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(著者抄録)
 本論の目的は、職場メンタルヘルスの向上には従来の個別対応の方法に加えて、組織を良くするという方法(組織対応)があることを示すことにある。組織対応を理解するための実例は次の通りである。(1)日本の自殺件数は、5年連続で3万人を超えた。自殺動機の分析から3万人に押し上げた要因は経済的困窮にあると考察された。(2)健康保険組合の財政が赤字に転じるのをきっかけに、組合員の病気がちな傾向はその都度高まった。(3)職場ストレスモデルの研究の考察からは、仕事のしやすい条件作りが最も大切であることが示唆された。(4)JMI健康調査票のデータからは、職場の在り方が事故やミスと同時にメンタルヘルスにも影を落としていると考察された。(5)組織目標の明確化が従業員のメンタルヘルスに重要であることが明らかになった(r=0.505)。
 国、および健康保険組合の経済状態が人々の健康を脅かすことをみた。組織レベルでも、その潜在的失敗がメンタルヘルスを阻害していた。
(論文目次)
I 企業の健康管理ニーズ
II 自殺の分析
 1 自殺予防はうつ病予防か
 2 自殺の変動要因と固定要因
III 企業と医療費
 1 医療保険制度
 2 健保組合の財政と人々の健康
IV 職場のストレス
 1 職場ストレスモデル
 2 自己統制の欠如
 3 組織の失敗
V 職場メンタルヘルスの方法論
 1 個別対応
 2 組織対応

引用文献

I 企業の健康管理ニーズ

 20世紀の初頭,農業社会から工業社会に変わったとき,雇用関係の大きな変化があった。このとき著されたのがカウンセリングの起源といわれるフランク・パーソンズの『職業選択』1909年発行であった(Bordin et al. 1956)。どのような職業に就くかが,当時の幸せの条件であった。
 現在はどうであろうか。20世紀初頭同様,大きな雇用関係の変化がある。原因は,経済のグローバル化(国際化),技術革新などにより仕事がますます複雑になりスピード化していることにある。今までの職業能力は陳腐化し,企業のリストラのため雇用の不安定化を引き起こしている。これらの雇用不安が健康に悪影響を与えることは,Vahteraら(1997)やメンタル・ヘルス研究所(1999)で実証されている。経営のありようが健康に大きく影を落としているのである。そして,20世紀の工業化に伴う健康管理のニーズはフィジカルヘルスであったが,現在は変化への柔軟な適応,つまりメンタルヘルスへ重点は移ってきている。
 ILO(2000)によれば,1983年に出された勧告(No. 159)は障害者であっても通常の仕事に就く権利を有するという趣旨であったが,最近では従業員のメンタルヘルスは安全と健康と労働条件の問題として扱われており,経営者団体,労働組合,政策立案者たちが企業の生産性やコストに与えるインパクトを懸念しているとなっている。
 さらにILOの報告書は,各国の経済に及ぼすメンタルヘルスのコストを見積もっている。EU諸国はGNPの3~4%,米国はうつ病によって300億~440億ドル,2億日の労働損失が1年間にあると見積もっている。英国では,メンタルヘルスが労働疾病のカテゴリーで筋肉骨格系に次いで大きなものになっており,500万~600万日の労働日数の損失があると見積もっている。この英国の例にあるように,コストという動機はメンタルヘルスもフィジカルヘルスも同じである。
 日本の場合は,上記のコストに加え自殺の増加と過重労働の疾病対策ないしリスク管理のニーズが考えられる。日本の自殺者は1997年の2万4391人から1998年の3万2863人へ急激に増加した。そして1998年以来5年連続の3万人超えをつづけている(警察庁2003)。国際的にみて,ロシア,バルト3国の1位グループに次ぎ,フィンランドなどとともに2位グループに入ると思われる。
 過重労働による疾病の心配は,例えば東京都(2003)では,30.1%の企業が脳・心臓疾患を,27.1%の企業が精神疾患の発症を懸念している。
 それぞれのリスクにつき厚生労働省は行政的に対応してきた。自殺については,厚生労働省「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(平成11年9月14日)で,労災認定基準を大幅に緩和した。過重労働については,「脳・心臓疾患の労災認定基準」の改訂(平成13年12月12日)で,いわゆる過労死の労災認定基準を緩和した。


