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(著者抄録)
 本校では、ホワイトカラーが従事する仕事のタイプにより企業内技能形成にどのような特徴が見られるのかを、事例研究をもとに明らかにする。特徴を観察する視点として次の3つに注目する。第1点は、キャリアが技能形成に対してもつ意味である。第2点は、「コード化」をキーワードとして、技能形成のために学習される知識の性質をみる。第3点は、技能形成のために学習される知識が、企業外とりわけ外部の組織を通じて調達されているかである。事例研究は、日本の銀行における窓口業務、法人外交、デリバティブ開発を対象とする聞き取り調査に基づく。各業務の中核的な仕事に関して、必要技能と技能形成の概要を明らかにしたうえで、上記3つの視点のいずれからどのような事柄を特徴として指摘できるのかを示す。その結果をもとに、各業務分野の仕事の性格を位置づけるなかで、仕事のタイプによる企業内技能形成の特徴を考察する。

(論文目次)
I はじめに
II 先行研究の検討
III 事例研究
 1 方法
 2 結果
  (1)窓口業務
  (2)法人外交
  (3)デリバティブ開発
IV 考察

参考文献

I はじめに

 仕事に必要とされる技能につき,外部労働市場主導の形成に関心が集まっている。しかしながら,企業内での形成に目を向けることも忘れてはならない。なぜか。例えばCappelli(1999)は,アメリカの労働市場につき,外部形成方式へのシフトを丹念に観察している。その際,外部方式が万全であるとは決して言っていないし,外部方式の具体像についてはいくつかの参考となるモデルを提示するにとどまる。また,日本企業について考えるならば,銀行業をはじめ,少なくとも大企業の基幹従業員は内部形成の傾向が強いからである(注1)。
 本稿では,日本企業とりわけ大企業ホワイトカラーの企業内技能形成に注目する。ホワイトカラーといっても多様であり,様々なタイプの仕事に従事する。異なるタイプの仕事を比較し,タイプによる技能形成の特徴を明らかにしたい。その際,本稿では次の三つの点に注目する。第1に,キャリアが技能形成に対してもつ意味である。第2に,技能形成のために学習される知識の性質である。そして,第3に,技能形成のために学習される知識が,企業外とりわけ外部の組織を通じて調達されているかである。これら三つの視点のいずれから,仕事のタイプによりどのような特徴が見いだされるのか。日本の銀行業を事例として確かめる。


