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(論文目次)
I はじめに
II 雇調金の効果
  1 マクロの視点から
  2 事業所の視点から
  3 労働者の視点から
  4 まとめ
III おわりに-雇用政策の視点

 I はじめに

 雇用調整助成金(以下,雇調金と略す)とは,「景気の変動,産業構造の変化その他の経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた場合に,その雇用する労働者を休業,教育訓練又は出向させる事業主に対して,休業にかかわる手当,教育訓練,出向にかかわる賃金等の負担の一部を助成することにより,労働者の失業の予防その他雇用の安定をはかること」を目的に,いわゆる雇用保険三事業のひとつとして1975年に創設された給付金制度である(注1)。その給付実績を年間総額でみると,1994年の約650億円をピークとして,平均すると年間200億円程度が設立以来四半世紀にわたって支出され続けてきた(図1)。なかでも休業補償については,年平均200万人日分が給付されており,1人当たりの休業日数を30日程度と考えると,毎年およそ7万人がカバーされてきた勘定になる(注2)。雇調金は,オイルショック以降,日本の雇用政策が失業救済から雇用維持へ転換する中で生まれた,ひとつの主要な柱だったとまとめることができる(注3)。

図1 雇調金給付実績の推移(1975~2000年度)

 しかし,保険給付または休業補助金という性格を考慮すると,給付のあり方によっては雇調金が経済主体のインセンティブや価格メカニズムの働きをかえって阻害する恐れがあることは,当初から予見できた。それにもかかわらず,雇調金が実際の経済活動に与えた影響について,十分に実証的な確認がなされてきたとは言いがたい。その結果,この政策の効果について多くの論者に疑心をいだかせただけでなく,1980年代以降,過剰雇用を必要以上に企業内に滞留させる根源として多くの批判を浴びることとなり,2001年10月をもって業種指定方式の廃止など制度変更を余儀なくされるに至った(注4)。
 この制度変更に当たって実証的な判断材料を提供すべく「雇用調整助成金の政策効果に関する調査研究」(仮称)が2000年6月に組織され,翌年3月に報告書がまとめられた。研究会では,当時雇調金を活用していたないし過去活用したことのある事業所の担当者や,雇調金の給付手続きを担当した職安職員に聞き取り調査を行い,給付の実態を確かめている。そのほか,1999年2月に実施された休業について雇調金を給付申請した全国2783事業所の申請書を収集し,それに基づいて当該事業所および当時所属していた雇用保険被保険者(35万1935名)に関するデータを雇用保険台帳から取り出し分析している。なお,比較に際しては,雇用保険台帳より,事業所についてランダム・サンプリングを行って作成した同様のデータセットを用いている(2万6事業所,32万7612名)。本稿では,この報告書の内容をかいつまんで紹介することを通じて,雇調金の政策効果を具体的に確かめるとともに,雇用政策に関する議論の材料を提示したい。



 II 雇調金の効果

 1 マクロの視点から

 雇調金に対するもっとも大きな批判のひとつは,制度が「企業の経営努力とは無関係の一時的な業況の悪化」に際して雇用を保持することを意図していたにもかかわらず,近い将来に比較優位を失うと予想される「構造不況業種」に長期にわたって給付され,その結果,産業構造の転換をいたずらに遅らせている可能性がある,という議論であった。
 たしかに,1990年代中葉以降の給付実績をみると,その大部分は製造業,なかでも鉄鋼業に集中しており,年度によっては実に7割から8割が鉄鋼業に給付されていたことも確認される(注5)。また,指定業種の変遷をみると,1988年以降少なくとも1回指定を受けた業種は319にのぼるが,そのうち実際に助成を受けたのは,事業所数でみて10%内外,労働者数でみて5~20%程度にすぎないことがわかる。と同時に,319の指定経験業種のうち半数を超える165業種がその後2回目以降の指定を受けた経験をもっており(表1),業種によっては,複数の基準を使うことで5年を超えて指定を受け続けたところも認められる(注6)。そのほか,個別事例においても,首都圏に本社をもつ大手高炉メーカーでは,ほぼすべての本社ホワイトカラー層を対象として雇調金を利用した休業が大規模に行われるなど,雇調金が特定の業種・事業所に継続・集中して利用されたことを示唆するケースも観察される。これらの業種指定の変遷の経緯は,雇調金の給付が特定の業種に長期にわたって継続・集中した可能性があることを示唆している。また,この傾向は統計的にも確認される。表2として掲げた推計によれば,指定を受けた経験をもつ業種は,当該業種の雇用量やマクロ環境(為替レートやGDP)の変化が同一という状況にあっても,指定経験のない業種と比較して再指定を受けやすいという傾向を示している。

