調査研究成果データベース

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全文情報
まえがき

序章 研究の課題と方法
 1.研究の課題
 2.研究の背景
 3.調査研究の枠組みと方法
 4.サンプルの概要
 5.本報告書の構成

第1章 調査結果の概要
 1.基本的な3つの課題
 2.高等教育入学までの経緯と高等教育経験
 3.職業への移行と初期キャリア
 4.大学知識と職業能力
 5.まとめと考察

第2章 日本の大卒者の移行特性をめぐる検討
 1.はじめに
 2.卒業後の状況と就職活動
 3.卒業4年目までの就業状況
 4.まとめ―日本・大卒者の移行をめぐる問題点の検討

第3章 在学中の就業・学習体験と職場における大学教育の評価
 1.分析の枠組み
 2.就業経験
 3.在学中の活動特性
 4.在学中の学習特性
 5.在学中の諸経験と大学教育に対する評価
 6.結論

第4章 大学教育と職業の関係
 1.問題と背景-日本では何がどのように論じられているのか?
 2.日本における「大学教育の職業的レリバンス」の問題の固有性-2つの側面からの検討
 3.結論と今後の展望-日本の大学の教育組織はどのように変わっていくのか?

第5章 高等教育終了後の継続教育訓練
 1.問題関心と分析課題
 2.継続教育訓練へのアクセスとニーズ
 3.職業キャリアと継続教育訓練‐職場主導か個人主導か
 4.能力と継続教育訓練-上乗せか補填か-
 5.まとめと考察

第6章 大学生の海外経験とその職業生活へのインパクト
 1.はじめに
 2.日本の高等教育国際化を理解する枠組み
 3.アンバランスな日本の高等教育国際化
 4.日本社会の認識はかわるか?

付属資料
 巻末統計
 調査票(日本版)
 調査票(マスターバーション)

序章 研究の課題と方法

1.研究の課題

 本書は、1998年から1999年にかけて、日欧12ヶ国の研究組織が共同で実施した高等教育修了3年後の学卒者を対象とした「高等教育と職業への移行」に関する調査の報告書である。
 ここでは、以下の通りに基本的な課題を設定する。すなわち、(1)1990年代の日欧の高等教育修了者は、入学前にどのような経験をし、そして在学中にいかなる学習を行いいかなる就業経験を積み上げているのか。(2)彼らは高等教育修了後にどのように職業生活へ移行し、キャリアの初期段階を経験しつつあるのか。そして(3)職業生活においてどのような能力・知識・技術・スキルが求められ、それをどのように獲得してきたのか、そこでは高等教育経験がどのように関連しているのか、すなわち大学知識と職業的な能力(コンペテンシー)との対応関係はどうなっているのか。
 これらの一連の問いに対して、そうした「高等教育から職業への移行」が、日欧各国の高等教育制度・機関と労働市場の特質によってどのように説明されるのか、また個々人の社会的属性等とどう関連しているのかを明らかにしようとするものであり、とくに日本側の関心からは、欧州諸国との共通性と差異性を検討しようとするものである。
 本調査研究は、こうした問題に答えるために日欧共通の枠組みによる調査を実施した。そのために、各国ごとの調査実施のための研究組織とともに、ドイツ・カッセル大学高等教育・職業研究センターのタイヒラー教授をコーディネーターとする日欧12ヶ国の国際研究組織を構成して、共通の枠組みを開発し調査実施した。日本側では、日本労働研究機構「大卒者の職業への移行国際比較研究会」(主査:吉本圭一九州大学助教授)が平成10~12年度の研究プロジェクトとしてこれに対応した。
 日欧全体の研究組織では、最終報告書を2001年夏に刊行する予定であるが、それに先立ち、本書において、とくに日本側研究会メンバーによる日本側の観点にもとづいた報告書を刊行することとした。

2.研究の背景

1)移行への社会的関心

 1990年代に入って以後、高等教育を含めて「教育から職業への移行」に関する問題が、先進諸国で大きな注目を集めている。
 わが国では、第2次ベビーブーム世代の到来を挟んで、1980年代末から1990年代にかけて高等教育機関の新増設ラッシュを経験した。欧州諸国でも、この時期、国際競争に対する人的投資政策が強調され、1980年代末から1990年代にかけて高等教育への進学率が上昇し、多くの国でいわゆる「大衆化」段階を経験しつつある。1991年の大学設置基準等の大綱化以後、大学教育における「課題探求能力」の育成などが強調され、インターンシップ導入などの職業的な関連性を意識したカリキュラム改革が各界から求められるとともに、大学・企業間の就職協定が廃止されたことも、こうした流れの中に位置づけることでより適切な理解が得られる。
 労働市場自体の変化も、日欧それぞれで顕著なものが見られる。1980年代まで、終身雇用を基礎とした日本的経営と、そのもとでの新規学卒労働市場を通しての円滑な職業への移行という「日本の強さ」が国際的にも関心を集めてきたが、1990年代に入ると、新規学卒採用、終身雇用と年功処遇等で構成された日本的経営の見直し議論が盛んに行われるようになり、しかもバブル崩壊を直接の契機として新規大卒採用が大幅に手控えられ、大卒無業の問題すら社会的な関心となるような事態の推移・展開が生じた。いまや、日本の大卒労働市場においても「無業」や「フリーター」問題が無視できなくなってきた。たとえば、初期の教育段階修了後、同一年齢コーホートの4分の1が無業を経験しており、無業対策として国立大学の改革が徐々に進展してきているが、そこに教育から社会への移行に関わるシステム全体の「包含性」に関わる問題があることが指摘されている(吉本2000)。
 経済サイドには、一方でこうした「高等教育拡大」にたいする労働市場の制約要因とともに、他方では、情報技術の広範な普及に伴う知識経済の発展、経済・社会的な国際化の進展のもとで、社会の人材ニーズが高度化しており、高等教育修了者の職業活動領域も拡大してきた。このことは、国際的に共通する動向であり、欧州の労働市場について補足すると、1990年代の当初から景気回復・上昇局面にあった国々が多いことも追い風となり、マクロ的には高等教育修了者の増加と連動した高学歴労働市場の順調な拡大が観察されている。
 しかし、ここでも、職業の内容についてそれが「学卒者にふさわしい職業」かどうかという意味では、多くの国々で「学歴の過剰」「学歴間代替」「学歴インフレ」に関する社会的な議論が巻き起こっている。

2)先行研究の動向

 ところで、こうした教育サイドと労働サイドにまたがる「移行」問題に対する実証的なデータを探すとなると、日欧ともに必ずしも十分ではない。特に日本においては、教育サイド、労働サイドそれぞれに広範なマクロ統計を整備しているにもかかわらず、「学卒者の移行」の輪郭を描くための情報は極めて限られている。
 近年こそ「無業者」「フリーター」に関わる焦点を絞った調査が、日本労働研究機構の研究等を通して実施されているが、日本の若者の「教育から職業への移行プロセス」を総合的に把握していく統計的、モニターリングを行うという政策科学的な研究ないし統計の体制が欠落しているのである。日本での大学卒業者の研究として教育サイド、労働サイドその両方の要因を視野に入れた研究は、日本労働研究機構が1990年代に行った「大卒者の初期キャリア研究」(日本労働研究機構1995ほか)などごく一部に限られている。
 他方、欧州においては、若者の職業への移行に関して、移行プロセスの長期性、不透明性、社会的な不平等、支援体制の脆弱さなどさまざまの問題が指摘されてきた実態があり、こうした問題に対応するために、いくつかの国では、さまざまの卒業者の調査研究、フォローアップ調査などが実施されている。特に近年、北欧諸国の場合には、行政が一体的に若年者の移行支援に取り組み、若者が教育や職業的な活動を登録することによる各種のフォローアップサービスを受ける体制が確立されつつあることが国際的にも注目されている(吉本1999)。

3)日欧の共通性と差異性への着目

 こうした問題関心や社会的な背景を踏まえて、日欧の研究者がそれぞれの各国における研究の必要性とともに、その比較の有用性を認識して、高等教育修了者の国際的な比較調査研究を始めることとなった。
 日欧の制度についての一般的な理解を対照的なかたちで示せば、日本で学歴・学校歴別労働市場があり、欧州で専門職業別労働市場が発達しているという。この点は、幅広く共通に理解されていることであろう(注1)。こうした文脈でみれば、今日、欧州では大衆化とともに専門分野と職業の対応関係の緩みが注目されているのに対して、日本では日本的雇用慣行見直しの下で訓練可能性よりも実質的な職業的能力への期待の高まりに注目する必要がある。つまり、日欧の制度が、その対極的な位置から次第に歩み寄り共通性を高めつつあるという可能性を、仮説として設定することが可能である。
 ただし、先に述べたような統計調査の環境のもとで、実証的な結果となると、必ずしも多くない(注2)。高等教育修了者の職業への移行とキャリア形成に関わる要因解明を行ううえで、日本の選抜性と欧州の専門性といった機械的な色分けで語れることには限りがある(Demes & Georg 編 1996,吉本1997参照)。日本にも専門性の重視される領域があり、欧州でも選抜性が重要な役割を果たす国や領域があることは当然である。どこに、共通性があり、どこに差異があるのか、学卒者のキャリア形成のプロセスを実証的に調査し比較することが求められるのである。
 また、グローバル化の進展とともに、「高等教育」と「職業」との間をつなぐ研究枠組みにおいても、比較研究の有用性は拡大している。1990年代前半期のOECDの「高等教育と雇用」に関する研究(OECD1993、Kaneko1993)は、まだ高等教育の拡大と雇用-失業というオーソドックスな教育経済学的枠組みを軸として研究が展開されてきた。これに対して、今日の人的資本に関する新たな関心の高まり(OECD1998)は、一方では知識経済などの発展によるとともに、他方で欧州連合などの動きに示されるグローバル化がその大きなインパクトとなっている。そこでは、そうした新しい時代における国際的な流通可能な職業的な能力(コンペテンシー)と教育経験を通して獲得される知識・技術等の関連性が注目されているのである。本研究の欧州側の研究資金自体(欧州委員会の「重点的社会学経済学研究Targeted Sociological-Economic Research」)がそうした欧州に共通に求められ、欧州内で障壁なく流通可能な「職業的能力」と「高等教育」のあり方を探るという高次の政策意図に沿った戦略的なものなのである。なお、1990年代の「移行」への政策科学的な関心は、高等教育からの展開とともに、他方で中等教育、職業技術教育の検討から形成されてきたものであるが、今日では「市民性citizenship」の獲得(注3)を含めた社会への移行支援に関わる「包含性inclusion」までを視野に入ってきた。そのためOECD(2000)の場合も、より教育制度・組織やカリキュラムの有用性を論じるアプローチをとっている。日本における「パラサイト・シングル」などの問題も、こうした幅広い「移行問題」のなかで国際的に比較研究に値する課題となっているのである。

3.調査研究の枠組みと方法

1)研究の枠組みと研究組織

 本調査研究は、上記の問題に答えるために日欧共通の枠組みによる調査研究を実施した。研究組織としては、各国ごとに高等教育修了者の調査を実施ししてきた国立の研究所や大学付属の研究センター等の研究組織を核として、ドイツ・カッセル大学高等教育・職業研究センターのウルリッヒ・タイヒラー教授をコーディネーターとする日欧12ヶ国の国際研究組織を構成した。その組織で共通の研究枠組みを共同開発し、調査を実施した。日本側では、吉本圭一が企画段階からインフォーマルにこれに加わっており、平成10年度からは、正式に日本労働研究機構「大卒者の職業への移行国際比較研究会」(主査:吉本圭一九州大学助教授)の研究プロジェクトとしてこれに対応した4)。
 日欧での研究全体の進展の状況は、表序-1に示すとおりであり、1995年に欧州での研究組織の基本的な輪郭が設定された。その時点で、「欧州高等教育コンソーシアム(CHER)」いう欧州地域における高等教育研究学会組織のメンバーのなかで、タイヒラー教授を中心として各国での高等教育修了者の調査に関わっている関係者が、共通に比較可能な調査の必要性を認識し、比較調査研究の企画を行い、グローバルな競争環境の中で欧州がより優位な立場を形成していくための欧州委員会「重点的社会学経済学研究」の研究資金に応募することとした。ただし、日本側は、その研究資金の性格から、公式メンバーとしての参加は原則上禁じられているため、別途研究の準備を行い、当初から企画参加の9ヶ国と異なる立場の準メンバー参加3ヶ国のひとつとして参加している。

表序-1 日欧の研究実施状況

 この研究計画は、1997年に再度の応募の結果採択されて、1998年から2000年にかけて実施された。学卒者に対する調査は1998年から後述するとおり実施され、国際比較のためのデータ整備を行った。
 日欧全体の研究組織では、最終報告書を2001年夏に刊行する予定であるが、それに先立ち、本書では、とくに日本側研究会メンバーによる日本側の観点にもとづいた報告書を刊行することとした。

2)調査枠組みと調査対象

 調査の枠組みとしては、図序-1の通りであり、高等教育から職業への移行プロセスと初期段階での雇用と職業に焦点をあて、「移行」成果を説明する要因としての「高等教育経験」「労働市場」 「社会的背景」、そして各国や地域の制度的背景要因を検討することとした。

図序-1 日欧調査研究の共通枠組み

 対象者は、国際的にまた各国の国内的に高等教育システムの根幹をなしているとされている学位レベルとしての「第一学位(The First Degree)」を1995年中に取得し、調査実施の1998・1999年時点で資格取得後3年を経過した者である。ここで「第一学位」とは、中等教育修了後の3年以上の高等教育機関での学修を前提とする最初の学位レベルを指しており、国によって「第一学位」の修業年限は大きく異なっており、各国の制度特質に応じて、「大学」だけでなく「その他の高等教育機関」を対象機関として含むこととした。これらの「高等教育機関」は、基本的に一括して取り扱われるが、分析的に、3,4年程度の「短期課程」と5,6年程度の「長期課程」という区別をすることも可能となっている。日本の場合、4年制大学卒業者(学位取得者:医学・歯学においては6年制を対象として含む)を対象として選択した。
 調査票の作成においては、表序-2に示す調査項目に沿って、共通の英語版マスター調査票を開発し、それを各国語へ翻訳して、各国が郵送法などによって調査を実施した。なお、各国調査票がマスター調査票と整合しているかどうかについては、第3者による点検を別途行った。

表序-2 調査項目

3)調査実施に係る合意事項

 具体的な、調査対象のサンプリング方法や調査方法等は各国によって異なるが、以下の共通原則を開発段階で確認して、各国の責任において、その原則を各国の事情に応じて適応するという形で実施した。すなわち、第1に、最終的に全国的な高等教育修了者の「代表性」を保証できるサンプルを選定すること。第2に、調査票は、共通に開発した英語版マスター調査票の各国語への翻訳版をもとに作成し、また各国独自の設問や項目を加えても良いが、最終的に項目のうち8割以上はマスター調査票に準じること。第3に、調査方法は、原則として郵送調査の方法を用い、少なくとも2回以上の調査票の送付(1回以上の督促)を行い、回収率40%以上を目指し、結果として回収サンプル3,000以上(うち500サンプルは各国の特別の研究関心に基づく対象選定によるものを含めてもよい)を確保すること(回収率が低い可能性がある場合にはサンプルを増やすこと)、であった。
 調査実施結果をまとめたものが表序-3であり、この種の郵送調査としては、きわめて高い回収率で3万5千を上回る有効回答を得ている。

表序-3 調査の実施・回収状況

 日本では、とくに次のような点に配慮をしながら、調査を実施した。すなわち、<1>国公私立別のバランス、<2>全国的な地域のバランス、<3>入試成績等にかかわる大学の選抜性や威信のバランスへの考慮である。これらは、全国50大学とその学部を選定する段階で配慮し、個別に大学に対して協力要請を行う段階においても、大学サンプルの追加・補充においてバランスを考慮した。
 サンプルの割り当てとしては、1大学平均2学部、1学部あたり200名を対象者選定の原則とし、単科大学等も含めて対象を設定し、個別に名簿の提供と調査協力の要請を行った。この過程で、文部省高等教育局学生課および日本私立大学連盟、日本私立大学協会には、多大なご協力をいただいた。
 なお、国際的な研究組織において当初の研究企画で重要な課題とされながら、最終的には予算の制約等により原則とならなかった点として、学卒後3年経過した対象者とともに、7~10年の年数を経過した対象者に対する調査の実施の課題があった。これに対しては、最終的に日欧12ヶ国のうち日本とオランダの2ヶ国がこの年長コーホートを対象とする調査を実施した。

4.サンプルの概要

1)日本調査における母集団とサンプリングおよび調査実施に関わるバイアスについて

 サンプルの代表性を検証するために、表序-4などの母集団-対象者-回収サンプルの関係を各国で検討した。ここでは、専門分野(ISCED分類を用いる)の代表性や地域の代表性等を機械的厳格に適用すると、最終的に分析可能なサンプル数が確保できない分野等が発生するため、規模の大きい経済学や工学などはサンプリング段階で一定の抑制を加えてある。こうした過程を各国について検討した結果、最終的に、日本側の調査プロセスの適切性とデータの代表性についても、他の各国の調査と同様に研究組織全体として承認された。

表序-4 日本の調査サンプル代表性について-専門分野・性別構成(全国構成との比較)

2)日欧のサンプル・プロフィール

<1>性別構成

 今日の日欧の高等教育への女子の進出を反映して、サンプル全体として対象者の性別構成をみると(表序-5)、女性の比率が男性の比率を上回っている。また、一般にこうした調査に対する回答傾向において、女性の回収率が高い傾向があることも、女子比率の高さに影響している。ただし、ドイツの55.9%をはじめ、オーストリアと日本で、男子比率の方が半数を超えている。逆に、フィンランドでは女性が60.4%を占めており、ノルウェー、イギリス、チェコ、スペインの順に女性比率の高い国が並んでいる。

表序-5 日欧回答者の性別構成

<2>専門分野別構成

 日欧各国のサンプルの専門分野構成(ウエイトづけしていない数字)をみると、表序-6のとおり9分類してみると、オランダの39.8%を筆頭に、チェコを除く11ヶ国で経済学・経営学を含む社会科学系がもっとも多くの高等教育修了者を輩出しており、チェコとフィンランドを除いて4分の1から3分の1を越すシェアを占めている。

表序-6 日欧回答者の専門分野構成

 次に多い分野が工学であり、フランス、イギリスを除いて2割前後のシェアをもっている。なお、チェコでは26.3%で社会科学系を押さえてトップの比率である。
 人文科学系も比較的多いけれども国によるばらつきが大きく、欧州ではイギリスで19.3%と大きい専門分野のシェアを有しているのに対して、最も少ないスウェーデンでは5.6%にとどまっている。なお、日本で22.1%と欧州のどの国よりも高い比率となっている。
 その他、スウェーデン、ノルウェーでは保健・医学領域が2割を上回る高い比率を有しており、イタリアでは法学分野が15.0%と大きなシェアをもち、フランスにおける数学の8.3%などもその国の高等教育の個性を反映していると見ることができよう。
 また、教育分野は、教員養成制度の国ごとの差異を反映している。チェコやフィンランドでは18%を越えるシェアを有しているのに対して、ほとんどこの分野で大学の寄与がないフランスの場合は0.1%(注5)となっている(グランゼコール)。
 ここで確認しているのはあくまでもサンプルの特性であり、各国の本来の高等教育システムの構成ではなく、ウエイトづけした専門分野構成はすこしずつ傾向が異なっているが、基本的には表の傾向と同じであるため、サンプリングから回収に至る「代表性」の確保ができていることが分かる。なお、オーストリアの初等教員のように制度的に高等教育の第一学位として教員を養成していないため単純に比較できない分野もあり、本研究におけるサンプルやサンプリング原則に関わる「代表性」に関する議論の余地が残っていることも指摘しておくべきであろう。

<3>年齢別構成

 表序-7でみるように、日本では、多くが、18~19歳で入学(入学年齢は入学年に誕生日を迎えた年齢)し、4年間(医・歯系は6年)の標準的な修学年数で卒業するパターンをたどっており、卒業時年齢は平均で23.4歳である。

表序-7 日欧対象者の高等教育入学・卒業年齢と在学年数

 欧州各国では、日本よりも入学・卒業における年齢の多様性が大きい。卒業時平均年齢は、フィンランドの29.4歳を筆頭にして、スウェーデン29.1歳、ノルウェーの28.5歳と北欧3国で特に卒業年齢が高く、オーストリアの28.2歳、ドイツの27.5歳、イタリアの27.3歳なども20代後半の卒業が平均的となっている。また英国のように、10代の高卒進学者と20代後半の社会人学生という異なるタイプの学生層を含んでいるため個人差(表でみる標準偏差が8年以上)が大きい国もある。
 他方、入学年齢で見ると、北欧のノルウェーの23.3歳、スウェーデン23.2歳、フィンランドの22.6歳など中等教育終了からの一定の年数を経て高等教育に入学することが一般的な国があるとともに、スペイン、チェコ、イタリアなどのように、日本と同様に中等教育終了直後に高等教育に進学する国もある。イギリスの場合も、先の標準偏差から読みとれるように、平均入学年齢は高いけれども、一定数は中等教育直後に進学している。
 卒業と入学との差をとってみると、イタリアの7.2年、オーストリアの7.0年など、卒業までの実際の在学年数が長い国もある一方で、イギリスのように平均在学年数が3.31年という日本以上に短期的に高等教育を通過していく国もある。

<4>高等教育機関・年齢類型別構成

 各国で卒業者の出身機関は、一般に「大学」と大学以外の「高等教育機関」として各国と国際的に認識されているものであり、以下の章での分析においては、基本的に、表序-8の区分による高等教育機関類型を用いることとする。ここで、「高等教育」とは、フランスの場合「グランゼコール(grande ecole)等の非大学型機関」をさし、ドイツでは「専門大学(Fachhochschule)等」、オランダでは「専門大学(HBO)」、ノルウェーでは「高等教育カレッジ」である。また、イギリスの場合、機関類型として「1991年以前までの旧大学」と「1991年以後ポリテクから昇格した新大学」とに区分することが承認されており、以上の類型を基本とする。なお、日本の場合、設置形態の違いを加味して「国公立大学」と「私立大学」の分類を用いており、また一部に選抜性に基づく独自の指標を追加して分析・検討を行っている。

表序-8 機関類型別の卒業生の年齢類型

5.本報告書の構成

 本報告書は、以下、第1章で調査結果の概要を示すが、ここでは「高等教育と職業」という共同の研究枠組みに関わる基本的な課題(<1>高等教育経験、<2>職業への移行とキャリア、<3>職業的な能力と大学知識)を、とくに日本の観点を組み込んで検討していく。
 第2章では、「職業への移行」のプロセスや「職業の実態」、「初期的なキャリア」について日欧の調査データの分析を行う。特に、日本的な関心からは「新規学卒採用の正規職員」以外の「移行プロセス」に焦点をあて、すなわち「期限付き雇用」や「パートタイム就業」などについて、日欧でどのような実態があるのか、それらがどのように選択されているのかを比較検討する。
 本報告書では、序章および第1章、第2章を第1部として設定しているが、これは国際データの改訂プロセスにおいて、最新改訂(2000年10月配布の第4次データを2001年1月末のシンタックスによって改訂)を反映させたものを用いた集計である。これに対して、以下の第2部は、2000年2月段階で配布された第2次データをもとに分析したものである。この第2次データの段階で日本側のデータ改訂・修正は原則として終了しており、各自の執筆の範囲内で国際データに関する整備を行って集計・分析したものである。
 第3章では、「大学知識と職業的な能力」についての理論的な枠組みを検討し、さまざまの高等教育での学習や経験と関連させて、大学で得た知識の有用性についてデータをもとに論じる。ここでの日本的な観点としては、「大学知識の無用性という社会的な認識」と「知識・技術の実質的な有用性」とをどう関係づけて論じるのかという点である。
 第4章では、「大学知識の有用性」を高等教育における専門分野と卒業生の専門的な職業分野との関係において比較検討したものである。社会科学系における「大学知識」の有用性に関する日欧共通に論じられる社会的な議論・課題をデータに沿って展開するとともに、日本の大学教育に固有の問題構造を探究する。
 第5章では、「継続教育訓練」の領域を扱い、高等教育修了者が職業的な能力の必要性に応じていかに「短期」「長期」の職業教育訓練を活用してきたのか、またそのニードがどのようなものであるのかを検討する。ここでは、主体的な職業教育訓練の活用と社会的なアクセスの機会を中心に検討を行う。
 第6章では、「国際化」の観点から、日欧の高等教育修了者が、高等教育入学以前、高等教育経験、卒業後の社会的な経験を通して、いかなる国際化に対応した能力を形成しつつあるのか、データをもとに検討する。特に、欧州統合という長期的で大きな社会的統合プロセスの中にあって日常的に国際的な変化の中にある欧州の高等教育修了者と比較して、日本の高等教育修了者の国際環境上の違い、高等教育制度の特質を踏まえて、彼らの経験を分析することに焦点をあてることとしたい。

【参考文献】
Hermut Demes und Walter Georg 編(1994)“Gelernte Karriere - Bildung und Berufsverlauf in Japan”, Deutschen Institute fuer Japanstudien der Phillip-Franz-von-Siebold-Stiftung
G.ジョーンズ、C.ウォーレス、宮本みち子監訳(1996)『若者はなぜ大人になれないのか』新評論
Motohisa Kaneko(1992)“Higher Education and Employment in Japan”,Research Institute for Higher Education,Hiroshima University
日本労働研究機構(1995)『大卒者の初期キャリア形成-「大卒就職研究会」報告-』
OECD(1993)“From Higher Education to Employment - Synthesis Report”
OECD(1998)“Human Capital Investment - An International Comparison”
OECD(2000)“From Initial Education to Working Life -Making Transitions Work-”
ウルリッヒ・タイヒラー(1996)「ドイツにおける教育・雇用研究の現状」『日本労働研究雑誌』No.431、72-84頁
Jean-Jacque Paul, Ulrich Teichler and Rolf van der Velden(2000)‘Graduate Employment and Work in Selected European Countries',“European Journal of Education”, vol.35, No.2, pp.141-156
山田昌弘(1999)『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書)
吉本圭一(1997)「大学教育と職業―大衆化に伴う大卒者の職業における変化と研究動向レビュー―」『九州大学教育学部紀要(教育学部門)』第42集、95-108頁
吉本圭一(1998)「学校から職業への移行の国際比較―移行システムの効率性と改革の方向―」『日本労働研究雑誌』No.457、41-51頁
吉本圭一(1999)「職業能力形成と大学教育」、日本労働研究機構『変化する大卒者の初期キャリア』、142-166頁
吉本圭一(2000)「国立大学における学卒無業と就職指導体制」『九州大学大学院教育学研究紀要』第2号、39-56頁