II 自殺の分析

 1 自殺予防はうつ病予防か

 日本の自殺人口は5年連続3万人を超えていることを先に述べた。ほとんどの自殺は精神障害,通常は感情障害(うつ病)と診断される(Maris 1991)。先に厚生労働省が発表した「自殺防止対策有識者懇談会・自殺予防に向けての提言」においても「うつ病等」という言葉が多用され,自殺予防はうつ病予防との印象を強くする。しかし,このように自殺の原因をうつ病とした場合,1997年から1998年の急激な増加を説明できるのだろうか。1998年にうつ病の急激な増加があったという証拠はあるのだろうか。この事実だけでも,3万人超えの理由は「うつ病」ではないといえる。
 1998年はどんな年であったか。国の経済はマイナス成長を示し,雇用者の所得も名目で前の年より落ち込んだ。さらに金融機関は貸し渋りを始め,金回りが極端に悪くなった年である。
 失業率と自殺率の相関(スピアマンの順位相関1978-2001年)は,男性の場合0.87と高くなるが,女性の場合は0.17と相関は消えてしまう。一家の経済は男性の収入によって支えられていることが多いので,男性の失業のほうが自殺と相関すると考えられる。後にみる回帰分析の結果と合わせて,自殺を3万人に押し上げたのは,うつ病の増加ではなく経済的理由だといえる。
 電通事件などの裁判例で認められたように,業務上の負荷がうつ病を誘発し,そのことで自殺にいたったと判断できる場合も多い。自殺とうつ病との関係は無視できないが,自殺=うつ病という短絡した図式は疑わしくなる。吉川(2003)も自殺とうつ病を短絡しないよう戒め,自殺前に見られる抑うつ気分や抑うつ感情がうつ病という診断にすり替わる可能性を指摘している。

 2 自殺の変動要因と固定要因

 警察庁の自殺統計には,自殺の動機調査が含まれる。自殺動機の全数調査は,恐らく世界に例をみないであろう。自殺総数の経年変化をどの動機が一番説明できるか,重回帰分析で調べてみたところ,表1のような結果を得た(非説明分散が必要なので動機不詳をそれに当てた)。標準回帰係数(β)の絶対値が大きいものが自殺総数の変動をよく説明する動機ということになる。βの大きい順に,「経済生活問題」「健康問題」「勤務問題」である。特に「経済生活問題」は人数規模がほぼ同じ「家庭問題」と比べて圧倒的に説明力を持っている。「健康問題」の係数が大きいのは人数規模がそもそも大きいためであろう。各年の自殺数の変動を最もよく説明する動機は,「経済生活問題」である。分析は1998~2002年のデータも含んだものなので,3万人超えを説明する動機でもある。

表1 自殺動機の重回帰分析

 「経済生活問題」は各年の自殺の変動を説明するものなので,変動要因と呼べる。一方,図1は自殺動機の割合を年ごとに示したものである。圧倒的に「健康問題」が多い。病気を苦にして死を選ぶ人が多いということだ。この比率を無視することはできない。この「健康問題」は毎年必ず最大になるものなので,自殺の固定要因と考えるべきであろう。

図1 動機別自殺者数の割合

 自殺予防対策を考える場合,目標を何にするのかを決めるべきだ。近年の3万人超えを減らしたいというなら,変動要因の「経済生活問題」に焦点を当て,それを動機とすることが多い就業志向人口(管理職,被雇用者,自営者,失業者)の経済活動を対象とすべきだ。また,そもそも自殺の人数を根本的に減らしたいというなら,固定要因の「健康問題」に焦点を当て,うつ病に限らない疾病対策をとるべきだ。なぜなら統合失調症も,ある種の人格障害も,高い自殺の危険性があるからだ(Maris 1991)。また精神疾患ばかりでなく身体疾患も対象とすべきで,ゴールドブラット(Goldblatt 2000)は,自殺の危険の高い身体病として,多発性硬化症,てんかん,癌,脊椎損傷,エイズ,消化性潰瘍,自己免疫疾患,真性糖尿病,腎臓病,終末期の病を挙げている。


