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(著者抄録)
1980年代以降の米国の賃金格差拡大の原因のひとつは高学歴労働者の需要の増加である。この需要増を説明する大きな要因のひとつとして生産技術が高学歴労働者・経験年数の長い労働者といったスキルを持つ労働者を多く使うようなものに変化したためという仮説が考えられた。実証研究の結果,高学歴労働者に関してはこの仮説が支持されている。また技術変化は産業あるいは工場,個人のコンピューター使用の賃金プレミアムというかたちでグループ賃金格差の拡大に影響を与えている。最近のバーテルらの研究では,産業の技術変化と賃金プレミアムの間の正の相関について個人の統計上観察できない能力が重要な説明力を持つという結果が得られている。

(論文目次)
I はじめに
II 賃金決定理論と米国の賃金格差
III グループ間賃金格差と技術変化
IV グループ内賃金格差と技術変化
V おわりに

I はじめに

 米国の失業率が低レベルで推移している。1999年3月以降の失業率は,4.2~4.3%と約29年ぶりの低水準が続いている。一方で製造業を中心に大規模な人員削減も行われており,1998年の米企業の人員削減は68万人に達し過去最高を記録した。このような状況で雇用情勢が悪化しないのは,情報技術産業や内需依存型のサービス業が雇用を拡大しており,雇用総数が上昇を続けているためであるといわれている。米企業の設備投資額に占める情報技術投資の割合は,1990年以降上昇を続けており,98年には4割を占めるにいたっている。
 このような情報技術を代表とする米国の技術革新が主に労働需要に与える影響を賃金の変化を通して分析した実証研究が,1990年代に入って多数発表されている。また、米国では1980年代から賃金格差の拡大傾向がみられており,90年代はじめには保護貿易論と結びついて政治問題にまで発展した。そのため,1970年代以降の賃金格差に関しての詳細な実証研究が数多く蓄積されてきた。これらの研究の結果,技術変化が賃金格差拡大の重要な原因のひとつではないかという議論がでてきた。本稿ではこれらの研究をサーベイすることにより,近年の情報技術を代表とする技術変化が労働需要および労働者の賃金に与える影響についての米国の実証研究を紹介するとともに,そのアプローチを整理する。
 通常,賃金格差は性別,教育レベル,経験年数など属性の異なる労働者間の賃金の違いを問題にする。このように観察できる特徴が同じ労働者をひとつのグループと考えて,グループの特徴によっておこる賃金の違いを,グループ間賃金格差という。これに対して,観察できる特徴が同じ労働者の間の賃金格差を,グループ内賃金格差という。グループ間の賃金格差は,学歴間・年齢(勤続年数)間・男女間賃金格差などである。グループ内賃金格差は,学歴・年齢(経験年数)・性別などが同じ労働者でも,たとえば異なる産業・企業の間で賃金に違いがみられる場合の格差である。
 グループ間賃金格差は,主に異なる人的資本を持つ労働者の生産性の違いによって説明される。賃金は生産性に対するリターンと考えられ,労働者のタイプ別に需要と供給のバランスで決定される。一方,グループ内賃金格差については,人的資本の違いによる説明のほかに効率賃金や補償賃金などさまざまな説明が提案されている。特に産業間や企業間の賃金の違いが,労働者の統計的に観察できない人的資本の違いからくるものなのか,それとも産業や企業の組織や収益率の違いからくるものなのかは議論のあるところである。
 情報技術等の技術変化が労働需要および賃金に与える影響を上記のアプローチで整理すると,まず,グループ間賃金格差はスキルを持つ労働力を相対的に多く使うような技術変化(skill biased technological change)で説明できる(注1)。近年,高学歴および経験年数の長い労働者の需要が相対的に増加し,その結果これらの労働者の賃金が上昇して学歴間および経験年数間の賃金格差が拡大していることが,実証研究から明らかになっている。この需要の変化の原因のひとつとして,情報技術をはじめとする生産技術の変化が挙げられ,これを支持するような実証研究も複数存在する。
 次にグループ内賃金格差については,さまざまな実証研究により,産業,工場あるいは個人の技術とその賃金プレミアムの間に正の相関があることが明らかになってきた。これに対する説明としては,人的資本の違いと企業の組織形態や収益率による違いが考えられる。人的資本による説明では,この賃金プレミアムは,同じグループに属する労働者の統計上観察できない能力の違いを反映したものであると考える。したがって,グループ間賃金格差の説明と同様に,スキルを持つ労働者を多く使う技術変化に伴って,(統計上観察できないが)スキルを持つ労働者の需要が高まり賃金が上がったとする。これに対して企業の組織形態や収益率の違いによる説明では,技術変化は企業や産業の組織や収益率に影響を与え,その違いが賃金格差を生むと考える。つまり賃金プレミアムと技術の間には直接的な関係はないと考える。
 本稿ではまず,IIで賃金の決定要因と米国の賃金格差の変化について全体的に説明し,賃金に対する枝術変化の影響が米国の賃金研究全体にどのような意味を持つのかを考える。次に,III・IVでは賃金および労働需要と技術変化とのかかわりについて,1990年以降の米国の実証研究をグループ間格差とグループ内格差に分けて整理する。Vでまとめと今後の研究課題について述べる。


