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(著者抄録)
勤労意識について,日本的雇用慣行,分配原理,生活意識の3側面から分析した結果,二つの層に分かれていることが判明した。一つは,終身雇用と年功制を支持し,分配ルールについては,努力,必要,平等への志向が強く,生活意識の面では,現状維持への志向が強く,自分自身に自信が持てないという層。二つは,自己啓発型の能力志向を持ち,実績主義への志向が強く,物にも地位にもこだわらず,自己への自信が強いという層。この二つの層は,抱える課題,不満,意欲等の面で明瞭に異なる状況にあることを示しており,今後の制度変革や支援策において,こうした勤労者の意識やニーズの相違をふまえた諸施策が望まれることを示唆している。

(論文目次)
I はじめに
II 変貌する勤労意識
III データと分析枠組み
IV 分析結果
V 要約と結論-岐路に立つ日本型雇用

I はじめに

 今日,政治,経済はもとより社会,文化,精神など広範囲にわたりさまざまな制度疲労が露呈しており,本格的な制度改革が求められている。労働,雇用の分野においても例外ではなく,十数年前の日本型雇用への賞賛が幻であったかのように,雇用ルールの変革は焦眉の急となっている。今や勤労者の生活と意識は,その支柱を喪失しつつあり,諸制度の転換の中で混迷を極めている状況である。
 本稿の課題は,勤労者の意識がいかなる状況にあるのか,今後,どのような方向に向かうのか,その実態を明らかにすることである。制度改革において,勤労者の実態および意識の把握は,不可欠の要件である。勤労者の意識から離反した改革は,大きな摩擦を生み,多大の損失をもたらすからである。本稿では,勤労意識について,日本型雇用の枠組み,産業社会を支えてきた原理,来るべき社会ルール,の3側面からその構造にアプローチし,制度改革に当たって留意すべき課題,焦点を提示する。




II 変貌する勤労意識

 勤労者の生活は職場だけでなく家族や近隣など多様な空間からなっており,勤労者の意識はさまざまな要因によって影響を受けている。だが,今日の日本人の勤労意識を明らかにするうえでまず準拠とすべきは,日本型雇用慣行と称されるルールであろう。現在進行している雇用の再編は,このルールを主要な争点としている。したがって,勤労意識の分析は,日本型雇用慣行についての意識(志向)について問うことから始めることにする。
 だが,勤労者の生活や意識は,雇用のルールだけでなく,それを越えたより広義の産業社会のルールによっても影響を受けているとみるべきである。さらに,産業社会は今変貌の中にあり,産業社会を超える新たな社会への移行を示唆する兆候が現れているとの指摘もある。したがって,勤労意識について,日本型雇用慣行,産業社会の枠組み,新たな社会のルールを準拠にして,多角的にアプローチする方法が有効と考えられる。以下,この3側面から,分析を試みることにする。