II 先行研究の検討

 ホワイトカラーの企業内技能形成の体系的な説明の試みは,内部労働市場論を代表するDoeringer and Piore(1971)にみられる。それは,主に製造業ブルーカラーを観察対象としたが,ホワイトカラーのうち管理職層の内部労働市場にも言及している。新人はまずトレイニーあるいは監督職に就き,その後工場や本社の管理職に延びる職務のヒエラルキーを昇るなかで,徐々に難しい仕事を経験していく。その際,職場の上司や先輩は,必要に応じて指導や助言を行うインストラクターとなる。昇進ライン(lines of progression)を歩むなかでのこうしたOJTにより,下位の職務がより上位の職務の技能を身につける準備になる。すなわち,キャリアを通じて連続的に技能を向上させていく。
 こうした技能形成は,「企業内キャリアを通じたOJT」と表現できる。ここで「キャリア」とは,「人事異動などに基づき従業員が企業内で関連する仕事を移っていく仕組み」を意味する(注2)。キャリアは,内部労働市場を観察していくうえで基礎となる概念である(Baker et al. 1994)。ただし,ホワイトカラーの内部労働市場を解明する従来の研究は,主に昇進の仕組みに焦点をあててキャリアを分析してきた(注3)。そうした研究は,本稿に対する示唆に欠けるので検討の対象としない。
 Osterman(1984)は,ボストンの12の企業における販売員,下級管理職,プログラマー,それに一般事務職につき内部労働市場を調査した。結果をみると,ホワイトカラーの雇用システムは職種などにより多様であり,企業内キャリアの発達が最も顕著なのは四つのうち下級管理職であることがわかる。ただし,企業内技能形成に対する問題意識は希薄である。北米企業の管理職層につき,技能形成にも主眼をおいて内部労働市場を実態調査した研究にPinfield(1995)がある。それは,ある大規模製造業企業の詳細な事例研究である。結果をみると,管理職層の技能が,Doeringer and Piore(1971)が仮説的に提示したキャリアを通じたOJTにより形成されていることがわかる。必要とされる技能レベルなどにより階層をなす職務群(clusters of jobs)の内部を中心にして,パターン化された昇進コースを段階的に昇るなかでより上位の職務に就く準備となるようキャリアが展開される(注4)。
 日本企業の内部労働市場を実態調査した研究も,欧米の管理・専門職層にあたる大卒ホワイトカラー層の技能形成として,企業内キャリアを通じたOJTを指摘する(注5)。ただし,日本の職場におけるキャリアを観察するうえで,昇進コース(lines of progression)や職務階梯といったタテの広がりを手がかりにすることはなじまない。なぜなら,日本では欧米と比べ職務が明確に階層化されていないからである。その場合,むしろヨコへの広がりを手がかりとしてキャリアにアプローチする必要がある。そして欧米の研究では十分に解明されていないキャリアの広狭を問題とし,業務経験の幅に迫る。それが,技能形成を知るうえでキャリアを観察する有効な手だてになる。小池編(1991)や小池・猪木編(2002)は,まさにこの点に注目した。職能をこえて広いのかどうかなどの指標を用いることで,大卒ホワイトカラー層のキャリアに「幅広い専門性」を見いだしている。それは,専門分野を幅広く経験し,必要に応じて周辺の業務分野にも広がるようなキャリアである(注6)。
 これら内部労働市場論の流れをくむ先行研究による「企業内キャリアを通じたOJT」を出発点とするならば,仕事のタイプによる企業内技能形成の特徴を観察する第1の視点は,キャリアに求められる。とりわけ,その広狭が注目される。
 仕事のタイプによる特徴を観察していくうえで,他にも重要な視点がある。それは,技能形成のために学習される知識の性質と調達にかかわる。第2の視点である知識の性質については,「コード化」がキーワードとなる。知識は,コード化されることにより,アクセスや伝達が容易になる(Teigland 2000;Schulz 2001)。この点は,暗黙知と形式知という知識の認識論的な二分法に基づく議論のなかで指摘されてきた。形式知と暗黙知のうち,コード化は前者を志向する。形式知は言語化可能な知である。それは,必ずしも理論的である必要はないが,文書として蓄積可能な程度に体系化された知である(Gibbons ed. 1994,邦訳pp. 54-55)。そこで本稿では「コード化」を,伝達やアクセスが容易になるように知識を言語化しまた系統だてるという意味の概念としてとらえる。
 猪木(1993)は,Polanyi(1958,chap. 4)などに基づき,職場においてとりわけ不確実性に対応する技能の中核部分は,明確に定義できない知識からなることを強調する。そのため技能は,ベテランによる例示と学び手による模倣を基本とするOJTを中心に形成される。すなわち,コード化されていない,より正確にはコード化が難しい知識が技能形成において重視される。猪木(1993)は主に生産現場を対象として議論を展開しているが,小池編(1991,pp. 5-6)によると,大卒ホワイトカラー層の技能形成においても結局は職場のベテランの働きぶりを手本とすることが基本となる。すなわち,企業内でやさしい仕事から徐々に難易度の高い関連のある仕事に移動(異動)しながら,例示と模倣に基づくコード化されていない知識の学習を重視した技能形成が行われる。
 ただし,ホワイトカラーの仕事には様々なタイプがあり,タイプにより技能形成のために学習される知識の性質に特徴が見いだせるかもしれない。また情報技術(コンピュータやそれに基づく通信技術)の発達などにより,技能形成においてコード化された知識が従来と比べ重要さを増している可能性がある。こうした点につき,次の事例研究は興味深い。
 Hansen et al.(1999)は,複数の大手経営コンサルティング会社を調査した。高度にカスタムメイドなサービスを志向するコンサルティング会社では,コード化されていない知識に依存したコンサルティング業務が行われている。一方,比較的標準化されたサービスを志向するコンサルティング会社では,情報技術を利用することでコード化された知識に依存した業務が行われている。両者におけるコンサルタントの育成に関しては,次のような点が明らかにされた。前者の場合,ベテランのコンサルタントのもとでの実地の教育訓練が重視される。すなわち,技能形成においてコード化されていない知識の学習が重視される。一方,後者においては,研修所でのコンピュータを利用した教育訓練が重視される。すなわち,技能形成においてコード化された知識の学習が重視される。
 この事例研究は,情報技術を利用して標準化されたサービスを提供する仕事の場合,技能形成のために学習される知識としてコード化されたものが重視される傾向を示唆する。また,本稿の問題意識からすると,カスタムメイドなコンサルティングのような高い付加価値を生み出す仕事にも様々なタイプがあり,タイプにより技能形成において重視される知識の性質に特徴が見いだされるかもしれないという点が課題として残された。
 第3の視点は,技能形成のために学習される知識が企業外とりわけ外部の組織を通じて調達されているかである。技術革新に直面するなどして企業内に蓄積されていない知識が必要とされる業務を行っていくうえで,そのための新たな技能を確保するという面から,企業によるどのような対応が考えられるのか。今やその答えの主流は,Cappelli(1999)がアメリカの労働市場の現状分析において強調するようなものとなっている。すなわち,引き抜き等により,すでに新しい技能を身につけた人材を採用するというものである。
 しかしながら,すべてをそうした解決策に委ねてしまうことは明らかに非効率である。Keltner and Finegold(1996)やFinegold and Wagner(2002)が欧米の銀行を事例として指摘するように,引き抜きなどによる人材の外部調達が日常化すると,技能とりわけ汎用性の高い技能に対し企業が教育訓練投資をためらうようになる。それにより,その国や地域の業界全体として高度な技能の供給が不足する可能性がある(Pfeffer 1998)。その場合,技術革新のスピードや業界の雇用慣行などの諸条件を考慮したうえでの重要な選択肢として,企業内で新たな技能を形成することが,国や地域における業界全体の技能水準を高めグローバルな競争を勝ち抜くために残されている。
 内部形成という選択肢の場合,企業内に蓄積されていない新しい知識をどのようにして企業外から調達し学習するのかが重要な課題となる。知識を外部から調達する方法につき,組織間の関係が注目される(注7)。それは,アライアンスやコンサルティング等の契約や情報技術によるネットワーク化に基づくものである。イノベーションへの圧力が強まるなか,高付加価値型のホワイトカラーの仕事において,そうした組織間の関係を利用して知識を外部調達する傾向が強まっている。企業は,そうすることで,内部に蓄積されていない新しい知識を柔軟かつ地球規模で調達する(Gibbons ed. 1994)。
 この点に関して,Inkpen(1996)による事例研究は示唆に富む。それは,日米の自動車部品メーカーによる合弁企業を対象とした。結果のうち,本稿にとっては人の移動(異動)に基づく知識の調達が注目される。簡潔に述べると,合弁企業に移動した従業員(マネジャー)がそこで業務経験を積み帰任することで,親企業は合弁の相手企業が持つコード化されていない知識を獲得することが明らかにされた。なお,この事例からはわからないが,情報技術を利用することでコード化された知識が外部の組織から調達される傾向にも注目する必要がある。
 こうした外部の組織を通じた知識調達が技能形成に対して果たす役割に関して,先行研究の蓄積は乏しい。しかしながら,ホワイトカラーの仕事のうち,例えば技術革新への対応が喫緊の課題であるようなタイプでは,企業内技能形成において外部の組織を通じて調達された知識の学習が重視される傾向を見いだせるかもしれない。そうした視点が,仕事のタイプによる特徴をみるうえで重要な意味を持つようになっていると考える。
 以上の三つの視点に注目するとき,本稿で事例とする日本の銀行業における技能形成につき,実態調査に基づく先行研究の成果は十分でない。代表的な研究の一つである小池(1987)は,貸付担当に関する事例研究から次の点を示唆する。キャリアに関しては,定期的な支店間移動(異動)が貸付担当としての経験の幅を広げていくうえで重要な役割を果たしていること。それに,技能形成のために学習される知識として,ベテランによる助言・指導をはじめOJTによるコード化されていない知識が重要であるということである。貸付以外の仕事についてはどうなのか。いくつかの先行研究があるが,仕事のタイプにより技能形成にどのような特徴があるのかを知るうえで十分な情報を得られない(注8)。銀行業における異なるタイプの仕事を直接比較することにより,本稿の三つの視点のいずれからどのような特徴が見いだせるのかを明らかにする必要がある。