表1 累計値による指定業種の推移

表2 業種指定の要因とタイミング

 したがって,雇調金の給付に関して業種レベルで何らかの習慣性が発生している可能性を否定すべきではない(注7)。この習慣性の解釈にはいくつか筋道があり,たとえば,一度指定を受けた業種は雇調金によって生産性を回復させているわけではなく,後に同程度のマクロ環境におかれた場合に,内実がより悪化しているということも十分に想定できる。この場合,雇調金はまさに「構造不況業種」に給付されたと考えることができる。
 ただし,継続的に不況に陥った業種に対して休業時の賃金を補助したからといって,それが必ず当該業種の長期的な雇用調整を阻害するわけではない。実際,上記のような習慣性が認められるにもかかわらず,統計的には,雇調金の対象に指定されることは長期的に産業全体の雇用量をより減少させ,雇用調整をむしろ促進する効果をもっていたことが推定される(表3)。あるいは,雇調金の給付額の雇用調整速度に与える影響を地域別に推定しても,マン・アワーで計測された雇用調整速度を有意に速める効果をもつことが確認され(表4),地域労働市場に対して失業指標を有意に低下させる効果は検出できない(表5)。

表3 労働需要関数の推定結果

表4 都道府県別雇用調整速度の推定結果

表5 都道府県別,雇調金が失業指標に与える影響

 マクロの視点から見る限り,本来の趣旨に反して特定業種の長期的な業況悪化に雇調金が利用される事例は少なくなかったものの,当該業種全体の雇用調整を長期にわたって滞らせ,失業指標を有意に低下させるほどの抑止効果はもたなかったと考えられる。

 2 事業所の視点から

 前項にみた業種レベルの動向の背後で,各事業所はどのように雇調金を活用してきたのだろうか。ここでは雇調金の受給やその効果に関して,事業所単位で分析した結果をいくつか紹介したい。
 第1に,雇調金の休業補助を受給申請したのは,同じ製造業のなかで比較しても大規模で歴史の古い事業所に多い(表6)。雇用保険加入事業所全体では100人以上の被保険者を有する事業所は3%弱にとどまるのに対して,受給申請を行った事業所では同比率は2割強に跳ね上がる。また,全体の約8割をしめるはずの被保険者10人以下の事業所は,受給申請を行った事業所では4分の1に達しない。設立後30年以上を経過した事業所は雇用保険加入事業所全体では2割弱をしめるにすぎないにもかかわらず,雇調金の受給申請を行った事業所のなかでは6割にも及ぶ。もちろん,雇調金の受給申請の事務手続きの煩雑さを考慮すると,大規模で歴史が古く,従業員の管理記録が整った事業所では比較的申請しやすいことも理由として想像できる(注8)。しかし,各事業所が生産調整の方法として解雇と休業という二者択一の状況に迫られる状況では,解雇と休業によって生じる負担の差が相対的に顕著と思われる,大規模で操業歴の長い事業所のほうが,休業補助を受け取れる場合に解雇に代えて休業を選択する可能性が大きくなるという事情も働いていよう。この意味では,雇調金は「解雇を未然に防ぐ」という当初の目的をある程度達成していると推測できるかもしれない。