 1 日本型雇用慣行

 日本型(的)雇用慣行とは,年功賃金,終身雇用(長期雇用),企業別組合を主な特徴とする日本企業の慣行である。日本型という形容は,そうした特徴がすべての日本企業でみられるという意味ではない。周知のように,わが国の中小企業では,そうした慣行を一般的には持っていない。また,日本型というのは,日本固有の,つまり日本特殊のという意味で使われるのでもない。諸外国の企業においても,長期勤続で年功的な賃金の特徴が見受けられることは,これまでの研究で確認されている(小池・猪木編,1987)。
 日本型とあえて称する意味は,日本に一般的であるとか,日本にだけ特殊に存在するということにあるのではなく,終身雇用と年功制というルールが日本の雇用慣行の原理として制度化されている点にある。もちろん,制度化されているといっても,法律や就業規則等で明文化されているわけではない。雇用を秩序づける規範として機能している点が重要である。雇う側はこのルールを遵守することが期待され,働く側もこのルールが守られることを期待して働く。中小企業ではこのルールは必ずしも基準にはなっていない。だが,中小企業の労働対策においても,雇用保障と技能養成が柱になっており,このことは終身雇用と年功制が中小企業においても雇用管理のモデルとされていることを示唆するものといえる。終身雇用と年功制は大企業の枠を越えて,日本の雇用を秩序づけるルールなのである。
 日本企業の雇用管理,労務管理について精力的な実証研究が実施され,日本型雇用慣行の実像が明らかになっている(注1)。留意すべきことは,この慣行が高い合理性を持つことである。年功制と称されるが,だれもが勤続年数によって機械的に処遇されるのではなく,そこには競争がある。勤続年数に伴い上昇する賃金プロファイルはあくまでも結果であって,個々の労働者では差異がある。さらに,そうしたプロファイルを帰結させる合理的なメカニズムがその背景にある。賃金の安い若年労働力を長期的視点で雇い入れ,初めは単純な仕事から次第に高い技能の職務へと配転を通じて異動させ,技能のレベルアップに応じた賃金の昇級が図られる。つまり,年功賃金に見合う技能形成が実現していること。これが日本型雇用慣行の要諦である(小池,1977)。
 日本型雇用慣行は,長期雇用を前提にする制度であり,定着へのインセンティブが,働く側,雇う側ともに強い。年功賃金はそれを強化する役割を担うが,企業福利の制度がこれを補強する。結果,企業へのコミットメントを高め,企業との一体化,忠誠心等の勤労意識が形成される。
 日本型雇用慣行は,年功賃金,終身雇用(長期雇用),企業別組合の三つを主たる特徴とするが,上で述べたように,企業福利厚生,能力開発,勤労意識の形成等,多様な制度(機構)から構成される複合体といえる。働く者は雇用保障と所得保障の恩恵を享受し,企業は技能と精神の両面で高い質の労働力の確保が可能になり,高い生産性を達成するといわれてきた。


 2 産業社会の仕組み

 産業社会,もう少し広くとらえて近代社会とは,マックス・ウェーバーによれば社会の合理化過程である。官僚制組織に典型的なように,計算可能性をもたらす規則,法治主義などが社会生活に浸透していく過程である。こうした傾向は,家柄や生まれを基礎にした属性主義的な社会から,本人の努力と競争をベースにした業績主義社会への転換を進めるものであった。また,産業化は,機械技術と工場生産制度の導入により,生活水準の大衆的レベルにおける上昇と機会の平等を推進するエンジンとして機能してきた。
 産業社会論では,社会の産業化が進むにつれて,学校教育の普及と高等教育の拡大が進み,親の職業的地位や教育が子供の教育達成に及ぼす影響力が弱まることにより,階層間の移動すなわち流動性が高まるとされる。また,産業化は,生産性の低い農業部門の縮小と,より生産性の高い産業部門への職業移動を促進することで低所得者層を縮小し,所得の不平等も減少し,その平準化が進むとされる。なるほど,不平等はあるかもしれないが,産業化すれば世の中の教育水準が上がり,生産性の高い職業部門が増加して賃金水準も上がる。また,教育機会が均等化して,だれでも努力しさえすれば,高等教育を受けることができ,高い職業的地位に就ける。職種によって賃金格差はあるものの,その格差はしだいに縮小し,所得の平準化が進む。したがって,産業化が進んでいけば,生活水準は大衆的規模で上昇するはずであり,だれでも努力しだいで立身出世が可能となる。さらに,学歴がなくても高い収入を得るチャンスがある(Parsons,1970;Treiman,1970;富永編,1979)。
 要するに,産業社会は,合理化を基軸にして,競争原理の浸透,業績主義化(能力主義化),平等化,生活水準の上昇が図られる,という枠組みとしてとらえられる。
 勤労意識を,日本型雇用慣行と産業社会のルールの双方からとらえることが本稿の試みであるが,この二つのルールは独立の事象ではない。紛れもなく日本は産業社会に属しており,産業社会のルールに規定されているというべきであろう。だが,ジョン・グレイが指摘したことだが,自由市場というルールがヨーロッパやアジアや北アメリカでそれぞれに特有の展開を遂げたように,産業社会のルールも,それぞれの地域や文化の中で特異性を生成する余地があったとみることも的外れではない(Gray,1998)。
 日本の雇用の枠組みは,戦後日本が置かれた社会的,経済的,文化的,人口的条件の下で,日本の雇用社会が生み出した紛れもないルールであり,その特異性に焦点を当てることは可能である。そして,両者の関連性つまり産業社会の一般的ルールと日本の雇用慣行の関係性を問うことが,今日の勤労生活およびその変化をとらえる視点として意味があると考えられる。


