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(著者抄録)
本論文では,データと既存の実証研究の成果に基づいて,海外生産活動が国内労働に与える影響全般について考察した。製造業における日本企業の海外生産比率は,内外の労働投入比で見て約1割であり,マクロ的に見た国内労働への影響はまだあまり大きくないと考えられる。たとえば,経営資源の流出が労働分配に与える長期効果は小さいとの試算結果を得た。また,海外生産比率が高い電機産業において内外の従業者の動向を見ると,国内における近年の雇用創出の低下は日系企業による海外での雇用創出をはるかに上回る規模で起きており,企業の海外進出以外の要因が重要な役割を果たしていることをうかがわせた。ただし,電機産業企業を対象にした実証研究によれば,現地法人の生産増は輸出の減少や逆輸入の増加を通じて本社の生産にかなり強い負の影響を持っており,今後海外生産が進行するにつれ,雇用問題が生じる可能性がある。

(論文目次)
   I はじめに
  II 直接投資の理論
 III 対外直接投資の国内労働への長期的な影響
  IV 対外直接投資の国内労働への短・中期的な影響
   V おわりに

I はじめに

 日本企業の海外での生産活動が国内労働に与える影響については,その潜在的重要性が声高に叫ばれているにもかかわらず,実証研究に基づいた厳密な分析は十分に行われてこなかった。たとえば,雇用への短期的な影響を考えるうえでは,海外生産が日本からの輸出をどの程度代替するかが鍵となる。この代替問題をテストするには,企業レベルのパネルデータが最も適していると思われるが,そのような研究は最近までほとんど行われなかった。また,生産要素間の代替の弾力性に関する実証研究に基づき,海外生産の労働分配率への長期的な効果を分析した研究もあまりない。
 本論文ではこのような問題意識から,できるだけデータと既存の実証研究の成果に基づいて,海外生産活動が国内労働に与える影響全般について考察してみたい(注1)。
 まず次章では直接投資の標準的な理論を紹介し,この理論の視点から日本企業の海外生産活動の現況を概観する。第3章ではこの理論を使って,海外生産活動の長期的な効果,特に国内の労働分配への影響を試算する。第4章では海外生産活動の短期的な効果,特に国内雇用に与える影響を考察する。そこでは主に,海外生産活動と輸出の代替性について著者が最近行った共同研究の結果(深尾・中北 1995)を紹介する。



II 直接投資の理論

 以下で紹介する理論は初歩的かつ標準的であり,たとえば国際経済学のテキストとして広く使われているKrugman and Obstfeld(1987)でもほぼ同様の議論が展開されている。
 「直接投資」とは,理論的にはある国の企業が海外で現地法人を設立・拡大したり,既存の外国企業を買収するために行う国際資本移動をさす。すなわち直接投資は経営権の取得(海外における経済活動のコントロール)を伴っており,この点で,資産運用を目的として行われるポートフォリオ・インベストメントや国際的な銀行貸付のような「間接投資」とは異なる(注2)。
 現地法人の業種はさまざまだが,本論文では国内労働への影響という点で重要な,製造業への投資に限って分析する。投資残高で見ると不動産業や金融業への投資も大きいが,前者はポートフォリオ・インベストメントとしての性格が強く,後者は邦銀の国際的な金融仲介活動の側面からとらえるべきである。また資源確保的な性格の強い鉱業・農林漁業への投資や製造業企業が輸出促進のために行う現地販売網への投資(商業への投資として分類される)は,日本国内の雇用に大きなプラスの影響を与えていると考えられ,空洞化とは別の問題である。
 製造業分野での直接投資に関する理論は次の二つの問いに答える必要がある。
 第1に,企業はなぜ海外で生産を行うのだろうか(立地の問題)。第2に,海外の生産を現地企業や第三国企業でなく,なぜ日本企業が行うのだろうか(国際化の問題)。
 立地の問題は,それほど複雑でない。企業は生産コストを最小化し,また貿易障壁や法人税を回避することを考慮して立地を決めていると思われる。
 表1は,日本企業の製造業での海外生産活動の地域別推移を表している。このうち欧米については,アンチダンピング政策や輸出自主規制の要請等,相手国貿易障壁の高まりの下で,輸出から現地生産への移行が行われた。アジアについては,貿易障壁回避と同時に現地の安価な労働も日本企業を引き付けたと考えられる。この進出理由の違いは,現地法人の販売先からも確認できる。通商産業省産業政策局国際企業課編(1994)『第5回海外投資統計総覧:海外事業活動基本調査』によれば,1992年度において在北米製造業現地法人の売り上げに占める日本向けおよび北米以外の第三国向け輸出の割合は5.9%であったのに対し,在アジア製造業現地法人の売り上げに占める日本向け輸出とアジア以外の第三国向け輸出の割合は,それぞれ15.8%,6.9%と比較的高く,アジアの現地法人が生産拠点としての役割を果たしていることがわかる。表1によれば,従業員数で見るとアジアでの生産活動が海外全体の約半分を占めている。なお,1980年代には貿易障壁の高まりを背景に米・欧での生産が急拡大したのに対し,80年代末以降は70年代までと同様に再びアジアでの生産が急増している。表2に見られるように円高の進行によって,1980年代末以降日本は世界で最も生産労働の割高な国になった。当初,貿易障壁回避を目的に欧米に進出した日本企業も,欧米での生産コストが国内より安いため今後積極的に現地生産を拡大していく可能性がある。

