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「失業者は雇用者に比べて不幸なのか」という問題について、海外の実証研究の紹介を行った上で日本についての実証分析を行った。その結果、海外の実証研究では、所得水準やさまざまな個人属性をコントロールしても失業が幸福度を引き下げることが示されていること、著者による日本の実証研究においても同様の結論が得られることが示される。この結果が正しいとすれば、人々の主観的な厚生水準(幸福度)を引き上げるためには、失業者への金銭的な再分配政策を行うよりも、同額の資金で仕事を創出したほうが効果的であるという含意をもつ。
(論文目次)
I はじめに
II データ
 1 「くらしと社会に関するアンケート」
 2 『国民生活選好度調査』
 3 記述統計
III 推定モデルと推定結果
 1 「くらしと社会に関するアンケート」を用いた推定結果
 2 『国民生活選好度調査』を用いた推定結果
IV おわりに

Ⅰ はじめに

 失業者は本当に不幸なのだろうか。「失業が不幸なことは当たり前だ」というのが一般の人の印象であろう。ところが,市場均衡を前提とする新古典派経済学では,失業は自発的なものであると考えられてきた。仮に,賃金が労働市場を均衡させるように伸縮的に調整しているのであれば,働くことを選ばないで職探しに専念する失業者は,低い賃金で働くよりも職探しを続けてよりよい就職先を探すことを自発的に選んでいるのである。もし失業者が自ら望んで失業状態を選んでいるために失業状態にあるとすれば,そのような自発的な失業者は,所得水準が同じ雇用者と比較すると,働いていない分だけ雇用者のほうが失業者よりも不幸であるか幸福度の水準は変わらないことになる。
 しかし,所得水準などの他の事情が同じであるにもかかわらず雇用されている場合のほうが失業状態よりも幸福であるということであれば,失業を自発的なものだと考える新古典派的な経済学の考え方を修正する必要がある。また,失業が賃金の下方硬直性から生じるという考え方であっても,失業状態で高い所得水準がある場合と,その同じ所得水準で仕事をしている場合では,労働が不効用である限り,失業状態のほうがより高い効用水準にあるはずである。もし,雇用状態であることが金銭的便益とは別に人々に幸福感をもたらすのであればそれに応じて経済政策のあり方も変更が必要になる。たとえば雇用者の所得と同じになるように失業者に金銭的な補償を行っても,失業者の主観的厚生水準は雇用者よりも低いままである。その意味で,同じ金額を用いるのであれば,金銭的な補償を行うよりも失業者に職を与える政策を行うほうがより高い厚生水準を達成することができるのである。
 このように,失業が人々の幸福感にどのような影響を与えるかは,経済学的にも政策的にも重要な問題である。それでは,幸福感はどのように計測できるのだろうか。通常,幸福感は,意識調査によって計測されている。典型的には,「全体として,今あなたはどの程度幸福だと感じていますか。『非常に幸福』を10点,『非常に不幸』を0点,『幸福とも不幸ともどちらともいえない』を5点として,あなたは何点ぐらいになると思いますか」という設問に対する回答を用いる。
 経済学では伝統的にこのような主観的厚生水準については,個人間の比較が困難であるという理由で,理論的にも実証的にも分析の対象とはされてこなかった。しかしながら,「幸福度」や「満足度」の指標を計量経済学的に分析した近年の研究は,さまざまな個人属性や経済変数が幸福度に与える影響が非常に安定的であり,国際的にも共通していることが多いことを明らかにしてきた。例えば,Frey and Stutzer(2002)は,最近の幸福度に関する実証研究を展望している(注1)。その中で,多くの実証研究はさまざまな要因をコントロールした上でも,失業が幸福度にマイナスの影響を与えることを示してきた。
 失業が幸福度に与える影響は二つある。第1に,個人の失業状態や失業経験が幸福度にどのような影響を与えるかという問題である。第2に,マクロの失業率が幸福度にどのような影響を与えるかという問題である。マクロの失業率の上昇は,幸福度に二つのルートで影響を与える。失業状態にある人々の比率が増えることで社会全体で幸福な人の比率が低下する効果と,失業状態にない人にとってマクロの失業率の上昇によって失業不安が高まるという現象を通じて幸福度が低下するという効果である。