 3 新たな社会ルールへの胎動

 産業社会は,1970年代半ば,豊かな社会の到来と脱工業化の波が世界規模で拡大したことを契機に,脱物質的価値への移行が指摘された。高度情報社会,消費社会,ポストモダン社会などがそれであり,近代の産業主義パラダイムはもはや時代の変化をとらえきれないとする指摘がなされた。脱物質的価値とは,こうした議論の底流をなすものであり,人びとの価値観が物質的な生活満足を強調することよりも,自己実現や非拘束感など生き方を重視する傾向が強まっていく状態を形容したものである(Inglehart,1977)。
 わが国においても,1980年代に,豊かさ論議,多様化論,生きがい論が提示され,政策・学問研究分野だけでなく,マスコミも巻き込んで大いに議論が沸騰した。景気の低迷によって現在は沈静化しているようにみえるが,脱産業化論の考えは,女性や高齢者の問題,働き方の問題,等の分野で影響力を維持している。
 脱物質社会への移行に伴って,職業・所得・学歴などによって規定される地位が文化や生活様式を規定するという従来の仮説は成立し難くなり,文化や生活様式の恣意的な動きが顕著になっていくことである。
 新しい社会モデルは,これまでさまざまな視点から語られ,共通見解が成立していないのが現状であるが,少なくともいえることは,効率と合理性を重視する近代の機能主義理性に対する否定的態度がその底流をなしており,脱物質主義,生きがい,自己実現,生活重視,多様化,等がキイワードになることである(今田,1998)。
 以下,三つの視点から勤労意識についてアプローチする。




III データと分析枠組み

 本稿で用いるデータは,日本労働研究機構「勤労生活に関する調査」である。この調査は,勤労意識に関する時系列データの収集を目的に計画された調査であり,毎年固定様式で実施することを予定している。第1回調査が1999年3月に行われており,対象は全国20歳以上男女4000人,層化2段抽出法による面接調査によっている。回収率68.0%(有効調査票,2724)(注2)。
 調査項目は,勤労意識を中心にして多岐にわたっており,日本型雇用慣行,産業社会のルール,脱産業社会のルールの3側面から勤労意識の変化を明らかにするという構成である。主な調査項目は,日本型雇用慣行の評価,キャリア意識,分配原理,中意識,生活満足度,公平感,仕事(やりがい)満足,生活不安,生活意識,生活重視度,生活充実感,新しい仕事観,望ましい社会像,リストラのルール,失業イメージ,失業への対応,失業の事後対応,セーフティネットなどである。


 1 日本型雇用の枠組みの変化と勤労意識

 日本的な雇用慣行は,先に述べたように,雇用保障,所得保障,能力開発,忠誠心等,多様な面を持つ制度である。先に述べたように,この制度は合理性を持つ優れた制度であるが,弱点も持っている(注3)。バブル崩壊後,景気低迷が長期化するなかで,この制度の弱点が露呈し,改革を要請する声が強まっている。
 そこで,日本型雇用慣行について,雇用保障,賃金保障,賃金体系,能力開発,組織へのコミットメントの五つの側面に焦点を当てることにする。なお,これまでの制度についての評価と,近年試行されつつある改革策の評価の両面からアプローチする(注4)。
 以下で用いるデータは,つぎの質問文である。

 質問:日本的な働き方について,あなたの意見をお聞かせください。
(1)一つの企業に定年まで勤める日本的な終身雇用について,どうお考えですか(以下,「終身雇用」と略す)。
(2)勤続年数とともに給与が増えていく日本的な年功賃金について,どうお考えですか(以下,「年功賃金」と略す)。
(3)「社宅や保養所などの福利厚生施設を充実させるより,その分社員の給与として支払うべきだ」という意見についてどうお考えですか(以下,「給与中心賃金」と略す)。
(4)「組織や企業にたよらず,自分で能力を磨いて自分で道を切り開いていくべきだ」という意見についてどうお考えですか(以下,「自己啓発型能力開発」と略す)。
(5)あなたは会社や職場の一体感をもつことについて,どうお考えですか(以下,「組織との一体化」と略す)。

 各質問項目で「1 良いことだと思う,2 どちらかといえば良いことだと思う,3 どちらかといえば良くないことだと思う,4 良くないことだと思う,5 わからない」までの回答に,それぞれ2,1,-1,-2,のスコアを当てる。なお,5(わからない)はサンプルから除外する。