(注)
(注1)ドイツと日本の研究をレビューして、タイヒラー(1996、83頁)は、「日本では最終学歴と職業上の地位の関連が重要視されてきた。『学歴社会』という用語さえ成立し、その重要性が証明されている。就職前にそれでは何を勉強するのか、どのようにそれを職業生活で利用するのかは労働と職業に関する研究において二義的である。それも当然であろう。日本の企業は『素材』として採用するという。ドイツでは、職業教育ないしは大学での勉学を通じて能力の将来の発展性はすでに方向付けられてしまっていると想定する。教育歴と職業上のステータスの相関はドイツでも興味ないとは言わないけれども、学習内容と職務の相関の方がずっと重要と見るのである」と指摘する。
(注2)「移行」に関する比較研究は、OECD(2000)や吉本(1998)で紹介するように量的には少なくない。しかし、各国で別々に実施されたミクロな全国調査データを個々に分析して比較するというアプローチについて、OECD(2000)は、定義の一貫性や時代的な整合性などが問題であると指摘する。他方、マクロな統計データを用いた国別比較などの試みもあるが、Paul,Teichler & van der Velden(2000)が総括しているように、指標が限られるため、理論的な関心を適切に分析に分析に結びつけにくいという困難が残されている。
(注3)社会への移行の課題は、近年の少年法改正、「成人」のあり方、そして「パラサイトシングル」などの議論と連動するものであり、先進諸国に共通する側面も指摘されている(山田1999、ジョーンズ&ウォーレス1996参照)。
(注4)なお、日本側では、「大卒者の職業への移行国際比較調査研究会」とともに、九州大学教育組織社会学研究室が組織した「高等教育雇用研究会(科学研究費基盤B:研究代表・吉本圭一)」においても欧州側との協力関係を結び、大卒8~10年後の対象者の調査を実施している。
(注5)フランス側では、多様な大学外の高等教育機関があるため、技術的な観点からそのすべてをサンプルに組み込んでおらず、教員養成の分野もそのひとつである。


第1章 調査結果の概要

1.基本的な3つの課題

 本章では、日欧比較調査の結果についての次章以下での個別テーマごとの詳細な分析に先だって、基本的な結果の概要を示すことにするが、ここでは<1>高等教育経験、<2>職業への移行とキャリア、<3>職業的な能力と大学知識という3つのテーマ、基本的課題に沿って結果をみていくことにしたい。すなわち、本調査研究の基本的課題を、あらためて設定・確認しておきたい。

 <1> 高等教育経験の多様性、特に就業体験との関連で

 欧州における高等教育の大衆化は、欧州大陸諸国の伝統である学生の多様性と大学間の移動、とくに学生の年齢構成や学習・就業経験に関わる多様化を、一段と推し進めているのではないか。他方、日本において、ユニバーサル段階の指標ともいうべき社会人など年齢や経験面での学生層の多様化は遅々として進展していないことが指摘されている(吉本1999a)。
 こうした学生層の差異は既存統計資料からは十分に解明されえないところであり、国際的比較調査の観点から大卒者の経験の特質をより明確に把握することができる。特に、職業的な準備教育、高等教育改革にそれぞれどのような課題を投げかけるものであるのか。また欧州における高等教育在学中の多様な体験は、大学が大衆化の課題に応じた教育活動に向けて組織的に準備している性格のものであるのか、それとも、個々の学生が高等教育段階での学習を自由に選択できるシステムを通して結果的に拡がっているものであるのか。日本において、大学外での学習経験や就業経験を、いかに大学での教育活動と連動・接続させていくかという今後の課題に答えていくために、こうした観点での比較検討を行いたい。

 <2> 職業への移行の円滑さと支援システム、初期キャリア

 戦後日本においては、官公庁だけでなく民間企業においても、広範に新規学卒定期一括採用の慣行が成立しており、このため、とくに私立大学を中心として大学を通しての組織的な就職のためのガイダンス等の支援が編成され、展開されてきた。しかし、1990年代のバブル経済とその崩壊の過程を通して、新規大卒労働市場がゆらぎ、大学組織のガイダンスの役割もまた徐々に変わりつつあるように見える。
 とくに、1998年の就職協定の廃止はこうした揺らぎの結果でもあり、またさらなる揺らぎの震源とも考えられる。こうした環境のもとでインターンシップなどの体験的学習要素が重視されつつあり、大学のガイダンス機能の新たな方向での充実が求められている。
 これに対して、欧州においては、日本のような学卒者の就職に関わる制度的慣行を広範にみることはできないけれども、エリート型の古典的大学と専門職労働市場が対応しつつ、大学外の高等教育機関が技術的職業にかかわる変動する労働需要に対応するという図式がながらく通用してきたと見られる。しかし、今日では、新たに創設された非大学型高等教育機関がその実社会対応性の面から次第に魅力を高めていき、大学・非大学間の伝統的な機能的分担が崩れて行きつつあるのではないか。こうした過程で、古典的な大学においても、学生の就職指導などを含めたガイダンス活動の充実が課題として認識されるようになってきた。欧州内でも、学生層の特質と関連してガイダンス機能の整備の実態には大きな差異が見られる。
 大学卒業者がどのような面で各大学のガイダンス機能を活用しているのかを、日欧で比較検討することとしたい。

 <3>大学知識と職業的な能力

 大学で身につけた知識技術は、職業生活においてどのような有効性をもつのであろうか。
 このことは、「就職-失業」といった問題とは異なる視角から、大学教育の効用を問うものである。日本では、大卒者の就職時の選択と企業における採用選抜の双方において、大学で学んだ専門性の領域やそこでの到達度があまり考慮されないということが、社会一般に広く信じられてきた。他方、欧州において信じられてきたことは、高等教育機関で学習する専門的な領域とその達成度が専門的職業への参入の不可欠の条件であり、また十分条件であるというものである。
 こうしたそれぞれの見方は、高等教育の大衆化・ユニバーサル化という新たな段階で生じてきた大学知識と職業的能力の対応に関する課題を前に、ごく一面的であることが次第に認識されつつある。日本においても、「課題探求能力」などの提言に込められているように、大学の専門的な教育の充実が社会から期待され、大学も対応していこうとしている。欧州でも、狭い範囲の専門性が技術革新の早い時代に必ずしも対応しないため、より潜在的なあるいは総合的な能力の形成が求められ、それらが職業能力(コンペテンシー)をめぐる活発な議論につながっているとみることができよう。
 すなわち、大学知識と職業的な能力の対応性に関する、社会の期待・見方が、日欧で、むしろ次第に共通の焦点化の方向を辿っているのではないだろうか。大卒者が大学知識の有用性をどう認識し、どのように活用しているのか、またどんな必要を感じているのか、これからの知識社会・学習社会の課題にどのように対応しようとしているのか、調査結果を検討したい。

2.高等教育入学までの経験と高等教育経験

1)欧州での高等教育入学・卒業年齢の多様性

 序章のサンプルプロフィールですでに紹介・指摘しているとおり、日本では若年期の短期間で高等教育経験を終了しており、その点の標準的な学生プロフィールにおいても欧州と対照的である。つまり、日本では、多くが、18~19歳で入学し、4年間(医・歯系は6年)の標準的な修学年数で卒業するパターンをたどっており、卒業時年齢は平均で23.4歳である。
 これに対して、欧州各国では、日本よりも入学・卒業における年齢の多様性が大きい。1995年卒業者の卒業時平均年齢は20代後半の国が多く、また英国のように、10代の高卒進学者と20代後半の成人学生という異なるタイプの学生層を含み個人差が大きい国や、イタリア、オーストリアなどのように平均的に在学年数が7年に達している国などがある。

2)欧州における入学までの多様な経験

 高校卒業などの大学入学資格取得後に大学入学する前までの活動経験をみると、表1-1の通り、日本の場合、主に高校卒業(大学入学の基礎資格取得)後の活動としては、予備校在学経験とアルバイトである。それぞれが、欧州側カテゴリーの「教育訓練」あるいは「就業体験」に包含されうるのかどうか、多様な把握の方法があるだろうけれども、日本では欧州諸国と比較して、入学前の就業体験の少なさを読みとることができる。職業的体験のほとんどはアルバイトで、かつ2割前後である。もっとも、このことは欧州側で大学生の入学年齢の幅が広がっていることと関連しており、入学年齢が高い場合に、それに比例してそれまでに職業経験等を積んでいる可能性は高くなるはずである。

表1-1 入学前の活動経験

 ともあれ、欧州では、就業経験を持つ割合が男女とも3割をこえており、教育訓練は1割強の経験率にとどまっている。また、兵役経験者も男性では4分の1に達しており、欧州では多様な背景を持った学生が入学してきていることがわかる。
 入学前の海外経験についても、日本の場合、国際化の流れの中で、95年卒業者では「教育・訓練を受けた」者の割合が2.0%まで増えている(注1)ものの、それでも欧州と比較して少ない(表1-2)。

表1-2 入学前の海外経験

3)日欧の高等教育における教育内容・方法における優先度と改革課題

 表1-3から、大学での学習内容や方法に対する大学側の重視度をみると、日本において重視されている比率が高い項目」は、「理論や概念の学習」「卒業論文・卒業研究の作成」などであった。
 欧州で評価が高い項目としては、「理論や概念の学習」や「自学自習」があり、「現実の課題に即した学習」や「専攻分野や授業の自由な選択」についてはむしろ日本で評価が高い。つまり、欧州の高等教育機関では、日本以上にアカデミックな志向が強い点を指摘できる。
 昨今の大学教育改革で焦点が当てられている課題である「コミュニケーション能力の取得」「在学中の就業体験」については、日欧ともに、これまであまり重視されてこなかったことがわかる。ただし、これはあくまでも卒業者の目から見た主観的でかつ相対的な評価であり、「就業体験」等の全体的な量については、後ほど触れるように、日本と比較して欧州ではるかに充実している。つまり、卒業者の「準拠枠組み」次第で評価は変わりうることに留意しておきたい。

表1-3 大学教育で重視されていたもの

 次に、大学の教育条件整備の現状、学習環境に対する評価を18の項目でたずねものが、表1-4である。表から明らかなとおり、日欧ともにもっとも評価の高いのは「図書館の整備状況」であり、低いのは「研究プロジェクト参加」「大学運営への学生参加」「企業実習機会の提供」「教員との接触機会」である。日欧で、学生が大学内での「お客さん的な位置づけ」に対して必ずしも高く評価していないことを示している。
 日欧の比較の観点でみると、日本では、「卒業論文・卒業研究への指導助言」の評価が評価の高い項目で第2位に入っており、これは欧州ではむしろ評価の低い項目となっている。他方、「学生同士が交流する機会や場」「授業方法の工夫」などについては欧州側の方が日本側よりも高いレベルの評価となっている

表1-4 学習環境に対する評価

4)欧州で多い、在学中の学習時間

 高等教育機関での学習のもっともシンプルな指標は学習時間であろう。ただし、在学年数の違いや授業期間と休業期間の設定の違いなどを考慮する必要があり、結論するのは容易ではないが、表1-5では、学期中(授業開講期)の勉強時間は、日本では週平均27.2時間であるのに対して、欧州では36.6時間となっており、日本より3割以上学習時間が多い。授業期間外の学習時間も同様の傾向があり、日本の学生は欧州と比較して学習時間が少ないということになる。

表1-5 学期中の平均勉強時間(総計)

5)在学中の就業体験・海外体験に大きな落差

 在学中の就業経験をみると、表1-6のように、日本では学期中のアルバイトを含めた場合に授業期間中も休業期間中もそれぞれ8,9割が経験しており、欧州では講義期間中の仕事経験は少なく授業期間中が4割、休業期間中でも5割にとどまっている。日本で、大卒者に「就業体験が不足している」というのは、このように時間的に見るかぎり欧州と比較して必ずしも当てはまらないことが確認できるであろう。

表1-6 在学中の就労等経験1 -アルバイト経験

 しかし、大学を一時的に休むなどして行った就業体験や海外経験となると、日本では例外的であり、欧州ではそうした経験の方が一般的である。すなわち、欧州では、4割近くの大卒者が大学の専門に関連する就業経験をもっており、インターンシップ等の職業実習も3割を越えている(表1-7)。

表1-7 在学中の就労等経験2 -大学を一時的に休んでおこなったもの

 さらに、在学中の海外経験の比率は、日本ではまだ1割に達していないのに対して、欧州では日本の倍以上、卒業者の2割近くに達している。なお、海外経験の目的として日本では学習目的のものにほとんど限られるのに対して、欧州では、学習目的も多くあるけれども、それだけではなく他方で労働実習なども1割を越えている(表1-8)。

表1-8 在学中の海外経験

 このように「就業体験」は多様な形態で獲得される。大学が組織しあるいは指導した「職業体験的な学習」や、学生個人が自ら自発的に選択して経験した「就業活動」(アルバイトを含む)を含めて、在学中の就業体験が在学した高等教育機関での専門分野の学習とどのように関連していたのか、その評価を求めた結果が表1-9である。

表1-9 在学中の就業体験と大学での学習内容との関連性

 得点の高い方が、関連性を高く認識していることになるが、もっとも高く評価しているのは、フィンランド、オランダ、ノルウェーの卒業者であり、もっとも低く評価しているのが日本である。日本に近いのは、イギリス、イタリア、スペインである。

3.職業への移行と初期キャリア

1)欧州における専門職就職、日本における昇進

 表1-10は、大学卒業後3年を経た段階での職業である。
 有業者の比率はどこでも8、9割で同じ程度であるが(注2)、有業者の中では、欧州では圧倒的多数が「専門的職業」に就職しているのに対して、日本では専門的職業の比率は男女ともに低く、「事務的職業」「サービス職および販売職」の比率が高い(表1-10)。ただし、日本でも昇進等を通してこうした職業的地位へと移動するという日本的なキャリア形成の特質は、卒業後の年数の長い卒業者の調査からよみとることができる。

表1-10 現在の職業(国際標準職業大分類)

2)欧州での遅い就職活動開始

 日本では8割前後の卒業者が就職活動を行い、その95%以上は卒業前に始めている。
 一方、欧州では就職活動をした者の比率自体は日本と比較してやや低い程度である。しかし、その活動開始時期の内訳をみると、卒業前から始めた者は4割に満たず、卒業後から始めた者も3割近くであり、大きな差異がある。欧州内でも国ごとの違いが大きく、スウェーデン、ノルウェー、英国、ドイツでは、就職活動を卒業前に始めた者が多くなっている(表1-11)。

表1-11 就職活動の開始時期

3)日本でも多様化した就職活動

 就職活動の経路としては、日欧ともに、求人情報誌など各種の求人情報を活用する者が7割以上となっている(表1-12)。九州大学調査(1988-90年卒)の結果と比較して、日本でも1990年代の不況を反映して、95年卒の方がより多く「求人情報誌等」を活用するようになっている。逆に、「会社からの誘い」を受けた比率は、近年明らかに減少している。

表1-12 就職活動の方法

 欧州と比較すると、大学の就職部利用や大学の先生との相談は、日本できわめて一般的である。日本の中でも、その就職指導の組織を積極的に使う程度は、大学や専門分野によって大きく異なっている。国立と私立に分けると、文科系の場合には圧倒的に私立大学である。
 このことは、図1-1で、高等教育機関の類型および年齢類型別に、大学組織による就職指導のサポート活動を活用している比率を示したものからも明らかである。文科系の私立大学卒業者は74.9%が就職部を活用しているのに対して、国公立大学卒業文系では41.4%であり、この比率はイギリス旧大学の若年卒業者の就職指導組織利用48.2%よりもむしろ低くなっている。つまり、図からあきらかなように、若年学生は、一般に何らかのサポートが必要であり、現実にも、大学がそうした組織等をもち、卒業者がそうしたサポートを活用している傾向にある。そしてその典型が、日本の私立大学である。イギリスの旧大学でも伝統的に組織的な支援をしており、フランスの大学外の高等教育機関の若年修了者の場合も同様である。
 欧州では、求人を確認せずに会社に接触した者も半数を超えており、就職活動に大学が関与する場合は少ないが、国による違いも大きく、英国などでは大学組織の役割が大きい。
 「縁故」や「公共職業安定所」「民間の職業紹介機関」等の利用は、欧州の方が多く、差異点のひとつでもあるが、日本の大卒者も、最近就職した95年卒ではこうした活用が拡大しており、欧州型の多様な就職活動を行う傾向がみられる。

図1-1 大学支援の就職活動利用

4)学卒後の初職獲得までの無業期間の過ごし方

 日本で、高等教育修了者が上記のようなプロセスをへて円滑な職業への移行を達成しているのに対して、欧州では卒業後初職を獲得するまでに一定の無業期間がある。
 表1-13は、日欧の高等教育修了者について無業期間の過ごし方を調べたものであるが、欧州では、家族や配偶者のいる地域で働くことを検討した者が3割と多く、また海外で働くことも2割を上回っている。このように、欧州の高等教育修了者が何らかの地域移動をキャリア設計の上で意識していることが分かる。いずれにせよ、高等教育修了から職業への移行までの段階での幅広い選択肢と多様なサポートを活用するのが欧州の高等教育修了者の移行特性である。

表1-13 無業期間の過ごし方

5)欧州での高い職業満足度

 日本大卒者の5割強が現在の職業生活に「とても満足」「やや満足」と回答しているが、特に就職後の期間が短い本サンプル(95年卒)では満足度は低くなっている。欧州諸国の該当比率7割と比べると、日本の大卒者で職業生活への満足度が低いことがわかる(表1-14)。

表1-14 職業の満足度

6)日本の大卒者の高い年収

 大卒者の年収をみると、平均年齢で欧州よりも約3歳若い日本の大卒男性は392万円、大卒女性304万円であり、欧州では平均年収は男性360万円、女性283万円であり、日本の方が若くしてほぼ1割多い年収を得ている。
 欧州内での個人間の分散、国ごとの差異も大きい。もっとも高いノルウェーともっとも低いチェコでは、平均年収に約5倍の開きがある。日本よりも高い年収(男性の場合)を得ているのは、ノルウェー485万円をはじめ、ドイツ、オーストリア、フィンランド、英国である(表1-15)。

表1-15 現在の年収(税込み:すべての仕事の合計)

4.大学知識と職業的能力

1)日本での仕事能力の必要性の高さ

 仕事で必要とされている能力・知識・技術について36項目を設定してたずねたところ、日欧の対象者とも、「問題解決の能力」や「コミュニケーション能力」をはじめとして、36項目中のほとんどの項目で、5段階尺度の中間値3点を上回っており、仕事の場で様々の能力が求められていることがわかる。
 欧州と比較して、日本の大卒者の方がより強調している能力は、「仕事への適応能力」、「体や手先を使う仕事の技能」や「ものごとを経済的観点から理解する考え方」など20項目であり、欧州の大卒者の方がより強調しているのは、「独力で仕事ができる能力」「自分の責任で決定を下す力量」「学際的な知識や考え方」などの16項目である(表1-16)。

表1-16 職業で必要とされる能力・知識・技術・態度

2)日本で低い大学知識・能力の自己評価

 これに対して、大学卒業時点までに修得していた知識・能力・技能について同じ36項目で卒業者に自己評価してもらうと、日本の大卒者でもっとも評価の高かった回答は「誠実さ」「集中力」「ものごとに没頭できる能力・資質」などであり、反対に評価が低かったのは「外国語の能力」「コスト感覚をもってものごとに対処する能力」「交渉能力・折衝能力」「コンピュータを扱うスキル」である(表1-17)。

表1-17 大学卒業時点までに身につけた能力・知識・技術・態度

 欧州では、ほとんどの項目で日本よりも能力修得に関する自己評価が高い。とくに差異が大きい「独力で仕事ができる能力」の項目をみると、欧州では、36項目中第2位、平均値3.95であるのに対して、日本では2.97(第26位)と約1ポイントの違いがある。全体的に見ると、独力で仕事をマネジメントする際の能力に関する評価に違いが見られる。なお、大卒時の修得能力の自己評価が、中間値(3点)を上回った項目数は23項目であるのに対し、欧州では30項目ある。

3)大学知識と仕事で必要な能力との乖離

 必要度と修得度を比較すると、日欧で共通する面も多い。仕事での必要性が高く、卒業時点の自己評価が低い項目は、日欧とも「交渉能力・折衝能力」「計画立案・調整・組織化の能力」「コンピュータを使いこなす技能」などである。
 卒業時の評価は高いが、仕事での必要性が低い項目は、日欧共通で「からだや手先を使う仕事の技能」「特定の分野に関する理論的知識」「学習能力」「外国語の能力」などである。

4)年齢と相関する、大学知識の仕事への活用度

 大学で獲得した知識・技能を仕事でどのくらい活用しているかをみると、日本では「頻繁に使っている」「かなり使っている」を合わせて、男性21.4%、女性24.6%(「無回答・その他」は母数から除外し「現在の仕事には高等教育の学習内容は無関係」は母数に含めた計算)である(表1-18)。

表1-18 大学で獲得した知識・技能の活用度

 欧州では、男女とも5割近くの者が、大学での知識を比較的活用していると回答している。日欧の国単位で卒業者の平均年齢と大学知識の活用度との相関をとっても、大卒者の年齢が高い国ほど卒業者の大学知識活用度が高い有意な傾向がみられた(図1-2:12ヶ国の相関係数は0.761)。

図1-2 大卒者の年齢と大学知識の活用度

5)学歴と仕事の対応度と不対応の理由

 つぎに、個々の大学知識というよりも、総体としての学歴資格が現在の仕事と対応しているかどうか、高等教育修了者にたずねてみると、表1-19のとおり、欧州側でも仕事と学歴との不対応を認識している者も多い。もっとも対応性が高いのは、ノルウェーであり、半数以上の男女が自分の学歴と仕事は「完全に対応している」と答えており、フィンランド、チェコ、オランダでも高い比率となっている。しかし、逆にスペイン、フランスでは日本の大卒者と同程度の対応性の評価をしており、特に、フランス、スペイン、イタリアの女性では日本以上に仕事と学歴の不対応を意識していることが明らかである。

表1-19 仕事と学歴の適合度

 そこで、大学教育と対応した仕事につかない場合の理由をみると、日本の大卒者では、「安定している」「仕事がおもしろい」のほかに、「希望する地域での勤務が可能」など仕事外的な生活条件もあげられている(注3)。これに対して、欧州では、「仕事がおもしろい」「学歴に見合った仕事が見つかっていない」「この仕事をすることでキャリアの展望が開ける」「高い収入がえられる」など職業キャリアに直接関連する理由が多くなっている(表1-20)。

表1-20 大学教育と対応しない仕事を選ぶ理由

6)日本で高い、教育訓練への必要性認識と職業能力開発の選択肢としての大学院

 日本では、大卒者の半数が、リフレッシュ教育などの「今後の教育訓練の必要性」を「とても感じる」と回答しているのに対して、欧州では、対応する「とても感じる」比率が男女とも3割に満たない(表1-21)。ただし、ここでも欧州内の国ごとの差異は大きく、オーストリアの高等教育修了者は男女とも7割が今後の職業教育の必要性を感じており、これは同国の大学卒業者のほとんどが専門的・管理的職業で就職していることと関連づけてみると、専門性のブラッシュアップの必要性が高く意識されているのではないか。
 職業教育訓練の実態のほうをみれば、企業内外での固有の教育訓練への参加経験率は、長期プログラムについては日本2割台、欧州3割台と大きな違いはないものの、短期プログラムでは日本で2割前後であるのに対して、欧州では5割を越えており大きな開きがある。なお、ここでは、格別に名称を付さず企業内で実施されているOJTなどが卒業者のアンケート回答に含まれていない可能性があり、解釈には注意が必要であろう。

表1-21 今後の教育訓練の必要性の認識

 また、日本での今後の「リフレッシュ」「ブラッシュアップ」教育・訓練の場としての「大学院」活用について、明確に「希望する」と答えている者は5%前後であるが、「関心はある」という層もふくめれば、学卒者の4割以上に達しており、生涯学習・継続教育への関心の広がりが注目される(表1-22)。

表1-22 大学院での再教育の希望

5.まとめと考察

1)日本と欧州との2つの職業への移行モデル

 本章での知見について若干の考察を加えてみると、日本における「大学知識の無用性」「卒業者の職業的準備の不足」などと指摘される問題点は、欧州内でも比較的卒業年齢の若い高等教育修了者を輩出する制度を持つ国々と、一定の範囲で共通性を持っている。つまり、そのことは、マクロレベルでの平均的な卒業年齢が、社会全般が「大卒者」をいかに「大人」として認識するのかの指標となっていることを示すのではないだろうか。
 日欧のこの点での社会モデルを対比的に図式化したものが、図1-3である。つまり、日本では、高校から大学まで<アルバイト>以外の経験をもたず大学生活をエンジョイしている青年(成年)は、<社会人>ではないのである。こうした用語があること自体、学生を異界におき、大学卒業者のもつ経験や力量を貶価している可能性があるし、またそうした認識ゆえに、企業等の諸組織は青年に責任ある自律的な立場を与えないのではなかろうか。
 これに対して、欧州側でもドイツなどの比較的高い年齢で、かつ長期的な高等教育を経験する場合には、高等教育入学までの経験が高等教育での学習のための基礎的・背景的な土台となり、最終的に卒業時点では一定の人材としての確立が期待されているのではないだろうか。結局、日本の大卒者は、卒業後の年数を経て企業内でのOJT等の意図的・組織的なあるいは無意図的・無組織的な訓練を経て、欧州モデルの大卒者と同じ年齢に達することで、はじめて大学知識を活用するチャンスが生まれるのではないだろうか(注4)。

