論文データベース

[全文情報を閉じる]

全文情報
(著者抄録)
現在,女性が社会進出する際に大きな障害となってるのが,税制・年金制度である。婚姻の有無や就労形態によって,その取り扱いが大きく異なる現行の制度は,女性労働者とりわけパート労働者の就業選択に大きな影響を及ぼしている。本論は,平成6年の税制改革が,パート労働者の就業選択にどのような影響を及ぼすのか,また税制の変更はどのような所得階層の者に恩恵をもたらしたのか,税制改正前後の可処分所得の変化額から比較,検討を行った。分析結果は,次の通りである。(1)現行の税制,年金制度,企業から支給される配偶者手当は,非課税限度額以下で働くパート労働者を優遇している。(2)税制の改正による恩恵は,夫が高所得の世帯であるほど大きく,また妻がパート収入を増やすメリットは低所得層の方が大きい。そのため,高所得の夫を持つパート労働者は,税制改革後にパート収入を増やすインセンティブが小さくなっている。

(論文目次)
I はじめに
II 女性と税制・年金制度のしくみ
    1 女性と税制
    2 年金制度と女性
III 税制改革とパート労働者の就業選択
    1 平成6年税制改革の内容
    2 パート労働者の就業選択の理論的検討
    3 所得階層別間の可処分所得の比較
IV おわりに

I はじめに

 高齢化と少子化という大きな人口構造の転換期にあるわが国にとって,将来不足が予想される労働力人口の確保は大きな政策課題である。その鍵となるのが,これまで補助的労働力として取り扱ってきた女性労働力の活用である。実際,近年の女性の社会進出は著しく,その就業継続を支援するべく育児休業制度や介護休業制度が導入されるなど,女性労働者に対するさまざまな支援政策が行われている。こうした政策は,常用労働者である女性を将来の基幹労働力として積極的に活用しようとの目的をもった政策展開と位置づけられる。しかし,いったん出産や育児などで労働市場を離れた中高年女性の多くは,常用労働者ではなく,短時間労働者,いわゆるパートタイム労働に従事しているのが現状である。総務庁統計局『労働力調査』によると,短時間労働者の7割弱が女性であり,その数は女性雇用者の3割を占めるほどになっている。その結果,パート労働者の労働問題は無視できないものとなり,平成5年には短時間雇用者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム労働法)が制定されるなど,高齢社会における労働力として短時間労働者の活用も含めた柔軟な対応が必要になってきている。
 こうした方策が行われる一方で,本来個々人の行動に中立的であるべき税制や年金制度などが,逆にパート労働者の労働供給を抑制し,女性の社会進出を妨げる効果をもっているとの批判がなされている。この問題については,各種審議会,検討会でも取り上げられており,時代の要請に合った,長期的な視野での政策対応が求められている。
 本論では,パート労働者をめぐる税制,年金制度の問題を整理し,税制や年金制度がパート労働者の就業選択にどのような影響を及ぼすのか,昨年実施された税制改革によるパート世帯の税負担への影響を手がかりとして考えたい。



