論文データベース

[全文情報を閉じる]

全文情報
(著者抄録)
高度経済成長期の日本では,養成工制度という技術者訓練システムが広く存在し,このシステムによる教育を受けた技術者を養成工という。養成工は現場の中核者として高い技術力を持ち,さらに監督者としても優れていた。すなわち養成工は生産性向上に重要な役割を演じ,結果として昇進のスピードが速かった。しかし実際には,同じ養成工の中でも昇進の早い者もいれば,遅い者もいた。実証データによれば,これは養成工が企業内の技術移転,つまり新工場や新ラインの立上げ等に対する,「役割の違い」によって決定されていると推測できる。ここから本論文では,養成工の技術移転に対する役割およびその全国配置の方法を仮説として提起する。

(論文目次)
I はじめに
II 養成工制度と養成工
III 養成工のキャリア
IV 結論

 I はじめに

 1 論文のねらい

 日本の製造業が高い生産性を実現してきた理由については,これまで多くの研究が行われ,その中で生産現場でもの作りに従事する技能者が重要な役割を果たしてきたことが明らかにされている。なかでも養成工は生産現場における中核的技能者として生産性向上に大きく寄与したとされている(注1)。しかし,彼らが生産現場でどのような中核的な役割を果たし,生産性向上に寄与したかについては,明らかにされていない部分が多い。以上の問題意識に基づき,つぎの二つの点を明らかにする調査研究を行った。
 まず第1に,養成工はどのような養成工制度によって育成されたのか。その制度的な特徴を明らかにした代表的な研究は多いが,それらは各時代を代表する特定企業の訓練内容を扱うにとどまり,養成工の募集・処遇・配置等を十分に明らかにしていない。そこでそれらの研究の成果を踏まえつつ,業種を超えた複数企業の養成工制度を比較研究し,共通的な特徴を明らかにする必要がある。
 第2に,養成工は企業のどのような方針に基づいて職場に配置され,活用されたのか。たとえ養成工制度によって優秀な人材を養成しようとも,その配置・活用政策に問題があれば期待した効果は生まれないであろう。そうなると企業の配置・活用政策の特質を明らかにする必要がある。
 本論文は主として第2の「配置・活用政策」を明らかにすることを目的としており,III以降においてその分析は展開されている。また,第1の養成工制度における共通的な特徴については,IIにおいて「配置・活用政策」を理解するうえで必要な範囲で扱うことにしたい。
 なお,本論では注4)と注10)に示すように,企業へのヒアリング調査と養成工へのアンケート調査に基づき展開している。ヒアリング調査は養成工制度の制度的特徴を,アンケート調査は養成工のキャリアと意識をそれぞれ明らかにすることを目的としている。


 2 養成工の定義

 「養成工の配置・活用政策」を明らかにするためには,まず,「養成工とは何か」を明らかにしておく必要がある。養成工とは製造業の大企業において,養成工制度によって教育訓練を受けた技能者に対して用いられる呼称である。したがって,養成工を定義するためには,養成工制度を定義する必要がある。これまでの研究成果や個別の企業事例を整理すると,養成工制度には共通した特徴がみられる。本論文でもこれらに準じて,養成工制度を次の諸条件を満たす教育訓練制度と定義する。

1)現場の中核を担う技能者の養成を目的とする
2)企業内において行う訓練である
3)養成期間は2年以上の長期にわたる
4)座学と実習の双方を取り入れて養成する
5)養成を受ける者は,訓練中に仕事に従事することはない
6)未経験の中卒の男子を養成する
7)企業は養成を受ける者に対して賃金または奨学金を支給する
8)養成に要する費用はすべて企業が負担する