III 事例研究

 1 方 法

 事例研究を行うにあたり,金融業の近未来を踏まえ銀行業務を次のように整理する(注9)。一つは,顧客に金融商品やサービスを販売・提供する「顧客サービス業務」であり,自営業を含めた小口の顧客を対象とする「個人向け」と,「法人向け」に大きく分けられる。さらに,「金融商品やサービスを開発する業務」「リスク管理業務」,それに事務センター等での「事務処理業務」がある。こうした銀行業務のうち本稿で事例とするのは,「個人向け顧客サービス業務」「法人向け顧客サービス業務」「商品やサービスの開発業務」のそれぞれから順に,窓口業務,法人外交,デリバティブ開発である。
 各業務のうち,調査を行った職場の中核的な仕事につき,必要技能の内容およびその形成方法の概要を述べる。そのうえで,IIでの検討に基づく次の三つの視点のいずれから,どのような事柄を顕著な特徴として指摘できるのかを明らかにする。第1点は,企業内キャリアであり,技能形成上重要であればとりわけ広狭が注目される。第2点は,技能形成のために学習される知識の性質であり,コード化されているのか否かを主に問題とする。コード化された知識が重要であれば,それが標準化されたルーチンな知識なのか,それとも複雑に体系化された理論的・技術的な知識なのかもみる。いずれかによっても,知識の性質は大きく異なる。第3点は,技能形成のために学習される知識の調達方法であり,企業外とりわけ外部の組織を通じて調達されているかを問題とする。外部調達であれば,具体的にどのような方法で調達されているかもみる。
 用いられるデータは,筆者が行った聴き取り調査に基づく。1990年代の前半から半ばにかけて,日本の五つの銀行に対して合計9回の聴き取りを行った。お話を伺ったのは,主に主任クラスから支店長クラスの実務担当者である。窓口業務につき,4行(都市銀行2行,地方銀行2行)を対象として30分~1時間ほどの面接をおのおの1回,法人外交につき,ある都市銀行の規模の大きな支店を対象にして1時間半ほどの面接を2回,デリバティブ開発につき,ある長期信用銀行の職場を対象として1時間~1時間半ほどの面接を3回行った。

 2 結 果

 (1)窓口業務
 (1)業務の概要
 窓口業務は,営業,融資,外交(渉外)の各課(係)などからなる支店組織のうち,営業課にあたる。聴き取りでは,各行の窓口業務につき一般的にあてはまることを尋ねた。職場の主な担い手は,今や女子行員である(注10)。主な仕事は,一つには,窓口に来た顧客に応対し取引に伴い発生する事務処理を行うことにある。取引とは,預金の引き出し,振込,送金などである。加えて,金融自由化の進展に伴い競争が激化するなか,リテール分野の強化策として窓口セールスがいずれの銀行でも重要な仕事になっていた。
 (2)必要技能(注11)
 窓口業務のかなめである,テラー(窓口担当者)の仕事を中心にみる。コンピュータ化が進んでいなかった当時,テラーの重要な仕事は,顧客を待たせないように手作業により速く正確に事務処理を行うことであった。そのため伝統的な技能が必要とされた。具体的には,算盤を用いて速く正確に計算すること,札読み(縦読み,横読み),手作業による事務処理の手続きに精通していることなどである。
 昭和40年以降になると,各銀行ともコンピュータ化が進んだ。テラーの手元にはOTM(オンライン・テラーズ・マシン)が導入され,またATM等による自動化コーナーが設置されるようになった。その結果,事務処理の多くが自動化され,上述のような伝統的技能の重要さが従来と比べ低下した。その一方で,窓口セールスの技能が強く求められるようになった。テラーは,OTMにより顧客別情報ファイルにアクセスし,取引にかかわる情報を確認しながら主に預金や新規口座の獲得を行う。次にみる法人外交と比べ,ルーチンな性格が強い。セールスのための技能として強調されたのは,金融商品の知識に習熟していることである。例えば,様々な種類の定期預金について,金利,金額,期限といった取扱い条件や特徴などを理解している必要がある。またテラーには,窓口の混み具合に応じて,どのタイプの窓口も担当できることが求められている。
 (3)技能形成
 テラーの技能は,どのようにして形成されるのか。経験の浅い女子行員は,まず後方事務を担当する。テラーは,顧客に応対するのみならず事務処理も行うが,処理しきれないものは後方の担当者が行う。そうした補助的な仕事をこなすことが,重要なOJTになる。テラーになると,経験の浅いうちは傍らにいるベテランのテラーの指導を受ける。また,取引形態により分類された特定の窓口を専門に受け持つのではなく,ローテーションに加わる。それにより,どの窓口でも担当できるようになる。
 どれほどの期間,後方事務を経験するのか。かつては4~5年ほど経験した後にテラーになっていたという。現在では半年ほどしか経験しない場合もあり,短期化している。要因として次の2点が指摘された。一つは,金融サービスをめぐる競争激化のなか,女子行員をテラーとして早期戦力化する必要が生じている。もう1点は,コンピュータ化により,伝統的な技能が以前と比べ重要でなくなったことである。
 Off-JTや業務マニュアルも技能形成において重要な役割を果たしている。コンピュータ化により標準化された事務処理の知識やセールスのための商品知識などは,OJTでなくても効率的に学べるからである。Off-JTには,事務処理とセールスのいずれかを主眼とする行内研修がある。かつては事務処理研修が中心であった。現在では,「テラーセールス研修」といった名称のもと,各種預金をはじめ窓口で扱う金融商品の知識などを身につける研修に力が入れられている。
 業務マニュアルは,事務処理の基本を丁寧に解説している。聴き取りを行ったある都市銀行では,新入行員用にイラストを多用した300頁ほどのマニュアルが作成されている。文字・数字の書き方,印章の種類,オンラインシステムの仕組みなど,銀行業務に共通する基礎事項にはじまり,普通預金,為替,定期預金などの科目ごとの事務の基本的な流れや商品の種類などが具体的に解説されている。また,各章末には,マニュアルへの習熟度を確かめる練習問題および解答が用意されている。
 (4)特徴
 以上の観察を踏まえると,窓口業務とりわけテラーの技能形成における特徴は,本稿における三つの視点のうち学習される知識の性質によって象徴される。
 事務処理のコンピュータ化が進んでいなかった当時,既述のような伝統的技能を身につけるために,支店で出納や計算などを担当する仕事を比較的長く経験する必要があったという。コンピュータ化はそうした経験を不要にした。早期戦力化の要請も加わり,テラーになる前のOJTとなっている後方事務の経験年数は短期化している。これらは,技能形成において,コード化されていない知識の学習のウェイトが低下していることを示唆する。
 一方で,OJTでなくても効率的に学べるようなタイプの知識が,テラーの仕事において増えていることが指摘された。窓口セールスの金融商品知識やコンピュータ化により標準化された事務処理の知識などである。既述のとおり,そうした知識を身につけるのに行内研修やマニュアルが利用されている。すなわち,技能形成において,コード化されていない知識にかわり,研修やマニュアルなどによる標準化されたルーチンという性格が強いコード化された知識の学習が重視される傾向にある。