表1 製造業を営む日系現地法人従業員数推計値:地域別・年度別

表2 米国商務省データによる米国企業在外電気機器産業子会社の生産労働者1時間あたり費用:所在地別

 立地問題に関する詳しい理論・実証分析については,Coughlin, Terza, and Arromdee(1991), Grubert and Mutti(1991),深尾・伊澤・國則・中北(1994a), Fukao, Izawa, Kuninori, and Nakakita(1994), Head, Ries, and Swenson(1994)を参照されたい。
 円高や貿易障壁の高まりの下で,日本企業の国内生産が不利になったことはよくわかる。しかしそれならなぜ,欧米やアジアの企業が生産を拡大し日本企業に取って代わらなかったのだろうか。これが,直接投資の理論が答えるべき第2の問題(国際化の問題)である。企業が海外生産する際には,言語・習慣・制度等の違いのため,現地企業に比べ不利な立場にあると考えられる。それにもかかわらず国際化が行われるのは企業が何らかの優位性を持つからである。優位性の源泉としては,研究開発投資によって蓄積された技術知識ストック,卓越した経営組織,マーケティングのノウハウ等が考えられよう。以下では優位性の源泉を総称して,経営資源と呼ぶことにする。
 しかし,これだけでは国際化の問題に完全に答えてはいない。たとえば,優れた技術を持つ企業は,自ら海外で生産するかわりに,技術をパテントで保護し外国企業とライセンシング契約を結んでもよいはずである。経営資源の貸与,売却でなく直接投資が選ばれるのは,技術知識をはじめとする経営資源を企業間で取引することが困難であるためと考えられる。ライセンシングは,パテント技術に付随したノウハウを相手企業に盗まれる危険を持つ。また,秘匿してきたノウハウの取引は,売り手と買い手の間で情報の非対象性があるため,取引価格について合意に達することが難しい。
 この市場取引が困難な生産要素の存在が直接投資を生むという仮説は,豊富な経営資源を持つ企業や産業ほど対外直接投資を行う傾向があるか否かという形でテストされ,ほぼ仮説を支持する結果が得られている。実証研究として,Kogut and Chang(1991), Hennart and Park(1992),深尾・伊澤・國則・中北(1994a,1994b)を挙げておこう。
 表3は,日・米の製造業について産業別に,海外現地法人従業者数と外資系企業従業者数の国内全従業者数に対する比率を比較している。日・米ともに,最も技術知識集約的な産業である医薬品を含む化学産業(化学繊維製造業は繊維産業に分類されている)と電機産業で海外生産活動が活発であることが注目される。伝統的に米国企業,また最近では日本企業が優位を持つと言われる自動車産業を含む輸送機械産業でも,日・米の海外生産は活発である。電機産業と輸送機械産業だけで,日本の製造業海外現地法人従業員の半分以上を占める。なお,従業者数で見た日本の製造業全体の海外生産比率は,表3では9.5%となっているが,海外特にアジアでは労働集約的な工程が中心であるため,売り上げで見た海外生産比率はこれより低い。海外製造業現地法人売り上げの国内全製造事業所製造品出荷額に対する比率は1992年で7.5%であった。

