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(著者抄録)
育児休業制度が女子正規雇用者の勤続年数に与える効果を,理論的および実証的に分析することを行った。動学モデルを用いた理論分析から,育児休業制度の利用は育児コストを低下させることによって,結婚・出産後も継続就業意志のある女子雇用者の勤続年数を延ばすことを示した。実証結果から,育児休業制度の実施事業所割合と育児休業制度の利用経験は初職勤務年数のハザード・レートを有意に引き下げること,また,育児休業制度の利用は女子正規雇用者の勤続年数と出生児数を増加させ,年功序列賃金体系の下では女子正規雇用者の賃金を上昇させる効果があることが明らかとなった。


(論文目次)
I はじめに
II 育児休業制度の普及と女性雇用者の就業意識
III 育児休業制度が女性雇用者の勤続年数に及ぼす効果
   1 育児と就業の両立に伴うコストとモデルの構成
   2 育児休業制度の勤続年数に対する効果
IV 実証分析
   1 推定方法
   2 推定結果
V むすび

I はじめに

 男女雇用機会均等法が施行されて10年が経過し,女性の正規雇用労働者数は着実に増加している。「労働力調査」によれば,女性の常雇労働力率(非農林・常用雇用者数/生産年齢人口)は,1986年から96年に至る10年間に24.9パーセントから31.2パーセントに増加した。また「賃金センサス」によれば,女性の正規労働者の平均勤続年数は1986年から96年までの間に6.9年から8.2年に増加した。このような勤続年数の増加は,男女雇用機会均等法によって職場環境が変わり,女性雇用者が結婚,出産,育児などを理由に離職することが徐々に減少し,継続就業することが多くなったことを示唆している。1992年には育児休業法が施行され,育児休業を申し出た女性雇用者に対して企業が1年以下の育児休業を与えなければならなくなった。同法の施行により育児休業制度は大企業のみならず中小企業にも普及し,企業規模計の育児休業実施事業所割合は50パーセント以上にまで増加した(表1)。さらに1995年の雇用保険法改正により,休業中に休業前賃金の20パーセントの賃金補助が支給され,復職後に休業前賃金の5パーセントに休業期間を掛けた額の賃金補助が給付されることになった。

表1 育児休業制度実施事業所割合の推移

 しかし,結婚時期における雇用継続の傾向が若い世代ほど高まっているのと対照的に,育児期での雇用継続の傾向は必ずしも顕著ではないことが指摘されている(今田(1996))。また,育児休業期間が十分長くとれなかったり,低年齢児保育を実施する保育所数が不足しているために,都市部では保育所入所希望児童の待機率がなかなか改善されていない(永瀬(1998))。こうした現実を踏まえると,子供を育てながら女性が働き続けられる雇用環境を整えていくためには,育児と就業の両立支援策の好ましい効果を適確に把握して,この政策を広範囲の企業に適用していく意義を確認することが必要であると考えられる。
 すでに,育児休業制度の普及が女性の就業継続に寄与することは,同法施行前の時点における「就業構造基本調査」を用いた樋口(1994),同法施行後の大阪府による企業調査を用いた冨田(1994)などにおいて検証されている。本稿では,これらの成果に学びながら,育児休業制度が女性雇用者の勤続年数に及ぼす影響をモデル分析と実証分析の両面から検討する。育児休業制度が女性雇用者の勤続年数に及ぼす効果に注目する理由は,育児休業制度によって勤続年数が延びるならば年功賃金制の下での賃金上昇を通じて男女間賃金格差が縮小するという好ましい結果が期待されるからである。
 本稿では,育児休業制度が勤続年数に及ぼす効果を実証分析するために,正社員,パートタイマー,専業主婦を対象に日本労働研究機構が1996年3月に実施した「女性の職業意識と就業行動に関する調査」を利用した(注1)。次のII節では,この調査に基づいて女性雇用者の育児休業制度に対する意識とその利用状況を考察する。III節では,最適勤続年数を導くことのできる女性雇用者のライフサイクル・モデルを構成して,育児休業制度が勤続年数を延ばす効果を持つことを示す。IV節では,育児休業制度が継続就業を促す結果,モデル分析が示唆するように勤続年数を増加させ,年功賃金制度と相まって女性の賃金水準が上昇する可能性があるかどうかを検証する。最後にV節で要約と今後の課題を述べる。