II 女性と税制・年金制度のしくみ

 まず,税制,年金制度における女性の取り扱いの状況について,整理しよう。

1 女性と税制

 わが国の税制は,個人単位課税がとられ,男女の別も設けられていない。しかし,それでもなお税制における女性の取り扱いが問題になるのは,実際の税制が完全な個人単位ではなく,「公平の視点」から納税者個人や世帯の生活状況も含めた,稼得者の担税力を考慮した各種控除が設けられているからである。
 そのため,女性が就労する際には,本人の税負担と夫の税負担の二つを考慮しなければならない。ある個人が非課税限度額を超えて就労すると,本人の所得に所得税,住民税等が課税される。収入の増加につれて,税負担,手取り額ともゆるやかに増加するので大きな問題はない。
 問題は,夫の所得にかかる配偶者控除,配偶者特別控除の存在である。配偶者控除は,昭和36年に,扶養控除から独立して新設された所得控除である。その目的は,収入のない妻を扶養する者の税負担を軽減するというほかに,「クロヨン問題」と呼ばれる事業所得者に比べ相対的に税負担が重いとされる給与所得者の税負担の軽減と,片稼ぎ世帯においても,仕事に直接従事する者の稼得に他方の配偶者が相応の貢献をしているといういわゆる「内助の功」の評価が含まれていた。しかし,配偶者控除は,配偶者の所得がその適用限度額を超えると,配偶者控除の適用がなくなるため,かえって世帯の可処分所得が少なくなるといういわゆる「逆転現象」の問題を生み出し,その対応策が求められていた。そのため,昭和62年には配偶者の所得によって,適用控除額が異なる「消失控除」というしくみをとる配偶者特別控除を創設し,税制だけで見れば,「逆転現象」の問題は解決されることになった。
 配偶者控除,配偶者特別控除の平成7年現在のしくみは,図1のようになっている。配偶者控除は,配偶者の年間所得が38万円(パート収入の場合は103万円)以下の場合に,38万円を一律所得控除する制度である。配偶者特別控除は,年間所得が1000万円以下の給与所得者に対してのみ適用され,配偶者の年間所得が一定額(給与所得控除の最低保障額65万円と基礎控除額38万円を加えた103万円)を超え,配偶者控除の適用限度額を超えても,その所得が76万円(パート収入の場合は141万円)未満ならば,控除が適用されるようになっている。

図1 配偶者特別控除額の調整

 配偶者控除,配偶者特別控除の問題点は,主に以下の3点にまとめられる。第1の問題点は,他の所得控除に比べ,控除額が高いことである。配偶者の給与収入が年間70万円未満であれば,配偶者控除,配偶者特別控除は合計76万円が適用される。この額は,配偶者以外の扶養親族がいる場合に適用される扶養控除38万円,特に教育費負担を勘案した特定扶養親族(16歳以上23歳未満)がいる場合に適用される53万円をも大幅に上回っている。配偶者にのみこれだけ高額の控除を認める理由としては,単なる担税力の評価だけでは説明がつかない。たとえ「内助の功」相当分が扶養控除の額に上乗せされていると考えても,一定所得以下の配偶者にのみ「内助の功」を評価する明確な根拠は見当たらない。
 第2に,所得控除特有の問題として,限界税率の高い高所得層により多くの減税効果をもたらすことがあげられる。表1を見ると,配偶者控除もしくは配偶者特別控除が適用される納税者は,両控除がともに適用されない者の所得分布に比べ,相対的に高所得層が多い。配偶者特別控除が適用される者のうち,配偶者控除の有と無を比較すると,後者の方が比較的低所得層が多い。つまり,両控除の適用を受ける者は,そうでない者より高所得層かつ高額の控除が適用されることになっているのである。また,税制における所得控除は,すでに課税最低限度額以下の者には,恩恵がない。税制が,本来高所得層から低所得層への所得再分配を意図した制度であることに立ち返れば,高所得層により大きな恩恵をもたらす控除は,公平の視点から問題視せざるをえない。

表1 配偶者控除・配偶者特別控除の適用の有無別の給与所得分布

 第3の問題点は,税制の逆転現象が配偶者特別控除の導入によって解決されたとしても,なお多くのパート労働者が非課税限度額,配偶者控除の適用限度額を目安として故意に労働時間を調整する就業調整を行っていることである。これは,企業から支給される配偶者手当の効果も大きい。配偶者手当は現在,約8割の企業で支給しているが,配偶者の年間所得を支給条件としている企業がほとんどである。労働省『賃金労働時間制度等総合調査報告』(1992年)によれば,約8割の企業が配偶者控除適用限度額の100万円(1992年当時)を配偶者手当の支給制限の額としている。その結果,配偶者の所得が100万円を超えると,配偶者手当の支給がなくなるため,配偶者の所得を増やすとかえって世帯収入が減少してしまうという現象がある。
 こうした税制や企業から支給される配偶者手当によってつくられた収入の壁が,パート労働者の労働供給を抑制している現状は,近年大きな社会的関心を集め,各種調査,研究によって,その実態が明らかにされている(注1)。