図1-3 日欧の大学教育職業への移行モデル

2)インターンシップ等の職業体験をめぐるインプリケーション

 本調査研究の知見は、今日の大学教育改革に対してさまざまのインプリケーションをもつものである。政策的に推進されているインターンシップも、「就職」よりも「社会への移行」の方を強調する観点が必要であり、特に「大学知識を活用する経験」を提供し、そうした知識獲得への意欲を高めたかどうかといった評価尺度を開発していく必要があるように思われる。
 さらに、「アルバイト」という経験も、それが大学で学ぶ専門分野と対応していれば、より適切な「移行」への動機づけにつながるものであり再評価すべきである。つまり、欧州諸国と異なり高負担を強いられる日本の高等教育環境において、社会的な自立経験を獲得する活動として、それらの諸々の活動に対して総合的かつ適切な支援が求められるはずである。

3)「職業生活への移行」を把握するための「追跡調査研究」の体制確立の課題

 本稿でみた学卒就職のプロセスや初期キャリアの多様化は、「移行」問題の広がりである。「文部」や「労働」という行政が単独で扱いうるテーマを越えているように思われるが、果たして今日の省庁再編でそうした広がりを政策的にカバーする構想力が形成されていくのだろうか。
 OECDは、2001年から、国際的な教育評価プロジェクトとして、15歳の中学生たちが中学でどのような知識・技術を獲得し、その後10年間でどう「社会へ移行」していくのかを把握する追跡調査を企画しているという。文部科学省が、矮小な「学力低下論争」に振り回され緻密な「学力調査」だけを推進するのではなく、「学校から先の移行」にどれほど文教政策的な関心を持ち、「移行の前の教育」に対する関心を醸成できた他の省庁との連携を通して、政策的イニシアティブを発揮できるのだろうか。
 また、個々の高等教育機関においても、「職業への移行」を自らの機関の教育効果として自己点検・評価していくための契機として、こうした卒業生調査の方法論の開発が求められているのではないだろうか。

【参考文献】
吉本圭一(1999a)「労働市場との関係」『高等教育研究紀要第17号:高等教育ユニバーサル化の衝撃[I]』高等教育研究所、143-156頁
吉本圭一(1999b)「職業能力形成と大学教育」、日本労働研究機構『変化する大卒者の初期キャリア』、142-166頁

(注)
(注1)九州大学の88-90卒業者調査によればで海外経験を持つ者は1%に満たない。
(注2)日本の大卒女性では卒業後3年経過段階で8割が仕事をしており、九州大学調査の卒業8~10年経過女性では4割強は就業していない。
(注3)「家庭の都合にあわせられる」という理由も卒業後8~10年を経過した女性で多くなっている
(注4)教育を通して得た知識技術は陳腐化し、大学での知識の直接的な関連性、有効性は卒業後の年数を経て低下すると考えるのが自然のように思われる。しかし、大卒者の追跡調査(92年と98に同一対象調査)の結果は、むしろ逆であり、年齢とともに大学教育の有用性が高まっている。つまり、就業期間中を通して、大学教育で得た知識・技術が活用できる仕事により近づく形で多くの大卒者が職業経験をしている(吉本1999b)。


第2章 日本大卒者の移行特性をめぐる検討

1.はじめに

 大卒者に限らず、中等教育卒業者でも、学校卒業と同時に、期限に定めのないフルタイム雇用者すなわち正社員になるのが、日本における学校から職業への移行の一般的な形であった。この移行を「就職」と呼んできた。この移行は、企業が新規学卒者を4月に一斉に一括採用することにより成立し、また、学校が学生に求人情報を伝達するなどの斡旋サービスを担ってきたことにより支えられてきた。
 しかし、近年の厳しい経済情勢のもとでは新規学卒者の採用は大幅に抑制され、学校卒業後に就職も進学もしない「無業者」(注1)が急激に増えている。あるいは、「フリーター」と呼ばれるパートタイム労働や有期限のアルバイト労働に就く者が増加しており、社会的な注目を集めているところである。
 表2-1には文部省『学校基本調査』から、大学卒業直後の就職者と無業者の数の推移を示した。

表2-1 学卒者の就職・無業の状況の推移

 大卒就職者は1992年と97年に約35万人と最大を記録し、以降は減少して2000年3月卒業者では30万人まで減少している。大学卒業者自体は、90年の40万人から2000年の54万人へと一貫した急激な増加となっているのだが、この増加分はまったく労働市場には吸収されていない。その分大幅に増えたのが「無業者」で、この間に約10万人増加している。この他の進路では、大学院への進学者や「一時的な仕事に就いた者」(注2)も増加している。この結果、無業率(無業者数/(就職者数+無業者数))は6%から29%と大幅に上昇している。性別には、女性で大学卒業者が大幅に増え、また、無業率も高くなっている。
 他の学歴者でも同じように、学卒無業率は上昇している。高専(高等専門学校)卒業者では、他に比べて無業者は少ないが上昇傾向にあることは変わらない。専門学校(専修学校専門課程)については、統計が同じように取られていないのでここでは載せていないが、卒業者自体は、短大卒業者以上に多く、おそらく、同じような無業者の増加傾向があると思われる(注3)。結局、高等教育卒業者にしろ中等教育卒業者にしろ、91年卒業者を境に学校卒業直後に就職も進学もしていない者が増加しており、学校から職業へ移行のあり方が大きく変わってきていることは確かである。
 学校卒業直後の状況はこの学校を通しての調査で把握されているが、その後どの程度の期間にわたって無業であるかについての統計はない。失業率の統計でみてみると、年齢計の失業率(失業者/(就業者+失業者))は4.7%(1999年)であるのに対して、15~24歳では9.1%と高い。さらに、若年者では、失業の理由として「学校卒業」を挙げる者が多いことから、学卒無業者の場合、一定期間の失業を経験する者が少なくないといえる。我が国の失業率は、近年上昇が著しいが、とりわけ若年層(15~24歳)では、この10年で5パーセントポイントも上昇している。この10年の間に、学校から職業への移行の過程で失業を経験する者が急激に増えていると考えられる。
 これを学歴別に検討してみよう。年齢学歴別の失業率を試算してみると(表2-2)、全体としては学歴が高い者ほど失業率は低い傾向がある。しかし、15~24歳層に限ると、大学・大学院卒の失業率は、男性で10.2%女性でも8.6%と、短大・高専卒より高くなっているし、高校卒とは同程度の高さになっている。大卒でこの年齢層だと、大学卒業直後から2年目までの者であろう。この時期の失業率が10%にも達しているのは、やはり学校から職業へスムーズに移行できない者が増えていると言ってよい。一方、25~34歳層では大学・大学院卒の失業率は大幅に低下し、男性で3.3%女性で5.1%にまで下がっている。25歳以上になれば大半が雇用者になるか場合によっては非労働力化して失業者は大幅に減っている。この年齢層では、むしろ中学卒業や高校卒業の学歴の者の失業率の高さが目に付く。高等教育修了者の場合は、学校卒業直後の無業・失業率は高くても数年で解消することが多く、中学卒業者や高校卒業者のほうが、長期にわたり無業・失業を続けるないし繰り返す可能性があるといったことも考えられる。

表2-2 年齢学歴性別失業率

 また、正社員でなく、パートタイムやアルバイトで就業する若者が増えていることも確かである。労働白書では、『就業構造基本調査』から1997年時点での「フリーター」の数を151万人と推計し、92年の1.5倍になっていることを指摘している。ごく最近の動きを見るために、『労働力調査特別調査』で、若年者における雇用者中のパート・アルバイト(在学中の者を除く)の比率の推移を見ると(表2-3)、1990年の8.0%から2000年の20.6%へと3倍近くにもなっている。15~24歳の雇用者の5人に一人がパートタイムやアルバイトで雇われているという数字は、卒業と同時に正社員になるという我が国の学校から職業への移行のイメージを大きく覆すものだといえる。
 これについても学歴別に検討すると、大卒・大学院卒の場合、15~24歳・男性ではパート・アルバイトは雇用者の9%、女性では10%(女性は無配偶者のみ)を占めているが、その比率は中卒者や高卒者より格段に低い。さらに、25~34歳ではそれぞれ4%、8%となり、特に男性では大幅に減る。大卒男性の場合、失業率もパート・アルバイト比率も、25歳以上については大きく低下し、この間に正社員になる者が多いと思われる。これに対して大卒女性では、男性に比べて、失業率やパート・アルバイト雇用者比率の低下が小さく、正社員への移行者は少ない。ただし、より学歴の低い女性に比べれば、パート・アルバイト比率は格段に低い。

表2-3 非農林業雇用者に占めるパート・アルバイトの比率の推移

 こうしたデータから、大学を含め、学校卒業直後に正社員として就職せずに、パートタイムやアルバイトで就業したり、失業している若者が急激に増えていることは間違いない。しかし、学校卒業時に正社員として就職をしなかった若者たちが、その後どのような経過を辿っているかについては、これまでのところ十分なデータは得られていない。大卒者の場合は、失業率やパート・アルバイト率の年齢別の状況から、20代後半になれば正社員に移行する者が多いことが予測されるが、どういう背景を持つ者が移行しにくいかについては、男性に比べて女性の方が移行しにくいこと以外には十分なデータがない。学校から職業への移行のあり方が大きく変わる中で、こうした背景要因を把握することは、必要な対応策を検討するために非常に重要だと考える。
 本調査では、大卒者の卒業後の就業状況について多くの質問項目を用意しており、就業への移行過程についてこれまでにない情報が得られている。この章では、調査結果から、我が国の最近の大卒者の職業への移行の実態を卒業4年目までにわたって整理する。また、移行が円滑に進んでいない者についてその特徴と対応策を検討する。なお、移行のプロセスは性による違いが大きいので、基本的に性別に論じ、さらに移行に影響を与える可能性のある大学教育の要因として、学部系統と大学所在地、及び設置者と入学難易度をとりあげて検討する。
 また、我が国の大卒者の実態分析に加えて、欧州各国での学校から職業への移行の実態との比較を行う。我が国の学校から職業への移行のあり方は、歴史的・社会的な文脈のもとの成立してきたものである。欧州各国の現在と比較することによって、我々の社会がそれをどう規定してきたかが浮き彫りになり、現在直面する問題の意味がより深く理解されるのではないかと思われる。また、今後の対応策の検討のためには、各国で行われている支援のあり方がヒントになろう。そうした視点から欧州各国との比較を交えて議論していきたい。
 なお、先の章で見たように、我が国の大卒者は、欧州各国とくらべると、おしなべて大学入学年齢も卒業年齢も若く、同時に、入学前に就業経験がある者も、また、インターンシップなどの在学中の職業経験を持つ者も少ない。さらに、我が国ではほとんどの者が所定年限で大学を卒業しているのに対して、例えばイタリアやスペインなどの大学では、卒業する者は入学者の4割程度しかいないし、また、所定年限をこえて在籍する者も多い。こうした大学自体の違いにも、移行を比較するに当たって注意を払っておく必要があるだろう。

2.卒業直後の状況と就職活動

(1)大学卒業直後の状況-国内

 本調査対象者である1995年卒業者の卒業1カ月以内の就業状況を見ると(表2-4)、卒業者に占める「正社員」(期限に定めのないフルタイムの雇用者)の比率は60%であり、「無業」(卒業直後の状況を「失業」と回答した者の他、卒業時から就業開始までの経歴に空白期間のある者を含む。

表2-4 大学卒業直後の就業状況(国内・性別)

 大学院等への進学者や主に家事をしている者は含まない)は9%、「非正規社員」(アルバイト、パートタイマー、契約社員など有期限の雇用またはパートタイムの雇用者、以下「非正規」とする)は12%となっている。文部省『学校基本調査』の1995年卒業者では、卒業者中に占める就職者の比率は67%、無業者14%、「一時的な仕事に就いた者」2%で、本調査結果と対応しない。本調査では、契約社員や派遣社員は有期限雇用契約として非正規社員に含めているが、学校基本調査での「一時的な仕事」は「臨時的な収入を目的とする仕事」であり、この定義の差から本調査では「非正規」が多くなっていると考えられる。また、本調査では卒業1カ月以内の状況を採っているため、卒業時点の情報である文部省調査より無業が少なくなっていることも推測できる。
 性別の結果を見ると、男性では、正社員が61%に対して、「非正規」が9%、「無業」が8%であり、女性では正社員59%に対して、「非正規」14%、「無業」11%と、女性の方が非正規就業や無業が多かった。先に労働力調査特別調査での検討した結果より、女性の無業や非正規の率は若干高めであるが、大きな違いではない。
 また、卒業直後の状況は卒業した学部系統によって大きく異なった(図2-1)。「無業」や「非正規」は、男女とも「芸術系」「教育系」「人文科学系」で多く、また、男性の「保健医療系」や女性の「その他の社会科学」で多くなっている。学部系統によって「無業」や「非正規」になる比率が大きく異なるのは、基本的には学部、すなわち大学教育で取得した専門性によって労働力需要が異なるからであると考えられる。特に、「芸術系」「保健医療系」などは専門的職業との結びつきが非常に強い。職種によっては特定の入職プロセスが存在し、学校卒業直後は非正規の雇用形態から入ることが一般的な場合もある。こうした入職経路の特殊性も影響しよう。

図2-1 大学卒業直後の状況(国内・学部系統別)

 大学の所在地や大学の設置者および入学難易度による違いも検討した(表2-5)。大卒の場合は、地域の事業所レベルのでの採用でなく本社の一括採用が中心だといわれるが、「無業+非正規」の比率は地域別の違いが少なくなく、北海道・東北地方で高く、関東地方で低い。この2地域では、地域経済の状況や大卒採用企業の集中度の違いが大きく、大卒者といえども地域の労働市場に大きく規定されている。地方大学には地元志向の強い学生が比較的多くいることが考えられ、大学卒業者であっても、新規学卒の労働市場は地域で分断されている面が強いといえよう。無業や非正規就業の増加には、地域の労働市場の状況も強く関係している。

表2-5 卒業直後の無業及び非世紀就業率(国内・大学所在地+設置難易度別)

 また、大学の設置者・難易度による違いもある。私立大学については入学難易度の高い方から「私立1」~「私立4」と大学を4つの群に分けて検討したが(注4)、「無業+非正規」の比率は、男子では「私立4」「私立2」で、女性では「私立4」「公立」「私立3」で高くなっている。公立はサンプルとなった学校数が少ない上にそこに芸術系の学校が含まれており、その学部系統の影響が強く出ている可能性が高い。これを除けば、私立の相対的に入学難易度が低い大学に「無業」や「非正規」が出やすい傾向が指摘できる。これについては、3つの角度からの理解が可能である。すなわち、採用側の何らかの採用基準が入学難易度と一致しており、その結果、入学難易度の高い大学の卒業者から採用する行動をとっているのかもしれない。あるいは、学生の意識と行動の問題として、入学難易度の低い大学の卒業者ほど就職を望まなかったり、積極的に取り組んでいないこともありうる。また、大学側の問題として、入学難易度の低い大学では、就職斡旋サービスが十分でない場合や大学の教育内容が職業的能力付与につながっていない場合があるかも知れない。

(2)大学卒業直後の状況-国際比較

 一方、欧州諸国の事情は大きく異なる。まず、卒業直後の状況が我が国のデータほどはっきりつかめない。基本的に同じ調査票での調査だが、欧州サンプルでは卒業1カ月以内の情報について記入がない者が少なくない。制度的に卒業時期が夏休み前という場合が多くて、次の活動まで間がある者が多いことが大きな原因と考えられる。そこで、この期間を考慮に入れて、ここでは卒業から4カ月目までに何らかの状況変化があったかを整理してみた(表2-6)。

表2-6 卒業4カ月目までの状況(国際比較)

 これでも「不明」が多いが、我が国に比べれば「期限に定めのないフルタイム雇用」は非常に少なく、また、「無業」が多い。この中でイギリス、チェコ、オランダ、ノルウェーでは、「期限に定めのないフルタイム雇用」者が20%前後と比較的多いが、チェコを除いて無業の方がこれを上回っている。オランダやノルウェーでは「パートタイムまたは有期限雇用」の比率もフルタイム雇用より高い。欧州各国の大学卒業直後の就業状況は、「正社員」に6割方が移行する我が国とは大きく異なっている。現在、日本では卒業直後の「無業」や「非正規」が増加していると問題視されているが、欧州諸国の実態と比較すれば、非常に少ない。では、日本の現状は問題視する必要がないと言うことだろうか。彼我の違いをもう少し詳しく見てから考察しよう。

(3)就職活動-国内

 大学卒業を契機とした就職活動が、職業への移行の第1のステップである。日本調査では、80%の者が就職活動を行っている(表2-7)。就職活動を行わなかった者の半数は大学院進学者である。就職活動を行った者では、ほとんどが卒業前、平均で11.4カ月前から就職活動を開始している(表2-8)。就職先決定までに接触した会社数は平均20.0社、決定までの就職活動期間は平均6.1カ月であった。

表2-7 就職活動実施率(国内・学部系統+設置難易度別)
表2-8 就職活動開始時期、接触会社数、活動期間(国内・平均値)

 就職活動をしたかどうかは、学部系統別による違いが大きいが、概ね大学院への進学率の違いを反映したものである。ただし、女子の芸術系、保険医療系では大学院進学率は低いにもかかわらず就職活動をしない者が目立つ。また、就職活動をした場合の開始時期については、保健医療系が平均8.4カ月前と遅いが他はあまり違わない。就職先決定までに要した期間も保健医療系では短い。芸術系、保険医療系は専門職で就業することが多く、独自の市場形成され、入職プロセスも他の大卒市場とは異なるからであろう。地域や設置者・入学難易度いよる違いは小さい。
 無業や非正規比率の高かった地方大学や比較的難易度の低い私立大学でも就職活動の実施率そのものは高い。こうした大学で就職活動をしない学生が多いわけではない。
 応募した先が、民間企業か教員・公務員であったかは学校属性によって違いが大きかった(表2-9)。民間企業だけに絞っていた者は、全体では男子で60%女子で54%だが、工学部系統では男女とも80%を越え、女子ではこれに次いで保健医療系が79%、経済商学系は男子68%女子67%とこれも民間が多い。最も少ないのは教育系で、男子21%女子16%だけが民間に絞った活動をしている。大学所在地では関東や関西の大学で、設置者・入学難易度別では「私立1」で民間に絞った活動をしている。女性の「私立2」も民間に絞るものが多い。「私立1」は関東と関西の大都市に所在する大学で、「私立2」も関東と関西の割合が高い。大都市部に集中する私立の難易度の高い大学で、民間企業に絞った就職活動が展開されている。これに対して、地方部の大学では公務員や教員を併願したり、それにしぼった就職活動が行われており、地域の労働市場の違いを強く反映した就職活動になっている。国公立や私立の比較的入学難易度の低い大学では公務や教員の応募率が高いが、地域の事情を強く反映していると言える。

表2-9 卒業時の応募状況(国内・学部類型+設置者難易度別)

 決め手となった就職活動の種類(表2-10)は、「求人情報等への応募」30%と最も多く、次いで「大学就職部等の利用」19%、「個人的なつて」13%となっている。表2-11では、この選択肢のうち「大学就職部」と「大学の先生への相談」をまとめたうえで、特徴的なものだけを採りあげて、学部系統や大学所在地、設置者・入学難易度の違いを見た。大学就職部や教員が有効だったのは、男女ともまず工学系で、これまでと同様、技術系の採用は大学経由で多く行われている。ただし、接触会社数は工学系でも平均10社と多く、一人1社型の教授推薦で就職が決まる状況ではなくなっている。ただし、同じ理科系学部でも農学系や理学系ではこうした斡旋より「求人票・求人情報等」の方が多い。工学と他の理系とでは入職経路に違いがある。また、保健医療系や男子の芸術系も大学経由が多い。これは、専門職の労働市場への接続の問題だろう。

表2-10 決め手となった就職活動の内容(国内・性別)
表2-11 決め手となった就職活動(国内・学部、大学所在地、入学難易度)

 一方、男子の文科系の学部では「求人票・求人情報誌等」が全般に多く、いわゆる「自由応募」が主流であることをうかがわせる。この自由応募タイプは、地域別には関東と関西、設置者・入学難易度別では男子の「私立1」に多く、難易度が下がるほど少なくなる。大企業が集中する都市型の就職活動形態であり、入学難易度の高い私立を中心にして、(この層では接触会社数も35社と非常に多いように)自由応募の活発な活動が展開されている。現在の大卒就職のイメージを強く規定しているのが、都市型の難易度の高い私立・文科系学部の男子学生の就職活動だといえる。大企業が集中し、応募機会と就職情報が豊富にある中での活発な自由応募といえる。
 これに対して、地方部の大学や比較的入学難易度が低い私立大学では、大学就職部や教員の有効性が評価されている。市場が限定的な地方部では組織的斡旋が有効である。また、入学難易度が低い大学で大学経由の斡旋が重要なのは、自由な市場では入学難易度の高い大学の学生の方が優位であるという事情があり、これを組織的な支援で補完しているという面があるかもしれない。女子では「私立1」「私立2」で大学の組織的斡旋の有効性が最も高いが、これも、企業の採用時の選好が女性より男性にあるという事情のため、大学の支援の有効性が高いのかもしれない。

(4)卒業直後の「無業」「非正規」と就職活動-国内

 卒業時点で「無業」や「非正規」になる学生に注目して、その就職活動について、他の卒業時に正社員就職した学生との違いがあるかどうかを検討してみよう。両者を比較すると、いくつか点で差異があった。
 まず、就職活動をしたかどうかが異なった。すなわち、正社員になった者はほとんどが活動をしているのに対して、「無業」や「非正規」になった者では就職活動をしなかった者が2~3割に達している(表2-12)。

表2-12 大学卒業時の就業状況と就職活動

 さらに、就職活動をした場合について、その内容を正社員就職者と比較してみると、まず、「非正規」や「無業」では公務員や教員採用試験受験者が多い(表2-13)。こうした部門での採用が近年非常に絞られていること、そして、こうした受験と民間企業への応募の時期が重なったために、就職先が決まりずらかったことが考えられる。ただし、教員・公務員受験者が多いのは見てきたように地方の大学であり、民間企業の就職機会が限られていることから逆に教員・公務員志向が強いと言う面もある。地域別に見ると、北海道・東北地区では(表2-14)、正社員になった者が特に民間企業に絞った応募をしたいたわけではない。ただし、他の地域では全般に正社員就職した者ほど民間企業にしぼった活動をしている傾向があった。特に民間企業の就職機会の少ない地域を除いては、やはり公務・教員受験と民間応募の時期の問題が考えられる。

表2-13 大学卒業時の就業状況と応募状況(国内)
表2-14 大学卒業時の就業状況と応募状況(北海道・東北地区)

 また、就職活動の開始時期は「正社員」に比べると若干遅く(表2-15)、接触企業数は「非正規」で平均16社、「無業」で17社と正社員就職者より少ない。行った就職活動でみると(図2-2)、「求人票や求人情報誌等をみて応募」も「大学の就職部等を利用」や「大学の先生に相談」した者も正社員就職者に比べて明らかに少ない。その分公共職業紹介の利用が多いところから、学校による支援を十分活用できなかった何らかの理由があるのかもしれない。大学経由の支援を充実し、情報提供・相談機能を充実することで「無業・非正規」が回避される一定の可能性はあるだろう。

図2-2 卒業時の状況別行った就職活動
表2-15 大学卒業時の就業状況と就職活動開始時期、接触会社数、活動期間(国内・平均値)

(5)就職活動-国際比較

 就職活動についてもは欧州諸国との違いは大きい。我が国では、大学院へ進学する場合を除き、大学卒業後は就職するのが当然と考えられてきているが、欧州諸国の高等教育機関では、国によって、また、教育機関の種類によって異なる。欧州全体では、大学卒業を契機とした就職活動をする者は74%と我が国とそれほど変わらない(表2-16)。ただし、チェコやドイツ、オーストリア、フィンランドでは就職活動をする者は比較的少ない。性別で女性の方が就職活動をする者が多い点は日欧に共通している。

表2-16 就職活動の実施状況(国際比較)

 就職活動を始める時期は全く違う。我が国では大学卒業の1年程度前から就職活動を行うことが一般的になっているが、こうした卒業前からの就職活動は欧州諸国では4割程度で一般的とは言えない(表2-17)。このなかで、ノルウェー、スウェーデン、チェコ、イギリスでは比較的卒業前からが多い。しかし、その開始時期は日本よりずっと遅く、また、就職先決定までにかかる期間は日本より短い。我が国では、卒業前というとりわけ早い時期から、長い期間にわたって就職活動をしている。ただし、就職活動期間の長さは、卒業前と卒業後とでは大きく意味が違う。卒業後の就職活動が長いなら失業率を押し上げることになるが、卒業前は失業状態ではない。我が国の就職活動期間の長さは、就業の困難さを表す数字ではなく、制度的な違いと扱った方がよい。

