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(著者抄録)
夫婦は1日の時間をどのように配分し,通勤時間はその時間配分にどう影響するか。本稿では,家計内時間配分の決定メカニズムを,家計生産モデルにより理論的に説明し,『消費生活に関するパネルデータ』((財)家計経済研究所,1994)を用いて,通勤時間が時間配分の決定に与える影響を計測する。分析の結果,夫は通勤時間の長短にかかわらず家事労働時間を変化させないこと,夫の通勤時間が長い家計の妻は市場労働時間が短いことがわかった。このように夫婦が通勤時間に非対称的に反応する結果は,アメリカではみられない日本特有のものとなった。

(論文目次)
I はじめに
II 最適時間配分の決定モデル
III データと推定結果
IV おわりに

 I はじめに

 日本の長時間通勤は有名である。特に都心部での状況は深刻で,毎日数時間かけて通勤している人もめずらしくない。NHKの『国民生活時間調査』によると,1965年に38分だった成人男性の平日の平均通勤時間は年々増加しており,95年には1時間20分,東京圏では1時間40分に及んだ。1994年の『労働白書』では,通勤に1時間以上かかる勤労者の比率はアメリカの6%,フランス4%,ドイツ3%,イギリス2%に対し,日本では15%にのぼり,長時間通勤を労働者の不満の大きな要素と指摘する。
 このように,長時間通勤は労働者の大きな問題でありながら,通勤時間が労働に与える影響を分析した研究は非常に少ない。分析に必要な家計内時間配分の個票データが入手できないことが原因の一つだろう。例外は柴田=ボイルズ(1996)で,『社会生活基本調査』(総務庁)の県別集計データを用いて,男性の通勤時間が長い県の女性の市場労働時間が短いという興味深い結果を示している。集計データによる分析のため夫婦間の時間配分とは解釈できないが,夫の通勤時間と妻の市場労働時間に負の相関があることを予想させる。伊藤=天野編(1989)は,夫の通勤時間が長くなり家に居る時間が短くなると妻は家庭をきりもりせねばならず,自分の市場労働時間を抑制し家事時間を増やすとする。この仮説が正しいならば,地方部よりも都市部で有配偶女性の市場労働供給(時間)が少ない(短い)現象を,夫の長時間通勤により説明できる(注1)。
 本稿の目的は,夫の長時間通勤により妻が市場労働を抑制するという仮説が日本のデータで実証されるか,そうであれば夫の通勤時間の増加はどれぐらい妻の市場労働を減少させるかを示すことにある。さらに,得られた結果を,アメリカのケースを分析したSolberg-Wong(1992)の結果と比較して,日本の特徴を明らかにする(注2)。
 本分析の貢献は,第1に,家計生産モデルを用いて,家計が余暇と市場労働に加えて家事労働を同時決定するメカニズムを理論的に示す点にある。これにより,先行研究が示していない,通勤時間が他の時間配分に与える影響の経路を明らかにできる。家計生産モデルを用いるのは,家事労働の考慮が重要になっているからである。『1996年の無償労働貨幣評価』(経済企画庁)によれば,炊事,洗濯,掃除,育児など無償労働の価値は,類似したサービスを市場で提供する者の賃金で評価して,女性1人当たり年間平均159万円に及ぶ(注3)。
 第2の貢献は,実証分析に日本の個票データ((財)家計経済研究所による『消費生活に関するパネルデータ』)を使用する点である。柴田=ボイルズ(1996)は集計データを用いており,家計内の時間配分については言及できなかった。
 第3の貢献は,分析により,アメリカとは大きく異なる日本特有の結果が示された点である。分析結果をまとめると,通勤時間の時間配分に与える影響は夫婦間で大きく異なり,通勤時間は妻の家事労働には影響するが夫の家事労働には影響しない。また,夫の通勤時間が長くなると妻の市場労働時間は大きく減少する。特に後者の結果は重要で,日本の都市部に住む有配偶女性の市場労働時間は,夫の長い通勤時間により抑制されていることが明らかになった(注4)。
 以下,IIでは,通勤時間が夫婦の時間決定に与える影響を家計生産モデルで理論的に分析し,検証する仮説を導出する。IIIではデータを説明し,実証分析の結果とその解釈を議論する。IVで結論を述べる。