 Di Tella, MacCulloch, and Oswald(2001)は,ヨーロッパの12カ国の幸福度に関するミクロデータを用いて,失業状態,失業率およびインフレ率が幸福度に与える影響を分析した。彼らは失業状態にある人々は,雇用状態にある人々よりも他の要因をコントロールしても,不幸であることを示した。Clark and Oswald(1994)もイギリスのミクロデータを用いて分析し,失業状態にあることが,人々の幸福度を大きく引き下げることを明らかにしている。アメリカおよびイギリスのデータを用いたWolfers(2003)およびBlanchflower and Oswald(2004)も失業が幸福度に負の影響を与えることを示している。
 失業と幸福度の研究における問題点は,ほとんどの研究でクロスセクションデータが用いられていることである。クロスセクションデータによる分析では,失業と幸福度の間に負の相関関係があったとしても,失業から幸福度への因果関係を示しているとは限らないのである。例えば,不幸だと感じやすい人がより失業する可能性が高いという逆の因果関係によっても失業と幸福度に負の相関が生じてしまう。この問題点を克服する一つの方法は,同一の個人の幸福度の変化を利用することである。ドイツのパネルデータを用いて個人の幸福感に関する固定効果を除去して,失業が幸福度に与える影響を分析したのが,Winkelmann and Winkelmann(1998)である。彼らの研究の結果は,個人の固定効果を考慮したとしても,失業が幸福度に大きな負の影響を与えることを示している。つまり,平均的な人よりも不幸だと感じやすい人が失業しているために幸福度と失業状態の間に負の相関があったのではなく,失業状態への変化が人々の幸福度を低下させていたのである。
 失業が幸福度に与える影響は,失業者の置かれた環境によっても異なるのであろうか。例えば,失業率が高く,失業がごく普通のことであるような環境で失業するのか,失業が例外的な環境で失業するのかで幸福度に与える影響は異なってくる可能性がある。実際,イギリスでの研究の多くは,高失業地域における失業は低失業地域における失業より幸福度に与える影響は小さいことを示している(Clark and Oswald(1994))。Clark and Oswald(1994)は,失業率が高い年齢層である若年層や高齢層における失業は,失業率が低い30.49歳層の失業に比べて幸福度の低下効果が小さいという結果を得ている。ただし,ドイツのパネルデータを用いて分析したWinkelmann and Winkelmann(1998)は,失業によって最も不幸になる年齢層は若年層であることを示している。若年層における失業が当該個人にとって永続的なショックとなるのか否かが国によって異なってくることが結果の違いをもたらしている可能性がある(注2)。
 Di Tella, MacCulloch, and Oswald(2001)およびWolfers(2003)は,個人の失業の効果に加えて,マクロの失業率が幸福度に与える影響も分析している。その結果,マクロの失業率の上昇によっても個人の幸福度が低下すること,そして,その程度はインフレ率の上昇による幸福度の低下効果を上回ることが示されている。Wolfers(2003)は,失業率の変動も幸福度にマイナスの影響を与えることを見いだしている(注3)。
 しかしながら,日本において経済変数が幸福度にどのような影響を与えるかを分析した研究はほとんどない(注4)。本稿の目的は,日本のデータを用いて失業が個人の幸福度にどのような影響を与えるかを明らかにすることである。分析に用いるデータは,2種類のものを用いる。第1に,著者が独自に行ったアンケート調査である「くらしと社会に関するアンケート」(2002)である。この調査では,就業状態に加えて個人の幸福度を調査している。第2に,経済企画庁の『国民生活選好度調査』(1978.1999)を用いた。『国民生活選好度調査』では,幸福度を毎回調査している上,失業不安の有無に関する主観的な情報が得られる。推定の結果は,所得水準を同一にした場合であっても,失業者は幸福度が低くなり,失業不安は幸福度を引き下げることを示している。
 Ⅱでそれぞれのデータについて紹介する。Ⅲで失業が幸福度に与える影響に関する実証分析の結果を報告する。Ⅳで,結論と今後の課題を述べる。