II 賃金決定理論と米国の賃金格差

1 米国の賃金格差の特徴

 米国での賃金に関する実証研究の結果,1970年代以降の米国の賃金格差には次のような特徴があることがわかってきた(注2)。第1点は,1970年代の後半から続く賃金の分散の拡大傾向で,これは男性労働者,女性労働者の両方でみられる傾向である。第2点は,学歴間および年齢間賃金格差の拡大である。学歴間賃金格差は1970年代には縮小傾向にあったが,80年代には一転して急激に拡大した、年齢間賃金格差は,低学歴労働者については1980年代に拡大した。高学歴労働者ではこの傾向はみられない。第3点は,グループ内賃金格差が1970年代から緩やかに拡大を続けていることである。第4点は,男女間の賃金格差が1980年代に縮小したことである。第5点は,1980年代に低学歴・低賃金の労働者の実質賃金が低下したことである。
 なぜ,このような賃金格差の変化が起きてきたのだろうか。賃金格差の発生のメカニズムとしては,(1)人的資本の異なる労働者の需要と供給のバランス,(2)労働組合の組織率や最低賃金制度などの制度的要因,(3)賃金の高さが労働者の生産性に影響を与えるとする効率賃金仮説,(4)企業の収益を企業と労働者で分け合っているとするレント・シェアリング,(5)異なる労働条件に対する補償(補償賃金)などが挙げられる(注3)。現在の米国の賃金格差の拡大は,一つの要因だけで起こっているのではなく,上記のようなさまざまな要因が複数関与していると考えられる。たとえば,特徴の第5点目に挙げた低学歴労働者の実質賃金の低下は,低学歴労働者の供給の増加または需要の減少,労働組合の組織率の低下などによって引き起こされたと考えられている。

