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(著者抄録)
本稿では,百貨店の事例研究をつうじ,パート労働の職域形成の実態と論理を分析した。分析結果によれば,経営は,販売利益の確保や職場運営の能率維持を,一方,労働組合は,社員の労働強化の抑制を主な目的として,社員とパート労働者の職域区分の規準を設定している。そして,最終的には,労使の設定する規準を参照しつつも,それから準自律的な職場集団が,要員構成や技能構成,労働需要にかんする各売り場の個別的状況にそくして,個々の社員やパート労働者へ柔軟に仕事を割り振る。それにより,販売利益の確保や,職場運営の能率の維持,社員の労働強度の軽減といった,経営や労働組合の職域規準設定の意図が効果的に実現されている。

(論文目次)
I はじめに
II 事例のプロファイル
III 経営によるパート労働の活用
IV 職域設定と経営戦略
V 労働組合の職域への発言
VI 売り場運営における派遣店員への依存
VII 売り場における職域形成の実態
VIII 要約と結論

 I はじめに

 本稿の目的は,パート労働の職域が形成される仕組みをあきらかにすることにある。この目的をはたすうえで,本稿では,パート労働の職域にはたらきかける経営と労働組合の行為,および,それらと一定の関係をもって形成される,職場レベルの職域の実態に着目する。経営や労働組合は,どのような意図から,パート労働の職域にどうはたらきかけているか。それをうけ,職場では,パート労働の職域がどのように形成されているか。これらの点を事例の分析を通してあきらかにすることで,労使関係のもとでの,パート労働の職域形成の実態と論理を明確にしたい(注1)。なお,パート労働の職域とは,企業や事業所,職場を分析の単位とした際に,パート労働者が通常行う仕事(tasks)の範囲をしめす概念である。
 日本のパート労働者数は,現在にいたるまでつねに安定的な伸びをしめしている。それに対応して,個別の企業や事業所内では,パート労働者比率の上昇とともに,その基幹的労働力としての活用や,職務内容の高度化,キャリアの深まり,社員に準じた能力主義的な労務管理制度の整備が進展している。(川喜多,1983;中村,1989,1990;青山,1990;三山,1991;林,1993;本田,1992,1993a,1998)。日本の企業や事業所において,パート労働者の比重は量的にも質的にも高まってきている。
 ところで,既存研究をみるかぎり,これら個別の企業や事業所におけるパート労働者の量的・質的な比重の高まりは,社員とパート労働者のあいだの,職務上の分業をともないつつ進展していることがわかる。既存研究は,(1)パート労働の職域が,定型的で補助的な仕事だけでなく,一定の技能を要する比較的高度な仕事もふくみ,社員の職域と重なりあっていること,しかし(2)社員のみが行う職域も残されており,社員の職域とパート労働の職域とのあいだには境界が存在することをしめしている(津田・林;1980,筒井・山岡;1982,冨田;1986,脇坂;1986,中村;1989,1990,三山;1991,本田;1993a)。
 本稿では,このように社員の職域とのあいだに境界をもつパート労働の職域にはたらきかける,経営と労働組合の行為,およびそれと一定の関係をもって形成される職場での職域の実態に着目する。以下の分析からあきらかとなるように,パート労働の普及と定着を背景として,パート労働の職域をどう設定するかは,労使双方に重要な課題として認識され,労使交渉の重要なイシューとなっている。そして,労使による職域にかんする取り決めにそいつつも,各職場の個別的状況におうじた,職場レベルでの柔軟な仕事の割り振りが,労使による職域設定の目的を効果的に実現している。本稿では,こうしたパート労働の職域設定を行う労使の意図と行動,それと一定の関係をもって形成される職場での職域の実態を分析することで,パート労働の職域形成の実態と論理の解明をこころみたい。



 II 事例のプロファイル

 A社は,1886年,呉服店として発足し,1924年に百貨店形態の店舗を開設,その後,百貨店業を主たる業務として事業を展開してきた。資本金348億2800万円。百貨店業界のなかでは,トップクラスの収益を誇り,1996年度の売上高は,4556億625万円であった。東京都心部に位置する本店のほか,関東圏に六つの支店を営む。一方,A社労組は,A社のほかに関連企業をふくむ企業グループを組織化の対象としている。企業グループを統括する本部のもとに,A社の経営機構に対応するA社支部がある。A社労組は,商業労連における中核的な労働組合であり,1946年の結成以来,活発な活動を展開し,今日に至っている。A社支部の組合員数は,1997年3月現在,4591名である。98年4月1日より,非正社員の一部が組織化され,98年6月現在,53名の非正社員の組合員が存在する。
 A社には,大きく分けて五つの雇用形態が存在する。「社員」のほかに,「専門スタッフ」「契約社員」「パート社員」「アルバイト」と呼称(注2)される雇用形態が設けられ,それぞれたがいにことなる労働条件が適用されている。これら雇用形態のうち,現在,社員を除いて最も規模の大きいのは,パート社員(注3)である。1997年10月現在で,社員数5290名にたいし,パート社員数は2744名である。パート社員は,雇用契約期間が1年,労働時間が週12時間以上35時間以内,1日の労働時間が8時間以内に設定された短時間労働者であり,典型的なパート労働者と考えることができる。以下では,パート社員の職域の実態とそれを規定する論理を中心に分析をすすめたい。



