本におけるハザード率は大きく上下することはないが、アメリカのデータにおけるハザード率は23歳位をピークとして、その後徐々に低下する。30歳を過ぎた時点になるとアメリカと日本の間に大きな差はみられなくなり、アメリカの方が低い水準にさえなる。
図4-1 日米における転職発生のハザード率
 転職行動の発生率に日米の間でこの様な違いがみられるということは、どのような意味を持っているのだろうか。アメリカの方が転職が多い、という単純な結論以上に重要なものは、学校から労働市場に移行する際のプロセスに違いがあるということである。日本では、新規学卒者を企業が定期的に採用するのが一般的である。このプロセスには、学校、公共職業安定所などの公的な組織が大きな力を持って参加しており、長い間、日本における安定した人材供給に貢献してきた。この様な制度は、他の国々からみると非常に制度化されている。一方、アメリカの場合、日本のように個々人の求職活動に公的な組織が介入することはなく、学校も大きな力を持っていない。学校を卒業して初めて労働市場に入る場合でも、個々人が独自に就職活動を行う。しかも、日本のように新規学卒者の入社であっても長期にわたって勤務することが前提とされていない。その結果、学校を卒業してから、しばらくの間は自分にとって適切な仕事、勤務先を求める適職探しをする期間となる。また、いったん仕事に就いた後、再び学校に戻ってより高い学歴を身につけ、その後に新たな仕事に就くケースもしばしば見られる。したがって、適職を求めて転職したり、いったん学校に戻るという行動を行う適職探索期間が長くなる。一方、日本でも数年前、好景気で労働力不足といわれた時期に「第二新卒」という言葉が生まれ、若年層で、一度就職した直後、よりよい就職先を求めて転職する者が増加したと話題になったが、全体的にみれば、卒業直後に就職した企業にある程度長い間勤務するというのが一般的である。
 なぜ、アメリカより日本の方が企業間移動が少ないのかについて、改めて考えてみよう。
 前述のように、学卒者が労働市場に移行する過程は、日本においては非常に制度化されている。加えて、企業内における雇用管理、昇進構造にも日本独特の特徴がみられる。最近、日本の雇用管理、昇進構造についての実証的研究の結果がいくつか発表されている。それらの多くは、日本の主に大企業における昇進、選抜の形態は、「遅い選抜」あるいは「遅い昇進」という言葉で要約できるとしている。例えば、小池(1991)は企業内における最初の選抜が、入社2、3年の間に行われる場合を「早い選抜」、入社10~15年後まであまり差がつかず、以後急激に選抜が行われるような場合を遅い選抜となずけ、
 どのような組織にも決定的な選抜がないわけはない。要はそれがはやく行われるか、それともおそいか、の違いなのだ。日本の大企業は、確立した企業ほど、じっくりとした選抜方式(遅い選抜:筆者注)をとっている(小池 1991、p.11)、
 と述べている。さらに、企業内の昇進過程を実際の人事データ等を用いて分析した研究においてもこうした事実が観察されている。大製造企業のホワイトカラーの昇進構造の分析結果(今田 平田 1995)によれば、大卒以上の学歴を持つ者の場合、入社後しばらくの間は昇進の速度に差が無く、ある一定の勤続年数に達すると一斉に昇進するという年功序列型の昇進が行われている。しかし、入社後10年あまりを経て、管理職の段階になると昇進の早いもの、遅いものの区別がはっきりしてくる。また、金融業の企業の人事データを分析した研究(Spilerman & Ishida,1996;Ishida,Spilerman & Su,1997)においても、入社後約10年位がたって初めて選抜の結果が発露することが示されている。
 前述のように、アメリカでも異なった労働市場があることが指摘されているが、日本と比較すれば、アメリカの方が企業内訓練の重要性が低いと考えられる。すなわち、アメリでは個々人の職業的能力が重要であり、雇用者は企業に入った時点で即戦力とされる。
 もし、こうした指摘が正しいとすれば、このことから幾つかの仮説を導き出すことができる。
 最初の仮説は、企業に留まる比率、すなわち、就業継続率が、日本よりアメリカのにおいて早い時期から減少するというものである。なぜならば、日本では一定の企業内訓練が行われた上で選抜が行われるので、企業内訓練が行われている間は転職行動は発生しにくい。一方、アメリカでは企業に入った直後から選抜が行われていると考えられるからである。
 下に示した図は、企業に入った後の継続率(survival rates)を日米で比較したものである。日本と比べ、アメリカの方が継続率が急速に減少していることが一目でわかる。アメリカでは、特に、入社後5年までの間に急速に減少が起きているが、その後は、比較的なだらかなカーブをみることができる。
図4-2 日米の企業勤務継続率
 次の図4-3は、ある企業からの移動、すなわち退職のハザード率を比較したものであるが、ハザード率の上下があまりない日本に比べ、アメリカでは最初の5年間でハザード率が非常に高いことがわかる。しかし、勤続年が5年をすぎるとハザード率は日本よりも低くなる。
図4-3 企業からの離職のハザード率の日米比較
 日本より、アメリカの方がより頻繁に転職する者が多いので、一つの企業での勤務継続率(生存率)はアメリカの方が早く減少する。同時に、ここで注目しているのは、企業に入った当初からアメリカでは生存率の減少が始まるのに対し、日本では企業に入った当初は余り減少がみられず、しばらく時間をおいてから減少が始まるのではないかという点である。前述のように、日本では入社当初は企業内訓練を行う人材育成の期間である。日本の企業におけるこの様な特徴は、日本の多くの企業、特に大企業ほど、新入社員に対し長い研修期間を設けていることからもわかる。一方、アメリカでは、入社当初から他の従業員と同様に職務能力を発揮することが期待されていると考えられている。こうした企業内訓練のあり方の違いが、ハザード率、生存率のカーブの形状に違いをもたらすと考えられる。
 この様な違いが両国の間にあるのかどうか、すなわち、二つの国のハザード率の発生、あるいは生存率の減少に等比性があるかについては、日本とアメリカのそれぞれと時間との間の交互作用項が有意であるか否かをみれば、統計的に明らかにすることができる(Yamaguchi 1991)。しかし、その様な手続きを踏まなくても、この図を見れば、日本とアメリカの間でハザード率のカーブの形状が異なっていることは明らかだろう。予想されたとおり、アメリカでは入社直後から転職が頻繁に発生するのに対し、日本では企業内訓練の期間の間の転職は少ない。
 日本における転職の発生について、図4-3から、もう一つ興味深いことが読みとれる。日本の離職のハザード率は、入社2年目から5年目にかけて相対的に高く、その後、低くなるのだが、入社5年目以降、一般的に高くなっていることがわかる。入社10年目の時点と、図からはあまりはっきりしないが入社15年目の時点である。前述のように、幾つかの企業内の昇進構造の研究成果は、やはり、入社10年目位の時点で選抜の結果が目に見えるようになることが指摘されている。企業内での選抜の結果が発露する時期と、離職のハザード率が一般的に高くなる時期がこの様に一致することが偶然であるとは考えにくい。ここの企業内での企業内訓練のあり方、昇進構造、選抜のあり方などが、労働市場全体での離職傾向のあり方に反映されていると考えられる。
 本節では、転職、離職の発生のあり方を日米両国で比較した。その結果、アメリカの方が転職が頻繁に発生しているのは確かだが、この差は、生涯にわたって同じ水準を保つわけではない。アメリカでは、20歳から30歳くらいまでの間で、転職が特に頻繁に発生する。おそらく、この期間は適職を探索する時期だと考えられるが、日本では、若い層、特に新規学卒者の労働市場への参入のプロセスは制度化されているので、アメリカのように頻繁に転職が発生することはない。
 ここで比較できたのは、データの制約により、30代前半くらいまでの職業経歴である。したがって、これは暫定的な結論である。事実、コール(Cole 1979)の調査結果では全てのコーホートで、全ての年齢時点でアメリカの方が転職回数が多いことが示されている。しかし、職業経歴の極初期の段階の持つ意味が日米で異なっていることは明らかだろう。
 また、一つの企業からの離職が、どのように起きるのかを比較した結果、アメリカでは入社直後から頻繁に離職が発生するのに対し、日本では入社5年目くらいまでの間、離職の発生の水準に大きな変化はみられない。この様な違いは、日本の企業の多くが長い時間をかけて企業内訓練を行うために生じると考えられる。日米両国における雇用慣行の違いが、職業経歴にも影響を及ぼしているのである。次節以降、この点について、さらに詳細に検討しよう。