2 グループ間賃金格差の要因

 グループ間賃金格差の変化は,主に前述の(1)異なる人的資本を持つ労働者の需要と供給のバランスによって説明される。前述のように,米国の学歴問賃金格差は,1970年代には縮小傾向にあったが,80年代には一転して急激に拡大した。米国では,1970年代にベビーブーム世代が労働市場に参入して大量の高学歴労働力を供給したので,需要を上回り,高学歴労働者の賃金は相対的に低下した。したがって教育レベルによる賃金格差は縮小傾向にあった。ところが,1980年代になると高学歴労働者の供給は頭打ちになる一方で,需要は増加したため,学歴間賃金格差が拡大したと考えられる。
 同様に,1970年代のベビーブーム世代の労働市場への参入により,どの学歴階層でも若年労働者の供給が増加したが,増加の割合が特に大きかったのは大卒労働者であった。大卒労働者のなかで若年層が占める割合は1970年代に急激に上昇し,70年代後半から80年代にかけて同じくらい急激に減少した。大卒労働者の経験年数による賃金格差は,1970年代の若年層の増加に伴い急激に拡大したが,その後,若年層の割合が減少したときには縮小はみられず,80年代に大卒の経験年数の長い労働者の需要が大きいことがうかがえる。
 高卒労働者のなかで若年層が占める割合は,1970年代はじめから80年代初頭にかけて緩やかに拡大し,その後緩やかに減少している。これに対して高卒労働者の経験年数による賃金格差は,1970年代は緩やかに拡大していたが,80年代に入って急激に拡大している。つまり,大卒労働者の場合と同様,経験年数の長い高卒労働者の需要が1980年代に非常に大きくなっていることがわかった。
 1980年代の経験年数による賃金格差の拡大は,大卒,高卒とも供給の変化によっては説明できず,経験年数の長い労働者に対する需要が大きいことを示している(Mincer (1991),Katz and Murphy (1992),Autor, Katz and Krueger (1998))。このような高学歴あるいは経験年数の長い労働者の需要の相対的増加の原因として貿易,企業の海外展開,技術の変化といった要因が説明力を持つと考えられ,検証が行われてきた。
 さらに,グループ間賃金格差の変化については,前述の(2)制度的要因も説明力を持つことが指摘されている。Blackburn, Bloom and Freeman (1989)では賃金交渉に強い影響力を持つ労働組合の組織率の低下が賃金の分散を拡大させていることが示されている。またDiNardo, Fortin and Lemieux(1996)は,組合の組織率や需要と供給の影響とともに,実質最低賃金の低下が特に女性労働者について賃金格差を拡大させていることを示している。

3 グループ内賃金格差の要因

 米国の賃金格差の特徴の第3に挙げたように,学歴・年齢(経験年数)・性別などが同じ労働者間のグループ内賃金格差は,近年緩やかに拡大を続けている。格差の要因は上記の(1)~(5)のすべてが考えられる。Dickens and Katz (1987)およびKrueger and Summers (1988)は,観察できる労働者の特徴(学歴・年齢・性別など)をコントロールした後でも産業間に相当規模の賃金格差があることを示した。さらにクルーガーらは,この格差が考えうる要因の何に起因するかを検証し,組合などの制度的要因や補償賃金の可能性を棄却し,レント・シェアリング仮説や効率賃金仮説を支持する結果を得た。
 また,Gibbons and Katz (1992)は,工場閉鎖によって失業した労働者について,新しい職に就く際に受け入れる賃金カットが,その労働者が失業前に高賃金産業に就業していたほど大きくなることを示した。しかし,これらの結果から,企業と労働者の間で収益を分け合っているだけなのか(レント・シェアリング),それとも労働者の生産性を上げるために賃金プレミアムが高くなっているのか(効率賃金)は判断できない。
 グループ内賃金格差の要因として,検証は難しいが容易には否定できない説明がもうひとつある。要因の1番目に挙げた労働者の人的資本の違いによる説明である。どんなデータでも,労働者の特徴をすべて捕捉することはできない。したがって,産業間でデータでは観察できない労働者の能力格差があり,それが賃金に反映しているという可能性は排除できない。しかし,観察されない能力によってグループ内賃金格差がどの程度説明できるかを量的に推定しようとしても,通常の場合,格差の相当部分は説明できない(Katz and Summers(1989))。

