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(著者抄録)
本論は,中小企業の創業活動の実態分析を通して,創業問題と雇用問題の関連・文脈を摘出し整理したものである。とくに開業率の低下傾向に伴う創業者・起業家の供給源の変化は,「自営=生業」観念の再検討をせまる一方,雇用調整や分社化による雇用慣行の変容,労働の自営化との関連を深めている。これを踏まえて,いわゆるベンチャービジネスを含む,しかしそれに限定されない創業・起業文脈の多様化を「コーポレート系/インディペンデント系」「成長志向/非成長志向」を軸に摘出し,創業・起業諸類型の特徴が整理される。そして「雇用の安全網」としての中小企業,「転職の一選択肢」としての創業・起業に対応した雇用対策・創業支援策の連携の必要性が説かれる。

(論文目次)
I はじめに
II 開業動向と創業環境
   1 中小企業の開業動向
   2 創業環境の変化
   3 潜在的創業者
III 創業形態と創業活動
   1 創業形態
   2 創業型企業と業種
   3 中小企業の供給構造
   4 開業動機
   5 経営者の属性
IV 自営観の変容と労働の自営化
   1 自営観の変容
   2 創業・起業文脈の多様化
   3 労働の自営化
V 中小企業の創業と雇用問題

I はじめに

 国内産業の空洞化問題が現実味を帯びてきた。これに対応して産業構造の変革が,国際分業の見地だけでなく,地域雇用の観点からも課題となってきた。構造的に停滞化した経済を突破したり,空洞化の危機回避を通して経済全体に活力を注ぐ源泉は,新産業の創出であり,その主役である中小企業経営者や起業家の存在である。大企業の成長と雇用に多くを期待できないとすれば,地域の中小企業がいかに創意工夫をして新たな価値を創造していくか,どのようにして新規の中小企業が誕生しやすい環境を創出していくか。これが,当面の大きな課題となる。こうした産業・雇用問題の新展開が,中小企業に対する期待と関心を新たにし,とくに創業・起業に対する議論を喚起している。文字通りわが国は,『中小企業ルネッサンス』(清成忠男)の課題に直面している。
 ところで,1980年代のわが国では,戦後創業世代の高齢化に対応して中小企業の世代交替が進む(ただし後継者問題を随伴しながら)一方,団塊の世代を中心に戦後派世代による新たな創業事例も登場してきた。新旧企業の社会的交替の過程で,家業を承継した後継者の先代経営者とは異質な経営類型の出現とともに,新たに創業する経営者の供給源にも従来とは異なる変化が生じている。とくに開業率の低下傾向に伴う供給源の変化は,中小企業に関する「自営」観念の再検討をせまる一方,雇用調整や分社化による雇用慣行の変容との関連を深めてきている。すなわち供給源の変化は,中小企業の「存在論的意義」を再考させる問題を提起すると同時に,「職業としての中小企業経営者」あるいは「職業としての自営業主」の問題をクローズアップする。
 しかし中小企業の創業・起業は,独自の労働市場が存在したり,職業教育として制度化されているわけではない。独立自営をめぐる問題は,企業家精神に富んだ個人の主意と才覚にゆだねられている一方,そのノウハウ(=中小企業経営者や自営業主,職人の技能形成や入職方法等)は家業と世襲の世界に閉ざされてきた。また日本経済の二重構造論と中小企業の零細過多性を根拠に,創業問題を雇用問題としてはもとより,中小企業政策として議論する機会も乏しかった。しかし近年,大企業における雇用調整の進展と雇用慣行の見直し,あるいはベンチャービジネスによる新産業の創出・新事業の開拓への社会的期待などに対応して,「雇用の安全網」としての中小企業の存在意義に関心が集まる一方,創業が雇用労働者の「転職の一選択肢」として意識化されてきている。
 したがって,雇用の流動化に対応した新たな雇用対策の面からも,また職業としての中小企業経営者等のキャリア開発の問題としても,中小企業の創業・起業に対する新たな関心が強まっている。以下では,中小企業の創業・起業活動の実態分析を通して,創業問題と雇用問題の関連・文脈が抽出・整理される。しかし議論は,中小企業の創業・起業による「市場経済の刷新と企業家活動」(清成忠男)を前提にしながらも,創業問題と雇用問題の鉱脈を発見することに限定される。



