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(著者抄録)
1999年の第145回国会において,改正職業安定法が成立した。改正法の内容は,有料職業紹介事業の国家独占政策を改めて民間事業を自由化(ネガティブリスト化)しつつ,それがもたらしうる弊害に対処するための規制を強化するというものである(規制の再編成)。労働者が自発的か非自発的かを問わず企業間労働移動に直面する今日では,「多様・良好な雇用機会の保障」が労働法の理念となるので,国家独占政策を見直し,民間事業の職業紹介サービスによって同理念を実現しようとする立法政策は支持に値する。しかし同時に,「求職者保護」の見地からは,民間事業の自由化がもたらす弊害を効果的に規制するための事後規制の整備が不可欠の条件となる。本稿は,こうした見地から,職業紹介制度の理念と規制のあり方について原理的な考察を試みる。
(論文目次)
I 本稿の目的
II 改正職業安定法の概観
III 職業安定法の理念とその変化
IV 職業安定法の規制のあり方-事後的行為規制を中心に
V 結 語

I 本稿の目的

 1999年の第145回国会において,有料職業紹介の取扱職業の原則自由化と,職業紹介事業の規制の抜本的再編を骨子とする改正職業安定法が成立した(平成11年法律第84号)。また同じ国会で,労働者派遣の対象事業の原則自由化を骨子とする改正労働者派遣法も成立している(平成11年法律第85号)。この二つの法改正は,ともに,1998年に採択されたILO181号条約(民間職業紹介所に関する条約)をベースとするものである(同条約も同じ国会で批准が承認され,2000年7月の発効を予定している)。この181号条約は,民間職業紹介事業と,労働者派遣事業をともに「民間職業紹介所」という一つのカテゴリーでとらえ,職業紹介制度と労働者派遣制度を統合して理解している。職業安定法と労働者派遣法の改正が同時期になされたのは,この事情によるところが大きいが,いうまでもなく両者は別個の制度であり,労働力需給システムの中で関連しつつも異なる機能を営む。本稿は,このうち職業紹介制度の改革(職業安定法改正)の問題を取り上げる。
 職業紹介制度については,ここ数年,有料職業紹介事業の法規制のあり方(自由化の可否)をめぐって賛否両論が激しく戦わされてきた(注1)。本稿では,改正職安法の内容を概観しつつ,右の論点に焦点を当てて,職業紹介制度の理念と法規制のあり方について考察したいと考える。


II 改正職業安定法の概観

1 改正の経緯

 (1) わが国の職業紹介制度は長らく,国に職業紹介事業を独占させ,民間の有料職業紹介事業を厳しく規制する政策(国家独占政策)をとってきた。すなわち民間事業は,その対象職業を制限され,しかも国の厳格な許可制の下に置かれてきた(改正前の32条)。これは戦前,特に明治期に民間職業紹介事業が野放しにされた結果,中間搾取や人身売買等の弊害が生じたことを考慮し,「公共職業安定所等の職業安定機関による適職の提供を通して労働力を充足し,職業の安定を図る」(改正前の職安法1条)という理念に立って採用された政策である。そしてこの点は,国際労働機関(ILO)にあっても同様であり,1933年採択の第34号条約以来,1949年採択の第96号条約に至るまで,職業紹介の国家独占政策が国際労働基準とされてきた。
 しかし,わが国を含む先進諸国では,ホワイトカラーの労働移動の増加(特に専門職・管理職層の転職の活発化)を背景に,公的職業紹介とのミスマッチが生ずる一方,民間の職業紹介サービスが発達し,国家独占政策の見直しの声が高まってきた。国内法を見ると,まず職業紹介制度とは別途,サービス業を中心とする外部労働力利用の需要の高まりにこたえて,1985年に労働者派遣法が制定され,労働者供給の一部を解禁する形で労働者派遣が合法化された。そして,職業紹介制度そのものについても見直しの気運が高まり,政府の規制緩和政策の後押しも受けて,職安法の段階的改正が行われてきた。特に1997年には,有料職業紹介事業の原則自由化や許可制・手数料規制の緩和を内容とする職安法施行規則24条の改正が成就している。これは,従来の国家独占政策を抜本的に改める改正であったが,職安法の本則では有料職業紹介を原則禁止(ポジティブリスト方式)としながら(32条),例外として列挙された許可職業を具体化する施行規則で原則自由とする(禁止職業を列挙するネガティブリスト方式をとる)という変則的な規制緩和であり,有料職業紹介の規制を骨抜きにするものと批判された。
 (2) その後,労働省が設置した雇用法制研究会が1998年,労働市場法制に関する抜本的検討を内容とする報告を行い,右報告を受けた中央職業安定審議会において審議が重ねられ,同審議会は99年3月11日,「職業紹介事業等に関する法制度の整備について」と題する建議(以下「建議」という)を行った(注2)。この「建議」が改正職安法のベースとなっている。
 一方,ILOでは,1997年の第85回総会において,従来の96号条約を改定し,民間職業紹介所に関する条約(第181号条約[Private Employment Agencies Convention] )と勧告(第188号)を採択した。これは,「民間職業紹介所の運営を認め」つつ,「そのサービスを利用する労働者を保護すること」(第2条3)を基本とするものである。具体的には,民間職業紹介所の運営について,右のようにその活動の自由を認めつつ,許可制を要件とする(3条)一方,労働者保護の規定として,均等待遇の原則(5条),労働者からの手数料徴収の禁止の原則(7条),労働者の個人情報・プライバシーの保護(6条),苦情処理機関の整備(10条)を定めている(注3)。

2 改正の基本的考え方

 このILOの新たな条約を背景に職業安定法が改正されたが,その基本的考え方は,「建議」によれば以下のごとくである。すなわち,産業構造の変化,経済活動の国際化,情報化の進展,労働者の就業意識の変化等に伴い,労働力需給に関するニーズが大きく変化している。需要面では,専門的知識・能力を有する即戦力的人材のニーズや,短期・一時的な労働力確保のニーズが増大しており,供給面では,自発的・非自発的の両面で労働移動が活発化している。こうした変化に的確に対処しつつ雇用の安定を図るためには,労働市場における労働力需給のミスマッチを解消し,失業期間の短縮が図られるよう,「公正かつ効率的でセーフティネットを備えた労働力需給調整機能の整備」を図る必要がある。そのためには,公共職業安定機関の機能を充実させつつ,民間機関が適切な労働力需給調整機能を果たしうることを認め,労使双方がニーズに応じた多様な選択を行えるようにすることが必要である。また,これら機関を利用する労働者の保護が十分確保されるよう,労働市場のルールを整備することも求められる。
 要するに,労働力需給に関するニーズの変化を背景に,有料職業紹介事業を正面から認めつつ,その適正な運営の確保と,労働者(求職者)保護の規制を整備することに主眼があるといえよう。この考え方は,政府による職安法改正の提案理由に踏襲されており(注4),ILO181号条約とも共通している。

