調査研究成果データベース

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全文情報
I部 研究の背景、経緯、概要

第1章 研究の背景と経緯
第2章 研究開発の概要と現状

II部 各尺度の開発過程、理論・モデル、データ分析(その1 個人用・従業員用)

第1章 ワークシチュエーション
第2章 コミットメント-ジョブ・インボルブメント、組織コミットメント、キャリア・コミットメント、全般的職務満足感、他-
第3章 ストレス-ストレス反応、ストレッサー、緩衝要因(仕事特性、ソーシャル・サポート)
第4章 キャリア開発コンピテンス・チェックリスト-エンプロイアビリティの概念にもとづいてー
第5章 項目反応理論による測定制度の検討
HRMチェックリスト(個人用・従業員用)VER1とVER2

III部 各尺度の開発過程、理論・モデル、データ分析(その2 会社用・人事担当者)
第1章 企業・組織の基礎情報-企業理念、経営戦略、組織、人事制度-
第2章 会社用・人事担当者の分析-高生産性企業の人事と組織-
第3章 多次元企業魅力度尺度
第4章 経営者・管理者のリーダーシップ
第5章 チーム特性-チームクライメット-
第6章 マネジメント・ディベロップメント-組織と経営者行動の諸理論と実践研究-
HRMチェックリスト(会社用・人事担当者用)VER1とVER2

IV部 活用事例、インターネット版
  活用事例(1~5)
  Web版HRMチェックリスト
  研究開発支援システム

V部 むすびと関連資料
  おわりに
  関連資料
   1.基礎統計表
   2.抄訳「高業績組織への道-よりよい仕事とよりよい経営へのガイド」米国労働省
   3.On a new pattern of employees'relationships with organization
   4.HR Web survey on small and growing businesses
   5.関連する発表、刊行等(公表順)

I部 研究の背景、経緯、概要


第1章 研究の背景と経緯

1.研究の背景

(1)問われる人材マネジメントの方向性
 右肩あがりの経済が終焉したと言われてきてから久しい時が経過したが、この新しい事態に組織がどう対応していかねばならないか、その組織を支える人事や雇用管理の諸施策が、基本的にどのような方向性をもたねばならないかについて、明確な結論が得られていないのが現状である。
 例えば、雇用の形態についていえば、契約社員制度や派遣労働の活用、またパートタイム労働の増加など、その多様化は現象としては否定し得ない状況にあるといえるが、こうした多様な雇用形態を通じて参入する従業員の適正な処遇のあり方や、異なる処遇のもとにおいて現場の労働をどう組織化するかについては、まだ論議の過程にある。
 また、派遣人材の活用や期間限定の契約社員制の採用、パートタイム社員の活用は今後とも増加することが予想されるし、それら従業員の人材マネジメントも多様化の一途をたどろう。もし多様な雇用形態の導入を前提に、それに応じた多種のヒューマン・リソースの流れを容認する人事諸施策を準備し得たとして、働く人々一人ひとりの組織へのコミットメントや仕事への動機づけを壊すことなく、これら諸施策が公正かつ公平に運用し得るには、契約社員制や派遣労働など諸種の雇用形態のもとで処遇される人々を効果的なチームにまとめあげ、高業績企業を可能とするマネジメントが考慮されねばならないであろう。
 本研究は行政における「企業の雇用管理の改善を通じて雇用の安定と企業経営の発展をはかる」という課題のもとで、研究のテーマが設定された。トム・ピータースTom Petersが1989年に「経営革命」において、大規模市場が崩壊し、市場自体がニッチ市場の集合体へと変貌する中で、企業は製品と技術の競合する状況、それもグローバルな状況のもとにおいて勝ち抜いていくには、いち早く自らの市場や顧客を開拓し、それをしっかりと守り育てていく能力を獲得することが必要であることを唱導しているが、こうした変化はわが国においても既に指摘されていることである。大企業のみならず、中小企業が従来の市場の枠から脱し、自組織に蓄積された技術やサービスの能力を目一杯活用し、他社に先駆けて顧客のニーズを見出し、それに即応する組織の能力を身に付けていくことは、大企業のみならず中小規模の企業にも要求されている一事である。
 そのためには、自社に働く人々一人ひとりが、自分たちの遂行する業務が要求するスキルやノウハウが他社を超えてすぐれたものとすると同時に、この能力を全幅活用し得る体制がつくりあげられていなければならないことは言うまでもないことである。高齢化のみならず職業意識が変化する中で、従来の人材マネジメントや人事プラクティスを展開してきた背景にある考え方(パラダイム)も併せて変えてゆかねばならない事態にたちいたっている。劇的に変化している市場や経済環境の変化とともにこうした働く人々の意識の変化を考えるとき、働く人々のスキルやノウハウや能力を現状よりも一歩進め、これらを組織の力(パワー)として糾合するためには、どのような人材マネジメントや人事のプラクティスが必要とされているのか、これからの経営環境下において雇用管理をどう方向づけるか、その改善に向けての努力が必要とされることの重要性はますますその度を強めていると言わねばならない。

(2)高業績企業に関する米国の研究と動向


 1)ローラーの研究
 先に、働く人々のモラールや仕事への動機づけあるいは組織へのコミットメントと申しあげたが、雇用管理の諸施策や人事プラクティスの効果を論じる際、最終的にはこの点に論議の主題をおかねばならないであろう。ローラーE. E. Lawler, IIIは、つとに従業員の参画、とくに事業に従業員を巻き込む施策の展開が企業の高業績を可能とする鍵であることを指摘している。ローラー等は、1995年に「高業績組織を創造する」(“Creating High Performance Organizations”)という調査報告を刊行し、企業が従業員とどんな経営情報をどの程度共有しているか、事業の動きと絡めてどのような知識開発の機会が従業員に提供されているか、従業員個々のパフォーマンスに酬いるのにどんな報酬機会が提供され多用されているか、組織の編成や業務の展開において従業員にどのように意思決定をまかせ、権限を配分する体制がしかれているのか等、人材マネジメントに絡まるいろいろな側面における従業員の参画を許容する程度(彼はこれをEmployee Involvement Practicesと呼んでいる)が企業の業績の程度を決定していることを詳述している。
 この報告書は、アメリカのFortune 1000社を対象に1987年から3年おきに実施された調査結果(1000社リストからの回収率は1987年度51%、1990年度32%、1993年度28%)をもとにしているが、経営情報共有化の程度や報酬機会としてのゲインシェアリングの適用の増加、職務に基づく給与から知識・スキルをベースとした給与への転換、従業員の自律的なオペレーションを可能とする自己管理ワークチームSelf-managing work teamsや小さなビジネス単位Mini-business unitsの活用など、従業員を事業そのものに巻き込んでいく施策展開が増加しつつある点を力説している。とくに自律的な従業員のワーキンググループについては、その活用の程度は、タフな競争条件のもとにおける特殊な事業上の課題への挑戦が従業員の参画を必要とする程度をますます強めていく傾向や組織のダウンサイジングが管理構造や階層に依拠することなく組織のテクニカル・コア層の自律的な動きを必然的にならしめていく傾向と併せて、高められていくことも指摘されている。
 報告書の最終章において、こうした施策の導入企業がフィナンシャルな業績を高めていること、全体的な生産指標のみならず、売上利益率や投資利益率、株主資本利益率などにおいてより高い業績をあげていることが指摘されているが、従業員の参画をより一層可能とする施策の展開や人材マネジメント一つひとつの展開が結果として従業員の組織へのコミットメントを高め、企業業績の好転へと結びついていく全体の文脈を視野にいれた考察が行われている点、今後の研究のあり方を示唆しているものといえる。

 2)米国労働省の勧告
 1994年、アメリカ労働省はRoad to High-Performance Workplaces(「高業績組織への道」巻末抄訳参照)と題したガイドブックを発刊した。このガイドは、1993年のクリントン政権下においてアメリカ労働省内に創設された機関Office of American Workplace(OAW)によって発刊されたもので、1980年後半から1990年代初めにいたる数多くの高業績企業の実践例をもとに、企業の管理者や労働組合幹部、企業内部のスタッフや従業員、あるいは投資家などが自ら関与する組織を高業績組織たらしめるために、現在の経営環境のもとにおいてどのように職場組織を運営すべきか、その方向性をガイドとしてまとめたもので、下記の三つにまとめられている。
 その一つは、従業員が効率よく仕事を進めるために必要な「スキルと情報」に関連するもので、その方向性を、“トレーニングと継続的な学習への積極的な投資と明確な学習領域(職務上のスキル訓練を超えた問題解決能力や顧客への対応能力、チームワーク発揮のスキル、エンプロイアビリティの獲得等)の設定”、“チームワークやトレーニングの強化と結びついた経営情報(戦略や財務に関する目標と実績、競合他社の業績、新技術の導入計画等々)の共有化”などにまとめている。
 二つには、パフォーマンスの高い職場をつくるために必要な「参画、組織の構造、パートナーシップ」に関連する事項で、“業務プロセス改善への従業員参画の強化と現場の問題解決や製品・サービスの改革への従業員の巻き込み”、“顧客との接点の拡大、自律的なワークチームの形成と職能横断的なチームの活用”、“信頼と敬意をベースとした組織内部のパートナーシップの確立と労使関係の改善”などを含んでいる。
 三つには、継続的な業績改善と従業員のコミットメントを維持強化するのに必要とされる「報酬、雇用の保証、仕事環境」で、“個人やチームまた企業自体の業績に応じた支払いを可能とする報酬システムの構築とそれによる従業員の長期的な組織へのコミットメントの獲得”、“継続的な学習を促すゲインシェアリングや知識・スキルをベースとした給与施策”また“様々な雇用形態の導入と雇用を保証する方針の確立”、更に“家庭生活の安定や生活の支援を保証する惜しみない福利厚生プログラムの適用”や“従業員のモラールやコミットメント向上を奨励するための方針やプログラムの設定と実践”などをその内容としている。
 そして、結びのセクションで、上記の実践事項がそれぞれ単独に考慮されるのではなく、相互に補完しつつ、それらが顧客への対応や高品質の実現、技術やマーケティングの開発などの他の重要なビジネス戦略を実現する統合プログラムとしていかに意識され、実践されるかが重要であることを強調している。
 これら内容は、結びのセクションを含めた4領域33項目のチェックリストとして構成されており、これらチェックリストに沿って管理者やスタッフ、労働組合幹部らが自社の人材マネジメントを見直し、高業績職場を実現するよう改善の方向を定め得るようなガイドブックとなっている。ここに盛り込まれている施策の内容は、ローラー等がFortune 1000社を対象とした調査で明らかにしている“従業員を事業に巻き込み、高度な参画を可能とするEmployee Involvement施策の内容”と軌を一にしている。
 個々の雇用管理の施策が施策として充実しているばかりでなく、最終的に従業員の仕事への意欲や所属する組織へのコミットメントを高めることの実現にいかに寄与しているか、それが高業績といかに結びついているか、という視点にたった雇用管理諸施策の見直しと再構築が今望まれていることが明らかにされている結果である。

(3)従業員の動機づけと組織の活性化
 このような動きはアメリカ産業界のみではない。わが国においても、現在の厳しい競争、それもグローバルな競争状況の中ですぐれた業績をあげている企業に見られる傾向である。とくに、国内のみならずグローバルな状況で市場あるいは顧客のニーズやウォンツを素早く認識し、他社に先駆けてこれらに即応し得るには、素早い決断と実践ができる組織体制が必要とされようが、これは日米欧いずれの企業でも共通する一事である。このために階層の削減de-layeringを進め、第一線で顧客に対応する従業員への大きな権限の付与、そして自律的に業務を展開し得る自己管理型のチーム制組織の導入は必至であろう。
 このような動きは、わが国においても具体化されている。例えば、従来の10名から20名の地域事業所に大幅な事業上の権限を与えると同時にこれらを独立法人化し、企業形態を数多くの独立法人の集合体とした前川製作所のケースや、独立法人にまでは踏み込んでいないが、やはり10名から20名前後のビジネス・グループをワークショップと名づけ、自律的なビジネス・ユニットの集合を企業形態としている株式会社KOAのケースはつとに紹介されているところである。また、1995年に二部上場を果たしたネミック・ラムダは独自の球体組織概念を創造し、従業員一人ひとりが主人公として事業を展開、そのために必要とされる独自の企業内情報ネットワークを構築し、自律的な業務展開をサポートする仕組みをつくりあげている。
 ここにある動きは、自己管理あるいは自律をキーワードとしているが、このような動きを支える人材マネジメントはどうあるべきなのだろうか。先に指摘した多様な雇用形態、これに伴う採用のプラクティス、評価のプログラム、教育投資の枠組みを規定する教育育成の方針と体系、従業員の動機づけや組織へのコミットメントを真に可能とする報酬の体系、また、退職金や福利厚生プログラムへの費用配分のプログラム化等々、企業の業務や規模を問わず、新たな試みが現状においてもなされている。ただ、こうした試みが必ずしも体系化されて提示されていないのが現状である。
 自己管理あるいは自律というキーワードは、そこに働く人々の仕事への動機づけや所属する企業組織へのコミットメントを想定しているが、これを支える雇用管理諸施策が現実にどの程度の動機づけやコミットメントの水準をつくりだしているのかについては、研究報告の数はそれ程多くない。
 本研究が企画された意図はここにある。厳しい経営環境の中で企業が高業績組織として生き残っていくためには、そこに働く人々が仕事上の使命感をもって自ら仕事にうちこみ組織へのコミットメントを最大化すること、これら人材のパワーを組織として糾合していくことが求められるが、果たして現状はそうなっているのか、もしそうでなければどこにその改善の糸口を見出していくか、とくに働く人々の仕事への動機づけと組織へのコミットメントに大きな影響を与える雇用管理諸施策の方向とその実践に現状誤りはないか等に関わる組織評価の手段を持つことが高業績組織構築の必要不可欠な前提となろう。本研究の狙いは、こうした組織評価の手段を確立するとともに、組織評価を通じて雇用管理のあるべき姿をわが国の現状の中で追求し得る方法を確立することにある。


2.開発の目的

 本研究は、行政における「企業の雇用管理の改善を通じて雇用の安定と企業経営の発展をはかる」という課題のもとで、現在の経営環境下において事業主や経営管理者が現行の雇用管理諸施策を見直し、パフォーマンスの高い組織の構築に向けてこれらの改善をいかにはかるかを支援するためのツールを開発することを目的として行われたものである。また、これら支援ツールが適正に使用されるためには、公共職業安定所等において雇用環境の現状を熟知している職員が行う、事業主や雇用主に対する相談の過程に役立つものであることが重要と思われるが、支援ツールの開発にあたっては、この相談過程における活用を前提として考慮した。
 現行の雇用管理諸施策の見直しにあたっては、それら諸施策の導入運営状況や施策としての充実の程度を個々に判断することは大切である。しかし、前章においても述べたごとく、施策見直しにあたっては、現行の人材マネジメントが従業員を動機づけ、その組織へのコミットメントを高める機能を真に果たしているかどうかを評価することが出発点とされなければならない。この点、従業員を巻き込んでの組織評価の手段が必要とされよう。
 この組織評価の上にたって、経営管理者あるいは人事担当者が現行の人材マネジメントの個々の内容やその実施状況を評価し、改善の手立てをはかっていくこと、そして、その施策改善が、従業員の仕事への意欲や組織へのコミットメントをより高める結果となっているかを再評価する手順がとられなければならない。
 この手順を意識しつつ、開発にあたっては、企業経営を支える雇用管理システムのあり方の検討を前提に、経営管理者が雇用管理上の問題を的確に把握し、その改善のポイントを明確にするために必要と考えられる各種チェックリスト(HRMチェックリスト:会社用・人事担当用)と、従業員サイドからの現状の評価、従業員のジョブ・インボルブメントや組織コミットメント等をみるもの(HRMチェックリスト:個人用・従業員用)の二つに分け、チェックリストを作成した。


3.開発の構想と趣旨

 前項に述べたごとく、チェックリストは雇用管理諸施策が真にその機能をはたしているかどうかを評価する従業員によるチェックリストと、現状の企業業績の評価とそれに絡めて人材マネジメント個々のプログラム内容とその実施状況を、人事担当者や経営管理者が自ら評価するチェックリストから構成されている。

(1)従業員用のチェックリスト「HRMチェックリスト(個人用・従業員用)」
 フェースシートでは年齢、性別、学歴、勤続年数(その会社での年数)、在職年数(その職場での年数)、転職経験、配偶者の有無、子供の有無、職種(事務職、技術職、専門職、営業・販売職、現業職の5領域計30職種の中から現在の職種を選択)、職位(一般、係長・主任クラス、課長相当、部長相当)、職場の変化等(情報化、権限委譲、仕事の生産性、仕事の先進性他17項目)等が用意されている。
 「ワークシチュエーション」では、職務満足と組織風土をみている。職務満足は従来のモラールサーベイ等に多く取りあげられている職務や職場での問題点、意識をみている。組織風土の項目も含まれているが、これは職務満足の項目と組織風土の項目にかなりの程度、内容的な重複があるためであり、このふたつを含む一つの項目とした。
 「コミットメント」では組織コミットメントorganizational commitment、ジョブ・インボルブメントjob involvement、キャリア・コミットメントcareer commitment、仕事・生活での全般的満足感をみている。全般的満足感は「A.ワークシチュエーション」に含めてもよいものであるが、Aの部分が分量的にかなり長くなっていること、また「A.ワークシチュエーション」では従業員意識の背景をみることとし、「B.コミットメント」ではそれによる全体的な感情、意識をみるという整理をし、このような構成となっている。
 「ストレス(ココロと体の健康チェック)」ではストレス反応をみている。実施するうえではストレスという表題は避けて、ココロと体の健康チェックというものにしている。ストレスに関してはこのストレス反応以外にも、ストレッサーを調べるチェックリスト、ストレス緩和要因を調べるチェックリスト等を作成してある。これについては「II部3章ストレス」に別途収録している。
 近年の職場状況においては、経営管理者が意図せざる結果として、効率を求める組織のダウンサイジングや管理階層の削減などから、従業員が過度な業務負荷を受けてしまったり、高い目標を追求するマネジメントに業績向上へのプレッシャーを感じる等、職場のストレスがモラールを低め、結果として業績の低迷を招く事態が発生している。こうした意図せざる結果もしっかり問題として経営管理者が認識する必要があると思われる点から、ストレスに関する上記のチェックリストを用意した。
 「チーム特性」は、増加している職場でのプロジェクト等のチームによる仕事の状況を把握するため、チーム状況をI)目標・参加、II)情報共有・変化受容・課題指向、III)他チームとの関係、IV)責任と議論、V)全体状況から測定している。今日、高度な研究、開発のためにチームを編成する、また、効率化とサービスの高度化のため、従来型の組織ではなく自己管理チームでの職務遂行が増加している。そこでチームの現状を把握できるチェックリストが必要と考え、制作したものである。この項目は最近研究が散見されるteam climateの設問の他、関連する設問から構成されている。

(2)会社用のチェックリスト「HRMチェックリスト(会社用・人事担当用)」

 経営管理者あるいは人事担当が自ら評価するチェックリストには、現在の組織業績を自ら評価する「組織業績診断チェックリスト」と人材マネジメントそれぞれの施策内容と実施状況を反省評価するための「雇用管理施策チェックリスト」、そして経営者・管理者が自らのリーダーシップタイプを自己診断するための「リーダーシップ」の三つを用意した。これらチェックリストの結果は、当然のことながら、従業員サイドからのコミットメントと職務満足感、ストレス反応等の結果から類推する問題点と絡めて解釈されなければならない。
 職場ストレスに関しては、職場の運営やマネジメントのあり方によって同じストレッサーでもストレスを感じさせる場合もあるし、感じさせない場合もある。現状、ストレス反応を抑止する緩和施策が職場においてどの程度とられているか、従業員はその緩和施策を効果あるものと見ているかどうか、これらが職場のモラールやコミットメントにどんな影響を与えているかを知ることは雇用管理施策上の大きな課題でもある。この観点から、管理者がどのようなストレス緩和施策を取っているかを経営管理者サイドからみるチェックリストも作成した。チェックリストは「緩和要因-仕事特性チェックリスト」と「緩和要因-ソーシャルサポート・チェックリスト」が用意されているが、これらのチェックリストは、経営管理者によるチェックリストとすると同時に、管理者が注意を注いでいる諸種の緩和要因の効果を従業員がどう見ているか、その間に認知のズレがないかを明らかにすることで職場のストレスに関わる雇用管理施策の問題を明確にするため、従業員サイドにも同じチェックリストを用意することとした。ただし、これらのストレスのチェックリストはHRMチェックリスト(会社用・人事担当用)には含んでいない。これらについては報告書「II部3章ストレス」を参照されたい。
 これらチェックリストの開発にあたっては、本研究プロジェクトのメンバーがこれまでに調査研究してきた諸種の資料を駆使した。それぞれのチェックリストが、どのような開発プロセスを経て作成されたかについては、II部、III部に詳述した。

引用文献
Peters, T. 1987 Thriving on Chaos. Knopf.(邦訳 平野勇夫訳 経営革命 1989年 株式会社ティビーエス・ブリタニカ刊)
Lawler, E. E. III. et al. 1995 Creating High Performance Organizations. Jossey-Bass Publishers, San Francisco.
U. S. Department of Labor's office of American Workplace ed. 1994 Road to High-Performance Workplaces: A Guide to Better Jobs and Better Business Results.




第2章 研究開発の概要と現状

 行政のひとつの課題として、企業の雇用管理の改善を通じて雇用の安定と企業経営の発展をはかるというテーマがあるが、本研究の目的は、これを支援するための具体的なツール、システム等を開発することである。本報告はこの目的のためにいままで開発してきたツール、システムについて、過去の理論、モデル、調査等の整理、これまでに収集した企業と従業員のデータの統計分析、利用、活用の参考となる資料等をまとめたものである。
 本研究は1997年から行われており、1997年度は主に早稲田大学アジア太平洋研究センター(前「システム科学研究所」、旧「生産研究所」)により各尺度、チェックリストの原案が開発された。1998年度は日本労働研究機構が中心となり、追加の尺度の開発、尺度構成の検討、全体をまとめたチェックリストとしての冊子の作成、実施データの収集等を行った。1998年度までの研究に関しては、日本労働研究機構 (1999)調査研究報告書No.124「雇用管理業務支援のための尺度・チェックリストの開発-HRM(Human Resource Management)チェックリスト」としてすでに報告している。
 本研究はその後、データの収集を続け現在までに、約百社、約八千名のデータが集まっている。また、多次元企業魅力度、エンプロイアビリティ等の新たな尺度の開発を続けてきた。HRMチェックリストの簡易版をインターネットでも公開し、システムの微調整を続けながら、インターネット版でのデータ収集も続けている。
 本報告は、このようにして集められた約百社、約八千名のデータの分析を行ったものであり、前報告書で整理している過去の文献等も再度、不足していたものを収集し、整理、検討している。その後開発した多次元企業魅力度、エンプロイアビリティ(キャリア開発コンピテンス)等の尺度に関しても実施データの分析とあわせて報告している。インターネット版に関しては、開発過程と利用状況等についてまとめている。本報告は、いわば前報告の増補、改定版ということができる。
 HRMチェックリストとしては個人用・従業員用と会社用・人事担当用の2種類を制作し、そこには計7本のチェックリストが含まれている。また、コミットメント等のチェックリストは組織コミットメント(organizational commitment:OC)、ジョブ・インボルブメント(job involvement:JI)、キャリア・コミットメント(career commitment:CC)と分解して、それぞれを利用することもできる。分解することを考えると、HRMチェックリストに含まれる尺度は 10本となる。また、ストレスのチェックリストはこの2冊には含まれない、ストレッサーや緩和要因のチェックリスト等も開発し、本文中に掲載している。さらに、エンプロイアビリティ(キャリア開発コンピテンス)、多次元企業魅力度といった新たな尺度、チェックリストも開発している。
 このような尺度、チェックリストは単体としても、あるいは、そのいくつかを組み合わせる等、様々な利用・活用が可能である。


1.尺度・チェックリストの全体構成

 図表1~3にHRMチェックリストの構成を示した。また、実際の冊子はII部とIII部の最後に掲載している。HRMチェックリストは開発当初のものから、実施のしやすさ等の配慮によって、細かい微調整を行っている。II部とIII部の最後には、開発の当初のものと、その後、微修正し、大半のデータ収集に用いた現行版の二種類を載せている。

図表1 HRMチェックリストの構成(従業員用)
図表2 HRMチェックリストの構成(経営者用)
図表3 HRMチェックリストの構成(人事担当用)

 従業員用としては、A.ワークシチュエーションとして、領域別職務満足(モラール)と組織風土(organizational climate)、B.コミットメントとして、組織コミットメント(OC)、ジョブ・インボルブメント(JI)、キャリア・コミットメント(CC)、全般的満足感(仕事・生活)(job satisfaction:JS)、C.ストレス(ココロと体の健康チェック)としてストレス反応、D.チーム特性としてチームクライメット(team climate)をみている。D.チーム特性のチームクライメットは、Aのワークシチュエーション等と重なる部分があり、また、この部分まであると回答者の負担が大きくなることから、当初を除いて削除している。ストレスの項目は、「ストレス」というタイトルをつけると実施が難しくなり、また、被検査者の態度に対しても影響をあたえることが懸念されるため、「ココロと体の健康チェック」というタイトルを使っている。また、このストレスに関しては、ストレッサーを調べるチェックリスト、ストレス緩和要因等の状況をみるチェックリストも別途用意し、本文中に掲載している。全体に含めると冊子が大部なものとなるため別掲したが、必要に応じて利用できるようにしている。
 HRMチェックリスト<経営者・管理者・人事担当用>としては、A.リーダーシップとして、経営者・管理者のリーダーシップ・パワー、リーダーシップのスタイルを自己診断できるようにしている。リーダーシップ・スタイルについては、最近、取り上げられることが多くなった変革型リーダーシップ(transformational leadership)についても見られるようにしている。B.雇用管理施策チェックリストでは、人事基本方針、募集・採用管理、配置管理、異動・昇進管理、評価・人事考課、育成・能力開発、職務・組織編成管理等をみているが、これは経営者、管理者、あるいは人事担当者等が自らの雇用管理施策を振り返り、チェックするためのものである。C.組織業績診断チェックリストでは、企業生産性、スキル・技術水準、モラール・動機づけ、顧客満足をみている。様々な企業、組織があるためその組織業績を比較し、診断しようとすると、かなり抽象度の高いものでなければ不可能である。組織業績診断チェックリストが抽象的な表現となっているのはこのためである。
 経営者・管理者・人事担当用のチェックリストのフェースシートでは経営行動、雇用管理上の課題、会社の現状、人事制度、賃金制度、組織・チームの状況、経営理念・ミッション・ビジョン、経営戦略等についても聞いている。組織診断を行う上で基礎的な背景資料となると同時に、記入者本人にとっても、自らの経営や組織を振り返るよい機会であると考えている。従業員用チェックリストのフェースシートにおいても、年齢、性別、学歴、職種、職位等の一般的な項目以外に、情報化、権限委譲、仕事の生産性等、全体では17項目になる職場や仕事の変化を5段階で評定する設問を用意している。大きな枠組みとは別の観点から、最近の職場や仕事の変化を把握できるようにしている。
 なお、A.リーダーシップは中小企業の経営者等であればみずから回答できるが、人事担当者等では回答できないため、通常ははずしている。B.雇用管理施策チェックリストをAとし、C.組織業績診断チェックリストをBとして、人事担当者等に回答いただく企業票(AとBから構成される)としている。
 HRMチェックリスト(会社用・人事担当用)は本報告にVer.1とVer.2として全体を所収している。Ver.1がリーダーシップを含む、データを集め始めた当初のものであり、Ver.2が現在、主に用いているものである。
 これらの尺度、チェックリスト、また、フェースシートでみる各項目の関係としては、図表4のような流れを想定している。もっとも、図表4は全体をわかりやすく整理したものであり、現実の因果関係は相互に影響し合う複雑なものである。経営戦略ひとつとっても、外的環境と内的環境から一方的に決められるものではなく、その経営戦略をとることによって、外的環境との関係が変わるという相互作用がある。この図表はあくまでもわかりやすく図式化し、整理したものであると考えていただきたい。

図表4 各チェックリストの位置づけ
図表5 エンプロイアビリティと多次元企業魅力度


2.各尺度・チェックリストの内容

 各尺度やチェックリストの開発に関しては、それぞれの部分でその方法と開発までの経過を記述しているが、基本的には過去の研究のレビューを十分行い、その理論、モデル、調査結果から、それぞれの尺度、チェックリストを開発している。
 今回、開発した尺度、チェックリストを簡単に説明すると、以下のようになる。

〇組織風土(organizational climate) ワーク・シチュエーションチェックリストによって測定される「組織風土」では、従業員の職場や仕事に対する意見、不満要因等をみている。ジョブ・インボルブメント、組織コミットメント、キャリアコミットメント等が、態度的、感情的なものであるのに対し、これらと比較すると、組織風土は仕事や職場に関する従業員の客観的な見方を調べている。

〇職務満足(job satisfaction:JS) 従業員を対象として仕事状況に関連した様々な要因の充足度を測定する。職務満足は仕事や職場の諸条件が、個人の欲求をどの程度満たしているかをみるものである。

〇ジョブ・インボルブメント(job involvement:JI) 従業員の職務に対する関与(involvement)の度合いを捉えるものである。就いている職務にどの程度、思い入れを持ち、それに没頭しているかをみている。

〇組織コミットメント(organizational commitment:OC) 所属している企業や組織、職場への帰属意識の強さ、思い入れの強さをみるものである。

〇キャリア・コミットメント(career commitment:CC) 自分の専門分野や職業キャリアに対する関心や思い入れの強さをみるものである。

〇チーム特性 最近、職場で導入が広がっているプロジェクト・チーム、タスクフォース、チーム制組織、社内ベンチャー等、「チーム」を各側面で測定し、有効に機能するには何を改善すべきかみるものである。

〇ストレス反応 自覚されたストレス反応を測定するための自己評定式チェックリストである。簡易版と拡張版の2つのタイプが用意されている。また、ストレスについてはストレスの源を調べる「職場内ストレッサーチェックリスト」、仕事特性、周囲からの援助等、ストレスを緩和する要因の状況を調べる「ストレス緩和要因チェックリスト」も作成している。

〇キャリア開発コンピテンス(エンプロイアビリティ) 勤労者(主に雇用者)または求職者が、自らの職業人としての魅力や特徴―態度、行動、スキル、志向性など―を測る自己分析用のチェックリスト。

〇雇用管理施策チェックリスト 現行の雇用管理施策が的確に計画され意図どおりに実施されているかどうかを、自ら現状を評価しチェックするものである。

〇組織業績診断チェックリスト 経営管理者等が自社全般あるいは統括する自部門がどのような業績をあげているか、どこに問題点があるかをチェックするものである。


〇経営者・管理者リーダーシップ 自らのリーダーシップを振り返るものであり、リーダーシップ・パワー(勢力)の状況とリーダーシップのスタイルを自己診断できるようにしている。

〇多次元企業魅力度 企業が自社の様々な特性それぞれに対する、求職者に対する魅力度を確認し、今後の求人活動等に役立つようにしたものである。

 以上、12種類にわたる尺度、チェックリストを開発してきた。HRMチェックリストの冊子には入れていないものを加えると14の尺度・チェックリストとなるが、組織風土、リーダーシップ等、さらに下位尺度に分解できるものもある。このような細かい尺度と考えると20近くの尺度を作成したことになる。


3.これまでに収集したデータとその分析

 HRMチェックリスト(個人用・従業員用)は図表6、図表7に示したように現在までに約8千5百名のデータを収集している。図表6と図表7で総合計が異なっているが、これは四捨五入の丸めによる差が集積された結果であり、概数とせずにまとめると双方とも8436名となる。個人用・従業員用はデータとして採用しなかったものを含めると実施件数は約一万名となる。HRMチェックリスト(会社用・人事担当用)は約百社のデータを収集している。Web版に関しては過去一年間で約5000ビューがあり、入力されたデータ件数も個人用と会社用を合わせると約8百件となっている。

図表6 収集したデータ(概数、規模×業種)
図表7 収集したデータ(概数、性別×職種)

 8千5百名の個人用を集計すると、以下のような傾向が有意なものとして見られる。このなかで「若」とは29歳まで、「中」とは30歳から39歳、「高」とは40歳以上である。ジョブ・インボルブメント、キャリア・コミットメント、組織コミットメントとも、全体としては年齢が高くなるほど高い値となる、若年は低いという結果であった。ストレス反応は逆に年齢が低いほど高い。また、男女を比較すると、ジョブ・インボルブメント、キャリア・コミットメント、組織コミットメントともに男性の方が高く、ストレス反応は女性の方が高いという傾向である。職種についてもそれぞれ傾向がみられ、ここでは単純化してまとめることができなかったが、組織コミットメントやストレス反応も職種によって高低がある。この他にも様々なデータがあり、細かくみると興味深いものが多いが、これらの詳細はII部と巻末の基礎統計表をご覧いただきたい。

ジョブ・インボルブメント 若<中<高 女性<男性 事務<技術、現業<専門、営業・販売
キャリア・コミットメント 若<中<高 女性<男性 事務、現業<技術、営業・販売<専門
組織コミットメント    若<中<高 女性<男性
ストレス反応       若<中<高 女性>男性

 約百社のHRMチェックリスト(会社用・人事担当用)のデータからも様々なことがわかっており、また、HRMチェックリスト(会社用・人事担当用)でみた会社の経営状況、経営戦略、組織業績診断の結果と、HRMチェックリスト(個人用・従業員用)の間でもいろいろな点で有意な関連が見られる。これらについてはIII部に掲載しており、巻末の基礎総計表も参照いただきたい。
 このような収集したデータの集計と分析は、我が国における、企業や従業員の現状を統計的な数値の傾向として表したものであり、それ自体非常に興味深い。また、このような全体的な傾向がわかることによって、特定の企業や組織の診断、分析にも活用できる情報となっている。


4.研究開発の現状と今後

 今後、ここで開発した尺度、チェックリストを活用し、実際のデータ収集を続けていきたいと考えている。また、コンピュータ、ネットワークでの利用を前提とした雇用管理業務支援のためのシステム開発も続けていく予定である。
 HRMチェックリストの冊子に収録した尺度、チェックリストに関しては、かなりのデータが蓄積されたが、冊子に収録していないもの、あるいはその後、新たに開発したものに関しては、データの収集と、尺度、チェックリストの検討を続けなくてはならない。
 今回、作成した尺度、チェックリストは今後の調査、研究等にも利用、活用できるものである。多くの調査や研究で利用、活用されれば幸いである。関連する様々な尺度、チェックリストを集積し、各種統計情報等も提供する、利用・活用のための環境整備をすすめていきたいと考えている。



II部 各尺度の開発過程、理論・モデル、データ分析
(その1 個人用・従業員用)



第1章 ワークシチュエーション


1.チェックリストの概要

 ワークシチュエーションチェックリストは、組織風土、領域別職務満足、等の概念を基にして、仕事状況に関連した様々な要因に対する従業員の認知を測定することが意図されている。
 ワークシチュエーションは、仕事状況に関する従業員側の知覚、つまり記述的な次元を捉えるものである。測定領域は「I.職務」、「II.上司やリーダー」、「III.同僚や顧客との関係」、「IV.ビジョン・経営者」、「V.処遇・報酬」、「VI.能力開発・福利厚生・生活サポート」以上6つで、職務の遂行や仕事生活に関わる多様な側面について従業員側の評定を得ることが可能である。それぞれの領域には二つから五つ、計21項目の下位領域が設定されており、さらに詳細な仕事状況の評定を把握することができる。さらに、全84の質問文への回答を個別にみることもできる。


2.測定内容

(1)組織風土とチェックリスト

 経済活動のグローバル化、高度情報化の進展、産業構造の変化、景気の低迷など企業を取り巻く環境は厳しく、変化が著しい。また組織内においても働く人々の価値観は変化や多様化が進んでいる。そうした中、企業は生き残りや競争力強化のために環境に適応していくことが迫られ、同時に、従業員の個性や能力を活用して活力を醸成・維持していかなければならない。外的環境変化への対応や内部の問題解決を効果的に行うためには、まず組織の現状を把握する必要がある。組織風土(organizational climate)は、このような必要性から発展してきた理論であり、測定技法が開発されてきた。
 組織風土には、主に2つの考え方がある。一つは組織風土を「組織を記述する特徴」と考える立場である。この立場では、組織風土を組織成員に共有された知覚あるいは成員の知覚の総体とし、知覚の対象が個人属性でなく「組織属性」であることを強調する。二つ目は、組織風土を「仕事環境について個人がいだく知覚」と考える立場である。成員全体の知覚の総体でなく、個々人の認知スキーマの中に風土が存在すると考えるため、心理的風土(psychological climate)とも呼ばれる。組織風土を組織属性でなく「個人属性」と考えるアプローチである。
 このように捉えかたの違いはあるものの、組織風土を<1>永続的な特徴で、<2>組織成員によって評価的でなく記述的に認知され、<3>組織成員の行動に影響を与える、と定義づける点で共通している。また、成員の人数や職階層、賃金体系、作業条件のように直接的に操作できる独立変数ではなく、パフォーマンスや離職率のような従属変数でもなく、その間にある媒介変数であると考える点でも一致する。これらの風土概念のうちワークシチュエーションチェックリストでは、従業員の意見や感覚を集約するものとして、心理的風土の項目を採用した。
 組織風土の類似概念に「組織文化」がある。研究史中の文脈や方法論が異なるため、風土が記述的なのに対し文化が規範的であり、風土が個人レベルを出発点とするのに対し文化は組織全般を問題とするなどの相違がある。また、風土が職務満足、職務態度等との関係を意識して展開されたのに対して、文化は経営戦略との関連が問題とされてきた。しかし取り上げる次元には共通性が高く、解釈が異なるだけでほぼ同一の概念という考え方が主流を占めるようである(Denison, 1996等)。
 このチェックリストでは、組織属性か個人属性かの違いや、風土か文化かといった狭義の意味にあまりとらわれることなく、幅広く項目、設問を盛り込むこととした。その測定項目の中には心理的風土の測定項目と、風土研究での文脈上で関係が重要視されてきた職務満足感に関わる要因を取り入れた。また、組織文化論では、文化に影響を及ぼす重要な要因の一つとしてトップマネジメントの行動が上げられていることから(ロビンス, 1997)、「経営陣の行動」も含めた。さらに、最近多くの企業が導入しつつある新しい雇用管理制度に関わる認知も加えている。年功序列や終身雇用が揺らぐ現在では、多くの企業で能力主義・成果主義の傾向を強めている。従業員個人の選択や自立性を重視したキャリア開発や生活支援体制も整備されつつある。こうした新制度の導入に対する従業員側の認知は、その定着やモラールに大きく影響すると考えられたからである。このようにワークシチュエーションチェックリストでは、従業員の行動に影響を与え、従業員によって認知可能と考えられる組織や仕事環境に関わる特徴を広範に取り上げることを目指した。

(2)領域別職務満足とチェックリスト

 職務満足感(job satisfaction)は、職務周辺領域全体を統括的に職務経験とみなし、それに対する全体的な満足感を想定する「全般的職務満足感(overall job satisfaction)」と、職務やその周辺要因を複数の領域に分割し、それぞれに対する個別の満足感を想定する「領域別職務満足(facet job satisfaction)」の2つに大別できる。ワークシチュエーションチェックリストは、後者の領域別職務満足に対応した領域を取り入れている。具体的には、Herzberg(1959)の動機づけ-衛生理論における分類である職務内容、職場環境、人間関係を用い、また、理論的背景として、Alderfer(1969)のERG理論を参考にした。
 ワークシチュエーションチェックリストは、普通名詞として使われる「従業員意見調査」、「オピニオンサーベイ」と類似したものとも言える。結果として質問文に似たものがあるが、このチェックリストはここで述べたように、組織風土、組織文化、領域別職務満足等の概念を参考に、従業員の仕事や職場に対する感じ方を幅広く収集できるように意図し、作成されたものである。

(3)参考とした既存研究及び尺度

 ワークシチュエーションチェックリストでは、上述の通り心理的風土、経営陣の行動、ならびに職務満足感を測定する既存の尺度から構成次元の特定と項目の選定を行った。以下にチェックリスト作成の基幹となった3つの研究を紹介する。

 (1)心理的風土測定尺度(Koys & DeCottis,1991)
 組織内風土の知覚は、複雑で多面的な現象であるがゆえに、その測定は非常に困難なこととされてきた(Glick,1985)。それでもなお、多くの研究者が風土の測定に尽力してきたのは、個人は風土の知覚によって組織内での行動をより適応的な行動に改善させるという、興味深い事実が報告されてきたからといえる(Schneider & Reichers,1983)。現在のところ、心理的風土の概念定義は<1>記述的現象で、<2>時間的に安定し、<3>組織内のメンバーが共通に知覚しているという点において概ね一致がみられる。しかし、風土の下位次元やその測定尺度については様々な主張がみられるため、未だ統一した見解は得られていない。これからの心理的風土研究が実り多きものになるためには、あらゆる組織や部門に一般化・普遍化できる次元を確立する必要がある。ここでは様々な組織において共通にみられる風土次元を特定し、それらを測定する尺度の開発を試みている。

 共通風土次元の抽出

その1:先行研究で言及されている80余の風土次元に以下の3つの基準を適用し、61次元に絞り込んだ。
 (1)知覚を測定している
    → 欠勤、転職、遅刻、労働闘争、事故、生産性etc は除外
 (2)評価的でなく記述的である
    → 同僚・経営陣に対する感情、満足感etc は除外
 (3)組織や業務の構造ではない
    → 中心化、組織規模、仕事の構造etc は除外

その2:61次元のち類似したものを統合し、ある研究に特有な次元を除外したところ、41に次元数が絞り込まれた。

その3:残された41次元をさらに分類・統合し、最終的に8つの心理的風土次元とした。
  自律性(Autonomy):仕事の手順、目標、優先順位に関する決定が個人に委ねられているか。
  団結力(Cohesion):従業員は「我々感情」をもち、仕事状況を互いに分かち合っているか。
  信頼(Trust):上司を信用し、個人的なことまでも相談できるか。
  圧力(Pressure):仕事の遂行や目標達成のために十分な時間的余裕が与えられているか。
  支持(Support):上司は部下の行動に寛容で、さらなる成長のためのサポートをしているか。

  承認(Recognition):組織への貢献は正当に評価されているか
  公正(Fairness):従業員の待遇は公平か、独裁的、気まぐれな扱いはないか。
  革新(Innovation):変革や独創性が奨励されているか。新たな試みに受容的であるか。

 測定尺度の分析
 上述の8つに集約された次元について、各5項目ずつ合計40項目から構成される心理的風土尺度を作成し、米国の大手レストランチェーンに勤務する管理職者367名(サンプル1)と、夜間のMBAクラスの受講者のうちフルタイム勤務する84名(サンプル2)に実施。それぞれのサンプルの回答を主成分分析したところ、いずれのサンプルにおいても当初想定していた 8 次元に対応する因子構造がみとめられた。項目―尺度間相関はサンプル1で.41~.69、サンプル2で.30~.88、α係数はサンプル1で.80~.89、サンプル2で.57~.90が得られた。このような結果から、8次元より構成される心理的風土尺度の信頼性および因子的妥当性が確認された。

 (2)経営陣の行動(Church, 1995)
 組織状況に対する認知という心理的変数が、従業員の態度やパフォーマンスに影響を及ぼすことは、あらゆる組織が関心をもつところである。なかでも組織経営陣の行動に関する従業員側の認識は、直接的にも間接的にも従業員の態度に影響を及ぼし得る。例えば、組織の長が目標達成に向けて尽力していると従業員が認識しているならば、組織の長はそれ相応の評価を受けるであろう。しかし、経営陣の行為や決定が組織目標と矛盾している場合、リーダーとしての彼らへの信望や、組織への信頼感は損なわれるであろう。このような組織リーダーや経営陣に対する従業員の認識は、従業員の満足感やコミットメントを介してパフォーマンスに結びつくことが予測される。ここでは経営陣の行動(senior management actions)に対する従業員側の認知を測定するための測度が独自に開発された。

 測定尺度の分析
 経営陣の行動に関する従業員側の認知について9項目を作成し、米国大手製薬会社のマーケティング・セールス部門の従業員に調査を実施して1,428名より有効回答を得た。全9項目をもちいて主成分分析を行ったところ3因子構造がみとめられた。各因子には、それぞれ3項目が高く負荷しており、該当因子への負荷量はすべて.45以上、第3因子までで全分散の76.7%が説明され、α係数は.82~.85が得られた。各因子の測定概念は以下の通りである。

  ビジョンの行動化(Bring vision into action):組織経営の方針や戦略を態度や行動に表しているか。
  チームワーク(Acts as one):組織の一員として一丸となり仕事に取り組んでいるか。
  倫理観と廉直さ(Demonstrates ethics and integrity):正しく倫理的な行いをしているか。

 上述の3因子を独立変数、従業員側の結果指標を従属変数とする重回帰分析を行ったところ、経営者の行動のなかでも“倫理観と廉直さ”に関する従業員側の認知は、各従業員の組織への貢献や職務満足感に影響を及ぼしていた。つまり組織の長が“公正な行いをしている”と信頼をおく従業員ほど、自分の職務を重要かつ意義あるものと評価し、己は組織目標達成のために力を発揮していると認識し、満足感が高くなるという解釈が成り立つ。

 (3)職務満足感(領域別職務満足)
 職務満足感は、従業員が仕事状況に対して抱く評価的感情で、仕事成果に随伴する報酬が期待を上回った結果生じる快適な情緒状態といえる。職務満足感は、原因は特定されないが職業生活全般を通して得られる全般的職務満足と、特定の要因の充足によってもたらされる領域別職務満足の2つに分類することができる。現在、後者つまり個別要因の充足度を測定する場合、“職場は友好的な雰囲気である”“会社の人事評価基準は不透明だ”といった仕事状況の認知を問うケースが多くみられる。その理論的根拠としてJohannesson(1973)は、仕事状況に関する情緒的反応は認知に影響するために、本来両者は同一対象を測定していることを主張している。つまり、職場の人間関係に満足している従業員は“職場は友好的な雰囲気である”と認知し、人事評価に対して不満を抱く従業員は“会社の人事評価基準は不透明だ”と認知するであろう。このような仕事状況の認知を問う質問項目によって測定された概念は、組織風土の知覚と非常に近い次元にあるものと思われる。そこでワークシチュエーションチェックリストでは、上記の尺度に加え、職務満足感尺度を用いて次元の抽出と項目の選択を行った。次元の抽出と項目の選択にあたっては、日本労働研究機構(1991)のワーク・チェックリストに回答した1,290名分のデータを利用した。分析結果の概要は以下の通りであるが、詳細については、『雇用管理業務支援のための尺度・チェックリストの開発―HRM(Human resource management)チェックリスト』(日本労働研究機構, 1999)の「職務満足」を参照されたい。

 測定尺度の分析
 個別要因の充足度の認知について問う29項目を作成し、1,290名の雇用労働者に調査を実施。全29項目を用いて主因子法による因子分析を行ったところ、第1因子は10項目、第2因子は11項目、第3因子は8項目の負荷が高い3因子構造が得られた。項目―尺度間相関はすべての項目で.35以上、α係数は.80~.86であった.各因子の測定概念は以下の通りである.

  職務内容(Work contents):仕事内容の自律性、多様性、責任、仕事から得られる達成感
  職場環境(Work environment):作業条件、昇給・昇進制度、管理体制、経営方針
  人間関係(Interpersonal relationship):同僚、上司との仕事を通じた人間関係。

 各因子間の相関は中~高程度で、それぞれの因子は互いに関連した仕事領域を測定していると考えられる。また、それぞれの因子は職業生活全般を通して得られる満足感と有意な関連をもっていた。なかでも職務内容から全般的満足感への影響は、他の要因からの影響よりも強く、仕事に自律性や多様性をもたせることが仕事生活に対する肯定的感情に結びつくことが明らかになった。
 なお、ワーク・チェックリストの候補項目としては、最終的に13項目が選定されている。これら13項目をもちいた分析の結果、29項目をもちいた上述の因子分析結果と同様の3因子構造がみられ、下位尺度のα係数は.69~.81で、もとの職務満足感尺度の測定概念を的確に反映した項目選択であったと思われる。


3.開発過程

 「2.測定内容」で紹介した3つの尺度を構成する因子を整理すると以下の通りとなる。
  <1>心理的風土:自律性、団結力、信頼、圧力、支持、承認、公正、革新
  <2>経営陣の行動:ビジョンの行動化、チームワーク、倫理観と廉直さ
  <3>職務満足感:職務内容、職場環境、人間関係

 心理的風土-8、経営陣の行動-3、職務満足感-3、合計14因子の測定次元と項目内容を考慮した類似概念の整理と統合により共通次元の選定を行った。まず、個人が従事する仕事の性質と、職務成果の評価についての職務内容、自律性、承認は「I.職務」の次元にまとめられた。直属の上司の行動に関連した人間関係、信頼、支持、公正、革新は「II.上司やリーダー」の次元に、同僚や仕事相手との意志疎通に関する人間関係、団結力は「III.同僚や顧客との関係」に統合された。経営陣の行動に関するビジョンの行動化、チームワーク、倫理観と廉直さの3因子はそのまま「IV.ビジョン・経営者」という次元を構成した。最後に、作業条件や昇進・昇格制度に関連する職場環境は「V.処遇・報酬」の次元を構成すると考えられた。なお、心理的風土の構成要素である圧力は、会社内で実施しやすいよう、主にプラスの側面を重視したため、本チェックリストでは取り入れなかった。上記のI.~V.次元に加え、仕事とは直接関連をもたないが、労働生活の質を左右する重要な側面である「VI.能力開発・福利厚生・生活サポート」次元を新たに追加し、合計6つの次元とした。それぞれの次元を測定する項目は、心理的風土、経営陣の行動、職務満足感の3尺度から選出し、修正を加えた38項目に、新たに作成した46項目を追加して計84項目を設定した(図表1参照)。

図表1 ワークシチュエーションチェックリストの構成

 なお新規に作成した項目の中には、個人の選択や自立性を重視したキャリア開発、個人の生活や価値観に配慮した組織のサポート体制を反映した質問を含めた。これらは新しい人事管理制度として導入の進みつつあるシステムを意識したものとなっている。
ワークシチュエーションチェックリストは、当初、必要であれば実施する会社の人事担当部門等の希望により、設問を追加することとしていたが、追加の設問を希望する企業等はまったくなかった。仕事や組織に関する事項を広範に聞いており、自由記述もあることから、これで十分という反応であった。


4.チェックリストの構成と使用方法

(1)チェックリストの構成

 ワークシチュエーションチェックリストを構成する6領域の測定概念は以下の通りである。この分類をまとめたのが図表2にあらわされる。

 I.職務
  (a.達成)         仕事で自分の力を遺憾なく発揮し、達成感を得ることができる。

  (b.成長)         仕事で自分の能力を生かし伸ばすことができる。
  (c.自律性)        業務の遂行手順や目標の設定は自分が掌握している。
  (d.参画)         重要な決定事項には自分の意見が反映されている。
  (e.意義)         仕事内容は全体に貢献する有意義なものである。

 II.上司やリーダー
  (f.承認・支持)      上司は自分の能力を評価し、さらなる成長のためにサポートしてくれる。
  (g.公正・信頼)      上司は正当な判断ができ、人間的に信頼すべき人物といえる。
  (h.指導・支援)      上司の目標設定、業務計画、指示は適切なものである。

 III.同僚や顧客との関係
  (i.職場の人間関係)    職場のコミュニケーションは良好で、友好的な雰囲気がある。
  (j.チームワーク)     同僚との間には仲間意識があり、お互いに助け合って仕事をしている。
  (k.顧客との関係)     仕事相手との間には信頼関係が成り立ち、業務は円滑に行われている。

 IV.ビジョン・経営者

  (l.ビジョン・戦略)    経営陣の管理方針や仕事戦略は妥当なもので皆がそれに賛同している。
  (m.経営者と従業員)    経営陣は従業員の意見を尊重し、それらに耳を傾けるよう努力している。
  (n.経営者への信頼)    経営陣の行いは倫理的に正しく、従業員に信望されている。
  (o.仕事の革新)      経営陣は新しい試みやアイデアに対して受容的で、それを奨励している。

 V.処遇・報酬
  (p.昇進・昇格・キャリア) 昇進・昇格は公正に行われ、適性に配慮したキャリアコースがある。
  (q.給与)         給与制度は公正で業績に見合った十分な報酬が得られる。

 VI.能力開発・福利厚生・生活サポート
  (r.教育・研修)      職務に必要な研修や個人のキャリアプランに役立つ教育が受けられる。
  (s.福利厚生)       福利厚生の制度や設備には従業員の要望が十分に反映されている。
  (t.生活サポート)     家庭生活との両立を可能にするために各種制度が用意されている。
  (u.労働条件)       勤務時間や作業条件は適切なものといえる。

図表2 ワークシチュエーションチェックリストの測定概念

(2)チェックリストの採点と使用法

 教示は「仕事や職場の現状についてお答えください。次のそれぞれの文章について、5段階で評定し、該当する数字に○をつけてください」とする。回答は“1.No”“2.どちらかというとNo”“3.どちらでもない”“4.どちらかというとYes”“5.Yes”の5段階評定とし、肯定的な回答から順に5~1点を与えて得点化する。ただし、反転項目No.67、No.74、No.75、No.76は数値を逆転させて得点化する。I.~VI.の各領域の項目得点を合計して項目数で除したものを領域得点とする。また、各4項目から構成される下位領域a.~u.の尺度得点からは、より詳細な仕事状況の評定値を得ることができる。下位領域と項目を以下に示す。

 I.職  務               (5尺度20項目)
  <a.達成>
   1. 今の仕事は達成感を感じることができる
   2. 仕事において我ながらよくやったなあと思う事がある
   3. 今の仕事は挑戦しがいのある仕事である
   4. 仕事の上で自分のアイデアや工夫が生かせる
  <b.成長>
   5. 経験を積むことによって,より高度な仕事が与えられる
   6. 仕事を通じて自分自身が成長したという感じを持てる
   7. 仕事において,自分がどのレベルに達したかを把握することができる
   8. 仕事では自分の能力を活かし可能性を伸ばすことができる
  <c.自律性>
   9. 仕事の遂行に影響する決定は,自分で下すことができる
   10.自分の仕事の手順は,自分で決められる
   11.自分の仕事のスケジュールは,自分で決められる
   12.仕事の目標や遂行規準は自分で定められる
  <d.参画>
   13.仕事をすすめる上で,自分の意見は十分反映されている
   14.自分の仕事に関わりのある社内の決定には,参加できる
   15.新技術導入や業務変更などの決定には,従業員の参画が求められている
   16.自分の仕事の目標設定や手続きの決定には,意見を述べることができる
  <e.意義>
   17.私はこの組織にとって大切な仕事をしていると感じている
   18.私は組織にとって重要かつ責任ある仕事を任されている
   19.今やっている仕事は,私の人生にとって意義あるものと思う
   20.私の仕事は社会に貢献する,意義あるものである

 II.上司やリーダー           (3尺度12項目)
  <f.承認・支持>
   21.上司・リーダーは私の仕事能力を評価し,信頼してくれる
   22.上司・リーダーは私の長所を生かそうとしてくれる
   23.上司・リーダーは私の能力が高まるよう配慮してくれる
   24.上司・リーダーはやり甲斐のある仕事を与えてくれる
  <g.公正・信頼>
   25.上司・リーダーは私を含めて部下を正当に扱っている
   26.私の上司・リーダーは依怙贔屓(えこひいき)することはない
   27.私の上司・リーダーは人間的に尊敬できる
   28.私は上司・リーダーに全幅の信頼をおいている
  <h.指導・支援>
   29.助けが必要なときには,上司・リーダーは支援してくれる
   30.私の上司・リーダーは仕事に役立つアドバイスをしてくれる
   31.私の上司・リーダーは仕事をうまく段取りしたり計画したりできる
   32.私の上司・リーダーは仕事に明るく,仕事がよくわかっている

 III.同僚や顧客との関係        (3尺度12項目)
  <i.職場の人間関係>
   33.職場は友好的な雰囲気である
   34.私の職場の人間関係はよい
   35.同僚の多くに好感をもてる
   36.同僚の間では,みんな気持ちがしっくり合っている
  <j.チームワーク>
   37.仕事が遅れたり困ったりしているとき,同僚はお互いに助け合っている
   38.メンバーは団結して,全体の業績を良くしていこうとしている
   39.私と同僚との間には良好なチームワークがある
   40.同僚との間では仕事上の情報交換が活発である
  <k.顧客との関係>
   41.顧客(あるいは業務の相手)との間には信頼関係が成り立っている
   42.顧客(あるいは業務の相手)とのコミュニケーションは円滑に行われている
   43.私の仕事ぶりは顧客(あるいは業務の相手)から正当に評価されている
   44.顧客(あるいは業務の相手)は私の手腕をみとめて仕事を任せてくれる

 IV.ビジョン・経営者          (4尺度16項目)
  <l.ビジョン・戦略>
   45.会社には明確で優れたビジョンや戦略がある
   46.会社のビジョンや戦略は現状では最良のものといえる
   47.組織のかかげるビジョンや目標に,われわれの多くが賛同している
   48.会社のビジョンや経営戦略が末端までよく周知されている
  <m.経営者と従業員>
   49.経営者はわれわれ従業員と打ち解けて話をする機会をもっている
   50.経営者は業績に関連した情報を,可能な限り従業員に開示している
   51.経営者はチームの一員としての意識をもち,われわれとともに働いている
   52.経営者は会社の運営や今後の計画について,従業員の意見を尊重している
  <n.経営者への信頼>
   53.仕事では倫理的側面を重視すべきことを,経営者も行動で示している
   54.経営者は正しいことを行っていると信頼がおける
   55.経営者は組織全体の業績がよくなるよう,常に努力している
   56.経営者は企業の置かれた状況を適切に把握している
  <o.仕事の革新>
   57.よりよい仕事になるようアイデアを出し,工夫するよう奨励されている
   58.新しい仕事のやり方を試すよう奨励されている
   59.新しい解決法,新しいアイデアが求められている
   60.新しい仕事のやり方に対して,肯定的,受容的である

 V.処遇・報酬              (2尺度8項目)
  <p.昇進・昇格・キャリア>
   61.昇進・昇格は公平,客観的に行われている
   62.適切な人が,適切な時期に昇進している
   63.十分なポスト,活躍の場が用意されている
   64.各人の希望にそったキャリア・コースが用意されている
  <q.評価・給与>
   65.組織の給与体系は公正・妥当なものである
   66.評価は客観的であり,十分な透明性を持っている
   67.本人の業績を反映させて,給与の変動幅をもっと大きくすべきである
   68.私は仕事に見合った十分な給与を得ている

 VI.能力開発・福利厚生・生活サポート  (4尺度16項目)
  <r.教育・研修>
   69.仕事で必要な技術や知識については,十分な教育・研修がある
   70.教育・研修は自分の希望や要望を十分反映したものとなっている
   71.ここで仕事をすることが,自分の今後のキャリアにプラスとなる
   72.ここでの仕事や経験が,自分の将来の目標につながっている
  <s.福利厚生>
   73.この会社は福利厚生の制度や設備が十分整備されている
   74.この会社は福利厚生の制度や設備をもっと充実すべきである
   75.会社の福利厚生の制度は,従業員が選択できるようにすべきである
   76.会社は福利厚生の経費を給与などにまわすべきである
  <t.生活サポート>
   77.育児休暇や介護休暇等の支援制度は整備されており,利用しやすい
   78.出張や会議が時間外や休日にかからないよう配慮されている
   79.仕事と生活が両立するよう,十分配慮されている
   80.勤務時間は融通がきく
  <u.労働条件>
   81.休日や休暇は満足にとることができる
   82.残業も含めて今の労働時間は適切といえる
   83.職場は安全で衛生的である
   84.仕事をしていて,体に悪いと思うようなことは,特にない


5.データの分析と結果

(1)個人属性、組織属性によるワークシチュエーションの違い

 現在までに集まっている、約8千名の従業員データを用いて、ワークシチュエーションの6つの次元と、その次元に含まれる21の尺度について、それぞれ個人属性と組織属性によってどのような違いがあるか検討した。

 (1)性別、配偶者等
 図表3は、性別、配偶者の有無、子どもの有無によって、ワークシチュエーションがどのように異なって捉えられているかをあらわしたものである。差が統計的に有意なものかどうか判断するために、t検定を施している。

図表3 性別、配偶者の有無等による違い(平均値と標準偏差)

 まず男女差をみると、t 検定によって多くの尺度に性差がみられることが見出された。特に職務においてt値が大きく、差が大きく出ていることが分かる。男性の方が女性に比べて、職務に達成感や成長感、参加意識や意義をより多く感じ、自律的だと感じているようである。職務に比べて差は少ないが、上司やリーダーが支持的・支援的で信頼できると感じる程度も男性の方が女性よりも多い。ビジョンや経営者に対する賛同の程度が高いのも男性である。逆に女性の方が男性よりも多く感じているのは人間関係で、女性の方が男性より職場の人間関係をよいとし、良好なチームワークであるとしている。福利厚生や労働条件についても、女性の方が男性よりもやや肯定的に回答している。
 配偶者の有無と子どもの有無は、ほぼ同じ傾向を示している。既婚者の85%が子をもつからである。t値が大きいのは職務に関連するもので、既婚者の方が非婚者よりも、子をもつ者の方がもたない者よりも職務の性質を好ましいものだと知覚している。上司や経営者、ビジョンに対しても既婚者または子をもつ者の方が、非婚者または子をもたない者よりも肯定的に評価している。福利厚生は既婚者や子をもつ者の方が強い要求をもつと思われるが、統計的有意差はみられない。生活サポートや労働条件は、家族をもつ者の方がむしろ肯定的に評価している。

 (2)年齢と職位
 年齢と職位によっての違いを示したのが、図表4と図表5である。違いが統計的に有意なものかどうか判定するために、分散分析を施してある。また、その差がどこに見られるのか判定するために、Bonferroniの多重比較を行っている。
 年齢階層別にみると、職務については、年齢層が上がるにつれて達成や参画、自律性や意義が高まっている。ビジョンや経営者についても、年齢層が上がるにつれて得点が高くなっている。しかし、上司やリーダー、顧客や同僚との関係は、年齢が低くい方が得点が高い傾向にある。労働条件や生活サポートは、年齢層が高い方が高い数値を示している。

図表4 年齢階層による違い(平均値と標準偏差)
図表5 職位による違い(平均値と標準偏差)

 職位別の違いは、年齢階層別と類似する部分が多い。最も一貫して差がみられるのは、職務の内容で、高いF値が示されている。職位が上がるにつれ、職務内容が肯定的にとらえられている。処遇や報酬も、職位が上がるにつれて、肯定的な評価となっている。ビジョンや経営者、教育研修や生活サポート、労働条件も同様である。上司との関係や、顧客や同僚との関係についても、職位が高まるにつれて肯定的な回答を示しているが、この点については年齢階層別の結果と異なる。

 (3)職種
 職種による違いは、図表6に示した。職種によって、仕事の内容や状況が大きく異なる様子がうかがえる。仕事の性質によって、ワークシチュエーションの回答が大きく異なる。

図表6 職種による違い(平均値と標準偏差)

 まず職務についてみると、事務職と現業職が職務内容の充実度が低く、技術職がそれに続き、営業・販売職と専門職の充実度が高い。事務職の自立性については中程度というように、尺度によって多少の違いはあるものの、概ね上述のような傾向にある。上司やリーダー、顧客や同僚との関係についても、ほぼ同様な傾向がみられた。
 ビジョン・経営者については、専門職が一貫して最も肯定的であるが、他の職種については尺度によって異なり、あまり一貫した傾向がみられない。経営者についてだけは、事務職が肯定的に捉えている。
 能力開発、福利厚生、生活サポートについても尺度によって異なり、福利厚生や生活サポート、労働条件を最も肯定的に回答しているのは事務職である。教育・研修については、営業・販売職と専門職が肯定的な回答となっている。

 (4)就業形態
 就業形態による違いを図表7に示した。最も一貫して違いがあらわれ、F値も高くなったのが、職務である。どの尺度についても、正社員と正社員以外で差が見られ、正社員の方がパート・アルバイトまたは派遣・契約社員よりも職務内容を肯定的に回答している。

図表7 就業形態による違い(平均値と標準偏差)

 それに比べ、上司やリーダー、顧客や同僚との関係については、就業形態による大きな差はみられない。正社員の方が他の職務形態に比べて好ましいと回答する傾向がみられるが、職務内容に比べると大きな違いではない。
 ビジョン・経営者については、職務形態による差は全く見られなかった。昇進・昇格・キャリアと、福利厚生について、パート・アルバイトの方が正社員より肯定的な回答を示している点が意外であるが、昇進やキャリアに対する期待値との差が出ていることが考えられる。つまり、正社員は昇進・キャリアへの欲求が高いために、それが充足されないとそれを否定的に評価し、パート・アルバイトは、もともと昇進やキャリアに期待していないため、欲求が満たされないことによる否定的な評価が少ないものと思われる。

 (5)従業員規模
 従業員規模の階層別結果は図表8に表した。以降、300人未満の組織を小規模組織、300人以上3,000人未満を中規模組織、3,000人以上を大規模組織と表現する。

図表8 従業員規模による違い(平均値と標準偏差)

 F値が高く、最も一貫したパターンがあるのは、職務である。どの尺度についても、中規模組織が最も低く、小規模組織がそれに続き、大規模組織が最も高い値を示している。つまり、規模が大きくなるほど職務内容が充実しているという直線的な関係にはない。
 上司やリーダーについては、職務のような一貫したパターンはないが、小規模組織が他の規模の組織よりも否定的な評価をしている点では一貫している。逆に顧客との関係は、小規模組織の方が肯定的に知覚している。職場の人間関係は、従業員規模による違いはみられなかった。
 ビジョン・経営者については、小規模組織の方が身近に接する機会が多いと思われるが、尺度によって異なる順序となり、一定のパターンはみられない。
 処遇・報酬、福利厚生は、規模の大きい組織の方が優遇されていることが想像されるが、そうした傾向は見出されていない。

 (6)まとめ
 これまで取り上げてきた個人属性および組織属性と、ワークシチュエーションの尺度毎の関係を、順序尺度以上についてのみ取り上げて、相関係数を算出したのが図表9である。

図表9 順序尺度以上の変数とワークシチュエーションの関係

 サンプル数が多いため、ほとんどの尺度において、有意な相関関係がみられるが、明らかな相関関係が見られるのは、職務と職位の関係である。つまり、職位が上がるにつれて、職務が肯定的に評価されている。
 次に関係の強さが見られるのは、ビジョン・経営者と職位の関係で、職位が上がるほど肯定的に評価している。年齢については、ビジョン・経営者との関係は多少みられるものの、ほとんどワークシチュエーションと相関的な関係は見出されなかった。従業員数については、全く相関関係は見られなかった。
 これまでみてきた個人属性とワークシチュエーションとの関係を概観すると、性別、家族の有無、年齢、職位、職種、就業形態の全ての属性との関係がみられた。つまり、性別によって、家族の有無によって、年齢や職種、就業形態の違いによって、個人の知覚するワークシチュエーションは異なるということである。

(2)パフォーマンスの高い組織のワークシチュエーション

 本節では、パフォーマンスの高い組織と低い組織では、どのようにワークシチュエーションが異なるのか検討する。
 パフォーマンスの高い個人が高い率で存在する組織をパフォーマンスの高い組織と考えることとし、HRMチェックリストのフェイスシートから、個人のパフォーマンスを問う質問項目を選び、それを指標とすることとした。「あなたの仕事の生産性」、「あなたの仕事の質・水準」、「あなたの仕事の先進性・独自性」を個人のパフォーマンスを測定していると考え、これらを個人のパフォーマンスの指標とした。3項目を因子分析にかけると1因子構造であり、3項目のα信頼性係数は.80であった。このため単一次元の尺度と仮定し、以下の分析を行った。なお、この項目は「1 低い」から「5 高い」までの5件法で回答されている。
 まず、回答者の個人差など誤差による影響を抑えるため、HRMチェックリストに対する回答者が100人以上になる組織を選択し、該当する組織は16組織となった。これら16組織の従業員の個人パフォーマンスを分散分析によって確認したところ、図表10のような結果が得られた。図表では平均値の高い順に並べてある。つまり、組織1は最も個人のパフォーマンスが高い組織で、組織16は最も個人のパフォーマンスが最も低い組織となる。

図表10 100以上が回答した16組織の個人パフォーマンス得点の差

 次に、これら16の組織を個人パフォーマンス高群と個人パフォーマンス低群の2つに分割した。分割する基準としては、互いに有意差のない上位7組織を高群(n=1,387)とし、中央値より低い組織14から組織16までの下位3組織(n=2,029)を低群とした。
 パフォーマンス高群とパフォーマンス低群のワークシチュエーションを次元毎に算出し、t検定を行った結果を図表11に示した。その結果をグラフ化したのが図表12である。

図表11 パフォーマンス「高群」と「低群」のワークシチュエーションの違い
図表12 パフォーマンス「高群」と「低群」のワークシチュエーションの違い

 結果をみると、上司やリーダーおよび顧客や同僚との関係以外において、5%未満で有意差が見出された。すなわち人間関係とパフォーマンスの高さとは関係しないことになる。最もt値が大きいのは職務であり、パフォーマンス高群の方が低群より有意に高かった。職務内容が充実しているためパフォーマンスが高い、あるいはパフォーマンスが高いため職務内容が高いのか因果関係はわからないが、この二者に関連があることが確認された。能力開発・福利厚生・生活支援にも差がみられた。ビジョン・経営者についても同様であり、明確なビジョンや信頼できる経営者がパフォーマンスと関係していることが示された。
 意外であったのは、処遇・報酬はパフォーマンス低群の方がパフォーマンス高群よりも高い数値を示していた点である。パフォーマンスの高い者は、それに見合った処遇、評価を期待するが、それが得られていないことが不満となって現れていることも考えられる。
 結果全体を概観すると、Herzberg(1959)動機づけ-衛生理論に類似する結果であるということができる。職務内容がパフォーマンス向上に役立ち、人間関係や報酬にはそうした効果が見られないといえる結果であった。
 ただし、上述の分析は個人の自己についてのパフォーマンス認知を用いたものであり、客観的な組織の業績を用いていないという限界はある。しかし、組織の業績は、市場や経済の状況など様々な環境の影響を受けるため、雇用管理の評価に用いることは難しい。従って、この結果は従業員個々のパフォーマンスを引き上げる施策を考える上で手がかりを与えるものと考える。
 とはいえ、どんな場合でも従業員のパフォーマンスを引き出す有効な方法や仕組み、手段があるわけではない。組織のおかれた状況によって有効な手段は異なる。これについては後述する。


6.関連情報

(1)一貫性

 Schneider & Gunnarson(1991)によれば、組織風土を改革したり新たな風土を構築するには、組織内の慣行や手続き、報酬供与のあり方等、全てに於いて一貫性を持たせる必要がある。その為には新しい組織風土を支持しているかどうか、全ての側面についてその整合性を検討しなければならない。例えばカフェテリアプランを導入しても、それを従業員の個人的ニーズに合わせるためと考えられる場合もあれば、経費削減の一貫と思われる場合もある。どちらと考えられるかは、カフェテリアプラン以外の他の施策がどうなっているかに依存する。育児休暇や介護休暇制度も整備されているのならば、個人的ニーズに配慮しての施策と判断されるだろうし、給与カットや人員削減策を取っていれば経費削減と考えられる。
 Schneider & Gunnarson(1991)は、安全性の高い組織風土、革新的な組織風土、サービス業に有効な組織風土について、複数の次元に存在する一貫した特徴を過去の研究成果からまとめている(図表13)。安全性の高い企業の場合、安全性を監督する管理職の権限を高め、パフォーマンスよりも安全性向上を評価し、従業員の健康に配慮するといった、安全性を志向する一貫した施策をもつことが表れている。革新性の高い企業では、従業員の革新を支持・評価するだけでなく、それを現実的なものとする為の、情報収集や軌道修正を組織的に行う体制がある。そしてサービス分野で成功した企業では、顧客に最も近いところにある従業員の満足を重視し、サービスに関わる意思決定に従業員の参加を十分に取り込む、従業員参加型の風土が表れている。

図表13 組織風土の根底にある共通する特徴の例

 多くの人事制度改革の中には、他の企業が導入したから乗り遅れないように自社も導入するといった横並び意識もあるといわれる。しかし先述の通り、組織改革には一貫性をもたせることが重要であり、単独で導入すればその費用や工数が無駄になるばかりでなく、従業員の意識にネガティブな影響を及ぼすことさえありうる。自社の志向する方向性がワークシチュエーションチェックリストによる評価と整合的であるか、十分に検討する必要がある。

(2)組織の状況

 カッツェンバック(2001)によれば、従業員が優れた成果を示す企業には、次の5つのパス(方法、道のり)のうちいずれかがあるという。5つのパスとは、「1.ミッション、価値観、誇り」、「2.業務プロセスと評価尺度」、「3.起業家精神」、「4.個人による達成」、「5.認知と称賛」である。
 ミッション、価値観、誇りのパスとは、会社の目標や業績、名声による動機づけである。ワークシチュエーションチェックリストでは、「ビジョン・経営者」に類似する。
 業務プロセスと評価尺度のパスとは、従業員一人ひとりに成果責任をもたせ、結果を重視し、それを評価する明確な尺度が存在し、業績に応じた報奨を与えることによって動機づけるものである。ワークシチュエーションチェックリストでは、「処遇・報酬」に類似する。
 起業家精神によるパスとは、ユニークな価値を生み出した社員を奨励することによって動機づけるものである。ワークシチュエーションチェックリストでは、「ビジョン・経営者」の中の「仕事の革新」に類似する。
 個人による達成のパスとは、従業員自身の達成内容や成長機会によって動機づけるもので、個人の業績を追及して報奨を与える。ワークシチュエーションチェックリストでは、「職務」の中の「達成」と「成長」および「処遇・報酬」に類似している。
 認知と称賛によるパスとは、個人やグループとしての業績を定期的に祝うことによって動機づけるものである。友好的な雰囲気の中、周囲を惹きつける力を持つリーダーがその熱意の源を提供することによってなされる。このパスについては、ワークシチュエーションチェックリストの中にそのまま当てはまるものはないが、「上司やリーダー」の「承認・支持」や「同僚や顧客との関係」の「職場の人間関係」、「チームワーク」に類似する部分が含まれる。
 カッツェンバックによれば、高業績企業はこれら5つのパスのうち同時に複数のパスを追及している。そして、企業の業績と社員の充足感のバランスを取り、従業員を心理的にコミットさせ続けるのだという。カッツェンバックはこれらのパスを選ぶのにふさわしい状況、そのパスを利用する場合の熱意の源、そのパスで活用される方向付けの手法、注目すべき事例を図表14のように紹介した。


図表14 5つのパスの特徴

 このように、高業績を上げるためには、その組織のおかれた状況にふさわしいパスを選ぶ必要がある。このことは、組織を取り巻く状況によって、目指すべき組織風土は異なり、高いパフォーマンスを導き出す共通のワークシチュエーションは存在しないことを示唆している。従って、ワークシチュエーションを整備していく場合、それぞれの組織に合わせて方向性を決める必要があるだろう。
 カッツェンバックは、一つのパスだけではなく、複数のパスを同時に選ぶ必要があることや、たとえ同じパスを選んだ企業同士でも熱意を生み出す源やアプローチが異なる場合があると述べている。これは、各企業がそれぞれのおかれた状況を詳細に検討し、それぞれに適したワークシチュエーションづくりを行って行くことが重要であることを示唆している。


引用文献
Alderfer, C.P. 1969 An empirical test of a new theory of human needs, Organizational Behavior and Human Performance, 4, 142-175.
Church, A. H. 1995 Managerial behaviors and work group climate as predictors of employee outcomes, Human Resource Development Quarterly, 6(2), 173-205.
Denison, D. R. 1996 What's difference between organizational culture and organizational climate a native's point of view on a decade of paradigm wars. Academy of Management Review, 21(3), 619-654.
Glick, W. H. 1985 Conceptualizing and measuring organizational and psychological climate : Pitfalls in multilevel research. Academy of Management Review, 10, 601-616.
Herzberg,F. 1959 The Motivation to Work. Wiley.
ジョン R. カッツェンバック 黒田由貴子(監訳) 2001 コミットメント経営:高業績社員の育て方ダイヤモンド社(Katzenbach, J. R. 2000 Peak performance, Harvard Business School Press)
Koys, D. J., & DeCottis, T. A. 1991 Inductive measure of psychological climate. Human Relations, 44(3), 265-285.
Johannesson, R. E. 1973 Some problems in the measurement of organizational climate, Organizational Behavior and Human Performance, 10, 118-144.
ステファン・P・ロビンス 高木晴夫(訳) 1997 組織行動のマネジメント ダイヤモンド社(Robbins, S. P. 1997 Essentials of Organizational Behavior, 5th Edition Prentice-Hall, Inc.)
Schneider, B., & Gunnarson, S. 1991 Organizational climate and culture:The psychology of the workplace. In
Jones, J. W., Steffy, B. D., & Bray, D. W. (Eds.) Applying Psychology in Business:the handbook for managers and human resource professionals, New York: Lexington Books, 542-551.
Schneider, B., & Reichers, A. E. 1983 On the etiology of climates. Personnel Psychology, 36, 19-39.