II 開業動向と創業環境

1 中小企業の開業動向

 中小企業の開業率は,1960年代後半-70年代には6%-7%台前半(廃業率3%-4%台)で推移し,開業率が廃業率を上回る状態が持続したことから,事業所数も堅調に増加してきた。しかし80年代になると,開業率は4%台に低下し,開業率と廃業率が拮抗する状態となり,事業所数の伸びが鈍化してきた。さらに89年以降は,開業率と廃業率の逆転現象が生じ,事業所数が減少に転じている。91年以降,開業率はやや上昇したものの,依然として逆転現象が続いている。
 このように,長期的な趨勢としては,1980年代以降,わが国の中小企業の開業率は低下傾向をたどっており,「少産多死型」の開廃業動向を示している。開廃業動向を産業別にみると,製造業・小売業では89年以降,開業率と廃業率が逆転しており,とくに小売業の廃業率が急伸している(89年-91年期)。また91年以降は,卸売業でも開廃業率が逆転に転じている。一方サービス業は,開業率が廃業率を上回る水準が一貫して続いており,事業所数も順調に増加している。
 こうした結果,高度成長期以降,比較的順調に発展してきた中小企業に減少傾向がみられるようになった。1960年代後半から70年代には,年平均10万程度の事業所数の増加が続いたが,80年代になると増加の速度は次第に鈍化してきた。89年以降は,全産業ベースで事業所数が減少の傾向をみせはじめ,91年以降は,事業所数に加え従業者数も減少に転じている。また91年以降は,1事業所当たりの従業者数が減少する「事業所の小規模化」現象も発生している。90年代に,円高と価格破壊により,中小企業でも事業所の消滅(廃業)と雇用調整が大規模に進行する一方,創業活動もサービス業を除いては停滞化してきている。
2 創業環境の変化
 開業率の低下と事業所数の減少は,直接には創業環境の変化が要因とみられる。とくに近年顕在化してきた要因は「創業資金の高額化」と「経営資源の高度化」であり,このような「資金と資源の敷居の高さ」が創業を阻害する大きな要因となっている。創業資金を製造業を例にしてみると,近年ではME化の進展等に伴い,製造業に要求される技術水準が飛躍的に高まり,より高性能・高額な機械設備が必要となっている。創業資金の推移をみると,1982年では平均920万円の創業資金が,94年には1985万円となり,10年余で2倍超に上昇している。この間,運転資金は横ばいで推移していることから,機械設備の高額化が創業資金の高額化を招いている。中小企業も,次第に資本集約度を高めており,半ば「装置産業」化してきている。
 創業資金の高額化に加えて,創業者にも技術革新や情報化の進展,需要構造の高度化などに対応して,高度な知識・技術や経営ノウハウが求められるようになり,創業に必要な経営資源が高度化している。経営資源の高度化に対応して,1964年以前に創業した経営者の33%は事業経験なしであるのに比して,85年以降に創業した企業の42%は経験年数16年以上の経営者で占められている。創業年次の新しい企業ほど,創業に必要な経営資源が高度化していることから,事業経験年数が長期化する傾向にある。
 経営資源の高度化と創業準備期間の長期化(事業経験年数の長期化)により,創業者が次第に高齢化の傾向にあるのも,近年顕在化してきた特徴である。1964年以前に創業した企業をみると,30歳代未満が44%,30歳代が45%で,創業者の約90%が40歳未満の経営者で占められていた。しかし85年以降に創業した企業では,40歳未満の経営者は31%にまで低下しており,40歳代以上が69%を占めている。そのうち21%は,50歳代以上の実年・熟年世代であり,「団塊の世代」の創業と並んで,定年退職者を含む「実年・熟年層」の創業が増加している。
 このように,創業資金の高額化の問題に加えて,経営資源の高度化による準備期間の長期化,創業者の高齢化が進行しており,社会全体としては,中小企業の創業活動に向けたインセンティブが働きにくい環境が形成されている。また,創業により参入すべき市場に技術革新の停滞感や需要成熟化による閉塞感が生じており,これも創業活動の停滞化を加速する間接的な要因となっている。こうした構造的な要因に加えて,「自分の会社を設立し発展させる」よりも「既存企業や組織で出世する」ことを志向する若者のキャリア意識に代表されるように,安定志向型の社会意識も創業活動の停滞化をもたらす一因として機能している。
3 潜在的創業者
 とはいえ,潜在的創業者(創業予備軍)も決して少なくない。「就業構造基本調査」によれば,有業者の転職希望者で「自分で事業をしたい」とする者,すなわち潜在的な創業者は全国で110万人強も存在する。このうち,すでに創業を準備している者は50万人弱を占めている。中小企業の参入障壁が高まり,安定志向が全般に強まる中でも,潜在的な創業者は依然として少なくない。
 大阪商工会議所が開設した「新規開業支援サービスセンター」(1994年度開設)の資料によれば,開設後1カ月半で転職などの相談が80件を数えている。相談内容の内訳をみると,雇用労働者が事業を起こす「脱サラ=開業」相談が最も多く,全体の44%を占めている。そのうち約70%は,40歳代後半から50歳代の中高年層である。大企業に勤務するサラリーマンからの相談も40%に達している。進出を希望している業種は,飲食店や経営・技術コンサルティング,貿易代行業などサービス業に集中している。営業・経理,製品開発,エンジニアリング業務などに従事していた相談者にとっては,自分のキャリアを生かせるうえ,創業資金も少なくて済む。これが,サービス業を希望する主な理由と推測されている。
 こうした「脱サラ=開業」相談が多い理由として大阪商工会議所では,「企業の雇用調整の影響が強い」と分析している。すなわち企業が,長期化する景気低迷と産業構造の変化に対応するためリストラクチュアリングを進めたり,既存の技術や経営ノウハウを生かした多角化(分社化)や業種転換などをはかる過程で,独立して事業を起こす雇用労働者が増加する傾向にある。また「脱サラ=開業」相談のほか,「失業者や定年退職者による開業」相談も1割強を占める。センター開設後1年間の相談件数308件のうち,雇用労働者による「脱サラ=開業」相談が47%,「失業者や定年退職者による開業」相談が19%で,新規開業に関連する相談が全体の66%を占めている。進出希望業種は,年間総計でもサービス業が40%を占めて最も多く,次いで卸売業21%,製造業17%,小売業12%となっている。