表3 海外現地法人および外資系企業従業者数の国内従業者数に対する比率:日米製造業比較



III 対外直接投資の国内労働への長期的な影響

 前章で述べたように直接投資が,経営資源という生産要素が国境を越えて移動する現象であるとすれば,国内労働に与えるその長期的な影響は生産要素移動に関する従来の新古典派理論を使って理解できるはずである。マクドゥガル・ケンプの図が示すように,経営資源という生産要素が高い収益を求め海外に移動することは,日本全体の厚生を高めるが,国際移動が困難な労働への分配は前より小さくなる。なお,Bergsten, Horst, and Moran(1978)がサーベイしているように,自国企業の海外生産活動が1960年代以降一段と高まった米国では,70年代に新古典派モデルを使って直接投資の労働分配への影響が試算された。しかしこれらの試算では,対外直接投資と国際資本移動を同一視している点で問題がある。国際資本交流の大半は間接投資の形で行われている。また企業は海外生産を拡張するにあたってしばしば海外で資金を調達する。したがって,ある国からのネットの資本流出額(これは経常収支に等しい)とその国の企業の海外生産活動の動向とはしばしば全く別の動きをする。企業の海外生産活動は,経営資源の海外での活用と考えるべきであり,資本移動と同一視することはできない。
 日本企業の海外生産活動が労働分配に与える影響について簡単な試算をしてみよう。日本経済全体について1962年から90年までのデータを使って,技術知識ストック(過去の研究開発支出の蓄積で測られる),労働,資本,およびエネルギーを投入要素とするトランスログ費用関数を推定した國則・宮川(1993)は,生産要素間のアレンの偏代替弾力性の推定値と各生産要素の分配率を報告している。彼らの結果を使って試算を行う。
 本来,経営資源は技術知識ストックだけでなく企業の他の優位性を含む広い概念だが,経営資源一般を生産要素と見なしたマクロの生産関数や費用関数の推定は見当たらないので,とりあえず技術知識ストックと経営資源を同一視し,直接投資によって技術知識ストックが投入される場所が国内から海外に移されると考えることにする。なお,多くの技術知識ストックは汎用性を持ち,同一企業内ではちょうど公共財のように混雑を起こすことなく同時に使用することが可能と考えられる。したがって企業が直接投資後も国内と海外で同じ財を生産し続ける場合には,直接投資をしたからといって国内生産の効率が落ちるとは考えにくい。これに対して,直接投資によって一部の製品の生産が完全に海外に移されるような場合や,マブチモーターのように企業が全生産を海外移転する場合には,その分だけ国内生産への技術知識ストックの投入が減ることになる。
 日本は小国であり,また間接投資と生産物(単純化のため一財モデルで考える)およびエネルギーの対外取引は完全に自由なため,生産物で測った資本コストとエネルギー価格は国際価格水準で与件とする。労働は移動せず,また技術知識ストックの海外移転額は外性変数とした。試算方法の詳細は補論に譲るが,以上の仮定の下で,国内にある技術知識ストックが1%海外に移されたとき,内生変数である実質賃金,国内総生産,国内資本投入はそれぞれ0.13%,0.21%,0.19%低下するとの結果を得た。資本投入の減少は技術知識ストックの海外移転により国内で利潤率が一時的に低下し,(間接)資本が海外に流出することによって起きる。実質賃金があまり低下しないのは,技術知識ストックの分配率が0.137と低いことおよび技術知識ストックと労働が比較的強い代替関係にあることに起因している。なおコブ・ダグラス生産関数を仮定した場合(国内での各要素の分配率は國則・宮川〔1993〕の算出値を使った)も試算したが,国内にある技術知識ストックが1%海外に移されたとき,実質賃金は0.22%低下するとの結果であった。