 2 分配原理についての意識

 産業社会は,先で述べたように,合理化を基軸にして,競争原理の浸透,業績主義化(能力主義化),平等化,生活水準の上昇が図られる,という枠組みとしてとらえられる。日本社会は,こうした産業化テーゼで主張される過程を経過しているのであろうか。この十数年来,とりわけ格差の拡大について関心が高まっている(今田,1989;玄田,1994;大竹,1994;橘木,1998;鹿又,1999;原・盛山,1999)。本稿では,産業社会の枠組みについて,以下の質問で示される分配原理に焦点を置き,分析を試みることにする(注5)。

 質問:どのような人が社会的地位や経済的豊かさを得るのがよいか,という点について,あなたはどのように思いますか。
(1)実績をあげた人ほど多く得るのが望ましい(以下,「実績(能力)原理」)。
(2)努力した人ほど多く得るのが望ましい(以下,「努力原理」)。
(3)必要としている人が必要なだけ得るのが望ましい(以下,「必要原理」)。
(4)誰でも同じくらいに得るのが望ましい(以下,「平等原理」)。

 この質問の回答には,「どちらともいえない」の選択肢があり,スコアは0点を当てる。


 3 新たな生活様式の意識

 新しい社会モデルは,先に述べたように,産業社会批判としてさまざまな視点から語られ,共通見解が成立していないのが現状であるが,留意すべきこととしては,効率と合理性を重視する近代の機能主義的理性に対する否定的態度がその底流をなしており,脱物質主義,生きがい,自己実現,生活重視,多様化,等がキイワードになることである。
 そこで,ポスト物質主義,社会的地位志向(競争)からの差異化を軸に枠組みを設定し,つぎのような質問を用意した(注6)。

 質問:あなたにとって,つぎのような気持ちや考えは,どの程度あてはまりますか。
(1)まごまごしていると他人に追い越されそうな不安を感じる(以下,「地位競争不安」)。
(2)うかうかしていると,自分がこれまでに獲得したものを失ってしまいそうな不安を感じる(以下,「地位喪失不安」)。
(3)もっと多くを手にするよりも,これまでに獲得したものを維持することの方が重要である(以下,「現状維持志向」)。
(4)他人が自分と異なった考えや生活様式を持っていることが気にならない(以下,「脱他人志向」)。
(5)もっと多くの富や地位を求めてがんばるより,自分の納得のいく生活を送りたい(以下,「脱地位志向」)。
(6)自分には,仕事以外で他人に誇れるものがある(以下,「自己肯定」)。
(7)これからは,物質的な豊かさよりも,心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたいと思う(以下,「脱物質主義」)。




IV 分析結果

 1 分化する働き方

 図1は,日本的雇用慣行に関する5項目について,年齢別の結果を図示したものである。
 つぎのことが指摘できる。

図1 日本型雇用慣行(年齢別)

(1)5項目のいずれもプラスの値をとっている。
(2)「組織との一体化」「終身雇用」「自己啓発」は高い値である。
(3)「年功賃金」「給与中心」は先の3項目に比べて値が低い。
(4)「終身雇用」「年功賃金」「組織との一体化」は,年齢の上昇とともに高い値をとる。

 これまで日本型雇用慣行の支柱とされ,昨今は,その改革が急務との主張もある終身雇用と年功賃金については,前者はいずれの年齢層においても高い支持があり,後者は高齢層で高い支持があることが示されている。また,組織への忠誠心の面から評価される反面,会社人間といわれるような組織への包絡が問題視される,組織との一体化は高い支持を受けている。新しい潮流である,福利厚生でなく給与によってという給与中心賃金制度については,高い支持は得られていない。これに対して,新しい潮流である,企業に依存しない自己啓発型の能力開発についてはかなり高い支持を示しており,とくに高齢層においても高い支持を得ていることが注目される。
 すべての項目で支持が不支持を上回ることは留意すべきだが,組織との一体化,終身雇用,自己啓発の値に比べて,年功賃金,給与中心は明瞭に低位にあり,項目によって,支持の度合いが異なることも確認すべき結果といえる。
 表1は5項目間の相関を示している。

表1 日本型雇用慣行5変数の相関係数(男女)