III 創業形態と創業活動

1 創業形態

 ところで,経済社会の構造的・心理的な諸要因による創業環境の変化に対応して,創業形態と創業活動も変化してきている。まず創業形態に関しては,広義には4類型に分類することができ,各類型により創業に至る経緯,開業時の規模,参入業種に特色がある。創業形態の4類型を挙げると,(1)独自型創業(創業者が他社での勤務の経験なく独自に創業する),(2)スピンオフ型創業(既存企業を退職して創業する・いわゆる「脱サラ」),(3)のれん分け型創業(既存企業との緩い関係は保ちつつ独立して創業する),および(4)分社型創業(既存企業の指揮系統の下で分社または関連会社として創業する)となる。
 創業形態の時系列的な変化をみると,やはり創業資金の高額化と経営資源の高度化に対応して,独自型創業が大幅に減少している一方,スピンオフ型創業と分社型創業が大幅に増加してきている。高度成長期前半は独自型創業が46%と主流を形成していたが,以降一貫して減少の傾向にあり,1989年以降は15%にまで低下している。中小企業でも,独自型創業の存立基盤は急速に狭められており,創業者のアイデアや発想だけを資源として事業を起こすことは,現実には非常に困難となっている。現在では,勤務経験を通して経営資源を蓄積している「スピンオフ型」創業が全形態の45%を占めて主流を形成している。これに,高額化する創業資金問題を回避した「分社型」(28%)を加えると,73%が既存企業の組織資源(技術・知識,資金等)を苗床として創業していることになる。
 独立を願う中小零細工場の職人が,狭隘・廉価な貸工場を舞台に夫婦で創業し,刻苦勉励して機械設備を整え,貸工場を転々としながら事業を拡大し,やがて自前の工場を保有する。こうした日本版成功物語は,高度成長期,スピンオフ型創業の典型であり,また中小企業労働者の新たな独立・創業を誘発する要因でもあった。スピンオフ型創業は,現在でも「脱サラ」として,あるいは「ベンチャービジネス」として広く定着している。さらに女性の起業やUターン・Iターンに伴う開業事例にも,スピンオフ型創業が少なくない。これに比して分社型創業は,一般的な創業活動とはやや性格を異にしており,大企業を中心とした既存企業による「内製の外業化」を典型例にして,社内ベンチャーによる新分野進出とか,中高年社員専門会社の設立といった事例などが挙げられる。しかし,どちらにしても既存企業と知的労働が中小企業誕生の社会的な母体として機能しており,企業が企業を生み出す構造を無視することはできない。
2 創業型企業と業種
 創業型企業は,大半が小規模企業である。とくにスピンオフ型では,従業員5人未満の企業が約80%を占めており,そのうち従業員1人(または家族従業員のみ)の企業が25%も存在する。スピンオフ型,すなわち「脱サラ」や「ベンチャービジネス」では,自社が得意とする専門分野に特化して事業経営を行う事例が多いことから,小規模な組織で創業する割合が高くなっている。これとは対照的に分社型では,5人未満企業は33%にとどまり,20人以上が22%(スピンオフ型1%強)を占めている。分社型の場合は,既存企業による「内製の外業化」を主としているため,創業当初から資金・人材の両面で一定の規模を備えていることによる。