 III 経営によるパート労働の活用

 経営による,パート社員活用の目的は,人件費削減にある。パート社員の時間給の低さがこれに貢献する。パート社員の時間給(職種給)は,各店舗のおかれた地域の相場,とくに,競合他社の類似職種における採用時の時間給を参考に,必要な質と量の労働力を集められる最低限の額に設定されている。主婦層や若年女性層を労働力の主な供給源とした外部労働市場を利用することにより,パート社員の時間給は,社員とくらべ低いレベルに抑えられている。
 パート社員の平均時給(職種給)は,1997年10月現在で907円である。同年度の社員の大卒初任給は基本給で19万8000円であり,ためしにこれを時給に換算してみると,約1280円となる。計算は,(初任基本給19万8000円)×(12カ月)÷(年間出勤日数251日)÷(標準労働時間7時間25分)の式による。大卒の新卒者と比較しても,パート社員の平均時給は,時給換算した社員の賃金の7割程度である。役付き一歩手前の係員層の社員で比較すると,時給換算した社員の平均賃金はパート社員の平均時給の3倍程度となる。賞与やその他の手当,社会保険負担もあわせて考えると,社員とパート社員の賃金コストの差はさらに大きい。社員数を抑制し,不足する労働力をパート社員の増加でおぎなうことで,人件費コストの圧縮が可能となる。
 A社では,1993年以降,新規採用の抑制により社員数を削減する方針をとっている。A社は,1993年の6156名をピークとして,94年に5977名,95年に5702名,96年に5459名,97年に5290名と一貫して社員数を減らしている。一方,1995年から1997年のあいだに,社員の年間総実労働時間が,1887時間から1872時間へと0.8%微減したのにたいし,営業時間は2889時間から3240時間へと12.1%拡大し,営業面積も18万5000m2から23万3000平方メートルへと25.9%拡大している。必要とされる労働力にたいする,社員の労働力の貢献する比重は低下している。そして,パート社員は,この不足分をおぎなう雇用形態として期待されている。この間のパート社員数の推移をみると,1993年が1810名であり,94年に1662名へと減少をみせるものの,それ以降,95年に2057名,96年に2730名,97年に2744名と安定して増加している。
 このように,経営は,人件費コスト削減のため,社員の労働力の一部を代替する安価で良質な労働力として,パート社員を活用している。社員とくらべたパート労働の人件費コストの低さは,経営がパート労働の比率を高め,その職域を拡大させる誘引となっている。



 IV 職域設定と経営戦略

 人事部は,パート社員制度導入当初から,各売り場の販売責任者であるセールスマネージャー(SM)(注4)に,社員とパート社員の仕事の分担規準をしめし,社員とパート社員への効率的な仕事の割り振りを行うよう指導してきた。人事部は,売り場の仕事をその性質におうじて,「基幹業務/補完業務」「営業業務/営業支援業務」の軸にそって分類し,基幹業務かつ営業業務を社員の主な職域に,補完業務かつ営業支援業務をパート社員の主な職域に位置づけるよう,集合研修をつうじてSMにたいし指導している。より具体的には,接客商品販売をふくむ高度な判断能力や技能,責任を要求する仕事を社員の主要な仕事として位置づけ,それ以外の仕事をパート社員の職域に位置づけようとしている(注5)。
 現在,各売り場に存在する多様な仕事は,(イ)社員のみが行う仕事,(ロ)社員がパート社員に率先して行う仕事,(ハ)社員とパート社員が同様に行う仕事,(ニ)パート社員が社員に率先して行う仕事という区別がなされている(注6)。

 (イ)社員のみが行う仕事としては,人事管理,欠品補充,返品の判断,返品の納入業者への申請と交渉,陳列替え,催し物会場の陳列,クレーム処理,各週・各月の計数集計,売り上げの分析がある。これらの仕事はパート社員の職域からほぼはずされている。
 これらは,(1)技能の修得に比較的長い勤続を必要とする,(2)展示会への参加をつうじての情報収集など,遂行上必要な知識獲得のために勤務時間以外の努力を必要とする,(3)社員のみが行う,より高度な仕事の技能修得の前提となる,(4)必要な技能や知識を身につけるうえで,社員のみが行う仕事の経験を必要とする,(5)Off-JTをつうじて修得される体系的な知識を必要とする,(6)売り上げの集計や分析のように,高度な判断業務のための知識獲得の前提となる,(7)残業をともなう,(8)社員にたいする指揮命令をともなう,(9)客へのおわびをともなうなど,対外的に責任ある立場の者が行うべき,(10)納入業者との交渉など対外的な交渉力を必要とする,などの性質をもつ仕事である。
 平均的にみた場合,社員とパート社員とでは,勤続年数やモラール,仕事による拘束にたいする考え方,技能や商品知識などにかんして格差が存在する。また,雇用契約上,パート社員は原則として残業を行わない。さらに,組織上,パート社員は社員の下に位置づけられ,社員の指揮命令に従う立場にある。そのため,以上の性質をもつ仕事をパート社員に行わせることは,販売利益や職場運営の能率を確保するうえで有効でない。そこで,これらの仕事は,社員のみの仕事と位置づけられている。

 (ロ)社員がパート社員に率先して行う仕事としては,接客商品販売がある。勤続年数やモラールの違いから,接客の技能や商品知識の点で,社員のほうがパート社員よりすぐれる。また,パート社員は社員とくらべ勤務時間が短いことから,引き継ぎ業務をより発生させやすい。そのため,接客商品販売をパート社員に任せることは,販売利益や職場運営の能率の低下につながりやすい。しかし,社員が他の仕事で手が回らない場合や,客数が多く社員のみでは接客商品販売をこなせない場合には,パート社員も接客商品販売を行う必要がある。そこで,接客商品販売は,社員のみの仕事としてではなく,社員がパート社員に率先して行う仕事として位置づけられている。

 (ハ)社員とパート社員が同様に行う仕事としては,品出し,下級者指導,陳列の維持がある。

 (ニ)パート社員が社員に率先して行う仕事としては,各日の計数集計,修理加工承り,入金処理,包装梱包,用度管理,倉庫納品整理,返品作業,POS着席がある。これらの仕事は,高い技能や知識を必要としない。これらをパート社員に行わせ,社員が接客商品販売を行う機会をふやすことで,社員の技能や商品知識を効率的に活用することができる。経営は,販売利益と職場運営の能率を確保するうえで,これらの仕事を積極的にパート社員に行わせている。

 このように,経営は,社員とパート社員への仕事の割り振り方に一定の規準を設け,社員の職域とパート社員の職域に区別をつけようとしている。その目的は,高い判断能力や技能,知識,責任,時間的拘束,社員への指揮命令などを必要とする仕事を社員が行えるように仕事を割り振ることで,(1)売り上げの維持・向上や,欠品・売れ残りによる損失の回避を行い,販売利益を確保すること,(2)指揮命令関係の保持や,迅速な業務の遂行,引き継ぎ業務による時間的ロスの回避を行い,職場運営の能率を維持することにある。