 以上の試算結果と,表3で見たように日本の製造業の海外生産比率はたかだか1割程度であること,経営資源には混雑現象が起きにくいと考えられること,等から判断すると,海外生産活動が国内の労働分配を低下させる長期的な効果は今のところあまり大きくないと考えられる。
 なお,同じモデルを使って国内資本の流出が労働分配にどのような影響を与えるかを分析することができる。日本では1970年代末に大幅に国際資本移動が自由化されたが,これによって為替レートの経常収支調整能力が弱まり,結果的に国内の貯蓄過剰を反映した多額の経常収支黒字(すなわち資本流出)が続いていると考えられる(詳しくは,深尾1983.1987参照)。経済企画庁編『平成6年版国民経済計算年報』によれば,過去の資本流出の累計額にあたる対外純資産と国内にある再生産可能有形固定資産の比率は,1992年末において5.7%に達している。そこで,資本が外生的に6%流出した場合に労働分配がどのように変化するかを同じモデルで試算してみた。生産物とエネルギーは自由に国際取引が可能であるのに対し労働と技術知識ストックは移動しないと仮定した。その結果,実質賃金は2.3%低下するとの結果を得た。労働分配に与える長期的な効果という点から言えば,企業の海外生産活動よりも間接投資を含めた資本移動全体の影響の方が今のところ重要であるように思われる。ただし,先にも見たように技術知識ストックの流出と資本流出には相乗作用があり,資本流出の一部は技術知識ストックの流出によってもたらされている可能性があることに注意する必要がある。
 以上の試算はいくつかの強い仮定の下で行われており,結果の解釈には注意を要する。第1に,生産要素移動だけでなく貿易も要素価格の国際格差を縮小する働きをするにもかかわらず(詳しくはFukao and Hamada 1994参照),試算では一財モデルのためこのメカニズムを考慮していない。たとえば,実質賃金の低下により,労働集約的な財の輸入と資本・技術知識ストック集約的な財の輸出がともに減れば,実質賃金の低下は小幅になる。第2に,国内企業による生産の海外移転は内生変数であり,それが何によって引き起こされているかに依存して,政策的に移転を抑制した際の効果も異なる。たとえば,貿易障壁を回避するために直接投資が行われている場合にこれを規制することは,資本や技術知識ストック所有者の利益を大きく損なうかもしれない。
 表3からは次の事実も指摘できる。従来,日本の対外直接投資残高は米国のそれに比べてまだまだ低く,空洞化問題も米国ほど深刻でないと言われてきた。製造業全体の海外従業者数/国内全従業者数比率で見ると,アメリカの24%に対し日本は9.5%とたしかに低い。しかし,経営資源という生産要素の移動として考えるならば,直接投資が国内労働に与える影響は,対外直接投資から対内直接投資を引いたネットの流出額で判断すべきである。日本の直接投資受け入れは米国より格段に小さいこと,この表のデータのうち日本の海外現地法人従業者数に関する調査のみは回答義務がないため回答率が低いこと,等から判断すると,日本の経営資源のネットの流出規模は米国のそれに近づきつつあると言えよう。



