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(著者抄録)
変化の時代には生涯学習と能力開発が要請される。とりわけ知識社会では、これが欠かせない。だが、日本ではこれまで、職業能力開発促進を中心とした能力開発法政策が遅れ気味で展開してきた。本稿は、現行法制を概観したのち、なぜ遅れてしまったかの理由を探求し、現時点での対応策に言及する。遅れの原因としては、労働法制における能開法制の発達の遅れ、法学者のこの分野への無関心、政策担当者や人事労務の実務家などの伝統的な軽視、OJT中心でOff-JT軽視の傾向、内部労働市場における企業主導への過度の依存と個人の主体性の軽視などが複合的に関係してきた。対策としては、法政策の次元では、最近ようやく関係者から注目され始め、能開法にその萌芽が導入された、個人主導のキャリア開発・能力開発をより積極的に支援する制度を充実させることが不可欠である。また、その法理論的な基礎を確立させることも必要である。
(論文目次)
I 法整備が遅れた能力開発
II 職業訓練をめぐる現行法制
  1 法の骨子
  2 法の基本理念
  3 法による諸施策
  4 判例・学説
  5 法制と法理の特徴
III この分野が遅れた理由(I)-法制が未発達だったからか?
IV この分野が遅れた理由(II)-法律家が怠慢だったからか?
V この分野が遅れた理由(III)-関係者の関心が低かったからか?
VI この分野が遅れた理由(IV)-必要ないと思われてきたのか?
VII この分野が遅れた理由(V)-「企業任せ」のせいだったのか?
VIII 要約と課題
 本稿は,職業教育・職業訓練・能力開発に関する法制を対象として,なぜ労働法学(者)がこの分野に大きな関心を払ってこなかったかについて考察するとともに,これからの法政策的な課題について考察する。



I 法整備が遅れた能力開発

 労働法は,労働者と使用者との間の労働契約の締結と運用を中心において,周辺にさまざまな法的規制のネットワークをめぐらす。伝統的な労働法の理解によると,労働者は使用者に比して圧倒的に弱い立場に立たされるので,特別の法的規制により保護されるべきだとして,労働基準法,労働安全衛生法,最低賃金法などのような個別的労働関係にある労働者を対象に保護する法規制,労働組合法,労働関係調整法のような団体的労使関係にある労働者を対象に保護する法規制,雇用対策法,職業安定法,職業能力開発促進法,雇用保険法などのような労働市場にある労働者を対象に保護する法規制を,それぞれ発展させてきた。こうした諸規制をめぐって法理も積み重ねられてきている(注1)。
 こうした戦後日本の労働法を振り返ると,法制では労働組合と使用者・使用者団体との間の団体的労使関係の規整がまず先行し,ほぼ同時に個々の労働者と使用者との間の個別的労働関係の規整が用意され,やや遅れ気味ながらやがて労働市場をめぐる法制の整備もなされていった。そして,高度経済成長の1960年代後半以降,とりわけ1970年代の石油ショック後は,労働市場法制が量的に増加した。最近では,個別的労働関係と労働市場をめぐる法的規整の見直しが継続している。やがては団体的労使関係や公共部門の労働関係の見直しも本格化せざるをえないだろう。産業労働をめぐる環境と社会の関心のありかが少しずつ移行してきている様子がうかがえて興味深い(注2)。
 法理の展開はどうであったか。当初は圧倒的に団体的労使関係法に関心が集中し,1970年代ころから個別的労働関係法への関心が高まっていき,1980年代半ば以降は個別的労働関係をめぐる法理がすこぶる盛んとなった。労働市場法への関心は,立法が活発化した1970年代以降,学界の一部に出現するが,全体的には広がらず,1990年代以降になって,ようやく広く議論の対象とされるようになった。しかしながら,職業訓練・能力開発をめぐる労働法研究は,現在も他分野に比して,遅れ気味である(注3)。
 なぜ関係法理の展開がかくも乏しく,遅れ気味できたのだろうか。次節では,現行法制を概観したのち,原因となったと思われる要素を順に検討する作業を試みる。



II 職業訓練をめぐる現行法制

 日本の職業訓練,能力開発の法制は,「職業能力開発促進法」(1969年法64号として成立した職業訓練法を1985年に法改正し,さらにその後の数次にわたる法改正を経て,現行法に至る。以下,「能開法」と略)を核として整備されてきている(注4)。

 1 法の骨子

 同法は,「雇用対策法(昭和四十一年法律第百三十二号)と相まつて,職業訓練及び職業能力検定の内容の充実強化及びその実施の円滑化のための施策並びに労働者が自ら職業に関する教育訓練又は職業能力検定を受ける機会を確保するための施策等を総合的かつ計画的に講ずることにより,職業に必要な労働者の能力を開発し,及び向上させることを促進し,もつて,職業の安定と労働者の地位の向上を図るとともに,経済及び社会の発展に寄与することを目的とする」(1条)と定める。
 すなわち,この目的規定を分解すると,
(1) 究極の目的は「職業の安定と労働者の地位の向上を図る」こと,および,「経済及び社会の発展に寄与すること」の双方にあり,
(2) これに至るための当面の直接的な目的は「職業に必要な労働者の能力を開発し,及び向上させることを促進」するところに置かれ,
(3) このための手法として「雇用対策法……と相まつて」,関連する諸施策を「総合的かつ計画的に講ずること」を規定し,
(4) 関連諸施策には「職業訓練及び職業能力検定の内容の充実強化及びその実施の円滑化のための施策」,ならびに,「労働者が自ら職業に関する教育訓練又は職業能力検定を受ける機会を確保するための施策等」を想定している,
ことがみてとれる。
 そして,これら諸施策の対象となる労働者としては,「事業主に雇用される者」および「求職者」の双方を想定する(2条)。
 つまり能開法は,内部労働市場にある労働者(事業主に雇用される者=95条2項にいう雇用労働者)と,失業者などの状態で外部労働市場にある労働者(求職者)を対象に,職業教育訓練と職業能力検定を,総合的かつ計画的に進めるための枠組みを提示し,その運用に必要な措置を講ずるといった法律なのである。