表2-17 就職活動の開始時期

 では、なぜ我が国ではこれほど早くから就職=採用活動を始めるのか。就職協定廃止後の就職活動の早期化は大学での教育を揺るがす問題にもなっている。こうした早期化が労働力の供給不足下でおこるなら理解できるが、むしろ供給過剰の状況にも関わらず、近年の就職=採用活動開始時期は早まるばかりである。その理由は一斉・一括の採用慣行にあると思う。各企業の採用区分は大卒事務系・技術系程度のもので、その範囲では同一賃金の一括採用を行っている。さらに企業間でも横並びで、初任給の賃金格差は小さい。結局、個々の学生の能力や就業する職務の違いは賃金にほとんど反映されない。すなわち、どの学生を採用しても同一賃金であるわけで、従って能力の高い学生を早く確保することが重要な採用戦略になる。こうした一括採用に変化のない限り、採用の早期化の問題は起こってくるのではないか。
 このほか、就職活動のスタイルにも日欧の違いが大きい(表2-18)。「求人票や求人広告を見て応募した」者は欧州全体で見たとき、日本と同様最も多い。しかし、イタリア、スペイン、チェコでは少なく、これらの国では「個人的なつて」が多い。広く求人情報を伝えるメディアの発達と「個人的なつて」とは対極的なものといえよう。また、ヨーロッパ諸国と比べると、我が国では「大学の就職部」や「大学の先生」を活用する者が多い。ヨーロッパでは、イギリスで若干「大学の就職部」が利用されているが、他では少ない。また「大学の先生」はどの国もごく少ない。大学機関が、特に教育部門が就職の経路として機能しているのは我が国に特徴的なことである。これに対して、欧州諸国では、「求人があるかどうか知らずに会社と接触」が多く、オランダでは「民間の職業紹介機関」の利用が目立つ。大学の組織的就職支援に対して、個人主導の「求人があるかどうか知らずに会社と接触」や民間の職業紹介が機能していると言うことだろう。我が国においての大学の組織的支援は今後も重要だと思われるが、これを十分活動できない学生のためには他の経路のサービスも考えられる。
 また、オランダ、フィンランド、ドイツでは「在学中の仕事で」が多いが、これら国の教育機関には在学中の就業体験を重視するの教育上の特徴がある。この教育活動が就職に結びついているということだろう。就業体験を重視する教育は、「インターンシップ」として、現在我が国でも注目されているところであるが、それが結果として就職機会に結びつくことは当然の可能性として考えられる。早期採用活動ではないかという視点から、この導入を問題視するのは過敏な反応ではないだろうか。

表2-18 決め手となった就職活動(国際比較)

3.卒業4年目までの就業状況

(1)卒業4年目までの就業状況-国内

 卒業後4年前後を経た調査時点(1998年末~1999年はじめ)の就業状況を見ると(表2-19)、我が国では、男性の81%、女性の63%が正社員(期限の定めのないフルタイム雇用者)で就業している。非正規社員(パートタイムまたは有期限雇用者)は、男性の6%、女性の15%で、失業者は男性4%、女性4%である。大学卒業直後に比べると、正社員が増え、無業や非正規雇用は減少している。なお、無業で「子育て・家事」をしている女性は7.6%であった。

表2-19 卒業後約4年目の状況

 卒業4年目の状況も学部系統による違いは小さくない(図2-3)。無職と非正規雇用に注目すると、男女とも芸術系は正社員が少なく、非正規雇用が多い。また女性では自営も多いが、この多くは音楽系学部卒業者の個人教師等である。男性ではこのほか、人文科学系や「他の社会科学系」で無業や非正規が多い。女性では、この2つの学部系統の他、理学や農学系統卒業者でも非正規雇用が多い。

図2-3 卒業約4年目の状況(国内・学部系統別)

 卒業後の4年程度の間に、正社員の占める比率は60%から72%に、12パーセントポイントほど上昇しているが、この正社員(ここでは自営まで含む)への移行プロセスを月ごとに見ると(図2-4)、最初の1年間、特に丸1年立った時点で正社員になる者が多い。その後、2年目、3年目と移行する者は減り、3年目以降に新たに正社員になるものは少ない。正社員の労働市場に移行する者は概ね3年目までに移行していると言えよう。また、丸2年目、3年目などの節目に正社員になる者は一定数いる。各節目に正社員になる者が多いのは、ここでは大学院進学者は除外しているが専門学校等に進学した者は含まれており、これらの者がが卒業するタイミングであること、あるいは、新規学卒採用の枠組みに乗って採用されるケースもあることが考えられる。

図2-4 正社員・自営の開始時期(大学院進学を除く)

 学部系統別にみると(図2-5)、どの学部でも次第に正社員になる者が増えているが、学部間の差は大きい。「工学系(男女)」、「経済商学系(男性)」、「法学系(女性)」等では大半が卒業直後から正社員であるのに対して、「芸術系(男女)」「保健医療系(男性)」「教育系(女性)」「人文科学系(男女)」では、時間がかかる者も少なくない。また、移行の時期は「教育系」で特に1年目が多い。教員採用試験等を再受験した結果だと考えられる。

図2-5 正社員(自営含む)への移行時期(国内・学部系統別)

(2)移行のパターン化-国内

 我が国では現在、未就職者卒業者の急増が問題となっているが、本調査結果では、卒業後4年目のまでは、多くの未就職卒業者は正社員に移行していた。この移行をもう少し詳細に検討する。
 まず、卒業直後の就業状況別に調査時点での就業状況を見ると(表2-20)、当初、無業であった者のうち男性では64%が、女性では50%が正社員になり、非正規社員であった者のうち男性では65%が、女性では48%が正社員になっている。卒業後4年もすれば、これだけ無業や非正規雇用から移行しているわけである。

表2-20 卒業時の就業状況別現在の状況

 ただし、当初から正社員であった場合に比べれば、調査時点現在でも非正規社員や失業の比率は高い。卒業直後に正社員就職した者とそうでない者では4年目の段階でも正社員になっている比率にやはり差はある。
 あるいは、卒業当初正社員であった者の中にも非正規や失業に変わっている者が、男性で6%女性で13%いる。正規雇用をいったん得ても数年のうちに非正規雇用や失業に至っている場合は学校から職業へスムースに移行しているとはいえないだろう。また、会社を変わる移動をしているものも少なくない。結局、正社員就職者のうち、同一企業に定着している者は67%にとどまった(注5)。「新規学卒で正社員就職・定着」を伝統的移行モデルとするなら、正社員としての転職者も別にした議論が必要だろう。
 表2-21は卒業直後から卒業4年目までの就業状況の変化を示しているが、ここから、大卒者の職業への移行を8つのパターンにまとめた。すなわち「正社員・定着型=卒業直後に正社員で雇用され、卒業4年目の調査時点にも同一企業に正社員として雇用されている」41%、「正社員・転職型=卒業直後に正社員で雇用されたが、調査時点には異なる会社で正社員として雇用されている」9%、「大学院後正社員型=卒業直後は大学院に進学し、調査時点には正社員として雇用されている」8%、「無業・非正規後正社員型=卒業直後には無業や非正規雇用等だったが、調査時点には正社員になっている」16%、「非正規型=調査時点に非正規の雇用形態で雇用されている」10%、「求職中=調査時点には無職で求職中である」4%、「家事・在学中=調査時点に無職で、家事や子育てをしているか、大学院や専門学校等にかよっている」9%、「その他」5%である。この移行のパターンと大学教育の関係、及び、就業状況や就業をめぐる意識の関係を整理し、現在の移行の問題点を考察する。

表2-21 卒業直後から4年目までの就業状況の変化

<1>出身大学と移行パターン

 まず、男女で比較すると、女性は男性に比べて「非正規」と「家事・在学中」が多い。これに対して、男性は「正社員・定着」や「大学院後正社員」が多い。伝統的移行パターンをたどるのは男性が多い。
 ついで、出身大学の属性による移行のパターン分布の違いを性別に検討する。なかでも、学部系統による違いは大きい(表2-22)。男性では、「非正規」や「求職中」が多いのは芸術系、人文系、他の社会科学系、「無業・非正規後正社員」は芸術系、人文系、教育系、他の社会科学系である。教育系では、卒業直後は無業や非正規雇用が多かったものの、4年目までの間に多くが正規雇用に移行している。教員の臨時採用等からの移行だろう。芸術系や人文系は正規雇用への移行もあるが、非正規雇用に止まる者も多い。一方、「正社員・定着」は経済系、法学系、工学系、教育系に多い。経済系や工学系は民間企業への就職者が伝統的に多い学部系統であることから、民間企業の労働力需要にもっとも適合した専門教育が行われていることが考えられ、それだけに移行がスムーズであるということだろうか。

表2-22 大学属性別移行パターン(国内)

 女性の「非正規+求職中」は芸術系、理学系、農学系に多い。「無業・非正規後正社員」が教育系に多いのは男性と同じで、次第に正規採用されているということだろう。理学や農学は、同じ理科系の工学系で「正社員・定着」が非常に多くて「非正規」や「求職中」が少ないのと対照的である。やはり工学系の専門教育が民間企業の需要に最も適合しているということだろう。
 大学所在地別の違いはそれほどはっきりしない。女性の北海道・東北地区で、卒業直後は正社員雇用が少なかったが、ここでは「無業・非正規後正社員」が多く、次第の正社員へ移行していることがわかる。
 設置者・入学難易度別には、男性の場合、「非正規」が公立で多いが、これは、公立のサンプルが少ないうえにそこに芸術系が入っているからである。「無業・非正規後正社員」は「私立2」「私立3」「私立4」で多い。卒業直後に多かった無業や非正規雇用者がその後正社員市場に吸収されていると言うことだろう。また、この層は「正社員・転職」も多い。こうした大学卒業者で職業への移行に若干の時間がかかる者が多いと言うことだろう。
 女性では、「非正規+求職中」が最も少ないのが「私立1」で最も多いのが「私立4」である。「正社員・定着」はまったくその逆である。あるいは「無業・非正規後正社員」も「私立4」が最も多い。私立の入学難易度と移行パターンとの間の関係は男性よりはっきりしている。女性で相対的に難易度の低い大学卒業者で移行に時間がかかり、非正規市場に止まる者が多い、また、失業の可能性も高い。

<2>移行パターンと現職

 移行パターン別で現職の違いがあるか検討する。特に、卒業直後から正社員であった者と卒業直後は無業や非正規だったが4年目までには正社員になった者や現在非正規である者の諸条件の違いを検討する。
 まず、産業別(注6)には(表2-23)、「正社員・定着」に比べると、「無業・非正規後正社員」では公務や教育、「非正規」でも教育が多く、どちらも製造業が少ない。また、「無業・非正規後正社員」では公務が多い。民間企業の場合の企業規模では、「無業・非正規後正社員」も「非正規」も、「正社員・定着」より小さい。職業別(注7)には、どちらも教員が多いのが特徴といえる。遅れて正規就職するパターンで、公務や教育部門が多いのは、こうした部門の採用が新規学卒を条件にせず既卒者が応募しやすいことが大きいと思われる。また、教員は臨時採用や塾講師などの非正規雇用の機会が多いためでもあろう。逆にいえば、他の民間企業や職業では新規学卒時以外の採用機会が制限されているということでもあろう。

表2-23 移行パターン別現職産業・規模・職業

 なお、移行の各パターンのうち、「大学院後正社員」はとりわけ他との違いが明らかで、大企業で専門職に就いている傾向が強い。このパターンは工学部出身者に多く、この学部卒業者の特徴と重なる。
 次に年収と労働時間を見る(表2-24)。有職者の主な仕事からの年収は男性平均で387万、女性平均で305円であった。その他の仕事からの収入を合算しての総年収は男性390万円、女性で308万円であった。「正社員・正規」の総年収を100としたとき「無業・非正規後正社員」は男性では95、女性では90、「非正規」は男性61、女性56であった。また、労働時間は所定内労働時間が男性で週平均40時間、女性で39時間であり、時間外労働や副業まで含めた総労働時間は、週平均男性で51時間、女性で45時間であった。「非正規」では男女とも労働時間が短いので(「正社員・定着」100に比べ男性で67女性で74)、単位時間あたりの収入で比較することにすると、「総年収/総労働時間」は「正社員・定着」を100とすると、「非正規」では男性で91、女性で76と少ない。一方「無業・非正規後正社員」では、男性97、女性89で、男性の場合の差は大きくない。
 非正規雇用者であれば、年収面でも労働時間あたりの収入の面でも、卒業後4年にわたり正社員で定着してきた者と差は大きい。男性より女性の方が差は著しい。ただし、男性で4年目までに正社員になっていればその差は小さい。

表2-24 移行パターン別収入と労働時間

<3>移行パターンと現職への適合観、満足感

 次に、現職への意識から違いを見る(表2-25)。

表2-25 移行パターン別職業への適合観、満足感等

 仕事が大学卒業の学歴にふさわしいかについて移行パターンによるに違いをみると、「非正規」で「ふさわしくない」の比率が高く、点数化した場合の平均値で見ても、他に比べて有意に低い。「無業・非正規後正社員」の場合はそうした差は見られない。学卒直後でなくとも正社員になっていれば、仕事の「ふさわしさ」についての評価は変わらないと言うことだろう。「仕事に最もふさわしい学歴」として尋ねると、はやり「非正規」では高校卒程度とする比率が他より高い。
 大学教育で得た知識や技術の活用との関係では「非正規」では「現在の仕事には高等教育の学習内容は無関係」や「無回答」が多い。「無業・非正規後正社員」は「正社員・定着」とあまり違わない。専攻分野との関係はについても同様で「非正規」では、他に比べて「高等教育での学習とはまったく関係がない」や「無回答」が多くなっいる。
 こうした「ふさわしさ」や知識・技能の発揮の面でも、「大学院後正社員」が高い結果を示している。大学院卒業者では、四年制大学卒業者に比べて、より専門的な、大学・大学院教育の内容に結びついた職業生活に入っていることが窺える。
 さて、調査のなかでは、現職が大学教育に対応していないとする者に対して、なぜそうした不対応な仕事を選んだかを尋ねている(表2-26)。最も多くの者が挙げた理由は「安定している」で、次いで「仕事がおもしろい」「希望地域での勤務が可能だ」が多い。これを、移行のパターンごとに見たのが図2-6であるが、非正規雇用では、「時間や日程の融通がきく」が最も多いものの「学歴に見合った仕事が見つかっていない」とする者も少なくなく、「仕事がおもしろい」と同水準になっている。大学教育を生かせる就業機会がないために非正規社員にとどまっている者も相当数いることが考えられる。

表2-26 大学教育と不対応な仕事を選んだ理由(国内・多項目選択)
図2-6 大学教育と不対応な仕事を選んだ理由

<4>移行の評価

 移行のパターン別に現職の内容やそれへの意識の違いを見てきた。これまでの移行のありかたといえる「正社員・定着」に対して、「正社員・転職」「無業・非正規後正社員」「非正規」「求職中」といったパターンはどう評価できるのか。現職についてみてきたので「求職中」の者については言及してこなかったが、最も評価の低い移行は失業状態にいたる移行であることは言うまでもない。それ以外のパターンでは、「非正規」が収入面でも、「ふさわしさ」や知識・技能の発揮の面でも評価の低いパターンであった。「無業・非正規後正社員」や「正社員・転職」で、「正社員・定着」と違わない面が多い。卒業直後に就職していなくとも、4年目までに正社員になっている場合や正社員就職してその後転職した場合は、正社員就職して定着している場合との差はあまりない。この時点も非正規雇用の状況であったり、失業状況にある者で問題は大きい。

(2)卒業4年目までのキャリアと意識-国際比較

 欧州各国のこの時点の状況を見ると(表2-27)、各国とも卒業直後に比べ大幅に「雇用期限に定めのないフルタイム雇用者」が増え、我が国との違いはわずかなものになっている。特に、イギリスやノルウェーでは「期限に定めのないフルタイム雇用者」の比率は高い。
 男女別に見ると、どの国も男性に比べて女性では「雇用期間に定めのないフルタイム雇用者」が少なく、「パートタイムまたは有期限雇用」が多い。また、失業者の比率も一部の国を除いて女性の方が高い。女性の方が「期限のないフルタイム雇用」にいりにくいことは共通していると思われる。ただし、フルタイムとパートタイムの男女差は、どの国でも我が国ほど顕著ではない。我が国の男女差が一番大きい。

表2-27 卒業後約4年目の状況

 「期限に定めのないフルタイム雇用者」について、卒業以降調査時点までの経験企業数を見ると、日本では1社という者が男性で8割、女性で7割を占め、最初の就業で安定的な雇用に移行していることが窺われる。欧州各国ではこれは男女とも4割前後で、2社、3社、4社と経験している者の方が多い(表2-28)。欧州各国では「雇用期間に定めのないフルタイム雇用」に至るまでに日本より時間がかかり、また、最初の就業先で定着する者は少なく、卒業から4年程度の間に数社経験することが多い。「雇用期間に定めのないフルタイム雇用」に至るプロセスとそれへの定着のあり方は、我が国では、新規学卒一括採用の特徴がが色濃く出ている。
 さて、我が国の移行をパターン化した中で、最も問題がある指摘してきたのは調査時点において「非正規」や「求職中」であるパターンであった。そこでここでは、「非正規」(パートタイムまたは有期限雇用)の状況に絞って欧州各国と比較し、卒業4年目の時点で非正規就業であることの問題点をさらに検討したい。

表2-28 期限に定めのないフルタイム雇用者のこれまでの経験企業数

 まず、調査時点における「パートタイムまたは有期限雇用」の比率は(表2-29)、欧州諸国は全般に我が国より高い。これを学部系統別に見ると、人文科学系で非正規雇用比率が高い点は日欧で共通している。また、男性の工学系では共通してこれが低く、フルタイムの比率が高い。違いが大きいのは、欧州では医療系で「パートタイムまたは有期限」の比率が高いことである。我が国でも男性の場合は医療系のフルタイム比率が低い。(我が国サンプルでは男性の場合は医科・歯科の比率が高く、女性の場合は看護に比率が高いので、移行プロセスの男女の差が大きくなっている。)そのほか欧州では自然科学系の「パートタイムまたは有期限」比率が高いが、日本では女性の自然科学系では高くなっている。欧州に比べて日本では男女差は大きい点も特徴的である。

表2-29 性・出身学部別フルタイム・パートタイム比率

 「期限に定めのないフルタイム雇用」と「パートタイムまたは有期限雇用」に分けて、それぞれの産業、規模、職業別の分布をみる(表2-30)。産業では、男性の場合、「期限に定めのないフルタイム」でに製造業や事業・専門サービス業が多いことは日欧で共通している。「パートタイムまたは有期限雇用」では教育の比率が高いことも共通といえる。異なるのは、「保健医療・福祉」が欧州で多く、日本では「その他サービス」や「卸・小売り、飲食」が多いことである。女性についてみると、「期限に定めのないフルタイム」雇用者の就業産業は日欧で似ている。男性に比べると、教育や保健医療・福祉の分野の者が多い点も日欧で共通している。「パートタイムまたは有期限雇用」は教育が多い点は同じだが、欧州では男性と同様、「保健医療・福祉」分野が多い。

表2-30 国・雇用形態別現職産業・規模・職業

 また、規模別で公務を別掲しているが、この比率の違いが日欧で大きい。欧州の男性の「パートタイムまたは有期限雇用」では公務が半数以上を占めるが、日本ではその半数で「期限の定めのないフルタイム」と変わらない。欧州の女性では「期限に定めのないフルタイム雇用」も「パートタイムまたは有期限雇用」も公務が多く、日本の女性の倍近い。一方、民間部門では、「パートタイムまたは有期限雇用」の方が比較的小規模企業が多いことは日欧で共通している。
 就業職種については、「期限に定めのないフルタイム雇用」にしろ「パートタイムまたは有期限雇用」にしろ、欧州諸国では専門職あるいは準専門職が大半であるのに対して、我が国では事務や販売職の割合が大きい点が大きく異なる。この職種分布の違いは、我が国では事務系ホワイトカラーの場合、専門職として入職せず、事務や販売職で入職して企業内で職種異動を経験しながらキャリアを形成していく慣行を反映したものである。「パートタイムまたは有期限雇用」の場合もこうした日欧の違いを反映した職種分布になっている。欧州で特徴的なのは、「パートタイムまたは有期限」の方がフルタイム雇用者より専門職比率が高く男性の7割、女性の6割もが専門職であることである。
 同じ「パートタイムまたは有期限雇用者」といっても、日欧ではその職種や就業分野や大きく異なる。欧州の場合は、大半が専門職で、特に教育や保健医療・福祉分野の公務部門で働いている。日本の場合にも、臨時採用の教員等同様の分野の非正規雇用者がいるが、それ以外の事務や販売職として、民間セクターで多く働いている者が多い。
 年収・労働時間についても我が国のデータでの検討と同じように比較する(表2-31)。ここでは調査時点現在「期限に定めのないフルタイム雇用」であるか「パートタイムまたは有期限雇用」であるかで分けて、日欧で対比した。「期限に定めのないフルタイム雇用者」の収入や労働時間を100として、「パートタイムまたは有期限雇用」の実態を見ると、男性の場合、日本では総年収も62と低いが、所定労働時間も78と短い。さらに、フルタイムの男性では所定労働時間より総労働時間がとりわけ長いので、総労働時間はフルタイム雇用者の68とより小さくなる。欧州でも「パートタイムまたは有期限雇用」は年収も動労時間も短い。ただしどちらも我が国ほど大きな違いではない。特に労働時間については所定労働時間の違いもわずかだし、総労働時間も週2時間しか違わない。その結果、単位時間あたりの収入を比較すると、欧州の「パートタイムまたは有期限雇用者」の方が日本よりフルタイムとの差が大きい。女性の場合は、日本では総年収が58と大きな差がある。所定労働時間も総労時間もフルタイム雇用者の79、74と短い。欧州の方がどちらの差も小さい。単位時間あたりの収入を比べると、総年収の少なさから、日本の「パートタイムまたは有期限雇用者」の方が低くなっている。

表2-31 国・雇用形態別現職産業・規模・職業

 現職への適合観・満足感等についても同様に比較検討する(表2-32)。仕事の学歴に対するふさわしさについては、欧州では「期限に定めのないフルタイム雇用」でも「パートタイムまたは有期限雇用」でも「完全にふさわしい」が非常に多く、我が国の回答傾向と大きく異なる。この点の分析は他章に譲り、ここでは雇用形態間の差に注目する。男女とも、欧州では両形態の違いは少なく、我が国では差がある。すなわち「パートタイムまたは有期限雇用」の方がふさわしくないと思っている人が多い。仕事に最もふさわしい学歴でも同様の違いが読みとれる。
 在学中に修得した知識・技能を現在の仕事に使っているかについては、雇用形態による違いは少なく、むしろ「パートタイムまたは有期限雇用」の方に「使っている」が多い結果になった。ただし、この設問は日本調査にのみ「現在の仕事には高等教育の学習内容は無関係」という選択肢を設けているため、日欧での比較は困難である。日本調査では、調査設計時にこうした選択肢を追加しなければ答えにくい人が多いという判断でこの選択肢を付け加えた。大学で獲得した知識や技能を仕事に役立てるという発想が日本ではなじみにくいと思えたからである。すでに、表2-25で見たように、非正規雇用者ではこの「無関係」を選ぶ者が多かった。雇用形態による差は、日本国内にはあるといえよう。さらに、満足感であるが、これについても雇用形態による違いはそれほど大きくない。また、フルタイム雇用者の方が満足とする者が多いことは日欧で共通した傾向である。

表2-32 国・雇用形態別現職への適合観・満足感

4.まとめ-日本・大卒者の移行をめぐる問題点の検討

 これまで検討してきたことを振り返る。
 日本調査では、大学卒業直後に正社員として就職せず、無業や非正規雇用者となる者は男性で17%、女性で25%を占めた。無業や非正規雇用者は、芸術系、教育系、人文科学系、保健医療系(男性)の学部卒業者に多く、地域は北海道・東北など経済状況の厳しい地域で、また、私立の入学難易度の比較的低い大学で多かった。しかし、欧州諸国に比べれば卒業直後に正社員(期限に定めのないフルタイム雇用者)になる比率は圧倒的に高い。
 日本の大学では在学中から就職活動をはじめ、活動期間は欧州諸国より長い。日本の大学生の就職活動は、都市部の入学難易度の高い私立文科系の学部での自由応募による活発な就職活動や工学部の学校組織と通じた活動、地方大学でのやはり学校組織を通じた活動など、大学属性によりいくつかの活動パターンがあった。無業や非正規雇用者になる者では、就職活動をしなかったり、しても開始の遅かったり、接触企業数の少ない者が多かった。また、公務員や教員との併願者等も多かった。ただし、これは地方の大卒労働市場の特性でもある。
 欧州では卒業を契機とした就職活動を行っている点は日本とあまり変わらないが、開始時期は卒業前後から卒業後に行う者が多い。就職活動としては、我が国に比べて大学組織による斡旋が少なく、個人が自分から会社に接触を採るタイプの就職活動が多い。また、個人的なつてが重要だったり、民間の紹介機関が利用されていたりした。教育の中で就業体験を重視している国では、在学中の仕事が直接の就職機会に結びついていることも少なくなかった。
 卒業4年目の調査時点では、日本では正社員比率は72%に上昇し、卒業当初無業や非正規雇用だった者でも男性で6割、女性で5割が正規雇用に移行していた。正社員就職しそのまま定着するパターン(<1>)と、卒業当初は非正規や無業だったが後に正社員に移行するパターン(<2>)、調査時点に非正規雇用者であるパターン(<3>)に分けてその属性を比較すると、<1>は男性、<3>は女性に多く、また、学部では<2>は教育系、芸術系、<3>は芸術系や人文系(男性)で多い。私立の入学難易度が低い大学では男性で<2>が多く、女性で<2>、<3>が多い。労働条件から見ると、<3>の年収が低く、また、単位時間あたりの収入は女性の<3>が特に低かった。
 欧州諸国でも卒業4年目には「期限のないフルタイム雇用者」が男性の6割、女性の4割まで増加している。「パートタイムまたは有期限雇用者」は欧州の方が多いが、その内容が日本とは異なった。すなわち、欧州では「パートタイムまたは有期限雇用者」は、男女ともフルタイム雇用者以上に専門職に集中し、特に教育や保健医療・福祉の分野、公務部門に多かった。フルタイム雇用者との総年収や労働時間の差も欧州では小さかった。このほか、現在の仕事と学歴との適合観についても欧州ではフルタイム雇用者との差が見られなかった。
 これに対して、日本の非正規雇用者は、総年収も労働時間も正社員と大きく異なった。特に女性では総年収の差が著しく低かった。仕事と学歴の適合観も、非正規雇用者の方が低かった。
 上記のファインディングスから、我が国で増加している大卒の非正規雇用者や無業者について次のような問題点を指摘したい。
 第1は、我が国の大卒非正規雇用者や無業者の増加は、看過すべき問題ではなく、社会として対応を考えるべき問題であることである。欧州の大卒者の方が卒業直後に無業や非正規雇用になる比率は圧倒的に高く、さらに、卒業後4年目でもその比率は我が国より高い。しかし、欧州の場合は大学教育と結びついた専門職に移行する者が大きな割合を占め、我が国の事務や販売職からスタートするキャリアへの移行とは大きく異なる。専門職としてのキャリア形成には雇用形態の影響は小さい。我が国でも、医療系の学部卒業者で卒業直後の非正規雇用比率が高いが、これは専門職への入職経路の制度や慣行の問題であり、キャリア形成上の支障となるものとはいえない。医療系や教育系、芸術系などの学部系統では、我が国でも大学教育に結びついた専門職に就くことが多いが、こうした層での無業や非正規雇用と、企業内ホワイトカラーに移行してきた層での無業や非正規雇用の増加とは別の議論が必要である。今対応を急がなければいけないのは後者であると思う。教職課程卒業者が教員に就けないといった専門職での移行の問題もあるが、限定的な問題だと思われる。事務や販売職からキャリアをスタートする我が国の大卒者に特徴的な移行は、正社員として就職して初めてキャリア形成が始まるといえる。正社員で就職しないことの問題は、専門職としての移行とは違う重さがある。
 第2は、すでに上記に含まれてもいるが、正社員就職しなければ、職業能力獲得のチャンスが少ないという点である。事務や販売職から始まる我が国の大卒ホワイトカラーでは、入職後のOJTを含む、職場主導の能力開発が大きな役割を果たし、大学の専門教育は職業能力と直結することを求められてこなかった。正社員で就職していない者には、あらためて職業能力開発の機会が必要である。それは、卒業後に限らず、大学在学中の教育内容の再考を含めて考えて行かねばならないと思う。
 第3には、誰が無業や非正規雇用になりやすいか、またそこに止まるのか、という問題である。調査結果からは、女性、地方の大学、学部では芸術系、教育系、人文科学系、私立の比較的入学難易度の低い大学、などで無業や非正規雇用者が多かった。性別の雇用機会の差については是正が求められるし、また、採用側の要請する能力が不足しているならその補完を大学あるいはそれ以外の教育機会で対応していく必要があろう。就職活動をしない学生が無業や非正規雇用者になっていることも指摘した。個人への働きかけも重要である。欧州のいくつかの国では在学中の就業体験が移行にも有効に働いていた。こうした例を取り入れることも重要だろう。
 第4には、非正規雇用の質の問題である。収入にしろ労働時間にしろ、我が国の「期限のないフルタイム雇用」と「パートタイムまたは有期限雇用」との間には大きな差があった。欧州でのこの差はいずれも小さく、若い時期に「パートタイムまたは有期限雇用」に就くことの意味が我が国とは大きく異なる。さらに、欧州でも「パートタイムまたは有期限雇用」に就くのは女性の方が多かったが、日本では、女性の場合、とりわけ「期限のないフルタイム雇用」と違いが大きい。これまでの我が国では「期限のないフルタイム雇用」を正規の就業として、労働条件についてもこの層だけに注目してきた。それ以外の働き方をあらためて正当に評価して行くべきではないだろうか。