 創業経営者の年齢も,スピンオフ型では30歳-40歳代が73%と中核を形成しているのに比して,分社型では40歳-50歳代の経営者が69%と中核を形成しており,既存企業の管理職層が出向・転籍している実態を映し出している。また独自型でも,50歳以上が21%を占めているが,これは近年定年退職者や早期退職者による創業が一部で増加している現状と符合している。こうしてみると,雇用構造の流動化が中高年層を直撃しており,これが創業形態の変容(分社化)を伴いながら,転職=創業活動の活性化を引き起こしていると推測される。転職を志向している若年層(30歳未満層)は多いが,創業資金や経営資源の問題により転職が独立・創業と結びつく機会は減少しており,これが結果として創業者の高齢化に寄与する要因ともなっている。
 また創業型企業が参入する業種は,既存企業におけるサービス投入比率の増大や家計消費におけるサービス支出の増加に対応して,小売業,飲食業を含む広義のサービス業が中心となっている。新規開業企業の業種構成では,サービス業が26%で最も多く,次いで飲食店21%,小売業20%となっており,この3業種で67%を占めている。製造業の新規開業企業は9%にとどまる。サービス経済化の進展が中小企業の創業機会を拡大し,中小サービス業の創業活動がサービス経済化を加速している。中小企業の創業活動が,既存企業による分社化も含めて,雇用構造流動化の受け皿となるだけでなく,産業の新陳代謝機能を果たしている。
3 中小企業の供給構造
 ところで,創業形態と創業活動の歴史的な変化は,中小企業の供給構造の変化を示唆してもいる。従来,中小企業の供給源といえば家業を承継する後継者(自営業家族)か,中小企業の労働者・職人の独立・開業が中心であった。すなわち,中小企業が中小企業を再生産する供給源として機能してきた。しかし,零細企業や個人商店における後継者の不在や,中小企業の労働者・職人の独立・開業の停滞化などにより,中小企業による中小企業再生産の機能は低下してきている。
 創業直前の勤務先の規模をみると,1964年以前に創業した企業の47%が小規模企業であり,33%が中規模企業で,中小企業が80%を占め,中小企業の供給源として機能していた。しかし85年以降の創業企業では,小規模企業25%,中規模企業42%で,中小企業の比率は67%にまで低下している一方,大企業が20%から33%へとその比重を高めてきている。この要因としては,すでに指摘したように,大企業からのスピンアウトによる創業や,大企業の新たな事業展開の一環としての分社による創業が増加してきたことが挙げられる。
 もちろん,量的には,中小企業が依然として供給源の中核であることに変わりはない。しかし,その比重は趨勢としてはあきらかに低下傾向にあり,大企業の経営戦略と雇用慣行の変容との関連を抜きにしては,中小企業の創業を動態的に把握することが困難となってきている。
 また創業者の高齢化により,中高年層が中小企業の供給源となってきており,既存企業における中高年社員の処遇問題(雇用調整)と中小企業の創業問題(自己雇用)との関連が深まってきている。さらに,生活構造の変化が女性の起業を誘発しており,女性が小企業の新たな供給源となる予兆も見受けられる。自営業家族と中小企業労働者・職人の外側に,大企業社員,中高年層,女性が,中小企業の新たな供給源を形成してきている。これにより,中小企業の供給構造は多様化する一方,創業問題が雇用問題(転職,出向・転籍等)としての性格を強めてきている。また他方では,独立・自営が雇用を代替する「もうひとつの」生活方法の一選択肢(理想とするライフスタイルの実現手段)として認識・評価される気運も高まっている。
4 開業動機