 II 最適時間配分の決定モデル

 本節では,通勤時間が夫婦の時間決定に与える影響を家計生産モデルで説明する。1では三つの異なるモデルを導入し,通勤時間の影響が家計生産モデルの設定に依存していることを理論的に示す。2では,日本の家計がどのモデルの下で時間配分を決定しているかを検証するための推定モデルを導入する。

 1 理論モデル

 (a) 基本モデル

 夫と妻は1日を余暇,市場労働,家事労働時間に配分する。消費財の量(X)とそれを消費する余暇時間(l)から効用U(2階微分可能,狭義の準凹関数)を得る。以下では余暇は正常財と仮定する。消費財は市場で買う(Xm)か,家で作る(Xh) かであり,後者の場合は,夫と妻が家事労働時間(hi)をそれぞれの家計生産関数Fi(2階微分可能な凸関数)に投入して生産する。固定コスト(C)と所与(外生)の通勤時間(t)をかけて市場労働(m)を行えば時間当たり実質賃金(w) を得る(注5)。非労働所得をRとすると,夫婦の直面する最大化問題は,



となる(i=1,2は順に夫,妻を表す)。(2)~(4)式は所得制約,(5)式は総時間を1に基準化した時間制約である(注6)。家計は制約(2)~(5)の下で効用(l) を最大にする消費量,夫と妻の余暇,市場,家事労働時間を決定する。例として,妻の時間決定を図1に描いた。図では夫の時間配分と所得(〓[アッパーハイフン付きM]) を所与としている。X軸,Y軸には余暇時間と財の消費量をとる。初期賦存点E0から家事労働をl時間投入するごとにX=F0(h)上に家事生産物を得る。予算制約(E0―B0)と効用U0の接点A0で,余暇と家事労働時間はl0,h0となる。

図1 妻の時間配分の決定

 妻が賃金wで市場労働を行う場合には,点E0からコストCと通勤時間tだけシフトした点Eから,家事労働を投入しX=F(h)上に家計生産物を得る。かりに家事労働をh(=T―H)時間行い,点A(H,X)から市場労働を行えば,傾きを賃金としたX=wm上に所得を得る。ここで,点Aは必ず家事生産関数の傾きが市場賃金率に等しい点に決まる(家計生産関数の傾きがwより小さい点(P)や大きい点(Q)で市場労働を行えば,消費可能領域が小さくなる)。よって,家事労働の決定には,市場賃金と家計生産関数の形状のみが影響する。一方,余暇と市場労働時間は予算制約E―A―Bと効用関数が接する点Dに決まり,効用関数と予算制約の接点を動かす変数(通勤時間等)が影響する。
 この通勤時間の影響を図2にまとめた。通勤時間がt1からt2になると制約はE2―A2―B2になる。家事労働はA2でh2時間に決まる。家計生産関数の形状と賃金が同じである限り,h2はh1に等しい。一方,通勤時間の増加により,余暇と市場労働は点D2でl2とm2に決まる。正常財の余暇は短くなるが,市場労働は通勤の増加と余暇の減少の相対的な大きさで決まる(注7)。こうして,基本モデルの下では,通勤時間は家事労働を変化させず,余暇を減少させる。市場労働への影響は理論的には一意に定まらない(注8)。

図2 通勤時間の増加の影響

 (b) 家事生産性低下モデル

 通勤時間が長いと疲れて家事生産性が落ちるとする。家事生産性の低下を表すパラメータをA(∂A/∂ti<0)とすれば,(3)式が



に書き換えられる。最適家事労働時間は,基本モデル同様,家事生産性が市場賃金に等しい点(A(ti)・∂Fi(hi)/∂hi=wi)に決まる。通勤時間の増加は家事生産性を全体的に低下(家計生産関数全体を内側にシフト)させるので,賃金が不変であれば家事労働は減少する。生産関数が内側にシフトすれば,新しい予算制約も下方シフトし,余暇は減少する。市場労働の増減は通勤時間の増加幅と余暇と家事の減少幅によって決まり,理論的に一意には定まらない。こうして,家事生産性低下モデルの下では,通勤時間の増加は,通勤時間が増加したほうの家事労働時間を減少させる。ただし,通勤時間が増加しても,その配偶者の生産性は低下させないので,配偶者の家事労働には影響しない(注9)。

