論文データベース

[全文情報を閉じる]

全文情報
(著者抄録)
労働分野における紛争処理システムの整備が,労働研究のテーマとしてだけでなく,社会的な関心事となっている。労働組合など労働者の集団と使用者との間の集団的労働関係によるものではなく,個々の労働者と使用者との間の個別的労働関係において生じたものが議論の対象となっている。本稿は,企業内における個別紛争,とりわけ紛争化する前の個別的な不満や苦情への対応の現状と課題を検討する。労働省「労使コミュニケーション調査」を利用し,労働組合が組織されていない未組織セクターを含め,企業内における従業員の不満や苦情とその処理の現状を明らかにする。つぎに労働組合が存在する組織セクターを取り上げ,組合員個々人の苦情や不満に関する労働組合の対応を事例調査で紹介する。最後に,企業内における個別的な苦情等に対する労働組合の取り組みの課題を整理する。
(論文目次)
I はじめに
II 企業内における個人的な苦情等とその処理の現状
   1 個人的な不満や苦情そして紛争
   2 不満や苦情の表明ルート:上司中心の不満処理
   3 苦情処理機関の機能
   4 職場における不平・不満の処理行動の特徴
III 組合員の個別的な苦情等への労働組合の対応-ヒアリング調査による
   1 労働組合から見た苦情の内容と苦情処理のルート
   2 労働組合による苦情のくみあげ方法
   3 職場の管理職による苦情への対応
   4 組合員の個別的な苦情処理に関する労働組合の考え方
IV 小括-個別的な苦情等と労働組合の課題

I は じ め に

 労働分野における紛争処理システムの整備が,労働研究のテーマとしてだけでなく,社会的な関心事となっている。議論の対象となっている紛争は,労働組合など労働者の集団と使用者との間の集団的労働関係によるものではなく,個々の労働者と使用者との間の個別的労働関係において生じたものである。個別の労働紛争が議論の対象となっているのは,組織セクターにおける集団的労働関係の相対的な安定化,労働組合の組織率の低下による組織セクターの縮小,雇用処遇制度の個別化に伴う労働紛争の増加(労使関係法研究会(1998)第5;労働基準局監督課(2000))などがある。さらに日本の労働法制が,個別の労働紛争に関して直接的な紛争処理システムを設けていないことも背景にある。こうして個別紛争の処理システムの整備が,社会的な関心を集めている(労使関係法研究会(1998);連合・労働委員会制度のあり方研究会(1998);山川隆一(1998);労使関係システムのあり方研究会(1998))。
 本稿は,個別紛争の処理システムの法的および社会的な組織面での整備ではなく,企業内における個別紛争への対応の現状と課題,とりわけ紛争化する前の個別的な不満や苦情への対応の現状を検討する。個別紛争の処理システムが,今後,社会的に整備されたとしても,企業内における自主的な紛争解決が労使双方にとって望ましいと考えられることによる(労使関係法研究会(1998)56頁)。
 個別紛争は,労使の利害が対立して生じるものであるが,通常は,まず従業員の個別的な不満や苦情が顕在化し,それが解消されない場合に紛争へと転化する。したがって,紛争の解決システムを整備するだけでなく,不満や苦情の段階でそれを解消する仕組みが重要となる。さらに言えば,雇用処遇の制度や運用が,従業員個々人の不満や苦情を生みださないようにする予防システムの整備も求められる。組織セクターにおいては,労働組合が,労使協議など労使の話し合いを通じ,雇用処遇の制度や運用が,従業員の不満や苦情を生じさせないように合理的で公正なものとなるように事前に発言する場合が多いが,こうした仕組みも予防システムの一つと言える。しかしながら,事前の予防のシステムが有効に機能しても,制度の運用に伴って発生する従業員の不満や苦情さらには個別紛争を,皆無とすることは不可能であり,いずれにしても事後的な紛争処理システムの整備が求められることになる。
 本稿の構成はつぎのようになる。IIでは,労働省「労使コミュニケーション調査」を利用して,未組織セクターを含め,企業内における従業員の不満や苦情とその処理の現状を検討する。つぎにIIIでは,労働組合が存在する組織セクターを取り上げ,組合員個々人の苦情や不満に対する労働組合の対応を事例調査で紹介する。最後にIVでは,企業内における個別的な苦情等に関する労働組合の取り組みの課題を整理する。