2 年金制度と女性

 公的年金制度は,もともと世帯の所得保障を念頭に置いて展開されてきた制度である。そのため,女性の社会進出が増えた現代でも,夫の稼得した賃金から保険料を徴収し,老後は家族の生活に足る年金額を支給するという基本理念が残されている。
 現在の公的年金制度は,1985年の改正によって,国民年金に基礎年金制度が創設され,すべての国民が何らかの年金に加入することとなった。図2に示すように,加入する年金は,職域によって異なっている。自営業者は第1号被保険者として国民年金に加入し,定額の保険料を納付し,基礎年金を受給する。被用者は,第2号被保険者として定率の保険料を納付し,基礎年金のほかに厚生年金または共済年金を受給する。そして,サラリーマンの妻(第2号被保険者の被扶養配偶者)は第3号被保険者として,保険料負担なしに,基礎年金を受給できることとなっている。その保険料分は,夫の負担に加算されるのではなく,夫の加入する年金制度の被保険者全体で支えている。この第3号被保険者に保険料負担を求めない根拠は,被用者の妻は費用負担能力がない,事務上の手続きの簡便化が理由とされているが,自営業者の妻や学生が保険料負担を求められるのに対し,被用者の妻だけに保険料負担を課さない理由とはなりえない。そのため,近年働く女性の側から,第3号被保険者からも何らかの形で保険料を徴収すべきだという声が大きくなってきている。

図2 公的年金制度の体系

 第3号被保険者の保険料負担をめぐる論議は,年金制度を個人単位でとらえるか,世帯単位でとらえるかによって,評価が異なる。個人単位でとらえれば,上記のような評価が下され,世帯単位でとらえれば,片稼ぎ世帯と共稼ぎ世帯と世帯収入が同じであれば,受給年金額も同じとなり,特に専業主婦の世帯が多くの年金をもらっているわけではないという判断がなされる。しかし,仮に年金制度を世帯単位でとらえたとしても,実際は,必ずしもそうとはいえない。配偶者手当が考慮されていないためである。企業から支給される配偶者手当は,年金額を算定する際の基礎となる標準報酬月額に含まれる。その結果,世帯の給与所得の合計額が同額であっても,配偶者手当が支給される専業主婦世帯の方が,支給されない共稼ぎ世帯より高い年金額を受給できるようになるのである。
 さらに,妻が寡婦となった後の遺族年金を考慮しても,第3号被保険者は有利に取り扱われている。昨年の年金制度の改正によって,配偶者が亡くなった後の遺族年金の受給には三っの道が開かれることになった。一つは,自身名義の基礎年金と厚生年金を受給し,遺族年金は受給しない道,二つ目は,自身の基礎年金と夫の老齢厚生年金の4分の3を遺族年金として受給する道,最後に,自身の基礎年金と自分と夫の老齢厚生年金の合計額の2分の1を遺族年金として受給する方法である。自分の老齢厚生年金が夫の老齢厚生年金額の4分の3以上であれば,第1の方法,つまり自身の老齢厚生年金を受給するのが,もっとも有利な選択となる。そして,同じく2分の1以上,4分の3未満であれば,第3の方法,つまり夫婦の老齢厚生年金の合計額の2分の1を受給するのが,また2分の1未満であれば,二つ目の夫の遺族年金を受給し,自分の老齢厚生年金を受給する方法がもっとも有利となる。しかし,女性の年金額は,就労期の低賃金や勤続年数の短さを反映し,男性に比べおしなべて低い。第2の方法をとった場合,自身の年金は掛け捨てになるばかりか,遺族年金額は夫の老齢厚生年金額に依存するため,専業主婦の遺族年金が共稼ぎの妻の年金額を上回ることもありうるのである。
 また,第3号被保険者制度を擁護する最大の理由「専業主婦は保険料の負担能力がない」とする考え方も以下の点から問題がある。第3号被保険者に限らず,公的年金制度では,保険料負担能力がない低所得者には保険料を免除する方策がとられている。しかし,第3号被保険者の認定基準と,第1号被保険者および学生の保険料免除基準を比較すると,後者の方がより厳しい基準が設定されている。
 配偶者をもつパート労働者の場合,社会保険に独自に加入するかどうかは,二つの段階を経て決定される。第1に,そのパート労働者の労働時間が通常の就労者のおおむね4分の3以上である場合は,原則として被用者保険に強制的に加入する。つまり,年金制度では第2号被保険者となる。4分の3未満である場合には,本人の収入額で加入状況が決まる。パートの年間収入が130万円未満であれば,配偶者の被扶養者として認められ,独自の保険料負担は求められない。老後の年金は,基礎年金を満額受給できる。逆に130万円以上になると,被扶養者として認められないので,医療保険は国民健康保険に,年金は国民年金の第1号被保険者として加入し,新たな保険料負担が必要となる。このように,パート労働者が第1号被保険者として年金に加入した場合,老後の年金額は,厚生年金などの所得比例部分はなく,基礎年金のみの受給になるので,第3号被保険者として保険料を負担しない場合と同じになってしまうのである。つまり,第1号被保険者として加入しても,その保険料負担が,老後の年金額の増加に結びつかないのである。パート労働者が,社会保険認定基準額の130万円を境に,就業調整を行うのは,ごく当然の行動といえよう。
 これに対し,自営業者などの第1号被保険者の免除の認定基準は,個人の収入だけでなく,世帯合算の収入も考慮される。連帯納付義務の考え方があるからである。しかし,第3号被保険者の認定に比べ,その基準はかなり厳しいものとなっている。第3号被保険者の認定には,他の世帯員の所得が問われないのに対し,第1号被保険者の免除認定には,連帯納付義務の考え方から,本人,配偶者,本人の属する世帯の世帯員のいずれかに所得税が課税されていれば,免除は認められない。つまり,夫が所得税を納めている,あるいは妻本人が所得税を納めていれば,保険料負担が求められるのである。これに対し,被用者の妻であれば,パート収入が100万円以上あっても,その所得が130万円未満であれば,保険料負担は求められない(注2)。また,第1号被保険者が保険料を免除された場合,その期間分の基礎年金は,国庫負担分の3分の1の受給額になり,満額受給はできない。そもそもこの被扶養配偶者の認定基準の額は,スタート当初は所得税の課税最低限度額と同一であった。第3号被保険者と第1号被保険者の免除基準から単純に判断するのは早計だが,少なくとも税負担をしている第3号被保険者が,社会保険料負担を免除されるのは,第1号被保険者より優遇されているといえよう。