第2章 コミットメント
-ジョブ・インボルブメント、組織コミットメント、キャリア・コミットメント、全般的職務満足感、他-

1.チェックリストの概要

 HRMチェックリスト(個人用・従業員用)のコミットメントの部分は、仕事に関わる様々な対象に対するコミットメントや態度を測定するいくつかの尺度から構成されている。具体的には「ジョブ・インボルブメント(job involvement)」、「組織コミットメント(organizational commitment)」、「キャリア・コミットメント(career commitment)」、「全般的職務満足感(overall job satisfaction)」の尺度となっている。また、これら尺度と関係の深い「仕事外生活(nonwork life)」への認知や態度に関する尺度の用意されている。
 ジョブ・インボルブメント、組織コミットメント、キャリア・コミットメントは仕事に関連するコミットメントであり、それぞれ職務、所属組織、職業・専門分野に対する思い入れの程度や関心の強さをあらわす概念である。全般的職務満足感は職務に対する主観的な評価であり、コミットメントとしてまとめられないが、HRMチェックリストではこの部分に置くこととした。仕事外生活へのコミットメントや満足感は、仕事以外の私生活をとらえるものであり、仕事と生活の関係が近年重視されるようになっているため、尺度として用意した。
 雇用管理施策、組織、職務等は従業員のコミットメントや態度に影響を及ぼすと考えられている。従って、このチェックリストの結果を雇用管理施策、組織、職務等の評価や改善に活用することができる。仕事への関わり方が多様化する今日においては、従業員の仕事に対するコミットメントの状況に合わせて、雇用管理を検討することも重要となっている。コミットメントの部分は、コミットする対象が職務、組織、キャリア、仕事外生活というように、多元化のものとしてとらえることができ、これによって多様化する従業員の意識、行動に対応できるようになっている。


2.測定内容

 働く人々の仕事へのコミットメントは長らく組織行動の研究者や実務家の注目や関心を集めてきた(Morrow, 1983)。その理由は、仕事へのコミットメント(work commitment)が従業員のパフォーマンスや組織市民行動、離退職、欠勤や遅刻など、マネジメント上重要な結果変数を予測することが示されてきたからである(Blau, 1986; Cohen, 1993; Wiener & Vardi, 1980)。Morrow(1983)によれば、ワーク・コミットメントは5つに分類できる。労働観としてのコミットメント、労働組合へのコミットメント、職務へのコミットメント、組織へのコミットメント、キャリアへのコミットメントである。これらのうちで、研究上・実務上最も重要性が高いと思われる、職務、組織、キャリアへの視点をコミットメントの部分では取り上げた。ジョブ・インボルブメント、組織コミットメント、キャリア・コミットメントの3つである。また、コミットメントとの関連が議論されることが多い職務満足の概念から、職務全般への満足感をあらわす全般的職務満足感もチェックリストに含めた。ワーク・コミットメントや職務満足感は、仕事への態度(work attitude)として長らく研究の対象とされてきたが、仕事だけでなく仕事以外の要因を組織行動の研究に取り入れていく必要性が近年主張されていることから(Kirchmeyer, 1992; Cohen, 1995)、仕事外生活(nonwork life)についても取り上げた。チェックリストのコミットメントの部分に含めたこれら5つの概念について、以下に説明する。

(1)ジョブ・インボルブメント

 ジョブ・インボルブメント(job involvement)は職務に対する関与の程度のことである。仕事に対する態度やコミットメントをあらわす概念は多いが、ジョブ・インボルブメントはその中でも古くから研究が行われているものである。意欲を喚起すると考えられている為、雇用する側からみると、組織の有効性や生産性を高めるものとして関心が集まっている。一方、働く側からすると仕事生活を意義深く、実り多い経験にするものとして重要性が高い(Brown, 1996)。仕事は個人の生活の中で時間的・心理的に占める割合が大きいため、多くの人々にとって生活上重要な要因となるわけである。
 定義としては、Lodahl & Kejner(1965)の「仕事の成果が自尊心に影響する程度」、「仕事と自己との心理的同一化の程度」、「セルフイメージに占める仕事の重要性の程度」や、Dubin(1956)による「仕事が人生に於いて中心的であり重要である度合い」などがある。これらの定義には仕事に対する個人の倫理観の要素も含まれおり、雇用管理施策等を反映する指標とはなりにくい。そのため、このチェックリストでは、現時点で就いている特定の職務や仕事に対する、個々人の思い入れやのめり込みの程度、関心の高さをジョブ・インボルブメントと捉えることとした。
 ジョブ・インボルブメントの尺度として最もよく利用されるのは、Lodahl & Kejner(1965)のものである(図表1)。Kanungo(1979)の尺度もそれに次いでよく使用される(図表2)。Kanungoの尺度はLodahl & Kejnerの尺度から認知的要素と情緒的要素の重複や、内発的動機づけの意味合いを取り除いたもので、仕事への心理的同一化に対する認知又は信念をあらわしている。ここでは、これらの尺度を参考に、仕事から影響を受ける程度の強さと、熱中やのめり込みを問う設問からジョブ・インボルブメントの尺度を作成した。

図表1 Lodahl & Kejner(1965)のジョブ・インボルブメント尺度
図表2 Kanungo(1979)のジョブ・インボルブメント尺度

 ジョブ・インボルブメントは、30年以上にもわたり膨大な人数の研究者が多くの関連変数を報告している。いずれも雇用管理の施策を検討する際、非常に重要な要因である。Brown(1996)は、212の研究をメタ分析し、ジョブ・インボルブメントとその関連変数との関係を整理し、検討を行った。そこでは先行要因として、パーソナリティや職務の性質、上司のリーダーシップ・スタイル等が統計的に有意に関係することが確認された。また、年齢、勤続年数などの個人変数やワーク・インボルブメント(特定の職務ではなく仕事一般に対する関与)、キャリア・コミットメント、職務満足や組織コミットメント等との有意な関係も確認されている。ジョブ・インボルブメントが影響を及ぼすとされる結果変数としては、努力量やパフォーマンス、欠勤や離職などが報告されている(図表3参照)。自立性、多様性、フィードバック、挑戦性や複雑性といった職務そのものの性質や、職務から得る経験が特に関係している点が注目される。なお、ここでの先行要因、共変・結果変数の区分は、Brown(1996)の仮説に基づいている。

図表3 ジョブ・インボルブメントに関係する変数

(2)組織コミットメント

 組織コミットメントは、組織に対するコミットメントをあらわす概念であるが、ワーク・コミットメントの中で最も多くの研究がなされている。2003年4月末現在、心理学データベースのPsycINFOだけでも2,226件の文献がorganizational commitmentをキーワードとして検出された。Job involvementでは1,526件、career commitmentあるいは類似概念のprofessional commitmentがあわせて345件であることから、その注目の高さが窺える。このように関心が集まる理由は、組織コミットメントが他のコミットメントよりも離退職を予測できること(Williams & Hazer, 1986)、その高揚が組織成員のパフォーマンスや生産性の向上、欠勤や遅刻の減少と関係するからである(Batemen & Strasser,1984; Morris & Sherman, 1981)。その為、組織コミットメントを高めることそのものが目指すべきひとつの目標ともいえる状況である。また、先行要因や結果変数との関係について知見が豊富で、理論的にも検討が進んでいることにより、操作・管理が行いやすく、施策の評価や立案にも役立つといえる。
 日本でも組織コミットメントに対する注目度は高く、国立国会図書館のデータベースで1983年以降の雑誌論文の題目だけを対象としても38件検出された。職務とキャリアへのコミットメントが6件であったのと比較すると関心の高さが分かる。雇用環境の激変の中、我が国で「組織コミットメント不要論」が盛り上がりを見せているにも関わらず(高橋, 2002)、組織コミットメントに対する関心は寧ろ高まっている。国会図書館のデータベースによると、組織コミットメントを取り上げた論文は1984年~1995年で7件、1996年~2000年までで12件、2001年以降で17件と増加している。
 組織コミットメントの定義として長らく受け容れられてきたのが、Porter et al.(1974)による定義である。「組織の目標・規範・価値観の受け容れ、組織のために働きたいとする積極的意欲、組織に留まりたいという強い願望によって特徴づけられる情緒的な愛着」という定義づけである。Porter et al.(1974)の開発したOrganizational Commitment Questionnaire(OCQ)は15項目から成るもので、過去20年以上にもわたって広く活用されてきた(図表4参照)。その為、組織コミットメントに関わる現在の知見のほとんどがOCQに基づくものとなっている(Cohen, 1996)。

図表4 OCQ(Organizational Commitment Questionnaire)質問項目

 多くの研究で、組織コミットメントと関係する要因が確認されているが、多くはOCQを用いたものであり、関係する要因はいずれも雇用管理上重要なものである。Mathiew & Zajac(1990)が124の研究を対象にメタ分析を行い、48の変数との関係をまとめた。その結果を図表5に示す。なお、先行、共変、結果変数という分類は、Mathiew & Zajac(1990)の考えによるものである。

図表5 組織コミットメントに関係する変数

 Porter et al.(1974)の尺度には、項目の中に組織のための積極的な意欲や、組織への残留意図が含まれるため、パフォーマンスや離退職と関係するのは当然であるという批判もある。こうしたOCQの結果変数との重複性の問題を背景に、最近、組織コミットメントを多次元的にとらえる傾向が強まっている。そして現在注目が高まり、最もよく利用されるのが、Allen & Meyer(1990)の尺度である(図表6参照)。

図表6 Allen et al.(1993)の尺度

 Allen & Meyer(1990)は、組織コミットメントを<1>情緒的(affective)、<2>存続的(continuous)、<3>規範的(normative)の3つの要素からなると考えた。情緒的コミットメントは、組織に対する愛着や同一化で、OCQに類似する(Dunham, Grube, & Castaneda, 1994)。存続的コミットメントは組織を去る時に払う代償への知覚に基づくもので、転職先の有無にも関係する。規範的コミットメントは、理屈抜きにコミットすべきという忠誠心を表す。Meyer,Allen,& Smith(1993)は、これら3つの要素の根底にあるのは、組織との関係性と辞めるか留まるかの決意であると述べる。そして各要素は異なる経験により形成され、それぞれが異なる行動に結びつくと仮定している。例えば組織内での経験が期待と一致し、欲求が満足されると情緒的コミットメントが養われ、組織に対する投資やBecker(1960)のいうside betsが蓄積したと知覚されると存続的コミットメントが形成される。組織に対する忠誠心を強調するような社会化を経験すると規範的コミットメントが養成される。規範的コミットメントや情緒的コミットメントはパフォーマンスや組織内でのシチズンシップに関係するが、存続的コミットメントはそれらと無関係又は負の関係にある。Meyer et al.(1993)はこれらの仮説をもとに研究を行い、概ね仮説と一致する結果を得ている。
 Allen & Meyer(1990)の尺度は、OCQよりも重複性や冗長性が問題となるジョブ・インボルブメントやキャリア・コミットメント等との差別妥当性が高く、適合度が高いという報告(Cohen,1996)があり、評価が高い。
 働く人々の就業意識が多様化し、雇用環境が変化する今日においては、様々な形態の帰属意識を取り上げることが有効と思われる。このためコミットメント・チェックリストでは、研究の蓄積の多いOCQ型のコミットメントと最近注目されるAllen & Meyer(1990)の尺度の双方が含まれるものを作成することとした。

(3)キャリア・コミットメント

 近年、高学歴化の進展や長期雇用への懸念に伴って「就社」よりも「就職」を志向する職業意識が高まっている。このように働く側の意識面で専門職志向への移行が見られると同時に、雇用する側でも専門性やプロフェッショナリティを重視する傾向が強まり、専門職制度を導入する企業が増加している。こうした専門性への志向性が雇う側にも雇われる側にも強まっていることから、コミットメント・チェックリストにはキャリア・コミットメント(career commitment)尺度も含めた。キャリア・コミットメントは、例え会社を変わっても一生を通じて追求する専門分野への志向性をあらわす概念である。先行研究では、キャリア・コミットメントが自発的な技能の開発や転職意図を予測することが報告されている(Aryee & Tan, 1992)。またBedeian, Kemery, Pizzolatto, & Allayne(1991)は、キャリア・コミットメントの高い成員がキャリア開発の機会を高く知覚すると退職意図は減少するが、キャリア・コミットメントの低い成員の場合は、返って退職意図を高めるという結果を見出している。専門職制度や、専門職と管理職を明確に分離する人事管理を行う企業は今後も増えていくと思われるが、このチェックリストがこのような制度の運用や評価、改善等に利用されることが期待される。
 職業や専門へのコミットメントを測定する尺度としては、プロフェッショナリズム(Hall, 1968;Snizek, 1972)、プロフェッショナル・コミットメント(Aranya, Pollock & Amernic,1981;Aranya & Ferris, 1984)、キャリア・コミットメント(Blau, 1985)、オキュペーショナル・コミットメント(Ferris, 1981)、キャリア・サリアンス(Morrow & McElroy, 1986)等がある。いずれも、専門分野や職業に対する個人の態度や心理的愛着の程度を測定するものである。具体的には、自分を専門分野と同一視する程度、専門分野の発展の為に積極的に努力しようとする意志の強さ、専門分野に留まりたいと思う度合いなどである。その中で、プロフェッショナル・コミットメントとキャリア・コミットメントが代表的なものといえるが、Morrow & Wirth(1989)によれば、プロフェッショナル・コミットメントは限られた専門職にのみ活用可能であり、広く職業一般には適用しにくい。一方キャリア・コミットメントは、一般的なキャリアという概念を代表し、広範な職業に活用可能であると考えられる(Aryee & Tan, 1992)。最近、日本の企業で起こっているスペシャリスト志向、プロフェッショナル志向は、伝統的に専門職と呼ばれているわけではないホワイトカラーを中心として高まっているものである。そこで、ここでは広範な人々を対象とできるという点で、Blau(1985)のキャリア・コミットメント尺度を用いることとした(図表7)。Blau(1985)のキャリア・コミットメントは、ジョブ・インボルブメント、組織コミットメント(Meyer and Allenの3次元尺度)と弁別可能であることが Cohen(1996)によって報告されている。Blau(1985)のキャリア・コミットメントの定義は「専門を含めた、自分の職業への態度」となっている。

図表7 キャリア・コミットメント尺度(看護婦対象の質問紙)

 ジョブ・インボルブメントと組織コミットメント、キャリア・コミットメントの間の関係ついてBrown(1996)は、キャリア・コミットメントとジョブ・インボルブメントは共変関係にあり、組織コミットメントはジョブ・インボルブメントの結果変数に位置づけられると考えている(図表3)。一方、Mathiew & Zajac(1990)は、ジョブ・インボルブメント、組織コミットメント、キャリア・コミットメントの3つは全て共変関係にあるが、3つの間に因果関係を想定していない(図表5)。これらの関係を実証的に検討したのは、Cohen(1999)であるが、その関係を図表8のように報告した。これはRandall & Cote(1991)の考えに基づく因果関係を、共分散構造分析によって修正を加えたものである。労働倫理観による仕事全般に対する肯定的態度が、特定の職務への肯定的態度を形成し、ジョブ・インボルブメントを高める。ジョブ・インボルブメントの高い個人は、肯定的な職務経験を得やすく、それを組織やキャリア上への決定に帰属させるため、キャリア・コミットメントや情緒的な組織コミットメントが高まる。キャリア・コミットメントの高い個人は、組織を注意深く選択するため、組織への情緒的コミットメントも高まると説明されている。これよりCohen(1999)は、ジョブ・インボルブメントは組織コミットメントよりも変化しにくく、安定した職務態度であると解釈した。

図表8 様々なコミットメント間の因果モデルの例(Cohen,1999)

 このように様々なコミットメントの間の関係については、色々な見解や報告があり、確立した見方はない。従って、ここでは特にコミットメント間の因果関係は想定せず、並列的に捉えることとした。

(4)全般的職務満足感

 職務満足感(job satisfaction)は職務に対する主観的な評価である。今まで述べてきたコミットメントが、仕事に関わる対象へのコミットメントをあらわすのに対し、職務満足感は仕事に対する態度をあらわす。コミットメントとの関係が議論されることが多い概念であり、先述のコミットメントと併せて仕事への態度(work attitude)とされる。
 職務満足は、Hoppock(1935)が著書“Job Satisfaction”にてその概念を体系化したことに端を発し、それ以降は組織行動学、組織社会学、産業組織心理学など様々な分野で研究が蓄積されてきた。Locke(1976)によれば、1976年までに約3,350の論文がこの概念について言及した。2003年4月末現在、PsycINFOは10,604件の文献がjob satisfactionについて言及していることを記録しているが、これは研究の歴史の深さと同時に、いまだ衰えぬ概念の重要性を示しているといえよう。このように社会科学の多くの分野で職務満足が注目されてきた理由の一つは、職務満足が従業員の参加行動を改善し、コスト削減や効率性アップにつながると推測されるからであろう。もう一つの理由は、平均的な雇用労働者は、その生活の大半を仕事が占めており、そこで得られる満足感は個人の労働生活の質を高め、精神的健康感を促進し、ひいては非仕事生活における満足感にも影響を及ぼすからと考えられるからである。
 職務満足については、これまで多くの研究者が概念の定義を試みており、様々な定義が提出されてきた。例えば、個人が従事している仕事役割に対する個人の側の情動志向(Vroom, 1964)、労働者が彼の仕事について抱いている感情(Smith, Kendall & Hulin, 1969)、個人が自分の職務価値を達成するものとして職務を評価することからもたらされる快適な情緒状態(Locke, 1976)などがみられる。このように、提出された定義は研究者によって様々であるが、職務に対する「好き」か「嫌い」という情緒的反応をあらわす主観的評価である点では一致する。
 職務満足には、特定の要因の充足によってもたらされる領域別満足感(facet job satisfaction)と、原因は特定されないが、職業生活全般を通して個人が感じる全般的な満足感(overall job satisfaction, general job satisfaction)がある。領域別職務満足については、ワーク・シチュエーションチェックリストで採用し、ここでは全般的職務満足感を取り上げることとした。
 職務満足感は、組織コミットメントやジョブ・インボルブメントなどのコミットメントとの冗長性が問題とされることが多い。Brooke, Russell & Price(1988)は、これら3つの概念の相違について次のように述べている。職務満足とジョブ・インボルブメントは、どちらも個人がたずさわる仕事について言及しているが、職務満足は情緒状態、ジョブ・インボルブメントは認知に関連している点で異なる。組織コミットメントは、仕事そのものではなく組織全体に焦点をあてている点で職務満足、ジョブ・インボルブメントとは区別される。Brooke et al.(1988)は、確認的因子分析法をもちいてこれらの概念的差異を検討したところ、3つの概念は独立した因子として確認され、それぞれが他の仕事関連変数と異なる程度で相関していた。また、それぞれの概念の間には中程度の相関がみられたことから、これらの概念は互いにある程度関係するが独立した次元にあるというLawler & Hall(1970)の見解を支持している。Mathieu & Farr(1991)も同様に3つの概念が独立していることを実証的に確認し報告した。
 職務満足とジョブ・インボルブメント、組織コミットメントの因果関係については、満足感を先行要因とする立場がやや優勢であるように思われる(Mowday, Porter & Steers, 1982; Williams & Hazer, 1986; Mathieu, 1988; Mathieu & Hamel, 1989)。例えばWilliams & Hazer(1986)は、満足感と組織コミットメントの関連を検討するために、確認的因子分析法を用いて満足感からコミットメントへのパスと、コミットメントから満足感へのパスの規定力を比較したところ、満足感からコミットメントへのパスの規定力がより大きかったことを報告している。しかし、満足感からジョブ・インボルブメント、組織コミットメントへ至るという順序性について疑問視する立場もみられており(Bateman & Strasser, 1984;Curry, Wakefield, Price, & Mueller, 1986)、必ずしもすべての研究がこのような因果の方向性を支持しているわけではない。例えば、先述のCohen(1999)の研究では、ジョブ・インボルブメントの高い個人は肯定的な職務経験を持つとしており、職務満足感の方が後続する変数であることを示唆している。
 このようにワーク・コミットメントと職務満足感との因果関係についても、統一された見解はない。従って本稿では、これらの因果関係についても特に想定せず並列的に捉えることとした。


(5)仕事外生活

 脱仕事志向が進み、組織への帰属意識が希薄化し、代わって余暇などの仕事以外の生活を重視する傾向が高まっている今日において、雇用管理やキャリア開発システムを整備する際、組織外の要因を取り入れていくことが重要になっていくと考えられる。仕事と仕事外生活との関係をテーマとした研究領域として、work-nonwork研究があるが、両者を説明するモデルとして3つに分けることが主流となっている。流出モデル(spillover)、補償モデル(compensation)、分離モデル(segmentation)の3つである。
 流出モデルは、一方の領域での経験が他方の領域での経験に影響するというもので、例えば家庭の不和が仕事にも悪影響し、仕事生活もうまくいかなくなるようなことである。充実した仕事経験が家庭生活にも影響し、円満な家庭生活を過ごせるというような場合もある。このように、仕事外から仕事に、仕事から仕事外へと双方向の流出があり、また流出のタイプにも前者のようにネガティブなもの(ネガティブ・スピルオーバー)と肯定的なもの(ポジティブ・スピルオーバー)とがある。補償モデルは、一方の領域での不足を他方で補うというもので、仕事で能力を発揮できない人が趣味で能力を発揮するといったことである。家族との関係がうまくいかない人が、職場の人たちと頻繁に飲み出かけたり、休日にゴルフに出かけたりして憂さを晴らすようなことも補償モデルに当てはまる。分離モデルは、2つの領域は分離されており、影響を及ぼしあうことはないと考えるものである。多くの研究がどのモデルが適切か検討した結果、流出モデルが支持される傾向がみられたが、個人のおかれた状況や何を重視するかという考え方の違いによって、異なるパターンが表出するようである。いずれにせよ、仕事と仕事外の生活は何らかの関係があるとする見方が主流となっている。
 Work-nonwork研究は、仕事と仕事外生活を横並びにして相関関係をみているが、仕事と仕事外に関わる要因を独立変数とし、個人の心身の健康やコミットメントを従属変数とした研究領域もある。多重な役割(multiple roles)への従事に関する研究である。多重な役割従事とは、個人が仕事役割、配偶者役割、親役割など複数の役割に従事することをいう。多重な役割従事が心身の健康に及ぼす影響については、2つの仮説がある。不足仮説(scarcity hypothesis)と拡張仮説(expansion hypothesis)である。不足仮説は、人のもつ時間やエネルギーは有限で不足しているため、多重な役割に従事すると過負荷や葛藤を経験し心身の健康を損なうという考えである。つまり、働きながら子育てをし、仕事以外の領域にも参加する個人は不健康になり、コミットメントも低下するというものである。拡張仮説は、人のエネルギーは豊富で拡張可能であるため多重な役割に従事すると、心身の健康が増進するという考え方である。つまり、子育てをしながら働き、仕事以外にも活動的な個人は、心身共に健康となり、コミットメントも高まるというものである。役割数と心身の健康との関係を実証的に検討した結果、多くの研究が拡張仮説を支持している(Barnett & Marshall, 1992;Thoits, 1983など)。仕事外領域への参加が職務態度やコミットメントに及ぼす影響を検討した研究は多くはないが、それらも概ね仕事外への参加による肯定的な影響を見出し、拡張仮説に合致する結果を見出している(Cohen & Kirchmeyer, 1995;Kirchmeyer, 1992;太田, 1999など)。特に仕事外領域に対する組織のサポートは、コミットメントに対して好ましい影響を及ぼすことは明らかなようである(Cohen & Kirchmeyer, 1995;Kirchmeyer, 1995;太田, 1999)。好ましい影響の理由は、仕事外生活において仕事での困難が緩和されたり、知識や人間関係への対処技能が養成されるため、仕事生活が向上すると考えられている(Kirchmeyer, 1992)。Kirchmeyer(1992)は、仕事外への関与はそこから得る内的報酬の増加に寄与するため、仕事外への関与を減らすとポジティブな効果を得る機会を減らしてしまうと考え、仕事外への関与を減らすべきではないと主張する。
 このように、仕事外生活を仕事生活との関連で検討した研究は近年盛んになってきたが、まだその関係は完全に理解されているとは言い難い(Cohen, 1995)。ここでは二者間の関係を特に設定せず並列的に捉えることとした。


3.開発過程

(1)ジョブ・インボルブメント

 ジョブ・インボルブメントを測定する項目は、日本労働研究機構(1991)によるワーク・チェックリストから選出した。同チェックリストは、仕事への意欲や職場の活力を把握する目的で作成されたもので、仕事に対する価値観や労働観、仕事や組織への認知や評価を尋ねる質問、196項目から構成されている。意欲を捉える項目は、主に職務満足感、ジョブ・インボルブメント、組織コミットメントの概念を参考として作成されており、本チェックリストに活用可能と判断された。このワーク・チェックリストを用いた1290名分のデータ(概要は図表9を参照)を利用して、ジョブ・インボルブメント尺度を作成した。

図表9 ワーク・チェックリストの調査対象者

 まずワーク・チェックリストより、ジョブ・インボルブメントに関わると思われる項目を選び、正規分布していないものを削除した上で、因子分析を施した。因子負荷量の低かったもの、因子の意味の解釈が困難だった項目を外し、最終的に1因子7項目を選出した。この7項目により全変動の56.7%が説明される。仕事に対する強い思い入れを表す7項目(図表10)で、α係数は.87、項目-尺度間の相関係数は.50~.74であり、十分な信頼性が得られていることが確認できた。

図表10 ジョブ・インボルブメント質問項目

(2)組織コミットメント

 (1)Porter et al.(1974)の定義による組織コミットメント項目
 OCQの定義、「組織の目標・規範・価値観の受け容れ、組織のために働きたいとする積極的意欲、組織に留まりたいという強い願望によって特徴づけられる情緒的な愛着」に基づく組織コミットメントを測定する項目は、ジョブ・インボルブメント尺度と同様、日本労働研究機構(1991)によるワーク・チェックリストから選出した。従業員の意欲を捉える項目は、主に職務満足感、ジョブ・インボルブメント、組織コミットメントの概念を参考として作成されており、本チェックリストに活用可能と判断された。測定項目は下記の要領で選出した。
 ワーク・チェックリストから組織コミットメントに関わると思われる項目を選び、正規分布していないものを削除した上で、因子分析を施した。最終的に選択した項目を図表11に表す。この7項目により全変動の49.4%が説明されている。

図表11 ワーク・チェックリストから得たOCQの定義に類似する項目

 Porter et al.(1974)の定義づけと同義である組織への積極的な残留意欲や組織のための積極的意欲を示す7項目で、一因子構造が確認できた。α係数は.83、項目と尺度の相関係数は.47~.65であり、十分な信頼性があると判断した。
 ただし、質問に回答する負担を軽減する必要があることから、上記7項目全てを組織コミットメント尺度に採用せず3項目を選択した。回答ミスが予想される逆転項目を除いた上で、意味がとりやすいと思われた4、5、6番の項目を最終的に採用することとした。

 (2)Allen & Meyer(1990)の定義による組織コミットメント項目

 Meyer et al.(1993)の尺度に基づき、項目を選出した。オリジナル尺度(図表6)から情緒的要素、存続的要素、規範的要素の各6項目から3項目ずつを選んだ。日本語化した時の意味の通りが良いことを基準として選び、選出後回答ミスを少なくするため逆転項目を肯定的表現に直し、更に理解し易いように修正を加えた。選出したのは図表6の尺度から情緒的要素として2、3、5を、存続的要素として8、9、11、規範的要素として13、15、18の計9項目である。作成された項目は図表12に示した。

図表12 Meyer et al.(1993)の尺度を基に作成した項目

(3)キャリア・コミットメントのチェック項目

 コミットメント・チェックリストでは、一般的なキャリアという概念を代表し、広範な職業に活用可能と考えられるBlau(1985)のキャリア・コミットメント尺度を和訳して使用することにした。Blau(1985)の報告による、8項目のα係数は.85~.87、再検査信頼性は.67であった。オリジナル尺度では、質問文中に回答者の職業名を具体的に入れ、それに対するコミットメントの程度を問うようになっている。ここでは、あらゆる職業に適用できるように、Blau(1985)の尺度では特定の職業名になっている箇所を「職務・専門分野」にかえて質問することとした。コミットする対象を「職種」と表現した研究もあるが、「職種」とした場合、伝統的に専門職と呼ばれてきたわけではないホワイトカラーの専門領域を識別できず、回答者の想定する範囲を曖昧にしてしまう危険性が考えられたからである。また、逆転項目は回答ミスを導きやすいため、肯定的な表現に直した。この手順により作成された具体的項目は図表13の通りである。

図表13 キャリア・コミットメント質問項目

(4)全般的職務満足感のチェック項目

 先述のワーク・チェックリスト(1991)から、職業生活全般を通して感じられる満足感について8項目選択し、主因子法による因子分析を行ったところ、1因子構造が確認出来た(図表14)。項目-尺度間相関係数はすべての項目で.34以上、α信頼性係数は.91であった。これより8項目を全般的職務満足の測定項目として採用した。

図表14 全般的満足感尺度の因子分析結果

(5)仕事外生活のチェック項目

 産業・組織心理学等で仕事外生活に対する注目は高まってきたものの、仕事外生活を捉える尺度で確立したものはない。仕事外生活への関与の度合いは、ジョブ・インボルブメント尺度の“job”を“nonwork”に代えたものが用いられることもある。ここでは仕事外生活へのコミットメントを捉える2項目と、仕事外生活の満足感を捉える1項目、仕事生活と仕事外生活のバランスを問う1項目、計4項目を用いることとした。具体的測定項目は図表15に示した。

図表15 仕事外生活の質問項目

(6)チェックリストの構成と使用法

 チェックリストはHRMチェックリスト(個人用・従業員用)「B.コミットメント」の項目に含まれている。ジョブ・インボルブメントが「II 職務」の13から19まで、組織コミットメントが「I 組織」の1から12までであり、キャリア・コミットメントが「III キャリア」の20から27までに該当する。全般的職務満足感は「IV 仕事全般・生活全般」の28から33まで、仕事外生活は、34から37までである。詳細は、図表16の通りである。このチェック項目を従業員に自記式で回答してもらうこととした。結果の処理については、「No」を1点、「どちらかというとNo」を2点、「どちらでもない」を3点、「どちらかというとYes」を4点、「Yes」を5点の得点を与える。

図表16 コミットメント・チェックリストの中の構成と尺度の意味


4.データの分析結果と考察

(1)各尺度の因子分析等による検討

1)仕事に関わるコミットメントに関するチェックリスト
 チェックリストの構成要因と弁別妥当性を確認するため因子分析を行った。まず仕事に関わる態度およびコミットメントであるジョブ・インボルブメント、組織コミットメント、キャリア・コミットメント、全般的職務満足感の4つの概念を測定する33項目を対象に主因子法で因子分析を施した。これらは、過去の研究においてもその冗長性が指摘されているためである。
 共通性が著しく低く他の概念との関係が不明な項目を削除し、複数の因子に対して同等の因子負荷量を示すために概念の把握が困難な項目を削除した。こうして得られた妥当と判断できた結果を下記に示した。主因子法オブリミン回転による解である。最終的に選択した30項目によって61.2%が説明されている。
 第一因子は全般的職務満足感、第二因子は組織コミットメントの存続的要素、第三因子はキャリア・コミットメントを測定するものとして想定した項目に対して負荷が高い。第四因子はジョブ・インボルブメントを測定すると考えた項目群に対して高い負荷を示した。「現在の仕事で時間がたつのも忘れてしまうほど熱中することがある」を省いた6項目である。同項目は先の因子分析の際、この因子に対して.20以下しか負荷量を示さず他の因子に対しても高い負荷量を示さなかったため削除した。第五因子はOCQを想定した項目と、Allen & Meyer(1990)の情緒的要素および規範的要素を想定した項目群に対して負荷が高かった。Allen & Meyer の情緒的組織コミットメントは、OCQとの類似性が指摘されており(Dunham, Grube, & Castaneda, 1994)、規範的コミットメントとの性質上の類似性が報告されている(Meyer & Allen, 1997)。今回の調査データでは、これらを構成する因子が同一のものとして表出されたことになる。選出された項目は、組織に対する情緒的愛着や価値の内在化、帰属意識をあらわしており、これらを総括するものとして「態度的組織コミットメント」であると考えた。こうして得られた尺度をまとめ、その基礎的統計量を示したのが図表17である。

図表17 コミットメント・チェックリスト基礎統計量

 いずれの尺度もα信頼性係数が、.85前後から.90前後までの高い値を示しており、充分な信頼性が得られた。項目と尺度間の相関も.44から.86と高く、安定を示している。これより、仕事に関わる各尺度は充分な信頼性があるといえる。

図表18 仕事への態度およびコミットメント概念の因子分析結果(主因子法オブリミン回転)

2)仕事外生活チェックリスト
 次に仕事外生活に関わる項目の確認を行った。仕事外生活を測定する4項目の基礎統計量を確認したところ、「家庭、友人、趣味など私生活を大切にしている」の平均値が4.02、標準偏差が0.95、歪度が-0.91、尖度が0.62となった。5件法で4.02の平均値は極めて高く、標準偏差や歪度、尖度の値からも、ほとんどの回答者がこの質問に対して高いレベルで同意していることが分かる。従って、個人差を捉えるために、この項目は不適切と考え削除した。他の3項目について因子分析を行ったところ、下記のように一因子構造が確認できた(図表19)。これらの項目によって全変動の57.3%が説明される。これらは、仕事外生活に対する好ましい評価をあらわしていることから、「仕事外生活への満足」を測定していると考えられる。α信頼性係数は.77、項目-尺度間の相関も.54から.73で、充分な信頼性が得られたと判断した。仕事外生活への満足尺度の平均値は10.89、標準偏差は6.17であった。他のコミットメント尺度との相関係数は、ジョブ・インボルブメントと0.024、態度的組織コミットメントと0.137、存続的組織コミットメントと0.072、キャリア・コミットメントと0.120、全般的職務満足感と0.201であり、全般的職務満足感以外とはほとんど関係がないことが確認された。

図表19 仕事外生活チェックリスト因子分析結果

(2)個人属性、組織属性によるコミットメントの違い

 こうして得られた6つの尺度、「ジョブ・インボルブメント」、「態度的組織コミットメント」、「存続的組織コミットメント」、「キャリア・コミットメント」、「全般的職務満足感」、「仕事外生活への満足」が個人属性および組織属性によってどのように異なるかを調べた。

 (1)年齢、勤続年数および職位
 図表20は、年齢階層別に6つのコミットメントがどのように異なるのかを示したものである。仕事に関連する態度をあらわすジョブ・インボルブメント、態度的組織コミットメント、存続的組織コミットメント、キャリア・コミットメント、全般的職務満足感は、いずれも年齢が上がるにつれて、高まる傾向にあった。但し2つの組織コミットメントとキャリア・コミットメントは、60歳以上になると急激に落ち込む様子が見られた。仕事外生活への満足については、仕事への態度と逆で、若年層の方が高齢層よりも高い傾向が見られた。

図表20 年齢階層による違い

 勤続年数もほぼ同様な結果となり、図表21に見られるように、勤続年数が長くなるにつれて仕事へのコミットメントは高まる傾向にある。但し、それは勤続年数35年までのことで、それ以上長くなると年齢との関係と同様、一気に落ち込んでいた。仕事外生活への満足は、逆に勤続年数が短い方が高かった。

図表21 勤続年数による違い

 職位については、ジョブ・インボルブメント、態度的組織コミットメント、全般的職務満足感は、職位が上がるほど明確に高まる様子が見られた(図表22)。このような年齢、勤続年数、職位と組織コミットメントおよびジョブ・インボルブメントとの正の関係は、概ね過去の研究成果と一致する。年齢と勤続年数については、最も高い層で低くなる様子がみられたが、先行研究でこのような長い勤続年数や高い年齢の者を対象としたものが少なく、明確な見解はみあたらない。

図表22 職位による違い

 (2)学歴
 学歴においては、図表23に見られるように、教育年数とコミットメントとの間は複雑に関係していた。短大卒の仕事に関わるコミットメントは他の学歴に比べて低いが、代わって仕事外生活への満足は他の学歴に比べて高い。その他は、概念毎に様々な関係を示していた。ジョブ・インボルブメントは大卒者に比べて高卒者の方が高く、Brown(1996)のメタ分析の結果とは異なる結果を示した。態度的コミットメントも、短大卒業者のそれが有意に低かった他は教育年数による影響は見受けられず、Mathiew & Zajac (1990)の結果と異なる。

図表23 学歴による違い

 存続的組織コミットメントは高卒者が他の学歴と比べてかなり高かった。低学歴者は組織内で困難を経験することが多く、それが投資として蓄積されるため、去る時のコストとして知覚されやすくなるという先行研究の見解(Grusky, 1966)に一致する。キャリア・コミットメントは、大学院卒業者と専門学校卒業者のものが他の学歴よりも高く、専門的な教育を受けることが専門分野へのコミットメントを高めることを示唆する。全般的職務満足感は、短卒者を除いて教育年数が長くなるにつれて高まる様子が見られた。
 短大卒の上述した特徴は、その84.6%が女性であることに起因すると考えられる。次に示す性別による違いと一致していたからである。

 (3)性別
 性別については、仕事に関連するコミットメントは全て統計的に有意な差がみられ、女性より男性の方が高い数値を示していた。存続的コミットメント以外については、先行研究に一致するものである。前述の学歴との関わりと同様に、女性は組織内で困難を経験することが多く、それが投資として蓄積されるため存続的組織コミットメントは高いと考えられている(Meyer & Allen, 1997)。今回の調査データでは、それとは逆の結果がみられた。仕事外生活への満足は、逆に女性の方が男性よりも有意に高いという結果であった。(図表24)

図表24 性別による違い

 (4)配偶者と子  配偶者の有無による違いについては、仕事外生活への満足の差はみられなかったものの、仕事に関わるコミットメントは全て既婚者の方が非婚者よりも高い値を示していた(図表25)。婚姻状態によるコミットメントの違いは、性別によって異なると考えられたため、男女別に配偶者の有無の違いを調べたところ、女性は態度的組織コミットメントおよび仕事外生活への満足で配偶者の有無による差がみられなかったのに対し、男性は全ての項目で既婚者の方が高い数値を示していた。男性は結婚により、仕事外生活への満足が高まるが、女性の場合は結婚しても変化がないということになる。

図表25 配偶者の有無による違い

 子の有無による違いも、婚姻と類似する結果であった。仕事外生活以外は、子のない者よりも子をもつ者の方が高いコミットメントを示した(図表26)。既婚者の85%が子をもつことが類似した結果の理由であると考えられる。男女別では、仕事外生活への満足以外は男女差が見られなかった。男性は子がいる方が仕事外生活への満足度は高いが、女性には統計的に有意な差がなかった。統計的には有意ではなかったが、女性の場合、子どものいない者の方が子をもつ者よりも仕事外生活への満足度は高い傾向にあった。

図表26 子の有無による違い

 (5)職種
 職種による違いは図表27に示した。仕事外生活への満足は、事務職が他の職種と比べて有意に高かったが、仕事に関わるコミットメントについては、事務職は全てのコミットメントにおいて他の職種より低いという結果であった。営業・販売職と専門職は、ジョブ・インボルブメント、全般的職務満足感が高く、従事している職務に対してコミットメントが高い様子が伺える。専門職はキャリア・コミットメントも高く、現在の職務だけでなく、長期的な視野での専門分野に対して高くコミットしていた。その反面、専門職は態度的組織コミットメントも存続的組織コミットメントも低く、Gouldner(1957)のコスモポリタンに該当することを示唆する。組織に強くコミットするローカルと、キャリアに強くコミットするコスモポリタンという分類である。態度的組織コミットメントと存続的組織コミットメントが低いことは、組織に対する愛着が低く、自己の専門性を利用して他の組織に移ることが容易であると認識しているといえる。営業・販売職もキャリア・コミットメントが高く存続的組織コミットメントが低いが、一方、態度的組織コミットメントは高く、他の組織に移ることの困難からではなく、現在の組織への情緒的結びつきを通してコミットしていることが示唆される。技術職と現業職は、存続的組織コミットメントが高く、現在の組織を離れるのが難しいと感じているということになる。

図表27 職種による違い

 (6)就業形態
 図表28は就業形態によるコミットメントの違いである。契約・派遣社員は、ジョブ・インボルブメントやキャリア・コミットメントについては正社員と違いがないが、態度的組織コミットメントは低い。現在の職務や長期的キャリアに対してはコミットしていても、現在所属している組織に対して愛着が低いことが分かる。存続的コミットメントについては、パート・アルバイト、派遣・契約社員は、正社員と明白と異なり、困難なく他の組織に移ることができるという雇用形態の違いをそのまま反映している。パート・アルバイトは、ワーク・コミットメントが他の就業形態と比べていずれも低かったが、全般的職務満足感に違いは見られなかったことから、それぞれのライフ・スタイルや好みに応じて就業形態を選択している現状が示唆される。パート・アルバイトは、仕事外生活への満足が他の就業形態よりも高く、私生活を重視している様子がうかがえた。

図表28 就業形態による違い

 (7)転職経験
 転職経験のあるものは転職経験のないものに比べ、存続的組織コミットメントが低い。その他のコミットメントについては、概ね転職経験者の方が無経験者よりも高い傾向がみられ、ジョブ・インボルブメントとキャリア・コミットメント、全般的職務満足感において、転職経験者の方が転職無経験者よりも有意に高いことが見出された。

図表29 転職経験による違い

 (8)従業員規模
 図表30に見られるように、ジョブ・インボルブメントは規模による違いは見られない。先行研究においても、ジョブ・インボルブメントは職務状況に関係しても組織状況には関係しないと報告されている。態度的組織コミットメントと全般的職務満足感、仕事外生活への満足は、従業員数との相関的な関係は見られず、中規模組織が小規模または大規模組織より値が小さいという結果であった。これは、Mathiew & Zajac(1990)の報告とは異なる結果である。組織の規模が大きくなるにつれて、従業員の仕事にかかわる好ましい経験が直線的に増加していくというものではないと考えられた。存続的組織コミットメントは、従業員数が大きくなるほど直線的に高まっている。規模が大きくなるほど有利な労働条件や職場環境にあり、組織を去るとその分失うものが多いと知覚されているといえる。小規模な組織の方が中大規模な組織においてよりもキャリア・コミットメントが高いことは、小規模組織において「就社」よりも「就職」が意識されているといえよう。

図表30 従業員規模による違い

 (9)まとめ
 これまで示した個人属性および組織属性とコミットメントの各尺度との相関関係を示したのが、図表31である。順序尺度および間隔尺度に関してのみ相関係数を算出したものである。年齢と勤続年数はほぼ同程度の数値を示している。年齢と勤続年数の間に差が見られるのは、存続的組織コミットメントで、年齢より勤続年数の方が強い関係にある。勤続年数が長くなるにつれ、努力やネットワークの形成、地位などの投資が蓄積され、もし組織を去ればそれらが失われることを計算した上でコミットしているという状況が窺われる。年齢よりも勤続年数の方がそうした投資と直接的な関係にあることがあらわれているといえる。

図表31 順序尺度以上の変数との相関関係

 職位についても年齢や勤続年数とほぼ同様な傾向を示していた。学歴は、存続的組織コミットメントと負の関係に、キャリア・コミットメントとは正の関係にあったがその関係は弱い。短大卒者の不規則的なコミットメントの影響によるものである。正社員数も、カテゴリーで比較した時に中規模組織の不規則的な影響が見られたように、明確な相関関係はみられない。
 このように相関係数で関係をみると、個人属性と組織属性がコミットメントに与える影響はそれほど大きくない。過去の研究で述べられてきたように、こうした個人や組織の属性には様々な要因が含まれており、それがコミットメントに対して影響を与えているといえる。相関係数では存続的組織コミットメントと勤続年数との関係が最も強く見られた。それは勤続年数が増すにつれ、組織に対する投資が増えて離れるのがコストと感じられやすくなるなっているからと考えられる。このように、個人や組織の属性に含まれる多様な要因が強い影響を及ぼしているのであれば、個人が仕事に関わる状況の中で何を経験しているかを直接的に捉え、その要因とコミットメントとの関係を今後分析していくことが重要であると考えられる。

(3)コミットメントとパフォーマンスとの関係

 先行研究では、ワーク・コミットメントが従業員のパフォーマンスや離退職といったマネジメント上重要な結果を予測することが示されてきた(Blau, 1986;Cohen, 1993;Wiener & Vardi, 1980)。職務、組織、キャリア、生活へのコミットメントや満足は、個人のパフォーマンスを高めるのであろうか。高めるとすれば、パフォーマンスの向上に最も役立つコミットメントはどれなのか。この問いについて検討するため、以下のような分析を行った。
 まず、個人パフォーマンスの基準とするためにフェイスシートの質問項目を取り上げた。「あなたの仕事の生産性」、「あなたの仕事の質・水準」、「あなたの仕事の先進性・独自性」を個人のパフォーマンスを測定していると判断し、その因子構造を確認した。これらの質問に対し、「1 低い」から「5 高い」までで回答したものを主因子法により因子分析したところ、図表32の通り一因子構造が見られた。これら3項目を尺度とするとα係数は.80なる。これより充分な信頼性が得られたと判断し、個人パフォーマンスの指標として用いることとした。

図表32 個人パフォーマンスとして利用した項目の因子分析結果

 個人パフォーマンスとコミットメント6尺度との相関関係を表したのが、図表33である。表に見られるように、いずれの尺度も正の相関関係にある。6つの変数のうち最もパフォーマンスとの関係が強いのは、全般的職務満足感、次いでジョブ・インボルブメント、キャリア・コミットメントであった。

図表33 パフォーマンスとコミットメント尺度との相関関係

 コミットメント間には、少なからぬ相関関係が見られるが、特に全般的職務満足感と、ジョブ・インボルブメント、およびキャリア・コミットメントとの関係がそれぞれ0.72、0.73と極めて高いのが目立つ。そこで、多重共線性を避けるため、特にパフォーマンスとの関係の強い全般的職務満足感を残し、ジョブ・インボルブメントとキャリア・コミットメントを除いて重回帰分析を行った。
 個人属性による影響力を統制するため、年齢、性別、配偶者の有無、職位、就業形態を第一ステップで投入し、第二ステップで、態度的組織コミットメント、存続的組織コミットメント、全般的職務満足感、仕事外生活への満足を投入する階層的重回帰分析を用いた。就業形態は、正社員であるかどうかがパフォーマンスに関係していたため、正社員か否かを区別するダミー変数を用いた。その分析結果を示したのが図表34である。

図表34 階層的重回帰分析結果

 第2ステップで投入したコミットメント4変数は、コントロール変数を越えて有意な説明力を加え、パフォーマンスへの影響力を示している。コミットメントの中では、全般的職務満足感との関係が最も強く、職務への満足感が高まることがパフォーマンスを高めることを示唆する。存続的組織コミットメントは有意な負の関係にあり、パフォーマンスを低下させる効果を示唆する。ただし、存続的組織コミットメントは単相関では正の関係にあるため、もし他のコミットメントのレベルが一定であるのならば、存続的コミットメントが高いとパフォーマンスが下がるのだと考えられる。仕事外生活への満足も有意な正の影響を示していた。これより、職務や仕事外への満足が高まることが個人のパフォーマンスを高め、組織を去ることを困難と思わないことがパフォーマンス向上に役立つのだと解釈できる。態度的組織コミットメントは単相関ではパフォーマンスとの正の関係にあったが、重回帰分析の結果では有意な関係になかった。先行研究では、職務満足感よりも態度的組織コミットメントの方がパフォーマンスに対する予測力が高いことが示されているが、それと異なる結果となったわけである。雇用不安の存在する状況では、職務や私生活に満足し、安心して働けることが、パフォーマンス向上に役立つのだとも考えられる。
 個人要因とコミットメント4変数によるパフォーマンスへの説明力は僅か18%と低い。組織コミットメント等のワーク・コミットメントがパフォーマンス向上に役立つか否かは議論の余地があり(Meyer & Allen, 1997; Matheiw & Zajac, 1990)、今後検討すべき課題といえる。
 Blau & Boal(1987)は、ジョブ・インボルブメントと組織コミットメントの強さの程度により従業員を分類し、ジョブ・インボルブメントと組織コミットメントの双方が高い従業員が、どちらかのみが高い従業員よりも組織にとって望ましい行動をとることを見出した。また、甲(2002)は、専門へのコミットメントと組織コミットメントの双方が高いプロ組織人が、どちらか一方のみが高い個人よりも業績が高いことを報告した。これらの結果から、コミットメントのうちどれか一つが高いことよりも、多重にコミットしていることがパフォーマンスを高めることが示唆される。
 そこで、過去の研究で多重のコミットメントが問われた、ジョブ・インボルブメント、態度的組織コミットメント、キャリア・コミットメントを取り上げ、それらの交互作用がパフォーマンスにとどのような関係にあるのかを調べた。交互作用の投入による多重共線性の生起を避けるためCronbach(1987)の手法に従い、コミットメントは平均値からの偏差を投入した。結果は、図表35に示す。
 図表35に見られるように、交互作用の投入は決定係数の増加には寄与していない。つまり、今回用いたデータにおいては、ジョブ・インボルブメントやキャリア・コミットメントはパフォーマンスに対して単独で影響力があり、態度的組織コミットメントと組み合わされることによって一層の効果があらわれるというわけではない。

図表35 重回帰分析結果(コミットメントの交互作用の投入)

 但し、この分析に用いたパフォーマンスは、個人の主観的なパフォーマンスへの知覚であり、客観的なパフォーマンスではない。従って、結果の解釈には注意を要する。職務やキャリアに対して強いコミットを示す個人は、自己のパフォーマンスへの重要度が高く、自己評価を高める傾向にあるとも考えられる。一方、組織への帰属意識の強い成員は自分のパフォーマンスよりも組織や職場全体のパフォーマンスを重視し、自己のパフォーマンスを特に高く評価しない可能性もある。そのために組織コミットメントの単独の効果や交互作用がみられなかったともいえる。

(4)コミットメントと離退職との関係

 次に、コミットメントと離退職についての関係を検討した。HRMチェックリストのフェイス・シートでは、所属組織での「自己都合による離職者」が多いか少ないかを尋ねている。個人の認知を通して各組織の離退職者の量を測定していることになる。この質問に対する回答を各組織の離退職行動の量的指標と考え、コミットメントとの関係を調べた。回答は「1 少ない」から「5 多い」まで5件法により測定される。
 まず、回答者の個人差など誤差による影響を低く抑えるため、HRMチェックリストに対する回答者が100人以上になる組織を選択した。該当する組織は16組織となった。これら16組織の従業員による「自己都合による離職者」への評価得点を分散分析によって確認したところ、図表36のような結果が得られた。図表36は、平均値の低い順に並べてある。つまり、組織1は最も知覚された離退職者の少ない組織で、組織16は最も知覚された離退職者の多い組織である。

図表36 100人以上が回答した16組織の「自己都合による離職者」得点の差

 全サンプルの「自己都合退職者」得点の平均値は2.59であったが、この得点を用いて組織を2つに分割した。平均値2.59以下であった組織1から組織8までを「低群」、平均値より高い得点であった組織9から組織16までを「高群」とした。低群と高群のコミットメントの違いは、図表37の通りである。
 結果は、図表37にみられるように、態度的組織コミットメントと存続的組織コミットメント、キャリア・コミットメント、仕事外生活への満足において、低群と高群に有意な差がみられた。つまり、退職者の少ない組織では成員の態度的組織コミットメントが高く、退職者の多い組織では成員の態度的組織コミットメントが低い。この差は存続的組織コミットメントにおいては特に顕著に見られた。退職者の少ない組織では成員の存続的組織コミットメントが高く、退職者の多い組織では成員の存続的組織コミットメントが低く、その差が明確であった。キャリア・コミットメントについては逆に、退職者の多い組織の成員の方が高い数値を示していた。しかし、その差は小さい。仕事外生活への満足についても、退職者の多い組織の成員の方が満足している傾向にあったが、やはり大きな差ではない。

図表37 自己都合退職者「低群」と「高群」のコミットメントの違い

 この結果より、組織へのコミットメントが高いことが、従業員を組織に留めるように機能することが示唆される。組織コミットメントが従業員の離退職に対する予測力が、他のコミットメントと比べて高いことは、過去の研究結果とも一致するものである(Allen & Meyer, 1996;Mathieu & Zajac, 1990など)。分析結果では、特に存続的組織コミットメントの影響力が強く、組織を辞めるのを困難と知覚することが、離退職を止まらせるよう作用することを示唆する。しかし前節のパフォーマンスとの関係にも示されたように、存続的組織コミットメントは組織にとって有益な成員の行動を引き出すのに有効な態度とはいえない。先行研究では、パフォーマンスとの間に有意な関係はないと報告するものがあるばかりではなく(Angle & Lawson, 1994, Bycio, Hackett, & Allen, 1995など)、負の関係を報告するものもある(Meyer, Paunonen, Gellatly, Golffin, & Jackson, 1989など)。従って、従業員の離退職が少なくても、パフォーマンスの低い従業員を多く抱え込んでいる可能性も考えられるので、注意を要する。
 ただし、この分析においては退職行動を個人の認知によってとらえているという問題がある。退職者を多いと判断するか少ないと判断するかは個人差があると考えられるため、実際の退職者の人数を用いることによって再検討する必要がある。

(5)コミットメントと関係するワーク・シチュエーション

 先述の分析の結果、コミットメントは個人のパフォーマンスを高め、離退職を防ぐ効果があることが示唆された。では、コミットメントはどのようにして高まるのであろうか。Mathiew & Zajac(1990)やBrown(1996)の研究でも見られたように、組織コミットメントやジョブ・インボルブメントは、職務の性質や職場の人間関係、リーダーシップなどによって高まることが指摘されている。つまり仕事を取り巻く環境が好ましいと仕事や職務に対するコミットメントが高まると考えられている。古くから研究がなされている職務満足感も、職務や人間関係、作業条件によって高まると考えられてきた。仕事をとりまく様々な要因の中で、コミットメントの高揚に最も効果的な要因は何であろうか。HRMチェックリストの中のワーク・シチュエーションを用い、この点について検討する。
 ワーク・チェックリストは個人の仕事を取り巻く環境を広範に捉えるため、様々な要因を取り上げている。「達成」、「成長」、「自律性」、「参画」、「意義」という5概念によって職務内容を測定し、「承認・支持」、「公正・信頼」、「指導・支援」の3概念によってリーダーシップを捉える。そして「職場の人間関係」、「チームワーク」、「顧客との関係」という3概念で同僚や顧客との人間関係を捉え、「ビジョン・戦略」、「経営者と従業員」、「経営者への信頼」、「仕事の革新」の4概念でビジョンや経営者を測定する。また、「昇進・昇格・キャリア」、「評価・給与」の2概念で処遇と報酬を測定し、「教育・研修」、「福利厚生」、「生活サポート」、「労働条件」の4つで能力開発、福利厚生、生活サポートを捉えている。全部で84項目という非常に多くの質問から構成するため、このまま用いてはコミットメントの関係が明確に捉えにくい。
 そこで、潜在する因子の中から代表的な質問項目を選択して用いることにした。つまり因子分析によって抽出された因子に対して最も負荷量の高かった項目を、代表的な項目として使用することにした。84項目を因子分析し、重複して高い因子負荷量をもつために明確な意味がとりにくいものや、どの因子に対しても負荷を示さないために潜在する因子を想定しにくい項目を取り除き、最終的に主因子法オブリミン回転により12因子と解釈するのが適切であると解釈した。(因子分析表は章末を参照)
 第1因子は、職務内容のうち「意義」をあらわしていると考えられ4項目の負荷が 0.40以上と高かった。このうち最も負荷量の高かった「私は組織にとって重要かつ責任ある仕事を任されている」を選択した。第2因子は、「経営者」に関連し、経営者に対する評価をあらわしていた。8項目が0.40以上の負荷を示し、そのうち最も負荷の高かった「経営者はチームの一員としての意識をもち,われわれとともに働いている」を選択した。第3因子は、「上司やリーダー」に対する評価に関係しておりリーダーシップをあらわしていると考えられた。12項目が0.50以上の負荷量を示し、そのうち最も負荷の高かった「私は上司・リーダーに全幅の信頼をおいている」を選択した。第4因子は、「職場の人間関係」をあらわしていると考えられ、8項目が0.60以上の高い負荷を示していた。そのうち最も負荷量の高かった「同僚の間では,みんな気持ちがしっくり合っている」を選択した。第5因子は、「労働条件」に関係しており、7項目が0.40以上の高い負荷量を示していた。このうち最も負荷の高かった「残業も含めて今の労働時間は適切といえる」を選択した。第6因子は、職務内容の「自律性と参画」をあらわしていると考えられ、0.40以上の負荷を示した5項目の中から「自分の仕事のスケジュールは,自分で決められる」を選んだ。第7因子は、「昇進・評価」に関係していると考えられ、0.60以上の高い負荷量を示した6項目の中から最も負荷の高い「適切な人が,適切な時期に昇進している」を選択した。第8因子は、「顧客との関係」をあらわしていると考えられ、4項目が0.70以上の高い負荷を示した。このうち最も負荷量の高かった「私の仕事ぶりは顧客(あるいは業務の相手)から正当に評価されている」を選択した。第9因子は、「仕事の革新」に関連すると考えられ、0.50以上の負荷量を示した4項目の中から最も負荷の高い「新しい解決法,新しいアイデアが求められている」を選んだ。第10因子は、「教育・研修」に関係し、0.30以上の負荷量を示した4項目から負荷量の高かった「教育・研修は自分の希望や要望を十分反映したものとなっている」を選択した。第11因子は、「ビジョン・戦略」と関係し、0.55以上の負荷量を示した4項目の中から負荷量の最も高かった「会社のビジョンや戦略は現状では最良のものといえる」を選んだ。第12因子は、職務を通じての達成感や成長感と関係しており「成長・達成」であると考えた。0.40以上の高い負荷量を示した8項目のうち最も負荷量の高かった「仕事では自分の能力を活かし可能性を伸ばすことができる」を選んだ。以上を整理してまとめると図表38のようになる。

図表38 ワーク・シチュエーションの代表的概念として選択した項目

 選択した12項目を用いて、6つのコミットメントを従属変数とし、重回帰分析を行った。重回帰分析を行うにあたっては、コミットメントとの関係がみられた個人要因からの影響力を統制するため、これらをコントロール変数として第一ステップで投入し、第二ステップでワーク・シチュエーションを捉える12項目を投入する階層的手法を用いた。コントロール変数として投入したのは、年齢、性別、配偶者の有無、職位、就業形態の5つである。性別については1を男性、2を女性、「配偶者あり」を1、「なし」を2、就業形態は1を正社員、2を非正社員とするダミー変数を用いた。年齢は実数を投入し、職位は数値が高くなるにつれて高い職位をあらわす1から4までの順序尺度を用いた。
 分析結果は、図表39の通りである。使用した変数間の関係をみるために算出した相関行列は、図表40に示した。コミットメント6尺度と、ワーク・シチュエーション12要因との間には、いずれも0.1%以下のレベルで有意な相関関係がある。
 図表39にみられるように、個人要因はどのコミットメントに対しても有意な影響力を示し、3%から8%の変動を説明している。後続して投入したワーク・シチュエーション12尺度は、6つのコミットメント全部に対して有意な説明力を加え、ワーク・シチュエーションによってこれらのコミットメントが影響を受けることを示唆した。特に全般的職務満足感は、ワーク・シチュエーションを投入することにより、44%の説明力を加え、職場の状況によって職務満足感が規定されると考えられた。次いで態度的組織コミットメント、ジョブ・インボルブメントがワーク・シチュエーションによって説明される率が高い。それぞれ36%、32%の説明力が加えられ、個人要因およびワーク・シチュエーションによって、43%および40%が説明されることが示された。キャリア・コミットメントは、それに比べてワーク・シチュエーションによる影響力は強くないが、最終的には32%の変動が説明された。キャリアに対するコミットメントも、職場状況の中でつくられ、育まれることを示唆する結果である。

図表39 ワーク・シチュエーションからコミットメントへの重回帰分析

 一方、ワーク・シチュエーションによって説明される率が少ないのは、存続的組織コミットメントと仕事外生活への満足で、双方とも16%の変動が説明されるだけにとどまった。仕事外生活は仕事を離れた生活であるため、ワーク・シチュエーションからの影響が少ないのは当然であるものの、それでも有意な関係にあることが示された。仕事と仕事外に関連があるとするWork-nonworkに関する先行研究の知見を再確認できる結果といえよう。存続的組織コミットメントは、組織を去る時のコストと関係するといわれているが、ワーク・シチュエーションはコストの知覚とは強く関係していないということになる。
 次にワーク・シチュエーションを構成する個別の要因と、コミットメントとの関係を検討する。なお、12要因のVIFはいずれも2.0以下であり、多重共線性は生じていないと考えられた。
 「達成・成長」は、全般的職務満足感、キャリア・コミットメント、ジョブ・インボルブメント、態度的組織コミットメントの4概念に対して正の関係を示しており、その重要性が示唆される。「意義」もそれよりは弱いもののコミットメントと一貫して正の関係にある。重要な仕事を任され、仕事を通じて自己の能力を活かすことが仕事や組織、キャリアに対するコミットメントを高めるのに重要な要因であると考えられる。同じ職務の性質であっても「自立性と参画」は、どのコミットメントともほとんど有意な関係になかった。自律性や参加的経営は、過去の研究においては、コミットメントを高める重要な要因として報告されている。しかしこれらの報告の多くは、欧米の組織を対象に行われたものであり、日本の組織とは異なる状況にある可能性も考えられる。
 人間関係や顧客との関係、リーダーシップといった対人的要因は、仕事に関わるコミットメントとはあまり大きな関係が見られない。しかし態度的組織コミットメントに限れば、経営者、リーダーシップという上方向の人間関係と重要な関係にある様子がみられた。成員の積極的な組織への態度を導くためには、経営者が明確なビジョンを示し、職場の管理者がリーダーシップを発揮することが重要であると考えられる。仕事外生活への満足においては、人間関係、顧客との関係といった対人的要因は有意な正の関係を示し、対人的満足が仕事の内外でスピルオーバーしている様子が窺える。
 教育・研修と労働条件は、どのコミットメントに対しても一様に正の関係にあった。適切な教育と労働時間は、従業員の意欲や心理的安寧にとって必要不可欠と考えられた。

図表40 変数間の相関係数


5.分析結果のまとめ

 個人の属性や組織の属性には、コミットメントとの有意な関係が見られた。しかし、その関係はそれほど強くはなく、そこに含まれる様々な要因がコミットメントに対して影響を与えているのだと解釈した。ワーク・シチュエーションの中では職務の性質との関係が一貫して見られ、自己の能力が活かせる重要な仕事をもつことが、仕事に関わるコミットメントを高めることが示唆された。個人のパフォーマンスとは職務満足感が最もよく関係しており、仕事に対する満足感が高いことがパフォーマンス向上に役立つと判断した。キャリア・コミットメントやジョブ・インボルブメントもパフォーマンスを高める効果があると考えられ、仕事外生活への満足も考慮すべき要因であることが示された。
 離退職と関係が強いのは組織コミットメントで、特に存続的組織コミットメントが高い組織において成員の離退職が少ないと認知されていることが見出された。従って、組織の労働力の安定性を目指すのであれば、組織コミットメントを高めることが重要であると考えられる。しかし存続的組織コミットメントの高さは個人パフォーマンスを高める有効な態度ではないため、その点を考慮し、雇用管理施策を整えていくことが重要と考えられた。

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<付属資料:ワーク・シチュエーションの因子分析結果>

<付属資料:ワーク・シチュエーションの因子分析結果>(第1因子・第2因子)
<付属資料:ワーク・シチュエーションの因子分析結果>(第3~6因子)
<付属資料:ワーク・シチュエーションの因子分析結果>(第7~12因子)


第3章 ストレス
―ストレス反応、ストレッサー、緩和要因(仕事特性、ソーシャル・サポート)―

I.職場のストレスに関するチェックリスト

1.開発の目的

 今や、ストレスは現代人の身近な存在として、日常会話にも頻繁に登場することばとなっている。しかし、日常会話の中で言われるストレスの意味は、必ずしも学術上の定義と同じではない。一般にストレス研究では、環境からの要請によって生体の適応能力が消耗した結果、心理的・生理的な変化が起こり、健康に対して有害な影響を及ぼすに至るプロセス全体を捉えてストレスと呼ぶ。すなわち、厳密に言えば、ストレスとはストレス・プロセスを指しているのである。一方、日常会話で「ストレスがたまる」という時のストレスは、生体の適応能力を消耗させる環境からの要請のことで、これはストレッサーと呼ばれる。また、「ストレスを解消する」という時のストレスは、健康に有害な影響を与える心理的・生理的変化を指しており、これはストレス反応のことである。つまり、我々が普段何気なく使うストレスは、現実のストレス・プロセスのごく一部でしかないのである。
 このようにきわめて意味の広い概念であるために、当初、生理学と医学の分野から始まったストレス研究は、その後、精神的・身体的健康問題と関わりのある心理学や社会科学にも広まり、現在では最も学際的な交流の盛んな研究分野となっている。産業・組織心理学もまた例外ではない。この分野でストレスが重要な研究テーマとなった理由のひとつは、組織のあり方がその組織に属する個人に対して大きなストレッサーとなり、結果的に個人の健康状態に重要な影響を及ぼす恐れがあるからに他ならない。ストレスが原因と思われる疾患のために費やされる医療費が年々膨れ上がっていく中で、企業はその予防に関して重要な責任を負っているのである。このような社会的要請を受けて、近年になって多くの企業が組織的にメンタル・ヘルス促進の運動を繰り広げるようになっている。その内容の多くがストレスとストレス対処法についての啓蒙や教育に当てられていることは、ストレスに対する問題意識の広がりを反映していると言えよう。
 更に、ストレスは個人レベルにとどまらず、組織全体の生産性や利益にも悪影響を及ぼし、組織目標の達成そのものにも関わる重要な問題でもある。たとえば、ストレスがもたらすものは精神的・身体的な疾患だけではない。これまでの研究でストレスと密接に関連した現象として取り上げられてきたものに、職務に関連した事故やミス、怠業、転職意図の強さ、バーンアウト、職務中の薬物・アルコール摂取、その他の職場での反社会的行動などがある。いずれも、その当事者のみならず、組織としても無視できない問題ばかりである。組織としてのストレス・マネージメントへの取り組みが、単なる従業員への保健サービスにとどまらない理由がここにある。
 このようにストレスは、経営者や管理者であれ、従業員であれ、組織の中で働くすべての人にとって個人的な福利(well-being)に関わる問題であると同時に、組織が全体として効率的に機能できるような状態にあるかどうかを見極める重要なバロメーターでもある。そこで、本報告書ではストレス・マネージメントへの組織的取り組みを雇用管理業務の一環として位置づけ、それを支援するための道具として3つのストレス関連チェックリストを開発した。開発にあたって留意した点は次の2つである。

a. 低コストで実施できること
 組織的なメンタル・ヘルス促進事業が普及しつつあるとは言え、実際にそれを実施しているのは多くが大企業である。ストレス・マネージメントのためのプログラム開発や実施にはそれなりの労力とコストがかかる。大企業のように対象となる人の数が多ければ1人当たりにかかる費用は少なくて済むが、余裕のない中小企業にそれと同じような取り組みを期待することはできない。低コストで容易に実施できるストレス診断用チェックリストがあれば、これまで実施に躊躇していた組織でも、通常の雇用管理業務の中でメンタル・ヘルス促進事業に取り組めるようになろう。

b. 雇用管理業務に役立つこと
 ストレスは個人と環境との相互作用の中で起こってくる問題であるため、個人と環境の両方に目を向ける必要がある。当然、個人の価値観や態度、性格や適性などは考慮すべき重要な要因になる。また、ストレス・マネージメントには運動やリラクゼーション・トレーニング、あるいは認知行動療法など個人を対象にしたプログラムが取り入れられていることが多い。一方、ここで考えているストレス・マネージメントは、組織のメンバーが体験しているストレスの中から雇用管理の問題点を発見し、ストレスに対処することがそのまま雇用管理面の改善につながるような形のものである。そのためには、個人的な要因より雇用管理業務との関連性が高い環境的要因を重視したチェックリストが必要となる。
 以上の点はいずれも道具的実用性を高めるための配慮であるが、これらに加えて、ストレス関連チェックリストの開発では測定内容の概念的定義を明確にしておくことが特に重要である。たとえば、ストレス反応はしばしば個人の特性や性格を表しているかのように思われがちである。実際には、ストレス反応は環境の刺激に対する反応として生ずる生体の側の変化のことであり、内的で安定的な特性や性格とは明確に区別される。もちろん、個人の内的特性は表出されるストレス反応の内容や強さを規定する重要な要因ではあるが、両者を混同するのは大きな誤解である。このような誤解はチェックリストの結果の解釈をゆがめる恐れがあるばかりでなく、利用法によってはきわめて危険なものとなる可能性さえある。
 このような危険性を回避するために、個々のチェックリストについて説明する前に、ストレス・プロセスの概念について理解しておく必要がある。

2.ストレス・モデル

 職業ストレスについては、これまですでに数多くの研究が蓄積されてきた。しかしその一方で、ストレス・プロセス全体をどのように概念化するかという点では必ずしも一致が得られているわけではない。ストレスという概念が広範囲な内容を含んだ概念であるだけに、その概念化次第で開発すべきチェックリストの内容や利用法も異なってくる。
 現在、産業・組織心理学の分野でなされる多くのストレス研究は、人-環境適合モデル、認知評価理論、情動ストレス・モデルのいずれかに依拠している。それぞれのモデルや理論はストレス・プロセスの中でどの側面を強調しているかという点で違っているだけでなく、ストレッサーやストレス反応の捉え方やその測定法についても異なったアプローチを要求する。ストレス関連チェックリストの開発にあたって、まずそれぞれのモデルや理論の特徴について検討しておく必要がある。

a.人-環境適合モデル

図表1 職業ストレスの人-環境適合モデル

 これは産業・組織心理学の分野で独自に発展したストレス・モデルの代表格である。このモデルの特徴は、どのような組織環境や職務内容が心理的ストレインを引き起こすか、その仕組みについて詳細な概念化を試みた点にある。図表1にFrenchら(1982)の概念図を示した。図中、心理的ストレインを引き起こす大きな原因のひとつは、仕事の負担や職務の複雑さといった職務要請(job demands)と、参加や自己活用の程度といった組織が提供する供給物(supplies)の2つの環境要因である。更に、これらの環境要因に対応する個人の側の要因として、前者に対しては能力(abilities)、後者に対しては動機と目標(motives & goals)が想定され、環境要因と個人要因の間の適合度も心理的ストレインに影響を与えると考えられている。すなわち、職務の複雑さや負担、責任の重さが個人の能力と不適合なほど、また仕事によって得られる収入(供給物)が個人の希望(目標)と食い違うほど、その個人は強い心理的ストレインを経験する可能性が高いことが予想される。

b.認知評価モデル
 心理学的ストレス研究で最も頻繁に引用されるのが、Lazarus(1984)の認知評価理論である。図表2に概念図を示した。この理論では、ストレス・プロセスを広義の情動の一部として考えている。どのような情動であれ、それが生起するプロセスで最も重要な役割を担っているのが環境との相互作用の中でなされる認知評価である。情動としてのストレス・プロセスでは、まず一次的認知評価として環境がストレスフルなもの(個人の資源に対する脅威、挑戦)と見なされる。このような評価に引き続いて、環境からの脅威・挑戦に対してどのようにコーピング(対処)したらよいかについて二次的認知評価がなされ、それに基づいて実際のコーピング行動が起こる。このコーピングの効果に応じて、個人の中に感情反応や生理学的変化といった短期的(直接的)結果と個人の全般的適応に関わる長期的結果がもたらされることになる。

図表2 Lazarusによるモデル

c.情動ストレス・モデル
 新名(1995)は痴呆老人介護者のストレスに関する研究の中で、情動を中核とするストレス・モデルを提案した。このモデルによれば、個人がある刺激事態(出来事や状況)を経験した時、それをネガティブなもの(たとえば、嫌だ、辛い、困った、不快だ、等)と評価すると心理的ストレス反応として不安や抑うつ気分、怒りといった情動反応が生ずる。このような不快な情動反応が生ずることによって、次にそれを低減するためのコーピングがなされることになる。それが有効であればストレス・プロセスは収束するであろう。しかし、コーピングによっても心理的ストレス反応が低減しなかったり、逆に増幅されるようなことがあると、ストレス・プロセスは更に拡大し、やがては心身の不適応状態が生ずることになる。
 本報告書では、ストレス関連チェックリストの開発目的に照らしてこれらのモデルや理論を検討した結果、最終的に次のような理由から情動ストレス・モデルを採用した(情動ストレス・モデルについては次節参照)。
 まず第1に、人-環境適合モデルは心理的ストレインの原因となる環境要因として職務要請と供給量を、同じく個人要因として能力と動機・目標の2要因を指摘する。しかし、現実の職業ストレッサーの内容はきわめて多様であり、指摘された要因との関連ですべてを説明することには無理があるように思われる。たとえば、上司や同僚とのトラブルといった職場の人間関係の問題はきわめて一般的な職業ストレッサーのひとつであるが、この枠組みの中でこれを分析するためには、いったん問題の要素を環境的要因と個人的要因とに分析し、改めて両者が不適合な状態として問題を再構成することが必要になる。しかし、環境と個人の何が不適合でトラブルが生じたかということよりも、トラブルが発生したという出来事の方がストレッサーとしての影響力は大きいものと思われる。このように、環境要因と個人要因をいちいち対応させてストレッサーを特定していく方法は、いくつかのストレッサーについては当てはまっても、他のストレッサーでは必ずしも有効な分析方法とはなり得ない可能性がある。
 第2に、認知評価理論ではストレス・プロセスにおける媒介過程として認知的評価の役割が重視されている。そのため、この理論に基づいた実証的研究では個人の認知評価を測定することが必要不可欠な作業となるはずである。しかし、実際にこの理論に依拠して実施されたストレス研究では認知評価が測定されていないことが多く、認知的評価を測定するための方法論も確立されているわけではない。また、この理論ではコーピングの役割も強調され、コーピングを測定する尺度も開発され盛んに研究されているものの、やはり同様にコーピング方略の選択に関わる二次的認知評価が測定されないため、コーピングと認知的評価の関係についての議論は仮説の域を越えていないのである。このように、認知評価理論では理論的分析と実証的研究との関係がきわめて漠然としている点で問題がある。
 また、認知評価理論ではストレス・プロセスを個人と環境とのトランザクションと捉えているものの、実際には環境要因よりも個人要因の方がその扱いにおいて比重が重いように思われる。たとえば、認知評価やコーピングに影響を与える個人要因については個人の価値観、自尊心、自己効力観、統制感といった多くの変数がリストされるのに対して、環境要因は系統的に扱われていない。また、認知評価理論ではしばしばストレッサーとしてデイリー・ハッスルズ(日常的な苛立ち事)が扱われる。そこで問題になるのはやはり個々の日常的な出来事に対する個人の評価であり、出来事をより広い社会的文脈の中に位置づけたり、組織内での役割や職務との関連性が問われるわけではない。しかし、職業ストレス研究では、職場での個人の役割や職務のあり方と個人の経験するストレスとの関係が最大な問題となることは明らかである。従って、雇用管理業務の一環としてストレス・マネージメントを位置づけるためのモデルとして有効かどうかという点から見た場合、認知評価理論はきわめて不十分なものと判断されるのである。
 これに対して、情動ストレス・モデルはストレッサーの概念化において人-環境適合モデルよりも柔軟であり、またモデルと実証的研究との関係という点でより明確である。特に、ストレス反応の測定法が確立していること、それによってストレッサーを特定する手順が明確に示されていることは、他の2つのモデルや理論にない利点である。また、このモデルの特徴はストレス・プロセスへの介入(インターベンション)の経路をあらかじめモデルの中に組み込んでいる点にある。これは組織的なストレス・マネージメントを試みる際にきわめて有効である。

3.チェックリストの理論的枠組み

 どのような実践法であっても、実証的にその根拠を裏付けようとするならば(そして実証的根拠に従って実用に供しようとするならば)、まず理論的仮説を立て、その構成要素である理論的構成概念を定義し、その概念的定義に即した測度を用いて実際に測定する、という一連の手続きが必要不可欠である。理論的な基盤のないままに実証的な研究は成り立たないし、実践法の科学的な裏付けも得られない。
 心理的ストレス研究(とその応用)においても同様であり、あらかじめ理論的な基盤を明確にしておくことが必要である。これまで心理的ストレス研究はしばしば、こうした理論的な基盤がないままに行われたために、概念的な混乱を招いてきた(Wallace, 1989)。

 本報告書では、情動を中心とした心理的ストレス・モデルに基づき、雇用管理の上で把握しておくべきストレス関連要因における問題発見用チェックリストとして「ストレス反応チェックリスト」「職場内ストレッサー・チェックリスト」、そしてストレスを予防・緩和する職場環境要因を特定し、介入対策を立てるための対策発見用チェックリストとして「ストレス緩和要因チェックリスト」の3つのチェックリストを提案する。それぞれのチェックリストの紹介に入る前に、その前提となる理論的仮説をおおまかに解説する。


 (1)情動を中心とした心理的ストレス・モデル

a.ストレス・モデル
 職場ストレス・チェックリストにおいては、情動反応を中心とした心理的ストレス・モデルを仮定している。以下にその基本的な枠組みを示す(図表3)。

図表3 情動を中心とする心理的ストレス・モデル

 日常生活において個人はさまざまな刺激事態(場面や出来事)を経験するが、刺激事態はしばしば個人に対し心理的にインパクトのある出来事であり、かつ、しばしば嫌だ、困った、不快だ、などネガティブな気分を引き起こすものである。そうした刺激事態の経験によって、その個人に不安や抑うつ気分、怒りといった情動反応すなわち心理的ストレス反応が引き起こされることがある。この刺激事態の経験と生じた反応から、心理的ストレスのプロセスが起動されたと考える。
 ここで、心理的ストレス反応に対応する刺激事態をストレッサーと呼ぶ。ストレッサーは「個人によりネガティブなものと評価され、その個人に心理的ストレス反応を引き起こす刺激事態」(新名, 1995)と定義される。本章においてもこの定義が採用されている。
 ここでいう刺激事態とは、ストレスの発生源とストレスを受けている個人との関係によって生じる場面や状況を指す。たとえば上司から残業を命じられたという場合、その状況自体がストレッサーとなりうる刺激事態であると考える。さらにこの状況を細かく捉えれば、ストレスの発生源である上司の存在と、命じられた残業を本人が認知したということに、分けて考えることが可能である。すなわち、上司が存在しても、その存在に気づかなければストレスの発生源とはなりえない。しかし本章においては、この2つを特に分けて考えることまではしていない。理論的モデルが煩雑になることを嫌うからである。職業ストレス研究の目的は、ストレス低減のために職場における具体的な介入についての情報を得ることであり、ストレッサーの構造や構成要因に関わる理論的な興味に基づくものではない。また、介入方法についても個々人の認知的変容に焦点を当てたものばかりではなく、職場環境の改善などのようによりマクロで外的な要因に焦点が当てられることもある。刺激事態をストレッサーとイベントに分けて考えることで、個々人のストレス認知のプロセスを詳しく捉えることが可能になるであろうが、そのために必要な理論的モデルは複雑になる。

b.心理的ストレス反応
 職場ストレス場面においては、ストレッサーとストレス反応とから構成される刺激-反応の対応関係のうち、心理的ストレス反応に関しては一般にどの職場・職種においても共通の尺度を用いることが可能である。心理的ストレス反応には、憂うつ・悲哀・寂寥・恐怖・不安・心配・怒り・不機嫌・焦燥といった情動的な反応、自己嫌悪・自信喪失・厭世感・絶望感・無力感・無気力といった意欲面の反応、思考力や判断力の低下・考えが堂々巡りする・次々とよくないことを考えるといった思考面の反応、引きこもり・対人不信・依存心といった対人面での反応など、さまざまな反応がある(新名, 1997)。
 また、これら反応を測定する測度も数多くあり、抑うつ傾向を測定するもの(Radloff, 1977;Beck, et al., 1961;Zung, 1965)、不安傾向を測定するもの(Spielberger, et al., 1970)、気分や情緒を測定するもの(Nowlis, 1965;Zukerman & Lubin, 1965;McNair, et al., 1971)、こうした状態や傾向を総合的に測定するもの(Derogatis, et al., 1976;Weiss, et al., 1984;新名, 1994)などがある。また、研究者によってはストレス反応をより広義に捉え、精神的・身体的な反応のさまざまな側面を測定する尺度を用いることもある(藤南ら, 1995;堤, 1994;Fischer, et al., 1988;中川・大坊, 1985;鈴木ら,1976)。なかでもOSI(Occupational Stress Inventory;Osipow & Spokane, 1987)はストレス認知、反応、対処を含む包括的な尺度で、欧米では広く用いられている。
 本論ではこのうち、新名らの作成したPSRSを用いている(新名ら, 1990;新名, 1995)。PSRSを用いた研究においては、しばしば併せて身体的ストレス反応尺度(新名ら, 1992)が用いられている(eg. 古屋ら, 1997;新名ら, 1995)。また、情動的反応は身体的ストレス反応や他のストレス反応の引き金になると考えられている(矢冨, 1991)(この点についてはストレス反応チェックリストの章を参照のこと)。

c.ストレッサー
 ストレッサーは上述のように場面や出来事に大きく左右されるので、異なる職場や異なる職種に共通した一般的な尺度を作ることは難しい。ストレッサーとなる刺激事態は、さまざまな職場環境や生活領域の中に、幅広く存在していることが明らかにされている。たとえば、老人介護場面においては「お年寄りがひとりで自分の身の回りのことをできないこと」「お年寄りに失禁があること」「お年寄りが食事や薬を拒否すること」「この先、お年寄りの状態や病気がどうなるかわからないこと」などが介護者の負担感に関係し(新名ら, 1989, 1991)、教育実習場面では「研究会や反省会で質疑応答をした」「作業の進め方がわからないことがあった」「教員から過大な要求をされることがあった」などが実習生のストレス反応に関係している(音山ら, 1996)など、職場や職種ごとに特徴的で具体的な場面から構成されているのが普通である。
 職場ストレスにおいても研究ごとにさまざまなストレッサーが報告されている。たとえば「職場で担当している仕事の種類が多すぎて、時間内に終わらない」「自分の能力を超えた仕事をしなければならない」「複数の人から違った指示を受けることがある」「騒音のひどいところで働いている」(Osipow & Spokane, 1987)などがある。職場ストレス研究において報告される代表的なストレッサーについては、職場内ストレッサー・チェックリストの章で紹介している。
 ストレッサーに関しては全職業集団に対して一律の共通尺度が存在しないことから、職場ストレス・チェックリストを実際に利用する上では、チェックリストをそのまま用いるのではなく、リストを参考にしながら、適用対象に即して再構成したり、取捨選択しながら使用することが必要となる。あるいは新たにストレス・モデルを想定する必要があるかもしれない。ストレッサーはストレスの原因を特定する重要な役割を持っており、介入プランを立てる上でも重要な情報を含むものである。従ってストレッサー・チェックリストの構成は、職場ストレス・チェックリストに含まれる他のどのチェックリストを実施する上においても、重要な問題となる。
 以下、情動を中心とする心理的ストレス・モデルにおいて想定されているストレッサーの位置づけについて述べる。

 (2)刺激事態とストレッサー

 どのような刺激事態がストレッサーとなりうるのかについては、日常の生活場面によって異なる。学生の経験する刺激事態と職業人が職場で刺激事態は大きく異なるものであろうし、おなじ職場内にあっても職種や職位が異なれば、刺激事態が異なることは当然である。従って職場ストレス場面におけるストレッサーを明らかにするためには、少なくとも職種ごとに、従業員が経験する刺激事態を測定し、ストレス反応との関係を明らかにし、ストレッサーを特定していく作業が必要となる。ストレッサーの選定にあたっては、最低限次の2つの前提についての理解が必要である。

a.心理的ストレス反応を引き起こす刺激事態である
 日常生活において我々はさまざまな刺激事態に直面するが、必ずしもすべての刺激事態がストレッサーになるわけではない。たとえば帰宅の準備をしている時に上司から追加の業務を指示され、不意の残業をすることになったという場合、刺激事態が内包している環境からの要請(追加業務の指示)とその刺激事態を経験した個人の期待や予測(帰宅の準備)との間には、一種の不適合状態が成立する。その場合、多くはこの不適合状態を解決するために上司を説得して明日の仕事にまわしてもらったり、帰宅の準備を止めて残業に取りかかったりすることになるが、そうした対処行動には必ずしもネガティブな心理的反応、すなわち心理的ストレス反応が伴うものではない。たとえ個人にとって身体的に負担になりそうに見える刺激事態が生起していたとしても、心理的ストレス反応が伴わないプロセスは、心理的ストレス・モデルであるとはみなされない。
 ネガティブな心理的反応が伴わずに問題が処理されるプロセスは、心理的ストレス・プロセスを含まないモデル、すなわち問題解決のモデル(図表3の右側)である。情動を中心とする心理的ストレス研究においては、問題解決モデルと心理的ストレス・モデルは区別して用いられる。

b.個人によりネガティブに評価されるものである
 刺激vs反応の関係から考えれば、心理的ストレス反応に対応しそれを引き起こす刺激事態がストレッサーであり、概念的には必ずしも個人によりネガティブに評価される刺激事態ばかりがストレッサーになる必要はないと考えられるかもしれない。たとえば仕事上の昇進は個人に対し心理的にインパクトのある出来事であり、昇進後に新たな職場環境で働くうち心理的ストレス反応が生じることもあろうが、仕事上の昇進という出来事自体は必ずしも嫌だ、困った、不快だなどとネガティブに評価される刺激事態であるとは限らない。Herzbergの2要因仮説においては、昇進は職務満足をもたらす動機づけ要因であるとされ、ストレスの原因となるというよりはむしろ、権限の拡大に伴い自己の有能感を確認、仕事への意欲が高まるといったポジティブな効果をもたらすと考えられている(渡辺, 1991)。
 しかし仕事上の昇進においては往々にして、昇進そのものはネガティブに評価されなくとも、新たな役割を担って仕事量や責任が過剰になったり、不慣れな仕事、役割葛藤、対人関係の軋轢が生じるなど、昇進という出来事に伴ってネガティブな評価を伴う刺激事態が同時に生じることが多い。この場合には、仕事上の昇進に伴って生じたこのようなさまざまなネガティブな刺激事態をストレッサーとし、仕事上の昇進についてはそうしたストレッサーの背景的要因、すなわち一連のストレッサーを生じる原因となりうる状況的な文脈contextとして考える。
 実際にストレッサーリストを作成する場合においては、たとえば仕事上の昇進のようにネガティブな評価を必ずしも伴わない刺激事態は、それに随伴するいくつかのネガティブな評価を伴う刺激事態により、ほとんどの場合は代替可能である。そうした随伴する事態によって、ストレス・プロセスが起動したことを十分に説明することができるのである。このような場合には、随伴して生じるネガティブな刺激事態をストレッサーとして採用することとする。

 (3)ストレッサーと背景的要因

図表4 ストレッサーについての3つのモデル

 日常生活におけるストレス事態においては、ストレスとなる出来事は単一の事象として起こることはむしろ希であり、いくつかの出来事が連なって経験されるものである。ある時点における観察において同時に観察された一連の刺激事態のうち、どの事態をストレッサーに採用し、どの事態をストレッサーから除外するのかは、ストレスの測定目的をふまえて判断すべき問題である。すなわち、そのストレッサーを用いたストレス事態の測定が、最終的にどのようなストレス低減プロセスを目的にしているのによって、焦点が当てられる事態は異なるのである。
 職場ストレス研究において第一に期待されることは、職場環境や、職場内の特定の場面や出来事に対して、どのような介入を行えばストレス反応の低下が期待できるのかという実践的な情報を得ることである。このような具体的介入の方法を検討する場合、やはり第一に必要であるのはストレス反応の直接の原因であると想定される場面や出来事である。それなしには、ストレス低減のための介入プランを作成することも困難であろうし、また仮に介入プランを実行したところで、その効果の評価も難しい。
 すなわちストレッサーの採用にあたっては、ストレッサーとなりうる刺激事態の候補がいくつかある場合、刺激事態のうちでもっとも刺激(事態)vs(ストレス)反応の対応関係を明確にする事態を採用することが望ましい。刺激vs反応関係が明確であれば、理論的モデルと対応させながら容易に解釈することができるし、概念的な混乱を避けることもできる。と同時に、ストレス低減ストラテジーの検討の際にも、最も効果的な介入対象の候補リストを手にしていることができる。
 たとえば、仕事上の昇進という出来事において、昇進というもともとの出来事に随伴して、過剰な作業量、過剰な責任、不慣れな仕事、役割の葛藤、対人関係の軋轢などの刺激事態が同時に生じていたとする。この場合、包括的なイベントである仕事上の昇進と、ストレス反応との間の相関関係が示されれば、仕事上の昇進はストレッサーになりうる刺激事態の候補にあげることが可能である。同様に、随伴するイベントである作業量過剰、責任過剰、不慣れな仕事、役割葛藤、対人関係の軋轢などについても、ストレス反応との間の相関関係が示されれば、ストレッサーになりうる刺激事態の候補となりうる。
 この場合、仕事上の昇進をストレッサーとして採用する(図表4;モデルI)、作業量過剰、責任過剰、不慣れな仕事、役割葛藤、対人関係の軋轢などをストレッサーとして採用する(モデルII)、あるいは両者を同時にストレッサーとして採用する(モデルIII)という3つのアプローチがあり、いずれも理論的モデルとして考えることはできるが、研究や実践の場面においていずれのモデルを採用すべきかは、上述のようにその目的に依って決める必要があるのである。
 もっぱら昇進や人事異動など制度上の問題と、従業員のメンタルヘルスとのマクロな関係に関心があり、制度や施策によって従業員の平均的ストレスにどのような差がみられるのかについて比較することが主眼であれば、仕事上の昇進を直接の原因として考えるほうがよい(モデルI)。しかしこのモデルはマクロな視点に立つことができる利点と引き換えに、(昇進を経験した)個々の従業員の抱える問題を見落とすおそれがある。このモデルをそのまま捉えて、ある従業員のストレス反応が高く示されたのを見て「昇進が原因であるならその従業員の昇進をとりやめるべきだ」と主張しても、納得する人は少ないであろう。
 昇進というマクロな刺激事態は、むしろそこから発生する一連の後続の刺激事態、すなわち過剰な作業量、責任の過剰、不慣れな仕事、役割葛藤、対人関係の軋轢などの事態の生起を規定する変数と捉えることができる。すなわち他の刺激事態の背景的要因になる刺激事態であり、それ自体は直接の刺激vs反応関係にないものと考えられるのである。
 従業員のストレス反応の低減を目的とし、そのための実際的な情報を得たいならば、作業量過剰、責任過剰、不慣れな仕事、役割葛藤、対人関係の軋轢など実際に直接的に介入可能な刺激事態をストレッサーに採用するモデルIIのほうが、直接的な介入が困難なマクロな刺激事態を採用するよりも有益である場合が多いのではないだろうか。本章では、このような刺激vs反応の対応関係が明確であり実際に直接的に介入可能な事態をストレッサーとして取り上げる。
 刺激vs反応関係にとどまらず、さらに遡ってストレス・モデルを検討したいのであれば、ストレッサーに加えその背景的要因として、昇進もモデルに含める必要があるだろう。昇進はストレス反応に対する直接効果と(モデルIII)、いくつかのストレッサーを介してストレス反応に対する間接効果とを持ちうると考えられる。直接効果に比べて間接効果が強く示されれば、昇進をストレッサーとしてではなく背景的要因として扱うほうが、ストレッサーの発生フェーズをより細かく示すことができるであろう。

 (4)ストレッサーの例外

 このように、ストレッサーは刺激vs反応関係をもっとも明確にする刺激事態とすることが望ましい。本章では操作的に、ストレッサーは個人によりネガティブに評価される事態であるという定義をしているが、実際、ネガティブに評価される刺激事態はほとんどの場合、刺激vs反応関係をもっとも明確にするものである。これまで情動を中心とする心理的ストレス・モデルの研究において作成されてきたストレッサーは、いずれの場面においても、この基準に従って作成され、その妥当性が確認されてきた。
 音山ら(1996)は、教育実習生における実習中のストレスの検討にあたって、ストレッサーを基礎事態要因とその他の要因とに分けて考えている(図表5)。基礎事態要因は、「実習録を書いた」「授業を行った」など、基本的に実習に必ず伴う作業であり、実習生は実習中、絶えずこうした刺激事態にさらされている。この場合、基礎事態要因は、他のストレッサーの発生を規定しているものと考えられている。すなわち実習中のストレスにおける基礎事態要因は、背景的要因に相当するものであると同時に、それがネガティブに評価される事態によって構成されているという点で、ストレッサーとしても捉えうるものであるという特徴を持っている。

図表5 基礎事態要因を仮定した心理的ストレス・モデル

 しかし、職場ストレス場面においては、たとえば上述してきた仕事上の昇進のように、必ずしもネガティブに評価されない背景的要因が存在する。さらには、背景的な刺激事態にも、それに付随する刺激事態にもたいしてネガティブな評価がなされない場合もありうる。本人の自覚が不十分なままストレス事態が継続し、気づいた時点では相当の身体的・精神的反応が現われている場合などは、背景的要因は考えられてもストレッサーは必ずしも特定できないことも考えられる。ストレッサーとなりうる刺激事態が発生していたとしても、その刺激事態に対するネガティブな評価が行われていないかも知れない。
 このように、ストレッサーのチェックにおいては、ネガティブな評価の程度だけでなく、刺激事態の生起頻度もチェックし、それぞれについて背景的要因とつき合わせながら検討する必要がある。こうすることで、たとえば「責任のある仕事を任された」といったような、刺激事態としては存在するが、必ずしもネガティブな評価が行われない事態を取りこぼすことを防ぐことができるであろう。
 もっとも、評価にかかわらず事態の生起頻度をストレッサーの指標とみなすことは、本章におけるストレッサーの定義を超えるものである。そうした事態をストレッサーとするためには、この事態がストレス反応と相関関係があることに加えて、少なくとも他のストレッサーや背景的要因では置き換えられないものであるかどうかを確認する必要があるだろう(注1)。

 (5)ストレス・モデルの拡大と収束

 これまで述べてきた刺激-反応関係を通して、不快な情動反応すなわち心理的ストレス反応が生じると、次にそれを低減するための行動、すなわちコーピング(坂田ら, 1995;坂田, 1991)がなされることになる。ここでの行動とは、思考や行為を含む広い意味での行動である。
 コーピングにはさまざまなものがあり、たとえば「どうしたらよいか考える」「状況についてもう一度検討し直す」「情報を集める」など、状況を変えようという方向に働くコーピング(接近型)や、「大した問題ではないと考えることにする」「なるようになれと思う」「現在の状況を避ける」など、状況から距離をとる、もしくは状況を受け入れる方向に働くコーピング(回避型)などがある(坂田, 1990)。ストレッサーの性質によって、これらのうち有効なコーピングの種類も異なることが指摘されている(Fleishman, 1984;Folkman, et al., 1986)。
 図表6は、心理的ストレス・モデルが収束したり、拡大していく様子を示したものである(新名,1995)。個人がある刺激事態を経験して、心理的ストレス・モデルが始動したとする。このとき個人の行うコーピングが有効である、つまりストレッサーのインパクトを弱めたり、心理的ストレス反応を低減させる方向で作用すると、心理的ストレス・モデルは収束に向かう。そしてそれが繰り返されていくと、最終的には消滅するものと考えられる。

図表6 ストレス・モデルの拡大と縮小

 一方、コーピングが無効であると、ストレス・モデルは継続ないし拡大し、心理的ストレス反応が持続的に観察されるようになる。コーピングが無効であるということは、<1>ストレッサーにも心理的ストレス反応にも何の変化も起こらず、その心理的ストレス・モデルがそのまま持続する状態、<2>コーピング行動を起こしたことで、ストレッサーのインパクトが更にネガティブなものになり、その結果として心理的ストレス反応が増大し、心理的ストレス・モデルが拡大していく状態、<3>コーピング行動を起こしたことで、それが新たなストレッサーを生み、心理的ストレス・モデルがより複雑に拡大していく状態、のいずれかの可能性が考えられる。いずれの状態においても、心理的ストレス・モデルは収束しない。
 以上のように心理的ストレス・モデルを仮定すると、心理的ストレス・モデルを収束させるための介入(intervention)には、そのポイントによっていくつかの種類に分けて考えることができる(図表7)。