(注4) ここで企業間移動回数とあえて言い換えたのは、「転職」あるいは「職業移動」という言葉が企業内における職業や地位の変化を示す場合があるからである。職業移動の詳細な定義ついては富永(1979)を参照されたい。

4.職種間移動の日米比較(注5)

(注5) 職種は、標準職業分類の小分類上の変化があった場合変化があったと見なされる。役職は、もっとも一般的と考えられる規準が用意されており、回答者の判断によって変化が記録されている。同一企業で従業上の地位が変化する例として、パートタイムから正規従業員への変化、一般従業員から経営的地位への昇進などが考えられる。

 次に、職種の移動について日米間の比較を試みよう。一般に転職といえば前節で取り上げた企業間の移動を意味するが、職種の移動は企業内においても発生する。仕事が変わるか否かは、どのように職業が分類されているかによって異なるが、日本で用いられている標準職業分類によれば、例えば、経理部で事務を行っていた者が営業部に移って外回りの仕事をするようになった場合、経理事務から外勤事務に仕事が変わったとされる。一般に、日本ではこうした企業内の移動が多いので、企業の多くは特定の職務に精通しているような人材ではなく、企業全体の業務についてよく知っている「企業特殊的」人材、ジェネラリストであることが重要視されているという。したがって、企業間の移動ばかりでなく、職種の移動がどのように行われているかを比較することによって、日米の雇用慣行の違いをみることができるはずである。
 しかし、ここでもデータの制約から職種の移動全体についての比較を行うことができない。日本について分析するために用意された1981年の職業経歴とキャリア調査では、勤務先の移動の他に、同じ勤務先において職種、役職、従業上の地位の変化の、いずれか一つがあった場合、これらが逐一記録されている。したがって、日本のデータの職業経歴の単位は、勤務先を含めた複数の指標が用いられていることになる。しかし、アメリカのデータでは職業経歴の唯一の単位として勤務先が採用されている。NLSY調査はパネル調査なので、年を変えて行った調査で、前と同じ企業に勤めていて仕事が変わっている場合は、そのまま記録されているが、それ以外に過去一年職種の変化があったか否かについてはわからない。そこで、本節では企業間移動が発生した際に職種の移動が発生したか否かを問題にする。この様な形で職種の移動を問題にするのは、データに制約があるので仕方なく行う次善の策という以上の意味を持っている。
 何度も述べてきたように、日本では特定の職務に精通するのではなく、企業特殊的な人材が重要視されており、一つの企業の中では、むしろ様々な職務をこなすことができるジェネラリストが求められているという。一方、外部労働市場型のアメリカでは、勤務先を変わる際、個々の労働者の武器になる者は以前にどのような仕事をしてきたのかという経験である。また、企業側もどのような仕事ができるかを重視する。求人も、職務を特定した上で行われる。この様な違いは、様々な影響をもたらす。例えば、日本では一見同じ様な事務職に就いていながら、学歴、性別によって給与、昇進の見通しなどに大きな違いがある。これは、日本では職務を細かく特定して評価が行われているのではなく、むしろ、職務規程を曖昧にして他の様々な要素を組み合わせて人事が行われていることを意味する。事実、日本の多く企業では米国では一般的な職務規程(job description)を持っていない。
 この様な通説が正しいと仮定するなら、勤務先が変わる際、日本よりアメリカの方が職種の変化は少ないという仮説をたてることができる。本節で検討する作業仮説は、「企業間を移動する際、米国と比べると日本の方が職種を変わる者が多い」というものであり、これは、これまで述べてきたように、日本では職種に特定した技能ではなく企業特殊的な技能が重視されるという仮定から導き出されたものである。
 それでは、実際にデータを検討してみよう。下に示されている表4-4は、企業間の移動があった際に職業大分類のレヴェルで移動があったか否かを日米で比較した結果である。職種の移動の有無だけを問題にするのなら、小分類あるいは中分類のレヴェルでの移動を問題にすることができる。しかし、小分類のレヴェルまで降りると、日米の間では分類基準に大きな差がある。アメリカにおける分類の方が、より細かく分類されており、分類項目数は日本の約二倍である(注6)。この様な差があるので、アメリカの方が分類項目数の多さにより、移動が多く観察されるという歪みが生じる。また、いわゆる中分類はアメリカの職業分類には定義されていない。そこで、今回の分析では大分類のレヴェルでの移動を問題とする。
 大分類の定義の仕方にも日米の差がある。アメリカでの職業大分類の項目は以下のように定義されている(注7)。
(1) 専門・技術的職業(Professional,Technical and Kindred Workers)