 (c) 家事生産性低下に家事の下限制約を加えたモデル

 家事労働には,子供の世話など,夫と妻のどちらか一方が一定時間行うことが必要な場合がある(注10)。これを「家事の下限制約」と呼び,



(H は正の定数)と書く。これが(b)の家事生産性低下モデルに加わると,家事労働の最適解は次の二つに場合分けされる。(i)家事の下限制約にかかる場合(内点解)と,(ii)家事の下限制約にかからない場合(端点解)である。(i)の場合は,最適点は家事生産性低下モデルと同じ(夫と妻それぞれについて賃金と家事生産性が等しい点)になるが,(ii)の場合は,下限制約と夫婦の生産性の差が夫婦の賃金格差に等しいこと(∂F2/∂h2-w2=∂F1/∂h1-w1)を満たす必要がある(注11)。
 通勤時間の変化により(i)の内点解から(ii)の端点解(または逆)に移る場合には,通勤時間の影響の符号は定まらない(注12)。ただし,通勤時間の変化を限界的なものと考え,内(端)点解から端(内)点解へ変化するほど大きな影響はないと仮定すれば,結果は次の二つに集約される。

(1)通勤時間が変化しても内点解のままである場合

 通勤時間が変化しても2人とも家事の下限制約に直面しないので,家事生産性低下モデルと同じ結果となる。通勤時間の増加は自分の家事労働を減少させるが,配偶者の家事労働には影響しない。

(2)通勤時間が変化しても端点解のままである場合

 通勤時間の増加は,自分の家事労働だけでなく配偶者の家事労働にも影響する。家事生産性低下モデルの下では,一方の通勤時間が長くなるとその人の家事労働時間は短くなる。家事の下限制約に直面しているため,通勤時間が変化しなかった他方は,もう一方の家事労働減少分を補うように家事労働時間を増やす。よって,通勤時間の増加は本人の家事労働を減少,配偶者の家事労働を増加させる。

 (a)から(c)のモデルの下で,通勤時間を含めた外生変数が時間決定に与える影響を表1にまとめた。日本の家計がどのモデルの下で時間決定を行っているかは,表1の外生変数を説明変数とした各時間の推定により検証できる。帰無仮説は基本モデルの成立で,この下では,家事労働時間の推定式で通勤時間の係数が0となる(通勤時間が家事労働の決定に影響しない)(注13)。帰無仮説が棄却されたときは,主に通勤時間の係数の符号を見ることで,対立仮説である家事生産性低下モデルや,それに家事の下限制約を加えたモデルで説明できるかを検討する。

表1 各変数の時間決定式に与える影響


 2 推定モデル

 推定式の被説明変数は,夫婦の余暇,家事,市場労働時間である。このうち市場労働時間は,実際に市場労働供給を行う(共働きの)場合のみ正の値で観察されるので,Heckman(1979)に従いサンプルセレクションモデルで推定する。1段階目では,家計が共働きかどうかを全サンプルについてプロビットモデルで推定する(共働きの確率は標準正規分布に従うと仮定)。共働きか否かは妻が働いているか否かとほぼ同値であり,説明変数には妻の学歴,年齢,家計の非労働所得,および,夫の所得が多いと妻の労働参加が減少する「ダグラス=有沢の法則」を考慮して夫の所得を用いる。市場労働のコスト増には,未就学児童の有無,子供数,コスト減には親との同居を考える。都市規模ダミーで居住地域の差をとらえる(注14)。
 2段階目は,共働き家計に限定して時間式を推定する。市場労働(m),余暇(l),家事労働(h)をy,表1の外生変数をX,1段階目の推定の被説明変数をz,説明変数をL,推定から得られる逆ミルズ比をλ(=φ(γL)/Φ(γL))として,k家計のi(=1;夫,2;妻)について,推定式は,