 2 法の基本理念

 能開法は,「労働者がその職業生活の全期間を通じてその有する能力を有効に発揮できるようにすることが,職業の安定及び労働者の地位の向上のために不可欠であるとともに,経済及び社会の発展の基礎をなすものであることにかんがみ,この法律の規定による職業能力の開発及び向上の促進は,産業構造の変化,技術の進歩その他の経済的環境の変化による業務の内容の変化に対する労働者の適応性を増大させ,及び転職に当たつての円滑な再就職に資するよう,労働者の職業生活設計に配慮しつつ,その職業生活の全期間を通じて段階的かつ体系的に行われることを基本理念とする」(3条)と定める。そして,「労働者の自発的な職業能力の開発及び向上の促進は,前条の基本理念に従い,職業生活設計に即して,必要な職業訓練及び職業に関する教育訓練を受ける機会が確保され,並びに必要な実務の経験がなされ,並びにこれらにより習得された職業に必要な技能及びこれに関する知識の適正な評価を行うことによつて図られなければならない」(3条の2第1項)と続ける。
 ここには,
(1) 労働者の「職業生活の全期間を通じて……能力を有効に発揮できるようにすること」の不可欠性,
(2) 能力開発が労働者の「職業生活設計に配慮しつつ,その職業生活の全期間を通じて段階的かつ体系的に行われる」こと,
(3) 労働者の「自発的な職業能力の開発及び向上の促進」をすること,
(4) 労働者を取り巻く雇用と産業をめぐる状況変化に即応できるようにすること,
(5) 「教育訓練を受ける機会」「実務の経験」「適正な評価」が要ること,
が指摘され,個々の労働者を中心においた生涯学習(教育)体制が志向されている。
 すなわち能開法は,失業中の労働者が就職できるように職業能力の開発に助力するという,あるいは,現に雇用される企業による職業訓練を促進するという,短期的かつ対症療法的な性格の施策を用意するだけでなく,より広くまた深い観点から「職業生活の全期間を通じて段階的かつ体系的」に職業能力の発展が図られることを希求するのである。
 また,学校教育との関係では,重複を避けつつ,これと密接な関連をもつようにすることとされている(3条の2第2項)。

 3 法による諸施策

 以上のような目的と基本理念を実現していくために,能開法は,
(1) 国による「職業能力開発基本計画」,都道府県による「職業能力開発計画」,事業主(すなわち企業・使用者)による「計画的な職業能力開発」(5・7・11条),
(2) 国,都道府県,事業主による「多様な職業能力開発の機会の確保」(8・15条),
(3) 国と都道府県による「職業訓練」(15条の6,16条),
(4) 国による技能検定(44~51条),
(5) 国と都道府県による事業主等に対する援助,助成等(15条の2,15条の3),
(6) 事業主によるOJT,Off-JTの実施,能力検定の受検(9・10条),情報提供,時間や配置上の配慮(10条の2),「有給教育訓練休暇」(10条の3),「職業能力開発推進者」の選任(12条),「認定職業訓練」(13条),
などを実現しようとする。
 このように同法は,近時の法改正(平成13年法35号)で労働者の「職業生活設計」(2条4項)という視点が導入されたが,各種の措置をめぐってはもっぱら国や都道府県(および職業能力開発協会などの外郭団体)が主体となって行う部分と,事業主が主体となって行う部分とに依拠する。そして同法4条(関係者の責務)によると,両者の関係として能開法は,まず事業主の自主的努力を要請し(1項),次いで国と都道府県によるその尊重や援助などに言及する構造になっている(2項)。つまり,民間部門(事業主と労働者など)が各種の能力開発の自主的な努力を行うことが何よりも大切で,これを公共部門(国と都道府県など)が補佐,補完するという方向でこれまでやってきたし,現在もそこにとどまる。

 4 判例・学説

 職業教育訓練をめぐっては,国・地方自治体,使用者・使用者団体,労働者・労働組合などが,関係者として登場する。そして,法的に主として問題となるのは,教育訓練をめぐる権利義務関係である。
 この場合,職業教育訓練は「義務教育」(憲法26条)の直接的な対象ではないので,国・地方自治体の教育訓練施設設置義務や保護者の教育を受けさせる義務などは生じないが,国・地方自治体と事業主は,能開法4条による援助や訓練実施などの一定の責務と,同5条以下による能力開発をめぐる計画を策定するなどの責任を負う。また,国は,「労働権・労働義務」(憲法27条1項)を受けた雇用保険法において,公共職業安定所長が求職者に公共職業訓練の受講などを指示できるとともに,技能習得手当,訓練延長給付などを支給することが定められる(10・24・36条ほか)。労働者は,一定の要件のもと,教育訓練給付を請求できる(雇用保険法60条の2)。さらに,労働組合は能開法などに直接的なかかわりをもたないが,助成金との関係で職業訓練計画などをめぐる協定の締結主体などになる(雇用保険法施行規則102条の3など)。
 これをめぐって,現実に争いとなってきたのは,使用者による教育訓練の受講命令の扱いである。使用者にはいかなる範囲の教育訓練命令権があり,どのような受講命令ならば労働者は拒否できるかを判断した判例や学説は,少なからず存在する。それらによると,
(1) 使用者は労働契約にもとづく労働者の労働給付(職務)に直接または密接に関係する範囲で教育訓練を命じることができるが,
(2) 目的や態様の点で労働契約による労働給付(職務)と無関係であったり,関連性が薄い場合には,使用者が一方的に命じることができず,労働者の合意をうる必要があるし,
(3) 強行規定や公序良俗に違反する受講命令は無効となり,また,受講命令権の権利濫用となる場合も同様であるほか,差別的な教育訓練命令などが不法行為を構成することもある,
と考えられている(注5)。
 なお,(1)に関連しては,眼前の職務に関連しなくとも長期的な観点から労働能力を向上させる教育訓練や,組織に適応させるための教育訓練などについても,使用者の受講命令権を認める傾向がある。解雇を厳格に規制する反面として,従業員の柔軟な活用に向けての措置を幅広く認めるのが裁判所の傾向であって,これは教育訓練的な性格をおびた配置転換などについても同様である。
 したがって,もし正当な業務命令である教育訓練命令に応じなかった場合,労働者は懲戒処分などの制裁を受ける可能性がある。