(2) (農業を除く)管理的職業(Managers and Administrators,except Farm)
(3) 販売的職業(Sales Workers)
(4) 事務職及び非熟練職(Clerical and Unskilled Workers)
(5) 熟練職(Craftsman and Kindred Workers)
(6) (運輸を除く)機械作業者(Operatives,except Transport)
(7) 運輸機器運転者(Transport Equipment Operatives)
(8) (農業を除く)労務職(Laborers,except Farms)
(9) 農業(Farmers and Farm Managers)
(10) 農業労務者(Farme Laborers and Farm Foreman)
(11) (家事サービスを除く)サービス職業(Service Workers,except Private Household)
(12) 家事サービス(Private Household Workers)
 一方、日本の職業大分類は以下の通りである(注8)。
(1) 専門・技術職業
(2) 管理的職業
(3) 事務的職業
(4) 販売的職業
(5) 農林漁業的職業
(6) 採掘
(7) 運輸的職業
(8) 生産工程・技能・労務職
(9) 保安的職業
(10) サービス職業
 本論では、これらを統一し、以下のような8つのカテゴリーに分類した。
(1) 専門・技術的職業(日本、米国の専門・技能的職業を全て含む)
(2) 管理的職業(日本、米国の管理的職業を含む)
(3) 事務的職業(日本の事務的職業、米国の事務・非熟練職を含む)
(4) 販売的職業(日本、米国の販売職を含む)
(5) 農林漁業(日本の農林漁業職、米国の農業職、農業労務職を含む)
(6) 運輸職(日本、米国の運輸職を含む)
(7) 技能・労務(日本の生産工程・技能・労務職、採掘職、米国の熟練職、機械作業者、労務職を含む)
(8) サービス職(日本のサービス職、米国のサービス職、家事サービス職を含む)
 表4-3はこの分類に基づいて職種を分類し直し、日本、米国の各々について職業経歴のデータ上に現れた企業間移動の全てを累積し、この大部分のレヴェルで移動があったか否かを集計したものである。日本のデータについては、米国のデータにあわせて、前職を退職した時の年齢が40歳未満という制限が加えてある。したがって、しばしば職種の変更がある定年後の再就職のようなケースは含まれていない。
表4-3 企業間移動時の職種の移動
 職業移動が「なし」、「あり」のそれぞれの項目の3行目には期待値と観測値の差が示されているが、この値を大分類間の職業移動があったという項目について日米で比較すると、日本では専門・技術職、技能・労務職、サービス職に負の値、つまり、周辺度数から計算される期待値より低い値を示しているが、米国では負の値を示しているのは技能・労務職だけである。また、職業全てを合計した列比率をみると日本で職種の移動があったのは45.0%、米国では59.6%である。したがって、この数字だけをみると最初の仮説に反して、むしろ、米国の方で企業を移動する際に職種の移動を伴った者の比率が高いという結果になる。結論を出す前に、留意しなけばいけない点が一つある。前に述べたが、アメリカでは、一度仕事に就いた後、再び学校に入り、新たな学歴を身につけた後、再び仕事に就くというケースがかなりあるという点である。この場合、しばしば、職種の大きな変更があると考えられるが、この表には、このような転職も含まれていることに留意されたい。
 日米間で、職種の移動を伴うか否かの傾向に差があるのかをより明らかにするために、ロジスティック回帰分析を行ってみた。結果は表4-4に示されている。この表には2つのモデルが示されているが、モデル1は国別の変数を含まない分析、モデル2は国別の変数を加えた分析の結果を示している。各モデルの下にカイ自乗値が示されており、国別の変数を加えたモデル2のカイ自乗値はモデル1の値より145.95高い。この差は、国別の変数を加えたことによるモデル全体の説明力の改善を示しており、この値は、2つのモデルの自由度の差1で有意なので。国別の変数は有意な独立の効果を持っていることになる。
表4-4 企業間移動時の職種の移動についてのロジスティック回帰分析
 従属変数の職種の移動の有無は移動があった場合は1、ない場合は0を取るダミー変数で表されている。したがって、各独立変数の効果が正の場合は職種移動が多い、負の場合は職種移動が少ないことを意味する。対象国の変数は、アメリカを基準変数としている。この変数の効果は有意な負の値なので、アメリカより日本の方が統計的に有意に大分類間の移動が少ない。職種を示す変数はサービス職を基準変数としている。有意な効果を持っているものは専門・技能、事務、農林漁業、技能・労務である。このうち、専門・技能、事務、農林漁業職は正の効果なので移動が多く、技術・労務は負の値なので移動が有意に少ない。