IV 対外直接投資の国内労働への短・中期的な影響

 表3で見たように日本企業の海外生産活動は,電機,輸送機器等,製品差別化が進んだ産業において顕著である。製品差別化された財を生産している企業にとって,日本および海外で直面する需要曲線は短期的に与件とすれば,この企業が現地法人の生産を増やすとその分だけ日本からの輸出が減ったり,現地法人からの逆輸入が増えて,国内生産は減少するはずである。このようにして,日本の輸出が減り輸入が増えれば,短期的には雇用問題が生じる可能性がある。
 この海外生産と輸出の代替問題については,国内企業の海外進出が早くから行われた欧米において数多くの実証研究が進められてきた。深尾(1995)でサーベイしたように,これらの実証研究の大半は,海外生産と輸出は非代替的,すなわち海外生産が拡大しても本社の輸出は減少しないとの結果を得ている。
 非代替的との結果が得られた理由としては次の二つが考えられよう。
 第1に,現地法人が本社企業とは異なった財を生産したり,現地での生産活動がその企業に対する信頼を高め現地での需要曲線を右方にシフトさせる場合には,海外生産は本社の輸出を減少させないかもしれない。
 第2に,深尾(1995)で指摘したように従来の実証研究は様々な問題を持つ。
 日本における従来の研究では,製造業全体または産業別に分析を行い,企業の海外生産活動の指標として,大蔵省の『対外直接投資届出実績』で報告された製造業に対する直接投資の届出累計額や,通商産業省の『海外事業活動基本調査・動向調査』(以下,海事調査と略記する)の製造業現地法人売上高に関する集計値を使っている。よく知られているように,大蔵統計は現地法人の再投資収益を含まないこと,本社からの借り入れの返済が除かれていないこと,届け出をしても実際には投資を行わない企業が存在すること,現地での借り入れによる投資が含まれないこと,等の問題を持つ。また海事調査は,先にも指摘したように回答率が調査年および産業間で異なるため,時系列での分析や産業間の比較に向かない(注3)。
 さらに,東洋経済『海外進出企業総覧』などからも容易に確認できるように,製造業を営む現地法人の多くは販売を同時に営む。大蔵統計の製造業現地法人への投資額や海事調査の製造業現地法人の売り上げにはこのような現地法人への投資が一部含まれていると考えられる。また,本社企業が製造業を営む場合には,現地法人が販売子会社であっても,製造業に属すると誤って答えているケースがかなりあると思われる(注4)。この,海外での生産活動の指標に販売活動が混入するという問題は,海外生産と輸出の代替に関する実証研究では特に重要な意味を持つ。海外での販売活動と日本からの輸出は正の相関を持つと考えられるから,販売活動が混入した海外生産活動の指標を主な説明変数,輸出を被説明変数とした推定を行うと,海外生産と輸出が補完的であるとの方向にバイアスが生じる可能性が高い。このような研究として,産業別に時系列データを使って推定した経済企画庁(1984),労働省(1987)がある。
 従来の実証研究の持つもう一つの問題は,海外生産活動は輸出と同様に,本来,企業の最適生産・販売行動に関する意思決定により決まる内生変数であるため,本国からの輸出を被説明変数とし海外生産活動を表す指標を主な説明変数として通常最小二乗法で推定を行うと,海外生産の係数の推定値にバイアスが生じる可能性が常に存在することである。輸出と海外生産に同時に作用する変数をすべて説明変数に加えてコントロールすればバイアスは生じないが,未知のそのような要因が存在する危険が常にある。たとえば,産業ごとにクロスカントリーデータを使ったLipsey and Weiss(1981)の方法では,歴史的,文化的に2国が緊密な関係を保っているために2国間の貿易・直接投資交流がともに活発である場合,これを直接投資が輸出を促進したと誤って解釈する危険がある。
 このような問題意識から深尾・中北(1995)では,海事調査の個票情報の一部に基づいて電機産業に属する企業についてパネルデータを作成し,アジア,北米,欧州等の地域別に,1989年度から92年度にかけての現地法人生産活動の変化と本社からの輸出および現地法人からの逆輸入の変化の間の関係を分析した。現地法人は生産現地法人に限り,生産活動の指標として純生産(売り上げから域外からの輸入を引いた値)を使ったため,現地での販売活動の混入の可能性は小さい。またパネルデータを使い現地生産と輸出および逆輸入のそれぞれ変化の間の関係を見ているため,現地生産の内生性によるバイアスは軽微と考えられる。さらに,企業レベルのデータを使っているため,海事調査における回答率の変動の問題も回避している。
 実証分析の主な結果は表4にまとめてある。まずアジアについては,過半所有現地法人(出資比率が50%を超える現地法人)の純生産を増加させた企業ほど,アジア向け純輸出(輸出-現地法人からの輸入)が減少したとの結果を得た。一方,アジア向け輸出は,過半所有現地法人の純生産を増加させた企業ほど増加した。これは,アジアの過半所有現地法人については直接投資が貿易拡大的な効果を持っていること,ただし,ネットで見れば本社の生産を低下させる効果があることを意味する。対照的に,非過半所有現地法人の純生産が増えると,本社の純輸出,輸出はともに拡大することがわかった。これは,非過半所有現地法人については,本社への逆輸入が少なく,本社の生産を低下させないことを意味する。