 (6)ストレス・モデルと介入ポイント

 図表7は、情動を中心とする心理的ストレス・モデルにおいて、ストレス低減のための主要な介入ポイントを示したものである。

図表7 ストレス低減のための介入のポイント

 1)背景的要因における介入:職場ストレス研究においては職場特性、たとえば特別養護老人ホームの痴呆専用ユニットで働く介護スタッフと、一般入居者ユニットで働くスタッフとの比較(矢冨ら, 1995)や、職場の処遇方針、指導体制、教育機会、決定参加(矢冨ら, 1992)のように、職場や職務本来の特性によるものが挙げられる。また組織構造や組織風土、仕事固有の性質(Sutherland & Cooper, 1988)も背景的要因に含まれる。背景的要因が存在するとしばしばストレッサーとなりうる刺激事態の生起が促進されると考えられることから、これらは前駆要因と呼ばれることもある。
 こうした要因があると、さまざまな刺激事態が起こりやすい状況になる。たとえば老人介護場面では老人の対応に追われ休む暇が無い、といったように過剰な作業負荷が介護者に生じるかもしれない。あるいは介護者に緊張を強いたり、介護者が対応に苦慮する刺激事態が起こる可能性もある。
 このような刺激事態が起きて、個人がその刺激事態をネガティブに評価し、その刺激事態がストレッサーになると、心理的ストレス・プロセスが稼動し続いていくことになる。この一連の流れにおいて、どこでどのようにその流れをブロックすればよいだろうか。
 ここでの介入は、「元から絶つ」介入である。ここでの介入の目的は、背景的要因を除去することによって、刺激事態を発生させないようにすることになる。刺激事態が起こらなければ、従業員がストレスを経験することもない。たとえば処遇や昇進、職場での配置替えなどの事態は、その事態がなくなればそれがもっとも有効で根本的な解決の手段であるといえる。しかし、現実にこのレベルでの介入を行うことは組織や制度上の大きな変更を必要とすることが多く、介入が行われればその効果は極めて大きいものの、現実に実行できることには限りがあることが多い。
 2)認知(・行動)的変容としての介入:ここでの介入は、たとえば認知(行動)療法に代表されるような方法で、起きた刺激事態をストレッサーと認知しないように訓練する、もしくはストレッサーを経験しても、心理的ストレス反応が生じないように訓練する介入方法である。これらの介入は、医療領域や心理カウンセリングにおいて治療の一環として行われている。職場ストレスにおいては、従業員のメンタルヘルス管理を担当する専門のスタッフがいる場合(健康管理室など)には、実践可能な方法であるものと思われる。
 3)ストレス緩和・リソースの増強における介入:ストレスと健康との関連は古くから数多く指摘されており、心理的ストレス・モデルにおいても、ストレッサーのインパクトが強いほどストレス反応も強いことが仮定されている。しかし実際には両者の関係はそれほど高くなく(ストレス事態イベントと疾病との相関は.20~.70の範囲にある)、何らかの介在変数が存在することが以前から考えられてきた(Kobasa, 1979)。
 こうした介在変数として、ストレッサーが個人にもたらす影響を弱めたり、消失させる作用をもつ要因、すなわち緩和要因が存在することが知られている(Cohen & Edwards, 1989)。緩和要因となる可能性をもつもののひとつに、個人のリソースがある。リソースとは、個人がストレッサーをコーピングしようとするときに利用可能な資源である。たとえば知識や情報、知的能力、ソーシャル・スキル、体力や健康、経済力、個人のコントロール感(Mineka & Hendersen, 1985)、ソーシャル・サポートや対人ネットワークなどもリソースに含まれるものと考えられている。
 リソースはストレッサーのない状態ではストレスの発生になんの影響も及ぼさず、日常的に意識されるものではない。しかしストレッサーが生じた場合には、ストレッサーの発生によるストレス反応の増加の程度を低く抑えたり、あるいは食い止める作用をもつ。このなかでソーシャル・サポート(何かあったとき、困ったとき、支えてくれるひとがいるということ)は、職場ストレス場面においても有効なリソースのひとつと考えられている。ソーシャル・サポートがストレッサーとストレス反応との関係に緩和効果を持つことは、多くの研究で指摘されている(Cohen & Wills, 1985)。

 (7)ソーシャル・サポートの緩衝効果

 仕事における人間関係は、職務満足の主要な要因とされている(Keon & McDonald, 1982)と同時に、職場ストレスの緩和効果をもつ要因として強く期待されている(Ganster, et al, 1986)。職場ストレス場面には、物理的環境や職務に起因するストレッサーのほかに、期待される役割、過剰な負担や責任など、職場集団の一員としての役割の要因、上司や同僚との人間関係など職場集団に由来する要因、能力評価など組織の管理に由来する要因など、さまざまな組織的要因が複雑に関係している(Holt, 1982)。ここで生じた心理的ストレス・プロセスを抑制する抜本的な手段は、さきに述べたように、前駆要因を排除することすなわち組織の労務管理や処遇などフォーマルな制度上の問題として解決を求めることである。しかしそのためには組織内部において多くの調整と変更の手続きが必要であり、現実的にはきわめて難しい。
 一方、一般には職場では同僚、上司、部下など日常的に他者と接触する機会が数多くあり、また家族や友人・知人など職場とは関連のない独立した対人ネットワークも持ちうる。かりに日常的にこうした人々からインフォーマルなものも含めて適切な助言を得たり相談に乗ってもらうことが可能となるならば、より柔軟ですばやい対応ができ、ストレス反応緩和の手段としてはより現実的なものであるといえるだろう。すなわち職場内外のサポート関係を維持したり、促進したりすることにつながる施策を行うことにより、組織の運営上の問題を引き起こすことなく、働く人たちの福利を維持できる効果が期待できるものと考えられる。このような理由で、職場ストレス研究においては職場集団のソーシャル・サポートの効果がしばしば取り上げられている(e.g., 音山, 1997, 1996;上野ら, 1995;小牧ら, 1996, 1994;福岡ら, 1995;Cohen & McKay, 1984)。これら諸研究のなかには、上述の緩和仮説とは反対に、他者との関係は仕事における主要なストレッサーになるという報告もある(Kelly, 1982;Marshall & Cooper, 1979)。
 職場の対人ネットワークのあり方はその職場のストレッサーと関連しているものであることから、ソーシャル・サポート項目についても、職場・職種ごとに項目を選択することが望ましい。このような方法については批判もあるが(注2)、すでに第2節で述べたように、職場ストレス研究においてストレス緩和に向けた具体的な介入のための情報を得るという目的に、もっとも適した方法であるといえよう。

 (8)心理的ストレスとパーソナリティ

 ストレッサーとストレス反応との関係に介在する要因には、個人のパーソナリティ特性も指摘されている。同一の環境にあって同一の刺激事態にあると考えられながら、ストレス反応を起こす人も、起こさない人もいる。これはストレス反応を引き起こしやすいやり方でストレッサーを評価しやすい傾向、すなわち脆弱性(vulnerability)が、人によって異なるためと考えられている(Cooper, 1986)。
 ストレス反応に影響する代表的な個人差要因として、しばしば頑健性(hardiness)が挙げられる(Kobasa, 1979)。頑健さはストレス事態が生じたとき適応性についての解釈を行う傾向を示すもので、3つの相互に関連のある要素、統制、挑戦、関与からなる型をいう。統制とは、人生経験は予測でき、統制可能であるという信念を意味する。挑戦とは、人生には変化がつきものであり、変化は脅威よりもむしろ成長につながる挑戦を意味するものだという信念を表す。関与とは、人生の活動に重要さ、脅威や意義を信じることを意味する。これらの要素が強いほど、ストレスに対しての耐性があると見なされる(Wiebe, 1991)。
 このほか個人差要因としてしばしばあげられるものにロッターの内的・外的統制があり、外的統制傾向が強いほど不安が大きいといわれている(Lefcourt, 1980)。また、自分を楽天主義だと認知している人は、そうでない人にくらべて身体的症状の訴えが少ないことが報告されている(Scheier & Carver, 1985)。
 職業ストレス研究においても、パーソナリティ特性とストレスとの関連はしばしば指摘されているものの(川野ら, 1995)、その結果は必ずしも一貫していない。現時点では、ストレス緩和のための具体的介入にあたって、パーソナリティ特性をどのように扱ったらよいかに関する情報は十分であるとはいえない。

4.チェックリストの利用にあたって

 対象が何であれ、測定を行う場合には、用いようとする測定方法が信頼性と妥当性において問題がないことをまず確認する必要がある。職場ストレス・チェックリストにおける測定も例外ではない。本節の前半においては、チェックリストの実施にあたって守るべきいくつかの注意事項について解説する。
 また、チェックリストを実施した結果、得られたデータの解釈においても注意が必要である。誤った解釈は測定対象の職場ストレス場面を正しく反映しないばかりか、誤った現状認識に基づいた不適切な施策を進めるもとになる可能性もある。本節の後半では、職場ストレス・チェックリストの実施結果の解釈において、これまで述べてきた心理的ストレス・モデルの説明以外に配慮すべきいくつかの事項について解説する。

 (1)チェックリストの組み合わせについて

 ストレス反応チェックリストと職場内ストレッサー・チェックリストは同時に実施する必要がある。また、ストレッサー・チェックリストは生起の有無とインパクト評定の両者を測定する必要がある。
 職場ストレスの測定においては、職場内ストレッサー、ストレス反応の測定が中心となる。まず職場において(しばしば職場外において)、従業員の周囲にストレッサーとなりうる刺激事態が発生する。そしてその刺激事態のインパクトを受け、その事態を認識した従業員が、それへの反応として示すさまざまな身体的・精神的な不調がストレス反応である。従って測定にあたってはストレッサーとなりうる刺激事態の有無とそのインパクト、ストレス反応の3つを同時に測定する必要がある。従来のストレス調査においてはこの3つを混同して測定しているものが少なくない。
 たとえば「上司から職務外の用事をしばしば依頼されいらいらする状態が続くようになった」という出来事があったとする。この場合この出来事は、ストレッサーとなりうる刺激事態の生起頻度すなわち「上司から職務外の用事の依頼」(ストレス発生源という見方でいえば、職務外の用事を依頼した上司)の有無、それを「しばしば依頼された」ことによるストレッサーのインパクト、そしてストレス反応である「いらいらする状態が続くようになった」ことの3つの要素から構成されている。従って「上司から職務外の用事をしばしば依頼され、仕事が中断していらいらする状態が続くようになった」という状況を測定するためには、「上司から職務外の用事の依頼」「しばしば受けた(ことのインパクト)」「いらいら」がすべて存在する必要がある。
 しかし、上司から職務外の用事の依頼を受けたとしてもいらいらしない人もいるであろうし、そのような依頼を受けても意に介さない人もいるであろう。従ってこの出来事を測定するためには、「上司から職務外の用事を週に何度依頼されたか」「その依頼に対してどの程度嫌だ・辛い・不快だなどと感じたか」、そしてその結果「その週にどの程度いらいらを感じたか」というように、ストレッサーの生起頻度(もしくは生起の有無)ならびにインパクト評価、そしてストレス反応の計3つの設問を用意する必要がある。
 対策発見用チェックリストであるストレス緩和要因チェックリストは、必ずしもストレス反応チェックリストや職場内ストレッサー・チェックリストと同時に実施する必要はない。ストレス緩和要因チェックリストにおいて相対的に低い得点を得た要因については、その要因を補強することによりストレス対処のための資源が増強される可能性があることを示唆するものである。従って現時点で当該のリソースのストレス低減効果がなくとも、それがリソースのレパートリーに加わっていることで、将来の危機に対応できる可能性がある。相対的に増強すべきリソースの内容に興味があるのであれば、ストレス緩和要因チェックリストを利用できる。
 しかし、ストレス低減の効果の測定が目的であれば、ストレス緩和要因チェックリストはストレス反応チェックリストならびに職場内ストレッサー・チェックリストと同時に実施する必要がある。どのような緩和要因(たとえばリソースの増強施策)がどのようなストレスの低減に効果があるのかについては、単にリソースの水準の変化を測定しただけでは知ることはできないからである。
 更に、ストレス低減のための実践的な介入を行ったあと、その介入の効果について測定したいのであれば、複数時点の測定を行う必要がある(図表8)。介入(施策)実施の前後、ならびに期間中について、定期的(2~4週間おき)に測定を繰り返すことが望ましい。

図表8 介入前後における測定

 (2)自己記入式質問票の信頼性・妥当性について

 職場ストレス・チェックリストの実施にあたっては、従業員のメンタルヘルス管理を担当する専門のスタッフがいる場合など専門の担当者がいる場合には、しばしば面接により聞き取り調査を行いチェックリストの内容を確認することが望ましい。
 ストレッサーの測定においては、生起頻度(生起の有無)もしくはインパクト評価ともに、自己記入式調査票によって測定が行われている。自己記入式の調査票によるストレッサーの測定においては、その信頼性(時間の経過に伴う記憶の減退など)と妥当性(情報提供者との不一致など)が著しく低いことがしばしば指摘される(北村,1996)。
 北村(1996)は自己記入式調査票の場合には面接法に比較して妥当性が低下すること(Zimmerman, et al., 1986)、ライフイベンツの測定において1年以上以前の出来事の想起には重大な欠陥が生じること(Thurlow, 1971)、ストレス反応とストレッサーを同一調査票で評価させる方法では多くの場合、出来事を評価するのはストレス反応を示した後になり、このことからストレス強度の評価にストレス反応が影響する可能性があることなどの理由から、質問紙による情報よりも直接面接による情報の方が詳細で正確であるとしている。
 しかし実際には、メンタルヘルス管理を担当する専門のスタッフが置かれている事業所は大企業などを除いてむしろ少数であり、事実上、多くの事業所では面接者が対象者に直接面接を施行することは困難であることが多い。その場合には自己記入式質問票の結果だけから判定を行うことになるが、その結果の解釈については信頼性・妥当性の点で留保がつけられていると考える必要があるであろう。

 (3)ストレッサーの持続の問題

 職場ストレス場面においてはしばしば、ストレッサーが持続する期間が問題になることがある。すなわちそのストレス事態が長期間持続するものであるのか、短期間のうちに発生するものであるのかの問題である。これは長期的にみれば、発生したストレス事態が組織の構造的な要因によって発生する基本的なものであるのか、あるいは流動的なものとしてad hocな対応が求められるのかの問題にも通じる。これらの問題は、職場ストレス・チェックリストの測定結果を解釈し、具体的な介入プランを考える上においては重要である。
 これらの問題について、本論においてはそれぞれ次のように考えている。

 1)ライフイベントと慢性ストレッサー
 職場ストレスにおけるストレッサーは、ライフイベントと持続的な困難(difficulties)に区別されることが多い。ライフイベントは急性のストレッサーであり、持続的な困難は慢性のストレッサーである。
 もっとも両者は必ずしも明確に区別できるものばかりではない。たとえば配置転換や離転職などの事態は、異動(離転職)の年月日が明確に特定できることから一般にはライフイベントに加えられることが多い。しかしたとえば異動の日以前に、内示を受けた時点から異動に付随して生じるさまざまな刺激事態が発生し、異動した後も新たな職場に慣れるまでの相当期間はその影響が持続するものと考えられる。
 本論においてはこの場合、配置転換や離転職などを背景的要因と仮定し、それに付随して生じるさまざまな他の刺激事態すなわちストレッサーとは区別して考えるモデルが望ましいものと考えている。しかし研究者によっては、配置転換や離転職をストレッサーと考えるかもしれない。この場合には、こうした刺激事態を慢性的なストレッサーとして理解することも可能である。(慢性的ストレッサーの測定については職場内ストレッサー・チェックリストの章で解説する。)

 2)基礎的ストレス要因と流動的ストレス要因
 乾(1993)は、大手精密機器会社での精神健康相談における臨床経験をふまえ、ストレス要因を基礎的ストレス要因と流動的ストレス要因とに分けて考えることができるという。
 基礎的ストレス要因とは、企業の組織の構造に伴って生じる要因で、必然的に社員にストレッサーとなる要因を指す。たとえば職場異動や配置転換、それに伴う役割の変更、職位や職場のヒエラルキーに関する問題、新入社員の社内適応をめぐる期待や幻滅、中高年社員の上昇停止や定年問題、ポジション獲得の競争原理、職種との適合性をめぐる問題などである。職場内の対人関係の課題もこれに含まれる。
 これらはつまるところ会社員であれば当然に要請されてくる企業体や職場組織への適応に伴って発生するストレスで、どの企業社会にも認められる要因ということができる。経験的には、社員や職場関係者の個人的な問題が絡まず、このストレス要因のみで不適応を形成している場合には、種々の解決の枠組みが既に企業体や職場に長年経験蓄積されているので、確かにストレッサーとしてこの基礎的要因が働いても、カウンセリングなどで我々が対処することは比較的容易であると考えられる。
 一方、流動的ストレス要因は、企業体や職場に新たに導入された形で発生してくる「流動的ストレス」とまとめることができる。つまり、企業はそのと時々の経済・社会・政治・文化の変動に対処すべく、企業の経営方針や職場環境の変更を行わざるを得ないのである。その結果、次のような事態が出現することになる。たとえば、貿易摩擦で海外工場を設立する施策が打ち出されると、たちどころに異文化との接触や海外単身赴任によるストレス反応が相談室に持ち込まれてくる。同様に、職場の合理化に伴うOA化の業務推進が実行されると、OA化業務に乗れない中高年社員の不適応問題や炭坑労働、不規則勤務などの労働形態の変更に伴う心身反応やテクノストレスの課題が問題となる。
 流動的なストレスの場合には、長い経験の中から折り合いをつける方法を探り当てることができない。それぞれの関係者の個人的なマネージメント能力や対処の仕方に任されることが多いので、基礎的ストレス要因に対処するように、一貫性を持ち、公平さを持って対応することが困難となる。このように流動的ストレスの場合には、基礎的ストレス要因のように企業組織として十分に練り上げられておらず、情報連絡や指示の不徹底さ、責任性の曖昧さ、サポート体制の不備未確立などの課題が露呈されてくるので、リスク要因が形成されやすく、社員にとっては諸々の不安、うつ状態などの情緒的ストレス反応が生じやすいものとなる。
 流動的なストレスにどのように対処していくかは、最終的には「基礎的ストレスに構造化していくこと」に尽きるものといえるであろう。つまり、企業や職場が流動的なストレスによって生じてきた不適応の諸問題を、お互いに情報交換し、対処の仕方を取り込み、積み重ね、慣例化し、やがて組織化できるようにすることであろう。その結果、その組織化の知恵によって、いろいろな支援態勢が職場や企業組織に見つけられるようになるからである。フレックス制度、育児休業制度、サテライトオフィスの設置、年次休暇取得の促進やボランティア休職制度などはそのようなプロセスの産物であるといえるであろう。

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 (注1)心理的にインパクトがないという事態をストレッサーに含めるか否かについては議論がある。ストレス反応との相関があればストレッサーであると認める考え方もあるが、ストレス反応が存在するからといってそれに先行して発生した事象をすべてストレッサーであるとする議論は本来、合理性に欠けるものである(しかしこれまでの研究では、この点が曖昧にされたものが多い)。また、当人にとってインパクトのない事態は、たとえそれが何らかの形でストレス反応に関連するものであったとしても、その事態に対して介入しストレス低減を図ることは実際には困難である。問題が当人に自覚されていないために、介入行為そのものが無効であると当人に認知されやすいからである。精神科領域においても、心理社会的及び環境的問題の取り扱いは当人にとってインパクトある事態が中心である(たとえばDSM-IVでは、「ある人が新しい状況に適応するのに困難がある場合のように、それが問題を形成しまたは問題を生ずるに至った場合にのみ考慮されるものであるもの」と規定されている)。

 (注2)ストレッサー・ストレス反応の因果関係を基本として、そこにさまざまな調整変数(moderator)を介在させ、その相互の関係を吟味していこうという考え方は、Cooperの因果関係モデルにもみられる(Cooper, 1986)。矢冨ら(1995)は、これをFrenchのPE-fitモデル(French, et al., 1974)やKarasekのモデル(Karasek, 1979)と比較し、Cooperのモデルは研究上の閉塞状態にあると指摘している。
 Cooperのモデルは、原因変数に組織ストレッサーを、結果変数に組織ストレイン及びストレス症状を仮定し、その関係に介在する調整変数として個人・社会のさまざまな変数を投入してモデルを作り、それぞれを特定の測度で測定することによりその関係を検討しようとするものである。本論における情動を中心とする心理的ストレス・モデルも、刺激-反応関係を中心に、そこに調整変数としてさまざまな緩衝効果を検討しようという点では、同じ枠組みに従っている。
 Frenchらのモデルは、すでに第2節で述べたように、職務が個人に要求する仕事の質や量と、個人の有する能力の質や量とを比較し、その相違の程度と個人の経験するストレイン量との関係をみようとするものである。すなわち職務が要求する質・量の程度が個人の有する職務遂行能力よりも大きいとき、個人はその要求から圧力を受けてストレインを感じるし、逆に個人の能力水準が職務の要求水準よりも高いときにもまた、個人はみずからの持つ能力が十分に活用されていないものとしてストレインを感じるというものである。従ってこのモデルでは、職務の要求度と個人の能力水準との一致がストレインの水準を抑える条件として提唱されている。
 Karasekのモデルについてもすでに第2節で述べたように、個人が経験するストレインの量が、職務が個人に遂行を強いる要求度(job demand)と個人が職務遂行上有する裁量の自由度(decision latitude)との関係によって決定されると考える。すなわち仕事の持つ要求度が高くても、個人が有している自由裁量の程度が高ければストレインは生じず、逆に自由裁量の余地のない状況の下で高い要求度を持つ仕事を強いられたとき、個人の示すストレインの水準は最も高くなるというものである。
 すなわち、FrenchらとKarasekのモデルは、ストレッサーにおいては職務から個人に対して求める困難度・要求度に限局されるか否か、対処の資源においては個人の能力か自由裁量度かが異なるだけで、いずれも限定された対処資源をモデルの重要な要素と考えている。つまり研究上扱うことのできる変数の性質がこの2つのモデルでは限定されている。これに対して、Cooperのモデルはストレッサーとストレインの性質に限定が加えられていない。そのために、組織ストレス現象を広範囲に探索することができる反面、結果的には研究の細分化を招くもとになったという。
 事実、近年の組織ストレスの研究においては、Cooperの因果関係モデルによるものが圧倒的に多い。ストレッサー・ストレイン・調整変数にどのような性質の変数を持ってきてもよいために、研究の対象がどこまでも拡散してしまう。特にストレッサーに関しては、個人が置かれた組織の状況、従事する職務の特徴、キャリアや仮定とのインターフェイスなどがさまざまに異なるため、いくらでも新しい変数を作り出すことができる。こすなわち、個人の置かれた職業的、組織的状況と個人の属性の数だけのストレッサーや調整変数が考えられ、またそれぞれを測定する測度を開発することも理論的には認められる。実際、この分野の研究はきわめて状況特有(situation specific)な方向に細分化しており、歯科医のストレス(DiMatteo, et al., 1993)やバス運転手のストレス(Carrere, et al., 1991)などのように、研究対象が際限なく特化する可能性がある。
 矢富らは、このように状況の特有性を追求するあまり、各状況に普遍的な命題を構築することを忘れている事態を指して閉塞状況というのである。すなわち状況特有の大義名分のもとで、Popperのいう反証可能性をも残していなくともよいという風潮まで生み出しているという。そのぶんFrenchらやKarasekは扱う変数を限定し、またその変数間の関係を簡潔に明示しているためにモデルとしてはるかに有効であると指摘する。
 しかし職業ストレス研究では、職場での個人の役割や職務のあり方と個人の経験するストレスとの関係が最大の問題となるために、状況の特性が重要となる。すなわち既に1-2節で述べたように、雇用管理業務の一環としてストレス・マネージメントを位置づけるためのモデルとして有効かどうかという点から見た場合、刺激-反応関係を基本として調整変数を介在させ相互の関係を見るという情動を中心とした心理的ストレス・モデル(さらにはCooperの因果関係モデル)は有効な枠組みであると考えられる。特にストレス低減のための具体的な介入の経路をあらかじめモデルの中に組み込んでいる点で、これは組織的なストレス・マネージメントを試みる際にきわめて有効であると考えられる。


II.ストレス反応チェックリスト

1.チェックリストの概要

 経営者、管理者及び従業員を含めた一般成人を対象に、自覚されたストレス反応を測定するための自己評定式チェックリストである。新名(1994)のPSRS-50Rを下敷きに、簡易版と拡張版の2つのタイプが用意されている。簡易版は中核的な心理的ストレス反応である情動反応の測定を目的とするもので、全28項目情動反応4下位尺度(抑うつ気分・不安・怒り・高揚感)と全身症状尺度から成る。一方、拡張版は情動反応に加えて二次的な心理的ストレス反応と身体反応を多面的に捉えることを目的とするもので、心理的ストレス反応チェックリスト全55項目4領域(情動・意欲・思考)12下位尺度と身体的ストレス反応尺度26項目の2部から構成されている。結果は各下位尺度あるいは各領域別の得点によって示され、個人の体験しているストレスの強さを知ることができる。調査対象者や調査目的に応じて簡易版か拡張版のいずれかを用いる。原則として、職場内ストレッサー・チェックリストと同時に実施して、雇用管理上の問題発見の目的で利用する。


2.測定内容

 問題発見用ストレス・チェックリストのひとつで、経営者、管理者及び従業員を含めた一般向けのストレス反応チェックリストである。ここではまずストレス・プロセスにおけるストレス反応の意味を明らかにし、これまでストレス研究の中で利用されてきた代表的な心理的ストレス反応尺度について概観する。

 (1)ストレス反応の種類

 ストレス反応とは、<1>ストレッサーが原因となって生じ、<2>個人の健康状態に悪影響をもたらすような、<3>生体の変化と定義される。その具体的な内容はきわめて多様であり、これまでのストレス研究では「今どれくらいストレスを感じていますか」といった簡単な質問から、特殊な設備や薬品を必要とする生化学的検査まで、きわめて幅広い方法によって測定されてきた。それぞれの測定法は焦点となる反応のモードとフェーズにおいて異なっている。

a.反応モード
 ストレス反応はそれが体験・表出されるモードに応じて大きく心理的(psychological)、行動的(behavioral)、生理学的・身体的(physiological or biological)の3つに分けて考えることができる。

 心理的反応:心理的ストレス反応はネガティブなムード、感情あるいは情動として経験される。これらの反応は本質的に観察不能な主観的経験であるため、その測定のためには面接法や自己評定法によって自己報告を求める必要がある。これまでにも個人が経験している感情や情動を多面的に捉えるための尺度が複数開発されてきた(新名,1991;Stone,1995)。また、自己報告によらない方法として、表情や動作などを観察して感情状態を推定するやり方もある。幼児・児童や、痴呆、発達障害、精神障害のある人など、自己評定尺度が利用できない人を対象とする場合には観察法が有効である。ただし、観察法で妥当性や信頼性の高い結果を得るためには、あらかじめ観察者を訓練したり、複数の観察者を用意するなど、実施にコストがかかる。

 行動的反応:ストレスによって心理的諸機能が低下すると、反応は行動面での変化となって表出される。これを測定するには、心理的反応と同様に自己報告を求める方法の他に、観察法や作業検査法を用いて客観的に測定する方法もある。また、産業場面では観察による作業態度や作業効率の評定、欠勤あるいは怠業などの勤務状況の指標も行動的反応を示すものとして利用されている。

 生理学的・身体的反応:ストレスは疾患につながるような生理学的変化を引き起こす。これを捉えるためには精神生理学的指標、血液や尿を試料とする生化学的検査が最も有効である。たとえば、GSR、心拍、血圧、血中カテコールアミン、副腎皮質ホルモン、血中コレステロールあるいは血糖値などである(Baum & Grunberg,1995;畑山,1991;Kiecolt-Glaser & Glaser,1995;Krants & Falconer,1995;須藤,1991;寺下・大須賀,1991)。また、自己報告によって自覚された身体反応や健康状態の変化を捉えることもできる。
 以上3つの反応モードは表出形態の違いを示しているだけで、その発現メカニズムは必ずしも完全に独立しているわけではない。むしろ、次に見るように表出の過程で相互に関連し影響し合っているものと考えられる。その一方で、各モードには特有の攪乱要因が混入するため、個人が経験しているストレスを厳密かつ精確に測定するためには、複数モードでの反応を捉える必要がある。

b.反応フェイズ
 ストレッサーの経験に始まるストレス・プロセスは、必ずしも健康状態に有害な影響を及ぼすところまで進行するとは限らない。実際にストレスが健康上の問題を引き起こすまでには一定の時間がかかり、その途中でプロセスが収束あるいは解消してしまうこともある。そこで、この一連のストレス・プロセスの進行状況のどの段階での反応に焦点を当てるか、すなわちフェイズによってもストレス反応を分類することができる。
 たとえば、ストレス・プロセスの初期段階と疾患が発病する間際の最終段階を比較すれば、問題とすべき反応の内容は異なってくる。たとえば、初期段階では誰もが経験するような一般的は反応を捉えることが求められる一方、最終段階では特定の疾患や障害別にその徴候や前駆症状を捉えることが必要となろう。このように、ストレス・プロセスが進行するにつれて、反応はより一般的で、微弱で、軽度なものから、より特殊的で、強く、深刻なものへと変化していくと考えられる。
 どのフェイズに注目するかによって、ストレス反応の測定方法に要求される条件は違ってくる。初期段階の反応を捉えるためには、より感度が高く一般性のある測度が必要である。逆に、ストレスが進行した段階での反応には感度は鈍くても特定の疾患や障害の発生予測に有効な測度の方が役に立つ。概して、心理的反応については低コストで感度の高い測度が得やすいが、身体的反応では感度の高い検査やテストは相対的に高価につく。また、最終段階では特定の疾患や障害の徴候や自覚症状を捉えるための診断テストや問診票をそのまま利用することができる。たとえば、精神障害の診断を目的とした尺度がしばしばストレス反応の測定に利用されてきたのもこのためである。ストレス・プロセスにどのような反応フェイズを想定するかという問題はストレスの概念化そのものに関わるため、基準になるモデルによってさまざまな捉え方がある。

 French et al.のモデル:ひとつの典型的な考え方は、人-環境適合モデルに基づいて行われたFrench et al.(1982)らの研究デザインに示されている。それによればストレス反応は、<1>職務不満足感・退屈感、<2>不安・抑うつ、<3>身体的訴え・生理学的反応、<4>疾患、という順序で出現すると想定している。フェイズの移行に対応して、心理的な反応から生理学的な反応へと反応モードも変化している点が特徴である。実際には、心理的・行動的・身体的のどのモードについても、各フェイズに特徴的な反応が存在する。したがって、このような捉え方はストレス・プロセスの各フェイズで最も測定しやすい典型的な反応によってフェイズを代表させたもので、きわめて便宜的ではあるが、実用的なモデルであると言えよう。

 Cohen et al.のモデル:Cohen, Kessler & Underwood Gordon(1995)はストレス反応を測定するさまざまな方法を統合的に把握するために、ひとつのヒューリスティック・モデルを提案している。このモデルによれば、ストレッサーの知覚に引き続いてまず情動反応が生じ、それが生理学的及び行動的反応を引き起こし、疾患のリスクを高めるという順序性が仮定される。モデルには、その大きな流れとは別にストレッサーが評価や情動反応へのパスを通らず生理学的・行動的反応に直接影響を与える流れと、情動反応が生理学的・行動的反応を経ずに直接精神障害のリスクを高める流れも示されている。前者は、心理的反応モードだけで、後者は生理学的・行動的モードだけでフェイズが進行するケースに対応している。
 なお、このモデルでは2つのフィードバック・ループが仮定されている。ひとつは、情動反応が評価に影響を与えるものである。たとえば抑うつ傾向が強まると環境の出来事に対してより悲観的な評価をしやすくなるのはこのパスによるものである。もうひとつは生理学的・行動的反応が情動反応や評価に影響を及ぼすもので、たとえば情動と無関連な生理学的覚醒状態をストレッサーや情動状態に誤って帰属させてしまうような場合である。

 一次的反応・二次的反応・身体反応:情動ストレス・モデルではストレス反応を一次的心理反応、二次的心理反応及び身体反応に分けている。一次的ストレス反応はストレッサーの直接的な影響を受けて生ずる心理的変化である。これはネガティブな情動反応という形で表出される。二次的ストレス反応と身体反応は、一次的ストレス反応がコーピングによって解消されない場合や増幅されてしまったような場合に生起する。二次的心理反応とは認知・行動面に現れるストレストレス反応を指しており、具体的な内容には意欲、思考及び対人面での不適応や機能低下が含まれる。
 矢冨(1991)によれば、一次的反応の内容と二次的反応及び身体反応の内容との間には一定の対応関係が認められる。たとえば、情動反応としての抑うつ気分は対人反応である引きこもりを、同様に不安や不機嫌は認知反応である思考力の低下と関連が強い。また、不安は体がこわばる、動悸がする、冷汗脂汗をかくといった身体反応と、抑うつ気分は脱力感や食欲減退などと、不機嫌と不安は体がだるい、寝起きが悪いなどと関連が認められた。
 このようにストレス研究で扱われる反応にはさまざまなものがあり、ストレス・プロセスの全体像を捉えるためには多モード多フェイズの反応について測定する必要がある。

 (2)ストレス反応の測定尺度

 測定法の選択に当たって考慮しなければならない点は、まず第1に測定したいストレス反応のモードとフェイズを明確にすること、第 2 に測定にかかるコストと利用できる資源とのバランスをとることである。たとえば、ストレス反応の全体像を捉えるためには、あらゆる測定法を試みるべきであろう。しかし、それにはきわめて高いコストがかかる。逆に、全くコストをかけずに明らかに観察可能なストレス反応のサインだけにたよっていたら、ストレス・プロセスに気づかないまま深刻な事態を引き起こしてしまう恐れもある。結局、チェックリスト開発の目的を考慮すれば、低コストで実施でき、可能な限り多モード・多フェイズのストレス反応を測定できるような方法が最も望ましいことになろう。
 その点で最も有効なのは質問紙を用いた自己評定法である。もともと心理的ストレス反応は主観的体験として表出されるため、その測定にはもっぱら自己評定式の質問紙が利用されてきた。また、生理学的・身体的反応についても、自己評定によって自覚された変化を捉えることが可能である。そのため、心理学的なストレス研究ではさまざまな反応測定尺度が考案されている。
 ここでは心理的・行動的反応の測定に利用されてきた自己評定尺度を概観する。ただし、その多くは必ずしもストレス反応の測定を意図して作られたものではない。一部は感情心理学における研究の中で考案され、一部は臨床場面で精神障害を診断するスクリーニングの補助具として開発された。そのため、後者の中には情動反応ばかりでなく行動上の不適応や障害をチェックするための項目が含まれているものもある。


a.単一項目測度
 明確な特徴を持った情動とは異なり、ムードや感情は<快-不快>、<緊張-弛緩>といった比較的わずかな次元で特徴づけることができる。そこで、単一の質問項目によって現在のムードを測定しようとする測度が開発されている。

 視覚的アナログ尺度:特定のムード記述語(たとえば、「気分が良い」、「気分が悪い」、「緊張している」など)を提示した上で、「とてもよくあてはまる」と「全くあてはまらない」を極とする直線を示して、今のムードにあてはまるところにチェックさせる。

 Affect Grid:Russell(1979, 1980)の感情理論に基づき、Russell, Weiss & Mendelsohn(1989)が開発した感情測定尺度で、9×9のグリッドを使って現在のムードにぴったりのます目にチェックさせる。グリッドの枠外には、左上から時計回りに、ストレス、高い覚醒(右上)、興奮、良い気分、弛緩(右下)、眠気、抑うつ(左下)、悪い気分という記述語が付されている。

 Circular Mood Scale:感情グリッド法のグリッドの代わりにムード記述語を配した円を用いて現在のムードを評定させる方法である(Jacob, Simons, Manuck, Rohay, Wadstein & Gatsonis,1989)。


b.一次元評定尺度
 ストレス研究では特定の情動反応についてその強さを測定するための多項目から成る尺度がしばしば利用されてきた。特に、抑うつ傾向と不安はその程度が強くなると精神障害と結びつくことから、いくつかの尺度が開発されている。

 ベック抑うつ尺度(Beck Depression Inventory:BDI):Beck, Ward, Mendelson, Mock & Erbaugh(1961)が抑うつ傾向やうつ病の重症度の測定を目的として開発した尺度である。全体で21項目から成り、回答は多肢選択式である。日本語版として、林(1988, 1991)が大学生をサンプルに標準化したものがある。林の日本語版は項目分析の結果、オリジナル項目から5項目が削除され、全部で16項目からなる。

 Center for Epidemiologic Studies Depression Scale(CES-D):Radloff(1977)により開発された抑うつ状態の強さを測定するための尺度である。疫学的研究での利用が目的であったため、一般向けとなっている。項目は全20項目から成り、4件法で回答する。

 Self-rating Depression Scale(SDS):うつ病の臨床的特徴を多面的に捉えるためにZung(1965)が開発した尺度である。福田・小林(1973)が日本語版を公表している。

 絶望感尺度(The hopelessness Scale):Beck, et al.(1974)がうつ病の中核症状である絶望感を測定するために開発した尺度で、20項目から成り4件法で回答する。桜井&桜井(1992)による日本語版がある。

 状態-特性不安尺度(State-Trait Anxiety Inventory:STAI):Spielberger, Gorush & Luschene(1970)が開発した不安尺度である。この尺度の特徴は一時的・状況的な状態不安(A-State)と、状態不安を喚起させやすい個人の傾向である特性不安(A-Trait)を概念的に区別した上で、それぞれを測定するための尺度を別個に開発した点である。どちらも20項目から成り、状態不安に関してはそれぞれの項目について「現在、いまどの程度感じているか」を「全くそうでない」から「全くそうである」の4件法で、特性不安に関しては「ふだん、一般にどの程度の状態か」を「決してそうでない」から「いつもそうである」までの4件法で回答させる。ストレス反応の測定のために利用されるのは状態不安尺度である。日本語版として清水・今栄(1981)や中里・水口(1982)などがある。


c.多次元的評価尺度:形容詞チェックリスト
 臨床心理学の分野では、精神障害者の状態像を把握するために、形容詞チェックリストを用いて複数の感情や情動を多次元的に測定するための尺度が開発されてきた。また、感情心理学の分野でも多様な感情や情動を測定する試みがなされている。

 Multiple Affect Adjevtive Cehcklist(MAACL):抑うつ、不安、敵意の臨床像を捉えるためにZuckerman & Lubin(1965)によって開発されたチェックリストである。132個の形容詞について、この1週間のムードを評定させる。このうち上記 3 情動の測定に関わるのは89項目である。なお、その後の研究では、この尺度で測定される 3 つの情動に関する得点間の相関がきわめて高く、必ずしも3次元の構造になっていないことが指摘されている(Gotlib & Meyer, 1986;Howarth & Schokman-Gates, 1981)。

 Profile of Mood States(POMS):McNair, Lorr & Droppleman(1971)が精神病患者を対象にした心理アセスメントのために開発した尺度である。65個の形容詞について最近1週間のムードを5件法で評定させ、緊張-不安、抑うつ-憂うつ、怒り-敵意、気力-活力、疲労-脱力、混乱-当惑の6次元について測定する。

 Positive Affect - Negative Affect Schedule(PANAS):Watson & Tellegen(1985)が正負2次元の感情を測定するために開発した尺度で、正の感情と負の感情についてそれぞれ10個の形容詞を用いて5件法で評定させ、独立に測定できる。


 Russell's Adjective Checklist:感情グリッド法を開発したRussellが、感情の二次元構造の理論に基づいて開発したチェックリストである(Russell, 1979, 1980)。2次元空間内に布置された8タイプの感情状態について各 6 個合計48個の形容詞を用いて測定する。ストレス反応と関連するのは<快-不快>軸の不快の側に位置づけられる活性化された不快(不安、神経質、苦悩等)、不快(悲しい、憂うつ、暗い等)、非活性な不快(だるい、疲れた、退屈など)の3つである。

 Global Mood Scale:Denollet(1993)が心疾患患者のムードや疲労感を測定するためにWatson & Tellegen(1985)の感情2次元理論に基づいて開発した尺度である。各項目について「最近、経験したかどうか」を5件法で回答する。

 Semantic Differential Mood Scale:Lorr & Wunderlich(1988)が開発した、SD法によって現在のムードを測定する尺度である。因子分析の結果、高揚-抑うつ、弛緩-不安、自信-不確か、活力感-疲労感、機嫌が良い-不機嫌の5因子が抽出された。

 心理的ストレス反応尺度-50項目改訂版(Psychological Stress Response Scale-50 Items Revised:PSRS-50R):ストレス・プロセスで一般に体験される多様な心理的変化を捉えることを目的に新名(1994)が開発した自己評定式の尺度である。情動反応の他に、意欲、思考、対人面に現れる認知・行動的反応を測定するための項目が含まれており、4領域11下位尺度から構成されている。全部で50項目から成り、それぞれの項目について最近1週間における体験頻度を5件法で回答させる。


d.多次元的評価尺度:その他
 多次元評定尺度のうち、形容詞ではなく文章項目を利用した尺度には次のものがある。

 Affect Balance Scale(ABS):Bradburn(1969)が開発した10項目から成るチェックリストで、文章項目について「はい-いいえ」の2件法で回答を求め、正負両面の感情の強さと両者のバランスを測定する。

 Symptom Checklist-90-Revised(SCL-90-R):Hopkins Symptom Checklist(Derogatis, Lipman, Rickels, Uhlenhuth & Covi, 1974)を元に、Derogatis, Rickels & Rock(1976)が精神病患者の精神状態アセスメントのために開発した尺度である。90項目から成り5件法で回答を求め、身体自覚症状、強迫反応、対人不適応、抑うつ、不安、敵意、恐怖・不安症状、妄想観念、精神病様症状の9次元について測定される。


 以上、主として情動反応を測定する代表的な自己評定尺度についてリストしたが、実際にはこれら以外にもさまざまな尺度が開発されている。ただし、そのすべてがそのまま我が国でも利用できるわけではない。特に、形容詞チェックリストでは、ことばの意味の文化差を考慮しなければならないため、単に邦訳するだけでなく改めて因子構造や下位尺度の構成を検討しなおす必要がある。そのような再標準化の手続きを経ているものは決して多くない。
 その中で、雇用管理業務を支援することを目的に利用できるストレス反応尺度として最も高く評価できるのはPSRS-50Rであろう。その理由の第1は、PSRS-50Rが上記リスト中、唯一我が国で独自に開発された尺度であるため、再標準化の必要がないことである。それに加えて、日本人に違和感のない項目から構成されているので、回答者にとっても回答しやすいという利点が期待できる。第2に、感情心理学の分野で開発された尺度の中には、ストレスとの関連性の薄い情動を測定するための項目が含まれているものが多く、そのままの形で実施すると無駄な項目に回答を求めることになり、回答者に余計な負担をかけることになりかねない。しかし、PSRS-50Rは当初からストレス反応の測定を意図して開発され、ストレスに関連の深い情動反応を中心に捉えることができる点できわめてコスト・パフォーマンスが高い尺度となっている。第3に、PSRS-50Rは情動反応だけでなく、ストレス反応とみなされる認知・行動的反応についての下位尺度を備えているので、これひとつで心理的・行動的の2つのモードでのストレス反応を測定することができるという意味でもコスト・パフォーマンスが高いと言える。


3.開発過程

 ストレス反応チェックリストはPSRS-50R(新名,1994)を下敷きにして、新たに高揚感と身体的ストレス反応を測定するための項目を追加し、簡易版と拡張版に編集し直したものである。

 (1)PSRS-50R

 PSRS-50Rは新名、矢冨・坂田・本間(1990)の心理的ストレス反応尺度(PSRS)の改訂版である。PSRSはストレッサーに対する多様な心理的反応を測定することを目的に、次のような手順で開発された。

a.自由記述
 大学生及び地方公務員とその妻を対象に、ストレスフルな出来事を経験した時に、どのように感じたり、考えたり、行動するかについて自由記述を求め、1,569個の反応を得た。

b.内容分析
 重複した内容を整理して121項目とし、その他に理論的にストレスと関連することが予想される項目を加えて、全145項目(内訳は情動反応に関するもの37項目、認知・行動反応に関するもの96項目)の反応リストが作成された。

c.項目の選択
 約500名の成人を対象に過去1年間で最もストレスと感じた出来事について記述させ、その時期にリストされた項目に該当するような反応を経験したかどうかを2件法(はい・いいえ)で評定させた。その資料を因子分析して、情動反応について4因子、認知・行動反応として9因子が抽出され、各因子で負荷量が大きい項目によって下位尺度を構成した。

d.尺度化
 PSRSの下位尺度の内容は、情動反応については抑うつ気分尺度(8項目)、不安尺度(8項目)、不機嫌尺度(5項目)、怒り尺度(5項目)の4下位尺度全26項目、認知・行動反応については自信喪失尺度(3項目)、不信尺度(3項目)、絶望尺度(3項目)、心配尺度(3項目)、思考力低下尺度(3項目)、非現実的願望尺度(3項目)、無気力尺度(3項目)、引きこもり尺度(3項目)、焦燥尺度(3項目)の9下位尺度全27項目である。回答は各項目について「この2、3日中のあなたの感情や意識や行動の状態をよく表す」かどうかを「0.全く違う、1.いくらかそうだ、2.まあそうだ、4.その通りだ」の5段階で自己評定させ、各下位尺度を構成する項目に対する評定合計を求め、下位尺度得点とする。

e.信頼性と妥当性の検討
 別のサンプルによって下位尺度の信頼性が検討された。その結果、内的一貫性を示すクロンバックのα係数は.653から.926の範囲にあり、いずれも高い信頼性を持つことが確認された。
 また、大学生を対象に妥当性が検討されている。まず、入学直後の大学生を高ストレス群(入寮学生)と低ストレス群(自宅通学学生)に分けて調査し、すべての下位尺度で高ストレス群の方が有意に高い得点を示した。また、試験の前後で個人の得点を比較した結果、怒り、心配、絶望感の下位尺度で試験後に有意に得点が低下した。これらの結果から、ストレスフルな状態におかれている人ほどPSRSの得点が高くなること、ストレスの強さに応じて個人内でも得点が変化することが確かめられ、十分な妥当性のあることが確証された。
 PSRS-50Rは、PSRSについて、<1> 質問項目を修正、追加、削除して「わかりにくい」表現の項目をなくし、全50項目とした、<2> 回答形式を経験頻度による5段階に変更した、<3> 下位尺度を臨床的・実践的にも意味を持つように再構成した、の3点を変更したものである。
 新たな尺度化のために、改めて大手電機メーカーの従業員1,409人の資料が収集、分析されている。その結果、新たな領域別下位尺度は次のようになった。

 情動領域:抑うつ気分、不安、怒りの3下位尺度各6項目
 意欲領域:自信喪失、無気力、絶望の3下位尺度各4項目
 思考領域:思考力低下、侵入的思考の2下位尺度各4項目
 対人領域:引きこもり、依存、対人不信の3下位尺度各4項目

 (2)項目の作成と選択

 PSRS-50Rは雇用管理業務を支援するためのストレス反応チェックリストとして備えなければならない条件を十分に満たすものとして高く評価できる。ここでは、さらに以下の3つの点について改訂を加えることとした。

a.ポジティブな情動の尺度の追加
 最近の感情心理学の成果によれば、ポシティブな感情とネガティブな感情の関係はこれまで考えられていたように相互排他的なものではなく、むしろ独立した関係にあることが示されている。すなわち、ネガティブな情動が強かったとしても、ポシティブな情動経験がなくなるわけではない。逆にネガティブな情動を経験していないことはポシティブな情動が経験されていることを意味しないのである。ストレスが個人の情動全体に及ぼしている影響を確認するためには、ネガティブな情動だけでなくポジティブな情動についても測定しておく必要があろう。
 しかし、PSRS-50Rはもともとストレス反応の測定を目的に開発されているためポシティブな情動状態を測る項目は含まれていない。この点を補うために古屋・坂田・音山・所澤(1994)はPSRSの開発過程で利用された刺激語の中から高揚感に関するもの5つを選んで高揚感尺度として、PSRS-50Rの中に組み込む形で利用している。そこで、古屋らの高揚感尺度をここでもそのまま採用することにした。

b.生理的・身体的反応の尺度の追加
 PSRS-50Rは一次的反応として情動反応、二次的反応として認知・行動的反応を測定し、心理的・行動的の2つの反応モードにわたってストレス反応を捉えることができるようになっている。しかし、もうひとつの生理的・身体的反応モードについては測定の対象から完全に漏れていた。そのため、新名ら(1991)はPSRS-50Rを使った研究の中でストレスと関連が深い身体症状項目から成るリストを併用している。ここではそのリストの中から25項目を選び、身体的ストレス反応チェックリストを構成した。

c.簡易版と拡張版
 PSRS-50Rは全部で50項目から成り、実施には約5分から10分程度の時間がかかる。ストレス反応だけを測定することを考えれば短時間であるが、問題発見のために他のチェックリストと併用する場合にはかなりの負担となる恐れがある。そこで、より実用性を高めるために、ここでは簡易版と拡張版の2種類のチェックリストを用意した。前者は中核的な心理的ストレス反応である情動反応と高揚感を中心に、それと関連の深い身体反応だけに焦点をしぼって測定するもので、これによって環境の中にストレッサーとなるような刺激事態が存在しているかどうかが確認できる。一方、後者は情動反応と高揚感に加えて認知・行動領域での反応と、広範な身体的反応を測定することで、多モード多フェイズのストレス反応を捉えることができる。

 (4)信頼性・妥当性の検討

 第2章に示した調査により収集された8,436件のデータのうち、以下に示す欠損処理を経た8,290名を分析対象として、情動領域反応(抑うつ気分、不安、怒り)、高揚感、ならびに身体的反応の各尺度の信頼性・妥当性の検討を行った。
 まず8,436件について、本チェックリスト(28項目)の欠損値数(Nm)を調べたところ、Nm=0が7,848件(93.0%)、Nm=1が426件(5.1%)、2≦Nm≦5が102件(1.2%)、6≦Nmが60件(0.7%)あった。そこで、各下位尺度別に、2≦Nmのデータを削除した。これにより95件が削除された。残されたデータの欠損値には、各項目の非欠損データから算出した平均値を挿入した.次に、欠損を除く有効回答項目について、全ての項目に同じカテゴリの反応をしているデータも削除した。欠損を除く全ての項目に0と回答したものは22件、同様に全て1が11件、全て2が17件、全て3が1件、全て4は0件であった。これにより51件が削除され、8,290件が最終的に分析対象となった。

a.各尺度の得点分布
 抑うつ気分、不安、怒り、情動領域(抑うつ気分、不安、怒りの合計)、高揚感、ならびに身体的反応の得点分布を図表1に示す。得点分布をみると、抑うつ、怒り、不安ならびに情動領域尺度については、ストレス反応の分布として一般的といわれる(新名ら,1995)右下がりの片側分布の傾向を示している。また、身体反応についてもこれら尺度に近似した分布が得られた。

図表1 各尺度の得点分布

 一方、これらの尺度に比べて高揚感では分布が高得点側にシフトしており、右下がりの片側分布というよりはどちらかというと正規分布に近い分布である。高揚感のようにポジティブな尺度の分布は、心理的ストレス反応のようなネガティブな尺度の分布とは分布型が異なるといわれており(Watson,2000)、本結果はこのことを裏付けるものであるといえそうである。

b.尺度の相対的位置
 本調査では比較的多数のデータが得られたので、職種別、性別、年齢階級別に尺度得点の相対的位置を求めることで、ある程度細かい得点の評価が可能である。
 各尺度について、職種別、性別、年齢階級別の平均、標準偏差およびパーセンタイル点を図表2~図表7に示す。この表により、本尺度を適用した場合の相対的位置の目安を得ることができるであろう。たとえば、90パーセンタイル点を基準とし、それ以上の得点が得られた場合には当該反応が相対的に高水準であったと解釈すれば、本チェックリストの結果の整理が容易になるであろう。

図表2 職種別、性別、年齢階級別抑うつ反応得点の平均、標準偏差およびパーセンタイル点
図表3 職種別、性別、年齢階級別怒り反応得点の平均、標準偏差およびパーセンタイル点
図表4 職種別、性別、年齢階級別不安反応得点の平均、標準偏差およびパーセンタイル点
図表5 職種別、性別、年齢階級別高揚感得点の平均、標準偏差およびパーセンタイル点
図表6 職種別、性別、年齢階級別身体反応得点の平均、標準偏差およびパーセンタイル点
図表7 職種別、性別、年齢階級別身体反応得点の平均、標準偏差およびパーセンタイル点

c.尺度および項目の信頼性指標
 各尺度および項目についての信頼性指標を図表8に示す。抑うつ気分、怒り、不安ならびに情動領域尺度については、最も値が小さい不安尺度でもCronbach's α=.86であり、いずれの尺度も十分に高いαを示しているといえるであろう。高揚感についても同様にα=.91あり、十分に高いαを示しているといえる。身体反応についてはα=.78であり、他尺度に比べて低めであるが、これは身体反応そのものが多様なパターンを持ち、一律ではないことを反映しているものと思われる。

図表8 尺度および項目の信頼性指標

d.構成概念妥当性
 情動領域尺度とその下位尺度(抑うつ気分、怒り、不安)との関係について、確認的因子分析を行った結果を図表9、各尺度の相関と共分散を図表10に示す。図表9のパス図中の変数表示は図表8の各変数名に対応する。
 分析モデルの適合度指標についてはGFI=.862,AGFI=.823など比較的良好であり、また推定されたパス係数はいずれも有意であり、標準化解についても極端に低い係数はみられなかった。従って、図表9に示す情動領域の3因子構造が確認されたと言えるであろう。
 この確認的分析の結果から、情動領域尺度は、抑うつ気分、怒り、不安を総合する指標として用いることができると考えられる。本チェックリストを簡便に用いたいのであれば、この情動領域尺度に着目して結果を解釈すれば十分であろう。

図表9 情動反応3要因モデルの2次因子分析

 しかし、図表10に示すように、抑うつ気分、怒り、不安の各尺度は互いに正の相関関係にあるものの、必ずしも3尺度間には強い関係があるとは言い切れない。たとえば怒りと不安ではr=.578であり、不安と抑うつ(r=.790)ほど強い関係はない。すなわち、抑うつ気分、怒り、不安のうちいずれの尺度に相対的に強い反応が現れるか、そのパターンは一律ではないことを示唆している。

図表10 各尺度の共分散および相関

 ストレス反応のうち、どの反応が強く現れるのかはストレス低減のストラテジーにおいてはしばしば重要である。怒り反応が強い場合と、不安反応が強い場合とでは、介入の方法も対象も異なりうるであろう。たとえば業務上の突発的なトラブルにより、怒り反応が強く生じた場合には、道具的サポート(仕事の代弁)や情緒的サポート(親身に話を聞く)の介入が考えられるであろうし、不安が強く生じた場合には情報的サポート(情報提供や疑問の解決)が考えられるであろう。従って、本チェックリストを十分に活用しようとするならば、抑うつ気分、怒り、不安のそれぞれの尺度も含めて検討することが望まれる。

e.ワークシチュエーションとの関係
 ワークシチュエーションチェックリストのうち、組織風土(職務、上司やリーダー、同僚や顧客との関係、ビジョン・経営者、処遇・報酬、能力開発・福利厚生・生活サポートの6要因)は、仕事状況に関連したさまざまな要因の認知を測定することを目的としており、心理的ストレス・モデルにおける背景的要因(前節I、図表4のモデル2、および図表7)をある程度反映する尺度であると考えられる。すなわち、組織風土チェックリストの各尺度とストレス反応とは負の相関を示すであろうし、高揚感とは正の相関を示すことが予想される。
 そこで、組織風土チェックリスト(6要因および各下位尺度)と、抑うつ気分、不安、怒り、情動領域、高揚感、ならびに身体的反応との相関を求めた結果を図表11に示す。全ての相関が有意であったので、図表11には|r|>.250の関係のみを示し、それに満たない関係については空欄とした。抑うつ気分、不安、怒り、情動領域および身体反応については、すべての関係について組織風土の各要因と負の相関が示された。職務に対して関連が強いのは高揚感であり、下位尺度についても相関がみられたのは高揚感のみであった。上司やリーダーについては、怒りが負の相関、高揚感で正の相関が示された。顧客や同僚との関係は抑うつ気分と怒り、情動領域が負の相関、高揚感で正の相関が示された。ビジョン・経営者については、抑うつ気分と情動領域で負の相関が示された。処遇・報酬については怒りのみにおいて負の相関が示された。能力開発・福利厚生・生活サポートについては、下位尺度を含めると全てのストレス反応および高揚感において相関が示された。

図表11 ワーク・シチュエーション尺度とストレス反応、高揚感、身体反応の相関


4.チェックリストの構成と使用法

 (1)簡易版

 簡易版ストレス反応チェックリストは次の28項目5下位尺度から成る。

a.抑うつ気分尺度(6項目):5.ゆううつだ;8.気分が沈む;14.気がめいる;18.悲しい;22.さみしい気持ちになる;25.むなしい感じがする
b.不安(6項目):1.恐怖感がある;11.びくびくしている;15.気が動転している;16.不安を感じる;19.気持ちが落ち着かない;23.心配な気持ちになる
c.怒り(6項目):2.怒りを感じる;7.腹が立つ;17.不機嫌である;21.いらいらする;24. むしゃくしゃする;26.おこりっぽい
d.高揚感(5項目):3.はつらつとした気分である、6.いきいきしている、9.軽快な気分だ、12.気分がのっている、27.気力に満ちている
e.身体反応(5項目):4.体がだるい、10.脱力感がある、13.動作が鈍い、20.眠れない、28.寝起きが悪い

 教示は、「この1週間の間に、次のような状態をどのくらい経験しましたか、次の要領で0から4までの数字をひとつ選んで下さい」とし、回答は「0:全く経験しなかった、1:たまにあった、2:ときどきあった、3:しばしばあった、4:大体いつもあった」の5件法である。
 各下位尺度を構成する項目に対する評定値を合計して下位尺度得点とする。

 (2)拡張版

 拡張版ストレス反応チェックリストは心理的ストレス反応チェックリストと身体的ストレス反応チェックリストの2部から成る。

 心理的ストレス反応チェックリスト:次の55項目4領域12下位尺度から構成される。情動領域と高揚感を構成する項目は簡易版と同じである。

a.情動領域(3下位尺度各6項目)
 <1>抑うつ気分:7.ゆううつだ;13.気分が沈む;21.気がめいる;29.悲しい;41.さみしい気持ちになる;48.むなしい感じがする
 <2>不安:2.恐怖感がある;16.びくびくしている;22.気が動転している;23.不安を感じる;30.気持ちが落ち着かない;43.心配な気持ちになる
 <3>怒り:4.怒りを感じる;12.腹が立つ;27.不機嫌である;35.いらいらする;7.むしゃくしゃする;53.おこりっぽい

b.意欲領域(3下位尺度各4項目)
 <1>自信喪失:6.何事にも自信がない;34.自己嫌悪におちいる;46.自分は取るに足りない人間だと思う;51.自分は役に立たない人間だと思う
 <2>無気力:3.無気力だ;11.やる気が起こらない;19.何をするのもおっくうだ;38.何をしても気分がのらない
 <3>絶望:17.未来に希望が持てない;28.人生に希望がない;39.絶望的な気持ちがする;49.生きているのがいやだと思う

c.思考領域(2下位尺度各4項目)
 <1>思考力低下:1.頭の回転が鈍くなり、考えがまとまらない;32.複雑な思考や柔軟な思考ができない;40.筋道だった、あるいは論理的な思考ができない;50.判断力が低下している
 <2>侵入的思考:18.あることで頭が一杯で、他のことが考えられない;33.ある考えが頭にこびりついて離れない;52.次々とよくないことを考える;45.すぐあることが頭に浮かんできて、注意が乱される

d.対人領域(3下位尺度各4項目)
 <1>引きこもり:8.他人に会うのがいやで、わずらわしい;24.自分の殻に閉じこもる;31.ひとりきりになりたいと思う;37.話すことがいやだ
 <2>依存:14.誰かに自分を支えてほしいと思う;25.誰かに甘えたいと思う;42.人にかまってもらいたい;54.人と一緒にいたい
 <3>対人不信:9.人が信じられない;26.人から悪く思われている気がする;36.人の悪い面ばかりに目がいく;44.他人に対して攻撃的になる

e.高揚感(5項目):5.はつらつとした気分である;10.いきいきしている;15.軽快な気分だ;20.気分がのっている;55.気力に満ちている
 教示の回答方法、及び採点方法は簡易版と同じである。


 身体的ストレス反応チェックリスト:25項目から成る。そのうち5項目は簡易版の中に組み込まれた全身症状に関する項目である。他の19項目はストレスと関連の深い疾患の兆候や前駆症状を示し、残るひとつは「その他」である。

a.全身症状(5項目):1.体がだるい ;2.脱力感がある;3.いつもより動作が鈍い;4.眠れない;5.いつもより寝起きが悪い

b.その他(19項目):6.冷汗、脂汗をかく;7.頭痛;8.頭が重い;9.めまい;10.呼吸が苦しい;11.動悸;12.息切れ;13.胸がしめつけられる感じがする;14.吐き気、嘔吐;15.おなかがはる;16.胃のもたれ;17.食欲不振;18.腹痛・胃痛;19.目が疲れる;20.耳鳴りがする;21.肌が荒れたり、肌がくすむ;22.肩こり;23.腰痛;24.手足の関節が痛む
 教示は、「この1週間の間に、次のような体の不調をどのくらい経験しましたか。経験したものすべてに○印をつけて下さい」とし、回答は2件法となる。なお、全く身体的反応がなかった場合にはすべてが無記入になり、回答漏れと区別できなくなるため、最後に「特になし」の項目を設けておく。
 全身症状項目5項目の中でで○がついた項目の数を全身症状尺度得点、全25項目で○がついた項目の数を身体反応尺度得点とする。

 (3)使用上の注意

 このチェックリストを使用する場合の注意点を整理して上げておく。

a.実施への同意と結果の秘密保守について
 このチェックリストで測定される内容は個人の私的な心理状態であり、チェックリストに回答することはプライバシー情報を開示することに等しい。その意味で、他のチェックリスト以上にその実施には回答者の同意を得ることと、結果の秘密を厳守することが求められる。特に、結果の利用法について説明しておくことは重要である。人によってはこれが人事考査の材料にされるのではないかと考えて、故意に回答をゆがめる恐れもある。

b.結果のフィードバック
 チェックリストの結果はできる限り回答者本人にフィードバックされることが望ましい。ヘルス・ケアの責任は最終的に本人が負うべき問題だからである。その際に、結果の意味や解釈について説明する必要がある。

c.繰り返し実施すること
 このチェックリストの特徴のひとつは個人内の変化に敏感なことである。その特徴を生かすためには、一度だけなく、できるだけ繰り返し実施して変動を見ることが大切である。特に、大きな雇用管理施策を実施に移す場合には、その前後の状態を比較して効果をチェックすることで、施策の効果を評価することができる。

d.職場内ストレッサー・チェックリストとの併用
 このチェックリストで測定できるのは、個人内で生起しているストレス反応のタイプと強さだけであり、その原因については何も分からない。ストレスの原因を知るために、ストレッサーを調べるためのチェックリストを同時に実施しておくことが望ましい。特に、雇用管理のためにこれを利用する時には、次節で紹介する職場内ストレッサー・チェックリストと併用することが原則である。


5.活用例及び関連情報

 PSRS-50Rはこれまでに大手電気メーカーの従業員(穂坂,矢冨,新名・千葉征慶,1990;新名,矢冨,穂坂・千葉,1990)、痴呆老人介護者(新名,矢冨・本間,1991)、外来患者(新名,坂田・山崎,1995)、看護実習生(廣瀬,嶺岸,瀬戸,坂田・古屋,1996)、教育実習生(古屋,坂田・音山,1997;古屋, 坂田, 音山・所澤, 1994;音山, 古屋, 坂田・所澤, 1996;音山, 古屋, 坂田・所澤, 1997;音山, 1996;坂田 et al., 1995)、新入社員などを対象にしたストレス研究で広く利用されている。


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ストレス反応チェックリスト(簡易版)
ストレス反応チェックリスト(拡張版)〈P01〉
ストレス反応チェックリスト(拡張版)〈P02〉


III.職場内ストレッサー・チェックリスト

1.チェックリストの概要

 従業員が体験するストレスの原因となっていると思わ職場内の出来事や状態を発見するためのチェックリストである。職場内ストレッサーは職種や職場によってその内容に大きな違いがあるため、どこでも利用できるような一般的なチェックリストを作成することはできない。そこで、ここでは自己評定式のチェックリストに使える候補項目を包括的・網羅的にリストした。実施に当たっては、対象となる職種や部署の実態に合わせ、関連のありそうな項目と回答方法を組み合わせた独自のチェックリストを構成する。必ずストレス反応チェックリストと併用し、選択した項目とストレス反応との関連を確認する必要がある。チェックリストの構成、実施、分析の原理を理解した上で利用することが重要である。また、ストレッサーの中には客観的に観察可能なものもあり、管理者は職場内ストレッサーについて多くの情報を得られる立場にある。チェックリストの結果と客観的に得られた情報を総合的に検討して、効率的に雇用管理上の問題点を発見できる。


2.測定内容

 問題発見のためのストレス・チェックリストのひとつで、主として従業員が職場で経験するストレスの原因を発見するためのものである。ここではまずストレッサーの種類について概観した上で、ストレッサーを測定するためのチェックリスト開発の原理について説明する。

 (1)ストレッサーの種類

 ある刺激事態(出来事や状況)が個人にインパクト(心理的負荷)を与えると、ストレッサーとなって個人の中にストレス・プロセスを発動させる。ストレッサーとなりうる刺激事態はきわめて多様なため、その内容やインパクトの強さを測定するチェックリストを開発するためには、まず問題となるストレッサーの種類や特徴を明らかにしておく必要がある。
 ストレス研究ではこれまで事故や災害といった突発的な大事件から、交通渋滞や通勤ラッシュ、大事な物の紛失、他人迷惑な隣人といった日常的に遭遇する小さな出来事まで、きわめて多彩なストレッサーが扱われてきた。Wheaton(1996)はこれらのストレッサーを個別的(イベント的)-持続的(慢性的)を軸とするストレス連続体上にマッピングすることで6つのタイプに分類している。

a.トラウマ(traumas)
 事故や災害など、きわめて深刻かつ衝撃的で、多くの場合、突発的な出来事のこと。誰もが経験するわけではないが、経験した人に対してほとんどの場合に大きなインパクトを与えるもの。

b.ライフイベント(life events)
 失業、転職、左遷、過度な昇進、転勤、配置転換といった大きな生活変化をもたらす個別の出来事のこと。始まりと終わりがはっきりしており、さらに細かいサブイベントから構成されている。

c.デイリー・ハッスルズ(daily hassles)
 比較的日常的な環境で遭遇するイライラ、欲求不満、悩み事などミクロな出来事のこと。具体的な内容はきわめて多岐にわたるため、概念的にその範囲を定義することは難しく、他の分類に入らないがストレッサーになっていると思われる事件や出来事が含まれる。

d.マクロ・ストレッサー(macro stressor)
 デイリー・ハッスルズがミクロな出来事であるのに対して、不況、社会不安、高い失業率などはマクロな刺激事態としてストレッサーになる可能性がある。これらは出来事として表出する場合もあるし、持続的な形でインパクトを与える場合もある。

e.ノンイベンツ(nonevents)
 望ましい、あるいは期待された出来事が起こらないこと。現在の役割を変更することができないことがストレッサーとなっている状態のことで、たとえば転職、転勤、配置転換を希望しているのに、その希望がかなえられない状態が続くような場合である。

f.慢性的ストレッサー(chronic stressor)
 開始と終了を時間的に明確にできないような、日常生活の中で遭遇する持続的な問題やトラブル、欲求不満、葛藤、脅威のこと。たとえば、身体的危険、騒音や汚染といった劣悪な労働環境、収入が低いことや不安定なこと、常に時間に追われていること、シフトワークなどがこれに当たる。

 ストレッサーの測定では、個人がある刺激事態に遭遇したかどうかを知ると同時に、そのような出来事や状態が個人にインパクトを与えたかどうか、また与えた場合にはどの程度のインパクトであったかを確認する必要がある。個人がある刺激事態に遭遇したかどうかという点については、災害や事故のようなトラウマ、不況や社会不安といったマクロ・ストレッサー、物理的生活環境のような慢性的ストレッサーは観察法によって客観的に捉えることができる。しかし、その他のストレッサーは個人生活の中で起こることが多いため、それを捉えるには面接法や質問紙法によって自己報告を求めなければならない。一方、ストレッサーの持つインパクトの大きさについては、個々のストレッサーの持つ標準的なインパクトの強さを統計的に推定して割り当てる方法がある。しかし、同じ刺激事態が人によって異なった強さのインパクトを与えることが予想される場合は、やはり面接や質問紙によって自己報告を求める必要がある。
 これまで自己評定式の質問紙によってストレッサーを捉える試みは数多くなされてきた。ストレッサーの種類別に見ると次のようになる。

a.ライフイベント
 ライフイベントをストレッサーとする前提には、《個人の体験するストレスの強さは、生活の中で起こる出来事によってもたらされる変化、あるいはその変化への再適応の大きさによって決まる》という考え方がある。この前提に立てば、通常の生活で多くの人が経験するであろう大きな出来事が生活の中にどの程度の変化をもたらすか、ある程度まで客観的に推定することができる。そこで、主要な出来事をチェックリストの形で回答者に示し、一定期間(多くの場合は1年間)にどのくらいそれらの出来事に遭遇したかをチェックさせることで、何がストレッサーとなって、どのくらい強いストレスを経験しているかを知ることができるであろう。
 このようにして開発されたのがHolmes & Rahe(1967)のSocial Readjustment Rating Scale(SRRS:社会的再適応評定尺度)である。SRRS の発表はストレス研究の歴史の中できわめて画期的な出来事であった。その後、子ども、青年、高齢者、その他の特定の集団を対象にした類似のチェックリストが次々と開発される一方、その測定論に対してはさまざまな批判がなされてきた(Turner & Wheaton, 1995)。現在では,それに答えて新たに面接法によりライフイベントとその影響を測定する試みがなされている(Wethington, Brown & Kessler, 1995)。

b.デイリー・ハッスルズまたは日常的イベント
 ライフイベントが人生を展望したマクロな視点からのアプローチであるとすれば、日常的イベントへの関心はミクロな視点からストレス・プロセスの細部にまで踏み込んでいこうとする試みであると言えよう。日常生活での経験を測定するための方法としては日誌法や日記法によって自己報告を求める方法、体験サンプリング法(experience sampling method, ESM)、面接法などがあるが、最もよく利用されるのが自己評定式のチェックリストである(Eckenrode & Bolger, 1995)。
 日常的なイベントを測定するためにこれまでに開発されたチェックリストには、Schedule of Recent Experiences(SRE;Holmes & Rahe, 1967),Pleasant Event ScheduleとUnpleasant Event Schedule(Lewinsohn & Libet, 1972; Lewinsohn & Taklington, 1979),Hassles ScaleとUplifts Scale(DeLongis, Coyne, Dakof, Folkman & Lazarus, 1982;Kanner, Coyne, Schaefer & Lazarus, 1981),Daily Stress Scale(Boger, DeLongis, Kessler & Schilling, 1989;Boger & Schilling, 1991),Daily Stress Inventory(DSI;Brantley, Dietz, McKnight, Jones & Tulley, 1988;Brantley & Jones, 1993;Brantley, Cocke, Jones & Goreczny, 1988),Inventory of Small Life Event(ISLE;Zautra, Guarnaccia & Dohrenwend, 1986)などがある。いずれもストレッサーとなりうる出来事や状態をリストし、それを体験したかどうか、自分にとってどれくらい望ましい(あるいは望ましくない)ことであったか、あるいはどれくらいストレスに感じたか、などの点について回答を求めるものである。

c.慢性的ストレッサー
 騒音や汚染といった環境ストレッサー以外で研究が進んでいる慢性的ストレッサーは労働場面および家庭内での役割に伴うストレッサー(role stressor)である。役割ストレッサーは生起する場所と時間をある程度まで限定できるので(たとえば、労働役割では勤務時間中の職場)、その測定には観察法が有効である。さらに半構造化面接や深層面接を行えばストレッサーの特徴について詳しい情報を得ることができる。また、家庭内役割は第三者による観察が難しいため、ストレッサーの測定には面接法によって自己報告を得る方法が利用される。しかし、これらの方法は時間がかかること、観察者や面接者の訓練が必要なことなど、実施にコストがかかる上に、得られる情報にも限界がある。そのため、やはりこの領域においても、観察の難しいストレッサーを発見したり、ストレッサーに対する主観的な捉え方を測定することを目的に自己評定式のチェックリストが利用されることが多い。
 労働場面での役割ストレッサーを測定する代表的なチェックリストには、Work Environment Scale(WES;Moos, 1981),Occupational Stress Inventory(OSI;Osipow & Spokane, 1987),Occuaptional Stress Indicator(OSIn;Cooper, Sloan & Williams, 1988),Job Content Questionnaire(JCQ;Karasek, 1985)などがある(Lepore, 1995)。
 このように、これまで数多くのチェックリストが開発され、実際に利用されてきたが、チェックリストを開発したり利用していく上で注意しなければならないこととして以下の点が指摘できる。
 まず第1に考慮しなければならない最大の問題はチェックリストを構成する項目の内容である。ストレスは個人と環境との相互作用の中で起こるため、当然、環境が違えばストレスの原因もまた違ってくる。たとえば、年齢によって、性別によって、あるいは生活している国や地域によって、個人を取り巻く生活環境は異なっている。そのため、すべての人が経験しうるようなストレッサーのリストを作成することは、原則的に不可能である。人生で遭遇しうる主要な出来事をリストしたSRRSでさえ、個人の社会的役割が違えばその生起確率も、そのイベントの持つ意味も異なることが指摘されている(Anechensel, 1992;宗像, 1991)。日常的なストレッサーでは生活環境の個人差の影響はさらに大きくなる。Hassles ScaleやISLEなど、日常的ストレッサーを測定するためのチェックリストで100を越える項目が並べられているのはそのためである。慢性的ストレッサーについては、対象とする役割が限定できればこのような問題はなくなる。しかし、逆に言えば役割の数だけストレッサー・リストが必要になるということでもある。いずれにせよ、対象とする人や場面に応じてそれにふさわしい内容が含まれたチェックリストを得ることが重要である。
 第2に、ライフイベントや日常的イベントのチェックリスト項目の作成と選択では、通常の尺度構成で要求される信頼性や内的一貫性とは異なった基準が適用される。これらのチェックリストでは全体としてある個人の生活環境で起こりうるイベントを包括的に網羅しているかどうかが重要であり、そのため項目間の相関は高くならないし、むしろ低くなるのが当然である。一方、慢性的ストレッサーでは、たとえば労働場面の役割ストレッサーと家庭内の役割ストレッサーのような、内容の異なるストレッサーについて得点を累積加算することはあまり意味がなく、むしろ相互の関係や交互作用による影響が問われなければならない(Lepore, 1995)。
 第3に、生活環境で遭遇するイベントや状況の持つ多面的な特徴をどの程度まで捉えられるかという点である。たとえば、頻度や持続期間はイベントや状況のストレッサーとしての強さに大きな影響を及ぼす。そのため、ストレッサーが個人に及ぼす影響の強さを正しく査定するためには、単にあるイベントが生起したかどうか、ある状況に置かれているかどうかを知るだけでなく、それが一定期間の間に何回起こったか、いつから始まり、いつ終わるのか(あるいは終わらないのか)といったことについても情報を得る必要があろう。しかし、チェックリストによってこのような特徴まで捉えようとすると、項目や回答方法がかなり煩雑になる恐れがある。この点では面接法の方が優れていると言えよう。
 職場内ストレッサー・チェックリストを開発する上でも、これらの点には十分な配慮が必要である。

 (2)職場内ストレッサーの測定法

 既に述べたように、ストレッサーとなりうるような職場内での出来事や状況は、職種や部署、地位や立場によって異なっている。そのため、あるストレッサーが特定の部署における特定の立場の人にのみ当てはまり、その他の人には全く関連がないという場合も考えられる。したがって、ストレッサーとなる可能性のある出来事や状況をすべてリストアップして、すべての人に回答を求めても、無意味であるばかりか、回答者に無駄な負担をかけるという意味では有害でさえある。そこで、ここでは実用性をより重視して、一般的な職場内ストレッサー・チェックリストではなく、対象に応じたチェックリストを独自に構成して実施できるようなシステムを提案する。
 そのために必要なものは、包括的・網羅的なストレッサー候補項目のリストと、チェックリストの構成、実施、分析の原理となる考え方である。

a.ストレッサー候補項目
 過去の職業ストレス研究の中でストレッサーと見なされて取り上げられた要因はきわめて多岐にわたる。Holt(1992)は操作的定義の仕方によってそれらを分類し、大きく客観的定義によるものと主観的定義によるものがあるとしている(図表1参照)。客観的定義によるストレッサーとは刺激事態の客観的特徴を記述することで測定されるものである。その内容には<1>職場環境の物理的環境、<2>時間変数、<3>労働・労働場面の社会的・組織的特徴、<4>職務変化がある。これらは第三者の目から見ても観察可能な要因である。

図表1 ストレッサー(独立変数)の種類

 一方、主観的定義による要因とは、自己報告や自己評定によってストレッサーであることが確認できるような事態のことで、その内容には<1>役割に関するもの、<2>その他、<3>人-環境の適合度、<4>職務外ストレスがある。チェックリストによって測定されなければならないストレッサーはこの領域に含まれる。
 このうち「役割に関するもの」は慢性的ストレッサーとしての労働役割ストレッサーに当たる。次の「その他」には、職務内容や職務特性に関係するものと、上司、同僚、部下及び顧客との人間関係によるものが含まれている。「人-環境の適合度」は主としてストレスの人-環境適合モデルに基づく研究で扱われてきた変数で、環境からの要請の認知と自分の能力や目標の認知とを測定し、そのズレを操作的にストレッサーと定義するものである。したがって、具体的な内容は「役割に関するもの」や「その他」と重複している。
 最後の「職場外ストレッサー」は本来ならば職業ストレッサーのリストからは除外されるべきであろう。しかし、先に触れたように、個人生活でストレスを経験していることが職場内におけるストレッサーの経験のされ方にも影響を及ぼすことが考えられる。たとえば、夫婦関係や子どもの問題で悩んでいる人は、他の人よりも仕事を負担に感ずる程度が高いであろう。また、女性に多いケースとして、家庭内役割と労働役割の葛藤がストレッサーとなることもある。したがって、職場外ストレッサーは職場内ストレッサーの強さを規定する無視できない要因なのである。
 これらの要因の具体的な内容については矢冨らの実証的研究(穂坂・矢冨・新名・千葉,1990;矢冨,1991)が参考になる。彼らはある大手電機メーカーの従業員1,609人を対象にストレス調査を実施し、ストレッサー評定の結果を因子分析して14因子を得た。それらをHoltの分類に対応させると次のようになる。まず、役割に関しては仕事で何をすべきなのかわからないという「役割の不明」、仕事のために個人生活や家庭生活が犠牲になるという「個人生活の犠牲」、簡単で責任のない仕事しかできないという「責任過小」、能力や業績が評価されるという「評価機会」の4つがある。また、職務内容に関わるものとしては、こなしきれない仕事をかかえているという「量的過剰」、逆に仕事がないという「量的過小」、不慣れな仕事をするという「不慣れ仕事」の3つ、職務特性に関しては、同じ姿勢や動作を繰り返すという「局所的身体負荷」、肉体的にきついという「全身的身体負荷」、ミスや失敗が許されないという「緊張仕事」の3つが対応する。また、人間関係では、同僚などとの感情的もめごとなどの「対人的あつれき」と同僚・上司と意見が合わないという「認識の不一致」の2つが抽出されている。残る2つについてはHoltの分類の枠組みでぴったりあてはまるカテゴリーが見あたらない。ひとつは仕事が余計なことで妨害されるという「仕事の妨害」で、矢冨はこれを役割ストレッサーに区分している。また、もうひとつは、仕事の上での失敗や行き詰まりである「失敗体験」で、矢冨は職務の質に関わるものと考えている。
 職場内ストレッサー・チェックリストの候補項目のリストは包括的・網羅的であることが要求されるため、これらの先行研究で見いだされた要因はそのままリストの作成やチェックのための枠組みとして利用できる。

b.チェックリストの構成・実施・分析の原理
 実際に対象に合ったチェックリストを構成、実施、分析する手順は、新たにストレッサー・チェックリストを作成する手順(音山・古屋・坂田・所澤, 1996)に準拠して次のように進められる。

 <1>探索的な観察・面接による情報収集:管理者の立場から得られる客観的な情報、職場での従業員の行動や態度の観察、個々の従業員との面談を通して得られた情報などから、対象となる特定の職種や部署で問題となっている出来事や状況について手がかりを得る。この段階での情報収集は探索的なもので、組織的になされる必要はない。大切なことは、管理者が問題の存在に気づくことである。

 <2>自由記述による調査:自由記述によるストレッサー調査を実施する。この調査はこれだけ単独で行うより、ストレス反応チェックリストと合わせて実施すれば、回答者が質問の意図を理解しやすく、返ってくる回答も豊富なものとなる。質問の仕方は、「最近、ストレスに感じたことは何ですか。できるだけ具体的に、自由にお書き下さい」といった多少抽象的なもので十分である。必要なら、「仕事の内容のことで」、「職場の雰囲気について」、「労働条件について」など細かく分けて聞くこともできる。なお、できるだけ多くの回答を得るために、回答は無記名としなければならない。

 <3>チェックリストの構成:自由記述の調査で得られた結果を整理する。重複したものや類似したものをまとめて問題となる要因を絞っていき、候補項目リストの中からそれに対応するものを選んでチェックリストを構成する。もともと候補項目の多くは、このようにして得られた回答を整理して作成したものなので、要因を特定し、項目を選択する作業にそれほど大きな困難はないであろう。また、対応する内容の項目がリストに見いだせない時には、新たに項目を作成する。

 <4>チェックリストの実施:職場内ストレッサー・チェックリストはストレス反応チェックリストと必ず同時に実施する。

 <5>結果の分析:得られた結果を分析する。分析ではまず各ストレッサー項目についてそれを経験している人の比率を算出する。出現比率の低い項目は以後の分析の対象としない。次に、各ストレッサー項目への回答とストレス反応得点との関連について分析する。ここでは相関係数などを用いて統計学的に分析できることが望ましい。それができない場合には、あるストレッサーを経験している人と経験していない人に分け、2 つの群で情動領域のストレス反応得点の平均を求めて差があるかどうかをチェックする。この分析で差が認められない項目は、ストレッサーとはなっていないものと解釈する。最終的には、少なからぬ人が経験し、それを経験することでストレス反応が強まるようなストレッサー項目だけが残る。

 <6>総合的分析:これらの項目の内容と管理者として得られる客観的な情報を総合的に検討し、ストレッサー相互の関連やその背景にある要因について仮説を立て、雇用管理上の施策に反映させていく。

 以上の手順は、ある雇用管理施策を実施した後でその効果を評価するための手順でもある。その場合、探索的情報収集と自由記述による調査が省略され、施策が変化や改善をもたらすと期待される要因に関連したストレッサー項目を選択してチェックリストを構成することから始まり、最後の総合的評価で意図された改善が見られたかどうかが評価されることになる。


3.開発過程

 穂坂・矢冨・新名・千葉(1990)及び矢冨(1991)が大手電機メーカーの従業員を対象に行ったストレス調査の中で、ストレッサーを測定するために利用された63項目について再分析し、以下の手順で候補項目を絞った。



b.出現頻度:ストレッサーの出現頻度において、「ない」が8割を超える項目を削除した。

c.インパクト評定:ストレッサーのインパクト評定(「感じない」から「かなり感じる」まで3段階)において「感じない」が8割を超える項目を削除した。

d.因子分析:残った項目について因子分析し、7因子まで抽出して共通性の低い項目を削除した。
 以上の分析の結果、残った45項目を候補項目とした。


4.チェックリストの構成と使用法

 チェックリストには出現頻度とインパクトの分析から重要なストレッサーであることが確認された45項目のストレッサーがリストされている。矢冨(1991)が上げた14因子のうち12因子がこの中に組み込まれている。

a.職場の人間関係:「対人的あつれき」と「認識の不一致」が含まれる。
b.過剰負荷:「失敗経験」、「緊張仕事」と「量的過剰」が含まれる。
c.職務妨害:「仕事の妨害」が含まれる。
d.個人生活の犠牲:「個人生活の犠牲」が含まれる。
e.局所的身体負荷:「局所的身体負荷」が含まれれる。
f.量的・責任の過小と不明確:「量的過小」、「責任過小」と「役割の不明」が含まれる。
g.不慣れ仕事:「不慣れ仕事」が含まれる。

 今回の再分析では、残る2因子の内容がストレッサーとなっているかどうか確認できなかった。しかし、業種や職種が異なればストレッサーとなる可能性があるため、参考のために各3項目をリストに加えておいた。その内容は次の通りである。

h.全身的身体負荷
i.評価機会

 したがって、リストは全51項目から構成されている。
 使用方法は2通りある。

a.自由記述ストレッサーの内容分析カテゴリーとして
 ストレッサーを発見するために最初にすべき作業は、自由記述によって従業員が日頃ストレスを感じている職場内の出来事や状況について回答を求めることである。これは通常、ストレス反応チェックリストと同時に実施される。職場内ストレッサー・チェックリストはこれによって得られた回答内容を整理する枠組みとして利用する。
 具体的には、個々の回答をこのリストとカテゴリーに従って内容分類していき、各項目・各カテゴリーに該当する記述が何件あったかを数えて集計する。これによって、職場内のストレッサーについておおまかな実態を把握することができる。

b.ストレッサー・チェックリスト構成の素材として
 自由記述の回答だけでは、実際の生起頻度やそのインパクトの強さを知ることはできない。そこで、職種や職場ごとに自由記述で数多く出現した項目やカテゴリーを用いて独自の職場内ストレッサー・チェックリストを構成することができる。それをストレス反応チェックリストと同時に実施することで、実際にどのくらいの頻度とインパクトがあるのかを確認できる。

 回答方法:独自のチェックリストを構成して従業員を対象に実施する場合、回答方法は次の3通りが考えられる。必要な情報量、回答者への負担等を考慮していずれかを選択する。

a.生起頻度、インパクトの大きさ、及びストレスの種類
 これは矢冨(1991)が採用した方法で、最も詳細な情報が得られるが、回答者の負担が大きい。

 生起頻度:「あなたの職場で次のような出来事や状況を経験することがどれくらいの頻度でありますか」という質問に対して、各項目につき「0:ない」、「1:たまにある」、「2:ときどきある」、「3:よくある」の4件法で回答を求める。

 インパクト:「経験することがある場合、その時どのくらい辛い、嫌だ、困った、不快だ、などと感じますか」という質問に対して、「0:感じない」、「1:少し感じる」、「2:かなり感じる」の3件法で回答を求める。

 ストレスの種類:「その時の気分はどのような内容ですか」という質問に対して、「落ち込み・悲しみ」(抑うつ)、「緊張・不安」(不安)、「いらいら・不快感」(不機嫌)、「怒り・腹立ち」(怒り)の4件法で回答を求める。

b.生起頻度(経験の有無)とインパクトの大きさ
 ストレス反応チェックリストを同時に実施する場合にはストレスの種類については質問を省略できるので、生起頻度とインパクトについて回答を求めれば良い。また、生起頻度ではなく経験の有無が確認できれば十分な場合には、「あなたは職場の中で最近次のような出来事や状況を経験しましたか、またその時、どのくらい辛い、嫌だ、困った、不快だ、などと感じましたか」という質問にして、「0:経験したことがない」、「1:経験したが、辛い、嫌だ、困った、不快だ、と感じなかった」、「2:経験し、辛い、嫌だ、困った、不快だ、と少し感じた」、「3:経験し、辛い、嫌だ、困った、不快だ、とかなり感じた」の4件法で回答を求めることもできる。

c.生起頻度(経験の有無)
 チェックリストの内容が、もしそのような出来事や状況に遭遇すれば、ほとんどの人がインパクトを感じると推測できるような場合には、生起頻度や経験の有無だけを質問すれば十分である。


5.活用例及び関連情報

 一例として、穂坂・矢冨・新名・千葉(1990)が対象とした大手電機メーカーで職場内ストレッサーを発見するために、リストの中から「対人的あつれき(項目1,3)」、「認識の不一致(7,8)」「量的過剰(17,18)」、「仕事の妨害(22,23,27)」、「個人生活の犠牲(31,32,33)」、「局所的身体負荷(34,35,36)」、「役割の不明(41,42,43)」、「不慣れ仕事(44,45)」などを内容とする20項目を選んで経験の有無とインパクト評定を求めるチェックリストを作成し、ストレス反応チェックリスト簡易版と一緒に実施したケースを想定してみよう。
 資料を再分析した結果、これらすべての項目がストレス反応情動領域合計得点と統計的に有意な相関を持っていた。特に強い関連が認められたのは項目1(r=.22),3(r=.27),8(r=.23),7(r=.23)といった人間関係に関わる項目で、上司や同僚との関係が悪化したり、意見の不一致が大きなストレッサーになっていることがわかる。その他に、項目41(r=.21),42(r=.23)など職務や責任の不明確さに関係する項目でも相関が高い。逆に、項目22(r=.10),44(r=.13)などでは相関が低く、ストレッサーとしては相対的に重要度が低いと判断できる。同様な分析を職種別、部署別に行えば、それぞれに特徴的なストレッサーが見いだされるであろう。


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職場内ストレッサー・チェックリスト

対人的あつれき
 1.職場の中でいさかいがある.
 2.職場の人たちの中に,感情的なもめ事が起こる.
 3.同僚や上司などがあなたに対して感情的な言動をとる.
 4.職場の同僚などと気が合わなかったり,感情的に対立する
 5.同僚や上司などがあなたの悪口を言ったり,批判的な態度をとる.
 6.仕事の上で,気を使わなければならない人や気むずかしい人と接する.