表6-1 被保険者規模別分布

表6-2 設立時期別分布

 ところが実際には,雇調金の受給申請を行った事業所は結果として閉鎖されてしまう可能性が高く,雇用の維持にどれだけ効果があったかについては疑問が残る(注9)。たとえば,1999年2月時点で被保険者が10人から5人所属していた小規模な事業所では,雇調金の受給申請を行った事業所の7.4%が後の2年間に何らかの形で閉鎖に追い込まれている一方,雇調金非申請事業所ではその値は3.8%にとどまる(注10)。このような両者における事業所閉鎖確率の差異は,被保険者規模が小さくなると広がることが観察される(図3)。ただし,閉鎖までのプロセスを推定すると,受給申請から半年から1年後になってはじめて相対的に閉鎖確率に差が生じることがわかる(表7,図4)。逆に言えば,受給申請から半年内外については,雇調金の受給申請を行った事業所の閉鎖確率は雇用保険加入事業所全体と遜色がない程度に抑えられていたことになる。したがって,雇調金のもつ事業所の延命効果は実際に認められるものの,それは半年内外の短期に限定され,長期にわたって事業所の閉鎖を阻止するだけの効果はなかったと考えられる。

図3 事業所の完結割合

図4 サバイバル関数の推計:製造業

表7 事業所のサバイバル分析

 第3の特徴として,雇用保険の対象となっていない従業員を多く抱える場合や,休業が当該事業所内部の労働者に幅広く実施されている場合には,事業所単位でみた被保険者の離職割合は低くなる傾向が認められることを指摘しておこう(表8)。雇用保険の非対象従業員は,パートタイマーなどのいわゆる「非正規従業員」であることが多いと考えられるので,彼らが正規従業員であろう被保険者の雇用調整のバッファーとして利用されていることが確認できる。

表8 休業期間中の離職率の分析

 結局,事業所レベルで観察しても,雇調金がもつ雇用支持効果は半年内外の短期に限定され,事業所自体を長期にわたって延命させているわけではない。このことは,さきにみた業種レベルでの雇用調整に対する影響と整合的で,いずれの推定結果も,雇調金は長期的にはそれほど価格メカニズムをゆがめるわけではないという肯定的な見解を棄却するものではない。ただし,その場合には雇調金がもつ本来の目的,すなわち「失業の未然の防止」が達成されているのかについて疑問が生じてくる。