3 改正内容

 具体的な改正内容は以下のとおりである(注5)。
 (1) 有料職業紹介事業の規制緩和
 (ア) 取扱職業の自由化 まず,有料職業紹介事業の取扱職業を限定列挙して認める従来の枠組み(ポジティブリスト方式による事前規制)を改め,労働大臣の許可を受けて同事業を行えることとした(30条)。この結果,港湾運送業務・建設業務など,労働者保護の支障のおそれがある職業のみが適用除外とされる(32条の11)。1997年の職安法施行規則改正で成就した有料職業紹介の自由化(ネガティブリスト化)を法の本則に規定しつつ,適用除外の範囲をさらに限定して規制を緩和したものである。これに伴い,法の目的規定(1条)においても,「職業安定機関以外の者の行う職業紹介事業等が労働力の需要供給の適正かつ円滑な調整に果たすべき役割にかんがみその適正な運営を確保すること」が目的として盛り込まれた。また,取扱職業の範囲については,求職・求人の申込受理の原則(16・17条)の例外として,事業者が職種を限定した職業紹介を実施できることが規定された(32条の12)。
 (イ) 許可制の改正 有料職業紹介事業の規制緩和については,許可制を維持するか否かも論点であったが,「建議」およびILO181号条約を受けて許可制自体は維持された(30条)。許可基準としては,事業を健全に遂行するに足りる財産的基礎があり(31条1項1号),個人情報の適正管理・秘密保持に必要な措置を講じていること(2号)のほか,事業の適正な遂行能力を有していること(4号)が挙げられ,その詳細は「有料職業紹介事業の許可基準」に規定されている。また,一定の職業との兼業が禁止されるが(33条の4,31条1項3号),労働者派遣事業との兼業は一定の要件の下で法認され,これとの関連で,派遣就業終了後に派遣先に職業紹介することを予定してする派遣(紹介予定派遣・ジョブサーチ型派遣)も認められる方向である(右許可基準。IV 2参照)。さらに,許可の有効期間が従来の1年から3年に延長され,更新期間は5年に延長された(32条の6第1項・5項)。
 (ウ) 手数料規制の緩和 求人者からの手数料規制については,マッチングなど基本的サービスをもっぱら提供する事業と,それ以外のサービス(コンサルティング等)を併せて提供する事業を区別し,前者については上限規制を設け,後者は手数料表の届出を要件としたうえ,事業者にいずれかを選択させて徴収することとした(32条の3第1項)。上限規制を緩和し,市場原理を大幅に導入したものである。ただし,手数料表に基づく手数料が著しく不当な場合は,労働大臣による変更命令がなされうる(同条4項)。一方,求職者からの手数料徴収は原則として禁止されるが(同条2項),手数料徴収が求職者に利益とされる場合は例外が認められる。具体的には,芸能家とモデルが予定されている(職安法施行規則20条2項)。
 (2) 事後規制の強化
 このように,有料職業紹介事業の規制(参入規制)を緩和する一方で,改正職安法は,事業の適正な運営と求職者(労働者)保護のための新たな規制を盛り込んでいる。事前規制から事後規制への転換である。
 (ア) 労働条件の明示 職業紹介機関(公共職業安定所,有料職業紹介事業を問わない)が求職者に労働条件を明示する場合,また求人者が職業紹介機関に求人申込時に労働条件を明示する場合,命令で定める事項については文書による明示義務が課されることになった(5条の3)。具体的には,賃金,労働時間,業務内容,契約期間,就業場所,社会保険に関する事項が予定されている(施行規則4条の2)。また有料職業紹介事業者は,取扱職種の範囲,手数料,苦情処理に関しても,同様の明示義務を課される(32条の13)。
 (イ) 個人情報の保護・守秘義務 求職者の個人情報について,職業紹介機関が個人情報を収集・保管・使用する際には,業務の目的の達成に必要な範囲内で収集・保管・使用すべきこと,また個人情報を適正に管理するための措置を講ずべき義務が規定された(5条の4)。有料職業紹介事業の拡大に伴う個人情報の不正収集・使用を防止するための規定であり,ILO181号条約をふまえた改正である。また,求職者の秘密に関する有料職業紹介事業者の守秘義務が規定され(51条),違反に関する罰則が新設された(66条9号)。この規定は,罰則を除いて無料職業紹介や委託募集にも適用される(51条の2)。
 (ウ) 職業紹介責任者 求職者・求人者からの苦情の処理,個人情報の管理,業務の統括・改善等にあたらせるため,有料職業紹介事業者が職業紹介責任者を選任する義務を負うことを定めた(32条の14)。
 (エ) 指針 改正職安法は,以上の諸規制の実効性を確保するための措置を新たに講じている。その一つが指針であり,労働大臣は,従来から存する均等待遇原則(3条)のほか,求職者の個人情報の保護(5条の4),労働条件の明示(5条の3),職業紹介事業者の業務改善向上の責務(33条の5),募集内容の的確な表示(42条)に関し,事業者が適切に対処するための指針を公表することとしている(48条)。この指針は現在,労働省告示141号として公表されている。詳細はIVで検討する。
 (オ) 指導・助言,改善命令 同じく実効性確保の措置として,労働大臣が職業紹介事業者に対し,業務の適正な運営のために必要な指導・助言をなしうること(48条の2),職業紹介事業者が法令に違反した場合,業務運営の改善に必要な措置を講ずるよう命令できること(48条の3)が規定された。
 (カ) 申告制度 第3の実効性確保の措置が,労働大臣に対する申告制度である。すなわち,職業紹介事業者が法令に違反した場合,求職者は労働大臣に対してその事実を申告し,適当な措置をとるよう求めることができる(48条の4第1項)。労働大臣は,申告内容を事実と認めた場合は,適当な措置をとらなければならない(同条2項)。
 なお,以上の指針,指導・助言,改善命令,申告制度は,無料職業紹介事業,労働者募集,労働者供給にも適用される(各条文参照)。
 (3) 公共職業安定所の機能強化
改正職安法は,公共職業安定所の労働力需給調整機能を強化するための方策も講じている。これは,公共部門が「勤労権および職業選択の自由の保障のセーフティネットとしての役割を適切に発揮するため,……労働力需給調整機能の充実,強化を図る」との考え方(建議)に基づいている。
 具体的には,「職業指導」を新たに定義し(4条),職安が実習,講習,情報提供等により,能力に適合した職業の選択を支援するための指導を行うこと,求人・求職開拓に関し,地方公共団体・事業主団体との間で情報提供等の連携・協力を行うこと(18条),職業指導を受ける者について職業訓練に関する情報の提供等の援助が必要な場合は,公共職業能力開発施設等に協力を求めうること(24条),学生生徒の職業指導に関し,職業体験機会の付与(いわゆるインターンシップ)の措置を講じうること(26条3項)などが設けられた。また,職業紹介や募集について,求職者の相談に応じ,必要な助言その他の援助を行うことができるとの規定が新設された(51条の3)。さらに,職業安定機関と職業紹介事業者が,雇用情報の充実,需給調整に関する技術向上に関して相互に協力すべき責務も規定されている(5条の2)。
 (4) その他
 (ア) 無料職業紹介事業 許可の有効期間が5年に延長された(33条3項)ほか,有料職業紹介事業に関する多くの規定が準用される(33条4項)。
 (イ) 労働者募集 委託募集の報償金に関する許可制を見直し,募集者が委託募集従事者に報酬を支払う場合,労働大臣の認可を受ければよいこととした(36条)。なお,新聞広告や文書掲出による自由募集の際に募集内容を的確に表示すべき努力義務に関する規定につき,文言が調整され(42条),その具体的内容が指針(48条)に定められた(IV 1参照)。