 V 労働組合の職域への発言

 A社労組は,企業レベルおよび支店以下のレベルに設けられたいくつかの労使コミュニケーション・ルートを利用し,パート社員制度やその運用,あらたな雇用形態である契約社員の制度設計にかんして発言を行っている。パート労働にかんする労働組合の活動は,これまで,組織化活動の実態(橋詰,1985;中岡,1985;筒井・山岡,1985;本田,1993b)をのぞき,十分あきらかにされてこなかった(注7)。しかし,A社の事例はパート労働制度の設計や運営にたいする,労働組合のはばひろく実質的な発言の存在をしめす。
 A社労組が,パート社員にかんして発言する主な目的は,組合員である社員の労働条件の維持向上にある。労働組合は,社員の増員が困難な状況のもと,不足する要員をおぎない,社員の労働強度を軽減する目的で,パート社員の増員を要求してきた。
 しかし,社員の労働条件をまもるうえで,パート社員の増員による社員の労働強度緩和の効果は,近年,限界にちかづきつつあった。第1に,パート社員の多くは,接客商品販売に必要な技能や商品知識の点で社員におとる。そのため,パート社員の増加は,売り場において最も仕事量の多い接客商品販売による社員の負担を必ずしも十分に軽減しない。第2に,パート社員が勤務時間として契約をむすぶ曜日や時間帯の都合上,夕方や週末を中心に要員が不足し,これらの時間帯や曜日における社員の労働強度が高まっている。このような状況のもとでは,パート社員による社員の代替がすすみ,パート社員比率が高まるほど,社員の労働強度は高まることになる。
 そこで,労働組合は,あらたな雇用形態の創設を経営に提案し,1997年度の労使協議会における経営との協議の結果,契約社員と呼称される雇用形態があらたに設けられることとなった(注8)。契約社員は,ローテーションによる週休2日,社員の遅番に相当する11時05分~19時40分の勤務形態をとるフルタイムの非正社員である。そのため,要員が不足しがちな,夕方や週末などにおける要員確保に貢献する。また,契約社員は,販売経験のある層から採用が行われるため,仕事量の多い接客商品販売をこなす即戦力として期待でき(注9),社員の負担軽減の効果が大きい。契約社員という雇用形態をあらたに設けることで,社員の労働条件の維持向上が可能となる。
 一方,経営は,契約社員制度創設により,人件費コスト増加を抑制しつつ接客商品販売の質を維持することを期待した。そのため,契約社員の賃金は,人件費コスト抑制のため,社員とくらべ低く設定されている(注10)。しかし,契約社員の勤務時間による拘束の程度は社員にちかい。それゆえ,契約社員は,時間的拘束の低いパート社員以上に,社員との賃金格差を不公正ととらえる可能性が高い。これにたいし,労働組合は,社員と契約社員の職域に区別を設け,職域の違いを賃金格差の根拠とすることで,「同一労働同一賃金」の理念にそった賃金格差の合理性をことなる雇用形態のあいだに実現しようとした。
 また,契約社員は,フルタイム勤務であること,販売業務の経験者層から採用されることから,勤務時間や技能にかんして社員との差が小さい。そのぶん,パート社員以上に社員の雇用機会を侵食する可能性が高い。労働組合は,組合員である社員の雇用機会を維持するため,契約社員の職域を制限し,契約社員による社員の雇用機会の侵食に,あらかじめ歯止めをかける必要があった。
 経営としても,従来はSMへの指導をつうじてのみ実現がはかられていた,各雇用形態の業務区分が,組合員の合意にもとづくフォーマルなものとして各販売員に直接うけいれられることは,販売利益の確保や職場運営の能率の維持をはかるうえで有益である。
 そこで,1997年度の労使協議の場で,契約社員の制度設計の一環として,各雇用形態の業務区分についての協議が行われた。協議の結果は,業務区分表にまとめられ,労組A社支部の最終議決機関である大会で執行委員および代議員の承認をえたのち,組合員への通知がなされている。
 業務区分表において,契約社員の職域は,接客商品販売に特化する形で狭く設定されることとなった(表1参照)(注11)。契約社員の職域からは,接客商品販売以外の高度な仕事のほか,用度管理や返品作業,POS着席など,パート社員の主要業務を構成する定型的な仕事もはずされている。これにより,パート社員をフォローし,これらの仕事をはばひろく行う社員の職域と,契約社員の職域の違いがより明確にされている。

表1 業務区分表

 以上みてきたように,労働組合がパート労働の職域へ発言する直接の契機は,契約社員の職域を規制することにあった。契約社員の職域設定と並行して,労使協議では,パート社員の職域についても,フォーマルな取り決めがなされている。それにより,労働組合は,社員とパート社員の賃金格差に職域の違いにもとづく合理性をもたせること,パート社員による社員の雇用機会の侵食を抑制すること,そして,とりわけ,パート社員による社員の代替にともなう社員の労働強度の高まりを抑制することを期待している。
 しかし,労使協議により作成された業務区分表が,売り場レベルでの,パート社員への仕事の割り振りにどれだけの拘束力をもつかについては,一定の留保が必要である。業務区分表で,社員が行い,パート社員が行わない仕事は,人事管理にかぎられる。その他の仕事については,「主要重要業務」「一部業務」「ほとんど遂行しない」という区別により,パート社員の各仕事への関与の程度がしめされているにすぎない。しかも,業務区分表の意義を組合員に通知する書面では,「業務区分は基本として,それぞれのお買い場(注12)の要員構成や商品特性にあう形で柔軟な対応を行って」(1998年度A社支部臨時大会議案書)ゆくべきことが明示されている。
 業務区分表における社員とパート社員の職域の明確な区別と,その厳格な適用は,社員の職域の仕事をこなすのに十分な社員数が各売り場に確保される場合にのみ,労働組合が期待する目的を効果的に達成しうる。しかし,労使関係において,要員の決定は経営権に属する項目とされており,労働組合は,強制力をともなう交渉により,各売り場の社員の増員を経営に要求することはできない(注13)。現在,売り場によっては,不足する社員の要員をおぎなうかたちで,パート社員が,接客商品販売など,業務区分表では社員の主要業務と位置づけられた仕事の実質的な担い手となっている。パート社員のなかには,比較的長期の勤続をつみ,割り振られた仕事の範囲で,社員の職域に位置づけられた仕事をこなしうる層もあらわれている。社員の増員が困難な状況のもと,労使が,パート社員の職域を社員の職域と明確に区別して狭く定義し,それを各売り場へ厳格に適用することは,パート社員への依存度が高い売り場を中心に,社員の労働強度をむしろ高めてしまう。
 こうした事情から,業務区分表では,社員とパート社員の職域が,各仕事への関与の程度の違いにより,ゆるやかに区別され,しかも,売り場の個別的状況にそくしたその柔軟な適用がもとめられている。業務区分表には,強制的な職域の規制手段としてではなく,職域区分の基本として参照すべき規準として,漸進的に効果を発揮することが期待されている。