III 税制改革とパート労働者の就業選択

 本章では,昨年11月に行われた税制改革がパート労働者の労働供給にいかなる影響を及ぼすのか検討を行うことを目的とする。すでに多くの研究で指摘されているように,主婦の労働供給活動は,賃金率や世帯主所得,そして税や年金保険料などの社会保険料負担に敏感に反応する。本論では,典型的な勤労者世帯を例にとり,この税制改革によって,世帯の所得はどのように変化し,パート労働者の就業選択にどのような影響を及ぼすのか検討を行うこととした。
 一口にパート労働者といっても,その属性はさまざまである。パート労働者の中には,常用労働者と変わらない労働時間で働き,比較的高収入を得ている者も存在する。しかし,労働省『就業構造基本調査報告』(平成4年)で見る限り,パート労働者の8割強が,年収100万円以下で働いている。そのため,本論の計算対象としたパート労働者は,大多数を占めるであろう年収が非課税限度額以下の者とした。
 試算に移る前に,まず税制改革の概要を述べることとする。次いでパート労働者の労働供給モデルを説明した後,シミュレーション計算の結果から,税制の改正による効果について検討を行うこととしよう。

1 平成6年税制改革の内容

 平成6年税制改革は,個人課税の累進緩和を通じた負担軽減と消費課税の充実を主な柱としている。具体的には,勤労世代の中堅所得層の負担累増感を緩和するため,所得税・個人住民税の税率構造の累進緩和等の実施による約3.5兆円の減税と,消費税については,中小事業者に対する特例措置等を改革し,税率を引き上げるという措置がとられた(注3)。しかし,ここ数年の景気動向への配慮から,個人所得課税の負担軽減が消費税率の引き上げより先行実施され,平成7年現在では,所得税・住民税の減税にとどまっている。
 勤労者世帯にかかわる主な改正点は,人的控除および給与所得控除,基礎控除など各種控除の引き上げと累進税率の緩和である。表2は主な改正点をまとめたものである。