III 職業安定法の理念とその変化

 以上のように,改正職安法は,有料職業紹介事業を自由化(規制緩和)すると同時に,求職者保護のための新たな規制を設けて規制の強化を図り,あるいは公共部門の機能を強化するための措置を導入している。その意味で,改正法が意図したのは職業紹介制度の単なる「規制緩和」ではなく,「規制の再編成」にほかならない(注6)。では,この改革はいかに評価されるべきか。以下では,民間事業の自由化政策(国家独占政策の放棄)を中心に検討するが,そのためには,職業安定法の理念にさかのぼった検討が必要となる。

1 従来の理念

 まず,従来の職業紹介制度の理念は,職業安定法1条が示すとおり,各人に「適当な職業に就く機会を与えること」によって,「産業に必要な労働力を充足」し,「職業の安定を図る」ことにあったといえよう。つまり,適職の紹介,職業(雇用)の安定,およびこれらを通しての労働力需給の適正・円滑な調整,の3点が職業安定法の基本理念である。これは憲法との関係では,職業選択の自由(憲法22条1項)と,勤労権(27条1項)を具体的に保障することを意味する(職安法2条は,職業選択の自由を同法の基本理念として確認している)。こうして,各人が自己の望む職業を選択し,労働市場の中で適切な労働の機会を得られるようにするために,公正かつ効率的な職業紹介制度を整備することが求められる。
 では,職業紹介の国家独占政策の目的・理念は何か。まずは求職者(労働者)保護の理念が挙げられる。つまり,職業紹介を民間の有料職業紹介機関にゆだねると,中間搾取・強制労働・人身売買といった弊害が生ずるため,これを禁止・制限し,国の機関に一手に引き受けさせることである。さらに敷衍すれば,法が国家独占政策を採用した理由は,このように求職者を保護しつつ,適職の紹介と雇用の安定という憲法の付託にこたえるためには,国が最も適当な機関だと考えたことにあるといえよう。たしかに,民間事業者にゆだねた場合の弊害を回避しつつ,求職・求人情報を一極集中させ,公正かつ効率的な労働力需給を図るためには,職業紹介制度を国に独占させることが一つの選択肢となる(注7)。
 こうして職安法は,国家独占という,職業紹介に関する最も厳格な事前規制のモデルを完成させた。そしてそこでは,求職者の勤労権・職業選択の自由と,同じ職業選択の自由が保障する事業者の営業の自由(憲法22条)とが対立的に解され,かつ,前者が優先するものと解されてきたといいうる(注8)。