 5 法制と法理の特徴

 能開法制とその運用には,以下のような特徴が認められる。
(1) 日本では,学校教育と職業教育訓練がまったく別個の法体系と行政機関に属し,かつ,重複を避けようとしたこともあって,相互の連携が必ずしもうまくとれていない。学校教育では職業教育・実務への対応は軽視され,また,青少年に対する公共職業訓練も普及しなかったことから,職業をめぐる教育訓練はもっぱら企業に就職してからの現場での教育,実地訓練を中心に展開されてきた。
(2) 訓練をめぐっては,労使当事者の自主性が尊重される方向で進んできているが,労働者を主体とするというよりは,事業主を生涯職業能力開発を推進する主体に据える形できた。つまり労働者が主体となるべきはずの「基本理念」(3条・3条の2)と,法実務が用意してきた企業を中心におく実施方向・諸施策との間には,相当の乖離がある。必ずしも個人労働者が前面に出てくるような構造にはなっていない。公共職業訓練施設なども,事業主の行う能力開発を補助し,委託訓練やコンサルティングなどの機能をはたすべき存在となっている。
(3) それゆえ,各種の助成などもほとんどが事業主かその団体を対象にしており,個人労働者が主体となって申請できる助成金などはむしろ例外的である(これには,財政的に能開法を支える雇用保険法において「能力開発事業」[63条]の費用負担を事業主側だけに求めてきた構造も関係してきた)。
(4) 公共職業訓練は,事業主の行う職業訓練との関係において補完的であり,それほど重要な役割をはたしてきていない。とりわけホワイトカラー,女性,高齢者,非正規雇用向けなどの公共職業訓練に不十分さが目立つと指摘されている。
(5) 労働法理は,能開法そのものについての解釈論的な展開が低調である。労働法では長らく,企業内教育訓練に疑いの眼差しを向け,何よりも取締りの対象として把握するきらいがあった。労働基準法の監督的な規制がそうであったし,学説における企業内教育訓練をめぐる使用者の教育訓練命令権の限界を問う議論も,発想において共通するところがあった。しかし現在では,職務遂行をめぐる教育訓練の必要性や終身雇用の維持との関連で教育訓練がもつ意義を評価して,判例・学説はかなり広い範囲で使用者の裁量権限を認める傾向にあり,現実の教育訓練や配置転換の円滑な実施に配慮をしていると目される。
(6) 以上の結果,これまでの法制と法理の基本は,内部労働市場と強い関連をもつものになっている。そこで,これが強固に成立し,労働者の多くがそのコア部分に所属しつづける状態であるならば大きな問題は発生しないが,内部労働市場のあり方が変容し,外部労働市場の機能整備が求められるような場合には,個人労働者を支援する具体的な施策に乏しく,また,内部労働市場に所属しきれない非正規労働者などの存在に対しても有効に対処できない,といった構造的な問題点を抱えている。法制と法理が現状から大きく踏み出すことができないならば,これまでも正規雇用にない労働者の要請には応えきれず,しわ寄せ問題を生んできたが,雇用の多様化の流れのなかで将来的に人的資源の開発にかげりを生み,産業経済の展開にも支障を来しかねないことが懸念される。能開法にその萌芽が埋め込まれているが,今後は,個人労働者(とりわけ外部労働市場に身をおく者)とより正面から向き合える対処策が求められる。
 以下では,こうした能開法制と法理の特徴をめぐり,制度と議論の「遅れ」の原因を考察する。



III この分野が遅れた理由(I)――法制が未発達だったからか?