II 企業内における個人的な苦情等とその処理の現状

 1 個人的な不満や苦情そして紛争

 従業員が,仕事や処遇や人間関係,さらに仕事と生活の関係などに関して不満や苦情を抱き,それが解消されないことは,従業員の離職率を高めたり,勤労意欲を引き下げ,生産性や創造性の低下をもたらすことになりかねない。従業員が不満や苦情を抱かないようにしたり,不満や苦情がある場合はそれらの解消や,紛争となった場合の解決の仕組みを設けることが,従業員の定着率を高め,勤労意欲や生産性や創造性の向上に貢献すると言える。
 不満や苦情は多種多様であるが,従業員の権利に関するものと利害に関するものに二分できる。権利に関するものは,就業規則や労働協約の適用や解釈に関するもので,利害に関するものは,ルールが存在しない場合の利害調整に関するものである。従業員の不満や苦情の範囲では,従業員個人に限定されるもの,特定の従業員集団に共通するもの,さらに従業員全員に共通するものに分けられる。
 不満や苦情を解消する仕組みは,企業内では,労働組合によるもの,苦情処理機関など労使によるもの,人事部によるもの,職場の上司によるものなどがある。こうした不平や不満の解消の仕組みは,公式のもの(苦情処理機関など)と非公式のもの(上司など)に分けることもできる。従業員が抱く不満や苦情の種類や範囲によって,その解消のために利用される仕組みが異なる場合もある。従業員に共通する不満や苦情は,労働組合が組織されている場合などでは,団体交渉や労使協議を通じた対応が行われることが一般的となる。
 以下では,従業員の個人的な処遇にかかわる不満や苦情の実態とその解消の仕組みを既存調査で検討しよう。

 2 不満や苦情の表明ルート:上司中心の不満処理

 労働省「労使コミュニケーション調査」は,民間企業を対象として従業員の個人的な処遇に関する不平や不満の内容とその処理に関して事業所調査と個人調査を実施している。主として99年調査を取り上げるが,99年調査と94年調査の比較および94年調査の特別集計(佐藤博樹(1999))にも言及する。調査年を特定していない記述は,99年調査に関するものである。99年調査と94年調査は,調査対象の事業所規模が異なるため(99年調査が30人以上,94年調査が50人以上),両者の比較に際しては,99年調査を94年調査の事業所規模にそろえた結果を利用している。
 「労使コミュニケーション調査」の個人調査は,個人的処遇に関する不平不満に限定し,調査時点から過去1年間における不平不満の表明の有無や表明ルートなどを調べている。それによるとつぎの点が明らかになる。
 第1に,過去1年間に不満を表明した者は37.4%で,不満を表明しなかった者は61.9%である(表1)。不満を表明した者は回答者の3分の1強となるが,不満を表明した者以外にも不満を抱いている者があり,それは回答者計の32.1%(「述べたところでどうにもならないから」+「不平・不満を述べる正式のルートがないから」)である。従業員の多くは,個人的な処遇に関して何らかの不満を持っており,そのなかで不満を表明した者は半数程度でしかない。潜在化している不満がかなりあることがわかる。なお,管理職を除いた一般社員(34.3%)やパートタイマー(39.2%)では,回答者計に比べ,不満はあるがそれを表明しなかった者がやや多い。

表1 個人的な処遇に関する不平・不満の表明の有無(過去1年間)とその結果および表明しない理由

 第2に,94年調査と比較すると99年調査では,不満を表明した者が多く,不満がなかったとした者が減少し,不満を表明しなかった者は変化が少ないため,回答者計では,不満を持っている者の割合が増加していることになる(前掲表1)。
 第3に,94年調査で,不満の表明の有無と労働組合,苦情処理機関,職場懇談会,小集団活動との関係を見ると,こうした組織や制度が設けられている事業所のほうが,不満を表明した従業員が多くなる(表2)。こうした組織や制度は,従業員が不満を表明する機会として機能したり,こうした組織や制度を整備している事業所は,従業員が不満を表明しやすい機会をほかに設けていたり,あるいは従業員が不満を表明しやすい組織風土となっているためと考えられる。