 つぎのことが指摘できる。

(1)終身雇用と年功賃金はプラスの強い相関がある(男性:.518,女性:.483)。
(2)給与中心と自己啓発はプラスの相関がある。
(3)自己啓発は終身雇用,年功賃金とマイナスに相関する。
(4)給与中心は終身雇用,年功賃金とマイナスに相関する。
(5)組織との一体化は,終身雇用と年功賃金にブラスに相関するが,自己啓発と給与中心とは相関しない。

 以上から,日本型雇用慣行についての意識は,二つの層に分かれていることが示唆される。すなわち,終身雇用と年功賃金を支持し自己啓発および給与中心は支持しない層と,他方,終身雇用と年功賃金は支持せず,自己啓発と給与中心を支持する層の二つの層があり,両者は分断されていると判断される。この二つの層は,組織との一体化に対しても異なる傾向を示し,前者は有意に相関するが後者は相関しないという違いをみせている。


 2 分配原理も両極化へ

 図2は,実績(能力)原理,努力原理,必要原理,平等原理の四つの分配ルールについて示したものである。

図2 分配原理(年齢別)

 つぎのことが指摘できる。

(1)努力原理と実績(能力)原理はプラスの大きな値をとっており,高い支持を受けている。
(2)必要原理と平等原理はマイナスの値をとっており,支持されていない。

 努力原理と実績(能力)原理がともに高い支持を受けていることは社会の能力主義化を示唆するものといえる。この二つの原理に対して,必要原理と平等原理はともに支持されていない。もはやこうした分配原理は人びとの関心事ではないことを示しているのか。豊かさの下支えが完成し,人びとの関心は,もはや平等や生活上の必要性には志向しなくなっているのか。労働組合は生活費を基軸にした平等路線を基本にしてきたといえる。上の結果は労働組合の退潮を示唆するものなのか。ただし,高齢層において上記のような傾向がより強く現れており,分析結果を時代の趨勢として了解するには疑問が残る。そこで,四つの原理の相互の関係をみていくことにする。
 表2は,分配原理に関する4項目間の相関を示したものである。

表2 分配原理4変数の相関係数(男女)

 つぎの点が指摘できる。

(1)努力原理と実績(能力)原理がプラスに相関し,必要原理と平等原理がプラスに相関する。
(2)実績(能力)原理は平等原理とマイナスに相関するのに対して,努力原理は平等原理とプラスに相関する。

 以上から,努力原理と実績(能力)原理をコアとする意識と必要原理と平等原理をコアにする意識が存在することを指摘できる。だが,努力原理と実績原理は,平等原理との関係をみると,努力原理は平等原理とプラスに相関をするのに対して,実績(能力)原理は平等とはマイナスに相関しており,全く異なる傾向を示していることにも注意が必要である。
 要するに,努力原理と実績原理をコアとする意識と必要原理と平等原理をコアにする意識が存在することが確認されるが,実績(能力)原理と努力原理は,平等原理との関係では明らかな異なる傾向を示しており,実績(能力)原理と努力原理と平等原理がバランスを欠いた状況にあることに留意が必要である。このことが勤労意識にきわめて興味深い影響を及ぼすことが後の分析で明らかにされる。


 3 高まる脱物資・脱地位志向

 新しい社会の全体像はまだ描けないが,生活意識を中心にアプローチし,生活意識については,産業社会の基本原理である地位競争を軸にそれからの差異化という枠組みによって生活意識をとらえている。
 図3は,生活意識の7項目について,年齢別の結果を示している。

図3 生活意識(年齢別)

 つぎのことが指摘できる。

(1)物の豊かさよりも,心の豊かさやゆとりを重視する「脱物質志向」は高い値をとっている。同じく,多くの富や地位を求めてがんばるより自分の納得のいく生活をという「脱地位志向」も高い値をとっている。
(2)まごまごしていると他人に追い越されそうな不安を感じるという「地位競争不安」,うかうかしていると,自分がこれまでに獲得したものを失ってしまいそうという「地位喪失不安」は低い値である。
(3)これまでに獲得したものを維持するという「現状維持志向」,他人が自分と異なった考えや生活様式を持っていることが気にならないという「脱他人志向」,自分には,仕事以外で他人に誇れるものがあるという「自己肯定」は肯定と否定が相半ばして,中間に位置する。