表4 現地法人の生産活動が本社企業の輸出および純輸出(輸出-現地法人よりの輸入)に与える影響:パネルデータによる実証結果

 北米については,過半所有現地法人の純生産増は,本社の純輸出と輸出をともに減少させる。対北米直接投資の多くは,アンチダンピング政策等の貿易障壁回避を目的としているため,アジア向けと異なり,現地生産が本社からの輸入を減らすのだと考えられる。また,在北米現地法人は市場指向型が中心であるため日本への逆輸入は少なく,純輸出は輸出と同じ動きをする。なお,欧州についても同様の式を推定したが,安定した結果は得られなかった。
 以上のように,深尾・中北(1995)の実証結果によれば,アジアおよび北米における現地生産の拡大は本社の生産を減らす可能性が高い(注5)。また,この負の効果はかなり大きい。表4の(1),(3)式によれば,アジアでの過半所有現地法人の純生産増は,本社の純輸出をほぼ同額だけ減少させ,北米でのそれは,純輸出を約3割減少させる。
 なお,以上紹介した実証研究は企業レベルのデータを使っているから,これをもとに産業構造やマクロ経済について議論することはさまざまな危険を伴う。
 第1に,企業レベルのデータを使った実証研究でとらえられるのは,企業の海外生産活動が日本の貿易収支に与える影響のうち一部にすぎない。たとえば従来の研究を手際よくまとめた経済企画庁調整局(1990)は,海外生産活動が日本の貿易収支に与える影響を次の五つに分けて検討している。
 (i) 輸出転換効果:現地法人の製品が現地販売および第三国向け輸出されることによって日本からの輸出が減少する効果
 (ii) 逆輸入効果:現地法人の製品が逆輸入されることによって日本の輸入が増加する効果
 (iii) 現地法人の中間財輸入による誘発輸出効果:現地法人が生産活動を行ううえで日本から中間財を仕入れることにより日本の輸出が誘発される効果
 (iv) 現地法人の資本財輸入による誘発輸出効果:現地法人が設備投資のため日本から資本財を購入することにより日本の輸出が誘発される効果
 (v) 輸入転換効果:海外生産活動が(i)から(iv)により引き起こす日本の生産活動変化を通じて日本の輸入に与える間接的な効果
 このうち,企業レベルの実証分析では,現地法人の生産活動が,その本社の輸出に与える,(i)輸出転換効果や(iii)輸出誘発効果(現地法人の中間財輸入によるもの)および本社の輸入に与える(ii)逆輸入効果はとらえることができるが,他の日本企業の輸出に与える(i)輸出転換効果,(iii)輸出誘発効果(現地法人の中間財輸入によるもの),(iv)輸出誘発効果(現地法人の資本財輸入によるもの),および(ii)逆輸入効果は当然把握できないことに注意する必要がある。
 第2に,特定の産業や日本経済全体について雇用の変動を引き起こす原因は,日本企業の海外生産だけでなく数多く存在する。表5では電機産業について,国内従業者数と日系現地法人従業者数の変化を,1980年から86年の間および86年から92年の間について,地域別に比較してみた。この表からわかるように,国内での電機産業による雇用創出が86年以降低迷しているのと対照的に,海外での雇用創出が活発化している。表4で報告した実証結果から判断すれば,この国内雇用創出の低迷は企業の海外進出を一部反映していると思われる。しかしながら,国内における雇用創出の低下(53万人増から6万人増へ)は,日系企業による海外での雇用創出の上昇をはるかに上回る規模であり,企業の海外進出だけではとても説明できないことに注意する必要がある。国内での電機産業の雇用創出の低下は,85年のプラザ合意後の円高をはじめとして,国内景気の変動,労働供給,生産技術の変化等,他のさまざまな要因に起因していると考えられる。

表5 電機産業における国内従業者数と日系現地法人従業員数の変化:地域別

 表3で見たようにわが国製造業の海外生産比率は従業者数で見て約1割にすぎないこと,表5で見たように海外生産比率の高い電機産業においてさえ,国内雇用の変動は海外での雇用の増加だけでなくさまざまな要因に影響されていると考えられること,等から判断して,現在のところ海外生産活動が日本経済全体で見て深刻な雇用問題を生み出している可能性は低い。マクロ経済的に見れば,たとえば不適切な財政・金融政策の方が,海外生産より格段に深刻な影響を日本経済に与えているものと思われる。
 ただし,今後円高が続き企業のアジアヘの進出がますます進展する場合には,表4で報告した実証研究が示しているように,逆輸入の増加等を通じて,雇用問題が生じる可能性は否定できない。特に注意する必要があるのは,第2章で述べたように経営資源は企業間取引が困難であるという特徴のため,その国際移転は影響が特定の産業,職種,地域に集中し,その結果セミマクロのレベルでさまざまな調整問題を起こす可能性が高いことである。これは,たとえば(間接)資本の流出であれば,国内のどの経済主体が対外投資をするかにかかわらず,その影響が国内金利の上昇等を通じてマクロ経済全体に薄く広く拡がると考えられるのと対照的である。
 海外進出は,電機,輸送機械等,特定の産業で顕著である。これらの産業は,日本の特定の地域に集中している。したがって,国内の特定の地域で雇用問題が深刻化する可能性がある。また,企業が海外生産を拡大する場合には,企業活動のうち一部の部分だけを海外に移転し,国内には特定の活動のみが残されるものと思われる。欧米の経験によれば(Lipsey, Kravis, and Ro1dan 1982およびLipsey 1994参照),今後日本企業がアジアでの生産活動を拡大すれば,比較的単純な労働を投入する生産工程は移転される一方,経営管理機能や研究開発機能は国内に残される可能性が高い(注6)。このような変化は,国内において単純労働の需要を低下させ,所得分配の不平等化を進める可能性がある。