 なぜ、当初の「企業間を移動する際、米国と比べると日本の方が職種を変わる者が多い」という仮説とは異なる結果になったのだろうか。前に述べた、米国では仕事を辞めた後に学校に戻り、また仕事に就くというケースがしばしば見られ、この場合、職種が大きく変化することが多いということも、このような結果になったことに影響していると考えられる。もちろん、企業特殊的能力を重視する日本と、個々人の職務能力を重視というする違いから、このような作業仮説を導き出すことはできないとすることもできる。また、日米の雇用慣行の違いに関する仮定自体が現実とは異なっているのかもしれない。次の節の分析をふまえた上で、本論の最後で改めて検討したい。

(注6) NLSY調査では、1970年の国勢調査で用いられた職業分類が一貫して用いられており、1981年以降のパネルでは1980年の国勢調査における分類コードが併用されている。日本のデータで用いられているのは昭和55年の国勢調査で用いられた職業分類である。
(注7) ここでは、1970年の国勢調査で用いられている大分類について述べる。
(注8) これも、昭和55年のの国勢調査で用いられたものであり、現行のものとは異なる。

5.取得学歴と職業経歴

 本節では、取得学歴と職業経歴の関連について分析を行う。学歴と職業経歴の関連といっても、様々な形で問題にすることができるだろう。例えば、学歴が高い者の方が転職回数が多いのか、あるいは少ないのかといった分析も考えられる。ここでは、学歴と、仕事の水準の間の関連について検討する。
図4-4 地位達成過程の分析モデル
 社会階層論の分野で、1960年代後半から1970年代にかけて盛んに議論されたものに、地位達成過程の分析というものがある。ブラウとダンカン(Blau and Duncan 1967)による研究以来、地位達成仮定のモデルを用いた研究は世界の様々な国で行われ、日本でも1975年に行われた社会階層と移動研究の分析の中で重要な役割を演じた(富永 1975)。地位達成仮定モデルにはいろいろなヴァリエーションがあるが、基本的に、上の図4-4に示されているようなもので、個人を分析の単位として、その職業的地位の達成に父親の階層的地位、本人の達成学歴のどちらが強い影響を持っているかを検討することが、分析の大きな目的だった。近代的な社会では、生得的な属性(親の階層的地位)より本人の力で達成した学歴の方が地位達成に大きな力を持っていると考えられたのである。
 この地位達成過程の分析モデルの中で、職業的地位を計測するために用いられたのが職業威信(occupational prestige)である。職業威信とは、職業的役割そのものが社会的にどのように評価されているかを計測したもので、ある職業に就くことによって、収入などとは独立して、個人が獲得する社会的地位だとされている。職業威信の測定には、様々な属性を持った人々に職業名を示し、その社会的評価を測定してもらうという方法が用いられており、アメリカでも何度か測定され、日本でも1975年と1995年の社会階層と移動調査で測定が行われている(富永 1975;都筑一治 1998)。
 本題に戻ろう。本節で検討される「職業の水準」とは、地位達成仮定の研究で用いられた、この職業威信である。地位達成仮定のモデルで問題にされたのは学校終了後に初めて就いた職業(初職)と調査時点における現職の2つに限定されていたが、本論では職業経歴に現れる様々職業を取り上げ、それらと学歴の関連を検討する。
 本節で検討する仮説は、最初に示したように「企業間を移動する際、米国では学歴の効果が労働市場に参入した後も持続するのに対し、日本では、いったん労働市場に参入すると学歴の効果は減少する」というものである。この仮説も、日米の雇用慣行の違いといわれているものから導き出されているが、前節で取り上げた、アメリカでは個々人の職業的能力が重視されるのに対し、日本では企業特殊的な能力が重視されているという見方と強い関連を持っている。もし、この様な仮定が正しいのならば、職業的地位達成に対する学歴の役割も異なってくると考えられる。アメリカのような場合、どのような勤め先においても個々人が持つ職業的能力、技能が重要だとされる。個々人が獲得した学歴も、この様な職業的能力の一つであるとみなされる。
 一方、日本では個々人が持つ能力よりも、企業特殊的な能力が重要視される。つまり、企業を越えて意味を持っている学歴のような普遍的な指標は、相対的に軽視される。もちろん、日本において、職業的地位達成に対して学歴が重要でないわけではない(注9)。
1970年代以降、アメリカで盛んに議論された労働市場の二重構造論は、多くの場合、企業は実務上の職業能力を判断することはできない。この様に仮定すると、学歴、性別、人種といった属性は、人員を選抜するためのシグナル、すなわち、実際にはわからない職業的能力の変わりとしての指標という役割を果たすと考えた(Gordon 1972;Edwards et al. 1975;大橋 1978)。日本では、様々な学歴を持つものが、学校を卒業する時期に一斉に労働市場に参入し、基本的に長期雇用が前提となっており、前述のように普遍的な指標よりも企業特殊的なものが重視される。この様な場合、学歴は、労働市場に初めて参入する際の選抜のためのシグナルとして重要なのだと考えられる。そして、仮説にあるように労働市場にいったん入った後は、学歴の力は弱くなる。