2 理念の変化

 しかし今日,国家独占モデルを含む職安法の理念は新たな検討を求められている。この点,「建議」は前記のとおり,もっぱら労働力需給に関するニーズの変化から法改正の必要性を説くが,国家独占政策の放棄と民間事業の法認という法政策の抜本的転換をテーマとする以上,理念に立ち帰って考察する必要がある。結論から述べれば,職安法の理念にはいささかも揺らぎはないものの,その実質が変化し,そこから国家独占政策の見直しが要請されると考える。ただし,それが直ちに有料職業紹介事業の自由化政策を正当化するかについては慎重に検討する必要がある。
 (1) 「多様・良好な雇用機会の保障」の理念
 (ア) まず,職安法の基本理念である「適職の紹介」と「雇用の安定」は,今日ますます重要性を増している。これは,近年における雇用システムの変化(雇用の流動化)と関連している。すなわち一方では,労働者の意識が企業中心主義から,自己の仕事やキャリアを重視する意識にシフトし,より良い雇用機会を求めて自発的に転職したり,自ら事業を営むケースが増えている。他方,企業も,国内外の熾烈な競争や市場の厳しい評価を背景に,長期正規雇用をスリム化してリストラを進めたり,即戦力となる人材を中途採用する動きが顕著となっている。そして,バブル崩壊後の長期不況が企業倒産や中高年齢層のリストラを加速させ,非自発的な労働移動と失業率増加をもたらしている。要するに,自発的か非自発的かを問わず,労働者は否応なく「雇用の流動化」に直面しているのである。この点,「建議」が指摘するニーズの変化は,正鵠を射たものといえる。
 (イ) このような変化の中で何よりも求められるのは,「多様・良好な雇用機会の保障」という理念の確立であり,それをふまえた外部労働市場法の整備であろう(注9)。自発的にせよ非自発的にせよ,「雇用の流動化」に直面した労働者が「失業なき労働移動」を円滑に果たすためには,<1>多様なニーズに対応する転職可能な職場が提供されていること,<2>求人・求職に関する潤沢な情報と需給調整機能が存在し,円滑な移動が可能であること,<3>移動しても通用する能力・資格を身につける機会があること,<4>移動後に不利な処遇を受けないこと,<5>万一失業した場合のセーフティネットが整備されていることが必要である。これら外部労働市場法は,長期雇用(終身雇用)の意識が強いわが国では,十分な整備が遅れていた領域であるが,「雇用の流動化」が進みつつある今日,その整備は焦眉の課題といえよう。このうち<2>を担うのが職業紹介制度にほかならない(注10)。こうして,職安法の今日の理念は,「適職の紹介」と「雇用の安定」をふまえた「多様・良好な雇用機会の保障」に求められると考える。
 憲法との関係でいえば,「多様・良好な雇用機会の保障」の理念は,勤労権(憲法27条1項)・職業選択の自由(22条1項)の現代的意義を成すものである。勤労権は従来,失業の防止と完全雇用の実現という雇用の量的改善を目的とする憲法理念と解されてきたが,労働者がキャリアアップや個々のライフスタイルに応じた働き方を求めて自発的に移動し,あるいは移動を余儀なくされる今日では,「多様・良好な雇用機会の提供」という雇用の質的要素の改善を含めた責務を国に負わせる憲法規範に位置づけるべきである。また職業選択の自由は,もともと国民がより良い雇用機会を求めて移動することをサポートする憲法規範であり,やはり「多様・良好な雇用機会の提供」の施策を国に求める根拠となりうる(注11)。そして,このように憲法が雇用をめぐる新たな施策を国に求めているとすれば,職業紹介制度も,そうした新たな付託にこたえるものでなければならないであろう。
 (ウ) なお付言すると,雇用のあり方として「雇用の流動化」をやみくもに進めればよいわけでは決してなく,雇用・社会の安定という見地からは,終身雇用をできるだけ尊重・維持する必要がある。しかし同時に,雇用の流動化が進む現実の下では,転職・独立に不利な制度・慣行を是正し,労働移動に中立的な社会環境を整備することも重要である。こうして,従来もっぱら「雇用の維持」に傾いていた雇用政策のスタンスを「雇用の流動化」にも向け,「適職の紹介」とそれを通しての「雇用の安定」を進めることが課題となる。
 (2) 国家独占政策の評価
 問題は,職業紹介の国家独占政策が,従来の姿のままで右に述べた憲法の新たな付託にこたえうるものか否かである。思うに,この点は疑問といわざるをえない。前記のとおり,職業紹介制度が担う法領域は外部労働市場法の<2>であるが,それが十分に整備されてこなかった要因の一つに国家独占政策があることは否定できない。今日,職安を経由して就職する労働者は,全就職者の中で約20%にすぎないが(いわゆる「2割職安」),その要因として,専門職・管理職ホワイトカラーの求人が少ないことが指摘されている(注12)。他面,「経営管理者」や「科学技術者」は1980年以降,許可対象職業に指定され,この面の労働力需給調整機能は主として有料職業紹介事業が担ってきた。しかし,これらの職業は要件・範囲を限定され,中堅・下級管理職や事務系・技術系専門職を含まないため,結局この層のホワイトカラーについては,職安も民間事業も十分機能しない結果となり,職業紹介制度は「適職紹介」の役割を果たしていない。翻って,自発的・非自発的労働移動に直面し,「適職紹介」と「雇用の安定」を切実に求めているのはこの層にほかならない。こうして国家独占政策は,「多様・良好な雇用機会の保障」の理念の重要性にもかかわらず,それに十分こたえられない状況となっているのである。