II 育児休業制度の普及と女性雇用者の就業意識

 育児休業制度の普及は着実に進みつつあるが,企業規模間や産業部門間での格差が見られる。育児休業制度の普及を育児休業実施事業所割合の推移で見ると(表1),産業計・事業所規模計ではその割合は傾向的に増加し続けており,とくに育児休業法施行以後の増加は顕著である。産業別に見ると,運輸・通信業では育児休業実施事業所割合が比較的早い時期から高かったのに対して,金融・保険業では育児休業法施行以後にこの割合が急速に上昇した。サービス業では教育を含むようになった1981年以降に育児休業実施事業所割合が40パーセントに達したが,それ以降の上昇は比較的緩やかである。製造業では,この割合の伸びは低く1993年度においても44.6パーセントである。企業規模別に見ると,従業員数500人以上の事業所では比較的早くから育児休業制度が普及していて,1993年の育児休業実施事業所割合は95.2パーセントに達している。また,従業員100-499人規模では,93年以降実施事業所割合が72.2パーセントまで上昇した。しかし,従業員100人未満の事業所は育児休業実施事業所割合は45.1パーセントにとどまっている。
 このような育児休業制度の普及に対して,女性雇用者はどのような意識を持って働いているのだろうか。「女性の職業意識と就業行動に関する調査」では,現在正社員の女性雇用者に対して,初職から現職までの勤続期間における育児休業制度の利用経験を質問している。また,現在勤めている正社員に対して既婚と未婚の別に,育児休業制度の利用意志についても質問を行った。ただし,現在パートタイマーと無職の女性に対する調査票では,過去の職場に育児休業制度があったかどうか,過去の職場で育児休業制度を利用したかどうかが問われていない。そこで,表1で見た育児休業制度の普及状況の企業規模間格差が女性雇用者の育児休業制度の利用とこれに対する意識にどのような相違をもたらしているかを見るために,ここでは現在正社員として働いている女性雇用者に限って再集計を行った。
 まず,正社員のうち既婚者について育児休業制度の利用経験を企業規模計で見ると,ほぼ3人に1人は育児休業制度を利用した経験があることがわかる(表2)。しかし,企業規模別に見ると,官公庁での利用経験者の比率が最も高く,民間企業の利用経験者比率はこれよりも低い。民間企業では,従業員300-999人規模の企業での利用経験者の比率が最も高い。ついで従業員規模100-299人では利用経験者割合が25パーセントとなる。一方,300-999人規模では利用割合が40パーセントに達するものの,1000人以上の大企業では利用割合が23.8パーセントへ低下する。これは,大企業では結婚退職の慣行や,出産・育児に伴って退職する慣行が今なお残っていることを示唆している。

表2 女性雇用者(現職正社員・既婚)の育児休業制度利用経験者の比率

 実際,既婚女性の勤続年数を企業規模別に見ると,初職の平均勤続年数は,官公庁が最も長く,ついで従業員300人以上1000人未満の企業が長いのに対して,従業員1000人以上の事業所の平均勤続年数はこれらよりも短い(表3)。大企業に勤める正社員の勤続年数を短くするような退職慣行は,大企業に勤める正社員に対して育児休業を利用する希望を持つ者の割合を低下させる影響をもたらしている。

表3 女性雇用者の勤続年数

 今後出産した場合に育児休業制度を利用するつもりがあるかどうかを既婚女性正社員に尋ねた結果を見ると,(表4),企業規模計では「育児休業制度を利用して働き続けたい」と思う者が64.2パーセントを占めるのに対して,「結婚や出産等を契機として退職し,利用するつもりはない」と思う者は10.8パーセントしかいない。しかし,未婚女性正社員の育児休業利用意志を見ると,企業規模が大きくなるほどこの制度を利用する希望を持つ者の割合が低下し,反対に結婚・出産を契機に退職することを意識している者の割合が高まっている(表4下段)。100人未満の企業規模では約50-60パーセントの未婚正社員が育児休業制度を利用して働き続ける希望を持っているのに対して,300-999人規模の企業では未婚正社員の39.4パーセントが,1000人以上の大企業では未婚正社員の54.8パーセントが結婚・出産を契機に退職することを意識している。