と書ける。効用最大化の解は均衡で外生変数の2次近似として書ける(効用・生産関数は2階微分可能を仮定)ので,Xには夫婦の賃金,通勤時間の1次,2次の項,夫婦間の交差項が入る。被説明変数は,家事と市場労働,余暇時間を,個人が配分できる総時間(=24-通勤時間)で割り基準化する。これにより三つの被説明変数mi, li, hiは,必ずmi+li+hi=1となる。よって,この制約をつけて推定する(注15)。



 III データと推定結果

 1 データ

 日本では長い間,時間配分に関する個票データの入手が難しかった。時間配分データには,NHKの『国民生活時間調査』(10歳以上の国民を対象に1960年から5年おきに調査)や総務庁の『社会生活基本調査』(国民全体が対象で1976年から5年おきに調査)がある。しかしながら,公表されるのは男女,年齢,職業別などに集計されたサンプルの平均値であり,家計内時間配分については分析できなかった。
 本稿では,近年公表された,(財)家計経済研究所による『消費生活に関するパネル調査』(以下『パネル調査』と呼ぶ)の1994年調査を用いる(注16)。各家計の時間配分と労働の情報を併せ持つ,優れた調査である。調査対象は1994年時点で25歳から35歳までの女性で,夫についても質問している。対象が若く未就学児童を持つ家計が多い点が特徴である。有配偶サンプルは1002であり,分析で使用する変数が存在するものに限ると859世帯,このうち共働き世帯は233である。夫が働いていない家計は9サンプル(休職中1,学生1,その他の無職7)に過ぎず,共働きかどうかは妻が働いているかどうかにほぼ等しい。また,夫が農業従事者の家計は11(1.29%),自営業者の家計は79(9.29%)である。
 分析には平日の24時間を1)通勤,2)外での仕事,3)家事・育児,4)買い物,5)学業,6)自由,7)基礎(睡眠や食事,入浴など)に配分した時間を用いる(注17)。1)を通勤時間,2)を市場労働時間,3)と4)を家事労働時間,5)から7)を余暇時間とした。表2-a)に分析に用いる全サンプルの記述統計を示す。市場労働は夫が7時間長く,家事労働は妻が7時間長い。夫は外,妻は内で働く姿を表している。通勤時間は夫が1時間,妻が15分であるが,働いていない人を含んだサンプルなので下方バイアスを持つ。共働き家計に限定した表2-b)によれば,市場労働時間の夫婦の差は3時間に減り,家事労働時間の差は4時間である。通勤時間の夫婦差は20分となる。

表2 時間配分の記述統計

 表2-c)は居住地域規模別の記述統計である。『パネル調査』は,居住都市規模を大(政令指定都市および東京),中(他の市),小(町・村)に分ける。このうち大規模都市と小規模都市に住む家計を表にした。政令指定都市は都心部,町村は地方部に属するので,大規模都市は「都市部」を,小規模都市は「地方部」を表す。妻の市場労働時間は都市部よりも地方部で1時間20分長い。夫の通勤時間は地方部で都市部よりも20分短い。
 これらのサンプル特性をNHK『国民生活時間調査』と総務庁『社会生活基本調査』と比較する。まず,男性の家事労働,通勤時間については,どの調査でも約20分,1時間となっている。さらに,どの調査でも,男性の通勤時間は地方部より都市部で約20分長い。女性の時間配分については,『国民生活時間調査』では,有職有配偶女性の平均仕事時間は4時間39分,通勤時間は31分,家事労働時間は5時間26分となっている。『社会生活基本調査』では,30歳から40歳の有配偶女性の平均仕事時間は3時間35分,通勤時間は25分,家事労働時間は5時間20分である。対象年齢が異なり単純に比較できないが,男性よりも家事労働時間が長い点,仕事や通勤時間が短い点は同じである。
 一方,『国民生活時間調査』(1995)では,平日の有職男性の平均仕事時間は8時間11分,『社会生活基本調査』(1996)では,平日の有配偶男性(夫)の平均仕事時間は7時間30分である。これらと比べて『パネル調査』の夫の仕事時間はかなり長い。この理由には,『パネル調査』が若い家計を対象としているのに対し,二つの調査がすべての有配偶男性を対象としていることが考えられる(注18)。また,二つの時間調査では有配偶男性本人が回答するのに対し,『パネル調査』では夫の時間配分についても妻が回答することも理由に挙げられる。夫の外出後の時間を妻が仕事と余暇に区別するのは難しい。妻が答える(『パネル調査』の)夫の仕事時間は過大評価される可能性がある。実際,『国民生活時間調査』には「仕事の付き合いの時間」があり,平均2時間20分である。これを仕事時間と足せば10時間となり,『パネル調査』の「仕事時間」に近くなる(注19)。