表2 個人的な不平・不満の表明(過去1年間)と諸機関の有無

 第4に,不満を表明した者が,回答者計の3分の1強であったが,その結果に満足している者ばかりではない(前掲表1)。不満を述べた者を100とすると,その結果に満足しているのは20.3%に過ぎない。現在,検討中とした者もかなりを占めるが,「納得のいく結果が得られなかった」が41.7%となる。このことは,不満の表明ルートが設けられている場合でも,それが不満を解消する機能を十分に果たしていないことを示唆する。
 第5に,不満を表明した者を100として,その表明先を見ると,「直接上司へ」が4分の3と多数となる(表3)。これ以外の表明先は比率が低くなり,「労働組合を通して」が15.9%,「自己申告制制度によって」が10.8%で,「苦情処理委員会等の機関へ」は1.5%とさらに比率が低くなる。「上司中心の不満処理行動」の存在が確認できる。99年調査と94調査を比較すると,「上司中心の不満処理行動」が主たる不満処理行動であることに変化は見られない。94年から99年の変化として注目されるのは,労働組合へ不満を表明した者が減少したことである。労働組合の組織率の低下の影響と思われる。こうした「上司中心の不満処理行動」は,他の調査でも確認できる(社会経済生産性本部労使関係常任委員会編(1999);電機連合(2000))。

表3 個人的な処遇に関する不平・不満の表明ルート(過去1年間、複数回答)

 なお,「上司中心の不満処理行動」は,パートタイマーでより顕著である。パートタイマーの場合,労働組合に組織されていない者や自己申告制度が適用されてない者が多いことによろう。
 第6に,94年調査によって,労働組合および苦情処理機関の有無別に不満の表明ルートを調べると(表4),労働組合が組織されている場合では,労働組合を通じた不満の表明が増加する。しかし労働組合が組織されている場合も,「上司中心の不満処理行動」が支配的である。

表4 労働組合および苦情処理委員会の有無と不平不満の表明ルート(複数回答)

 労働組合と苦情処理委員会の両者が組織されている場合は,労働組合が組織されているが苦情処理機関は組織されていない場合に比べ,労働組合への表明が減少し,直接上司が増加する。この点については,苦情処理委員会への苦情を上司を通じて表明する仕組みとなっている事業所があるためと考えられる。
 第7に,表明された不満の内容(複数回答)は,「日常業務の運営等に関する苦情」(51.8%),「作業環境等に関する苦情」(34.2%),「賃金,労働時間等労働条件に関する苦情」(31.0%),「人間関係等に関する苦情」(29.6%),「配置転換,出向に関する苦情」(15.0%),「教育訓練等に関する苦情」(6.8%)などである(5%以上の指摘率の項目)。
 第8に,不満の表明ルートと不満の内容の関係は,両設問とも複数回答のため,正確な分析ができないが,参考として94年調査を利用して,労働組合に加盟している者に限定し,不満の種類別に表明ルートを見よう(佐藤博樹,1999)。全体として見ると不満は上司に出される場合が多いが,不満の内容によって上司への表明率が異なる。不満計の上司への表明率である66.6%を上回る不平不満は,「教育訓練に関すること」(85.8%),「人間関係等に関すること」(79.2%),「配置転換,出向に関すること」(72.1%),「日常業務の運営に関すること」(71.6%),「作業環境等に関すること」(67.2%)である。なお,「昇進,昇格に関すること」は62.1%でこれらに続いている。つぎに労働組合を見ると,不満計の労働組合への表明率である31.7%を上回る不満は,「福利厚生に関すること」(70.7%),「賃金,労働時間等労働条件に関すること」(49.8%),「作業環境等に関すること」(38.7%),「人間関係等に関すること」(33.8%),「日常業務の運営等に関すること」(33.4%)となる。上司と労働組合へ表明された不満を比較すると,配置や異動,教育訓練,昇進・昇格など個人の雇用処遇にかかわる不満は職場の上司に出され,福利厚生,賃金,労働時間などの労働条件に関する不満は労働組合に出されていると言えよう。この結果は,組合員の個人的な雇用処遇の不満に関する労働組合の対応が不十分である可能性を示唆する。

