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(著者抄録)
本稿では,1980年代,90年代において日本の所得格差が高まった理由について分析する。日本においてトレンド的に所得格差が高まっているのは,人口の高齢化が原因になっており,年齢内の所得格差の拡大は観察されていない。ただし,学歴別にみると40歳以上大卒者内の賃金格差の拡大は観察される。また,世帯レベルにおける所得格差の拡大の原因として,単身高齢者世帯,単身女性世帯の増加,女性の労働力率の増加といったことがあげられる。

(論文目次)
I はじめに
II 日本はアメリカよりも不平等なのか
III 高齢化が不平等化の主因
IV 技術革新と賃金格差
V 既婚女性の働き方の変化
VI なぜ格差拡大を実感するのか
VII パートタイム・フルタイム格差
VIII むすび

 I はじめに

 日本はしばしば平等社会だといわれてきた。ところが,最近では平等社会という考え方に対する疑問を呈する人も出てきた。実際,所得格差に対する関心は高まっている。本稿では,「国際的にみて日本は本当に不平等な国なのか」「日本が不平等化しているというのは本当か」「不平等化しているとすればそれはなぜか」,という点について,統計データを基に議論していく。
 不平等に対する関心の高まりは,格差拡大に対する人々の実感を背景にしていると考えられる。たとえば,バブル期にみられた資産格差拡大や金融業を中心とした賃金所得の高まりは,人々に格差拡大を実感させたかもしれない。
 また,多くの日本企業で賃金制度を年功的制度から業績主義へ移行する動きがみられる。正社員を少なくして,パートや派遣社員への代替も進んでいる。その両者の賃金格差が格差拡大を実感させているのかもしれない。いずれにしても多くの人々が,日本が平等な社会から不平等な社会へ変わりつつあると感じているようにみえる。
 まず,日本の所得の不平等度が,どのように推移してきたのかを紹介しよう。
 図1には,総務庁の『家計調査』の五分位階級データから計算した課税前年間世帯所得のジニ係数という不平等度の尺度の推移を示した。ジニ係数は,完全平等のとき0,1人が全所得を占めるような不平等のとき1をとる。

図1 所得不平等度の推移(課税前年間世帯所得)

 大まかにいって,高度成長期に日本の家計所得は平等化が進み,80年代半ばから現在に至るまで不平等化が進んでいる。この不平等化の進展の程度は,どのような統計を用いるかによって異なる。第1に,所得格差を個人レベルでみるのか,世帯レベルでみるのかによって異なる。世帯レベルでみる場合においても『家計調査』のように2人以上の普通世帯を対象としているデータと『所得再分配調査』のように単独世帯をサンプルに含むもので異なってくる。さらに,所得の概念による違いもある。このような様々な統計による違いはあるが,どのようなデータを用いても,80年代半ば以降,日本の所得不平等度に上昇トレンドが存在することは間違いないようである。それでは,日本社会は高度成長によって達成された比較的平等な社会から不平等な社会へ移行しつつあるといえるのだろうか。
 本稿の結論をあらかじめまとめよう。日本がアメリカよりも不平等な国になったというのは間違いである。日本の不平等度が,80年代,90年代を通じて高まったのは,人口の高齢化が要因である。また,高所得男性の妻の有業率が高まり,高所得夫婦の比率が上昇したことも影響を与えている可能性がある。さらに,単身世帯の増加というのも重要な要因である。
 このような世帯構成の変化による所得格差の拡大については,解釈に注意が必要である。単身世帯の増加が,高齢単身者・女性単身者の所得増加に起因するものであるならば,経済厚生面では不平等度の上昇とはかならずしもいえない。所得だけでなく,消費レベルでの個人レベルの格差を正確に計測していくことが必要である。