 2 推定結果

 使用する説明変数の平均と標準偏差を表3に示した。これらを用いて共働きかどうかをプロビット分析した結果が表4である(注20)。1%または5%の有意水準で,未就学児の存在が共働きの確率を下げ,親との同居が共働きの確率を上げる。市場労働の固定費用が高いと共働きの確率が低くなるといえる。また,妻の年齢が高い家計や小規模の都市部に住む家計ほど共働きの確率が高い。都市より地方で,妻が働く確率が高いといえる。夫の所得は負で有意であり,ダグラス=有沢の法則が確認される。

表3 第1,2段階で使用する説明変数の平均と標準偏差

表4 共働きかどうかのプロビット分析

 2段階目で時間式を推定した結果が表5である。(a)から(c)は夫について,(d)から(f)は妻について示す。通勤時間は,1次,2次,夫婦の交差項として入るので,三つの係数を統合した限界効果を推計する必要がある。そこで,推定値を用いて平均での限界効果を計算したのが表6-1である(注21)。自分の通勤時間の増加によりどちらも市場労働時間が増加する。同時に夫は余暇を減らし妻は家事労働を減らす。一方,配偶者の通勤時間が増加すると自分の市場労働時間を減らす。ただし,妻の通勤時間が夫の市場労働に与える影響は5%水準で有意ではなく,妻の市場労働のほうが夫の通勤時間に反応するといえる。通勤時間は少なくとも妻の家事労働時間に影響しており,基本モデルは棄却される。

表5 時間決定式の推定

 アメリカの結果と比較するため,表6-2にSolberg-Wong(1992)が計算した限界効果を掲載した(注22)。アメリカでは,夫婦間で通勤時間が時間配分に与える影響は同じである。自分や配偶者の通勤時間の増加によりともに市場労働時間を増やす。配偶者の通勤時間はどちらの家事労働時間にも影響せず,自分の通勤時間の増加は余暇と家事労働を減少させる。これに対し日本では,夫婦間で通勤時間の影響が非対称的であった。家事労働は妻のみが通勤時間の影響を受ける点,配偶者の通勤時間の増加により,特に妻が自分の市場労働時間を減少させる点が特徴であった。