表2 税制改革の主な改正点

 このうち,パート労働者にかかわる変更点は,以下のようにまとめられる。まず,本人の税負担については,基礎控除が3万円引き上げられたため,所得税では課税最低限度額が100万円から103万円に引き上げられた。また,夫に適用される配偶者控除と配偶者特別控除については,適用の最高額と配偶者の所得制限額が3万円ずつ引き上げられた。その結果,これまで非課税限度額を超え,配偶者控除の適用がなくなっていたパート収入100万円から103万円までの層については,税負担が軽減され,配偶者控除の適用も受けられることになった。仮にこの改正によって,企業から支給される配偶者手当の支給制限額が,100万円から103万円に引き上げられれば,これまで「100万円の壁」といわれていたパートの収入の壁は,「103万円の壁」に変わることになる。

2 パート労働者の就業選択の理論的検討

 次に,税制の改正がパート労働者の労働供給に及ぼす影響を理論的に検討しよう。その方法は,改正前後のパート労働者の予算制約線を比較することである。予算制約線とは,与えられた賃金に対し,パート労働者が労働時間をゼロから少しずつ増やしていったときに,家計が受け取る税,社会保険料引き後の所得の推移を描いた線である。
 図3は,税制改革前後のパート労働者の予算制約線を示している(注4)。単純化のため,家計は夫と妻のみの給与収入で成り立ち,税制改革による夫の労働供給活動への影響はなく,夫の労働時間は固定され,その勤労所得は一定という仮定を置いた。

図3 税制の改正がパートタイム労働者の就業選択に与える影響

 税制改革前の予算制約線は,線ABCDEFGという折れ線で示されている。労働時間ゼロのG点では,家計の税,社会保険料負担を除いた可処分所得は,夫の所得GFのみである。その後,妻がパート労働者として働き,労働時間が増加し始めると,これにパート収入が加算され,予算制約線はゆるやかに上昇していく(F→E)。しかし,パート労働者の年収が100万円になる労働時間に達すると(E点),企業から支給される配偶者手当がなくなり,予算制約線はEDへと下降する。最低点D点に達すると,再び家計の手取り所得はゆるやかに上昇する。その後,パート労働者の給与収入が130万円(C点)に達すると,今度はパート労働者に新たに社会保険料負担がかかり,予算制約線は再びCBへと下降した後,再び上昇を始める。このEDとCBの二度の下降線が,いわゆるパートの「逆転現象」,パート収入が増加するとかえって世帯の手取り収入が減少するという現象を表している。
 税制改革後の予算制約線は,A’B’C’D’E’F’Gと表される。基礎控除と給与所得控除,累進税率が緩和されたことによって,夫の税引き後所得は増加し,予算制約線は上方に平行シフトする。さらに,基礎控除と給与所得控除の引き上げによって,妻の課税最低限度額が引き上げられ,また配偶者控除の適用限度額が引き上げられたことから,税制改革前のE点(年収が100万円になる点)は,左方向にシフトし,E’(年収が103万円になる点)へと移行する。このE点からE’点への移行こそが,パートの「100万円の壁」が「103万円の壁」に変更されたことを表しており,これがいわゆる「パート減税」と呼ばれるゆえんとなっている。
 しかし,この改正がパートで働く妻の就業意欲を高めるかというと,疑問が残る。なぜならば,改正以前に非課税限度額ギリギリで働いていた主婦で効用曲線U1U1をもつ妻は,改正後にはより短い時間を選択する可能性もあるからである。図3では,改正後の効用曲線U2U2は,改正前の効用最大の点aより労働時間の少ないa’で効用最大化となっている。改正後にいかなる点で効用最大化になるかは,個々人の効用曲線の形状によるが,少なくとも改正前にEFの線上で,最大の効用を得ていた者が,改正後に非課税限度額をこえたC’D’,A’B’の線上に移行する可能性はほとんど考えられない。理論上で見る限り,今回の税制改革によって,パート労働者の就業意欲を促進させる効果をもたらすとは,一概には言いきれない。

3 所得階層別間の可処分所得の比較

 図4は,夫の年収が550万円の場合の,妻のパート収入にともなう世帯の可処分所得の変化を表している。550万円というのは,国税庁『税務統計から見た民間給与の実態』の配偶者控除が適用された納税者のもっとも多い所得階層の階級値に相当する。2本の折れ線グラフの下が改正前,上が改正後の世帯の可処分所得である。

図4 妻のパート収入と世帯可処分所得(夫年収550万円の場合)