認識の不一致
 7.同僚や上司などと仕事のやり方や判断で意見が食い違う.
 8.仕事上のことで同僚や上司などと考え方や意見が異なる.
 9.同意できない仕事を指示される.
 10.いろいろな人の矛盾する要求に板挟みになることがある.

失敗経験
 11.仕事で期待された成果が得られない.
 14.仕事がかんばしくない結果に終わる.

緊張仕事
 12.絶えず注意していないと失敗やミスを起こすような仕事をする.
 13.不都合なことが起こらないように常に気の抜けない仕事をする.
 15.仕事で事故を起こしたり,大きな失敗をしたりする.

量的過剰
 16.すべての人を同時に満足させることができないことがある.
 17.全部をうまくやりとげるにはあまりにもやることが多すぎることがある.
 18.すべてをやりとげるには十分な時間がないことがある.
 19.ある人を満足させることが,他の人を困らせることになることがある.
 20.やらなければならない多くの仕事をかかえている.
 21.自分の能力や知識からすればかなり困難な仕事が要求される.

仕事の妨害
 22.大事な仕事の妨げとなる雑用,会議,呼び出しなどがある.
 23.本来の仕事にあまり関係のない仕事をしなければならない.
 24.よけいな仕事で本来の仕事がおろそかになる.
 25.方針や指示が一貫せず,無駄な仕事をする.
 26.指示の変更やスケジュールの変更がある.

 27.予算や事務処理,サービスなどがうまく供給されないことがある.
 28.必要な資材や物品の不足,設備や機器の不備・不調が起こる.
 29.必要な時に担当者がいないことや人員が足りないことがある.
 30.仕事を進める上で必要な情報や指示が得られない.

個人生活の犠牲
 31.仕事のために,家庭や個人生活を犠牲にすることがある.
 32.個人生活や家庭生活での楽しみを諦めなければならないことがある.
 33.仕事のために個人生活の役割が果たせないことがある.

局所的身体負荷
 34.長い時間同じ姿勢で仕事をする.
 35.手先や腕の動作を繰り返し長い時間行う.
 36.目を使う作業を長い時間続ける.
 37.騒音,悪臭,寒さ暑さ,暗い照明などの悪い環境で仕事をする.
 38.狭く,混雑した,あるいはプライバシーのない環境で仕事をする.

責任過小
 39.簡単な誰にでもできる仕事しか与えられないことがある.
 40.責任のある仕事につけないことがある.

役割の不明
 41.仕事で何を期待されているのかわからないことがある.
 42.仕事で何をすればよいのかはっきりしないことがある.
 43.何が自分のやるべき仕事なのか責任がはっきりしないことがある.

不慣れ仕事
 44.なじみのない新しい場所や環境で仕事をする.
 45.不慣れな仕事,またはよく知らない人と仕事をする.

全身的身体負荷
 46.きつい肉体的仕事や勤務をすることがあった.
 47.肉体的にきびしい仕事や勤務をする.
 48.体力を消耗する仕事や勤務をする.

評価機会
 49.試験や面接など,自分の能力が評価される機会があった.
 50.発表など自分の能力を試される機会があった.
 51.仕事の業績を評価されたり,比較される機会があった.


IV.緩衝要因チェックリスト -仕事特性-

1.チェックリストの概要

 (従業員用)従業員が体験するストレスについて、ストレス事態の発生に関連する要因である仕事特性の強さとその内容を検討する、対策発見用チェックリストである。
 仕事特性は、個人のコントロールの程度と、上司の特性から構成されている。これらは心理的ストレス・モデルにおいて、刺激事態の発生の原因となりストレッサーを生じやすくする背景的要因(前駆的要因)と位置づけられる。これら特性の水準が低い場合には、やがては従業員のストレス反応が増大する可能性があるものと考えられる。
 これら特性のストレス緩和効果については、これまでの研究においては一貫した結果が報告されているわけではないが、チェックリストに採用した諸要因については、いずれも職場ストレス場面においてストレス低減のための実用的で有力な介入手段の候補と見なされているものである。すなわちこうした特性の水準が低く示された場合には、その領域を改善したり、強化したりすることで、従業員のストレス低減効果が期待される。
 (管理者用)従業員が体験するストレスについて、(1)ストレス事態の発生に関連する要因である仕事特性の強さとその内容を検討する測定するチェックリスト、及び(2)ストレスを緩和する要因に分類される職場特性の強さとその内容を測定するための、対策発見用チェックリストである。
 仕事特性は個人のコントロールの程度と部下の特性から、組織的特性については集団凝集性、職場の雰囲気、情報伝達性、組織間コーピング、組織間コンフリクトから構成されている。このうち仕事特性は心理的ストレス・モデルにおいて、刺激事態の発生の原因となりストレッサーを生じやすくする背景的要因(前駆的要因)と位置づけられる。また職場特性は仕事特性と同様に背景的要因にも位置づけられるが、ストレッサーのインパクトを抑え、ストレス反応の増大を抑制するストレス緩衝要因であるとも仮定できる。いずれにしてもこれら特性の水準が低い場合には、やがては従業員のストレス反応が増大する可能性があるものと考えられる。
 これら特性のストレス緩和効果についても同様に一貫した報告が得られているわけではないが、従業員用と同様にストレス低減のための実用的な介入手段の候補となりうるものである。これらの特性の水準が低く示された場合には、その領域を改善したり、強化したりすることで、従業員のストレス低減効果が期待される。
 近年のストレス研究では、資源やストレッサーを細分化して、特定のストレッサーに対して最も適切な資源を配分しようという方針が主流となっている(Cutrona & Russell, 1990; Swindle, et al., 1988)。すなわち職場特性・仕事特性をはじめとするストレス低減(緩衝)要因の効果は、ストレス症状のタイプによっても異なり、ストレス低減(緩衝)効果はストレッサー、ストレス反応、緩衝要因の3者の特異的な組み合わせによって検討する必要がある(矢冨ら,1992)。


2.測定内容

 (1)仕事特性

 1)コントロール
 心理的ストレス研究において、コントロールの定義はいまだ研究者間で一致した見解をみていない(Folkman, 1984)。一般には、制御すること・調節・支配するという意味で使われており、本論ではストレスを体験する従業員ひとりひとりから見たコントロールといった意味で用いる。これは一般にパーソナル・コントロールと呼ばれ(Averill, 1973)、自分自身の行動を、不快な出来事(状況)に対して望ましい結果をもたらすことが可能であるとする評価、及びこれに関する信念もしくは能力を意味する。ある特定のストレス事態をコントロールできるかどうかという個人の評価は、状況の客観的条件に必ずしも対応しているわけではなく、むしろ状況をどのように評価したのか、あるいはコントロールについての一般化された信念によって規定されていると考えられている(Lazarus & Folkman, 1984)。
 このように、コントロールは刺激-反応の関係において客観的に記述可能である定義から、ストレス状況に対する個人の主観的な認知条件までを包括した定義まで幅広くある。実際、個人はストレス反応-コーピング段階においてさまざまなコントロール手段を実行し、状況に対応することで、心理的ストレス・モデルが拡大する(ストレス反応が次のステップのストレッサーとなる)ことを防ごうとするものと考えられる。
 コントロールの対象、すなわち何をコントロールすることができるのか、については、<1>内的コントロール(自分の内なる世界にコントロールの対応を求めるもの)、<2>外的コントロール(自分の外部の環境に対して対応を行うもの)のふたつに分けられる。<1>はストレスフルな事態であると認識した自分の内的な世界や個人的資源をコントロールすることに焦点が当てられる。一方<2>においては、外界への働きかけ、すなわちストレッサーそれ自体への対処や環境資源の利用などに焦点が当てられる。コントロールは職場ストレス場面においても主要な媒介要因のひとつであるが(Parkes, 1989)、とりわけ問題になるのは<2>の側面であろう。外的なコントロールの機会がどれだけ存在し、どの程度利用しているのかは、仕事のやりやすさや職場内外のコンフリクトの調整に大きく影響してくるものと考えられるからである。
 従業員における外的なコントロールを検討する際に問題となるのは、<1>利用可能なコントロールの内容と量、及び<2>それに対する従業員の認識、の2点である。従って、従業員の心理的ストレス・モデルにおけるコントロールの評価においても、従業員を対象にした測定と同時に管理者による職場の状況的特性の評価も測定し、その両者を比較する必要があるものと考えられる。本チェックリストにおいては職場ストレスにおいて重要と考えられるコントロール要因として、決定参加、スケジュール設定の自由、仕事上の自由裁量、の3要因を設定した。この3つの要因について、従業員の評価、管理者の評価、ならびに両者の評価の差(ズレ)を検討することにより、強化・支援すべきコントロールの側面が明らかになるものと思われる。

 2)部下の特性(管理者用)・上司の特性(従業員用)
 職場の監督者(上司)は、通常、部下たちと同じ部署(しばしば同じ部屋)で働いている。上司は部下たち自身、および彼らの働きぶりに常に接しており、また上司は定期的にフォーマルな会合(部内のミーティングなど)を開いたり、職場や休憩所などでのインフォーマルな顔合わせをする機会も含めて、部下たちと過ごす時間が長い。上司と部下の交流は一般的に上司から開始され、なすべき仕事の指示から、部下の仕事ぶりや仕事の仕方についてのコメントや示唆にいたるまでさまざまな形をとる。
 一方、ここでいう上司は多くの場合中間管理者であり、彼らは職場におけるストレスマネージメントの中心的な役割を果たすことが期待されていると同時に、自分自身も一人の労働者としてストレスコーピングをしなければならない立場におかれている。所属職場でのストレス対策の必要性を認めるホワイトカラー中間管理者と、そうした必要性を認めない者との間では、「ストレスを感じた経験」「メンタルヘルス上の対応が必要であった、または必要であると感じた部下を持った経験」、「メンタルヘルスに関する社内教育」の有無などの点において差がみられることが指摘されている(河野ら,1996)。
 このように、職場において部下-上司の関係は密接なものであり、相互の心理的ストレス・モデルに影響を与える可能性がある。ひとつには部下-上司関係のソーシャル・サポートが関連した可能性であり、いまひとつは部下-上司関係において生じる刺激事態がストレッサーになる可能性である。上司もまた部下との関係から影響を受ける当事者であるために、従業員の心理的ストレス・プロセスの測定にあたっては、従業員を対象にして部下-上司との関係を測定すると同時に、管理者が上司-部下の関係を観察し測定した上で、その両者を比較する必要があるものと考えられる。
 本チェックリストにおいては職場ストレスにおいて重要と考えられる部下の特性として、<1>部下の実務遂行能力、<2>トラブル・メーカーとなる部下の存在、<3>上司への信頼度、の3要因を設定した。この3つの要因について、従業員の評価と管理者の評価を比較することにより、推奨される、もしくは改善の必要のある特性が明らかになるものと思われる。

 (2)職場特性

 1)集団凝集性・職場の雰囲気、情報伝達性
 職場ストレス場面においては、仕事上の人間関係や仕事自体に起因する要因のほかにも、職場や組織に由来する要因が関与する可能性がある。このような組織的特性をまとめて独立したチェックリストとしたものが、本チェックリストである。
 集団凝集性や職場の雰囲気については、「職場の中に困った時はお互いに支え合う雰囲気がある」「職場の中でなんでも言い合える場がある」など、ソーシャル・サポート、特に情緒的サポートと類似した意味合いを持つ項目により構成されているといえる。情報伝達性についても同様に、情報的サポートに類似した意味合いを持つ項目により構成されているといえる。
 この点については、ソーシャル・サポートが個人単位の関係を問題とし、サポート経路単位(すなわち個人単位)でストレス緩和要因になったりならなかったりするのに対して、職場特性としての集団凝集性や職場の雰囲気は職場の集団的関係を問題とするものであり、組織単位(すなわち職場内の従業員やその上司がすべて含まれた単位)で従業員もしくは上司の心理的ストレス・モデルに関与するという違いがある。すなわちソーシャル・サポートは個人に焦点を当てるものであり、職場特性は職場全体に焦点を当てるものである。観察する側面が異なり、実質的には同じ要素を測定しているとも考えられる。用途に応じて適宜使い分けてかまわない。

 2)組織間コーピング・組織間コンフリクト  職場特性がストレス緩和要因として機能するかどうかは、仕事の相手方や周囲の組織間の特性にも左右される。組織間における業務や情報のやりとりに柔軟性がなく、しばしば葛藤を生じるような場合には、その結果として仕事や仕事上の人間関係に基づくストレッサーが生じたとき有効な対処ができなくなる可能性が生じる。
 特に組織間コンフリクトは、仕事での対人関係上のコンフリクトと並んで、職場における主要な背景的要因のひとつである。組織間コンフリクトの背景にはしばしば自己集団が優れているという思い込み(Turner & Giles, 1981)があり、そのため組織間におけるコンフリクトにおいてはしばしば強い感情を伴い、競争や対立が煽られたりする。
 組織間コーピングは<1>協調、<2>妥協、<3>強行、<4>依頼、の4つの要因からなる。組織間コンフリクトは、<1>権威的支配と<2>過剰要求、の2つの要因からなる。これら組織間の特性は、業種や職種によってはしばしば重要でない要因である。本チェックリストは、測定対象となる職場が他の組織(顧客や仕事の相手方など)と頻繁に交渉する機会のある場合に特に有効である。すなわち業務内容や仕事の進め方が流動的であり、それが組織間の関係によって規定されるような場合である。


3.開発過程

 仕事特性、職場特性ともに大手電機メーカーにおける従業員のストレス調査で使用した項目である。信頼性・妥当性の検討は行われていない。


4.チェックリストの構成と使用法

 (従業員用)ストレス緩和要因チェックリスト(従業員用A)を用いる。自記式で実施する。
 (管理者用)ストレス緩和要因チェックリスト(管理者用A)を用いる。管理者が、職場内の人間関係について観察評価した結果を記入する形式で実施する。

 (1)仕事特性

 1)コントロールの程度
 管理者用A-Iならびに従業員用A-Iから、次の3つの要因ごとに項目の合計を算出する。

    <1>決定参加         (設問1,4,7)
    <2>スケジュール設定の自由  (設問2,5,8)
    <3>自由裁量の程度      (設問3,6,9)

 それぞれの要因において、相対的に得点が低く示される場合には、従業員へのコントロール付与、及び従業員のコントロール可能性が低い状態にあることを示唆している。コントロールの有無が心理的ストレス・モデルの拡張に影響を及ぼすのは、<1>コントロールしたいという願望がコントロールの自己効力と食い違う場合と、<2>コントロールによって余分な苦痛が生じてしまう場合の2つが考えられる。コントロールは職場において、介入が比較的容易である要因である。対応としては、たとえば従業員をまじえて、職務内容や仕事の進め方の再検討の機会を設けることなどが考えられるであろう。

 2)部下の特性・上司の特性
 従業員用A-IIならびに管理者用A-IIから、次の各要因ごとに項目の合計を算出する。なお、部下の特性のうち<2>トラブル・メーカーとなる部下の存在、上司の特性のうち<2>部下への要求度、<3>決断の独断性はネガティブ項目であるので、他の要因との相対的な比較の際には得点を逆転させる必要がある。

    (部下の特性) <1>部下の実務遂行能力         (設問1~6)
            <2>トラブル・メーカーとなる部下の存在 (設問7~10)
            <3>上司への信頼度           (設問11~18)
    (上司の特性) <1>上司の実務遂行能力         (設問1~6)
            <2>部下への要求度           (設問7~9)
            <3>決定の独断性            (設問10,設問11)
            <4>人間関係の調整力          (設問12~18)

 それぞれの要因において、相対的に得点が低く示される場合(ネガティブ項目については高く示されている場合)には、上司との関係、もしくは部下との関係がストレッサーとして生起する可能性が高いことを示唆している。部下・上司の特性は個人差もあり、必ずしも介入が容易ではない要因であるが、相対的に得点が極端に低い場合には、あらためて配慮を促す必要があるものと思われる。

 (2)職場特性

 1)集団凝集性・職場の雰囲気、情報伝達性
 管理者用A-IIIから、次の各要因ごとに項目の合計を算出する。

    <1>集団凝集性・職場の雰囲気   (設問1~6)
    <2>情報伝達性          (設問7~10)

 それぞれの要因において、相対的に得点が低く示される場合(コンフリクト項目については高く示されている場合)には、職場特性がストレス緩和要因として充分に機能しない可能性があることを示唆している。これら要因はコントロールと並んで、職場において比較的介入が容易である要因である。対応としては、たとえば従業員をまじえて職務内での交流の機会を多く持ったり、仕事の進め方の再検討の機会を設けてみることなどが考えられるであろう。

 2)組織間コーピング・組織間コンフリクト
 管理者用A-IV、Vから、次の各要因ごとに項目の合計を算出する。なお、組織間コンフリクト項目はネガティブ項目であるので、他の項目との相対的な比較の際には得点を逆転させる必要がある。

    (組織間コーピング)  <1>協調     (設問1~6)
                <2>妥協     (設問7~10)
                <3>強行     (設問11~14)
                <4>依頼     (設問15~16)
    (組織間コンフリクト) <1>権威的支配  (設問1~8)
                <2>過剰要求   (設問9~13)

 それぞれの要因において、相対的に得点が低く示される場合には、組織間の特性が障害となって職場特性がストレス緩和要因として充分に機能しない可能性があることを示唆している。組織間の特性は業務内容や仕事の相手方によっても規定されるために、必ずしも介入が容易ではない要因である。たとえば組織間コンフリクトの解決手段のひとつに、両組織間のメンバーを重複させたり、共通の目標を設定して、葛藤の原因を取り除くなどが指摘されている(Argyle & Henderson, 1985)ものの、これらは必ずしも実現可能であるとは言えない。従ってこれら特性においては、他のストレス緩和要因によってもストレス・モデルが消滅しない場合に検討の余地が生じてくるであろう。すなわち組織間の特性を含めた、業務内容などについて改めて再検討が必要になる場合である。


5.活用例及び関連情報

 仕事特性、職場特性ともに大手電機メーカーにおける従業員のストレス調査(穂坂ら, 1990)の一部として使用された。


引用文献
Argyle, M & Henderson, M. 1985 The Anatomy of Relationships:and the rules and skills needed to manage them successfully. Penguin.(吉森護 編(訳)人間関係のルールとスキル.北大路書房, 1992)
Averill, J.R. 1973 Personal control over aversive stimuli and its relationship to stress. Psychological Bulletin, 80, 286-.
Cutrona, C. And Russell, D. 1990 Type of social support and specific stress;Toward a theory of optimal matching. In Sarason, I., Sarason, B. & Pierce, G.(eds) Social support;An interactional view. New York. John Wiley & Sons. Pp.319-66.
Folkman, S. 1984 Personal control and coping processes:A theoretical analysis. Journal of Personality and Social Psychology, 46, 839-.
穂坂 智俊・矢冨 直美・新名理恵・千葉征慶 1990 コンピュータ・メーカーにおけるワーク・ストレスとその緩衝要因(1) 日本心理学会第54回大会発表論文集, 346.
河野慶三・丸山総一郎・森本兼嚢 1996 所属職場におけるストレス対策の必要性を認める者と認めない者の差異-ホワイトカラー中間管理者を対象とした調査-.ストレス科学,11(3),8-12.
Lazarus, R.S. and Folkman, S. 1984 Stress, Appraisal and Coping. Springer, New York.
Parkes, K.R. 1989 Personal Control in an occupational context. In. A. Steptoe & A. Appels. Stress, Personal Control and Health; Hilsdale, John Wiley & Sons. 21-47.
Swindle, R.Jr., Heller, K. & Lakey, B. 1988 A conceptual reorientation to the study of personality and stressful life events. In Cohen, L.(ed) Life events and psychological functioning. New York, Sage.
Turner, J. And Giles, H. 1981 Intergroup behaviour. Oxford: Blackwell.
矢冨直美・中谷陽明・巻田ふき 1992 老人介護スタッフにおける職場の組織的特性のストレス緩衝効果.老年社会科学, 14, 82-92.

ストレス緩和要因チェックリスト-仕事特性(従業員用A)〈P01〉
ストレス緩和要因チェックリスト-仕事特性(従業員用A)〈P02〉
ストレス緩和要因チェックリスト-仕事特性(従業員用A)〈P03〉

ストレス緩和要因チェックリスト-仕事特性(管理者用A)〈P01〉
ストレス緩和要因チェックリスト-仕事特性(管理者用A)〈P02〉
ストレス緩和要因チェックリスト-仕事特性(管理者用A)〈P03〉
ストレス緩和要因チェックリスト-仕事特性(管理者用A)〈P04〉
ストレス緩和要因チェックリスト-仕事特性(管理者用A)〈P05〉
ストレス緩和要因チェックリスト-仕事特性(管理者用A)〈P06〉


V.緩和要因チェックリスト -ソーシャル・サポート-

1.チェックリストの概要

 (従業員用)従業員が体験するストレスについて、ストレスを緩和する要因のひとつであるソーシャル・サポートの強さとその内容を検討する、対策発見用チェックリストである。ソーシャル・サポートのストレス緩和効果についてはこれまでの研究において必ずしも一貫した結果が報告されているわけではないが(Cohen & Wills, 1985)、サポートはストレス低減のための有力なリソースであるという点では見解が一致しており、実際的な介入手段であると考えられる。本チェックリストを実施した結果、サポートの程度が低水準であると判断された場合には、職場内のサポート・ネットワークを改善したり、強化したりする対策が期待される。
 近年のストレス研究では、資源やストレッサーを細分化して、特定のストレッサーに対して最も適切な資源を配分しようという方針が主流となっている(Cutrona & Russell, 1990; Swindle, et al., 1988)。すなわちソーシャル・サポートをはじめとするストレス緩衝要因の効果は、ストレス症状のタイプによっても異なり、ストレス緩衝効果はストレッサー、ストレス反応、緩衝要因の3者の組み合わせによって検討する必要がある(矢冨ら,1992)。
 (管理者用)職場内の人間関係、すなわち上司と部下、同僚どうしにおけるサポーティヴな関係がそれぞれストレス低減としての役割を果たしているかどうかを検討する、対策発見用チェックリストである。
 職場内におけるどのような人間関係がストレス緩和効果を示すのかについては、同僚からの支援と比較して監督者からの支援のほうがストレス緩和効果が強いという報告(Caplan et al., 1975)が行われて以来、多くの研究が行われてきたが(e.g., Kaplan & Cowen, 1981)、現在でも共通した見解は得られていない。しかし上司や同僚など職場内の人間関係は、ストレス・モデルに何らかの影響を与えるということは確かであると思われる。本チェックリストを実施した結果、サポートの程度が低水準であると判断された場合には、職場内のサポート・ネットワークを改善したり、強化したりする対策が期待される。


2.測定内容

 (1)ソーシャル・サポートの定義と測定

 ソーシャル・サポートの定義はさまざまで、一貫したコンセンサスが得られているものではない(浦ら,1989;稲葉ら,1985)。わかりやすく言えば「その人に自分がケアされ、愛されている、あるいは尊重され、価値あるものと見なされている、相互的な責務を持ったネットワーク成員である、と信じさせる情報」(Cobb, 1976)ということであるが、ストレス緩和効果についての文脈においては「受け手の安寧(Well-being)を高めることが意図されていると、送り手あるいは受け手によって近くされる、少なくとも2人以上の個人の間での資源の交換」(Shumaker & Brownell, 1984)、あるいは「個人が他者から好意・保証・助力などを得るもので、そのうち1つかそれ以上の機能的側面を含む対人相互作用」(Kahn & Antonucci, 1980)とった意味で用いられることが多い。
 これらの定義は、ソーシャル・サポートとは複数の要因からなるもので、個人間における資源(リソース)の交換プロセスであるという点で一致している。職場ストレス場面においては、産業精神衛生の立場からHouse(1981)が定義した次の分類がよく用いられる。

    <1>情緒的サポート:共感したり、愛したり、信じてあげたりすること
    <2>手段的サポート:援助を必要としている人に直接手を貸すこと。仕事を手伝ったり、お金や、金や物を貸したりすること
    <3>情報的サポート:個人的あるいは社会的問題に対処していくために必要な情報や知識を与えること
    <4>評価的サポート:個人の業績に適切な評価を与えてやること
     以上4つの側面のうち、「1つまたはそれ以上の個人間の相互交渉」。

 ソーシャル・サポートの測定方法はさまざまであり、研究者(あるいは実践家)ごとに独自の方法が用いられていると言っても過言ではない。質問紙法による測定尺度にも多くの種類があり、これまでの研究においては、SSQ(Social Support Questionnaire; Sarason et al., 1983)や、ISEL(Interpersonal Support Evaluation List; Cohen et al., 1985)などが多く使われている。それぞれ日本語版が作成されており、順に松崎ら(1990)のSSQ9(Social Support Questionnaire 9)、南ら(1987)のSNS(Support Network Source)である。

 (2)サポート内容と経路

 本チェックリストにおいては上述のHouse(1981)の定義を踏まえ、以下の3種類のサポート内容を用意した。

    a.道具的サポート(実際に業務や作業・仕事を手伝ってくれること)
    b.情報的サポート(実際に業務や作業・仕事を手伝うことはないが、業務や作業・仕事を進めるにあたって有益な情報を提供してくれたり、資料などを用意したり貸したりしてくれること)
    c.情緒的サポート(実際に業務や作業・仕事を手伝ってくれたり情報を提供してくれることはないが、相談相手になってくれたり、励ましたりやさしい言葉をかけてくれる役割を果たしてくれること)

 (従業員用)また、これらのサポートは、その相手により効果が異なるものと予想される。従ってサポートの測定にあたっては、サポートを期待もしくは受容する可能性がある相手(サポート経路)ごとにその有無を測定する必要がある。従業員用チェックリストにおいてはこの点を踏まえ、以下の5種類のサポート経路を用意した。

    サポート経路:<1>職場の上司 <2>職場の同僚 <3>職場の部下
           <4>家族・友人・知人 <5>その他

 従って、内容(3)×経路(5)=15種類のサポートが測定対象となる。

 (管理者用)ここでいう管理者は、メンタルヘルス管理担当スタッフなど、職場において職場内のsupervisingが可能な立場にある者を意味する。所属長や課長など、従業員用チェックリストにおいて測定対象である従業員に対して上司や監督者の立場にある者はこれには含めない。この場合上司や監督者は、従業員の職場ストレス事態における当事者であると考えられるからである。
 以上を踏まえた上で、管理者は<1>職場の上司が部下に対して供与するサポート、<2>職場の同僚どうしが供与しあうサポート、<3>その他の関係におけるサポートの3種類のサポート経路を用意した。
 従って、内容(3)×経路(3)=9種類のサポートが測定対象となる。

 (3)予期サポートと獲得サポート

 サポートは、<1>サポートが必要となる事態となったとき、どうような相手に、どのような内容のサポートを期待できるのか(予期サポート;「知覚された」(Barrera, 1986)サポートとも呼ばれる)、<2>実際にどうような相手から、どのような内容のサポートを受けたか(獲得サポート)の2つの側面に分類できる。
 このうち<2>獲得サポートについては、たとえば実習環境のように比較的短期間のうちに強いストレス事態を経験するといった状況(音山,1997;1996)において、ストレス事態を経験した期間中もしくは直後に回顧的に測定する場合にしばしば用いられる。

 (4)サポートの効果

 サポートをはじめとする緩衝要因の効果については、ストレッサー・ストレス反応との関係においていくつかのパターンに分けることができる。
 伝統的に多くの研究者に支持されてきたストレス緩衝効果のモデルは、ストレッサーと資源(サポート)の交互作用のパターンが図表1aに示されるようなパターンをもつサポートの効果を緩衝効果とするモデルである。厳密にはこのパターンのみを緩衝仮説(Cohen & Wills, 1985)に基づく緩衝効果モデルと見なし、他のパターンと区別することもある。
 図表1aのモデルでは、サポートの高水準条件ではストレッサーのストレス症状に対する効果は小さいが、それに比べて低水準条件ではストレッサーの効果がより強く現われるというパターンが認められる必要がある(Cohen & Edwards, 1989)。
 これに対し、図表1cは、高水準条件でストレッサーの効果がより大きく、低水準条件でストレッサー効果がより少ないという「負の緩衝効果」が見られる例である。これはストレッサーが非常に高い水準にある場合であると考えられ、ストレッサーが非常に高水準である場合には、資源の量に関係なく、ストレッサーの効果が個人を圧倒してしまうものと解釈されている(Murrell & Norris, 1984)。
 一方、実際の調査例では、図表1bに示す直接効果モデルが観察されることが多い。このモデルではストレッサーと資源の交互作用がほとんどなく、資源の直接効果(主効果)のみがストレス反応に関係しているモデルである。
 緩衝効果がいずれのモデルのタイプをとるかは、ストレッサーの頻度とそれによって引き起こされたストレス反応との水準に依存しているように思われる。職場における対人関係のストレッサーの生起については、ほとんど生起しないものからきわめて高水準で生起するものまで広い分布を想定できる。このような条件におけるストレス緩衝効果は、ストレッサーの水準に応じて直接効果をとることも、図表1aのような交互作用を持つ緩衝効果をとることもあるであろう。また、仕事のもたらすストレス反応がきわめて高水準である場合には、図表1cのような負の緩衝効果がみられるものと考えられる。
 このように、資源(サポート)とストレッサー、ストレス反応の組み合わせによって、緩衝効果のタイプが異なることが予想される。従ってストレス緩和の効果を検討するにあたっては、これら3要因の組み合わせごとにその効果を検討する必要がある。

図表1 サポートの緩衝効果


3.開発過程

 サポート内容に関する構成概念妥当性については、古屋ら(1994)が因子分析を行い確認した結果を元にしている。サポート経路については同様の経路を用いた測定が、職場研修場面におけるストレス反応との検討にあたって行われており(音山,1997)、ストレス反応との関連が示唆されている。管理者用チェックリストについては、信頼性・妥当性の検証は行われていない。


4.チェックリストの構成と使用法

 (従業員用)ストレス緩和要因チェックリスト(従業員用B)を用いる。自記式で実施する。
 結果はサポート内容×経路のそれぞれの組み合わせについて、<1>経路ごとの合計得点、<2>内容ごとの合計得点、<3>全体の得点(<1>+<2>)を算出する。サンプル数が充分多い場合には、サポート内容×経路のそれぞれの得点(素点)を用いることも可能である。

 (内容分類)a.道具的サポート:項目4,項目5
        b.情報的サポート:項目6,項目7
        c.情緒的サポート:項目1~3

 算出した(合計)得点をもとに、ストレス緩衝効果の検討を行うことができる(この場合、職場内ストレッサー・チェックリストならびにストレス反応チェックリストが、同一対象者について測定されている必要がある)。ストレス緩衝効果の検討方法にはいくつか方法があるが(Martin, 1989)、ここでは最も簡単な群間差の比較による方法を解説する。

 1)職場内ストレッサー・チェックリストの合計得点の中央値を基準として、サンプルを高水準群、低水準群の2つの群に分割する。職場内ストレッサー・チェックリストの合計得点はストレス要因(因子)ごとの合計を用いる。

 2)サポート得点(はじめは全体の得点でよい)の中央値を基準として、サンプルを高水準群、低水準群の2つの群に分割する。
 使用するチェックリストは、B-I(期待サポート)、B-II(獲得サポート)のいずれでもよい。以上により、職場内ストレッサー(高水準・低水準)×サポート(高水準・低水準)=4群ができあがる。

 3)4群それぞれについて、ストレス反応の平均(はじめは情動領域の合計得点でよい)を求める。

 4)緩衝効果のパターンを見るために、グラフを作成する。Y軸にストレス反応(得点の平均値)、X軸にストレッサーの水準(低・高の2水準)をとり、4群のそれぞれのストレス反応平均値をグラフ上にプロットする。プロットのうち、サポートが高水準である2つの群(職場内ストレッサーの高・低の2群)どうしと、サポートが低水準である2つの群(職場内ストレッサーの高・低の2群)どうしを、それぞれ直線で結ぶ(図表2)。

図表2 サポートの緩衝効果

 以上により、図表1に示したような緩衝効果のパターン・グラフができあがる。サポートの高水準・低水準における2本の直線の傾きにより、緩衝効果の有無とそのパターンを判定する。統計的検定の結果に関心のある場合には、ストレス反応の平均値について、分散分析によりサポート群×ストレッサー群の交互作用効果を検定すればよい。
 分析の結果、緩衝効果(図表1a)もしくは直接効果(図表1b)が見られたモデルについては、当該のサポート・システムが、測定時点において、ストレス低減のための資源として有効に機能している可能性が考えられる。負の緩衝効果(図表1c)が観察された場合には、職場内ストレッサーの水準があまりにも高いために、サポートの効果が圧倒された可能性が考えられる。この場合には、特に当該のサポート経路と関連した対人関係上のストレス事態について、より詳細な調査が必要であろう。
 なお、I(期待サポート)の得点からII(獲得サポート)の得点を減じる、すなわち期待と獲得とのズレを指標としてその大きさとストレス低減効果との分析を行うこともできる。これについては、期待-獲得の絶対値が大きいほど、すなわちズレが大きいほど心理的ストレス・モデルが拡張する方向で働き、ストレス低減効果がみられなくなるという仮説が考えられる。

 (管理者用)ストレス緩和要因チェックリスト(管理者用B)を用いる。管理者が、職場内の人間関係について観察評価した結果を記入する形式で実施する。
 結果はサポート内容×経路のそれぞれの組み合わせについて、<1>経路ごとの合計得点、<2>内容ごとの合計得点、<3>全体の得点(<1>+<2>)を算出する。サンプル数が充分多い場合には、サポート内容×経路のそれぞれの得点(素点)を用いることも可能である。

 (内容分類)a.道具的サポート:項目4,項目5
       b.情報的サポート:項目6,項目7
       c.情緒的サポート:項目1~3

 管理者用チェックリストにおいては、ストレス緩衝効果の検討方法は開発されていない。管理者用チェックリストのデータ数が充分に多い場合には、管理者用チェックリストで求められた得点の高低をもとに分類変数を作成し、それをもとに職場(部署)単位での従業員ストレス反応チェックリスト、ならびに職場内ストレッサー・チェックリストの平均値の比較をすることができるであろう。
 なお、管理者用チェックリストの項目内容(サポート内容・経路)は従業員用のB-I(期待サポート)及びB-II(獲得サポート)の項目内容と対応しているので、管理者側の認識と従業員側の認識とのズレを指標として、その大きさとストレス低減効果との分析を行うこともできる。これについては、両者の認識間におけるズレの絶対値が大きいほど、心理的ストレス・モデルが拡張する方向で働き、ストレス低減効果がみられなくなるという仮説が考えられる。


5.活用例及び関連情報

 音山(1997)は、従業員用チェックリストとほぼ同様のサポート内容・経路の項目を用いて、職員研修の一環として行われた短期間の職場研修場面において研修前、期間中にわたってストレス反応が増加した群と増加しなかった群とに分けたときの、サポート期待とサポート受容の内容別の頻度について検討している。その結果、道具的サポート及び情緒的サポートについては、<1>研修期間中のストレス反応の増加がサポート期待を高めること、<2>ストレス反応の増加群においてはサポートの受容も多いことが示され、ストレス反応の増加はサポート期待を高め、高まった期待がサポートの受容に関連している可能性が示唆された。従ってサポートのストレス緩和効果を検討するためには、さらに両者の関連を時系列的に検討する必要があると思われる。


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ストレス緩和要因チェックリスト-ソーシャルサポート(従業員用B)〈P01〉
ストレス緩和要因チェックリスト-ソーシャルサポート(従業員用B)〈P02〉
ストレス緩和要因チェックリスト-ソーシャルサポート(従業員用B)〈P03〉
ストレス緩和要因チェックリスト-ソーシャルサポート(従業員用B)〈P04〉
ストレス緩和要因チェックリスト-ソーシャルサポート(管理者用B)〈P01〉
ストレス緩和要因チェックリスト-ソーシャルサポート(管理者用B)〈P02〉


第4章 キャリア開発コンピテンス・チェックリスト
    ―エンプロイアビリティの概念にもとづいて―

1.課題と前提

 (1)チェックリスト開発の意義
 本章の課題は、勤労者(主に雇用者)または求職者が、自らの職業人としての魅力や特徴――態度、行動、スキル、志向性など――を測る自己分析のチェックリストを開発することにある。このようなチェックリストの開発に取り組む意義やねらいを簡単に整理しておくと、次のようになろう。
 20世紀終盤から、世界的な規模で市場原理の拡大が進みグローバルな企業間競争が激化するなかで、組織における人材の最適配置が志向されており、企業等の経営組織の内外を問わず、人材の移動・流動化がよりいっそう進展することが考えられる。また勤労者個人の立場からみれば、人生80年時代の長期化する職業人生のなかで組織や職場、職業の移動に直面する可能性が増大し、自分自身に適合した職場や職業を求める傾向が高まると想定できる。こうした動きがもつ意味は、企業組織と勤労者個人との最適のマッチングの探求である。すなわち、企業と勤労者(求職者)の双方が適合した関係を求めて相互に評価する、あるいは自らをアピールし、ときには自らを省みる機会が増えてくると考えられる。また、そうした評価やチェックの機会をもつことが、組織と個人のマッチングを高める上でますます重要になってくると考えられる。
 数年前になるが、旧日経連(現・日本経団連)が報告書『エンプロイヤビリティの確立をめざして』(日経連教育特別委員会,1999)で、「変化対応型」の人事政策、「従業員自律・企業支援型」の人材育成を志向し、企業と個人との新たな関係を構築することを目指すと提起したことは記憶に新しい。これをふまえると、とくに勤労者個人にとっては、自分の職業能力や適性などに対してより自覚的になり、能力開発や職業人生設計に対してより自律的積極的な姿勢で望むことがますます重視されているといえるだろう。

 (2)チェックリスト開発の視点、方法――エンプロイアビリティへの着目
 上記の課題、すなわち職業人としての魅力や特性を測る自己分析のチェックリストを開発するに当たっては、いくつかのアプローチが考えられるが、ここでは近年注目を集めているエンプロイアビリティの概念や考え方を参考とした。これは、以下のような論拠によるものである。
 周知のとおり、欧米諸国では以前から、高失業社会での政策的課題としてエンプロイアビリティの概念が唱えられてきた。最近になってわが国でも、旧・日本経営者団体連盟が『エンプロイヤビリティの確立をめざして』(日経連教育特別委員会,1999)という報告書をまとめ、勤労者の能力開発の意義・目的をエンプロイアビリティの観点から再構築することを試みている。
 アメリカの例をあげれば、1980年代から90年代前半にかけて企業のダウンサイジング、リストラクチャリングを経験し、良好な労使関係の再構築を模索するなかで、雇用保障に代わる労使間の新しい「社会的契約」としてエンプロイアビリティが注目されるに至ったという。そこでエンプロイアビリティは、長期的な雇用保障の代償として、従業員に対して他社でも通用する能力を身につけられる教育・訓練の機会を提供するという意味で用いられている(日経連教育特別委員会,1999,pp.1-2)。また、ヨーロッパの諸国では、上記の意味だけでなく、企業の社会的責任という観点からもエンプロイアビリティが論じられているという指摘がある。地域社会の中心的存在として、企業の努力が社会的結合(social cohesion)を保つ上で不可欠であり、雇用確保につながる教育訓練の実施や従業員への支援、地域の教育プログラムへの支援などがとくに重視されているという(日経連調査研究レポート,1998,pp.86-87)。
 わが国でエンプロイアビリティが注目されてきた背景には、経済のグローバル化、情報技術(IT)革命のような環境変動や、雇用・失業情勢の悪化とともに、いわゆる「日本型経営」または「日本型雇用システム」と総称されてきた制度や慣行の変容があげられる。すなわち、長期雇用や年功制を必ずしもモデル(規範)としない雇用管理の諸制度が導入され、多様なタイプの人的資源の活用がいっそう活発化するとともに、一定の雇用の流動化が進む可能性が指摘されている。これらの結果、従来の企業組織と勤労者の関係が変わってくることが予想され、個人にとっては所属する組織にとらわれずに、より自律的なキャリア形成や自己啓発を心がけることが強調されるようになってきた。それに加えて、職場でのOJTを中心とした従業員教育の有効性にも疑問が投げかけられている。世代間のコミュニケーション・ギャップや技術変化にともなう指導力の低下が懸念されており、従来の能力開発の方法や仕組みの再検討が促されている。
 以上の議論をふまえて、ここではエンプロイアビリティ(およびそれと近似性の高い概念を含む)の概念を手がかりに、職業人としての態度、行動、スキル、志向性などを測る自己分析用のチェックリストを開発することを目的として研究・検討を行なった。このようなチェックリスト開発の意義は、日本型雇用慣行の変容あるいは崩壊が喧伝され「雇用不安」が増大している中で、個人が自分の職業能力に対してより自覚的になり、能力開発や職業人生設計に対してより自律的、積極的に臨むことがますます重視されてきているという点である。こうしたツール(チェックリスト)は、個人個人が自己分析に用い、自発的な学習・研鑽の取り組みを支援する手段となるものと期待されるが、それだけでなく、企業等における組織的な能力開発やキャリア・カウンセリングの場面においても有効性があるものと思われる。
 手順・方法としては、次のようなプロセスで、チェックリスト試案の開発を行なった。

 <1> 既存の文献から、エンプロイアビリティ概念の位置づけや内容を整理し、比較検討する。
 <2> 同じく、エンプロイアビリティの構成要素や指標・尺度に関する項目を比較検討する。
 <3> 本研究の目的に照らして有効と考えられるエンプロイアビリティの概念を整理し、指標・尺度を再構成して、チェックリストの形にまとめる。
 <4> 在職中の勤労者に試行的にチェックリストへの回答をいただき、その結果とコメントを参考に、項目のカテゴリー、文章表現等に修正を加える。

 なお、エンプロイアビリティ(Employability)の用語については、「雇用されうる能力」「雇用・就業可能性」などの訳語が用いられることもあるが、定訳となっているわけではなく、また、エンプロイアビリティの概念それ自体を再検討することが本章の趣旨であるため、訳語に規定されることがないようそのまま「エンプロイアビリティ」としている。


2.エンプロイアビリティの概念と考え方に関する検討

 ここでは、既存の文献にもとづいて、主要なエンプロイアビリティの概念、考え方および、その位置づけについて整理し比較検討を行なう。なお、今回の作業にあたっては、心理学系、社会学系、経営学・ビジネス系の主要な文献情報、データベースの検索を行ない、エンプロイアビリティに関する著作、論文、報告書で入手や閲覧が容易であり、かつ今回の研究目的に合致したものを収集している。

 (1)1970~80年代の議論からの検討

  <1> PREPによるエンプロイアビリティ態度システム
 比較的古い文献のなかで、エンプロイアビリティの体系化された概念が示されているものとして、PREP, INC.(1975)によるエンプロイアビリティ態度システム(Employability Attitude System)があげられる。これは、COATS(Comprehensive Occupational Assessment and Training System)という総合的な教育プログラムの一部である。ここでは主として、100人以上の雇用主の調査を行い、採用、昇進または解雇された労働者の「態度行動」を描写することにより、雇用主の観点から労働者に期待される要素を抽出するというアプローチが採られている。
 これによれば、エンプロイアビリティとは、「職務面接や現実の職務状況のなかで、学生(求職者)が示す態度」であると定義されている。そして、「雇用が可能である(employable)と言われるためには、彼/彼女の態度が雇用主が期待する態度と合致していなければならない」という考え方から、「雇用主が採用、昇進、解雇の際に注意を払っている態度行動(attitude behaviors)を、明確に定義し測定する」ための項目が用意されている(PREP, 1975, p.2)。

  <2> Wircenskiによる「特殊な学習者のためのエンプロイアビリティ・スキル」
 もう一つ、教育プログラムとして展開されているものに、Jerry L. Wircenski(1982)の著作があげられる。これは、「特殊なニーズをもつ学習者へのエンプロイアビリティ・スキルの付与ならびに、学校から労働への移行の成功を支援する学校教師のために考案されたマニュアル」であり、何らかの障害をもっていたり、雇用のために必要な事柄を理解する知識を欠いている学生を対象につくられている(Wircenski, 1982, p.8)。
 こうしたプログラムが開発された背景には、若年から青年層における失業率の持続的な高さという問題がある。これをふまえて、青年のエンプロイアビリティに影響する重要な要素を考慮したときに、「教育全般、とくに仕事の世界と関連する教育、すなわち若い人が仕事の世界について知識をより多くもつこと」が重視されるに至ったという(Wircenski, 1982, p.18)。
 この著作では、エンプロイアビリティ・スキルの基本的性格について、次のように位置づけている。
 「エンプロイアビリティ・スキルの定義には議論があるが、こうしたスキルが、青年層が教育環境から仕事の世界へうまく移行することを支援するとみることには合意が得られている。
 本マニュアルでの目的に照らして、エンプロイアビリティ・スキルとは、学校から労働へ移行を成功させるために必要な、認知的および情緒的スキル(cognitive and affective skills)であり、採用、求職、配置、職務継続に際して不可欠なものと定義される」(Wircenski, 1982, p.18)

 (2)1990年代の議論からの検討

  <1> Sheckley による「高業績経済におけるエンプロイアビリティ」
 Barry G. Sheckley(1993)によれば、エンプロイアビリティは「労働力の教育訓練に関する全ての最新の議論の目標となる用語」であり、「グローバルに競争できる労働力を形成する際のカギを握っているもの」と位置づけられている。そして、「全ての人が、現在の職務のニーズを満たすスキルとコンピテンシーをもつだけでなく、新たに要求されてくるスキルとコンピテンシーを学習するための能力、柔軟性、方法ならびに学習しようとする意思をもたなければならない」と強調する(Sheckley, 1993, Pamela Tateによる foreword)。
 本書の定義によれば、「エンプロイアビリティ、すなわち雇用の保証とは、同一の雇用主かどうかには関係なく、現在得られる仕事に対して適任である(その仕事につく資格がある)こと」を意味する。それは、「現在の職務において不可欠な知識とコンピテンスを維持することとともに、他方では、職務要件が変化するときにも、その人が雇用・就業をつづけられるよう新しい知識とコンピテンスを獲得できること」としている(Sheckley, 1993, pp.4-5)。ここでは、エンプロイアビリティは、「変化を切り抜けて生き残り、新しい労働需要に適応し、学習しつづけることを可能とするような、広く包括的なスキル」を意味している(Sheckley, 1993, Pamela Tateによる foreword)。
 著者がとくに強調しているのは、スキルの移転可能性(transferability)ということである。すなわち、「移転可能なスキルを訓練することは、増大しつづける職務の数(多様性)に対応し、人生の様々な場面においても、それが有効であることを保証することである。エンプロイアビリティ・スキルはまさに人生のスキルである。柔軟性と移動性を獲得するために、労働者は広い範囲の移転可能なスキルを持たなければならない」としている(Sheckley, 1993, p.114)。

  <2> F. T. Evers, J. C. Rush, I. Berdrowによる「生涯学習とエンプロイアビリティのためのコンピタンス」
 本書では、今日の社会状況とスキルの重要性を、次のように論じている。「今日、いまだかつてないほどスキルは重要性を増している。それは、われわれが2つの関係しあう変革のまっただ中にいるからである。1つの変革は、経験学習、生涯学習、チーム学習など高等教育における新しい動きであり、これは大学の機能の根本的な考え直しを促している。もう1つの変革は職場におけるもので、そこでは、マネジャーに統制された固定的な階層構造から、リーダーと労働者自身によるチーム中心的アプローチへの移行が進んでいる。職務が変わり、組織はより少数の序列とマネジャーしかもたなくなる。……全ての組織変革に不可欠なのは、学習を積んだ個人、学習する個人である」(F. T. Evers他 1998 preface)。
 エンプロイアビリティに関する、ここでの主要な議論の目的は、教育(学校)から職場へのスムースな移行を可能とする条件を明らかにすることにおかれている。すなわち、これまで開発されてきた技術的なコンピテンスだけでは、現代の職場に対処するには不十分であり、基礎的なコンピテンスによって表現されるゼネラリスト的スキルこそが、スペシャリスト的スキルを補足するために開発されなければならないという。繰り返しになるが、ここで意図しているのは、技術的専門的なスキルを活かし補足するような一般的総合的なスキルの開発ということである。

  <3> 日本経営者団体連盟教育特別委員会の「日本社会に適合したエンプロイアビリティ」
 エンプロイアビリティをテーマに掲げている、数少ない日本の文献の代表例としては、日経連の報告書を取り上げておこう。
 本書は、欧米諸国の状況を参照して、エンプロイアビリティ概念に着目している。例えばアメリカでは、1980年代以降の企業のダウンサイジング、リストラクチャリングを経て、良好な労使関係の再構築を模索するなかで、エンプロイアビリティが注目されるに至った。そこでエンプロイアビリティの考え方は、雇用保障に代わる労使間の新しい「社会的契約」として提案され、「経営者は自社における永続的な雇用を保障しない代償として、従業員に対して他社でも通用する高い技術や能力を身につけられるだけの教育・訓練の機会を提供する」という意味で用いられているという(日経連教育特別委員会,1999,pp.1-2)。
 本書では、日本の雇用システムに適合したエンプロイアビリティ概念として、次の両者を包含するものとしている(日経連教育特別委員会,1999,pp.7-8)。

 ・労働移動を可能にする能力
 ・当該企業のなかで発揮され、継続的に雇用されることを可能にする能力

 前者は、組織・職場を越えて通用する能力、転職できる能力で、いわゆる市場価値の高い人材であることを意味している。一方、後者は、特定組織での長期的な就業継続を意味しているが、企業(グループ)の事業展開に対応して幅広い異動やローテーションが行われたり、新事業や異分野へ進出する可能性が高いことを想定すれば、この場合でも柔軟な適応力や総合力が求められることを示唆していると考えられる。そして、今後の方向性として、「変化対応型」の人事政策、「従業員自律・企業支援型」の人材育成を志向し、企業と個人との新たな関係を構築することを目指すと結論づけている(日経連教育特別委員会, 1999, pp.10-12)。

 (3)その他の関連する議論、概念
 さらに、エンプロイアビリティをテーマに掲げてはいないが、実質的に共通する問題意識で貫かれている、アメリカ労働省の職業情報システムを取り上げておきたい。
<アメリカ労働省のO*NET(Occupational Information Network)>
 M. Mariani(1999)によれば、O*NETすなわち職業情報ネットワークは、DOT(Dictionary of Occupational Titles)に代わり、1990年代半ばに開発された。これは、職務ごとの要件と労働者の特性に関するデータに、誰もが容易にアクセスすることを可能にしたシステムで、「1122の職業につながる知識、スキル、能力、興味、ワークスタイル、背景・状況そして課業・任務に関する情報」を含んでいるという(Mariani, 1999, p.3)。
 この論文では、1938年に発表されたDOTと比較しながら、O*NETの優位性を次のように説明している。
 第1に、DOTは工業経済におけるブルーカラー職種に力点をおいていたが、経済の中心が重工業から情報やサービスにシフトするにつれて、今日の労働市場の職業と多能的労働者への需要を反映した、O*NETのような情報システムが必要になった。第2に、DOTがタスク・ベースド・システム(課業にもとづいて職務の特性を表すもの)であったのに対し、O*NETはスキル・ベースド・システムで、職務の要件だけでなく、職務につく労働者の特性を表している。そして第3に、O*NETは移転可能(transferable)なスキルに焦点を当てており、職務または職務群(クラスター)を越えてキャリア・パスを探究することを容易にしている(Mariani, 1999, p.4)。
 このように、O*NETは、スキルを中核的概念として職務と労働者の特性を表した情報ネットワーク・システムになっており、労働者が成功するために必要とするスキルと知識を確認してスキルの移転可能性を示すことで、エンプロイアビリティの向上に役立つものといえる。

 (4)エンプロイアビリティ概念に関する検討
 以上に取り上げたエンプロイアビリティの概念、位置づけを比較してみると、1970~80年代には主に失業率の改善という政策課題に対応するアプローチとして、それが用いられたということができる。つまり、失業状態から脱出する、あるいは学校から職場へスムースに移行するために、個人のエンプロイアビリティの向上が必要であると考えられており、なかでも失業問題が長期化・深刻化しやすい、青年層や何らかの障害、ハンディキャップをもつ人たちを主たる対象に、エンプロイアビリティが考えられている。
 こうした問題意識を反映して、エンプロイアビリティとは、「雇用主が期待する態度行動」で、「就職または就業をつづけるために不可欠な認知的、情緒的スキル」であると捉えられ、普遍性の高い態度行動やスキルのレベルで表現されるものとなっている。
 これに対し、1990年代の議論では、80年代からの社会経済環境や技術・情報システムの変革-企業の経営管理や組織の変革から教育制度、行政システムの見直しまで-に対応し、多くの(あるいは全ての)勤労者にとっての課題としてエンプロイアビリティが意識されるようになってきている。つまり、グローバルな競争力の源泉として、環境や技術の変化に適応するために「学習する人材」が要請されており、そうした人材になるためには、多様なスキルやコンピテンシーを学習する能力、方法、意思、柔軟性が必要とされる。ここで重視されているのは、技術的専門的スキルを活かす一般的総合的スキルであり、いい換えれば、特定の組織での就業継続にこだわらず、職場を越えて活用されるような移転可能なスキルに焦点が当てられている。また、スキルの内容においても、抽象的な思考力とか組織をトータルに把握して運営する能力、自己を開発する能力など、より高度でダイナミックなものとなってきている。


3.エンプロイアビリティの指標・尺度に関する検討

 ここでは、主要な文献、著作にもとづいて、エンプロイアビリティの指標・尺度の特徴を整理してみよう。なお、資料1~6は本章の最後に収録している。

 (1)PREP(1975)によるエンプロイアビリティ態度システム(資料1)
 このプログラムの特徴は、求職行動の場面(Job seeking category)と、就業継続行動の場面(Job keeping category)に分けて、個人的感情の志向性、社会的志向性、細部への志向性、変化への志向性、データへの志向性という5つの領域で、エンプロイアビリティ項目を整理している点に求められる。
 このプログラムは高校生、職業学校卒業生クラスを対象としていることから、次のようなベーシックな態度、行動を示している。

  ・日常的な生活態度
  ・自己管理能力
  ・対人関係、集団行動
  ・情報処理能力
  ・変化への対応力

 (2)Wircenski(1982)のエンプロイアビリティ・スキル(資料2)
 これは、特殊なニーズをもつ学習者へのエンプロイアビリティ・スキルの付与、学校から職場への移行の成功を支援するために考案されたマニュアルという性格から、やはり次のようなベーシックなスキルを中心としている(Wircenski, 1982, p.26)。

  ・社会化(socialization)スキル
  ・コミュニケーション・スキル
  ・金銭・家計管理のスキル
  ・自分の価値を明確化するスキル
  ・職務獲得と保持のスキル

 ここでは、対人行動、社会的役割、実務能力、自己認知・自己管理のスキル、求職から職務継続に至るスキルが示されている。

 (3)Sheckley(1993)の「高業績経済におけるエンプロイアビリティ」のスキル・カテゴリー
 ここでは、1980年代からの社会経済環境や技術・情報システムの変化を受けて、多くの勤労者に移転・応用可能なスキルが必要となっていることが強調されている。上記(1)(2)のような、特定の対象ではなく、ホワイトカラー、技術者、専門職、マネジャーのような教育を受けて知識・技術をもつ職業人や求職者にも、こうした幅広いスキルが求められているという認識に基づいている。
 この著作では、エンプロイアビリティ・スキルとコンピテンシーに関して、5つの組織がまとめたものを(American Society for Training and Development, Commission on Skills of the American Workforce, German Vocational Education, ACT, SCANS)、比較検討し、それらには著しい類似性があることを指摘している。その共通する要素とは、「効果的なリソースの活用、対人関係のスキル、情報の入手と利用、組織・体制の理解、多様な技術を使って働く能力」であるという(Sheckley, 1993, p.109)。
 主要なスキル・カテゴリーには、次のものがあげられている(Sheckley, 1993, p.110)。

 1)学習のしかたを知っていること:知的能力、情報の入手と評価
 2)基礎的な学力:読み書き、計算
 3)コミュニケーション:対話、聞き取りの能力
 4)認知的スキル:創造的思考、問題解決、システム思考、批判的思考、科学的推論
 5)個人およびキャリアを開発するスキル:自尊心、目標設定、創造性、自律性、動機づけ
 6)対人関係スキルとグループで仕事ができること:交渉のスキル、チームワーク、協力
 7)組織における有効性とリーダーシップ:影響力、意思決定、計画、組織化

 (4)W・N・ヨーマンズ(1998)の7つのサバイバル・スキル(資料3)
 本書では、業務の刷新や仕事の見直しが進む社会環境のなかで、個々人が生き残っていくためのスキルについて具体的に詳述している。これは、研究書というよりも、ビジネスマン向けのノウハウや啓発の書というべきもので、スキル項目についての具体性に富んだ解説が参考になる。ここでは、次の7つのスキル・カテゴリーが示されている。

 1)キャリア・スキル
 2)エンデュアランス(持続・忍耐)・スキル
 3)コミュニケーション・スキル
 4)フォロワー・スキル
 5)リーダー・スキル
 6)チーム・スキル
 7)カスタマー・スキル

 このカテゴリーの特徴は、自分のキャリアを開発するためのスキルを重視していること、自己管理や組織内の行動に関してエンデュアランス(持続・忍耐)・スキルというカテゴリーを設けていること、また対人関係に関して、リーダーとフォロワーの立場のスキル及び、顧客に対応する際のカスタマー・スキルに分けて整理していることがあげられる。

 (5)F. T. Evers 他(1998)の生涯学習とエンプロイアビリティのための基礎的コンピテンシー(資料4)
 本書では、教育(学校)から職場へのスムースな移行を支えるスキルは、4つの基礎的なコンピテンシーに集約されるとして、次のように整理している(F. T. Evers他, 1998, p.5)。

 1)Managing Self
  つねに変化する環境の不確実性に対処して能力を最大限に発揮するために、絶えずやり方や技量を開発すること/そうした手順を自分のものにしていること。

 2)Communicating
  いろいろな形態(口頭、文書など)で情報の収集、集約・整理、伝達を促進するために、様々な個人や集団と効果的に相互作用をすること。

 3)Managing People and Tasks
  様々なリソースと人材の両方を計画、組織化、調整そして管理・監督することによって、タスクを完遂させること。

 4)Mobilizing Innovation and Change
  提案・申し立てを率先して行なうこと/変化を起こすとともに、それをうまく扱うこと/現在のやり方からの発展または離脱をはかること/概念形成をすること。

 これらをみると、組織の管理運営や変化への対応、革新の主導など、高度でダイナミックな要素がかなり含まれている。これは、学生や勤労者が必要性を感じつつも、実際には不足していると認識しているスキルを強調する意図が込められており、生涯にわたるエンプロイアビリティを獲得するための指標としたいとの意向が反映されている。

 (6)R. Ashley(1998)のエンプロイアビリティ向上のためのスキル一覧(資料5)
 本書(Enhancing Your Employability)は、2つの前提──伝統的な職務態様(job patten)が衰退し、伝統的な雇用主と従業員との契約が消え去ろうとしている──から出発し、「労働者は労働の概念に対して、従来と異なる態度あるいは考え方(mind-set)をもつ必要がある」としている(Ashley, 1998, p.11)。そして、このことからエンプロイアビリティとは「要求されている能力と態度を開発し発揮すること、すなわち提供できるスキル、資格・手腕、特質をレベルアップすることによって、雇用主にとっての魅力を保ちつづけること」と定義される(Ashley, 1998, pp.17, 106)。
 ここでは、エンプロイアビリティのためのtransferable skills(移転可能なスキル)として、資料5のようなリストを提示し、次の4カテゴリーで構成している(Ashley, 1998, pp.56-57)。

 1)Problem-solving
 2)Team work
 3)Managing/organizing
 4)Communicating


 これらのカテゴリーは先の(3)~(5)とも共通性が高いが、各スキル項目の内容をみると、かなり抽象的で高度な要素が含まれている。例えば、Team workのなかには、他者の動機づけ、交渉と説得、アイデアの発案・検討・統合等が入っており、Communicatingでは、明解な説明、論理性、的確なデータの提示などが強調されている。Managing/organizingは、課題、仕事、人材、時間、資源などのマネジメント・組織化を含んでいる。

 (7)アメリカ労働省のO*NET(Occupational Information Network)におけるスキル一覧(資料6)
 この新しい職業情報データベースでは、より効果的な求人求職活動や職種を越えた労働移動を可能とするために、Basic skillsとTransferable skillsというカテゴリーで、各職業の就業者に求められるスキルを示している。特徴は、Process skillsとして、多様な知識・技能を速く学習する方法や手順を取り上げていること、Transferable skillsをTechnical、Systems、Resource managementなどの概念で区分していることがあげられる。

<Basic skills>
Content skills ── 多様な領域の特殊なスキルをもって働くため、およびそれらのスキルを習得するために必要となる予備的スキル(background skills)。
Process skills ── 多様な領域にわたって、知識とスキルをより速く習得するために役立つ手順。

<Transferable skills>
Social skills ── 目標達成のために他者と一緒に働く。
Complex problem solving skills ── 現実世界の複雑な環境のなかで問題を解決する。
Technical skills ── 機械や技術システム等を設計、設置、操作、調整する。
Systems skills ── 組織やシステムを理解し、チェックし、改善する。
Resource management skills ── 財政、物質、人材を含む、諸資源を効率的に配分する。


4.エンプロイアビリティの指標・尺度の整理と意義づけ

 (1)エンプロイアビリティの指標・尺度の特徴
 図表1は、以上みてきた各指標・尺度の項目を一覧表にまとめたものである。この表の作成にあたっては、Sheckley(1992)が行なったスキルのカテゴリー化のパターン((1)として表示)を基準として、6つの指標、尺度の項目((2)~(7)として表示)を該当すると思われるところに位置づけている。

図表1 エンプロイアビリティ関連指標・尺度の一覧

 図表1を参考に、エンプロイアビリティという概念が包含する意味内容について、コアとなるポイントをまとめると以下のようになろう。

  <1> 概念の多義性・包括性
 エンプロイアビリティという語が意味しているものは、能力、スキル、態度、行動、ある種の性格・パーソナリティなどかなり多様で、包括的である。最近普及しつつある用語ではコンピテンシーがあるが、「ある状況または職務で高い業績をもたらす類型化された行動特性」(太田,1999,pp.26-28)という意味で使われているとすれば、これとの共通性も高いと考えられる。

  <2> 概念の一般性・普遍性・総合性
 特定の業種・職種に限定したものよりも、一般的、普遍的、総合的に求められる要件を表そうとしている。この点は、「技術的専門的なスキルを活かし補足するような、一般的総合的なスキル」という表現に端的に現れているが、スキルの幅広さや応用可能性を高めることを強く意識したものとなっている。

  <3> 移転・応用可能性の重視
 エンプロイアビリティを論じている最近の文献では、transferabilityという概念への言及がしばしばみられる。この点は、上の<2>とも関連するが、多様な領域にわたり、組織や職場が変わっても能力を発揮できるようにする要件や取り組みが重視されることを示している。

  <4> 変化への志向性
 この点には、現在の与えられた課題の処理ということだけでなく、今後の変化にどのように適応、対応していくか、あるいは自らイニシアティブをとって状況の変化をつくり出していくか、という問題意識が反映している。

  <5> 長期的なキャリア開発、人生設計への志向性
 上の点と関連するが、職業を中心とする長期的なキャリアやライフスタイルを構想することが強調されている。これは、環境変化や時間の経過のなかで、自分をどういう領域でどのように活かしていくか、自分が活動するフィールドをどこに設定するかについて、自律的に考えていく姿勢が求められることを示すものである。

  <6> 個人の自律性、能動性の重視
 上述のように、変化に対応しキャリア・プランを構想する上で、個人の自律性、能動性に重点がおかれるが、エンプロイアビリティの議論はその際の要件や資質を示している。
 本稿ではエンプロイアビリティの概念について、以上の特徴をもつことをふまえて、チェックリストの試作を行なった。

 (2)日本型人的資源管理の変容とエンプロイアビリティ
 次に、日本企業の人的資源管理(いわゆる日本型雇用の理念・システム)との関連で、エンプロイアビリティの概念・指標の意味を整理しておこう。
 日本企業の典型的な人事処遇システムである「職能資格制度」、および「能力主義」の理念を主導してきた楠田丘によれば、日本企業の人事処遇の原理は年功主義から能力主義へ展開し、さらに能力主義プラス成果主義へシフトしつつあるという(楠田、1997)。たしかに近年の報酬制度の動向をみると、能力給の拡大、または成果(業績)給、職務給の導入等が盛んに進められているが、その一方で、成果や業績を反映した報酬制度が必ずしも期待どおりに機能していないという反省から、行き過ぎた成果主義を見直す動きも目立っている。このような、やや錯綜した動きが意味するものについて、評価システムの観点から整理すると次の3点が指摘できよう。
 第1に、能力主義を強化する場合、潜在的な素質などよりも、顕在化した発揮能力やアウトプットの面を重視するようになっている。第2に、仕事の成果をみる場合に、組織または個人の目標達成や業績向上への具体的な貢献を測る方向へと進んでいる。第3に、その反面、仕事の「結果」ばかりを評価することの弊害が指摘されるようになり、仕事のプロセスや職場での潜在的貢献を評価する意義が再認識されるようになってきている。
 一方、アメリカの状況に目を転じてみると、1980年代後半頃から「脱ジョブ化」(dejobing)が進展し、いわゆる職務中心主義の人材マネジメントや職務給の報酬制度から転換を遂げつつあるという(Bridges,1994)。その際に、導入が進められてきたのがコンピテンシー・モデルである。
 代表的な解説書では、コンピテンシーは「ある職務または状況に対し、基準に照らして効果的、あるいは卓越した業績を生む原因として関わっている個人の根源的特性」で、「さまざまな状況を超えて、かなり長期間にわたり、一貫性をもって示される行動や思考の方法」と定義されている(Spencer他, 1993:翻訳書、p.11)。また、より実務的なレベルで、人事管理に応用されるコンピテンシーは、「高業績者が持続的に高い業績をあげる能力を行動特性によって表現したもの」と捉えられている(雇用システム研究センター編、2000、p.23)。
 コンピテンシーの概念等についてここで詳しく検討する余裕はないが、この考え方や手法は、近年にわかに日本の企業や人事コンサルタントの間でも注目を集め、導入する動きが目立っている。これは、先にふれた能力主義の強化をはかり、成果主義の導入を進める上で、コンピテンシー・モデルの活用が評価・処遇・配置・育成等を納得的、合理的に行うために有効だとみられているためである。
 以上のように考えてくると、本稿の課題であるエンプロイアビリティにもとづくチェックリストは、日本企業の人的資源管理の変容に直面する職業人にとって、顕在化した能力や成果・業績達成への貢献、自己開発への志向性等をみずから振り返り確認するツールとして活用できるものと位置づけられると考えられる。


5.職業人の自己評価の指標、尺度の試案


 これまでの検討をふまえて、エンプロイアビリティの考え方にもとづいた、自己評価チェックリストを提示する。なお、このチェックリストは、職業人生の全ての期間と範囲にわたって有効な基礎的要件を示しているという意味を込めて、CDE(Career Development competencE)チェックリストと名づけている。

 チェックリストを構成するにあたっては、まず、既存のエンプロイアビリティなどの指標を再整理・統合し、研究委員会メンバーの討議をへて第1次案の項目を試作した。その後、ある企業(製造業大手)に勤務する一般従業員およびマネジャー層、数十名の協力をえて、試行的にチェックリストへの回答と、項目内容、文章表現等へのコメントをいただいた。それらの回答内容を参考にして、分かり難い表現の変更等、再びチェックリストの検討を行ない、以下のような項目をとりまとめるに至った。
 チェックリストの文章の作成に当たっては、原則として、企業などの職場で一般化しやすい具体的な行動表現(~している、~してきた)、または能力表現(~できる)として示すようにした。また、項目によっては他者評価の視点を入れた表現(~と言われている、~と思われている)を用いた。これにより、当人の「思い込み」や「独断」を排して、可能な限り客観性のある自己評価、自己分析となるように配慮している。
 なお、自己評価のカテゴリーは以下の8つの領域を設定した。各領域はそれぞれ3つのサブカテゴリーに分かれ、そのサブカテゴリーにそれぞれ3つの設問が用意されている。したがて、8領域×3サブカテゴリー×3つの設問となり、全体で72の設問となっている。

 (1)コミュニケーション
 (2)対人関係・リーダーシップ
 (3)プランニングとマネジメント
 (4)分析・問題解決
 (5)自己学習
 (6)自発性とストレス対応
 (7)変化対応
 (8)自己マネジメント

 まず、(1)、(2)は、コミュニケーション、対人関係という、社会生活・職業生活を送る上での基礎的な要件であり、各種のエンプロイアビリティ指標にも必ず含まれているものだが、ここでは現代の複雑な職場環境や業務運営で重視されるような項目をより多く取り上げている。(3)、(4)は、組織やプロジェクトの構想~計画~運営~評価のサイクルに関わる要件であり、経営者やマネジャーに求められる能力とも共通性が高いものである。(4)は特に、抽象度の高いシンボル操作や思考力・分析力を含んでいる。
 一方、(5)~(8)は、個人の態度・行動・資質などの管理や開発、動機づけに関わるものであり、自律的な学習の能力と志向性、精神的なエネルギーの高さやストレス対応、変化をキャッチし対応する敏感さや柔軟性、時間管理や能力開発・キャリア開発への志向性などを表している。


CDE(Career Development competencE)チェックリストの設問とサブカテゴリー

I.コミュニケーション
 (口頭のコミュニケーション)
1.相手に自分の考えや気持ちを的確に伝え、論理的で説得力ある説明をしている
2.会議や打ち合わせの場面で積極的に発言し、議論をリードする
3.大切な会議等での口頭発表やスピーチが上手いと言われている
 (文書によるコミュニケーション)
4.レポート等をデータ、事例、根拠を示し、明確でわかりやすく書いている
5.どんな人にも考え方や意図を明確に伝えられる文章を書ける
6.私の企画書や報告書等は、理路整然としてわかりやすいと言われている
 (対話能力)
7.相手の言うことを注意深く聞き、相手の考え、真意、気持ちをつかめる
8.相手の話や相談に対する私の助言や示唆は、相手の満足を得ることが多い
9.仕事のことだけでなく、趣味、スポーツ、世間話など話題が豊富である

II.対人関係・リーダーシップ
 (対人関係づくり)
10.どんな場合もメンバーとの協力的な関係を築いてこられた
11.仕事上のつきあいの人とも、次第に親しくなることが多い
12.仕事で必要な情報は、他のメンバーといつも共有できている
 (信頼の獲得)
13.与えられた仕事は着実にこなして、周囲から信頼を得ている
14.仕事上の行き違い等で、今までに信頼を損なったことはない
15.仕事相手や顧客から、あの人に任せれば大丈夫だと思われている
 (リーダーシップ)
16.必要に応じて、メンバーの意見をまとめ、先頭に立って行動している
17.必要であれば関係者を巻き込んで仕事を進めている
18.メンバーの長所を生かし、各人の意欲と能力を上手く引き出せる

III.プランニングとマネジメント
 (意思決定)
19.直面する状況を分析し、困難な問題もスピーディーに決断している
20.今まで、自分の決定による思わぬ波及や問題が起こったことはない
21.質の高い決定が確実になされるような方法や手続きを考えている
 (計画・組織化)
22.期限までに質の高い仕事ができるよう、計画を作成し、進行管理をしている
23.計画実現のために、チームを作り、役割を明確化し、実施体制を整えている
24.人・モノ・金・情報など、必要な資源を幅広く調達し、活用している
 (リスク・テイキング)
25.起こりうるリスクを検討し、計画達成に対する影響を明確にしている
26.起こりうるリスクを想定し、問題が生じた場合の代替手段も検討している
27.リスクを取らねばならない問題に対しても、果敢に挑戦してきた

IV.分析・問題解決
 (問題発見)
28.必要な調査やデータ、情報の収集を行ない、問題の所在を探れる
29.問題点を洗い出し、解決のための優先順位をつけている
30.複雑かつ曖昧な状況の中でも、問題点を明らかにできる
 (問題分析)
31.多くの資料の中から価値のある情報を選び、また情報間の関連を理解できる
32.一見バラバラに見えることがらを、その背景にある関係から理解できる
33.複数のプランを作成し、その中から解決策を検討する
 (問題解決)
34.複雑で多くの課題がからみ合っている状況で、問題点を整理し解決できる
35.仕事上で、これまでにない革新的な手段や方法を提案したことがある
36.時間のかかる課題も、長期的なビジョンを示し解決できる

V.自己学習
 (情報収集)
37.つねに幅広い関心や斬新な問題意識を持っている
38.多様なメディア(印刷物、電子媒体、ネット)を活用し情報を収集している
39.つねに視野を広げ、人脈を広げるようにしている
 (学習行動)
40.現在、どのような知識が必要か、また、それをどう身につけるかがわかる
41.必要な知識や技術を幅広く吸収している
42.日々の経験を通じて学び、自己の知識や技術を向上させている
 (成長志向)
43.自分が成長できるような仕事を選び、それに取り組みたいと思っている
44.新たな仕事に取り組むときに、自分に適した手順・方法を知っている
45.より高いレベルの仕事ができるよう挑戦を続けている

VI.自発性とストレス対応
 (エネルギー水準)
46.行動力があり、活力、気力を高いレベルで維持している
47.仕事に対してつねに積極的に取り組む態度を維持している
48.仕事に集中、熱中し、時間がたつのも気がつかないことが多い
 (自発性傾向)
49.人並み以上の情熱、使命感、達成意欲、問題意識を持っている
50.他人まかせではなく、つねに自発的に行動している
51.これを達成しようと思ったことは、できるまで徹底してやってきた
 (ストレス対応)
52.ストレスの多い、緊張を要する場面でも、自分なりの有効な対処法がある
53.ストレスや緊張を、むしろ活力源、仕事のエネルギーとしている
54.自分なりの方法で、ストレスを溜め込まないようにしている

VII.変化対応
 (変化の知覚)
55.日ごろから、仕事に関係する変化があるかどうかアンテナを張っている
56.仕事に関係する社会的、技術的変化があった場合すぐにそれを把握できる
57.仕事に関係する情勢の変化はささいな兆候から事前に気づくことが多い
 (変化への姿勢)
58.生じつつある変化を認識し、必要であれば対応策を考える
59.環境変化によって、それまでのやり方に不備が生じたときにはそれを見直す
60.柔軟な見方ができ、変化をかえって楽しむことができる
 (対応行動)
61.変化に対しては即座にその意味を理解し、積極的に対応する
62.状況に応じて、柔軟にやり方や方法を変えることができる
63.自ら新しい提案をしたり、変化を作り出すことができる

VIII.自己マネジメント
 (時間管理)
64.複数の仕事・課題をやりくりして、多数の仕事を同時並行で進められる
65.時間をやりくりし、納期、期限に遅れたことは、ほとんどない
66.仕事の質を低下させることなく、仕事を人並み以上に早く処理できる
 (キャリア開発)
67.自分のキャリア、人生は自らの責任で切り開いていく気構えを持っている
68.将来の働き方、仕事の分野(専門分野等)について計画や希望を持っている
69.今までの能力開発が、キャリアアップや自分の夢の実現のためになってきた
 (自己啓発)
70.自分の得意(分野)、不得意(分野)を把握している
71.自分の能力開発で、どの分野に力を入れ、向上を図る必要があるか知っている
72.セミナー、講習会、学会に参加し、幅広い学習の機会を持っている

IX その他,自分の特徴,強みなどセールスポイントについて(自由記入)
<回答形式>
 回答形式(選択肢)は、「どちらともいえない」を含む、「そう思う」(Yes)から「そう思わない」(No)までの5段階の尺度を用いている。
 また、以上について回答した後で、「領域の順位づけ」として、「今、答えていただいたチェックリストでは、対象としている行動や活動の領域を次の8領域としています。この8領域の中で、現在、あるいはこれから考えている会社生活、職業生活において、どの領域が最も重要と考えられますか。もっとも重要と考えられる領域を「1」として、それに続いて重要なものを「2」、以下、「3」、「4」、と最後の「8」まで、順番に数字をご記入ください。」としている。
 自分の現在の職務、あるいは今後考えている職務等により、どのような領域が重要であるか、また、重要になるかはそれぞれ異なっている。チェックリスト実施後、自らの行動や態度を振り返り、また、どのような領域に重点をおいて自らを伸ばしていくかを検討するために、このような設問を用意している。


6.作成したチェックリストに関わる留意点

 以上のチェックリストについての留意点や検討課題にふれておきたい。
 第一に、チェックリスト作成の基礎材料になったエンプロイアビリティの指標・尺度の多くが、アメリカの研究者や実務家によって開発されてきたものであり、アメリカ社会の文化的歴史的背景や経済的事情を反映している面がある。例えば、アメリカのものは基礎学力やコミュニケーション・スキルを重視したものが多いが、この背景には多民族、人種の多様性や階層格差の大きさからくる問題が表れていると考えられる。また、個人の自律性・能動性の重視には、個人主義的価値観や競争を通じた自己実現の社会という特徴が反映されている。スキルの一般性・普遍性・総合性への志向には、これまで特定職務へ専念する傾向が強くスキルの幅が狭かったことへの反省等が反映していると推察される。今回の試作研究では、もちろん日本社会において有効なものを開発することを目指したが、その元となる考え方にこうした特徴や傾向があることは留意しなくてはならない。日本の勤労者、求職者の現状からみて不適切な項目が含まれている可能性も残っていることが想定されるので、実際のデータを収集・分析する等により、今後も項目を検討していく必要があろう。
 この点に関連して、現在は一本のチェックリストであるが、その人の状況、例えば職種や職位、または在職者なのか学生なのか等によってチェックするべき部分が異なることが想定される。共通の一本のチェックリストはデータが共有でき、全体のなかでどのあたりに自分がいるかを知るという点では良いが、あまり状況に合わない不適切な設問が続くことも望ましくない。ある対象者には内容が高度すぎる、また別の対象者には内容が一般的すぎるということも考えられる。このことから、対象にあわせて複数のチェックリストを作成する、あるいはその人の回答内容によって、それ以降の設問が調整されるいわゆるテイラード・テスト的な仕組みを考える等に関しても検討する必要がある。
 第二に、勤労者、求職者のスキルという点からいえば、既存の研究や実務的な尺度との異同・関連性も検討しておくべきであろう。例えば、以前から行われてきた経営者・管理者の行動様式の研究や、ヒューマン・アセスメントにおける評価尺度、最近しばしば取り上げられているコンピテンシー・モデル等が比較検討する対象と位置づけられよう。また、HRMチェックリストのプロジェクト全体としては他にも様々な尺度、チェックリストを開発していることから、内容が重複する部分については割愛するということも考えられる。


7.データによる検討:想定した構成での属性差

(1)目的

 本節では、CDEチェックリスト作成にあたって想定された8つの下位尺度を使用し、年齢・職位等の属性による得点の差異を検討する。

(2)方法

分析対象:
 大手製造会社における、新任部課長研修・新任係長相当の研修に参加した従業員、及び研究開発部門に属する従業員計553名を対象に調査を行い、CDEチェックリスト72項目の回答に欠損のなかった509名を分析対象とした。内訳は、新任部課長研修参加者163名、新任係長相当の研修参加者221名、研究開発部門125名であった。また男性484名・女性23名、平均年齢は37.1歳、標準偏差は6.15であった。

属性:
 質問紙のフェイスシートで得られた、属性を問う項目である「年齢」、「性」、「学歴」、「文系/理系」、「転職経験の有無」、「職種」、「職位」、及び、調査対象企業の人事担当者より得られた情報である、「人事課の選んだハイパフォーマーと、そうでないもの」、「人事考課のランク付け(SからEの6段階)」の計9変数を扱った。ただし、「人事課の選んだハイパフォーマーと、そうでないもの」と「人事考課のランク付け」の2変数は研究開発部門に属する従業員のみのデータになっている。このため、「人事考課のランク付け」は6段階それぞれに属する者の数が少なくなっており、「SあるいはA」・「B」・「C以下」の3群に分けて検討した。

(3)結果

 上に挙げた属性を独立変数、CDEチェックリストで想定された各下位項目(コミュニケーション、対人関係・リーダーシップ、プランニングとマネジメント、分析・問題解決、自己学習、自発性とストレス対応、変化対応、自己マネジメント)を従属変数として1要因配置の分散分析を行った。この結果を以下の図表2-1から表2-9に示す。

図表2-1 年齢(年代)による分散分析結果
図表2-2 性別による分散分析結果
図表2-3 学歴による分散分析結果
図表2-4 文系・理系による分散分析結果
図表2-5 転職経験による分散分析の結果
図表2-6 職種による分散分析の結果
図表2-7 職位による分散分析の結果
図表2-8 「人事課の選んだハイパフォーマーと、そうでないもの」による分散分析の結果
図表2-9 人事考課のランク付けによる分散分析の結果

以上の結果より、

1.年齢の高い者はコミュニケーション、対人関係・リーダーシップ、プランニングとマネジメント、変化対応の得点が高いこと
2.男性は女性よりも対人関係・リーダーシップの得点が高いこと
3.大卒・院卒の者は高卒の者よりもコミュニケーション、分析・問題解決、自己学習の得点が高いこと
4.文系の者は理系の者より対人関係・リーダーシップ、変化対応の得点が高いこと
5.現業の者は他の職種の者に比べ、チェックリストの得点が全体的に低いこと
6.職位が高い者はチェックリストの得点が全体的に高いこと
7.人事課の選んだハイパフォーマーはそうでない者よりも対人関係・リーダーシップの得点が高いこと

が示唆された。


8.データによる検討:因子分析、尺度の再構成

(1)目的

 本節の目的は、1)CDEチェックリストの因子構造、及び信頼性の検討をすること、2)得られた因子構造により、年齢・職位等の属性による得点の差異を再度検討すること、の2点である。ただし、CDEチェックリストは今後さらなるデータの蓄積が期待される。このため、本節で得られた結果は現在までに得られたデータに適用するものとして理解いただきたい。

(2)方法

質問紙の構成:
 CDEチェックリスト全72項目と、個人の属性変数として性、年齢、学歴、文系/理系、転職経験の有無、職種、職位などを問う項目からなる。

分析対象:
 大手製造会社における、新任部課長研修・新任係長相当の研修に参加した従業員、及び研究開発部門に属する従業員計553名を対象に調査を行い、CDEチェックリスト72項目の回答に欠損のなかった509名を分析対象とした。内訳は、新任部課長研修参加者163名、新任係長相当の研修参加者221名、研究開発部門125名であった。また男性484名・女性23名、平均年齢は37.1歳、標準偏差は6.15であった。

属性:
 質問紙のフェイスシートで得られた、属性を問う項目である「年齢」、「性」、「学歴」、「文系/理系」、「転職経験の有無」、「職種」、「職位」、及び、調査対象企業の人事担当者より得られた情報である、「人事課の選んだハイパフォーマーと、そうでないもの」、「人事考課のランク付け(SからEの6段階)」の計9変数を扱った。ただし、「人事課の選んだハイパフォーマーと、そうでないもの」と「人事考課のランク付け」の2変数は研究開発部門に属する従業員のみのデータになっている。このため、「人事考課のランク付け」は6段階それぞれに属する者の数が少なくなっており、「SあるいはA」・「B」・「C以下」の3群に分けて検討した。

(3)結果

 CDEチェックリスト全項目に対し、最尤法プロマックス回転による探索的因子分析を行った。固有値の減衰状況と解釈可能性から8因子解を採択した。また、<1>最大の因子負荷量が0.3未満である項目、<2>因子負荷量の絶対値の差が0.1未満である項目を削除し、再度、最尤法プロマックス回転による因子分析を行った。この結果、ほぼ同様の8因子、46項目を得ることができた(図表3)。因子名と因子に属する項目を以下で説明する。

図表3 CDEチェックリストの因子構造(プロマックス回転解)

