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(著者抄録)
大企業と小企業の間で賃金格差が生じるのは,統計上非観察な労働者の資質の違いによるのか,それとも職場訓練の違いによるのか数量分析した。そのため,小企業からの転職データより,大企業への転職率と大企業へ転職後の賃金上昇率に着目した。製造業の規模間賃金差について,資質の影響が職場訓練の影響を上回る場合はほとんどない。ただし,男子ブルーカラーでは賃金差の3割から6割は規模間での資質の違いによる。一方,ホワイトカラー,そのうち特に大学卒では,賃金差のほとんどが訓練機会の違いによる。大企業に比べた小企業の訓練機会の不足は,低学歴の女子の賃金差に特に寄与している。比較的同質的なパートタイム労働者にも訓練機会の差の影響はみられる。

(論文目次)
   I はじめに
  II モデル
 III モデルの妥当性
  IV 推計方法
   V 推計結果
  VI 結論

I はじめに

 1993年6月現在,従業貴10人以上100人未満の中小企業に比べて,従業員1000人以上の大企業では,平均すると男女ともに1.2倍程度の所定内給与が支払われている(『賃金構造基本統計調査〔平成6年版〕』)。大企業と小企業の間で賃金差が生まれる一つの理由は,企業規模間で学歴,年齢,勤続年数などの労働者の属性が異なることにある。しかしながら,Rebick(1993)によれば,米国での規模間賃金差の3分の1以上が労働者間での教育年数や経験年数などの違いにより説明されるのに対し、日本では1割程度しか説明されないという。観察できる労働者の属性の違いを調整した上でもなお残る大企業と中小企業の間の賃金格差は,何にその発生因が求められるのだろうか。
 従来の研究では,規模間賃金格差は統計分析者(エコノメトリシャン)には観察されない労働者の能力の違いによるものとして理解されることが多かったように思う。規模間賃金格差の能力差説と呼ばれる考えは,次のような指摘からも読むことができる。
 「大・小企業間の賃金格差は,その大部分は大企業の労働サービスが相対的に「良質で高価」であるために生じたものとみてよい。しかし同時に注目すべきことには,以上に利用した各種の質的要因を考慮に入れた後でもまだ説明されずに残る「純粋の」規模間格差があり,しかもその幅は経済成長率の上昇(下降)期には縮小(拡大)するという規則性があるかのごとくである。
 このように「純粋の」規模別賃金格差が観察される理由の少なくとも一部は,現存の統計が不備なため,以上の操作のなかには労働の質の差が十分に反映されていないからであろう。」(尾高〔1984,38-39頁〕)
 「(規模間賃金格差は)基本的には,労働の質の違いとして説明するのが説得的でしょうね。大企業と中小企業では技術水準も違うし,職場の生産システムも違う。したがって労働の内容も必要な技能・知識も違うということです。」(猪木・大橋〔1991,63頁〕)
 ここでいう「質」には,「(大企業では)技術進歩が中小企業よりもはるかに速く,それにすばやく対応していく労働者のクオリティ」(猪木・大橋〔1991,64頁〕)や,「仕事に対するカンの鋭さ,センスの良さ,仕事への意欲の大小,責任感や指導力のありなし等々の人的素質」(尾高〔1984,39頁〕)などの生来的な資質が相当する。
 しかしながら,すでに就職段階から企業規模間で労働者の資質に違いがあるとしても,はたしてそれが賃金格差にどの程度の影響を与えているかは,これまで明らかにされてきたわけではない。また,仮に就職時点では規模間で労働者の資質の違いはなかったとしても,企業内で行われる職場訓練の機会が異なれば,それによる労働者の熟練度の違いを反映して規模間賃金差はやはり生じることになる。このような労働者の生来的な能力差以外に,企業内部での熟練形成システムの相違が規模間賃金差の発生を説明する上で重要であることも同時に指摘されてきた。たとえば,