4 技術変化の影響

 このように,グループ内賃金格差の要因が何であるのか今のところ納得のいくかたちでは解明されていないため,最近のグループ内賃金格差の拡大傾向の原因ははっきりしていない。この疑問の解明に,新しい視点を与えているのがコンピューター使用などの技術変化である。IVで紹介するKrueger(1993)をはじめとするグループ内賃金格差と情報技術使用等に関する実証研究では,技術に関する変数とグループ内賃金プレミアムとの間に正の相関があるという結果を得ている。前述したように,これが労働者の観察されない能力の違いを表しているのか,それとも効率賃金など別の要因が背後に隠れているのかについての実証研究はあまり蓄積がない。
 以上,米国の賃金格差の拡大の要因について,今までの研究からわかってきたことをまとめると,技術の変化が労働市場に与える影響について以下のような仮説が考えられる。第1に,近年の技術の変化はある特定の人的資本を持った労働者を相対的に多く使うようなバイアスのある技術変化で,その結果,これらの労働者の需要が大きくなり賃金も上昇している。これは,グループ間賃金格差の分析では高学歴で経験年数の長い,いわゆる熟練労働者の賃金上昇に表れており,グループ内賃金格差の分析では技術に関する変数とグループ内賃金プレミアムに正の相関があることに表れている(技能労働者にバイアスのある技術変化仮説)。第2の仮説は,グループ内賃金格差は,効率賃金やレント・シェアリングに基づいて発生しており,技術使用やその投入量とグループ内賃金プレミアムの間の正の相関は,見せかけの相関であるというものである(効率賃金・レント・シェアリング仮説)。III以降は,この二つの仮説を検証した最近のさまざまな実証研究をグループ間賃金格差とグループ内賃金格差に分けて紹介する。


III グループ間賃金格差と技術変化

 IIで説明したように,グループ間賃金格差の拡大の有力な説明として,需要および供給の要因,組合の組織率のような制度的な要因が挙げられる。さらに具体的な需要の要因として,貿易,企業の海外展開,技術変化が考えられている。貿易による説明は,低賃金の国との貿易によって,非熟練労働(低学歴・若年労働者)を多く使うような財の価格が低下すると,その結果非熟練労働に対する需要が低下し,相対的に熟練労働(高学歴・高年齢労働者)の需要が増加するというものである(注4)。これは,複数の研究によりある程度の説明力を持つという結果が得られている(Borjas and Ramey (1995), Leamer (1996))。
 このような貿易による説明では,労働需要の変化は産業間の雇用シフトというかたちで表れるはずである。Autor, Katz and Krueger (1998)によると,高学歴労働者の雇用量の変化を産業内変化と産業間変化に分解すると1960年代は産業間の変化が大きく,70年代および80年代は産業内の変化が大きくなっている。つまり,1970年代および80年代の高学歴労働者の需要の増加の原因は,産業間の雇用シフトよりはむしろ産業内での熟練労働者の需要増によるところが大きいということが示されている。これは,企業が非熟練労働力を使って行っていた生産部分を海外に移転することによって国内の非熟練労働に対する需要が減少したという企業の海外展開による説明と,技術革新によって熟練労働の需要が増加したという技術変化による説明を支持するものである。

表1 米国の賃金および労働需要と技術変化についての実証研究例(グループ間)

1 マクロの分析

 グループ間賃金格差の変化の複数の要因を1963年から87年まで時系列で分析したのがMincer (1991)である。技術に関する説明変数は,全要素生産性(TFP)の伸びと政府および民間のR&D支出である(注5)。推定の結果,経験年数が6~10年の労働者の大卒と高卒の賃金格差は,大卒労働者の相対的な供給量によって左右されるが,需要の要因であるR&D支出はこれを上回る説明力を持つことがわかった。その他の需要要因の純輸出額や全要素生産性の伸びなどは説明力が弱い。大卒・高卒労働者それぞれの経験年数による賃金格差については,供給要因である若年労働者の割合と,純輸出額,R&D支出等の需要要因が同じくらいの説明力を持つ。このように,時系列分析ではR&D支出で表される技術の変数が熟練労働,特に高学歴労働の需要増大と正の相関を持つという結果を得た。
 また,Bound and Johnson (1992)は,産業ごとの製品需要や技術変化を測って変化の要因の説明力を計測している。この研究では1973年,79年,88年のデータを使い,教育レベル(4),経験年数(4),性別(2)によって労働者を32グループに分け,それぞれの時間当たりの実質賃金の平均値とその変化率を算出した。そのうえで,生産関数を特定化して労働供給・製品需要(貿易)・技術変化の指数をつくりそれらの説明力を比較した。その結果,学歴間賃金格差に関して技術変化の指数が大きいことがわかったが,1970年代には,その影響は供給要因の影響によって相殺されていることも観察された。