Ⅱ データ

1 「くらしと社会に関するアンケート」
 幸福度と失業の関係を分析するために用いた一つめのデータは,著者が独自に行った「くらしと社会に関するアンケート」(2002)である。この調査は,著者が2002年2月13日から26日にかけて実施したものである。全国の20歳から65歳を対象に6000人を層化2段無作為抽出法で抽出し質問票を郵送した。総回収数は1943であり,そのうち有効回収数は1928(有効回収率32.1%)であった。設問を大まかに分類すると,日本経済について(所得水準の決定要因とその規範的評価,過去と将来の所得分布の変化,種々の再分配政策に関する是非など),回答者の経済状態について(現在の所得,資産,予想所得,予想インフレ率,失業経験,幸福度,階層意識),回答者の効用関数に関する質問(時間選好,リスク回避度),その他個人属性(性別,年齢,自分と親の学歴その他)などがある。
 クロスセクションデータを用いた幸福度研究の問題は,個人属性を完全にコントロールできないために,失業から幸福度への因果関係を排除できないことである。本データでもその問題は否定できないが,ここでは危険回避度に関する指標で個人属性をコントロールすることが可能になっている点が,今までの研究と異なる点である。
 危険回避度の指標としては,「ふだんあなたがお出かけになるときに,天気予報の降水確率が何%以上の時に傘をもって出かけますか」という質問に対する回答を用いている(注5)。この指標のメリットは,設問が多くの日本人にとって日常的で理解しやすいリスク環境を設定していること,回答が降水確率という単純な変数で得られることである。リスク回避度の指標としてしばしば用いられる「仮想的な宝くじに対する評価額」という指標では,回答者の所得水準,資産水準によって危険回避度が異なる可能性があり,同一レベルのリスクに対する回避度を正しく測定できない可能性や,仮想的な宝くじのリスクの程度を正しく評価できない回答者がいるという問題点がある。一方,本稿が採用した指標の問題は,雨に降られるという事象そのものが回答者に与える不効用の大きさは,年齢,性,所得などによって異なる可能性がある点である。しかし,多重回帰による推定では,それらの変数を含めることでその影響を取り除いた純効果を導くことができる。
2 『国民生活選好度調査』
 本稿で用いるもう一つのデータは,『国民生活選好度調査』である。『国民生活選好度調査』は,経済企画庁(現内閣府)によって毎年行われ,3年に一度時系列比較可能な調査が行われてきたものである。このデータでは,時系列的に幸福度について同じ質問を続けてきた。本研究では,1978年から1999年にかけての3年ごとの時系列調査年の個票データを用いる。『国民生活選好度調査』は,全国に居住する15歳以上75歳未満の男女を対象として,層化2段無作為抽出法により,訪問留置法で調査されている。サンプル数は,8時点合計3万人である。「くらしと社会に関するアンケート」では,1時点のクロスセクションデータであったため,マクロの失業率の変化が幸福度に与える影響を分析することができない。これに対し,『国民生活選好度調査』は,8時点のデータであるため,マクロ経済的な変化の影響を分析することができる。ただし,『国民生活選好度調査』では,求職状況についての質問を行っていないので,本人が失業していることが幸福度に与える影響は分析できない。しかしながら,「『失業の不安がなく働けること』が現在あなたの生活でどの程度満たされているかお答え下さい」という質問があり,それに対し「充分満たされている」から「ほとんど満たされていない」まで5段階の回答が得られるため,失業不安が幸福度に与える影響は分析可能である。本研究では,この質問に対し,「あまり満たされていない」および「ほとんど満たされていない」と回答した者を,「失業不安」をもっている人であると定義する。