 「経験年数(年齢,勤続年数)の影響を除いた残差内で「純粋の」規模間格差を定義する上述の方法は,明らかに規模間格差の過小評価をもたらす。(略)大企業は中小企業に比べて(同一年齢労働者間の)勤続年数の分布が上方に偏っており,その事実は入職後の学習と能力蓄積が大企業で高密度かつ息長く行われていることを意味している。したがって勤続年数分布の違いを生み出す要因を規模間格差の中に含めていかなければならない。」(石川〔1989,134-35頁〕)
 「規模間の賃金の格差を労働の質に差があるからというだけで説明するだけでは不十分でしょう。大企業に勤めた人と中小企業に勤めた人では,先天的な能力が同じであっても,どこに勤めたかで結果としての能力は違ってくる。一般的に大企業では非常に鍛えられるが,中小企業ではあまり鍛えられない。そういう意味で中小企業ではクオリティが大企業ほど高くならない。その結果賃金に差がつくという仕組みがあると思います。」(猪木・大橋〔1991,64頁〕)
 このような企業規模による訓練機会の相違は,規模間賃金格差を説明する上で,どの程度重要なのだろうか。
 本稿は,職場訓練を受ける以前の段階で既に存在する,統計上は通常観測されない労働者の資質の差がもたらす賃金差と,企業内部での訓練経験の相違から生まれる能力の差による賃金差の相対的重要性を数量分析する。
 これまで賃金に職場訓練が与える効果の分析は,年齢,性別,学歴等と同時に同一企業内勤続年数を説明変数とした稼得収入関数を推計することで行われてきた。そこでは,推計された勤続年数の係数を職場訓練の効果を測る指標としてきた。しかしながら,ある時点での異なる個人の調査であるクロスセクション・データによる勤続収益率の推計量には,セレクション・バイアスが含まれる可能性があり,それは職場訓練の蓄積による賃金の上昇を必ずしも計測していないことが,米国の実証研究により指摘されてきている(たとえば,Abraham and Farber 〔1987〕, A1tonji and Shakotko 〔1987〕, Tope1 〔1991〕など)。その批判の多くは,勤続を積むことが直接賃金を引き上げるわけでなく,そもそも資質の高い労働者ほど勤続年数が長期化する傾向にあることを主張する。また,自分の特性に適した仕事をみつけ,高い生産性を発揮する場合にも勤続は長期化するだろう。すると,勤続年数の増加自体は賃金を引き上げなくても,短期勤続者に比べて長期勤続者の平均賃金は,労働者の平均的な資質や仕事の適合度の高まりを反映して高くなる。つまり,推計された勤続収益率は企業内部での職場訓練の程度を表すだけでなく,勤続による労働者の資質構成によっても左右されるというのである。
 日本の勤続収益率の推計に,どの程度このようなバイアスが含まれるかは,現段階では明らかでない。米国でのセレクション・バイアスを取り除いた勤続収益率の推計には,個々の労働者を追跡調査したパネル・データが用いられてきた。日本についても,勤続収益率にどの程度のバイアスが含まれるかを知るには,今後パネル・データの蓄積とその利用機会の拡大が必要である。ここではパネル・データを利用する代わりに,小企業からの大企業への転職確率とそれに伴う賃金変化のマイクロ・データを『雇用動向調査入職者票』から用いて,資質と訓練の効果を測る。
 規模間賃金格差の是正が政策的に必要であるとしても,資質と訓練機会のいずれが重要かによって,そのあり方は変わってこよう。もし訓練機会により賃金差のほとんどが説明されるのであれば,中小企業内での訓練システムの充実を促す技術面や資金面での政策が求められることになる。一方,労働者の資質の差こそが重要であれば,学校や家庭等での教育環境の整備や均等化といった労働市場に参人する以前の段階での技能形成の機会格差を是正する政策こそが必要となろう。
 本稿は以下のように構成される。第II節では,規模間賃金差に占める資質による差と訓練機会による差を把握するためのモデルを説明する。第III節では,モデルの現実妥当性について検討する、第IV節では,推計に用いるデータとその推計方法を説明する。第V節では,資質と訓練機会の差が製造業の企業規模間賃金差に占める割合を求める。第VI節で結論を要約する。



II モデル

モデル(P1)