 II 日本はアメリカよりも不平等なのか

 橘木(1998)は,「1980年代後半や1990年代前半で見ると,我が国は先進諸国の中でも最高の不平等度である。資本主義国の中で最も貧富の差が大きいイメージでとらえられているアメリカの所得分配不平等度よりも当初所得で見て我が国のジニ係数のほうが高いという事実は,にわかに信じ難いほどの不平等度である」(『日本の経済格差』6頁)と指摘している。たしかにショッキングな指摘である。実際,橘木(1998)によれば,1989年において,課税前所得の日本のジニ係数は0.43であり,アメリカのそれは0.40である。しかし,この国際比較は正しくない(注1)。橘木(1998)は,日本については厚生省の『所得再分配調査』という統計を用いている。この統計の「当初所得」という概念を「課税前所得」として,米国と比較している。
 ところが,「当初所得」という所得の概念は,ここで比較されている米国の「課税前所得」とも日本の『家計調査』(総務庁)における「課税前所得」とも大きく異なっている。その中でも重要な差異は,「当初所得」は公的年金の受け取りを含まないが,退職金や保険金の受け取りを含むことである。この取り扱いは,不平等度を大きめに表す。
 たとえば,公的年金だけが所得の源泉であるという高齢者は,「当初所得」では所得がゼロである。これに対し,日本の『家計調査』や米国のCPS(Current Population Survey)という所得調査では,公的年金を所得にカウントしているので,所得ゼロということにはならない。年金受給者が増加するとこのバイアスはより大きくなる。
 大竹・齊藤(1999)は,『所得再分配調査』の所得概念を『家計調査』のそれに近づけると,ジニ係数が大きく低下することを確認している。表1の「修正当初所得」が,『家計調査』の課税前所得概念に近いものである。1992年において,当初所得ではジニ係数は,0.4を超えているが,修正すると0.36となり大幅に低下する。所得概念の正確な国際的統一は困難であるが,最近の経済企画庁の分析(経済企画庁経済研究所編(1998),経済企画庁国民生活局編(1999))によれば,ある程度比較可能な統計の下では,日本の不平等度は,先進国の中で中ぐらいであるとされている。

表1 所得概念の違いによる『所得再分配調査』の不平等度の変化



 III 高齢化が不平等化の主因

 日本の所得不平等度は,80年代,90年代を通じて,上昇してきている。この不平等度の高まりは何が原因であろうか。世帯所得格差と個人賃金格差で共通の要素と,世帯所得特有の要素に注意して検討しよう。
 不平等の拡大は,バブルのために資産格差が開いたことが原因であろうか。産業間賃金格差が開いたのであろうか。年俸制や業績主義的賃金が導入されたことが理由であろうか。
 資産格差が原因だというのも無理がある。バブル崩壊によって,資産格差は縮小傾向にある。産業間賃金格差は,バブル時代に金融業の賃金があがったことで格差は拡大したが,金融業の賃金の低下により格差は縮小している。
 年俸制はどうであろうか。個別企業レベルでは,格差拡大につながったケースも多いかもしれない。後に検討するように,大卒男性で40歳以上の年齢層に限れば,賃金格差の拡大はみられるが,学歴合計でみれば,年齢内賃金格差は,実に安定しているのである。
 図2には,男性の年齢内賃金格差の推移を示している。ここで,賃金格差は,上から10%目の人の賃金と下から10%目の人の賃金の対数階差で示されている。

図2 男性の年齢内賃金格差の推移

 日本の年齢内賃金格差は,年齢層が若いほど小さく,年齢階級が高くなっていくに従って高くなる。初任給の格差は大きくないが,年齢を経るに従って,昇進格差,査定による格差,企業規模間格差などが拡大していくのである。そして,この構造は過去20年ほど非常に安定している。世帯所得でみても同様の傾向は観察できる。図3に,『全国消費実態調査』から2人以上普通世帯における課税前年間所得の年齢階級別ジニ係数をグラフに示した。1979年から94年にかけて,年齢内の所得不平等度は,驚くほど安定していることがわかる。一方で,この期間における全世帯ベースの所得不平等度は,0.271から0.297に上昇している。