 3 労働者の視点から

 前項までの業種レベル・事業所レベルでの観察結果は,雇調金の受給が労働者の行動に与える影響が複雑なことを示唆している。とりわけ,紛れもない休業に対する補助金であるはずの雇調金が結果として雇用調整を促進している,あるいは,事業所内部での休業の構成の仕方が事業所全体の離職率に影響を与えるという分析結果は,休業の実施や雇調金の受給があらゆる労働者に対して一律の効果をもっているわけではないことを暗に示している。このことを確かめるために,本項では労働者の行動に対して雇調金が与える影響を紹介したい(注11)。
 被保険者単位でみた場合,1999年2月時点での休業対象者がその後2年間に(少なくとも1回)離職を経験した割合は18.3%であった(注12)。同一期間における雇用保険被保険者全体の(同様の)離職比率が21.6%であることと比較すると,休業事業所に所属した被保険者の離職比率は全体的には低くなる傾向があることが確認できる。この意味では,雇調金のもつ「失業の未然の防止」という目的は一定の成果を収めているかもしれない。ただし,離職者の離職理由を調べると,離職者のうち「事業所都合」での離職は,被保険者全体では19.0%をしめるのに対して,雇調金申請事業所所属被保険者では22.3%をしめ,若干高くなっており,結果として事業所都合の離職が少なく抑えられているわけではない(注13)(注14)。
 休業対象者の選定に当たっては,原則として労使間協定に基づき特定個人に休業が集中しないように配慮され,職安担当者もこの点をかなり意識してチェックしている。しかし,聞き取り調査のなかでも指摘されたように,職場の中核を担う労働者よりも周辺的な職務を担当する労働者のほうが休業させやすい事情は存在する。また,結果から観察する限り,男性よりも女性,高年齢・長期勤続者よりも低年齢・短期勤続者で相対的に休業比率が高くなる傾向は否定できない(注15)。
 以上の比較は,サンプリングの設計の問題から業種や規模をコントロールできなかったため,解釈するには慎重でなければならない。休業補償の直接の影響を調べるためには,受給申請をした事業所に所属した被保険者のうち,直接に休業対象となった被保険者と休業の対象にはならなかった被保険者の間で離職行動に違いがあるかを検討する必要があろう。1999年2月に休業を実施した事業所に所属しながら,当時休業対象者からはずれた労働者についての離職割合が18.7%であるので,離職者の多寡は休業対象者と非休業対象者とでは大きな違いはない。ところが,離職理由をみると,休業対象者では離職者のうち29.2%が「事業所都合」によるものである一方,非休業対象者では同比率は17.4%にとどまり,両者で離職行動の構造に相違があることを示唆している(注16)。
 このことを確かめるために推計に基づいて様々に分析した結果,50歳以上の高齢層に関しては休業対象となることで離職確率が減退する一方,逆に40~50歳以下の中年層に関しては休業対象になることでかえって離職確率が増大する効果が認められた(表9)(注17)(注18)。このように,雇調金の効果は事業所に所属した被保険者すべてに一律に及ぶわけではなく,ある年齢階層では離職を抑制する効果を及ぼす一方,ほかの年齢階層の被保険者には逆に離職を促す効果をもっていたと考えられる。それゆえに,雇調金が「失業の未然の予防」という目的に合致したか否かを判断するには,年齢階層によって異なる効果をもったことを考慮する必要がある。

表9 休業対象になることが離職確率に与える影響

 また,「失業の未然の防止」という観点からは,たとえ被保険者が離職したとしても,失業を経ずに(あるいはごく短い失業ののちに)再就職できれば所期の目的を達成したことになる。実際,離職後2001年2月25日までに再就職できた被保険者のうち,失業期間を経なかった被保険者は31%をしめ,雇調金申請事業所所属被保険者に限れば55%にも達する(注19)。再就職成功者のうち半数以上が実は失業を経験せずに転職していたことになる。ただし,これは申請事業所に所属したうち,休業の対象にならなかった被保険者において顕著にみられる傾向で(64%),休業対象者では39%と全体と大きな差は生じていない。
 反面,失業した場合の平均失業日数は被保険者全体で125日程度であるのに対し,雇調金申請事業所ではおよそ150日と長期化している(注20)。ただし,失業した場合の平均失業日数については,休業対象者と非休業対象者とでは大きな差は観察されない。したがって,休業対象者と非休業対象者の失業行動の違いは,失業を経ないで再就職可能だったかどうかに求めることができる。雇調金申請事業所に所属した被保険者では,失業を経ない再就職がとくに非休業対象者に多く,逆に一旦失業した場合に失業期間はむしろ長くなる傾向にあるとまとめることができ,これらの効果は事業所規模や年齢構成,性差を考慮したとしても検出される(表10)(注21)。

表10 休業対象となることが失業日数に与える影響

 雇調金が個別の被保険者の離職・失業行動に与える影響として,被保険者の離職確率や,失業を経ない再就職・失業期間に影響を与えると考えられるが,その効果の方向は一意ではないことがわかる。