 (2)法人外交
 (1)業務の概要
 法人外交は,企業や団体を訪ね,新たに顧客を開拓したり取引を発展させる業務である。事例とした職場の組織図を,図1に示した。都心に位置する大規模な支店であり,そこでの外交の顧客とは法人である。図の新規開拓課のうち,1課が新規開拓を担い,2課が既存の取引関係を維持・発展させる。聴き取りのターゲットは,後者の2課(既存外交)におかれた。ただし,キャリアは新規と既存で区別されていない。

図1 都心にある規模の大きな支店の組織図

 2課全体の取引先の数は約500である。それを大ざっぱな業種ごとに分担し,1人あたり50ほどを専門に受け持つ(注12)。外交員は,各人が組んだスケジュールに従い取引先に足を運び,様々なニーズに答えながら融資(貸付)の促進やファーム・バンキングの普及などを行う。その前後の時間を利用して,取引先に関するデータを支店の端末で調べたり,取引に伴う書類の作成や上司への報告などを行う。
 (2)必要技能
 金融サービスに対するニーズは,個々の法人の事業展開や財務状況などにより異なる。金融サービスをめぐる競争激化のなか,多様な顧客ニーズにどれだけきめ細かく対応できるかが外交員には強く問われている。必要技能を整理すると,顧客ニーズの多様性に対応するために次の二つが重要とされる。コンサルティングのための幅広い知識と,営業活動の効率的な段取りである。
 取引先を訪ねた際には,あたかも「経営のコーチ」であるかのように様々な相談にのることが枢要という。そうしたコンサルティングが,「“飯のタネ”を見いだし育てる」ことにつながるからである。換言すると,顧客に関してニーズ等の情報収集を行い,取引拡大に結びつけるためである。
 コンサルティングを行うには,一つには,融資や金融商品に関する知識が不可欠である。融資の知識についてみるならば,取引先を訪ねると事業のための資金繰りにまつわる相談がしばしば寄せられる。その際,その場にいる外交員が相談にのり,どれほどの融資が可能なのかをある程度示せないと,取引拡大の機会を逃しかねない。そのため,取引先の財務諸表等を分析し大ざっぱな与信を行える程度の知識が求められる。むろん,より精緻な審査に基づく与信は融資担当に委ねられる。
 コンサルティングには,商売にかかわる幅広い知識も求められる。取引先がビジネス展開していくうえで必要な知識を一通り身につけていないと,「経営のコーチ」として様々な相談にのることができない。聴き取りでの例示に,取引先がビルを建てるために土地を探しているケースがある。もし土地が見つかりビルを建てるとなれば大きな資金が動くから,それは「飯のタネ」となりうる。そこで外交員は,その取引先に対して土地の紹介からビルに入るテナントに至るまで様々な相談にのる。その中でビル建設事業にかかわりを持つことで,「飯のタネ」が育てられ融資の話に発展するかもしれない。そうした商売にかかわる知識には,税金,不動産,外国為替,取引先の業界の慣行をはじめ幅広さが求められる。ただし,それらに関して高度に専門的な相談が寄せられた場合には,本部や,ときに企業グループのシンクタンクのスタッフの同行を求めたりアドバイスをもらう。そのため,知識に幅広さは求められても深さはそれほど要求されないようである。
 取引を拡大していくうえでは,コンサルティングを含め様々なステップを踏まなければならない。それらの段取りを効率的に行う技量も,仕事の出来を左右する。例えば,どのようなタイミングで,どのような提案や条件を示すのか。交渉のどの段階で,どのようなポストの人物に会うことが望ましいのか。また,本部スタッフの支援を要請する必要も生じる。取引成立後のフォローも欠かせない。そうした諸々のステップを取引の進捗状況に応じて効率的にアレンジする技量は,取引の成否にかかわるのはもちろん,1人が50ほどの取引先をこなすうえで欠かせない。
 そのとき効率的とは,目先の成果のみならず,先を見据えたものでなければならないという。その場しのぎの対応をして取引をなんとか成立させるのではなく,今回の取引がその後にどのような影響を与えるのかを考慮した段取りを行うことが枢要という。取引先との信頼関係を築き,中長期的な取引拡大の芽を育むためである。
 (3)技能形成
 技能形成の枢要な方法は,OJTである。必要技能のうち,コンサルティングの知識は実地でなくても学べそうであるが,やはりOJTが重要という。なぜなのか。
 コンサルティングのために,一つには,取引先別のデータベースが利用される。支店の端末で検索し,取引先の財務諸表に基づく数値を確認したり,融資をどの程度行っているか,取引のなかでどの程度利益をあげているかなどを調べる。もちろん,Off-JTも行われている。例えば,法人の営業関連業務を担当する入行2~5年の行員を対象とした行内研修が,コンサルティングに必要な幅広い知識を身につける機会を提供している。3カ月ほど職場を離れて行われるこの研修は,融資,不動産,税金,外国為替,金融商品など外交活動に必要な多岐にわたる領域をカバーしている(注13)。
 こうした情報技術やOff-JTにより得られる知識は必要であるが,あくまで基本という。コンサルティングに必要な知識には,実地でないと身につかないものが多々あるからである。情報技術の導入が進み情報検索が容易になったぶん,非計数的な知識の重要さが逆に高まったともいう。代表例として指摘されたのが,取引先の業界における商売上の慣行である。それはあくまで慣行であるから,文書化されていない。しばしばその業界の内部の人にしか知られていない。したがって,業界に身を置く人に会ったりするなかで実地に学ぶしかない。それを怠り,商売上の慣行を知らないまま取引先の相談にのろうとしてもうまくいくはずがない。そうした教室で学べない知識を実地の学習によりどれだけ幅広く身につけているかが,仕事の出来に個人差をもたらすという。
 段取りの技能は,まさにOJTにより身につけていく。段取りのあり方は,取引のケースによって異なり,マニュアル化しても意味をなさない。経験の浅い者の場合,最初のうちは上司が同行訪問する。その際,取引先の担当者を紹介してもらうなどする。とりあえず誰を訪ねればよいかを知ることは,営業活動の段取りの第一歩である。1人で訪問するようになると,取引拡大のためにどのような段取りでことを運んだらよいのかをまず自分で考え実行してみる。外回りを終え支店にもどると,その結果について色々と上司に相談する。上司からは,自分の経験に基づいて様々なアドバイスがある。例えば,本部のどの部署に掛け合うべきだとか,次回の訪問の際に誰に会ってもらったり同行してもらうべきか等々である。新人は,アドバイスに基づいて再度やってみる。
 こうした実地による試行錯誤が,効率的な段取りを身につけるうえで不可欠である。それは,タイプの異なる取引先など,様々なケースを担当するように幅広く経験するなかでなされることが望ましいという。そうすることで,外交活動に対する全体的な視野が形成され,近視眼的でない先を見据えた段取りを行えるようになる。また,多くのケースをこなしていると,以前経験したのと類似したケースに出くわすことがある。そうしたときに,以前のケースに工夫や改善を加えることで,段取りのレパートリーを増やしていく。さらに,多様な段取りのあり方に共通する原理のようなものを学んでいく。
 実際のところ,こうしたOJTを中心とした技能形成は,外交分野において様々なケースを担当するように幅広く経験するなかで行われている。入行すると,支店の融資業務を1年経験する。その後は,2~3年に一度の頻度で人事異動が行われる。法人外交員の多数派は,個人取引を含めリテールとホールセールの様々なタイプの取引先を,支店を移りながら経験する。具体的なデータに基づき,この点を確認する。
 事例とした職場につき得た,3人のキャリアデータを表1に示した。法人外交員の多数派は,A氏とB氏に代表されるような外交分野を幅広く経験するキャリアを歩んでいるという。職場の6人の支店長代理のうち,4人に同様のキャリアを指摘できる。そうした多数派は,既存外交と新規開拓の両方を経験するのはもちろん,郊外の支店での個人取引を皮切りに,支店をかわりながら異なる規模それに異なる業種の取引先も経験していく。そして通常,経験の浅い者は,取引金額の小さい個人や中小規模の法人を担当し,経験を積むとより大きな法人を担当する。なお,法人外交員の少数派は,C氏のようなキャリアを歩んでいるという。国内支店での外交中心でなく,本部のスタッフ的な業務や海外勤務を取り込んだキャリアである。