図3 年齢別ジニ係数

 年齢内所得・賃金格差が年齢とともに大きくなり,その構造が安定的である場合には,人口が高齢化すれば,経済全体の不平等度は上昇していく。このように,人口構成の変化が不平等化の源泉であれば,これは「みせかけの不平等化」といえる。
 大竹・齊藤(1999)は,『所得再分配調査』を基に,1980年代の不平等度の上昇を人口高齢化要因でどの程度説明できるかを分析した。その結果,30%程度は,人口高齢化要因で説明できることがわかった(注2)。
 しかし,1990年代の『国民生活基礎調査』を用いた岩本(2000)の不平等度の要因分解によれば,1990年代においては高齢化の影響は80年代よりは小さく,全体の10%程度しか説明しないとされている。つまり,1990年代においては,賃金格差の推移と異なり,同年齢内の世帯所得不平等度も上昇している。
 『所得再分配調査』よりも『全国消費実態調査』のほうが,年齢内所得不平等度の変化が小さく,高齢化の影響が大きく出る理由については,『全国消費実態調査』の公表統計は2人以上の普通世帯に関するジニ係数のみを公表しているためである。単身高齢者,単身女性の増加による所得不平等度の高まりは,2人以上の普通世帯のジニ係数には表れない。また,『全国消費実態調査』は共稼ぎ世帯の回答率が低いという可能性がある。その場合には,後に述べるような高所得共稼ぎ世帯の比率がその他の統計よりも小さめに出る可能性がある。



 IV 技術革新と賃金格差

 アメリカでは,賃金格差拡大の要因として,コンピューターを中心とする熟練労働者への需要に偏った技術進歩が有力な要因として考えられている。このような技術革新は,程度の差はあれ世界共通のものである。そうであるならば,日本においても賃金格差拡大要因となっている可能性がある。しかしながら,日本については,そもそも賃金格差が広がっているという点については否定的な見解が多い。所得格差同様,賃金格差も労働者の属性のコントロールをしないで分析すると,わずかな拡大が観察される。しかし,櫻井(2000)によれば,年齢をコントロールすると,90年代の賃金格差は,わずかに縮小傾向にある。製造業について詳細に賃金格差の動きを分析した上島(1999)は,90年代において賃金格差は縮小傾向にあることを明らかにしている。
 一方,清水・松浦(1999)は,コンピューターの所有の有無が,所得格差に影響を与えるか否かを『全国消費実態調査』を基に分析している。彼らの分析によれば,コンピューターの所有により,所得が高くなっていることが,所得からコンピューター所有の因果関係を考慮したうえで,示されている。しかしながら,彼らの分析には,DiNaldo and Pischke(1997)が,鉛筆の使用もコンピューターの使用と同様に賃金を引き上げているということを示した批判があてはまる。つまり,コンピューターによって代理されている他の能力が,賃金格差を生む真の原因であるという批判から免れることはできないのである。
 櫻井(2000)は,コンピューター投資が多い産業で,ホワイトカラーの需要が多くなっているという事実を示している。しかし,そのような需要ショックが賃金格差に反映されているわけではない。櫻井(2000)は,需要ショックと同時に労働供給が増加した可能性と,日本的な賃金システムでは格差が反映されにくい可能性を指摘している。
 小原(2000)は,転職前後の賃金所得の変化を,コンピューターの使用の変化で説明するという推定を行っている。コンピューターの使用状況と観察不可能な能力で賃金にプラスの影響を与えるものとに相関がある場合,クロスセクションの推定だとコンピューターの使用の影響はプラスのバイアスをもって推定されてしまう。転職前後の変化を分析することでこのバイアスを除くことができる。小原(2000)によれば,コンピューターの使用状況の変化は,賃金上昇には影響を与えないとされている。
 大阪府の調査(小原(2000))では,転職者が転職においてもっとも役に立った能力開発やこれから必要と感じている能力としてコンピューター等の新しい技術に対する対応をあげている。その意味では,就職における必須技能になりつつあるが,賃金格差に直接影響するところまで,進んでいない,というのが日本の実態であろう。