表4 女性雇用者(正社員)の育児休業制度利用意志

 このように,育児休業制度の普及割合が高いにもかかわらず,退職慣行のために育児休業制度を利用することよりも結婚・出産に伴い退職することを意識している未婚正社員の割合が高い大企業と,育児休業制度を利用したい者の割合が高いにもかかわらず,制度自体の普及が十分ではないために育児休業制度を利用した者の割合が低い従業員300人未満の事業所のいずれにおいても,育児休業制度が有効に機能しているとは言えない。こうした現状を改善するためには,育児休業制度の望ましい効果を明らかにしたうえで,大企業には退職慣行をなくして男女雇用機会均等を実現することを求める必要があり,中小企業には育児休業制度と女性の就業継続の重要性について理解を求める努力を続ける必要があると考えられる(注2)。以下の節では,育児休業制度が女性雇用者の勤続年数に及ぼす効果に注目しながら,この制度の好ましい影響をより具体的に考察する。



III 育児休業制度が女性雇用者の勤続年数に及ぼす効果

1 育児と就業の両立に伴うコストとモデルの構成

 女性雇用者(正社員)は,子供を育てながら仕事を続けようとすると様々な負担を負わなければならないのが現実である。たとえ育児休業が取得できたとしても,育児休業を終えて職場復帰した際に再び職場適応する必要がある。さらに,職場復帰後にも,保育所への送り迎えのために帰宅時間に気をつけて働かざるをえなかったり,母親が働くことによる子供の発達への影響を心配しなければならない。「女性の職業意識と就業行動に関する調査」で就業継続型志向の正社員が持つ子供への心配を見ると,「子供が外から帰ってきたときに母親がいないのはかわいそうに思う」(63.3パーセント)が最も多く,ついで「子供が悩んだり嫌な目にあってもすぐに気づいてあげられない」(38.0パーセント)という心配が多い。
 育児休業制度には,育児休業を申請に従って取得することのみならず,休業期間中の給付金の受給および復職後の勤務時間の弾力化(短時間就業や育児時間の確保)などが含まれる。したがって,育児休業制度の意義が広範囲の企業に理解され,育児休業をできるかぎり利用して子供と一緒にいられる時間を増やすとともに,育児休業制度に伴う就業時間の弾力的運用が可能になるならば,女性雇用者の育児と就業に伴う身体的・心理的な負担を軽減することができるようになる。この節では,モデル分析を用いて,このような負担の軽減が実現すれば,女性雇用者の勤続年数がより長くなることを示す(注3)。

育児と就業の両立に伴うコストとモデルの構成(P1)

育児と就業の両立に伴うコストとモデルの構成(P2)

育児と就業の両立に伴うコストとモデルの構成(P3)

育児と就業の両立に伴うコストとモデルの構成(P4)



IV 実証分析

1 推定方法

 育児休業制度の普及が女子雇用者の勤続年数に与える影響を実証分析するために使用するデータは,「女性の就業意識と就業行動に関する調査」(1996年3月)である(注6)。実証分析では,育児休業制度の利用を示す変数として,育児休業制度の実施事業所割合と利用経験を取り上げて,育児休業制度が勤続年数を増加させる効果を持つかどうかを検証する。実証分析にあたっては,「女性の就業意識と就業行動に関する調査」から得られる勤続年数は調査時点までの勤続年数であり引退までの勤続年数ではないことと,女性の就業行動と賃金および出生行動との間にある同時決定性(滋野・松浦(1994),駿河(1995))とを考慮した推定を行う。

推定方法

推定方法(続き)

表5 推定に用いた変数の記述統計量(表7~表9の推計で用いた)

 勤続年数関数の被説明変数としては,調査時点までの正社員として働いた総勤続年数を取る。モデル分析では勤続期間中の転職を扱っていないので,転職の影響を取り除くために転職回数を説明変数に含めた。さらに,勤続年数には年齢の影響が現れることを考慮して,最終学業修了後からの経過年数を説明変数に加え,年齢の勤続年数に及ぼす影響をコントロールした。これによって,同じ年齢の女性雇用者の間で,育児休業制度の利用経験の有無が勤続年数にどのような効果を与えるかを調べることができる。さらに,説明変数として初職の属性を加えた。これは,出産・育児に際して仕事を継続するか否かの選択はまず第1子出産のときに行われるが,これが初職の段階で行われることが多いためである。