 V おわりに

 最後に,得られた結果を要約しておこう。
 製造業における日本企業の海外生産比率は,内外の労働投入比で見て約1割であり,マクロ的に見た国内労働への影響はまだあまり大きくないと考えられる。たとえば,経営資源の流出が労働分配に与える長期効果は,今のところ小さいとの試算結果を得た。また,輸送機械と並んで海外生産比率が高い電機産業において内外の従業者の動向を見ると,国内における近年の雇用創出の低下は日系企業による海外での雇用創出をはるかに上回る規模で起きており,企業の海外進出以外の要因が重要な役割を果たしていることをうかがわせた。
 したがって,たとえば長期には技術進歩の特性や人口構成,短期には財政・金融政策や為替レート等の方が海外生産の動向よりも国内労働に格段に重要な意味を持つと考えられる。ただし,電機産業企業を対象にした実証研究によれば,現地法人の生産増は輸出の減少や逆輸入の増加を通じて本社の生産にかなり強い負の影響を持っており,今後海外生産が進行するにつれ,雇用問題が生じる可能性がある。特に対外直接投資は,企業間で取引することが困難な経営資源の海外移転という性格を持つため,その影響は特定の産業,職種,地域に集中し,様々な調整問題を起こすかもしれない。

 補論:技術ストックの流出が労働分配に与える効果の試算方法
補論:技術ストックの流出が労働分配に与える効果の試算方法


(注1) この論文では,円高が日本製造業の国際競争力を失わせ,輸出の減少と輸入の増加を通じて国内雇用や賃金に影響する問題については考察しない。この問題についてはLawrence(1994)および橘木・森川・西村(1995)参照。
(注2) 日本の法令では「対外直接投資」とは,居住者が海外における外国法人の事業活動に参加するなど永続的な関係を結ぶために行う外国法人の発行株式の取得や貸し付け,または外国に支店や営業所を設置・拡張するための支払いをさす(外国為替及び外国貿易管理法第22条第3項)。ここで永続的な関係とは,原則として出資比率が10%以上の場合(外国為替管理令第12条第9項)と広く定義されており,直接投資の理論が想定する経済活動のコントロールを伴わないような投資も含む。ただし,日本をはじめ多くの先進諸国では,対外直接投資の大部分は出資比率50%超の形態で行われている。通商産業省産業政策局国際企業課「第5回海外投資統計総覧:海外事業活動基本調査」によれば,調査に報告された製造業を営む直接投資先法人全売り上げのうち64.3%は日本側出資比率が50%を超える法人による。欧・米の対外直接投資についてはEncarnation(1994)参照。
(注3) 日本の対外直接投資に関するマクロおよびセミマクロレベルのデータについて詳しくは深尾(1995)参照。
(注4) 深尾・中北(1995)では,海事調査の個票情報の一部を使って実証研究を行った。そこで抽出した電機産業に属する本社企業94社の現地法人のうち電機産業に属すると回答されたのは1992年度で489社存在したが,そのうちには本社企業との関係について販売子会社であるとされた法人が83,金融子会社とされた法人が3合まれていた。
(注5) ただし実証結果は,仮に対外直接投資を減らせば本社の生産が低下しないことを必ずしも意味しない。たとえば貿易障壁回避のための直接投資であれば,直接投資を減らしたからといって,貿易障壁による輸出の減少を避けることはできない点に注意する必要がある。
(注6) 海外生産の長い経験を持ち,また海外生産比率の高い欧米の多国籍企業においても,研究開発活動の大部分は母国で行っている。海外での研究開発支出の母国でのそれに対する比率が高いのは,食品,建築資材等,技術知識集約度の比較的低い産業に属する企業である。これらの企業は進出先市場に適応した製品を開発するため,海外での研究開発比率が高いと考えられる。詳しくはPatel(1991)参照。日本企業の海外研究開発活動についてはWakasugi(1994)が詳しい。


参考文献
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ふかお・きょうじ 1956年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。一橋大学経済研究所助教授。主な論文に“Accumulation of Human Capital and the Business Cycle”, Journal of Political Economy vol. 101, 1993 (共著)など。国際経済学,マクロ経済学専攻。