表1 法人外交員のキャリア

 (4)特徴
 以上の観察を踏まえ,三つの視点のいずれからどのようなことを法人外交の技能形成の特徴として指摘できるのか。
 技能形成は,まさにキャリアを通じたOJTを中心とする。キャリアの広がりは,外交分野に幅広く専門化しているのが多数派とされた。そうした幅広く専門化したキャリアは,法人外交の技能形成において次のような意味を有することを,聴き取り調査から言える。1年間の融資業務の経験は,銀行業務の基本や融資の基礎的知識を身につけるのに役立つ。その後の支店をかわりながらの外交分野での幅広い経験には,三つの意味がある。まず,将来の人事異動の際に,幅広く経験しておいたほうがつぶしがきく。また,個人,中小企業,大企業といった順に幅広く経験することで,外交に必要な技能を基礎から段階的に向上させる。一般的に,取引先の規模が大きいほど扱う資金量が多くなり,高度な技能を要する。そして最も注目すべきは,様々なケースを経験することで,顧客ニーズの多様性に対応する技能が向上することである。この点は,段取りの技能形成についてすでに指摘したとおりである(注14)。
 上記から示唆されるように,第2の特徴として,技能形成においてコード化されていない知識の学習が重視されている。それは主に営業現場での経験を通じて得られる知識であり,現場経験が豊かな職場の上司や先輩の助言・指導も欠かせない。そのことは,段取りはもちろんのこと,コンサルティングに必要な幅広い知識にもあてはまる。コンピュータのデータベースやOff-JTによるコード化された知識はあくまで基本であり,実地でないと学べない知識をどれだけ幅広く身につけているかが,仕事に個人差をもたらすとされた。

 (3)デリバティブ開発
 (1)業務の概要
 事例とした職場は,図2のとおり,商品開発チームとシステム開発チームからなる。前者は,文字通りデリバティブ開発を担当する。デリバティブは,金利や為替レートなどの変動によるリスクをヘッジする機能をそなえた金融商品である。それは,コンピュータシステムによって成り立つ商品であり,商品開発においては,上記したような機能を具体化しシステムに組み込むことが重要な仕事となる。一方,システム開発チームは,包括的なリスクコントロールなどを目的として,デリバティブおよび関連する金融商品の取引に必要なシステムの開発を担当する。二つのチームはそれぞれ,2~3人からなる複数の下位チームによって構成される。聴き取りでは,商品開発チームに属する下位チームの一つを主なターゲットとして,職場全体に関する事柄も明らかにするよう努めた。