 図4を見ると,今回の税制改革の影響は二つあることがわかる。一つは,妻のパート収入にかかわらず,改正前に比べ改正後の可処分所得が増加していること,もう一つは,いわゆる「パートの壁」が,100万円から103万円に移行したことである。この二つの変化は,果たして,税制の変更点のうちいかなる影響によってもたらされたものであろうか。また,その変化額は,所得階層による差が見られるのであろうか。以下の方法で検討を行うこととしよう。

(1) 計算の方法

 先の理論モデルで説明したように,税制が改正された後,あるパートタイム労働者がどのような選択をとりうるかは,名人の無差別曲線の形に依存する。そのため,実際のパートタイム労働者がどのような行動をとるかの把握は,難しい。そこで,本論では,100万円から103万円へいわゆる「パートの壁」が移行したことによる世帯の可処分所得の変化から,パート労働者の行動をある程度予想できると考え,夫の所得階層別にシミュレーション分析を行おうと考えた。
 まず,パート労働者の就業選択が税制の改正前後に変わらなかった場合(図4の点Aから点Bへの移行)の世帯の可処分所得の変化を把握し,所得階層別にどのような違いが現れるのかを検討する。次いで,パート労働者の就業選択の可能性の一つとして,改正後にパート収入を100万円から103万円に増加させた場合(図4の点Bから点Cへの移行)の当該世帯の可処分所得の変化額,すなわち夫の所得階層別に妻がパート収入を増やす便益を比較して,選択の予測を行う。各世帯の可処分所得の変化については,それぞれ夫と妻に分類し,さらに税制改正の影響を受ける点Aから点Bへの変化については,各種控除の引き上げによってもたらされた効果であるのか(以下,控除効果と呼ぶ),または累進税率の緩和によるものなのか(以下,税率効果)それぞれ分類を行った。厳密にいうと,可処分所得の変化の要因は,控除の引き上げと累進税率の緩和にそれぞれ分類できるものと,複合的な効果によってもたらされたものがある。しかし,改正の効果を検討する目安にはなると考え,あえて分類して試算を行った。
 計算には,次のような前提条件を設定した。試算を行う世帯は,夫と妻のみの世帯であり,夫婦はともに雇用者とした。夫の所得は,具体的なある個人の所得をとるのではなく,所得階層別の比較を行うため,国税庁『税務統計から見た民間給与の実態』の給与階級の階級値,年収250万円(第3所得階層),550万円(第6所得階層),850万円(第9所得階層),1350万円(第12所得階層)の計4ケースを想定した。税制改革の前後で夫のグロスの所得は変わらないものとし,月々の給与と賞与との比率は,人事院給与課『民間給与の実態』の企業規模計の比率をとった。夫の加入する社会保険は,公的年金制度は加入者のもっとも多い厚生年金保険に,医療保険については政府管掌健康保険とした。税制における所得控除は,基礎控除,給与所得控除,社会保険料控除,配偶者控除,配偶者特別控除のみとした。いずれも,障害者加算などは考慮していない。また,割引率は使用せず,試算結果はいずれも名目値である。

(2) 結果の考察

 表3は,夫の所得階層別に,可処分所得の変化額の試算結果を表したものである。

表3 パートの収入の壁が100万円から103万円に移行したことによる可処分所得への影響 夫の所得階層別の比較

 上3段には,夫と妻の可処分所得とその合計額を改正前の妻のパート収入100万円の場合(A),改正後の同100万円の場合(B),改正後の同103万円の場合(C)について掲載している。その下の要因分類の欄では,(A)と(C)との可処分所得の差引額と,第1段階として,妻のパート収入が変わらなかった場合の税制改革による可処分所得の変化額,第2段階として,妻のパート収入の増加に対する世帯の可処分所得の変化額(図4の点Bから点Cへの変化額)について表している。たとえば,要因分類のうち,第1段階の夫の給与額が250万円の場合の,「夫と妻の可処分所得の合計額の変化額(A)→(B)」は,1.44万円となっているが,これは,税制改革によって世帯の可処分所得額が図4でいう点Aから点Bへ移行し,その増加額が1.44万円であったことを表す。特に,第1段階の税制改革の前後の比較をしているものについては,可処分所得の変化を,先の定義に従った控除効果と税率効果に分けて掲載している。それでは,各数値の比較を始めよう。