表6-1 通勤時間の変化の影響(限界効果):日本の結果

表6-2 通勤時間の変化の影響(限界効果):アメリカの結果


 3 結果の解釈

 日本の結果はどのモデルで説明できるか。妻の通勤時間が彼女の家事労働時間に負の影響を与えることは,通勤時間が長くなると家事の生産性が低下するモデルで示される。ただし,実証分析の結果によれば夫の家事労働時間は通勤時間の影響を受けない。夫の通勤時間は彼の家事生産性を下げないか,夫の家事生産性がもともと低くて大きく下がりえないことが考えられる。
 家事生産性低下モデルは,同時に,自分の通勤時間が市場労働時間に正の影響を与えることも説明できる。通勤時間が長くなり家事生産性が低下すると,家計全体の予算制約を下方シフトさせ働くインセンティブを与える。市場労働への影響は理論的には一意に定まらなかったが,実証分析の結果によれば,通勤時間の増加が与える市場労働のインセンティブは大きく,余暇を減少させ市場労働を増加させるといえる。
 純粋な家事生産性低下モデルの下であれば,一方の通勤時間の増加は同様に配偶者にも市場労働のインセンティブを与え,市場労働を増加させる。これがアメリカで見られた結果である。しかし日本では,一方の通勤時間の増加が配偶者の市場労働を減少させる結果となった。これは,家事生産性低下に家事の下限制約を加えたモデルで説明できる。家事の下限制約がある場合,通勤時間という時間コストの増加が市場労働のインセンティブを与える一方で,どちらかは家事を増加(もしくは維持)しなくてはならない。通勤時間は市場労働1回に付随して必要な時間だから,通勤時間が増えて市場労働1回当たりの機会費用が増えたほうが市場労働時間を増やし,通勤時間が変化しなかったほうが家事労働を増やすことになる(注23)。
 ただし,分析結果では,妻の通勤時間が夫の市場労働時間を減少させる効果は5%の水準では有意でない。家事の下限制約は妻だけにかかる可能性がある。育児の制約ならば夫よりも妻が必要とされるかもしれない。使用したサンプルが若い夫婦で,多くが未就学児童を持っていることを考えれば,育児の制約が存在する可能性は高い。アメリカでこの結果が見られなかった理由には,比較的年齢の高い子供が2人以上いる家計が対象であることが挙げられる。また,ベビーシッターの存在により,夫婦が育児の制約に直面していないことも考えられる。
 夫の通勤時間が妻の市場労働を抑制させる結果は,有配偶女性の労働供給(時間)が地方部よりも都市部で少ない(短い)ことを説明する理由の一つに,夫の長時間通勤が考えられることを支持する。都市部に住む夫の通勤時間は長く,時間コストが大きいため,彼の市場労働時間は長く家事時間は短くなる。日本では家事に下限制約があり,妻は夫の少ない家事時間を補うように家事時間を増やし,市場労働の確率が減り(サンプルセレクション分析の結果),働くとしても市場労働時間は短くなる(時間決定式の分析結果)(注24)。



 IV おわりに

 本稿は,通勤時間の変化により,夫婦の1日の余暇,市場労働,家事労働時間配分がどう変化するかを分析した。様々な家計生産モデルで時間決定のメカニズムを説明した後,家計経済研究所の『消費生活に関するパネル調査』(1994)を用いて,通勤時間が時間配分に与える影響を計測しモデルを検証した。結果は,Solberg-Wong(1992)によるアメリカでの分析結果とは大きく異なり,日本では通勤時間の変化に対する反応が夫婦間で異なることが示された。夫は自分や妻の通勤時間が変化しても家事労働時間を変化させず,特に夫の通勤時間が長くなると妻は市場労働時間を減少させることがわかった。通勤時間の長い夫は,通勤の時間コストが大きいため,市場労働時間が長く家事時間が短くなる。家計には一定時間以上家事をやらなくてはならない家事の下限制約があり,妻は夫の短い家事労働を補うために家事を増加させ市場労働を減少させる。都心部での夫の長時間通勤は妻の市場労働を抑制している。
 今後の課題としては,本稿で置いた,通勤時間が変化しても家事の下限制約にあう状況は変わらないという仮定を緩めることが必要であろう。また,分析では通勤時間を外生としているが,家計は時間配分の決定と同時に住む場所も決めており,通勤時間は内生的に決まる可能性が高い。住居の決定と同時に通勤時間の内生性を考慮することが必要であろう。


*論文作成にあたり,大竹文雄氏(大阪大学),永瀬伸子氏(お茶の水女子大学),1998年日本経済学会(於:立命館大学)参加者,横浜国立大学セミナー参加者,関西労働研究会参加者,慶應義塾大学労働ワークショップ参加者,名古屋市立大学セミナー参加者,および本誌2名の匿名レフェリーより有益なコメントをいただいた。社会学での分析や社会調査におけるジェンダーバイアスについては,稲葉昭英氏(東京都立大学),永井暁子氏(財団法人・家計経済研究所),岩澤美帆氏(国立社会保障・人口問題研究所)よりご教授いただいた。また,財団法人・家計経済研究所にはデータを提供していただいた。記して感謝の意を表したい。


(注1)日本の都市部で女子労働供給が少ないことは,大沢(1993)が,『就業構造基本調査』(1987)を用いて人口集中地区で有配偶女性の就業率が低いことを,冨田=脇坂(1998)が,『女性と仕事に関するアンケート』(日本労働研究機構,1996)を用いて首都圏で子供を持つ女性の就業確率が低いことを示している。しかしながら,これらの分析は,なぜ都市規模と就業確率が相関するのかを直接的には説明していない。

