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(著者抄録)
本稿は,日本の男性高齢者の職域を中心とした社会参加をめぐる4つの論点,すなわち,1)男性高齢者にとって就労は生きがいになっているか,2)職業からの引退ははたしてストレスフルか,3)職域から地域へと社会参加をスムーズに移行させる要因は何か,4)以上の結果は女性高齢者,あるいは他の国の高齢者と共通しているか,について実証データに基づき検討しようというものである。分析の結果,「生きがい就労」あるいは引退の悪影響は,日本の男性よりもむしろ米国の男性や日本の女性にみられることが明らかにされた。そして,在職中から地域などに社会参加の場を確保しておくことが,職業から引退した後に地域において社会参加を推進することに貢献していることがわかった。
(論文目次)
I 問題関心
II 比較文化研究の対象としての米国
III 分析枠組みの特徴と使用するデータベース
IV 就労は生きがいとなっているか
   1 分析の視点
   2 日本の男性は「生きがい就労」の面が弱い
   3 女性のほうが「生きがい就労」
V 職業からの引退はストレスフルな出来事か
   1 男性にとって職業からの引退は必ずしもストレスフルではない
   2 日本の女性にとっては職業からの引退がストレスフルである可能性がある
   3 高齢者にとっても無視できない失業の影響
VI 職業から引退後に地域への社会参加を促すための要因
   1 職域での社会参加に限定されている日本の高齢者
   2 職業からの引退は社会参加を促すか
   3 在職中から地域組織にかかわることが引退後の社会参加を推進する
VII まとめにかえて

I 問題関心

 高齢者の社会参加の重要性が,高齢者自身の生きがいの面,あるいは無償・有償労働を通じた社会に対する貢献の面から強調されているものの,実証的な裏づけとなる研究は緒についたばかりである(注1)。社会参加の場としては大きく,職域における社会参加と地域における参加に区分できるが,日本の特徴は特に男性高齢者にみられるように,就労を中心とした社会参加の割合が高いということである。したがって,日本の高齢者の今後の社会参加のあり方を考えていこうとする場合,日本の男性高齢者に特徴的にみられる職域を中心とした社会参加が,どのような問題点,課題を含んでいるかについて分析・検討することが,必要となる。具体的に検討が求められている課題には次のようなものがある。
 第1は,生きがいと関連した課題である。「生きがい就労」は日本の男性高齢者の就労を特徴づける言葉として使われ,この層の就労が経済的な側面からだけでとらえられないことを示唆している。高齢者の就労理由の調査によれば(注2),65~69歳の男性では「健康によいから」「生きがい,社会参加」という経済的な理由以外の理由をあげた割合が25%であった。また,米国との比較によっても,日本ではこのような回答が多いという特徴をもっている(注3)。しかし,男性高齢者にとって就労が現実に生きがいになっているであろうか。この課題に関する実証的な検討はほとんどない。
 第2は,「生きがい就労」の裏返しでもあるが,職業からの引退がはたしてストレスフルなものといえるかという点である。一般的には職業からの引退は,ストレスフルなものとして認識されている。日本の男性は働くことを生活の中心に位置づけている人が多く(注4),また,就労を通しての生きがいが強いとするならば,職業からの引退が生きがいの消失,うつのきっかけとなるという認識は妥当なようにみえる。しかし,職業からの引退がストレスフルか否かについては実証的な研究が少ないため(注5),現在のところ,明確な回答は得られていない。
 第3は,職業から引退した後の地域における社会参加に関する課題である。職業から引退した後の男性高齢者を揶揄する言葉として,「粗大ごみ」「ぬれ落ち葉」が使われ,引退後に地域における社会参加が乏しいことが強調されている。他方では,職業から引退した後の社会参加の推進策として地域の組織や団体の活動を通して社会に参加できるよう,地域における社会参加の受け皿づくりが重要視されている(注6)。しかし,引退によって地域における社会参加がどのように変化するのか,また,引退後の地域における社会参加を促す要因は何かについては実証的な検討はほとんどない。
 第4は,以上の課題が日本の男性に特有なものか,それとも女性においても共通してみられるかという点である。以前は,男性高齢者と比較して就労率が低かったため,就労は,女性高齢者に関連する課題としてほとんど取り上げられなかった。しかし,近年,女性高齢者の就労率が増加してきており(注7),女性高齢者の生活や意識に占める就労の役割,位置が大きくなってきている。女性高齢者の就労率の上昇ははたして,女性高齢者の生活や意識に男性と同じような影響をもたらすのであろうか。女性の職場進出に伴う問題点や課題を予測するためには,別途女性高齢者を対象とした検討が必要となっている。
 第5は,第4の点と共通して,日本の男性高齢者の職域を中心とした社会参加の問題点が文化や国を越えて普遍的なものか否かという点である。これまでの議論はどちらかというと,「会社人間」「会社第一主義」という言葉にみられるように,日本の男性に特有な勤労観,価値観と結びつけてとらえる傾向が強かった。しかし,ほんとうに日本男性に特有なものか否かについては,実証的な比較文化研究はほとんど皆無であり,日常の感覚,体験に基づく意見がほとんどである。
 以上のような問題関心に基づき,本稿は,日本の男性高齢者の職域を中心とした社会参加をめぐる四つの論点について,実証データに基づき検討しようというものである。その論点とは,1)男性高齢者にとって就労は生きがいになっているか,2)職業からの引退ははたしてストレスフルか,3)職域から地域へと社会参加をスムースに移行させる要因は何か,4)以上の結果は女性高齢者,あるいは他の国の高齢者においても共通してみられるか否か,である。