 これを示唆しているのが,開業動機である。創業者の開業動機に関する各種の調査結果をみると,「自分の夢や理想が実現できる」「以前からこの商売をするのが夢だった」とする回答がどれも第1位を占めている。次いで多いのが,「努力次第で大きな収入が得られる」「自分の技術や資格が生かせる」「人に指図されずにすむ」「一国一城の主になりたい」などであり,「給料だけでは生活できないから」とか「勤め先が倒産したから」など,経済的・他発的な理由を挙げる者は少ない。すなわち,自己の労働に対する評価を納得できる形で手にしたい,自分の力能を社会の中で役立てたいとする,雇用労働者の自己形成的な夢や理想が開業と結びついている。これが,会社=組織の論理からの離脱,独立・開業を選択させている。
 このように,現代の独立・開業は,経済的理由による強制的な自立ではすでになく,自己実現・自己表現,そして脱組織化の主意が大きなモチベーションとなっている。所得に対する関心はあるが,所得の手段として開業する創業者は少ない。所得は,自己の労働や力能に対する社会的評価の客観的な指標として受け止められている。創業者本人以外に家族に別途収入があるとする回答は,男性でも44%,女性では71%にものぼる。経済問題から解放されたわけでは決してないが,意識の上に占める「経済」の比重(=切実度)は低下してきており,問題の深刻さも薄らいでいる。こうした創業者における所得の意味変容が,生計から自由な創業を可能にし,開業動機を社会学化している。
 開業動機の社会学化は,所得水準の上昇によるだけではなく,個人のキャリアが収益の源泉になることにもよっている。すなわち,経験を媒介にして獲得した技能・知識,ノウハウ,あるいは人脈(ノウフー)といった,いわば人間と一体化した資源がそのまま経営資源となりうる構造が,自己実現・自己表現志向の基盤であり,獲得された資源の属人的性格が脱組織化を一定可能にしている。加えて,既存市場の成熟化(規模の経済性)を前提とする市場の細分化(範囲の経済性)が,社会学化する開業動機を支持する客観的な可能性を拡大している。こうして,広義のサービス業を中心に,「小さな市場に適所を開く」夢実現型中小企業の開業が誘発されている。
5 経営者の属性
 ところで,供給構造や開業動機の変化に対応して,担い手である経営者の属性も変化している。日本商工会議所の『経営環境変化に挑戦する革新的企業』(従業員20人以下の小規模企業を対象とした全国調査)によれば,新規開業を含む革新的小規模企業を支える経営者は,「団塊の世代」を中心に,平均46歳と若く,サービス業や新規開業では女性経営者が10%を超えている。とくに女性経営者の2人に1人が新規開業であり,近年話題となる「女性の起業」を実証している。
 また学歴面でも高学歴化が進行しており,経営者の40%が大学卒業以上の学歴所有者で占められている。とくに高度な知識や技術を保有している製造業や事業所関連サービス業,新規創造型企業などで,高学歴経営者の比率が高くなっている。大学進学率の上昇が高学歴化のストック効果を生み出し,小規模企業の世界にまで波及してきている。これに関連して,資格を保有している経営者が40%強,特許・技術等を保有している企業も40%弱に達しており,小規模企業一般と比較すると,知識・技術的資源を蓄積した高質型企業が少なくない。
 さらに,卒業後のキャリアをみると,約80%が会社勤務を経験しており(勤続年数は平均11年強),卒業と同時に事業を手掛ける者は少ない。また直前職は,中堅企業・大企業から入職した経営者が20%強を占めている。こうした勤務経験が,専門的技術・知識を蓄積したり,取引先や顧客の開拓に貢献しており,事業革新の幅を広げたり,開業に必要な経営資源の蓄積を助けている。とすれば,高学歴化や大企業のリストラは,小規模企業経営者の女性化を誘発したり,企業社会の内部に潜在的な起業家を形成する一要因ともなる。ここに,中小企業の創業問題(開業率の低下と供給構造の変化)と大企業の雇用問題(雇用調整と中高年のリストラ)の接点が存在する。