 V 既婚女性の働き方の変化

 Burtless(1999)は,米国の世帯所得格差の拡大の要因の一つに家族形態の変化があることを明らかにしている。すなわち,夫婦の間の所得の相関が強まったこと,単身者が増加したこと,の二つで79年から96年にかけての世帯所得不平等度拡大の4割程度を説明できるとしている。
 かつて高所得の男性の配偶者は,専業主婦か低所得のパートタイム労働者であった。実際,ダグラス=有沢法則として知られる有配偶女性の労働力率に関する経験則は,夫の所得が高いと妻の有業率が低いというものであった。ところが,米国では,フルタイムで働く有配偶者女性の比率が急上昇したばかりでなく,高学歴・高所得カップルが増加した。その結果,以前なら,高所得男性の配偶者の所得は低く,低所得男性の配偶者は有業者となり所得を稼いでいたので,世帯間の所得不平等度は,個人レベルでみるよりも平等化されていた。しかし,高所得男性の配偶者も高所得女性となる比率が高まった結果,世帯レベルでみた所得格差のほうが個人間の所得格差より大きくなる傾向が現れだしたのである。
 日本でも,高学歴女性がフルタイムで高所得を稼ぎながら高学歴男性と結婚する比率が高まりつつあれば,同じことがいえる。図4には,夫の所得階級別の妻の有業率を示した。1980年代は,低所得男性の配偶者ほど有業率が高いというダグラス=有沢法則が明確に成り立っている。しかし,90年代に入るとその関係は弱くなり,97年においては,夫の所得と妻の有業率の間には負の相関関係は観察されなくなっている。

図4 夫の所得階級別妻の有業率

 そのうえ,高所得の妻の比率は,高所得男性のほうが高く,その相関は近年高まっている。たとえば,1997年において,夫の年収が400万円台の妻で500万円以上の年収があるものは,約2%に過ぎないが,夫の年収が700万円以上ある妻で500万円以上の年収があるものは,約8%に達する。1987年においては,夫の年収が700万円以上で妻の所得が500万円以上であったものの比率は約4%に過ぎなかった。
 実際,ジニ係数を所得源泉別の要因で分解した橘木・八木(1994)は,1970年代後半以降配偶者の所得が不平等度の要因として大きくなってきていることを示している。
 高所得男性の配偶者は専業主婦になるという世帯形態は,世帯所得の平準化をもたらしていた。しかし,高所得男性と高所得女性の夫婦が増加したことは,世帯レベルでみた所得の不平等度を高める方向に寄与している。



 VI なぜ格差拡大を実感するのか

 日本の年齢内賃金格差は安定的であり,経済全体でみた所得格差・賃金格差の拡大は,人口高齢化とダグラス=有沢法則の弱化(高所得カップルの増加)といったことで説明できることを示した。
 しかし,それではなぜ人々の不平等に関する関心が高いのであろうか(注3)。経済企画庁が行った1999年『国民生活選好度調査』で,「所得・収入に関して,その格差が10年前と比べて拡大したと思うか否か」という質問がなされている。全体の38%の人は格差が拡大したと答えている。一方で,変化していない,あるいは縮小したと答えているものも多い。
 格差が拡大したと答えたものがもっとも多いのは,30代と40代である。しかも,所得が高い層ほど,格差拡大をより感じている。学歴計で年齢内賃金格差を検討したときには,格差拡大は示されなかった。それでは,学歴別にみるとどうであろうか。
 図5には,『賃金構造基本統計調査』による大卒男性の年齢内所定内賃金格差の推移を示している(注4)。大卒男性の年齢内格差は,40歳を境として特徴的な動きを示している。