 上にあげた第1の条件は,養成工制度を企業内で行われる他の教育訓練と区別する条件であり,技術者や事務職の訓練は養成工制度としない。第2は企業が単独で行う訓練であることを規定し,公共訓練機関等で行われている共同訓練と区別する条件である。第3は養成工制度を短期訓練と区別する条件である。教育訓練の内容に関する第4の条件は,実習のみの訓練と区別する条件である。すなわちOJTだけの訓練は養成工制度とはしない。第5は訓練への専念を定めている条件であり,たとえば昼間は現場で働き,夜に訓練を受ける場合は養成工制度として扱わない。第6は中卒男子を対象とする場合に限り養成工制度とする条件で,たとえば高卒者や女子を対象に行った訓練は養成工制度として扱わない。また,未経験工に対しての,技能訓練を実施するもののみを養成工制度とし,すでに現場で生産に従事している技能者を再教育する場合は養成工制度として扱わない。第7は訓練を受ける者の処遇に関する条件であり,訓練中に給与等の金銭的報酬が得られない場合には養成工制度として扱わない。第8は訓練費用の負担にかかわる条件であり,訓練費用を訓練を受ける者に一部でも負担させる場合は養成工制度として扱わない。
 以上の養成工制度によって教育訓練を受けた者を養成工と定義し,本論文ではそれに基づき,以下の考察を展開している。




 II 養成工制度と養成工

 1 戦後型養成工制度の形成

 養成工制度の原型が日本に現れたのは日露戦争後であり,職工を指導・監督できる基幹職工を多数供給することを目的として,従来の工場徒弟制に代わって導入された。やがて第1次世界大戦後には,製造業を中心に広く普及することになった。さらに1935年の青年学校令により,大企業にも青年学校の設置が義務づけられたため,私立青年学校とりわけその中心であった工場青年学校(実質的には養成学校)が急増した。
 やがて日中戦争の開始とともに熟練工を中心とした職工が不足し始め,大工場において自主的に実施されていた技能者養成は,1939年3月に「工場・事業場技能者養成令」によって義務化された。同令は戦後の養成工制度と非常に類似しており,この時代に戦後型養成工制度のモデルが確立したといえよう。しかし,戦局が悪化するにつれ,絶対的な労働力不足などを理由に,「工場・事業場技能者養成制度」は崩壊することとなった。
 終戦後,政府は1947年4月に労働基準法第7章「技能者の養成」に関する規程を設け,戦前の養成工制度を復活させようと企図した。しかし大企業は技能者養成の必要性を再認識していたにもかかわらず,中卒を前提とした養成工制度が若年者の高学歴志向と適合していないことを理由に,その導入に消極的であった。やがて経済復興が進むにつれ,新技術に適応できる将来の基幹工を緊急に育成する必要に迫られ,工業高校に履修学科のない職種を多く持つ,造船・鉄鋼・精密機械等の企業において養成工制度が再開され,さらに1951年4月の技能者養成規程の指定職種増加以降,養成工制度は大企業を中心に急速に普及した。1960年前後が養成工制度の全盛期であり,高度経済成長を支えた養成工には,この時期に訓練を受けた者が多い。
 昭和40年代に入ると,養成工制度は徐々に衰退に向かった。その原因は進学率の上昇により,優秀な中卒者を獲得できなくなったためである(注2)。現在では,中卒者を対象とした養成訓練は,一部の企業で例外的に行われているのみで,多くは高卒者を対象とした養成訓練に移行している(注3)。


 2 戦後型養成工制度の特徴(注4)

 このような盛衰を経験した戦後型の養成工制度は,高度経済成長期には企業を超えてどのような共通した制度的特徴を持っていたのだろうか。以下では,表1に沿って制度的特徴を説明をする。なお,高度経済成長期に期間を限定したのは,つぎのIIIで扱う個人調査の対象者が,高度経済成長期に養成工制度によって教育を受けたからである。