3 記述統計
(時系列推移)
 図1に,『国民生活選好度調査』から幸福度の平均値の推移を示した。幸福度の平均は1987年に低下した後,その水準で推移し,1999年でさらに低下している。図1には,失業率と失業不安を感じている人の比率を示した。まず,失業不安比率と失業率は,ほぼ同じ動きをしていることがわかる。失業不安(あるいは失業率)と幸福度の間には,負の相関が観察される。
(幸福度の分布)
 「くらしと社会に関するアンケート」と『国民生活選好度調査』は,郵送法と訪問留置法という調査方法の違い,回収率の違いがあるため,幸福度の分布に差がある可能性がある。この点を確かめるために,両統計で幸福度の分布を比較しよう。図2に,「くらしと社会に関するアンケート」,図3に『国民生活選好度調査』の幸福度の分布を示した。図4には,『国民生活選好度調査』の各年の分布を示している。幸福度の分布の形状は,いずれの調査にも共通の特徴がある。第1に,幸福度の分布は「レベル5」の「どちらでもない」よりも右側に偏っていること,第2に,分布のピークは「レベル5」と「レベル7・8」の二つであり,「レベル6」と答えるものは比較的少ない。また,回収率が相対的に低い「くらしと社会に関するアンケート」であっても,幸福度を「レベル4」以下と答えている者も多く,幸福感を感じている者に回答が偏っているという可能性は低い。図4をみても,幸福度の分布の形状は時系列的に安定していることがわかる。
(失業と幸福度)
「くらしと社会に関するアンケート」の結果か
図1 幸福度と失業率・失業不安
ら,失業者・失業経験者・失業不安のある者の幸福度の分布と,それ以外の者の幸福度の分布を比較しよう。表1は,失業者とそれ以外で幸福度の分布を比較したものである。ここで,幸福度が以上を「幸福」とし,幸福度が4以下を「不幸」とし,5を「どちらでもない」とした。失業者は,無業者のうち求職活動を行っている者で定義した。失業者の約43%が不幸であると答えているのに対し,失業者以外では不幸であると回答しているのは,約8%にすぎない。逆に,失業者で幸福」であると回答しているのは約27%にすぎない。失業者以外のグループでは,「幸福」だと回答している者が過半数を超えるのと対照的である。表2は,過去5年間に失業を経験した者と,それ以外の者とで幸福度を比較している。過去年以内に失業経験がある者は,全回答者の約20%に達している。失業経験があると,現在失業している者ほどではなくても,幸福度の低い者の比率が失業経験がない者に比べて高い。過去5年以内に失業経験がある者は,約23%が「不幸」だと分類されるのに対し,失業経験のない人は約6%が不幸であると答えているだけである。失業不安も幸福度にマイナスの影響を与える(表3)。「これから2年以内に家族の誰かが失業
図2 幸福度の分布( 「くらしと社会に関するアンケート」)
図3 幸福度の分布『国民生活選好度調査』)1978-1999
図4 幸福度の分布の年次変化(『国民生活選好度調査』)
表1 失業者と幸福度
表2 失業経験と幸福度
表3 失業不安と幸福度
する可能性がある」と答えた人のうち,約16%が不幸であるのに対し,失業不安を感じていない人で「不幸」だと答える人の比率は約5%にすぎない。