図5 大卒男性の年齢内賃金格差

 40歳代においては,90年代に入って,年齢内賃金格差は上昇傾向をもっている。また,最近では40歳代以上の年齢内賃金格差の程度は,どの年齢層でも一致してきている。すなわち,大卒男性の40代における格差拡大の動きが,高所得層,30代,40代の格差拡大の認識ということの背景にありそうである。おそらく40歳代の賃金格差の拡大は,年俸制の導入や業績重視型の賃金の導入といったことを反映しているのであろう。
 たしかに,大卒グループの中高年齢層では格差が拡大している。しかし,学歴計でみた同一年齢内の格差の動きは安定している。すなわち,高学歴化により,大卒ホワイトカラーの中での人材のばらつきが大きくなったことが,大卒中高年の賃金格差の拡大をもたらしている,といえそうである。実際,高卒男性の年齢内賃金格差は,ほとんどの年齢階層で低下している。すなわち,大卒中高年の業績主義の導入は,人材のばらつきの変化を反映している可能性が高いのである。
 『賃金構造基本統計調査』の公表統計には,所定内賃金の分布データは掲載されているが,ボーナスを含んだ年収に関する分布統計は掲載されていない。成果主義・能力主義賃金の導入が,ボーナスを中心に行われているのであれば,このデータによる賃金格差の検証は過小バイアスをもっていることになる。年収ベースの賃金格差がどの程度拡大してきているのかについて,検証できるデータが必要である。
 賃金格差の拡大を実感する理由として,もう一点考えられるのは,ゼロ・インフレ期に入って,平均的な名目賃金の引き上げ率が非常に小さくなったことがあげられる。平均的な名目賃金の引き上げ率が5%の場合,賃金を据え置くものと,10%の引き上げをするものがあれば,両者の賃金格差は1年間で10%拡大させることができる。ところが,平均賃上げ率ゼロで,同じ程度の賃金格差を維持するためには,5%の賃金引き上げと同時に5%の賃金引き下げを行う必要がある。過去と同じ程度の格差を維持する方法として,成果主義・能力主義賃金が取り入れられている可能性がある。
 名目賃金に下方硬直性があるか否かについては,木村(1999)が検証しており,下方硬直性の存在を確かめている(注5)。名目賃金に下方硬直性があれば,低インフレ期には,賃金格差が縮小する傾向があるはずである。しかし,年齢内の賃金格差が一定であるということは,定期昇給時に昇給率の格差によって賃金格差をつけるという伝統的な方法から名目賃金の引き下げも含んだ賃金制度への変更が進んでいるということを示している可能性がある。ところが,こうした可能性を検証できるだけの十分なデータが存在しているとはいえない。昇給率格差の検証をするためには,個々人の年収の1年前との比較をしたデータが必要になる。しかし,現在の賃金統計でそのような公表データは存在しない。今後は,所得格差の拡大や名目賃金の下方硬直性を分析するうえで,個人のパネルデータの開発が必要である。



 VII パートタイム・フルタイム格差

 フルタイム労働者の中での賃金格差は,年齢内で比較する限りほとんど拡大していない。格差拡大がみられるのは,40歳代大卒男性であることを示した。ところが,80年代から一貫して格差が拡大している労働者グループがある。パートとフルタイム労働者の賃金格差である。
 パートタイム労働者をどう定義するかはなかなか難しい。ここでは『賃金センサス』における「1日,あるいは1週間における労働時間が他の一般労働者よりも短い常用労働者」をパートタイム労働者とする。図6には,女性のパートタイム労働者の一般女性労働者に対する賃金率(賞与込み)の推移を示している(注6)。1980年以降,一貫して賃金比率が低下している。すなわち,パート・フルタイムの間の賃金格差は,一貫して拡大している。では,どうして,パート・フルタイム間の賃金格差は拡大を続けているのであろうか。