表1 養成工制度に対する評価

 (1) 学校の運営制度

 養成工制度による技能者養成を行う企業内学校を,養成学校と呼ぶことにする。高度経済成長期の養成学校には,労働基準法の技能者養成規程に準拠した形態(以下,Aタイプと呼ぶ)と,各種学校形態(注5)(以下,Bタイプと呼ぶ)の2種類がある。前者は効率的な技能者の育成が可能であり,後者は若者の進学希望にこたえることができるというメリットをそれぞれ持っていた。両形態とも高校ではないため生徒に高卒資格を与えることはできず,そのため科学技術学園(注6)と提携して高卒資格を与える養成学校もあった。また提携を行わなかった養成学校では,在学中または卒業後に定時制高校に通学する者もいた。
 生徒の募集範囲は,一般的に日本全国が対象だが,実際には地元出身者が多いといった偏りがみられた。入学試験受験者は中学校内でもトップクラスの成績の生徒が多く,また入試の競争倍率は,おおむね8~20倍と非常に高かった。つまり養成学校は,日本中の優秀な生徒を受験させ,高い入学試験倍率を通して優秀な者を入学させていた。
 年間修了者数の平均をみると,自動車産業のM社が300人強と最も多く,これに電機産業のE3社が250人強,同じくE2社が150人強で続いている。一方,最も少ないのが電機産業E1社の約67人であり,これに鉄鋼産業S社の約81人が続いている。
 なお中退者比率(注7)は年を追うごとに上昇する傾向がみられ,1960年代前半までは10%程度だが,それ以降は15%から20%という高い比率で推移している。

 (2) 訓練体系

 養成期間は原則として3年である。養成期間中に重視されていた学習内容は実習とりわけ応用実習(注8)であった。また,1日に7時間または8時間の授業が行われ,さらに生徒の通学日数は工業高等学校の生徒よりもはるかに多かった。このため年間総訓練時間数(工場での現場実習も含む)が,工業高等学校の1.5倍から2倍であった。
 学科授業は1年次に重点的に行われた。その水準は原則的には工業高校とほぼ同じ水準であった。実習は学年が上がるにつれて比重が高まったが,そのなかでも基本実習は学年が低いうちに,応用実習は学年が高くなってから行われていた。実習が行われる場所は,基本実習は養成学校内,応用実習は工場の生産現場であった。
 養成学校はたいてい複数の専門コースを有しており,生徒のコースは2年次の初めに,生徒の希望や学業成績,さらには適性検査の結果をもとに決定された。
 科学技術学園との提携を行っていない養成学校,または提携を行う以前の養成学校では,生徒の定時制高校の通学率は10%から30%程度であった。生徒が定時制高校に通学することに対し,会社側は積極的ではなかった。これは訓練効率の低下などのほかに,他社の従業員や養成学校の生徒と接触することによって,自社の養成学校の生徒が引き抜かれることを恐れたためである。

 (3) 在学中および卒業後の人事管理

 学校在籍者の管理は,前述の学校形態によって大きく異なっていた。まず身分については,Aタイプ(技能者養成規程準拠)の場合は社員,Bタイプ(各種学校)の場合は生徒であり,これにあわせて社員には給与が,生徒には奨学金が支給された。なおその実額はAタイプでは同年齢の中卒一般技能者とほぼ同額,Bタイプではその半分ないし1/3程度であった。またどちらの場合も年2回ボーナスが支給されたが,その名称は社員の場合は賞与,生徒の場合は特別奨学金であった。
 つぎに福利厚生では,Bタイプでは一般従業員の制度は適用されなかったが,Aタイプでは一般従業員と同じ福利厚生制度が適用されていた。しかし,例外的に健康保険組合には,すべての養成学校の生徒が加入していた。
 さらに学校在籍者の労働組合への参加については,Bタイプでは一切認められなかったが,Aタイプでは,参加学年や組合活動に制限がつけられながらも認められていた。
 養成学校は何らかの形で寮制を実施している場合が多く,それには3年間の完全全寮制,1年生だけの部分寮制,地方出身者だけの部分寮制,希望者のみが入寮する希望制の4タイプがあった。寮制度の特徴としては,第1に生徒の募集範囲が日本全国にわたっている養成学校では何らかの形で全寮制が実施されていること,第2に年齢の低い者ほどしつけ教育を行いやすいという考えから,1年生を主な対象としていること,があげられる。寮の部屋は1~3年生が混在する,4人から8人の相部屋であった。企業は寮生活のメリットとして,先輩後輩といった上下関係を学ぶことができること,共同生活における自分の立場や役割を身につけることができること,養成工間の人的ネットワークを形成できること,などをあげている。