図2 デリバティブ開発の職場の組織図

 この職場では,庶務全般担当の女性を除く21人の正社員が,開発の中核メンバーである。大学院卒5名を含め全員大卒で,専攻は約3/4の者が理科系である。また,新卒採用の者は17人で,残り4人は中途採用である。中途採用前の経歴を聴いた限りでは,4人ともデリバティブの専門家としてヘッドハントされたわけではない。しかしながら,少なくとも3人は,デリバティブ開発に役立つ素養を採用前に身につけているのを確認できた(注15)。なお,当該銀行の正社員でない者も働く。4~5人が常駐するSE(システムエンジニア)である。大手コンピュータメーカーとSE派遣の契約を結び,主にプログラミングの仕事を任せている。
 (2)必要技能(注16)
 主な聴き取り対象とした下位チームを,以降ではTRチームと呼ぶ。メンバーは3人で,毎週ミーティングを開きその都度各人が果たす役割につき大ざっぱな枠組みを決める。まさにチームで仕事を進めていく。TRチームは,金利オプションの商品開発に取り組んでおり,調査時点では開発の最終段階にあった。聴き取りによると,この仕事は大きく四つの段階からなる。
 第1ステップは,商品化(実用化)する金利期間構造モデルの選択である。それは,期間によって異なる金利の連鎖構造の数理的モデルである。基盤となる理論そのものが異なるモデルや,理論が似ていても実用化の段階で異なったモデルとして分類されるものがあるという。第2に,選択されたモデルに基づき商品の機能を具体化しシステムに組み込む。その主な仕事の一つは,金利オプションの価格算定式を確定し,コンピュータによる演算処理が可能なようにすることである。金利オプションの価格とは,オプションの買手が売手に対して支払うオプション料(プレミアム)であり,金利の変動に応じて売手が買手に支払うであろう将来の価値を現在価値に割り戻したものに等しい。この価格を算定する数式の導出がデリバティブ開発の一つのポイントとなる。なお,コンピュータへのプログラミングの仕事はSEが担当する。第3に,システム化された商品のテストを行う。システムに実際に膨大な量の数値を入力し,思惑どおりに機能するかチェックする。第4にディーラーに対する商品(システム)の説明である。
 聴き取りの結果を整理すると,コアとなる技能として,数学の素養とセンス,それに金融工学分野の知識があり,加えてコアではないが商品開発の実用性を高めるような知識が必要とされる。以下で具体的にみる。
 金利期間構造モデルを実用化する一連の仕事は,高度な数理モデルを理論的に把握し咀嚼していなければ到底こなせない。それは,第1ステップの構造モデルを選択する仕事や,それ以降の実用化のプロセスで生じる様々な問題を解決するうえで顕著である。数理モデルがどのようなものであるかを理解しているだけでなく,どのような理論的背景のもとにモデルが構築されているのかまで問題とされる。そのため,まずは確率過程や数理統計の分野における数学の素養とセンスが求められる。
 実用化の中で生じる問題を解決するうえでは,数学の素養とセンスに加え,それをベースとして金融工学分野の理論的・技術的な知識に通じていることが求められる。金利期間構造モデルをはじめ,デリバティブの数理モデルにおける理論的・技術的な基盤は金融工学に求められるからである。例えば,第2ステップにおける課題についてみる。主な課題とは,選択された金利期間構造モデルに基づき価格算定式を導出することにある。ヒアリングでの例示によると,価格算定式に組み込まれる様々な変数のうち,現時点での債券価格のように比較的容易に代入する数値をはじき出せる変数はよいとして,そうでない変数をどう処理するかといった問題を解決しなければならない。こうしたプライシング(価格算定)における課題に対し,ベースとされる構造モデルを深く理解したうえで,より精度の高い価格設定に向けてそのモデルを応用・拡張していく。そのために,金融工学として発達をみた高度な数理的技法が必要とされる。
 三つ目のカテゴリーの技能は,商品開発の実用性を高めるために必要とされる。数学の素養やセンスそれに金融工学分野の知識にたけていても,それだけでは商品開発が理論倒れに陥ってしまう可能性がある。例えば,構造モデルの選択(第1ステップ)では,商品化したときに当該銀行業務に適合したものになるかどうかが重要な選択基準の一つになる。そのため,当該銀行業務の性格を理解している必要がある。また,TRチームによって開発された商品(システム)は,金利オプションのディーリングに用いられる。そのため,マーケットについてはもちろん,ディーリングの実際などを理解していないと,実務に耐えうる商品開発はままならない。ただし,こうした知識に深さは求められないという。
 (3)技能形成
 数学の素養とセンスを高めるために,特に教育訓練は施されていない。自己啓発等によるレベルアップが求められる場合はあるが,むしろ入行前に身につけていることが期待されている。そのことは,スタッフの3/4が理科系専攻であることに表れている。
 ただし,大学や大学院での専攻が,デリバティブ開発に直接役立っているのかといえば必ずしもそうでないという。例えば,あるスタッフの専攻は応用物理である。カオス理論がデリバティブ開発にいかされる可能性はあるものの,そうした専攻が直接役立つことは必ずしも期待されていない。したがって,商品開発に必要な金融工学分野の知識は,入行後の教育訓練により深めていく(注17)。この点を確かめる。
 デリバティブ開発業務にいったん配属されると長期滞在傾向がある。この銀行では,3年ほどで人事異動が行われ職場をかわる慣行があるが,デリバティブ開発には適用されていない。これまでに開発スタッフが他の業務へ移ったケースは,2例ほどにすぎないという。2年デリバティブ開発に従事した後に支店に移ったケースと,5年従事した後に財務企画に移ったケースである。表2はあるスタッフのキャリアデータであるが,それをみると,入行後7年ほどのうち,ごく初期段階からデリバディブ開発に携わっていることがわかる。