 3 苦情処理機関の機能

 「労使コミュニケーション調査」の個人調査によれば,不満の表明ルートとして,苦情処理機関を利用する者はきわめて少なかった。しかし苦情処理機関を設けている事業所は多く,とりわけ労働組合が組織されている事業所でそのことが当てはまる。「労使コミュニケーション調査」の事業所調査によって苦情処理機関の機能を確認しよう。
 「労使コミュニケーション調査」は,苦情処理機関について,「賃金,配置転換,日常の作業条件等についての従業員個人の苦情を解決するための労使代表で構成されている機関」と定義している。99年調査によると,調査対象事業所のうち25.2%に苦情処理機関が設置され,74.7%には設けられていない。また,労働組合が組織されている事業所では苦情処理機関の設置率が高く,45.8%となる。
 苦情処理機関がある場合,それは,従業員の個人的な不満等の解消にどの程度機能しているのか。個人調査によると,苦情処理機関に不平不満を持ち込む者はきわめて少なかった(中村和夫(1995);社会経済生産性本部労使関係常任委員会編(1999);小嶌典明(1999)なども同様の結果を指摘している)。もちろん個人調査の対象となった従業員の雇用先のすべてに苦情処理機関が設けられているわけではない。しかし苦情処理機関が設けられている事業所を取り出しても,不平不満を当該機関へ持ち込む者は少なかった(前掲表4)。
 また,苦情処理機関が設けられている事業所について,過去1年間に処理された苦情件数を調べると平均9.2件となる。個人調査の結果を考慮すれば,この件数が従業員の苦情の全体を示すものではないことがわかる。つまり苦情処理機関は,従業員の不平不満のごく一部に関してしか機能していないことが確認できる。
 苦情処理機関で取り扱われた苦情件数は少ないが,取り扱われている苦情の内容は,日常の業務運営等に関するもの,人間関係等に関するもの,作業環境等に関するものが多く,個人調査で表明されている不満の内容とほぼ重なる。

 4 職場における不平・不満の処理行動の特徴

 個人調査と事業所調査によれば,職場における不平・不満の処理行動の特徴をつぎのように整理できる。
 第1に,個人的処遇に関して不満を持つ従業員が多数を占めるが,それを表明する者は半数程度である。不満を表明しない背景には,表明先がないことや表明してもどうにもならないとはじめからあきらめていることがある。不満を表明しやすくすることで,潜在化している不満を顕在化することができよう。
 第2に,労使で設けた苦情処理機関の設置率は比較的高いが,不満の解消機会としてはほとんど機能していない。
 第3に,不満の表明先は上司が多く,「上司中心の不満処理行動」が中心となっている。これは労働組合が組織されている事業所にも当てはまる。「上司中心の不満処理行動」が主であるため,職場の管理職による不満の処理機能が低下すると,解消されない不満が増加する可能性が高い。
 第4に,不満を表明した者であっても,その結果に納得している者は少ない。表明されていない不平不満が相当存在するだけでなく,表明しても不平不満が解消されていない場合が多い。「上司中心の不満処理行動」に限界があることが示唆される。
 第5に,不満の内容は,個人調査によれば,日常の業務運営等に関するもの,賃金・労働条件等労働条件に関すること,人間関係に関すること,作業環境に関することなどである。上司と労働組合では,表明される不満の内容に違いがあり,個人的処遇にかかわる不満では,解消ルートとして労働組合はあまり活用されていない。



III 組合員の個別的な苦情等への労働組合の対応――ヒアリング調査による

 1 労働組合から見た苦情の内容と苦情処理のルート

 従業員の個別的な不満や不平の表明ルートとして,労働組合が組織されている場合であっても,労働組合が十分に機能していないことが明らかにされた。なぜこうした状況が見られるのか。組合員の個別的な苦情に関する労働組合の対応の現状を組合役員へのヒアリング調査で検討する。ヒアリング調査は,労働組合の本部や支部など32組織に対して実施されたものである。本稿では,ヒアリング記録を分析に利用するが,ヒアリング記録の一部は「職場労使関係の国際比較」研究委員会(1999)に収録されている(注1)。
 労働組合へのヒアリング調査では,組合員の抱く苦情と処理のルートを概観するため,あらかじめ苦情と処理のルートを提示し,それぞれ多いものを選択する方法を採用した。具体的には,苦情として,(1)現在の仕事自体に関するもの(適性のない仕事への配置など),(2)上司の仕事の管理に関するもの(仕事の量・配分,仕事の教え方など),(3)処遇に関するもの(人事考課の結果,異動,出向,昇進・昇格など),(4)職場での人間関係に関するもの(いじめ,セクハラなど),(5)福利厚生の個人への適用に関するもの(社宅入居,保養所など),(6)私生活に関するもの(家族,サラ金,ローンなど),(7)その他,の七つを用意し,苦情処理のルートとしては,(1)公式の苦情処理制度(労使による苦情処理委員会など),(2)労働組合の職場での集会,(3)組合の相談窓口(各職場の職場委員への通常の相談を含む),(4)組合役員あるいは職場委員への個別・直接・内密の相談,(5)会社の相談窓口(人事など),(6)職場の管理職,(7)職場のベテラン従業員(先輩など),(8)その他,の八つをあげた。この結果は,以下のようになった。
 第1に,組合員から出される苦情の種類は,個人的な処遇に関するものが最も多く,つぎは職場の上司による仕事の管理のあり方に関するもので,それに現在の仕事自体に関するものと福利厚生の個人への適用に関するものが続いている。個人的な処遇に関する苦情が多いことが確認できる。
 第2に,苦情の処理ルートでは,組合の相談窓口,職場の管理職,組合役員あるいは職場委員が比較的多く指摘された。職場のベテラン従業員も一定の比率を占めた。「労使コミュニケーション調査」の結果と同じく,公式の苦情処理機関はほとんど利用されていない。後述するが,労働組合の役員自身も,苦情処理機関に問題が持ち出される前に,苦情が処理されることが望ましいと考えていることがこの背景にある。
 なお,「労使コミュニケーション調査」の個人調査の結果とは異なり,苦情処理のルートとして,組合の相談窓口や組合役員および職場委員の指摘率が高くなっていた。これは,労働組合に対するヒアリング調査であるため,組合員の苦情処理行動の全体を把握したうえでの回答ではないことによろう。