(注2)Solberg-Wong(1992)は,アメリカで子供が2人いる共働き家計の時間配分の決定要因を分析している。決定要因の一つに通勤時間を挙げているが,通勤時間の分析が目的ではなく,通勤時間データの扱い方に問題があり(後述する),通勤時間の影響も深く議論していない。

(注3)夫婦間の家事分担に関しては社会学では多大な文献がある。相対的に多くの資源(学歴,収入など)を保有するほうが家事分担から免れるという「相対的資源仮説」,性役割に関して平等思考を持つ人は伝統的な性役割意識を持つ人に比べて家事をより平等に分担するという「イデオロギー仮説」,時間の制約の許す範囲で夫も妻も家事労働を行うという「時間制約仮説」が主な仮説である。通勤時間の変化は個人の時間制約を変化させるので,時間制約仮説を支持する要因とされる。本稿は,夫婦間の家事分担のみに注目するのではなく,個人が,家事,市場労働,余暇を同時に決定するメカニズムを総合的に分析しており,社会学の分析を補完するものである。

(注4)この結果は賃金率をコントロールした下で得られている。

(注5)通勤時間外生の仮定はアメリカの分析と同じにして結果を比較するために置いた。

(注6)市場財の価格は(ある時点について)すべての家計で同じ(=1)とする。

(注7)賃金の変化は家事労働の決定に影響する。図2で市場賃金が高くなれば,家計生産関数との接点はAにシフトし家事労働時間は短くなる。同時に予算制約も拡大し,余暇は増加,市場労働は余暇と家事労働時間の増減幅で決まる。非労働所得や固定コストは,通勤時間と同様の影響を持つことを示せる。

(注8)効用最大化と比較静学分析の詳細は,必要であれば筆者に請求されたい。メールアドレスはmkohara@osipp.osaka-u.ac.jp。

(注9)通勤時間が家事労働に影響を与えることは,家事労働の不効用を入れたモデルでも示される。この場合,効用,U(X, l1, l2, h1, h2),∂U/∂h<0を制約(2)~(5)式の下で最大化する。家事労働が効用関数に入るので,家事労働の決定に効用と制約が接する条件(家事生産性が,「余暇の財に関する限界効用の比」と「家事労働の財に関する限界不効用の比」の差に等しい)が入る。通勤時間は家計の所得制約を変えるので,効用を最大にする条件を変え,家事労働決定に影響する。

(注10)古郡(1997)や永瀬(1997)は,育児が女性の市場労働に大きな影響を与えるとする。本稿ではデータ制約のため育児と家事を分けていない。

(注11)最適解は,妻についてh2 **=max[h2*,H-h1]と書ける
(h2 *は家事生産性低下モデルの下での最適家事労働時間)。ただし,一方が家事労働を全く行わない場合は,家事の下限制約(hi=0,hj=H)かつ,∂Fj/∂hj-wj〓(≦)∂Fi/∂hi-wi(Kuhn-Tuckerの条件)を満たす必要がある。

(注12)効用関数,生産関数,制約式を特定化する必要がある。

(注13)余暇と市場労働については,本来は余暇の正常財の仮定に依存し,符号は確定しない。

(注14)夫の学歴も可能な説明変数であるが,妻に比べて夫の学歴の回答数が少なくサンプル数が減ることや,夫の学歴と妻の学歴は相関が高いため双方を同時に入れることで多重相関性の問題が生じる可能性を考え,説明変数に入れなかった。

(注15)夫と妻それぞれについて3本の式の誤差項は完全相関するので,Solberg-Wong(1992)のように3本をSeemingly Unrelated Regression(SUR)で推定することはできない(分散共分散行列のランクが一つ落ちる)。Zellner(1962)によれば,3本の式で説明変数が同じであればSURによる推定量は最小二乗法による推定量と同じになるので,本稿でも最小二乗法を用いる(2本をSURで推定し制約から残りの係数を計算する方法も行ったが,推定値の符号や有意性は変わらなかった)。