表2 デリバティブ開発スタッフのキャリアの例示

 そうした専門化傾向のキャリアのもとで,次のようにして金融工学分野の知識が深められている。一つは,外部の専門家によるコンサルティングを通じた知識の吸収である。この点は,次の(4)で述べる。チーム単位で,場合によっては他のチームのメンバーも加わり知恵を出しあうなかで問題解決にあたることも,知識を深める機会となる。また,上述のような取り組みのなかで得られた問題解決の知識は,レポートとしてまとめられ,開発スタッフによる共有化がはかられている。この点も次の(4)で触れる。
 金融工学の知識を深めるうえで,座学や自己啓発の重要さも強調された。座学については,勉強会と称される職場での自前のものが大きなウェイトを占める。例をあげれば,日本の大学に勤務するデリバティブ分野の教授を招き,数カ月にわたり定期的に勉強会を開催する。また,就業時間終了後に,金融工学分野の文献を輪読する。1週間に1度の頻度で,1回あたり2時間半ほどという。そのほかに,北米の専門家を招いて話を聞くこともある。自己啓発については,例えば,経験の浅い者には仕事になるべく余裕を持たせ,職場の先輩に勧められた金融工学分野の専門書を読む時間を与えている。また,関係する学会への出席も奨励されている。
 商品開発の実用性を高める知識は,どのように身につけられるのか。スタッフは,デリバティブ開発に携わる前に,他の業務分野を経験するのが一般的なようである。多くの新卒は,事務部門を経験している(注18)。例えば,職場の最年少スタッフは,入行後に外国事務部を半年経験している。また,企業や団体と直接取引する営業マンなど営業関連業務や,デリバティブのディーリング業務を経験した者もいる。事務部門の経験は,当該銀行業務の性格や,銀行全体のお金の流れの理解に役立つという。営業関連やディーリングの業務経験は,デリバティブのマーケットやニーズ,ディーリングの実際などを理解するのに役立つ。こうした点は,表2のデータからも明瞭である(注19)。
 (4)特徴
 以上の観察を踏まえ,どのようなことを技能形成の特徴として指摘できるのか。デリバティブ開発の場合,三つの視点すべてにかかわる。
 まず,キャリアは,法人外交の場合と比べより専門化傾向にある。ただし,技能形成上関連のある他の業務分野にも及ぶ。専門化傾向は,一つには,知識が高度に複雑であることを示唆する。また,他の業務分野に及ぶことは,商品開発の実用性を高める業務経験という意味がある。
 また,法人外交の場合と比べ,技能形成のために学習される知識にコード化されたものが多いことも特徴的である。それは主に,金融工学分野の複雑に体系化された理論的・技術的知識である。コード化された知識が重視されている根拠として3点を指摘できる。
 まず,商品開発に必要な金融工学分野の知識は,数学的アルゴリズムの性質が強いという。そうした性質は,例えば営業の仕事における取引をするうえでの情報源や慣行といった,実際にその場へゆき経験してみないと理解や把握が困難な知識とは対照的ではないかという。そのため,座学や専門書などを通じて身につけられるものが少なくない。実際,法人外交のケースと比べそうした形での教育訓練の重要さが強調された。それらの教育訓練において提供される知識は,コード化の程度が高い。
 二つ目の根拠であるが,第3の特徴として後述するように,北米の専門家によるコンサルティングが技能形成に役だっている。その際に電子メールやファクスで伝達されてくる知識は,文書化されている。したがって,コンサルティングにより得られる知識もコード化の程度が高い。
 三つ目の根拠は,この職場では,仕事を進めるなかで得られた理論的・技術的知識に関して文書化が進んでいることである。商品開発のプロセスで問題につきあたると,TRチームのメンバーとSEがその場で相談しあったり,関連するチームのメンバーもまじえミーティングを開いたり,さらにはコンサルティングを受けるなどして解決にあたるのであるが,そうした取り組みのなかで得られた知識は,そのつどレポートという,より体系化された形式でまとめられる。レポート化することで,開発スタッフ全員の共有財産にされるという。例えば,開発された商品を後に新たなメンバーを加えバージョンアップする場合などに大いに利用される。このようなレポートも,技能形成のために学習されるコード化された知識として役立つ。
 窓口業務や法人外交には観察されなかった特徴として,技能形成のために学習される重要な知識が,外部の組織を通じて調達されていることがある。それを象徴するのが,海外の専門家によるコンサルティングである。事例とした銀行は,北米在住のデリバティブを専門とする2人の著名な大学教授が設立した企業と,日本の銀行で唯一コンサルティングの契約を結んでいる(注20)。電子メールやファックスなどを用い,数理モデルの実用化のなかで直面する問題や課題の解決に必要な知識を両教授から逐次得る。例えば,金利期間構造に関する様々なモデルのうち実用化に適したものを選択するという課題がある。これを解決するために,コンサルティングが利用される。どのようなモデルが必要なのかを電子メールなどで伝え,両教授からモデルに関する知識を得る。コンサルティングの頻度は必要に応じて異なるが,多いときは連日という。それは,デリバティブの世界的権威から,商品開発に必要な金融工学分野の先端知識を学ぶ機会となっている。


IV 考  察

 事例とした三つのタイプの仕事の性格を位置づけるなかで,見いだされた企業内技能形成の特徴との対応関係を整理する。窓口業務,とりわけテラーの必要技能の形成に見いだされた顕著な特徴は,コード化されていない知識のウェイトが低下する一方で,コード化された知識の学習が重視される傾向に求められる。窓口業務の仕事は,来店した不特定多数の個人顧客との取引を処理する量産型の業務活動としての性格が強い(注21)。それは,事務処理はもちろんのこと,重要さを増しているセールスにもあてはまる。その場合,テラーの仕事には,顧客に対して同質で標準的なサービスを提供するための技能形成が求められる。そうした要請は,コンピュータ化や女子行員の早期戦力化とあいまって,標準化されたルーチンの類のコード化された知識の学習が技能形成において重視される傾向を強めたと考えられる。
 他の二つは,高付加価値型の業務活動の仕事である。「法人向け顧客サービス業務」の法人外交は,コンサルティングを行いながら顧客の多様な金融ニーズに答える高付加価値のサービスを提供する。「商品やサービスの開発業務」であるデリバティブ開発は,金利や為替レートなどの変動によるリスクをヘッジする高付加価値の金融商品を開発する。そのため,標準化されたルーチンの類のコード化された知識の学習を重視していたのでは技能形成はおぼつかない。ただし,両者の技能形成上の特徴には注目すべき相違がみられる。
 法人外交(既存)の担当者には,個々の顧客との取引を維持・発展させるために,取引の現場で多様な顧客ニーズに答えることが求められている。ニーズの多様さは,対応すべき現場の状況のバラエティを高め,またその状況は時々刻々と変化する。したがって,迅速で柔軟な対応が求められるが,それは現場で働く外交員が幅広く対応することで可能になる。その際,高度な専門性を要する場合など必要に応じて専門の担当者のサポート等を受ける。現場の状況に幅広く対応する技能を形成するには,結局のところ現場で様々なケースを経験することが不可欠である。現場の多様な状況は,背後にあるビジネス上の慣行といった諸要因を含め,マニュアルや教室などにより現場から離れて再現することはできないからである。コード化されていない知識の学習が技能形成において重要なのはそのためである。そして,多数派にみられる幅広く専門化したキャリアは,現場での経験の幅を段階的に広げるのに重要な役割を果たしている。まさに,キャリアを通じたOJTにより技能が形成される。
 一方,デリバティブ開発は,金融工学分野の数理モデルを応用・拡張することで商品開発が行われる。すなわち,数式というコードで表現された抽象度の高い知識体系が,商品開発の出発点となる。マーケットやニーズ,ディーリングの実際といった現場の人間がもつ知識も必要であるが,どのようなものであるか程度に理解していればよいとされた。そのため,複雑に体系化された類のコード化された知識の学習が技能形成において重要になる。キャリアの専門化傾向はそうした知識の性質によってある程度説明可能である。また,デリバティブの理論や技法の発達は,アメリカを中心とした国での技術革新によるところが大きい。事例とした職場では,北米在住のデリバティブの世界的権威が設立した企業からコンサルティングというかたちで調達された知識を学習することが技能形成に役立っていた。その際,電子メール等の情報技術は,知識を外部の組織から調達するツールを提供していた。