 2 労働組合による苦情のくみあげ方法

 労働組合自身による組合員の個人的な苦情への対応方法は,以下のようになる。全体として見ると,組合員の個別的な苦情に対して制度的に対応している組合は少なく,対応が行われている場合でもインフォーマルな取り組みが主となる。
 第1は,組合役員が積極的に職場に入り,組合員の苦情や要望を吸い上げるものである。職場での懇談会や定期巡回などがこれに当たる(しばしば「職場オルグ」と呼ばれる)。職場単位だけでなく,階層別など層別対応を行っている組合もある。こうした方法がとられるのは,組合として積極的に苦情を吸い上げないと組合員が苦情を出しにくいとの判断があることによる。しかしながら,こうした方法では,他の組合員がいる場であっても表明できる苦情に限定され,職場の組合員に共通するものや人事処遇制度の一般的な運用などにかかわるものなどに限定されがちとなる。そのため人事考課に関する組合員の個別的な苦情などは,こうした場では表明されにくいことになる。
 第2は,アンケート調査票や苦情処理用紙の配布,さらには目安箱・投書箱の設置などによるものである。こうした方法は,個人的な苦情であっても組合員にとっては,苦情を表明しやすいと言える。しかし目安箱・投書箱は,自分から苦情を表明する行動をとる必要があり,労働組合が組合員に配布し回答を求めるアンケート調査や苦情処理用紙に比べて,利用度が低いという問題がある。また最近では,電子メールによる苦情の受け付けをしている組合(事例13)もある。
 第3は,組合員が,直接,組合役員などへ苦情などを持ち込むものである。職場巡回などでは,他の組合員も一緒のため,個人的な苦情を表明しにくく,プライバシーにかかわる問題などは,組合員が組合役員に個人的に相談する場合が多くなる。しかしこうした方法では,組合役員と面識がある組合員の利用が主となり,それ以外の組合員は苦情を出しにくい。こうしたことから組合員に苦情を出しやすいように,相談窓口を設けたり,組合事務所を気楽に訪れ,組合役員などに相談しやすい雰囲気を作っている組合(事例13)もある。
 第4に,労働組合に出された苦情への対応方法には二つの類型がある。上記の第3の方法では,苦情を持ち込んだ組合員に直接それへの回答が伝えられることになる。問題は,第1と第2の苦情への対応の場合である。提出された苦情それぞれに個別に回答する場合と苦情を整理し体系化し,それらに対して回答する場合の二つに大きく分けることができる。さらに前者は,苦情の提出者に個別に回答するものと一括して回答を提示するものに二分される。組合員個々人の苦情に対して個別に回答する方式のほうが,苦情を出す組合員が多くなるようである(事例14「すべての苦情に回答があるので,組合員の関心が高い」など)。こうした例として,組合員個々人から出された苦情や疑問のすべてに回答する方法を採用している組合がある(こうした労働組合の事例として佐藤博樹・宮本信(1999)を参照されたい)。