 VI 売り場運営における派遣店員への依存

 通常,売り場の運営には,A社とは雇用関係をもたず取引先の納入業者から派遣される派遣店員が,かかわる。派遣店員は,特定の納入形態の商品を販売する要員として派遣される。A社の場合,納入形態には,大別して,商品を仕入れた段階で納入業者に支払いを行う「買取仕入」と,レジを通った商品についてのみ納入業者に支払いを行う「委託仕入」の二つがある。このうち,「買取仕入」は,さらに,返品可能な形態と返品不可の形態に分類できる。これら(a)「委託仕入」,(b)「買取仕入(返品可)」,(c)「買取仕入(返品不可)」のうち,(a)「委託仕入」と(b)「買取仕入(返品可)」では,納入後の商品の売り上げが納入業者の利益に直結する。そこで,これらの納入形態の商品については,納入後の売り上げ向上のため,通常,販売要員として納入業者から派遣店員が派遣される。
 A社において,売り場運営における派遣店員への依存度は高い。1997年10月現在,全店舗では,社員約5300名,パート社員約2700名にたいし約8400名の派遣店員がはたらく(注14)。それだけに,社員数が厳しく制限された現状では,各売り場の派遣店員への依存度は,各売り場の運営に必要な社員の要員充足度を左右する。そして,売り場における社員の要員充足度が低いほど,パート社員が社員の職域に位置づけられた仕事を積極的に行う必要がある。そのため,各売り場の派遣店員への依存度は,パート労働の職域を間接的に規定している。職場レベルの職域形成の実態を分析するに先立ち,この章では,売り場運営における派遣店員への依存度が決まる仕組みについて概観しておきたい。
 売り場運営における派遣店員への依存度は,売り場内の各陳列スペースの陳列形態ごとにことなる。A社の陳列形態は,大きく「平場」と「箱ショップ」の二つに分類できる。「平場」は,売り場内のひらけたスペースに,同類の品目の商品を陳列する形態である。一方,「箱ショップ」は,売り場内に,仕切りにより独立したスペースを設け,そこに特定のブランドの商品を陳列する形態である。なお,「箱ショップ」の商品は,すべて「委託仕入」か,すべて「買取仕入(返品不可)」で仕入れるのが一般的である。そして,これら(i)「委託仕入」の「箱ショップ」,(ii)「平場」,(iii)「買取仕入(返品不可)」の「箱ショップ」のうち,(i)「委託仕入」の「箱ショップ」は,SMとアシスタント・セールスマネージャー(ASM)の監督のもと,ほぼ派遣店員のみで運営される。(ii)「平場」では,派遣店員は,社員やパート社員と協働しつつ,(a)「委託仕入」や(b)「買取仕入(返品可)」で納入された,派遣元の商品の販売業務を行う。(iii)「買取仕入(返品不可)」の「箱ショップ」は,納入形態の特性から,派遣店員は派遣されず,社員とパート社員のみで運営される(図1参照)。

図1 売り場内の陳列スペースの構成

 そのため,各売り場の運営における派遣店員への依存度は,(1)売り場内の陳列スペースの構成や,(2)「平場」に陳列された商品の納入形態の構成,(3)派遣店員の数に左右される。各売り場の仕事の量を前提とした場合,(iii)「買取仕入(返品不可)」の「箱ショップ」の比率が低いほど,また,(ii)「平場」に陳列された商品のうち,(c)「買取仕入(返品不可)」商品の比率が低いほど,そして,ある程度までは派遣店員の数が多いほど,派遣店員への依存度は高くなる。
 ところで,売り場運営における派遣店員への依存度を規定する,納入形態や陳列形態,派遣店員の人数は,差益率や在庫リスク,商品展開の主導性と関連する。納入形態では,(a)「委託仕入」,(b)「買取仕入(返品可)」,(c)「買取仕入(返品不可)」のうち,後者ほど商品の納入価格が低く差益率は高いが,在庫を抱えるリスクも高い。また,陳列形態では,(i)「委託仕入」の「箱ショップ」,(ii)「平場」,(iii)「買取仕入(返品不可)」の「箱ショップ」のうち,後者ほど,差益率および商品展開の主導性は高いが,在庫リスクも高い。さらに,派遣店員が多く派遣されるほど,その分が商品の納入価格に転化されるため,差益率は低くなる。そこで,これら諸項目の決定に際しては,売り場の要員状況のみでなく,差益率や在庫リスク,商品展開の主導性にかんする販売戦略が考慮される。
 そして,これら諸項目の決定は,売り場により取引先の納入業者がことなることから,各売り場を単位とする納入業者との交渉により分権的に決定される(注15)。そのため,決定は,売り場ごとの販売戦略や納入業者にたいする交渉力に影響される。したがって,人事部が,各売り場の派遣店員への依存度を十分に統制することはむずかしい。労働組合も,派遣店員の派遣状況については,強制力のある交渉を行っていない。
 このように人事部や労働組合が集権的に統制しがたい,各売り場の派遣店員への依存度は,売り場の規模や客数などとともに,各売り場の運営に必要な社員の要員を左右する。そこで,各売り場の社員の要員決定に際しては,売り場の売上高や規模,客数などとともに派遣店員への依存度も考慮される(注16)。しかし,社員の増員が困難な現状においては,すべての売り場に,社員の職域の仕事を十分こなせるだけの社員数を確保することはむずかしい。そのため,社員の充足度が低い売り場では,それをおぎなうかたちで,パート社員が,社員の職域に位置づけられた仕事を積極的に行う必要が生じている。人事部および労働組合が統制しがたい,売り場ごとの派遣店員への依存度のばらつきは,労使により設定された各売り場に共通の職域規準の厳格な適用を困難にしている。