*本稿のベースとなっている聴き取り調査に御協力いただいた方々,それに本稿に対しコメントをして下さった守島基博教授(一橋大学)および2名の匿名レフェリーに心より謝意を表したい。

1)例えば武石(2000)は,日本の金融機関において基幹的な仕事を担う人材につき,人事部門を対象に行ったアンケート調査を分析している。人材調達方式の分析結果によると,外資系を除く52の金融機関のうち9割近くが「内部育成型」であり,「外部育成型」は1割ほどにすぎない。
2)この定義は,基本的に小池(1977)に基づく。なお,Arthur et al.(1989)が,キャリアという概念につき詳しい検討を行っているので参照されたい。
3)代表的な研究にRosenbaum(1984)がある。
4)昇進コースのパターンは,明確なものというより,部下を育成する上司が持つ心象的なものとして存在するとしている。
5)本文で紹介する研究のほかに井上(1982)などがある。
6)例えば,財務会計,管理会計,資金の3領域からなる広義の経理職能のなかで2~3の領域を経験することを中心に営業も短期間経験する場合をさす。なお,キャリアの広狭に関する実態調査の文献サーベイとして,山本(2002)を参照されたい。
7)ここでいう組織には,企業のみならず,民間の研究所,大学,政府機関なども含まれる。
8)見るべきは事例に基づく質的な研究である。銀行の支店における女子行員のキャリアや教育訓練に言及する脇坂(1990)や松繁・梅崎(2003),本部・本店の国際・証券業務を対象とし,そうした部門の成長がキャリア形成に対して持つ意味を観察した中村(1991),それに銀行の会計職能を対象として日英の雇用管理を比較した八代(1998)などがある。
9)こうした整理については,大野(2000)のpp. 207-216を参照した。
10)一般職のほかに,退職女子行員などをパートタイマーとして活用することも進められている。ただし,テラー(窓口担当者)に関しては,パート化には必ずしも積極的でないと答えた銀行もあった。
11)筆者は,テラーの必要技能について山本(1996a)においてすでに触れているので参照されたい。
12)1人当たりの取引先数は,他の支店と比べ少ないという。伝統のある大規模店のため古くからの取引先が多く,またそれらが地理的に支店周辺に集積していない等による。
13)この研修は,法人外交員すべてを対象としない。受講するには,支店長推薦さらには試験にパスすることが条件とされる。
14)コンサルティングの幅広い知識,なかでも商売にかかわる知識について,同様なことが言える。すでに紹介した,ビル建設のために取引先が土地を探している場合をもとに確認する。その場合,不動産屋に外交員自ら足を運ぶ。不動産屋の担当者と一緒に取引先に紹介する物件をみてまわることは,土地についていろいろと勉強する機会にもなる。物件を目の前にした不動産屋の話は実にためになり,別のケースで土地に関する相談を受けたときに役立つという。こうした現場で身につく実践的な知識が,コンサルティングに欠かせない。したがって,様々なタイプの顧客を担当するなどして多くのケースを経験することは,コンサルティングの知識の幅を広げるのにも役立つ。
15)例えば,2人いる課長相当職のうちの1人は,電力会社でのシステム開発の実務経験に加え,北米の銘柄大学院で工学系のPh. D.を取得し,その際にデリバティブも勉強したという経歴を有する。
16)筆者は,山本(1996b)において同じ事例に基づきデリバティブ開発の必要技能についてすでに言及しているので参照されたい。
17)なお,調査当時,金融工学を教えるコースを有する教育機関は日本にはない。
18)この慣行は,新卒の大量採用を行ったバブル景気のころには乱れたが,その後復活したという。
19)なお,デリバティブ開発のスタッフ全員に,営業関連やディーリングの業務経験をさせるようキャリアが組まれているわけではない。後者の業務経験がない場合につき,どのようにして知識の不足を補うのかを聴いた。例えば,ディーラーのもとで1~2日仕事の手伝いをさせたり,商品開発業務のなかでのディーラーとのコンタクトを,ミーティングによるフォーマルなものだけでなく日常的にとることなどを行ってきたという。
20)機密保持などのため他の日本の銀行とは契約しない旨の取り決めをしているという。
21)ただし将来的には,絞り込んだ顧客層に対するコンサルティングを重視した業務にシフトしていく可能性もある。


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〈2002年9年11日投稿受付,2003年7年25日採択決定〉


 やまもと・しげる 広島修道大学商学部助教授。主な業績に「従来の諸研究」小池和男・猪木武徳編『ホワイトカラーの人材形成――日米英独の比較』(東洋経済新報社,2003年)第3章,など。人的資源管理・人材開発専攻。