2 具体的な技術を表す変数

 上記二つの研究は,複数の要因の説明力を計測しており,技術変化の変数は学歴間賃金格差に関して説明力が大きいという結論になっている。しかし,ミンサーにしろバウンドらの研究にしろ,技術の指標としては議論の余地のあるものである。特に,バウンドらの技術の指数は生産関数を推計した結果の残差と定数項から割り出したもので,産業あるいは企業の具体的な技術の変化を表したものではない。これに対して,前述のオーターらはコンピューター使用頻度やコンピューター投資等の具体的な変数を使って産業の技術変化と大卒労働者の需要増との関係を調べ,情報投資やコンピューターの導入の大きい産業は大卒需要が大きいことを示している(注6)。
 またこのオーターらの研究では,産業の技術変化が生産労働者と非生産労働者の需要に与える影響についても分析し,非生産労働者の需要の増加については,技術変化の変数が貿易や海外展開の変数よりもはるかに説明力が大きいという結果を得ている(注7)。また,Berman,Bound and Griliches (1994)では製造業の各産業の生産労働者と非生産労働者の需要を計測しており,コンピューター投資やR&D支出と非生産労働者の需要の伸びとの間に正の相関があることを示している。

3 工場レベルでの比較

 Davis and Haltiwanger (1991)は1963年から86年までの製造業の賃金レベルの分散を産業間,産業内工場間,工場内に分解している。その結果,対象期間を通じてもっとも大きな部分を占めていたのは産業内工場間の賃金の分散で,全体の40%以上であった。産業間の賃金分散を考慮に入れると,全体の半分以上を工場間の賃金の分散が説明することになる。
 技術変化と労働需要の工場間比較をしたのがDoms, Dunne and Troske (1997)である。彼らは1988年と93年について労働者のタイプおよび賃金と技術導入の関係を調べている。技術の変数は,生産に使われる機器を17種類に分け,当該工場で使われている生産機器の種類の多さで表されており,種類が多いほど技術が複雑で進んでいるとしている。推計の結果,工場で使う技術の数が多いほど雇用者に占める高学歴の割合が高いことがわかった。生産労働者と非生産労働者に分けて分析してもそれぞれで同じ傾向がみられた。
 以上のように,米国での実証研究によると,情報投資を代表とする産業や工場の技術変化によって高学歴労働の需要は増加し,その賃金は上昇している。また,非生産労働の需要も増加傾向にある。したがって,高学歴労働および非生産労働を多く使うようなバイアスのある技術変化が起こっていると考えられる。しかし,このような技術が経験年数の異なる労働者の需要に与える影響に関しては,あまり結果が出ていない。


IV グループ内賃金格差と技術変化

 Juhn, Murphy and Pierce (1993)は男性労働者について1963年から89年までの教育レベルおよび経験年数の違いによるグループ間賃金格差とグループ内賃金格差を計測している。IIで述べたとおり,学歴および経験年数の違いによる賃金格差は,1970年代には縮小傾向にあったが,80年代にはいって拡大している。一方教育レベルや経験年数の同じ同質の労働者問の賃金格差は,1960年代にはやや縮小していたが,70年代以降拡大を続けている。両方の賃金格差とも1960年代後半以降30~50%拡大しており,グループ内賃金格差の拡大の要因の解明は,米国の賃金格差拡大の問題における重要な課題である。