第3章 在学中の就業・学習経験と職場における大学教育の評価

図3-1 職場における大学教育の評価

1.分析の枠組み

 わが国では昨今、在学中の就業経験への関心が高まり、インターンシップへの取り組みも進みつつある。他方で、教育内容の点においても、課題探求能力の育成など、産業界に寄与する実践的な能力を身につけることへの期待が高まっている。欧州の国々と比較した場合、わが国の大学生は就業経験や学習内容の点で、どのような特色を持っているのであろうか。また、そうした就業経験や学習内容特性は、職場における大学教育の評価にどのように連動しているのであろうか。
 図3-1は、職場における大学教育に対する評価の構造を示したものである。我々は大学教育に対する評価の側面として、実質的な評価と名目的評価の2つを想定しうる。実質的な評価とは、大学教育で学んだことが職場で実際に有用であることを意味する。名目的な評価とは、大学教育を受けることが役に立っているようにみえる、あるいは大学を卒業すること自体が重要であることを意味する。
 こうした評価を規定するものとしては、4つの側面が想定される。第1は在学中の経験、第2は在学中に獲得した知識・技能・態度である。これらはお互いに関連しており、大学教育の実質的な評価を規定すると考えられる。第3は、学歴・専門分野と仕事・賃金との対応、第4は社会的信念である。これら2つもお互いに関連していると想定され、主に名目的な評価に影響を及ぼしていると考えられる。
 図3-2は、在学中に獲得した知識・技能の職場における有用性と、学歴水準としての適切性を示したものである。図から明らかなのはまず、知識・技能に対する評価が学歴に対する評価よりも低いことである。言い換えれば、名目的な評価が実質的な評価よりも高い。もちろん、両者の間に高い相関関係があることは事実である。もう1つ忘れてならないのは、どちらの側面に対する評価も日本が最低ということである。

図3-2 大学教育の職場における有用性

 はじめにも述べたように、ここでの目的は大学教育の経験と職場における評価との関連を明らかにすることにある。そのため、図3-1に示した側面を全て扱うわけではなく、限定的な分析にとどまることを予め断っておく。また日本と欧州各国との比較が主眼であるので、日本における大学教育に対する評価の低さが、就業経験や学習特性からどの程度説明できるかに注目して考察を行う。
 なお、サンプルにおける高等教育機関は、大学セクターと非大学セクターから構成されている。以下では、日本との比較を重視する意味で、大学セクターのみを分析対象とする。論文の構成は以下の通りで、第2節で就業経験、第3節と第4節で在学中の諸活動に費やした時間と経験した学習特性を概観し、第5節で職場における大学教育に対する評価の規定要因を探る。

2.就業経験

(1)入学前の経験

 大学に入学する前の仕事の経験比率は、日本では雇用・アルバイトを含めて22%である。欧州(スウェーデンとチェコを除く)における仕事の経験者比率は、各国間で大きく異なる。経験者はフィンランド(77%)やノルウェー(53%)で多く、オーストリア、ドイツ、オランダでも3割を越える。日本よりも経験者が少ないのは、イタリア(15%)、フランス(13%)、スペイン(6%)、イギリス(3%)である。
 もっとも、仕事の経験比率には年齢が大きく影響している。調査対象大学に入学した年齢別に仕事の経験者比率をみると、19歳以下では20%なのに対して、20-22歳では38%、23-25歳、26歳以上ではそれぞれ47%、51%と、ほぼ半数が仕事を経験している。調査大学に入学した年齢をみると(図3-3)、スペイン、イギリスでは19歳未満の層が76%、72%なのに対して、フィンランド、ノルウェーでは8割近くの学生が20歳以上で入学している。だが、年齢層を考慮してもなお、仕事の経験者比率についての国別特性は残る。

図3-3 入学時の年齢

(2)在学中の経験

 図3-4は、在学中に仕事を経験した者の比率と、経験者のうちで大学での学習との関連の有無をみたものである。日本では、9割以上の学生が在学中に何らかの仕事を経験している。だが、大学での学習内容と関係のある仕事を経験したと答えた者は少なく、8割の学生は学習と関係のない仕事を経験している。日本では、学習と関係のない仕事をした者の比率がイギリスと並んで最も高い。また、学習と関連のある仕事をしたと回答した者は、年齢が高い層ほど多く、専門分野別にみた場合は、人文系で最も多く(32%)、自然科学系(20%)、工学系(17%)と続き、最も少ないのは法学系(6%)である。なお人文系の比率の高さは、教員就職者で「関係がある」と回答した者が多いことによる。
 欧州(スウェーデンを除く)では、イタリアやスペインで仕事の経験のない者が3~4割と多いが、他の国では8割~9割の者が経験している。学習と関係のある仕事をしたと回答した者は、イギリスを除くといずれの国も日本より高い。フィンランド、オーストリア、オランダでは4割以上が学習と関連した仕事を経験している。年齢が高い層ほど学習と関連のある仕事を経験している点は日本と同様である。専門分野別にみると、国によって多少のばらつきはあるものの、工学系や保健系で学習と関連のある仕事を経験する割合が高い。

図3-4 在学中の就業経験

 質問票では、大学を一時的に休んで仕事の経験をしたことがあるか否かも尋ねている。日本では、大学の学習内容や将来の仕事との関係を問わず、大学を一時的に休んで仕事を経験した者は1%に満たない。大学を一時的に休んで企業実習やインターンシップを経験した者も1%未満である。
 これに対して欧州(スウェーデンを除く)全体では、55%が大学での学習内容や将来就こうと思っていた仕事とは関係のない仕事を、35%が大学での学習内容や将来就こうと思っていた仕事と関係のある仕事を経験している。大学の単位として認定される企業実習、インターンシップも34%が経験している。卒業時の年齢別にみた相違が顕著なのは、大学での学習内容や将来就こうと思っていた仕事と関係のある仕事の経験で、年齢が高い層ほど経験者の比率が高い。専門分野別にみると、大学の単位として認定される企業実習、インターンシップ(スウェーデン、チェコを除く)の経験者は保健系(49%)、工学系(45%)、ビジネス系(41%)で多い。同様の傾向は、大学での学習内容や将来就こうと思っていた仕事と関係のある仕事についてもいえる。

3.在学中の活動特性

 ここでは在学中の活動特性を、1週間に諸活動に費やした平均時間という点から考察する。なお以下で扱うデータは、活動時間が0時間、つまり活動していない者は除外している。また、データの都合により41時間以上と回答した者も除外している。その意味で、データの解釈上問題が残ることを予め断っておく。ただし、各国別の活動状況の傾向を概観することは可能であろう。

(1)学習活動

 図3-5は、学習活動に費やした平均時間を示したものである。日本では、授業への出席時間が22時間、自習などその他の学習活動が7時間、学期中以外の学習活動が8時間である。授業への出席時間はスペインに次いで長いが、その他の学習活動や学期中以外の学習活動に費やす時間が他の国と比較してかなり短い。そのため、学習に費やす時間をトータルにみた場合は、むしろ短いと解釈することができる。

図3-5 学習活動に費やした時間

 専門分野別にみると、授業への出席時間が長いのは保健系(28時間)、工学系(25時間)、自然科学系(24時間)、短いのは社会科学関連の分野でいずれも20時間に満たない。自習などその他の学習活動時間については、ビジネス系、工学系、社会科学系で短い傾向にある。学期中以外の学習活動に費やす時間が長いのは、人文系や保健系(9時間)である。
 欧州では(スウェーデンとチェコを除く)、授業への出席時間が20時間に満たない国が過半数にのぼる。専門分野を考慮しても(注1)、フランス(社会科学系、ビジネス系、法学系、自然科学系)およびドイツ、ノルウェーのビジネス系を除くと、いずれも授業への出席時間が日本よりも短い。なお、授業への出席時間は理系の諸分野で長く、文系の諸分野で短い点は日本と同様である。
 ただし、授業への出席時間が短い国々では、その他の学習活動に費やす時間が相対的に長い。専門分野を考慮して分析した場合も、全ての国において自習を含めたその他の学習活動に費やした時間は日本よりも長かった。日本の平均と欧州の平均を単純に比較した数値を挙げると、人文系、社会科学系で9時間、ビジネス系で10時間、法学系で12時間、自然科学系で8時間、工学系、保健系で12時間の格差がある。
 学期中以外の学習に費やす時間については、国によるばらつきが大きい。ただし日本と比べると費やす時間は長い。専門分野別に検討しても、イギリスの人文系とノルウェーの保健系を除き、いずれも費やす時間は欧州の方が日本よりも長かった。

(2)アルバイト活動

 図3-6は、アルバイトに費やした平均時間を示したものである。日本では、学期中のアルバイトが13時間、学期中以外のアルバイトが20時間である。欧州各国と比較すると、学期中以外のアルバイトの時間は相対的に短い。そのため、学期中、学期中以外にアルバイトに費やす時間を合わせて考えると、欧州の方が日本よりも長いといえる。専門分野別にみると、学期中のアルバイトは学習活動に費やす時間とは逆に、理系の諸分野で短く、文系の諸分野では長い。学期中以外のアルバイトについては、社会科学の諸分野で長く、保健系で短いが、文系と理系の間の系統的な相違は認められない。
 欧州では、学期中のアルバイトについては目立った相違はない。学期中以外のアルバイトについてはばらつきが大きく、フィンランド、フランス、イギリスでは30時間を越えているのに対して、オランダ、イタリア、スペインでは20時間以下である。専門分野を考慮すると、学期中のアルバイトに費やす時間は、日本がむしろ長いことがわかる。日本よりも短いのは、イタリア、フランス、オーストリアである。学期中以外のアルバイトは逆の傾向にある。オランダでは総じて日本よりも費やす時間が短いものの、イタリアの工学系とドイツの社会科学系、法学系、工学系を除くと、全て日本と比べて費やす時間は長い(注2)。

図3-6 アルバイトに費やした時間

4.在学中の学習特性

 質問票では、大学の学部・学科で重視されていた学習内容について12項目、大学の学部・学科における勉学に必要な条件の整備状況について18項目を尋ねている。前者については、「非常に重視されていた」「やや重視されていた」と回答したグループ(『重視』グループ)と、「どちらともいえない」「あまり重視されていなかった」「まったく重視されていなかった」と回答したグループ(『その他』グループ)の2つに、後者についても、「非常に充実していた」「やや充実していた」と回答したグループ(『充実』グループ)と、「どちらともいえない」「あまり充実していなかった」「まったく充実していなかった」と回答したグループ(『その他』グループ)の2つに再分類し、以下の考察はこの分類に従う。なお、専門分野については「人文系」「社会科学系」「ビジネス系」「法学系」をあわせて『文系』グループに、「自然科学系」「工学系」「保健系」をあわせて『理系』グループに再分類し、この2分類を用いる。

(1)カリキュラム構造

 日本の場合、「学部カリキュラムの体系性」については専門分野を問わず3割の者しか評価していない。これに対して「履修できる授業のバラエティー」については4割、「専攻分野や授業の自由な選択」については6割の者が評価している。体系性と選択の自由度をともに充足させることは難しいのかもしれないが、後者で評価は高くなっている。なお専門分野による相違も大きく、『理系』よりも『文系』で多様な授業が提供されており、選択の自由度も高い。
 欧州を専門分野別に検討すると(スペイン、チェコを除く)、「学部カリキュラムの体系性」の評価が日本よりも高いのは、『文系』ではイギリスとフランス、『理系』ではイギリス、フランス、ノルウェー、オランダ、ドイツである。「履修できる授業のバラエティー」の評価が日本よりも高いのは、『文系』ではノルウェー、イギリス、フランス、オーストリア、『理系』では日本の評価が最も低い。「専攻分野や授業の自由な選択」については、ノルウェーとオランダの『理系』を除くと、いずれの国も日本より評価が低い。『理系』でカリキュラム選択の自由度が低い点は欧州も同様だが、専門分野を問わず日本は相対的に自由度が高いといえる。
 カリキュラムの体系性、多様性、自由度が相互にどういった関係にあるかは興味深いテーマである。なぜならば、体系性を保持したままで、多様性や自由度を高めるカリキュラムを構築することが可能なのかという課題に関わるからである。データからみる限り、三者の間の関係は必ずしも明確でなかったが、この点を検証するデータとしては不十分であり、さらなる考察を必要とする。

(2)学習に関する指導と評価

 図3-7は、学習に関する指導と評価に対する重視度と充実度をみたものである。日本では、「授業への出席」について『文系』で61%、『理系』で66%と3人に2人が重視されていたと回答している。学習の指導体制についても、「勉学全般に関する指導体制」は2人に1人(『文系』46%、『理系』49%)、「卒業論文・卒業研究への指導・助言」についても『文系』で57%、『理系』で71%が充実していたと回答している。他方で、「学習達成度の定期的なチェックと評価」の重視度は、『文系』で30%、『理系』で41%、「試験や成績評価の方法」の充実度は、『文系』、『理系』とも26%しか評価していない。出席という授業への入口や、指導という学習過程に対する評価は、欧州各国と比較しても高い水準にあるといってよい。しかしその一方で、出口にあたる学習成果の評価をめぐっては、十分なシステムが整備されていないといえる。
 欧州の場合はまず、イギリスで学習に対する指導と評価の体制が整備されていることがわかる。いずれの項目もほぼ半数以上の者が重視されていた、充実していたと回答している。イギリスを除くと、「授業への出席」は、専門分野間の相違はあるものの重視度は低い。『文系』『理系』を併せた平均でみると、オーストリア、オランダ、フィンランド、ドイツ、フランス、ノルウェーでは2~3割の者しか重視されていたと回答していない。学習指導の体制についても同様である。「卒業論文・卒業研究への指導・助言」については、チェコ、フィンランド、ノルウェーを除くと、他の国では評価した者が3割台以下にとどまる。「学習達成度の定期的なチェックと評価」についても、チェコを除くいずれの国でも、重視していたと回答した者は1割台に過ぎない。反対に「試験や成績評価の方法」については、欧州の方が充実する傾向にある。日本よりも評価が低いのは、イタリア、スペイン、フィンランドにとどまる。日本との対比でいえば欧州は、入口と過程はさほど重視しないが、出口はチェックするシステムといえよう。

図3-7 学習に関する指導と評価

(3)授業の内容

 図3-8は、授業の内容に対する重視度と充実度をみたものである。なお「理論や概念の学習」については、いずれの国でも重視度が高いため図から除外している。日本の場合、「事実や分析技法の習得」については、専門分野間の相違が大きく、『文系』の45%に対して『理系』では65%が重視されていたと回答している。これに対して、「授業におけるアカデミックな内容の重視」については4人に1人しか充実していたと回答していない。学士課程ということもあろうが、理論や概念の学習は重視されていても、アカデミックな内容に触れる体験にまでは至っていない。他方、「現実の課題に即した学習」の重視度は相対的に高く、また欧州と比較しても高い評価となっている。「授業における実学性の重視」、「コミュニケーション能力の習得」に対する評価は低い。前者は『文系』で26%、『理系』で30%の者しか充実していたと回答しておらず、後者も『文系』で30%、『理系』ではわずか13%しか重視されていたと回答していない。ただしこれらの項目の重視度、充実度の低さは日本のみ該当するというわけではなく、欧州でも共通した傾向にある。

図3-8 授業の内容

 欧州についてみてみよう。「事実や分析技法の習得」については、国ごとのばらつきが非常に大きい。重視度が特に高いのは、オーストリア、ドイツ、イギリスで、特に低いのはスペイン、イタリアとチェコである。なお『文系』よりも『理系』で重視度が高い点は日本と同様である。「授業におけるアカデミックな内容の重視」の充実度も、スペイン、イタリア、チェコで非常に低い。他の国では日本とほぼ同様の水準である。なお日本と比較して専門分野による相違の大きい国が多く、『理系』ほど充実していたと回答する傾向にある。「現実の課題に即した学習」は、イギリスを除くといずれの国でも日本より重視度は低い。「授業における実学性の重視」についても、イギリスとオランダを除くと日本よりも評価は低い。「コミュニケーション能力の習得」については、国ごとの相違が小さい。日本より重視度の高いのは、イギリスとオランダである。これは『理系』でも『文系』とほぼ同様の水準で評価されていることによる(『理系』『文系』における回答比率は、イギリスでは33%、27%、オランダでは29%、28%)。
 この結果をみる限り、授業内容の点で特に日本に固有の傾向があるとはいえない。むしろ共通性が高いといってもよいだろう。敢えて相違を指摘するならば、現実の課題に即した学習はむしろ日本で重視されていることである。

(4)授業の形態と方法

 在学中の活動時間の分析から明らかとなったのは、授業への出席以外の、自習を含めた学習活動時間が日本で短いことである。授業への出席時間が長いのは、授業への出席自体が重視されていることも背景として指摘できよう。自習等の時間に費やす時間が短いのは、それを求めない教授・学習スタイルの存在が想定される。質問票では「自学自習」の重視度や「授業方法の工夫」の充実度についても尋ねており、この点を検討してみよう(図3-9)。

図3-9 授業の形態と方法

 日本の場合、「自学自習」が重視されていたと回答したのは37%で、『文系』『理系』の相違はない。これはスペインの28%を除くと最も低い水準である。「授業方法の工夫」についての評価はさらに低い。充実していたと回答したのは、『文系』で17%、『理系』で14%に過ぎず、欧州各国と比較しても評価の低さが際だっている。日本における自習などその他の学習活動や、学期中以外の学習活動の短さは、「自学自習」が重視されていないことに起因していると考えられる。
 欧州の場合は、国によってばらつきがあるものの、スペインを除き5割~7割の者が「自学自習」が重視されていたと回答している。「授業方法の工夫」についてもスペインを除くと3割~6割の者が充実していたと答えている。双方ともに評価が高いのはイギリスである。専門分野による相違は明確な国とそうでない国とに分かれるが、『文系』において「自学自習」が重視される傾向が強い。
 教える内容についての相違はさほど顕著でなかったが、その内容の伝え方に関わる「自学自習」や「授業方法の工夫」という点では、日本における評価は明らかに低い。これが大学教育に対する評価にいかなる影響を及ぼしているかについては、次節で明らかにする。

(5)就職指導

 就職指導についてはどうか(図3-10)。日本では、「在学中の就業体験」について重視されていたと回答したのは『文系』で6%、『理系』で13%にとどまる。だが欧州でも10%前後の者しか重視されていたと回答していない。欧州の場合も、『理系』の方が『文系』よりも重視度は高い傾向にある。「就職指導の組織や企業実習機会の提供」についても、日本で充実していたと回答したのは『文系』で20%、『理系』で24%と決して高くない。しかし欧州でも、『文系』と『理系』を併せてみた場合、オランダで40%、フィンランドで26%と評価が比較的高いことを除くと、いずれも日本と比べて評価は低い。日本における在学中の就業体験の重視度や職業指導の充実度は十分とはいえないが、欧州でも同様の傾向にある。

図3-10 就職指導

 だが、就職指導の問題は重視度や充実度のみに還元できない。なぜならば、欧州では大学での学習内容と関係のある仕事を経験した割合が日本と比べて高く、また、大学を一時的に休んで仕事の経験をしたことがある者も多かったからである。欧州の場合、積極的な評価としては顕在化しなくても、在学中に就業経験をすることが制度的にあるいは文化的に既に埋め込まれていると考えられる。回答者の主観的評価と現実の構造は必ずしも一致するわけではなく、その辺りは意識調査の限界でもある。

(6)教員・学生との交流、施設・設備

 大学教育における能力形成の場は、授業時間のみに限らない。授業を越えた教員の活用や教員との交流について、あるいは学生同士の交流に日欧で相違があるのだろうか。日本では、「必要な情報を得るための教員の積極的活用」については25%、「課外で教員とコミュニケーションをもつこと」については18%しか重視されていたという回答者はいない。「授業以外で教員と接触する機会」についても、充実していたと回答した者は28%である。つまり、積極的に教員と交流したり、教員を活用したりしているわけではない。ただし、欧州における評価も決して高くない。日本よりも評価が高いのは、「必要な情報を得るための教員の積極的活用」ではイタリア、オーストリア、「課外で教員とコミュニケーションをもつこと」「授業以外で教員と接触する機会」ではフランス、イギリスのみである。むしろ相違が顕著なのは「学生同士が交流する機会や場」である。『文系』『理系』を併せてみた場合、日本では充実していたと回答したのは49%であるが、欧州ではいずれの国も6割~8割と評価が高い。また『文系』よりも『理系』において、充実していたと回答する割合が高くなっている。
 図書や教材、パソコンの整備状況はどうか。日本では、「図書館の施設や蔵書の整備状況」は3人に2人が充実していたと評価しているが、「教材・テキストの整備」、「パソコンや各種測定機器などの整備状況」の評価はいずれも3割台で、充実度は低い。なお「パソコンや各種測定機器などの整備状況」は『理系』の方が充実度が高い。欧州の場合、「図書館の施設や蔵書の整備状況」の充実度は、イタリア、チェコ、フランス、ドイツ、スペインで3割~4割と日本よりも低い。「教材・テキストの整備」についても、イタリア、フランス、ドイツの評価は2割台で日本よりも低い。日本より評価が高いのはノルウェー、フィンランド、オランダで、過半数が充実していたと回答している。「パソコンや各種測定機器などの整備状況」は日本で相対的に評価が高い。日本よりも評価の高い国はイギリスとフィンランドで、ほぼ半数が充実していたと回答している。また「教材・テキストの整備」「パソコンや各種測定機器などの整備状況」は、『理系』ほど充実度が高い傾向にある。

5.在学中の諸経験と大学教育に対する評価

 これまでみてきた就業経験や学習経験は、職場における大学教育に対する評価をどの程度規定しているのだろうか。質問票では、在学中に獲得した知識や技能をどの程度職場で使用しているかを5段階にわたって尋ねている。以下では、「頻繁に使っている」「かなり使っている」を『使用』グループ、それ以外に回答した者を『その他』グループに再分類し、『使用』グループを大学教育を評価しているグループとして扱う。

(1)在学中の就業経験は大学教育の評価を高めるか

 図3-11は在学中の就業経験の類型別、『文系』『理系』別に大学教育に対する評価をみたものである。まず明らかなのは、『文系』『理系』ともに、学習と関連した仕事を経験した者で評価が高いという点である。これは当然予想される結果だが、さらに興味深いことがある。図中には示していないが、学習と関連しない仕事を経験した者の評価は、仕事を経験していない者の評価よりもむしろ低い点である。この結果は、就業経験に対して過度な期待を寄せることはできないことを示唆している。大学教育に対する評価を高める上で重要なのは、就業経験そのものではなく、就業経験のタイプなのである(注3)。