図1

モデル(P2)

モデル(P3)

モデル(P4)

モデル(P5)

モデル(P6)

モデル(P7)



III モデルの妥当性

 次節以降,モデルのpおよびqを推計することで,資質と訓練が規模間賃金格差に与える効果の把握を試みるが,その前に,示したモデルの現実妥当性に言及しておくべきだろう。
 モデルの中で,読者の多くが現実的ではないと考える仮定は,「小企業では単純労働が中心であり,労働者の資質を活かす仕事は提供されない」と,「労働者は転職を行うか否かの決定をする際,自分自身がいかなる資質を保有しているかは分からない」ではないだろうか。これら二つの仮定の結果として,モデルでは「転職者と非転職者の資質の分布は同一になる」という状況が想定されている。後述するように,以下の推計に用いるデータが小企業からの転職者のものであることから,転職データが小企業の労働者全体の資質分布を反映していると考えるためには,このような想定が必要となる。
 実際には,「小企業の中には高密度の職場訓練を労働者に施す企業もある」だろうし,また「労働者も自分が大企業で要求される資質を保有しているかを,予想することはできる」のかもしれない。しかし,この二つの「現実」は,「転職者と非転職者の資質の分布は同一」という想定に対して相反する影響を及ぼす。
 もし,労働者の真の資質と予想する資質に正の相関があれば,自分に資質がないことを予想する労働者は職探し費用をかけてまで転職しようとはしない。したがって,実際に転職をするのは,自身に資質があり大企業への就業率が高いことをある程度予想している労働者だけになる。その結果,転職者のうち大企業へ転職可能な割合は,転職者の方が非転職者よりも高くなる。一方で,小企業の一部では大企業と同様な職場訓練が行われており,そこでも採用に際して資質の選別を行っているとしよう。その場合,資質を持ち,そのような小企業で職場訓練を受けた労働者はそこから転職しようとしない。実際に転職するのは,資質を発揮していないか,もしくは資質を持たない労働者だけになる。その結果,この場合は先とは逆に,非転職者の方が大企業への転職可能な資質を持つ割合は高くなるのである。
 以下の推計では「転職者と非転職者の資質の分布は同一」は,モデル上の想定であって,それ自身が検証されているわけではない。しかしながら,これら二つの「現実」については,両者が転職者の資質構成に相互に相殺する影響を与えた結果,この想定が折衷的な状況として成立していると考えることにする。
 次の疑問は,モデルで考慮されたのは自発的な転職だけであり,実際の離職の中に含まれる解雇や倒産による非自発的な転職が明示的に含まれない点だろう。ただし,解雇の可能性を考えたとしても,大企業で必要な資質は小企業での生産活動に影響を与えないとする限り,それは転職者の資質分布に影響を与えない。小企業の労働者に解雇による離職の可能性が生じても,資質と生産性が無関係である以上,小企業の経営者が資質に基づいて誰を解雇するかを決定することはないからである。また,小企業が倒産する確率は,そこで働いている労働者の保有する資質とは無関係だろう。したがって,非自発的な小企業からの離職確率と大企業で必要な資質が独立であれば,解雇や倒産などの仕事の廃業による非自発的な離職を考慮しても,転職者と非転職者の資質分布の同一性という想定は維持されることになる。
 さらに,小企業の労働者は「(第1期と第2期を通じて)一定のwsだけの賃金を得る」という仮定にも触れておこう。実際には,小企業の労働者がすべて同一の賃金を得ているわけではない。むしろ,大企業よりも小企業の労働者の間の賃金のばらつきの方が大きいという指摘もある(Tachibanaki〔1996, Ch. 4〕)。しかし,小企業からの転職者が再び小企業へ就職したときに,その賃金がすべて同一ではなく,ばらつきがあったとしても,その平均賃金が転職前と同じwsであれば,(3),(4),(8),(9)および(12)式で示された,期待賃金の比較はすべて変わらず成り立つ。
 以上のモデルに関する留意点を念頭に置いた上で,規模間賃金格差に占める資質と職場訓練の効果を推計する。