 VII 売り場における職域形成の実態

 それでは,経営や労働組合により設定された職域規準は,売り場レベルで,どのように実現されているであろうか。売り場の販売責任者であるSMには,労使による職域規準を参考にしつつも,売り場の要員構成や技能構成,労働需要などにかんする売り場の個別的な状況におうじて,各販売員へ柔軟に仕事を割り振ることが期待されている。パート社員の職域は,最終的に,売り場レベルで分権的に決定される。以下,本店ハンドバッグ売り場を事例に,売り場レベルでの,パート社員の職域形成の実態をあきらかにしたい(注17)。
 ハンドバッグ売り場は,本店本館1階の婦人雑貨をあつかうフロアの一角にある。売り場面積は,約450平方メートル。現在,メーカーと問屋をふくめて,約20社と取引関係をむすぶ(注18)。売り場には,ハンドバッグ,財布,ベルトを陳列する「平場」のほかに,特定ブランドの婦人雑貨をあつかう「委託仕入」の「箱ショップ」がある。「平場」のスペースは,大別すると,ハンドバッグを陳列するスペースと財布・ベルトを陳列するスペースとに分かれる。このうち,ハンドバッグの陳列スペースは,職場組織上,さらにスペースa~dの,四つのスペースに分かれる。これら「平場」スペースに,「箱ショップ」を加えた,計六つのスペースが,SM1名により,一つの売り場として統括されている。「箱ショップ」は,SMおよびASMの指導のもと,基本的に,派遣店員のみにより運営される。その運営にパート社員はかかわらない。以下では,社員,パート社員,派遣店員により運営される「平場」での,各就業形態の職域について分析する。
 「平場」スペースの販売業務は,社員30名,パート社員6名,派遣店員約60名の連携により運営されている。社員のうちわけは,SM1名,ASM3名,一般の販売員26名,一般社員の平均勤続年数は,12.7年である。一般社員は,五つのスペースにそれぞれ割り振られている。ハンドバッグの陳列スペースでは,スペースaに8名,スペースbに6名,スペースcに3名,スペースdに5名,財布・ベルトの陳列スペースには4名いる。各スペースとも,勤続年数が長い層と短い層とがほぼ均等に割り振られている(表2)。パート社員は,「販売」職2名(パート社員aとb),「POS」職種2名(パート社員cとd),「商品運搬」職2名(パート社員eとf)の計6名である(注19)。パート社員a~dは,週35時間,パート社員eとfは週20時間の契約である。契約勤務時間および職能資格は,表3にしめした。パート社員aはスペースdに,パート社員bはスペースaに配属されている(表3)。