 (1) 第1段階
 まず,第1段階として,妻のパート収入が100万円で変わらなかった場合の,税制改革による世帯の可処分所得の変化額から比較しよう。
 表3の,第1段階の夫と妻の可処分所得の合計額の変化額(A)→(B)を見ると,夫の所得階層が高いほど,その変化額が多いことがわかる。つまり,夫が高所得層である世帯ほど,税制改革による減税額が大きく,可処分所得が増加したことを表している。しかも,その減税の効果は,年収の増加に比べ,極端に累進的に増加していることが分かる。夫の収入が250万円と1350万円の世帯では,グロスの年収では5.4倍の差であるにもかかわらず,減税の効果では,35倍もの差が生じている。このような極端な差が生まれる原因を,さらに詳細に内訳を検討して探ってみよう。
 可処分所得の変化額をさらに夫と妻の可処分所得の変化額から比較すると,夫の可処分所得の変化額が,その所得階層によって著しく異なるのに対し,妻の可処分所得の変化額は,すべて1000円の増加にとどまっている。
 まず,妻の可処分所得の変化額から見よう。夫の収入にかかわらず,すべてその減税の効果は,一律1000円となっている。さらに,その内訳を見ると,100%控除効果である。この1000円の減税は,累進税率の緩和ではなく,課税最低限度額の引き上げ分によってもたらされたのである。それに対し,税率効果がないのは,パート収入100万円には最低税率が適用されているためであり,もともと最低税率の適用を受けている者には,累進税率の緩和のしようがないからである。
 次に,夫の可処分所得の変化額の内訳を見ると,夫の所得階層が上がるにつれて,控除効果,税率効果とも高くなるのは共通しているが,その増加傾向には,大きな差が見られる。控除効果に比べ,税率効果は,夫の所得階層が上がるにつれ,累進的に増加している。夫の給与収入が250万円の世帯では,税率効果がゼロであるのに対し,第12所得階層の夫の給与収入1350万円の世帯では,その効果は42万5000円にも達し,当該世帯の減税効果の83%が累進税率の緩和によってもたらされたことになっている。
 つまり,今回の税制改革による減税効果は,高所得層になるほど大きくなる傾向があり,控除の引き上げよりむしろ累進税率の緩和の方がより大きな効力を発揮しているといえる。逆に,低所得世帯にとっては,限界税率がもともと低いために,累進税率の緩和を行ってもメリットは小さく,控除引き上げの方がメリットが大きいことを示している。といっても,ここからただちに,課税最低限度額の引き上げが,低所得層に配慮した改革とは言いきれない。表3の夫の可処分所得の変化額の控除効果の価値を比較すると,税率効果ほど極端ではないにしろ,なお高所得層の方がより高い便益を得ている。これは,控除額が引き上げられた基礎控除,配偶者控除などが所得控除であり,限界税率の高い高所得層に有利に働いていることが原因である。

 (2) 第2段階
 第2段階における可処分所得の比較は,税制改革による効果を測るのではなく,パート労働者が所得を増加させることによる世帯全体の可処分所得の増加が,所得階層によってどの程度違うのかを見ることにある。そのため,税制の変更による控除効果や税率効果などという項目はない。
 夫と妻の可処分所得の合計額の変化額を比較すると,第1段階とは逆に,夫が低所得であるほど,可処分所得の増加額は多くなっている。また,妻がパート収入を増加させると,妻の可処分所得は増加するが,夫の可処分所得はかえって減少している。しかも,この減少額は,夫が高所得層であるほど大きい。これは,妻がパート収入を増加させると,夫に適用される配偶者特別控除の額が減少するため,かえって夫の課税所得が逆に増加し,税負担が増すからである。夫の可処分所得の減少額が,高所得層になるほど大きくなるのは,限界税率が高い高所得の者ほど,わずかの控除額の大小も税負担に大きな影響を及ぼすからである。夫の所得階層が1350万円の高所得層になると,妻が3万円パート収入を増加させても,世帯の可処分所得はわずか1.5万円の増加にすぎない。いわば,妻のパート収入に限界税率50%の税が掛けられている状況である。
 夫が高所得層であるほど,こうした傾向が強いことは,高所得の夫をもつ妻が,税制改革後にパート収入を増加させるインセンティブが働きにくいことを意味する。また,すでに第1段階での可処分所得の比較で見たように,高所得の夫をもつ世帯は,妻のパート収入を増やさずとも,大きな減税の利益を得ている。さらにパート収入を増やす利益は,これに比べるとごくわずかであり,労働供給を現状維持あるいは減少させる可能性は大いにあるといえよう。