IV 推計方法

推計方法(P1)

推計方法(P2)

推計方法(P3)

推計方法(P4)



V 推計結果

 本節では,前節の推計方法に基づく規模間賃金格差の資質の効果と訓練の効果への分解結果を示す。分解に必要となる大企業への転職確率qと大企業転職後の賃金変化率p*を推計した結果は,表1に示されている。この結果を用いて,性別,年齢,学歴,職種,就業形態(一般・パート)別の転職確率と賃金上昇率を求めた。以下では製造業の規模間賃金格差に着目し,計算には転職前後ともに製造業に就業した場合の賃金変化率と,『賃金センサス』より製造業の平均賃金を用いた。職種としては,やはり『賃金センサス』から賃金の計算できる生産職と事務職に着目した。実際の規模間賃金格差の計算には,『賃金センサス』の「生産労働者」の平均賃金を生産職に,「管理・技術・事務労働者」の平均賃金を事務職に用いた。また,それぞれの職種の格差の分解には転職前後ともに生産職もしくは事務職に同一の就業形態で従事したときの大企業転職率と賃金上昇率を用いた。

表1 小企業からの転職者の大企業転職率(q)と大企業転職後の賃金上昇率(p*)の推計結果

 分解の結果は表2に示されている。その際,表1の推計結果のうち5%水準で有意でない係数は0とし,年齢は賃金格差が顕著になる30歳代後半から50歳代前半について示した。年齢区分について,たとえば35歳以上40歳未満(35-39歳)の賃金格差に対しては,年齢の中央値(37.5歳)の大企業転職率と賃金上昇率を対応させた。

表2 製造業の規模間賃金格差の分解

 資質と訓練の効果として,特徴的なのは以下の点だろう。まず第1に,男子全体をみると,資質の効果が賃金格差の6割以上を占める場合はなく,格差のほぼすべてを資質の差により説明できるといったケースはみあたらない。男子で資質の効果が職場訓練の効果を上回るのは,50歳代中学卒の生産職,事務職と50歳代高校卒の生産職に限られ,50歳未満はすべて格差の半分以上が訓練の効果によるものである。その意味で職場訓練の効果は,特に50歳未満の男子について,企業規模間賃金格差に占める重要性が高いといえる。
 しかし,これを職種別にながめると中学,高校卒のどの年齢階層でも,資質の効果は生産職の方が事務職よりも大きくなっている。生産職の規模間賃金格差は,中学卒,高校卒ともにその3割強から6割弱程度が資質の効果によりもたらされている。表1をみると,生産職は事務職に比べて大企業への転職率は低いが,実際に大企業に転職したときの賃金上昇率は高い。これらはいずれも,生産職における資質の効果の高さを反映している。このように男子生産職の規模間賃金格差には,規模間での職場訓練の差と並んで,労働者の資質の差による影響は無視できない。
 一方,生産職と異なり,事務職間の賃金格差は職場訓練の違いによって規模間格差のかなりの部分が説明される。たとえば,30歳代後半から40歳代の男子事務職では,中学卒,高校卒ともに格差の7割から8割程度が職場訓練の差により説明される。学歴による違いとしては,事務職の職場訓練の効果は大学卒で特に大きい。同年代の男子大学卒の事務労働者間の規模間格差は,その9割近くが職場訓練の差によって説明される。
 同じホワイトカラーのうち管理職については,『賃金センサス』は従業員100人未満の企業の職階別の賃金を調査していないため,資質と職場訓練の効果は計算できない。しかし表1をみると,管理職は事務職に比べて大企業への転職率は高く,同時に管理職経験者の転職後の賃金上昇率は著しく低くなっている。実際の管理職間の規模間賃金格差が事務職間と同程度もしくはそれ以上とすると,これらは管理職間の賃金格差に占める資質の効果は事務職間よりさらに小さく,格差のほとんどすべてが職場訓練の効果によることを意味する。
 大企業では小企業に比べて,高学歴もしくは高位の職階の男子ほど高密度の職場訓練を経験しており,それが規模間賃金格差発生の主要因となっているのだろう。
 次に女子の一般労働者に目を転じよう。女子一般で資質の効果が訓練の効果を上回るのは,50歳代高校卒の生産職のみであり,男子と同様に女子の規模間格差にも職場訓練の効果が重要である。特に事務職では,30歳代後半から40歳代の高校卒,大学卒のすべての賃金格差の7割以上が職場訓練の効果により占められている。
 また男子と女子を比べると,35-39歳や40-44歳では,生産職,事務職および中学卒,高校卒のいずれについても,訓練の効果は男子よりも女子の方が大きい。これは,職場訓練機会の企業規模による違いが,男子以上に女子の賃金格差に顕著に反映されていることを物語っている。ただし同年代の大学卒の事務職では,訓練の効果の違いは,男子よりも女子の方が小さく,小企業に就業する女子の訓練機会の不足は,主として低学歴者に著しいといえる。
 女子パートタイム労働者間の規模間賃金格差をみてみよう。規模間賃金格差は,一般労働者間だけでなく,女子パート労働者間にも生じている。35歳以上の女子パート労働者の時間当たり平均給与は,大企業の方が小企業よりも2割弱高い。『賃金センサス』ではパート労働者の学歴および職種の区分がないため,パート労働の賃金格差の分解には,高校卒の生産職の転職率と賃金変化率を用いた。これらにより資質と訓練の効果に分解すると,50歳未満のパート間格差の7割以上が職場訓練の効果によって生じており,資質の効果は3割にも満たない。女子の一般生産職と比べると,いずれの年齢層の資質効果もパート労働者の方が小さい。
 この結果は,パート労働にも規模間で職場訓練に違いがあることと同時に,規模間のパートの資質差が小さいことを意味しているのだろう。つまり,パートでは一般労働者に比べて大企業で高い資質を持つことを要求されないため,規模間で資質の違いが少ない同質的な労働市場を形成しているのかもしれない。このように,パートタイム労働市場が規模間で分断されておらず,結果的にパートの規模間賃金差での資質の効果は弱い可能性もある。
 最後に,賃金格差に占める資質と訓練機会以外の効果をみておくと,高校卒の50歳代事務職では,男女ともに格差の約6%をその他の効果が占めている。しかし,それ以外のケースでは全体の5%に満たないことがほとんどである。その他の効果の重要性はここからは確認できないというべきだろう。