 以上から,脱物質志向,脱地位志向はともにもはや定着した意識になっていることがうかがえる。一方,地位競争不安,地位喪失不安は人びとの意識から消滅しつつあることがうかがえる。つまり,地位にまつわる不安からはすでに意識の面では,解放されているとみられる。
 そこで,生活意識7項目の関連をみていく。表3がそれである。

表3 生活意識7変数の相関係数(男女)

 以下の点が指摘できる。

(1)肯定的傾向の高かった脱物質志向と脱地位志向は強くプラスに相関する(男性.338,女性.467)。
(2)脱物質志向および脱地位志向は脱他人志向,自己肯定,現状維持志向にプラスに相関するが,地位競争不安と地位喪失不安には有意な相関はない。
(3)地位競争不安と地位喪失不安は強く相関しており,ともに脱他人志向にはマイナスの相関,現状維持にはプラスに相関している。

 要するに,二つの層が確認される。一つは,脱物質志向と脱地位志向を中核にした層であり,物や地位から解放され他人を気にせず自己を肯定する反面,現状維持への関心が高いという特徴を持っている。いま一つは,地位競争不安と地位喪失不安を中核とする層であり,地位不安や競争の中にあり,他人への関心が高く自己への自信がなく,現状維持への関心が強いという特徴を持っている。


 4 二層化する勤労意識

 日本型雇用慣行,分配原理,生活意識について,相関係数を手がかりにして意識の様相を分析したが,それぞれの側面において,人びとの意識が一枚岩ではなく分かれている(分断されている)ことが示唆された。そこで,最後に,日本型雇用慣行と分配原理,生活意識の関連をみてみることにする。
 表4は日本型雇用慣行5変数と分配原理4変数の相関を示している。

表4 日本型雇用慣行5変数と分配原理4変数の相関係数

(1)終身雇用と年功賃金はともに実績(能力)原理とは無相関であり,努力原理,必要原理,平等原理とは相関する。
(2)給与中心,自己啓発はともに実績(能力)原理のみと相関し,他の3原理とは相関しない(ただし,それは男性だけに当てはまり,女性では必要,平等と相関している)。

 日本型雇用慣行の分析結果から,終身雇用と年功賃金をコアにする層と自己啓発と給与中心をコアにする層に分かれていることが示されたが,この二つの層は,分配原理との関係においても明らかに異なる傾向を有していることが明らかにされたといえる。終身雇用と年功賃金をコアとする層は,努力原理,必要原理,平等原理への志向を持っており,他方,給与中心,自己啓発の志向を持つ層は,努力原理,必要原理,平等原理への志向は持たず,実績(能力)原理志向のみを持っているという,明瞭な分配原理についての相違を示している。
 では,生活意識との関係ではいかなる傾向を示すのか。表5は日本型雇用慣行5変数と生活意識7変数の相関を示している。

表5 日本型雇用慣行5変数と生活意識7変数の相関係数

 つぎの点が指摘できる。

(1)終身雇用と年功賃金は現状維持とプラスに相関し,自己肯定とはマイナスに相関する。
(2)自己啓発は脱物質志向および自己肯定とプラスに相関する(ただし,男性のみ)。

 先の分配原理との関係で,終身雇用と年功賃金をコアとする層と自己啓発をコアとする層の分断が指摘されたが,生活意識においても,終身雇用と年功賃金をコアとする層と自己啓発をコアとする層に相違があることが確認されたといえる。前者は現状維持への志向が強く自己肯定とはマイナスに相関するのに対して,自己啓発をコアとする後者では,脱物質志向と自己肯定にプラスの相関を示すというように,生活意識の面で明らかな相違をみせている。