III 企業と医療費

 以上の分析は,国の経済情勢や景気変動のために自殺が増加した例である。もうひとつ経済と健康の関連について考察したい。

 1 医療保険制度

 米国の会社員は通常,メディケア(Medicare:65歳以上の高齢者医療保険制度)や,メディケイド(Medicaid:メディケアに加入できない低所得者向け医療補助制度)の対象ではないので,民間保険会社の販売する健康保険に加入しなければならない。米国のカウンセリングの隆盛はこれら民間保険会社がカウンセリングを保険の対象としていることに支えられている(Veggeberg 1996, p. 90)。医療では薬が使われるのでその分医療費がかさむ。一方,心理療法は薬を使わないので医療費が安くなる。これが,保険会社がカウンセリングを認める理由である。
 企業は,この健康保険を従業員の付加給付制度(fringe benefits)に加えることが通例である(EBRI, 1987)。ところが近年,この保険料が企業経営を圧迫している(松原2002)。Chenoweth(1994)などは経常利益の5割が医療保険に費やされるという例を挙げているほどだ。米国企業はなりふり構わず健康によいといわれる方法を従業員に奨励したが,目的とする医療費の削減は思うように実現せず,近年,方法論の反省がみられる。
 日本の健康保険制度は国民皆保険で,何らかのかたちで国民は公的な保険に入っている。大企業の場合はほとんどが組合管掌健康保険(組合健保)である。組合健保は企業と別組織であるが,企業財政とは無関係ではない。なぜなら保険料は従業員給与と企業の負担でまかなわれるからだ。
 米国では従業員の健康の悪化が企業財政を圧迫しているという図式だが,日本では組合健保の財政悪化が従業員の健康を圧迫しているという図式がみられる。次にそのデータをみてみよう。

 2 健保組合の財政と人々の健康

 従業員の健康指標としてメンタル・ヘルス研究所が開発したJMI健康調査票(注1)の「疾病頻度」という尺度を使うことにする。「疾病頻度」とは病気がちであるかどうかを示す尺度である。また,JMIの調査対象は大企業が多い。彼らの健康保険はほとんどが組合管掌健康保険(組合健保)である。そこでJMIの対象により近い医療費関連の数値として組合健保の経常収支を用いた。各年の1人当たりの経常収支差と各年約10万人の「疾病頻度」の平均値を図2に示す。

図2 組合健保1人当たり経常収支とJMIの疾病頻度

 組合健保の財政は,1987年1月に老人保健拠出金の算定基礎となる加入者按分率が80%に,1988年に90%に引き上げられ,それぞれの年度の経常収支差はマイナスに転じた。その後バブル景気で収入が増えたため財政は回復したが,バブルの崩壊とともに被保険者数の減少で収入が減り,再び1994年度にはマイナスとなる。その後財政は回復しないまま,1997年9月の患者一部負担2割への引き上げで1997年度・1998年度には小康状態となるも,1998年7月には国保側の老人保健拠出金の一部を,退職者医療制度すなわち組合健保の負担に変更してきたことで,みたび収支差が悪化した(健康保険組合連合会2003)。
 以上の3度の赤字転落と機を一にして,図2のJMIの「疾病頻度」が上昇している。これだけの偶然が重なるとは通常思われない。赤字と「疾病頻度」の直接の因果関係は想定しにくい。なぜなら収支差の変動と同じように「疾病頻度」が変動しているのではなく,赤字をきっかけに「疾病頻度」のレベルが1段上がるという動き方だからである。
 組合の財政が悪化した場合の通常の対策としては,事務費や付加給付費・保健事業費の抑制,保険料率の引き上げ,積立金の繰り入れなどが考えられる。特に保険料率の引き上げは,雇用者所得の減少と同じ効果をもたらすと考えられる。図3は雇用者所得の減少と国民医療費の減少が同時に起こっていることを示している。

図3 1人当たり一般診療医療費と雇用者所得前年比

 図3の所得減少と国民医療費抑制の関係のように,実質的所得(従業員給与-保険料)の減少が医療を求める行為を抑制させたのではないだろうか。また,保健事業費の抑制も健保組合の存在意義たる疾病予防の活動,例えば健康づくりPR,健康診断,健康相談などを制限してしまう。
 以上の分析から,健康保険組合の財政状態が,守るべき従業員の健康状態を左右すると考えられる。2001年度は,過去最高の3013億円の赤字を示し,4分の3を超える組合が赤字となっている。従業員の健康がますます心配される。