 当たっている面がある。
 戦前,能開法制は,ほとんど発達をみなかった。1930年代以前のレッセ・フェール的な考えが強かった時期には,民間における徒弟制度に委ねられた職業訓練につき,その弊害を監督する目的で1916(大正5)年施行の工場法と施行令に規定が入った(現行労働基準法69条にこうした流れを受けた規定が残る)が,取締り規定であって,職業訓練を奨励するような性格のものではなかった。しかも,手工業主や小規模事業所には適用をみなかった。他方,失業者に対する公的な職業補導事業として一種の職業訓練が試みられたのは,1921(大正10)年の職業紹介法(職業安定法の前身)後の1923(大正12)年に東京市が行った例に端を発していたが,精神訓話的であったりして,本格的なものではなかったとされる。
 戦争体制への移行は,国家の職業訓練への姿勢を積極的なものへと変える。まず,1938(昭和13)年の職業紹介法改正で職業紹介所が国営化された際,機械工補導所が付設されて,短期の速成訓練を開始した。そして,1939(昭和14)年の国家総動員法は,工場事業場技能者養成令の制定を求め,一定規模以上の工場に長期の熟練工養成を義務づけ,補助金を支給した。また,1940(昭和15)年には,機械技術検定令が定められ,技能検定への道を開いた。その他,戦争遂行のために各種の訓練施策も用意された。
 戦後,こうした訓練施設は失業者への職業補導,職業訓練に利用され,1947(昭和22)年制定の職業安定法にもとづく対応などがとられた。また,同年制定の労働基準法70条(技能者の養成)などにもとづく技能者養成規定も制定された。そのために,同年新設の旧労働省は職業安定局に職業補導課を有し,1949(昭和24)年には労働基準局監督課から分離した技能課も生まれ,1951(昭和26)年には監督者訓練課も設けられた。
 そして,世の中がそれなりに落ち着いてきた1958(昭和33)年になってようやく旧職業訓練法(能開法の前身)が制定され,また1961(昭和36)年に旧労働省に職業訓練局が設置された。その後同法は,1969(昭和44)年の法改正により新職業訓練法となり,1974(昭和49)年の雇用保険法(旧来の失業保険法を全面改正したもの)とその1976(昭和51)年改正により,能力開発が同法の定める事業の一つに位置づけられ,1978(昭和53)年の職業訓練法改正,1984(昭和59)年の職業訓練局の職業能力開発局への名称・編成の変更を経て,1985(昭和60)年の職業訓練法の改正によって現行・職業能力開発促進法が成立する。同年には,労働者派遣法,男女雇用機会均等法なども成立しており,労働市場の変化を受けての本格的な法制再編成の転換点を飾った立法となった。
 以上のように,能開法制は他の労働法制に比し,大きく遅れて発展してきた。今も発展途上にある法制分野だといってもよい。基本となる法制の発達を欠いては法理の発展も限界があり,法理の展開なくして法制の整備もまた遅れがちとなるといった関係が,ここにはみてとれる。
 とはいえ,こうした遅れ現象は必ずしも日本だけのものではない。ILO(国際労働機関)でも,戦前には「職業訓練に関する勧告」(57号・1939年)と「徒弟制度に関する勧告」(60号・1939年)があったくらいで,戦後も長らく「職業訓練に関する勧告」(117号・1962年)にとどまっていた。こうして,本格的な条約化は「人的資源の開発における職業指導及び職業訓練に関する条約」(142号・1975年。日本は1986年に批准登録)まで待たなければならなかったほどである。欧米諸国をみても,能開法制は労働法のいわば傍流にあり,全体の展開の足どりも遅い(注6)。
 つまり,法政策の次元においても,また,法理の次元においても,さらには実務の世界においても,職業訓練・能力開発の分野は大きな意識的な関心を長らく払われてこなかったといっても過言ではなかろう。



IV この分野が遅れた理由(II)――法律家が怠慢だったからか?

 これも当たっている面がある。
 ローマ法以来の長い伝統をもつ法律学・法学の主流は「法解釈学」である。立法府の作成する「法規」(憲法・法律など)に理論的な体系性や技術的な整合性を与え,現実の世界に生起する事案に法規を適用する作業を行う。また,法規が自治を認める領域で当事者が合意を介して作成する「契約」に合理的な解釈を施し,当事者間に生起する問題が合意とその法的な趣旨にそって解決されるように取り計らう。つまり法律家は,原則として自分以外の誰か他の者(立法者または当事者)が作成した,法的に意味のある文書,了解事項などをめぐり,そこに含まれた規定の要件を確定し,判断対象となる事実をその要件と比較対照し,法的な効果と考えられる結論を導き出す論証作業にたずさわるのを常としてきた。そして,こうした論証作業には多くの知識,技術が要請されるので,その研鑽に精力と時間の多くを費やしてきた。緻密ではあるが,あと知恵的な判定に終始し,一般に発想が受け身的で,保守的だとする世間の批判は,こうした人材養成法に起因する思考・行動特性にも向けられてきていよう(注7)。
 労働法学者もやはり同様のメンタリティと学問的な思考・行動特性を共有してきたし,現在も共有している。主として法解釈論を学び,制定された法令の体系的な解釈には精を出すが,法政策学や立法学にはさほど関心を示さないか,示したとしてもあまり体系的,理論的でないことが多い。しかも,日本の労働法制のうち労働基準法や労働組合法といった主要な法律には多くの研究者が関心を示すけれども,それ以外のマイナー視されてきた法令を研究する人数は大きく落ち込む。裁判所の裁判例が多数出ていてその整理統合が必要な分野,逆に多くの現実的な事件が起きていても裁判例が集積されていない分野には,とりわけ多くの研究者が取り組む。また,日本ではまださほど議論されていないが,欧米諸国とりわけ米国とドイツで先進的な理論展開が進みつつある分野も,研究者を惹きつけてきた。しかし,裁判例がほとんど存在せず,その理由も現実的に関係する事件が起きていないことにより,また,外国でも多くの関心が払われていない分野となると,ほとんど絶望的なほどに研究が深化されないまま放置される傾向にある。能開法制は,まさしくその典型的な一例であろう。
 多くの研究者仲間が関心を示さず,したがって論文を書いてもさほど反響を呼ばず,また,評価もされないとなると,若き研究者が二の足を踏むのにも無理はない。まして,権利・義務という規範関係を前提に議論することに慣れている法律家は,主として公的・私的な組織や制度の設計と運用に関する法令には食指を動かさない。実際に解釈論的な争いになる部分が少なく,「法理論」的に面白くないのである。こうして,主として実務関係者が書いた著作を別とすると,労働法学者のごく一部が,労働法体系に位置づけるために概括的に言及するくらいの存在であり続けてきた。



V この分野が遅れた理由(III)――関係者の関心が低かったからか?