 そうだとすれば,職業紹介の国家独占政策を見直し,有料職業紹介事業の活動範囲を拡大する立法政策は,支持に値する政策ということができる。「多様・良好な雇用機会の保障」の理念の実現が公共部門だけでは困難とすれば,民間事業者の参入を認め,その労働力需給調整機能を活用することが,かえって右の理念にこたえることになるからである。憲法との関係では,勤労権・職業選択の自由は従来,もっぱら国家独占政策を正当化するための規範と解されてきたが,この政策が職業紹介制度の機能不全をもたらし,ホワイトカラーの円滑な労働移動を妨げているのであれば,それはかえって「多様・良好な雇用機会の保障」の理念を阻害し,憲法の新たな付託に反するものといわなければならない。換言すれば,「勤労権・職業選択の自由」対「営業の自由」という従来の図式の中で国家独占政策を墨守することはもはや適切ではなく,むしろ「勤労権・職業選択の自由」の付託にこたえるために,国が国家独占の見直しという新たな政策を進めることが求められるのである(注13)。ILO181号条約の新たな国際基準も,この意味で法政策の見直しの根拠に位置づけることができる。
 (3) 国家独占政策の見直しの条件
 (ア) とはいえ,国家独占政策を見直す際には,なお検討すべき論点がある。すなわち,同政策を見直して規制を緩和するということは,民間の有料職業紹介事業を全面的に自由化する(=ネガティブリスト化する)ことと同義ではない。立法政策としては,現行のポジティブリスト方式を維持しつつ,許可対象職業を大幅に拡大し,ホワイトカラーの職業紹介を拡大する政策(国家独占の原則を維持しつつ規制を緩和する政策)もありうるからである。その意味で,「国家独占政策の見直し」と,「有料職業紹介事業の自由化」とは別途議論すべき論点である。すでに1997年の職安法施行規則改正で実質上ネガティブリスト化が実現した以上,議論の現実性には疑問もあるが,民間事業の全面自由化という法政策の適否については,なお検討が必要である。
 (イ) この場合にポイントとなるのは,有料職業紹介事業を自由化した場合,「求職者(労働者)保護」という職業紹介制度のもう一つの理念が損なわれないかという点であろう。前記のように,国家独占政策が採用された理由は,求職者を保護しつつ,適職の紹介と雇用の安定を図るためには,国がその機能を担うのが最も適切と考えられたためと思われるが,民間事業の自由化は,この面での弊害をもたらさないであろうか。
 思うに,今日では,「求職者保護」の理念はいささかも揺るがないものの,その実質が変化していることを考慮する必要がある。すなわち,求職者保護をもたらす要因として,露骨な中間搾取や人身売買のような原始的弊害が蔓延している状況の下では,国家独占という厳格な事前規制によって求職者保護を図る必要がある。しかし今日,この種の原始的弊害は後退しており,求職者保護を要請する要因は,むしろ労働条件の誇大表示・不当な表示をめぐるトラブルや,求職者の個人情報の不当な収集・使用といった現代的な弊害である。そしてこの種の弊害については,必ずしも有料職業紹介事業の排斥という厳格な事前規制による必要はなく,その参入を認めたうえで,事業の適正な運営と求職者保護のための事後規制を整備すること-事業者の行為規制と実効的な制裁措置の整備-で対処できると考えられる。そうだとすれば,国家独占政策が「多様・良好な雇用機会の保障」という憲法の付託にこたえていない以上,民間事業の自由化の政策に逡巡すべきではないであろう(注14)。
 しかし,このことは同時に,有料職業紹介事業の自由化を認めるためには,求職者保護のための事後規制が十分に整備・確立されることが条件となることを示している。「労働は商品ではない」という標語(フィラデルフィア宣言)が示すように,労働市場は,労働者(人間)と不可分の労働力を扱う市場である点で,通常の市場とは異なる特質を備えている。そして,民間事業を自由化した場合に想定される右の弊害は,まさに労働力という商品のみならず,その担い手である労働者(人間)の人格の尊厳を侵害する危険の高い弊害であり,同時に国家独占という事前規制を用いれば排斥可能な弊害である。そうだとすれば,民間事業の自由化政策を採用するためには,それによって労働者の人格や職業生活が損なわれることがないよう,厳格で効果的な事後規制を整備することが不可欠の条件となるといえよう(注15)。
 のみならず,効果的な事後規制は,職業紹介制度の基本理念を成す「多様・良好な雇用機会の保障」を実現するうえでも必要な条件である,そうした事後規制がなされてはじめて良好な雇用機会が保障され,職業選択の自由が確保されるといえるからである。さらに,ILO181号条約との関係でも,同条約は民間職業紹介所の承認に伴い,そのサービスを利用する「労働者の保護の確保」を求めており,改正法はこの要請も満たす必要がある。
 (ウ) こうして,仮に労働者保護のための規制が十分でなければ,国家独占の放棄と民間事業の自由化という法政策は,職業紹介制度の理念から見て正当化できないことになる。つまり,民間事業の自由化と効果的な事後規制は,いわばトレードオフの関係にある。問題は,いうまでもなく今回の法改正がこの条件を満たしているか否かである。項を改めて検討しよう。