 第I因子:情報の分析や問題点の整理、解決をする能力を表した項目が多いため、「問題解決・分析」と名づけた。
 第II因子:仕事への意欲、自発性、積極性を表す項目がまとまっているため、「意欲・積極性」と名づけた。
 第III因子:口頭・文書上の表現力を問う項目がまとまっているため、「表現力」とした。
 第IV因子:「会議や打ち合わせの場面で積極的に発言し、議論をリードする」、「必要に応じて、メンバーの意見をまとめ、先頭に立って行動する」など、リーダーシップを発揮し、チームを牽引していく能力に高い負荷が見られたため、「リーダーシップ」と名づけた。
 第V因子:知識・技術・人脈を広げるための行動に高い負荷が見られたため、「情報収集」と名づけた。
 第VI因子:変化があった場合すぐにそれを把握できる、変化を捉えるようアンテナを張っているなどの項目によって構成されているため「変化に対する感受性」と名づけた。
 第VII因子:メンバーとの協力関係を築けるかを問う項目によって構成されているため、「協調的な人間関係」と名づけた。
 第VIII因子:変化に対し、楽しみ、柔軟性を持ち対応する項目によって構成されているため、「変化への対応」と名づけた

 探索的因子分析により得られた下位因子間の相関を図表4に示した。いずれの下位尺度同士にも0.19から0.67の正の相関関係がみられる。また、尺度の信頼性を検討するためにCronbachのα係数を算出した(図表5)。その結果、各下位尺度において0.67から0.86のα係数が得られた。いずれの尺度においても満足のいく信頼性係数が得られており、本尺度は内的整合性が高いことが示唆された。探索的因子分析により得られた因子により確認的因子分析を行ったところ、適合度指標はGFI=0.825、AGFI=0.803、RMSEA=0.054となり、今回得られた8因子が比較的よく共分散行列を説明していると判断された。

図表4 因子間相関
図表5 信頼性係数

 また、因子分析によって得られた因子と項目作成時に想定した領域との対応関係を図表6に示した。IV「リーダーシップ」は複数の領域から構成されており、変化対応として想定した領域が「変化に対する感受性」と「変化対応」の2因子に分かれたものの、想定した領域と抽出された因子はおおむね重なっている。

図表6 因子分析により抽出された因子と作成時に想定された領域の対応関係

属性差の検討
 被検者の属性として得られた「性」、「年代」、「学歴」、「文系/理系」、「転職経験の有無」、「職種」、「職位」、及び、「人事課の選んだ高業績者とそうでないもの」、「人事考課のランク付け結果」を独立変数、本節の因子分析で得られた下位因子ごとの合計得点を従属変数とし、1要因配置分散分析を行った。その結果を以下の図表7-1から図表7-9に示した。

図表7-1 性別による分散分析結果
図表7-2 年齢による分散分析結果
図表7-3 学歴による分散分析結果
図表7-4 文系・理系による分散分析結果
図表7-5 転職経験による分散分析結果
図表7-6 職種による分散分析結果
図表7-7 職位による分散分析結果
図表7-8 人事担当者の選んだハイパフォーマーとそれ以外の者による分散分析結果
図表7-9 人事考課のランク付けによる分散分析結果

 以上の分析結果に顕著に見られる点をまとめると、以下のことが示唆された。

 1)男性は女性よりもリーダーシップ、変化に対する感受性、協調性の得点が高い
 2)40代の者は20代、30代の者より表現力、リーダーシップ、変化に対する感受性が高い。
 3)大卒の者は高卒の者より問題解決・分析、表現力、リーダーシップ、情報収集が高い
 4)文系は理系よりも変化に対する感受性が高い
 5)現業の者は営業職・事務職・専門職の者よりも問題解決・分析、表現力、情報収集、変化に対する感受性が低い
 6)部長は一般・係長よりも問題解決・分析、情報収集を除く全てのCDEの自己評価が高い
 7)人事担当者の選んだハイパフォーマーはそうでない者に比べてリーダーシップが高い。

(4)考察

 本節ではCDEチェックリストの因子分析と信頼性の確認、及び属性によるCDEの自己評価の差の検討を行った。
 因子分析に関しては、尺度作成時に想定した8領域にはならなかったが、おおむね類似する8因子(問題解決・分析、意欲・積極性、表現力、リーダーシップ、情報収集、変化に対する感受性、協調的な人間関係、変化への対応)が得られた。これらの因子はエンプロイアビリティに関する要素として頻繁に取り上げられるコミュニケーション、リーダーシップ、動機づけなどの側面を含んでいることから、ある程度の内容的妥当性を確認することができる。それぞれの因子の信頼性係数(α)を見ると、0.67から0.86までであり、ほぼ満足のいく信頼性が得られた。
 次に属性差の検討についてであるが、年齢が高い者ほどエンプロイアビリティが高い傾向が見出された。エンプロイアビリティと類似した概念であるコンピテンシーにおいても、中高齢者はコミュニケーション能力やチームワーク、戦略志向などの能力が高いことが示唆されており(太田,2001)、この知見とも一致している。エンプロイアビリティは一定の職務経験を積むことにより学習、獲得されるものとすれば、この結果は本尺度の妥当性を示しているものと考えられる。
 年齢と同様に、職位が高い者は低い者よりもエンプロイアビリティが高い傾向にあることが見出された。職位は年齢に応じて上がっていくため、この結果には年齢の影響が大きく関係していると考えられる。しかし、同時にエンプロイアビリティが高い者が、高い職位に就いた可能性も考えうる。今回の分析では分析対象が少なく検討できなかったが、今後この点を明瞭にするには、例えば同年齢で職位の異なる者を比較する等の、さらなる検討が必要であろう。
 また、人事担当者の選んだハイパフォーマーは、選ばれていない者よりもリーダーシップの得点が有意に高かった。この基準は人事担当者の主観的な判断であり、解釈には慎重にならねばならないが、調査対象企業の人事に関する評価では、チームを牽引し、統率する能力であるリーダーシップが重要であることが示唆された。
 本チェックリストは自己記入式のものであり、個人が知覚した自身のエンプロイアビリティを測定していると考えられる。よって、個人が本来有しているエンプロイアビリティを測ることが出来るものであるかは更なる検討の余地がある。例えば個人の能力への知覚に関しては、セルフ・エフィカシー(ある状況に対してうまく対応できるという信念)や、性格特性、自己意識等との関連が考えられる。これらの要因を統制して検討することも、尺度の妥当性を高めるために必要であろう。加えて、明確な基準をもった実際の人事考課の結果などの第3者による評価とも照らし合わせて、更なる妥当性の検討をするべきである。
 また、今回の調査対象者は同一企業の従業員約500名であり、分析対象としては十分な数を確保している。しかし、エンプロイアビリティは職場を越えて移転可能な一般的総合的スキルとされているため、本尺度を使用する上では他の様々な業種においても共通の因子構造が得られるかどうかを確認し、交差妥当性を検証することが非常に重要であると考えられる。これらの詳細な検討のため、更なるデータの蓄積と調査研究が期待される。


CDEチェックリスト

チェックリストの趣旨
 CDE(Career Development competencE)チェックリストは日本労働研究機構(厚生労働省所管の研究機関)で開発中のもので、現在、試行的、実験的に実施しているものです。
 今後の長い職業生活において、会社での充実した仕事やより良い職業人生を送っていくためには、仕事や生活面でプラスやマイナスに働いている自分の特徴を確認しておく必要があります。このチェックリストは、仕事や活動の様々な側面で、現在、自分はどのように行動しているかを振り返り、自分の長所、強みを確認し、また、現在の仕事あるいは将来の仕事において、どのようなことが重要となるかを考え、どのような点をこれから伸ばしていくかみようとするものです。

回答結果について
 回収した用紙は、コード化し入力された後、破棄され、外部に出ることは決してありません。また、個人を特定する意図はまったくありません。回答は、集計されたものを統計的にのみ利用します。
 現在はまだ試行段階のため、不十分なものとは思いますが、ご本人にとって何らかの参考になる結果をお返しすることを予定しています。
 データは本チェックリスト開発のために利用いたします。従業員と企業のためのより良いチェックリストとなるようご協力をお願いいたします。

フェースシート記入上のお願い
 該当する項目(選択肢)の番号に〇印をつけるか、記入欄に記入してください。

フェースシート(F1、F2)
フェースシート(F3、F4他)
チェックリスト〈P01〉
チェックリスト〈P02〉
チェックリスト〈P03〉
チェックリスト〈P04〉


チェックリスト解説シート

チェックリストの趣旨
 今後の長い職業生活において、会社での充実した仕事やより良い職業人生を送っていくためには、仕事や生活面でプラスやマイナスに働いている自分の特徴を確認しておく必要があります。このチェックリストは、仕事や活動の様々な場面で、現在、自分がどのように行動しているかを振り返り、自分の長所、強みを確認し、どのような点をこれから伸ばしていくか、参考にしていただこうとするものです。

スコアについて
 スコアは比較対象全体と比較した、相対的な位置、偏差値で示されます。偏差値は全体の平均値が50、標準偏差が10となります。図のような分布であり、40から60の間に約68%の人が入ります。60の人は上から16%のところに位置することになります。



8つの側面
 スコアは8つの側面で表示されています。この8つの側面はキャリアを開発していく上で必要と考えられるもので、エンプロイアビリティ、キャリア開発等の過去の研究をレビューした結果、コアの要素として抽出されたものです。以下に8つの側面を解説します。

  I.コミュニケーション――口頭や文書でのコミュニケーション能力、対話能力等をみています。
  II.対人関係・リーダーシップ――協力的な人間関係、信頼関係を築けるか、必要な場合はリーダーシップをとれるか等をみています。
  III.プランニングとマネジメント――的確な意思決定ができるか、仕事を計画的・組織的にできるか、また、リスクを認識し、その対策を考えているか等をみています。
  IV.分析・問題解決――仕事等での問題点の抽出、分析、解決の能力をみています。
  V.自己学習――仕事の面で自分が成長できるよう、情報を収集し、体験から学んでいるかをみています。
  VI.自発性とストレス対応――積極的、自発的に行動しているか、ストレスを逆にエネルギーにしているか等をみています。
  VII.変化対応――仕事に関連する変化を敏感に察知し、必要であればその変化への対応ができているかをみています。
  VIII.自己マネジメント――時間管理、自分のキャリアの管理・開発等ができているかをみています。

最後に
 米国AT & Tが行った有名な数十年に及ぶ追跡調査があります。入社した社員の能力や価値観、行動特性等をありとあらゆる方法で測定し、その人がその後どのようなキャリアをたどったかをみたものです。この調査の結果、非常に面白いことがわかっています。社内で出世した人は、出世したいという気持ちが強かった人でした。能力や行動特性等々、様々な側面を測定しましたが、最も関係していた要素は、その人がどうなりたいと思っていたかという点だったのです。
 人はそれぞれ、こうなりたいという目標があると思います。その目標を思う気持ちが強ければ、それが実現する、能力や行動特性よりもそのような気持ちの方が強いということを、このAT & Tの結果は示しています。ご自分の目標実現のために、より良い今後のキャリアのために、このチェックリストの結果を生かしていただければ幸いです。


参考・引用文献
浅井紀子 2002 スキルの競争力 中央経済社
Ashley, R. 1998 Enhancing Your Employability: How to Improve Your Prospects of Achieving a Fulfilling and Rewarding Career, How To Books Ltd.
Bridges, W. 1994 JobShift, Addison-Wesley(ウィリアム・ブリッジス/岡本豊訳 1995 ジョブシフト 徳間出版)
Evers, F. T., Rush, J. C. & Berdrow, I. 1998 The Bases of Competence : Skills for Lifelong Learning and Employability
平野光俊 1994 キャリア・ディベロップメント ── その心理的ダイナミクス ── 文眞堂
International Labor Office 1999 World Employment Report 1998-99: Employability in the Global Economy
雇用システム研究センター編 2000 日本型コンピテンシー・モデルの提案 社会経済生産性本部生産性労働情報センター
楠田 丘 1997 成果主義賃金 経営書院
Mariani, M. 1999 Replace with a database: O*NET replaces the Dictionary of Occupational Titles, Occupational Outlook Quarterly
森 清 1999 仕事術 岩波書店
根本 孝 1998 ラーニング・シフト――アメリカ企業の教育革命―― 同文舘出版
日経連調査研究レポート(エンプロイヤビリティの系譜 ── 日本における可能性)1998 月刊 経営者No.612 日経連研修・出版部, pp84-87
日本経営者団体連盟教育特別委員会 1999 エンプロイヤビリティの確立をめざして
太田隆次 2001 コンピテンシー(行動特性)活用の可能性, 中高年ホワイトカラーのキャリアデータベース構築に関する研究報告書, pp73-79, 高年齢者雇用開発協会
PREP, INC. 1975 Employability Attitude System Instructor's Guide
Sheckley, B. G. 1992 Employability in a High Performance Economy, Council for Adult & Experiential
Shein, E. H. 1978 Career Dynamics: matching individual and organizational needs, Addison-Wesley(エドガー・H・シャイン/二村敏子・三善勝代訳 1991 キャリア・ダイナミクス 白桃書房)
Spencer, L. M. & Spencer, S. M. 1993 Competence at Work, Jhon Wiley & Sons (ライル M. スペンサー、シグネ M. スペンサー/梅津祐良・成田攻・横山哲夫訳 2001 コンピテンシー・マネジメントの展開 生産性出版)
Super, D. E. 1957 The Psychology of Careers. New York: Harper and Brothers. (D.E.スーパー/日本職業指導学会訳 職業生活の心理学 誠信書房)
Wircenski, J. L. 1982 Employability Skills For The Special Needs Learner, ASPEN Publication
Yeomans, W. N. 1996 Seven Survival Skills for A Re-engineered World, Penguin Books USA Inc.(ウィリアム・N・ヨーマンズ/藤本直訳 1998 大失業時代を生き抜く7つの条件 七賢出版)


資料1 PREP(1975)のEmployability Attitude Systemにおける態度行動リスト

JOB SEEKING ATTITUDES

●PERSONAL FEELING ORIENTATION
1.INTEGRITY   Fair, loyal, honest and straightforward action.
2.DISPOSITION   Showing a pleasant or unpleasant attitude to life in general, the employer, and any job openings discussed in an employment interview.
3.EMOTIONALITY   Showing emotions while asking or answering questions, or presenting information to the employer.

●SOCIAL ORIENTATION
4.COURTESY   Respecting the feelings and values of the interviewer.
5.COMMUNICATION   Clearly and accurately transmitting information to the employer in writing, speaking and body language.
6.DOMINANCE   Attempting to control the job interview.

●DETAIL ORIENTATION
7.TIME MANAGEMENT   Managing time.
8.CONCERN FOR DETAILS   The depth, thoroughness and completeness of the job hunt.
9.PERSISTENCE   Sticking with a job hunting activity until it is completed.

●CHANGE ORIENTATION
10.OPEN MINDEDNESS   Accepting new information heard in a job interview even though it goes against your own opinion.

●DATA ORIENTATION
11.INFORMATION ANALYSIS   Relating information about yourself to the requirements of a job opening, a company, or an employer.
12.INFORMATION SEEKING   Using resources such as reference books, people, organizations in society, or the employer to find out information about jobs or openings.
13.TEST TAKING ABILITY   Doing well on employment tests.


JOB KEEPING ATTITUDES

●PERSONAL FEELING ORIENTATION
14.INTEGRITY   Fair, loyal, honest and straightforward action.
15.REACTION TO MISTAKES   Accepting and learning from mistakes.
16.RATIONALITY   Sizing up situations and predicting the effect of your actions in them.
17.DISPOSITION   Showing a pleasant or unpleasant attitude toward life in general, work, supervisors, and co-workers.

●DETAIL ORIENTATION
18.DEPENDABILITY   Following or obeying rules, regulations, instructions, directions, duties and responsibilities.
19.TIME CONFORMITY   Conforming to a time schedule established by the employer.
20.CONCERN WITH DETAILS   The depth, thoroughness and completeness of work done.
21.RESPONSIBILITY   Efficiently handing materials, equipment, supplies, tools, etc.
22.PERSISTENCE   Sticking to a work activity until its completion.
23.ATTENTIVENESS   Paying attention to a work activity.

●DATA ORIENTATION
24.ORGANIZATION   Organizing and planning work activity.

●SOCIAL ORIENTATION
25.REACTION TO SUPERVISION   Reacting to having work judged, criticized or directed by others.
26.COOPERATION   Helping the work group to achieve its goals.
27.REACTION TO CO-WORKERS   Reacting to fellow workers.
28.COMMUNICATION   Accurately and clearly transmitting information to others.
29.SOCIAL JUDGEMENT   Acting in ways approved of by fellow workers.
30.DEPENDENCY   Seeking help from or relying on others to complete familiar work tasks.
31.LEADERSHIP   Influencing the work group to achieve its work goals in a predetermined way.
32.ASSERTIVENESS   Standing up for rights.

●CHANGE ORIENTATION
33.INITIATIVE   Acting on own, or before other workers, in a new situation.
34.ADAPTABILITY   Adjusting work activity to new situations.
35.ADVENTUROUSNESS   Seeking new knowledge, skills or relationships.
36.CREATIVITY   Coming up with new solutions to work problems or finding new ways of doing things.


資料2 J.K. Wircenski(1982)のEmployability Skills for the Special Needs Learner におけるスキル・リスト
1)Socialization Skills
     1. Demonstrate acceptable interpersonal behaviors
     2. Demonstrate acceptable responses to authority
     3. Demonstrate acceptable social roles
     4. Follow oral directions
     5. Follow written directions
     6. Demonstrate personal organization skills

2)Communication Skills
     1. Write a business letter
     2. Write a personal letter

3)Financial Management Skills
     1. Manage a savings/checking account
     2. Maintain a personal budget
     3. Demonstrate personal finance decision-making skills

4)Value Clarification Skills
     1. Display positive self-concept
     2. Demonstrate responsible action
     3. Identify values related to personal behaviors
     4. Apply decision-making skills

5)Job Procurement and Retention Skills
     1. Utilize job source information
     2. Complete job application form
     3. Prepare a resume
     4. Give appropriate responses in an interview
     5. Demonstrate techniques for maintaining employer relations
     6. Identify processes for maintaining good employer-employee relations


資料3 W・N・ヨーマンズ(1998)の『大失業時代を生き抜く7つの条件』
    (William N. Yeomans, 1996, Seven Survival Skills for A Re-engineered World.)におけるスキル・リスト

1)キャリア・スキル
     <1>スキル開発のための優先度の設定
     <2>時代変化への備え

2)エンデュアランス・スキル
     <1>ストレスのプラス転換
     <2>マネジメントにかかわる新理論、流行理論への対応
     <3>時間の管理
     <4>社内政治行動における中庸性
     <5>非従来的キャリアへの関心

3)コミュニケーション・スキル
     <1>スピーキング、ライティング
     <2>リスニング

4)フォロワー・スキル
     <1>上司に対する協調性
     <2>上司との間のコミュニケーション

5)リーダー・スキル
     <1>部下の指導
     <2>部下への動機づけ
     <3>フィードバックの提示

6)チーム・スキル
     <1>チームの構成
     <2>会議のもち方と結果
     <3>創造的な問題の解決

7)カスタマー・スキル
     <1>顧客との協力姿勢
     <2>有意義な関係の樹立


資料4 F.T.Evers, J.C.Rush, I Berdrow(1998)のThe Bases of Competence:Skills for Lifelong Learning and Employabilityにおけるスキル・リスト
 *本書の内容から、筆者が再整理して作成したものである。

1)The Managing Self Skill Set
1-1. Learning Skills
   1. Keeping up-to-date on developments in your field
   2. Gaining new knowledge from everyday experiences
1-2. Personal Organization and Time Management
   1. Setting priorities
   2. Allocating time efficiently
   3. Managing/overseeing several tasks at once
   4. Meeting deadlines
1-3. Personal Strengths
   1. Maintaining a high energy level
   2. Motivating yourself to function at your optimal level of performance
   3. Responding to constructive criticism
   4. Maintaining a positive attitude
   5. Functioning in stressfull situations
   6. Ability to work independently
   7. Developing personal traits for dealing with day-to-day work situations
1-4. Problem Solving and Analytic
   1. Identifying problems
   2. Prioritizing problems
   3. Solving problems
   4. Contributing to group problem solving
   5. Asking the right questions
   6. Answering questions
   7. Identifying essential components of ideas
   8. Sorting out the relevant data to bring to bear on the problem

2)The Communicating Skill Set
2-1. Interpersonal Skills
   1. Working well with peers
   2. Working under supervision
   3. Empathizing with others
   4. Understanding the needs of others
2-2. Listening
   1. Listening attentively
   2. Responding to others' comments effectively during a conversation
2-3. Oral Communication

   1. Conveying verbal information, one to one
   2. Communicating ideas verbally to groups
   3. Making effective presentations to large gatherings
2-4. Written Communication
   1. Writing reports
   2. Writing formal business communication(i. e., letters)
   3. Writing informal business communication(i, e., memos)
   4. Effectively transferring information

3) The Managing People and Tasks Skill Set
3-1. Coordinating
   1. Coordinating the work of peers and subordinates
   2. Encouraging positive group relations
3-2. Decision-Making
   1. Making decisions in a short time period
   2. Assessing the long-term effects of decisions
   3. Making decisions on the basis of thorough analysis of the situation
   4. Identifying political implications of the decision to be made
   5. Knowing ethical implications of the decision to be made
   6. Recognizing all those affected by the decision
3-3. Leadership and Influence
   1. Supervising the work of others
   2. Giving direction and guidance to others
   3. Delegating work to peers
   4. Motivating others
3-4. Managing Conflict
   1. Identifying sources of conflict among other people
   2. Resolving conflicts/Taking steps to overcome disharmony
3-5. Planning and Organizing
   1. Determining required tasks to meet objectives
   2. Establishing the critical events to be done
   3. Delegating tasks to others
   4. Monitoring progress against plan
   5. Integrating strategic considerations in the plans made
   6. Revising plans to include new information

4)The Mobilizing Innovation and Change Skill Set
4-1. Ability to Conceptualize
   1. Combining relevant information from a number of sources
   2. Applying information to new or broader contexts
   3. Integrating information into more general contexts
4-2. Creativity, Innovation, Change
   1. Providing novel solutions to problems
   2. Adapting to situations of change
   3. Initiating change to enhance productivity
   4. Reconceptualizing roles
4-3. Risk-Taking
   1. Taking reasonable job-related risks
   2. Identifying potential negative outcomes when considering a risky venture
   3. Monitoring progress toward objectives in risky ventures
   4. Recognizing alternate routes in meeting objectives
4-4. Visioning
   1. Conceptualizing future for an organization
   2. Providing innovative paths for an organization to follow for future development

(その他)
Technical Skills
   1. Specific technical knowledge
   2. Using computers


資料5 R. Ashley(1998)のEnhancing Your Employabilityにおけるtransferable skillsのリスト

1)Problem-solving
   ・define and identify the core of a problem
   ・investigate what resources are available
   ・enquire and research into the available resources
   ・analyse data/information
   ・show independent judgement of data/information
   ・relate data/information to its wider context
   ・data appreciation : draw conclusions from complex arrays of data
   ・organise and synthesise complex and disparate data
   ・apply knowledge and theories
   ・show flexibility and versatility in approach
   ・use observation/perceptive skills
   ・develop imaginative/creative solutions
   ・use an approach which is sensitive to needs and consequences
   ・show resourcefulness
   ・use deductive reasoning
   ・use inductive reasoning

2)Team work
   ・listen to others
   ・be aware of own performance
   ・observe others' performance and use perceptions
   ・lead and motivate others
   ・show assertiveness (set own agenda)
   ・co-operate with others
   ・negotiate and persuade
   ・constructively criticise
   ・produce new ideas or proposals
   ・clarify, test or probe others' ideas of proposals
   ・elaborate on own/others' ideas of proposals
   ・summarise-bring ideas together
   ・give encouragement to others
   ・compromise, mediate, reconcile individuals and/or ideas

3)Managing/organising
   ・identify what tasks need to be done and the time scales involved
   ・evaluate each task
   ・formulate objectives, bearing in mind these evaluations
   ・plan work to achieve objectives/targets
   ・carry out work required
   ・evaluate and review progress and reformulate objectives
   ・cope and deal with change
   ・withstand and deal with pressures
   ・ensure appropriate resources are available
   ・organise resources available
   ・show initiative
   ・manage time effectively
   ・demonstrate sustained effort
   ・make quick, appropriate decisions
   ・show personal motivation
   ・execute agreed plans

4)Communicating (verval and written)
   ・explain clearly
   ・deal effectively with conflicting points of view
   ・develop a logical argument
   ・present data clearly and effectively
   ・take account of audience/reader in oral presentation/writing
   ・show evidence of having assimilated facts
   ・give appropriate examples
   ・show enthusiasm and interest
   ・show critical reasoning
   ・use appropriate presentation techniques
   ・compare and contrast effectively
   ・listen and query where necessary
   ・discuss ideas, taking alternatives into account
   ・defend a point of view
   ・assess own performance


資料6 O*NET (Occupational Information Network) におけるスキル・リスト

<Basic skills>
Content skills ── 様々な領域のスキルを持つため、また、それらのスキルを習得するために必要となる予備的スキル(background skills)
     ・Reading comprehension
     ・Active listening
     ・Writing
     ・Speaking
     ・Mathematics
     ・Science
Process skills ── 多様な領域にわたり、知識とスキルをより速く習得するためのスキル
     ・Critical thinking
     ・Active learning
     ・Learning strategies
     ・Monitoring

<Transferable skills>
Social skills ── 目標を達成するために他の人と一緒に働く
     ・Social perceptiveness
     ・Coordination
     ・Persuasion
     ・Negotiation
     ・Instructing
     ・Service orientation
Complex problem solving skills ── 現実世界の環境の中で問題を解決する
     ・Problem identification
     ・Information gathering
     ・Information organization
     ・Synthesis/reorganization
     ・Idea generation
     ・Idea evaluation
     ・Implementation planning
     ・Solution appraisal
Technical skills ── 機械や技術システムなどを設計、設置、操作、調整する
     ・Operations analysis
     ・Technology design
     ・Equipment selection
     ・Installation
     ・Programming
     ・Testing
     ・Operation monitoring
     ・Operation and control
     ・Product inspection
     ・Equipment maintenance
     ・Troubleshooting
     ・Repairing
Systems skills ── 組織やシステムを理解し、チェックし、改善する
     ・Visioning
     ・Systems perception
     ・Identifying downstream consequences
     ・Identification of key causes
     ・Judgement and decisionmaking
     ・Systems evaluation
Resource management skills ── 資金、資材、人材を含む、諸資源を効率的に配分する
     ・Time management
     ・Management of finacial resources
     ・Management of material resources
     ・Management of personnel resources


第5章 項目反応理論による測定精度の検討

1.はじめに

 ワーク・シチュエーションチェックリスト(日本労働研究機構、1999)とは、「I.職務」、「II.上司やリーダー」、「III.同僚や顧客との関係」、「IV.ビジョン・経営者」、「V.処遇・報酬」、「VI.能力開発・福利厚生・生活サポート」の6領域合計84項目で構成され、職務の遂行や仕事生活に関わる多様な側面について従業員側の評定を得ることを目的とする尺度である。ここでは、ワーク・シチュエーションチェックリストの企業従業員に対する測定精度について、項目反応理論を用いて検討する。


2.方法

被調査者: 事前の調査依頼に承諾した一般企業41社(製造、情報、金融、医療、調査、印刷)の従業員、および地方公務員、教員、看護師に対して人事労務担当者等を通じて個別に調査票を配布し、後日、計7936名から回答を得た。1つ以上欠損値のあった者を除き、4766名を有効回答とした(男性;3516名、平均年齢39.24歳〔SD=10.55〕、女性;1250名、平均年齢=30.73歳〔SD=8.14〕、有効回答率=60.06%)。

調査時期: 2001年9月から2002年3月。

調査票: ワーク・シチュエーションチェックリスト(日本労働研究機構、1999)を使用した。本尺度は、「I.職務」、「II.上司やリーダー」、「III.同僚や顧客との関係」、「IV.ビジョン・経営者」、「V.処遇・報酬」、「VI.能力開発・福利厚生・生活サポート」の6領域84項目より構成される。回答方法は、5件法(1.NO、2.どちらかというとNO、3.どちらでもない、4.どちらかというとYES、5.YES)で行った。得点化の際にはそれぞれ1点、2点、3点、4点、5点を与え、高得点であるほどその領域が好ましい状態であることを示すものとした。

分析方法: ワーク・シチュエーションチェックリストを、項目反応理論により2パラメータモデルで母数の推定を行った。分析にはMULTILOGを使用した。分析の手順は以下のとおりであった。
1)項目母数の推定: 84項目の項目母数を推定した上で、各項目の項目反応カテゴリ特性曲線(Item Response Category Characteristic Curve;IRCC)を描き、項目の性質を検討した。

2)測定精度の検討: テスト情報曲線を描き、尺度値ごとの測定精度を検討した。


3.結果と考察

 項目反応理論では尺度項目の一次元性が前提となるため、分析に先立ち、ワーク・シチュエーションチェックリストの一次元性の検討を行った。一因子解による因子分析を行った結果、図表1のような固有値のスクリープロットが得られた。また、寄与率はそれぞれ第1因子23.9%、第2因子4.7%、第3因子3.6%であった。以上より、ワーク・シチュエーションチェックリストの一次元性を確認できた。

図表1 ワーク・シチュエーションチェックリストの固有値のスクリープロット

I.職務

1)項目母数の推定
 図表2は、「I.職務」の各項目の項目母数(識別力、境界特性値)を示したものである。識別力の最小値は0.92、最大値は2.10、平均値は1.49であり、各項目の識別力は高いことが示された。境界特性値は、項目によっては比較的高い値を示すものが認められた。

図表2 「I.職務」の各項目の項目母数(識別力、境界特性値)

2)測定精度の検討
 図表3は、「I.職務」のテスト情報曲線を示したものである。「I.職務」は、尺度値が-2.0付近から1.5付近の被調査者にとって、測定精度が高い尺度であるといえる。

図表3 「I.職務」のテスト情報曲線

II.上司やリーダー

1)項目母数の推定
 図表4は、「II.上司やリーダー」の各項目の項目母数(識別力、境界特性値)を示したものである。識別力の最小値は1.62、最大値は3.14、平均値は2.38であり、各項目の識別力は高いことが示された。境界特性値は、項目によっては比較的高い値を示すものが認められた。

図表4 「II.上司やリーダー」の各項目の項目母数(識別力、境界特性値)

2)測定精度の検討
 図表5は、「II.上司やリーダー」のテスト情報曲線を示したものである。「II.上司やリーダー」は、尺度値が-2.0付近から1.5付近の被調査者にとって、測定精度が高い尺度であるといえる。

図表5 「II.上司やリーダー」のテスト情報曲線

III.同僚や顧客との関係

1)項目母数の推定
 図表6は、「III.同僚や顧客との関係」の各項目の項目母数(識別力、境界特性値)を示したものである。識別力の最小値は0.87、最大値は3.14、平均値は2.03であり、各項目の識別力は高いことが示された。境界特性値は、項目によっては比較的高い値を示すものが認められた。

図表6 「III.同僚や顧客との関係」の各項目の項目母数(識別力、境界特性値)

2)測定精度の検討
 図表7は、「III.同僚や顧客との関係」のテスト情報曲線を示したものである。「III.同僚や顧客との関係」は、尺度値が-2.0付近から1.5付近の被調査者にとって、測定精度が高い尺度であるといえる。

図表7 「III.同僚や顧客との関係」のテスト情報曲線

IV.ビジョン・経営者

1)項目母数の推定
 図表8は、「IV.ビジョン・経営者」の各項目の項目母数(識別力、境界特性値)を示したものである。識別力の最小値は1.22、最大値は2.56、平均値は1.79であり、各項目の識別力は高いことが示された。境界特性値は、項目によっては比較的高い値を示すものが認められた。

図表8 「IV.ビジョン・経営者」の項目母数(識別力、境界特性値)

2)測定精度の検討
 図表9は、「IV.ビジョン・経営者」のテスト情報曲線を示したものである.「IV.ビジョン・経営者」は、尺度値が-2.0付近から2.0付近の被調査者にとって、測定精度が高い尺度であるといえる。

図表9 「IV.ビジョン・経営者」のテスト情報曲線

V.処遇・待遇

1)項目母数の推定
 図表10は、「V.処遇・待遇」の各項目の項目母数(識別力、境界特性値)を示したものである。識別力の最小値は0.33、最大値は3.04、平均値は2.04であった。境界特性値は、項目によっては比較的高い値を示すものが認められた。

図表10 「V.処遇・待遇」の項目母数(識別力、境界特性値)

 ここで、項目「67.本人の業績を反映させて、給与の変動幅をもっと大きくすべきである」(項目母数;a=0.33、b1=-10.47、b2=-7.17、b3=0.81、b4=5.50)について検討する。図表11より、「処遇・待遇」の状態が平均以下である被調査者は、尺度値に関わらず「3.どちらでもない」と答える確率が非常に高く、「4.どちらかというとYES」、「5.YES」とは答えにくい項目であるといえる。したがって、この項目では被調査者の識別が難しい。そこで、この項目を「V.処遇・待遇」の尺度から除外したところ、識別力の最小値は1.12、最大値は3.04、平均値は2.28となり、各項目の識別力が高いことが確認できた。

図表11 項目「67.本人の業績を反映させて、給与の変動幅をもっと大きくすべきである」(逆項目)のIRCCC(a=0.33、b1=-10.47、b2=7.17、b3=0.81、b4=5.50)

2)測定精度の検討
 図表12は、「V.処遇・待遇」のテスト情報曲線を示したものである。「V.処遇・待遇」は、尺度値が-1.5付近から1.5付近の被調査者にとって、測定精度が高い尺度であるといえる。

図表12 「V.処遇・待遇」のテスト情報曲線

VI.能力開発・福利厚生・生活サポート

1)項目母数の推定
 図表13は、「VI.能力開発・福利厚生・生活サポート」の各項目の項目母数(識別力、境界特性値)を示したものである。識別力の最小値は0.32、最大値は2.34、平均値は1.12であった。

図表13 「VI.能力開発・福利厚生・生活サポート」の各項目の項目母数(識別力、境界特性値)

 ここで、「74.この会社は福利厚生の制度や設備をもっと充実すべきである」、「75.会社の福利厚生の制度は、従業員が選択できるようにすべきである」、「76.会社は福利厚生の経費を給与などにまわすべきである」の3項目についてそれぞれ検討する。図表14-16はそれぞれ「74.この会社は福利厚生の制度や設備をもっと充実すべきである」、「75.会社の福利厚生の制度は、従業員が選択できるようにすべきである」、「76.会社は福利厚生の経費を給与などにまわすべきである」のIRCCCを示したものである。
 まず「74.この会社は福利厚生の制度や設備をもっと充実すべきである」(項目母数;a=0.32、b1=-9.75、b2=-6.10、b3=0.31、b4=5.33)、「75.会社の福利厚生の制度は、従業員が選択できるようにすべきである」(項目母数;a=0.34、b1=-8.13、b2=-4.31、b3=3.81、b4=7.12)について検討する。図表14、図表15は、図表11とやや似通った形状を示しており、尺度値が平均値以下の被調査者は、尺度値に関わらず「3.どちらともいえない」と答える確率が非常に高く、「4.どちらかといえばYES」、「5.YES」とは答えにくい項目であるといえる。したがって、これらの項目では被調査者の識別は難しい。

図表14 項目「74.この会社は福利厚生の制度や設備をもっと充実すべきである」(逆転項目)のIRCCC(a=0.32、b1=9.75、b2=6.10、b3=0.31、b4=5.33)
図表15 項目「75.会社の福利厚生の制度は、従業員が選択できるようにすべきである」(逆転項目)のIRCCC(a=0.34、b1=-8.13、b2=-4.31、b3=3.81、b4=7.12)

 次に、「76.会社は福利厚生の経費を給与などにまわすべきである」(項目母数;a=0.34、b1=-11.35、b2=-8.22、b3=0.56、b4=5.19)について検討する。図表16より、尺度値が-2.0付近から2.0付近の被調査者は「3.どちらでもない」に答える確率が非常に高い。つまり、平均値付近の尺度値を持つかなり多くの被調査者が「3.どちらでもない」に答えるといえる。また、「4.どちらかといえばYES」、「5.YES」とは答えにくい項目であるといえる。したがって、この項目では被調査者の識別が難しい。

図表16 項目「76.会社は福利厚生の経費を給与などにまわすべきである」(逆転項目)のIRCCC(a=0.34、b1=11.35、b2=-8.22、b3=0.56、b4=5.19)

 そこで、これら3項目を「VI.能力開発・福利厚生・生活サポート」の尺度から除外したところ、識別力の最小値は0.95、最大値は2.34、平均値は1.30となり、各項目の識別力が高いことが確認できた。

2)測定精度の検討
 図表17は、「VI.能力開発・福利厚生・生活サポート」のテスト情報曲線を示したものである。「VI.能力開発・福利厚生・生活サポート」は、尺度値が-1.5付近から2.0付近の被調査者にとって、測定精度が高い尺度であるといえる。

図表17 「VI.能力開発・福利厚生・生活サポート」のテスト情報曲線


4.小括

 以上より、ワーク・シチュエーションチェックリストの多くの尺度は、企業従業員の職務や仕事生活に関わる多様な側面について、高い測定精度を持つことが確認された。しかしながら、下の一部の項目については、測定精度に問題点があるといえる。

  「V.処遇・待遇」尺度:
  67.本人の業績を反映させて、給与の変動幅をもっと大きくすべきである
  「VI.能力開発・福利厚生・生活サポート」尺度:
  74.この会社は福利厚生の制度や設備をもっと充実すべきである
  75.会社の福利厚生の制度は、従業員が選択できるようにすべきである
  76.会社は福利厚生の経費を給与などにまわすべきである

 これらの設問はすべて「・・・すべきである」という表現になっており、得点を逆転して集計する逆転項目である。他の設問が「仕事で必要な技術や知識については,十分な教育・研修がある」に代表されるように、単純に現状を聞いていることと比較すると、わかりにくい設問、様々な意味合いで受け取れる設問となっているということができる。
 しかしながら、「本人の業績を反映させて、給与の変動幅をもっと大きくすべきである」に代表されるように、企業は本人の業績による報酬の格差を広げる方向で制度変更をしており、福利厚生についても、この設問のような方向で変更が行われている。このような設問は、現在の企業の制度変更に対する従業員の意見を聞くものである。また、HRMチェックリストのワークシチュエーションでは、ここで検討したような設問を集計した尺度としての得点の他に、設問の一問、一問としても集計しており、このような一問、一問の情報としては、ぜひ残しておきたい必要な項目といえる。
 以上から、次回の改定等ではわかりやすい、意味合いも単純なものとすることも考えられるが、このような測定制度上の問題点があることを認識した上で、本チェックリストを当面使っていく、または、このような設問を除いて集計することで、尺度としての精度を上げるといことにより対応していくこととなろう。


参考文献
日本労働研究機構 1999 調査研究報告書No.124 雇用管理業務支援のための尺度・チェックリストの開発 -HRM(Human Resource Management)チェックリスト


HRMチェックリスト(個人用・従業員用) Ver1とVer2

 次頁よりHRMチェックリスト(個人用・従業員用)を示す。Ver.1とVer.2となっているが、Ver.1は当初のものである。大きな違いはないが、データの収集の過程で字句の修正を行ったものがVer.2の現行のものである。
 開発した尺度、チェックリストはそれぞれ単独でも利用できるが、ここに示したようにまとめた小冊子として、実施することもできる。この冊子で実施した場合、実施時間は20分程度である。

HRMチェックリスト(個人用・従業員用)(Ver.1)〈P01〉
HRMチェックリスト(個人用・従業員用)(Ver.1)〈P02〉
A.ワーク・シチュエーション(Ver.1)〈P01〉
A.ワーク・シチュエーション(Ver.1)〈P02〉
A.ワーク・シチュエーション(Ver.1)〈P03〉
A.ワーク・シチュエーション(Ver.1)〈P04〉
B.コミットメント(Ver.1)〈P01〉
B.コミットメント(Ver.1)〈P02〉
C.ココロと体の健康チェック(Ver.1)
D.チーム特性(Ver.1)〈P01〉
D.チーム特性(Ver.1)〈P02〉
D.チーム特性(Ver.1)〈P03〉
HRMチェックリスト(個人用・従業員用)(Ver.2)〈P01〉
HRMチェックリスト(個人用・従業員用)(Ver.2)〈P02〉
A.ワーク・シチュエーション(Ver.2)〈P01〉
A.ワーク・シチュエーション(Ver.2)〈P02〉
A.ワーク・シチュエーション(Ver.2)〈P03〉
A.ワーク・シチュエーション(Ver.2)〈P04〉
B.コミットメント(Ver.2)〈P01〉
B.コミットメント(Ver.2)〈P02〉
C.ココロと体の健康チェック(Ver.2)


III部 各尺度の開発過程、理論・モデル、データ分析
(その2 会社用・人事担当用)


第1章 企業・組織の基礎情報
―企業理念、経営戦略、組織、人事制度―

1.企業理念、ミッション、ビジョン、企業文化

(1)全体構成との関係

 企業理念、ミッション、ビジョン、企業文化等の用語については次節で例示とともに説明するが、企業票のフェースシートで調べられるこれらの項目と他の尺度全体との関係をまずみておくことにする。全体の構成を図表1に示した。この図では全体を上から下への単純な流れとして表しているが、現実の因果関係はこのような単純なものではない。図は理解しやすいよう単純化し、それぞれの位置づけをわかりやすくしたものである。

図表1 企業理念、ミッション、企業行動、経営状況と各尺度の関係

 企業のマネジメントを考える場合、企業を取り巻く環境としては経済情勢やライバル関係等企業の外側にある「外的経営環境」と企業理念、ミッション、企業文化等、企業の内側にありながら、比較的変化しにくい「内的経営環境」を想定することができる。ここでは企業文化と組織文化はほぼ同意語と考えている。ビジョンはその企業の将来の姿をあらわすものであるため、内的経営環境に含めるか、図の他の部分に含めるか意見が分かれるであろうが、ここではビジョンが比較的長期のものであり、一度決められると一定期間続くものであること、また、そのビジョンによって経営戦略、組織等が決められることもよくみられるため、内的経営環境に含めることとした。
 そしてこの経済情勢、ライバル関係等「外的経営環境」と企業理念、ミッション、ビジョン等「内的経営環境」から、経営戦略、組織、賃金制度、その他、雇用管理の諸制度が作られると想定している。
 今回開発した「ワークシチュエーション(組織風土、職務満足)」、「コミットメント(組織コミットメント、ジョブ・インボルブメント、キャリア・コミットメント)」、「ストレス」、「チーム特性」、「リーダーシップ」等の尺度やチェックリストは、これらの条件下においてみられる、従業員の意識や行動、下位集団の特性やリーダーシップを測定しようとするものである。
 「雇用管理施策チェックリスト」は本来、経営戦略、組織、賃金制度等に関する経営者、管理者、人事担当としての評価であるが、図の整理の上では開発した尺度、チェックリストを個人、集団、会社・組織と3区分し、その会社・組織へ位置づけることとした。「組織業績診断チェックリスト」も組織業績というアウトプットの評価であるが、「雇用管理施策チェックリスト」とともに会社・組織に位置づけることとした。
 全体の結果アウトプットである「企業行動」、「経営状況」、「人事管理の課題」等も企業票のフェースシートにおいて、より具体的なものをみるようにしている。

(2)企業理念、ドメイン、ミッション、ビジョン、企業文化

 企業理念とは経営理念ともよばれるが、企業が経営にあたって持つところの信念、信条、理想であり、その企業の行動指針となる経営についての基本的な考え方である(図表2参照)。比較的短い表現で企業理念を表現し、その次にそれを具体化した何項目かの経営方針が続いていることが多い(図表3参照)。経営方針は次章でみる経営戦略とほほ同じとみることができる。また、企業によっては経営方針までを含めて、企業理念あるいは経営理念としているところもある。
 関連する用語にドメインdomain(事業ドメイン)があるが、これは企業が主力となる製品やサービスを提供する分野や領域を示している(図表3参照)。企業はそのドメインに経営資源を集中し、そこから利益を上げようとする。企業がドメインをどのように設定するかによって、企業行動は大きくかわることになる。主な事業をリストアップしている企業もみられるが、ドメインという場合、企業が戦略的に経営資源を投入する分野、領域を示している。
 ミッションmissionとは企業や組織の目的、存在意義である(Bartol & Martin 1991)。
 ビジョンvisionとは企業や組織を一定の方向へ動かしていく、組織の目的、価値観、原則等に関する見方である(Tracey 1998)。企業理念、経営方針のなかで将来に関することとみることもできる。
 企業文化corporate cultureあるいは組織文化organizational cultureとは、メンバーによって共有される価値観、前提条件、信念、規範等であり、これによってメンバーが一つになるものである(Bartol & Martin 1991)。企業文化と組織文化はほぼ同意語と考えてよい。
 図表2から図表7にそれぞれの例を示した。これは企業作成の企業紹介パンフレット、企業のホームページ等から整理したものである。企業理念、ミッション、企業文化、ビジョン等の用語はそれぞれに重なる意味合いがあり、また、それぞれの言葉の定義、使われ方も必ずしも明確にわかれていない。そのため同じような内容をある企業は企業理念とし、また別の企業ではミッションとしているという例もみられる。このような混乱が生じるため、ここでは、その企業が表現しているものを使い、それによって分類した。すなわち他の企業ではミッションとしていることでも、その企業が経営理念としていれば、経営理念と分類した。

図表2 企業理念・経営理念の例
図表3 経営指針・経営方針の例
図表4 ドメイン(事業ドメイン)の例
図表5 ミッションの例
図表6 ビジョンの例
図表7 企業文化の例

(3)フェースシートの構成

 会社用・人事担当用フェースシートの構成、従業員用フェースシートの構成を図表8、図表9に示した。全体の構成は図表1に示したような流れであるが、実際のフェースシートは記入のしやすさ、冊子としての構成(かたまりが改頁等で分断されないように)等の配慮から、このような順番になっている。フェースシートの項目の中には次の「経営戦略、組織、賃金制度、人事管理諸制度」に含まれるものもあるが、ここで一括して掲載した。

図表8 フェースシートの構成(会社用・人事担当用)
図表9 フェースシートの構成(個人用・従業員用)


2.経営戦略、組織、賃金制度、人事管理等諸制度

(1)経営戦略、組織、賃金制度、人事管理等諸制度

 経営戦略(strategies)とは、長期目標を達成するために作成される、経営環境との間の交互作用のための、企業や組織の行動計画である(Bartol, K. M. & Martin, D. C. 1991)。戦略は通常、企業や組織全体のもの、すなわち経営戦略、企業戦略等と呼ばれるものがあり、それをブレイクダウンしたもの、例えば事業本部の戦略等があり、さらにその下に、その事業本部を構成する各部門等の戦略がある。多くの場合、戦略にはこのような階層性がある。HRMチェックリスト<会社用・人事担当用>において、経営戦略を聞いているが、これは企業や組織全体の戦略を聞いているものである。
 経営戦略(HRMチェックリスト<会社用・人事担当用>のF8)は「(1)企業理念、ミッション、ビジョン、企業文化」の図表1に示したように、企業を取り巻く「外的経営環境」としての、経済情勢やライバル関係等、企業の外側にあるものと、企業理念、ミッション、企業文化等、企業の内側にありながら、比較的変化しにくい「内的経営環境」の双方に影響をされながら決められるものである。経営戦略については「差別化」、「集中」、「コストリーダーシップ」、「追随者としての戦略」、「市場の成熟期における戦略」等々、様々なものが想定できるが、HRMチェックリストではこれらの要素をすべて文章化し、それを5段階評定するようにしている。
 このHRMチェックリスト(会社用・人事担当用)の経営戦略の部分を因子分析したものを図表10に載せた。革新、社会性、競争、堅実、無変化と呼べる5つの因子が抽出されている。最後の堅実と無変化は固有値も小さく、様々なサンプルから安定して出てくるものかはわからないが、最初の3つ因子、革新、社会性、競争はかなり安定したものではないかと考えられる(このデータを使って、因子分析の設定を様々に変えても共通して出てきた)。従来経営戦略を尺度として指標化したものは少ないが、この3つの因子によって経営戦略を数値化し、他のデータと対応される等、様々な分析が行えるのではないだろうか。

図表10 経営戦略の因子分析結果(HRMチェックリスト-会社用・人事担当用)

 企業の組織がどのようなものかも重要な要素であるが、このチェックリストでは(HRMチェックリスト<会社用・人事担当用>のF6)、1.単純・未分化組織(経営者と従業員というような組織) 2.機能別組織(製造、営業、研究開発等の機能別組織) 3.事業部組織(製品別、顧客別、地域別等々の組織 4.マトリックス組織(上記二つの機能別と事業部を組み合わせた組織形態) 5.戦略的事業単位(SBU:Strategic Business Unit いくつかの事業部を戦略策定、戦略実行のために統合した組織形態) 6.分社化、カンパニー制度(商品群等で分社し、それぞれがひとつの会社のような権限を与えられた組織) 7.社内ベンチャー、制作毎のプロダクション制 8.上記等の組織のなかに作られる自律的ワークグループ、セルフマネジングチーム 9.上記等の組織に加え、プロジェクトチームを必要に応じて編成 10.その他(自由記述)、以上の中から選択する形にしている。社内ベンチャー、プロダクション制、自立的ワークグループ、セルフマネジングチーム、プロジェクトチーム等はその他の組織形態と重複して作られていることも多い。例えば事業部制をとっている会社で、研究開発や制作事業は自律的ワークグループ、セルフマネジングチームによる等がある。このためこの組織形態の部分は複数回答ができるものとした。
 賃金制度についても(HRMチェックリスト<会社用・人事担当用>のF5)、1.職能給 2.職務給 3.年俸制 4.特別報奨金制度(年間数十万円以上) 5.ストックオプション、あるいは類似の制度 6.プロフィットシェアリング(利益配分) 7.退職金前払い制度 8.社員持株会 9.その他(自由記述)とし、複数回答とした。
 人事管理諸制度(HRMチェックリスト<会社用・人事担当用>のF4)は1.自己申告、社内公募制度 2.目標管理制度 3.複線型人事 4.裁量労働制 5.役職定年制・任期制 6.早期退職優遇制度 7.部下による上司評価 8.定期的な従業員意見調査 9.人事考課結果のフェードバック 10.定年退職者再雇用制度 11.自己啓発支援制度 12.転職、自立支援プログラム 13.カフェテリアプラン 14.フレックスタイム 15.介護休暇制度 16.ホームヘルプ制度 17.リフレッシュ休暇 18.ボランティア休暇 19.教育休暇 20.有給休暇取得促進制度 21.その他(自由記述)とし、やはり複数回答とした。介護休暇制度、ホームヘルプ制度、リフレッシュ休暇等、人事管理制度の範疇とは必ずしもいえないものもあるが、他の項目とするとそのためにスペースを必要とすること、また、どのような分類とすればわかりやすいか等で、様々な意見があることから、人事管理等諸制度としてここで一括して聞くことにした。

(2)フェースシートのその他の項目

 会社用・人事担当用のフェースシートでは、この他に現在の経営行動、雇用管理上の課題、企業の経営状況等も聞いている。これらは「(1)企業理念、ミッション、ビジョン、企業文化」の図表1においては、図の下の方に位置している。これは今回開発した尺度群によって、測定されたマネジメントの各側面が結果変数として現れる、とみることができる。
 現在の経営行動としては(HRMチェックリスト<会社用・人事担当用>のF1)、1.現行商品、現行サービスの充実、強化 2.関連製品、関連サービスへの展開 3.新製品、新サービスの開発 4.異業種への事業転換 5.新しい技術、設備等の積極的導入 6.コスト削減 7.財務体質の強化 8.不採算部門の整理 9.販売、営業の強化 10.新規受注、新規顧客の開拓 11.他社との提携、関係強化 12.海外進出、海外展開 13.その他(自由記述)を聞いている。上記の経営戦略等の具体的な企業行動への現れととらえることもできる。
 現在の雇用管理上の課題としては(HRMチェックリスト<会社用・人事担当用>のF2)、1.研究・開発従事者の確保 2.若年労働者の確保 3.人件費の抑制 4.人員削減 5.社員の意欲の向上 6.賃金体系の見直し 7.組織改革(組織の簡素化、管理階層削減) 8.組織活性化 9.従業員の配置転換 10.従業員の教育・訓練 11.経営幹部の選抜・育成、後継者探し 12.その他(自由記述)を聞いており、これも複数回答としている。
 最後に、企業や組織の状況を把握する項目として(HRMチェックリスト<会社用・人事担当用>のF3)、1.貴社の売り上げ 2.貴社の利益 3.貴社の資産 4.貴社の成長性 5.貴社の製品やサービスの市場での競争力 6.正社員の数 7.臨時、契約等正社員以外の社員数 8.環境変化への企業としての対応 9.組織としての意思決定の早さ 10.大学生の人気度(応募者÷採用人数の割合) 11.一般従業員に公開される経営情報 12.一般従業員が経営に参加する機会 13.貴社における中途採用者の比率 14.自己都合による離職者 15.貴社からの出向者、転籍者 16.本人の業績による毎年の収入の変動幅 17.本人の業績による収入の個人間格差(同じ職位にいる場合)等を、「減少している・やや減少・どちらともいえない・やや増加・増加している」、「低い・やや低い・どちらともいえない・やや高い・高い」、「遅い・やや遅い・どちらともいえない・やや早い・早い」等の5段階で評定している。この項目は内容的には今回開発した「組織業績診断チェックリスト」と重なる部分があるが、組織業績診断チェックリストがより基本的、本質的な業績のチェックリストであるのに対して、このF3の項目は売り上げ、利益、資産等、より現実的な側面をみるものとなっている。

(3)会社票と個人票の対応関係のデータに基づく分析

 HRMチェックリストの会社票と個人票の関係を現在までに得られているデータで見たものを図表11に示した。サンプルは約5000名となっているが、今までに集まっている約8500名のデータのうち会社票のデータがないものを除き、また、欠損値を除き対でデータのあるもので相関係数を計算したため、各セルのnは4400~4900となっている。

図表11 HRMチェックリスト会社票と個人票の対応関係(約40社、約5千名)

 経営状況は企業票のF3(貴社の現状)を因子分析し、第一因子として抽出された、貴社の売上、貴社の利益、貴社の資産、今後の成長性、競争力、正社員の数、環境変化への対応の項目について、増加している、高いと回答したものである(これら7つの項目の合計値)。会社の全体的な状況が良いか悪いかであり、数値が高いほど良い状況ということになる。経営戦略は図表10でみた因子分析の結果を参考に、最初の3つの因子、革新、社会性、競争に関して、因子負荷量が 0.4以上の項目の合計値を求めたものである。組織状況は組織業績診断チェックリストの4分野について、平均値を求めたものであるが、この組織業績診断チェックリストは高い得点はその部分に問題があることを示しているため、この数値を逆転し、高いほど良いものとして計算している。
 約5千名のデータであることから、それぞれを詳細にみて分析する価値があるものではあるが、全体の傾向をみると、次の3つに分けられる。
 まず、経営状況と経営戦略の革新に関しては、会社票と個人票が正の相関となっているものが多い。経営状況が良いまたは経営戦略として革新的である企業は、組織コミットメントも動機づけも高いが、ストレス反応も高くなっている。次に、経営戦略の社会性と競争に関しては、会社票と個人票は組織コミットメントの存続的までは正の相関があり、それ以降は負の相関となっている。社会性、競争という経営戦略をとる企業では、組織コミットメントは高いが、キャリア・コミットメントとジョブ・インボルブメントは低くなり、ストレス反応も低いという傾向である。最後に、組織状況に関しては、その4つの側面とも、組織コミットメントと、キャリア・コミットメント、ジョブ・インボルブメントまでは正の相関のものが多く、ストレス反応は負の相関となっている。
 これらの関係の解釈であるが、最後の組織状況と個人の結果の対応関係がもっともわかりやすい。4つの側面について組織の状況が良い企業では、組織コミットメントが高く、動機づけも高い、そしてストレス反応は逆に低いという、ある意味すべてが望ましい傾向にあることになる。ストレス反応の高揚感がプラスとなっているが、これは他のストレス反応の項目とは異なり、高い方が望ましいものである。
 経営戦略が社会性あるいは競争であると、組織コミットメントは高く、ストレス反応は低いが、キャリア・コミットメント、ジョブ・インボルブメントという動機づけの側面は低く、ストレス反応の高揚感も低い。会社にはとどまりたいという者が多いが、仕事自体には面白味がないということになる。経営戦略が競争であるとストレス反応が低い点が、意外な感じもあるが、他社とは競争するが、社内はまとまった仲間意識があり、ストレス反応は低いという解釈もできよう。
 経営状況が良い会社、また、革新を経営戦略としている会社では、組織コミットメントと動機づけが高く、ストレス反応の高揚感も高いが、他のストレス反応も高いという結果である。経営状況が良い、あるいは革新的であると、組織にとどまりたいと思い、仕事も面白いが、ストレスも感じるということであろう。
 以上のように解釈できると思われるが、中でも、組織状況の顧客満足がもっとも典型的なわかりやすい結果である。顧客満足が高い会社では組織コミットメント、動機づけが高く、ストレス反応は低い、高揚感は高いという傾向である。会社や組織の状況がどうか、端的にわかる項目は顧客満足であり、この点にすべてが集中しているということもできよう。

(4)フェースシートの項目の利用法・考え方

 企業や組織の業績は相互に深く関連し合った、複雑な因果関係を形成するものである。「(1)企業理念、ミッション、ビジョン、企業文化」の図表1に示したものは、個々の要素をわかりやすく整理したものにすぎないと前にも述べた。以上みてきた経営戦略、組織、賃金制度、人事管理等諸制度、経営行動、人事管理上の課題、企業や組織の状況に関する項目も、相互に影響しあう複雑なものである。このように断片的に一側面を取り出すことは、本来はできないことかもしれない。
 しかしながら、複雑なものをそのままにしておいても理解は進まない。たとえ一側面、断面であったとしても、一度、そのようなものに分解し、それを再構成することによって、複雑に絡み合う全体像の把握が一歩前進するものであると考えている。
 相互に絡み合う要素ということは、あるいはある側面だけみれば、他の側面はすべてそれから推し量れるということもあろう。しかし、それは大きな誤解、勘違いをしている可能性もある。可能な限り多くの断面を確認することによって、そのような誤解や勘違いを回避して、本態としての姿を明らかにできるものと考えている。
 また、このフェースシートへの回答は、それ自体が自らの企業や組織を振り返るよい機会になるものとも思われる。回答しながら、自らの企業や組織についての考え方や感じ方を整理していくことができる。
 フェースシートは多少長すぎるような印象を受けるかもしれない。しかし、長くなっているのはここで述べたように、可能な限り多くの断面をみようとするためであり、また、このフェースシートへ回答すること自体にも、自らの企業や組織を振り返るという意味があるといえるためである。


参考文献
アーサーアンダーセン「ミッションマネジメント」生産性出版1997
Bartol, K. M. & Martin, D. C. 1991. Management. MacDraw-Hill.
Tracey, W. R. 1998. The Human Resources Glossary, second edition: complete desk reference for HR executives, managers, and practitioners. CRC Press.


第2章 会社用・人事担当用の分析
-高生産性企業の人事と組織-

1.問題提起と研究の狙い

 1980年代中頃を境に、アメリカでは、組織論や組織心理学など組織に対する研究者の見方が大きく変わってきた。とくに、リーダーシップや経営者については、1980年以前の理論が取り上げられることはなくなり、研究の視点は大きく変わった。1985年といえば、アメリカの退潮に対して、日本は、G5のプラザ会議で円高に合意、また、世界一の債権国となり、経済大国としてその存在を承認されていた。
 それまで、アメリカの企業を対象に行なわれていた企業経営論や経営組織論、組織心理学の研究は、アメリカ経済退潮に伴って、1980年前後から、以前からアベグレンを中心に行なわれていたがそれまで以上に、日本の著しい経済的発展の背景にある企業経営、組織の特質を明らかにせんとした日本的経営の研究が政財官を通じて行なわれるようになった。
 1970年代後半、アメリカの企業がつくりだす製品の品質劣化、一国経済大国としての自己肥大化と企業家精神の喪失、海外企業のマネジメント能力と営業力の弱化等々、アメリカ経済は日本の産業力に凌駕され、英国経済がサッチャー政権の梃入れによって好況に転じて以降、ヨーロッパ経済にも押される結果となってしまっていた。この事態に、企業家のみならず研究者も、また政府も1980年代を通じて大いなる関心を抱かざるを得なかったのである。
 その成果は、1995年に出版された「アジル・コンペティション」(S. L. ゴールドマン他著、野中郁次郎・監訳1996年)にまとめられている。本書は、米国議会の要請による研究報告書「21世紀の製造企業戦略:産業からの視点」(1991年)に基づいている。その経過を序論から引用したい。「『21世紀の製造企業の戦略』報告書は、もともと米国議会の要請によって、米国の産業がグローバルな製造競争に復帰するための必要条件を確認する答申として準備された。13社の企業の製造担当役員が、独立コンサルタント(パラダイム・シフト・インターナショナル社のリック・ダブ氏)や筆者と共に、1991年の春、夏、秋と、この議題について研究した。この成果の検討に基づいて、約200社の企業役員、政府機関、公的団体によって満場一致で承認された結論は、『米国企業の競争力は、製造業の大量生産システムを単に改善していくことによっては回復しえない』というものだった」。
 「この研究は、急速に成熟化するコンピュータを基盤にした製造と情報通信技術のすべてがまったく新しい競争のシステムに統合されていくこと」「このシステムでは、企業内、または競争と協力を同時に行なう企業群の中に散らばっている人的物理的知的資源を互いに結び付けていくという新たなアプローチを取る」。更に、「この報告書によると、新たな俊敏な競争環境の原動力は、顧客から認知される情報価値やサービスであり、それらは物理的製品に埋め込まれ、売り手と顧客の継続的な関係を通じて提供される」こととなるのである。
 引用が長くなったが、今の日本の産業界でも指摘されているように、“大量生産システムから顧客の要望に答える多種少量生産システムへの転換”、“情報通信技術の革新にそって、このシステムを通じての顧客への俊敏な反応となり、これらが組織の構造に転換していくこと”、更に“ITによる企業内・企業間に散らばり、これまでは存在にも気づき得なかった人的知的物理的資源を浮かび上がらせ、これら資源のネットワーク的活用による知的創造的組織の構造化”などが、1991年には米国で論じられていたのである。日本の経営者がマネー・ゲームに狂奔していたときに、である。
 こうした組織を支える組織の体制や人事が変わらないわけがない。戦略の策定から実施、評価にいたるまでの権限を委任されたミニ・ビジネス・ユニット、自主的に事業をすすめることが可能な自律的ワーキング・チーム、稀少な資源をコア・テクノロジーに集中し必要な周辺技術はアウト・ソーシングして小さな組織で大きなビジネスを展開する組織、ウェブ・コンセプトにもとづく中小の専門企業のネットワーク連合、Win-Winの関係を構築するパートナーシップや提携等々、ITが可能とした多様な組織が生み出されているのである。
 HRMプログラムに関してはどうだろうか。職務給については1980年代に多くの疑義が提出され、また。職務給という狭い考え方から脱して給与を人件費総体で考えるといったcompensation bundleが論じられていたが、人材を見る視点を職務から知識やスキル、コンピテンシーに移して、併せて給与体系を職務概念から切り離すことが行なわれた。
 E. E. Lawler, IIIは、1995年に、高業績企業においてはどんなEmployee Involvementの施策(従業員の企業への参画を強める組織上の、HRM上の施策)を採用しているかを、膨大な資料にもとづいて解説している(実証資料は1987年、1990年、1993年の3回にわたるフォーチューン1000社を対象とした郵送調査から得ている)。そのごく一部の結果だが、Skill/Knowledge-based compensationを全員あるいは一部の社員にでも適用している企業は、1987年(調査サンプル476社)の40%に対し、1990年(313社)で51%、1993年(279社)で60%となっている。組織的には、ミニ・ビジネス・ユニットや自己管理的ワーク・チーム、動機づけ施策としての職務再設計やサーベイ・フィードバック、また、方針や戦略に関わる従業員委員会の設置などの採用が大幅に増加していることが実証されている。

  [註]Lawler, E.E., III et al. 1995 Creating High Performance Organizations. Jossey-Bass Publishers, San Francisco より引用。

 このような政官財の協力のもとでアメリカ経済が景気回復基調にはいったとき、日本では1991年、バブル景気が崩壊し、不況に突入する寸前にあった。一時の回復基調はあったものの、1997年には2年にわたってマイナスのGDP成長率に、更に0%台の成長率が続き、遂には政府も認めるにいたったデフレ経済が更なる不況に追い打ちをかける結果となった。このような状況のもとで、業績を悪化させている企業が多いが、むしろ業績を伸ばしている企業もある。不況期に現れる企業活力の差が歴然としてきているのである。歴然たる差を生み、一時的な業績ではなく長期にわたる企業収益を維持していくには、企業の体質が問われることは否定できない。その基盤となるのはなんだろうか。
 経営的には、財政、コストと生産性、市場に機敏に対応できるビジネス・プロセス、現在の事業の成功に強くコミットしている経営者と社員等々、多くの要因を指摘できるし、その実現は難しいがアメリカ企業が志向している企業の体制も考えるべきではあろう。ただ、こうした要因を指摘してもスローガンで終わってしまいかねない。
 問題は、これら要因を実現することのできる組織の体制、その維持、社員のコミットメントを強める施策(HRM)などがどのように準備されているかである。この問題提起のもとで、

 1)企業は現状。どんな組織を志向し、どのようなHRM施策に重点を置こうとしているか、
 2)不況のもとで、生産性の高い企業はどんな組織やHRM施策を展開しているか。また、どのHRM領域に力をいれ、どんなHRMプラクティスに自信をもっているか、

を人事担当者を対象に調査を行ない、明らかにしたい。


2.調査の設計

 本研究は、日本労働研究機構(人的資源管理研究グループ、松本主任研究員)が数年にわたって行なってきた企業の効果的な雇用管理実現を支援するツールの開発研究の一環として実施された。支援ツールは従業員用と人事担当者用の2種に分れており、共にチェックリスト方式を用いて作成されている。従業員用HRMチェックリストは、従業員の意見や態度にもとづいて働き易い環境を構築する基準を各企業に提供、企業は基準に照らして環境づくりに努めるなどを目的としており、人事担当者用HRMチェックリストは、担当する雇用管理がどの程度効果的に行なわれているかを各担当者が自ら評価し把握できるよう、雇用管理12領域に関する項目を設定、定期的なチェックを行ないつつ、従業員の業績へのコミットメントを強化し、事業の成功を維持確保する手立てとすることを目的に開発された。本稿の研究は、主に人事担当者用のHRMチェックリストのデータを用いて行なわれた。

1)雇用管理分野の定義
 雇用管理施策をどのような領域に分けて考えるかにはいろいろな見方があろうかと思うが、ここでは、給与や評価等のプログラムとしての施策策定と実施から、第一線現場における従業員のモラールや動機づけへの働きかけといったマネジメント・プラクティシスにいたるまでの広範な領域を仮定してみた。
 それぞれの領域には、その領域の効果性を左右するキーワードがある。チェックリスト作成前に人事担当者が各領域にどんなキーワードがあるかを十数人から聴取、それを重点課題風に表現して各領域に5項目を設定した。チェックリストは、雇用管理12領域60項目として構成したが、調査の途中で一部ワーディングを変え、質問に注釈を加える必要が生じたので、「募集・採用管理」と「退職管理」(*印)の2分野は今後の扱いとすることとした。チェックリストには、12分野60項目がすべて含まれている。なお、項目の各設問文は「HRMチェックリスト(人事担当用)」を参照いただきたい。

 A. 人事基本方針    * B. 募集・採用管理     C. 配置管理
 D. 異動・昇進管理     E. 評価・人事考課     F. 育成・能力開発
 G. 職務組織編成管理    H. 給与福利構成      I. 勤務・時間管理
*J. 退職管理        K. コミュニケーション   L. モラール・動機づけ管理

 60項目の評価は次の3段階で行なわれた。<1>その通りであり、緊急の問題はない、<2>その通りだが、運営上幾つかの問題がある、<3>そうとは言いきれず、解決すべき緊急な問題がある、の3段階である。下記はその例である。

[例] 領域:人事基本方針
    項目:管理者には、会議や研修を通じて人事やその施策運営の方針を徹底しており、これらの方針に沿って適正な人事管理が行なわれるよう注意している。
    回答:1・その通りであり、緊急な問題はない。/2.その通りだが、運営上幾つかの問題がある。/3.そうとは言いきれず、解決すべき緊急な問題がある。

2)企業生産性の定義と分類
 研究の狙いにあるように、現状高い生産性を維持している企業はどんな雇用管理領域とその運営に自ら高い評価を与えているかを明らかにすることを研究の狙いにしたが、そのための企業生産性評価の識別のために、別途設けられていた「組織業績診断用チェックリスト(人事担当用)」の結果を用いた。
 このチェックリストには、企業生産性に関する下記2問(評価は3段階)が設けられている。

 <1> 社員一人当りの生産性指標(一人当り売上や売上総利益、付加価値等)は同じ地域の他企業や同業他社より上回っているか(3段階評価)。
 <2>また、過去3年間、生産性指標に改善が見られているか(3段階評価)。

 この2問を用いて、調査サンプル企業を生産性高群・中群・低群に分けたが、その基準は下記の通りである。評価3段階は、「1.その通りで、問題はない」、「2.その通りだが、将来的には問題が予想される」、「3.その通りとはいえず、改善をはからねばならない」である。



3)雇用管理施策の種類
 研究の狙いのもう一つは、企業は現状どんな管理施策や組織体制を組んでいるか、また、企業生産性の違いによって、それら適用に違いがあるかどうかを検討することにあった。
 雇用管理施策としては、20の管理施策、給与8プログラム、9タイプの組織をリストアップし、これらリストのうち採用している施策や組織のタイプを回答いただくよう、チェックリストを準備した。

4)調査サンプル
 調査は、1998年の下期後半から1999年にかけて企業を選んで記入方を依頼、また、他の質問紙調査と一緒に郵送して回答を依頼した。回収できた調査票は96社である。
 参加企業の業種別、従業員規模別、及び本研究のキーワードとした企業生産性別のサンプル数は下記の通りであった。




3.調査の結果

1)企業生産性と経営戦略・経営方針
 調査結果を解釈するキーワードとして、本調査では企業生産性を用いた。サンプル構成では、上記のとおり、高中低に三区分したうちの高生産性企業は2割弱であり、売上・売上総利益に問題を抱えている企業は6割を超え、現状の不況の苦しさを物語る結果となっている。現在の状況で高生産性を維持するには、組織の体制や雇用人材管理の上で、多大な工夫と努力が必要とされていよう。
 調査では、各企業がどんな経営戦略・経営方針に力をいれているかを訊ねているが、企業としての工夫や努力がどのような戦略や方針のもとで展開されているか、その志向性は生産性別に差があるかどうかを検討した。
 企業としての革新性の強調、長期的な成長・発展の志向性は当然として、ステークホールダーである従業員や取引先、地域社会への配慮を強めている点には注意したい。この姿勢が、同じ施策や組織体制を採用しても、従業員に好意的に受け取られる根拠となっていると考えてよいであろう。

図表1 高生産性企業の経営戦略・方針

2)適用している雇用管理施策、給与プログラム、組織

 A.雇用管理施策について
 図表2が調査サンプル全体、企業生産性別、および企業規模別の結果である。サンプルが少ないので、この結果から企業が一般にどのような雇用管理施策を適用しているかを推論するわけにはいかない。サンプルの範囲内だが、目標管理制度の採用率が高いのは産業の一般的趨勢と違いはないであろう。自己啓発支援制度や、自己申告・社内公募制度も同じように高い採用率を示しているが、会社が社員のキャリアをつくるのではなく、社員自らが自分の持ち味を伸ばして成長していく自己のキャリア形成を期待する会社の姿勢が最近の論調とされている点が現れた結果であるかもしれない。この傾向は、従業員規模の大きい企業に顕著である。

図表2 適用されている人事施策関連

 興味深いのは、介護休暇とリフレッシュ休暇の制度化率が高い点である。ただ、それでいながら、有給休暇取得促進には制度としては注目する率が低い。介護やリフレッシュの休暇制度が一時帰休と結びついて、人員調整の一手段と考えられていなければよいが、自己啓発を強調しながら休暇取得や教育休暇制度の採用率の低さを考えてみると、そうした意図を感ぜざるをえない。
 もう一つ興味をひかれるのは人事考課のフィードバックの採用率が高い点である。目標管理、自己啓発、人事考課フィードバックを制度上のキーワードとして並べて考えてみると、業績や目標の達成における社員自身の自己責任を強調するプログラムの運営が行なわれているのではないかと思われる。目標管理と自己啓発は別として、人事考課のフィードバックは他の生産性企業に比して、高生産性企業に有意に多いことは着目されるべきことである。考課のフィードバックは、部下が自分の業績を正しく把握しており、評価基準に照らして上司の評価の公正さを判断できる状態が保証されていないと効果的にはいかないものである。部下の側に自律性が期待されるといえる。また、上司が部下の意見をしっかり受けとめるだけの度量がないと、フィードバックは儀式に終わってしまう。
 これらの点については、自社がどの雇用管理分野に力をいれ、その分野においていかに効果的なオペレーションを展開しているかを知ることが参考となろう。これが、本調査の二番目の目的である。

B.給与プログラムについて
 どのような給与構成が採用されているかについては、8 通りの項目をあげて回答を求めているが、その結果が図表3である。

図表3 適用されている“給与施策”関連

 職能資格や職能等級制度は、昭和30年代の組織石垣論(ソニーの盛田氏による)をもとに職能という概念が採用されて以来のものである。昭和20年代半ばにアメリカから新労務管理として職階制、職務給と人事考課などが紹介されて、多くの企業が一度は職務をベースにした給与や評価を制度化したが、職務というレンガを積重ねた組織の考え方は日本には合わないとの声が大きくなった。組織にはいろいろな能力をもった人材がおり、この能力の大小を組み合わせて石垣のごとくに強い組織を組み上げることが必要、ということで職能、つまりどの仕事がどの程度できるかを基準に人材を評価して組織編成に活かすという概念が生み出されたのである。これが意図の通りにすすんでいたら、コンピテンシー・プログラム(これを企業のビジョン実現と結びついた職務遂行能力とすれば)を先取りした雇用管理が可能であったと思われるが、管理の全員一律思想や年功序列思想のもとでの制度化が意図を破壊してしまった。それでいながら、職務資格・等級制度はいまだに採用されており、欠陥を補うために部門別の職能の定義や業績・成果評価との結びつきの強化、職務や役割を混入させるような複雑な制度化など、改善を志向しながらも充分なものにはなっていないケースが多いのではないかと思われる。
 職務給を採用している企業の多くは、職能給を基盤に仕事の困難さやリーダーなどの特別の職務に酬いる職能給や役割給と併用しているかと思われる。職能資格に名称がつき、組織上の偉さを現す名称が抜本的な制度変更には心理的抵抗が伴うものであろう。
 ここで注意したいのは、それほど顕著ではないが、高生産制企業群では給与プログラムの多様な組合せが行なわれている点である。高生産性企業では有意に年俸制の適用が多いこと、また年間数十万を超える高額の報奨金制度も、高生産性企業に多い。今後、知的財産権をめぐってのプログラム化に吸収されることになろうが、従業員に期待以上の報酬が報奨金として支払われていることが、動機づけの強化として働いている側面があると思われる。
 このプログラムの多様性の傾向は将来強くなることが予想されるが、そこに現場に即した第一線の職務状況をしっかり把握し、ケースにそった適用判断を可能とするようなルールの柔軟性、適用する意思決定者の意見の尊重を可能とするような組織運営が、併せて論じられる必要があろう。
 年俸制、特別報奨金は日本のこのところの流行となりつつあるが、これら二つのプログラムが従業員の動機づけにどの程度の効果を持っているかを後に検討する。なお、話題になることの多いストックオプションやプロフィットシェアリングの採用率の低さは意外であった。アメリカでは、1883年時点で、プロフィットシェアリングは66%適用されているが、今は部門業績・部門生産性に応じて部門利益を配分するゲインシェアリングの適用率が42%と増加(1987年の26%)している点にも、プログラムの多様化が現われている。
 社員持株会は大企業に代表的な制度だが、アメリカでもフォーチューン1000社で、1993年に71%が適用されていることを考えると、このプログラムについては日米には差はない。

C.組織体制について
 次頁の図表4がどのような組織体制のもとで、企業活動が現在行なわれているかの結果である。全体の結果では、機能別組織(ライン&スタッフ組織も含めて)、事業部組織、マトリックス組織がわが国の代表的な組織となっているが、規模別、生産性別に異なる。雇用管理施策や給与プログラムの適用については、企業規模や企業生産性との関連はそれほど強くはないが、この結果をみるかぎり、組織の形態や体制は多様化の傾向を示している。全体では機能別組織の適用率が高いが、規模別には300人未満の小企業に多く、3000人以上の大企業の適用率はその半数である点、これに対し、マトリックス組織の適用率は大企業に多く、小企業はほぼ3分の1の適用率で、このかぎりでは、企業規模による組織形態の差には着目したい。

図表4 適用されている組織構造

 中企業の適用率が大小の中間にくるのは、従業員が300人に近い企業と3000人に近い企業とでは、前者に小企業の特徴が、後者に大企業の特徴が現れ、統計的にはそれらが混在するのも当然かと思う。機能別組織とマトリックス組織については規模別に違いがみられるが、事業部組織は、どの企業規模でもほぼ 3 割に近い企業が適用している点、事業部が企業規模によってどのような性質を与えられているのか更に検討する必要があるかもしれない。
 他の規模別特徴としては、大企業に有意に分社化・カンパニー制が多い点、中企業には特徴がみられないのだが、臨時編成的なプロジェクトチームの設立が多い点など2点ほどある。
 ただ、臨時のプロジェクト編成は、企業生産性別には、生産性が低い企業に多いことは気にかかる。機能別組織や事業部組織など責任体制が固定化されている組織のうえに自律的な判断が要求されるプロジェクトチームを運営することは大変難しいという体験をもたれている方は多いと思われる。生産性別には、中生産性企業には機能別組織と事業部組織が、低生産性企業では機能別組織が半数を数えていることも考慮してほしい。この点、スリーエムや花王、独立法人主体の前川製作所等、プロジェクトチーム主体で動く組織編成が考えられるべき余地がある。
 高生産性企業では、他の群に比して、マトリックス組織や分社化・カンパニー制、戦略的事業単位などに適用する組織が散らばっており、事業の状況に応じた多様化が推測できる。恐らく、機能別組織や事業部組織は少なくなることが予想される。この理由については後に検討したい。

3)高生産企業の雇用管理
 本研究の狙いの2点目は、生産制の高い企業ではどの雇用管理分野で、スタッフやマネジメントがどのような活動に力をいれているかを検討することであった。そのために、調査の設計に述べたように、10の雇用管理分野を選び、それぞれの管理分野における主要な活動を5つ定義し、それら活動を問題なく行なっているかどうかを3段階で評価する方法を取った。

 A.高生産企業は自社のどのような雇用管理分野を評価しているか
 高生産性企業は他の企業に比して、どの雇用管理分野に力を注いでいるのだろうか。分野別に5つの個々の具体的な活動を設問としたが、これら5つの活動の評価を平均して、その値を雇用管理分野得点とした。得点は1.00から3.00の範囲で、1.00に近ければ近いほど“問題なく効果的に行われている状態”を意味するものとしている。
 企業生産性別にどの分野に力を入れているかを調べるために行なった雇用管理分野得点と企業生産性3群の分散分析結果が図表5である。

図表5 企業生産性三群(高・中・低群)の雇用管理の差

 差のある項目(その管理分野の効果性が他の値に比して高い(1.00に近い)場合、企業生産性も高い)として顕著な結果を示しているのが“モラール・動機づけ管理”であり、1%の有意水準である。次いで“配置管理”、“コミュニケーション管理”の分野が5%の有意水準となっている。有意差のある分野の最後となるのが、“異動昇進管理”だが、有意差水準10%でやや弱いので配置管理と異動昇進を一つの分野として以後は扱いたい。
 図表6に規模別結果を示すが、この結果では有意差のある項目が見出せなかった。規模には関係なく、管理分野におけるスタッフやマネジメントが注意している分野とその活動の内容いかんによって生産性が左右されることを意味しているのではないかと思っている。規模別には有意差のある分野は見出せなかったが、含まれている具体的活動の幾つかには有意差が見られるので、その点については次節に述べたい。

図表6 企業規模別にみた雇用人事管理分野効果性の差の検定

 B.高生産性企業が力をいれている雇用管理分野での具体的活動は何か
 有意差水準が最も高いのは“モラール・動機づけ”管理であることを考えると、規模には関係なく従業員の仕事への満足や意欲に注意をはかっている企業が最も生産性を高めていると結論して差しつかえないと思う。

 1.高生産性は、従業員のモラールと動機づけの現状把握と改善アクションの効果に左右される。

図表7 モラール・動機づけ管理に関わる効果性の高い活動項目

 採用している雇用管理施策の結果紹介では、それほど大きな差ではなかったので触れなかったが、定期的な従業員意見調査が高生産性企業で35%と中・低生産性企業より10%程度採用率が高いが、このプログラムの効果性は、人事スタッフやマネジメントの活動の熱心さにかかっている。
 その点、高生産性企業群では「現状の経営者へのフィードバックと問題改善の努力」で1.35という1.00に近い高い活動水準を示している点、また、上司・部下の関係に関わるプログラムの効果に影響する両者間の信頼感を認めている点にも注目したい。
 モラールと動機づけの意味については、満足、満足感情と職務/役割の約束遂行へのコミットメントと考えてよい。感情的側面としてのモラールと行動的側面に関わる動機づけの違いに注意しておいてほしい。意見調査などで設問を考える場合、いれずかに偏らないように注意することが肝要である。信頼感、職場の雰囲気、それに加えて、改善へのアクション、その効果を知るための調査活動等が、実際の活動にバランスよく取られているのが、本調査サンプルの高生産性企業の特徴と思われる。


 2.高生産性は、業績情報の開示や部門を超えてのコミュニケーション体制にも支えられる。
 問題提起において触れたが、スリー・エムや花王のみならず企業生産性の高い多くの製造業では、研究開発技術者がプロジェクトの壁を超えて研究情報を自由に交換する体制と同時に、必要なら外部研究者を招いての研究会を自由に開催できる体制が取れるよう努力している。組織内部の隅々までのコミュニケーションや部門横断的なチームや組織上の仕組みなどの評価が他の群を上回っている結果は、このような現実の文脈に沿っていると思われる。
 第1項の経営者による経営方針の従業員への徹底と第2項の部門業績も含めた経営情報の開示が高生産性企業で高いのも最近の大切な傾向である。

図表8 コミュニケーション管理において効果性の高い活動項目

 3.適性配置に対する綿密なアクションと自主的なチームや市場に合った部門の編成が生産性を高める。

図表9 配置・異動及び組織編成管理における具体的活動項目の評価

 上表にあげた配置と職務組織編成はこれ単独の分野では、その良し悪しは判断できない。配置される仕事の内容は深く社員のモラールと動機づけに関わるものであり、それ故にモラールや動機づけへの配慮が伴っていなければならない。配置の定期的見なおしや配置の改善に対するアクションが社員の仕事への意欲を充分に配慮することが前提とならねばならないが、本研究に関するかぎり、モラール・動機づけ管理が優先されている点、問題はない。
 職務組織編成では、とくに動機づけとの関連が深く、自主的なチーム編成とビジネス・プロセス全体を円滑にする情報交流の場の制度化は、配置への配慮とともに直接に動機づけを強化する施策となるという点、人事スタッフとマネジメントの大切なアクションが、ここにも要求されていることに注目してほしい。
 その他、人事考課について「明確な評価基準の設定と被評価者への周知徹底」が5%水準の有意差を示している。また、人事基本方針の分野に含めた項目「会社が従業員に期待する行動を従業員一人ひとりに奨励し得る人事プログラムの設計」が10%水準の有意差を示している。
 前者については、人事考課のフィードバックの効果的実現に関わる項目である。評価基準があっても抽象的で具体的な業績レベルが曖昧なままで、解釈が上司によって変わったりするような基準に自己満足している人事もあるが、これでは社員に周知しても意味がない。はっきりと具体的に定義された基準が上司・社員両者とも正しく理解し、その上でフィードバック・ミーティングが行なわれることに注意してほしいところである。本調査の高生産企業には、こうした条件が備えられていると申しあげてよい。
 後者の人事基本方針の項目は、企業のビジョンの実現に沿って定義されるコンピテンシーの明確化と同じ意味をもつものと考えていただきたい。平均値でいえば、高生産群1.76、中生産群2.21、低生産群2.10で、中生産群と低生産群を高生産群が有意に上回っており、とくに「期待する行動」を奨励する人事プログラムと訊ねているように行動に焦点を合わせている点にちゅういしたい。
 上記以外にも、有意差を示す幾つかの項目があるが、平均値の出方が生産性水準の高中低の順になっていないものなどがあって、ここでは除外した。

5)結 論
 本研究は、現在のきわめて長期にわたる不況のもと、企業が業績を維持向上させるためにどのような工夫や努力をしているか、とくに業績維持とはいえ人員削減を行なわねばならないような時期、雇用管理施策の上で、<1>どのような施策を講じ、また、どのような雇用管理分野に力点を置いた管理をしているのか、更に、<2>不況のもとで高い業績を上げている企業はどのような活動分野を問題なくこなしていると自社を評価しているのか、このような点を明らかにするために行なわれた。96社という少サンプルではあったが、次の点は明確に結論として述べることはできる。
 まず、生産性の高い企業(売上あるいは売上総利益が同業他社などに匹敵し3年から改善されている企業)は、これまでの人事の基本である従業員のモラールと動機づけのレベルをいかに高め、維持するかにもっとも大きな関心を示していること、また、全部門的に企業自体の位置づけに関する情報(企業業績のみならず部門業績、結果のみでなく過程を示す業績、営業と顧客の関係、技術水準等)の共有と活用を直接的にサポートするコミュニケーションの体制を強化することに腐心していること、の2点である。
 その他の雇用管理プログラムは、この 2 点を更に強化サポートする管理施策と考えられるが、その一つは、仕事への動機づけに直接影響する職務配置、組織編成である。問題は、単にお題目を唱えるのではなく、もっと具体的な活動に踏みこむ管理、ここに取り上げたような、能力適性に合わない状態を具体的に措置する解決策を求めるマネジメントを、定期的な配置見直しと共に行なっている企業が、生産性の低い企業に比して多いことには注目してよいであろう。
 組織編成については、自主性をもったチーム編成とビジネス・プロセス全体にわたる情報共有を可能とする場の体制化に力をいれて取り組んでいるが、これにはしっかりしたIT戦略があるはずである。とくに、情報共有におけるデータベースの設計、アクセスの範囲や更新などの明確なルール化と運営等、IT体制の維持も大切である。
 こうしてみると、企業生産性を維持向上するためのモラールと動機づけの課題は、それを支える雇用管理の施策から、更に施策の効果性を高めるためのインフラストラクチャーまでが一つのプロセスとして結合している状態を予想させてくれる。
 その点、先に触れた目標管理、自己啓発、人事考課フィードバックという3つのプログラムが一本の線としてつながっている文脈の強さが生産性の高い企業に感じられる(フィードバック採用率が他の生産性群に比して高く7割)。本文では触れなかったが、雇用管理施策として、早期退職優遇制度の採用率が高生産性企業に高い(3割)。この制度の場合、優遇策がどんな内容であるかによって制度の評価が違ってくる。ただ、他の施策との関連で考えれば、社員のキャリア・プランニングに関わる施策との関連、例えばアウトプレースメントやセカンド・キャリア支援などの適正な運営が、組織の活性化を促さないまでも、落とすことなく、また、従業員の選択の自由に幅をもたせることで自己の省察を促し、自主性を強めることも可能となろう。
 本研究を更に充実させるためには、こうした雇用管理施策が自ずと作り上げている施策間の結合関係の性質や、そこに現れる文脈の効果、効果的な文脈の構築のための介入の手段などが理解し得るところにまで設問を深めていくことが必要と思われる。