表2 米国の賃金および労働需要と技術変化についての実証研究例(グループ内)

1 技術による賃金プレミアム

 グループ内賃金格差と技術変化の関係を直接的に計測しようとしたのがKrueger (1993)である。彼は,教育・人種・性別など,統計上観察できる個々の労働者の特徴をコントロールしたうえでも,仕事でコンピューターを直接使用している労働者とそうでない労働者の間に賃金の格差があるかどうかを調べた。1984年と89年についての分析の結果,コンピューターによる賃金プレミアムは10~15%になることがわかった。また,教育レベルとの関係でみると,教育レベルの高い労働者のほうがコンピュータ使用率が高く,教育による賃金プレミアムの上昇率の3分の1から2分の1がコンピューター使用によるプレミアムによって説明できた。
 現在の学校でのコンピューター教育によりコンピューターを使いこなせる労働者の供給は増加しており,かたや需要はコンピューター導入時の1980年代および90年代に急速に拡大し,その後は伸びが緩やかになっていると考えられる。したがってクルーガーは将来的にはコンピューターによる賃金プレミアムは縮小するだろうとしている(注8)。この考え方は,IIで述べた「技能労働者にバイアスのある技術変化仮説」に基づいており,労働者の「コンピューターを使用できる」能力に対して賃金プレミアムが支払われているとするものである。
 技術変化を表す変数をより間接的な産業のハイテク投資率,R&D投資率などにして産業ごとの賃金格差を分析したのがAllen(1996)である。この研究では,1979年と89年の産業ごとの教育による賃金プレミアムを計測し(44産業),さらにその結果をR&D投資率,ハイテク資本率,資本の新しさ,資本/労働比率の伸び,TFPの伸びなどで回帰分析した。その結果,R&D投資率の高い産業は教育による賃金プレミアムも高いことがわかった。

2 レントの可能性

 IIIで紹介したDoms, Dunne and Troske (1997)は,工場の技術の複雑さと平均賃金との相関を計測し,技術の複雑な工場ほど生産労働者,技術職・事務職・販売職の平均賃金は高くなることを示している。さらに1977年から92年にかけて工場内で労働者のタイプおよび賃金の変化と技術導入の関係をみると,非生産労働者の占める割合の変化,生産労働者の賃金の変化,非生産労働者の賃金の変化,労働生産性の変化と技術の複雑さの間に相関はみられなかった。しかし,1977年と92年のそれぞれの年の生産労働者と非生産労働者の賃金および労働生産性とこの問の技術導入数の問には,正の相関がみられた。このことから技術の複雑な工場では技術導入と同時にではなくその前にすでに高い賃金を払っており,さらに労働生産性は技術導入の前も後も高いということがわかった。つまり,「技術の変化とともに労働需要の変化が起こり賃金が変化している」わけではないことが示された。
 この結果は,技術と賃金の関係がクルーガーのいうような直接的なものではないことを示唆している。つまり,グループ内賃金格差と技術の変化の間の見せかけの相関の可能性である。