IV 職場のストレス

 以上,国や組織の経済運営というマクロな視点から人々の健康状態との関連をみてきた。次に従業員にとって何がストレスとなるのかというミクロな視点から現状を分析したい。

 1 職場ストレスモデル

 代表的な職場ストレスモデルを二つ取り上げ,何が職場のストレスかを検討してみよう。まず,カラセクモデル(Karasek 1979)は,仕事の要求(job demand)が,仕事をコントロールするパワー(job control)を上回ったとき,緊張状態(job strain)をつくり,狭心症などの病を誘発するというものだ。責任(demand)と権限(authority)のバランスが責任に偏りすぎた状態と言い換えることもできよう。
 もう一つは最近提唱されたシーグリストモデル(Siegrist 1996)で,努力した分だけ(efforts)の報酬(rewards)が得られないと,同じく心臓疾患などにかかる率が上がるというものだ。投入したコストと得ることのできた利益とのバランスを問題にするモデルともいえよう。
 両モデルに共通する点は,二つの要素に集約した単純さと,人と職場環境の相互作用をモデル化したところにある。両モデルとも心臓疾患を妥当性の検証に用いているが,精神疾患にも,病気の不在にも拡張可能である。
 ボスマら(Bosma et al. 1998)は,両モデルの妥当性を初めて比較した。研究チームにはシーグリスト自身も含まれるので,カラセクモデルよりシーグリストモデルに妥当性があるという結果は肯けるが,彼らの偉いところは自分たちのモデルよりカラセクモデルの一部である低コントロール(low job control)単体のほうの妥当性が高いとしたことだ。心臓疾患の一般的な危険因子(職位,負の感情,喫煙,コレステロール,高血圧,肥満)の影響を取り除いてオッズ比(疾患発症率の比)を計算すると低コントロールは2.38,彼らのシーグリストモデルは2.15と若干低くなる(表2)。

表2 職場ストレスモデルの比較

 カラセクモデル(high job strain)に妥当性がなかった理由の一つは,仕事の要求(job demand)と仕事のコントロール(job control)がそもそも相関するからだ。つまり地位の高い人の仕事の要求は通常厳しいものだが,同時に地位の高い人は仕事をコントロールできる権限・力を持っているからだ。地位が高いことは決して心身の健康を阻害することにはならず,むしろよい作用をする事情は今井(1999b)を参照されたい。
 シーグリストモデルの高努力(high efforts)と低報酬(low rewards)それぞれの単条件でもオッズ比(1.93)は十分に高い。報酬が得られないという条件が健康を害することは容易に理解できるが,高努力はそれ単体で健康を害するとは考えにくい。じつは努力の中身は,競争心(competitiveness),敵意(latent hostility),過度な承認欲求(a high need for approval),仕事へののめり込み(an excessive work commitment)という,従来のタイプA行動傾向に近い。つまり高努力単体で十分に心臓疾患の予測に使える内容である。またボスマらの報酬は,金銭,評価,キャリアを均等に含んだものではなく,キャリア関係の報酬のみに偏っている。コストと利益のアンバランスというより,不適切な行動を慎み,キャリアパスがブロックされることなくキャリアの報酬が得られるようにしなさいと教えているようにも思える。
 日本人の好きな「職場の人間関係」は,カラセクモデルでは仕事のコントロールに含まれる。なぜなら職場の人間関係がよければ,仕事のコントロールは容易になるからだ。一方,シーグリストモデルでは,職場の人間関係は報酬の一部だと考えられる。よい仕事の評価として職場の人間関係もよくなると考えられている(Kasl 1996)。ちなみにJMI尺度の「評価の満足感」と全尺度の相関のうち,最も相関の高いものは「上司との関係」0.44で,「同僚との関係」も0.41と高い(2002年度10万人データより)。どうやら日本でも,人間関係は評価の一部と考えてもよさそうだ。
 ボスマらが注目した低コントロール(low job control)は,他の研究者たちも注目している(Bosma et al. 1998)。研究者によってコントロールの内容は多少異なるが,意思決定の範囲,技術的自由裁量度,決定における権限などのことである。例えば,「仕事に自分の意見が反映される」「仕事を遂行する能力に不足はない」「責任ある仕事を任されている」などである。このような項目に「はい」と答えたとき,JMI調査は例外なくよい結果を示す。このようなかたちで仕事をしやすくすることは,労働者の健康を守る最も大切な条件であるといえよう。