第3章 多次元企業魅力度尺度

1 企業に対する認知

(1)企業のイメージと評価

 企業にとって、自社が人々からどのように認知され、評価されるのかは、非常に重要な問題である。この問題はこれまで、経営学、とりわけマーケティングの分野で繰り返し主張されてきた。企業イメージ(corporate image)は、この問題を取り扱う際に最も広く用いられてきた概念であり、その結果、非常に広い意味を与えられている。多くの企業イメージ研究における概念規定を総合すると、企業イメージは、「企業の観衆(audiences)あるいはステークホルダー(利害関係者;stakeholders)が持っている、その企業全体に対する知覚の総体」と定義できる。ここでいう観衆、あるいはステークホルダーとは、消費者や顧客、株主や投資家、従業員や就職志望者など、その企業と何らかの形で関与しているあらゆる人々を指す。企業イメージという概念は、認知的な要素を主としながらも評価的な意味も含めて使用されてきたが、特に企業に対する価値判断を強調する場合には、企業評価(corporate reputation)という用語が使用されている。企業イメージや評価がどのように形成されどのような効果をもたらすかを、Gray & Balmer(1998)はマーケティングの観点からわかりやすく論じている。次の図式は彼らの概念図を簡単に説明したものである。

 企業アイデンティティ→企業コミュニケーション→企業イメージ/評価→競争優位

 ここでいう企業アイデンティティとは、その企業の独自性やリアリティ(現実、実態)であり、他社と区別されるような特性、具体的にはその企業の戦略、哲学、文化、組織デザインなどその企業とは何かを示すあらゆるものを含んでいる。企業コミュニケーションとは、様々なメディアを通じた公式、非公式のメッセージの発信である。つまりリアリティ(現実、実態)としての企業に関する情報は、様々なコミュニケーションを通して人々に伝えられ、人々はその企業に対して特定のイメージと評価を形成する。好ましいイメージ/評価が形成される結果、企業は市場競争において様々なメリットを得ることができる。またコミュニケーションの結果としての企業イメージ/評価や、市場にもたらされた効果についての情報は、企業にフィードバックされ、その後の企業アイデンティティと企業コミュニケーションに影響を与える、というサイクルが創り上げられているのである。従って、望ましい企業イメージ/評価を得るためには、企業が人々からどのように認知されているのかを正確に把握し、企業のあり方やコミュニケーションの進め方を改善していくプロセスが大切になる。もちろん企業イメージ/評価は、製品広告や企業広告といった企業からの意図的なコミュニケーション活動によってのみ形成されるものではない。企業への評価がどのようにして人々の間に形成されていくかを研究したFombrun & Shanley(1990)は、ステークホルダー達が、企業、企業の成員、メディアなど様々なルートから、市場や財務に関するシグナル、社会的規範への同調に関するシグナル、戦略的な姿勢を示すシグナルなどの曖昧な情報を解釈し、その企業の活動分野における相対的な位置を基に、企業に対する評価を確立していくことを明らかにしている。
 マーケティングの分野で最も重視され、それゆえ多くの研究が行われてきたステークホルダーは、顧客あるいは消費者である。一般に、消費者がある企業に対して同業他社よりも好ましいイメージを形成していれば、他の条件が同じ場合、その企業の商品は他社よりも購買されやすいと考えられている。松田・花上・鈴木(1995)は、好意を持たない企業に比べ、好意を抱いている企業の製品・サービスを買ってもよいと回答する者がかなり多いことを示している。近年、企業とその製品を含めたブランドを無形の資産と捉えて研究しているAaker(1991)は、魅力あるブランドが新しい顧客を惹きつけるだけでなく、顧客のロイヤルティを高める、プレミアム価格を設定できる、ブランドを拡張することで新しい市場領域に参入できるなどのメリットを生み出すことを主張している。しかし、企業やその製品・サービスに対する好意的なイメージが実際の購買行動をどの程度増大させるのかについては、他の多くの要因が関連しているので明らかにはなっていない。

(2)組織イメージ

 一方、企業の内部に存在する重要なステークホルダーとして多くの研究の対象となってきたのは、企業で働く従業員である。わが国で1970年代から活発になったCI(corporate identity)戦略も、企業名の浸透や企業イメージの向上以外に、社員の帰属意識の低下や世代間のギャップに対処する組織改革という目的があった(松田ら,1995)。ただし、従業員の雇用元企業に対するイメージに関する実証的研究は、マーケティングの分野ではなく産業組織心理学の分野で行われ、そこでは企業イメージよりも、組織イメージ(organizational image)という用語が多く使用されている。企業の売り上げよりも従業員の態度やパフォーマンスに関心のある心理学者にとっては、企業だけでなく病院や大学などを含む様々な組織に対する認知を表す組織イメージの方が、研究テーマとしてより適切であるといえる。組織イメージの研究では、それがいかなる要因によって形成され、従業員の職務態度や行動にいかなる影響を及ぼすかが検討されてきた。例えばRiordah, Gatewood, & Bill(1997)の研究では、企業リーダーへの評価と好意的な組織イメージとの間に正の相関が示され、好意的な組織イメージと職務満足との間に正の、転職意図との間に負の相関が示された。Tredwell & Harrison(1994)では、組織イメージを組織メンバー間のコミュニケーションの状態を表す指標として用いられ、メンバーが抱く組織イメージ間の類似性と、メンバーの組織コミットメントとの関係が見いだされている。また組織全体に対する認知ではなく、組織の特定の側面に対する従業員の認知を扱った研究に視点を広げれば、組織風土や職務特性に関する多くの研究が行われてきた。


2 大学生のキャリア発達と企業の魅力

(1)キャリア選択と企業イメージ

 企業にとってもう1つの重要なステークホルダーとして取り上げられてきたのは、就職志望者であり、研究対象となってきたのは主に大学生である。好ましい企業イメージの形成がもたらすメリットとして、就職希望者が増加する結果、その中からより優秀な人材を採用することが可能になるという指摘はよく見られる(例えばFombrun & Shanley,1990;藤江・舘,1999)。Gatewood, Gowan, & Lautenschlager(1993)は、企業イメージと大学生の求職意図との関係を見い出しており、好意的な企業イメージは就職志望者を惹きつけるといえる。しかし、就職志望の学生を対象にした企業あるいは組織イメージの実証的研究はそれほど多くない。就職志望の学生の組織選択についての研究が少ない理由は、アメリカのキャリア選択の事情とその理論化にあると考えられる。学生の就職に関する研究はキャリア発達の分野で行われてきたが、例えばSuper(1957)のようなキャリア選択に関する代表的研究は、主に職業(vocation)の選択を扱っており、組織(organization)の選択を扱ってはいなかった(Tom, 1971)。渡辺・野口・高橋(1994)は、アメリカの社会的・経済的文脈における新規学卒者の就業プロセスが、職業的自己概念と職業的興味の成熟が達成された後、具体的にその自己概念や興味に合致した企業を選ぶという『職業-企業』選択モデルで表されるという。こうしたキャリア・モデルに従えば、企業・組織を選択することよりも、自己の興味や能力に合った職業を選択することが重要なキャリア決定となり、職業を変更することに比べれば、組織の変更はそれほど重大なキャリア変更ではないと解釈される。
 これに対し、日本における新規学卒者の就業プロセスは、まず第1に企業を選択し、しかる後に選択した企業から与えられる具体的な職務に従事する『企業-職務』選択モデルに当てはまるという(渡辺ら,1994)。実際、日本の大学生が自分が働きたい業種や職種についてあまり考えることなく就職したい企業を決めることはめずらしくない。一方で企業の側も、新規大卒者の採用に際して大学での専攻分野や本人の希望職種をあまり重視せず、入社後の幅広い職務経験を通して人材を育成しようとする。渡辺ら(1994)は、アメリカ社会で職業選択の早期に確立されるはずの職業的な成熟や自己概念が、企業から与えられる職務を忠実に実行することによって達成されるのではないかという楽観的な期待が、日本の学卒者には存在すると指摘している。しかし日本労働研究機構の大卒者に対する調査(1994)によれば、初任配属で希望と一致していた者の比率(男性のみ)は、文科系学生では50%未満であり、より専門性が特定される理科系学生でも50%をわずかに上回るのみである。つまり、わが国の新規大卒者は、どのようなキャリア・コースを選択するのかを自分の意志に基づいて決定するという考えを持ちにくく、組織が決定する配属先での職務経験に基づいて自らのキャリアを形成していくというプロセスを経ることになる。また近年、若者が転職を肯定的に捉えるような意識の変化が見られているとはいえ、一度ある組織に就職したならば、その組織で定年まで、あるいはできる限り長く勤めた方が望ましいという考え方は、いまだ大学生の中で多数を占めているようである。日本労働研究機構の大学生に対する調査(1992)では、1つの会社で特定の分野での専門家を望む者が47.5%、1つの会社でいろいろな仕事を幅広くこなすことを望む者が35.8%であり、1つの会社でのキャリア・コースを望む者は合わせて83.3%に達している。こうした状況の下では、就職を希望する大学生にとって、組織を選択することは非常に重大な問題となる。従って就職志望の大学生が、就職先として考慮の対象となる様々な企業をどのように認知・評価し、就職したい企業を選択していくのかは、わが国におけるキャリア発達研究の課題としても意義のあるテーマといえる。

(2)大学生への企業コミュニケーションと企業の魅力

 企業の側にとって、優秀な人材を得るために就職志望者の自社に対するイメージや評価をより肯定的にしていく必要があることは、先に述べた通りである。特に現在の企業を取り巻く状況は、組織の拡大が期待でき、新卒者を大量に採用できた高度成長期とは異なり、少数の優秀な人材を選抜しなければならない。さらに長期的には、若年者の人口が着実に減少していき、大学への無試験入学が行われるようになると、優秀な新規大卒者の絶対数もまた減少していくことになり、企業のイメージや評価を高めて就職志望者間の競争で優位な位置を確保することは、重要な施策となる。こうした課題は特に、絶えず変化する経済的、社会的な環境に適応するために、組織改革や技術革新を行う役割を担うマネージャーや技術者となるべき大卒者の採用に当てはまる。
 しかしこれまでのところ、商品広告のような消費者に対するコミュニケーションへの努力に比べれば、就職志望者に対するコミュニケーションは軽視されてきた。一般に就職志望の学生は、企業を評価する能力もそのための経験も乏しいため、企業とのわずかな接触から得られた簡単な判断に依存して組織選択を行うため(Tom, 1971)、わずかな機会に企業への評価が低下する可能性もある。後述する大学生へのインタビュー調査では、就職説明会や面接試験での人事担当者の対応や印象は大学生の企業評価と企業選択に大きく影響するにもかかわらず、彼らに悪い印象を与えるような思慮のない対応をする企業が多いことも伺えた。しかし現在インターネットを利用した個人による情報発信が容易になった結果、好ましくない対応をする企業名がインターネット上で公表されるという事例も見られており、企業は就職志望者へのコミュニケーションにも十分配慮する必要に迫られている。このように企業が就職志望者に対して自社を効果的にアピールすることは重要であるが、企業の実態とかけ離れた情報によって企業評価を高めようとすることは、入社後の社員に対して失望感や不信感を与えてしまい、組織へのコミットメントや職務へのモティベーションの低下を招くおそれがある。従って、企業は自社の企業理念、事業内容、その他の社会活動、雇用管理のシステム、組織文化などの優れた点や魅力ある点、つまり企業アイデンティティを明確にした上で、それを効果的に伝えていくことが大切となる。
 Gatewoodらの研究(1993)では、経営者の自社に対するイメージと就職志望の大学生のそれとは相関が見られず、企業と大学生との認識のずれが示された。Gray & Balmer(1998)が述べるように、企業イメージや評価を向上させるためには、ステークホルダーの反応に関する情報のフィードバックが重要である。就職志望の大学生に対する企業コミュニケーションを改善し、好ましい企業評価を確立していくためにはまず、彼らがいかにして企業に対するイメージを形成し、いかなる企業に魅力を感じているのかについて信頼できる情報を得ることが必要になる。
 大学生が就職先として企業をどのように認知し、評価するのかを予測する場合、これまでの消費者や従業員に対する研究結果とはどのような点が異なるのだろうか。1つには、大学生はこれまで様々な企業の商品やサービスを利用してきた消費者としての視点から、就職先としての企業を認知する可能性がある。つまり商品、サービスなどの事業内容に消費者としてこれまで魅力を感じてきた企業は、就職先としても魅力を感じることが考えられる。しかし、自分がこれからの職業生活の中で深く関わっていく所属集団としての企業を選ぶとき、消費者とは異なる企業認知の基準があるかもしれない。また就職先として企業を選択する学生は、従業員が雇用管理や組織風土などの側面で勤務先企業を評価する場合と同じように企業を評価することも考えられるが、実際に企業で職務経験をしてきた従業員と、まだ職業に就いた経験のない者では、組織や制度に対する判断の基準や意味づけも異なると考えられる。さらに大学生は、児童でもなく成人でもない青年期というユニークな時期を生きる者として、他の世代とは異なる独特の価値観を持っている。Taylor & Thompson(1976)は、世代によって仕事に対する価値観が異なるだけでなく、若年勤労者と大学生の間にも仕事に対する価値観の違いが存在することを明らかにしている。職業生活において価値を置くことが異なれば、雇用管理や組織風土に対しても勤労者とは異なる評価を行うだろう。このように大学生は、消費者として、就職志望者として、青年として、独特の観点から企業に対する認知を行い、その結果、特定の企業に魅力を感じるようになるのだと考えられる。
 こうした考察を基に本章では、大学生が就職先として企業のどのような特性に魅力を感じるのかを調査し、企業魅力を構成する要因を明らかにし、それらを測定する尺度を開発していく。その上で企業の広報あるいは人事担当者が、学生からみた自社の多面的な魅力度のプロフィールを自己診断できる簡便なチェックリストの作成を試みる。


3 企業に対する魅力の次元と尺度化

 企業魅力を測定する尺度を作成するために、まず過去に行われた企業および組織に対する認知に関連した研究で用いられた尺度について検討していく。過去の研究に見られる測定尺度の特徴は、大きく2つに分けられる。1つのアプローチは、企業・組織のより客観的な特性を測定するもので、顧客のような企業・組織の外部のステークホルダーからみた企業の特性を評定する場合には、企業の事業内容、経営戦略、規模、業績、企業の理念や価値観などが取り上げられる。例えばRoach & Wherry(1972)は、保険会社の階層的なイメージ構造を因子分析によって分析し、スタッフの有能さ、製品の品質、被保険者に対するサービス、マス・マーケティング、戦略の積極性、国際的視野、堅実な投資、従業員への福祉、コミュニティへの関与、政治への関与など数多くの側面から、企業イメージの構成要因を明らかにしている。この研究で取り上げられた要因の多くは、企業の経営全体、企業の事業内容、企業コミュニケーション活動、社会的貢献の中に大きく分類できるものであった。わが国では、松田ら(1995)が、大都市住民からみた企業イメージを調査し、その中でポピュラリティ、クオリティ、カルチャー、パワーの4つの領域を設定しているが、因子的妥当性は検討されていない。
 一方、産業・組織心理学の分野には、組織風土や人的資源管理、職務特性などの研究が数多くあり、主に従業員の職務モティベーション、組織コミットメント、転職意図などとの関連性が議論されてきた。これらのほとんどの研究は、従業員による組織の各領域に対する評定に基づいて分析を行っている。こうした研究を組織の内部のステークホルダーである従業員から見た、企業・組織に対する認知の研究として捉えることもできる。例えば、組織風土の尺度としてLitvin & Stringer(1968)は、構造、責任、報賞、暖かい雰囲気、一体感など9つを、Jones & James(1979)は、職務と役割の特性、リーダーシップの特性、職務集団特性、下位システムと組織の特性の4つの尺度を作成しているが、これらの尺度には企業全体の特性として利用できるものがある。本研究は、企業全体に対する魅力度を診断する尺度の作成を目的とするため、個々の職務の特性や下位システムである職場集団の特性については尺度に加えないが、企業の事業や組織全体を評定する形に変換できるものは利用していくことにする。
 企業・組織への認知を測定するもう1つのアプローチは、企業に対するより主観的な、あるいは心理的なイメージを測定するために、形容詞を用いるものである。この方法は、大学生が就職先としての企業イメージを評定する研究に多く見られる(Tom, 1971;Keon, Latack, & Wanous, 1982;高橋・野口・安藤・渡辺, 1999)。就職に関連した企業イメージ研究にこの方法が用いられるのは、キャリア発達の理論が、職業特性とパーソナリティあるいは自己概念との適合に関心を向けているからである。キャリア発達の分野における企業イメージの研究は、職業と個人との適合理論を企業の選択過程にも当てはめ、人が自己概念と類似した組織を選好するという仮説の検証を行ってきた。形容詞を用いて企業イメージの次元を明らかにした研究としては高橋ら(1999)が挙げられ、因子分析によって力強さ、温かさ、安心性の3つの因子を見出している。しかし企業イメージを多次元として捉えずに単にどの程度企業に好意的なイメージを持っているか否かの1次元で測定を行っている研究も多い。
 本研究では、企業が自社の持つ様々な特性それぞれに対する魅力度を理解し、今後の就職志望者に対する企業コミュニケーション活動に役立てられる実用的な情報を提供することを目的としているため、形容詞によるイメージ測定は用いず、より具体的な経営戦略、事業内容、組織風土、雇用管理などの特性を尺度項目として設定していく。ただし、Roach & Wherry(1972)の保険会社のイメージ研究のように、特定の業種に適用が制限される尺度ではなく、大学生が就職先として考え得る様々な業種の企業が自社の魅力を自己診断できる、ある程度の抽象性を与える必要がある。以上に挙げた研究を参考に、企業魅力度の次元を明らかにし、それぞれの次元を構成する質問項目を構成していく。また本研究は、マーケティング研究と組織心理学研究にまたがる数多くの要因を取り上げることになるため、予め、経営と事業内容に対する魅力と、組織と雇用管理に対する魅力という2つの大きな特性群を設定し、それぞれについて検討を行う。経営と事業内容に対する魅力は、主として消費者としての学生の観点に関係する要因が含まれる。組織と雇用管理に対する魅力は、主として従業員となるべき学生の観点に関係する要因が含まれる。


4 大学生の職業に対する態度

 企業にとって、大学生が自社に魅力を感じ、その結果、多くの就職志望者を獲得することは望ましいことであるが、その中に企業の求める人材、例えば企業業績に貢献する能力や意欲を持つ学生が多く含まれていなければ意味がない。つまり自社が企業の望む学生から魅力的な企業として知覚される必要がある。企業のある特徴が、仕事に対する熱意の低い学生にとって魅力的である可能性もある。従って企業の魅力度を診断する尺度は、企業が求めている特徴を持った学生からみた魅力度を測定するものでなければならない。それでは企業の求める学生はどのようにして見分けたらよいのだろうか。従来の産業・組織心理学の分野で、望ましい従業員の特徴として取り上げられてきた変数は、仕事に対する動機づけつまり意欲の高さである。企業にとって、仕事に高い意欲を持っている学生は望ましい候補者といえる。仕事への動機づけは様々な要因によって高められる。例えばVroom(1964)などによる期待理論は、仕事への努力によって昇給、昇進、同僚からの承認などの外的報酬が得られるという期待が、人を仕事へと動機づけることを主張している。しかし企業の求めるのは、給与や昇進などの外的な条件にあまり影響を受けずに高い動機づけを維持できる人材であろう。ジョブイボルブメント(job involvement)と内発的モティベーション(intrinsic motivation)は、外的な報酬や条件にあまり影響を受けることなく、高い動機づけを維持する人々の態度や行動を説明する概念である。ジョブイボルブメントは、仕事と自己との同一化や仕事の人生に占める重要性などを表し、内発的モティベーションは、仕事自体から生まれる達成感や自己成長によって人が動機づけられていることを指す。Lawler & Hall(1970)は、この2つの概念の尺度を作成している。これらの概念を職務(job)に対してではなく仕事をすること(work)全体についての質問に応用することで、就業前の学生の職業に対する全般的な動機づけの高さを測定できると想定される。
 自己効力感(self-efficacy;Bandura, 1977;1995)は、近年、教育心理学を中心に動機づけの要因として注目されており、職務行動の研究への応用も試みられている(例えばJones, 1986)。自己効力感とは、ある行動を成功裏に遂行できるという期待であり、Banduraによれば、ある行動への自己効力感が高い人は、その行動への動機づけやパフォーマンスも高いという。職業に対する全般的な自己効力感を設定すれば、やはり外的報酬や条件によって影響を受けにくい動機づけとパフォーマンスの予測因として有効となる。
 キャリア発達の分野では、キャリアの明確さが、企業が求める人材の特徴として数多く研究されてきた。キャリアの明確さとは、自分が何に向いていて何がやりたいのかをはっきりさせていることである。キャリアの明確さを表す代表的な概念は、キャリア成熟性(career maturity)であろう。キャリア成熟性という概念は、Super & Kidd(1979)が示すように、教育課程で要求される前職業的、職業的な決定への準備状態というかなり広範囲の意味が与えられており、これまでの経験に基づく自分自身の理解、職業に関する情報の収集に基づく職業の理解、キャリアについての明確な設計と自律的な職業決定を含む一連の課題が達成されている状態を指している。
 以上のような検討に基づいて、本研究では、大学生の職業に対する態度として、職業へのモティベーション、職業への効力感、キャリア成熟性の3つの要因を取りあげ、企業に対する魅力の評定との関係を調べていく。


5 質問紙調査の方法と手続き

(1)大学生へのインタビュー調査と企業紹介の内容分析

 大学生に対する企業魅力の質問項目を作成するに当たって、現在のわが国の大学生にとって、就職先として魅力ある企業とはどのような特徴を持つのかについて、インタビュー調査を行った。対象は、就職活動を開始して約1年間を経過した文科系および理科系の大学 4 年生男女21名である。インタビューでは、まず始めに就職活動をする中で就職先として魅力を感じた企業の特徴、就職先を選択するに当たって重視した点を自由に回答してもらい、その後で、魅力を感じる企業の事業分野、企業規模、市場での地位、職務内容、組織風土、業績評価制度、雇用管理などの特徴についてインタビュアーから質問を行うという進め方をした。また企業の側が、就職志望の大学生に対する企業コミュニケーションの中で伝えている自社についてのメッセージは、企業の側が印象づけたい企業魅力の特徴を表している。そこで、大学生の利用が急速に増大しているインターネット上で、様々な企業が就職志望者に対して呈示している企業紹介の文章を収集し、企業側がアピールしている企業魅力の特徴を分析した。対象となったのは、現在大学生が最も利用している企業紹介のサイトのひとつであるR社のサイトで求人欄を設けている企業であり、各業界分類の中からランダムに68社を抽出した。

(2)質問紙の構成

 これまでに挙げた過去の研究と、大学生へのインタビュー調査および企業紹介メッセージの調査から、大学生にとって就職先として魅力ある企業の特性を表す質問項目を作成した。作成された質問項目は189項目で、経営と事業内容に対する魅力に関する項目と、組織と雇用管理に対する魅力に関する項目に大別される。回答方法は、各質問について就職する会社を選択する際に、どの程度魅力を感じるかを、「ほとんど魅力がない」、「あまり魅力がない」、「どちらともいえない」、「ある程度魅力がある」、「かなり魅力がある」の5段階によって評定するという形式をとった。大学生の職業に対する態度に関する質問は、仕事へのモティベーション、仕事への効力感、キャリア成熟性について、先述の検討に基づき合計22項目を作成した。回答方法は、各質問について自分自身にどの程度当てはまるかを、「ほとんどあてはまらない」、「あまりあてはまらない」、「どちらともいえない」、「ある程度あてはまる」、「かなりあてはまる」の5段階によって評定するという形式をとった。そして学年、性別、大学名、学部名などの属性に関する質問項目を加えて質問紙を完成した。

(3)質問紙調査の実施

 2000年の1月~2月にかけて、3つの大学の文科系、理科系、体育系の学部に所属する3年次および4年次の男女に質問紙調査への回答を求めた。


6 質問紙調査の結果と考察

(1)回答者の属性

 上記の質問紙調査の結果、288人の回答を回収し、記入もれのない277名を分析の対象とした。回答者の属性は、文科系学生が47.3%、理科系学生が47.3%、体育系学生が5.4%で、男女比は57.4%対42.6%、学年は3年次生が52.7%、4年次生が47.3%であった。文科系学生の内、男性は38.2%で女性は61.8%で、理科系学生の内、男性は77.9%で女性は22.1%であり、男女比に違いがあった。しかし文科系と理科系のそれぞれにおける学年比と、各学年における男女比の差はいずれも10%未満で大きな差はなかった。

(2)企業魅力尺度の構成

 企業の経営と事業内容に対する魅力の質問項目と、企業の組織と雇用管理に対する魅力の質問項目の2群についてそれぞれ因子分析(主成分解、バリマックス回転)を行った。その結果、両群共に9つの因子が抽出された。因子分析の結果をそれぞれ、図表1、図表2に示す。

図表1 経営と事業内容に対する魅力-因子負荷量
図表2 組織と雇用管理に対する魅力-因子負荷量

 経営と事業内容に対する魅力の第1因子は、若者との接触、価値観との一致、ファッションや流行への関与などの項目が高い負荷量を示しており、「若者の価値との合致」と名づけられた。第2因子は、優秀な人材や技術、事業の競争的優位、事業の規模や先端性などの項目が高い負荷量を示し、「企業業績の優秀性」と名づけられた。第3因子は、商品やサービスのユニークさ、面白さ、新しさ、創造性などの項目が高い負荷量を示しており、「事業内容の独創性」と名づけられた。第4因子は、国際的な事業、海外勤務の可能性、国際的な人材と文化の交流などの項目が高い負荷量を示しており、「事業展開の国際性」と名づけられた。第5因子は、福祉活動への援助、環境や健康への配慮、社会的なルールの遵守などの項目が高い負荷量を示しており、「社会と環境への配慮」と名づけられた。第6因子は、企業の将来性、発展や成長の可能性、時代の流れや社会変化への対応能力などの項目が高い負荷量を示しており、「将来性と市場即応」と名づけられた。第7因子は、社会で一流の大企業として評価されていること、業界内で優位な地位にあることなどを表す項目が高い負荷量を示しており、「知名度と競争優位」と名づけられた。第8因子は、時代や景気変動に影響されない業績や経営の安定性を表す項目が高い負荷量を示しており、「経営の安定性」と名づけられた。第9因子は、顧客の利益や満足の重視、日常生活への関わりなどの項目が高い負荷量を示し、「顧客利益の重視」と名づけられた。
 組織と雇用管理に対する魅力の第1因子は、年齢や学歴にかかわらず、能力、努力、業績によって、地位や給与などの処遇が決まることを表す項目が高い負荷量を示し、「能力主義の管理」と名づけられた。第2因子は、組織内での自由な発言、対等で緊密なコミュニケーションを表す項目が高い負荷量を示しており、「コミュニケーションの開放性」と名づけられた。第3因子は、規則的な勤務時間、休日が確実にとれること、私生活の重視などの項目が高い負荷量を示しており、「勤務時間の安定性」と名づけられた。第4因子は、社員の希望や就職志望者に対する配慮などの項目が高い負荷量を示しており、「人的資源の重視」と名づけられた。第5因子は、社員の一体感、チームワーク、仕事への意欲などの項目が高い負荷量を示しており、「組織のチームワーク」と名づけられた。第6因子は、女性と男性の職務や昇進の平等性、結婚や育児への配慮などの項目が高い負荷量を示しており、「女性就業者への支援」と名づけられた。第7因子は、技能や資格取得への援助、教育プログラムの充実、キャリア開発への配慮などの項目が高い負荷量を示しており、「キャリア開発への支援」と名づけられた。第8因子は、年齢に従った昇進、昇給と終身雇用の保障に関する項目が高い負荷量を示しており、「終身雇用と年功制」と名づけられた。第9因子は、年齢構成の若さ、若年社員の活用などの項目が高い負荷量を示し、「組織の若さ」と名づけられた。以上のような因子分析の結果に基づき、各因子に負荷量が高く因子の意味内容がまとまるような質問項目を選び、これらによって各企業魅力尺度を構成した。各尺度の得点は構成する質問項目の合計点によることとした。質問項目および尺度の信頼性を図表3、図表4に示す。

図表3 経営と事業内容-尺度別の質問項目と信頼性
図表4 組織と雇用管理-質問項目と信頼性

(3)職業態度尺度の構成

 大学生の職業に対する態度の項目についても、企業魅力と同じ因子分析方法を行った結果、3つの因子が抽出された。因子分析の結果を図表5に示す。大学生の職業に対する態度の第1因子は、働くことに対する内発的な動機づけや自我関与を表す項目が高い負荷量を示しており、職業へのモティベーションと名づけられた。第2因子は、仕事を遂行する能力に対する高い自己評価や職業生活活で成功する自信を表す項目が高い負荷量を示しており、職業への効力感と名づけられた。第3因子は、職業や自分の関心についての理解や、キャリア設計の明確さに関する項目が高い負荷量を示しており、キャリア成熟性と名づけられた。因子分析に基づいて作成された各尺度を構成する質問項目および尺度の信頼性を図表6に示す。

図表5 職業に対する態度-因子負荷量
図表6 職業に対する態度-質問項目と信頼性

(4)企業に対する魅力と職業に対する態度の特徴

 大学生が各企業魅力尺度の内容にどの程度魅力を感じているのかを明らかにし、尺度間の比較を行うため、「ほとんど魅力がない」への回答を-2、「あまり魅力がない」への回答を-1、「どちらでもない」への回答を0、「ある程度魅力がある」への回答を+1、「かなり魅力がある」への回答を+2に変換し、各尺度の平均値を構成する項目数で割った値すなわち、各尺度の1項目当たりの平均値と標準偏差を図表7に示す。この値は-2から+2の値をとり、-2に近いほど魅力度が低く+2に近いほど魅力度が高いことを示している。職業に対する態度についても同様の変換を行い、同じ図表中に示した。図表8は、企業魅力尺度の平均値と、平均値-標準偏差、平均値+標準偏差の3つの数値によって、各尺度への回答の散らばりを表したものである。すべての尺度の平均値が0を越えていることは、これらの尺度が表す企業の特性が、各々差はあるものの、大学生にとって魅力的であったことを示している。

図表7 各尺度の平均値と標準偏差
図表8 企業魅力尺度の平均値と標準偏差

 特に魅力度が高かったのは、将来性と市場即応、経営の安定性、コミュニケーション開放性、人的資源の重視、組織のチームワーク、女性就業者への支援、キャリア開発への支援で、いずれも平均値が1.00を越えている。魅力度の高い尺度の傾向からは、チームワーク、コミュニケーション、人的資源の重視や支援、組織や上司からの支援など、組織内の人的要因が重要視されていることがわかる。また企業の将来性と経営の安定性が共に重要視されていることは、一見矛盾しているように見えるが、大学生達が将来にわたる職業生活を通して安心して働けることを望んでいる結果だと考えられる。これに対し、比較的魅力度が低かった尺度は、事業展開の国際性、知名度と競争優位、終身雇用と年功制で、平均値は0.5未満であり、平均値-標準偏差の値は0を下回っていた。これらに次いで低い魅力度を示したのは、若者の価値との合致であった。有名で一流の企業であることや終身雇用と年功制を維持することのように、かつて重要視されてきた企業の特徴は、現在の大学生にとってはそれほど魅力を感じないことがわかる。事業の国際性は、ある程度語学力に自信のある学生に限られた魅力かもしれない。現在若者である大学生であっても、これからの職業生活を通して若者の価値観に合った事業に携わり続けたいとは必ずしも思わないといえる。また若者の価値に合うことは、ある程度業種を特定してしまう要因であり、企業の選択の幅をせばめてしまうことも、この結果に影響しているかもしれない。標準偏差が高かった尺度は、事業展開の国際性、勤務時間の安定性で、終身雇用と年功制がこれに続く。これらの要因は、魅力を感じる学生と魅力を感じない学生が比較的分かれることを示している。国際性は、海外に関心を持ち語学に自信がある学生とそうでない学生との間で、魅力度に開きがあると思われる。勤務時間の安定性は、仕事より私生活を重視する学生と仕事に生きがいを求める学生との間で、魅力度に大きな差が出るのかもしれない。
 職業に対する態度の中では、職業へのモティベーションが高い平均値を示した。つまり多くの大学生が、就業前の時点では、仕事に対して意欲を持って取り組み、仕事を通して自己の成長を達成したいと考えていることがわかる。これに対して職業への効力感の平均値は低く、ほぼ0であった。これは、大学生が職業に就いてから仕事を成功させていくことにそれほど自信を持っていないことを示している。職業への意欲はあるが、能力への自信はないという大学生が少なからずいることが推測できる。能力への自信は多くの場合、成功経験を通して得られるため、職業経験のない大学生が仕事に対して自信を持てないのは当然といえる。キャリア成熟性の平均値は、職業への効力感ほど低くはないが、職業へのモティベーションに比べれば低い値であり、自分の興味と職業とを理解した上でキャリア設計を明確にしている学生は、意欲を持っている人ほど多くはないと思われる。これらの結果から、大学生の職業に対する態度の平均像を描くと、「仕事に打ち込んで自分を成長させるような職業生活を送りたいと望みながらも、仕事を成功させていく能力には自信と不安が共にあり、どのようなキャリアを進んでいくべきかに関してもあまり明確になっていない」といえる。意欲の高さと能力への不安は、自分がやりたい仕事とできる仕事とのギャップを生みだし、実現可能でしかも意欲を持って取り組めるキャリア設計を描くことを困難にしているのかもしれない。

(5)属性別の企業に対する魅力および職業に対する態度の違い

 図表9は、学年による企業に対する魅力および職業に対する態度の違いをt検定によって調べた結果を示している。有意な差が見られたのは、若者の価値との合致(p<.01)、事業内容の独創性(p<.05)、勤務時間の安定性(p<.01)で、いずれも3年生の方がこれらの特性に対してより魅力を感じていた。就職活動を始めたばかりの3年生は、就職活動を始めて1年を経た4年生と比較すれば、若者としてのアイデンティティをより強く持っているために、若者としての自分の価値観に合った事業を行っている企業により魅力を感じるのであろう。事業内容の独創性もまた、面白さ、遊び心、感性など、若者が価値を置く事業内容を示しており、3年生の方がより魅力を感じているのだと考えられる。勤務時間の安定性は後で述べるように、仕事への動機づけが低く、キャリアを明確に描いていない者が重視する特徴であり、まだ卒業までに時間があり就職活動も開始したばかりで、職業に就くという意識が希薄な3年生の方が、勤務時間が一定で休みが確実に取れることに魅力を感じるといえる。

図表9 学年別の企業に対する魅力と職業に対する態度

 図表10は、性別による企業に対する魅力および職業に対する態度の違いをt検定によって調べた結果を示している。企業に対する魅力の中で有意な差が見られたのは、事業展開の国際性(p<.05)、社会と環境への配慮(p<.01)、経営の安定性(p<.05)、コミュニケーション開放性(p<.01)、勤務時間の安定性(p<.01)、人的資源の重視(p<.01)、組織のチームワーク(p<.01)、女性就業者への支援(p<.01)、キャリア開発への支援(p<.01)で、いずれも女性で高かった。女性就業者への支援を女性が重視しているのは十分理解できるが、それだけでなく、女性は、コミュニケーションやチームワーク、人的資源の重視やキャリア開発への支援など組織内の人的環境の良さを重視すると同時に、社会と環境への配慮のような社会への貢献も重視しており、いわゆる「人にやさしい」企業により魅力を感じているといえる。事業展開の国際性に魅力を感じる傾向も、海外の人々や文化との交流も、人間関係のひとつであると捉えれば、女性が「人」に価値を置くことの現れと考えることもできる。また女性は、経営の安定性や勤務時間の安定を重視し、働く環境の変化を望んでいないことがわかる。

図表10 性別の企業に対する魅力と職業に対する態度

 職業に対する態度の中では、男性の職業への効力感が有意に高く(p<.01)、女性が仕事を成功させることに自信を持ちにくいことが示された。その原因として、企業で働くことが、従来の性役割観においては男性に期待されてきたものであることや、わが国では未だ、企業で働く女性の成功モデルが少ないことなどの背景が考えられる。
 図表11は、文科系と理科系の学生による企業に対する魅力および職業に対する態度の違いをt検定によって調べた結果を示している。企業に対する魅力では有意な差が見られなかった。職業に対する態度では、キャリア成熟性が文科系学生において高い(p<.05)という結果であった。理科系の学生は大学での専攻によってすでに就ける企業や職種の範囲がある程度定まっている。就職先を決定する際も教授や就職部の推薦が多い(日本労働研究機構,1994)。これに対し文科系の学生は、企業のガイドブックや就職情報誌を頼りに、自主的に就職活動を進めなければならず(日本労働研究機構,1994)、企業や職種について幅広い選択肢の中から進路を決定しなければならない。つまり、就職準備期における自己決定の必要性が、文科系の学生のキャリアに関する成熟を促しているのではないだろうか。

図表11 文科系学生と理科系学生の企業に対する魅力と職業に対する態度

(6)職業態度別の企業に対する魅力の違い

 図表12には、職業へのモティベーションが平均値以上の者をモティベーション高群、平均値未満の者をモティベーション低群として、モティベーションの差による企業に対する魅力および職業に対する態度の違いを、t検定によって調べた結果が示されている。モティベーション高群は、経営と事業内容に対する魅力の中では、企業業績の優秀性、事業内容の独創性、将来性と市場即応、顧客利益の重視に対して有意に魅力を感じており(すべてp<.01)、組織と雇用管理に対する魅力の中では、能力主義の管理、コミュニケーション開放性、組織のチームワーク、女性就業者への支援、キャリア開発への支援(すべてp<.01)、人的資源の重視、組織の若さ(いずれもp<.05)に対して有意に魅力を感じていた。モティベーションの高い者は、企業の活動の優秀性、独創性、将来性などを有する優れた企業により魅力を感じているといえる。その理由は、優れた企業に入れば、職務内容の質が高く、創造性が求められ、発展性があるような業務に携わることができ、仕事にやりがいを感じることができると思うからかもしれない。そしてモティベーションの高い学生は、自分の処遇に関わる雇用管理の面でも、年齢や性別によってではなく能力や業績によって人材の評価を行う能力主義の企業に、また能力向上や資格取得などのキャリア・アップを支援してくれる企業に魅力を感じている。さらにコミュニケーションやチームワーク、人的資源の重視など組織内の人的要因と共に、顧客利益の重視のような組織外部の人々との関係にも価値を置いていることがわかる。これに対しモティベーション低群が魅力を感じている要因は、勤務時間の安定性のみであった。仕事に対して意欲の低い者は私生活を重視するために、勤務時間が一定で休暇を確実に取れるような企業に魅力を感じているのであろう。

図表12 職業へのモチベーション別の企業に対する魅力

 図表13には、職業への効力感が平均値以上の者を効力感高群、平均値未満の者を効力感低群として、効力感の差による企業に対する魅力および職業に対する態度の違いを、t検定によって調べた結果が示されている。効力感高群は、企業業績の優秀性(p<.05)、事業内容の独創性(p<.05)、能力主義の管理(p<.01)に対して有意に高い魅力を感じていた。職業への効力感の高い学生が、優秀性や独創性を持つ企業に魅力を感じ、能力や業績によって評価される組織を望んでいることは、モティベーションの高い群と同様であった。自分の能力に自信を持つ者は、優秀な企業で働く方が、要求水準が高く創造的な職務で自分の力を発揮できると思うのかもしれない。自己評価の高い者は、それに合致するような優れた集団に所属することを望むとも考えられる。また優れた業績を挙げる自信があるため、能力主義の組織でも良い業績を挙げて昇進や昇給ができると思うのであろう。しかし効力感の低い者に比べて、コミュニケーションやチームワークのような人間関係の要因を特に重視しているわけではないし、キャリアに対する組織的援助をとりわけ求めているのでもない。この点ではモティベーションの高い者と異なっている。

図表13 職業への効力感別の企業に対する魅力

 図表14には、キャリア成熟性が平均値以上の者を成熟性高群、平均値未満の者を成熟性低群として、キャリア成熟性の差による企業に対する魅力および職業に対する態度の違いを、t検定によって調べた結果が示されている。成熟性高群は、企業業績の優秀性、能力主義の管理、組織の若さが1%水準で有意に高く、職業へのモティベーションや効力感の高い学生と同様に、優れた企業に魅力を感じ、能力や業績で評価される組織を望んでいることがわかる。また成熟性の高い学生は、組織の若さに魅力を感じていたが、仕事を通じてやりたいことが明確になっている学生は、若い人材を積極的に登用している組織にいる方が、自分のやりたいことをより早く任されて実現できると考えるのかもしれない。成熟性低群は、職務モティベーション低群と同様に、勤務時間の安定性により魅力を感じる傾向にあった(p<.05)。彼らが自分のキャリアについてしっかり考えることなく目標も定まらない理由のひとつとして、職業に就くことに対して抵抗や不安があるために、職業決定を避けていることが考えられる。そして働くことよりも私生活を重視したいと思う結果、勤務時間が一定で休暇を確実に取れる企業への就職を望むのであろう。

図表14 キャリア成熟性別の企業に対する魅力

(7)企業魅力尺度の妥当性と今後の課題

 本研究で開発された企業魅力の18個の尺度は、いずれも大学生にとって魅力のある企業の特性を表していたことが、大学生への質問紙調査の結果から示された。これらの尺度は、大学3年生と4年生、男子学生と女子学生、文科系学生と理科系学生のすべての群で、魅力のある特性として評定されていたし、職業に対する態度別の分析においても、職業へのモティベーション、職業への効力感、キャリア成熟性の3つの態度の高群と低群の両群で、共に魅力のある特性として評定されていた。従って本研究の企業魅力尺度は、大学生の就職先としての企業魅力度を測定する尺度として有効であると結論できる。しかしいくつかの尺度には注意すべき点があった。事業展開の国際性は、魅力度の平均が最も低い一方で、標準偏差は最も高い値を示した。つまり国際性は、大学生にとって全体的にあまり魅力を持たないと同時に、個人によって魅力度の評定に大きな差があった。こうした結果の背景には、海外経験の少なさ、語学力の修得や外国人との交流に対する効力感の低さなど、日本人の国際化を妨げる様々な障壁の存在があり、国際的な交流に自信のある学生は、国際的企業に強く魅力を感じ、自信のない学生は、自分が働く場所として考慮しないという意識の違いがあるのかもしれない。しかし今後、企業活動がさらに国際化すると同時に、大学生を含む一般の人々も海外との交流が頻繁になっていくとすれば、将来は、国際的企業を就職先として魅力的に感じる学生が増加すると推測できる。また知名度と競争優位、終身雇用と年功制の2つの尺度も魅力度が若干低かった。これらの尺度は、従来の日本人が望んでいた企業の条件に関係している。これらの「古い」特徴は、現在の若者にとってあまり魅力的ではないのだろう。しかし、事業内容の独創性や能力主義の管理などの「新しい」特徴との対比を行うことは、企業の魅力度に関する多次元的なプロフィールを明らかにする上で有益であると思われる。また勤務時間の安定性は、全体サンプルにおける魅力度は低くないものの、職務へのモティベーションとキャリア成熟性の低い学生がより強く魅力を感じていたことは注意すべきである。ただし職務へのモティベーションやキャリア成熟性が高い学生も、勤務時間が一定で休日を確実に取れることを望む傾向にある。現在の若者は、働くことに意欲を持ち、将来のキャリアを明確に考えている者でも、仕事のために私生活を犠牲にするという従来の日本人の勤労観には否定的であり、彼らの仕事への動機づけや満足を維持するためには、日本の企業が職業生活と私生活を共に充実させられるようなシステムへと自らを転換する必要に迫られている。
 なお、本研究で作成された尺度の構成的妥当性は、大学生サンプルにおいては確かめられたが、この尺度を企業の広報や人事担当者が自社について診断できるツールとして使用するためには、企業の上記の担当者のサンプルでの調査を実施し、あらためて構成的妥当性を確かめなければならない。これは今後の課題とすることとした。

7 企業魅力尺度簡易版の構成

 本研究で作成された多次元企業魅力尺度は、全部で133項目あり、フェイス・シートなどの追加項目を合わせると、企業の担当者が簡単に評定を行うには時間的負担が大きい。そこで、重要な尺度に絞った上で、各尺度の質問項目を減らし、企業の担当者が短時間で自社の魅力度のプロフィールを診断できる簡易版を開発することとした。
 まず、経営と事業内容に対する魅力は、若者の価値との合致を削除した8尺度に削減する。魅力度の平均値では、この尺度より事業展開の国際性、知名度と競争優位の2つの尺度の方が低かったが、これらの2つの尺度はすでに述べたように、将来における企業に対する魅力として重要な特性と、従来の企業に対する魅力として重要であった特性とをそれぞれ代表しており、その対比を明らかにする上で重要だと思われる。しかし若者の価値との合致は、魅力度の平均値が低いことに加えて、この特徴に当てはまる企業の属する業種がかなり絞られてしまい、様々な業種の企業が診断を行うためには不都合となる。また事業内容の独創性が、新しさ、面白さ、遊び心、感性といった若者の価値に合致した特徴を取り上げていて、ある程度類似した企業魅力を測定できる。こうした理由から、簡易版には若者の価値の合致を含めないことにする。組織と雇用管理に対する魅力では、組織の若さを削除し8尺度に削減する。その理由は、この尺度を構成する質問項目が3項目で信頼性も低いこと、能力主義の管理の中に、年齢が若くても能力によっては重要な仕事を任されるといったある程度類似の内容が含まれていることである。
 次に、各尺度の意味内容の一貫性が保たれ、尺度としての信頼性が低下しないという基準のもとに、各尺度を構成する質問項目をそれぞれ4項目に制限し、合計64項目からなる簡易版を作成した。それぞれの尺度を構成する4項目の合計点を各尺度の得点とすることとした。図表15と図表16はそれぞれ、経営と事業内容に対する魅力、組織と雇用管理に対する魅力の各尺度の質問項目と信頼性を示している。図表17は簡易版の各尺度の平均値と標準偏差を示している。簡易版はすべての尺度が4項目に統一されているので、平均値と標準偏差は素点から算出している。簡易版の全尺度は4点から20点までの値をとり、平均が12点以上ならば、大学生にとって全体的に魅力的であったと解釈できる。

図表15 経営と事業内容-尺度別の質問項目と信頼性(簡易版)
図表16 組織と雇用管理-尺度別の質問項目と信頼性(簡易版)
図表17 各尺度の平均値と標準偏差(簡易版)


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第4章 経営者・管理者のリーダーシップ

I.リーダーシップ・パワー尺度-勢力基盤類型-

1.チェックリストの概要

 この尺度は、経営者や管理者など、企業の中でリーダーシップ(leadership)を発揮することが期待される立場にある人が、従業員や部下に対して適切な影響力を及ぼすことができるだけの十分なパワー(勢力:power)を有しているかどうかを、経営者あるいは管理者自身が自己評価するためのチェックリストである。French & Raven(1959)の理論によれば、勢力基盤は強制、報酬、正当、準拠、専門の5つのタイプに分類される。本チェックリストでは地位勢力として強制・報酬勢力と正当勢力、個人勢力として準拠勢力と専門勢力の計4類型を想定し、各類型について4項目を用いて勢力の有無と大きさを測定する。チェックリスト項目は経営者(リーダー)が従業員(部下)に対してリーダーシップを発揮することができるような勢力的基盤が整備されているかどうかを自己点検できるよう、既存の尺度を参考にして新たに作成したものである。


2.測定内容

 このチェックリストは、経営者(管理者)が従業員(部下)に対して現実に行使している(あるいは行使することが可能な)影響力の源泉を分類し、適切なリーダーシップを発揮できるだけの勢力が備わっているかどうかを自己評定によってチェックすることを目的に開発されたものである。次のリーダーシップ・スタイル尺度と併用することで、企業リーダーがどのような条件のもとで、どのようなスタイルで影響力を行使しようとしているのかを総合的にとらえることができるようになっている。ここでは、まずチェックリストの基本的な枠組みである勢力-影響論的アプローチの概要について説明する。

 (1)リーダーシップ研究の概要と枠組み

 政府、企業、軍隊あるいはスポーツチームにいたるまで、いかなる組織・集団においても人々の集まりをひとつの集団にまとめているのはメンバーに共有された集団目標の存在である。一般にリーダーシップとは、集団目標達成のために集団内のメンバー間相互作用において起こる影響力行使の過程と定義される。したがって、集団が集団として機能している時には、顕在的であれ潜在的であれ、そこには何らかの形でリーダーシップが機能していると考えることができる。言うまでもなく、ある集団がその目標を効率的に達成できるかどうかは、リーダーシップが有効に機能しているかどうかに大いに依存する。有効なリーダーシップが機能していれば、その集団の目標達成は促進され、リーダーシップが十分に機能していなければ、その集団が目標を達成できる確率は低くなるであろう。
 大橋(1962)はリーダーシップ現象を構成する基本的な分析単位として、リーダーシップの状況、リーダー(指導者)及び集団効果の3つを上げている。リーダーシップの状況とは、集団の置かれた客観的条件とメンバーの心理的・主観的条件、そして両者が合成された結果として現れる状況規定の3条件から構成された問題状況のことである。企業においては規模、目標、組織構造、従業員の質といった客観的条件、従業員やメンバーの欲求や動機づけ、社会的態度や認知などが主観的条件となり、メンバーの帰属意識、コミットメントあるいは意思決定への態度などが集団の置かれた問題状況を構成することになろう。これらリーダーシップ状況に含まれる要因のいくつかは、本報告書に掲載された他のチェックリストで取り扱われている。第2の分析単位であるリーダーとは、集団内でリーダーシップ機能を遂行することが期待されている個人または集団、すなわち企業では経営者や管理者のことである。分析の焦点はその役割行動、地位、個人特性に向けられる。そして、最後の集団効果はリーダーシップ機能の効果として期待される効果(effectiveness)と効率(efficiency)であり、集団の生産性(productivity)あるいは集団凝集性(cohesiveness)を基準に評価されるのが普通である。要約すれば、どのような問題状況において、どのようなリーダーの役割行動が、どのような集団効果をもたらすか、という基本的な枠組みの中ではじめてリーダーシップ現象を理解することができるのである。
 実際の研究ではこれらの分析単位の特定の側面に焦点が当てられ、集中的な分析が加えられる。現時点でリーダーシップ研究に関する最も包括的なレビューであるYukl & Van Fleet(1992)によれば、リーダーシップに対する代表的なアプローチとして次の4つが上げられる。

a.特性論的アプローチ(trait approach)
 リーダーシップ研究の初期には、リーダーとフォロアーの比較、あるいはリーダーとしての業績との関連を手がかりに身体的特徴、性格、知能、能力・技能、モチベーションなどリーダーの個人特性に焦点を当てた研究が数多くなされた。しかし、いくつかの特性がリーダーとしての成功と関連があることは示されたものの、いずれも成功を保証するものではなく、明らかに限界がある。

b.行動論的アプローチ(behavioral approach)
 リーダー-フォロアー相互作用においてフォロアーによって認知されたリーダー行動の中から、実際に有効なリーダーシップ機能を果たしている要素を抽出しようとするアプローチである。代表的なものにリーダー行動を課題志向的行動(task-oriented behavior)と人間志向的行動(people oriented behavior)に分ける考え方がある。我が国で独自に発展した三隅(1984)のPM理論も、行動論的アプローチのひとつと考えられる。このような二要因分類は多くの集団のリーダーに当てはめられるという意味で一般性は高いものの、抽象的すぎるという批判があり、その後、さらに細かい分類カテゴリーが提唱されている。実際には、ひとつの行動が複数の機能を果たしていたり、あるひとつの目的を達成するにもさまざまな行動パターンがありうるため、定まった行動分類の方法があるわけではない。また、ある行動の有効性は状況に依存しているため、リーダー行動と集団の業績との間の直接的な関連は弱く、何らかの仲介変数を想定する必要がある。

c.勢力-影響論的アプローチ(power and influence approach)
 リーダーが集団メンバーに一定の心理的変化を引き起こせるのは、リーダー-フォロアー関係の中でリーダーに一定の勢力が備わっているからである。ただし、リーダーシップの効果を規定しているのは潜在的影響力としての勢力そのものではなく、その勢力をどのように行使してメンバーに働きかけていくかという影響力行使策(influence tactics)であるとする考え方もある。このような視点からの研究はまだ少なく、勢力の定義のあいまいさや勢力獲得・喪失等の時間的変動過程など、解決すべき問題が残されている。

d.状況論的アプローチ(situational approach)
 状況要因を重視する立場には、リーダーシップ行動やリーダー行動を規定する要因として着目する視点と、行動と効果の仲介変数として捉える視点がある。前者の代表が役割理論や要請-拘束-選択理論であり、後者は総称して条件即応理論(contingency theory)と呼ばれる。前者はもともとリーダー行動を説明するためのモデルであるため、リーダーシップ効果の説明には限界がある。一方、条件即応理論としてYukl & Van Fleet(1992)は、それぞれ焦点となる行動や状況変数が違う8つのモデルを挙げている。複数のモデルで共通して取り上げられている状況変数としては、課題や目標の性質、集団メンバーの特徴、リーダー-メンバー関係の特徴、集団外部の条件などがある。一般に、モデルが精緻化するほど、経験的に検証することが難しくなる傾向がある。
 本チェックリストの開発にあたっては、尺度開発の主たる目的が企業の雇用管理の現状把握と診断にあることに照らし、リーダーである経営者または管理者に焦点を当てたアプローチを採用した。そこでまず上記の各アプローチの中で扱われている要因を背景要因、勢力要因、行動要因及び効果の4つのレベルに整理した。
 まず、背景要因としては、リーダー個人の特性(性格・能力・技能・動機づけ等)と状況の特性(他の集団や部局との関係、マクロな社会経済的状況、組織内の構造、集団メンバーの特性、集団の課題や目標、等)がある。これらの変数はそれ自身がリーダーシップの集団効果を持つものではなく、ある個人が一定の勢力=影響力を発揮する際の背景となる。勢力は主として個人特性に源泉を持つ場合(個人勢力:person power)と、状況の特性である組織内部における個人の地位に由来する場合(地位勢力:position power)とに分けることができる。ただし、勢力とは潜在的な影響力であり、実際にその影響力をどのように行使するかはリーダー自身の影響力(勢力)行使策の選択とそれを実行する程度に依存する。リーダーは一定の勢力を背景に、集団の目標や課題、あるいは状況に応じてさまざまな方策で実際に影響力を行使することによって集団効果を生む。リーダーシップの集団効果を生む直接の要因はリーダー行動である。過去の行動論的アプローチでは、リーダー行動の2つの側面が重視されてきたが、近年では効果との関連性が高いものとして、<1>報酬行動(賞賛や随伴的報酬)、<2>明確化行動(仕事の割当、締切の設定、目標設定等)、<3>計画立案、<4>問題解決行動、<5>監視行動、<6>動機づけ、<7>ネットワーク作りといったリーダー行動が注目されている。いずれも一定の勢力を背景に、可能な影響力行使策の選択の結果としてなされるリーダー行動であり、その特徴によってリーダーシップの効果に大きな違いが生ずると考えられている。
 本チェックリストでは、この枠組みの中で企業におけるリーダーシップ機能をチェックするために、パワー(勢力)尺度とリーダーシップ・スタイル尺度の2つの尺度を開発した。まず、本節で扱うパワー尺度では、主として期待されるリーダーシップ機能を果たすことができるだけの勢力基盤をリーダー自身が保持しているかどうかをチェックする。リーダーにリーダーシップの発揮が期待されるのは、リーダーがそれを可能にする勢力を持っているからである。勢力の基盤が集団のおかれた状況の特性にあるにせよ、リーダー個人の特性にあるにせよ、適切な勢力を持たない限り有効なリーダー行動の遂行は不可能であり、リーダーシップ機能を果たすことは困難となる。したがって、リーダー(経営者や管理者)がリーダーシップ機能を果たすために必要な勢力を持つだけの地位にいるか、またそのために必要な個人特性を持っているかどうかをチェックすることは雇用管理の上で重要な問題である。
 次の節で扱うリーダーシップ・スタイル尺度では、リーダーの影響力行使策とリーダー行動における特徴がチェックされる。リーダーシップ・スタイルの分類としては、まずリーダー行動の2要因説に基づく課題志向型・人間志向型の分類、我が国では三隅(1984)のPM理論による4類型(PM, Pm, pM, pm型)が良く知られている。その他にも、Vroom & Yetton(1973)の意思決定スタイル、古典的な専制的・民主的・自由放任的リーダーシップ、あるいは専制的・参画的(participatory)リーダーシップなど、意思決定過程におけるリーダー及びフォロアーの役割や関与の程度の違いに基づいて類型化したものがある。一方、主としてフォロアーへの動機づけに着目したものに、Bass(1985)の交換型(transactional)リーダーシップと変革型(transformational)リーダーシップの分類がある。次の節ではBass(1985)の分類に基づくリーダーシップ・スタイル尺度の構成を試みた。

 (2)勢力の定義と分類

 組織のリーダーがメンバーとの相互作用において何らかの影響力を発揮できるのは、メンバーに何らかの心理的変化を引き起こすだけの潜在的な影響力がリーダーに備わっているからであると考えられる。有効なリーダーシップがもたらす心理的変化には、集団メンバーに目標を与えること、目標の価値を高めること、目標達成への欲求や動機づけを喚起すること、目標達成を導く行動を生みだすこと等が含まれる。ここでは、リーダーが集団メンバーの中にこのような変化を起こすために利用できる潜在的な影響力のことを勢力と呼ぶことにする。
 French & Raven(1959)は、勢力を「影響の送り手(O)が受け手(P)に対して持つ潜在的な影響力(Pの心理的変化を引き起こす力)の最大値」と定義し、その基盤を次の5つに分類した。

a.報酬勢力(reward power)
 「OはPに対して与えられるべき報酬の有無や程度を決定する能力がある」というPの認知にもとづく影響力。

b.強制勢力(coercive power)
 「Oからの影響行使にPが服従しなければ、Oから罰を受ける」というPの予想から生じる影響力のことで、報酬を与えないことが罰になると考えれば、報酬勢力と強制勢力は等しいものとなる。

c.正当勢力(legitimate power)
 「OにはPに対して影響力を行使する正当な権利があり、PにはOに従う義務がある」という価値をPが内在化していることから生じる心理変化のことで、マックス・ウェーバーの「権威の正当性」に当たる概念である。価値の基盤としては、文化的に共有された価値、社会や集団の権威のヒエラルキー(階層)構造、正当な機関からの任命が上げられる。

d.準拠勢力(referent power)
 Oに対するPの同一視(Oと一体である、一体でありたいという気持ち)にもとづく影響力。

e.専門勢力(expert power)
 「Oがある特定の知識、技能などについて専門的な能力を持っている」というPの認知による影響力で、OがPの集団に属していない場合には「情報勢力」と呼ぶ。
 これらの勢力はいくつかの次元で区別される。たとえば、Raven(1965)によれば、社会的影響は影響源となる人Oにどの程度まで依存しているかという点で、影響源への依存を必要としない対人独立型影響(socially independent influence)と対人依存型影響(socially dependent influence)に分けられる。前者は情報勢力を基盤としており、その他の勢力による影響は後者になる。さらに、対人依存型影響は、影響を与えたり、それを維持するためにOによる監視を必要とする公的依存(public-dependent)と、Oによる監視を必要としない私的依存(private-dependent)に分けられる。報酬勢力と強制勢力による影響は前者に当たり、正当勢力、準拠勢力、専門勢力による影響は後者である。また、これらはPによる影響力の受容の仕方という点からも区別することができる。Kelman(1958)やRaven & French(1958)によれば、報酬勢力と強制勢力は公的同調(屈従)を引き起こしやすく私的受容(内在化)は起こりにくい。一方、正当勢力と準拠勢力は私的受容をもたらすこともあるが、その影響は必ずしも持続しない。最も持続的な私的受容を引き起こすのは専門(情報)勢力である。
 この5類型の考え方は、その後の勢力研究の中に引き継がれ、おおむね支持されてきた。ただし、この類型に含まれない勢力基盤を指摘する研究もある。たとえば、Yukl & Falbe(1991)はFrench & Ravenの5類型の他に情報統制(control over information)勢力と説得力(persuasiveness)勢力があるとしている。また、今井(1987)は準拠集団とは別に、相手に対する好意を基盤とする魅力勢力を区別している。
 本チェックリストは、項目の作成にあたってFrench & Raven(1959)の5類型に準拠したが、図表1に示したように、背景要因との関連でリーダーの個人特性に勢力の源泉がある個人勢力と、組織環境に勢力源が求められる地位勢力とに大きく二分する分け方を基本的な枠組みとしている(Yulk & Falbe, 1991)。French & Raven(1959)の定義に従えば、前者はフォロアーによるリーダー個人に対する認知や評価が勢力源となる場合であり、後者は組織構造やリーダーの置かれた環境に対する認知や評価が勢力源となる場合である。具体的には、個人勢力には専門勢力と準拠勢力が、地位勢力には報酬勢力、強制勢力、正当勢力が含まれる。実際の影響過程では複数の勢力が絡まりあって作用していると考えられるので、本チェックリストの分類もあくまで便宜的なものである。ただし、この二分類法の利点は、勢力の源泉を明確にすることで、問題の所在やそれを解決するために改善しなければならないポイントを把握しやすい点にある。たとえば、地位勢力に問題があれば企業の組織形態や組織構造に、個人勢力に問題があれば人事管理やキャリア開発に現在の課題状況にそぐわない部分が存在していることが示唆される。

図表1 RLPIの項目(5段階評定)

 (3)勢力とリーダーシップ効果

 勢力-影響論的アプローチで最大の問題は、リーダーが有効なリーダーシップ機能を発揮するためにはどのタイプの勢力を、どのくらい持つべきなのか、またリーダーはどのようにして勢力を獲得あるいは失うのか、といった点を解明することである。
 最初の問題に関しては、影響の強さ及び持続性の点で、地位勢力より個人勢力の方が有利であるとされてきた。多くの研究で、個人勢力が課題遂行量や業績、リーダー行動への満足度、課題に対する満足度といった効果変数と正の相関を持ち、地位勢力はこれらと負の相関を持つか、あるいは全く無関係であった(今井,1987;Podsakoff & Schrieshein, 1985;Student,1968)。しかしながら、Yulk & Fleet(1992)によれば、そのような知見にはフォロアーの認知的バイアスが影響している可能性がある。すなわち、リーダーの個人特性が影響力を生むのではなく、影響力のあるリーダーほど個人特性が高く評価されやすい傾向があるために、個人勢力の影響が過大評価されやすいのである。したがって、地位勢力もリーダーシップ効果に深く関わっていると考えるべきであろう。実際、報酬勢力の行使は従業員や部下の満足度を高め、強制勢力の行使は反抗や怠慢行動を防止し、正当勢力はルーティン作業の遂行において最も広く行使される勢力である。次節で見るように、リーダーが個人勢力を発揮するためにも、一定の地位勢力が必要であると言える。
 一方、有効なリーダーシップのために必要な勢力の大きさに関しては、保持している勢力のタイプと大きさはリーダーにとって選択可能な影響力行使策の範囲を決定し、勢力が大きいほど選択範囲も広くなる。それが最もはっきり現れるのが、強制勢力、報酬勢力および専門勢力である。ただし、これらの勢力を保持しているかどうかという問題と、その勢力を現実に行使するかどうかという問題は区別して考えるべきである。したがって、本チェックリストで測定される勢力のタイプと大きさはリーダーシップ効果と一義的に結びつくわけではない。勢力とは別にリーダーシップ・スタイルをチェックする必要があるのも、そのためである。なお、正当勢力や準拠勢力は、リーダー行動の特徴として表れることは少ないが、リーダー行動に対するフォロアーの抵抗を和らげ、結果的に影響力の効果を高める作用を持つ可能性がある(今井, 1990)。
 ただし、大きな勢力を保持することに伴う危険性も指摘されている。特に過度に大きな地位勢力を保持すると、勢力保持者はそれに依存して、乱用する恐れがある。いわゆる、「権力は腐敗する」と言われる時の権力とは、主として地位勢力のことである(渕上,1985,1990)。たとえば、Kipnis(1972)やKipnis, Castell, Gergen & Mauch(1976)は、大きな地位勢力を持つことが、フォロアー行動の帰属や認知に影響を与え、その結果としてリーダー行動が影響を受けることを実験的に明らかにした。また、渕上(1987, 1988, 1989)は、ひとたび勢力を手にするといわゆる「権力の私物化」と呼ばれる勢力維持のための勢力行使が生ずることを明らかにしている。したがって、大きな地位勢力を持つことは決して有効なリーダーシップ機能を保証するものではない。そのため、地位勢力に関しては、乱用を防ぐための法的規制、上申制度、審査委員会など、制度的な拘束が加えられることもある。
 最後の問題である勢力の獲得・喪失過程の解明には、リーダー-フォロアー関係のダイナミックスを考慮する必要がある。この問題には社会的交換理論(Homans, 1974)からのアプローチが最も有効である(Hollander, 1985;Hollander & Offermann, 1990)。すなわち、リーダーは一方的にフォロアーに影響を与えるのではなく、フォロアーに対して何らかの返礼を提供できなければならない。つまり、フォロアーはリーダーの提供する何かと交換で、リーダーの影響を受容するのである。したがって、リーダーはフォロアーの期待に応え、目標を達成し、報酬を与えることができるほど、それと引き換えに地位や尊敬や影響力を持つことができる(交換型リーダーシップ)。さらに、Hollander(1958)によればリーダーは集団成員間相互作用の中で集団目標の達成により大きな貢献をし、優れた個人特性を有していると認められるほど高い地位と大きな勢力を獲得し、フォロアーから特異的信頼(idiosyncrasy credit)が与えられる。変革型リーダーのように、新しいビジョンを提起したり大きな変革を主張することができる背景には、このような勢力獲得の過程があると考えられる。


3.開発過程

 本チェックリストはFrench & Raven(1959)の勢力理論に基づき、企業経営者又は管理者が従業員あるいは部下に対して有効なリーダーシップを発揮するための勢力的基盤の有無とその大きさを測定するものである。
 開発にあたって、既に公表されている関連尺度の内容について検討した。French & Raven(1959)に準拠した勢力尺度は大別すると 3 つのタイプがある。

a.一般用勢力尺度
 企業や産業場面に限定せず、親子関係など日常的な人間関係における対人影響過程の中で作用している勢力を測定するために開発された尺度である。代表的なものに今井(1987)の社会的勢力認知尺度(PSPS;Perceived Social Power Scale)がある。これは特定の人物を指定して6つの下位尺度各3~5項目(全23項目)に7段階で評定するものである。項目例を上げる。

  <1> 尺度I参照(準拠)勢力:~は私の理想の人に似ている。
  <2> 尺度II専門勢力:~は私よりも知識や技能が豊富である。
  <3> 尺度III魅力勢力:私は~に親しみを感じる。
  <4> 尺度IV正当勢力:私は~の言うことを受け入れなければならない立場にいる。
  <5> 尺度V賞(報酬)勢力:~の言うとおりにすると、私の都合の良い状況が生じてきやすい。
  <6> 尺度VI罰(強制)勢力:~に逆らうと、私にとって都合の悪いことが生じやすい。

なお、尺度IIIの魅力勢力は今井 (1986)が新たな類型として付け加えたものである。

b.単一項目尺度
 産業組織心理学の分野で研究のために開発された勢力尺度には各類型について単一項目で測定するものが多い。代表的なものに、Student(1968)やBachman, Smith & Slesinger(1966)のものがある。ここでは後者の項目を示す。

  <1> 準拠勢力:私はその人の人間性を高く評価しており、その人が尊敬し賞賛するような行動をしたいと思う。
  <2> 専門勢力:その人が私よりも豊富な経験を積んでいる事柄に関して、その人の高い能力と優れた判断を尊敬している。
  <3> 報酬勢力:その人は協力した人に対して特別な支援や利益を提供することができる。
  <4> 強制勢力:その人は協力しない人に対して圧力をかけたり、罰を与えることができる。
  <5> 正当勢力:その人の地位を考えれば、その人には自分の命令は実行されるものと期待する正当な権利がある。

c.多項目尺度
 単一項目尺度は実施コストの点で優れているが、尺度としての信頼性および妥当性については十分であるとは言えない(Rahim & Psenicka, 1994)。各勢力についてリッカート式の質問項目を用いた多項目尺度としては、Rahim(1988)のRLPL(Rahim Leader Power Scale)とHinkin & Schriesheim(1989)の測度がある。いずれも尺度としての信頼性及び妥当性について十分な検討がなされており、研究目的で利用されてきた実績を持つ。前者については図表1にその全項目を示した。後者については以下に項目例を上げる。

図表1 RLPIの項目(5段階評定)

  <1> 準拠勢力:私の上司は、私が重要な人間だという気持ちにさせることができる。
  <2> 専門勢力:私の上司は、仕事のやり方について優れた提案をすることができる。
  <3> 報酬勢力:私の上司は、私に特別な報酬を提供することができる。
  <4> 強制勢力:私の上司は、私に望ましくない仕事を割り当てることができる。
  <5> 正当勢力:私の上司は、私が果たすべき使命を行っているという気持ちにさせることができる。

 これら既存の尺度はすべてフォロアー(従業員や部下)によるリーダー(経営者や上司)認知を測定するように設計されている。もともとFrench & Raven(1959)の理論では、勢力を勢力保持者の行動を規定する要因としてではなく、影響の受け手側の反応を規定する要因としてとらえているので、フォロアーの認知に焦点を当てて測定することは、本来の定義に沿った勢力測定法であると言える。その意味で、ここに紹介した2つの多項目尺度はフォロアーによるリーダー認知のためのチェックリストとして我が国でも利用できる。
 本チェックリストの項目を作成するために、これら既存の尺度項目の内容と表現について、それが我が国の実態に即しているか、またリーダー自身の自己評価に適切であるかどうか、入念な検討を加えた。その結果、強制勢力に関する項目には我が国の経営実態に即していない内容が数多く含まれていることがわかった。そこで、本チェックリストでは強制勢力と報酬勢力を同じ下位尺度で扱うことにし、その他の下位尺度についてもできるだけ実態に即した内容と表現になるように工夫した。


4.チェックリストの構成と使用方法

 (1)チェックリストの構成

 チェックリストは強制・報酬勢力、正当勢力、準拠勢力、専門勢力の4つの下位尺度から成り、各下位尺度について4項目、全16項目から構成されている。具体的な項目は以下の通りである。なお、質問項目の中で「メンバー」とあるのは、回答者が統括する組織、部署、チームなどの構成員を指している。

a.強制・報酬勢力尺度項目
  <1> メンバーに対するあなたの評価は、メンバーの昇給あるいは減給、昇進あるいは降格に影響を与える。
  <2> あなたは、優れた成績をおさめたメンバーに対して、特別手当や賞与など、何らかの方法で特別な計らいをすることができる。
  <3> 職場のルールを守らないメンバーに対して、あなたは何らかの方法で罰を与えることができる。
  <4> 業務成績が悪いメンバーに対して、あなたは何らかの方法で責任をとらせることができる。

b.正当勢力尺度項目
  <5> あなたには、メンバーが行う仕事の内容、量、手順、期日などを決める権限がある。
  <6> あなたには、メンバーの仕事について自らの承認を与える権限がある。
  <7> あなたには、組織や部署の代表として、独自に他の組織や部署に要求したり交渉する権限がある。
  <8> あなたは、あなたの個人的な判断でメンバーに決定や責任を任せることができる。

c.準拠勢力尺度項目
  <9> あなたは、周囲の人を引きつける魅力を持った人間である。
  <10> あなたは、メンバーにとって「この人のために」働きたいと思わせるような人物である。
  <11> あなたは、組織のリーダーや上司という立場でなくても、メンバーから一目おかれる存在である。
  <12> あなたは、一緒に働きたいとメンバーから目標に思われている。

d.専門勢力尺度項目
  <1> 仕事のことであなたに相談すれば、適切なアドバイスがもらえる。
  <2> 難しい仕事がきても、あなたはそれをこなすだけの技術的なノウハウを身につけている。
  <3> あなたは組織(会社)全体の置かれている状態や組織の方針などについて、メンバーの知らない情報を持っている。
  <4> あなたは、メンバーが行う仕事全般について、必要な専門的知識や技能を持っている。

 (2)使用方法

 回答者はチェックリストの各項目について、企業や職場の中での自分の状況を、

  1:あてはまらない
  2:どちらかというと、あてはまらない
  3:どちらともいえない
  4:どちらかというと、あてはまる
  5:あてはまる

の5段階で評定する。評定値を下位尺度ごとに合計し、これを下位尺度得点とする。これによって、4つの下位尺度得点で示される勢力プロフィールを描くことができる。
 なお、本チェックリストでは強制勢力と報酬勢力を結合したが、最初の2項目が報酬勢力、次の2項目が強制勢力に関する項目であり、それぞれ別個に扱うことも可能である。

 (3)使用上の注意

 下位尺度の構成概念妥当性と信頼性については、上述のように先行研究では認められているものの、本チェックリストにおいては検証されていない。


5.関連研究

 French & Raven(1959)の理論に基づく研究についてはPodsakoff & Schrieshein(1985)によるレビューがある。また、その後に開発された勢力尺度を利用した研究としてRahim & Afza(1993)、Hinkin & Schriesheim(1990)、今井(1987)などがある。これらはリーダー(勢力保持者)の勢力基盤に対するフォロアーの認知が、業務成績や満足感に影響を及ぼすことを明らかにしている。
 本チェックリストの特徴は経営者や管理者自身が組織内における自分の勢力基盤について自己点検する点にある。リーダーの勢力基盤に対する認知がフォロアーの行動を規定するように、リーダー自身の勢力認知は実際のリーダー行動に影響を及ぼすと考えられる(今井,1990;渕上,1990)。しかし、残念ながら、この分野の研究では主として客観的に定義しやすい地位勢力の影響に関するものが中心で、個人勢力を含めて検討したものは限られているのが現状である。今後の検討が待たれるところである。


引用文献
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II.リーダーシップ・スタイル尺度
   -交換型リーダーシップと変革型リーダーシップ-

1.チェックリストの概要

 本チェックリストは,経営者や管理者がその勢力基盤を背景に,どのような行動スタイルによってリーダーシップを発揮しようとしているのか,経営者や管理者自身が自己評価するためのものである。チェックリストはBass(1985)による交換型リーダーシップと変革型リーダーシップの2分類に基づいて構成された。前者は古典的交換理論に基づき、目標の達成に伴う随伴的報酬がリーダーから約束されていることが動機づけとなり、成員の行動が喚起されるというものである。後者は報酬への期待を超えて、それ以上に仕事への遂行が動機づけられる場合であり、いわゆる経営者等のカリスマ性もこれに含まれる。リーダーシップ類型にこれら2つの型を加えることにより、経営者・管理者の勢力や行動が従業員に与える集団的効果について、より詳しい予測を得ることができる。また、問題発見用尺度として経営者・管理者が自らのリーダーシップ・スタイルについて内省的示唆を得る目的で使用する。


2.測定内容

 前節で述べたように、ここでは尺度開発に当たりリーダーに視点を当てたアプローチを採用し、リーダーシップに関わる要因を背景要因、勢力要因、行動要因及び効果の4つのレベルに整理した。前節のリーダーシップ・パワー尺度は勢力要因を明らかにするためのものであり、本チェックリストは行動要因を明らかにするためのものである。パワー尺度と同様、この尺度も経営者や管理者、すなわちリーダーシップを発揮することが期待されている立場にある人がリーダーとしての行動を自らチェックするためのものである。この両者を組み合わせることによって、リーダーが有効なリーダーシップを発揮するために十分な勢力基盤が整備されているか、またリーダーはその勢力を背景に有効な影響力行使策を用いているかどうかをチェックすることができる。

 (1)現代に期待されるリーダー像

 一般に、優れたリーダーであるかどうかは、そのリーダーが率いた集団の目標達成度や生産性の高さによって判定されがちである。すなわち、成功した集団のリーダーが優れたリーダーであると単純に考えられやすい。しかし、目標が達成されるかどうかはリーダーの働きだけで決定されるわけではなく、課題の性質、集団成員の資質、上位・下位集団や他集団との関係等の状況要因に大きな影響を受ける。そのため、優れたリーダーであるかどうかの判定基準は、目標達成度を含む幅広い効果変数を考慮したものでなければならない。淵上(2002)も,最近のリーダーシップ研究の特徴のひとつとして,リーダーシップの有効性指標の多様化を指摘している。
 そこで現代に求められているリーダー像を考えるとき、次のChemers(1997)の指摘は傾聴に値するであろう。彼は優れたリーダーが果たす機能として次の3点を上げている。

   1)リーダーは有能であるとともに、信頼できるというイメージを与えなければならない。彼らは、自分の行動を一般的に認められている理想型に一致させることによって、その目的を達成する。

   2)リーダーは、部下が集団の目標と組織の使命を達成するために重要な貢献をするように、指導し、成長をうながし、鼓舞できるような関係を部下との間に作り上げなければならない。そうした関係はフォロアーの欲求や期待とも一致するはずであり、リーダーも、そうした期待を積極的に認識することができるのである。

   3)リーダーは、状況の特性に対応するような戦力を用いながら、自分自身と部下のもっている資源を動かし、活用しなければならない。(白樫訳、p.245)

 このような観点に立つと、優れたリーダーであるための判定基準のひとつは、与えられた状況の中で、自他の資源を最大限に活用し、課題に取り組めたかどうかにある。その際、どのような行動方略が有効であるかは、第3点で指摘されているように集団や組織の置かれた状況の特性に依存しており、単純にどのような行動が効果的であるかという問題は無意味であろう。また「昼行灯」と評された大石内蔵助の例を引くまでもなく、同じ個人においてもスタイルは変容することがあり、その意味で、優れたリーダーには状況に応じてスタイルを変える柔軟性が要求されると言うことができる。
 とはいえ、グローバライゼーションが進む現在の産業界にあっては,大企業のみならず,中小企業においても有効な雇用管理施策や人事プラクティスを通して、仕事に対する従業員のモラールや動機づけを高め,業務へ参画をうながしていくことが求められていると言える。その意味で,現代のリーダーには,Chemersが第2に挙げた点、すなわちフォロアー(部下)の貢献と成長をうながし,組織へのコミットメントを高める機能を果たすことが要求されていることは明らかである。
 同時にまた,組織の成員や組織をとりまく人々の欲求や期待、価値観が多様化し、不確実な環境の中で組織が在り続け発展するためには、従来の秩序や価値を変革し、新たな価値や意味を創造し、欲求や期待を満足させることが必要である。しかし,組織はひとたび安定した状態に達すると,大きな変化や変革に対して抵抗しようとする諸々の動きを示すようになる。その時,古川(1990)の唱える「構造こわし」を実践し,組織変革を生み出すことも,現代のリーダーに求められている重要な機能である。
 1980年代以降、それまでのリーダーシップ研究では見過ごされがちであったこのような革新的・革命的指導者が果たしたリーダーシップ機能を分析するために、新しい理論的枠組みが提案されてきた。対象となる指導者の典型例としては、ガンジー、フランクリン・ルーズベルト大統領、パットン将軍等、歴史的偉業を成し遂げた人物がしばしば引き合いに出されてきた。彼らと比較すると、企業組織リーダーに成し得る業績の規模も、率いる集団の性質も大きく異なっている。しかし、近年の研究は、このようなモデルの中にも広く一般に通用する効果的なリーダーシップの要素があることを明らかにしている。たとえば、我が国では古川(1990)の業績がそれに当たる。また狩俣(1989)も創造的リーダーシップの枠組みの中で組織変革プロセスとリーダーの解釈行動、意味発見プロセスを検討している。いずれも旧来のリーダーシップ研究の枠組み、すなわち成員に対する技術的指導や動機づけ、あるいはリーダーと成員の交換関係といった問題とは異質の役割が現代のリーダーには期待されていると言えよう。
 その中で、現在、最も注目を集め、検討が進んでいるテーマがカリスマ的リーダーシップ及び革新的リーダーシップである。

 (2)カリスマ的リーダーシップ

 カリスマ的リーダーシップの概念は、マックス・ウェーバーによる社会支配形態の3分類のひとつである「カリスマ的支配」に始まるとされている(他の2つは「伝統的支配」と「合法的支配」である)(Conger & Kanungo, 1988)。ウェーバーによれば、カリスマ的リーダーとは神格化された非凡な才能(呪術的能力があるとか、英雄であるとか、弁舌に長けているなど)を持つと成員に認知されること、あるいはそれによって情緒的に魅了されることによって成員に受け入れられているリーダーである。心理学におけるリーダーシップ研究においてはHouse(1971)によって「部下にカリスマ効果をもたらすリーダー」と定義されて以来、多くの研究が行われた。ここでカリスマ効果とは、成員の中にリーダーへの同一化や心からの服従、愛着、使命感、高い目標などを生み出すことを意味している。
 カリスマの概念的な扱いについては、大別すると次の3つがある(松原ら, 1994)。

 a.成員側の要因、すなわち成員の認知に焦点を当てたものである。具体的にはリーダーに対する成員による帰属である(Conger & Kanungo, 1988)。リーダー行動を観察した成員は、リーダーに対してそのリーダーシップ能力や目標達成に賭けるリーダーの情熱などを帰属する。リーダーに対して並はずれた能力や強い情熱が帰属されれば、すなわちカリスマが形成されれば、それは成員の行動に大きな影響を及ぼすものと考えられる。そして一度形成されたカリスマはそれ以降の成員の行動を引続き規定するものになると考えられている。
 このように、成員の認知に焦点を当てたアプローチによれば、リーダーは集団成員に対して優れた能力と、目標達成に対する使命感、忠誠心、そして確固とした自信を持っているという印象を与え、畏怖と敬愛の念を抱かれるような存在でなければならない。これは集団成員のリーダー認知の問題であると同時に、リーダーの側の印象管理と自己提示の問題でもある。Chemers(1997)が指摘した優れたリーダーに求められる第1の機能に当たる。

 b.リーダー側の要因、すなわちリーダーの特性論的な解釈である。Howell(1988)は、カリスマ的リーダーを社会的(socialized)と利己的(personalized)の概念によって2つに区別している。両者はともに権力欲求が高いものの、その実現の仕方は異なり、社会的なカリスマ(リーダー)は活動抑制が高く他のメンバーや周囲の状況を考慮しながら要求を実現しようとし、利己的カリスマ(リーダー)は活動抑制が低く権力への執着を隠さない。前節で挙げたKelman(1958)の態度変容の理論によれば、利己的カリスマ(リーダー)は「同一化または親和」、社会的カリスマ(リーダー)は「内在化または価値の一致」に対応するものと考えられている(Howell, 1988)。
 この区別はカリスマ的リーダーの倫理的問題と深く関わっている。たとえばヒトラーや狂信的カルト集団(たとえば、オウム真理教)のリーダーのように、利己的なカリスマ的リーダーの革新性は時として社会や集団成員に対して破壊的な結果をもたらすことがある。そのため、単純にカリスマ的リーダーを期待されるリーダー像とみなすことはできない。「英雄待望論」の持つ潜在的な危険性もこの点にある(Chemers, 1997)。
 もちろん利己的カリスマが成員の献身を引き出し、創造的な成果を生み出すこともある。しかし、社会的カリスマとのもうひとつの大きな違いは、利己的カリスマが次の時代を担うリーダーを育成できない点にある。リーダーの下で成員が成長し自律していくためには、リーダーの持つ優れた資質を「内在化」することが必要であり、「同一化」だけでは不十分である。現代のリーダーには部下の成長をうながし、次のリーダーを育成するという機能も期待されている。

 c.リーダー-成員間の相互関係、リーダーシップ行動に焦点を当てたアプローチである。Conger(1988)は、リーダーにカリスマ性を付与する行動的要素として、戦略ビジョンの提示(現状否定的であるが、メンバーには受容可能で共有される範囲のビジョン)、革新的手段の使用(ビジョン達成のための慣例にとらわれない、新しい、リスクのある手段を展開すること)、資源と制約の現実的評価、演出と印象管理(印象的な実勢によるメンバーの鼓舞)の4点を上げている。これらの行動は地位勢力ではなく、個人勢力を基盤としている。具体的には、理想的ビジョン、革新的な主張と、優れた専門性等である。
 このように、経営リーダーに求められるカリスマ性はウェーバーが記述したカリスマとは異なった側面を持つ。たとえば、Conger(1988)はウェーバーのカリスマ概念の中で、カリスマは選出される(経営リーダーは強制的に指名される)、カリスマは社会の隅から出現する(経営リーダーは合法制度の内部からの出現する)、カリスマは反経済的である(経営リーダーは経済性を追求する)とした3つの仮説は現代の経営リーダーに当てはまらないとしている。そこで、カリスマ的リーダーシップの理論を拡張し、より広範な状況にも適用可能なリーダーシップ論として整理したのが変革型リーダーシップの概念である。カリスマ的リーダーシップは、最終的に期待されている以上の高い動機づけを成員から引き出す。カリスマ的リーダーから学ぶべきことは、まさにこの点にある。しかし、「純然たるカリスマ的リーダーは、部下が自分の世界観を受け入れ、そこからはみださないことを望むが、変革型リーダーは部下に、従来の見解だけでなく、リーダーがとなえる見解についても疑う能力を植え付けようとするのである。」(Conger,1988;片柳他・訳、p.55)