図3-11 在学中の就業経験と評価

 日本の場合、『文系』か『理系』かで、評価の水準が基本的に異なる。『文系』では、仕事の経験がない者で20%、学習と関連した仕事の経験がある者では32%が大学教育を評価している。『理系』ではこの値がそれぞれ39%、48%である。つまり仕事の経験に関わらず、『文系』よりも『理系』で評価が高いのである。なお先述したように、学習と関係のない仕事を経験した者では、評価が大きく落ち込む(『文系』15%、『理系』30%)。これに対して欧州では、専門分野よりも仕事の経験の方が評価に影響している。つまり、『文系』であっても学習と関連した仕事を経験した者では、『理系』の仕事の経験がない者よりも評価が高い。学習と関係のある仕事を経験したか否かが、『文系』と『理系』の相違よりも評価の水準を規定しているのである。
 先に、欧州では学習と関係のある仕事の経験者が日本と比べて多いことを示した。そこで問題となるのは、日本でも学習と関係のある仕事を経験する者が増えれば、職場における大学教育の評価が欧州並みに高まっていくか、という点である。この議論は、結果的に学習と関連のある仕事に就けるか否かに依存する側面もあり、そう単純に推察できない。だが図をみる限り、フランスを除けば日本と欧州の間における評価の絶対値の相違はあまりにも大きい。これは、仕事の経験のないグループ、学習と関係のない仕事を経験したグループをみた場合のみならず、学習と関係のある仕事をしたグループに着目した場合にも該当する。学習と関連した仕事を経験しても、欧州の仕事の経験のない者の評価の水準に及ばないのである。つまり現状では、在学中の職業経験の充実を通して大学教育の職場における評価の水準を欧州並みにすることは困難だといえよう。

(2)学習内容の充実は、大学教育に対する評価を高めるか

 図3-12は、日本を対象に『文系』『理系』の別に在学中の学習経験の重視度、充実度を評価しているグループとそうでないグループを分類し、職場における大学教育に対する評価の回答傾向をみたものである。質問票では合計30項目を尋ねているが、ここでは学習経験に対する評価が高いグループとそうでないグループの間で、職場における大学教育に対する評価の相違が大きい13項目を取り上げている。

図3-12 学習内容の充実は、大学教育に対する評価を高めるか

 図からまず明らかなのは、在学中の学習経験の重視度が高い、あるいは充実度が高いと評価した者ほど大学教育に対する評価も高いことである(注4)。また、就業経験と評価の関係をみた際と同様に、専門分野による相違も大きく、重視度や充実度を問わず『理系』の方が『文系』よりも評価が明らかに高い。評価のレベルに着目すると、<1>『理系』の重視・充実グループ、<2>『文系』の重視・充実グループと『理系』の非重視・非充実グループ、<3>『文系の』非重視・非充実グループ、の3つの層に大きく分かれている。
 重視されていた、充実していたと回答した者で大学教育の評価が高い項目を上から挙げると、『文系』では「在学中の就業体験」(36%)、「必要な情報を得るための教員の積極的活用」(30%)、「授業方法の工夫」(29%)、「授業以外で教員と接触する機会」(29%)と続く。就業体験や授業の質、教員の活用・接触が大学教育の評価を高めていることがわかる。重視度や充実度が低かった者との間での評価の格差も、「在学中の就業体験」の19ポイントを筆頭に、いずれも13ポイント以上の開きがある。『理系』では、「コミュニケーション能力の習得」(50%)、「授業におけるアカデミックな内容の重視」(46%)、「必要な情報を得るための教員の積極的活用」(46%)、「授業方法の工夫」(45%)の順に、重視されていた、充実していたと回答した者で大学教育の評価が高い。重視度や充実度が低かった者との間での評価の格差は、「コミュニケーション能力の習得」の19ポイントを筆頭に、いずれも13ポイント以上の開きがある。
 日本の場合、13の項目間での相違があまり大きくないため、順位付け自体はさほど大きな意味を持たない。しかし、『文系』で「在学中の就業体験」、『理系』で「コミュニケーション能力の習得」が評価を高める項目のトップに位置づいていることは、我が国における大学教育の職業的レリバンスに欠けているものを反映した結果とも解釈でき、大学教育の改善を考える上で示唆するものは大きい。
 欧州の場合も同様の傾向にあるのだろうか。日本との比較という意味で、同様の13項目を取り上げて分析を試みた。なおここでは全ての国で比較を行うことはせず、フランス、ドイツ、オランダ、イギリスの4カ国のみの分析結果を示した(図3-13~図3-16)。欧州でもやはり、重視されていた、充実していたと答えた者ほど、職場における大学教育の活用度は高く評価されている。ただし、日本の場合とはいくつかの点で異なった特徴がある。
 第1は、国あるいは項目間で多少異なるが、重視度・充実度の有無が『文系』『理系』の相違よりも職場における大学教育の評価を規定している点である。これは、就業経験の分析の際にも明らかになったことで、フランスやドイツでこの傾向が特に強い。
 第2は、大学教育の評価を高める特定の項目があることである。今一度図3-12とグラフの形状を比較して欲しい。日本のグラフは横軸にほぼ平行であり、どれを重視あるいは充実しても、同じだけ評価が高まる構造になっている。これに対して欧州各国のグラフにははっきりとした凹凸が認められる。何が評価を高めているかが明瞭なのである。
 例えばフランスの場合、『文系』では「授業における実学性の重視」「在学中の就業体験」「就職指導の組織や企業実習機会の提供」、『理系』では「在学中の就業体験」「授業における実学性の重視」「コミュニケーション能力の習得」の順に評価に及ぼす影響が明確である。ドイツの場合、『文系』では「授業における実学性の重視」「研究プロジェクトに参加できる機会」「授業方法の工夫」、『理系』では「在学中の就業体験」「授業における実学性の重視」「コミュニケーション能力の習得」の順に評価に及ぼす影響が明確である。
 さらに第3に、これも就業経験の分析の際に触れたが、職場における大学教育の評価に対する日本と欧州との相違は、学習特性を考慮してもなお歴然としている。欧州と比較した際、日本で特に評価の低かった項目は「自学自習」や「授業方法の工夫」であった。だが日本でもこうした学習内容を改善していけば、職場における大学教育の評価が欧州並みに高まっていくかといえば、その答えは恐らくNOだろう。
 図3-12~図3-16のグラフを、『重視』あるいは『充実』グループではなく、『その他』のグループに着目して改めてみてほしい。『その他』グループでは、国を問わずどの項目に対しても、職場における大学教育の評価の水準に凹凸は認められない。これは、学習特性に関わりなく、各国の大学教育と職業との対応に関する基本的な構造、あるいは社会的意識を素直に現したものと理解される。そして、『その他』グループにおける国別の相違自体がそもそも大きいのである。1国内でみれば、学習内容のある項目が『重視』あるいは『充実』へとシフトすれば、評価も一定の高まりをみせることは事実である。しかしそれは、各国間の評価水準の格差を埋めるものではない。国ごとの大学教育に対する評価の問題は、職場における大学教育の活用度の低さ=大学教育の内容の問題、といった単純な図式では解釈できないのである。

図3-13 在学中の学習経験と評価(フランス)
図3-14 在学中の学習経験と評価(ドイツ)
図3-15 在学中の学習経験と評価(オランダ)
図3-16 在学中の学習経験と評価(イギリス)

6.結論

 日本の大学生は、欧州と比較して学習とは直結しない在学中の就業経験者が多く、大学を一時的に休んで行う長期的な就業を経験した者も極めて少なかった。また、授業への出席時間は長いものの、授業以外に費やす学習時間は少なかった。この背景には、出席は重視するが自学自習を重視しないという授業スタイルがある。さらに学習支援体制は整っているが、学習結果の評価は不十分であり、授業方法の工夫に対しても低い評価しか得られていなかった。授業の内容に関しては大きな相違はないが、授業のスタイルや質的な側面での課題が大きいのである。そして、職場における大学教育の活用度も非常に低かった。
 こうした我が国の大学教育の抱える諸課題は、従来からも指摘されてきたことであり、国際比較を通じて改めてそれらが浮き彫りにされたといえる。昨今、大学教育のアウトプット、つまり出口管理の充実が求められており、インターンシップの導入やより実践的・問題解決的な学習が促進されている。これらの学習システム・内容の改善が、職場における大学教育に対する評価を高めることは、本調査結果からも確認された。また学習と直結しない就業経験の効果はさほど期待できないなど、今後日本が新たに取り組む施策を実りあるものとする上で、欧州から学ぶべき点も少なくない。
 しかし評価、もっといえば評価の水準ということになると、さらなる課題に我々は直面する。欧州と比較して職場における日本の大学教育に対する評価は明らかに低いが、その格差は就業体験を充実したり学習方法・内容・システムを改善することでは埋まりそうにない、ということである。日本的な大学教育の課題は明らかに存在する。だが「役立っていない」という意識を成立させている要因を、そうした在学中の就業経験や学習特性に求めることには無理がある。
 ここで古くて新しい疑問が再度登場する。日本の大学教育は本当に(意識の面ではなく実質的に)職場で活用されていないのだろうか。あるいは欧州の大学教育は本当に(意識の面ではなく実質的に)職場で日本以上に活用されているのだろうか。最初にも述べたように、ここでは大学教育の職業的な評価の一側面を扱ったに過ぎない。個別の知識・技能・態度との関連といったミクロ的・実質的な側面や、大学教育と社会との接続をめぐる社会的意識といったマクロ的・文化的な側面をさらに分析して総合的に判断する必要があることはいうまでもない。しかし、教育実践と評価の間にはネジレが存在しており、欧州の実践をそのまま取り入れても評価の向上にはつながらないことを認識すべきだろう。
 我々はまだ、日本の大学教育に対する評価がなぜかくも低いのかについて十分な説明を持ち合わせていない。他方で社会が求めているのは、大学教育と職業との実質的なリンクである。この課題に応えるためには、大学教育に対する評価の構造の分析も含めたさらなる考察を要する。大学教育は職業的レリバンスの点でいくつもの可能性を持っているが、他方で職場でしか学べないものも存在し限界も明らかである。評価というと、高いにこしたことはないと我々は思いがちだが、評価の適正水準といったものも考える時期が到来しているのかもしれない。最後に1つのグラフを掲載しておこう(図3-17)。欧州でも現在の仕事に在学中の専門分野が一番ピッタリだとは認識されていない。彼ら・彼女らにおける評価の高さを支えているのは、それでもなお専門教育なのか、それとも大学全般の持つ教育力なのか、それとも神話なのか。「教育の実質的な成果」に基づいた評価を構築する道のりは遠い。

図3-17 現在の仕事と在学中の専門分野

(注)
(注1)専門分野別の分析を行うことができるのは、イタリア、フランス、オーストリア、ドイツ、オランダ、イギリス、ノルウェーである。以下の分析も同様。
(注2)注(1)を参照。スペインは専門分野別の分析が行えない。
(注3)欧州では、一時的に大学を休んでインターンシップを経験する者が多い。我が国で進められているインターンシップは現在のところ2週間程度が主流であるが、インターンシップの経験月数は評価水準を規定しているのだろうか。この点を検討したところ、インターンシップの長さと評価との間には明確な相違は認められなかった。ただしデータの制約上、1ヶ月未満の経験と1ヶ月以上の経験についての比較はできなかった。インターンシップの期間は最低1ヶ月は必要という意見もあり、2週間と1ヶ月の相違等はさらに議論する余地がある。
(注4)重視度、充実度が低いほどむしろ大学教育に対する評価が高い傾向にあるのは、「専攻分野や授業の自由な選択」「授業やコースを選択する自由」である。カリキュラム選択の自由度は、職場における大学教育の活用には結びついていない。


第4章 大学教育と職業の関係

1.問題と背景-日本では何がどのように論じられているか?

 高等教育段階における教育をどのように職業に関連させるべきかという問題は、日本とヨーロッパ諸国が共有する問題である。しかし、その背景をなすコンテクストには共通性と同時に、それぞれの国の固有性も存在する。EU11カ国と日本の高等教育卒業後3年の者を対象にして実施された国際比較調査のデータを用い、日本における大学教育と職業との関連の実態と問題点について、ヨーロッパ諸国と比較しながら検討し、日本の大学の教育組織が、今後どのように再編されていくのかを展望するのが本章の課題である。
 日本で大学教育と職業の関連がさかんに論議されるようになった背景について簡単に触れておこう。1992年から始まる18歳人口の急減によって日本の大学は21世紀初頭にもユニバーサル段階に突入することが必至となり、大学教育の質の維持が「問題」として取り上げられるようになった。この問題を議論する過程で従来の大学教育の目的と内容が再検討に付され、大学教育の職業的レリバンスの問題も浮かび上がってきたのである。ヨーロッパの多くの国には、「大学」のみならず、職業人養成を目的とする「非大学型高等教育機関」も高等教育の重要な一角を占めている。したがって、高等教育段階における職業教育のあり方をめぐる議論は、「非大学型高等教育機関」と「大学」との制度的な役割区分を前提にしておこなわれてきた。それに対して戦後日本の高等教育には、「大学」に比肩しうる有力な「非大学型高等教育機関」は存在しない。このため、日本の大学は、急激に規模を拡大して多数の大卒人材を社会に送り出してきたという厳然たる「事実」があるにもかかわらず、その根強いアカデミックな研究志向のゆえに、職業教育の問題を大学教育の目的と関わらせて論議する雰囲気は、医学部や教員養成学部のような専門職業人養成を本来的な目的とする学部を除き、なかなか顕在化しなかった。その雰囲気が、18歳人口の急減とユニバーサル化への趨勢という現実に直面して一変したのである。また、1990年代に入ってからの財政事情の悪化によって、大学投資へのアカウンタビリィ圧力が高まり、大学が社会に大量に送り出している卒業生は、投資に見合うだけの知識と能力を備えた人材として育成されているのか、という社会から大学への問いかけも、大学教育の職業的レリバンスという問題の浮上に一層の拍車をかけた。
 しかし、このような背景の下で1990年代に急速に進行した大学改革が大学教育の目的、とくに学士教育段階での教育のあり方に関する議論の混乱を生み出したことは否定できない。大学設定基準の大綱化によって学士教育段階での「一般教育」と「専門教育」の区分がとりはらわれ、「一般教育」のカテゴリーの中に占めてきた教養教育の位置づけが曖昧になった。また、これをきっかけに国立大学で急速に進行した教養部の廃止によって、教養教育を担う責任主体の組織は弱体化・不安定化した。その結果、学士教育段階において肥大化した専門教育は、その目的を、教養教育との関連よりも、社会的・職業的ニーズとの関連の中に求めるようになった。こうした経緯もあって、大多数の大学は異口同音に「職業人養成」や「職業に直結する専門教育」を唱えるようになった。しかし、この目的に沿って養成したはずの卒業生が、大学で学んだことを十分に活用できる仕事に就くことができる制度的保障はない。日本の大学教育の職業的レリバンスの問題について議論するにあたっては、以上のような背景を念頭に置く必要がある。

2.日本における「大学教育の職業的レリバンス」の問題の固有性
  -2つの側面からの検討

 そこで、日欧の大卒労働市場の制度的仕組の違いに注目し、その視点から日本における大学教育の職業的レリバンスの問題に固有の問題状況について、調査データに基づいて述べることにする。

1)日本の大卒労働市場の特性

 日本の大卒労働市場が、医師など特定の専門職を除き、職業別に編成されていないことは周知の事実である。このことは、本調査のデータからも確認することができる。図4-1は、日本およびヨーロッパ諸国における高等教育卒業者の従事している職業(卒後3年時点)について、大学での専攻分野別に、その構成比を示したものである。ヨーロッパの多くの国では、どの専攻分野の出身であっても、専門職と準専門職が高等教育卒業者の就く主要な職業になっている。それに対して、日本では専門職に就く者の比率は相対的に低く、一般事務職、サービス職・販売職従事者の比率が極めて高くなっている。とくに、社会科学、経営、法律を専攻した卒業生の従事している職業分野の構成は極めて類似しており、ほとんど区別がつかないほどである。また、理学系、工学系の出身者も、専門職従事者の比率はヨーロッパとほぼ同じ水準であるが、これ以外の者が準専門職に就く割合は低く、むしろ、一般事務職、サービス職・販売職に従事する者のほうが多い。
 専門職や準専門職は、入職に際して特定の「資格」を必要とするか否かの問題は別にしても、おもに学校のスクーリングを通じて一定程度の体系的な専門的知識を習得していることが前提とされる職業である。この点で日本とヨーロッパの諸国に違いはない。日本の大卒者が卒業後の比較的早い時点で専門職に就いている者が少ないということは、大学で学んだことがなかなか仕事に直結しないことを意味する。つまり、「専攻分野の教育内容が適切であるかどうか」を論じる以前に、そもそも「大学で学んだ知識を活かす場」がすぐには得られない制度的仕組みになっているのである。

図4-1 専攻と職業(A~C)
図4-1 専攻と職業(D~F)
図4-1 専攻と職業(G)

 日本では、大学が学部段階において特定の職業に就くことを想定して専攻分野の教育をおこなうために不可欠の前提条件が、労働市場側に整っていないともいえる。

2)大学における専攻分野と仕事との関連性

 このことは、自分の受けた大学での教育が、現在の仕事の内容とどの程度の関連性をもっているかを卒業生に尋ねた質問への回答結果からも裏付けられる。日本の大学卒業生の13.8%は、「大学での勉強は現在の仕事と全く無関係だ」と答えており、「大学で何を専攻したかはそれほど重要でない」と答えている者も27.2%にのぼり、ヨーロッパ諸国に比べて非常に高い数字を示している(図4-2(A))。しかし、専門職に就いている者だけを取り出してみれば、やや高めではあるものの、日本の数字がそれほど突出しているわけではない(図4-2(B))。ヨーロッパ諸国の高等教育卒業者にはあまり縁のない一般事務職、サービス職・販売職に従事する大卒者が日本には大量に存在し、かれらの回答傾向が大卒者全体の数字を引き上げているのである(図4-2(D))。大学での専攻分野別にみれば、「仕事と無関係」、「それほど重要でない」の回答率は、いわゆる文系学部の出身者に高いが、理学系と工学系の出身者の回答率も決して低くはない(図4-2(C))。

図4-2 専攻分野と仕事の関連性の評価(A~C)
図4-2 専攻分野と仕事の関連性の評価(D~F)
図4-2 専攻分野と仕事の関連性の評価(G)

 「現在の仕事の満足度」を尋ねる質問への回答傾向をみても、日本の大卒者の満足度は他の国に比べて低く、それは一般事務職とサービス職・販売職に従事する大卒者の満足度の低さに起因する(図4-3)。

図4-3 現在の仕事への満足度

 では、日本の大学教育の職業的レリバンスに問題がないのかといえば、それは正しくない。日本の大卒専門職従事者が(大学の専攻分野は)「仕事と無関係」(A)あるいは「それほど重要でない」(B)と回答する比率は、ヨーロッパの諸国と比べてそれほど極端に高いわけではない、と述べたが、これをさらに専攻分野でブレークダウンすると、A+Bの比率(%)は、社会科学系(20.5+21.7)、法学系(15.8+18.4)、理学系(5.9+21.2)、工学系(3.4+17.4)、経営系(4.8+15.5)、保健・医療系(2.1+5.7)となり、専攻分野間にかなり大きな差があるのである。ヨーロッパ諸国と比較して極端な差があるのは法学系(次に多いのはオーストリアの4.0+3.1)と理学系(次に多いのはフランスの5.7+8.4)である。この2つの専攻分野は、日本では、専門職としての職務遂行に不可欠な専門的知識が大学で十分に教育されていないことを示している。なお、社会科学系は、イタリアを除けば(2.3+5.8)、最も少ないフランスでも(4.4+15.0)%とどの国でも高い値を示しており、社会科学系知識の職業的レリバンスの問題は、ほぼ各国に共通しているものといえよう。

3.結論と今後の展望-日本の大学の教育組織はどのように変わっていくのか?

 以上の考察から本報告の結論と今後の展望は次の4点にまとめられる。
 第1に、日本では、大学における教育内容の職業的レリバンスの問題に先立って、専攻分野と職業分野との制度的次元でのマッチングをいかに図るべきかという問題が潜んでいる。この制度的ミスマッチが現在より多少とも緩和されることが、大学教育に職業的レリバンスをもたせるための最低限必要な条件であろう。制度的ミスマッチの問題は、大学の教育組織の編成のみならず、職業構造の編成にも関わる問題であり、専攻分野と職業との関連を、教育内容の職業的レリバンスという「質」の観点から検討する前に、人材の需給関係という「量」の問題が検討される必要がある。
 第2に、とはいえ、日本の大学の側にも教育面で改善すべき余地は充分にある。専門的知識を必要とする専門職従事者にも、それらの知識が必ずしも十分に大学の教育を通じて得られていないと感じている者が多いからである。法学系、理学系の分野ではとくにこのことがあてはまる。
 第3に、日本では今日、たとえば、高度な経営管理能力を備えた人材や法曹実務家への需要の高まりにみられるように、専門職業人養成の担い手として大学院レベルの教育に目が向けられている。しかし、現在の学部教育と大学院教育との制度的接続の関係に手をつけないままに、この方向での制度化が進行していけば、学部教育の一部分は、専門大学院への進学準備教育としての連続性や一貫性を謳わない限り、その専門性や独自性を主張することは難しくなる。これを主張しうる法学系、経営学系の学部を持つ大学は限られているので、それ以外の大学の既存の法学部、経営学部は、どのようにしてその存在理由を示すことができるのであろうか。この問題は、学部編成の再編につながる重要な問題を孕んでいることは確かである。
 最後に、日本のみならず、ヨーロッパの高等教育にも共通する問題点を指摘しておこう。大学で生産・再生産される、ディシプリンとしての「知」の基盤そのものが揺らいでいる分野もあるということである。たとえば、社会科学系の「知」の直面している状況は、これに該当するのかも知れない。経営管理者や法律家などの専門職業人の養成という、明確な教育目的を掲げやすい経営系、法律系の分野と比べると、アカデミックなオリエンテーションの強い社会科学系の学部における専門職業人養成の目標を明確にするのは容易なことではない。そして、この問題状況は、必ずしも日本に固有の現象ではないのかもしれない。ウォーラースティン(Wallerstein, 1996)のいうように、「近代」(modern)における国家、市場、市民社会という3つの領域の社会的分離とともに成立した「法則定立的」(nomothetic)学問としての政治学、経済学、社会学などの社会諸科学が、「ポスト近代」(post-modern)の歴史の転換点を迎えて、その職業的レリバンスはおろか、社会的レリバンスをも喪失しているのであるとすれば、日本に限らずヨーロッパの多くの国々も共通の問題を抱えているのであり、それだけに問題の根は相当深刻だといわざるを得ない。
 1980年代の後半から、日本の大学には「国際」や「情報」、「環境」、「福祉」などの名称を冠した学部が続々と設けられた。その多くは従来の伝統的なディシプリンにとらわれずに社会からの人材ニーズに応えようとすることを目的にしている。その一方で、大学院レベルでの学術研究機能の強化とともに、専門大学院の設置による高度専門職業人の養成制度の導入・定着も試みられている。戦後の日本では、高等教育段階での人材養成は制度的に一元化された4年制大学の学部においておこなわれてきた。ヨーロッパの多くの国では、人材養成は大学と「非大学型」高等教育機関とのあいだでヨコの機能分担がおこなわれているが、日本では、人材養成の問題は学部と大学院のタテの役割分担関係も含む視点から議論されている。高等教育の職業的レリバンスの問題は日本でもヨーロッパでも共通の大きな問題となっているが、このような制度的コンテクストの違いを念頭に置く必要がある。学部教育の目的が大学院教育とのタテの役割分担によって質的に転換していくなかで、従来の伝統的なディシプリンの枠にしたがって組織されていた日本の大学の学部構成はドラスティックに変化していくことが予想される。

引用文献
Kehm, B.M. & Teichler, U.(1995)Higher Education and Employment, European Journal of Education, 30, pp.407-422
Wallerstein, I.(1996)Open the Social Sciences, Stanford University Press, Stanford.