Ⅲ 推定モデルと推定結果

 幸福度に影響を与えるのは,失業だけではない。本節では,幸福度を被説明変数にしたオーダードプロビットモデルを推定することで,さまざまな個人属性をコントロールし,失業要因が幸福度に影響を与えているか否かを検討する。
1 「くらしと社会に関するアンケート」を用いた推定結果
表4に,「くらしと社会に関するアンケート」の記述統計を示し,表5に幸福度の決定要因に関する推定結果を示した。第1に,個人属性が幸福度に与える影響については,海外での既存研究の結果と共通する結果が得られていることを指摘できる。すなわち,世帯所得・資産が高いほど幸福度が高いこと,女性のほうが男性よりも幸福度が高いこと,年齢については40歳前後で最も幸福度が低下することが観察できる。また,女性ダミーの係数の大きさと世帯主で女性という係数の大きさは,絶対値でほぼ同じであり符号が異なることから,女性であっても世帯主であれば幸福度は男性と変わらないことが観察できる。第2に,世帯所得,性別,年齢などの個人属性をコントロールしても失業・失業経験・失業不安は,幸福度に大きなマイナスの影響を与える。これらは,将来の所得上昇率に関する予想,危険回避度をコントロールしても影響を受けない。つまり,所得の変化率や世帯所得,資産などの経済変数が同じであっても,失業状態にあることや,失業経験をもっていること,失業不安をもっていることは人々の幸福度を有意に低下させているのである。第3に,危険回避度が高い人々は幸福度が低い。この点は,同じ不確実性に直面している人々であっても,危険回避度の高い人は,幸福度が低くなるという側面をとらえていると解釈できる。
表4 「くらしと社会に関するアンケート」記述統計
表5 「くらしと社会に関するアンケート」推定結果
表6 『国民生活選好度調査』の記述統計
2 『国民生活選好度調査』を用いた推定結果
 表6に『国民生活選好度調査』の記述統計量を,表7に幸福度に関する推定結果を示した。『国民生活選好度調査』では,調査対象者が失業しているか否かについての質問がないため,失業が幸福度に与える影響については分析できないが,失業不安に関する分析を行うことはできる。
 表7の結果から,次の点を確認することができる。第1に,モデル1から所得・年齢・性が幸福度に与える影響については,「くらしと社会に関するアンケート調査」と定性的に同じ結果が得られている。すなわち,所得が高いほど幸福度が高いこと,年齢は40代後半で最も幸福度が低くなること,男性よりも女性のほうが幸福であること高学歴者のほうが幸福であることなどである。また,近年の幸福度の低下は,所得水準や年齢をコントロールしても生じていることが,モデル1の年ダミーの動きで確認できる。
 また,モデル2からは失業不安を感じていたり所得や財産の平等が達成されていないと感じていると有意に幸福度が低下することがわかる。特に失業不安の幸福度低下効果は,世帯所得水準や所得上昇に対する予想をコントロールしても生じることに注目すべきである。所得水準が高くても,所得上昇が続くことを予想していても,社会に失業不安があることを認識していると幸福度が低下するのである。物価上昇感を持っていると幸福度
表7 『国民生活選好度調査』による幸福度決定要因
はマイナスの影響を,自らが健康であればプラス,ストレスが多いと幸福度はマイナスの影響を受ける。これらの意識変数をモデルに導入すると年ダミーの係数の低下幅は0.1ポイントほど縮小する。つまり,近年の幸福度の低下の原因は,失業不安や不平等感の高まりによって一部説明可能である(注6)。しかし,それでも最近の年ダミーの係数の低下は観察されるため,これ以外の重要な変数が日本人の幸福度の低下に影響を与えている。
 モデル3では,年ダミーの代わりに失業率を説明変数に入れたものである。失業率のデータは,8時点しかないために強い結果を導くのは危険ではあるが,失業率の上昇が幸福度にマイナスの影響を与えることがわかる。モデル4では,インフレ率と失業率の変数を説明変数に追加している。失業率とインフレ率の2次関数で推定すると,どちらも2次の項はマイナスになる。ここから,幸福度をピークにする失業率とインフレ率を計算すると,失業率は4.5%,インフレ率は3.3%となる。少ない時系列情報から失業率とインフレ率が幸福度に与える影響を判断するのは危険であると断った上で,2003年の失業率の水準から失業率がさらに上昇することは幸福度の下落要因になるが,3.3%までのレベルまでならインフレ率の上昇は幸福度の上昇要因になるという計算が可能である。