 3 配置政策と処遇政策

 まず養成工の配置政策についてみると,養成学校修了後に,生徒は在学中の専門コースと同じ職種を持つ全国の職場に配属された。しかし,経営環境の変化により要員計画が変更されると,所属した専門コース以外の職種へ配属されることもあった。
 ここで会社全体または特定工場の,養成学校閉鎖時点での臨時工や季節工などを除いた全正規技能員数に占める,累積養成工数の比率を養成工比率(注9)とすると,算出した年代が企業により異なるため単純に比較することはできないものの,調査対象企業を平均すると約20%となり,ほぼ5人に1人の割合で養成工が配置されていたことになる。また産業ごとにみると,少数例だが前掲表1に示すように,自動車産業(M社)で約40%と最も高く,鉄鋼産業(S社)で約5%と最も低く,電機産業(E1社~E3社)は12~23%と,自動車産業と鉄鋼産業の中間に位置している。つまり自動車産業は,技能者の2~3人に1人の割合で養成工が養成され,養成工を最も多く必要とした産業であったことがわかる。また電機産業の場合は技能者の5~10人に1人,鉄鋼産業の場合は20人に1人の割合で養成工が養成されたと推測される。
 つぎに養成工に対する処遇政策をみると,多くの場合,養成工には人事管理上の優遇策が用意されていたが,最も多くみられたのは養成学校在学期間を勤続年数に加算することだった。このほかにも中卒であるにもかかわらず社内的には高卒扱いにしたり,外部入社の一般技能員とは異なる給与体系を適用する企業もあった。
 最後に養成工に対する評価をみると,各社とも養成工に対して非常に高い評価を与えている。その理由として,「生産現場の監督者・中核的技能者としての活躍」「個人技能力の高さ」「技能の継承という点で優れている」「強力な養成工間ネットワーク」「技術者としても優れている」などがあげられている。




 III 養成工のキャリア

 1 養成工のキャリア概況

 (1) 養成工の縦のキャリア――昇進――

 前章で明らかにした養成工制度によって教育された養成工は,どのようなキャリアを経験しているのだろうか。本章では,筆者が実施した養成工への個人調査(注10)(アンケート調査)の結果に基づき,養成工のキャリアの特質を明らかにしたい。なお,企業規模や業種による差にも着目すべきだが,本論では養成工全体としての平均像を求めているため,ここでの分析は割愛する。
 まず,養成工が経験した役職を示す図1をみると,彼らの昇進のレベルは高い。回答総数142名の99.3%にあたる141名とほぼ全員が現場監督者を経験しており,さらに約3割にあたる42名が課長相当まで,2名が部長相当以上の役職まで昇進している。

図1 養成工の昇進比率と昇進に関する勤続年数(N=142)

 つぎに当該役職に就くまでの平均勤続年数,および最短・最長勤続年数をみると,現場監督者相当に昇進するまでに要した年数は平均で約15年であり,同様に係長相当までは約22年,課長までは約24年,部長までは約28年を要している。また最短勤続年数でみると,現場監督者までは約11年,係長までは約16年となっている。
 一般にブルーカラーは工場採用で転勤がないことが原則なので,課長相当以上に昇進することはまれであり,また,ヒアリング調査から養成工の昇進年数は他のブルーカラーよりも速いことがわかっている。
 このように,昇進レベルと昇進スピードのどちらをみても,養成工は通常のブルーカラーとは異なった,ややホワイトカラーに近い人事処遇を受けるエリート・ブルーカラー的存在であったことがわかる。

 (2) 養成工の横のキャリア――ライン立上げと現在の配置――

 さらに養成工の横のキャリアをみてみよう。II2で触れたように,養成工の募集は日本全国から行われたが,その配置も日本全国が対象であった。すなわち,工場採用で転勤のない一般のブルーカラーとは異なり,養成工はホワイトカラーのような全国型社員であった。
 養成工の横のキャリアは配置転換の経験からみることができるが,本アンケート調査では,多くの技術的なトラブルを経験しながら,豊富な能力開発機会を得ることができる「ライン立上げ」に関連した配置政策に焦点をあてた。なおラインの立上げとは,日本国内で新しい工場が稼働する際のラインの立上げ,または既稼働工場に生産ラインを移転する際などのラインの立上げを指している。
 ライン立上げへの関与程度を示す表2をみると,半分以上の養成工がライン立上げを理由に期間1カ月以上の長期出張を経験しており,また,3割強の養成工が同じ理由で転勤を経験している。転勤や長期出張の経験がある養成工は73.8%にのぼり,また立上げへの関与は短期出張の形態もあることを考慮すれば,多くの養成工がラインの立上げに何らかの形で関与していることが推測できよう。