VI 結論

 本稿は「規模間賃金格差は,統計上は観察されない労働者の資質の違いを反映している」という企業規模間での賃金格差の能力差仮説を,小企業からの転職データより,大企業への転職率と転職後の賃金上昇率に着目することで検討した。
 製造業の大企業と小企業の間の賃金格差を,資質と職場訓練の効果に分解した結果は以下のように要約される。賃金格差に占める規模間での労働者の資質の相違の影響が,職場訓練の違いの影響を上回る場合はほとんどみられない。非観測な資質の効果を考慮しても,規模間賃金格差には職場訓練の違いが重要である。それでも,男子の生産職の規模間賃金格差には資質の違いの効果が無視できず,それにより格差の3割から6割弱程度が説明される。一方で,事務職の規模間賃金格差は,そのほとんどが訓練の機会の相違によりもたらされており,その差は大学卒で顕著である。中学卒や高校卒の男子と女子を比べると,小企業での訓練機会の不足は男子よりも女子で特に賃金格差に寄与している。パートタイムの場合,一般労働者に比べて規模間で同質的な労働市場を形成していると考えられるものの,それでも訓練機会の差がやはりみられる。
 人々の間の労働所得の相違が,根本的には資質,努力,趣向等の個々人の違いによるのか,それとも資本市場の不完備,仕事や技能に関する情報の偏在,生まれ育った家庭の状況といった,ときに平等な競争の機会を妨げる様々な環境要因に規定されているのかを明らかにしていくことは,労働経済学の課題の一つだろう。
 規模間賃金格差をめぐっては,規模間での労働者の資質の相違をいかに評価するかが政策的にも重要であることを冒頭で述べたが,本稿はそれを数量的に分析する一つの試みであった。本稿は,統計的に非観測の労働者の資質が賃金格差に与える影響を研究する出発点を示したにすぎず,用いたモデルの妥当性の再検討等,残された課題も多い。
 今後,規模間格差を含めて非観測な資質の問題を考察する上で有効な方法は二通りある。まず,これまで政府統計では調査されなかった要因を分析するには,それらを実際に調べた個別調査を一層蓄積していくことが必要だろう。統計的には「みえない」ものの中で何が重要かを「みる」には,個別の企業や労働者に対する聞き取り等の調査研究の蓄積が,この問題に対して効果的である。
 また,労働市場全体に対する非観測な資質の影響を分析するには,労働者全体の大規模な追跡調査の整備が必要になる。資質が同一である本人の行動を継続的に調べるパネル・データによって,一定時点での異なる個人を比較するクロスセクション・データではみえなかった,個人の資質による労働市場の行動パターンの分析が可能になる(具体例としては,冒頭で述べた勤続収益率に対するセレクション・バイアスの問題を考えればよいだろう)。そして同時に,それによる個票パネル・データの分析の機会を拡大していくことが,今後の検討課題として重要ではないだろうか。