 学歴は、労働市場に初めて参入する際には、選抜のための指標として重要なので、新規学卒者として一つの企業に入って、そのまま勤務を続けている者同士を比較すれば、最初の段階の学歴の効果が持続しているので、見かけ上、学歴の力が弱っているようには見えない。学歴の力が持続しているのか、あるいは弱くなったかがわかるのは、前節でも取り上げた転職の場面である。本節では下の図に示されているようなモデルをたてた。このモデルで重要なのは、学歴が転職前の職業、転職後の職業の各々に及ぼす直接効果である。もし、仮説にあるような日本では労働市場に参入した後は、その影響力を弱めるとすれば、転職後の職業に対する学歴の効果は相対的に低くなる。
図4-5 学歴と転職前後の職業の関連
 分析結果は表4-5に示されている。転職前の仕事と転職後の仕事は、前節と同様、職業経歴の中で発生した転職のケースを全て累積した。ただし、日本の場合は転職時の年齢が40歳未満の者に限った。表中で独立変数の効果として示されている数字は、地位達成研究で用いられていたパス解析と同じ方法によって算出されたもの、すなわち、標準化された回帰係数である。転職前、転職後の職業的地位の指標として、日本のデータについては1975年に算出され、職業経歴とキャリア調査で用いられているのと同じ職業分類に適用された職業威信スコアを用いた(直井 1979)。アメリカのデータについては、ダンカンによって算出された職業威信スコアを用いた(Duncan 1961)。日本の職業威信スコアとダンカンの職業威信スコアは、各々の国で独立に計測され、算出されたものであるが、両者を比較すると0.9以上の高い相関係数を示すことが知られている。学歴は、どちらも修学年数を用いた。ただ、日本の場合は修学年数よりも特定の段階を卒業したか否かの方が重要である。また、例えば、中卒と高卒の間の3年間の就業年数と、高卒と大卒の間の4年間の就業年数の差の効果が同じなのかという議論もあろう。しかし、こうした問題があっても、転職前の職業と転職後の職業の各々に対する取得学歴の効果を比較することはできる。
表4-5 転職前後の職業と学歴の関係
 表4-5をみると、学歴の標準化回帰係数はアメリカでは転職前の職業に対して0.278、転職後の職業に対して0.333の有意な値を示しており、水準に大きな変化はない。むしろ、転職後の職業に対して、転職前の職業の効果より大きな影響力を示している。したがって、アメリカでは労働市場に参入した後でも、学歴は職業的地位達成に大きな力を持っているとみなすことができる。
 一方、日本の場合、転職前の職業に対する学歴の効果は0.497と大きな値であるのに対し、転職後の職業に対する効果は0.110と4分の1以下になってしまう。また、転職後の職業に対して、転職前の職業の方が相対的に大きな効果を持っている。この結果から、アメリカと比べて、日本では職業的地位達成に対して学歴の持つ効果は、いったん労働市場に参入した以降、低下すると考えられる。また、転職前、転職後の職業に対する学歴の効果自体を比べても、日本よりアメリカの方が大きな値を示している(注10)。
 本節では、「企業間を移動する際、米国では学歴の効果が労働市場に参入した後も持続するのに対し、日本では、いったん労働市場に参入すると学歴の効果は減少する」という作業仮説をたて、転職時の転職前の仕事と転職後の仕事の関係をみるためのパス解析を適用し、この仮説を検討した。その結果、アメリカと比較して、日本では転職後の仕事に対する学歴の効果が低い。また、転職前、転職後の職業の各々と学歴の関係も、アメリカと比べて日本では低いという、仮説に合致する結果を得た。この仮説は、日本では企業特殊的な職務能力が重視されるが、アメリカでは個々人の職業能力、すなわち、どの企業でも通用する普遍的な能力が重視されるという仮定から導き出されたものである。
 アメリカのような、いわゆる資格社会では労働市場に入った後も個々人の持つ学歴が重要な意味を持つ。だからこそ、いったん仕事を辞め、学校に戻って、再び新しい仕事に就くという行動が一般的にみられるのだろう。日本でも、数年前から職業上の資格を取ろうとする者の数が増えていることが話題になった。このような行動が、本人にとって望ましい仕事に就くことにどれだけ貢献しているのかはわからない。今後、日本でも雇用慣行、労働市場のあり方が変わるだろうといわれている。その中で、職業上の資格の取得、社会教育等がどのような意味を持つようになるのかについては、今後の課題だろう。しかし、たとえ、就業者が職業上の資格等の重要性を認識し、それらを獲得しようとしても、これが、生かされるか否かは雇用制度、労働市場のあり方にかかっていることを本節の分析は示唆している。