 (3)交換的リーダーシップ・変革的リーダーシップ

 Bass(1985)は、Burns(1978)の分類に従い、組織の現在の秩序や部下の要求や価値の変化を生み出すリーダーシップを変革的リーダーシップ(transformational leadership)と呼んでいる。これと対比されるのが交換的リーダーシップ(transactional leadership)であるが、両者の違いはリーダー-成員間の相互関係の型、すなわちリーダーシップ・スタイルの枠組みにおいて考えるとわかりやすいであろう。リーダー-成員間の相互関係はリーダーシップ研究において主要なテーマのひとつであり、古くから研究が行われてきたが(cf. Hollander & Offermann, 1990 ; Yukl & Fleet, 1989)、産業・組織心理学領域において「交換的」と「変革的」の概念が明確に区別されたのはBass以降であると考えられている。
 Burnsによれば交換的(取引的)リーダーは、あるものを他のものと交換することを目的として部下に接近する。Bassはこれをリーダーと部下の関係一般に拡張する。すなわち、リーダーと部下の関係には欲求-報酬のダイナミックスが働いていると考える。これに基づけばリーダーには成員に対して目標を明確に示し、目標を達成するための行動を強化し、これに従い目標を遂行し達成した者には報酬を与えることを明確に示すことが求められる。しかしこれは、リーダーと部下の基本的関係を明らかにしても、リーダーシップにおける象徴性(symbolism)、神秘性(mysticism)、イメージ化(imaging)、あるいは価値変革といった、リーダーシップの重要な次元であると考えられている事象を説明することができない。
 一方Burnsによれば、変革的リーダーは潜在的な部下の要求あるいは現在の要求を認識し、開発する。これに基づいてBassは変革的リーダーを「成員に元来期待されている以上に仕事を遂行するように動機づけることを可能にする」と定義している。
 この成員の変容プロセスそのものが変革的という概念のキーであるが、Bassによればこうした変容は、次のような相互に関連のある3つの方法のいずれかひとつで部下を変革するという。

  a.指定された結果の重要性や価値、およびそれを達成する方法についての部下の認識水準、意識水準を高める。
  b.チーム、組織、あるいは国家の利益のためにということで部下に彼らの利己心を超越させる。
  c.部下の欲求水準を変えたり(例えば、Maslowの欲求階層説の安全の欲求から承認の欲求に引き上げる),あるいは部下の欲求や要求のポートフォリオを拡大する(例えば、承認の欲求に自己実現の欲求を加える)。

変革的リーダーはこれらの方法を達成することによって、組織の現在の秩序や価値、あるいは組織文化を変革することができるというのである。
 ところで、リーダー-成員間の相互交換関係における交換的・変革的の両概念は、いずれも目標の達成に向けられているという点では共通しているが、成員から目標達成行動を引き出すプロセスが異なっている。Bass(1985)によれば、House(1971)のパス・ゴール理論やGraen & Cashmann(1975)の垂直二者間役割獲得モデルなどは交換的な相互関係に向けられた旧来の説明様式であり、変革的な関係を説明するには向かないという。
 また、リーダー-成員間の相互関係において変革的関係は交換的関係とは概念的に異なるものであるが、これはKelman(1958)の態度変容の理論によっても説明される。Kelmanによれば人が相手から影響を受けるのは(a)服従または交換、(b)同一化または親和、(c)内在化または価値の一致、の3通りが考えられるが、交換的な関係は(a)、変革的な関係は(c)に対応するものと考えられている。すなわち、両者は別々のシステムにより影響を受けていると考えられている。
 もっとも、変革的関係は交換的関係と概念的に異なるものではあるものの、変革型リーダーシップが交換的な相互関係と完全に対比した関係として存在するものであるとは考え難い。むしろ交換的な相互関係を土台として、さらに強い相互関係が変革型リーダーシップによってもたらされるものと考えるほうが適切であろう。すなわち変革型リーダーシップは、交換的な相互関係の特別な領域を指すものであると考えられるのである(Hater & Bass, 1988)。

 (4)変革的リーダーシップの構成概念

 Bass & Avolio(1994)は変革的リーダーシップの構成要素を次の「4つのI's」に整理している。

 a.理想化による影響(Individualized influence)とはリーダーのカリスマ性を意味する。すなわち、リーダーはその優れた能力、組織への忠誠、目標達成への貢献等の点で部下からの賞賛と信頼の対象となり、同一化を通して(モデルとなって)部下に影響を与える。

 b.モティベーションの鼓舞(Inspirational motivation)リーダーシップは、部下の感情を喚起することによって影響を及ぼすものである。これは、部下を感情的に奮起させ、生気を与え、躍動させ、意気揚揚とさせる。これは感情を喚起させるという点で次の知的刺激とは区別される。リーダーは部下の仕事の意味を明らかにし、その重要性を強調する。また、ビジョンを共有し、目標達成へのコミットメントを引き出すことによって、フォロアーの中に目標達成・ビジョンの実現に対する内発的な動機づけを生み出すのである。

 c.知的刺激(Intellectual stimulation)は、部下の問題の認識力、問題解決力、思考力、想像力を喚起させ、部下の信念や価値を変えることである。リーダーの知的刺激は、たとえばリーダーがシンボルを創造したり、解釈したり、精緻化したりするときにみられる。知的刺激は、リーダーシップの次元の課業志向、仕事中心、組織づくりの次元に相当している。これはまた、コミュニケーションの情報伝達の側面に相当しているといえる。リーダーが知的刺激を与えることによって、部下は、問題解決力、概念化能力、理解力などを飛躍的に高めることができる。

 d.個別の配慮(Individual consideration)は、リーダーが部下に対してその能力を開発する開発志向と、個別的に配慮する個別志向を持つことである。開発志向のリーダーは、部下が現在の職務を遂行し、また将来責任ある地位につくことができる能力を評価する。そのようなリーダーは、部下の能力を開発するために、部下ごとに助言したり、課題を与える。部下に挑戦的な仕事を委譲したり、部下の責任を高めたりすることが個別的な能力開発には有用な方法となる。また、個別化では、一対一の対面的な直接接触や双方向的コミュニケーションが重要になる。
 この個別の配慮は、従来のリーダーシップ次元における配慮や関係志向、あるいは人間中心といった次元に相当しているといえる。そして、これらの次元はコミュニケーションの関係性の側面に相当している。これがリーダーと部下の信頼関係や人々の信頼関係の構築に関わっていることはすでに述べたところである。したがって、リーダーが部下に個別の配慮を払うことは重要なことである。後述するように、リーダーと部下との間に信頼関係があってこそ、リーダーは部下の態度や価値を変革できるからである。
 経営組織における変革型リーダーシップの実例としては、たとえばクライスラー社の運命を変えたアイアコッカ、ゼネラルモーターズのデローリアン等が挙げられる。彼らは、ともに交換理論では説明できない変容プロセスを示しているという点で共通している。変革型リーダーシップの概念的妥当性を裏付ける実証データも多く得られており(Avolio & Bass, 1987;Bass, Avolio & Goodheim, 1987;Waldman, Bass, & Einstein, 1987)、多くの組織体に共通してみられること、世界的規模のリーダーやある限られた経営者のみに当てはまるリーダーシップ行動ではないことが示されている(Bass, 1985)。
 また、変革型リーダーシップは、部下によっていかにリーダーが有能であると捉えられているか、リーダーのために部下がどれだけ労力を厭わないと思っているか、部下はリーダーに対しどれだけ満足感を抱いているか、などリーダーシップ行動の結果変数と正の相関があることが示されている。交換的リーダーシップも同様にそうした結果変数と正の相関を示すものの、一般にその関係は極めて弱く、変革型リーダーシップには及ばない。これも同様に交換理論では説明できない変容プロセスを、変革型リーダーシップが説明していることを示している(Hater & Bass, 1988)。


3.開発過程

 本チェックリストでは質問項目数の制約上、Bass(1985)に基づき、交換型リーダーシップ、変革型リーダーシップについて必要最小限の項目により測定することを目的として開発された。

 (1)先行研究における開発の経緯

 Bass(1985)は交換型リーダーシップ、変革型リーダーシップを含めたリーダーシップ行動の測定のためにMLQ(Multi Factor Leadership Questionnaire)を開発した。このMLQについてはリーダー行動の他に成員側の要因も混在しているという批判があるものの(Yukl & Fleet, 1989)、リーダー効果のさまざまな指標と相関があることが指摘されている(e. g., Hater & Bass, 1988)。これまでの研究から、この尺度には変革型リーダーシップ4因子(「4つのI's」)、交換型リーダーシップ2因子、非リーダーシップ因子1因子の計7因子から構成されていることが示されている(Bass, 1985;Chemers, 1997;Yammarino & Bass, 1990)。
 変革型リーダーシップの4因子は、カリスマ性(Charisma)または理想化による影響(idealized influence)、モティベーションの鼓舞(inspirational motivation)、知的刺激(intellectual stimulation)、個別の配慮(individualized consideration)である。「カリスマ性」はフォロアーのリーダー認知に関わる要因で、リーダーの持つ能力への信頼などを内容とする(“リーダーは誇りや信念、尊敬の念を植え付け、真に重要であることを見抜く才能に恵まれており、成員に使命感をもたらす”)。「モティベーションの鼓舞」にはフォロアーの貢献とコミットメントを引き出す情緒的な働きかけが含まれる。「知的刺激」は、文字通り、旧来からの考え方に対して疑いを持ち、新しいアイデアの産出を助けるような働きかけである(“リーダーは成員に対して新しい方法で考えさせ、行動を起こす前に問題解決的な見方と理論による検証を強調する”)。最後に、「個別の配慮」はフォロアー一人ひとりのニーズと能力を配慮して、成熟の機会を提供することである(“リーダーはプロジェクトを委ねて経験を積ませたり、適切な指示や指導を行なったり、個々の成員をひとりの個人として扱ったりする”)。
 交換型リーダーシップ2因子は随伴的報酬(contingent reward)と例外による管理(management by exception)である。「随伴的報酬」は成果と報酬の交換による正の強化がなされる程度を指している。Yammarino & Bass(1990)はこれを期待と獲得(本来の意味での報酬)との2要因に分けている。期待は“よい仕事ぶりには特別な褒賞や昇進をほのめかしてくれる”、獲得は“わたしがよい仕事をしたときには個人的にほめてくれる”というものである。また、「例外による管理」は、しばしば積極的な管理と受動的な管理に分けて用いられる(Hater & Bass, 1988;Yammarino & Bass, 1990)。すなわち、積極的な管理:“ミスや逸脱に対して常に注意し、目標と適合しない場合には対処する”と、受動的な管理:“現状を維持し、事がうまく進んでおり当初の目的と違わない場合には現状を改善しようとは考えない”である。この2つの要因は互いにほとんど相関がない(Hater & Bass(1988)によればr=-.06)。ちなみにこの「受動的な管理」は自由放任とは異なり、現状はこの管理により保護され維持されている。非リーダーシップ因子の放任主義(laissez-faire leadership)では、リーダーは意思表示もせず、意志決定もしなければ、責任も取らない。
 有効な交換型リーダーシップについては、強化理論に基づくリーダーの報酬行動・懲罰行動に関する研究が参考になる。このアプローチによれば、リーダーは行動修正(behavioral modification)の原理に従い、望ましい標的行動を明確化し、それを随伴的に強化することによってフォロアーの貢献を引き出すことができる。すなわち、優れたリーダーは、適切な報酬と懲罰を管理し、適切なタイミングでフォロアーの行動に反応できなければならないのである。ただし、随伴的な懲罰は望ましくない影響を及ぼす可能性が指摘されている。同様に、非随伴的な報酬や懲罰もフォロアーの満足度を低下させ、効果がないことが示されている。つまり、フォロアーに対して通路-目標関係を明確に示す行動だけが望ましい効果を持つと考えられる。
 リーダーの報酬行動と懲罰行動は、Podsakoff, Todor, Grover, & Huber(1984)の尺度によって測定することができる。この尺度は23項目から成り、フォロアーがリーダーの随伴的報酬行動(“リーダーは私が平均以上の仕事をこなすと誉めてくれる”)、随伴的懲罰行動(“リーダーは私の仕事が平均以下だと、私を叱責する”)、非随伴的報酬行動(“私の働きが悪くても、リーダーは私を誉めることがある”)、非随伴的懲罰行動(“私は理由も分からずリーダーから叱責を受けることがある”)について評定するものである。

 (2)開発過程

 ここでは過去に開発された尺度を改変し、新たに交換型リーダーシップ・スタイル尺度と変革型リーダーシップ・スタイル尺度を開発した。開発方針は以下の通りである。

 a.フォロアーがリーダーの行動を評価するのではなく、リーダー自身が自分の行動を評価できるものに改変した。この点で特に問題になるのがカリスマ性の評定である。既に述べたように、カリスマ性の成立にはフォロアーの認知が大きく関わっている。そこで、これをリーダーによる自己提示という観点からチェックできるよう内容を変更した。したがって、カリスマ性の尺度については、項目に該当してもフォロアーのカリスマ性認知を直接保証するものではない。

 b.交換型(トランザクショナル)リーダーシップ・スタイルについては、<1>課業管理、<2>集団管理、<3>随伴的報酬、<4>随伴的懲罰の 4 要因を設定した。課業管理と集団管理は伝統的な行動論的アプローチによる課題志向的行動(task-oriented behavior)と人間志向的行動(people oriented behavior)にほぼ対応しており、リーダー行動に含まれるマネージメント行動の要素であると言える。また、課業管理については、主に報酬や懲罰の随伴性の基本となる標的行動(報酬や懲罰の対象となる行動)の特定化に関わる行動を中心に構成した。随伴的報酬と随伴的懲罰はPodsakoff, Todor, Grover, & Huber(1984)の尺度を参考にした。

 c.変革型(トランスフォーメーショナル)リーダーシップ・スタイルについては、<1>カリスマ性、<3>モティベーションの鼓舞、<3>知的刺激、<4>個別の配慮の4要因を設定した。
 チェックリストの各項目は、Bass(1985)にならって5件法で記述を求める形式とした。


4.チェックリストの構成と使用方法

 (1)チェックリストの構成

 チェックリストは「A.トランザクショナル」、「B.トランスフォーメーショナル」の2つの測定尺度により構成されている。トランザクショナル尺度は課業管理、集団管理、随伴的報酬、随伴的懲罰の4つの下位尺度、トランスフォーメーショナル尺度はカリスマ性、モティベーションの鼓舞、知的刺激、個別の配慮の4下位尺度から成り、どの下位尺度も4項目から構成されている。


A.トランザクショナル

a.課業管理尺度項目
  <1> メンバー一人ひとりの仕事の計画、スケジュール、分担などを綿密に決定するようにしている。
  <2> 仕事の目標、手順、スケジュールなどについて一人ひとりのメンバーに明確な指示を与えるようにしている。
  <3> 一人ひとりのメンバーが規則、ノルマ、期日など、決められたことを遵守しているかどうか監視し、正しく把握できるようにしている。
  <4> グループの仕事であっても、一人ひとりのメンバーの仕事ぶりをできるだけ正しく評価するようにしている。

b.集団管理尺度項目
  <5> どのメンバーに対しても好き嫌いで分け隔てすることなく、できるだけ公平であるよう努力している。
  <6> 集団の雰囲気に気を配り、気まずい雰囲気がある時には、それをときほぐすようにしている。
  <7> メンバーからの相談は、仕事のことであれ、個人的なことであれ、できるだけ親身に応じるようにしている。
  <8> 集団の中で何か問題が起こった時には、メンバーの意見を聞いてから解決するようにしている。

c.随伴的報酬尺度項目
  <9> 成績の良いメンバーには、特別な報償や昇進の機会を与えるようにしている。
  <10> 成績の良いメンバーには、ねぎらいの言葉をかけたり、個人的に誉めるようにしている。
  <11> 日頃から、成績が上がれば昇給や昇進の機会が増えることを強調している。
  <12> メンバーがいい仕事をしたら、他のメンバーや組織の他の部署にも必ず知らせるようにしている。

d.随伴的懲罰尺度項目
  <13> 仕事上の失敗やトラブルが起こった時には、誰の責任かをはっきりさせ、責任をとらせるようにしている。
  <14> メンバーの成績が悪いと、叱責するようにしている。
  <15> メンバーの成績が期待以下の時には、そのことを直接伝えるようにしている。
  <16> 成績の悪いメンバーは、仕事からはずしたり、配置転換をするようにしている。


B.トランスフォーメーショナル

a.カリスマ性
  <1> 組織の将来像に関する明確なヴィジョンや計画をメンバーに提示するようにしている。
  <2> 集団の目標達成とヴィジョン実現への強い自信と集団への信頼をメンバーに伝えるようにしている。
  <3> 何事があっても決して動揺することなく、不安げな様子や気弱な姿をメンバーに見せないようにしている。
  <4> ビジョン実現への意欲、目標達成のための貢献、組織への忠誠等の点で、メンバーにとって理想的リーダー、あるいは目標とすべき人物となるよう努力している。

b.モティベーションの鼓舞
  <5> 目標達成がその集団だけでなく、メンバー個人にとっても有意義で重要であることを強調するようにしている。
  <6> 目標達成がその集団だけでなく、組織全体や社会にとっても有意義で重要であることを強調するようにしている。
  <7> 追求している目標が組織、集団、さらにメンバー個人の将来に対して持つ意味を、メンバー全員が理解できるよう、明確に示そうとしている。
  <8> メンバーに対して献身的な努力を期待していることを伝えるべく、コミュニケーションに努めている。

c.知的刺激
  <9> 慣例やしきたりにとらわれた考え方や行動に対して、はっきり批判したり、疑問を表明するようにしている。
  <10> メンバーに対して、旧来の方法に変わる新しいアイデアを出すよう、またいろいろなアイデアを数多く提案するよう励ますようにしている。
  <11> 問題に直面しても、それを解決すべき課題として捉え、合理的な解決法を見付けるべく、感情的にならず知的に処理するようメンバーを励ますようにしている。
  <12> 自ら先頭に立ってメンバーの誰よりも新しいアイデアや視点を提案するようにしている。

d.個別の配慮
  <13> 日頃からメンバー一人ひとりのニーズ、能力、希望を知るよう努力している。
  <14> メンバーの意見は、同じ目標を追求する同志として内容にかかわらず敬意をもって傾聴し、理解するよう努めている
  <15> メンバーの将来のキャリアを考え、一人ひとりの成長に配慮しながら、助言したり、指導するようにしている。
  <16> メンバーに可能なことは、できる限り権限を委譲したり、重要な決定に参加させるようにしている。


 (2)使用方法

 回答者はチェックリストの各項目について、企業や職場の中での自分の行動を、

  1:あてはまらない
  2:どちらかというと、あてはまらない
  3:どちらともいえない
  4:どちらかというと、あてはまる
  5:あてはまる

の5段階で評定する。評定値を下位尺度ごとに合計し、これを下位尺度得点とする。これによって、8つの下位尺度得点で示されるリーダーシップ・スタイルのプロフィールを描くことができる。
 次に、トランザクショナル尺度、トランスフォーメーショナル尺度それぞれについて下位尺度の得点を合計する。この合計値がそれぞれ、両尺度の得点となる。この両尺度の得点の相対的な位置により、リーダーシップ・スタイルが決定される。

 (3)使用上の注意

 本尺度は前節のパワー尺度と次のような関連性があると予想される。交換型リーダーシップ・スタイルの基盤にはリーダーの強制・報酬勢力と正当勢力がある。正当勢力は強制・報酬の標的行動や基準を決定することでフォロアーの行動に影響を与え、また報酬勢力に基づく随伴的報酬行動がフォロアーの目標達成行動を強化し、動機づける。ただし、強制勢力に基づく随伴的懲罰行動の効果については否定的な知見が得られている。一方、変革型リーダーシップ・スタイルの基盤は準拠勢力と専門勢力にあり、この2つの勢力が共に備わっている必要がある。実際には、勢力の適切な行使以上のコミュニケーション・スキルや印象管理能力が要求される。
 本尺度によって決定されるリーダーシップ・スタイルの具体的な構造については、必ずしも交換型・変換型というように単純な2類型に分かれるものであるとは限らず、業種業態・リーダーの特性によって、いくつかのパターンに分かれる可能性がある。
 なお、下位尺度(交換型、変革型)の構成概念妥当性と信頼性については、上述のように先行研究では認められているものの、本チェックリストにおいては検証されていない。


5.関連研究

 Waldman, Bass, & Einstein(1987)は大企業の幹部256名を対象に、交換型および変革型リーダーシップと、従業員の満足度ならびに業績評価との関係について調査を行った(当該企業の業績評価制度を踏まえて従業員の立場になって応えるよう教示された)。満足度については変革型リーダーシップの全要因ならびに交換型リーダーシップの成功に対する報酬要因との正の関連が示されたが、業績評価との関連が示されたのは変革型リーダーシップのみであった。例外による管理は満足度を低下させる要因として関連が示された(図表1)。

図表1 リーダーシップ要因が業績評価に与える効果についての重回帰結果(β)


引用文献
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リーダーシップ・チェックリスト

リーダーシップ・パワー尺度

 次の16項目について、企業や職場でのあなたの立場に当てはまるかどうか、次の5段階で評定し、□に回答してください。

  1:あてはまらない
  2:どちらかというと、あてはまらない
  3:どちらともいえない
  4:どちらかというと、あてはまる
  5:あてはまる

□  メンバーに対するあなたの評価は、メンバーの昇給あるいは減給、昇進あるいは降格に影響を与える。
□  あなたは、優れた成績をおさめたメンバーに対して、特別手当や賞与など、何らかの方法で特別な計らいをすることができる。
□  あなたは、職場のルールを守らないメンバーに対して、何らかの方法で罰を与えることができる。
□  あなたは業務成績が悪いメンバーに対して、何らかの方法で責任をとらせることができる。

□  あなたには、メンバーが行う仕事の内容、量、手順、期日などを決める権限がある。
□  あなたには、メンバーの仕事について自らの承認を与える権限がある。
□  あなたには、組織や部署の代表として、独自に他の組織や部署に要求したり交渉する権限がある。
□  あなたは、あなたの個人的な判断でメンバーに決定や責任を任せることができる。

□  あなたは、周囲の人を引きつける魅力を持った人間である。
□  あなたは、メンバーにとって「この人のために」働きたいと思わせるような人物である。
□  あなたは、組織のリーダーや上司という立場でなくても、メンバーから一目おかれる存在である。
□  あなたは、一緒に働きたいとメンバーから目標に思われている。

□  メンバーは仕事のことであなたに相談すれば、適切なアドバイスがもらえる。
□  難しい仕事がきても、あなたはそれをこなすだけの技術的なノウハウを身につけている。
□  あなたは組織(会社)全体の置かれている状態や組織の方針などについて、メンバーの知らない情報を持っている。
□  あなたは、メンバーが行う仕事全般について、必要な専門的知識や技能を持っている。


リーダーシップ・スタイル尺度
 次の32項目について、企業や職場でのあなたの日頃の行動に当てはまるかどうか、次の5段階で評定し、□に回答してください。

  1:あてはまらない
  2:どちらかというと、あてはまらない
  3:どちらともいえない
  4:どちらかというと、あてはまる
  5:あてはまる

A.トランザクショナル

□  メンバー一人ひとりの仕事の計画、スケジュール、分担などを綿密に決定するようにしている。
□  仕事の目標、手順、スケジュールなどについて一人ひとりのメンバーに明確な指示を与えるようにしている。
□  一人ひとりのメンバーが規則、ノルマ、期日など、決められたことを遵守しているかどうか監視し、正しく把握できるようにしている。
□  グループの仕事であっても、一人ひとりのメンバーの仕事ぶりをできるだけ正しく評価するようにしている。

□  どのメンバーに対しても好き嫌いで分け隔てすることなく、できるだけ公平であるよう努力している。
□  集団の雰囲気に気を配り、気まずい雰囲気がある時には、それをときほぐすようにしている。
□  メンバーからの相談は、仕事のことであれ、個人的なことであれ、できるだけ親身に応じるようにしている。
□  集団の中で何か問題が起こった時には、メンバーの意見を聞いてから解決するようにしている。

□  成績の良いメンバーには、特別な報償や昇進の機会を与えるようにしている。
□  成績の良いメンバーには、ねぎらいの言葉をかけたり、個人的に誉めるようにしている。
□  日頃から、成績が上がれば昇給や昇進の機会が増えることを強調している。
□  メンバーがいい仕事をしたら、他のメンバーや組織の他の部署にも必ず知らせるようにしている。

□  仕事上の失敗やトラブルが起こった時には、誰の責任かをはっきりさせ、責任をとらせるようにしている。
□  メンバーの成績が悪いと、叱責するようにしている。
□  メンバーの成績が期待以下の時には、そのことを直接伝えるようにしている。
□  成績の悪いメンバーは、仕事からはずしたり、配置転換をするようにしている。


B.トランスフォーメーショナル

□  組織の将来像に関する明確なヴィジョンや計画をメンバーに提示するようにしている。
□  集団の目標達成とヴィジョン実現への強い自信と集団への信頼をメンバーに伝えるようにしている。
□  何事があっても決して動揺することなく、不安げな様子や気弱な姿をメンバーに見せないようにしている。
□  ビジョン実現への意欲、目標達成のための貢献、組織への忠誠等の点で、メンバーにとって理想的リーダー、あるいは目標とすべき人物となるよう努力している。

□  目標達成がその集団だけでなく、メンバー個人にとっても有意義で重要であることを強調するようにしている。
□  目標達成がその集団だけでなく、組織全体や社会にとっても有意義で重要であることを強調するようにしている。
□  追求している目標が組織、集団、さらにメンバー個人の将来に対して持つ意味を、メンバー全員が理解できるよう、明確に示そうとしている。
□  メンバーに対して献身的な努力を期待していることを伝えるべく、コミュニケーションに努めている。

□  慣例やしきたりにとらわれた考え方や行動に対して、はっきり批判したり、疑問を表明するようにしている。
□  メンバーに対して、旧来の方法に変わる新しいアイデアを出すよう、またいろいろなアイデアを数多く提案するよう励ますようにしている。
□  問題に直面しても、それを解決すべき課題として捉え、合理的な解決法を見付けるべく、感情的にならず知的に処理するようメンバーを励ますようにしている。
□  自ら先頭に立ってメンバーの誰よりも新しいアイデアや視点を提案するようにしている。

□  日頃からメンバー一人ひとりのニーズ、能力、希望を知るよう努力している。
□  メンバーの意見は、同じ目標を追求する同志として内容にかかわらず敬意をもって傾聴し、理解するよう努めている
□  メンバーの将来のキャリアを考え、一人ひとりの成長に配慮しながら、助言したり、指導するようにしている。
□  メンバーに可能なことは、できる限り権限を委譲したり、重要な決定に参加させるようにしている。


第5章 チーム特性―チームクライメット―

1.チェックリストの概要

 プロジェクト・チーム、タスクフォース、チーム制組織、社内ベンチャー等が、新たな組織形態として導入・活用されている。これらのチームは、組織を活性化し、環境変化に素早く対応し、的確な問題解決を行うことを狙って編成される。なかでも革新的・創造的な製品やサービスの開発のために導入されることが多い。
 ここで説明する「チーム特性」はこのようなチームを各側面から測定し、それが有効に機能するために、何をどのように改善すべきか示そうとするものである。このチェックリストは、現場チームから企業の経営管理を行うマネジメントチームまで、様々な形態のチーム特性を測定するものであるが、そうしたチームの管理・運営、再設計を行うためのツールとして役立てられることを目指している。
 チーム特性とは、チームの記述的特徴であるが、それはメンバーの認知を通して測定される。チーム特性チェックリストは、的確な問題解決や革新・創造等を生み出すチームの特性と、チーム業績の現状についてみる項目から構成されている。


2.尺度開発にあたって

(1)「チーム」の測定

 チーム特性チェックリストは、組織を活性化し、的確な問題解決や革新・創造を生み出すことを期待されるチームの様々な特性を捉える尺度といえる。しばしば話題となる「チーム」は、伝統的な職能別組織における部や室、課を単位とする集団、つまり「ワーク・グループ」とは異なるものとして扱われる。
 グループの定義は、「特定の目的を達成するために集まった、互いに影響を与え合い依存しあう複数の人々(ロビンス,1997)」、「グループのメンバーとしてタスクを遂行することを理由に自己あるいは他者から相互依存的と見なされる社会的な実体(entity)で、それより大きな社会的システムに組み込まれているもの(Guzzo & Dickson, 1996)」である。すなわちグループとは、メンバーが各自の責任分野内で業務を遂行するのを助け合うことを目的に、主として情報を共有し意思決定を行うために互いに交流する集団である(ロビンス,1997)。
 カッツェンバックとスミス(1993)は、チームはこのようなワーク・グループすなわち従来型の職場集団とは異なると主張した(図表1参照)。明確な達成目標をもち、それに向かって努力するという強いコミットメントを共有することによって初めてチームとなるという。Burke(1982)によれば、チームがワーク・グループと異なる点は、<1>共通の目的・目標が1つ以上あり、<2>メンバー間に相互協力的な努力を必要とし、<3>成員が自らをメンバーと理解すると同時にチーム意識をもち、<4>共通の規範を共有し、<5>タスクを実行するのに必要な技能や知識、能力がメンバーによって共同的に提供されることである。つまりワーク・グループの場合、メンバーの能力と努力の重ねあわせを必要とするような集団作業の必要と機会がないため、集団業績は個々の貢献の総和となる。一方チームの場合は、協調を通じてプラスの相乗効果(シナジー効果)を生むため、集団業績は個々の投入量の総和を越えた高い水準となる(ロビンス,1997)。

図表1 ワーク・グループとチームの違い

 このようにワーク・グループとチームの違いを強調する立場がある一方、程度の違いこそあれ、根源的な違いはないとする立場もある(Guzzo & Dickson, 1996)。本稿では、チーム特性チェックリストによって、伝統的な職能別部門組織における部や課といった組織集団を測定することによって、チームと伝統的ワーク・グループの特性間の差や、有効性の違いについても検討を行うことにする。

(2)「特性」の測定

 チームの特性と有効性を検討する先行研究では、チームメンバーの構成(異質性や同質性)、チームサイズ、技術的支援の有無(コンピューター・ネットワークの導入など)などの客観的指標を使用するものも多い。しかしここでは、メンバーの知覚に基づく、チームの特性を測定することとした。メンバーに認知されるチームの記述的特徴を捉える尺度である。この意味では、チームの「風土」ということもできる。つまりチーム特性チェックリストでは、チームの特性がメンバーによって認知され、その認知されたものによってチームの有効性が決まるというモデルを想定している。

(3)尺度開発の意義

 プロジェクト・チーム、タスクフォース、チーム制組織、社内ベンチャーといったチームの目的は、環境変化への素早い対応、組織の活性化、業績改善や問題解決、革新・創造である。企業の行き詰まりを打破し、組織としての有効性を高めることが強く期待されている。実際、米国ではチームの導入が盛んであり、従業員数100人以上の企業のうち8割がチームを何らかの形で活用しており、5割の従業員が1つ以上のチームに所属しているとされる。そうした背景もあり、チームと組織の有効性に関する研究は多い。しかし膨大な数の事例研究があるのに対し、量的データを用いた研究は少ない(Guzzo & Dickson, 1996)。従って、量的データを用いて有効性を確認した尺度を開発し、実務に役立てることは極めて意義深いと考えられる。
 このようなチーム方式に対する強い関心は米国で特に盛んであり、上述のような研究の多くが米国で行われた。米国でのチーム方式には、小集団に権限を委譲してQWL(労働生活の質的改善)を高めることを意図したものと、日本的な集団的職場編成を取り入れることによって生産性を高めることを意図したものの2つに区分されるといわれる(島,1999)。しかし、新たな組織形態としてのチームが日本的な職場集団とどのように異なるのか明確な見解を見つけるのは難しく、その違いを量的調査によって把握したものは見当たらない。日本企業でも導入されている新たな組織編制としての「チーム」が、伝統的な職能別部門組織である部や課などの職場単位とどのように異なるのか、パフォーマンスや参加成員の職務態度に異なる影響が見られるかどうか、確認しておく必要があろう。本稿では、伝統的な職場集団とチームの双方を測定対象とすることによって、その違いについても検討する。
 チーム特性チェックリストは、メンバーの認知を通して記述的・網羅的にチームの特性を測定する。新しい組織編成としてのチームの特性を、量的・客観的に捉え、真に有効なチームとは何かを示すことを期待している。


3.測定内容

 尺度の開発に当たっては、メンバーの認知にもとづく記述的なチームの特性を測定するという意味合いから、風土の尺度を参考とした。組織風土(organizational climate)は、成員の認知に基づく組織を記述する特徴と定義づけられる。一般的には、ある組織を他の組織と区別し、成員に共有されるものと考えるが、その一方で、組織にはいくつかの下位集団があり、組織全体で共有される知覚などありえないという考え方もある。集団風土(group climate)は、後者の考えが必然的に生み出したものである(林,1996)。ここでは先行研究の中から、組織内の下位集団の風土を測定する尺度を参考として用いることとした。West(1990)のTeam Climate Inventory(TCI)と、Church(1995)の職場集団風土尺度である。前者は、革新を生み出すチームの風土を測定するものである。昨今の新しい組織編成のチームを測定するのに最も適切と考えられるため、項目の多くを同尺度から取り入れた。Church(1990)の尺度は、研究仮説の必要性の為に活用されたもので、下位集団としての特別な特徴を捉えることを主眼としていない。しかし有効と考えられる項目が多く含まれていたことから、本尺度の作成に利用した。また、Eisenhardtら(1997)によるトップ・マネジメントチームについての研究成果を利用し、測定項目を作成した。これら3つの尺度・研究内容について以下に紹介する。

(1)Team Climate Inventory(TCI)

 Team Climate Inventory(TCI)は、West(1990)の理論から作成されたイノベーションを生み出す集団風土を測定する尺度である。West(1990)は、風土とイノベーションに関わる多くの研究をレビューした結果、2つの間に一貫した関係があることを見出し、チームのイノベーションを予測するには4因子モデルが適切であると主張した。以下がその4つの要因である。

 <1>ビジョン(vision):メンバーを動機づける、強い結果志向を表す。West(1990)によれば、メンバーを目標達成に向けて動機づけるには、目標が明瞭で達成可能であり、メンバーにとっての価値づけが高いとともに、チーム内に浸透し共有されている必要がある。

 <2>参加的環境(participative safety):情報を出し合い協同的に決定に参画することにより、メンバーは新提案や改善案を活発に出すようになるという考えに基づく。支持と信頼に溢れ、新しい考えや解決方法に対して批判的でないことが参加を促進し、イノベーションを生み出す。

 <3>タスクの方向づけ(task orientation):チーム内で共有されたチーム・パフォーマンスへのコミットメントの高さを表す。メンバー間での相互評価や調整などの制御システムを必要とする。

 <4>イノベーションへの支援(support for innovation):新しい提案や改善が期待され、承認され、実質的に支援される仕事環境のこと。Westによれば、言葉として表明されているだけでなく、人事管理シートやポリシー・ペーパーに示されるなど制度的に規定されていなければならない。

 このフレームワークをもとに TCI が作成されたが、確認的因子分析によると、上記の4因子に5番目の要因を加えた5因子構造が適切と判断された(Anderson & West, 1998;Kivimakie et al., 1997)。第5の因子とは、相互作用の程度(interaction frequency)で、フォーマルまたはインフォーマルなメンバー間の会話や接触の程度を表すものである。図表2にTCIの38項目からなる短縮版の尺度を示す(オリジナル・スケールは61項目)。<1>「ビジョン」11項目、<2>「参加的環境」8項目、<3>「イノベーションへの支援」8項目、<4>「タスクの方向づけ」7項目、<5>「相互作用の程度」4項目から構成されている。先行研究で報告された信頼性は、図表3に示した。

図表2 Team Climate Inventory(TCI)
図表3 先行研究で報告されたTCIの信頼性

 TCIは欧州で開発され、イギリス、スウェーデン、フィンランドの企業や公的団体、病院のチームを対象に研究が行われている。例えば、Agrell & Gustafson(1994)は、スウェーデンの製造チームとマネジメントチーム16組124名(チームサイズ平均は7.2人)を対象として、信頼性と妥当性を確認し、チームの創造性との間に有意な相関を見出した。Kivimakie et al.(1997)は、フィンランドの医療・福祉関係の地方公務員2,265名(90%が女性)を対象とし、職務の複雑性に関係なく5因子構造が妥当であると判断した。またAnderson & West(1998)はイギリスの病院内にある経営チーム、医療ケア・チーム、ソーシャル・サービス・チーム、精神病治療チーム(1チームのサイズは4~19名)121チーム971名を対象に5因子構造を確認している。病院のトップ・マネジメントチームを対象としたWest & Anderson(1996)では、メンバーの構成がイノベーションの急進的度合いに関係するが、イノベーションの総合的水準ではTCIで測定されたグループ・プロセスに最も予測力があることを見出した。その結果から急進性や規模、新規性などのイノベーションの質的側面はチームの構成によって決まるが、イノベーション全体としてはチーム内の社会的過程が作り出すのではないかと解釈している。

(2)Church(1995)の職場集団風土尺度

 Church(1995)は、経営者と直属上司、及び所属する職場集団の風土が従業員のパフォーマンスに影響するであろうという仮説のもとに研究を行った。同研究における経営陣の行動(Senior management actions)に対する従業員側の認知を測定する尺度の中から風土を問う質問項目を職場集団の風土の測定に利用した。7次元27項目からなるスケールである。各次元の内容は次の通りとなっている。

<1>明瞭性(clarity):グループの目標やメンバーの役割構造が明確であるかどうか
<2>承認(recognition):他のメンバーの貢献を認め、チームとしての成功を追求する程度
<3>参加(participation):目標設定や企画に共同で取り組み、意見やアイディアを出し合う程度
<4>標準(standard):メンバーとグループのパフォーマンスを高める基準があるかどうか
<5>多様性(diversity):様々なやり方、アイディアを受け入れ、活用する程度
<6>支持(support):グループ内に信頼感や開放感があり、助け合う雰囲気があるかどうか
<7>組織内関係(interunit relations):他のチームやグループとの調整が図られているかどうか

 このChurch(1995)の研究に用いられた尺度は、TCIの要因とかなり共通する次元をもつ。「明瞭性」は「ビジョン」と、「承認」「参加」「支持」は「参加的環境」「相互作用の程度」と、「標準」は「タスクの方向づけ」と類似する。「多様性」には「イノベーションへの支援」と共通する項目が含まれている。

(3)Eisenhardtら(1997)の理論

 Eisenhardt, Kahwajy & BourgeoisIII(1997)は、過去10年にわたって技術関連企業12社のトップ・マネジメントチームの事例を研究し、メンバー間の対立を建設的な結果に変える6つの戦術を見出したと報告している。Eisenhardtらによれば、マネジメントチーム内の対立は避けるべきではない。対立によって議題の本質が徹底的に論じられるからこそ変化の早い市場で成功する戦略を選定できるのだと説く。対立が少ないと重要な課題を見落とす危険に繋がるが、対立があると幅広い情報への接点が増え、問題点への理解が深まり、その結果パフォーマンスの向上に結びつくのだという。個人間の衝突を避け、それを問題点への建設的対立に変えればチームワークが発揮されるが、それを可能にするのが下の6つの戦術であると主張する。

 <1>多くの情報を利用し、事実に基づいた議論を行うこと: 多くの情報を用いると、議論が個人の性格に集中せず、問題点に集中する。また客観的で最新の情報を得ることにより、憶測だけで無駄な議論が進むことが防げる。共通の事実に目を向けることにより、重要課題に論点を絞り込むことが出来るようになる。

 <2>議論の水準を高めるため、多数の選択肢を策定すること: 複数の選択肢を検討することにより対立が拡散される。また多くの選択肢があることによって共同作業に一致団結して取り組むことになり、エネルギーが問題解決に集中する。よって少数案に絞りこまずに意図的に選択肢を増やすことが重要となる。

 <3>チーム全体の合意による目標を共有すること: 共通の目標をもつことにより、関心が議論の結果に向かい、力を集結出来る。

 <4>意思決定プロセスにユーモアを取り入れる: 戦略的意思決定の過程にはストレスや恐怖があるが、ユーモアはそれを抑制する効果がある。否定的な情報を多少楽観的に見せるため、相手のメンツをつぶさずに意思伝達をすることが可能となる。ユーモアにはムードを変える強い影響力があるので、競争を協力的構造へ変化させることもできる。

 <5>バランスのとれた権力構造を維持する: チーム内の意思決定プロセスが公正だと信じていれば、決定事項に同意しない場合でも決定を受け入れる。メンバーの責任分野が明確で、その責任分野における権力を有し、全員が意思決定に参加でき、中央集権的構造でない場合に権力のバランスがとれる。

 <6>条件つきコンセンサスを求める: 全員のコンセンサスを得ることは難しく、それに固執すると期限に間に合わせるために公正な判断を犠牲にし、しかも全員にフラストレーションを引き起こす。多くは意見を提案出来るだけで満足が得られ、結果に至るプロセスが公正であれば支持しない決定も受け入れる。条件つきコンセンサスとは、1つの議題を十分に論じた上でコンセンサスが築けない場合、その議題に最も関係の深い分野を担当するマネジャーが他のメンバーの意見を参考に決定を下すことをいう。

 ここでもTCIと類似するものが含まれる。「チーム全体の合意による目標の共有」はTCIの「ビジョン」「タスクの方向づけ」と内容的に共通する。「ユーモアの利用」は直接的には異なるが、その背後にあるものは「参加的環境」「相互作用の程度」に類似すると思われる。「バランスのとれた権力構造」「条件付きコンセンサス」には、Church(1995)の「参加」「多様性」に類似する内容も含まれている。


4.開発過程

(1)TCIに基づく項目の作成

 TCIの38項目から意味の重複したもの等を取り除き、和訳した時に意味が通りやすいものを選択した。その結果、<1>「ビジョン」5項目、<2>「参加的環境」3項目、<3>「イノベーションへの支援」4項目、<4>「タスクの方向づけ」5項目、<5>「相互作用の程度」4項目、計21項目となった。抜粋した質問項目を翻訳した後、職場の実状を尋ねるのに適し且つ理解し易いように適宜修正を加え下記の通りとした(図表4)。

図表4 TCIを基に作成した項目群


(2)Church(1995)の職場集団尺度に基づく項目作成

 Church(1995)の尺度からは、<1>TCIの項目と意味が重複しないこと、<2>メンバーの個別のタスクを強調する項目を含めない(チーム目標でなくメンバー個別のタスクに焦点を当てることは「チーム」の定義と対立する為)、という2つの基準の基づき項目を選択した。
 「参加」から2項目、「多様性」から1項目、「組織内部関係」から4項目が基準と合致した。それら7項目を和訳した後、意味が通りやすいように修正を加えた(図表5)。

図表5 Church(1995)の職場集団尺度をもとに作成した項目群

(3)Eisenhardtら(1997)に基づく項目の作成

 Eisenhardtら(1997)の対立を建設的結果に導く6つの戦術とは、<1>事実に焦点をあてること、<2>複数の代替案を用意すること、<3>共通の目標を立てること、<4>ユーモアを利用すること、<5>権力構造のバランスをとること、<6>条件付きのコンセンサスを求めること、であった。そのうち<3>「共通の目標」はTCIの「ビジョン」「タスクの方向づけ」と内容的に重複しており、<4>「ユーモアの利用」はTCIの「参加的環境」「相互作用の程度」に類似する意味合いが強く、従ってそれらによって代替可能と思われる。<5>「権力構造のバランス」、<6>「条件付きコンセンサス」にはChurch(1995)の「参加」「多様性」に類似する内容も含まれるが、それらを補い且つEisenhardtらの主張により近くなるように、新たに4項目を作成した(図表6の中の1から4に該当)。また、<1>と<2>については、TCIにもChurch(1995)にも該当するものがないため、新規に作成した。図表6の5から8に該当する質問項目である。よってEisenhardtら(1997)の研究結果からチーム特性チェックリストとして、合計8項目の質問文が作成された。なお、図表6の中にある「Eisenhardtらによる戦略」の縦軸の数字は本文中の<1>から<6>の戦略を意味している。

図表6 Eisenhardtら(1997)の研究結果を基づき作成した項目群

(4)チームのパフォーマンス

 チームとして仕事をした結果がどうであるか、つまりチームパフォーマンスの測定は、メンバーの認知を尋ねることとした。様々なタイプのチームに活用出来るように、量的・質的パフォーマンス、迅速性、革新・創造性、満足感などを測定するものである。作成した10項目は図表7に示した。

図表7 チームのパフォーマンスを測定する項目群

(5)チェックリストの構成と測定方法

 「D.チーム特性」の項目番号1から36までがチームの特性を問うものとなっている。「I目標・参加」、「II情報共有・変化受容・課題志向」、「III他チームの関係」、「IV責任と議論」から構成される。また37から46までの「V全体状況」は、チームのパフォーマンスを測定するものとなっている。IからVは、測定内容毎に図表8のように下位次元に分類される。
 これらのチェック項目は、自記式で回答する形式となっている。結果は「No」を1点、「どちらかいうとNo」を2点、「どちらでもない」を3点、「どちらかいうとYes」を4点、「Yes」を5点とする。

図表8 チーム特性チェックリストの構成

(6)その他の質問項目

 このチーム特性チェックリストは、チームの属性を捉えるために以下の質問事項を含めた。まずチームの種類を確認するため、チェックリストの冒頭で、チームの種類を尋ねた。社内ベンチャーやプロジェクトチームのような所謂「チーム」なのか、あるいは職能部門別組織における課相当の定常的集団なのかを問い、更にチームにおいてはチームに専従しているのか又は定常的集団に所属しながらチームに兼任しているのかを問うた。従って、調査対象者は、「チーム専従」、「チーム兼任」、「定常組織」の3つのうちいずれかに分類される。
 またチームの人数、チーム継続年数、業務内容・目的を尋ねた。業務内容・目的は、<1>調査・研究、<2>開発・制作、<3>企画・プロデュース、<4>設計・計画、<5>製造・生産、<6>建設・施工、<7>運行・物流、<8>営業・販売、<9>事務・管理、<10>その他、の中のいずれに該当するかを選ぶようにしている。
 その他、被調査者がリーダーとしてチームに参加しているのか、あるいはメンバーとして参加しているのかも尋ねた。


5.データの分析と結果

(1)対象者について

 チーム特性の分析対象としたのは、1998年12月から1999年2月始めにかけて配布し回収された調査データである。HRMチェックリストへの協力に対して賛同の得られた7社961名分の調査データ(回収率74.2%)から、チーム特性について有効な回答の得られた474票を使用した(有効回答率36.6%)。有効回答が回収された票の約半数となったのは、チーム特性を測定する質問項目に対し、多くの被調査者が無回答であったためである。調査票全体の質問項目数が多く、調査票の最終箇所にあったチーム特性の質問項目を回答せずに終わらせてしまった被調査者が多かったことが、有効回答率の低さの原因と考えられた。また、チーム特性の調査票の冒頭にあるチームの種類を問う質問文が長く、回答への意欲を損なわせた可能性も考えられた。
 分析対象とした被調査者の属性は以下の通りとなった。いずれもチーム特性有効票を除く前の961名分の属性と変わりなく、分析対象の属性上に特殊性はないと考えられる。

  ● 性別: 男性312名(67.7%)、女性149名(32.3%)
  ● 平均年齢: 33.90歳(標準偏差8.38)・・・29歳以下37.9%、30歳代36.1%、40歳以上26.0%
  ● 平均勤続年数: 11.33年(標準偏差7.70)
  ● 職位: 一般65.3%、係長24.6%、課長7.8%、部次長2.3%
  ● 職種: 事務職22.7%、技術職25.5%、専門職11.8%、営業・販売職27.4%、現業職12.6%

 所属チーム(定常組織も含む)の属性は以下の通りであった。但し継続年数とチームの人数、参加形態については、定常組織に所属すると回答した被調査者のほとんどが無回答であった。質問文の文言中の「チーム」に所属組織が該当していないと解釈されたことが考えられる。

  ● 種類: チーム専従75名(15.8%)、チーム兼任69名(15.4%)、定常組織330名(73.8%)
  ● 継続年数: 1年未満から16年まで(平均2.37年 標準偏差3.08)
  ● 人数: 1人から50人まで(平均10.52人 標準偏差9.25)
  ● 目的・業務内容: 営業・販売26.5%、製造・生産23.7%、事務・管理13.9%、開発・制作9.1%、企画・プロデュース4.2%、調査・研究3.1%、運行・物流1.3%、設計・計画1.1%、その他17.0%
  ● 参加形態: リーダーとして参加34.2%、メンバーとして参加65.8%

 チームの種類と被調査者の属性、チーム属性との関係をみたところ、チームの種類によって性別、職種の比率に差はなく、年齢、勤続年数の差もみられなかった。しかし職位、目的・業務内容については、チームの種類によって異なる構成が見られることがカイ二乗検定によって確認された。これらのクロス集計の結果をあらわしたのが、図表9、図表10である。チーム兼任者の場合、他の種類のチームに比べて役職者が多い傾向がみられる。そして、チームには定常組織と比べて開発・制作を目的とするところが多く、逆に定常組織はチームと比べて営業・販売、事務・管理を目的とするところが多い傾向がみられる。

図表9 チームの種類と職位のクロス集計
図表10 チームの種類と目的・業務内容のクロス集計

(2)チーム特性の因子分析

 チーム特性の構成要因を探るため、チーム特性チェックリストに用いた36項目を用いて因子分析を行った。固有値1以上の因子を抽出すると5因子が見出されたが、多くの項目が複数の因子に渡って負荷量が高く、明確な因子構造が判断しにくかった。従って重複の多かった項目を削除し、最終的に26項目を用い、5因子構造と判断した。図表11は、主因子法オブリミン回転による最終的な分析結果である。

図表11 チーム特性の因子分析結果(オブリミン回転後)

 第1因子は、メンバー間の情報伝達や連携のよさや意見表明のしやすい環境をあらわしていると考えられたため、「参加と相互作用的環境」と名づけた。第2因子は、チーム目標に対する理解や受容の程度をあらわしていると考えられたため、「チーム目標の受容」と名づけた。第3因子は、他のチームとの連携や適切な関係をあらわしていると考えられたため、「他チームとの関係」と名づけた。第4因子は、メンバー個々人の権限の高さや専門性の尊重をあらわしていると考えられたため、「個人の権限」と名づけた。第5因子は、チーム全体の解決への意欲をあらわしていると考えられたため、「解決への意欲」と名づけた。
 各因子に負荷の高い項目をチーム特性の下位尺度として合計得点を算出し、基礎的な統計量をあらわしたのが、図表12である。
 下位尺度を概観すると、α信頼性係数はいずれも.85以上と、高い値を示し、項目-尺度間の相関も.54から.82と充分に高い値である。尺度間の相関が、.47~.73あり、これらの下位尺度間の関係が強いことを示している。

図表12 チーム特性下位尺度の基礎統計量

(3)チームの種類による違い

 分析対象者は「チーム専従」、「チーム兼任」、「定常組織」の3つに分類される。つまり、社内ベンチャーやプロジェクトチームのようないわゆる「チーム」に所属しているのか、あるいは職能部門別組織における課相当の定常的集団なのかを問い、更にチームにおいてはチームに専従しているのか又は定常的集団に所属しながらチームに兼任しているのかによって分類されている。
 こうしたチームの種類によってチーム特性に差が見られるかどうか表に示したのが、図表13である。分散分析を行ったところ、全ての下位尺度において有意性確率5%未満で差が見られた。Bonferroniの多重比較を行うと、「個人の権限」以外において、定常組織がチーム専従あるいはチーム兼任よりも尺度得点が低いことが見出された。チーム専従とチーム兼任の間にはいずれの尺度においても差が見られないことから、チームと定常組織の間でチーム特性の度合いに違いがあるといえる。具体的には、チームの方が定常組織よりも「参加と相互作用的環境」、「チーム目標の受容」、「他チームとの関係」、「解決への意欲」が高い。

図表13 チーム種類別チーム特性下位尺度得点

(4)集団の形態によるチーム特性とチームのパフォーマンスの差

 まずチームのパフォーマンスの指標を確定するため、パフォーマンスを問う10項目に対する回答を因子分析によって分類することにした。固有値1以上の因子を抽出したところ、2因子が見出されたが、10項目全てが双方の因子に対して同様に高い負荷量をもつことが示された。因子間の相関も.70と非常に高い値となったため、2つの因子を区別せず、1因子として扱うことにした。10項目のα信頼性係数は.92、項目-尺度間の相関も.63から.75と高く、充分な信頼性が確保されたと判断した。
 前節にて、チームの種類によってチーム特性に違いが見られるかを検討したところ、プロジェクトチームのような「チーム」は、伝統的な定常組織上の集団と異なることが見出された。ただしチーム専従とチーム兼任者の間に差はみられず、チームの形態が定常組織と独立していても並列的に設置されていても違いがないことが示唆された。従って、チーム専従とチーム兼任者を一つにまとめ、これに該当する集団を「チーム」とし、それ以外の定常組織に該当する集団を「伝統的職場集団」として扱う。比較を容易にするため項目得点の平均値を尺度得点とし、チームと伝統的職場集団の違いをグラフにあらわしたのが、図表14である。いずれの得点もt検定により有意な差があることが見出され、チームの方が伝統的職場集団と比べるとチーム特性得点もチーム・パフォーマンスも高いことが確認された(図表15)。

図表14 チームと伝統的職場集団の差
図表15 チームと伝統的職場集団の平均値の差(t検定結果)

(5)チーム・パフォーマンスを高めるチーム特性とは

 チームのパフォーマンスを高めるチーム特性とはどのようなものなのかを検討するため、チーム・パフォーマンスを従属変数とし、チーム特性を独立変数とする重回帰分析を行った。
 まず、チーム特性以外でチーム・パフォーマンスに関係する変数の確認を行った。フェイスシートおよびチーム属性に関する質問項目の中から、チーム・パフォーマンスと有意な関係にある変数を探したところ、HRMチェックリストのフェイスシート中にある「あなたの職場や仕事」に関する「エンパワメント(権限委譲)」の度合いが有意に関係することが、共分散分析によって確認された。エンパワメントが「進んでいる」方が「遅れている」よりもチーム・パフォーマンスが高いという結果であった。リーダーとして参加しているかメンバーとして参加しているかどうかは関係なく、チーム人数、チーム継続年数、チームの目的にも、チーム・パフォーマンスとの有意な関係はみられなかった。従って、この「エンパワメント」と、チームの種類(チームなのか伝統的な職場集団なのか)を重回帰式に投入することとした。エンパワメントは、「遅れている」が1で「進んでいる」が5となっている項目得点をそのまま投入した。チームの種類については「伝統的職場集団」を0、「チーム」を1とした。
 分析手法は、第一ステップでエンパワメントを、第二ステップでチームの種類を、第三ステップでチーム特性の下位5尺度を投入する階層的重回帰分析とした。独立変数を順次投入し、その都度決定係数の増加程度を検定することによって、後から投入した独立変数の影響力を確認するためである。重回帰分析の結果を図表16に、独立変数間の相関関係を図表17に示した。


図表16 重回帰分析結果
図表17 重回帰分析に使用した変数間の相関行列

 第二ステップでチームの種類を投入すると、有意な説明力の増加がみられたことから、集団がチームである場合、チーム・パフォーマンスが高いことが分かる。第三ステップでチーム特性の5尺度を加えると、50%以上と説明力が大きく上がり、チーム特性によってチーム・パフォーマンスが大きく異なることが示された。チーム特性によって、チーム・パフォーマンスに違いが生じることを示唆する結果である。5つの下位尺度全てに、チーム・パフォーマンスと有意な正の関係がみられることから、これらの特性を高めることがチームの業績を高めるのに役立つと解釈できる。その中でも「解決への意欲」は特に関係が強く、チーム全体が問題解決に対して意欲的に取り組むことがパフォーマンス向上に特に役立つと考えられた。
 次にチーム・パフォーマンスを高める特性が、チームの種類によって異なるのかどうかを検討した。つまり伝統的な職場集団と、新しい組織形態として導入されているチームでは、有効となる集団の特性が異なるかどうかを調べるため、伝統的職場集団とチームに対象者を分割し、同様に重回帰分析を行った。対象者全員を分析した場合と同様、第一ステップでエンパワメントの程度を投入し、第二ステップでチーム特性下位5尺度を投入した。その結果を図表18に示す。

図表18 重回帰分析結果(伝統的職場集団とチームの違い)

 図表18に見られるように、双方の集団ともチーム特性は、チーム・パフォーマンスに対し、エンパワメントからの説明力を越えて有意な説明力を加えている。チーム特性の中では、伝統的職場集団でもチームでも、解決への意欲による影響力が最も強いことが示された。また、チーム目標の受容も、双方の集団で有意な正の影響力があることが見出された。しかし、参加と相互作用的環境と個人の権限は、伝統的な職場集団においては有意な正の影響力が見られるものの、チームにおいては有意な関係が見られない。一方、他チームとの関係は、チームにおいては有意な正の関係が見られるが、伝統的職場集団では有意な関係が見られない。
 とはいえ、図表19と図表20に見られるように、チーム特性の下位尺度は、伝統的職場集団でもチームでも同様にチーム・パフォーマンスと正の相関関係にある。チーム特性を構成する5つの要因全ては伝統的職場集団、チーム双方においてチーム・パフォーマンスを上げるために重要であるが、伝統的職場集団では、解決への意欲の他に参加と相互作用的環境と個人の権限を高めると、一層のパフォーマンス向上が期待できると解釈される。また、チームにおいても同様に、解決への意欲の他に他チームとの関係やチーム目標への受容を高めると一層のパフォーマンス向上が期待できるのだと考えられる。

図表19 変数間の相関行列(伝統的職場集団)
図表20 変数間の相関行列(チーム)

 なお、エンパワメントについては、伝統的職場集団とチームとの間に差はみられなかった。従って、チームに所属していることによって、所属組織が従業員に対してエンパワメントを行っていると認知することにはなっていない。エンパワメントと集団の形態との間に交互作用はみられなかったため、エンパワメントの度合いが高いときに伝統的所属集団あるいはチームがパフォーマンスを発揮するということはなかった。

(6)チーム導入によるその他の効果

 米国では、QWLを高めることを意図してチーム方式を導入することもあるという(島,1999)。チームに参加することによって労働内容や労働生活の質が高まるかどうかを確認するため、フェイスシート及び、HRMチェックリストの他の尺度を使用し、伝統的職場集団所属者とチーム所属者のQWLの違いを検討した。
 フェイスシートから「あなたの仕事の質、水準」と「あなたの仕事の先進性、独自性」を、他の尺度から全般的職務満足感とストレス反応を取り上げ、伝統的職場集団とチームとの間で比較したのが、図表21である(全般的職務満足感の測定項目についてはII部第2章、ストレス反応についてはII部第3章参照)。

図表21 チームと伝統的職場集団のQWLの差

 統計量に見られるように、「仕事の質、水準」と「仕事の先進性、独自性」、全般的職務満足感において、チーム所属者の方が伝統的職場集団所属者よりも得点が有意に高いことが見出された。ストレス反応は、両集団間に有意な違いはみられないが、身体反応以外はチーム所属者の方が伝統的職場集団所属者よりも低い傾向がみられる。留意したいのは、チーム所属者の中には、定常組織に所属しながらチームに所属するチーム兼任者が含まれる点である。チーム兼任者は、通常業務に加えてチームの業務にも携わるものであり、業務量の多さや負担の過多が推察される。しかし、そのストレス反応は必ずしも高くはなく、職務満足感が低いということはなかった。分散分析によって確認すると、3グループ間に有意な差はみられなかったが、数値だけみれば、チーム兼任者のストレス反応は、定常組織所属者と比較してむしろ低く、逆に職務満足感は高い傾向がみられた。この結果から、チームの導入はたとえ定常組織との兼務であっても、参加者のQWLに好ましい影響を及ぼすことが示唆される。但し横断的調査による分析のため、因果関係の方向性は明らかではない。QWLの高いメンバーがチームメンバーとして採用されている可能性もある。


5.分析結果に対する考察

 チーム特性チェックリストは、下位尺度全てがチーム・パフォーマンスと有意な正の関係にあることが見出された。従って、パフォーマンスの高いチームの特性を測定する尺度として有効であることが考えられた。下位尺度の中でも特に、「解決への意欲」がチーム・パフォーマンスとの関係が強く、チームが一丸となって意欲的に解決に向かって立ち向く風土があることが、チームの業績を高める上で重要であることが示唆された。
 因子分析の結果、Eisenhardtら(1997)の研究に基づいて作成した項目のうち、事実に焦点をあてた戦術をあらわす項目群がチェックリストから除外されることとなった。他の尺度との弁別性が確保できず、明らかな位置づけが困難であったからである。これは、今回分析の対象とした被調査者の中に、Eisenhardtら(1997)の想定したトップ・マネジメントチームが含まれていなかったことが理由の一つとして考えられる。また、除外された項目は、対立をパフォーマンス向上に結びつけるための施策であるため、対立や葛藤のないチームにおいてはあらわれにくいことも理由の一つとして考えられた。今後、マネジメント・チームを対象者として取り入れ、また様々な状況にあるチームを対象とすることによって、この尺度の有効性を確認していく必要がある。
 伝統的職場集団とチームとの違いについては、今回の分析から、集団自体の特性が根本的に異なるのではなく、パフォーマンスを高める風土を記述する特徴が量的に異なるのだと考えられた。つまり、チームは伝統的職場集団と比べて、参加や相互作用の程度が高く、チーム目標を深く受け入れており、メンバー個々人の権限が強く、解決への意欲も高い。所属チーム以外の他のチームとの連携も高くとれているということである。そして、伝統的職場集団よりもチームの方がパフォーマンスも高い水準にあった。これより新たな組織編制として導入されている「チーム」が、通常の職場集団よりも有効性が高いことが示唆された。従って、日本の組織においてもチームを導入することが、パフォーマンスの向上に役立つことが考えられる。チーム所属者の方が QWL も高かったことから、チーム導入は、パフォーマンス向上だけでなく従業員の労働生活の向上にも有益であると考えられた。但し、今回の調査では被調査者自身に所属集団がチームであるか、伝統的職場集団であるかを尋ねたため、チームとチーム以外の集団の境が必ずしも正確ではない。今後、チームと伝統的集団の定義づけを明らかにし、その違いを明確化していく努力が必要である。また、先述の通り、因果関係が明らかでないという問題もある。
 今回の調査では、チームのパフォーマンスを測定するのに、メンバーのよる認知を用いた。よって、チームの風土を好ましいと認知している個人が、チームのパフォーマンスも高いと認知するハロー効果が生じた可能性も高い。チーム・パフォーマンスの指標として採用した生産性や創造性・革新性、活気や満足度が明確に分解できなかったのも、ハロー効果に起因する可能性がある。従って、チームのパフォーマンスとして客観的な指標を利用し、確認を行うことが重要である。また、今回の調査では、個人の回答を利用しており、チーム自体の特徴を複数のメンバーによる評定で集約したものではない。そのため、チーム間の違いが個人の認知差を越えて摘出できるかどうか確認されていない。この点についても今後検討していく必要がある。


6.チーム特性チェックリストの活用について

 分析の結果、チーム特性チェックリストはパフォーマンスの高いチームを作り上げるための情報を提供するのに役立つと考えられた。ここでは、分析結果から再構成されたチーム特性チェックリストを提示し、その活用例を示す。
 図表22に示したのが、チーム特性を測定するチェックリストである。各所属集団について、これらの質問項目によって5段階で評定させる。「No」を1点、「どちらかいうとNo」を2点、「どちらでもない」を3点、「どちらかいうとYes」を4点、「Yes」を5点とする。

図表22 チーム特性チェックリスト使用項目

 回収したチェックリストは;

 <1> まず下位尺度毎に個人の得点を集計する。例えば、「参加と相互作用的環境」については、8項目の得点の合計値を算出し、次にそれを項目数の8で除し、個人得点を算出する。「チーム目標の受容」では6項目の得点の合計値を6で除し、「他チームとの関係」「個人の権限」「解決への意欲」はそれぞれ4項目の得点の合計値を4で除し、「チーム・パフォーマンス」については10項目の得点の合計値を10で除すといった具合である。

 <2> 次に個人の各下位尺度得点を同一集団毎に集計し、回収した人数で除してチーム得点を算出する。これによってチームごとに、「参加と相互作用的環境」「チーム目標の受容」「他チームとの関係」「個人の権限」「解決への意欲」「チーム・パフォーマンス」という6つの得点が得られる。

 <3> 得られた6つの得点を図表23と図表24にプロットする。評価する集団が伝統的な職場集団であれば図表23に、評価する集団がチームであれば図表24にプロットする。

図表23 伝統的職場集団を評価する場合
図表24 チームを評価する場合

 結果の評価の仕方は次のようである。尺度毎に太線で示したのが今回回収した調査票の平均値である。その上下に実線で示したのが平均値±標準偏差を示した得点である。この上下の実線の範囲内に、算出した得点が入っていれば、評価対象である集団は平均的であり、問題ないと考える。逆に、この上下の実践の範囲より外に得点が位置した場合は、評価対象である集団が平均からはずれていることになる。
 例えば、伝統的職場集団であるA集団の「参加と相互作用的環境」得点が4.00の場合、同得点は2.52から4.10までの範囲に入るため、平均的な水準である。もし、A集団の「参加と相互作用的環境」得点が4.50であれば、A集団は高レベルで参加的・相互作用的環境にあると判断できる。逆にA集団のこの尺度の得点が2.30であった場合には、A集団は参加的・相互作用的環境が乏しいと判断できる。
 評価したい集団がチームである場合には、その集団の得点を「参加的・相互作用的環境」であれば、2.88から4.35までの範囲にあるかどうかで判断すればよい。
 もし、評価を簡便にすませたい場合は、メンバー全員による評価を集計するのではなく、チーム・リーダーや集団の管理者の評定を使用することも可能である。但し、リーダーによる評価は寛大化傾向に傾く可能性が強いので注意を要する。


7.その他

 チームの有効性は状況に強く依存するという報告がある(Guzzo & Dickson, 1996)。つまり、普遍的に有効なチームの特性があるとは必ずしもいえない。労働力の質(例えば支配的な価値観)や、組織の性質(例えば情報システム、報酬システム)のような要因に影響を受ける。Macy & Izumi(1993)は30年に渡る131のフィールド研究をメタ分析し次の結論を下した:組織変革にチーム制を導入した場合、<1>多元的なシステム全般の組織介入が最も有効性と関係すること、<2>チームによる介入はそれを構成する一要素にすぎないこと、<3>チームを用いた介入は財務指標と態度的測度双方に影響を及ぼす。この研究成果から示唆されることは、チームを導入する場合はそれを単独で行うのでなく、他の雇用管理施策や情報システムの改善も同時に行う必要性があるということである。


引用文献
アイゼンハートC.M.・カウジーK.L.・ブルジョアIII世 森尚子(訳) 1998 成功するマネジメントチームの6つの戦術 ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス, 23(1) 64-73
   (Eisenhardt, Kahwajy & BourgeoisIII 1997 How Management Teams Can Have A Good Fight, Harvard Business Review)
Agrell, A. & Gustafson, R. 1994 The Team Climate Inventory(TCI)and group innovation: A psychometric test on a Swedish sample of work group. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 67, 143-151
Anderson, N. R. & West, M. A. 1998 Measuring climate for work group innovations: development and validation of the team climate inventory. Journal of Organizational Behavior, 19, 235-258
Burke, W. W. 1982 Organizational development principles and practices. Boston: Little, Brown.
Church, A. H. 1995 Managerial behaviors and work group climate as predictors of employee outcomes, Human Resource Development Quarterly, 6(2), 173-205.
Guzzo, R. A. & Dickson, M. W. 1996 Teams in organizations: Recent research on Performance and Effectiveness, Annual Review of Psychology, 47, 307-338
林伸二 1996 組織風土の測定―現状とスケール開発― 青山経営論集(青山学院大学)第30巻第 4 号 1-31
カッツェンバックJ. R.・スミス D. K. 横山禎徳・吉良直人(訳) 1994 企業を革新する自己実現型組織「高業績チーム」の知恵 ダイヤモンド社
   (Katzenbach, J. R. & Smith,K.D.1993 The Wisdom of the Teams, Boston: Mckinsey & Company, Inc.)
Kivimaki, M., Kuk, G., Elovainio, M., Thomson, L., Kalliomaki-Levanto, T., & Heikkila, A. 1997 The Team Climate Inventory (TCI) -four or five factors? Testing the structure of TCI in samples of low and high complexity jobs, Journal of Occupational and Organizational Psychology, 70, 375-389
Macy B. A., & Izumi, H. 1993 Organizational change, design, and work innovation: a meta-analysis of 131 North American field studies 1961-1991. In Passmore, W., & Woodman , R. (Eds.), Organizational Change and Development (7:235-313). Greenwich, CT: JAI
島 弘 1999 人的資源管理論 ミネルヴァ書房
ステファン・P・ロビンス 高木晴夫(訳) 1997 組織行動のマネジメント ダイヤモンド社(Stephen P. Robbins 1997 Essentials of Organizational Behavior, 5th Edition Prentice-Hall, Inc.)
West, M. A. 1990 The social psychology of innovation in groups. In M. A. West & Farr (Eds.), Innovation and creativity at work: Psychological and organizational strategies (pp. 309-333). Chichester, England: Wiley.
West, M. A. & Anderson, N. R. 1996 Innovation in top management teams, Journal of Applied Psychology, 81(6) 680-693


第6章 マネジメント・ディベロップメント
―組織と経営者行動の諸理論と実践研究―

 ここではHRMチェックリストを活用する上で、おさえておくべき関連する諸理論、モデル等を整理し、解説している。特に企業票の結果を解釈し、行動計画を作る上では参考になるものである。また、その理論、モデルからみると今日の企業や組織をどのようにとらえられるかを述べている。この点もチェックリストの分析に様々な示唆があるものである。
 全体では本一冊に相当する分量となるため、ここでは「はしがき」、「中間における解題」(前半のまとめ)、「次章以降の話題の構図」(後半の内容の図解)と目次のみを掲載している。全体はwww.hrsys.net/chl/md/に掲載する予定である。

はじめに

 1980年頃から変わり始めた組織心理学

 1980年前後を境に、アメリカの組織心理学の内容が随分と変わってきた。組織については、メンバーの仕事への意欲やその結果たる組織業績を左右する組織の構造課題や、経営管理者のチーム・リーダーシップのあり方、また、部門の壁を超えて自由に行き交うコミュニケーションとそのネットワークの構築、また、意思決定やコンフリクトの処理など、組織の問題処理のあり方、等々が論じられてきた。これがどう変わってきたか。一つは、大まかにいえば、以前の組織理論の多くは、意識していたか意識していなかったかはともかく、組織内部の効率化を主題としてきた。
 レスリスバーガーとディクソンのホーソン工場の研究に基礎づけられたシェパード等の「人間関係組織論」、アージリスが論じた従業員のパーソナリティの発達に反する組織の性質やハーツバ―グやマズローの仕事の動機づけに関する研究を基礎においた「行動科学的組織論」、また、コミュニケーションや意思決定、動機づけ、目標設定やコントロールなどのそれまでの研究成果をベースにした「システム 4 の組織論」などが多くの人に知られた組織論だが、これらの組織論は組織内部の効率化理論と申しあげてよい。


 環境の不確実性と組織の柔軟性を強調した時代

 1975年に、モースとライマーが、事業環境の動きが不確実な場合、公式性の高いリジッドな組織構造をもつ組織は相応しくないという研究結果を報告して注目された。それまでにも、動態的組織や柔軟性のある組織などは指摘されてきたが、それは理念的であって実践にはなんら結びつかない研究者の論理であった。この研究が意図したところは、事業と環境との距離、すなわち環境変化の影響をそれ程受けない事業や間接的な影響関係にある部門(例えば、生産・製造部門―今では違うが)では、命令系統のはっきりした権限が集中されている統合的な整然とした動きをする組織の方が、働いている人にとって働きやすいし、組織業績も高い。それに対し、営業や開発部門、直接に市場からの影響を受ける小売業などでは、環境が変化したときに即応できる組織の構造、権限が分散され、第一線にも委譲されている規則やプログラムに縛られない組織にあってはじめて、働く人たちの働きやすさ(モースとライマーはコンピタンス発揮の満足と言っている)や組織単位の業績が高いという結果を実証したのである。言って見れば、すべての部門を巻き込んでの一律に適用できる組織の運営原理はないともいえる結果であった。
 この研究をきっかけに、組織論の事業環境への顧慮が強くなってきたし、実際、アメリカ経済においては、1975年以降急激に環境の変化が著しくなってはきたが、まだ今ほどに環境変化の影響は強くなかった。
 1981年に著された「エクスレント・カンパニー」(T. Peters and R. Watermanの共著)では高業績企業に共通する組織行動準則として8つの準則が指摘されているが、その3番目にあげられている「顧客との密着(顧客と絶え間なく接触していることが会社を方向づける洞察力を高める)」以外は外部環境との関わりに言及している準則はない。
 ところが、6年後の1989年に、それまでのエクセレントと見られた企業の幾つかが卓越性を失うにいたって、再び高業績企業の組織を洗い直し、組織再生の処方を45項目並べるに至った。そして、その主要な内容は、第五部「変化を愛することを学ぶ」の表題にあるように変化を主題とし、また、本書の題名にあるように混沌(カオス)にあってそれに対応するために自らを主体的に変化していく組織行動を可能にするような行動準則であった。同書の第一部の冒頭に「IBMは、1979年に“活気のない沈滞した会社”と宣告されながら、82年にはこのうえなしの超優良企業としてよみがえったが。86年になると、またも“冴えない会社”に逆戻りしている。ピープル・エクスプレス航空は、ひところ“ニュールック企業”のモデルとしてもてはやされながら2年後にあえなく経営破綻の憂き目を見ている」と述べられている。IBMは、1992年には大幅なリストラとダウンサイジングせざるを得なくなり、交替した経営者のルー・ガースナーによってe-businessによって大いなる再生を果した。


 業績悪化が急激に襲ってくる時代へ

 これはアメリカの10年ほど前までの話だが、今わが国でも、倒産企業のほとんどは、業績悪化の兆候がみられると同時に、業績自体も急激に悪化、短時間では売上回復に対応できず、利益の損失のみならず利子すらも支払えず、短期的には対応できずにあえなく倒産にいたっているのである。ある意味では、人員整理のみが急激な変化に対応する回復策と言わざるを得ないのである。
 問題は、急激な経営状況の変化をどう読むかであり、これができない経営者は経営者失格である。経営者には期待できないが、中間管理者クラスは危機意識をもって社員を叱咤激励しているから安心とは言っていられない。社員が、市場の変化のし易さ、多くの店員や営業マンが兆候に気づいたときには業績は悪化し始め、急速に悪さを増し、人員整理から店舗の整理、再生法の適用という順が急速に襲ってくる。
 1980年頃までの環境変化はそれ程急激ではなく、今期売れなくても来期までにはなんとか処分できるという感覚であったが、今日では、売れ行きの好調さを失った商品は来期までには捌けず、在庫として残る可能性が高い。小売業にとって在庫は致命的であるし、製造業にあっても完成品のみならず仕掛り品在庫は製造コストとなり、利益を食うマンモスとなるのである。「一番重要なことは、われわれが長らく抱いてきた大量生産と大量市場への思い入れを捨て、いまこそ柔軟さを身につけること、変化を愛する心をもつことだ。それこそ、時代が求めるものなのである。われわれはこれまで、どちらかといえば先行きの予測がつく経営環境のなかにいた。だが、もはやそういう環境は消え失せているのだ」というトム・ピータースの言葉を真剣に考えてみるべきであろう。


 組織心理学はなぜアメリカに範を取らねばならないのか

 なぜアメリカなのか。勿論、われわれにとって日本の産業状況が問題であり、企業行動が問題である。ただ、日本で重ねられている論議は、その時々のケースを取り上げて感想を論じているのが普通である。そこには理論の積重ねがない。理論の積重ねが必要なときにはアメリカから、社会学や科学哲学はヨーロッパから借りてくることが多い。
 日本の科学研究者の業績はアメリカやヨーロッパにおける実証的研究の追試が多く、理論的研究も体系化はそのままに言葉を替えてみるくらいである。
 本書も残念ながら、その域を出ない。ただ、日本の産業におけるいろいろな事象は、どちらかといえばアメリカの産業状況の歴史を5年から10年で追いかけているようなところがあった。それ故に、アメリカの産業組織論を、ヨーロッパから社会学を、それ故に社会組織論を借りてきてもそれ程違和感がなかった。
 本書も科学理論の貧しさを自ら告白自省しなければならないが、できるだけわが国の具体的な事情をとりあげながら、わが国自体の産業課題を論じていきたいとは思っている。もしそこに我々独自の論理の芽があれば、それを大切に育てていきたいと思っている。
 ただ、その出発点は、1980年頃を境に大きく変わった、心理学あるいは社会学に基礎をおいた組織論を説明するとともに、なぜ変わったのか、その背後に何があったのかを明らかにし、1980年以降の更なる変化を追いかけながら、未来を論じたいと思っている。


内容項目

はしがき
I.今、企業組織はどんな状況にあるか
 1)組織は社会と共にある
 2)企業組織の革新は社会の革新

II.これまでの組織心理学の系譜
 1)組織の内部効率化に関する理論
 2)組織均衡理論
 3)人間関係組織論

III.企業における行動科学的側面
 1)動機と動機づけ
 2)組織と人間性
 3)R.リカートの「システム4の組織論」
 4)組織の環境適合性

IV.経営者―これまでの姿/これからの姿
 1)わが国資本主義草創期の経営者
 2)戦後創業者に求められた技術力とマーケティング力
 3)経営者に要求されている資質と能力

V.組織文化の形成とリーダーシップ
 1)すぐれた経営の実現に向けて
 2)組織運営の原点となる視座
 3)新しいリーダーシップの概念と機能
 4)カリスマ性を含んだ変革のリーダーシップTransformational Leadership
 5)組織文化の創造と維持―環境への適合
 6)組織が成長した時、その組織文化は
 7)環境に不適合な組織文化の変革とそのリーダー

VI.経営者の環境認識パターンと意思決定
 1)認識と行動=「認識-行動図式」
 2)組織認識論の示す経営における“認識-行動図式”のパターン
 3)合理と不合理の狭間にある意思決定
 4)意思決定「ゴミ箱理論」(J. G.マーチによる)
 5)集団思考の犠牲(I. L. ジャニス)

VII.知識創造の組織と構造の革新
 1)組織における知識創出のプロセス
 2)ビジネス・モデル進化論


解題―これまでの理論とモデル―

 米国の産業競争力を強化する政府・経済界・学界の協働

 1980年を境に、アメリカでは、組織論や組織心理学など組織に対する研究者の見方が大きく変わってきている。とくに、リーダーシップや企業経営者については、1980年以前の理論が取り上げられることはなくなり、研究の視点は大きく変わった。これまでに何回かこの点について触れたが、本書のこれまでの章節は1980年までの諸理論をまとめてきた。アメリカはアメリカ、日本は日本と言われるかもしれないが、日本ではアメリカの理論を追いかけるのが急で、組織の研究について日本独自の理論的研究と言われると、三隅ニ不ニのPMリーダーシップ理論以外にほとんどないことに気づく。
 ただ、日本の著しい経済成長にどんな秘訣があるのかをめぐっての日本的経営の研究には、日本の研究者もかなりの人数が独自の理論を展開している。その中には日本の歴史的回顧を含んだ日本人論も展開されている。しかし、その努力が今どうなっているだろうか。1980年代、日本はまだ経済成長を享受していた。それ故に、過去の事実から経営の秘訣を導き出すことも無駄ではなかった。しかし、アメリカに10年遅れて1991年にバブル経済が崩壊し、平成不況に突入。「失われた10年」が始まり、未だにこの状態から脱出できていない。この事態に直面し、企業組織に関する見解は、1980年以降のアメリカの理論に再び依拠せざるを得なくなったと言わざるを得なくなったのである。市場環境に“俊敏に agile”反応する組織の機能と構造、ITの効果的な導入とITに支えられる組織の構造、また、起業家精神とベンチャー企業の論理構造等、新たな組織理論が問われる結果となっている。ベンチャー企業のあり方については、日本独自の理論研究も多いが、残念ながら個人の経験に依拠するところが多く、理論的研究にまで達していない。こうした事態の中で、理論的研究のみならず実践においても過去の理論に依拠できなくなっているのが現状である。
 1970年代後半、アメリカの製品品質の劣化、経済大国の自己肥大化と企業家精神の喪失、海外企業のマネジメント能力と営業力の弱化等々、アメリカ経済は日本の産業力に凌駕され、英国経済がサッチャー政権の梃入れによって好況に転じて以降、ヨーロッパ経済にも押される結果となってしまった。この事態に、企業家のみならず研究者も、また政府も1980年代を通じて大いなる関心を抱かざるを得なかった。
 1995年に出版され、翌年には日本でも翻訳の出た「アジル・コンペティション」(S. L. ゴールドマン他著、野中郁次郎・監訳)は多くの人に読まれているが、この本は米国議会の要請による研究の報告書「21世紀の製造企業戦略:産業からの視点」(1991年)に基づいている。


 米国製造業の大いなる転換

 上記の本の序論から引用しよう。「『21世紀の製造企業の戦略』報告書は、もともと米国議会の要請によって、米国の産業がグローバルな製造競争に復帰するための必要条件を確認する答申として準備された。13社の企業の製造担当役員が、独立コンサルタント(パラダイム・シフト・インターナショナル社のリック・ダブ氏)や筆者と共に、1991年の春、夏、秋と、この議題について研究した。この成果の検討に基づいて、約200社の企業役員、政府機関、公的団体によって満場一致で承認された結論は、『米国企業の競争力は、製造業の大量生産システムを単に改善していくことによっては回復しえない』というものだった」。「急速に成熟化するコンピュータを基盤にした製造と情報通信技術のすべてがまったく新しい競争のシステムに統合されていくこと」「このシステムでは、企業内、または競争と協力を同時に行なう企業群の中に散らばっている人的物理的知的資源を互いに結び付けていくという新たなアプローチを取る」。更に、「この報告書によると、新たな俊敏な競争環境の原動力は、顧客から認知される情報価値やサービスであり、それらは物理的製品に埋め込まれ、売り手と顧客の継続的な関係を通じて提供される」こととなるのである。
 引用が長くなったが、今の日本の産業界でも指摘されているように、“大量生産システムから顧客の要望に答える多種少量生産システムへの転換”、“情報通信技術の革新にそって、このシステムを通じての顧客への俊敏な反応となり、これらが組織の構造に転換していくこと”、更に“ITによる企業内・企業間に散らばり、これまでは存在にも気づき得なかった人的知的物理的資源を浮かび上がらせ、これら資源のネットワーク的活用による知的創造的組織の構造化”などが、1991年には米国で論じられていたのである。日本の経営者がマネー・ゲームに狂奔していたときに、である。
 さて、1980年代以降、どのような理論展開が行なわれるようになったのか、一番の課題は、企業の繁栄と成長が大きく経営者個人あるいは経営チームに依存してきていること、従って経営者あるいはチームのリーダーシップのあり方が問われることになると同時に、この機能が上記したごとき新たな組織、その新たな機能と構造を樹立するのに必要な存在となることが強く求められることとなったのである。その意味では、組織心理学においても経営者論を忘れてはならない。
 次章以降の話題について、次頁に、その概要を図示してみた。経営者論を交えて組織の環境認識の機能と環境への対応の構造的図式、これからの大きな課題である知的創造性と学習機能をもった組織構築の可能性、更に単一の企業組織としての活動を超える企業間ネットワークのあり方、そして、今アメリカで志向されている組織の構造的特質を論じていきたいと思っている。最後に、企業間ネットワークの課題である国際企業の異文化適応が問題とされるが、これをグローバルな環境の中での社会と文化の本質的理解の可能性を、経済的価値の追求といった宿命を負った企業との関連で論じつつ、本書を閉じるつもりである。
 なお、これ以降に取り上げる話題の内容は、次図の順序通りにはならないことを予め申し述べておきたい。それぞれに独立した形で提示してある話題にも微妙な入り組みがあり、この点の理解のために必ずしも次図の順序にこだわらないで、論をすすめさせていただきたい。

構図-これからの経営者と組織-


HRMチェックリスト(会社用・人事担当用) Ver1とVer2

 次頁よりHRMチェックリスト(会社用・人事担当用)を示す。Ver.1とVer.2となっているが、Ver.1は当初のものであり、リーダーシップの項目が含まれている。リーダーシップの項目は中小企業等の経営者以外は回答できないため、主に人事担当者に回答を求めるものとしてVer.2を用意した。このためVer.1は経営者、管理者、人事担当用としており、Ver.2は人事担当用としている。
 開発した尺度、チェックリストはそれぞれ単独でも利用できるが、ここに示したようにまとめた小冊子として、実施することもできる。この冊子で実施した場合、実施時間は20分程度である。

HRMチェックリスト(経営者、管理者、人事担当用)(Ver.1)〈P01〉
HRMチェックリスト(経営者、管理者、人事担当用)(Ver.1)〈P02〉
HRMチェックリスト(経営者、管理者、人事担当用)(Ver.1)〈P03〉
HRMチェックリスト(経営者、管理者、人事担当用)(Ver.1)〈P04〉
A.リーダーシップ(Ver.1)〈P01〉
A.リーダーシップ(Ver.1)〈P02〉
A.リーダーシップ(Ver.1)〈P03〉
B.雇用管理施策チェックリスト(Ver.1)〈P01〉
B.雇用管理施策チェックリスト(Ver.1)〈P02〉
B.雇用管理施策チェックリスト(Ver.1)〈P03〉
B.雇用管理施策チェックリスト(Ver.1)〈P04〉
B.雇用管理施策チェックリスト(Ver.1)〈P05〉
C.組織業績診断チェックリスト(Ver.1)〈P01〉
C.組織業績診断チェックリスト(Ver.1)〈P02〉
HRMチェックリスト(人事担当用)(Ver.2)〈P01〉
HRMチェックリスト(人事担当用)(Ver.2)〈P02〉
HRMチェックリスト(人事担当用)(Ver.2)〈P03〉
HRMチェックリスト(人事担当用)(Ver.2)〈P04〉
A.雇用管理施策チェックリスト(Ver.2)〈P01〉
A.雇用管理施策チェックリスト(Ver.2)〈P02〉
A.雇用管理施策チェックリスト(Ver.2)〈P03〉
A.雇用管理施策チェックリスト(Ver.2)〈P04〉
A.雇用管理施策チェックリスト(Ver.2)〈P05〉
B.組織業績診断チェックリスト(Ver.2)〈P01〉
B.組織業績診断チェックリスト(Ver.2)〈P02〉


IV部 活用事例・インターネット版

活用事例

1.Y社(製造業・大企業)―良き伝統を生かしながら「自律と共生」へ―

企業概要と業界状況

 Y社の企業グループには、ファスニングに代表されるグローバルカンパニーとして世界56ヶ国にわたる国際的飛躍を目指す側面と、建材事業に代表される成熟した国内市場でトップメーカーを目指す側面、それらを製造するにあたって使用する工作機械を内製化して社内で開発・販売する側面(工機事業)という三つの柱がある。
 ところが、現実のビジネスの環境としては、建材事業部門の属する建材業界では、建設市場の縮小を受けて、国内需要の低迷、業界間競争の激化により、業績は悪化、98年には赤字に転落した。同業他社でも、業績が悪化し一部上場の大手企業でも賞与が全く出せない企業も続出していた。
 一方ファスニング事業は、中国や韓国、台湾といった中進国に市場参入を許し、低価格帯では押されているものの、早くからグローバルに事業を展開し、世界各国で活躍している。世界で半分以上のシェアを持つナンバーワン企業であり、グループ収益の大半を稼ぎ出している。また、これに付随する工機事業も、収益的には恵まれた環境にあった。
 このように、経営環境も異なり、それぞれの事業部がおかれているポジショニングも異なる中で、これからの「評価・処遇制度」は同一のものでいいのだろうか?それぞれの事業において、時代の変化を受けて「更なる価値創造」を続けるために、人事制度をツールとして新たな人材マネジメントの確立を目指すべきではないかという経営の判断がくだされた。そして、二十世紀も終わりに近い、1999年、三十代を中心にした中堅クラスの精鋭社員が全国から集められ、これからのY社の人材マネジメントのあり方を考えるプロジェクトチームが結成された。