 2 自己統制の欠如

 カーバーとシェイアー(Carver & Scheier 2001)は,人の行動は目標志向的であり,フィードバックプロセスで制御されているという理論を展開している。行動は目標にかなったものでなくてはならず,フィードバックプロセスは自動的過程ではなく,本来自律的なものである。つまり自分のコントロールのもとにあるとした。
 ミシェル(Shoda et al. 1990)は,4歳の子供を1人ずつ部屋に呼び,マシュマロを一つ与える。「このマシュマロを食べてもいいけど,私が戻ってくるまで食べずに待っていたらもう一つあげるよ」といって部屋を出て行く。待ちきれずに食べてしまった子供と,待ってもう一つのマシュマロを手に入れた子供の追跡調査をした。子供たちは高校生になった時点で顕著な差を示した。誘惑に負けてマシュマロを食べてしまった子供は,孤独で,挫折しやすく,強情であった。一方,待って二つのマシュマロを手に入れた子供は,より適応的で,人気者で,冒険好き,自信があり頼もしかった。さらに学業適性テスト(アメリカ版共通1次試験)でも,我慢した子供のほうがポイントが高かった。これは,葛藤的な状況でいかに適応的な行動,自己統制ができるかをみた実験といえる。
 カラセクモデルのコントロール(job control)は,自分の行動を目標に沿って自己統制できている状態をいっているように思われる。目標がはっきりしていて自己統制ができた状態である。しかし,目標を実現しているかどうかまではモデルに含まない。それでも,もし職場で何をしなければならないか,なぜしなければならないか,どうすればよいかを理解していれば,うつ病などにはなりそうにない。

 3 組織の失敗

 わたしどものメンタルヘルス調査は,個人の心身の健康状態をアセスメントするばかりでなく,職場のストレス状況もアセスメントできる。そこで心身の健康尺度と職場領域の尺度の相関をみることで,職場のどういう状況がストレス要因となっているかをみてみた。
 表3は,JMI調査票の心身の健康尺度と職場領域の尺度との相関である。相関のある(0.3以上)職場領域の尺度を相関係数の大きいものから並べてある。上位にくる尺度は「仕事の正確度」と「仕事の負担感」である。