表2 売り場の要員構成

表3 パート社員の属性・契約内容

 各スペース内の商品は,ブランドごとに陳列される。たとえば,スペースaには15ブランド,スペースbには20ブランドがブランドごとに陳列されている。そして,「買取仕入(返品不可)」のブランド以外は,各ブランド1~3名の派遣店員が,主に接客商品販売の要員として,納入業者から派遣される。以上の販売員の連携により,ハンドバッグ売り場の販売業務が運営されている。
 人事管理の最終的な権限は,SMが握る。それをASMが補佐する。この点は,各売り場に共通である。SMおよびASMには,管理者として,売り場の人事管理を行う権限が公式に付与されている。人事管理のうち,社員とパート社員の人事考課は,ASMの意見を参考に,SMが行う。社員の各スペースへの割り振りや社員の付帯業務の決定は,ASMが行う。販売員のシフトの決定や,応援(注20)にだす社員やパート社員の人選は,ワークスケジュール担当の社員が,ワークスケジュール表作成の一環として行う。ワークスケジュール担当には,比較的勤続の長い社員3名(勤続10年2名,8年1名)があてられ,月ごとに交代でワークスケジュール表を作成する。ASMがワークスケジュール表の確認を行い,それに許可をだす。なお,応援にだす販売員の人数の決定は,SMおよびASMが月次の計画作成の一環として行っている。
 クレーム処理は,主としてSMとASMが行う。売り場に必ずSMかASMがいるように,シフトが組まれている。SMやASM以外の社員やパート社員,派遣店員が最初に客からクレームをうけることはある。通常は,SMかASMが途中からそれに替わり客に対応する。ただし,場合によっては,SMやASMがクレーム処理にかかわる以前に客が納得して問題が解決する場合もある。
 計数管理は,社員のみが行う。パート社員は,契約した時間帯の都合上,レジ閉め後の時間帯に売り場にいないため,日々の計数集計も行わない。月単位の売り上げの集計や分析,それを参考とした販売戦略の設定も,社員のみが行う。大卒の社員3名が,月単位の集計を交代で行う。ASMの3名が月単位の売り上げを検討し,実績検討表を作成する。それを参考にSMとASMが月次反省を作成する。販売戦略にかんしては,ハンドバッグ売り場担当のバイヤー4名が,3カ月単位の商品の仕入れやフェアにかんする計画を作成する。それを前提として,SMとASM1名が,1カ月単位の販売計画を作成する。月次の計画では,販売部により選択された商品の陳列の仕方,レジやカウンターの配置,販売員の配置,装飾の仕方などが決められる。月単位の予算の作成,日々の売り上げ目標の設定は,大卒の社員3名が交代で行う。
 ところで,各スペースは,たがいに自律的に運営されている。各スペースで,最も勤続年数の長い社員1名がそのスペースのチーフ,それに次ぐ社員がサブチーフとなる(注21)。チーフおよびサブチーフは,SMやASMの指示をうけつつ,各スペースの販売員に指示をだして各スペースを運営する。各スペースの社員は,それぞれ,2~3ブランドを自分の担当ブランドとしてうけもつ。社員は,自分の担当ブランドの欠品補充,接客商品販売,品出し,陳列の維持などをうけもつ。
 したがって,欠品補充は,社員が,自分の担当ブランドについて行う。ハンドバッグ売り場では,納入業者と対面で発注の作業を行う。社員の休暇や交差配置などの都合で,社員が担当の商品の欠品補充を行えないときは,その社員が所属するスペースのチーフまたはサブチーフがそれをフォローする。パート社員は,発注の作業をふくめ,欠品補充にかかわらない。「委託仕入」の商品については,派遣店員が欠品補充を行う。
 接客商品販売は,社員,「販売」職のパート社員,派遣店員が行う。派遣店員は,派遣元の納入業者のブランドの付近に立ち,そのブランドの接客商品販売を主として行う。売り場の方針としては,派遣店員にも,自社以外の商品の接客商品販売を行わせることにしているが,かれらにそれを強制することはむずかしい。派遣店員が派遣されるのは,「委託仕入」および「買取仕入(返品可)」の商品のみである。そのため,「買取仕入(返品不可)」商品は,通常,社員と「販売」職パート社員のみが接客商品販売を行う。
 社員は,主として,自分が欠品補充を担当するブランドの商品の付近に立ち,そのブランドの接客商品販売を行う。ただし,売り場への客の立ちより方は,不規則に変化する。特定のブランドに客が多く集まったり,特定のスペースに客が集中したりする。また,派遣店員の休暇やシフトの都合で,特定のブランドの要員が不足する場合もある。社員は,こうした変化にあわせて,立ち位置を移動し,担当ブランド以外の接客商品販売をこなす。状況によっては,自分が所属するスペース以外へ移動して,接客商品販売を行う。
 「販売」職パート社員の場合,担当のブランドは決まっていない。自分の所属するスペースに陳列された商品の接客商品販売を主として行う。ただし,社員と同様,客の動きや要員の過不足にあわせて所属スペース以外へも移動し,そこで接客商品販売を行う。
 社員と「販売」職パート社員の立ち位置にかんする指示は,スペース間の移動をともなわない場合は,チーフまたはサブチーフが行う。スペースをこえての移動がともなう場合は,SMまたはASMが指示を行う。社員および「販売」職パート社員の柔軟な売り場内移動により,販売の機会を効率的にふやしている。
 ハンドバッグ売り場において,「販売」職パート社員2名は,ブランドによる制約のない貴重な接客商品販売の要員である。社員は,欠品補充その他の社員のみが行う仕事により,店頭に立ち接客商品販売を行う時間が制約される。そのため,接客商品販売の要員として,「販売」職パート社員は,いっそう貴重な労働力である。パート社員aは,以前社員としてA社に雇用されており,パート社員となってからの売り場経験も8年ある。パート社員bも,4年の売り場経験をもつ。かれらは,日々の必要におうじて接客商品販売の経験をつみ,比較的高い接客技能と商品知識を身につけている。そこで,「販売」職パート社員2名には,各自の主たる業務として,接客商品販売を行わせている。
 品出しは,就業形態の別にかかわらず,接客商品販売を担当する販売員が,自分の立ち位置付近の商品について行う。
 入金処理と包装梱包は,比較的客が少ない時間帯には,接客商品販売を行った販売員が一連の仕事として行う。比較的客が多い時間帯になると,SMやASMの指示により,接客商品販売を行う販売員と入金処理と包装梱包を行う販売員との分業体制が組まれる。レジの設置されたカウンターには,通常,POS着席の要員1名と包装梱包や入金処理を手伝う要員1名の計2名が配置されている。客数が多い時間帯には,これに入金処理と包装梱包を行うカウンター当番の2名が加わる。
 カウンター当番は,前日にチーフおよびサブチーフにより決められ,ホワイトボードに販売員の名前の記されたマグネットでしめされる。カウンター当番は,社員,パート社員,派遣店員の区別なく,ほぼローテーションにより決められている。SMやASMからカウンター当番設置の指示がだされると,ホワイトボードにしたがって,30分ごとに2名ずつが交代でカウンターに入る。カウンター当番が設けられた時間帯には,接客商品販売を行った販売員は,レジまで客を誘導し,他の販売員に替わる旨を客に告げて,カウンター当番に客を引き継ぐ。いずれにせよ,入金処理と包装梱包は,社員,パート社員,派遣店員共通の職域となっている。
 VPのうち,各ブランドの陳列の仕方は,月次の販売計画の一環として,SMとASMが決める。バッグを靴やベルトなど他の商品と組みあわせて陳列しようとする場合,そうした商品を選択する権限は,VP担当がもつ。VP担当には,比較的勤続の短い社員2名(勤続4年と2年)があてられている。2週間おきの大幅な売り場の陳列替えは,SMやASM,その指示をうけたVP担当が主導して,社員により行われる。こうした陳列替えは,閉店後に行われる。パート社員はいずれも閉店後の時間帯に売り場にいないため,それに加わらない。陳列棚の上段と下段の商品を入れ替える程度の,より小規模な陳列替えは,勤務時間中に行う。そうした陳列替えの指示は,SMやASMの承認をうけたうえで,チーフやサブチーフが行う。この場合,「販売」職パート社員や派遣店員も陳列替えの作業に加わる。陳列を維持する作業は,就業形態にかかわらず,接客商品販売を担当する販売員が,自分の立ち位置付近の商品について行う。
 POS着席は,社員およびパート社員共通の仕事となっている。POS着席は,基本的に,「POS」職のパート社員2名が担当する。売り場には,2台のレジが設置され,通常,平日には1台,土曜と日曜には2台のレジが開かれる。各レジには,常時1名の要員が必要である。そのため,契約時間帯や休憩時間の都合で,開設レジにたいし「POS」職パート社員が少ない時間帯は,「販売」職のパート社員aや勤続3年目までの社員が,POS着席を行う。逆に,開設されたレジにたいし「POS」職パート社員が多い時間帯には,そのうち1名が,カウンターで入金処理や包装梱包を行う。
 修理加工承りは,就業形態にかかわらず,最初に客に依頼をうけた販売員が,修理加工を行う品物の商品番号や修理個所,客の氏名と連絡先,予算などを専用の用紙に記入するまでを行う。その後,品物は,メーカーに送られそこで修理される。メーカーに品物を送り,見積もりや修理終了の日程をメーカーに問いあわせて客に伝えたり,修理しおえた品物をメーカーに配送させる仕事は,勤続3年から8年までの修理担当の社員6名が,数日ずつ交代で行う。修理担当は,当番の日には,ほぼ終日,この仕事にかかりきりとなる。
 返品の判断は,SMが行う。返品の作業は,勤続1年から3年の男性社員3名が行う。「買取仕入」商品の値段を変えるため,一度取引先に返品して,再度仕入れを行う際の切り替え処理の仕事も,この社員3名が行う。「商品運搬」職のパート社員も返品作業を手伝う。派遣店員も,派遣元の納入業者の商品について,商品の包装梱包などの返品作業を行う。
 倉庫納品整理は,基本的に,派遣店員が,派遣元の納入業者の商品について行う。納入状況を確認し,割り当てられたストックスペースに,納入された商品を整理する。「買取仕入(返品不可)」の商品には,派遣店員が派遣されないため,「商品運搬」職パート社員がその整理を行う。倉庫納品整理は,ほぼ,派遣店員と「商品運搬」職パート社員のみの仕事となっている。
 以上,本店ハンドバッグ売り場を事例に,売り場における職域形成の実態を分析してきた。売り場でのパート社員の職域は,基本的には,経営による仕事の割り振りの規準や,労使協議にもとづく業務区分表にそって形成されている。しかし,「販売」職パート社員は,日々の必要におうじた接客商品販売の遂行をつうじ,社員に準じた高い接客技能や商品知識を身につけ,社員の不足をおぎなうかたちで,接客商品販売を各自の主要業務として遂行している。また,パート社員は,勤務時間の都合からレジ閉め後の時間帯に売り場にいないため,業務区分表とは異なり実際は計数集計にかかわらない。さらに,クレーム処理は,パート社員が最初に客からクレームをもちかけられた段階で社員が関与せずに解決してしまうこともある。業務区分表において,接客商品販売は,社員の「主要重要業務」かつパート社員の「一部業務」,計数集計は,社員とパート社員の「一部業務」と位置づけられている。クレーム処理は,業務区分表には規定がないが,経営による規準では,社員のみの仕事とされている。経営や労働組合による職域規準と,職域の実態とのあいだには,相違がみられる。
 A社では,売り場の販売責任者であるSMが統括する職場集団に,販売員への仕事の割り振りについての大きな裁量があたえられている。SMやASM,ワークスケジュール担当,チーフやサブチーフは,たがいに連携をとりつつ,個々の販売員の就業形態や技能,知識,シフトや契約時間,売り場での繁閑の状況,客の動きなどにおうじて,各販売員へ柔軟に仕事を割り振る。それにより,販売利益の確保や,職場運営の能率の維持,販売員間の負担の分散が,要員構成や技能構成,労働需要にかんする各売り場の個別的状況を前提として柔軟に行われている。労使による職域規準を基本としながらも,それから準自律的な,職場での柔軟な仕事の割り振りが,経営や労働組合による職域設定の目的である販売利益の確保や,職場運営の能率の維持,社員の労働強度の軽減を効果的に実現している。