IV 職業安定法の規制のあり方-事後的行為規制を中心に

1 事後的行為規制について

 職業紹介事業の適正な運営と求職者保護のための新たな規制については前述したが(II 3(2)),その内容は,<1>労働条件の文書明示の規制,<2>個人情報の保護,<3>規制の実効性確保のための措置,の3点に類型化できる。
 改正法のこれら規制は,規制項目としては評価できる点が少なくない。<1>・<2>はともに,有料職業紹介事業の弊害として想定されるポイントを押さえているし,ILO181号条約の内容にも適合している。また<3>も,改正前の実効確保措置を強化したものといえる。前記のとおり,改正職安法は,決して規制緩和一辺倒というわけではない。
 しかし子細に見ると,改正法にはなおいくつかの問題点が見いだされる。三つのポイントに絞って検討しよう。
 (1) 労働条件明示の適正化
 (ア) 緒説 第1は,労働条件明示の適正化にかかわる問題である。改正法は,労働条件の文書による明示を義務づけたが(5条の3),実はそれだけで労働条件明示をめぐる紛争が解決されるわけではない。すなわちこの種の紛争は,求人者(職業紹介の場合)や募集者(直接募集の場合)が誇大表示等の不当な表示を行い,実際の労働条件との間に食い違いを生じてトラブルとなるケースが多い。従来は,文書募集の媒体である求人広告誌をめぐる紛争がメインであったが,有料職業紹介事業の自由化はこれをさらに拡大し,被害を深刻化させる危険性が高い(注16)。それはまさに,求職労働者の職業生活や人格に影響を及ぼしうる弊害であり,この弊害を除去するためには,文書明示という手続的規制に加えて,適正表示の義務づけという実体的規制が不可欠と解される。
 この点に関して改正法は,文書による明示義務事項を省令で具体化したうえ,前記の指針(48条)で以下のような規制を定めている(指針第3)。すなわち,<1>労働条件を虚偽・誇大な内容としないこと,<2>求職者が具体的に理解できるよう,労働条件の水準・範囲等を可能な限り限定すること,<3>業務内容に関しては,職場環境を含めて具体的かつ詳細に明示すること,<4>賃金・労働時間に関しては,賃金形態,基本給,始業・終業時刻,時間外労働,休憩,休日等の基本事項を明示すること,<5>明示労働条件が採用時の労働条件と異なる可能性がある場合はその旨明示し,労働条件が明示内容と異なる事態となったときは,求職者に速やかに知らせること,と。そして職業紹介事業者は,右の諸事項に「配慮する」こととされる。また文書募集については,募集者の的確表示の努力義務を定めた旧法の規制を維持しつつ(42条),その具体的内容を右の指針に定めている。
 (イ) 文書募集の規制 しかし,以上の規制は適正表示に関する十分な規制とはいい難い。もともと求職者は,職業紹介・募集段階の労働条件を信頼して応募するのであり,この信頼利益は強い程度で法的保護に値する。この点,求人広告誌をめぐる典型的紛争を見ると,募集者による労働条件の誇大表示・虚偽表示(前記)を経て,求人広告媒体がそれをそのまま掲載するため,実際の労働条件との齟齬を生じさせるというケースが多数を占める。したがって,この種の弊害を未然に防止するためには,募集者に対する規制に加えて,求人広告媒体に対する規制が不可欠と解される。ところが改正法は,規制の対象を募集者に限定し,しかも旧法以来の努力義務規制を維持しており,上記弊害に対する効果的な規制とは評価し難い。求職者保護の要請にこたえるためには,むしろ的確表示の努力義務(募集者は「労働音に誤解を生じさせることのないように……的確な表示に努めなければならない」)を,「……的確に表示しなければならない」との強行規定に改めたうえ,これを求人広告媒体に適用することを検討すべきである(注17)。
 (ウ) 有料職業紹介事業の規制 次に,有料職業紹介事業者に対する規制についても同じ問題がある。この面の規制は文書募集よりさらに弱く,指針における「配慮事項」という位置づけにとどまっている(指針第3)。しかし,職業紹介段階の労働条件明示に対する求職者の信頼利益を考慮すれば,この程度の規制では到底不十分であり,明確な行為規範と制裁を伴うより効果的な規制を設けるべきであろう。具体的には,文書募集と同様の適正表示義務を職安法の本則に規定し,その具体的内容を指針に明記することを検討すべきである(指針の内容自体は上記<1>~<5>でよいであろう)。また,仮にこの種の規制が現時点で困難とすれば,少なくとも指針を強化して,職業紹介事業者の遵守義務に改める必要がある。その際,実効性確保の措置として,表示義務違反行為を労働大臣の指導・助言(48条の2)や改善命令(48条の3)の対象とすることも検討課題となる(この規制は文書募集についても必要である)(注18)。
 もっともこれらの規制は,求人者(使用者)と異なり,自ら労働条件を決定するのではない職業紹介事業者にとっては負担となりうる(求人者の適正表示に関する調査義務を負う結果となる)。しかしそれは,職業紹介事業によって利益を得る者が負うべき当然のリスクであるともいえよう。そうした規制がなされてはじめて,「求職者保護」と「多様・良好な雇用機会の保障」の理念に即した事後規制として評価できると考える。
 (2) 均等待遇原則
 第2に,均等待遇原則(3条)についても問題がある。もともと,求職者に「多様・良好な雇用機会」を保障するためには,求職者が個人の属性によって雇用を得る機会を奪われることがないという雇用平等(均等待遇)の原則を確立しておくことが不可欠である。この意味で,3条の均等待遇原則は当然の規制であるし,指針もこれを具体化して,職業紹介事業者が人種・国籍・信条・性別・社会的身分・門地・従前の職業,労働組合員であること等を理由に差別的取扱いをすることを禁止しつつ,雇用機会均等法5条(募集・採用に関する女性差別の禁止)に違反する内容の職業紹介を職安法3条の趣旨に反する行為としている(指針第2)。それなりに厳格な規制であるが,問題がないわけではない。
 最大の問題は,3条はもとより,指針の差別的取扱禁止の中にも年齢差別の規制が含まれていないことである。求職活動の実際を見ると,求人者が求人年齢に上限(たとえば30代まで)を設定するケースが多く,中高年齢者が職業紹介を利用して転職したくてもできない状況が生じている。もともとわが国は,年齢差別の規制が非常に弱いが,この点を是正しない限り,「多様・良好な雇用機会の保障」といっても画餅に終わりかねない。特に,非自発的労働移動に遭遇するのが中高年齢層であることを考えると,年齢差別規制なしに職業紹介を自由化して雇用の流動化を進めても,労働力需給のミスマッチの解消は期待し難い。この点,ILO181号条約5条1は,「加盟国は,……年齢……による差別なしに労働者を取り扱うことを確保する」と明確に規定しており,年齢差別規制が改正法に盛り込まれなかったのは不可解である。
 もっとも,職安法は3年後の見直しを予定しており,国会でも,年齢差別規制を見直しの課題とする旨の答弁がなされている(注19)。しかし,右のような年齢差別規制の重要性にかんがみれば,それはむしろ181号条約の批准の前提に位置し,今回の改正内容に組み込むべきものであろう(最低限,指針に努力義務や配慮事項を設ける必要がある)。また長期的には,年齢差別規制を含めて,現在は職業紹介事業者に限定されている差別規制の対象を求人者にまで拡大することも課題となる。いずれにせよ,年齢差別規制は改正職安法が背負った重い「宿題」といわねばなるまい。
 (3) 苦情処理システム
 第3に,苦情処理システムの未整備という問題がある。労使間で生ずる紛争の処理システムの問題は,労働法の今日的課題の一つであるが,特に職業紹介や労働者募集の過程で生ずる苦情・紛争は裁判に乗りにくいため,紛争処理システムの整備は急務の課題といえる。したがって「建議」も,求職者の「個々の苦情を簡易,迅速,的確に処理する体制を整備することが必要」としたうえ,苦情処理の中立公平な運営を確保するため,「国の職業紹介事業担当部門とは組織的に明確に分離する形で実施することが適当」と提言していた。
 ところが改正法は,法令違反行為に関する労働大臣への申告制度(48条の4)と,職業紹介・募集等に関する職安の相談・援助制度(51条の3)を設けるにとどまっている。しかし,これらの制度が苦情処理制度として十分機能するかは疑問である。まず申告制度は,あくまで職業紹介事業者や募集者が法令に違反したことを前提とする制度であるので,法令違反に至らない苦情やクレームについては活用が困難である。たとえば,前述した労働条件の不当表示についても,これを事業者の「配慮事項」にとどめる指針の下では,直ちに法令違反とならないため,申告制度の活用は困難と考えられる。また相談・援助制度の機能は,あくまで求職者に対する支援にとどまり,職業紹介事業者や求人者に対する指導権限を伴わない。これでは,「個々の苦情を簡易,迅速,的確に処理する体制」とはいえないのではなかろうか。またILO181号条約10条は,「民間職業紹介所の活動に関する苦情並びに……不当な取扱い及び詐欺行為に関する申立てを調査する適当な制度及び手続」の確保を求めているが,改正法にはこの国際基準の要請からも疑問がある。
 有料職業紹介事業の自由化に伴い,「求職者保護」と「多様・良好な雇用機会の保障」の理念によって要請されるのは,法令違反行為といういわば「大きな違反」に関する申告制度だけではなく,「小さな違反,又は苦情に対して,スピーディな改善命令,指導を行う体制」(注20)であろう。そのためには,申告制度や相談・援助制度とは別に,現場密着型のアクセスしやすい苦情処理体制が不可欠である。そしてその任務は,公共部門が職業紹介のセーフティネットとして担うべきものであろう。「建議」が説くように,それを職安等の職業紹介担当部門とは別の機関とすることが望ましいとすれば,その受け皿が問題となるし,個別紛争処理システム全体の制度設計ともかかわる難問であるが,外国法も参考に早急に検討する必要がある(注21)。
 (4) まとめ
 以上を要するに,改正職安法が定める有料職業紹介事業の行為規制は,現時点で見る限り,事業の自由化に見合った効果的な規制とは評価し難い。民間事業の法認という方向性の明確さと対比するとき,それが労働者という生身の人間に及ぼす弊害を抑制するための適正・十分な方策を整備したかという点はかなり疑問である。前記のように私は,職業紹介事業の自由化政策に反対するものではないが,同時に,そのことと効果的な事後規制はトレードオフの関係にあると考える。この観点からは,改正法の政策と制度設計にはなお不満を抱かざるをえない。