II 比較文化研究の対象としての米国

 日本の国の経済活動,国民の生活水準でみるならば,日本は米国と並ぶ先進国の一つである。では,日本と米国では就労をめぐる高齢者の意識,価値観,役割は類似しているのであろうか。統計,調査に基づき概観すると,65歳以上の労働力率(1995年)は(注8),日本の男性では42%,女性では16%,米国の男性では14%,女性では9%であり,日本の男性は高齢になっても就労を継続している割合が高くなっている。高齢者の就労継続理由に関する調査(注3)では,「収入がほしいから」という回答が日米で共通して40%程度と高いものの,日本では「体によいから」「友人や仲間をえられるから」という回答が,米国では「仕事が面白いから」という回答が多いという特徴がみられる。また,同じ調査で望ましい退職希望年齢を調べており,男性の場合,65歳以上という回答が日本では83%であるのに対し,米国では59%であった(注3)。このように,米国は高齢者の生活や意識に占める就労の役割が低く,日本の男性高齢者と対極にある意識や価値観をもっている国であるので,日本で得られた知見が日本に特徴的であるのか,あるいは文化を越えて共通しているのかを検討するには適当な国といえよう。



III 分析枠組みの特徴と使用するデータベース

 本稿では,横断調査に基づく分析に加えて,縦断調査データの分析を行う。そのメリットを職業からの引退がストレスフルか否かの課題を例に示しておこう。横断調査のデータに基づき,職業から引退した人が就労者と比較して精神的な健康が有意に低いことが明らかにされたとしても,この結果に基づいて,引退がストレスフルなものであるといった結論を導きだすことは危険である。引退する理由には健康上の理由も多いため,職業から引退した人では,引退前にすでに健康状態が悪かった可能性もある。横断調査では,このような影響を除外することができず,引退の影響を過剰に評価してしまう危険性がある。縦断調査は引退前の健康状態を把握することができるため,その影響を除いたうえで引退が精神的健康にマイナスの効果をもっているか否かを検討することができる。
 労働力率などについては既存の統計に基づき分析可能であるが,健康,社会あるいは心理変数の分析を行うことができる縦断調査のデータベースはまれである。筆者らは,多少古く,分析できる項目の面でも制約があるものの,本稿の課題を検討できる二つのデータベースを活用した。米国のデータベースは「America's Changing Lives(初回調査は1986年,追跡調査は1989年に実施)」,日本のデータベースは「高齢者の生活と健康に関する縦断的・比較文化的研究(初回調査は1987年,追跡調査は1990年に実施)」によって収集されたものを用いた(なお,データベースの詳細は巻末の資料を参照のこと)。