 これまた当たっている面がある。
 労働法学者が関心を示さなかったとしても,労使および行政の実務家たちが高い関心を示してきたとしたならば,少なくとも法制または政策としては,職業訓練・能力開発の分野がもう少し脚光を浴びていたはずであった。
 だが,実務家たちも一部の関係者を別とすると,正面から本格的に対応してきた気配はない。現に,旧労働省(現厚生労働省)の職業能力開発局は他局に遅れて設置され,一貫して小さめの局にとどまってきたし,労使間に労働協約などを通じて自主的な制度を大きく展開した例にも乏しい。多くの関係者は,長らく,能開制度・法制の充実に対して,高い優先度を認めてこなかった,といってよい。
 なぜだったのだろうか。
 第1に,過去の時代的な制約がある。貧しく余裕のない社会では,眼前に展開される問題への対応が優先され,将来に向けた対策はどうしても後回しにされる。当面の雇用や労働条件の確保が声高に叫ばれるとき,時間とコストを要し,すぐには成果の上がらない教育訓練などは後回しとなる。ちょうど苦しい家計のもとでは,進学を諦めざるをえなくなったり,教育費が抑制されがちになるのと同様である。総論として教育訓練の重要性がわかっていても,当面の対応に関する各論としては,どうしても優先度が低くなりがちとなってきたのである。
 第2に,日本における学校教育と職業教育の教育訓練をめぐる分離・分担も影響したと思われる。学校教育は基礎学力や理論を教え,職業教育には関与しないか,関与したとしても職業の現場にうとくて,必ずしも適切な対応ができないできた。逆に職業教育は,基礎学力や理論を学校教育に譲る結果,しばしばコンセプトが狭くなりすぎ,本格的な教育というよりは,目先の職業知識・技能の訓練にとどまる傾向となりがちであった。
 第3に,学校教育にしても,職業教育にしても,せいぜい一般的な基礎学力,一般的な職業知識・技能を用意できるだけであり,個別の業界,企業に特殊的な学力,知識,技能などを用意しきれるものではないことがある。学校教育や職業教育は,それこそ無数にあり,しかも絶えず変化する企業特殊的な教育訓練の分野にまでは,入り込むことができない。特定の企業に合致した特殊的な教育訓練をしたところで,修了者がそこに採用される見込みが少なければ,教育訓練機関と訓練生は無駄な努力をしたことになってしまう。少なくとも就職可能性のある業界向けの特殊訓練を施す範囲にとどまらざるをえない。そこで,企業外教育訓練機関の観点からして汎用性に欠けるが,個別企業にとっては重要性の高い特殊な教育訓練は,個別の企業でそれぞれの特殊性に合わせて自ら行うほかはないことになった。
 第4に,教育訓練の多くは結果的に個々の企業へ委ねられ,法的な制度や制約からかなり離れたところで,独自の発展を遂げたことがある。欧米型の職業・職種の観念と伝統を欠いた社会では,欧米で形成された理論や法制にもとづいて,職業教育訓練を展開しても,成果は上がらなかった。その典型が,旧職業訓練法(58年法)のもとで西欧型の養成制度を導入しようとして失敗した例である(注8)。結局,日本型の人材養成は,企業内の職業実地訓練,とりわけOJTを中心とする,企業主導の経験主義型の手法に落ち着いていった。つまり,学校教育における均質度の高い基礎教育を前提に,職業に関連した教育訓練は企業内での教育システムと職場組織に多くが委ねられることに落ち着いたのであった。そこでは,法の出ていく余地は少なく,それゆえ職業訓練をめぐる法政策や法理論も低調なものにとどまらざるをえなかった。



VI この分野が遅れた理由(IV)――必要ないと思われてきたのか?

 ある意味で当たっている面がある。
 高度成長以前には職業訓練を制度化する余裕に乏しく,また,高度成長の過程とその後には日本型雇用慣行が社会的に定着していき,内部労働市場の制度化に目が向けられ,企業外訓練の意義や必要性がさほど注目を集めないようになる。いずれにせよ職業訓練をめぐる法制や法理論への社会的な関心は大きなものとならなかった。必要性が痛感されないところで,学校や職業訓練施設の職業教育訓練が大きな期待を集められるはずはない。学校教育では,もっぱら普通教育が重視され,職業教育と職業高校の比重が低下する。訓練施設も中小企業向けに一定の機能をはたしつづけるが,社会的な評価と関心を高めることはできなかった。
 こうして雇用の現場には,普通教育主体の学校教育や,最先端の職業教育についていけず一般的な職業訓練しかできない訓練施設を見限って,どうせ学校で教えられることはたかが知れており,人材育成の本番は就職してからだという意識がみなぎった。「学校は余分なことを教えなくたってよい。企業が教育訓練するから構わない」という気分がバブル華やかなりしころまで,実務の世界に蔓延していた。
 実際,一般的な教育訓練で身につけた知識や技能のすべてが個々の企業や現場で必要なわけではないし,また,必要なレベルに達するはずもない。現場では,特定の分野の知識や技能をさらに深く,広く身につけることが求められる。また,座学中心,知識中心で,実学,実地訓練に欠けたり,一般的訓練ばかりでは,企業の最先端の要請に適うはずもない。いかなる職業分野であれ,どんなにうまく設計・運営された学校教育や訓練施設があったとしても,教育訓練で到達できるのはせいぜい基礎かその少し上の段階までであり,本格的な職業能力の開発を遂げるには,仕事をしながらの訓練に身を委ねるほかない。
 日本型雇用慣行論の行き着く先,その成功体験とも相まって,こうしたOJTの意義と重要性が過度に強調され,企業外部での公的な教育訓練は,補完的な,周辺的な位置づけしかされなくなっていった。
 定期的なローテーションによる多能工やゼネラリストを志向する教育訓練パターンは,終身雇用,年功序列などの慣行と親和的であり,技術革新が継起する環境などと折り合おうとする工夫であった。だが,教育訓練をめぐる現場任せ,機会任せの発想には,「子どもは環境の様々な要素を取り入れながら自然に成長するものだと考えられ……,体系的な訓練よりも,非計画的,実地教育が重視され,見よう見まねの学習,正しい方法を学び,逸れると正す……方法が好まれた」という,日本の子育て論にみられる特徴が,大人の教育訓練の場面でも踏襲されているところがあったと思われる(注9)。こうして,理論を重視するフォーマルな教育訓練よりも,経験を重視するインフォーマルな実地訓練を選好させてきた。そして,経験重視のインフォーマルな実地訓練は,およそ外部教育機関における教育訓練の方向とは異なるものであった(注10)。