2 事前規制の緩和について

 最後に,改正職安法をめぐるその他の論点について簡単に検討しておこう。
 (1) まず有料職業紹介事業の事前規制としては,許可制が内容を緩和されつつも維持された。許可制を廃止してさらなる規制緩和を説く向きもあるが,悪質な業者を事前に排除して「多様・良好な雇用機会の保障」を実現するうえで必要な規制であり,ILO181号条約に即した規制として支持できる(注22)。手数料規制の緩和については,労働大臣の変更命令がどの程度機能するかがポイントとなろう。なお人材スカウト(ヘッドハンティング)については一時期,職業紹介とは別に取り扱う方向性が浮上していたが(注23),今回の改正では,職業紹介事業として扱うことが確認された(指針第5の4。いわゆるアウトプレースメント業も,職業紹介の実質を伴う場合は同様に扱われる)。職業紹介事業自体が自由化されたため,別途取扱いの必要性が失われたためであろう。
 (2) これに対して,有料職業紹介事業と労働者派遣事業の兼業を認め,特にいわゆる「紹介予定派遣」(ジョブサーチ型派遣)を認めたこと(II 3(1))の評価は難しい。もとより法は,この形態の派遣を無制限に認める趣旨ではなく,有料職業紹介の許可基準は,<1>対象者の登録・雇入れは労働者の申出・同意を要件とし,派遣元はその旨をあらかじめ労働者に明示すること,<2>派遣先が派遣就業終了時に職業紹介を受けることを希望しないときは,派遣元にその理由を通知すること等の要件を課したうえ,<3>派遣期間の制限を免れる目的での紹介予定派遣を禁止している。
 「紹介予定派遣」は,「派遣雇用の正規雇用化」(いわゆる“temp to perm")を促す意味があるといわれる。改正法の趣旨の一つもここにあるのであろう。しかし,“temp to perm"を追求するのであれば,むしろ改正労働者派遣法が設ける「派遣期間1年」の規制につき,1年を超えて同一業務に派遣した場合の派遣先による直接雇用制度を強化することで対処するのが筋であろう(改正法はこれを派遣先の努力義務にとどめている。40条の3)。また私は-本稿のテーマではないので詳論は避けるが-,有料職業紹介とは異なり,労働者派遣の対象業務の自由化(ネガティブリスト化)にはそれ自体に疑問を抱いている。したがって,「紹介予定派遣」にも直ちには賛同できない。

3 公共部門の機能強化について

 公共部門の労働力需給調整機能の強化については,それなりにメニューが整えられた。しかし,その内容はかなり抽象的であり,公共部門が実際に機能するかどうかは今後の具体的施策にかかっている。基本的には,前述した苦情処理システムを含めて,公共部門が「勤労権および職業選択の自由の保障のセーフティネットとしての役割」(建議)を担うことを重視して取り組むべきであろう。またホワイトカラーを含め,公共職安による労働力需給調整機能は,民間事業の自由化によって後退したり免責されるものではなく,公共部門自身の機能発揮が期待されるし,現実にその努力が行われている(注24)。いずれにせよ,民間事業の拡大を理由に公共部門の役割を過小評価すべきではない。


V 結語

 規制緩和は,それ自体としては望ましい場合も,様々に新たな事態や波及効果をもたらすため,それに対処するための新たな規制を要請することが少なくない。特に労働分野の規制緩和は,生身の人間(労働者)が登場する労働市場を対象とするため,こうした配慮がいっそう強く求められる。言い古されたことではあるが,「規制緩和」とは決して規制をなくすことではなく,「規制の再編成」にほかならない。本稿はこうした見地から,有料職業紹介事業の自由化という「規制緩和」を支える理念を検討するとともに,「規制緩和」と職業紹介事業の事後的行為規制がトレードオフの関係にあるものと考え,事後規制が民間事業の自由化を正当化するに足りるほどに効果的な規制か否かを検討した。その結論は,改正職安法が単なる「規制緩和」ではなく,「規制の再編成」を意図していることは理解できるものの,具体的内容としては不十分さを否めないというものである。検討の過程で指摘した事後規制のあり方をめぐる提言も含めて,今後の立法政策の展開に何ほどか寄与する点があれば幸いである。