 4 まとめ

 なるほど,古典的な需要・供給の枠組みのなかでは,休業に対する補助金には休業を多く選択させる効果が期待され,したがって雇調金は価格メカニズムをゆがめるはずだという先験的な批判の根拠となってきた。しかし今回の分析で得られた実証結果の多くは,1年ないし2年程度の時間を前提とする限り,このような先験的な批判は現実には妥当しないことを示唆している。とはいえ,雇調金がどれだけ未然に失業・解雇を防止したのかについては,被保険者の年齢階層によって結果が異なっており,全体として評価するにはまた別の枠組みが必要になる。
 以上の分析結果から,雇調金のメカニズムについていくつか示唆されることをあげておこう。
 ひとつは,雇調金の受給のタイミングの問題である。たしかに,2001年10月の改正に至るまで,業種指定は最近3カ月間の事業活動を基準としており,機動的な指定を意図してはいる(注22)。しかし,個別事業所における実際の休業(給付申請)は「ほんとうに追い詰められて」から行われることが多く,実際,雇調金は業況がかなり悪化してから投入されるケースが散見される。統計的な分析のなかでも,業種の指定のタイミングには2年前の為替相場や生産のGDPからの乖離も影響することが明らかにされている。これらの事実は,雇調金が,現実には長期的な業況悪化が進んだ段階でようやく活用される場合が多かったことを示している。この場合,休業補償程度の資金補助で事業活動を長期に支えることは難しいだろう。雇用調整方法全体の中で,事業所が「休業」という行為を選択する優先順位を変えることができない場合には,たとえ制度が一時的な業況悪化に対応するように設計されたとしても,雇調金の給付は機動的には実行されえないことになる。
 また,今回紹介した研究成果は,受給ないし休業対象となることのもつ,シグナルとしての効果も重要であることを示唆している。聞き取り調査のなかでは,工作機械メーカーの担当者が教育訓練補助を申請した理由として「コスト面では休業の方が有利であるが,社員のモラールが低下するという問題がでてくるので,あんまり長くは続けられなかった。実際,休業時の皆の意気消沈具合は,肌で感じられる」と述べており,現場でも休業のもつアナウンスメント効果が大きいことが考慮されている。統計的な分析のなかで指摘された,非休業対象者の比較的スムーズな転職行動も,事業所の休業が被保険者に将来への悲観をもたらし,機敏に反応した結果として解釈できる。この場合,たとえ休業補償が雇用者に対して解雇の規制を意味したとしても,被保険者に対しては離職を強く意識することを何ら妨げるものではなく,かえって促進する効果をもつことになる。現実の雇調金は,単純に休業時の賃金補助以上の複雑な効果をもっていたとまとめることができよう。



 III おわりに――雇用政策の視点

 本稿を閉じるに当たって,前節から読み取れる雇用政策に対するメッセージをいくつか提示したい。
 まず,今回の実証研究の成果を概観しただけでも,政策効果に関する実証研究の必要性が強調されるだろう。たしかに,教科書的な理解の中では,休業に対する補助金は企業行動に何らかの変化を促す。しかし,この変化が現実にどのくらいの大きさをもつのかは,とりわけ制度間の補完性や情報の偏在などを考慮したときには直截に結論できない。実際,休業・雇調金の需給申請という雇用主の行動は,労働者や取引先にとってはそれだけ業況が芳しくないことを間接的に明らかにする信頼できるシグナルとして有用な情報を生み出しており,一部の労働者はその恩恵にあずかっていると考えられる。したがって,ごく単純なモデル分析の結果を先験的に現実の政策効果とみなすには危険が伴い,より堅実に政策効果を議論するためには,常に実証研究による事実確認が必要になるはずである。むろんデータ上・人的資源上の制約も考える必要があるが,実証研究による事実確認が伴わない政策論議は,誤った認識の下で立案される危険性があることを明確に認識すべきであろう。
 また,雇調金程度の補助金政策では企業の雇用調整行動の根本に影響を及ぼすのは容易ではないこともわかる。今回紹介した研究成果は,2001年10月の制度変更に際しては,報告書完成時期の問題などもあり,実質的には活用されなかった。言いかえれば,指定業種の廃止といった適用条件の制度変更が,十分な政策評価がなされないまま行われたことになる。しかしながら,今回の実証研究による限り,実行に移された制度変更が,企業の選択のなかで休業の優先順位を変えるだけの影響をもつかは疑問であろう。むしろ,業界団体のもつコーディネーション機能を無視することは,個別事業所の給付申請を躊躇させる要因にもなりうる。さらに,個別の事業所の適用条件の吟味を直近3カ月から6カ月へ拡大しており,形式的には雇調金の発動のタイミングを遅延させる部分も含まれている。そもそも1990年代以降の不況のなかで希望退職や解雇など人員整理を比較的早期に実施する傾向が生まれているとすれば,雇用調整手段として一時休業を選択すること自体が減少する可能性もあり,全体としてみると従来の雇調金のメカニズムに変更を強いる制度改正とは言いがたいであろう。雇用調整助成金のみならず雇用政策をより有効なものとするためには,労働者や他の利害関係者を含む,全体的な雇用調整のメカニズムのなかで位置づける必要があろう。