IV 自営観の変容と労働の自営化

1 自営観の変容

 現代社会における中小企業の存立理由は,創業者の開業動機にみる自己実現志向や脱組織志向が示唆するように,「大企業体制によって満たされない自由の機会を提供する」(中村秀一郎)ことにある。すなわち,機会を選択し可能性に挑戦する自由,多様な個人的経験を可能とする場として,中小企業の存在が再評価されてきている。したがって中小企業論は,経済学的であると同時に,社会学的でなければならない。とくに創業・起業事例にみる「自営観」の変容,すなわち自営の脱家業性と精神力学(モチベーション)を考慮すると,自営は社会学的現象の色彩をいっそう強める一方,個人の転職・就業の一選択肢として意識化されてきている。
 最近の創業・起業事例で印象的なのは,「好きなことをするために会社をつくる」,会社を設立したのは「ユーザーと双方向でコミュニケーションしたかったから」など,自分の夢と会社の目的を合致させる志向の強さである。また日本商工会議所による小規模企業を対象とした『経営環境変化に挑戦する革新的企業』の調査結果でも,事業内容を象徴するキーワードの第1位は,産業・経済に直結する「バリュー価格」や「技術革新」を抑えて,「夢・感動」であり,次いで「地域貢献」である。もちろん会社を起こし,事業を営む限り,売上高や利益の成長に対する関心はある。しかし,金銭や物質が経営者の夢や感動と直結しなくなっているところに,自営観の転換を読み取ることができる。自営が,自己実現の文明論的装置として主体的に選び取られている。
 また,最近の「起業ブーム」にも後押しされて,自己実現が可能で地域に対する貢献を実感できる職業として,中小企業経営者の職業的魅力が高まっている。これも,自営の観念を転換する一要因である。米国の1980年代は,鉄鋼,自動車を中心とする産業空洞化に対応して大企業のレイオフが続く一方,「自分の雇用は自分でつくる」という流れが新たに生まれ,起業家による雇用創出が活発化した時代でもある。こうして急増した起業家たちを,米国では「自由」を象徴するそのカジュアルなファッションに着目して,「オープンカラー・ワーカー open-collar workers」と呼んでいる。起業家に象徴される「自由」とは,「生活と仕事を両立させる新しい機会」の探究であり,「新しい自営」のスタイルとされる「ワーキング・フロム・ホーム working from home」の追求である。日本の開業動機もまた,米国と同様,雇用帝国の外側で「もうひとつ」の職業として自営を再評価する傾向を示している。
2 創業・起業文脈の多様化
 中小企業の供給構造や自営観の変容に対応して,中小企業の創業・起業の文脈も多様化しており,新たに創出される雇用の内容も異なる。とくに近年増加傾向にある分社型創業は,既存企業が中小企業の供給源となっており,創業・起業の文脈も本体企業の経営戦略や人事政策と深く関わっている。また創業者・起業家の全てが量的拡大を志向しているわけではなく,自営観の変容からも示唆されるように,生活方法の一選択肢として企業を起こし,もっぱら「生活の質」の維持・向上に関心を抱く事例も少なくない。そこで,中小企業の創業・起業の文脈を「コーポレート系/インディペンデント系」の軸と「成長志向-非成長志向」を軸に再整理する必要がある。両軸の交錯から,(1)「コーポレート・ベンチャー(CV)」(コーポレート系成長志向),(2)「インディペンデント・ベンチャー(IV)」(インディペンデント系成長志向),(3)「ホームベースド・ビジネス(HB)」(コーポレート系非成長志向),(4)「ホームインク(HI)」(インディペンデント系非成長志向)の4類型が抽出される。
 CVとIVは,新産業の創出により,構造的に停滞している経済からの脱却,あるいは空洞化リスクを回避し,経済全体を活性化する主役として期待されている。ただしCVは一般的な中小企業の創業・起業とは異なり,既存企業の脱成熟化(新事業開発)を目的とする社内ベンチャー制度等による分社型創業の一種で,本体企業から一定期間資金的な援助が約束されている。本体企業に蓄積されている経営資源を効果的にCVに移転することに成功すれば,経済全体の活性化・世代交替に大きな役割を果たし,雇用創出効果も期待される。最近では中小企業でも,本業の成熟化等により,分社によって人的資源の最適配置を試み,新規事業に必要な人材を育成する事例が多くなっている。国民金融公庫総合研究所の調査は,分社当時従業員10人強の企業が10年後20人強と倍増しており,約2倍の雇用量を創出していることを報告している。しかしCVは,外部のVBをM&Aにより買収しにくい日本型風土の産物であり,また50歳以上の経営者が多く,余剰人員の受け皿化する危険も少なくない。狭義のVBとは,スピンオフ型創業によるIVであり,脱組織志向の強い,30歳-40歳代の経営者による研究開発型事業を典型とする。VBの社会的評価,失敗のリスク,人材の流動化など課題も多いが,新産業の担い手として大きな期待が寄せられている。