 VIII 要約と結論

 以上の分析結果を要約すると以下のようになる。
 (1)経営は,人件費コスト削減のため,社員の労働力を代替する安価で良質な労働力としてパート労働を利用している。社員とくらべたパート労働の人件費コストの低さは,経営がパート労働の比率を高め,その職域を拡大させる誘引となっている。
 (2)しかし,同時に,経営は,販売利益や職場運営の能率の確保を目的として,社員とパート労働者への仕事の割り振り方を,売り場の販売責任者に指導している。それにより,経営は,高度な技能や商品知識,責任を要求する仕事や,社員にたいする指揮命令をともなう仕事を,社員の職域に位置づけ,販売利益や職場運営の能率を確保しようとしている。
 (3)一方,労働組合も,労使協議をつうじ,社員とパート労働者の職域区分にかんする規準を設定している。その目的は,組合員である社員の雇用機会の,パート労働による侵食を抑制すること,社員とパート労働の賃金格差についての合理性を高めること,そして,とくに,パート労働者比率の上昇にともなう社員の労働強度の上昇を抑制することにある。
 (4)けれども,社員数が厳しく抑制されるなか,労使が集権的に統制しがたい売り場ごとの派遣店員への依存度の多様性は,社員の職域の仕事をこなすべき社員の要員充足度にばらつきをもたらし,労使が設定した共通の職域規準の各売り場への厳格な適用を困難にしている。
 (5)それと関連して,売り場の販売責任者が統括する職場集団には,労使による職域規準を基本としつつも,それから準自律的に,個々の社員やパート労働者へ仕事を割り振る大きな裁量があたえられている。それにより,要員構成や技能構成,労働需要にかんする売り場ごとの個別的状況にそくして,販売利益の確保や,職場運営の能率の維持,販売員間の負担の分散が柔軟に行われている。
 最後に,本稿の分析結果のインプリケーションを指摘し,結論としたい。
 (一)企業や事業所におけるパート労働者比率の高まりは,今後ますます進展する現象ではなく,やがては限界に達することが予測される。このことは,人件費への投資効率を最適化しようとする経営の論理から説明できる。企業や事業所におけるパート労働者の比率の上昇は,そこでの人件費コスト削減に貢献する反面で,収益の基盤である顧客にたいする質の高いサービスの提供や,業務運営の能率に負の影響をあたえる。そのため,パート労働者の比率が一定の水準をこえると,人件費への投資の効率が低下することになる。経営は,人件費への投資効率を最適化するため,高度な技能や知識,責任を必要とする仕事を中心に社員の職域を維持し,それにみあう社員の雇用を確保する必要がある。
 (二)組合員である社員の利害を維持しようとする労働組合の論理も,パート労働者の比率の高まりを一定水準以上に上昇させないように作用する。社員にたいするパート労働者の比率の上昇は,社員の雇用機会の抑制や縮小をともなう。しかし,社員数の増加が期待できない状況のもとでは,パート労働者の増員は,社員数の抑制や削減にともなう社員の労働強化を緩和する効果がある。この限りで,労働組合は,パート労働者の増員をうけいれることに利害をもつ。しかし,パート労働者の比率が一定水準をこえ,技能やモラール,知識,勤務時間などの制約から,社員と同様の成果をだせない高度な仕事を多くのパート労働者が担うようになると,パート労働者による不十分な仕事の遂行をカバーするため,社員の負担がむしろ増加する。したがって,パート労働者による社員の代替がすすみ,パート労働者の比率が一定水準をこえると,社員の労働強度は,パート労働者の比率の上昇とともに高まるようになる。そこで,労働組合も,社員の労働強化を抑制するため,高度な技能や知識,責任を必要とする仕事を中心に社員の職域を維持し,それにみあう社員の雇用を確保するよう経営に要求する必要がある。
 (三)しかし,本稿の事例のように,経営や労働組合が,詳細でしかも複数の職場に共通な職域規準を設定する場合,過度に厳格なその適用は,(一)と(二)でしめした,労使による規準設定の目的とは逆の効果を帰結しうる。というのも,第1に,社員数が抑制される状況のもとでは,職場ごとに多様で,しかも刻々と変化する労働需要にあわせて,すべての職場に,社員の要員をたえず十分に確保することはむずかしい。そして,職場で社員の要員が不足するときには,通常は社員が行うべき高度な仕事をパート労働者にも割り振ることが,営業利益の確保や,職場運営の能率の維持,社員の労働強度軽減のために必要となる。第2に,複数の職場に共通の職域規準は,技能や知識などにかんする,社員とパート労働者の平均的な格差を前提に設定される。しかし,パート労働者のなかには,比較的長期の勤続とOJをつうじ,社員に準じた技能や知識をもつ層もみられる。こうした層にたいしては,通常は社員が行うべき高度な仕事を割り振り,その技能や知識を有効に活用することが,営業利益の確保や,職場運営の能率の維持,社員の労働強度の軽減にむしろ貢献するからである。
 個々の職場の,労働需要や要員構成,技能構成については,それぞれの職場を運営する職場集団が,最も豊富で確実な知識をもつ。職場レベルの個別的状況の多様性を前提として,営業利益の確保や,職場運営の能率の維持,社員の労働強度軽減という,労使による職域規準の設定の目的が効果的に達成されるためには,逆説的ではあるが,そうした規準から準自律的な職場集団による,職場の個別的状況におうじた柔軟な仕事の割り振りが重要な役割をはたす。