3 能力に対するリターンかレントか

 Bartel and Sicherman (1999)は,グループ内賃金格差を労働者の観察できない能力による部分と産業特有の賃金プレミアムの部分に分解してこの問題を調べようとした。その結果,個人の観察できない能力が技術変化と賃金プレミアムの間の正の相関を説明する重要な要因であり,またこの能力は産業の技術変化と正の相関を持つことが,わかった。一方で産業特有の賃金プレミアムはその産業の技術変化とは相関がないこともわかった。つまり,ここでは産業のレントあるいは効率賃金は存在するが技術変化とは関係なく,技術変化と正の相関があるのは個人の観察できない能力による賃金プレミアムであるという「技能労働者にバイアスのある技術変化仮説」を支持する結果を得た。
 さらにこの研究では,産業の教育による賃金プレミアムと技術変化の間の正の相関についても個人の観察できない能力が大きな説明力を持つことを示している。この結果に対してバーテルらは,統計上観察できない能力が教育とは関係のないまったく生まれつきのものであれば,これによる賃金格差は解消しないが,もしこの能力が教育の質によって変わるものであれば,労働者にとって学校の選択は非常に重要なものになると考察している。
 最近の実証研究により,1970年代から続くグループ内賃金格差の拡大と技術の変化との間に正の相関があることがわかってきた。そしてバーテルらの研究により,その理由が労働者の観察できない能力に対する賃金プレミアムによるものらしいことが解明されてきた。この能力がクルーガーの主張するような単純なコンピューター熟練であれば,訓練等によって格差は解消するだろう。しかし,これがバーテルらの示唆するような生まれつきのものであれば,現在のような技術変化が続く限りこれによる賃金格差は解消しないことになる。バーテルらが同論文の中で示唆し,また他の研究で示してもいるようにこの観察できない能力は,新技術に対応できる能力であるという議論もある(注9)。これからの教育・訓練を考えるうえで「観察できない能力」がどういう性質のものであり,これによる賃金格差が一時的なものなのか長期的なものなのか,政策によって変化しうるものなのかを解明していく必要がある。


V おわりに

 1990年代の数多くの実証研究の結果,米国の賃金格差の拡大の要因および近年の情報技術をはじめとする技術変化の労働需要および賃金に与える影響が明らかになってきた。1980年代以降の米国の賃金格差拡大の原因のひとつは,高学歴労働者の需要の増加である。この需要増を説明する大きな要因のひとつとして生産技術が高学歴労働者・経験年数の長い労働者といったスキルを持つ労働者を多く使うようなものに変化したためと考えられた。実証研究の結果,高学歴労働者に関してはこの仮説が支持されている。また,このような技術変化は非生産労働者の割合も増加させている。
 グループ内賃金格差の拡大も米国の賃金格差拡大の要因のひとつである。技術変化は産業あるいは工場,個人のコンピューター使用の賃金プレミアムというかたちでグループ内賃金格差の拡大に影響している。この賃金プレミアムが個人の統計上観察されない能力の違いを反映するものなのか,それとも産業や工場のレントであるのかは議論の分かれるところである。最近のバーテルらの研究では,産業特有の賃金プレミアムは存在するが,産業の技術変化と賃金プレミアムの間の正の相関は個人の観察されない能力によって説明されるという結果が得られている。
 今後の課題の第1はグルーブ内賃金格差の研究から出てきた「能力」の問題である。バーテルらの研究により個人の観察されない能力が重要であるということが示されたが,この「能力」がどういうものであるのか具体的には解明されていない。またグループ間賃金格差についても教育レベルの高い労働者や経験年数の長い労働者のどういう「能力」が必要とされているのかわかっているとはいえない。たとえばBartel and Lichtenberg (1987)は,新技術の導入が高学歴労働者への需要を高めていることを示し,技術導入時の教育レベルの重要性を指摘している。またFarber and Gibbons (1996)は賃金決定に対する教育レベルの効果は経験年数に関係なく一定だが,観察できない能力の効果は,経験年数の上昇とともに増加することを示している。このような能力は,教育・訓練で習得できる具体的な能力なのかそれとも知識や経験から導かれる一般的な能力なのか,あるいは生まれつきのものなのか。今後の教育・訓練に関する政策を考えるうえで重要な点である。
 課題の2点目は,技術の習得についてである。本稿で紹介した論文では技術変化をskill biased technological changeとひとくくりにしているが,新技術はそれが導入される時点と長期的に職場に浸透していく過程では労働に与える影響が異なると考えられる。たとえば,Mincer and Higuchi (1988)では技術の変化を長期と短期に分けて分析し,企業は短期的な技術変化については採用によって対応し,長期的には職場訓練を行って技術変化に対応することを指摘している。また前述のBartel and Lichtenberg (1987)は新技術の導入時の教育による賃金プレミアムが年齢の上昇とともに減少することを示している。このような技術の習得方法の違いといった論点は最近の分析では議論されていないが,この分野の研究に新しい視点を与えるものである。
 課題の3点目は,技術変化の非正規労働に対する影響である。本稿で紹介した研究は,すべて正規労働者についての分析である。最近米国でも日本でも報告されている非正規労働者の増加傾向は,情報技術の発達の影響によるところが大きいと考えられる。情報技術による非正規労働の拡大と,それによる賃金あるいは労働需要の変化は今後注目すべき点である。
 はじめに述べたように米国では賃金格差の拡大が大きな問題になっているが,日本ではいまだ拡大の傾向はみられない(注10)。しかし岸(1999)は,1990年代に製造業で技術変化の大きい産業では雇用が減少していることを示している(注11)。日本的雇用慣行が変化しているといわれているが,産業の技術変化が労働需要を変化させていることも最近の日本の雇用の変化の要因のひとつと考えられる。日本の現在の高失業率・摩擦的失業の増加などの分析に技術変化という視点をいれることが必要だろう。さらに今後の課題として挙げた能力,技術の習得,非正規労働への影響等の研究は今後の日本の雇用問題を考えるうえで非常に重要だと思われる。