 他方,HBとHIは,「生活の質」を重視する創業・起業であり,CVやIVとは経営の目的を異にしている。HBは,大企業の早期退職制度や中高年向け転身援助制度を活用したスピンオフ型創業であり,転籍の打診を契機に早期退職して独立とか,出向を逆手に成長分野の知識を蓄えて独立したり,転身援助制度を活用して資格を取得し不動産経営を開業したりなどである。中高年の雇用調整を目的に別会社を設立し,55歳以上の従業員を転籍させ,本体の内製を一部外業化し,一定の収入を保証しながら高齢者の安定志向と挑戦意欲をバランスさせた事例は,既存企業の経営資源を活用したスピンオフ型創業の変形といえよう。女性が勤務経験を基にして,事業内容を絞り込んだサービス業を開業する事例も,HBには少なくない。これに比してHIは,独自型創業に近似しており,高学歴主婦や定年退職者による趣味を生かした小売業,飲食店の開業などが典型例である。趣味とはいえ,提供される技術・知識の質は想像する以上に高い。また育児,教育,福祉などの分野では,「企業」という形でボランティア活動を行う事例も登場してきた。HBやHIは,経済活性化の文脈よりは,大企業の雇用調整により失われた雇用を吸収したり,生活者の価値観・ライフスタイルの変化による市場の隙間を発掘しており,新たな生活機会の開発という文脈では貴重な存在である。
3 労働の自営化
 中小企業の創業・起業の文脈の多様化は,仕事の組織形態としての雇用の排他的な優位性を相対化する一方,雇用労働の性格をより自営的なものにする。とりわけ,超円高に対応した大企業における新規事業への挑戦と雇用慣行の見直しは,組織化された雇用労働の一部を「起業家」的にする一方(イントラプルナー),余剰人員化した中高年層に転身と早期退職を,すなわち雇用労働の世界からの「自立=自営」化を要請する。また大企業を中心に企業は,正規の雇用労働者以外に,すでに多様な形態で外部の労働力を活用しはじめている。これにより,中核的労働者を除くと,労働力は全般に「偶発的労働者」化(長期アルバイト,派遣社員,契約社員等々)する方向にあり,雇用形態は非典型化し労働市場は流動化を不可避としている。
 DIY産業を代表するT社では,中高年の豊富な専門的知識と経験を評価し生かす技能社員制度(契約社員)を導入しているが,顧客の要望と多数の商品を結び付け,商品の使い方まで助言したり,OJTで若手社員の育成にも貢献している技能社員の労働は,「自営業」の仕事内容に限りなく接近している。あるいは,派遣労働に象徴される「ヒトのカンバン方式」は,仕事の組織形態としての雇用の排他的な優位性を相対化する一方,偶発的労働者の自立=労働の自営化を促進する。また中核的労働者の領域でも,人材育成を目的に努力の成果が収入に直結するインセンティブ策(持ち株の奨励や業績対応の報奨金制度など)を導入する企業が増加しているが,これは「自身の労働」の意義を実感できる仕組みの整備ともいえる。専門職を対象とした裁量労働時間制や成果主義の導入も,在宅勤務のインフラ整備と重ね合わせてみると,「雇用労働の自営化」の予兆として理解することができる。また外食産業などでは,「一国一城の主」を夢見て独立開業を志向する社員を対象にFC制度を用意し,少額の創業資金で,個人が独立しやすい業態を開発している企業も少なくない。こうして,事業再構築や雇用慣行の見直しに対応して中高年労働者や偶発的労働者の自立=労働の自営化圧力が強まる一方で,雇用のソフト化・サービス化の進展等に対応して企業内労働も全般に自営化の性格を強めている。
 独立自営とは,単に転職/新規開業を意味するだけでなく,雇用労働のあり方にも深く関わってきている。すなわち,中小企業の創業・起業は,独立自営の一象徴にすぎず,企業がリストラに挑戦し,雇用慣行の見直しに着手し,雇用構造が大きく変化しようとしているいま,雇用労働者にも自立=自己雇用の精神が求められている。もとより「会社と雇用」という文明装置は,「人が力を合わせる場や仕組みでしかない」限り,プロジェクト制の導入や企業内起業は必然的な帰結でもある。しかし,これには「起業家」的な個人の存在が前提となり,これが「労働の自営化」を推進する核心となる。超円高により,労働の自営化から派生する問題(雇用調整)が一気に,しかも半ば強引に(企業内失業)表面化してきたが,それによる摩擦を失業対策だけで回避するには限界もある。