2 推定結果

 初職勤続年数のハザード関数の推定結果は表6である。(1)と(2)は就業経験がなく,かつ初職が正規社員でない女性を除く全既婚女性についての推定結果である。(3)と(4)は現職が正規社員である既婚女性についての推定結果である。おのおのの場合に,事業所規模を考慮しない場合とこれを考慮した場合の推定結果を示した。「女性の職業意識と就業行動に関する調査」では,現職が正規社員である場合には育児休業利用経験を問うているのに対して,それ以外の場合には育児休業利用経験を尋ねていない。このため,育児休業制度利用状況を示す変数として(1)と(2)では育児休業実施事業所割合を用い(注8),(3)と(4)では育児休業利用経験の有無を用いた。

表6 ハザード関数の推定結果

 全既婚女性を用いた場合を見ると,育児休業実施事業所割合の符号はマイナスで有意であり,育児休業制度の普及が初職勤続年数のハザード・レートを引き下げ,初職勤続年数を長くする確率が高くなることが示されている。現職が正規社員の既婚女性に限った場合には,育児休業利用経験の符号はマイナスでありかつ1パーセント水準で有意な推定結果が得られた。この結果から,育児休業を利用する機会があることは,女性の正社員としての勤続年数を延ばす可能性を高めることが理解される。ここで,事業所規模の影響を見ると,(2)と(4)いずれの推定結果からも,従業員100人未満の事業所よりも事業所規模が大きくなるとハザード・レートが低下する傾向が見られる。とくに,従業員300人以上1000人未満の事業所規模では(2)と(4)のいずれにおいても有意にハザード・レートが低下する結果が得られた。
 本稿のモデル分析では,企業の労働需要の側面を捨象しているが,これらの事実はこの点に留意すべきことを示唆している。賃金水準が高い大企業では女性雇用者の長期勤続が労務費用を増加させるために結婚退職等の慣行により企業が勤続年数を短くする誘因が働く。一方,賃金水準がそれほど高くない中小企業では,就業継続を容易にする育児休業制度を整備して女性労働者の定着率を高めることにより,女性労働者の能力を高め生産性を上げる誘因が存在する。その結果,従業員300人以上1000人未満の事業所規模では,育児休業利用経験がとくに有意に初職勤続年数のハザード・レートを低下させる効果を持っていると理解することができる。しかし,育児休業の実施には代替要員の確保など費用がかかることから,事業所規模が小さすぎると,この費用負担が困難になり育児休業制度が普及せず,そのため女性雇用者の就業継続も困難になり勤続年数も短くなる可能性がある。このように,ハザード関数の推定結果の解釈には企業の労働需要要因にも配慮することが必要であるものの,モデル分析が示唆するように育児休業制度の普及が女性雇用者の勤続年数を延ばす効果を支持する結果となっている。
 次に,育児休業制度が勤続年数に及ぼす効果が賃金水準にも影響し,男女間賃金格差の是正にもつながるかどうかを見るための推定結果について検討する。勤続年数関数は,基本推定式(1),父母同居ダミー,持ち家ダミーを説明変数に加えた推定式(2),さらに初職企業規模ダミー,初職職種ダミーを説明変数に加えた推定式(3)の3通りの推定を行った(表9)。そのため,同時推定を行った賃金関数と出生児関数についても3通りの推定結果を示した。賃金関数と出生児関数の推定結果はそれぞれ表7と表8である。推定に使用したサンプルは現在正社員として就業している既婚女性である。
 賃金関数の推定結果(表7)によれば,賃金格差の要因として教育年数と企業規模をダミー変数でコントロールしたうえでも勤続年数と賃金は正の相関を示しており,同時推定を行う必要性が確かめられた。出生児関数の推定結果(表8)では,育児休業制度利用経験の係数は有意に正の値を示し,父母同居ダミーの係数も有意に正であるのに対して,結婚年齢の係数は有意に負の値を示している。一方,勤続年数関数の結果(表9)では,育児休業利用経験の係数と父母同居ダミーは有意に正の値を示しているのに対して,出生児数,転職回数,大企業のダミー変数(初職企業規模1000人以上)と専門・技術職ダミーの係数は有意に負の値を示している。