IV 就労は生きがいとなっているか

 1 分析の視点

 生きがいをどのように定義し,測定するかについては議論のあるところであるが,ここでは生きがいの一つの指標といわれている生活全体を評価する満足度(以下「生活満足度」)を取り上げ,それが就労とどのように関連しているかを日米および男女で比較した。具体的には次の2点から検討した。
 第1は,就労を他の社会参加活動(本稿では「地域組織への参加」)と対比するなかでその効果を検討しようというものである。分析にあたっては,就労している人としていない人とで,年齢,健康状態,学歴といった他の要因の分布が異なることが影響して生活満足度に差があらわれる可能性があるため,統計的な手法でこれらの違いを等しくして比較した。分析方法は共分散分析である。
 第2は,就労している人を対象に,生活満足度が「仕事」満足度によってどの程度影響されているかを検討した。日米あるいは男女で,その効果の強さを比較するとともに,その効果の相対的な大きさを「健康」「経済」など仕事以外の領域の満足度と対比するという方法によっても比較した。分析方法には重回帰分析を用い,生活満足度を従属変数に,「仕事」「経済」「健康」の各領域別の満足度を独立変数として投入し,領域別満足度の独自の効果を算出した。
 世論調査で示されているように,日本の男性高齢者の多くが就労を通して生きがいを得ているならば,日本の男性高齢者では女性あるいは米国の高齢者と比較して,就労の有無による生活満足度の格差が大きく,また,就労が他の社会参加活動と比べてより強く生活満足度に効果をもつであろう。さらに,日本の男性の「仕事」満足度は,女性,また米国と比べて,生活満足度により大きく影響しているという結果も期待できる。

 2 日本の男性は「生きがい就労」の面が弱い

 日本の男性高齢者の中で,就労している人としていない人との生活満足度を比較したが,有意な差はなかった。また,地域における社会参加については,している人(地域組織に1カ月に1回以上の頻度で参加)はしていない人と比べて有意に生活満足度が高いという結果が得られ,これは米国の男性高齢者においても共通していた(表1)。

表1 職域・地域の社会参加の有無別にみた生活満足度の差(共分散分析による推定)

 就労している人について,「仕事」満足度が生活満足度に与える効果は,米国の男性高齢者のほうが日本の男性高齢者よりも大きかった。「健康」「経済」の各満足度の効果と対比した場合,米国では「仕事」満足度の効果は「経済」満足度の効果と同程度であったが,日本ではその効果は「経済」満足度の効果と比較するとかなり小さかった(表2)。これらは世論調査の結果から予想されるものに反し,日本の男性高齢者は米国と比較して「生きがい就労」という側面が弱いことを示唆している。

表2 全体の生活満足度と領域別満足度との関係(重回帰分析)

 予想に反した結果が得られたとはいえ,他の調査を注意してみるならば,この結果が必ずしも不自然でないことが理解できる。国際比較調査(注3)によると,就労を続ける理由として,日米に共通して経済的な理由が大きな割合を占めていたが,両国で大きな差があったのが「仕事が面白い」という理由であり,その割合は60~64歳の男性では米国が42%に対し,日本では10%程度であった。この調査から,米国の男性高齢者では仕事に興味がある,やりがいのある人が高齢になるまで就労を続けることを指向しているのに対し,日本ではほかにやりたいことがない,周囲がみんな就労しているからといった,消極的な選択として就労しつづける傾向にあると推測できる。このような高齢になるまで就労しつづける人の意識の違いからすれば,本分析のような結果が得られたとしてもおかしくはない。