表3 心身の健康尺度と職場領域尺度の相関

 仕事が負担だ,つらいという状況を示す「仕事の負担感」が心身の健康を阻害するのは当然のことであろう。仕事量が精神と肉体の許容範囲を超えている状態だからだ。研究者の努力を評価して,先ほどの二つのモデルに注目すると,この「仕事の負担感」は,カラセクモデルの仕事の要求(job demand),ないしはシーグリストモデルの外的努力(extrinsic effort)に相当しよう。英語で表現すればhigh workloadであり(Bosma et al. 1998),まさに仕事の負担である。
 職場のストレスは何かと問われれば,職場の人間関係という答えが多いのではないか。労災病院で実施している心の電話相談で一番多い相談内容は,仕事の負荷より人間関係の悩みが4倍ほど多い(労働福祉事業団2002, 2003)。労働者健康状況調査でも「仕事や職業生活での不安,悩み,ストレス」の内容は,職場の人間関係の問題がトップになっている(厚生労働省1998, 2003)。
 悩みの件数が多いことと,その悩みの健康への影響度は同じではない。今井(1999a)は,職場でのストレスフルな出来事の発生頻度とその出来事のストレス度を比較したところ,発生頻度の高い出来事はストレス度が低かった。この法則を当てはめれば,職場の人間関係の悩みは発生頻度が高いが,その健康への影響は少ないと解釈できる。誰もが悩む,ありふれた悩みは,慣れるのも早いだろうし,対処の仕方を学ぶ機会も多いだろう。
 注目すべきは仕事がうまくいかない,ミスが多い,といった状況を示す「仕事の正確度」が仕事の負担より上位にあることだ。「疲労」「心気的身体症状」といった身体尺度を除いた残りの尺度(精神尺度)では,「仕事の正確度」は必ず最上位にある。
 失敗の頻度は通常は低いので,上記の法則の逆(発生頻度の低い出来事はストレス度が高い)を当てはめて健康への影響は大きいと解釈もできる。しかし,「仕事の正確度」がメンタルヘルスに影響力を持つのは別の理由によるだろう。なぜなら,事故やミスを独立の出来事と捉え,当事者の能力の欠如や無責任のせいにすることはできないからだ。事故研究の世界的権威であるリーソンは,事故はシステムに長期間潜伏する潜在的失敗が,システムの防衛装置を破って顕在化したものであると説明している(Reason 1990)。つまり日ごろの組織のありよう,例えば無意識のうちに当然と考えられている仕事上の意思決定,文化や風土などと呼ばれるものの組織プロセスが顕在化したものである。この辺の事情はハインリッヒの法則で説明されることもある。1:29:300の率で「重症・死亡事故:軽症事故:事故にならない事故」があるという法則だ。一つの事故や失敗は,職場システムの潜在的な失敗を顕在化させたものである。
 リーソンのように事故や失敗を捉えるなら,それが心身の健康指標と相関するのだから,職場のストレス源は職場システムの潜在的な失敗にあるということになる。職場がうまく運営されていない,それがわれわれの事故やミスと同時にストレス源となるのだ。


V 職場メンタルヘルスの方法論

 仕事をしやすい条件にない,職場が思うように運営されていないことをストレス源とする従業員にとって,どんな対策をとればストレスが軽減しメンタルヘルスが良好な状態でいることができるのだろうか。ここでは「組織をよくする」ことで個人の健康を実現するという組織対応の方法を提唱したい。

 1 個別対応

 組織対応を検討する前に,病む個人を対象に不調者の少ない職場を実現する方法を検討しよう。個別対応とは,一人ひとりの従業員の問題に則して相談に乗り,アドバイスや健康指導をし,ときにはストレスコントロール技法を訓練するといった方法で,これらは産業精神保健の専門家(産業医,保健師,カウンセラー等)が得意とする方法である。この解説は彼らに譲ることにする。
 しかし,企業が不調に陥った従業員への個別対応をしなくていいと主張するものではない。それどころか企業は従業員の安全と健康を配慮する義務(安全・健康配慮義務)がある。病気の原因が個人的なものか職場のものかは判然としない。どちらに原因があろうとも病気に陥れば仕事のパフォーマンスは落ちる。つまりコストがかさむことになるので,企業も十分に個別対応をする理由がある。どちらが原因かという不毛な議論はやめて,具体的に次の対応をすべきだ。
 誰でも病気になることがある。したがってどんな組織でも病人は出る。病人があれば治療し,治れば職場に戻し働いてもらう。このサイクルが問題なく回っている組織が最終的には病人が減る(メンタル・ヘルス研究所2002)。このサイクルは,公衆衛生では3次予防とよばれるものである。精神疾患に限らず病は治りにくく,一度治っても再発の可能性は高い(IIで引用したゴールドブラットの病名リストを参照していただきたい)。つまりリスクの高い者を職場に戻せばますますリスクは高くなると考えがちだが,逆に実態は病人が減る方向に動くのだ。組織は1リスク+1リスク=2リスクとはならない。1リスク+1リスク+(病人を受け入れる,従業員に安心感を与える,コストに耐える組織になる,…)=リスク<2となる。本節のタイトルは個別対応としたが,現象的には個別対応であっても,組織をよくすることで効果が生まれていると考えられる。