〔本稿(第4章)は、国際労使関係協会第12回世界会議のスペシャルセミナー「高等教育から職業への移行」(2000年5月31日、東京)に提出した報告原稿に若干の修正と加筆を施したものである〕


第5章 高等教育修了後の継続教育訓練

1.問題関心と分析課題

 本章では、高等教育修了後の継続的な教育訓練の実態を検討する。
 今回の質問紙では、継続教育訓練に関して、まず大学卒業後の「キャリアアップのための教育・訓練(長期のもの、あるいは、資格に結びつくもの)」の経験についてたずね、続いて「キャリアアップのための短期の教育・訓練(短期セミナー、ワークショップ、自己啓発など資格に結びつかないもの)」の経験を詳しくたずねている。本稿では、上記のうち前者を「長期教育訓練」、後者を「短期教育訓練」と呼ぶことにする。
 これらの質問を用いて、本章ではまず長期および短期の継続教育訓練へのアクセスとニーズを概観する(第2節)。続いて、次の2つの問題関心に基づいて、より詳細な検討を加える。
 問題関心の1つは、教育訓練がいかなる主体のイニシアティブで実施されており、それが労働市場内における諸個人の行動にどのような影響を与えているのか、という視点である。継続教育訓練はその実施主体に応じて、職場主導/個人主導という二つのカテゴリーに大きく分類できる。職場主導の教育訓練とは、職場が費用を負担し、内容を指定して、職場の業務上の目的のために行うものである。個人主導の教育訓練とは、個人が自ら費用を負担し、自分のキャリア形成に役立つと考える内容を学ぶ場合である。これら異なるタイプの教育訓練が、それぞれ各国でどの程度の比重を占めているのか。それらを経験することが、雇用の獲得や転職など個人の職業キャリアに関わる変数にどのような影響を与えているか。たとえば職場主導の教育訓練を経験することは離職を抑制する効果をもつのか。これらの問いを検討することを本稿は課題の1つとする(第3節)。
 第2の問題関心は、高等教育で形成される能力、継続教育訓練で獲得される能力、職務上の能力要件、教育訓練ニーズという、個人の能力形成をめぐるシークエンスはどのような連関構造をもっているのか、ということである。どのような高等教育バックグラウンドをもち、どのような職務上の必要に直面している者が、どのような教育訓練を受けているのか。また、もっとも大きな教育訓練ニーズをもっているのはどのような状況に直面している者なのか。大学教育とその後の能力形成との関係を仮説化するならば、すでに高い能力を得ている者がさらにそれを伸ばすために教育訓練を受けるような場合は能力「上乗せ」説ということになる。逆に、すでに得た能力が水準的・内容的に十分でない場合に、それを補うために教育訓練を受けるとすれば、それは能力「補填」説であるといえる。この2つの説のいずれが当てはまるのかを、データから可能な範囲で検証してみたい(第4節)。
 以上の問題関心に基づき、以下の各節では、まず前半で各国の国別特徴を把握することを目的とした検討を加え、続いて後半では日本を主な対象として詳しい分析を加える。

2.継続教育訓練へのアクセスとニーズ

(1)アクセスとニーズの国際比較
 まず、長期および短期の教育訓練を経験した者の比率と、短期教育訓練についてはその時間数を示したものが表5-1である。この表から明らかなように、日本は長期・短期とも経験率が他国と比べてかなり低い。特に短期教育訓練については、調査対象国の中で経験率が最低となっている。このような日本の経験率の低さは、部分的には、今回の調査票のワーディングに影響されていると考えられる。すなわち、調査票上での「キャリアアップのための」という教育訓練の定義が、職場の新人研修などを除外するという印象を与えたと推測される。そう考える理由の1つは、労働省が毎年実施している「民間教育訓練実態調査」においては、25歳未満の若年者の半数強が過去1年間にOff-JTを経験しており、その値と比べて今回調査の値が低すぎるからである。

表5-1 教育訓練の経験率と期間

 ただ、他国の調査票でも、教育訓練を長期については「専門的な能力や資格を獲得したり維持するために必要な継続的教育訓練、あるいはその他の長期にわたる専門的訓練(‘further education and training required in order to obtain or keep a professional qualification or another longer professional training')」、また短期については「あなたの現在および将来のキャリアに関連したその他の追加的・継続的な教育訓練(短期コース、ワークショップ、自学自習など)‘other additional/further education/training(short courses, workshops, self-study etc.)related to your career or to a future career that you might pursue'」と限定的に定義しており、日本語調査票での定義が著しく狭いわけではない。それゆえ、今回の調査結果の数値は、他国との比較という点では使用に耐えるものと考え、以下の分析を進めることにする。
 以上のように考えると、日本は他の先進国と比べて、職業キャリアを追求するための学卒後の教育訓練機会は決して豊富ではないといえる。先の表1には短期教育訓練の時間数も示してあるが、日本は経験率が低いだけでなく経験した教育訓練の時間数もイギリスに次いで短い。むろん、今回の調査票で把握できるのはOff-JTのみであり、OJTをも考慮に入れるならば、日本における離学後の能力形成が特に劣っているわけではないという可能性もある。しかし少なくともOff-JTに関する限り、日本の高等教育修了者に与えられる教育訓練機会はヨーロッパ諸国に比べてかなり少ないことは確かである。
 また、ヨーロッパ諸国のサンプルには、大学以外の高等教育機関を終了した者や、過去に就業等を経験した後に比較的高い年齢で再就学したいわゆる社会人学生がかなりの比重で含まれている場合があるため、そうした事柄が継続教育訓練経験に影響しているかどうかについても検討を加えてみた。まずフランス、デンマーク、ノルウェー、イギリスなど大学以外の機関の修了者を多く含む国において、機関のタイプによる違いをみると、総じて大学以外の機関よりも大学タイプの機関の修了者の方が、長期教育訓練を多く経験するという傾向がある。短期教育訓練に関しては機関タイプによる経験率の差はほとんどみられない。さらに、本人が社会人学生であったか否かによる違いをみると、長期教育訓練については社会人学生よりも若年の伝統的学生であった者の方が多く経験する傾向があり、短期教育訓練については国によって異なるがそれほど大きな差はみられない。すなわち全体的傾向としては、大学タイプの高等教育機関を若い年齢で修了した者の方が、継続教育訓練を経験する率が高いといえる。日本のサンプルはほぼ全員がこの条件に該当するため、他国においてもその該当者のみを抽出して比較した場合、日本における教育訓練経験率の低さがさらに際立って表れることになる。
 なお、表5-1で各国における長期と短期の教育訓練経験率を比較すると、チェコスロバキア・イタリア・日本を除く多くの国では短期教育訓練経験率の方が上回っており、一般的に高等教育修了者の追加的能力形成に関しては短期の教育訓練が主要な方法であるといえる。
 続いて、短期教育訓練を経験した者を対象として、どのような教育訓練機関を利用したかを複数回答形式でたずねた結果を表5-2に示した。多くの国で民間教育訓練機関の利用が盛んである。社内訓練もそれに次いで利用頻度が高い国が多いが、イタリアとスペインでは社内訓練の利用率は低い。これは後にみるように、イタリア・スペインでは高等教育修了後、就業に至る以前に訓練を受けるケースが多いためである。また、ノルウェーやフィンランドなど北欧諸国では継続教育訓練に高等教育機関が活用されている(スウェーデンではこの設問が除かれているが、もしあれば同様の結果であったと思われる)。それに対して日本では、高等教育機関が活用される率が他国と比べて顕著に低く、代わりに通信教育が比較的多く利用されていることが特徴的である。

表5-2 短期教育訓練の実施主体

 表5-3は、短期教育訓練の内容を複数回答形式でたずねた結果である。調査対象国全体では、「自分の専門に関連する最新の学問的知識」がもっとも多く学ばれており、それに「コンピュータを扱うスキルの習得」、「仕事に必要な分析技法の習得」、「さまざまな分野にわたる学問的・学際的な知識」、「口頭や文書によるコミュニケーションやプレゼンテーションの技術」など、学問的ないし情報処理・伝達技術に関する内容が多くなっている。その中で、国別の比重の置かれ方は様々である。日本では「分析技法」が相対的に多い点を除けば、いずれの項目も他国と比べて教育訓練が充実しているとはいえない。

表5-3 短期教育訓練の内容

 また短期教育訓練を受けた目的についても表5-4に示した。イタリア・スペインでは「再訓練を受けること(他の職業やキャリアに向けての)」を選択した比率が他国と比べて高い。次節でみるようにこの両国では高等教育修了後、就業にいたる前に教育訓練を受けた者の割合が大きく、大学を出ても職が見つからない者が仕事に就くために大学教育とは関連の薄い内容を学ぶ例がかなりあることがうかがえる。日本では、「最新の知識を得ること」を目的として挙げた率が相対的に低く、逆に「キャリアの向上、昇進」を目的とする率が比較的高いが、これは教育訓練経験をたずねた際に「キャリア・アップのための」というワーディングが用いられたことの影響を受けている可能性がある。

表5-4 短期教育訓練の目的

 以上は継続教育訓練へのアクセスの国別特徴であるが、今後の教育訓練ニーズについても概観しておこう。図5-1は「さらに教育や訓練を受けて自分の能力を高めたりリフレッシュさせる必要性」を感じる度合いを国別に示したものである。日本はオーストリアに次いで教育訓練ニーズが強い。他のヨーロッパ諸国については、ニーズが比較的低いフランスとオランダを除けばほぼ同じ水準である。なお、この教育訓練ニーズを、実際のアクセスとの関連でみてみると、アクセスが潤沢でかつニーズも強いオーストリア、アクセスは限られているがニーズも低いフランスの存在により、両者の連関は明確でなくなっている。しかしこの2国を除くと、総じてアクセスとニーズの間には国単位でみた場合に負の連関がみいだせる。日本はアクセスが乏しくニーズが高い国の典型例である。

図5-1 教育訓練ニーズ

(2)日本におけるアクセスの格差

 以上にみたように、日本では他国と比べて継続教育訓練の機会が少ない。では日本の内部では教育訓練へのアクセスにはどのような格差が存在するのか。雇用状態および大学での獲得能力などを軸とした分析は次節以降で行うので、ここでは性別・年齢および大学での専門分野、現職の職種という基本的な変数による違いをみておこう。
 まず性別については、図5-2にみられるように、女性の方が、特に長期の教育訓練に関して男性よりアクセスが大きい。男性より女性の方が継続教育訓練を多く経験するということは、他の多くの調査対象国においても観察される。そして男性と女性の間では、短期教育訓練に利用する教育訓練機関にもやや比重の相違がみられる。女性は民間訓練機関や高等教育機関を男性に比べて多く利用するのに対して、男性は社内訓練や通信教育を利用する頻度が女性よりもやや高い。ヨーロッパ諸国では、高等教育機関を女性がより多く利用する傾向がやはりみられるが、社内訓練だけでなく民間訓練機関についても男性の方が利用頻度が高い国が多い。

図5-2 日本における教育訓練経験率と短期教育訓練の実施主体

 年齢については、日本国内では短期・長期のいずれもアクセスに明確な差が見いだされなかった。ヨーロッパ諸国では、長期教育訓練が若年ほど豊富なイタリア・オーストリア、逆に高年齢ほど豊富なノルウェー・フィンランド、短期教育訓練が若年ほど豊富なイタリア・スペイン、高齢ほど豊富なオランダ・ノルウェー・チェコスロバキアを除けば、年齢による違いはほとんどないか、一貫した傾向が見いだされない。
 また大学での専攻分野によるアクセスの違いを示したものが図5-3である。日本では法学系および社会科学系が短期・長期とも比較的多く経験する傾向があり、自然科学系・工学系・保健系などいわゆる理科系では、特に長期の教育訓練に関して低調である。多くのヨーロッパ諸国でも、特に長期訓練へのアクセスが法学系において多く自然科学系および工学系で少ないことは観察されるが、オーストリア・デンマーク・ノルウェーなどでは保健系の教育訓練が長期・短期とも潤沢であり、また工学系出身者でも短期教育訓練については豊富に経験している国が少なくない。

図5-3 日本における専攻分野別教育訓練経験

 調査時点で職業に就いている者を対象として職種別にアクセスをみると(図5-4)、ホワイトカラー的職業の中では一般事務職において長期教育訓練が多く、準専門職では長期だけでなく短期の教育訓練も豊富に経験している。管理職や専門職では相対的に継続教育訓練が少なめである。しかしヨーロッパ諸国では、いくつかの例外を除く多くの国で、専門職が教育訓練を相対的に多く経験する傾向がある。

図5-4 日本における職種別教育訓練経験

 なお、長期教育訓練については、その内容を日本独自の項目により分類した結果がある(表5-5)。男女とも「ビジネス実務関係」がもっとも多く、それに次いで男性では「入門・一般ビジネス関係」および「国家資格系」、女性では「語学関係」となっている。これら以外に性別で差がみられるのは、「技能関係」が男性に多く、「スポーツ・趣味・芸術・ファッション関係」および「パソコン・ワープロ関係」が女性に多いということである。

表5-5 日本における長期教育訓練の内容

 また、継続教育訓練ニーズについても概観すると、性別では男性よりも女性の方がやや高い。これも他の多くの国で観察される事柄である。年齢別の差は日本では明確ではないが、ヨーロッパではフランス・デンマーク・ノルウェー・フィンランドなど高年齢ほどニーズが強く感じられている国がみられる。専攻分野による差も日本ではほとんどみられないが、多くのヨーロッパ諸国では保健系におけるニーズが特に高くなっている。職種別では、日本ではサービス・販売職においてニーズが比較的低い点を除くとホワイトカラー系職種の間ではほとんど差がみられない。ヨーロッパでは国により専門職で高い場合や一般事務でむしろ高い場合など多様である。

3.職業キャリアと継続教育訓練-職場主導か個人主導か-

(1)教育訓練と雇用との関係の国際比較

 本節では、継続教育訓練と雇用との関係を検討する。主な検討点は、第1に、継続教育訓練を受けた際に個人がいかなる雇用上の地位にあり、教育訓練の費用は誰が負担したかということ、第2に、そのような継続教育訓練が個人の職場定着や離職、あるいは収入にいかなる影響を及ぼしているかということである。
 今回の調査票では、長期教育訓練に関する情報は限られているが、短期教育訓練に関してはかなり詳しい質問が設けられている。まず、短期教育訓練の費用負担主体を複数選択形式でたずねた結果を表5-6に示した。イタリアとスペインを除く多くの国では「勤務先負担」の比率が60~80%を占めており、短期教育訓練については総じて「職場主導」の比重が大きいと言える。イタリアとスペインでは自己負担の比率がきわめて高く、公的負担もかなりの比重を占める。これは一つには、この両国では短期教育訓練を受けた時点で仕事に就いていなかった者がかなり高い比率を占めていることによる。それは、教育訓練時間が有給の勤務時間として扱われたか否かを示した次の図5-5から知ることができる。イタリア、スペインでは、就職していなかった者が30~40%を占めている。

表5-6 短期教育訓練の費用負担者
図5-5 短期教育訓練時間の扱い

 日本については、イタリアやスペインほどではないが勤務先負担の率が約50%と相対的に低めであり、自己負担の比率も30%前後に達している。また教育訓練時間が有給の勤務時間として扱われた率は他国と比べても低くないが、他方で有給の勤務時間ではないと答えた率もイタリア・スペインに次いで大きい。すなわち、日本では先に見たように全体として教育訓練機会が豊富でない上に、その教育訓練のかなりの部分が個人の努力によって調達されているといえる。
 この調査票では、教育訓練を受けた時にいかなる雇用上の地位にあったか、そして教育訓練後それがどのように変化したかを直接にたずねてはいないため、上で用いた教育訓練時間の扱いなどの質問から間接的に把握したり、あるいは他の変数との関連をみることで推測したりする必要がある。その一環として、教育訓練と雇用との関連を、長期・短期の教育訓練経験と現在の雇用上の地位の国別クロスでみたものが図5-6である。まず長期教育訓練については、現在正規の就業形態で働いている者の方が経験率が高い国(オーストリア、オランダ、イギリス、ノルウェーなど)と、逆に現在正規就業ではない者の方が多く経験している国(イタリア、スペイン、フランス、デンマーク、フィンランド、日本など)がいずれも存在する。前者は追加的な長期教育訓練が雇用に結びついたり、就業と平行して長期教育訓練が可能な国であると考えられる。また後者は離学後の失業対策として長期教育訓練を受ける場合が多い国であると考えられる。このように長期教育訓練の場合は、雇用との関係は両義的であり、国によってその意味合いは異なるといえる。

図5-6(1) 長期教育訓練経験と現在の雇用状況
図5-6(2) 短期教育訓練経験と現在の雇用状況

 他方で短期教育訓練については雇用との関係はより明白である。スペインやオランダ以外のほとんどの国において、現在正規就業である者の方が短期教育訓練をより多く経験している。先に費用負担者に関して見たとおり、短期教育訓練は正規の仕事に就いた上で「職場主導」で行われることが多いということが再確認される。
 それでは、このような性格をもつ短期教育訓練は、離職とどのような関係をもつのだろうか。職場が費用を負担して短期教育訓練を行うことは、離職の抑制につながっているのだろうか。図5-7は、短期教育訓練の経験の有無別に、1つの職場への定着率を示したものである。フランス、オーストリア、デンマーク、イギリス、日本などで短期教育訓練の経験者の方が定着率が高くなっているが、非経験者との差は総じて大きなものではなく、逆にイタリア、スペイン、オランダなど、むしろ短期教育訓練を経験していない者の方が定着率が高い国もみられる。そこでさらに、短期教育訓練の費用負担者別に定着率をみた結果が図5-8である。イタリア以外のすべての国において、職場負担で短期教育訓練を受けた場合には自己負担で受けた場合と比べて職場定着率がかなり明確に高くなっている。特に日本では差が著しい。この結果は、職場主導の教育訓練が離職を抑制する効果をもつことを示唆している。しかしここでも、離職と教育訓練の前後関係などの詳しい情報を欠いていること、勤務先規模など他の変数を統制していないことなどのため、推測の域を出ない。また、日本以外の各国では離職率の差は相対的なものにすぎず、職場主導の教育訓練を経験した者でも約半数以上は離職も経験しているため、前述の効果の威力は限定的なものである。また国単位でみた場合、職場が短期教育訓練費用を負担している国ほど定着率が高いというような連関は見いだされないため、教育訓練の費用負担と職場定着/離職との関係は、それぞれの国の制度的・規範的環境の枠内で把握する必要があるといえよう。

図5-7 短期教育訓練経験と職場定着率
図5-8 短期教育訓練負担と職場定着率

(2)日本における継続教育訓練と雇用との関連

 本節では、日本内部に焦点をしぼり、職場主導/個人主導の長期/短期教育訓練が職業キャリアとどのように関連しているかを検討する。
 日本調査では長期教育訓練についても費用負担者に関する質問(単数回答)を設けているので、まずその結果をみておくと、長期教育訓練経験者の中で「ほとんど自分」で費用を負担した者が51%、「すべて勤務先」が負担した者が30%、「一部自分で」負担した者が13%となっている。短期教育訓練と比べて自己負担の率が高いが、職場負担の場合も3割を占めていることが注目される。
 では教育訓練経験は職場特性とどのように関連しているのか。現在の勤務先のタイプと従業員数を軸として、長期/短期の教育訓練経験および費用負担の状況を示したものが表5-7である。長期教育訓練は、勤務先タイプでは自営、従業員数ではごく小規模の職場の場合に経験率が相対的に高く、かつ費用を自己負担している場合が多い。勤務先負担による長期教育訓練の実施は500~999人程度の中規模企業において実施率がピークとなっている。短期教育訓練の場合は、自営や小規模な勤務先では経験率が低く、費用負担者に関しては一貫した傾向がみられない。

表5-7 長期/短期教育訓練経験と費用負担者(勤務先タイプ・従業員数別)

 さらに、長期/短期の教育訓練経験とその費用負担の状況が、勤務先への定着率にどのように影響しているかを、ロジスティック回帰分析によってみた結果を表5-8に示した。表に明らかなように、企業規模の効果を除外した上でも、職場負担の教育訓練は定着を促進する効果をもっており、その度合いは長期教育訓練より短期教育訓練の方が大きい。逆に自己負担の教育訓練は定着に対してネガティブな効果をもっており、そのネガティブさの度合いは短期教育訓練より長期教育訓練の方が大きい。すなわち、自己負担より職場負担の方が、また長期のものより短期の教育訓練の方が、職場への定着に対するインセンティブとなっていることが確認できる。短期のものと比べて長期の教育訓練の方が離職や流動性と親和的なのは、長期の教育訓練が資格等の客観的能力証明に結びつく場合が多く、それが外部労働市場においても有効なシグナルとして機能するためであると考えられる。

表5-8 職場定着の規定要因(ロジスティック回帰分析)

 なお、収入を被説明変数とし、継続教育訓練変数と企業規模・職場定着を説明変数とする重回帰分析を行ったところ、長期教育訓練(職場負担と自己負担の双方)および自己負担の短期教育訓練は収入に対して符号的には負の影響を及ぼし、職場負担の短期教育訓練は符号的には正の影響を及ぼすという結果が得られたが、これらの影響はいずれも統計的に有意ではなかった。日本では大卒後3年目という時点に関する限り、継続教育訓練よりも職場の規模やそこに定着するかどうかということが収入を強く規定しているといえる。

4.能力と継続教育訓練-上乗せか補填か-

(1)大卒時能力・職務能力要件と継続教育訓練の国際比較

 本節では、能力形成のシークエンスとの関連から継続教育訓練の経験やニーズを検討することが課題である。ここで取り上げる主な変数は、<1>大卒時能力、<2>継続教育訓練経験、<3>職務能力要件、<4>教育訓練ニーズの4つであるが、このうち<2>は大卒後現在までの経験、<3>は現在の要件、<4>は将来的なニーズであるため、この4つは時間的には<1>→<2>→<3>→<4>という前後関係にある。この前後関係において、時間的により前に位置する変数が、その後の変数にどのような影響を及ぼしているかについてそれぞれみてゆきたい。この<4>者の間に正の連関が見いだされる場合には、能力形成の連鎖は「上乗せ」的に作動していることになり、負の場合には「補填」的に作動しているといえる。なお上記4変数のうち<2>と<4>の関係についてはすでに第1節で触れ、国単位でみると明確な連関がみられないことを指摘している。
 上記の変数の中で<1>と<3>については、調査票の中にそれぞれ36の能力項目に関して5段階で自己評価してもらう形式の質問が設けられており、それに対する回答結果をスコア化したものを分析に用いる。まず、各国における大卒時能力と職務能力要件の水準を総合的に検討するため、両者の総合計点の平均値、およびそのギャップを図5-9に示した。図から明らかなように、日本はヨーロッパ諸国に比べて大卒時能力の自己評価が顕著に低く、それに対して職務能力要件は低くないため、両能力間のギャップが極めて大きいことを特徴とする。現在の職務において高等教育で獲得した知識をどの程度活用しているかをたずねた結果を見ても、日本は知識の活用度が非常に低い。すなわち、少なくとも今回のような調査方法で把握できる限りにおいては、職務の遂行能力の獲得に関して高等教育が果たす役割が、ヨーロッパ諸国に比べて日本では非常に小さいということになる。
 またこの図5-9からは、総じて大卒時能力が高い国ほど職務能力要件が高いという傾向がよみとれるため、この両者(<1>→<3>)の間には正の連関が見いだせる。

図5-9 大卒時能力・職務能力要件と能力ギャップ

 それでは、日本では上述のような高等教育の機能不全を継続教育訓練で補っているかというと、すでに第1節で見たとおり日本における教育訓練へのアクセスはヨーロッパ諸国と比べてかなり少なく、そのような補完的役割は観察されない。むしろ図5-10に示したように、どちらかといえば大卒時能力が高い国ほど継続教育訓練の機会が豊富であり、すでにより多くの能力を持っている者ほど追加的な教育訓練を多く経験するという連関が、国単位でみた場合に存在することがうかがわれる(<1>→<2>)。なお継続教育訓練経験と職務能力要件との間(<2>→<3>)には明確な関係が見いだされなかった。

図5-10 大卒時能力と教育訓練経験

 続いて、大卒時能力および職務能力要件と教育訓練ニーズとの関連をみてみよう。大卒時能力と教育訓練ニーズの間(<1>→<4>)には、国単位でみた場合弱い負の連関が見いだされたが、これは大卒時能力が顕著に低く教育訓練ニーズが高い日本の存在によるところが大きく、日本を除いたヨーロッパ諸国間だけでみるとむしろ正の相関がみられる(図5-11)。また、職務能力要件と教育訓練ニーズの間には、全体として弱い正の連関が見いだされた(図5-12)。

図5-11 大卒時能力と教育訓練ニーズ
図5-12 職務能力要件と教育訓練ニーズ

 以上をまとめると、国を単位としてみた場合、大卒時能力(<1>)が高い国ほど継続教育訓練経験(<2>)が豊富であり、また職務能力要件(<3>)が高い。そして職務能力要件(<3>)の高さが将来的な教育訓練ニーズ(<4>)の高さにつながるというように、能力形成のシークエンスにおいては総じて「上乗せ」的連鎖が働いているということが推察される。そしてこの連鎖の中で、日本は<1>・<2>の低さと<3>・<4>の高さを特徴としており、能力形成の必要性に対して実際の能力形成機会が追いついていない(と主観的に認識されている)典型例として位置づけられる。
 なお、国ではなく個人を単位として<1>・<3>・<4>間の連関をみると、<1>・<3>間の相関係数は0.333、<3>・<4>間は0.123、<1>・<4>間は-0.016であり、いずれも1%水準で有意であった。<1>・<4>間は日本を除くと0.019(1%水準で有意)で正となる。このように個人単位でみた場合にも、国単位と同様の連関の方向性が存在する。
 以上は、大卒時能力(<1>)や教育訓練経験(<2>)、職務能力要件(<3>)の内容を捨象して、それぞれを水準の高低としてのみ捉えた分析であるが、データから可能な範囲で能力内容別の分析も試みよう。今回の調査票では、大卒時能力及び職務能力要件を構成する36の能力項目の中で「学際的知識」「リーダーシップ」「外国語能力」「コンピュータスキル」「からだや手先の技能」の5項目については、対応する項目が短期教育訓練内容の中にも含まれている。そこでこの5項目に関して、<1>・<2>・<3>間の関連を国単位でみた結果が図5-13~図5-15である。いくつか連関が明確でない場合もあるが、全体としてはどの内容項目に関しても、大卒時能力・教育訓練経験・職務能力要件の間に正の関係がみられる。

図5-13 大卒時能力と短期教育訓練経験(内容別)
図5-14 短期教育訓練経験と職務能力要件(内容別)
図5-15 大卒時能力と職務能力要件(内容別)

 これら5項目以外の能力項目はすべて<1>と<3>の間で対応しているため、個人単位でも相関係数の形で連関をみることが可能であるが、その結果、やはりすべての能力項目について大卒時能力と職務能力要件との間で、0.3~0.4程度の正の関係が見いだされた。すなわち全体として、高等教育で取得した能力をいっそう伸ばし生かすよう求められる形で仕事に就いている場合が多いといえる。

(2)日本における分化:専攻分野・大学タイプ・能力

 本節では、日本における能力形成のシークエンスに関して、大学特性をも考慮に入れた分析を行う。ここで大学特性として用いるのは、国際版よりも細かく分類した専攻分野と、設置者に偏差値レベルを組み合わせた大学タイプ変数である。また、大卒時能力および職務能力要件については、総合的な水準として36の能力項目のスコアを足し合わせた変数を用いるだけでなく、主成分分析によって36項目をそれぞれ6つの主成分に集約した結果の因子得点をも用いる。主成分分析の結果は表5-9・表5-10に示している。ここにみられる通り、大卒時能力と職務能力要件との間ではそれらを構成する要素の組成が異なっている。

表5-9 大卒時能力に関する主成分分析結果(日本)
表5-10 職務能力要件に関する主成分分析結果(日本)

 図5-16 は、専攻分野別・大学タイプ別に、大卒時能力の合計スコアと各主成分の水準を示したものである。専攻分野別では、外国語・外国文化やその他の人文科学分野および法学分野の出身者において外国語能力を含む「知的柔軟性」が高く、社会科学や経営学・商学の分野の出身者で企画立案等に関わる「問題解決力」が高く、理学・農学や工学の分野の出身者では理論や方法論などを含む「知識・コンピュータスキル」が高いという傾向がみられる。大学タイプ別では、「知識・コンピュータスキル」が国立大学や私立高ランク大学において高く、「順応性」は比較的低ランクの私立大学において高い傾向がある。全体として、専攻分野や大学ランクなどは、かなりの程度それぞれの特性に対応した能力形成を行っているといえるだろう。