表7 賃金関数の推定結果

表8 出生児関数の推定結果

表9 勤続年数関数の推定結果

 勤続年数関数の推定結果で,育児休業利用経験が正の効果を持っているのに対して,出生児数が負の効果を示しているのは,出生児数が多くなると,∂U/∂CR-g(n,cl)>0の第2項の値が大きくなって命題の条件が満たされなくなるため,育児休業制度が勤続年数を延ばす効果が発揮されなくなる場合があると考えられる。育児休業利用経験の係数がプラスであることは,このような出生児数の影響を考慮したとしても,モデル分析が示すように育児休業制度を利用する場合の方が勤続年数がより長くなることを意味している。さらに,賃金関数の推定で勤続年数と賃金とが正の相関を示していることを考慮すると,女性雇用者の勤続年数がより長くなれば賃金水準は増加することが予想される。したがって,育児休業制度の普及が勤続年数を延ばす効果は,こうした賃金水準へのプラスの効果を通じて男女間賃金格差を縮小する好ましい結果をもたらすと言えるだろう。



V むすび

 本稿では,「女性の職業意識と就業行動に関する調査」を用いて,女性雇用者の育児休業利用の希望を既婚・未婚の別および企業規模別に概観したうえで,育児休業制度が,育児と就業を両立する際の負担を軽減することを通じて女性雇用者の勤続年数を伸ばす効果があることをモデル分析によって示すとともに,この効果を実証分析した。
 この調査によれば,既婚女性雇用者では6割以上の人が育児休業制度を利用して働き続けたいという希望を持っており,企業規模間格差が見られない。一方,未婚の女性雇用者の場合には,1000人以上の企業では,育児休業を利用して働きたいという希望が減るのに対して,それ以下の従業員規模の企業ではこのような希望を持つ者の比率が6割以上となり,企業規模間格差が見いだされた。
 モデル分析では,育児休業制度が育児と就業を両立させるために女性雇用者が負う負担(不効用)を軽減する場合には,育児休業制度が勤続年数を増加させることを示した。ただし,勤続年数を延ばす効果が現れるかどうかは出生児数にも関係するので,「女性の職業意識と就業行動に関する調査」を用いてこの効果を検証した。まず,この調査の勤続年数が調査時点までの勤続年数であり必ずしも生涯の勤続年数ではないことを考慮して,比例ハザード関数を推定した。その結果,育児休業制度の普及は女性の初職勤続年数を延ばす効果を持つこと,実際にこれを利用できる場合にはその効果がより大きくなることが示された。また,勤続年数,出生児数および賃金との同時決定性に配慮した勤続年数関数,出生児関数,賃金関数の推定結果によっても,育児休業制度が利用できることは勤続年数を長くする効果を持つことが見いだされた。さらに賃金と勤続年数とは正の相関を示したので,育児休業制度が利用しやすくなることは,女性雇用者の勤続年数を延ばすことを通じて賃金上昇をもたらし,男女間賃金格差を縮小することが期待される結果となった。実際,育児休業制度の普及率と既婚女性雇用者の育児休業制度利用経験者や育児休業利用希望者の比率が高く,しかも平均勤続年数が他の企業規模と比べて長い企業規模は100-999人規模である。この企業規模では,男女間の賃金格差が依然として見られるなかで,男女雇用機会均等法が施行された1985年以降,賃金格差が縮小したことが見いだされている(三谷(1996))。
 ただし,本稿におけるモデル分析では,育児休業制度の採用が企業の労働需要に及ぼす影響を考慮していない。従業員100-999人の企業規模では育児休業の普及率がある程度高く利用率(利用経験者の比率)が最も高いのに対して,それ以下の企業規模では育児休業制度の普及率が低く,また1000人以上の企業規模では普及率が高いにもかかわらず利用率が低い。このような育児休業の普及と利用率との企業規模別の乖離を検討するためには,育児休業制度がもたらす長期勤続化による女性雇用者の熟練を通じた生産性の上昇という企業にとっての便益と育児休業制度に伴う企業の費用を同時に考慮した,企業の労働需要への影響を考察する必要がある。また,本稿ではモデル分析と実証分析の両方において正規の女性雇用者(正社員)を対象としたが,パートタイム労働を含む多様な就業選択をモデル分析に含めることとこれに対応した実証分析を行うことは,今後の重要な課題である。