* 本稿の作成にあたり,玄田有史氏(学習院大学)および本誌のレフェリー各氏から貴重なコメントをいただいた。記して感謝の意を表したい。なお,本稿の誤りはすべて筆者の責任に帰すものである。


(注1) skill biased technological changeは生産技術がunskillied labour(非熟練労働力:たとえば低学歴・経験年数の少ない労働力など)に比べてskilled labour(熟練労働力:たとえば高学歴・経験年数の長い労働力など)を相対的に多く使うように変化することをいう。
(注2) Levy and Murnane(1992)およびFreeman and Katz(1995)による。
(注3) このほかに労働市場にある種の摩擦がある場合,何らかのショックの後調整に時間がかかり格差が拡大したままになることも考えられる。この場合調整によって長期には格差は縮小するはずである。ただし労働市場でショックが1回だけでなく何回も起こっている場合は格差が拡大することも考えられる。
(注4) これはストルパー=サムエルソンの定理による。この定理は,ある財の価格の下落が起こった場合、その財の生産に相対的に多く使われている生産要素の需要が減少し,その要素価格が下落するというものである。
(注5) 国や産業の成長のうち労働力や資本の増加で測れない都分を技術による貢献と考え,全要素生産性とよぶが,これは技術変化以外の生産性の変化や製品需要の変化の影響も含むものである。
(注6) この研究では,大卒労働者の需要を,大卒労働者の賃金の総賃金に対する割合で表している。
(注7) Feenstra and Hanson (1997)も同様の結果を得ている。
(注8) これに対してDiNardo and Pischke (1997)は,Krueger (1993)と同じことをドイツのデータを使って実証し,コンピューターに関しては同様の結果を得た。そのうえで彼らは計算機,電話,ペンなどの使用についても同じやり方で計測し,これらもコンピューターと同様に有意であることを示した(ただし係数の値はコンピューターの場合よりも小さく,コンピューターの場合にみられた拡大傾向もみられなかった)。したがって,具体的なコンピューターの使用と賃金構造の変化に直接的なリンクがあるとはいえないと結論づけている。彼らはコンピューター利用と賃金の関係はもっと間接的であろうと示唆している。
(注9)Bartel and Lichtenberg (1987)参照。
(注10) 玄田(1994)。また日本の最近の賃金格差の全体的なサーベイとしては大竹(1994)が挙げられる。
(注11) Mincer and Higuchi (1988),Ohkusa and Ohta (1994),大沢(1993),駿河(1991)なども日本の労働市場に技術変化が与える影響を分析している。


参考文献
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いしはら・まみこ 1961年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程在学中。労働経済学専攻。