Ⅳ おわりに

 本稿では,幸福度の決定要因を二つの調査の個票データを用いて実証的に分析した。日本人の幸福度は,海外での先行研究と基本的に同じような要因で決定されている。所得や資産が多いほど幸福度が高い。年齢の効果は若年層で高く,40歳前後で最も低くなり,それより上の年齢では高くなる。女性の方が男性よりも幸福である。失業経験や失業不安は,幸福度を低くする。危険回避度が高い人々は,幸福度が低い。所得の不平等感をもっている人々は,幸福度が低い。日本人の幸福度は,1980年代後半以降大きく低下したが,その一部は失業不安の高まり,不平等度の上昇によって説明できる。
 特に重要な結果は,失業,失業経験,失業不安が所得水準などの経済変数をコントロールした上でも,日本人の幸福度にマイナスの影響を与えていることである。この結果が正しいとすれば,人々の主観的な厚生水準(幸福度)を引き上げるためには,失業者への金銭的な再分配政策を行うよりも,同額の資金で仕事を創出したほうが効果的でクションデータによる分析であったために,幸福度から失業への逆の因果関係や幸福度に影響を与える観察不可能な変数と失業との相関による係数あるということになる。本稿の分析は,クロスセのバイアスの可能性を排除することができない。今後は,パネルデータを用いて失業と幸福度に関する分析を進めていく必要がある。さらに,失業者が長期失業に陥った場合に幸福度はどのような影響を受けるのか,年齢別,地域別に失業の幸福度に与えるショックは異なるのか,といった分析が必要とされる7)。

(注1)Hamermesh(2004)は,主観的指標を用いた経済分析に対して批判的な展望を行っている。
(注2)Korpi(1997)はスウェーデンの若者のデータを用いて分析している。
(注3)マクロ経済変数と幸福度についてはDarity and Goldsmith(1996), Oswald(1997)を参照。
(注4)幸福度と不平等に関する研究として,大竹・富岡(2002, 2003)がある。
(注5)1-(回答)/100として%単位の変数をつくったので,リスク回避度が高いほどこの変数の値が大きい。
(注6)もっとも,幸福度という意識変数を不平等感や失業不安という意識変数で説明するのは,因果関係が特定できないという問題点がある。
(注7)「くらしと社会に関するアンケート」で,地域別,年齢別などの分析を行ったが,有意な違いは観察されていない。しかし,サンプル数が比較的少ないため,地域別の分析や年齢別の分析の信頼度は低い。

*本稿を作成するにあたって太田聰一,小原美紀の各氏ならびに関西労働研究会の参加者から有益なコメントをいただいた。また,本研究にあたって文部科学省科学研究費((B)(2)12124207,(C)(2)14530109),21世紀COE(大阪大学)サントリー文化財団,日本経済研究奨励財団から研究助成をいただいた。記して感謝したい。

参考文献
大竹文雄・富岡淳(2002)幸福度と所得格差」(2002年日本経済学会春期学会報告論文)。
大竹文雄・富岡淳(2003)「所得格差と経済厚生」未公刊論文。
Blanchflower, D. G., and A. J. Oswald (2004) ."Well-being over Time in Britain and the USA," Journal of Public Economics, 88.
Clark, A. E., and A. J. Oswald (1994) "Unhappiness and Unemployment," Economic Journal, 104(424).
Darity, W. Jr., and A. H. Goldsmith (1996) "Social Psychology, Unemployment and Macroeconomics," Journal of Economic Perspectives, 10(1).
Di Tella, R., R. J. MacCulloch and A. J. Oswald (2001) "Preferences over Inflation and Unemployment: Evidence from Surveys of Happiness," American Economic Review, 91(1).
Frey, B. S. and A. Stutzer (2002) "What Can Economists Learn from Happiness Research?" Jornal of Economic Literature, 40(2).
Hamermesh, D. S., (2004) "Subjective Outcomes in Economics," NBER Working Paper No. 10361.
Korpi, T., (1997) "Is Utility Related to Employment Status? Employment, Unemployment, Labor Market Policies and Subjective Well-being among Swedish Youth, "Labour Economics, 4(2).
Subjective Well-being among Swedish Youth," 4(2).
Oswald, A. J., (1997) .Happiness and Economic Performance," Economic Journal, 107.
Winkelmann, Liliana and Rainer Winkelmann (1998) "Why Are the Unemployed So Unhappy? Evidence from Panel Data," 65(257).
Wolfers, J., (2003) "Is Business Cycle Volatility Costly? Evidence from Surveys of Subjective Well-being," NBER Working Paper 9619.
おおたけ・ふみお大阪大学社会経済研究所教授。主な著書に『解雇法制を考える―法学と経済学の視点(増補版)』(共編著,勁草書房,2004 年 など。労働経済学専攻。