 3 女性のほうが「生きがい就労」

 日本の女性高齢者の結果は特徴的であった。就労しているか否かは生活満足度に有意に影響していなかったが,地域における社会参加と交互作用がみられ,就労しており,さらに地域における社会参加もしている場合には生活満足度がきわめて高かった(表1)。これは米国の女性にはみられなかった。「仕事」満足度については,日米の女性高齢者に共通して生活満足度と有意に関係しており,他の領域の満足度との対比でもその関係の強さは「経済」満足度とほぼ同じであった。60~64歳における労働力率(1995年)は日本の女性で39%,米国の女性でも38%であり,日本の男性の79%(米国の男性は53%)と比較し,就労は一般的な現象とはいえない。特に女性への就労差別が強い日本では,女性が60歳以上でも就労しつづけるのはそこに何らかの積極的な理由が働いているとみることができる。本分析から,特に日本の女性高齢者では就労を通じて生きがいを獲得していこうという指向をもった人が,地域における社会参加とうまく両立を図りながら,就労をしつづけているとみることができるのではないだろうか。



V 職業からの引退はストレスフルな出来事か

 1 男性にとって職業からの引退は必ずしもストレスフルではない

 分析の対象は初回調査のときに60~70歳であり,3年後の追跡調査までに職業から引退した人である。ストレスフルか否かは,その人たちの引退の前後でうつ症状得点を比較し,引退後に得点が有意に増加していた場合には,引退をストレスフルな出来事として評価した。しかし,引退の前後で単純にうつ症状を比較するだけでは不十分である。対象とした人は追跡期間中に歳をとっているため,うつ症状得点の変化には加齢効果が含まれる。そのため,その効果を取り除くことが必要となる。そこで追跡期間中に引退という出来事を経験していない就労をつづけた人を対照群とし,この2群で追跡期間中のうつ症状得点の変化を比較した。さらに引退した人は就労をつづけた人と比べて,高齢であったり,健康状態が低い,あるいは階層が低いため,その結果,うつ症状の得点の変化に違いが生じた可能性もある。その影響を除くために,両群の比較にあたっては,初回調査の年齢,階層(学歴,職業),健康状態(疾患の有無,日常生活動作の障害の有無)の影響を統計的な方法でそろえた。分析方法は繰り返しの分散分析である。
 分析の結果,男性のうち職業から引退した人は,就労をつづけた人と比較して,うつ症状得点が有意に悪化しておらず,これは日米で共通していた(表3)。最近,米国では,引退してもおかしくない年齢層なら職業からの引退は必ずしもストレスフルではないとする認識が示されてきている(注9)(注10)。本分析から,米国の男性だけでなく仕事中心的な意識が強い日本の男性においても,このような認識があてはまり,職業からの引退は一般的に予想されるよりもストレスフルでないということが示唆されているといえよう。日本の男性では,就労が生きがいにつながっていない人が多いという先に示した結果からすれば,このような結果が得られたとしても意外ではない。
表3 職業からの引退がうつ症状得点に与える効果(繰り返しの分散分析)

 2 日本の女性にとっては職業からの引退がストレスフルである可能性がある

 日本の女性については唯一,職業から引退した人のほうが就労をつづけた人と比べてうつ症状得点が有意に増加していた(表3)。日本の男性と比べると女性の就労は「生きがい就労」という側面が強いため,職業からの引退が生活や意識に与える影響が強く,ストレスフルな出来事となった可能性はある。しかし,この分野の研究蓄積が乏しいため,その妥当性について,今後の追試で確認することが必要といえよう。
 以上の分析は,対象者数が少なかったため,引退した人の中には自営業を含むすべての職業階層の人が含まれる。そのため,ある特定の職業階層の人たちについて職業からの引退がストレスフルであったとしても,それは全体の中に埋もれてその効果が検出されにくい。職業からの引退がストレスフルとなる可能性が高い,「会社人間」「企業戦士」のレッテルをはられている大企業のホワイトカラー層に絞った研究も必要といえよう。