* 本論は,厚生労働省から調査依頼およびデータ提供を受けて実施した調査研究(座長・中馬)に基づき,2002年5月に開催された労使関係研究会議において報告された論文に,加筆修正を加えたものである。研究会議の参加者,とりわけ有利隆一氏にはさまざまな助言をいただいた。ここにあらためて感謝の意を記したい。ただし,事実関係の把握を含め,本稿の責はすべて筆者一同に属する。また本論のとりまとめは,5名を代表して神林が主導的に行った。


注 1)設立当初は雇用調整給付金と呼ばれていた。制度の変更などについては労働省(1999)を参照のこと。諸外国における同様な制度として,ドイツの操短手当制度がよく知られている。

注 2)年間の最大給付日数は1人当たり200日なので,200万人日は最小1万人,最大200万人に給付が行われたことを示す。1999年2月においては1カ月間で1人当たり平均2.6日の休業が給付申請されており,1人当たりの年間休業日数をおおよそ30日としてもさしつかえはないものと考えられる。聞き取り調査のなかでも「月に2日ぐらいが一つの目安となっている。……中略……月にせいぜい2~4日の休業にするというのは組合の制約がきいているが,企業サイドもこの程度が無難と判断している。実際,月に4日まで休業すると,多いという印象である。鉄鋼関連メーカーでは,大体2日という[の]が一般的である」とされている。

注 3)労働保険特別会計雇用勘定によると,1998年度における雇用保険事業費のうち保険給付費支出はおよそ2兆5761億円,雇用対策事業費のうち給付費はおよそ1166億円であった。(http://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/other/zaimu7/1.html)

注 4)篠塚(1985)(1986),島田(1985)など。

注 5)従来業種指定に関しては,旧労働省がすべての業種について指定の可否を毎月決定していたわけではなく,自分の業種が指定を受けられそうだと考えた業界団体の申請を受けて,旧労働省が判断するというプロセスをとってきた。したがって,本来指定を受けられるような業況にあっても,業界団体のコーディネーションや情報の不足などにより指定を受けなかった例もあると考えられる。業界団体の申請があれば,旧労働省の判断に当たっては基準数値が定まっており,ほぼ機械的に判定されてきた。ただし,雇調金の実際の実務は末端の職安によってほとんどが担われており,近年に至るまで旧労働省はそれらについて大きな関心は払っていない。たとえば,厚生労働省資料によっては1990年代以前における指定業種の変遷をたどることができなかったため,官報の記載を逐次チェックする方法をとる必要があった。

注 6)指定業種数の変遷については図2を参照。たとえば「高炉による製鉄業」は,業種指定として1992年10月~1995年9月および1998年8月~2000年7月の5カ年,特定雇用調整業種として1995年7月~1997年6月の2カ年の合計7カ年指定を受けている。