(注1) 従来の議論については,「特集・雇用の流動化と労働法の課題」日本労働法学会誌87号(1996年)所収の諸論文,「特集・職業紹介制度の再検討」日本労働研究雑誌437号(1996年)所収の諸論文,中嶋士元也「有料職業紹介事業・労働者派遣事業の規制緩和」ジュリスト1082号(1996年)100頁,有田謙司「職業安定法における民営職業紹介事業の法規制のあり方」労働法律旬報1394号(1996年)6頁など参照。改正職安法については,「特集・職安法・労働者派遣法の改正と課題」季刊労働法190・191号(1999年)所収の諸論文を参照。労働省担当者による解説として,岡英範「労働者派遣法及び職業安定法の改正について」ジュリスト1166号(1999年)77頁。
(注2) 雇用法制研究会の報告「今後の労働市場法制の在り方について」は労働法律旬報1446号(1998年)48頁に,「建議」は同誌1452号(1999年)46頁に掲載されている。
(注3) ILO181号条約については,鎌田耕一「民間職業紹介所に関するILO条約(第181号)の意義」日本労働法学会誌91号(1998年)108頁参照。
(注4) 第145回国会衆議院労働委員会議録8号14頁,参議院労働・社会政策委員会会議録9号2頁参照。
(注5) 改正法の成立後,職安法施行規則,改正法48条に基づく指針,有料職業紹介事業の許可基準が公表されているので(労働省民間需給調整事業室『民営職業紹介事業Q&A』(労務行政研究所,1999年)に掲載),これらも含めて改正内容として紹介・検討する。
(注6) See, Takashi Araki, "1999 Revisions of Employment Security Law and Worker Dispatching Law: Drastic Reforms of Japanese Labor Market Regulations", Japan Labor Bulletin vol. 38, no. 9 (1999).
(注7) 有田・前掲注1)論文10頁参照。
(注8) 馬渡淳一郎「職業紹介事業・労働者派遣事業の規制緩和」日本労働研究雑誌446号(1997年)33頁参照。
(注9) 外部労働市場法の整備の課題については,菅野和夫=諏訪康雄「労働市場の変化と労働法の課題」日本労働研究雑誌418号(1994年)9頁,土田道夫「変容する労働市場と法」岩波講座・現代の法12『職業生活と法』(岩波書店,1998年)75頁以下など参照。
(注10) ちなみに,<1>は各種雇用創出政策の課題であり,<3>は職業能力開発政策が,<5>は雇用保険制度が担う課題である。また<4>については,特に賃金・退職金・企業年金制度の改革が課題となる。土田・前掲注9)論文80頁,同「転職(中途採用)は不利か?」法学教室231号(1999年)89頁参照。
(注11) 諏訪康雄「キャリア権の構想をめぐる一試論」日本労働研究雑誌468号(1999年)58頁は,職業キャリアの形成,発展,維持に関する権利を「キャリア権」として構想し,その憲法上の根拠を勤労権と職業選択の自由に求めている。特に勤労権との関係では,それが保障すべきものは単に量的に保障される就労機会ではなく,能力・適性等を考慮した質的要素を含む就労機会でなければならないと指摘しており,示唆に富む。
(注12) 1997年のデータでは,「専門的・技術的・管理的職業従事者」が職安の全利用者に占める割合は,やや増加しつつも20%弱にとどまっている(『平成11年版労働白書』(1999年,233頁参照)。職業紹介システムの現状については,寺井基博「職業紹介システムとその現状」『労働市場・雇用関係の変化と法』調査研究報告書No. 103(日本労働研究機構,1997年)143頁が詳しい。
(注13) 馬渡・前掲注8)論文33頁がこの点を指摘する。また,規制緩和論を最も強力に主張する見解として,小嶌典明「労働市場をめぐる法政策の現状と課題」前掲注1)日本労働法学会誌87号25頁以下がある。
(注14) この点,職安法改正の礎を成した前掲注2)雇用法制研究会の報告も,事前規制中心から事後規制システム中心の規制への移行を説いている。これに対しては,国家独占政策を維持しつつ,公共部門の労働力需給調整機能を強化する政策を説く見解もあり,示唆に富む(高梨昌「雇用政策見直しの視点-職業紹介政策を中心に-」日本労働研究雑誌446号(前掲)67頁)。しかし,民間事業の弊害が事後規制で対処可能であるならば,この政策のみに固執する必要もないと考える。
(注15) 有田・前掲注1)論文10頁はこの点を明確に指摘し,国家独占政策を放棄する際には,求職者保護の基盤整備という前提条件が満たされるか否かの具体的検討が不可欠と述べる。
(注16) 求人広告誌をめぐる紛争については,長尾治助「労働者募集等の法規制と自主規制」立命館法学1992年5・6号(1992年)838頁が詳しい。
(注17) 同旨,大脇雅子「労働者派遣法・職業安定法改正審議を前に」労働法律旬報1454号(1999年)9頁。なお契約法上は,職安法上の労働条件明示(求人票や求人広告所定の労働条件)は労働契約締結の申込の誘因を意味するので,労働者がそれを見て応募し(契約締結の申込),使用者が採用段階までに別段の労働条件を表示しなかったときは,当該明示条件を内容とする労働契約が成立すると解されている。そこで文書募集であれば,入社後の労働条件が明示条件と異なる場合,労働者は一定の範囲で明示労働条件の履行請求や損害賠償請求といった裁判上の救済を求めることができる(丸一商店事件・大阪地判平成10・10・30労働判例750号29頁等)。
   しかし,このような私法上の事後的救済が実効的な求職者保護として機能するかは疑わしい。特に職業紹介の場合は,労働者と求人者(使用者)との間に職業紹介事業者が介在するため,仮に労働条件の誇大表示があったとしても,労働者がそれをストレートに契約内容として主張することはかなり困難であるし,事業者に対する責任追及手段も,せいぜい慰謝料の請求(民法709条)にとどまる。この点からも,求人広告媒体や職業紹介事業者に対する適正表示義務の規制は不可欠であろう。
(注18) なお職安法65条9号は,「虚偽の広告をなし,又は虚偽の条件を呈示して,職業紹介,労働者の募集」を行った者に対する罰則を規定しているが,これが実際に適用された例を聞かない。刑事制裁の発動が困難であるならば,本文に述べたような行政指導や改善命令にゆだねるほうが効果的であろう。
(注19) 参議院労働・社会政策委員会会議録第13号11頁掲載の,大脇雅子議員の質問に対する甘利労働大臣の答弁参照。
(注20) 森下一乗「改正職業安定法と民営職業紹介事業の課題」季刊労働法190・191号(前掲)38頁。民間事業者自身からこのような意見が生じていることに注目したい。
(注21) これに対して改正法は,有料職業紹介事業者が選任する職業紹介責任者の職務の一つとして苦情処理業務を定めている(32条の14。指針でも苦情処理体制の整備が事業者の責務とされている)。事業者自身の苦情処理とはいえ,競争原理が機能して一定の役割を果たすであろうことは否定しないが,公共部門に比べて,過度の期待を抱くべきでもないであろう。
(注22) 規制緩和論の中には,職安法のみならず,「何人も,法律に基づいて許される場合の外,業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」と定める中間搾取の禁止規定(労基法6条)の見直しを説く見解もある(小嶌・前掲注13)論文20頁。馬渡・前掲注8)論文34頁も参照)。しかし同条は,「法律に基づいて許される場合の外」の中間搾取を禁止する規定であり,有料職業紹介はまさにこの例外的場合にあたる行為であるから,国家独占政策の放棄によって有料職業紹介の領域が拡大する以上,現行中間搾取規定との矛盾は生じない。したがって,中間搾取規定の見直しも不要と解される(同旨,有田・前掲注1)論文11頁)。
(注23) 中職審が設置した民間労働力需給制度研究会は,人材スカウトが求人者の募集活動の代行という側面を有することに着目して,職業紹介事業とは別に,特定労働者募集受託事業なる制度を設け,許可制を要件に人材スカウトを法認する方向を示していた(同研究会『報告書』(1990年)22頁以下)。
(注24) ホワイトカラーに関する公共職安の雇用対策については,梶田洋二「職業安定行政の取組み(1)」ジュリスト1149号(1999年)38頁参照。なお,職安と民間事業との協力の責務(5条の2)については,両者が有する求人情報の相互提供を促す政策が検討課題となろう。


つちだ みちお 1957年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。獨協大学法学部教授。主な著書に『労務指揮権の現代的展開』(信山社1999年)など。労働法専攻。