表2 養成工のライン立上げの関与

 以上のキャリアを経た現在の配置状況を示す表3をみると,基幹工場(注11)および生産技術開発・商品開発部門に56名,非基幹工場およびその他に26名と,多くの養成工が社内で中核的な役割を担う基幹工場や技術開発・商品開発部門に勤務していることがわかる(詳しくはIVを参照)。

表3 現在の所属(基幹・非基幹工場別)


 2 ライン立上げへの関与と昇進

 (1) ライン立上げ関与のパターン化

 すでに触れたように養成工の昇進スピードは速いと考えられるが,図1が示すように同じ養成工であっても昇進速度に差異がみられた。たとえば,現場監督者では最短昇進年数と最長昇進年数に約9年の開きが,係長では約12年の開きがみられる。つまりエリート・ブルーカラーであった養成工の中にも,昇進の速いエリート養成工と昇進の遅いノンエリート養成工が混在していたと考えられよう。それではなぜ,このような昇進速度の違いが生まれてくるのだろうか。ここで「立上げへの関与」と昇進速度との関係について注目したい。
 養成工の立上げ関与はつぎの三つに分類することができる。まず第1は立上げに長期出張のみで対応し,転勤を経験していない養成工であり,彼らを以下,「出張グループ」と呼ぼう。つぎに転勤のみで対応する養成工と転勤と長期出張の両方で対応する養成工がいる。転勤経験者という観点から,以下「転勤グループ」と呼ぶことにする。最後のグループが立上げには関与していない養成工,つまり立上げを理由とする転勤も長期出張も経験したことのない養成工である。彼らを以下,「経験なしグループ」と呼ぶことにしよう。
 なお,前掲の表2に示したデータに基づき,それぞれのグループの対象人数と構成比を計算すると,出張グループが44人(29.5%),転勤グループが51人(34.2%),経験なしグループが54人(36.2%)となる。

 (2) グループ別にみた養成工の昇進

 昇進比率  各グループと経験した役職との関係を示す表4をみると,まず課長相当職では出張グループが40.9%と最も多く,転勤グループと経験なしグループはそれぞれ25.5%,25.9%と拮抗している。一方,現場監督者相当職および係長相当職では,出張グループと転勤グループがそれぞれ95.5%と98.0%,79.5%と78.4%のように拮抗しているものの,経験なしグループは90.7%,64.8%と少なくなっている。

表4 グループ別の役員経験者の比率

 ここで表4に示す,平均値の差の検定(t検定)の結果をみると,役職レベルの低い現場監督者と係長の段階では出張・転勤グループと経験なしグループの間に,また役職レベルの高い課長の段階では,出張グループと転勤グループの間に,それぞれ有意な差がみられる。
 以上より,まず出張グループでは役職レベルの高い養成工が多く,これに転勤グループが続き,経験なしグループでは役職レベルの低い養成工が多いことが明らかになった。
 昇進年数  つぎに,各グループと昇進年数との関係を示す表5をみてみよう。まず当該役職へ昇進した養成工の昇進年数をみると,現場監督者への平均昇進年数は出張グループが14.6年と最も短いのに対して,経験なしグループは15.9年と最も長く,転勤グループはその中間の15.0年となっている。このような傾向は,いずれの役職への昇進をみても同じである。また出張グループと経験なしグループの,各役職への昇進に要した平均年数の格差をみると,現場監督者では約1年と小さいが,係長では約2年に拡大し,課長では約5年と徐々に格差が広がっている。