6.分析結果の意味と今後の展望

 本論の最初に、バブル経済崩壊以降の長期の不況をきっかけとして、日本的雇用慣行論を見直そうとする研究が数多く発表されたことについて述べた。実際、多くの企業が、従来の長期雇用、年功昇進を基本とした雇用管理、人事管理の体制を見直そうとしているといわれている。このような流れは、たとえ、景気が回復したとしても続いていくのではないかと筆者は考えている。対外的には、他のアジア諸国の経済発展、国内的には社会の高齢化、産業構造の変化、女性の社会進出等、いわゆる日本的雇用慣行が確立された時期とは根本的に異なる問題があるからである。
 それでは、日本の労働市場はどのように変わっていくのだろうと考える際、一つのモデルになるのがアメリカである。本論の冒頭で述べたように、アメリカの労働市場、雇用慣行は日本におけるそれらの対局にあると考えられてきた。しかし、日本で日本的雇用慣行の特徴とされてきた長期雇用、年功序列昇進といったものの力が弱くなるのならば、労働市場における人の動きは、アメリカの労働市場のあり方とされているものの方向に動く可能性がある。すなわち、より頻繁に転職が起こり、個々人の職務能力が重要になる「実力主義」によって支配される労働市場である。未来について議論する前に、実際に労働市場のあり方は、日米の間で、これまでいわれていたように異なっているのだろうかという問題を確認することが重要である。しかし、冒頭で述べたように、日米の労働市場について実証的なデータを用いて分析された例は意外に少ない。様々なデータ上の制約はあったものの、日米で行われた全国調査のデータを用いて、この様な分析を行ったことは本論の重要な成果である。
 本論では、日米の比較分析を行うに当たって、便宜上、日本の雇用慣行を「内部労働市場型」、アメリカのものを「外部労働市場型」とした上で、この様な日米の雇用慣行の違いが職業経歴にどのような帰結をもたらすのかという点に注目した。したがって、転職について分析する際も、単純にどちらの国で転職が多いかといった分析だけではなく、企業内訓練が重要で、頻繁に、長い期間にわたって行われる日本の方が、入社後、しばらくの間は(アメリカと比較すると)離職の発生は少ないという仮説に基づいた分析が行われた。その結果、予想通り、アメリカにおいては入社直後の離職率が非常に高く、勤務継続率の減少は最初から急であるのに対し、日本における勤務継続率は比較的ゆっくりと減少することが明らかとなった。
 次の節では、転職時、すなわち、転職時に職種の移動がみられるか否かを問題とした。この問題に関する仮説は、「企業間を移動する際、米国と比べると日本の方が職種を変わる者が多い」というものだった。外部労働市場型のアメリカでは、内部労働市場型の日本と比べて、個々人の身につけている職務能力、あるいは以前どのような仕事をしていたのかという経験が重視されるので、転職しても以前と同じ仕事に就くだろうと予想された。職種移動は、大分類のレヴェルで比較されたが、むしろ日本の方が同じ仕事に就く者が多いという結果を得た。しかし、この結果をみて直ちに最初の仮説が誤っていたとすることはできない。3節での分析とも関連するが、アメリカの場合は、適職を求めて転職を行う探索期とみられる期間が長く、また、アメリカではフルタイムの仕事に就いた後も、学校に戻り、新たな教育を受け、その後に新しい仕事に就くという行動が非常に多いからである。この様な例は、日本では最近増加したと話題にされるが、アメリカと比べれば非常に少ない(注11)。また、アメリカのデータが(もっとも年齢の高い者で)30歳前半までの職業経歴のデータしかないことも、このような違いの分析結果に対する影響を大きくしたのかもしれない。この様に、雇用慣行の違いばかりでなく、学校から労働市場への移行期にかかわる社会的制度の違いも考慮した上で分析を行うことは将来の課題である。
 次の第4節では、所得学歴と職業経歴の関係に注目している。この節における問題も、前節での問題と関連している。日本では企業特殊的な能力が重視されるが、アメリカでは個々人の職務能力、すなわち、特的の企業に限定されない普遍的な規準が、より重視される。ならば、社会全体で認知されている普遍的な規準の一つである教育の持つ効果も、職業的地位達成に対してアメリカでの方が強いと考えられる。この様な仮定が正しいのかをみるために、地位達成仮定の研究で用いられたパス解析の方法を、転職時の過程に適用し、転職前の職業に対する学歴の効果と転職後の職業に対する学歴の効果を比較した。その結果、最初の仮定通り、アメリカでは労働市場に参入した後も学歴の効果が持続するのに対して、日本では、転職後の職業に対する学歴の効果は転職前の仕事に対するそれに比べ大きく減少することが明らかとなった。