 3 高齢者にとっても無視できない失業の影響

 職業からの引退は,就労者全体でみるならば,日本の女性就労者を除き,必ずしもストレスフルな出来事ではなかった。しかし,近年の不況のなかで60歳以上の男性の完全失業率がこの約10年でほぼ倍増(1990年5%,1997年8%)しており,高齢者の中には就労意欲があるにもかかわらず職につけない,すなわち失業に直面している人も少なくない。従来の研究によれば,失業者は精神的な健康が低位であり,失業がストレスフルなものであることが示されている(注11)。しかし,一般的な定年年齢以上である60歳以上の人にとって,失業がどの程度ストレスフルであるかについてはほとんどわかっていない。
 これまで本稿で使用したデータベースは,このような状態にある人がほとんどいないため,以上の課題を分析することはできない。横断調査ではあるが,筆者らが55~64歳の全国標本を対象に1998年に実施した調査データに基づき,この課題を検討してみよう。
 分析対象は60~64歳の男性であり,就労意欲があっても職につけていない人と就労している人(自営業は除く)とで,うつが疑われる人の割合がどのように違うかを分析した。分析に際しては次のような点を考慮した。単純にこの二つのグループを比較し,失業している人のほうがうつが疑われる人の割合が高いという結果が得られたとしても,それによって失業がストレスフルなものであると結論づけることはできない。失業した人では年齢が高い,学歴が低い,身体的な健康が低いという失業の原因となるような要因を多くかかえているため,その効果としてうつが疑われる人の割合が高くなったとみることもできる。この影響を除くため,本稿では,失業している人と就労している人とで,統計的な方法で身体健康,学歴,年齢の分布を同じにし,比較した。分析方法としては多重ロジスティック回帰分析を用いた。
 分析の結果,P<.10の有意水準であったが,就労意欲があっても職につけない人のほうが就労者と比較して,うつが疑われる人の割合が高かった(図1)。若年だけでなく,一般的な退職年齢を過ぎた人においても,失業はストレスフルな出来事であり,このような人に対する就労の場の確保と心のケアが重要といえる。

図1 失業者(60-64歳)の中でうつが疑われる人の割合



VI 職業から引退後に地域への社会参加を促すための要因

 1 職域での社会参加に限定されている日本の高齢者

 本論に入る前に,日本の高齢者における社会参加の特徴をみておこう。
 日本の男性高齢者の就労率が高いことについては,つとに指摘されているところであり,就労を通しての社会参加は活発に行われている。他方では,地域における社会参加に関しては,その割合が低いと指摘され,それへの対策が強調されている。しかし,全体として高齢者の社会参加の程度に問題がないかどうかをみようとする場合,職域あるいは地域を区別して社会参加の割合を比較することは意味がない。職域,地域の社会参加を合計して社会参加の多寡を比較していくことが必要であるが,このような資料はほとんどない。
 職域と地域の社会参加を合計してみた場合,日本の男性の社会参加の程度は高いといえるのであろうか。ここでは,日米双方の初回調査をもとに,職域と地域(地域組織や団体への参加が月に1回以上)の社会参加の合計が日米でどのように異なるかを比較した。
 既存の資料からも推測されるように,男性,女性ともに職域における社会参加は,日本のほうが米国と比較して高かった。しかし,地域における社会参加を足しあわせた社会参加全体の割合をみると,男性ではほとんど差がみられず,女性では米国のほうが日本に比べて社会参加の割合が高いという結果であった(図2)。

図2 初回調査における職域・地域を合計した社会参加の割合

 さらに,3年間の追跡期間中に職域で社会参加していた人の社会参加がどのように変化するかを日米で比較した。職域で社会参加していた人が追跡期間中に他職域における社会参加を続けるか,あるいは地域のみの社会参加に移行するかは別にして,社会参加を継続する割合は日米で男女とも大きな差がない。違いは米国では職域をやめて地域のみの社会参加に移行する割合が高く,他方,日本の高齢者は,職域での社会参加を続けることで,米国と同じくらいの社会参加の割合を維持していることがわかった(図3)。

図3 初回調査の就労者における追跡期間中の社会参加の変化

 以上の結果は,少なくとも男性の場合には,日本の高齢者をとらえて社会参加が低いとみることが誤っていることを示している。日本の高齢者の社会参加の特徴は職域での社会参加の比重が大きいということであり,職域での社会参加を加味するならば,少なくとも男性の場合には社会参加の割合は日米で差がないといえる。