 2 組織対応

 従来,健康と関連した職務の設計として二つの方向があった。一つは,アダム・スミス以来の分業の方向である。分業は熟練を生み,生産を効率的にすると考えられている。同時に,分業は分業どうしの協力関係を前提としており,人々の社会的連帯を強化するのだと説く者もいる(例えば社会学者のデュルケーム『社会的分業論』1893など)。一方,チャップリンの映画「モダン・タイムス」が描くような労働の非人間化は分業によるものとして批判する者もいる。人間関係論のメイヨーなどもその一人だろう。職務拡充(job enrichment)という用語も同様の文脈で用いられる。
 いずれの方向も,それぞれに理がある。要するにIVで考察したように,従業員に仕事ができる条件を提供することだ。仕事を細分化することも,拡充することも,その条件にかなえばよい。この学問分野の迷走をみると,この軸は組織対応の軸にはなりそうにない。ひとつひとつの職務が職場に織り込まれて健康を支える場ができあがる。職務の織り込まれ方で職「場」も変わる。職務も重要だが,職務に目的を与える職場のあり方はもっと重要ではないだろうか。
 (1)組織の実在
 人格障害という診断カテゴリーをつくるに功績のあったカーンバーグ(Kernberg 1998)は,無意識の精神ダイナミズムは個人ばかりでなく,グループや組織のレベルでも起こると説明している。患者の葛藤が病院内のそれと共鳴し,ときには患者の葛藤が目に見えない経営上の問題を明らかにすることもあると述べている。カーンバーグは,これらの経験をグループセラピーや治療的地域社会づくりに発展させていく。
 先ほどのヒューマンエラー研究の第一人者リーソンも,事故は個人に帰すものではなく組織の潜在的失敗の積み重ねによるもので,それを組織の事故とよんでいる(Reason 1990)。目には見えないが,組織を実在するものとして捉え,そのあり方を理想のものに変えていく,これが組織対応の目標である。
 ハッカー(Hacker 1994)は,カーバーとシェイアー(Carver & Scheier 2001)と同様の発想でアクション統制理論(action regulation theory)を職場の改善に適用しようとしている。ハッカーがいうように,職場における行動は通常想定される目的的行動と違って経済活動であり,科学技術を含む。したがって法に規制され,技術に制約される。労働は自由に行えるものではなく,基本的に強いられるものである。そんな絶望的な状況の中で道はあるのだろうか。ハッカーは,だからこそ職場を成り行きに任せてはいけないと説く。
 (2)組織目標の明確化
 図4は,A社70部門のJMI調査の結果である。「強迫」傾向の部門別平均値と「職場の目標・方針が理解されていますか」という質問の4段階評価の平均値をプロットしたものである。職場の目標・方針の理解度が低い組織は「強迫」傾向,心配なことがあって不安な傾向が強くなるという結果である。相関係数は0.505と高い。「強迫」ばかりでなく,「不安」0.400,「疲労」0.396,など心身の健康指標のほとんどと高い相関を示す。また職場領域の尺度のほとんどとも高い相関がある。「仕事の適応感」0.689,「仕事の意欲」0.575,などである。