IV おわりに

 以上,平成6年税制改革の影響を,パート労働者の世帯に限定して検討してきたが,次の2点が明らかになった。一つは,いわゆるパート労働者の収入の壁が,100万円から103万円に変更されたが,女性の労働供給を抑制しているという問題の本質を解決したわけではない。第2に,税制改革による減税効果は,夫が高所得層である世帯ほど大きい。特に,累進税率の緩和がこの効果を大きくしている。また,相対的に夫が高所得層であるほど,パート労働者がパート収入を増やすメリットは小さくなる傾向がある。先に述べたように,夫が高所得であるほど,税制改革の恩恵をより多く受けられることから,パート収入を増やすインセンティブは小さくなる傾向がある。
 このような税制や年金制度は,女性の就業選択に対し,中立的ではない。税制改革全体の評価は,限られた世帯の比較では,不可能であるが,少なくとも,配偶者控除,配偶者特別控除は廃止し,その財源を基礎控除の引き上げにまわす,あるいは所得控除から税額控除に変更するなどの見直しが必要であろう。将来,既婚女性の労働力にさらなる期待をするならば,女性を,そしてパート労働者を補助的労働力から基幹労働力ヘととらえ直した政策転換が必要になるといえよう。


(注1) パート労働者の就業調整の実態を調査した報告書としては,労働省『パートタイム労働者総合実態調査』(1990),日本労働研究機構『パート労働実態調査研究』(1989)などがある。また,樋口(1994),樋口(1995)は,労働省の調査の個票を用いて詳細な実証分析を行っている。それによれば,就業調整を意図的に行っているのは,高学歴の女性が多く,夫の所得が高い世帯である可能性が大きい。また,就業調整を行う者の賃金率はそうでない者よりも低く,パート労働者の低賃金であることに寄与していることを指摘している。

(注2) 島田(1995)によれば,この第3号被保険者の認定基準は,夫の勤務先の裁量幅が大きく,130万円以上の収入があっても夫の被扶養者として認定するケースも少なくないという(238頁)。また,今回の年金改正で,第3号被保険者の特例届け出がさかのぼって認められたことも,第3号被保険者に有利な制度改正といえる。

(注3) 消費税率5%については,社会保障等に要する費用の財源を確保する観点,行財政改革の推進状況,租税特別措置等及び消費税に係る課税の適正化の状況等を総合的に勘案して検討を加え,必要があると認めるときは,平成8年9月30日までに所要の措置を講ずる旨の規定を置くことが決められた。

(注4) 平成7年分の所得税については,15%の特別減税が認められるが,本論では考慮していない。


参考文献
大沢真知子『経済変化と女子労働』日本経済評論社1993年。
島田とみ子『年金入門 新版』岩波新書1995年。
八田達夫『消費税はやはりいらない』東洋経済新報社1994年。
樋口美雄「所得減税と主婦の労働供給」『季刊現代経済』No.59 1984年。
樋口美雄「税・社会保険料負担と有配偶女性の収入調整」『高齢化社会における社会保障周辺施策に関する理論研究事業の調査研究報告言』(財)長寿社会開発センター1994年。
樋口美雄「『専業主婦』保護政策の経済的帰結」八田達夫・八代尚宏編『「弱者」保護政策の経済分析』日本経済新聞社1995年。
本間正明・跡田直澄編『税制改革の実証分析』東洋経済新報社1989年。
丸山桂「女性の生涯所得から見た説制・年金制度」『季刊 社会保障研究』Vol.30, No.3 1994年。


まるやま・かつら 1970年生まれ。お茶の水女子大学大学院家政学研究科修了。社会保障研究所研究員。主な論文に「女性の生涯所得からみた税制・年金制度」(『季刊 社会保障研究』Vol.30. No.3)など。家庭経済学・社会保障論専攻。