表5 転勤出張グループ別の昇進に要した年数

 しかし,各グループの平均昇進年数を正確に把握するためには,当該役職へ昇進していない養成工も含めて昇進年数を計算する必要がある。そこで当該役職へ昇進していない養成工の場合,勤続年数を昇進年数として,各グループの平均昇進年数(以後,修正平均昇進年数(注12)と呼ぶ)を算出した(表5)。
 これをみると,各役職への昇進年数は現場監督者で約16.0年,係長で約24.2年,課長で約29.3年となる。またグループ間の昇進年数の違いは,上述の当該役職に昇進した者の昇進年数の場合と同様に,出張グループがいずれの役職においても最も短く,経験なしグループが最も長く,転勤グループが中間に位置する。以上から,出張グループの昇進速度が速く,これに転勤グループのそれが続き,経験なしグループの昇進速度が最も遅いこと,この昇進格差は役職レベルが高いほど強まることが明らかになった。
 つぎにこの修正平均昇進年数を用いて一元配置分析を行うと,現場監督者,係長,課長のいずれにおいても有意水準10%で有意な関係がみられ,役職レベルにかかわらず,グループの違いが昇進年数に有意な影響を与えていることがわかる。
 そこでさらに,表5に示す修正平均昇進年数を用いた平均値の差の検定(t検定)の結果をみると,すでに触れた役職比率の検定結果と同様に,現場監督者や係長では転勤グループと経験なしグループの間には有意な差がみられるが,出張グループと転勤グループの間には有意な差はみられない。課長では出張グループ・転勤グループ間,転勤グループ・経験なしグループ間のいずれにおいても有意な差がみられる。つまり,企業は役職レベルの低い段階では出張・転勤グループと経験なしグループ間の昇進速度に差を設け,出張グループと転勤グループ間では役職レベルの高い段階で昇進速度に差を設けていることがわかる。




 IV 結  論

 1 技術移転への役割と配置・昇進の関係

 これまでみてきたように,養成工制度は優秀な中卒者を全国から募集し,2~3年間の高度な訓練を行い,訓練修了後は全国に配置するという育成と配置のシステムとして機能してきた。そして養成工はエリート的なブルーカラーとして生産現場の中核を担い,技能継承を行うとともに,技術移転にも大きな役割を果たした。
 しかし,同じ条件で訓練を受けたにもかかわらず,養成工の中でも昇進速度に差がみられ,長期出張しか経験していない養成工は昇進速度が速く,転勤を経験した養成工がこれに続き,転勤・長期出張ともに経験のない養成工の昇進速度は遅かった。さらに,この昇進速度の格差は上位の役職への昇進になるほど拡大することが明らかになった。それではこのような養成工間の差異は,なぜ発生するのだろうか。
 その背景には,養成工の技術移転に対する役割の違いがあり,その違いは配置政策に反映されている。技術移転には工場間の技術移転,ライン間の技術移転,さらには技能継承などの多様な形態があるが,ここでは新工場や新ラインの立上げに注目して,この点を明らかにしたい。
 ここで個人調査を行った4社のうち,配置職場の詳細な情報の得られる2社を取り上げた前掲の表3をみてほしい。まず2社合計の養成工82名のうち,出張グループは28名,転勤グループは33名,経験なしグループは21名である。また基幹工場には26名,生産技術開発部門には25名,非基幹工場には26名,商品開発部門には5名の養成工がそれぞれ配置されている。
 ではそれぞれのグループの配属先には,どのような特徴がみられるのだろうか。まず出張グループ28名についてみると,生産技術開発部門または基幹工場に配属されている養成工は26名と非常に多く,一方で非基幹工場への配属は2名と少ない。また転勤グループ33名のうち,非基幹工場に現在配属されている養成工は20名である。その他は基幹工場に7名,生産技術開発部門に6名が配置され,転勤グループの配属先の主流は非基幹工場であることがわかる。一方,経験なしグループ21名をみると,基幹工場に8名,非基幹工場に4名,生産技術開発部門に4名,商品開発部門に5名と,工場や部門を超えて幅広く配置されている。
 このように,出張グループは基幹工場や開発部門,転勤グループは非基幹工場,経験なしグループは様々な工場や部門に配置するというのが養成工配置政策であった。このようなグループと配置との関係を踏まえると,技術移転に対する各グループの役割を以下のように推測できる。
 まず,主に基幹工場または生産技術開発部門に配置された出張グループは,工場立上げなどの技術移転の際に活躍するいわば全社的な技能の継承者であり,技術移転という観点では社内で最も重要とされた技能者であった。このため技術開発の中核となる基幹工場や技術開発部門に集中して配属され,非基幹工場での立上げ等を応援する際は,基幹工場から出張という形態で移動した。
 つぎに非基幹工場に配置された転勤グループは,基幹工場等から当該工場へ転勤し,専属で技術移転を行った養成工である。技術移転は容易に完了するものではないが,出張グループは常に一工場にとどまるわけにはいかず,そこで転勤グループの養成工は移転された技術を根づかせる役割を担ったのである。技術移転に対する重要度でみれば,出張グループに次いで重要とされた。
 最後に幅広く配置された経験なしグループは,地域限定の一般のブルーカラーとほぼ同様の仕事を行っており,技術移転に対する貢献は限られていた。
 このように日本の企業は養成工を三つのグループに分け,それぞれに技術移転に対する役割を持たせたのである。そして経営戦略に従って三つのグループを役割別に全国に配置するというのが養成工配置政策であり,こうした役割の重要度の違いが,養成工の昇進速度へ大きな影響を与えたと考えられる。なお,以上の点は「ライン立上げへの関与」という限られた観点から抽出した仮説であり,それをさらに検証するには,個々の養成工が経験してきた仕事内容を詳細に調査する必要があり,今後の課題としたい。