V 中小企業の創業と雇用問題

 中小企業を日本経済を支える「活力ある多数」と観念したとき,開業率の低下は,中小企業による産業経済の新陳代謝機能と苗床機能の低下を意味し,ひいては日本経済の活力をそぎ落とす可能性をはらんでいる。ここに,中小企業の創業促進と後継者対策を要請する政策上の根拠が求められる。しかし,後継者対策は既存中小企業の再生産,とりわけ零細企業の自営業家族を単位とする家業承継の問題に傾斜し,創業支援の制度体系もいまだ確立したとはいえない。中小企業の供給構造の変化に適合した創業促進・後継者対策の手法開発が課題である。
 他方,超円高に対応する雇用問題の深刻化は,すでに失業対策の域を超えており,新産業の創造・新規事業の開発による新たな雇用機会の創出を必要としている。しかし,雇用代替(自己雇用)を含めて,雇用創出に貢献するのは中小企業(分社化)であり,また一般の中小企業とは質的に異なり,個人性・家族経営性の濃厚な「新しい自営業」(HBやHI)であるが,このような形態変化と小規模層を雇用創出の一源泉とする発想はいまだ乏しい。雇用開発関連の施策も,雇用の安定化と既存企業のゴーイング・コンサーンを暗黙の前提としており,「誕生権経済」による雇用創出(1980年代米国の教訓)に対応した施策は今後の課題として残されている。
 したがって,中小企業の創業問題と雇用問題を架橋し,相互に連携する新たな施策を構想することが要請される。中小企業の供給構造の変化,自営観の変容,創業・起業文脈の多様化,労働の自営化など,本論で抽出したような一連の論点は,構想の鉱脈を提示しているようである。すなわち,労働の自営化は「自ら雇用を開発する潜在的な創業者・起業家」を企業内・外に形成し,自営観の変容は「職業としての中小企業経営者」の魅力を高めている。このような主体的条件の変化を前提に,中小企業の供給構造の変化と創業・起業文脈の多様化に対応して,中小企業の創業促進と雇用開発,あるいは雇用と自営,転職と開業をマッチングさせる柔軟な施策が要求される。
 この課題を達成するには,雇用対策の面では,雇用調整を容認する方向で人材の流動化を促進する一方,雇用→自営のキャリア開発を転職に対する支援システムの一環に組み込み,労働者の適職探索行動の選択肢を広げる必要がある。また中小企業政策も,スピンオフや分社を奨励するインセンティブを用意する一方,創業促進に資する起業家支援制度を転職に対する支援システムと接合し,潜在的な起業家の独立自営を円滑化することが期待される。産業構造の転換と中小企業の新たな供給源の問題は,雇用/労働者と自営/事業主の狭間に位置する潜在的起業家=創業予備軍を対象に,両者をブリッジする施策の発明を要求している。


参考資料
総務庁「事業所統計」「事業所の変動状況に関する結果報告」に基づく中小企業庁試算資料。
総務庁「就業構造基本調査」,1992年。
国民金融公庫総合研究所編『新規開業実態調査』中小企業リサーチセンター,各年版。
中小企業庁「経営戦略実態調査」,1994年。
大阪商工会議所「新規開業支援サービスセンター(NESSC)開業相談状況」,1995年。
中小企業庁「創業活動等実態調査」,1993年。
日本商工会議所『経営環境変化に挑戦する革新的企業」,1995年。
国民金融公庫総合研究所編『分社する中小企業」中小企業リサーチセンター,1994年。


かまた・あきひと 1947年生まれ。法政大学大学院博士課程中退。茨城大学人文学部教授。主な著書に『エレメンタル中小企業』(共著,英創社)など。中小企業論・消費社会構造論専攻。