 3 職場の管理職による苦情への対応

 労働組合から見た職場の管理職による職場成員の苦情処理の方法は,つぎのようになる。
 第1は,職場の管理職が,職場成員の苦情を吸い上げ,それに対応するものである。この苦情処理方法は多用されている。しかし,職場成員の苦情のくみあげに熱心な管理職とそうでない管理職で,職場成員の苦情の表明のしやすさが異なり,苦情の解決が管理職の行動に依存することになる。また,人事処遇制度のあり方に関する苦情では,管理職として処理可能な範囲がおのずと限定されることが多い。また,労働組合として,人事考課,配転,異動,仕事量などの苦情に関しては,管理職へ出すように指導している事例(事例18)も見られる。
 第2は,管理職と部下との制度化された面接制度によって従業員の苦情を吸い上げるものである。上司との面接の仕組みや運用は多様であるが,仕事やキャリアに関する希望や苦情の表明の機会として利用したり,能力開発や人事考課の結果について話し合う機会を設けている企業もある。こうした話し合いでは,仕事やキャリアや能力開発や人事評価などに関して上司と部下の間で情報交換が行われるため,人事処遇の制度や運用に関する情報不足による従業員の不満等を解消することに貢献できる。しかしながら,話し合いの結果に関しての苦情を解消することは制度上,難しいと言える。
 第3は,自己申告制度である。自己申告制度に基づいて,前述の面接を行う企業もあるが,面接はなく,仕事やキャリアなどに関する要望を記入し,それを人事部門に提出する仕組みを採用している会社もある。自己申告制度は,従業員の要望を事前に把握し,異動等を従業員の要望に即して可能な限り行い,苦情の発生を予防しようとするものである。

 4 組合員の個別的な苦情処理に関する労働組合の考え方

 組合員の処遇などに関する個別的な苦情への対応に関する労働組合の中心的な考えをまとめるとつぎのようになる。
 第1に,労働組合の多くは,公式の苦情処理機関に持ち込まれる前に,組合員の個別的な苦情が解消されることが望ましいと考えている(事例11「労使双方は,苦情処理委員会を最終的な手段と考えており,苦情処理委員会まで事態がもつれることは,組合や職制の問題発見および解決能力がないことを意味する」)。こうした結果,苦情処理機関が設置されていても,組合員の苦情処理にそれが活用されている事例はきわめて少なくなるのである。
 第2に,労使による公式の苦情処理機関とは別に,組合員の個別的な不平不満に対応するフォーマルな取り組みの仕組みを設けている労働組合はきわめて少ない。それは現状のインフォーマルな苦情処理の仕組み(職場の上司や組合役員による対応など)で,組合員の個別的な苦情に対応できると考えている組合が多いことによる。そうした組合が多いのは,つぎのような見方によるものである。
 労働組合の多くは,組合員の仕事や処遇にかかわるルール作りに発言するだけでなく,ルールの適用に関する組合員の不平や苦情をくみあげ,それをルールやその運用に反映させ,組合員の間にルールのあり方や結果に関して,苦情や不平が生じないようにする努力を行っている。さらにそうした組合は,ルール形成やそのフォローに際して,職場集会や意識調査など組合員の要望把握の努力も行っている。
 しかしながら,組合員の個別的な不平や不満の積極的な掘り起こしに関しては消極的であり,組合員がインフォーマルに組合役員に不平や不満を持ち込んだときに対応するにとどまっている。それは,組合員の要望を組み入れてルールを作成したり,その運営のあり方に関する要望をくみあげ,ルールのあり方やその運営に反映させることで,組合員の個別的な苦情や不平が少なくなり,それによっても解決できない不満や苦情は,インフォーマルな対応で十分であると考えられていることによる。また,苦情の掘り起こしを積極的に行うと,労働組合の活動範囲を超えた多種多様な苦情や不平が噴出し,収拾がつかなくなるといった危惧を抱いている組合も少なくないことが背景にあろう。