 2 職業からの引退は社会参加を促すか

 職業から引退することは,地域における社会参加を促すことになるのであろうか。3年間の追跡期間中に職業から引退した人を対象に,地域での社会参加(地域組織に1カ月に1回以上の頻度で参加)の割合が職業からの引退の前後でどの程度異なるかを検討した。日本の男性は引退前で31%,引退後では32%と,引退前後で参加の割合にほとんど変化がなかった(表4)。引退後において1日のかなりの時間が自分の自由に使えるようになったといっても,それがそのまま新しい社会参加の場を地域につくることにつながっていない。さらに,本分析で興味深いのは,このような現状は仕事中心の生活を送ってきた日本男性の引退者に特有なことではなく,米国の男性,日米の女性に共通してみられるという点である。すなわち,日本の男性だけでなく,女性も,また米国の男性に対しても,職業からの引退後に地域での社会参加がすすむように積極的に働きかけていかない限り,現状では社会参加の場が職域から地域にスムースに移行することはほとんどないことが示唆された。

表4 職業からの引退前後における地域組織への参加(月に1回以上)の割合の比較

 3 在職中から地域組織にかかわることが引退後の社会参加を推進する

 では,どのような要因が社会参加の場を職域から地域へとスムースに移行させることに貢献するのであろうか。就労をつづける要因については経済学的な要因をはじめ,かなり検討がなされているが,職域から地域への移行に関する研究はほとんどない。
 本稿では,初回調査では就労していた人を対象に,3年間における社会参加の変化を予測する要因を検討した。社会参加の変化は,「就労をつづけている」「職域から地域に社会参加の場が移った(地域組織への参加頻度が月に1回以上)」「職域,地域のいずれにも参加していない」のパターンに分けた。予測のための要因には,基本属性として年齢を,階層をあらわすものとして学歴と職業階層(ブルーカラーかホワイトカラーか)を,健康状態をあらわす変数として慢性疾患の有無,日常生活動作能力,うつ症状得点を,ネットワーク指標として地域組織への参加回数,友人・近隣と会う回数を,心理変数として仕事の満足度と経済的な困難度を加えた。従属変数が3種類のカテゴリーであるため,多項ロジスティック回帰分析で行った。基準カテゴリーは,「職域,地域のいずれにも参加していない」である。
 男性だけでなく,女性についても,また日米に共通して,社会参加の場が職域から地域に移行した人は,いずれにも参加しなくなった人と比較して,在職中に地域で社会参加をしていた人であった(表5,表6)。一般的に,在職中から地域などに社会参加の場を確保していくことが,引退後に地域において社会参加を推進することに貢献するといわれている。本分析では,このことの重要性が裏づけられたといえよう。

表5 男性就労者における社会参加の変化に関連する要因

表6 女性就労者における社会参加の変化に関連する要因

 日米に共通して,また,男女ともに,職業から引退した後に地域での社会参加に移行する割合は階層によって有意に異なっていた。しかし,有意差がみられた階層は男性と女性,日米で異なっていた。日本の男性ではホワイトカラー層が,米国の男性と日本の女性では学歴が低い層が,米国の女性ではブルーカラー層が,職業から引退した後に地域での社会参加へと移行する割合が低く,職域,地域のいずれの社会参加もしなくなってしまう割合が高かった。なぜ,このような層が退職後の社会参加の推進という点からみてリスク要因をかかえているかについては,今後の検討課題といえる。