VII この分野が遅れた理由(V)――「企業任せ」のせいだったのか?

 これこそが主たる原因だったのではないかと考える。
 戦後の日本における雇用慣行の展開は,教育訓練に関して企業のイニシアティブを評価し,これに多くを委ねるパターンを主流とさせ,国家の役割を背景的,補佐的で,直接的な介入の少ないものにとどめるように導いた。能開法は,国家が労使に特別な規制を課す側面があまりなく,国家と労使との間に直接の権利義務を設定する性格も弱く,主として職業能力開発をめぐる労働行政の基礎を提供するだけの存在なので,これをめぐって法的争いを生む可能性は低かった。また,労使間の理解と判例・学説が,雇用保障を最優先課題として,それを実効的にするために発動される使用者の裁量権を幅広く認める方向をとると,これをめぐる使用者と労働組合との間の深刻な争いもそう多いものではなくなり,個別の労働者が契約の解釈適用の次元で争いを提起するくらいの状況となった。
 こうして,企業(とりわけ大・中堅企業)内で採用時研修,職種転換時研修,新技術導入時研修,階層別研修,研修的な意味も兼ねた定期的な配置転換・転勤・出向などが広く展開されても,配転・転勤さらには出向などの妥当性を除いては,法的な場面で意識されることが少なかった。
 日本型雇用慣行とされる終身雇用や年功序列のもとで,企業または企業グループ内に成立・展開する内部労働市場・準内部労働市場における人的資源の育成や配分では,企業組織者としての使用者(経営者・事業主)が主導権をもつ。雇用を維持確保する責務を強く迫られる代わりに,人的資源の柔軟な活用について裁量の余地が広く認められてきた。使用者は,高度な雇用責任と,人的資源の戦略的,計画的管理の権限とを,いわば表裏一体のものとして,有してきた。
 こうして内部労働市場における企業イニシアティブが強く前面に出るとき,労働者のイニシアティブは背後に隠れざるをえない。日本型雇用慣行のもとで典型的に想定される労働者は,新卒採用時に業界,企業,そして事務系・技術系・現業系などの大まかな職種区分を選ぶことができても,企業組織=内部労働市場における具体的な職務や職種,キャリア形成の経路を選ぶことはまずできない。会社でどんな仕事を,どう行うかについて予測ができないとき,労働者は自ら具体的な職業教育訓練にコミットする気になれず,もっぱら自分のキャリアの一般的な発展可能性が高そうな企業(その多くは有名企業)に選考してもらえるようにだけ行動する(また進学時のブランド校志向なども生む)。
 会社に入ったのちも,辞令一枚で異動させられ,どの職場でどのような仕事をするかの予測が事前につかないので,労働者はごく一般的な技能や知識は身につけようとするかもしれないが,特定分野の専門的技能や知識の開拓には二の足を踏む。まして,スペシャリストになるとつぶしが利かないからゼネラリストが望ましいとの雰囲気が社内にあれば,自らの専門性を高める気にはなれない。そもそも専門性とは分野を特定しなければ身につかないが,その分野の自主的な特定が困難な状況のもとでは,個々の労働者の専門性も高めようはずがない。数年おきに仕事内容が変わり,仕事に継続性や関連性が薄いと,専門的な職業能力も高まらない。結局,多くの労働者は企業から与えられる教育訓練に対応し,与えられた仕事に従事する受け身の存在,指示待ちの状態にとどまってきた。
 こうして,職業教育訓練をめぐる法と政策は,能力開発をめぐる実態に応じ,その中心となる企業に焦点を当て,能力開発意欲を刺激し,企業が主体となって教育訓練が展開されるように,各種の配慮をする形に落ち着いてきたのであった。