図6 女性パート労働者の女性フルタイム労働者に対する賃金・雇用比率

 第1の可能性は,パートとフルタイムの労働者の能力格差の拡大である。しかし,この点はパートの長期勤続化,高学歴化の進展と矛盾する。
 第2の可能性は,労働需要側の動きで説明することである。仮に,技術革新の結果,未熟練のパートタイムよりも熟練フルタイム労働者に需要がシフトしたとすれば,パートの相対賃金は低下する。しかし,この場合は,パートのフルタイムに対する相対的な雇用量は低下しているはずである。図6には,女性パート労働者の女性一般労働者に対する比率を示している。明らかに上昇傾向がある。したがって,フルタイム労働者への相対需要の上昇という仮説は否定される。
 第3の可能性は,供給側の動きで説明することである。企業の労働需要には変化がない下で,女性のパートタイム就業に対する供給が増加したとしよう。この場合は,供給の増加によって,パートタイム労働の相対賃金が低下し,パートの雇用者率も上昇する。すなわちパート需要よりもパート供給の増加が大きいという仮説は事実と整合的である。
 第4の可能性は,フルタイムの労働市場における賃金の硬直性によって割り当てが生じている場合である。この場合に,フルタイム労働者に対する需要低下ショックが生じると,フルタイム労働市場では,フルタイム労働を望みながらも職に就けないという人たちが発生し,その多くはパートタイム労働市場へ参入する。すると,パートタイム労働における供給曲線が右にシフトし,パートタイム労働者が増加すると同時にパートタイム労働者の賃金が低下する。このケースだと,パートタイム労働者の中には,フルタイムを希望しながらパートタイム労働をしている不本意パートタイム労働者が出てくる(注7)。
 このような市場メカニズムではなく,単なるパートタイム労働者への差別で,賃金格差が存在するという可能性もある。しかし,その場合はなぜ格差拡大が続くなかでパートの雇用率が高まっているかの説得的説明が必要であろう。



 VIII むすび

 本稿では,日本の所得格差の拡大傾向について,その原因を様々な要因から分析した。大きな要因は,人口高齢化と世帯構造の変化であることを示した。そのうえで,格差拡大が注目される理由として,大卒労働者における中高年労働者内の賃金格差の拡大,低インフレにより名目賃金引き下げをともなう事態の発生,正社員とパートタイム労働者の間の賃金格差拡大という事態が人々の間に格差拡大を実感させている可能性を指摘した。しかしながら,ここでの指摘の多くは,十分なデータが得られていないことから,それらがすべて完全に検証されたとはいえない。
 本当に生涯所得格差の意味での所得格差が拡大しているのか否か,という基本的な問題をはじめとして,情報化・国際化が日本の所得格差に与える影響,正社員・パートタイム労働者の賃金格差,低インフレ期における賃金格差の動き,能力主義・成果主義賃金制度の導入と賃金格差等,所得格差については研究課題が豊富である。


*本稿は,大竹(2000)を大幅に加筆修正したものである。

注1)橘木(2000)は,本稿のもとになった大竹(2000)におけるこの指摘に対し,比較が軽率であったことを認めている。

注2)橘木(2000)は,高齢化が不平等を拡大した要因であるという指摘に対し,「高齢者間で所得格差が拡大している事実は,高齢者間の貧富差がひろがっているということであり,これはいわば二極化を意味する(77頁)」と主張している。しかし,この指摘は,大竹・齊藤(1999)の議論と対応していない。大竹・齊藤(1999)は,年齢内の所得格差が仮に一定であった場合に,年齢構成の変化だけで経済全体の不平等度がどの程度上昇するかという議論をしている。高齢者内での所得格差の拡大は,大竹・齊藤(1999)では,年齢内格差拡大でとらえられており,高齢化要因とはされていない。

注3)「新・階級社会ニッポン」(『文藝春秋』2000年5月号),「「中流」崩壊」(『中央公論』2000年5月号)にみられるような所得格差拡大に関する注目は高い。

注4)賃金格差は,第1・10分位賃金と第9・10分位賃金の対数階差を用いている。なお,第1・4分位と第3・4分位階差を用いても傾向は同じである。

注5)Bewley(1999)は名目賃金の引き下げがなされない理由として,経営者が労働者のモラールダウンを恐れていることをあげている。

注6)『賃金構造基本統計調査』から,年間賞与を12で除したものを給与総額に加え,所定内労働時間と所定外労働時間を加えた総労働時間で除して,時間あたり賃金を算出した。

注7)永瀬(1997)は,正社員とパートタイム労働者の賃金格差が補償賃金格差で説明できないこと,非自発的パートがパート労働者の15%を占めること,中高年・低学歴・長時間労働者が不本意パートになりやすいことから,正社員における割り当て現象が賃金格差を生じさせている可能性を指摘している。


参考文献
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おおたけ・ふみお 1961年生まれ。大阪大学大学院経済学研究科中退。経済学博士(大阪大学)。大阪大学社会経済研究所助教授。主な著書に『労働経済学入門』(1998年,日経文庫)など。労働経済学専攻。