図5-16 大卒時能力の分布(専攻分野・大学タイプ別)

 以上は大学特性→大卒時能力(<1>)の関係であるが、ではこれらは<2>の継続教育訓練経験に対していかなる影響を及ぼしているだろうか。長期・短期それぞれの教育訓練経験を被説明変数とするロジスティック回帰分析の結果を表5-11に示した。長期教育訓練に関しては、芸術や外国語・外国文化、社会科学の分野の出身者、私立の高ランク大学の出身者でやや多く経験する傾向がある。大卒時能力に関しては、集中力、分析能力などを含む「知的凝集性」、あるいは幅広い教養や外国語などの「知的柔軟性」が高い者で経験率が高い。短期教育訓練については、芸術分野では多く、理学・農学分野で少なく、国立大学出身者でかなり多いという結果になっている。大卒時能力では「リーダーシップ」と正の関連がある。長期、短期いずれの場合も、現在の職種との関連はほとんどみられない。

表5-11 継続教育訓練経験の規定要因(ロジスティック回帰)

 この分析結果では継続教育訓練に対してそれほど強い規定力をもつ要因は見受けられないが、大学タイプとの関連に注目するならば、やはり相対的に選抜性の高い大学の出身者ほど継続教育訓練機会に恵まれているという「上乗せ」的連関の存在がうかがわれる。
 続いて職務能力要件(<3>)に対する大学特性、大卒時能力(<1>)、継続教育訓練経験(<2>)の影響を検討した結果が表5-12である。職務能力要件の全般的水準(合計スコア)に関しては、長期教育訓練との関連はみられないが、短期教育訓練とは明確に正の連関をもっている。また6つの大卒時能力要素のうち4つが正の連関をもっており、総じて大卒時能力が高い者ほど高い職務能力を求められるという関係があることがうかがえる。職種別では、専門職において能力要件が高く、事務職やマニュアル職では低くなっている。

表5-12 職務能力要件の規定要因(重回帰分析)

 職務能力要件の内容別に教育訓練との関係をみると、長期教育訓練は理論・方法論や教養などの「知識」要件との間には正の連関をもっているが、創造性や自発性などの「イニシアチブ」要件とはむしろ負の関係にある。他方で短期教育訓練は、情報収集、計画立案、交渉などに関わる「企画力」要件、コミュニケーション能力や他者への受容力などを含む「対人能力」要件との間に正の連関をもっており、短期教育訓練を受けた者ほどこれらの非定型的な能力が職務において期待されている。
 教育訓練以外の変数で職務能力要件に影響力をもつものについてみると、まず出身分野に関しては、芸術分野の出身者は「知識」要件の高さと他の要件の低さという点で際立った特徴をもっている。それと類似の傾向が、保健分野の出身者についても見いだされる。大学タイプについては、比較的低いランクの私立大学出身者の場合、「企画力」や語学・コンピュータなどの「ツール」要件が低くなっている。
 大卒時能力の個別内容との関係では、集中力、学習能力、分析力などに関する「知的凝集性」能力が大卒時に高かった者に対しては「イニシアチブ」や「対人能力」などが求められない代わりに、集中・没頭して綿密に職務を遂行する「職務集中力」が期待される傾向がみられる。また、大卒時における「知的柔軟性」(幅広い教養、他者への寛容さや外国語能力)の高さは、「イニシアチブ」要件の低さ、「職務集中力」、「対人能力」、「ツール」要件の高さと結びついている。そして大卒時の「知識・コンピュータスキル」は「対人能力」要件との間に負の関連をもつが、「知識」要件との間には正の関連が認められる。
 職場特性についてみると、勤務先の規模が大きいほど「企画力」や「知識」が求められ、小さいほど「職務集中力」が求められている。職種についても、全般的に各職種の特性に対応した職務能力要件の高低が見いだされる。
 では最後に、大学特性、大卒時能力(<1>)、継続教育訓練経験(<2>)、職務能力要件(<3>)が、<4>の教育訓練ニーズに及ぼす影響を検討しよう。教育訓練ニーズを被説明変数とする重回帰分析の結果を表5-13に示した。長期ないし短期の教育訓練をすでに経験した者において、さらに強い教育訓練ニーズが見受けられる。また大卒時能力、職務能力要件の一部にもニーズに正の影響を与えているものがある。そして出身大学の選抜性が低い場合、さらなる能力形成へのニーズは低くなる傾向がある。専攻分野および職種からの影響関係は認められない。
 以上にみてきたように、全体として、能力形成のシークエンスにおいては、特定の能力をもつ者がそれをいっそう伸ばし、かつ期待され、特定の能力を持たない場合には補填的形成の機会や要請、ニーズが低調になるという方向での「上乗せ」的連鎖が確認される。

表5-13 教育訓練ニーズの規定要因(重回帰分析)

5.まとめと考察

 本稿の主な知見は次のようにまとめられる。
 1)継続的な教育訓練の機会は、他のヨーロッパ諸国に比べて日本ではかなり限られている。一方、教育訓練へのニーズは日本において他国と比べても高い。
 2)長期教育訓練と短期教育訓練の性格は異なっており、多くの国において短期教育訓練の方が雇用された上で職場の費用負担で経験する場合が多く、「職場主導」的性格が強い。
 3)多くの国において、職場主導の(短期)教育訓練は個人主導のそれと比べて職場定着を促進する効果をもっている。しかしヨーロッパ諸国では離職率が全体として高いため、そのような効果は部分的なものである。
 4)日本内部における職場主導/個人主導の長期/短期教育訓練と職場定着との関係を検討すると、職場主導の教育訓練は定着を促進する効果をもち、その程度は短期教育訓練の方が長期教育訓練よりも大きい。逆に個人主導の教育訓練は離職を促進する効果を持ち、その程度は長期教育訓練の方が短期教育訓練よりも大きい。このような長期と短期の違いは、教育訓練のシグナル機能の違いに由来すると考えられる。
 5)国単位でみた場合、大卒時能力が高い国ほど継続教育訓練経験が豊富であり、また職務能力要件が高い。そして職務能力要件の高さが教育訓練ニーズの高さにつながるというように、能力形成のシークエンスにおいては総じて「上乗せ」的連鎖が働いている。そしてこの連鎖の中で、日本は大卒時能力と継続教育訓練機会の低調さ、職務能力要件と教育訓練ニーズの高さを特徴としており、日本の大卒者は能力形成の必要性に対して実際の能力形成機会が追いついていないと感じている。
 6)日本の内部でみても、大学特性、大卒時能力、教育訓練経験、職務能力要件、教育訓練ニーズの間には、全体的水準と個別的内容の双方について「上乗せ」的連関が見いだされる。
 これらの知見は、さらに次のような示唆を包摂している。
 第1に、日本における能力形成の問題性である。少なくとも個人の主観的評価を通じてみた限りでは、高等教育修了時の能力やそれが職務に役立つ度合いが顕著に低く、それを補うための継続教育訓練の機会も普及していない。それにも関わらず職務能力要件は高く、その結果、今後の教育訓練の必要性が強く感じられている。こうした日本の状況を、単に主観的評価の誤りとして片づけるのではなく、高等教育に関しても、また継続教育訓練に関しても、より量的な十分さと質的な有効性が実感として感じられるようにしてゆくための諸施策が必要と思われる。それは、国家経済と直結した課題であるだけでなく、日本国内で生きる諸個人にとっての生活の質とも深く関わる重要な課題である。
 第2に、教育訓練の職場主導性/個人主導性と定着/離職の問題に関してである。現在日本においては個人主導の能力開発の必要性が各方面で提唱されているが、今回のデータにおける(短期)教育訓練の費用負担者などをみた限りでは、すでに日本は自己負担による教育訓練が他国に比べてもひけをとらないほど行われている。また、個人主導の能力開発は、特に長期のものの場合、離職を促進する効果をもっている。ヨーロッパでは職場主導の訓練を経験していながら離職する比率もかなり高く、そうした可能性を前提とした上で企業等が教育訓練に責任をもって投資をしているものと考えられる。このように考えた場合、日本における個人主導の能力開発の推進が、一国における能力開発全体に関する責任を企業等が放棄してしまうこと、そして能力開発の費用負担がいっそう個人化されることにつながるのではないかという危惧が生じる。個人が自らのキャリア開発を主体的に行うことが必要なのは確かであるとしても、社会全体の能力開発の水準の維持・向上に対して雇用する側が果たすべき公的責任について、よりいっそうの関心が払われるべきではないだろうか。
 第3に、能力開発のシークエンスにおける「上乗せ」的連鎖の存在についてである。このことは、初期の状態が有利な者ほどあとあといっそう有利になるという、格差の増幅メカニズムが作動していることを意味している。このようなメカニズムが、非合理的な社会的不平等の温存や拡大に結びつくことを防ぐために、いずれかの段階で不利なものに対してその挽回が可能になるように、情報や機会の提供という形での援助が拡充されることが必要である。企業等や個人が行う能力開発は、効率性の点でまさる「上乗せ」的連鎖に傾きがちであると思われるため、能力開発に関する資源の再配分に関しては公共部門など第三者の関与がいっそう重要化すると考えられる。


第6章 大学生の海外経験とその職業生活へのインパクト

1.はじめに

 わが国の高等教育の国際化の度合いは、ヨーロッパ諸国に比べて遙かに低い。しかしながら、大学在学中に1割以上のものが何らかの形で海外生活を経験するなど、国際体験自体は、決して珍しいものではなくなってきている。他方、大学時代の海外経験が、日本でどの程度その後の職業生活に対してインパクトを持っているかについては、従来それほど明確な形では議論されてこなかった。
 語学的センスや会話・発音能力の習得は、一般的には早期であるほどよいとされる。日本の職業生活で求められる海外経験の意味合いがこれら語学的な能力を主にしたものであるとすれば、高等教育段階でのこの能力の著しい向上は、あまり期待できないのかもしれない。他方、外国語の能力以外の異文化に対する理解や、直接職業生活に直結するような知識、技能、態度の習得は、高等教育段階で培われるものであり、この意味で、高等教育段階の国際経験は、なんらかのインパクトをもつと考えられる。場合によっては、これらの海外経験は、高等教育での学習態度や職業に対する態度に広く影響を与える可能性もある。
 現在ヨーロッパで進んでいる高等教育の急速な国際化は、ヨーロッパ経済・社会そのものの統合過程と深く結びついている。社会の国際化、グローバル化が進み、ヨーロッパのように現実に国境を越えた労働力の移動が日常化している社会では、国外での労働・教育経験がそのまま国際的な文脈での労働可能性と結びつき、国ごとに異なる教育制度の標準化の問題も、各国の教育が国を越えた職業資格の付与に直接関係するからこそ、現実的課題となりうる。
 すなわち、職業に就く前の学生時代の海外経験が活かされうる側面は多様であり、要はその社会が国外経験に対してどのような意味づけを与えているかによって大きく左右される。日本の高等教育の国際化の問題は、そのまま日本における高等教育への社会的認識のあり方と深く関わっており、それゆえにこれから避けることがますますできなくなる高等教育の国際化、グローバル化に対して、日本社会がどのような可能性をもっており、また、どのような問題を抱えているのかが浮き彫りになる。
 ここでは、はじめに現在の日本の高等教育の国際化・グローバル化への対応の遅れに対して、どのような形での説明がなされているかのレビューを行う。第2に、現在の日本の高等教育の国際化がどのような特徴を持っているのかについて、主にヨーロッパ諸国との比較を中心として分析を行う。第3に、これらの大学生の海外経験が、卒業後の職業生活に対してどのようなインパクトを与えているのかについて、同じく日本とヨーロッパとを比較する。最後に、これらの結果を踏まえ、日本の高等教育の国際化が持っている可能性と問題点について議論を行う。
 分析に際しては、学校基本調査、OECDのEducation at a Glance等を中心とした既存統計を援用した。なお、日本を含む多くの国では、原則として回答者は、自国に住所を有するものに限られる。この意味で、本当にその国々の職業システムを離れ、国外での生活へと移行したものについては、そのほとんどの部分がサンプルからもれているというバイアスがある点に注意する必要がある。

2.日本の高等教育国際化を理解する枠組み

 日本の高等教育の国際化に関しては、喜多村(1984,1987)および江淵(1997など)が、古くから問題提起を行ってきた。ここでの指摘は、基本的には大学universityがもともと精神としてもつuniversalismへの言及を始めして、主に高等教育の国際化に対してどのような意義付けが可能であるかを問う、啓発的な色彩をもつ研究であった。その上で彼らは、国際化を阻む制度的な問題の指摘や政策提言を行った。また、馬越がHigher Educationに1997年に発表した英語論文(Umakoshi 1997)も、基本的にはこの線に沿った日本の政策としての国際化の努力を説明したものである。
 これに対して、矢野(2000)および金子(2000)は、むしろ日本の教育、特に高等教育が国際化の推進を謳いながらもなぜこれが実現されないかについて、考察を行うというスタイルをとっている。矢野は、1975年以降の日本のグローバリゼーションは製造業に限定されていたと指摘した。一方金子は、日本が高等教育市場のグローバル化の周縁にあたる位置づけの中で自らの位置を探しあぐねていること、留学生の流入が中国における留学への需要を背景とした限定的なものであり、また、大卒者の平均賃金が米国を上回る最高水準にあることから経済的意味での外国留学の誘因が必ずしも大きくないことを指摘した。
 さて、ここでおそらく「あたりまえのこと」とされてあえて文章として記されていない文脈は、大学での経験ないしそれのフォーマライズされた資格であるところの学位が、日本の内と外とで十分な互換的な価値を持ち得ないという「常識知」である。金子が言うように日本の高等教育の位置がグローバル社会における「周縁」的位置にあるとすれば、そこで教育を受けた経験は、当然限定的な、「周縁的」価値しかもち得ない。
 だが、それは逆の流れ、すなわち、海外、とくに高等教育における「中心」において受けた教育経験が、日本社会で価値をもたないことを無前提に意味するものではない。外国留学の目的は、必ずしも日本の国外で仕事につくことのみを意味するものではない。大学審議会をはじめとする昨今の日本の高等教育の改革に対して、教育内容・方法の「アメリカ化」「アングロ・サクソン化」を目指しているのではないかという憶測をもって見つめ、その仮説に合うような証拠探しをすることは、きわめてたやすい。ずっと前に騒がれたシラバス、授業評価にはじまり、昨今の「単位」の実質化、GPAに至るまで、大学の世界における「外国の大学教育」礼賛熱は、未だすさまじいものがある。
 もし、このような外国の教育が本当にグローバルに普遍的な知識・技能の向上を生み出し、それが経済学的には個人の人的資本ないし生産性の上昇につながっているならば、あるいは企業に代表される産業社会がその価値を認めるならば、日本人が外国で大学教育を受けるインセンティブは、今以上に高くなってもいいのではないか。金子はアメリカ大学日本校の相次ぐ撤退の要因を卒業前の長期の就職プロセスに求めており、それ自体は説得力を持つ一つの要因であるとは考えるが、経済合理的に考えれば、そこでの「国際的に競争力のある」とされる教育が生産性を高める限りにおいて、評価されないこと自体がおかしい。
 つまり、ここで解明すべきなのは、日本の企業ないし産業社会が高等教育段階での外国での教育経験をどのように評価しているのか、このような経験をもつ卒業生が、日本の産業社会の中でどのような位置付を与えられているかである。これを明らかにすることの意義は、日本人の高等教育に対する認識の「国際化」が進まないことの原因を探索することにとどまらない。むしろ、日本の社会が高等教育一般に対してどのような価値付けを与えているかという、大学に対する社会的認識の一断面を浮き彫りにすることへとつながる。

3.アンバランスな日本の高等教育国際化

 日欧比較調査より改めて確認されることは、表6-1に見るように、日本の学生が英語圏の国々の大学で学習する傾向が強いことである。同じ傾向は、ヨーロッパの中ではイタリアやスペイン、フランスなどの南ヨーロッパの国々で見られる。一方で、表6-2に示したように、文部省の「教育指標の国際比較」では、80%以上の国内留学生がアジア地域出身となっており、かつその傾向が90年代以降強まっていることが確認できる。

表6-1 海外経験のうちで英語圏の国々が占める割合
表6-2 日本における留学生(大学院生も含む)

 OECDのEducational at a Glance 2000(以下EAG)では、このバランスを欠いた国際化が、実は多くのOECD諸国に共通する問題であることが指標で明らかにされている。EAGは、OECD諸国のうちオーストラリア、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカの5カ国がOECD諸国全体の外国人学生の8割以上を独占していること、外国人学生の流入の比率が高い国は、オーストラリア、オーストリア、スイス、イギリスとなること、他方、ギリシャ、日本、韓国がOECD諸国の中ではOECD諸国で学んでいる学生数が多い国に入るが、非OECD諸国を含めると、中国及び東南アジアが最大シェアになることなどを明らかにしている。分析はさらに、英語圏が共通言語の使用により優位にたち、ドイツはこれとは異なり、トルコ等を中心とする在独外国籍の学生の寄与が大きいことなども指摘している。日本、韓国が数的には多くの学生を、日本は主にアメリカ・イギリス、韓国は主にアメリカ・日本(在日韓国籍を含む)に送り出している一方で、十分な外国人学生を確保できていない「出超」の状況にある。とはいえ、全体の出入りの割合が少ないため、そのアンバランスが高等教育全体に及ぼすインパクトは、出超が著しいヨーロッパの比較的規模の小さい国々に比べればはるかに小さく、むしろ学生の出入りそのものが限定されていることにこそ特徴がある。
 さらに、日本の国内での外国人とのコミュニケーションは、表6-3に示したように、調査で統計としてとらえることができるレベルでは可能性として英語または日本語に限られ、日本語のコミュニケーションを通じた「国際化」は、大卒者が直接ふれる職場環境の中では意識にのぼりにくい。日本の高等教育のこのようなアンバランスな国際化のなか、多くの大卒者はヨーロッパで実質的に進行しているような、水平的な関係のもとでの隣国との国際的接触の日常化にさらされることはない。

表6-3 国際的でない証拠

 表6-4に示したように、現在の仕事において日本人が要求されていると感じている国際的文脈自体は、ヨーロッパと比較してそれほど低いとはいえない。しかしながら、実態としては、日常の仕事における国際的文脈は、語学能力を有する一部のもの、特にその典型的現れと見なされがちな「帰国子女」の人々に今でも委ねられ、それ以外のものは意外なほど自文化に守られた生活を送っているのではないか。

表6-4 国際的文脈における現在の仕事に対する要求への感受性

4.日本社会の認識は変わるか?

 調査において国際経験が職業生活にどのようなインパクトを及ぼしているかを考えるため、以下の3つの分析を行ない、日本とヨーロッパを比較する。
 第1に、表6-5に示したように、高等教育入学以前、高等教育在学中、その両方の国外での学習・教育・訓練の経験を持つものとを分け、外国語、国際的なコミュニケーションに関わる職務上の活動、国際的文脈に対する態度、要求される国際的な業務能力へのインパクトについての自己評価を分析する。すると、ヨーロッパではそのほとんどに対し、入学以前・在学中の両方の経験を持つものがもっともインパクトがあると答え、ついで高等教育在学中、入学以前という順番となり、少なくとも初等・中等教育段階での国外経験よりも、大学時代の経験のほうが社会で評価されている。この傾向は、ヨーロッパを各国別に分析した場合にもほとんど変わらない。これに対し、日本では国際的文脈への態度や海外での就業意欲ではヨーロッパと同様の傾向がみられる反面、そのほかの項目では、初・中等教育での経験のみを持つものに与えられる国際的職務の機会や語学能力の自己評価が大学時代のみの経験者を上回り、特に職務で要求される能力に関しては、初・中等のみの経験を持つものが両方の経験をもつものを抑え、もっとも高くなっている。

表6-5 海外での学習・労働経験のインパクト

 第2に、表6-6に示した現在の仕事に対する満足度でも同様の傾向がみられる。ヨーロッパでは満足度の高さが「両方」>「高等教育のみ」>「入学以前のみ」という順番になっているものが大半である。この傾向は、ヨーロッパを各国別に分析した場合にもほとんど変わらない。これに対し、日本では「入学以前のみ」のものの満足度が最も高い項目が大多数を占め、彼らが日本の社会において、自分の期待以上の恵まれた職場環境を与えられていることが明らかになった。この中で、特に注目すべきなのは、入学以前と高等教育との両方で海外経験をもつものの処遇である。彼らは、海外経験や外国語能力を買われて就職をする割合では最高に位置するが、現在の職場環境に対する、一般の満足度や卒業時の期待に対する満足度は、海外経験をまったくもたないものを下回り、最低となる。これらの項目において、入学以前の経験のみを持つものが最高の位置付けになっていることを考え合わせると、日本では教育を受ける年齢において長期に日本社会を離れ、日本の教育システムの経験が乏しいことが日本社会で職業生活を送る上で強くマイナスに働く可能性を強く示唆していると考えられる。これに対し、海外経験を入学以前にとどめ、ともかく日本の入学選抜システムを何らかの形で通過して大学生活を日本で送ったものは、日本社会において非常に高い満足度を得ている。

表6-6 現在の仕事の満足度

 第3に、表6-7で、現在持っている職業関連の様々な能力の自己評価について同じことを分析すると、ヨーロッパ、日本とも「両方」の経験を持つものがもっとも自己評価が高く、項目によって現れ方が違うとはいえ、「入学以前のみ」と「高等教育在学中のみ」との間の比較では、むしろ日本の方が、高等教育在学中の経験を持つものの自己評価が高いという結果となった。この結果が意味することは、それがもともと持っていた能力や資質による選抜を示すものか、教育経験の効果を示すものかは分離不能であるとはいえ、高等教育段階においての海外経験を持つものの方がそれ以前の海外経験を持つものよりも能力が高いという自己評価を下すという傾向が、日本においてヨーロッパよりも著しいということである。
 すなわち、ここには高等教育段階での海外経験の知識・技能・能力形成に及ぼす効果について、日本においては卒業生自身の自己評価と企業に代表される社会の認識の間にギャップが認められ、高等教育段階での海外経験は、日本においてヨーロッパに比較して少なくしか評価されていないことが明らかになった。また、傾向は、男女別の分析では、表6-7の自己認識に多少男女での傾向の差が認められるものの、大枠の構造には大きな違いは認められなかった。

表6-7 卒業時点での知識・能力・技能

 これ以外に調査で明らかになったこととして、日本の大卒者の職業における満足度が、ヨーロッパ諸国に比べて全般的に低いことを挙げておこう。吉本を中心とする研究グループの内部の議論では、これは主に日本の卒後3年の卒業生の年齢がヨーロッパ諸国に比べ全体的に低く、仕事の自己裁量の余地が少ない傾向をもつことによるものとされている。これを踏まえた上で、別の視点から見た場合、これは同時に日本の社会が入学以前の学力に基づく「入学歴」を評価の基準におき続け、大学での学習の中身に関心を払わないという伝統的な「入口社会」論を裏付ける結果であり、最終的には高等教育での学習の価値そのものを否定しかねない側面をはらんでいる。
 日本人の目に新鮮なのは、他の国ではそうではないことで、高等教育での学習が「卒業資格」として評価される欧州では、大学在学中の国外経験をも社会が評価するしくみが成立している。日本での高等教育の国際化問題は、日本の大学教育そのものが社会に評価されない限り、社会的認知や学生へのインセンティブを生み出し得ない現実を、我々はどう認識するかという問題なのである。
 以上の社会的認識を変化させうる鍵として、グッドマンによる日本の初中等段階における帰国子女の研究は、大きな示唆を与える。この本が示しているのは、日本における帰国子女に対する積極的な評価が、もともと初めから存在していたものではなく、様々な人々の努力や運動も含め、長い時間をかけた社会的葛藤と政策的努力の中で、獲得されていったものであるということである。高等教育や、社会そのものの国際化が、本当に経済効率的であり、日本の社会的目標として目指されるべきかどうかは、あくまで人々の社会的認識の問題であり、客観的な答えは存在し得ない。実際、学歴を一種の職業資格として形式的に認め、フランスのスタジェーのように試行期間をおく例はあるものの、採用当初から比較的高い賃金を払わざるを得ないヨーロッパ型のシステムよりも、学歴による生産性の向上という考えを鵜呑みにせず、ある時期までは大学卒といえども安い賃金で働かせ、その働き具合を見てはじめて実質的に評価を行なった上で賃金を上げ始める日本型のシステムのほうが合理的だという考えも成り立つだろう。
 また、大学在学中の海外経験が、その職業生活に対して全くインパクトをもたないという意味ではなく、示された結果は全く経験がない場合に比較すれば、明らかにポジティブなインパクトをもっている。大学の入学が以前よりも容易になり、他方で大学の教育の中身が厳しく問われ始めている中で、今後このような日本の傾向が変化しうるものなのか、慎重に見極めていく必要があるだろう。また、このような種類の研究は、本来ミクロな事例研究において蓄積がなされやすい分野でもあり、このようなマクロな分析と、ミクロな分析をつないでいくことも、今後の課題である。

引用文献
江淵一公 1997『大学国際化の研究』玉川大学出版部
ロジャー・グッドマン(長島信弘,清水郷美訳)1992『帰国子女:新しい特権層の出現』岩波書店
金子元久 2000「周縁の大学とその未来 -高等教育のグローバル化-」『教育社会学研究』第66集、41-56頁。
喜多村和之 1984、1987『大学教育の国際化』玉川大学出版部(改訂増補版1987)
Umakoshi, T.(1997),‘Internationalisation of Japanese higher education in the 1980's and early 1990's', Higher Education, Vol.34, No.2, pp.259-273.
矢野眞和 2000「グローバリゼーションと教育」『教育社会学研究』第66集、5-19頁。


付属資料

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