 2 日本における技能者養成の問題点と展望

 前述したように,養成工制度はおおむね昭和40年代に中止されている。これは最後の養成工があと約10年前後で退職をむかえ,消滅しようとしていることを意味している。
 このように企業内技術移転の中核的役割を果たした養成工制度が中断されてすでに長い時間がたっているが,その間も日本企業は国内・海外を問わず新工場・工程を設置し,それらに対し技術移転を行っていたはずである。それでは技術移転におけるキーマンとしての役割は,その間誰が担っているのだろうか。この担い手として,第1に残り少なくなりつつある養成工,第2に新たな技能者養成制度によって教育を受けた技能者,第3に技能者ではなく技術者,の存在が考えられるが,この点に関する詳細な研究は今後の課題となる。しかし,現在の「生産現場での技術移転の担い手」の育成方法について大きな不安を訴える企業は多く(注13),これは現在の技術移転システムが以前の養成工制度ほど効率的に機能していないことを示唆している。
 今後,日本が競争の激しい国際市場の中で生き残るためには,技術移転を担う人材を養成するシステムを確立せねばならない。そのためにはもう一度養成工制度の利点を検証し,今後の技術移転の担い手の養成に大いに活用することが,非常に重要な課題と考えている。


(注1)養成工の生産性への寄与について触れた代表的研究業績には,泉輝孝[1978],泉輝孝[1985],岡本秀昭[1971],隅谷三喜男[1971]などがある。

(注2)(注4)の企業調査によると,6社すべてが養成工制度の衰退の理由として「進学率の上昇により優秀な中卒を採用できなくなった」ことをあげている。

(注3)養成工制度を代替するシステムとして企業内短大等が作られてきているが,それらの訓練システムが中核的技能者を育成するという点で,養成工制度とどのように異なるかは現在調査を行っているところである。

(注4)本章で扱う養成工制度の制度的特質に関する詳細は,上野隆幸『日本的技能者訓練システム・養成工制度――養成工制度は生産性向上にいかに寄与したか――』(学習院大学修士論文・1997),または同『養成工制度の特質と生産性向上への貢献』(「労働研究所報No.19」,東京都立労働研究所,1998)を参照されたい。なお制度的な特質については,高度経済成長期において養成工制度による技能者養成を行った6企業を対象にした企業調査に基づいて明らかにされている。調査方法は,現在行われている制度的な技能者養成に携わっている方,または養成工制度による技能者養成を受けた方を対象にしたインタビュー法である。なおその概要は以下のとおりである。調査対象企業の業種構成は,電機4社,自動車1社,鉄鋼1社であり,また従業員数をみると,最も少ない場合で約1万3000人,最も多い場合で7万3000人強である。調査対象期間は1945年から75年までとし,調査実施期間は,96年3月より10月までである。