(注16)『パネル調査』は1993年調査も公表しているが,本分析に必要な市場労働の情報が不十分なため使用しなかった。

(注17)家事は休日にまとめて行われる可能性もあるが,本稿は,1日24時間を市場・家事労働・余暇に配分するメカニズムを分析するものであり平日に限った。繰り延べできない家事が分析対象である。

(注18)『社会生活基本調査』の25-39歳の有配偶男性では,市場労働が9時間3分,家事が20分,通勤が1時間2分で,『消費生活に関するパネル調査』の平均値に近い。

(注19)この回答バイアスは夫の家事労働にも存在しうる。夫がテレビを見ながら「育児」をする時間を妻は「余暇」と答えるかもしれない。配偶者の家事労働を短めに回答する可能性は,アメリカのNational Survey of Families & Householdsを用いた賀茂(1992),『全国家族調査予備調査』(家族社会学会)を用いた永井(1998)などが示している。稲葉(1998)は,家事に限らず配偶者の行動は正確に回答されない可能性を示し,分析には十分注意する必要があると指摘する。本稿でも,夫の時間配分を厳密に区別できていない可能性はある。

(注20)表2の時間が極端に長い人(たとえば余暇が24時間の人)を異常値であるとするかは判断が難しい。一日中家事も市場労働もしていない人もいるだろう。以下の分析ではこれらを異常値とせず推定しているが,回答が誤差として許容される範囲(平均+2*標準偏差)にサンプルを限る推定(サンプル数は1段階目が637,2段階目が175になる)も試みた。本稿で示す結果よりもさらに有意性が高められる結果となった。

(注21)標準偏差(V_)は,各時間式の推定での分散共分散行列をV,推定値ベクトルをβ,w=∂β/∂t(tは通勤時間)とすると,V_=w Vwと書ける。

(注22)Solberg-Wong(1992)では,子供が2人いる家計に限定,市場労働の固定コストとして子供の所得を用いるなどの不適切性や,夫婦の通勤時間の交差項を説明変数から落としているという問題がある。本稿ではこれらを解決しているが,厳密な比較のために,夫婦の通勤時間の交差項を落とした分析も行った。1次,2次項の係数値はほぼ同じであるが,限界効果は過大になる。

(注23)表5の,妻の市場労働時間に与える「未就学児」の正の影響は,解釈に注意が必要である。未就学児の存在は市場労働の固定コストであり,市場労働供給を減少させる。実際,表4で未就学児の存在は妻の労働供給確率を下げている(夫については市場労働時間も減少している(表5))。ところが,未就学児の存在は,保育園への送り迎えのように通勤時間と同様の時間コストでもあり,一度働くならば長く働いたほうが得であり,市場労働時間を増加させる。これが表5で見られる妻の市場労働への正の影響である。未就学児の存在(xn)が妻の市場労働時間(m2)に与える影響は,これら二つの相反する影響を総合した限界効果として計算される。(7)式から,



と書ける(Maddala(1983))。第2項のγnは未就学児の存在が妻の市場労働参加率を減少させる効果,第1項のβnは実際に働いている妻が労働時間を増加させる効果である。表4,表5の推計値を用いて計算すると平均で-0.012となり,未就学児の存在は,総合的には妻の市場労働時間を下げている。

(注24)この議論を完全にするためには,通勤時間外生の仮定を緩める必要がある。部分的ではあるが,妻は通勤時間も決定できるモデルを,夫の通勤時間と市場労働時間を所与として分析した。すなわち,夫の家事と余暇,妻の家事,余暇,市場労働,通勤時間を従属変数,表5で妻の通勤時間以外の説明変数と夫の通勤時間,市場労働時間を独立変数として推定した。分析の結果,妻の市場労働時間式で,夫の通勤時間の係数は-0.173,5%水準で有意となり,ここでも夫の通勤時間が妻の市場労働時間を減少させることが示された。


参考文献

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こはら・みき 1972年生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士(経済学)取得。大阪大学大学院国際公共政策研究科助手。主な論文に「借入れ制約と消費行動」(共著),樋口美雄・岩田正美共編『パネル調査から見た現代女性の生き方選択』(東洋経済新報社,1999年)など。労働経済学,計量経済学専攻。