IV 小括――個別的な苦情等と労働組合の課題

 「労使コミュニケーション調査」によれば,労働組合が組織されている場合でも,組合員の個人的な処遇にかかわる不満は,労働組合に表明されることが少ないことが明らかにされた。また,組合員の個別的な苦情に対する労働組合の取り組みも,インフォーマルなものが主となっていた。組合員の個別的な苦情に関する労働組合の取り組みは,現状のままで十分なのであろうか。最後にこの点を検討しよう。
 労働組合は,組合員の生活や仕事にかかわる諸条件の維持・向上を目的とし,その前提として,生活や仕事にかかわる組合員の要望等を的確に把握することを組織運営の基本とする。賃上げ交渉にしても,人事処遇制度への発言にしても,組合員の要望を把握し,労使の交渉や話し合いに反映させる。さらに,労使で合意された労働諸条件にかかわるルールの組合員個々人への適用のされ方や結果を監視するとともに,組合員がそれらに苦情や疑問を抱く場合は,その解消に取り組むことも労働組合の課題とされている。しかしながら労働組合の活動のあり方をヒアリング調査で見ると,組合員個々人の処遇に関する苦情や疑問への対応は,組合活動の中では相対的に比重が低いものであった。もちろん労働組合は,労使で合意されたルールの適用やその結果に関する組合員の苦情や疑問をくみあげる努力を行ってきている。だがそれは,組合員個々人の苦情や疑問への対応自体が目的ではなく,組合員が共通して抱く苦情や疑問を把握し,それらの原因を追及し,苦情や疑問が出されないように労働諸条件にかかわるルールや運用の改善に反映させることに力点が置かれていた。こうした結果,人事考課など組合員個々人の処遇に関する苦情や疑問などは,個人的なものであるため,労働組合の職場集会などでは表明されにくく,表明される場合も職場の管理職や労働組合の役員などに個別に持ち込まれ,インフォーマルに処理されることが多くなる。こうしたことが「上司中心の不満の処理行動」の背景にある。
 他方,組合員個々人の職業生活上の苦情や不満などに対して労働組合としてより積極的に対応することの重要性が指摘されるようになってきている。背景には,人事処遇制度の個別化がある。人事処遇制度の個別化が進展しても,労働組合が組織されている企業では,人事処遇にかかわるルール形成に労働組合が発言することには変わりがない。しかしルールがいかに精緻かつ合理的に作られても,ルールの運用のあり方や適用の結果に関しては従業員が苦情や疑問を抱くことがなくなることはない。また,従業員の価値観やライフスタイルの多様化は,組合員の会社や仕事に対する期待を多様化させ,従業員の期待を充足させるために,多種多様な報酬の提供が必要となり,組合員の不平や不満を増幅しがちとなる。こうした組合員が抱く個別の苦情や疑問は,人事評価の結果などプライバシーにかかわるものが少なくなく,労働組合を通じた公式の紛争処理の仕組み(団体交渉,労使協議など)にはなじまない面が多いことによる。
 さらに,従業員の個人的な処遇にかかわる苦情や疑問に関する職場の上司によるインフォーマルな解消メカニズムが機能しにくくなり,「上司中心の不満処理行動」の限界が指摘されている。職場の上司が,部下である職場成員の代表として不平や不満を解消する行動をとりうる条件が弱まり,管理職の苦情処理機能が低下しているのである(藤村博之1999,101-102頁)。この背景には,管理職の多忙化やプレイング・マネージャー化,さらには価値観の変化(部下の苦情への対応は管理職の仕事ではない)などがある。
 「労使コミュニケーション調査」によれば,従業員の個別的な苦情は,表明されずに潜在化している部分が大きい。また苦情が表明される場合もすでに指摘したように上司に依存した解決が主となっている。上司の苦情処理能力が低下すると,従業員の苦情の潜在化が加速する可能性があり,現状はその方向に動きつつある。労働組合にとって,処遇等にかかわるルール形成やルール適用のあり方に発言したり,その結果をモニタリングし,それらをルールや適用に反映させることは,きわめて重要な活動であるが,それらに加え,組合員の個別的な苦情や不満への積極的な対応が求められる状況にあると言えよう。
 組合員の個別的な苦情や不満への対応を労働組合として有効に行うためには,組合員が苦情等を気楽に出せる仕組みを作ること(組合からの働きかけも重要である),苦情を出した組合員のプライバシーを保護すること,苦情への対応や処理の結果を直接本人に戻すことなどが基本となろう。労働組合が,組合員の苦情や不満を解消するための「代理人」としての機能を担うことをフォーマルに目指すことが求められる。こうした考え方に基づいた苦情処理への具体的な取り組み方法には多様な形態がありうる。また,組合員の個別的な苦情や不満の相当部分は人事処遇にかかわるものであるため,苦情処理に際しては,会社側の情報提供や調査などの面で協力が欠かせない。こうしたことから労使で中立的な相談窓口を設けることも検討に値する(小嶌典明(1999)など)。また,上司の苦情処理機能が低下する状況にあるとすると,労働組合が,組合員の個人的な苦情等の解消にフォーマルに取り組むことは,様々な人事諸制度が職場で公正に運用されているかどうかをチェックできることにもなり,会社にとっても有益なものとなる。
 組合員の個別的な苦情を組合へ持ち込み処理することに対して,職場の問題を外に出すことを嫌う管理職から抵抗があるとの意見もある。しかし,苦情処理に先駆的に取り組んでいる労働組合の活動事例などを見ると,時間とともに管理職の抵抗も次第に弱まっていくことが報告されている(佐藤博樹・宮本信(1999))。
 労使による公式の苦情処理機関は,例外的にしか利用されていなかった。しかし組合や会社あるいは労使による新しい苦情処理の仕組みが整備されれば,従来の苦情処理機関が不要になるわけではない。従来の公式の苦情処理機関は,他の仕組みで解決できない場合に,問題を持ち込める最後のよりどころとして維持していく必要がある。さらに企業内で解消できない場合のために,企業外においても個別的な紛争処理の仕組みを整備することが求められる。
 また,人事制度の中に職場の管理職との面談の機会を組み込むことは,これまでインフォーマルに行われていた上司による苦情処理の機能を制度化することになり,組合員の苦情や不平の掘り起こしとその解消に貢献できるものである。面接制度を導入した企業では,組合員の処遇にかかわる不平や苦情が減少したとの報告が多い。しかし面接制度が機能するためには,面接時間の確保などが必要である。また労働組合としても,面接が制度設計通り実行されているかなどのチェックが不可欠である。さらに,面接制度を充実することで,組合員の個別的な苦情のすべてが解決できるわけではない。たとえば,面接の結果に関する組合員の苦情に関しては,それ以外の対応が求められることによる。