図2 雇調金指定業種数の変遷

注 7)さきにも指摘したように,指定手続きが実質的に業界団体によっていたことを考えると,指定手続きに関する事務上情報上のノウハウが蓄積される可能性も考えられる。

注 8)雇調金の受給申請に際しては,基本的に賃金台帳と出勤簿,従業員組織との合意文書が整備されていなければならず,かなりの量の書類の準備と職安担当者との折衝が必要になる。雇用調整の只中にあって,これらの追加的に発生する事務を既存の労働力だけでまかなうのには,とりわけ中小事業所においては大きな負担となると考えられる。このことは聞き取り調査のなかでも指摘されており,たとえば職安担当者は「実際,担当者から話を聞いていくなかで『これは相当煩雑になる』ということでおじ気づいてしまう企業もあ」り,職安に相談に来ながら申請を断念した事業所の「1~2割は,実際に休業をやると労務管理がけっこう大変になるということがわかり,そこまではできない」という理由で申請をやめてしまう,とこたえている。

注 9)ただし,事業所が閉鎖されたからといってそこに所属した労働者がすべて離職するとは限らない。雇調金申請事業所は大規模な事業所が多く,閉鎖された事業所のほかにも事業拠点を有している可能性を考慮すると,配置転換など何らかの形で雇用が継続されるかもしれない。実際,1999年2月に雇調金を申請した事業所のなかで結果的に閉鎖された事業所は184カ所1万54名であったが,そのうち2001年2月までに離職したことが確認されたのは4915名で半数程度である。また,その離職者のうちおよそ13%に当たる600名強が,事業所が閉鎖された後に離職していた。

注10)雇用保険台帳では,「事業所の廃止」「雇用保険の認可又は任意加入の認可の撤回」「事業所の非該当の承認」「事業所統合に伴う事業所廃止」,当該職安からの「管外移転」があった場合に事業所が「完結」したとみなされる。これらの理由がすべて業況悪化に伴う事業所の「閉鎖」に相当するとは限らないが,その多くが妥当すると考えられる。

注11)ここで注意しなければならないことは,雇調金関係の給付はあくまでも事業主に対してなされるものであり,直接労働者の個人口座に振り込まれるわけではないことである(したがって雇調金関係については雇用保険料も事業主が全額負担している)。たしかに,給付を休業時の賃金への補助金と考えれば,間接的に休業時の賃金が(給付が想定されない場合に比較して)上昇する可能性は否定できない。しかし,実際の給付手続きや計算基準を考慮するとその可能性は大きくないだろう。たとえば,休業補償自体が最低6割という法的制約(労働基準法第26条)のもとにおかれており,休業時の賃金が高止まりになっている可能性がある。この場合,休業補償に対して雇用者に補助金が支払われたからといって,すぐに休業賃金が上昇するとは限らない。また,実際の給付手続きでは,休業を行った後に事後的に給付を求めるように定まっており,休業を実施する時点で給付が確定しているわけではない。これらのことを考慮すると,雇調金が個別の労働者に与える影響としては,休業時の賃金水準を通したものよりも,むしろ自らが休業するあるいは自分の事業所が休業するという行為自体を通したものが大きいと想定しても大過ない。

注12)雇調金の受給申請を行った事業所に所属した被保険者のうち1999年3月から9月に(少なくとも1度)離職した割合は6.6%で,『雇用動向調査』による1999年上期(1月~6月)の一般労働者の離職率6.3%と大差はない。

注13)1999年上期『雇用動向調査』によると,離職者のうち「契約期間満了」によるものが12.1%,「経営上の都合」によるものが11.1%と,あわせて23.2%をしめている。

注14)ただし,この点については男女差が大きく,たとえば男性のみに限った場合,「事業所都合」での離職は被保険者全体では離職者のうち22.3%であるのに対して,雇調金申請事業所所属被保険者では21.7%と若干低く,女性のみに限ると前者が14.7%,後者が24.6%と大きな差が生じている。