 本論では、男性の職業キャリアについての日米比較が行われたわけだが、一部、当初の仮説とは異なった結果を得たものの、全体としては内部労働市場型の日本と外部労働市場型のアメリカにおける職業経歴の違いを浮き彫りにする結果を得たといって良いだろう。「内部労働市場型」、「外部労働市場型」という理念的モデルによって表現される日米の雇用慣行は、本論の対象となった男性のキャリア以外にも大きな意味を持っている。日本の雇用慣行が変化するのかというのが最近の問題だとすれば、女性の年齢別就業率カーブがM字型の形状を保っていること、むしろ、第二次大戦後から最近までは、結婚、育児の期間における就業率の低下が急になり、M字型がよりはっきりしたものになったという問題、あるいは、女性の取得学歴が向上したにも関わらず、これが就業率の向上、特に就業継続率の向上に結びつかないという問題は長い間議論されてきた問題である。
 また、女性の就業パターンの問題は、日米の間でみられるもっとも顕著な違いでもある。この、女性の就業継続の問題に関して、本論で議論された雇用慣行の問題は深いつながりがある。一つ例を挙げれば、日本では長い時間をかけて企業内訓練が行われ企業特殊的な技能を重視した人材養成が行われる。本論で、このことが、アメリカと比べ相対的には真実であることが述べられたわけだが、問題は、こうした企業内訓練が階層的、あるいは差別的に行われていることである。この様な人材育成は、内部労働市場におけるキャリア形成を念頭に置いたものである。言い換えれば、この対象の外にある者には内部労働市場内での長い期間にわたるキャリア形成が想定されていないことになる。多くの女性は、この様な人材育成の対象からはずれた者として扱われている。その結果、結婚や育児を契機とした離職が余儀なくされる。仮に、結婚や育児を理由とする退職が女性就業者側の意志によるものだとしても、一度、退職した後再就職しようとしても、本論で示されているように、日本の雇用慣行の中では、個々人の持つ職務能力よりも企業特殊的な技能が重視される。また、労働市場に参入した後は取得学歴は大きな意味を持たない。その結果、一度退職した既婚女性は思うような仕事に就けないことになる。
 日米の職業キャリアの比較は非常に大きなテーマである。したがって、本論で分析されたものは、わずかなものである。本論で議論された雇用慣行と職業キャリアの関係だけをとっても、他に様々な問題、仮説を考えることができるだろう。また、次の補遺に示されているように、NLSY調査のデータは膨大なものであり、しかも、まだ継続中である。本論で用いられたのはこのデータのごく一部にすぎない。NLSY調査のデータに含まれていて、(今回用いられた)日本のデータに含まれていない調査項目もある。今後、こうした調査項目を含んだ調査が日本で行われる必要がある。
 また、本論では十分に示すことはできなかったが、アメリカの労働市場、雇用慣行も様々な問題をはらんでいることにも留意する必要がある。したがって、日本の労働市場がアメリカのように変化するという選択のメリット、デメリットについてもさらに議論される必要があるだろう。そのためには、なぜ、日本、あるいはアメリカの労働市場が今のような姿を撮るようになったのかに関する歴史的な考察が必要である。こうした問題については、本論では十分に議論されていない。
 こうしたことの全てを含むという意味で、本論は日米の職業キャリアを比較する実証分析の第一歩であり、今後の課題は膨大なものとなろう。しかし、繰り返しになるが、しばしば議論される日米の雇用構造について、実証的なデータを用い、計量的な分析を行うことができたのは本論の大きな成果だと考えている。

(注9) しかし、石田は日本、英国、アメリカの3カ国の地位達成仮定、学歴と収入の関係を比較し、日本は学歴社会といわれているにもかかわらず、高学歴によって得られる職業上の報酬(職業的地位、収入)が他の国に比べて低いことを示している。
(注10) この点については、石田(Ishida 1990)と同様の結果を得た。注9を参照されたい。
(注11) 日本のデータは、最終学歴卒業後の職歴について尋ねているので、アメリカのようなケースは定義上現れない。