図4 職場目標理解度と強迫傾向 r=0.505

 図4の「職場の目標・方針が理解されている」は一例にすぎない。そのほか「各人の仕事の範囲,責任が明解になっている」は組織目標ほどではないが心身の健康と職場のモラールに相関する。以上の結果からは,個人の職務目標を明確にするというより,職場の組織目標を明確にしたほうがメンタルヘルスにはよいことがわかる。絶望的労働から従業員を救う一つの方策は,今示したように組織目標を明解にし,成員が共有することだ。これはハッカーたちの発想と同じである。
 もう一つは,仕事を社会的に価値あるものとすることだ。価値評価のきっかけは何でもよいだろう。自分たちの売上で会社経営はもっているとか,難しい仕事をこなしている,他の誰もできない仕事をしている,売上が伸びている,縁の下の力持ちで会社を支えている,将来大化けするかもしれない,自分たちには技術力がある,などである。仕事の辛さを分かち合い,明日に向かって励まし合うこともよいだろう。
 ちなみに「仕事をつうじて自分の成長を感じる」に「はい」と答える職場は,組織目標の場合と同じく,心身の健康と職場のモラールに高い相関を示す。「強迫」0.428,「不安」0.435,「疲労」0.380,「仕事の適応感」0.675,「仕事の意欲」0.535,などである。
 比較のため,客観的労働条件として残業時間で相関をとると,「強迫」0.130,「不安」0.120,「疲労」0.351,「仕事の適応感」0.286,「仕事の意欲」0.112,などとなり,心の健康と職場のモラールには相関が低く,疲労のみに相関がある。残業時間も健康管理には大切なターゲットだが,もっと大切なものがあると理解できる。人のメンタルヘルスは物理的・客観的条件のみで決まるものではない。
 「職場目標の明確化」と「成長の実感」の相関は0.609と非常に高く,目標は何でもよいわけではなく,成長を促す価値のある目標でなければならないとわかる。
 職場目標が明確化できないということは,目標そのものが不明確なのか,それとも従業員に伝える方法に問題があるのか。価値を見いだしにくい職場はどうしたらよいのか。明確化は認知レベルのみでよいのか。つまり感情という側面を排除すべきなのか取り込むべきなのか。取り込むとすればどのようにしたらよいのか。問題は山積している。しかし,個人を超えた存在を洞察できる者にとっては,組織は単純な人の集まりではなく,仕事を軸に密接に編み込まれた関係性のネットワークであり,固有の特徴を持つ実在であることは容易に理解できるだろう。
 (3)組織対応への期待
 メンタルヘルス対策として通常考えられている方法,例えば福利厚生の充実,労働時間の短縮,職場内の交流機会の提供なども決して悪い方法ではない。特に人間関係の充実は普遍的な方法だが,先に考察したように人間関係は仕事がうまくいっているという評価の一部と考えてもよいものであった(IV1)。労働時間も先にみたように重要度は相対的に低かった(V2(2))。それに,保養施設がないからといってメンタルヘルスが悪くなるとは考えにくい。
 「職場目標の明確化」はチームとしての力が集約され,仕事の成果を上げることに貢献することと考えられてきた。それが今回の分析でチームのメンタルヘルスにも貢献することがわかった。それは不思議なことではない。なぜなら労働者が困っているのは,思うように仕事ができないということだからである(IV1, IV3)。目標が明確になり仕事がしやすくなれば,メンタルヘルスはよくなるし,仕事の成果も上がる。人々の健康と組織の効率の両面を実現できる方法だ。
 国の経済のあり方や組織のあり方が重要であることを前半(II, III)で述べてきたが,それらは労働者が直接に手を下すことのできる領域ではない。労働者にとって最も身近で切実な影響を及ぼすと考えられる職場をしっかり運営することによって,問題のかなりの部分が解決すると思える糸口が得られた。「職場目標の明確化」だけではないと思われるが,職場に手をつければ企業レベル,国レベルのメンタルヘルスも改善するかもしれない。そんな期待を込めて,メンタルヘルスの組織対応を推進すべきではないだろうか。

1)1977年,社会経済生産性本部にメンタル・ヘルス研究委員会が設けられ,メンタル・ヘルスの研究活動を開始した。次いで1980年より,メンタル・ヘルス研究委員会が独自に開発した「心の定期健康診断システム」の運用を開始する。そこで使われる健康調査ツールが,JMI(Japan Mental health Inventory),つまりJMI健康調査票である。このシステムを用い,今までに約220万人ほどの調査実績がある。
 JMIは,メンタルヘルスの質問紙として開発され,できるだけホリスティックに測定できるよう職場領域,身体領域,精神領域,性格領域の4領域の尺度群からなり,質問項目は400項目に及ぶ。この種の調査は,プライバシーの厳守が絶対条件で,自宅で記入し,密封して回収し,社会経済生産性本部のメンタル・ヘルス研究所でコンピュータ処理をし,その結果を各自の自宅に直送する。その結果を見て相談したい人は,電話相談と,全国主要都市の面接相談室を利用することができる。
 個人ばかりでなく,データを集団として集計し,組織健康度と呼び,組織のアセスメントも行う。そして,個人と同じく組織にも,組織的な対応の相談に応じている。JMIは,質問紙として開発されたばかりでなく,個人と組織のアセスメントとフォローアップを一体化したシステムとして機能している。このような方式は,諸外国に例を見ない。


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 いまい・やすじ (財)社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所研究主幹。主な著書に『メンタルヘルスのすすめ』(生産性出版,1996年)など。職場のメンタルヘルス・経済心理学専攻。