VIII 要約と課題

 1 要約

 日本の職業教育訓練をめぐる法制と法理は,戦前にはほとんど展開をみず,戦後も他の労働法分野に比して遅れた展開をみせた。現在でも,議論が活発だとは,いいかねる。
 そうなった主な理由は,実態において,
(1) 戦前から戦後の1950年代前半までは,労働をめぐる眼前の政策課題,法的問題への対応に忙殺され,職業教育訓練にまで手が回らなかったこと,
(2) 1950年代後半以降は,日本型雇用慣行とりわけ終身雇用制が社会的に強固となっていくなか,内部労働市場の人的資源管理に主導権をもつ企業が主体となった職業教育訓練に委ねる政策が主流となったこと,
の2点である。
 これに,
(3) 学校教育と職業教育とが分離し,前者における職業への関心の希薄さ,および,後者における国家が直接に職業教育訓練を展開するよりも,背景に退いて企業主体の教育訓練を支援し,労働者個人が主体となる教育訓練への配慮が少ないままできた能開法の法構造が絡み,
(4) さらに伝統的な法律家,労働法学(者)の関心の特性,すなわち,法的な権利義務をめぐる紛争への対症療法的な,事後的な対応をするため,精緻な解釈論を展開することには関心を示すが,法制度を設計し,その円滑な運用のための手法を検討することなどには消極的な性格が絡んで,
職業教育訓練への関心を希薄なものとしてきた。
 もちろん,そもそも長い間,労働法において雇用政策法,労働市場法への関心が高くなかったことも,影響していた。そして,この傾向は,たんに日本だけのものではなく,国際的にみても同様であり,先進諸国やILOにおいても,職業教育訓練の法制に高い関心が向けられてきたのは,むしろここ最近のことである(注11)。

 2 課題

 以上のように日本の能開法を検討してくると,課題の所在は,かなり明確である。
 第1に,「内部労働市場万能主義」とでもいうべき一面的な政策姿勢の補正である。日本型雇用慣行を法が無理に変えることはないし,その利点を否定することも妥当でない。しかし,その限界をわきまえて,不得手な部分に対処していく必要がある。それは,外部労働市場の整備の不可欠性であり,その重要な一環を形成する職業教育訓練システムをどう用意するかである。これなくしては,転職志向者,中小零細企業の労働者,衰退産業の従事者,女性,高齢者,非正規労働者などがしわ寄せを受ける状態を改善することは困難である。硬直した雇用構造を是正することもできない。社会経済の変化に対応した人材育成も覚つかない。
 第2に,「企業中心主義」の修正である。人びとの職業キャリアの展開において,企業戦略への依存が前面に出すぎており,個人の労働者が主体となる余地に乏しいことが,さまざまな弊害を招いている。このまま企業のパターナリスティックな配慮に事態を委ねていくのでは,労働者の間に,自分のキャリアを主体的に構築していく姿勢や専門性を高める姿勢は育たない。そうなると,キャリア展開の自主性が欠如したままの労働者が,始まりつつある知識社会の産業を担っていけるものなのかと懸念される。
 したがって労働法もまた,こうした政策転換を支える基本的な法理念と体系を提示し,来るべき時代に適合した法理を提示していく必要がある。その場合,労働者の「キャリア権」を核にした能力開発論,職業訓練論を展開する必要を感じている(注12)。現に労働者の職業生活設計に言及しはじめた能開法(2条4項ほか)には,それへ向けた萌芽がみられる(注13)。今後とも法体系を再編しつつ,この方向を大きく育てていくことが望まれる(注14)。
 ただし,そうなったとしても,職業教育訓練をめぐる法律論が非常に盛んになるような事態は,あまり予想できない。そうした法はせいぜい枠組みを提供するだけであり,その内実を形成するのはあくまでも労使自治を柱とした現実の流れである。人的資源管理論などが前面に出ようが,伝統的な法学の守備範囲からすると,主流に位置するものとはなりにくい性格である(注15)。

*本稿は,筆者も参加した研究会の白表紙報告書(『「雇用をめぐる法と経済」研究報告書』日本労働研究機構,2001年刊)に掲載した報告「なぜ労働法は職業訓練・能力開発に関心を示さなかったのか?」を,その後の法改正などを踏まえて書き改めたものである。対になった報告を担当された尾高煌之助教授および〓口美雄教授ほかの研究会メンバーによる貴重なご示唆に心より感謝申し上げる。


注 1)詳細はもっとも標準的な体系書である菅野和夫『労働法(第6版)』(弘文堂・2003年)参照。他に,菅野和夫『新・雇用社会の法』(有斐閣・2002年),菅野和夫・岩村正彦編『職業生活と法(岩波講座現代の法12巻)』(岩波書店・1998年),諏訪康雄『雇用と法』(放送大学教育振興会・1999年)など参照。なお,労働市場とのかかわりの観点から労働法をとらえなおそうとした試みに,菅野和夫・諏訪康雄「労働市場の変化と労働法の課題――新たなサポート・システムを求めて」日本労働研究雑誌418号2頁以下(1994年),荒木尚志「労働市場と労働法」日本労働法学会誌97号55頁以下(2001年)などがある。

注 2)たとえば,菅野和夫ほか「日本型雇用システムの変化と労働法の課題」ジュリスト1066号12頁以下(1995年),諏訪康雄「雇用政策法の構造と機能」日本労働研究雑誌423号4頁以下(1995年)参照。