*本研究は,日本労働研究機構「女性の就業意識と就業行動に関する研究」の一環としてとりまとめた共同研究に新たな実証分析を加えたものです。この研究会で有益なコメントを下さった中馬宏之教授,冨田安信教授,脇坂明教授,野間敦子主任研究員,1996年度理論計量経済学会での報告を許可して下さった亀山直幸首席統括研究員と貴重なコメントを下さった樋口美雄教授に心よりお礼申し上げます。また,論文の改訂に当たってはレフェリーの方々,深尾京司助教授および出島敬久助教授から貴重なコメントをいただきました。これらの方々にも深く感謝いたします。なお,本稿に対する責任は共著者が負うものです。


(注1) 調査地点は首都圏30キロメートル圏,福島市および広島市,集計対象は20歳以上40歳未満の女性1026人であり,そのうち正社員・正規職員が307人,パート・アルバイト・派遣・内職・自営が306人,無業者が413人であった。

(注2) 育児休業を利用する企業には,この制度を利用して女性雇用者を定着させて熟練を通じた生産性の上昇を引き出すメリットがある反面,この制度を利用する間の代替要員や職場復帰のための準備などのコストがかかる。したがって,企業が育児休業を設けて女性雇用者を雇用するにはメリットがコストを上回る必要性があり,育児休業制度を普及させるには,こうした企業の労働需要要因にも配慮する必要がある。この点は,育児休業制度が勤続年数に及ぼす効果を実証分析する際にも留意を要する(IV.2節を参照)。

(注3) 育児休業制度の普及に影響する要因には,労働者の「質」の相違がある。質の高い労働者ほど長く働くことによるキャリアアップの可能性があるので育児休業制度の利用が進んだ企業へ就職したり,企業側も質の高い労働者の定着を図るために制度の利用を促進すると考えられる。逆に,質が低く高賃金が期待できない労働者は休業制度を利用してまで継続就業する誘因は弱く,転職したり非労働力化する可能性が高まる。本稿のモデルは,このような労働者の「質」の相違を考慮していない。したがって,以下に導かれる結論については労働者の異質性を考慮した解釈をしていない点に留意する必要がある。

(注4)

(注5)

(注6) 「女性の職業意識と就業行動に関する調査」の個票のうち,既婚女性数は正社員124,パート235,無職386である。育児休業制度に関する質問が正社員女性の調査票でのみ行われているため,サンプルを女性正社員に限定した。勤続年数への効果の解釈については,サンプルを正社員に限定したことによるサンプル・セレクション・バイアスの可能性に留意する必要がある。

(注7) 既存の賃金関数の推計で賃金水準と教育年数との間に有意に正の関係があることが認められていることを考慮して,夫の所得水準が教育年数と相関していると想定した。

(注8) 育児休業制度実施事業所割合は表1に基づいて産業別に作成し,初職事業所の業種に基づき初子出産年時の実施割合を各サンプルについて当てはめた。表1からは10時点のデータしか得られないため,その他の時点については線形補完を行った。ただし,1992年に育児休業法が施行されたことを考慮して,1992年以降について年次ダミーを用いて推計した。サービス業の実施割合の推計については,昭和56年以降よりサービス業に教育が含まれていることから,昭和56年以降急上昇した後の値は教育産業の実施割合とみなし,昭和56年以前の実施割合を延長した値をサービス業のものとした。また,公務員については教育産業の実施割合を用いたが,別途官公庁ダミーを作成し公務員の影響を検証する。初職事業所の業種が電気・ガス・熱供給・水道業,建設業の女性については適当な情報が得られないため欠損値扱いとした。また初職事業所の業種が「雇用管理基本調査」のいずれの業種分類にも該当しない女性については総計の実施割合を用いた。なお,事業所規模が大きいほど実施割合が高くなる傾向は企業規模ダミーで対処した。


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もりた・ようこ 1969年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科博士課程在学中。主な論文に「製造業における対外直接投資と構造調整:電気機器産業に関する実証分析」など。地域経済学・労働経済学専攻。

かねこ・よしひろ 1958年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。国立社会保障・人口問題研究所室長。主な論文に「高年齢雇用政策と雇用保険財政」『経済研究』第49巻第1号など。財政学・公共経済学専攻。