VII まとめにかえて

 日本の男性について,高齢者の就労意欲や就労率が高いことから,高齢社会のあり方の一つとして就労を通した生きがい対策,経済基盤の確保が考えられる。本稿でも,職域を加えた場合の社会参加の割合は,米国の男性と〓色(遜色)ない状態であるため,職域での社会参加をぬきに社会参加のあり方を考えるには問題が多いことが示された。
 しかし,他方では,「生きがい就労」,あるいは引退の悪影響は,日本の男性よりもむしろ米国の男性そして日本の女性にみられることが明らかにされ,日本の男性高齢者は,就労が生きがいの中心であったり,引退後への適応が困難であるという問題をかかえているという,一般的な認識に再考をせまる内容となっている。
 本稿の分析から,高齢者の社会参加の推進にとって必要な視点として次のような点が指摘できる。すなわち,高齢者の社会参加の推進を職域か,あるいは地域かに区分して自己完結的に行うのではなく,高齢者自身が社会参加の場の選択肢を広く持つことができるように,在職中から地域での社会参加が可能になるような施策を考えること,同時に地域での社会参加活動においても職域への社会参加に役立つような,たとえば職能教育のような活動を位置づけることも必要ではないだろうか。これらはすでに指摘されていることであるが,改めてその重要性が実証的に裏づけられたといえよう。


参考文献
(注1)健康体力づくり事業財団「高齢者が自由で自立した生活を送るための心身の健康増進に関する調査」1999;131-144。

(注2)労働省大臣官房調査部「高年齢者就業の実態(平成8年度調査)」大蔵省印刷局,1998。

(注3)総務庁長官官房高齢社会対策室「高齢者の生活と意識 第4回国際比較調査結果報告」1997。

(注4)三隅二不二「働くことの意味:国際比較」,三隅二不二編著『働くことの意味』有斐閣,1987;1-100。

(注5)杉澤あつ子,杉澤秀博,中谷陽明,柴田博「老年期における職業からの引退が精神的健康と社会的健康におよぼす影響」『日本公衆衛生雑誌』1997;44:123-130。

(注6)厚生統計協会「国民の福祉の動向」1998;199-202。

(注7)労働省編「平成9年版 労働白書」日本労働研究機構,1997。

(注8)エイジング総合研究センター『高齢社会基礎資料年鑑』1998・1999年,中央法規,1998;23。

(注9)Matthews, A. M., Brown, K. H., Retirement as a critical life event, Research on Aging 1987; 9: 548-571.

(注10)Bosse R, et al., How stressful is retirement? Findings from the Normative Aging Study, Journal of Gerontology 1991; 46: 9-14.

(注11)Bartley M, Ferrie J, Montgomery S. M., Living in a high-unemployment economy: Understanding the health consequences, Marmot M, Wilkinson R. G., Social determinants of health, New York: Oxford University Press, 1999: 81-104.


【資料】
 米国のデータベースはミシガン大学の社会調査研究所(研究代表:James S. House)によって収集された,America's Changing Livesである。これは米国の25歳以上の代表性ある標本を対象としており,標本抽出にあたっては60歳以上と黒人の抽出確率を2倍高くしている。初回調査は1986年に実施され,60歳以上の調査回答者数は1669人であった。3年後の1989年に追跡調査が実施され,1279人から回答を得た。分析にあたっては母集団の人種構成比に合わせるため,初回調査の黒人の回答者から無作為に2分の1抽出し,白人の回答者に加えた。その結果,初回調査の分析対象者は1394人,追跡調査の分析対象者は1083人となる。
 日本のデータは東京都老人総合研究所(研究代表:前田大作)とミシガン大学(研究代表:Jersey Liang)の共同で収集された。これは全国60歳以上の高齢者からの層化無作為抽出標本を対象とした調査であり,質問項目の多くは日米での比較が可能なように,上記のAmerica's Changing Livesの質問項目を翻訳し,使用している。初回調査は1987年に実施され,2200人から回答を得ている。追跡調査は3年後の1990年に実施され,1671人から回答を得ている。データベースの詳細については東京都老人総合研究所編「高齢者の生活と健康に関する縦断的・比較文化的研究」1999年,を参照のこと。


 すぎさわ・ひでひろ 東京都老人総合研究所保健社会学部門主任研究員。主な著書に「健康度自己評価に関する研究の展開――米国での研究を中心に」(杉澤あつ子と共著)『日本公衆衛生雑誌』42巻366-378頁。
 あきやま・ひろこ 東京大学大学院人文社会系教授。主な論書に「ジェンダーと文化」(柏木惠子・北山忍・東洋編)『文化心理学』第2版(東京大学出版会,2000)など。