*本稿は,『パート労働の職域と労使関係』(平成10年度東京大学大学院人文社会系研究科提出修士論文)をもとに,加筆・修正を行ったものである。修士論文および本稿の作成にあたっては,指導教官の稲上毅教授(東京大学)より,事例研究の心得から論文の内容に至るまで,実に様々な点でご指導をいただいた。また,本稿執筆にあたっては,仁田道夫教授(東京大学),佐藤博樹教授(東京大学),久本憲夫教授(京都大学),中村圭介教授(東京大学),そして本誌の2名の匿名レフェリーより,適切かつ丁寧なコメントをいただいた。記して,感謝の意を表したい。もちろん,本稿の責任はすべて筆者が負う。なお,本稿は,平成12年度文部省科学研究費補助金(特別研究員奨励費)による研究成果の一部である。


(注1)調査研究では,人事部と労働組合への聞き取りにより百貨店全般にかんする資料をえるとともに,支店eの販売サービス担当,本店の売り場責任者への聞き取りにより,売り場での職域の実態に関する資料を得た。

(注2)調査対象企業の匿名性を保持するため,本稿では,「社員」と「アルバイト」以外は仮称を使用している。

(注3)パート社員のプロフィールをしめすと,平均勤続年数2.8年,平均週契約日数4.4日,平均週実労時間28.05時間,平均時給907円,平均年収144万円,平均年齢は36.4歳,女性比率は91%,女性の既婚率は48%。なお,パート社員は,能力評価にもとづきL(Leader)とG(General)の二つの職能資格に分類される。Gのパート社員は,さらに1週の契約日数と契約時間によりGIとGIIに分類される。1週の契約日数はGIで2~5日,GIIで4~5日,Lで4~5日。週あたり契約時間はGIで12~27 時間未満,GIIで27~35時間未満,Lでは20~35時間未満。1997年10月現在,GI1210名,GII1463名,L71名。

(注4)SMは,売り場の販売責任者である。ASMがそれを補佐する。SMには大卒で8年目から,ASMには大卒で勤続5年目,短大卒で勤続9年目からなる。SMは係長に相当。組合員である。

(注5)販売責任者を対象とする集合研修で使用された文書資料(職域区分の概念図)および人事部パート社員担当部長への聞き取りにもとづく。

(注6)これら(イ)~(ニ)の割り振りの規準は,公式に文書化されてはいない。支店eの販売セールス担当および本店ハンドバッグ売り場とゴルフ用品売り場の販売責任者への聞き取りにもとづく。

(注7)川喜多は,事業所・課別の社員とパート労働者の比率にかんする労使協定を要求した総合スーパーの労組の事例を紹介している(川喜多,1983:390-391)。中村も,繁忙期におけるアルバイトの導入について,店舗レベルで労使協議を行う総合スーパーの事例を紹介している(中村,1983:470-471)。これらは,労働組合によるパート労働の要員への発言の存在をしめしている。

(注8)労働組合は,「有期雇用の契約社員については,雇用契約期間内での雇用を守り,そのなかで総合労働福祉の維持・向上を目指す」(「1998年度A社支部臨時大会議案書」)という方針で,1998年4月1日より契約社員全員を組織化している。

(注9)契約社員制度は1998年2月に実施され,53名が採用された。すべて本店に配属されている。取引先の元派遣店員,元パート社員,その他の販売経験者がほぼ等しい比率で採用された。

(注10)採用時の基本給は,大卒社員の初任基本給19万8000円より1万8000円安い18万円を基準に,18万円から22万円までの幅で採用選考により決定される。1年の有期雇用契約をむすぶ。5年目までにかぎり,1年ごとの契約更新時に人事考課の結果におうじた額の昇給がある。

(注11)業務区分表にある「交差配置」は,催事場など他の売り場への一時的な応援,「POS着席」は,レジ業務,「VP(ビジュアル・プレゼンテーション)」は,商品の陳列業務をさす。

(注12)A社では,売り場のことを「お買い場」と呼称している。

(注13)このことは,A社の労働組合が,社員の要員にかんする発言を行わないことを意味しない。労働組合のA社支部は,中央レベルの労使協議をつうじて,社員の要員にかんする要望を経営側につたえるとともに,店舗レベルでも,各売り場の社員の労働強度について経営と意見を交換している。

(注14)これは,3カ月以上A社ではたらく「常勤」の派遣店員の数である。より短期間A社に派遣される派遣店員を加えると,派遣店員の数はより多い。

(注15)A社では,各売り場のSMと,その売り場の仕入れを担当する本社所属のバイヤーとの話し合いにより,各売り場の納入形態や陳列形態,それを前提とした派遣店員の人数が選択される。その案をもとに,バイヤーが,納入業者と交渉を行い,最終的に納入形態や陳列形態,派遣店員の人数が決定される。

(注16)A社では,人事部が,本店の各販売サービス部(いくつかのフロアを統括)と各支店の社員の配属を決めている。それを前提として,本店では,各販売サービス部レベル,支店では,各店舗レベルで,それぞれが統括する各売り場への社員の配属が決められる。

(注17)ハンドバッグ売り場は,本店1階の中央に位置する,A社を代表する売り場の一つである。なお,調査時点で,契約社員は50名ほどと少なく,また導入後日が浅いため,契約社員の職域実態はいまだ浮動的と考え,契約社員のいない売り場を事例として選択した。

(注18)「買取仕入」と「委託仕入」の比率は,仕入額で,ほぼ7対3。全体の約1割が返品不可の「買取仕入」で納入されている。

(注19)職種は大きく販売系と事務系に分かれる。販売系には,接客商品販売とその付帯業務を行う「販売」,レジ業務を行う「POS」,店内案内業務を行う「店内案内」,電話交換業務を行う「電話交換」,筆耕業務を行う「字書筆耕」,納返品処理,商品整理などを行う「商品運搬」がある。

(注20)聞き取りを行った1998年10月の場合,1日から20日の催事期間中,平均1から2名程度の社員が,5階の催し物会場へ販売要員として応援にだされていた。

(注21)各スペースのチーフとサブチーフの勤続年数をしめすと,スペースaが11年と10年,bが14年と10年,cが28年と8年,dが12年と5年,財布ベルトが9年と4年である。



参考文献

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さの・よしひで 1972年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在学中。社会学専攻。