V 要約と結論――岐路に立つ日本型雇用

 日本型雇用慣行,産業社会の基本ルールである分配原理,脱産業社会の重要な志向である生活意識の3側面から,勤労意識について分析した。以下のことが明らかにされた。

(1)日本型慣行の支柱とされてきた終身雇用と年功賃金は,現在においても高い支持がある。日本型慣行を再生する新しい潮流である自己啓発型能力開発への支持も高い。そして,終身雇用と年功賃金は相関が強く,この伝統的雇用慣行をコアとする層と自己啓発をコアとする層の2層に分かれている。
(2)分配原理では,実績(能力)原理,努力原理が高い支持を獲得しており,必要原理と平等原理への支持は低い。そして,実績(能力)原理と努力原理がコアとなる層と必要原理と平等原理がコアになる層に分かれている。
(3)生活意識については,脱物質志向をコアとして脱地位志向,脱他人志向などポスト産業社会を示唆する層と地位不安や地位競争不安をコアにする層に分かれている。
(4)日本型雇用慣行と分配原理の関係では,終身雇用と年功賃金という伝統的雇用慣行をコアとする層は努力原理,必要原理,平等原理への志向を持ち,他方,自己啓発をコアとする層はそうした原理への志向はなく実績(能力)原理を支持するという明瞭な相違をみせる。
(5)社会意識との関係では,伝統的雇用慣行をコアとする層は現状維持志向が強く,否定的自己意識を持つが,自己啓発をコアとする層は脱物質志向が高く自己肯定,脱地位志向を持つ。

 以上,勤労意識を,日本型雇用慣行,分配原理,生活意識の3側面から分析した結果,二つの層に分かれていることが明らかになった。この二つの層は,三つの側面で明瞭な相違をみせている。第一の層は,終身雇用と年功賃金を支持する層で,努力,必要,平等への志向が強く,現状維持への志向が強く,自分自身については自信がないという特徴を持っている。第二の層は,自己啓発型の能力志向を持ち,実績主義への志向が強く,脱物質主義,脱地位志向といった脱産業社会の志向を持ち,自己への自信が強いことを特徴とする。
 日本型雇用慣行の特徴とされる終身雇用,年功賃金の志向は,努力,平等,必要原理と強い関連があり,すなわち,一生懸命努力した人が報われ,生活に必要な収入を得ることが重要で,できるかぎり不平等がないルールを志向する傾向があることを示唆している。これは,まさに労働組合の基本原理といえるルールである。
 今後,日本型雇用制度の改変が,とくに終身雇用と年功制を中心に行われる可能性は大きい。雇用制度の改変に当たって,考慮すべきことが,分析の結果からいくつか指摘できる。
 第一に,終身雇用と年功制を支持する層について。今後,終身雇用と年功制の変革が進む可能性はかなり高い。それによって,この層に不安や不満が高まることが当然予想される。さらに深刻な問題として,この層が,平等原理,必要原理への志向が強いことである。制度の変革によってこの層の,平等・不平等,最低生活条件の整備への関心が高まる。さらに,この層は,生活意識の面では,現状維持志向が強く,自分自身に対して自信がない。したがって,終身雇用と年功制の変革によってダメージを受けるこの層への支援が必要であることはいうまでもないが,その場合に,上で指摘したこの層の特性をふまえ,分配原理や生活意識に配慮した策が望まれることを示唆している。そうでないと効果的な支援策にはならないということである。
 第二に,自己啓発型の能力開発を支持する層について。この層は終身雇用と年功制に対する志向はなく,制度変革による影響は少ないとみられる。しかし,組織に依存せず自己啓発による能力開発によって就業の機会が確保されるかがこの層の問題である。この層は,実績主義への志向が強く,生活意識では,物にはこだわらないが心の豊かさを志向し,地位にもこだわらず,自分自身に自信を持っているのが特徴である。脱産業社会の傾向をより強く持っているといえる。セーフティネットの充実が議論されているが,この層への対応は遅れているのが実情である。仕事があればどんな仕事でもとは簡単にいかない層であることに留意すべきである。
 第三に,努力原理について。終身雇用と年功制を支柱とする日本型雇用慣行は,能力原理ではなく努力原理に支えられた制度であることが示された。努力原理は,能力主義の日本的修正(変換)という仮説が的外れではないように思える。なぜなら,業績主義は,通常,「本人の能力と努力によって達成したもの」という定義がされる。つまり,能力と努力が併置されて業績の説明に用いられる。ほとんどの辞典や教科書でこの種の定義がされており,業績と努力は同義語ではないが,少なくとも手段として位置づけられている。また,日本の学歴社会論においても,学歴が能力を示す指標であるだけでなく,努力を表示する指標であることが学歴主義の制度化,一般化に効果を持ったことが指摘されている(竹内,1995)。努力すれば報われるという努力原理は,日本型雇用慣行において重要な価値であったことがうかがえる。
 日本型雇用慣行の変革の流れの中で,努力原理は実績原理にとって代わられるのか。自己啓発をコアとする層では,努力原理へは無関心で,もっぱら実績原理への関心が高いことが示されており,努力原理消滅仮説も妥当性を持つように思える。だが,努力原理は四つの原理の中で,最も高い支持を受けている原理であり,簡単に消滅するとは予想しにくい。能力主義の圧力の中で,この原理がどのように変質するか,努力原理の今後の展開は一つの争点になると思われる。
 現在,労働,雇用分野では,改革への気運が高まっている。法制度の改正,企業の雇用管理の改革等,さまざまな側面からの変革が着手され始めており,難題も山積している。あまりに課題が多く,それらに対症療法的に対応してしまう危険性はないか,危惧される。雇用の変革が,その底流にある社会の変化に対応したものになっているのか,さらに,働く者にとって,それがどのように受け止められているか,十分な考察が必要である。勤労者の意識の実態に基づく改革でなければ,改革の効果は期待できない。勤労者の生活や意識についての情報の収集および研究が望まれる。