(注1)研究会には,連合総研の研究員,労働組合の役員,および研究者として小笠原浩一(埼玉大学),久本憲夫(京都大学),筆者が参加した。ヒアリング時期は,99年2月から99年3月である。


参考文献
小嶌典明(1999)「調査結果からみた個別労使紛争の解決のあり方」社会経済生産性本部労使関係常任委員会編。
佐藤博樹・宮本信(1999)『個別的苦情処理への労働組合の対応:日本ビクター労働組合の取り組み』,日本労働研究機構「労働組合の現状と展望に関する研究」(27))社団法人教育文化協会。
佐藤博樹(1999)「職場における不平,不満の実態と解決行動」『我が国労働組合の現状に関する総合的調査研究:中間報告』日本労働研究機構。
社会経済生産性本部労使関係常任委員会編(1999)『職場と企業の労使関係の再構築:個と集団の新たなコラボレーションに向けて』生産性労働情報センター。
「職場労使関係の国際比較」研究委員会(主査・佐藤博樹)(1999)『職場労使関係の国際比較に関する調査研究報告書(職場の苦情処理に関する調査研究)』,日本労働研究機構・財団法人連合総合生活開発研究所。
電機連合(2000)「第13回 組合員意識調査結果報告(1999年9月調査)」『調査時報』電機連合,第313号。
中村和夫(1995)「企業内紛争処理の実状と課題」日本労働研究機構編『個別紛争処理システムの現状と課題』(調査研究報告書No. 65)日本労働研究機構。
藤村博之(1999)「これでいいのか? 労働組合」社会経済生産性本部労使関係常任委員会編。
山川隆一(1998)「労働紛争の変化と紛争処理システムの課題」菅野和夫ほか著『岩波講座 現代の法 12 職業生活と法』岩波書店。
連合・労働委員会制度のあり方研究会(主査・毛塚勝利)(1998)『新しい労使紛争解決システムの研究:「労働委員会制度のあり方研究会」の最終まとめ』日本労働組合総連合会。
労使関係システムのあり方研究会(主査・諏訪康雄)(1998)『企業内における苦情処理の実態とあり方に関する研究』財団法人労働問題リサーチセンター。
労使関係法研究会(会長・石川吉右衞門)(1998)『我が国における労使紛争の解決と労働委員会制度の在り方に関する報告』。
労働基準局監督課(2000)「紛争解決援助制度の運用状況について:解雇,労働条件引き下げ,配置転換,出向等への対応」『職業安定広報』Vol. 51,No. 23,9月11日号。


 さとう・ひろき 1953年生まれ。東京大学社会科学研究所教授。主な編書にJapanese Labour and Management in Transition: Diversity, Flexbility and Participation(共編著,Routledge, 1997)など。人事管理・産業社会学専攻。