注 3)最新の論文に,両角道代「職業能力開発と労働法」日本労働法学会編『労働市場の機構とルール(講座21世紀の労働法)』(有斐閣・2000年)154頁以下,また,この分野の本格的論文に,黒川[両角]道代「雇用政策法としての職業能力開発(1~3)」法学協会雑誌112巻6号750頁以下,112巻9号1212頁以下,112巻12号1679頁以下(1995年)がある。これ以前の労働法学者によるめぼしい研究としては,斎藤将『職業教育訓練法制の研究』(法律文化社・1986年),斎藤将『職業能力開発法体系』(酒井書店・1993年)のほか,常盤忠允「職業訓練」日本労働法学会編『労働保護法(2)(新労働法講座8巻)』(有斐閣・1966年)334頁以下,常盤忠允「職業訓練法制の沿革」日本労働法学会編『雇用保障(現代労働法講座13巻)』(総合労働研究所・1980年)170頁以下,上村學「現行の職業訓練法制の仕組みと問題点」同192頁以下,斎藤将「職業訓練政策の展望と立法論上の課題」同216頁以下,清正寛『雇用保障法の研究』(法律文化社・1987年)183頁以下,松林和夫『労働権と雇用保障法』(日本評論社・1991年)56頁以下などがある。また,行政実務担当者によるものでは,渋谷直蔵『職業訓練法の解説』(労働法令協会・1958年),労働省職業訓練局編著『職業訓練法』(労務行政研究所・1971年),労働省職業訓練局編著『新訂職業訓練法』(労務行政研究所・1979年),宮川知雄『解説職業能力開発促進法』(日刊労働通信社・1980年),労働省職業能力開発局編著『職業能力開発促進法』(労務行政研究所・1987年),労働省職業能力開発局編『改正職業能力開発促進法の解説』(雇用問題研究会・1993年),労働省職業能力開発局編著『改訂版職業能力開発促進法』(労務行政研究所・1994年)などが出ている。なお,職業訓練の発達史については,隅谷三喜男編著『日本職業訓練発展史(上・下)』(日本労働協会・1970/1971年),隅谷三喜男・古賀比呂志編著『日本職業訓練発展史(戦後編)』(日本労働協会・1978年),梁忠銘『近代日本職業教育の形成と展開』(多賀出版・1999年)など参照。また視点を異にする分析として,黒澤昌子「職業訓練・能力開発施策」猪木武徳・大竹文雄編『雇用政策の経済分析』東京大学出版会(2001年)133頁以下も参照。

注 4)以下の詳細は,注 3)掲記の諸文献を参照。このほか,安西愈「教育訓練」季刊労働法別冊『職場の労働法』136頁以下(1986年),林和彦「入社前・後研修の法的問題」季刊労働法159号35頁以下(1991年),小西國友「業務命令としての教育訓練とその限界」労働判例694号15頁以下(1996年)など参照。

注 5)詳しくは,注 3)および注 4)掲記の諸文献,とりわけ黒川[両角]道代「雇用政策法としての職業能力開発(2)」注 3)前掲論文1222頁以下を参照。

注 6)諸外国の職業教育訓練をめぐっては,労働大臣官房国際労働課編著『平成8年版海外労働白書』(日本労働研究機構・1996年)273頁以下,『公共職業訓練の国際比較研究』シリーズ[スウェーデン・フランス・イギリス・アメリカ・イタリア・ドイツ](日本労働研究機構・1997~2000年)など参照。なお,沼田雅之「アメリカ合衆国の職業教育・訓練に関する法制度」日本労働法学会誌98号(2001年)175頁以下も参照。

注 7)たとえば,諏訪康雄「政策法務の学び方」社会志林47巻3号75頁以下(2001年)およびそこでの引用諸文献を参照。

注 8)たとえば,K. Freuer & K. Beck (eds.), Are European Vocational Systems up to the Job?, Peterlang (Frankfurt am Main), 2002, p.17は,欧州7カ国比較にもとづき各国の職業訓練の「制度はそれぞれ独自的である」と結論づけ,近接した欧州諸国間でも他国の制度が容易に導入できない実情を指摘する。

注 9)恒吉僚子=S.・ブーコック『育児の国際比較:子どもと社会と親たち』(日本放送出版協会・1997年)230頁。

注10)小池和男『日本の熟練』(有斐閣・1981年),同『日本企業の人材形成――不確実性に対処するためのノウハウ』(中央公論社・1997年)などの一連の仕事のほか,最近でも佐藤博樹・玄田有史編『成長と人材――伸びる企業の人材戦略』(勁草書房・2003年)のような指摘は多い。

注11)知識社会(knowledge-based society)の予感と近時の姿に関しては,R. B.ライシュ(中谷巌訳)『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ――21世紀資本主義のイメージ』(ダイヤモンド社・1991年),P. F.ドラッカー(上田惇生ほか訳)『ポスト資本主義社会――21世紀の組織と人間はどう変わるか』(ダイヤモンド社・1993年),A.バートン=ジョーンズ(野中郁次郎監訳・有賀裕子訳)『知識資本主義』(日本経済新聞社・2001年),P.キャペリ(若山由美訳)『雇用の未来』(日本経済新聞社・2001年),R. B.ライシュ(清家篤訳)『勝者の代償』(東洋経済新報社・2002年)ほか多数の著作が発表されている。

注12)諏訪康雄「キャリア権の構想をめぐる一試論」日本労働研究雑誌468号5頁以下(1999年),同「労働市場法の理念と体系」日本労働法学会編『労働市場の機構とルール(講座21世紀の労働法2巻)』(有斐閣・2000年)2頁以下参照。

注13)菅野和夫『労働法(第6版)』注 1)前掲書52頁は,キャリア権理念が能開法改正に影響したと指摘する。

注14)能力開発さらには生涯学習における個人支援策を大幅に充実させていくことが不可欠だと考える。なお,尾高煌之助「あたらしい仕事の世界,職業教育,そして労働法」『「雇用をめぐる法と経済」研究報告書』(日本労働研究機構・2001年)132頁は,労働法と労働政策を批判的に検討し,自由化と規制緩和を踏まえて「教育システム,職業訓練,そして,労働法,労働政策を再構築すべきなのかもしれない」とする。

注15)周辺領域における最近の意欲的な論文に,たとえば,唐津博「労働者の『就労』と労働契約上の使用者の義務」下井隆史先生古希記念論文集『新時代の労働契約法理論』(信山社出版・2003年)157頁以下などが出ている。


 すわ・やすお 法政大学社会学部教授。主な著書に『雇用と法』(放送大学教育振興会,1999年)など。労働法専攻。