(注1)日本型慣行の仕組みについて,多くの実証的研究が行われている。高梨編(1994)は,これまでの研究成果をふまえて論点を整理し,既存データを駆使して,現状と今後について解説しており,日本型雇用の全体像が的確にまとめられている。

(注2)日本労働研究機構「勤労生活に関する調査」の項目は以下である。
 日本的雇用慣行とその変化[日本型雇用慣行についての評価(終身雇用―脱終身雇用,年功賃金―脱年功賃金,企業の福利厚生重視―給与中心の賃金体系,組織依存型能力開発―自己責任型能力開発,組織との一体化―脱組織一体化),キャリア意識(地位志向,専門志向,自営志向,転職志向)]。産業社会の仕組みとその変質[分配原理・ルール(実績・能力原理,努力原理,必要原理,平等原理),中意識(中間意識),生活満足度,公平感(性,年齢,学歴,職業,所得,資産,家柄,国籍・人種),仕事満足(努力の次元,能力の次元,仕事の次元,責任の次元),生活不安(健康,収入・資産,老後,人間関係)]。新たな雇用社会の原理[生活意識(地位競争不安,地位喪失不安,現状維持志向,脱他人志向・差異の許容性,脱地位志向,自己肯定,脱物質志向),生活重視度(職業,収入,学歴,家族,社会活動,レジャー,財産),生活充実感(仕事,家庭生活,社会活動,自由時間,生活全体),新しい仕事観(介護,育児,家事,ボランティア,市民活動,地域貢献),望ましい社会像(平等社会―競争社会)]。スペシャル・トピックス[リストラのルール,失業イメージ,失業への対応,失業の事後対応,セーフティネット]。詳しくは日本労働研究機構調査報告書「勤労生活に関する調査」2000年6月を参照のこと。

(注3)今田・平田(1995)は,大企業のホワイトカラーの人事記録を分析し,長期雇用と年功制を支柱とする日本型雇用慣行が,長期的視点を持ち人材育成において優れた仕組みであることを明らかにするとともに,無条件では制度の維持が困難であること,とりわけ組織拡大が見込めない状況では中高年にリストラの圧力がかかり,制度の矛盾が露呈することを明らかにしている。

(注4)IBMワークライフ研究会が実施した「これからの働き方に関する調査」(1993年3月)で,本稿の日本型雇用慣行の5項目が調査されている。ただし,質問文は多少異なる(IBMワークライフ研究会,1994)。

(注5)1995年SSM調査では,配分ルール4項目について調査されている(宮野編,1998)。

(注6)1995年SSM調査では,生活意識について3項目(地位競争不安,現状維持,脱物質志向)が調査されている(今田編,1998)。


参考文献
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Parsons, Talcott(1970)Equality and Inequality in Modern Society, or Social Stratification Revisited, in Laumann, Edward (ed) Social Stratification: Research and Theory for the 1970s, The Bobbs-Merrill Company.
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竹内洋(1995)『日本のメリトクラシー――構造と心性』東京大学出版会。
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いまだ・さちこ 1947年生まれ。東京大学大学院教育学博士課程修了。日本労働研究機構統括研究員。主な著書に『ホワイトカラーの昇進構造』(共著,日本労働研究機構,1995年)など。職業社会学専攻。