注15)雇調金の休業補償は事業所の平均賃金を基準として設定されるため,賃金が平均よりも低い女性や若年・短期勤続者を休業させるほうが企業の負担する労働費用はより軽減される。ただし,雇調金の休業補償額が休業賃金総額を上回ることはない。

注16)同様の傾向は,男女別あるいは事業所の閉鎖の有無別で集計しても認められる。

注17)雇調金の申請事業所での若年比率(30歳未満19.2%)は全体(同27.6%)に比較すると低い。

注18)ただし,男女差による離職確率の違いに対して休業が与える影響は確認できない。

注19)ここでは離職期日と再就職期日との差が2日以上である場合に失業を経たとみなした。2000年2月調査の『労働力調査特別調査』によると,前職のあるもののうち(現職の決まった時期が前職在職中に)「すでに決まっていた」割合は35.4%であった。また,離職者のうち調査期間内に再就職に成功した割合は,被保険者全体で42%であるのに対して,申請事業所所属被保険者では46%,休業対象者に絞ると42%(非休業対象者では49%)であった。

注20)通常,離職者は同一業種職種への転職を考えるので,業種全般が不況である雇調金受給事業所からの離職者は再就職が困難であることをうかがわせる。

注21)ただし,雇用主による再就職斡旋など特別な対策が非休業対象者に偏って行われたためかは確認できていない。

注22)業種指定の基準は基本的に「生産量等事業活動及び雇用量を示す指標の最近3カ月の月平均値が前年同期と比較して5%以上減少していること。業況悪化の状況が2年を超えて引き続くものでないと認められるものであること」である。事業所レベルでは,指定業種に属することのほか,「直近3か月の生産(販売)量(額)が対前年比で下回っていること,雇用量が対前年比で増えていないこと」が適用条件となっていた。ちなみに,2001年10月の制度改正で指定業種は廃止され,支給要件が当該事業所の「直近6か月の生産(販売)量(額)が対前年比で10%以上下回っていること,及び雇用量が対前年比で増えていないことなど」に一元化された。


参考文献

労働省職業安定局編(1999)『雇用調整助成金制度の実務解説』労働新聞社。
篠塚英子(1985)「雇用調整と雇用調整助成金の役割」『日本労働協会雑誌』日本労働協会。
篠塚英子(1986)「雇用調整助成金のあり方をめぐって――論争のあとしまつ記」『労働力需給構造の変化と雇用政策に関する研究』統計研究会。
島田晴雄(1985)「雇用調整と雇用政策」『労働力需給構造の変化と雇用政策に関する研究』統計研究会。


 ちゅうま・ひろゆき 一橋大学イノベーション研究センター教授。主な著書に『もの造りの技能――自動車産業の職場で』(共著),東洋経済新報社,2001年など。労働経済学・理論経済学専攻。

 おおはし・いさお 一橋大学大学院経済学研究科教授。主な論文に「定年後の賃金と雇用」(『経済研究』vol.51,No1,2000)等。労働経済学専攻。

 なかむら・じろう 東京都立大学経済学部教授。主な論文にOn the Determinations of Career Interruption by Childbirth of Married Women in Japan, Journal of the Japanese and International Economies, Vol.13, 1999(with T. Ueda)等。労働経済学専攻。

 あべ・まさひろ 獨協大学経済学部専任講師。主な論文に「企業の求人募集――求人情報の出し方とマッチングの結果」(『日本労働研究雑誌』No.495, 2001)等。計量経済学・労働経済学専攻。

 かんばやし・りょう 東京都立大学経済学部助教授。主な論文にDeclining Self-Employment in Japan, Journal of the Japanese and International Economies, Vol.16, 2002(with Y. Genda)等。労働経済学専攻。