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 八代尚宏 1997 『日本的雇用慣行の経済学』 日本経済新聞社
 補遺 National Longitudinal Study of Labor Market Experienceの概要と職業経歴の抽出について
1.NLS調査について
 本研究で、アメリカに関するデータとして用いられたものの元となるNational Longitudinal Survey(以下、NLS調査と略称)は、アメリカ統計局と労働省がスポンサーとなって1966年に開始された。実際に調査を行ったのはオハイオ州立大学とシカゴ大学のNORC(National Opinion Research Center)であり、現在はオハイオ州立大学によりデータの管理、提供が行われている。
 NLS調査は、下の表に示すように複数の調査データからなっているが、すべてのプロジェクトがパネル調査(追跡調査)の方法を採っている。
表1 NLS調査の概要
 NLS調査の目的は、調査のタイトルが示すようにアメリカ人の労働市場における経験、すなわち、就業状態、職歴、職務の内容などを分析するためのデータを収集することである。さらに、就業状況に影響するものとして、教育、訓練、居住地と地域労働市場の状況、家族の状況、婚姻歴、経済状況、健康状態、様々な意識変数等が調査項目に加えられている。
 本論では、この中から年齢の低い者を対象とし、もっとも遅い時期に始まった、NLSY(National Longitudinal Study for Youth)調査のデータを用いている。中高年を対象としたOlder-Man調査は労働市場からの引退過程に関するデータの収集を目的としたものであり、本論の目的にそぐわない。1966年に開始されたYoung-Man調査は、男性を対象としており、労働市場に入る初期から職業経歴について分析できる。しかも、1992年時点では追跡期間がNLSY調査よりも2年長い。しかし、追跡率が約65%と、あまり良くない(おそらく、このために調査が終了したと考えられる)。加えて、NLSY調査には企業規模に関するデータが含まれている。企業規模は、日本のデータとの比較を行う上で重要な変数であると判断し、NLSY調査を選択した。NLSY調査のサンプルの内訳と調査状況は上のの表2に示されている。また、表3には主な調査項目が示されている。この様に、NLSY調査には膨大な量の情報が納められており、本論で分析されたのはこの一部にすぎない。
表2 サンプル・タイプ別NLSY調査の追跡状況
表3

2.職業経歴の抽出

 前述のように、NLSY調査はパネル調査の形式を取っている。したがって、オハイオ州立大学から提供されているデータには各年の調査データが並列して納められている。したがって、このデータを用いて経時的な職業経歴を分析するためには各年のデータをつなげる、いわば、輪切りにされたものを繋げて、一本の筒にするような作業が必要になる。
 この作業は、各年、一つの職業だけ記録されているのならば容易いのだが、本文でもふれられているが、NLSY調査では各年ごとに就業先(企業)を単位として、各時点で一人の対象者につき最高5つの職業が記録されている。そのほかに、調査時点における毎週人口動態調査(Current Population Survey)に対応する項目(以下CPS項目と略称)が調査されており、5つの就業先のどれがCPS項目を記録する際に参照されたかがわかるようになっている。対象者1人につき一つの連続した職歴を作るために、主な職業を決める必要があるが、この、CPS項目のために参照されたものを主な職業とした。
 毎年の調査時に記録された5つの職業それぞれについて、前年の調査時に記録された職業との関連が記されている。NLSY調査では就業先を単位としているので、毎年、調査対象者から報告されたものと同じ就業先が、前年の調査時に記録されているかが確認され、もし、同じ就業先があれば、(最大で)5つの就業先のどれと同じであるがが記録されている。この時点で、当該の企業に調査時点で勤めていないことがわかった時は、いつやめたのかを訊ねることになっている。
 我々の行う作業は、これらのキーを頼りに、最初あるいは最後のデータから就業先を一つずつ繋げ、その就業先に関するデータ、就いていた職業とともに、いつ入職したのか、いつやめたのかを記録することである。その上で、その中からCPS項目のために参照されたものを抜き出し、一つの職行経歴を完成する。口で言うと簡単だが、これは、かなりの労力を要する作業である。
 こうして、職業経歴のデータが作られるわけだが、問題点が一つある。NLSY調査には、毎年、最大5つの就業先に関する情報が記録され、そのうち一つのものがCPS項目のために利用されるわけだが、例えば、ある年にAという企業に勤めていた者がいて、その企業がその年のCPS項目のために利用されたとしよう。次の年、同じ対象者が今度はBという企業に勤め始めていて、この企業BがCPS項目のための企業とされた。このような場合、企業Bで働き始める前に企業Aを辞めているなら問題はないのだが、未だ、企業Aでも働いている場合がある。
 このようなデータから、一つの職業経歴、すなわち、各時点で一人の対象者は一つの企業に勤務していて、企業への入職、退職の時点は前後しないという形式の職業経歴を抽出すると様々な矛盾が生じる。もっとも大きな問題は、転職回数が実際と異なる可能性があることである。前に述べた例でいうと、企業Bの情報が記録された時点で企業Aから企業Bに移動したとしてしまうと、転職回数が実際より1回多く記録されてしまう。日本のデータと比較するために、前に述べたように職歴を定義しているので、このような誤差を防ぐことはできない。本論の中で転職回数を直接分析対象としなかったのはこのためである。このような例は、アメリカでも、対象者のほとんどにあてはまるというわけではない。また、日本のデータでも、「主な職業」以外に就業先を持っている者がいる可能性もあることも付け加えておこう。
 本論では、転職回数の代わりに、一つの企業での就業継続の長さを問題にしている。就業継続の長さを記録するために、再び前の例をとると、企業Bに就業した時点で企業Aからは退職したとするのではなく、実際に企業Aから退職した時点をデータに記録することとした。

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