 本稿は「中小企業労働福祉推進会議・専門小委員会報告書」(労働問題リサーチセンター,平成6年11月)での報告に,その後加筆したものである。
 報告書の作成当時,労働省労政局中小企業対策室に勤務され推計作業にご協力をいただいた田中利則氏,松井鋭氏,また改訂の過程で詳細なコメントをいただいた石川経夫教授,ならびに本誌のレフェリーの方々に感謝いたします。ただし,本稿の考えや結果に含まれる一切の誤りは,すべて筆者個人に帰するものであることにご留意願いたい。なお,本稿に多くの批判をいただくうえでも,個票データの同様な使用機会が今後一層広がることを希望したい。


参考文献
Abraham, K. G. and Farber, H. S., “Job Duration, Seniority, and Earnings,” American Economic Review, Vol. 77, 1987, 278-97.
Altonji, J. G, and Shakotko, R. A, “Do Wage Rise with Job Seniority?” Review of Economics Studies, Vol. 54, 1987, 437-59.
Gibbons, R. and Katz L., “Does Unmeasured Ability Explain Inter-Industry Wage Differentials?” Review of Economic Studies, 59, 1992, 515-35.
猪木武徳・大橋勇雄『人と組織の経済学・入門』JICC出版局,1991年。
石川経夫「賃金二重構造の理論的検討」,土屋・三輪(編)『日本の中小企業』東京大学出版会,1989年,所収。
Krueger, A. and Summers, L., “Efficiency Wages and Inter-Industry Wage Structure,” Econometrica, 56, 1988, 259-93.
尾高煌之助『労働市場分析』岩波書店,1984年。
Rebick, M. E, “The Persistence of Firm-Size Earnings Differentials and Labor Market Segmentation in Japan,” Journal of the Japanese and International Economies, Vol. 7, Number 2, 1993, 132-56.
Tachibanaki, T., Wage Determination and Distribution in Japan, Oxford University Press, 1996.
Topel, R. H, “Specific Capital, Mobility, and Wages: Wage Rise with Job Seniority,” Journal of Political Economy, Vol. 99, 1991, 145-76.


This paper examines if substantial wage differentials between large and small firms are attributable to the unmeasured ability bias between these firms. Using microdata on labor turnover and resulting wage changes, empirical tests show that the ability bias plays a weaker role in explaining the firm size wage differentials of manufacturing industries than the difference in job training by firm size. While the unmeasured ability gap reflects the wage differential of blue-collar males by 30 to 60 percent, it contributes little to the wage differentials of white-collar males, especially of college graduated males, and females, including part-time workers.


げんだ・ゆうじ 1964年生まれ。東京大学経済学部卒業。学習院大学経済学部助教授。主な論文に「高学歴化,中高年齢化と賃金構造」(石川経夫編『日本の所得と富の分配』東京大学出版会,所収)など。労働経済学・マクロ経済学専攻。