(注5)1978年に学校教育法が改正され,新たに専修学校に関する定義が設けられた。これに伴い,多くの養成学校が各種学校から専修学校へと変わった。

(注6)当時の正式名称は科学技術学園工業高等学校であり,通信教育によって高等学校教育を行っている。同校は1964(昭和39)年4月に日本科学技術振興財団によって「職業教育を受けながら高卒資格のとれる技能連携教育を行うことを目的」(1996年度科学技術学園高等学校学校案内より抜粋)として設立された。

(注7)中退者比率は,「(中退者数÷入学者数)×100」によって算出した。なお情報を得ることのできたのは,E1社,E2社,E4社,M社,S社の5社である。中退者比率が上昇した原因は,大学進学を考えて3年制の高等学校へ転出する生徒が増加したためである。

(注8)応用実習は工場の生産現場で行われる場合が多いが,この場合でも訓練であり,仕事とは考えない。これは応用実習を仕事として考えると,各種学校形態の養成学校の場合,入社していない生徒に仕事をさせるといった矛盾が生じてしまうからである。

(注9)この比率は推定値であり,養成学校卒業後に入社しなかった者,または入社したものの退職した者がいるため,実際の養成工比率はやや低くなるはずである。

(注10)個人調査の概要と調査対象者の属性は以下のとおりである。電機産業の3社と自動車産業の1社の計4社における,養成工制度の訓練修了者を対象に,アンケート法によって個人調査を実施した(ただし高等学校卒業後に養成学校に入学した者は本論文の分析対象外のため除く)。また,当該企業が複数の養成学校を保有する場合には,全養成学校の中心となる基幹養成学校における訓練修了者に対象を限定した。アンケートは企業に依頼し,無作為に抽出した養成工に対して配布・郵送にて回収した。170通を配布し,うち149通を回収することができた(回収率87.6%)。調査期間は1996年6月から10月までである。なお以下,この個人調査の集計結果に基づいて議論をすすめることとする。なお以上の対象者の属性をみると,まず平均年齢は49.2歳であり,勤続年数は平均で31.0年となっている。産業別構成をみると,電機産業の養成工が67.1%を,自動車産業の養成工が32.9%を占めている。また現在の仕事をみると,生産に直接従事している養成工は49.0%,生産に直接従事していない養成工は50.3%となっている。

(注11)ここで取り上げた2社のうち,自動車産業のM社の場合は,基幹工場とは操業期間が長く,生産技術開発の中核工場を示している。また商品開発部門とは新車試作を担当する部門を,非基幹工場とは地方にある新設工場を指している。一方,電機産業のE社の場合,生産技術開発部門は生産技術研究所を,基幹工場は研究所と併設またはその近隣にある工場を指している。非基幹工場は上記のいずれにも該当しない工場のことである。

(注12)修正平均昇進年数を用いると,当該役職へ昇進していない養成工が少ないグループに比べ,多いグループの平均昇進年数を短めに推定し,結果として両グループ間の昇進年数格差を小さくする効果がある。そのためたとえば,昇進者の少ない「経験なし」グループと多い「出張」グループの格差は小さく見積もられる。このような条件であっても,修正平均昇進年数の平均値の差の検定(t検定)で有意な差がみられるため,両グループ間の平均昇進年数に有意な差があるといえる。

(注13)たとえば労働省職業能力開発局[1997]によると,高度熟練技能者が「今後不足する」と回答している事業所が,約60%にものぼっている。


参考文献

泉輝孝(1978)「大企業中堅技能者の地位意識とその規定要因」『日本労働協会雑誌』No.228,229。
泉輝孝(1985)「日本における技能者養成と訓練政策」『アジアの熟練』アジア経済研究所。
岡本秀昭編(1971)『産業訓練百年史』日本産業訓練協会。
隅谷三喜男(1971)『日本職業訓練発展史』日本労働協会。
隅谷三喜男・古賀比呂志(1978)『日本職業訓練発展史・戦後編』日本労働協会。
労働省職業能力開発局(1997)『高度熟練技能継承検討委員会報告書』。


うえの・たかゆき 1969年生まれ。学習院大学大学院経営学研究科博士後期課程在籍中。東京都立労働研究所研究員。主な著書に『機械産業における熟練技能者の人材育成』(財団法人機械振興協会経済研究所,1999,第3部事例2および3を担当)など。人的資源論専攻。