利用目的と利用までの経緯・背景

 「成果・実力主義」の流れの中で、人材マネジメントのあり方をどう考えるべきか、その是々非々を問う以前にそもそものY社の歴史、根本にある創業の理念をひも解く必要がある。プロジェクトチームは、創業の理念を確認するとともに企業を取り巻く環境の変化、それに対応したこれからの企業のあり方、求められる社員像や社員の働き甲斐、考え方を確認し、新世紀のこうありたいという企業像、求められる人材の姿を模索することにした。
 「他人の利益を図らずして自らの繁栄はない」、この創業の理念は社員のバックボーンであり、社員一人ひとりの心の底にある。時間軸を昔にさかのぼることと、自分たちを現在、支えている基礎を探ることとは大きな違いである。同社は「企業は社会の重要な構成員であり、共存してこそ存続でき、その利点を分かち合うことにより社会からその存在価値が認められるもの」との考えから、「善の巡環」と称し、常に事業活動の基本としてきた。
 この理念からY社の創業者は事業をすすめるにあたり、その点について最大の関心を払い、お互いに繁栄する道を考えていた。それは社員一人ひとりが、事業活動の中で発明や創意工夫をこらし、常に新しい価値を創造することによって、事業の発展・拡大を図り、それが自らの利益になるばかりか、得意先、取引先の繁栄につながり、ひいては社会貢献になるという考え方である。
 例えば、より良い機械を考案すれば生産性を向上でき、材料ロスを減らせば、限りある資源を有効利用し、コストダウンも可能になる。そして、そのような創意工夫の成果を自分だけのものにするのではなく、広く社会に分配していくことによって利益が「巡環」し、人類社会の繁栄に貢献しながら自らも栄えていくという理念である。
 これらの薫陶を受けた古参の社員にとって、建材、ファスナー、工機といった区分はなく、「Y社はワンボート(社員は同じ船に乗った仲間)」であった。
 また、「森林経営」と称し、会社と社員がともに長期的な成長や発展を目指し、全社一丸となって懸命に努力することを「良し」としてきた。会社は人材に対して、良質の樹木になるよう職能教育を徹底して行い、個々人の能力を高める。一方、社員は貴重な資源として、風雨や豪雪にも耐えながら「野戦の一刀流」として、継続的な価値を切り開くことで、大樹となり、それらの樹木の集合体がすなわち森林、Y社というたくましい企業体になるという考え方である。このような森林経営のもとで、特定領域では世界ナンバーワンとなり、世の中に知れ渡る、従業員二万人の大企業に急成長してきたわけである。
 このような背景の中で、これまでの人事制度は、毎年の能力の習熟度を処遇に反映する伝統的な職能資格制度だった。誠実な企業風土もあいまって、毎年、階層別の職能研修、管理者には考課者研修をしっかり行い、職能資格制度の思想を徹底的に理解させていた。考課結果の高い中堅社員には、管理職昇格の筆記試験が行われ、試験前の夏季休暇中には、各部競争で「管理職昇格試験の傾向と対策」の特訓が行われるなど、「一致団結して組織集団で成果を高める強さ」を貫くには有効な制度であった。制度を忠実に守っていくことで、保守的で、差がつかない人事管理が行われ、じっくり耐えながら粘り強く取り組んで成果をあげていくという、「和と安定」による平等主義的組織風土に適合した制度であった。
 しかしながら、中進国の追い上げや新技術の停滞により技術の優位性が失われ、グローバル化の中での海外帰任者を中心とした社員の意識の変化、高齢化の進展、優秀な中堅社員が引き抜かれるなど、現実には新しい時代にふさわしくない制度疲労が深刻な問題となってきたのも事実である。
 そこで、プロジェクトチームは、Y社の発生の地である富山県の我慢強く、土着性の強い土地柄に、成果・実力主義がなじむかどうかという点に配慮をおいて、新しい制度をどう作り、どう導入するかという制度論、テクニカル論ではなく、これらの創業からの理念や思想を整理し、Y社にとって「何が本質」で「何を残すべき」なのか、一方、めまぐるしい環境の変化に合わせて「変えても良いモノは何か」、「変えなくてはならないものは何か」を徹底的に議論することにした。
 したがって、現状の課題をただ対症療法的に解決するようなアプローチではなく、Y社の持っている素晴らしい、残していくべき価値観と、変えていくべきものを明確にし、それを人材マネジメントの骨格となる考え方として社員に伝えていくことを念頭におくことにした。
 そこでこのような創業の「想い」と、時代の変化による社員の意識の変化を探るべく、チェックリストを活用して社員一人ひとりの思いを把握するとともに、かつての創業時の経営幹部を含めた社員の約百名のインタビューを実施し、それらの結果を基に新しい人材マネジメントの考え方と仕組みに反映することとした。


結果の概要・考察・含意

 HRMチェックリストとインタビューの結果、以下の点がわかった。

 ・ 「職場の状況:ワークシチュエーション」については、他社の結果全体と当社の結果を比較すると、全般的には他社全般よりも評価、満足度は高い。
 ・ しかしながら、事業本部別にみると、ファスニング事業本部だけは、他社と比べて同程度であり、「V処遇・報酬」は他社よりも評価、満足度が低いという結果になった。
 ・ 「業績に応じた処遇」を求めている傾向は、海外赴任経験者が多く、グローバル展開を進めているファスニング事業部に多い。
 ・ 「従業員の感情的・情緒的状況:コミットメント」についても、他社全般と同程度か、やや高いという結果になっていた。特に、工機事業本部のコミットメントは高い。
 ・ しかしながら、事業本部別にみると、やはりファスニング事業本部だけは、他社と比べ低いという結果だった。
 ・ 他の日本企業と比べ、予想以上に組織へのコミットメントは低く、会社べったりの「家族主義ではない」。
 ・ また、「ストレス:ココロと体の健康チェック」については、他社よりもやや低い(ストレスを感じていない)という結果になった。
 ・ 各事業部の業績と報酬のリンクが必要であるとされている。
 ・ 忙しい事業部と暇な事業部の賞与がほとんど変わらないのはおかしい。
 ・ ベテランの社員になればなるほど、Y社はワンボートで、事業ごとに処遇を分けることに難色を示している。
 ・ 若手・中堅社員にとっては、事業毎の「稼ぎ」の公平な分配こそ理念のはずだとの認識が強い。しかし、事業部を選んだのは自己責任ではなく、会社判断によるものなので業績連動型賞与は不公平である。(これまで採用から、配属にいたるプロセスには「個人希望」欄を人事サイドで考慮するものの、実際には、その都度の事業部毎のニーズに応じて、組織としての合理性によって決定されていた。)
 ・ 当社のビジョン達成に向けて、各組織に重要なのは使命や役割であり、リーダーの役割は物事の本質を見通した上で、課題を創造する(ビジネスクリエイター)ことである。
 ・ 社員は与えられた課題をこなすだけでなく、新しい仕事にチャレンジしなくてはならない。
 ・ 以上を効果的に行うためにも、個人の創造力とチームワークの強みを最大限に高めるべきである。
 ・ 工機事業や研究開発で新技術が出てこないのは、「同質集団の仲良しクラブ」だからである。
 ・ 事業本部を変わりたいが、変わる自由は担保されていない。
 ・ 「評価・処遇・報酬」面で格差が少ないことに対して、若手・中堅クラスが明らかに不満を持っている。
 ・ やってもやらなくても格差がつかない。
 ・ 仕事を良くやるタイプよりも試験勉強に専念しているタイプが早く昇進している。


対応:その後の動き・人事制度の変更

 これらのHRMチェックリストとインタビュー結果を踏まえ、プロジェクトチーム内で議論を重ねた。その結果、「Y社はワンボート(社員は同じ船に乗った仲間)」という思想は、現状の社員には受け入れられず、「和と平等」に代表される人事理念から見直すことになった。
 一方、「森林経営」の一人ひとりが自分の持っている能力を磨き、伸ばす努力をしながらも全体が調和する集合体を目指すという思想は残していくべき価値観とし、プロを目指し、たくましく成長しようという社員一人ひとりの「個」を尊重し、それらの集合体が「協働する」精神を盛り込んだ「自律と共生」という人事理念を打ち立てた。
 このプロジェクトチームでの議論により、Y社グループは社員の人事制度を全面的に見直し、従来の職能資格制度に換えて成果・実力主義の人事制度を導入した。「同一成果・同一報酬の原則」の下に、成果に応じて賃金格差が広がるようなメリハリのある業績給や、事業部ごとの業績に応じて変動する賞与や報酬制度を目指すこととなった。ただし、事業部を選んだのは社員の自己責任ではないので、5年後までのありたい姿を描き、数年かけて事業部ごとの業績を連動させる仕組みを導入することとした。
 このように「自律と共生」をキーワードに新しい人材マネジメントシステムの骨子がまとまった。新人材マネジメントシステムの導入は、人材と組織の活性化を図り、多様な人材からプロ社員の発掘につなげることを目的としたもので、年功や資格、性別にかかわらず、社員の顕在化された「成果」や成果を生み出す「コンピテンシー」、そして成果の再現性による「実力」を重視した処遇制度に改めたものである。
 そして組織機能や期待役割を明確にし、成果とのマッチングを図ることによって、社員一人ひとりが能力を最大限に発揮することをサポートできるシステムとし、その成果に明確に報いる報酬制度として展開することとなった。
 これまで等級は職能による10段階の資格を定めていたが、新制度では期待役割や成果の大きさなど実力の違いから、人材を「プロ」、「専門」、「一般」の3つに大きく括り、さらにそれぞれを2つに分けて6段階(バンド)とした。この6段階のバンドは、「更なるコーポレートバリューを求めて」という会社のビジョンに合わせ、新たな価値を創出し続けてもらうよう、名称を「VALUES」とした。
 バンドの見直しは、成果の再現性による「実力」の確認に基づいて年1回行うが、年齢や在級年数は考慮しないこととし、「実力」があれば若手でもバンドを一気に駆け上がること(いわゆる昇格)が可能である反面、バンドが低い方に変わること(降格)もある。名称を「VALUES」としたのは、ここにも意味がある。従来の資格=序列という意識をなくすために、昇格、降格ということばをなくし、成果をあげることで実力を実証できた人で、本当にやりたい人がそのポジションに就く(昇格)、あるいは高いポジションで走り続けてきた人が走り疲れ、限られた範囲の業務の中で自分の専門性を発揮することで貢献したい(降格)と思ったときにはバンドチェンジすることもできる、序列をなくし個人の「自律」と「共生」をうたったものである。
 給与は成果や実力、業績に応じたメリハリのあるものとし、6段階のバンドの上位二つはプロ社員として年俸制を導入し、それ以外の4バンドにおいては、バンド毎に給与レンジを設定し、その範囲の中で成果に応じて給与が見直しされるレンジ給制度を採用した。賞与はいずれも業績に連動する。給与も報酬も考え方は同じであり、「同一成果・同一報酬の原則」の下に、年齢などにかかわらない、やりがいが実感できる報酬制度を目指している。成果に応じて賃金格差が広がるようなメリハリのある業績給のテーブルを設計し、事業部ごとの業績に応じて可変する賞与制度である。HRMチェックリストの結果を踏まえて、「導入のステップ」を社員に提示することにより、事業部別業績連動型賞与制度を導入することになった。
 3年後には各事業部間での人事交流をやめることにし、その事業におけるその道の専門性を高める人材開発に注力し、5年後までには段階的に、事業部別の業績連動型賞与を導入し、最終的なゴールとして2005年には、事業別の給与体系に切り替えることにした。
 併せて新卒採用についても、「自律と共生」の観点から、入社希望者が自己責任をもって事業の発展に貢献できるように、事業部別に実施する体制に変更することにした。


2.T社(メーカー商社)―対策実施の前後でチェックリストを実施し、企業変革の成果を確認―

企業概要と業界状況

 ベンチャー企業として30年前に設立されたT社は、大手製造業グループの中核企業として、またグループ唯一の商社として、『グループ企業の支援』、『輸入促進による国際協調』という二大テーマを掲げて幅広い商品を扱いつつ、益々複雑化かつ進化する流通分野を担当し、急激に成長・拡大するとともに、販売代理業が中心の商社とは異なる、『メーカー商社』として独自のポジションを築いてきている。
 グループの新分野への拡大をめざした設立当初からのベンチャー精神で、新規事業開拓した商品を着実に軌道に乗せ、さらなる挑戦を続けている。さらにT社は、母体企業の海外拠点の拡大に伴い、そのニーズに応えるべく自らの市場も拡大させてきた。特に1990年代以降、海外拠点を急速に整備・拡大し、現在では世界14ヶ国27ヵ所に拠点を構えている。これらの拠点が築き上げたワールドワイドな情報網により、地球規模の視野と情報により、お客様とモノとのベスト・コーディネートを実現させている。


利用目的と利用までの経緯・背景

 最近のT社は、低迷する日本経済の中で、本体の母体企業の業績好調をうけ、高い収益力と急速な事業規模の拡大を成し遂げている。しかし業績を精査すると、売り上げの大半は、母体企業の子会社としての部品や素材の販売代理業が中心となり、T社のコアコンピタンスであったユニークな新しいビジネスの創造や真骨頂であるメーカー商社として独自性が失われていた。つまり母体企業の子会社政策の一環としての方針の転換により、「売り上げ重視」の戦略を続けた結果、業績が飛躍的に伸びた反面、「御用聞き営業」のような受身のスタンスが蔓延し、企業としての活力が失われてきているのではないかといった危惧が生じてきた。創業時のベンチャー精神に満ち溢れ、次々と新規事業に取り組んでいくチャレンジングな組織風土から、「コバンザメ」のように母体企業におんぶに抱っこの依存的・保守的な組織風土へ変化しつつあった。
 そういった中で、T社のトップ・マネジメントは次のようなT社の組織の問題構造の仮説を置いてみた。自社の業績が高まり、組織が肥大化することで、思考パターンが硬直化し、顧客が求めるニーズは何なのか、市場がどのように変化しているのかといった課題に対して対応策が打てなくなってしまっているのではないか。社員高齢化とポスト不足が慢性化した組織の中で、「減点主義の評価システム」が運用され、部門のエゴや社内力学が先に立ち、責任回避や問題構造の先送りなど、いわゆる大企業病に冒されているのではないか。また「社内序列」に最大の関心が集まり、自社の抱える問題への感知力が鈍ってきてしまっているのではないか。そのような中で、これから本当に必要な、起業スピリットのある人材を潰してきたのではないか。かつてのT社のさらなる挑戦をし続けていく野武士のようなマインドは風化し、社員から斬新な事業アイデアが出されたとしても、失敗を恐れる保守的な組織風土に陥っているのではないかといった危機感である。
 T社のトップ・マネジメントは「人の心を大切にする」ことが企業哲学だといっている。つまり、企業の変革は、そこに働く人のたゆまぬ努力による自己革新があってこそ可能となるのである。その大きな目標に向かって努力し、チャレンジしようとする人、さらには努力やチャレンジするプロセスを喜び、また楽しむことが出来る人、このような人を次の飛躍に向かって必要としており、そういう人材を確保し、その個性の発揚の場を与えることこそが組織の最大のミッションだと考えている。
 このような状況の中で、「HRMチェックリスト」を活用し、これらの仮説を検証するとともに、現状の病巣を探り出し、具体的な施策に落とし込むことで、体質の転換をはからなければ継続的な事業の発展は成り立たないということになった。
 そして、具体的な施策を展開した一年後に再度「HRMチェックリスト」を実施し、施策の妥当性や効果を検証することにした。
 また、「HRMチェックリスト」を使用して、従業員(含管理職)の労働意識調査を集計することで、仕事へのモチベーション向上策の検討資料として、モラールサーベイのように活用することも当初から企図されていた。モチベーション向上、組織へのコミットメント等の観点から諸施策を見直し、今日の厳しい経営環境を乗り越えて、活力と働き甲斐のある組織へと発展する道筋を見出すことを意図したわけである。


結果の概要・考察・含意

<1>施策展開前(一回目)
チェックリストを実施した結果、以下のような結果が得られた。
・「職務」に対する参画、自立性などの満足度が他社と比べても高い
・年間休日123日、有給休暇100%完全取得などの制度の影響で、「労働条件」・「福利厚生」・「生活サポート」などの満足度が他社と比べても高い
・不安などの「ストレス反応」は他社と比べて低い
といった良い面があるものの、
・「上司やリーダー」に関する信頼感や支持が他社と比べて低い
・「ビジョンや経営者」に対する信頼が他社と比べて低い(特にこの傾向は中堅・若手社員や女性社員に強くみられた)
・昇進・昇格・キャリアなど「処遇・報酬」面で絶対値が低く、さらに他社と比べても満足度が低い(特にこの傾向は中堅・若手社員や女性社員に強くみられた)
・会社に対する帰属意識が他社と比べて低い

 等かなり多くの項目で他社よりも低い結果となった。特に中堅・若手社員や女性社員を中心に閉塞感が漂っていることがわかった。

 そして諸施策を実行後、前回からの改善の度合いや評価の違いを把握し、施策の検証とモラールの向上をはかるために、一年後に再びチェックリストを実施した。

<2>一年後の調査結果
・「職務」に対する参画、自立性などの満足度がさらに高まった
・「顧客や同僚との関係」が前回を上回り、他社と比べても高い
・「能力開発・福利厚生・生活サポート」の満足度が前回を上回り、前回低かった「教育・研修」も好転し、すべての項目で他社よりも高くなった
 前回、他社よりも低い結果であった以下の項目が明らかに好転した。
・「上司やリーダー」に関する信頼感や支持が前回より好転し、他社並みとなった

・「ビジョンや経営者」に対する信頼が前回より好転し、他社並みとなった
・昇進・昇格・キャリアなど「処遇・報酬」面で絶対値は低いが、前回より好転し、他社並みとなった
・会社に対する帰属意識が前回より好転し、他社並みとなった
・職務内容、人間関係、職場環境、全般的満足感など「職務満足」に関する満足度が前回より好転し、すべての項目で他社よりも高い

 このように、一年後に再びチェックリストを実施した結果、前回からの改善の度合いや評価の違いを明確に知ることができた。また当初の「仮説が正しい」ことが裏付けられ、仮説に基いた問題解決策、風土改革を行ったことが好結果に結びついたと判断することができた。
 T社も業績低迷時があり、母体企業の全面的支援を受けていた。その際、経営者や幹部社員として母体企業から出向者や転籍者が送り込まれ、母体企業の戦略に沿った経営が行われていた。したがって独自の経営ビジョンも明確化されてはいなかった。このような事情から一回目のチェックリストを行った際は、多くの項目で他社よりも低い結果となったが、ある程度予測された結果ではあった。しかし、予想以上に他社と比べてデータ的に劣っていたため、T社のマネジメントのショックは大きかった。
 これらの一回目の結果を踏まえ、また、組織のかかげるビジョンや目標に、独自のものがなかったため、中堅若手社員を中心にトップ・マネジメントと協議しながら、ビジョン作りが行われた。並行して、営業戦闘能力の向上を目指し、全社員の5%にあたる人員が中途採用や定期採用で増員された。徹底した教育訓練を行うとともに、東京駅に近い、交通の利便性の高い機能的地域に、本社社屋を移転することにした。さらに、事業の自立性を高め、自己完結的に運営できるよう組織構造および組織運営体制について、役割責任が「すっきり、はっきり、きっちり」とわかるような大幅な改革を実施した。
 これらの施策により、一年後の「HRMチェックリスト」の結果が、ほとんどの項目で好転したわけである。これらの施策が的を射ていたことが実証できたことも大きな収穫であった。


対応:その後の動き・計画

 急速に変化する時代の流れは、創業して30年経ったいまもT社は「これでよし」ということはなく、絶えず「変革と前進を続けること」を会社のミッションとしている。これらの二回の調査結果を、討議資料としてまとめ、マネジメント・グループとしての認識の統一を行った。
 当時のT社は、他の伝統的日本企業と同様、経営陣の多くが事業の将来方向の新しい「軸」を描くことができていなかった。過去の成功体験から来る戦略の延長線上でしかなく、新しい価値観を柔軟に受け入れ、組織を牽引していく自信や高い志が欠けているように見えた。したがってH社の組織風土は、当初の調査結果のとおり、中堅・若手社員、女子社員を中心に閉塞感が漂っていた。上司や中高年社員が享受できた、ダイナミックな成功体験(過去の遺産)は実感できないからである。さらに将来的にも「勝ち続けるビジョンを自分の言葉で語れる経営者やリーダーがいなかった」、そのため5年後、10年後の将来企業像が見えてこないという状況であった。
 これからの事業運営の基本は、「選択と集中」の視点に立って、強みを活かせる事業にいかに資源を集中投下していくかが鍵である。事業ごとの戦略の明確化が不可欠であり、総花的な内容ではなく、重点指向が求められている。
 企業価値をさらに高めるには、経営トップをはじめ、役員や部門長の人材およびマネジメントストラクチャーを見直す必要がある。一回目を実施後、組織構造や組織運営を改革したわけだが、そのためには、何より誰がトップ・マネジメントチームや部門のリーダーになるかという問題が極めて重要であった。幸いにもT社には社員のやる気や育成を尊重する「人重視の健全なカルチャー」があり、中堅・若手社員の人材の質は非常に高い。ただ、せっかくの「人的資本」を活かしきれていない側面もあったのは事実である。
 これらのことから、スムーズなマネジメント層の入れ替えを早急、かつ強力に行っていく必要があると判断した。そして、新しい経営の基本的な考え方や仕組みを社員に明示し、公平かつ納得のいく運用がなされる必要がある。そのためには、「これからの取締役、および経営リーダーの役割と資質は何か」の基本思想を固めることが重要である。「企業経営の実質的な成功の鍵」(Key Factors for Success:KFS)をにぎっているのは経営トップだからである。
 経営環境の激変に伴い、強力な信念とリーダーシップで過去からのしがらみを排除すべきであり、自らビジョンを描けないトップやリーダーは早急に入れ替える必要がある。また常に先端、最重要な課題に取り組みつづけ、変化し続けることが求められる。そういった資質のある人材を早期に見極め、早期に育成していくことが必要である。H社では全世界に散っている、課長クラスと管理職手前の主任クラスを集め、将来のビジネスリーダー発掘のためのアセスメントや戦略立案トレーニングを実施することにした。経営コンサルティング会社に依頼し、360度サーベイ、コンピテンシーアセスメント、「新規事業に関するビジネスプラン・プレゼンテーション」のコンペなどを行い、将来開花するであろうビジネスリーダーを発掘し、開発することとした。「主体性の尊重」という観点から年齢や社歴に関係なく、その事業運営に最も適切な人材に「自分ならこの事業をこう運営していく」といったプランを発表してもらい、公のもとで選別するオープンポジション公募制がふさわしいということになり、このオープンポジション公募制でビジネスリーダー候補を募ることも決められた。
 一方、退任される役員や部門リーダーの処遇(役員年金制度等)も見直すことにした。後進に道を譲るために退職する場合に支給する勇退功労金制度等の仕組みを検討し、導入することにした。いわば、過去の貢献者に「名誉ある撤退の道(仕組み)」を用意したわけである。
 人のやる気を引き出す人材マネジメントのコアは、それを運用するリーダー次第である。いくら素晴らしい理念や戦略に基づいて制度が作られたとしても、その運用が、当初描いた理念通りに適切に行わなければ意味がない。意味がないだけならまだしも、若手・中堅社員のモチベーション向上にはつながらないばかりか、逆に不信感を募らせ、本当にモチベーションダウンを引き起こす可能性が高い。その結果、優秀な人材に辞められてしまうことにもなりかねない。
 このようにして、HRMチェックリストを活用し、T社は役員機構の抜本的見直しを行うとともにビジネスリーダーの入れ替え、新陳代謝を促進する仕組みを導入し、弛み無い努力で本当の企業変革を実現しようとしている。


3.H社(金属加工業・小企業)―ハード整備は完了、ハートの対策に取り組む―

企業概要と業界状況

 大阪市の調べによれば、製造業の3割は高齢化による後継者難から、将来、廃業を考えているという(平成15年4月2日、日経新聞大阪経済面)。これは後継者になるべき者はいるのだが、とてもこの仕事を継がせるわけにはいかないという、経営者のつらい思いを反映している。
 製造業の空洞化が問題視されて久しいが、ISOなどの国際品質基準にそって製造すれば、世界どこでも同じものが造れる以上、できるだけ人件費コストの安いところでというのは、あたりまえのことであり、これが資本主義経済の発展の当然の姿、もはや日本に国際競争力はないのかと考えさせられる。雑駁にいうが、100年前は第1次産業が経済の中心にあり、50年前にはその中心が第2次産業に移り、いま、それが第3次産業に移り変わっている。もはや、日本で製造業は成り立たないのかとさえ思われる。大阪においては、特に金属加工業の冷え込みが厳しく、この数年の間にすでに多くの会社が姿を消した。
 大阪の中小製造業密集地にあるH社は、創業50数年。企業規模は現在に至るまで10人程度で推移してきた。金型業界の老舗のひとつであり、冷間鍛造金型等の製造を行っている。現在の社長は2代目。2年ほど前に創業者から代表取締役を引き継いだという。上述した経済環境の中で、なんとか生き残るために、付加価値の増大につとめ、自社開発の業務支援ソフトも作成している。


利用目的と利用までの経緯・背景

 H社はこれまですでに、他社との差別化をはかるさまざまな努力をしていた。将来を見据え、コンピュータの導入は業界一番であったという。しかし、ハード面では他社に先んじてはいたものの、「人材」活用のノウハウは持ち合わせてはいなかったと社長は語っている。
 社長就任後、H社はまず企業理念の確立に取り組んだ。いわく、「日々切磋琢磨する。お客様に満足して戴く為に。私達社員の輝く人生の為に。モノ創りを通じて社会に責献する為に。日々切磋琢磨する」である。これを全従業員とともに考え、成文化したという。はじめて会社と従業員の思いが同じベクトルをもった瞬間といえる。
 このベクトルを磐石なものにするため、H社はつぎに「3S運動」に取り組んだ。いわゆる「整理、整頓、清掃」であるが、「裸足で歩いてもケガをしない金属加工工場」、「必要な工具や書類、データはどんな場合でも30秒以内に取り出せる」が売りであり、工場スループットの向上、品質の向上につながった。この取り組みは、平成15年3月、ISO9001認証取得として結実した。H社は「顧客満足」の追求から会社のリエンジニアリングにも着手し、一定の成果を得たことを確信した。そしてその次が「従業員満足度」の向上への取り組みであった。
 いうまでもなく利潤の源泉は従業員にある。厳しい経営環境の中で大企業に伍して生き残るためには、今、居る優秀な社員を手放すことはできない。少ない社員数であるためにコミュニケーションがとれるはずなのだが、経営者の思いと従業員の思いとは必ずしも一致していないのではないかという懸念がある。ハードとシステムは整備できたが、どうも上下関係がギクシャクしてきたようである。「この会社で働いてよかった」と思えるような会社づくりがしたい。改善すべき点は何であろうか。社長のこのような思いを聞き、HRMチェックリストの活用を提案した。目的はいうまでもなく、企業と従業員双方にとってよりよい雇用管理を考えるために、雇用管理の現状を把握することにあった。


結果の概要

 チェックリストは、記入後封筒に入れ、従業員自らが当事務所に郵送するという方法で回収した。社長には、誰がどのような意見を書いたかは当然ながら告げていない。従業員の自由記述は次のようなものであった。

・仕事が細かく精神的に疲れを感じるときがある。
・本来の仕事に加え、管理業務が増加、各人のゆとりが少なくなってきている。
・コミュニケーションが不足。とくにトップと現場の温度差が気になる。
・コンピュータによる効率化を目指すあまり、息苦しい感がする。
・計画的に仕事をこなしていきたいが、特急品対応などで思い通りにこなせない。

 これらは全従業員を対象としたインタビューの中ですでに感じられていたことでもあったが、今回の調査によって、あらためて明確になった。
 調査結果を詳細にみていくと次のようなことが明らかになってきた。

・「職務」の項目で、「仕事の達成感」、「向上感」、「自主性に関する満足感」が低く、これらがコミットメントの低下につながっている。
・しかしながら仕事そのものにおける「意義」、「価値」は高いものと感じており、マイナス面を相殺している面がある。
・「上司や同僚」に対してはおおむね満足しているものの、仕事の忙しさからかストレスも感じており、上司の援助を求めている。
・会社の持つ「社会的意義」、「ビジョン」は非常に高く評価しており、他社と顕著な違いが見られた。

 H社の結果から、次のようにまとめることができる。自分が担当している仕事の社会的大切さを高く認識しているが、その仕事を続けることによって、自分自身が成長できるかどうか、不安を感じている。コンプライアンス(企業倫理)意識が高く、経営理念のもと一意団結したチームワークの良さが現れており、職場環境、労働条件や処遇の満足度も高い。しかし、従業員のストレスが他社にくらべ高く、何らかの対策が必要である。


結果の考察・含意

 「組織風土」に関しては、「職務」、「上司」、「同僚や顧客との関係」、「ビジョン・経営者」については何ら問題ない。「処遇・報酬」、「能力開発・福利厚生・生活サポート」における満足度は低いだろうと予測していたが、それほどでもなく、会社規模を考えれば、現状致し方ないものといえる。
 「職務満足」については、いわゆる「動機づけ要因」のなかで、「達成」、「仕事成果の承認」などの評定の低さが気になるところであり、労働への意欲を阻害するようなことがあってはならず、仕事内容にやり甲斐をもたせるよう、職務を再設計することが必要と思われた。モラール向上が従業員の参加行動を改善し、コストの削減や効率性アップにつながることも期待される。いわゆる「衛生要因」のなかで「経営方針と管理」、「監督技術」、「人間関係」などは評定が高く、これらの維持継続が望まれる。従来から言われるように、衛生要因を満たしても満足感は喚起されず、動機づけ要因の充足のみが内的満足感をもたらすとされているように、「仕事自体」、「責任」、「仕事による成長」における従業員満足度を高めていく必要がある。
 コミットメントに関しては、組織コミットメントは「所属組織への帰属意識の強さ」、「組織の目標・規範・価値観の受け入れ」、「組織のために働きたいとする積極的意欲」を指し、キャリア・コミットメントは「職業・専門分野に対する関心や思い入れの強さ」、「例え会社を変わっても一生を通じて追求する専門分野への志向性」とされており、従業員一人一人の仕事へのコミットメントが上がれば、それぞれのパフォーマンスが高まり、コミットメントが下がれば、パフォーマンスの低下や欠勤、遅刻、離退職等に結びつくものであり、従業員のコミットメントを高めるよう雇用管理施策を考えていく必要があると考えられている。「現時点で就いている特定の職務や仕事に対する個々人の思い入れやのめり込みの程度」、「仕事が人生において中心的であり重要である度合い、関心の高さ」のジョブ・インボルブメントに関しても同じことがいえる。調査結果から「仕事の達成感」、「向上感」、「自主性に関する満足感」などが、コミットメントに影響を与えている要因であると考えられる。これらを改善するような新たな施策を検討すべきであろう。
 そしてもっとも留意すべきは「ストレス」であった。仕事のストレスは、個人レベルにとどまらず、組織全体の生産性や利益にも悪影響を及ぼし、組織目標の達成そのものにも関わる重要な問題でもある。「職務に関連した事故やミス」、「怠業」、「転職意図の強さ」、「バーンアウト」、「職務中の薬物・アルコール摂取」、「その他の職場での反社会的行動」などが考えられるという。いずれも、その当事者のみならず、組織としても無視できない問題ばかりであり、組織としてのストレス・マネジメントへの取り組みが必要とされる理由がここにある。


対応:その後の動き・計画

 今回の調査によって、H社の従業員の意識、会社のとるべき施策が客観的に明らかになった。雇用管理の側面から考えれば、組織の長が「公正な行いをしている」と信頼をおく従業員ほど、自分の職務を重要かつ意義あるものと評価し、自分は組織目標達成のために力を発揮していると認識し、満足感が高くなるとされ、また、「職場は友好的な雰囲気である」と認識した従業員は、職場の人間関係に満足しており、「会社の人事評価基準は不透明だ」と認識した従業員は、当然に、人事評価に対して不満を抱いているものである。このような雇用管理原則を踏まえ、まず、会社経理財務内容の公開に踏み切り、自社の決算書をそれぞれの従業員に配布し、少しずつ数字の見方をトレーニングすることになった。一朝一夕に効果の出るものでないにしても、会社と従業員をつなぐ信頼関係の基盤になると考えたからである。
 そして、就業規則や賃金体系の見直しにも着手することとなり、全員が参画することを会社側に要求した。少しでも経営へ参画させることにより労使の一体感を醸成しようとの考えである。日々忙しい仕事の合間に少しずつではあるが、「労働とは何か」、「賃金とは何か」、「労働契約とは何か」等の解説も行っている。特に賃金については、業績や成果と一部、連動させざるを得ないという会社方針のもと、仕事の評価基準を皆で作ろうということになった。近いうちに、従業員全員参加でこの作業を行うことになるが、これはすなわち人事考課システムとも考えられるものであり、賃金体系と密接に連動する。自分の仕事がどのような形で認められ、どのように報われるかを明らかにし、仕事に対するコミットメントを高めたいと考えたからである。
 このような一連の取り組みは、企業規模の大小にかかわらず普遍のものであり、企業が存続するための絶対条件の一つと考えられる。「この会社で働けてよかった」、このような思いをH社の従業員全員に感じてもらいたいと思いながら、コンサルティングを続けている。


4.S社(エステ業界・中規模企業)―職場の問題、従業員の不満を洗い出す―

企業概要と業界状況

 この会社は、全国展開中の、痩身美容、いわゆるエステティックサービス(以下、エステ)を業としている。従業員規模は600~700というところであり、業界では中堅といえよう。しかし、多店舗展開を行わなければならないこの業界の常として、ひとつひとつの店の規模は小さく、多くても15人程度である。それを本社で統括管理するシステムをとっているため、社員の大半はいわゆるエステティシャンと呼ばれる女性従業員であり、このうち正社員は半数、残りはパート・アルバイトなどの非正規従業員である。ビジネス・ターゲットが女性であるため、当然に従業員も女性中心であり、営業、企画、管理部門に全従業員の約1割の男性社員が就労している。男性社員は、ほぼ全員正社員である。
 昨今、この業界は問題が多い。平成13年6月には、国民生活センター特別調査事務局が、「エステティックサービスによる危害の現状と安全確保のための方策」と題する特別調査報告を発表している。これは、エステを受けたために身体に被害(危害)を受けたというトラブルが年々増加していることが背景にあり、この調査時期において、全国の消費生活センターに寄せられたクレームは年間約500件という。
 若い女性のあこがれる職業ではあるが、高温の室内、立ちっぱなしの作業、長時間労働と、その労働環境は厳しく、離職率も高い。また、有能なエステティシャンの養成が追いつかず、まだ優れた技術を持つエステティシャンは少ないのが現状である。
 利益を追求した無理な販売方法をとる悪質業者や、粗悪な医療まがいサービスで身体被害をもたらすケースが続発するなど業界イメージは低下しており、S社も労働条件の改善、健全経営に努力しているが、客離れがおこっている。その中で大手業者の倒産が発生し、金銭トラブルにまでいたっているのがこの業界の現状である。


利用目的と利用までの経緯・背景

 S社は従業員の離職率の高さに悩んでいた。日々、従業員から寄せられる苦情の内容を考えれば何が原因であるかは明らかであったのだが、残念なことに長年にわたり解決すべき点が解決されず放置されてきたのである。
 一言でいえば、労働基準法が遵守されていないということであった。それが労働摩擦を生み、労働基準監督署の是正勧告も何度か経験してきたという。問題の根源は、「時間」と「金」、つまり「長時間労働」と「残業手当の不支給」にあることは明らかであった。
 すぐ、その是正に取り掛かろうとしたが、前述のような経営環境の悪化から、賞与の支給もままならず、さらには社員の不正という問題も発生し、会社もなかなか腰を上げようとしない。口頭で説明しても、経営陣にはなかなか伝わらず、ある取締役の協力を得て従業員の声をダイレクトに突きつけようということになった。事業の発展のためには、従業員が「人財」として、その能力をいかんなく発揮できる環境、企業風土があることが前提であり、そのためには事業主として各従業員が自社に対しどのような考えをもっているかを知っておく必要があることを伝えようとしたのである。


結果の概要

 チェックリストは従業員が記入した後、事業部門や店舗ごとに封筒に入れ、当事務所に郵送させる方法で回収した。会社には誰がどのような意見を書いたかは当然ながら告げていない。回答の秘密が守られるようにした。
 回収できたHRMチェックリストは約500名分。その調査項目のなかにおける「自由コメント欄」に約半数の社員が何らかの意見を書き記し、いままで見えなかった様々な問題点が浮き彫りになった。
 各人の「自由コメント欄」をデータベース化して項目別に分類したところ、従業員の不満は次のような項目にまとめられた。



 明らかに、従業員の会社に対する帰属意識ははなはだ低く、「優秀な社員が定着しない」、「社員のやる気がない」、「採用に手間ひまと金がかかる」、「社員の能力が向上しない」、「社員の不満ばかりが蔓延している」など、会社の発展の妨げになる要素ばかりであることが判明した。社員の不満はすぐに社外へ広がり、会社の評判にも影響する。非常に危険な要素でもある。
 調査結果から次の点が指摘された。

 ・ 「今の仕事は達成感を感じることができない」としつつも、「今の仕事は挑戦しがいのある仕事である」と感じている。
 ・ 「成長」、「社内の人間関係」、「チームワーク」、「顧客や同僚との関係」、「能力開発・福利厚生・生活サポート」には満足を感じているが、「ビジョン・経営者」、「労働条件」、「自律」、「参画」には不満を感じている。
 ・ 同僚との人間関係は良いが、それと比較した場合、顧客との関係では不満がある。
 ・ 事務職は、現業職、営業職、技術職よりも「達成感がない」と感じている。事務職が様々な面で不満を持っている。
 ・ ストレス反応の「抑鬱気分」、「不安」、「身体反応」が他社よりも高く、ストレスが高いと考えられる。ストレス反応に関しては営業職の方が事務職よりも高く(高揚感も営業職の方が高い)、事務職はストレスに関してはあまり感じていない。
 ・ 一般的な傾向と一致しているが、職位が上がるほど満足度が高まっている。女性よりも男性の方が満足度は高い。若年よりも年齢が高い方が満足度は高い。
 ・ 男性社員は、女性社員に比べて「給与・報酬」に不満を抱き、若い女性が多い中で「人間関係」に難しさを感じている。平均年齢が高いことも一因となっていると考えられるが、「身体的つらさ」を訴える人が見受けられる。


対応:その後の動き・計画

 調査結果から従業員の意見、従業員の声が明らかになっている。経営難の時期において、はなはだ実現困難な二律背反ではあるが、この「労働時間と残業手当」の問題を解決するために以下のような提案を行った。
 まず、店舗における繁忙時間帯を把握し、「交代制労働(シフト制)の導入」をすることである。
 次に提案したのが「パートタイマーの活用」である。店舗従業員の中には、家庭の主婦も多く、意識調査の結果、彼女たちは、職業生活と家庭生活を両立させたいと思いつつ、現実面で困難を感じていた。それは、朝から夜遅くまで働かなければならないためである。中には技術的に優秀な者も少なからずおり、そのような人材が職業生活と家庭生活を両立することが困難と考え退職に至るようなことになれば、それは会社としての大きな損失と考えるべきである。むしろ、このような従業員をパートタイマーとして活用することを考えるべきだと説いた。
 さらに、「店舗責任者のマネジメント再教育」の必要性を提案した。人件費の高騰と難しい経営環境において、店舗責任者は、交代制の導入、パートタイマーの活用、また、事務職をいかに動機づけるか等、マネジメント要素が増えるばかりである。店舗責任者に早急にマネジメント能力を身につける教育をほどこす必要があった。将来的には店舗責任者の評価基準は従来からの売上と、重要性を増した従業員管理のマネジメントの2大要素とする、新たな人事考課制度の導入が必要であると説明した。


5.K施設(高齢者介護施設)―職員の意識変化を縦断的に測定―

施設概要と状況

 本グループホームは平成13年4月に創設された、痴呆対応型共同生活介護と通所介護サービスを提供する施設である。入居者数9名の4棟から構成され、総入居者数は36名である。従業員数は1年にわたる調査期間中、若干変動があったが、40名前後であり、男女比は約3:7、常勤は全体の約6割である。
 本施設は設立して間もなく人事異動などが頻繁にあり体制が落ち着かない状況であった。その為従業員の職務要因充足感の把握が必要とされた。この基礎的な情報として、職員の職務要因充足感と職務態度の変化を把握する為にHRMチェックリストを行うこととした。また、調査中、組織、体制の変更もあった。調査には「A.ワークシチュエーション」、「B.コミットメント」のチェックリストを用いた。回答は、NO、どちらかというとNO、どちらでもない、どちらかというとYES、YESの5段階で回答を行い、平均を求めた。


調査の実施

 調査は平成13年11月、平成14年2月、平成14年5月、平成14年8月の4回、3ヶ月ごとに実施した。平成14年5月と8月に関しては、配布の際にID番号を用い、同対象に対する縦断的なデータ収集を実施した。この5月と8月の調査の間に、組織体制及び経営方針の転換が実施されている。具体的な内容としては<1>施設の設立、及びサービス提供理念、知識、技術に関する教育を担当していた理事と一部の管理職の業務からの離脱。<2>上記に伴う人事異動(意思決定者の異動)及び教育研修の変化、が挙げられる。
 回答者数は、1回目40配布、有効回答32名(男11女21)、2回目43配布、有効回答32名(男8女24)、3回目45配布、有効回答39名(男12女26)、4回目45配布、有効回答29名(男9女20)であった。また、3回目と4回目の双方に回答しており、縦断的データとして分析できる者は25名であった。


調査結果

(1)職務要因充足感平均値の変化
 「人間関係」、「職務内容」、「職場環境」、「全般的満足度」の4カテゴリーについて平均値の変遷を調べたところ、全ての項目で充足感が低下していた。カテゴリーの中では、「人間関係」の充足感が最も高く、「職場環境」の満足度が最も低かった。平成14年5月と8月の体制変換の前後では、下げ幅が最も大きくなっていた。

職務要因充足感の変化

(2)職務態度平均値の変化
 グラフに職務態度の変化を示した。平成14年2月に「組織コミットメント」の3概念(情緒的、存続的、規範的)と「ジョブ・インボルブメント」が若干上昇したが、その後は一貫して低下した。体制変換後の平成14年8月には「ジョブ・インボルブメント」、「残留意欲」、「存続的組織コミットメント」の平均がネガティブに転じた。

職務態度の変化

(3)残留者と退職者の職務要因充足感の平均値比較
 平成14年8月~11月の間に退職した者と、事業者に残留した者について、それ以前の平成14年8月時点での職務要因充足感平均値を比較した。残留者と退職者の有効数はそれぞれ22名と5名分であった。退職者の方が、充足感が低いことを推測していたが、殆ど全ての項目で退職者の方が平均が高かったことが分かった。

残留者と退職者の職務要因充足感の平均値比較(平成14年8月時点)
残留者と退職者の職務態度比較

(4)残留者と退職者の職務態度の比較
 同じく、残留者と退職者について、職務態度の比較を行った。平均値では予想に反して、残留者の方が低いという結果が出た。外れ値の可能性を考慮し、箱ひげ図による検討を行ったところ、退職者では、「残留意欲」「存続的コミットメント」以外に低い評価をする者がいなかった。


考察

 調査結果によると、「人間関係」、「職務内容」、「職場環境」、「全般的満足度」の満足感は一貫して低下している。また、「ジョブ・インボルブメント」、「キャリア・コミットメント」、「組織コミットメント」に関しては、2回目の調査でいったんプラスになるが、3回目、4回目では低下している。
 「達成」や「成長」も満足感が高い者、「組織コミットメント」が高い、「キャリア・コミットメント」、「ジョブ・インボルブメント」が高いものが退職している。
 これまでのHRMチェクリスト実施であると、プラスと考えられる対策は敏感に反映され、すぐに結果に現われる。この点から考えると本施設における従業員を取り巻く環境は一貫して悪化しているものと思われる。また、3回目と4回目の間に体制の変更があったが、それでも結果は悪化し、「組織コミットメント」、「ジョブ・インボルブメント」、「キャリア・コミットメント」等が高いもの、意欲のある者が組織を去っているという結果である。このことから、組織の変更に不満のあるものが退職している、組織の対策に対して従業員はかえって不満を高めていると考えることができる。このケースの場合、体制変換による意思決定者の交代が、組織の特色に大きな変化を生じさせた事から、以前の体制を支持していた者の退職を招いたと推測される。しかし、その一方で縦断的なHRMチェックリストの使用が退職者発生を予測させる結果を表していた事も、見逃す事はできないと考えている。
 本調査の場合、サンプル数が少ないことも指摘しなくてはならない。サンプル数が少ないために、本来とは違う結果が誤差等の要因によりあらわれている可能性もある。

Web版HRMチェックリスト

1.インターネット版HRMチェックリスト

 HRMチェックリストは小冊子で実施できるものを、個人用と会社用の二種類用意しているが、インターネットを通じても簡易に実施できるものを個人用と会社用の二種類用意している。個人用は冊子版のワークシチュエーション、コミットメント、ココロと体の健康チェック(ストレス)の項目から主要な要素を抽出したものであり、会社用は冊子版の組織業績診断の部分である。
 入力画面は個人用も会社用もスクロールは必要であるが一画面であり、回答の所要時間は5分から10分程度である。マウスで回答し、「次へ」のボタンをクリックすると、結果が表示される。
 結果は、簡単な結果の見方とともに、平均100、標準偏差20の標準得点で表示される。


2.システムの構成

 図表1に全体の構成を示した。Web版チェックリストのトップ画面では、本システムの説明とともに、SSLによる暗号化の選択ができるようになっている。本システムは簡易なデモ版としての位置付けであるが、会社内でLAN上のPCから実施する場合、自分の入力が見られてしまうことを懸念することがあることから、SSLにより入力を暗号化することもできるようにしている。

図表1 Web版HRMチェックリストの構成

 図表2にトップ画面を示した。このトップ画面で、SSLによる暗号化を行うかどうかの選択をし、個人用と会社用のどちらかを選ぶ。冊子版同様、個人用は従業員個人が自らの職場や仕事を振り返り、回答するものである。会社用は人事担当、または中小企業の経営者が社内の状況を回答するものである。

図表2 Web版HRMチェックリストのトップ画面

 図表3が個人用と会社用の回答入力画面である。5段階評価等のいずれかのポントをマウスで選択するものとなっており、短い自由記述の欄も用意されている。

図表3 個人用と会社用の回答入力画面

 図表4が結果画面である。これまでに収集されたデータから、平均100、標準偏差20の標準得点を計算し、数値とともにグラフィックにより結果を表示している。従業員用は本来は、企業単位、職場単位で集計し、企業の状況、職場の状況をチェックするものであるが、Web版では簡易なデモ版であることから、他社全般と比較した個人の結果が表示される。

図表4 個人用と会社用の結果画面

 正式な実施は用紙で行うこととなるが、職場単位でこの個人用に回答し、結果を匿名で集め、その平均等を算出することによって、職場や仕事の状況を見ることもできる。


3.ハードウェア構成とセキュリティ対策

 本システムはインターネットから利用されるWeb版として開発している。現在(2002年8月から)、ハードウェアとしては、CPUはPentiumIII 1.266GHzのデュアル、メモリーは1Gバイトである。ルーター、ファイアウォールを介して100Mbps(ベストエフォート)でインターネットに接続している。当然ながら固定IPであり、独自ドメイン名を取得している。
 ソフトウェア面としては、OSはWindows2000 Serverであり、開発言語はASP(Active Server Pages)である。
 Windowsは頻繁にセキュリティホールが発見され、ワーム等も蔓延することから、セキュリティ・パッチはすべて当てており、また、IPを限定したターミナルサービスにより外部からでもアクセスしシステムのメンテナンスが行えるようにしている。
 また、アタック、クラッキング等の監視のため、常駐のモニターソフトウェアを導入し、設定したレベル以上のシステムに対する外部からの働きかけは自動的にメールで管理者に送信されるようにしている。
 なお、2001年4月にインターネットにWeb版システムを公開したが、その時点ではシステムはPentiumII 400MHzのデュアル、メモリー256MB、WindowsNT 4という構成であった。このサーバーを2002年8月に更新し、現在に至っている。


4.システムの利用状況

 Web版HRMチェックリストをインターネットで公開したのは2001年4月である。ほとんど広報等は行っていないが、サーバー入れ替え時の2002年8月から2003年8月現在までのアクセス数は5000ビューに達し、入力されたデータも個人票が約600件、会社票が約200件となっている(2001年4月のシステムのインターネット公開時点からの通算)。この数は入力されたデータから、一定の基準により真にデータとして入力されたと考えられたものに限定した数である。
 固定IPで継続的に公開していることから、Yahoo!あるいはGoogle等の検索エンジンにおいても、たやすくヒットするようになっており、このような検索エンジンで本システムのことを知り、問い合わせてくることも多くなっている。前回の報告書もPDF形式で全文をインターネットで公開していることから、検索エンジンで報告書の方に気がつき、そこからWeb版を知り、使ってみるということにもなっている。


5.今後のシステム

 現在、Web版として公開しているのは、簡易なデモ版である。構想としては開発してきたすべての尺度、チェックリストを、インターネットを通じて公開することを考えている。また、報告書や関連の資料等もネットで公開し、すべての情報がインターネットを通じて取得できるようしようと思っている。
 開発してきた尺度、チェックリスト、また、その利用活用のための関連資料等をすべてインターネットにより公開することによって、調査研究、あるいはビジネスの実践場面で使われる基盤としての尺度、チェックリストになるものと考えている。

研究開発支援システム

 Web版HRMチェックリストは前章の通り、Windows2000サーバーで稼動しているが、このサイトを運営するために、Linuxのサーバーも用意している。このサーバーの主たる役割はDNSサーバーとして、サイト内のIPとドメイン名を管理することであるが、これ以外にも、今回の研究開発プロジェクトを進めるために、様々なシステムを開発し運用している。
 今回の研究は関係者が十数名となるプロジェクトとして進められたが、メンバーはそれぞれ別々の職場に勤務しており、頻繁に集まることは困難であった。そのため、ここで紹介するシステムをこのLinuxサーバーに設定し、情報の共有等、様々な研究開発支援に活用した。ここではLinuxサーバーを活用した、今回のプロジェクトの様々な関連システムを紹介することにする。

1.システムのコンポーネント

 研究開発支援システムとしては、大きく次の3つのものがある。まず、メーリングリスト(以下ML)でのメンバー間の情報交換、次にメンバーの共有、共用の情報をネットのサーバーに置くこと(WebDAV:Web Distributed Authoring and Versioning)、最後に、サーバー群を24時間管理保守できるよう、リモートでコントロールできる仕組みである。

○メーリングリストでの情報伝達
 MLは現在、インターネットでは広く用いられている。趣味のグループや同窓会のメンバーの情報交換等が多いが、仕事や研究開発等でも使われ始めている。MLのメンバーとしては、通常のメールの操作とまったく同じ操作で、メンバー全員に情報を伝達できるため、非常に簡便にメンバー内の情報交換ができる。
 しかしながら問題は、インターネットでのメールが通常はそのままのテキスト、平文で送られてしまうことである。趣味や同窓会等、他の人に盗聴されてもさして問題ないものであればよいが、仕事で使う、あるいは研究開発で使うとなると内容が漏洩することのないよう暗号化して送る必要がある。MLでの暗号化は少し込み入った工夫が必要となるが、このために考えた仕組みは次節で述べている。仕事や研究等でMLを使うことになると暗号化は必須の要件であるが、意外なことにここで紹介しているような仕組みを導入した例はほとんど見られない。
 今回のMLはlinuxサーバーにsendmailとfmlを導入し実現している。Sendmailもfmlも無償で利用することができるUNIX系の定番ソフトウェアである。

○WebDAVでの情報共有
 研究を進めるにあたり、情報の共有も必要となる。研究で必要とされるデータ、原稿の草案等をメンバー内で共有するものである。ファイヤーウォール内のLANやイントラネットであればファイルサーバーにファイルを置けば良いのであるが、メンバーが別々の職場にいるような場合はセキュリティを確保した上で、ネット上のサーバーにファイルを置くことになる。
 小さなファイルであればメールの添付ファイルとすることもできるが、添付ファイルの容量に制限を設けている職場が多くなっており、また、プロジェクトで共通に必要となるファイルが多数ある場合はメールでの添付ファイルだけではすまなくなる。
 Linuxでのファイル共用としてはsambaが定番ではあるが、これはもともとLAN、イントラネットで使われることを前提に作られ利用されているものである。ネット上のサーバーで利用することはセキュリティ、情報の漏洩等で問題がある。そのため、今回は、最近利用が広がり始めたWebDAVによりファイルの共有を実現している。
 WebDAVはWebサイトの運用システムであるApache、IIS5により実現されるようになった機能であり、クライアントはWindow、Macintosh他異なるプラットホームからでも、ネット上のファイルサーバーを利用できる。Windowsの場合、「ネットワークプレイスの追加」により設定をすると、ネット上のファイルサーバーを、あたかもローカルディスクの一つのように扱うことができ、ネット上のファイルサーバーと自分のPCの間でカットアンドメーストによりファイルの交換ができる。また、機能としては通常のWebサイト閲覧と同様、HTTPだけを使っているため、職場でファイヤーウォールにより、プロトコル、ポート等が制限されていても問題なく使える。またSSLでの暗号化を併用できるため、データの送受信において内容が漏洩する心配もない。
 今回はこのWebDAVによりデータや草稿等をネット上のサーバーに置き、情報の交換に活用したが、念のため更にファイル単位のパスワード(エクセルやワードのファイルは開くためにパスワード)も併用した。また、情報の交換が終了した時点でファイルはネット上から削除することとして運用した。

○リモートコントロールと常時監視
 今回のプロジェクトで利用したサーバーは研究所のサーバー室に設置しているが、セキュリティ・ホールが次々と見つかり、その対策を即座に行う必要がある現在、サーバーを遠隔から管理、保守できることは必須の要件となっている。本稿を執筆中にもワーム「MSブラスト」の世界的蔓延が問題となり、セキュリティ・ホールをふさぎ、万が一感染してしまった場合は即座に除去することが求められている。このワーム「MSブラスト」はWindows系のマシンにのみ感染するものであり、Windows系には世界的に蔓延するワームやウィルスが多数出現しているが、Linux系のソフトウェアにもこのようなワーム、ウィルスとして悪用されるセキュリティ・ホールは存在しており、厳密にはこのような問題点が発見されてから24時間以内に対策をとらないと危険であるとされている。このため自宅からあるいは出先からサーバーにリモートでアクセスし保守管理できることが必要となる。
 本プロジェクトに関連するサーバーはSSHにより、リモートからアクセスできるようにしている。以前はtelnetが使われたが、telnetは送受信が暗号化されていないため、セキュリティ上問題がある。そのためSSHだけでアクセスできるようにしている(SSHのポートのみを開けている)。さらに悪用等の防止のため、特定IPからのSSHのみを受け付けるようファイヤーウォール等も設定している。また、リモートのLinuxマシンが場合はSSHのXプロトコル転送機能を用いて、X windowsのアプリケーションをクライアント側で起動し、そのアプリケーションでサーバーを管理できる(kterm等)。
 サーバーに対するアタック、クラッキング等の兆候を監視するため、一定レベル以上のサーバー側での動作をメールとして報告する仕組みも設けている。Linuxサーバーはログ監視ソフトウェアであるlogwatchを導入し、設定している。Windowsサーバーは、今回も様々な開発をお願いした細川雄司氏のNtrEventLogMonitorを導入している。Linuxサーバーのlogwatchは一日、一回、メールサーバーやSSH等々の状況をメールで送信するようにしており、Windowsサーバーはワームやクラックの危険性がより高いため、常時、一定レベル以上の動きを、監視し、メールで報告するようにしている(パスワードが正しくない等、クラッキングの前兆が疑われるもの等々)。


2.メーリングリストでの暗号化

 電子メールでのやりとりは便利な反面、インターネット上を平文(テキスト)で流れるため漏洩の可能性を否定できない。電子メールで漏洩を防ぐためには暗号技術が不可欠であるといえる。暗号技術としては、PGPやGPG、S/MIMEなどがあり、それぞれ一長一短がある。PGP(Pretty Good Privacy)は「公開鍵」と「秘密鍵」の2つのキーを利用した暗号方式であり、暗号化技術としては既に古いものとなり、GPGやS/MIMEが置き換わろうとしているが、現在のところPGPが暗号化技術の主流であるといえる。また、メーリングリスト(以下ML)を実現しているfmlで稼動するものとしては、PGPが唯一のものであるため、これを使ってMLを暗号化する仕組みを工夫することとした。

 PGPの仕組みを簡単に説明すると、以下のようになる。

  ・AさんがBさん宛にPGPを使って暗号を送る場合
    a. Aさんは文書をBさんの公開鍵を使って暗号化
    b. Bさんは送られた文書をBさんの自分の秘密鍵で復号化

 この例では、暗号化はされており漏洩の心配はないが、この文書が「確かに」Aさんが送ったものかは不明確である。そのため、この文書が確かにAさんの書いたものであることを示す「電子署名」を次の例のように行う。

  ・AさんがBさんに電子署名付きの暗号で送る場合
    a. Aさんは文書をBさんの公開鍵で暗号化し、Aさんの秘密鍵で電子署名
    b. Bさんは文書をAさんの公開鍵で電子署名を確認
    c. 電子署名確認後、Bさんは文書を自分の秘密鍵で復号

 これでPGPを使った暗号化と本人確認ができることになる。しかしながら、PGPは一対一を想定しているため、メーリングリストで暗号文を送ると次のようになる。

  ・test-ml@hrsys.net(MLのアドレスの例)に送る場合
    a. AさんはBさんの公開鍵で暗号化、自分の秘密鍵で電子署名して送信
    b. メーリングリストはAさんからのメールを受けAさん、Bさん、Cさんに配信
    c. Bさんは自分の秘密鍵で復号できるが、AさんとCさんはBさんの秘密鍵を知らないので、復号できない。

 このため、MLでの暗号化には工夫が必要となる。fml(メーリングリストソフト)では以下のような仕組みで暗号化を実現できる。

  a. Aさんはtest-ml@hrsys.netの公開鍵を使って暗号化、自分の秘密鍵で電子署名を行い送信
  b. fmlは受け取ったメールをAさんの公開鍵で電子署名を確認後、自分の秘密鍵で復号する(自動処理)。
  c. fmlは復号したメールを登録された各アドレスの公開鍵を使って暗号し、各アドレス宛に配信
  d. MLのメンバーは各々の秘密鍵を使って復号しメールを読む。

 前提として、暗号化メーリングリストの登録者(購読者)は全員PGPの公開鍵をfmlに事前に登録しておくことが必要となる。また、fmlは一旦復号し、各登録アドレスの公開鍵で再度暗号化するため処理にかかわる時間の問題が出てくる。このためMLのメンバーが数百人規模になると運用が難しいことになるが、今回のプロジェクトは20名程度のメンバーであるためこの方式で運用することした。

PGPのインストール画面


3.今後の運用等について

 今回開発したMLでの暗号化等は、他に例のないユニークなものである。また、WebDAVも最近話題になり始めたものであり、LinuxやApacheのバージョンによっては動作しないものがある等、まだまだ、先端的な使い方といえる。アタックやクラックを監視し、メールで知らせるシステムも今回、作成し導入している。
 これらはいずれも、今後、ネット上で研究や仕事の情報交換や情報共有を行う、また、ネット上のサーバー等を管理するためには非常に有効なもの、一部は必須のものと言える。本プロジェクトと平行してこのようなシステムを作成できたことは、今後の研究開発に非常に有益であるといえる。
 しかしながら、問題がないわけではない。例えばMLでの暗号化等は、プロジェクトのメンバー全員が使いこなせなくては意味がないものであるが、先端的な、他に例のないものであるため、当然ながらメンバーのリテラシーが重要な要件となる。通常のメールやWebブラウジング等は、ほぼ誰でもできるものとなっているが、ここで開発システムはメンバーに利用法の教育が必要であり、この教育がなければ十分や活用ができないものと言える。
 今回開発したシステムは、ユニークな先端的なシステムではあるが、メンバーが使いこなせて始めて有効になるものであるといえる。このような研究開発に必要となるシステム、研究開発を促進できるシステムはまだまだ多くのものが考えられる。また、できあがったシステムをより使いやすいものとする改善も必要である。今後ともこのような研究開発支援システムを整備、拡充していきたいと考えている。


参考文献
一条博「WebDAV分散ファイル共有環境の作成」テクノプレス2002
サーバー構築研究会「TurboLinux8ネットワークサーバ構築ガイド」秀和システム 2003


V部 むすびと関連資料

おわりに

 本プロジェクトで開発したHRMチェックリストは現在まで一万名近い従業員に実施され、利用されている。このチェックリストを実施した会社も100社を超えている。職場で実際に働く従業員の多面的な測定結果が、その企業データとセットでこのように多数あることは非常に貴重なデータといえる。
 本プロジェクトの発端は、1990年から1992年にかけて日本労働研究機構で行われた「モティベーションに関する研究会」である。この研究会では、外部委員に松井賚夫氏(立教大学名誉教授、駿河大学教授)、木下敏氏(本報告書執筆者のひとり)を迎え、研究所の研究員がメンバーとして集まり、モティベーションの理論やモデル、企業や組織での実践等について検討を行った。その過程で、米国には組織診断や組織の活性化のための様々な測定尺度があり、研究面においてもビジネスの実践面においても活用されているが、日本ではそのような尺度が整備されていない。研究や実践の基盤となる尺度がないため、結果的に、学問的なデータの蓄積も日本ではできていない、ということが話題となった。本プロジェクトはそれ以来、組織診断、組織の活性化、雇用管理等々で用いる尺度やチェックリストを整備してきたことになる。
 筆者はその後、1992年から1993年、米国メリーランド大学経営学部に客員研究員として在籍したが、エドウィン・ロック教授等の研究会や大学院の授業に出席し、日本ではなかなか科学的なデータの蓄積が進まないマネジメントの分野において、どのように研究し、どのようにナレッジとして集積していくかを身近に体験した。メリーランド大学経営学部在籍中はロック教授の隣の研究室であり、大の親日家でもあるステファン・キャロル教授に親しくしてもらい、ちょうどキャロル教授が客員教授として東京経済大学に就任し、日本に滞在している間、キャロル教授の研究室を貸していただいたということもあった。キャロル教授にはその後も、本研究に係わる様々な情報の提供をいただき、共同研究等も行ってきた。
 尺度の開発、整備は、当初は小規模であったが、筆者が在外研究から帰国後、木下敏先生の早稲田大学アジア太平洋研究センター(当時の名称は「システム科学研究所」)との共同研究として、一気に多数の尺度、チェックリストを整備できた。このときの成果をまとめたものが前回の報告書(調査研究報告書No.124)である。
 帰国から十年が経過し、データや企業での実施結果もかなり集まったことから、ひとつの区切りとして本報告書を刊行することとなったが、編集を終わるにあたり、様々な面でまだまだであると感じている。現職の従業員8千名の貴重なデータがありながら、データを分析し、チェックリストを再構成するという点でも作業は完了していない。8千名のデータと企業データを接続し、さまざまな分析が行えるが、この分析も不十分である。企業での実際の活用事例も、ここで取り上げたもの以外に多くのものがあるにもかかわらず、まとめることができなかった。
 また、ここで作成した尺度やチェックリストはインターネット等を通じて、広く利用いただけるものにする構想であるが、インターネットで提供しているのはほんの一部の簡易的なものである。このように編集を終わるにあたり、様々、不十分な点はあるが、利用したいという多くの問い合わせがあることから、現状でも利用、活用していただけるもの、また、使われることによってデータを収集し、さらに良くしていけるものと考え、公表、刊行することとした。データの分析においても多くの残された課題があり、研究開発も多くの懸案が残っているが、これはそれだけ今後、研究や発展の余地があるもの、これからまだまだ伸ばしていけるものであると言うこともできる。
 最後に、このデータ収集にご協力いただいた一万名近くの従業員の方々、百社以上の経営者や人事担当者の方々に、忙しい業務のなか、ご協力をいただいたことを心より感謝申し上げたい。さらに、本報告は執筆者十数名の研究活動の賜物であると考えている。忙しい中、データの分析・検討、原稿の執筆をしていただいたことに感謝申し上げたい。
 本プロジェクトが十年に及ぶ長いプロジェクトであったため、その間に、何人もの臨時研究助手の方にお手伝いいただいた。浅井千秋、音山若穂、太田さつき、田中健吾、住田修平の各氏である。以前の臨時研究助手の方はすでに大学の教員等となり活躍している。また、現在、臨時研究助手としてお手伝いいただいている人もいる。論文等の収集・整理、データの集計・分析、企業へのフィードバック報告の作成、報告書の編集補助等々、様々、尽力いただいたことを深く感謝している。

関連資料

  1.基礎統計表
  2.抄訳「高業績組織への道-よりよい仕事とよりよい経営へのガイド」米国労働省
  3.On a new pattern of employees’relationships with organization
  4.HR Web survey on small and growing businesses
  5.関連発表等

1.基礎統計表

A:個人用・従業員用HRMチェックリスト基礎統計表

回収数(性×職種別)
回収数(企業規模×業種別)
HRMチェックリスト(性別・年齢別)
HRMチェックリスト(職種別)
HRMチェックリスト(職位別)
HRMチェックリスト(会社規模別)
HRMチェックリスト(業種別)

B:会社用・人事担当用HRMチェックリスト基礎統計表

経営行動(規模別・業種別、上段度数、下段%)
雇用管理上の課題(規模別・業種別、上段度数、下段%)
会社の現状(業種別)
会社の現状(規模別)

人事制度等(業種別・規模別、上段度数、下段%)
賃金制度等((規模別・業種別、上段度数、下段%)
組織・チーム(規模別・業種別、上段度数、下段%)
経営戦略(業種別)
経営戦略(規模別)

雇用管理施策・組織業績診断チェックリスト(業種別)
雇用管理施策・組織業績診断チェックリスト(規模別)

C:Web版基礎統計表

Web版HRMチェックリスト個人用(性別・年齢別)
Web版HRMチェックリスト個人用(職種別)
Web版HRMチェックリスト会社用(会社規模別)
Web版HRMチェックリスト会社用(業種別)
Web版HRMチェックリスト会社用(相関表)

2.抄訳「高業績組織への道-よりよい仕事とよりよい経営へのガイド」

 ここでは参考までに米国労働省(1994)のRoad to high-performance workplaces― A Guide to Better Jobs and Better Business Results―を抄訳し紹介する。これはU.S. Department of Labor:Office of the American Workplace(OAW)が作成したものである。
 この組織(OAW)は改組によりすでに無くなっているが、従業員と企業経営の双方にプラスになる新たなマネジメントを紹介し、チェックリストによりそれを確認できる冊子となっている。ガイド、指針であるが、ここで説明される新たなマネジメントを経営者、管理者、従業員に勧告するものともなっている。

I.技能と情報


 ハイ・パフォーマンス企業は、従業員を価値ある資産としてとらえ、それに見合った投資を行っている。こうした企業では従業員の学習に関して基本的に考え方を改めている。かつて特定の職務に対する教育訓練であったものを、問題解決能力や顧客や同僚、また他部門と相互作用する能力を従業員に装備せしめる技能強化に切り替えつつある。また教育訓練を継続的な生涯学習として捉えている。
 この種の知識をベースに、自分たちのサービスや製品の提供の仕方に影響する自らの意志決定の機会を得るが、こうした情報の共有は従業員の職務満足感に結びつき、高品質や顧客満足度向上への心掛けにつながる。

(1)教育訓練と継続的な学習

 ハイ・パフォーマンス組織は、教育訓練と継続的な学習に大きな投資を行っている。従業員の為の教育と基礎技能の向上に賃金コストの 5 パーセント以上を費やす企業もあるが、それが従業員の作り出す製品やサービスに効果をもたらす。OFF-JTとOJTが一般的だが、配置転換によって従業員にさまざまな仕事を経験させ、複数の技能を習得させる企業もある。
 このような企業は、教育訓練がすべての従業員にバランスよく行き渡った時に、その投資が最も効果的になることを理解している。生産、品質管理、顧客サービスへと従業員の責任範囲が広がるにつれて、課題の解決やチームづくりといった新しい技能や、ビジネス遂行能力が必要となる。管理職に対しては、戦略的な計画立案者、コーチ役や教育者、また支援者といった新しい役割を果たすための教育訓練が必要となる。

【実証研究】
 1984年以降に教育訓練プログラムを導入した企業は、導入しなかった企業に比べて、1986年までの生産性を19%向上させた。

  引用:Bartel, Ann.(近刊)“Productivity Gains from the Implementation of Employee Training Programs” Industrial Relations.

 教育訓練は品質向上にも貢献する。ミシガン州の中小製造業157社(従業員数500名以下)を対象とした調査によると、教育訓練を強化した結果、不良品の発生率が大幅に低減した。例えば1人当たり平均15時間である教育訓練時間を2倍にすると、不良品率が7パーセント減少するといったことを示唆するものであった。

  引用:Holzer, Harry et al.(近刊)“Are Training Subsidies for Firms Effective? The Michigan Experience”Industrial and Labor Relations Review.

【事例:NUMMIとRemmele】
 カリフォルニア州フリーモントにあるNew United Motor Manufacturing Inc.(NUMMI)では、自動車の製造ラインに配置される従業員は、配属前に問題解決技能の広範な教育訓練を受ける。初期の教育訓練には10~15種類の課題があり、従業員は各課題を優秀な成績で修了しなくてはならない。続いて従業員は4~6人のチームを組んで作業をし、ほぼ全員が全ての単位業務をローテーションで経験する。従業員は、安全、品質、コストなどあらゆる面に責任を持つ。熟練作業員の中には、ロボット工学や工場の保守などの新しい役割を担うべく、さらに交叉訓練(cross training)を受ける者もいる。
 NUMMIは自動車業界の転換を示す代表例である。かつて問題の多かったNUMMIは、General MotorsとトヨタとUAWによってパフォーマンスの高い合弁会社へと転身した。従業員のほとんどが元のままなのにもかかわらず、教育訓練と新しい企業指針によって仕事と企業文化が劇的に改善されたのである。この成功を達成するにあたり、教育訓練は特に重要であった。その企画と実行に主導的役割を果たしたのは、従業員と組合代表者である。数百人の従業員が日本を訪れ、3週間にわたり製造ラインと対人関係に関する集中講義を受けた。日本から帰国した従業員が、中心となって新入社員の教育を担当した。組合代表者のうち数人は、NUMMIの人事部専任として、教育訓練とオリエンテーションに専念した。新入社員はいずれも8日間にわたるOFF-JTの後、製造ラインでのOJTに移行した。
 長い教育期間が生産開始を遅らせたが、最高品質の生産を実現するためには、それが不可欠であったことが後に証明された。1992年、NUMMIの乗用車で販売後不具合が発生したのは、平均で100台あたり83件にとどまったのである。当時、米国での平均の不具合件数は、100台あたり125件、アジア製は105件であった。

 Remmeleはミネソタを拠点に5つの工場を持つ会社で、フォードやIBMなどの部品を製造している。同社はまた、オートメーション・システムの設計も行っている。
 Remmele社の設立者は45年前、存続と成功の為には教育訓練が重要であると考えた。会社の長期の方針として、従業員はまず生産の基本となるカリキュラムを履修する。統計的工程管理、予防保全、欠陥品ゼロの品質主義といったものである。「トレーニーをトレーニングする」という必修コースでは、学ぶことと同時に人に教えることも教育される。コースの履修には90~109時間を要する。これに加えて数学や英語の補習、更に17の選択科目が用意されており、従業員が技能をアップデートさせたり、新しい技能を身に付けることが可能となっている。地元の大学での授業料も援助される。
 460名の従業員がこれらの教育訓練を受け、その労働力は収益向上に貢献した。1977年以降、収益は1千万ドルから7千万ドルまで上がったのである。

【チェックリスト】

□ 教育訓練費と能力開発の為の投資額は、人件費内での比率が競合他社より高いか?
□ 継続的な学習を支援するプログラム(配置転換、部門横断的なグループ学習等)があるか?
□ 教育訓練費用は、全従業員にバランスよく行き渡っているか?
□ 教育訓練プログラムは効果的か?どのように効果を測定しているか?

(2)情報の共有化

 ハイ・パフォーマンス企業は、情報を共有することが成功の鍵であると考えている。多くのハイ・パフォーマンス企業は、財務・経営データを開示し、電子メール、グループウェア、ネットワークといった新たな情報技術を導入しており、それにより情報が組織の隅々まで行き渡り、迅速に行動するために必要な知識が従業員に提供されるのである。
 こうした企業が伝達する情報はどのような種類のものであろうか。企業戦略や計画、組織の優先課題、予算の制限、各事業部門の業績、競合他社の業績、新技術の導入計画などである。この情報開示が効果を発揮するためには、情報の解釈や活用方法について従業員を教育する必要がある。
 成功を確実にするには、組織の隅々まで情報が行き渡る必要がある。従業員の意見や知識が、組織内の全レベルに伝達され、それに対して組織がレスポンシブでなければならない。このように内部情報伝達システムが整備されている企業では、生産性、品質、顧客サービスが向上している。


【実証研究】
 情報の共有化はチームワーク向上や教育訓練など、他の雇用管理施策と絡めて実施されることが多い。情報の共有化は、ハイ・パフォーマンスを実現する他の要素と組み合わせて行われ、単独で実施される例はほとんどない。しかしある研究では、投資収益と経常利益が、情報の共有化をはじめとする人的資源開発と正の相関を示している。正の相関はそれが導入された年以降6年にわたって毎年確認された。

  引用:Denison, Daniel.(1990)Corporate Culture and Organizational Effectiveness. New York:John Wiley and Sons.

【実例:Springfield Remanufacturing Corporation】
 International Harvesterの関連会社であったミズーリ州スプリングフィールドのSpringfield Remanufacturingでは、従業員ともどもの事業部門の買い取りにより業績不振の工場と失業双方が救済された。借金を抱え込んだ新会社を立て直すため、CEOは119名の従業員全員に四半期報告書を配布し、財務情報の読み方、理解の仕方についての教育訓練を徹底した。従業員はビジネスの流れを理解するに従い、自分達がどのように品質や利益に影響を及ぼすか認識するようになった。その結果、エンジン再生工場の売上と顧客サービスは劇的に向上し、それに伴って利益も上がるようになった。Wall Street Journal誌によると、1993年12月の株式分割前(3回株式を分割している)の株は18.6ドルとなった。これは、買収当時の10セントに比べて大きな上昇である。同じ期間に、従業員の株式投資信託は6千ドルから550万ドルに上昇した。収益は1983年の約1800万ドルから1992年の7300万ドルまで向上した。

【チェックリスト】

□ 従業員全員に、経営の実績、財務目標、組織の業績に関する情報を行き渡らせているか?どのように情報開示を行っているか?
□ 従業員は、こうした情報を活用する為にどのように教育訓練されているか?
□ 組織の上から下へ、下から上へ、組織の隅々まで情報が伝達されるよう、内部コミュニケーションの為のメカニズムがあるか?


II.参画、組織、パートナーシップ

 多くのハイ・パフォーマンス企業は、従業員が顧客に最も近い立場にいることを認識している。従業員は製品やサービスに関する多くの知識や情報を持っていると同時に、品質や効率に大きな影響を及ぼす立場にもある。ハイ・パフォーマンス企業では、従業員の参画を促進するため、組織構造をフラット化し、従業員チームに責任を持たせ、また仕事と生産に影響する様々な日々の意思決定への参画を求めている。
 経営側と従業員間のあつれきが消えて進歩への障壁が取り除かれ、パートナーシップと協力が生まれる。従業員と組合が企業の運営に対しても生の声を投げかけ、従業員自身が企業の卓越性の向上に努めることになる。
 それが組織全体の結果として現れる。従業員の自主性が高まり、従業員への報酬は生産性の改善へ結びつき、従業員のコミットメントは高まる。こうして企業は、より迅速に顧客の要請や市場の状況変化に対応できるようになる。

(1)従業員の参画

 ハイ・パフォーマンス組織では、学習する組織として従業員に新しい役割を担うことを奨励している。従業員は問題解決者となり、自身を管理し、事業家となる。従業員の参画が高まると、日々の決定の中に従業員の意志が取り込まれるようになる。
 QCサークルや自立的チームなどの革新的な組織やプログラムが、こうした新しい役割や責任を強化する。変革や改善を企画・実施する責任を従業員に委譲する度合いが高まるにつれて、プログラムの効果も上がる。
 同じタスクを一人に何度も繰り返させるやり方を改め、従業員チームを作って全てのプロセスを行わせる企業は特に効果を上げている。それがプログラムの失敗を防ぐことになる。管理職の権限を従業員チームに委譲することも多い。従業員チームが採用・解雇を行い、ワークフローを計画し、生産効率を高める方法を企画、実施し、安全性や品質向上に努めるのである。

【実証研究】
 従業員に提案を奨励し、職場改善の実施の権限を与えることを通じて、従業員の参画が一層効果的になることが多くの研究結果から見出されている。従業員の参画とそれを支援する人的資源管理を統合すると、生産性が更に高まる効果をもつことが示唆されている。
 伝統的企業を対象とした29の研究をレビューしたところ、従業員の参画と生産性との間に正の関係が見られたものが14件であったのに対し、負の関係を示したものは2件だけであった。残りの13件は混在した結果を示していた。この研究では参画の度合いが生産性を決める重大な決定要因であると結論づけている。単に意見を仰ぐといった形をとるよりも、直接意志決定に参加させる方が、長期的に見て更に高い効果をもたらしている。

  引用:Levine, David & Laura D'Andrea Tyson.(1990)“Participation, Productivity, and the Firm's Environment”. In Paying for Productivity, ed. by Alan Blinder. Washington:The Brookings Institution. pp.183-235.

【実例:Corning Industries】
 Corningではサービス改善のため、情報システム部門の従業員にCorningのスタッフとしてではなく、社外のサービス会社と競合する顧客サービス部門の立場から、仕事の見直しをさせた。そして顧客満足度を高めるため、情報システム部門の従業員の約半数が自主管理のワークチームを組織した。ワークチームには、上部の命令にわずらわされることなく重要な決定を行う権限が与えられている。チームメンバーは採用と解雇を決定し、予算を見積もり、利益の向上を提案し、教育訓練法の改善を行う。その結果Corningでは、サービスの質が向上し、ミスが減り、運営費用も従業員満足度も上がったのである。次の課題は、経営陣の役割をメンター、アドバイザー、コンサルタント、よきスポークスマンへと変革することである。

【チェックリスト】

□ 従業員は継続的に仕事のプロセスを改善し、職務の見直しを積極的に行っているか?
□ 従業員は品質、生産性、安全、その他の問題を解決するために、仕事のプロセスを容易に変更できるか?
□ 従業員は問題解決、新技術の導入、製品やサービスの内容変更、顧客の応対などに積極的に関わっているか?
□ 個人やチームが提案を行ったとき、その提案の検討結果について必ずフィードバックを受けているか?

(2)組織構造

 ハイ・パフォーマンス企業は組織内の最下層にまで意志決定を行わせ、チームを活用して部門間の障壁を取り除いている。これによって従業員の参画と権限委譲を組織構造に組み込むのである。プロセスを合理化し、階層をフラット化する企業は、市場状況や技術動向の変化によりうまく対応できる。
 こうした企業は従来の枠を越えて仕事を組織することにより、不具合や設計上の不備を減らし、より効率的に、よりよい製品とサービスを提供することができることを認識している。設計者、エンジニア、マーケティング担当者、生産担当者から成るチームを作って新製品を企画し、後々のプロセスで発見される潜在的な問題を突き止めた企業もある。
 横断的チームによって従業員は生産プロセス全体への理解を高め、企業全体のパフォーマンスに対して、自分たちの決定が及ぼす効果を認識することができる。チームワークは部署から部署へ責任が転嫁される問題も防止することができる。責任転嫁ではなく、プロジェクトの効率と成功を享受することができる。

【実証研究】
 MITが、同程度の技術を持つ自動車工場を対象に比較研究を行ったところ、柔軟な生産システムを用いている工場(教育訓練が広範に渡り、成果報酬、部門横断的チーム、問題解決グループ、品質管理の権限委譲等を取り入れている工場)では平均22時間で1台を製造し、1台あたりの欠陥は0.5件であった。一方、従来型の工場では30時間で1台を製造し、1台あたりの欠陥は0.8件であった。

  引用:MacDuffie, John Paul.(June 1993)Human Resource Bundles and Manufacturing Performance. Mimeograph, Wharton School, University of Pennsylvania.

【実例:Edy's Grand Ice Cream と Chaparral Steel】
 インディアナ州フォートウェインにあるEdy's Grand Ice Cream$では、製品自体は問題ないが、自分達の決定がどのように最終決定に影響しているかを従業員が理解していないという問題があった。1990年、従業員数137名の同社は、組織の見直しを決意した。現在、従業員と管理職(現在ではどちらも“associates”と呼ばれている)から成るチームが、短期的で利益に結びつく目標を理解し、それに対する責任を持っている。部門横断チームは事業部門ごとにまとめられて、品質、個々の業務目標、内部的なスケジューリング、規律、教育訓練、採用、給与表、キャリア開発に至るまで、全てについて責任をもつ。
 このシステムは、サイクルタイムの67パーセントの短縮、在庫数の66パーセントの削減、生産性の57パーセントの向上、事業売上高の830パーセントの上昇に寄与した要因ともなった。

 Chaparral Steelは、Texas Industries, Inc.とCo-Steel, Inc.の合弁会社である。様々な鉄製品を低コストで製造する目的で、1973年に設立された企業である。設立当初、同社は4階層の管理職層を有する組織構成であった。その後、意志決定権は最も効果的と思われる部門に委ねられ、従来の仕事の壁は取り払われた。今日、935名の全従業員が販売部門に関わっており、顧客クレームの処理にあたっている。請求書の発行、信用販売、発送など、従来の販売部門の機能はすべて1つの顧客サービスセンターで処理されているが、そこに従業員誰でもが簡単にアクセスできるようになっている。
 Chaparralの雇用管理の1つに、毎年とらなくてはならない教育休暇プログラムがある。このプログラムでは顧客訪問、優良企業の見学、世界各地の大学視察によって、新しいプロセスや技術を学ぶことが義務づけられている。その結果、Chaparralの生産部門の従業員は新しい鋳造技術を創り出し、それを試すことが出来た。これによりコストとサイクルタイムが大幅に削減され、1トンを作るのにかかる時間は世界一にまで短縮された。このような効率性により、資本支出に6540万ドルを投資することができ、追加債務を発行することなく、3年間に5840万ドルの債務を返済することができたのである。

【チェックリスト】

□ 管理階層を減らす組織的努力が最近なされているか? なされている場合、あるいはなされていない場合の理由は何か?

□ 従業員の多くが、十分自主性のあるワークチームに参加しているか?
□ 組織の壁を越えて革新的なアイディアを共有できる部門横断チームなどの機能があるか?

(3)従業員と管理職間のパートナーシップ

 真の効率化のために、ハイ・パフォーマンス企業は従業員と管理職間の対立的な壁を取り除いた。その代わりに従業員や組合とのパートナーシップを追求している。それには相互の信頼と尊敬が必要となる。その際ポイントとなるのは責任と義務を共有し、従来管理職だけが行っていた意志決定を従業員と管理職が共同で行うことである。
 従業員、組合指導者、管理職が、ばらばらに議題を持ち込むのではなく、皆が一丸となって共通の使命や目標を作り上げる。企業の健全さが従業員全員にとって大切であることを認識し、企画や問題解決をあらゆるレベルにおいて共同で行う努力をする。
 組合のある企業では、労働側の代表が意志決定過程の統合的な役割を果たす。たとえば、Saturn Corporationでは組合代表が社内の各管理レベル、従業員レベルの管理職とパートナーの関係を結んでいる。まだ標準化こそされていないものの、従業員と管理職の合同委員会がある職場は相当数にのぼる。教育訓練、安全、スケジューリング、品質保障、採用の決定などが合同委員会で決められている。ハイ・パフォーマンス企業では、更にパートナーシップを機能させるための様々なツールを活用している。例えば、コンフリクト解消、当事者双方の利益をを考えた問題解決や、総意に基づく意志決定等である。
 社内の統治機構が大きく変わった革新的な事例もある。そこでは権力や権利ではなく、信用に基づく委任が行われている。長々とした団体交渉合意書は、短くコンパクトになり、代わって当事者双方への新しい役割と責任の割り当てが記されている。

【実証研究】

 労働者側と管理職側の関係が協調的な場合、職場が効果的に運営されることが見出されている。双方の対立が少なく、その対立が迅速に解消され、従業員の自律性が高く、フィードバックがきちんと行われ、従業員の自発的な変更が多い職場と、そうでない職場とを比較した研究がある。その結果、進歩的な関係を持つ職場では、従業員の無駄な労働時間が75パーセントも少なく、従業員1人あたりの欠陥個所は42パーセント少なく、逆に労働生産性は17パーセント高かった。

  引用;Cutcher-Gershenfeld, Joel.(1991)“The Impact on Economic Performance of a Transformation in Workplace Relations”. Industrial and Labor Relations Review 44:2. pp.241-260

【実例:AT&TとCWA/IBEW】
 1980年代初め、変わりゆく経済状況に対応して、AT&Tと従業員を代表する2つの組合が相互の関係の見直しを行った。Communications Workers of America(CWA)とInternational Brotherhood of Electrical Workers(IBEW)の2つの組合である。そこで生まれたのがQWL(Quality of Work Life)プログラムであり、AT & Tが従業員参画へと踏み出す最初のステップとなるものであった。
 1992年には、これら3者の協力による努力が頂点に達し、協定成立をめざした最初の交渉が行われた。この協定はWPOF(Workplace of the Future)と名付けられた。AT & Tと2つの組合は、力を合わせて、製品とサービスの質を向上させると同時に、従業員のビジネス参画を促進し、相互関係を変革することに努めた。WPOFは組合役員とAT & Tの管理職層から構成され、変革の為の刷新的な方法を共同で見出すことを目的としていた。「企画委員会」は主要なビジネス上の決定に組合を関わらせるものであった。「建設的関係づくりの為の委員会」では、契約的合意のもとプログラムや指針をレビューしている。「人材ボード」は従業員と会社を左右するような、長期的な国際戦略についての発言権を、この3者すべてに与えている。1994年末までに、組合を代表する者の90パーセント近くが合同企画委員会に参加することになる見込みである。

【チェックリスト】

□ 従来管理職層だけが決定していた、新技術、品質、安全等に関わる事柄について、従業員とその代表が決定に参画しているか?
□ 労働組合がある場合、組合と経営側は共同で決定を行っているか? 団体交渉は、双方の利益を重視し、協調的な問題解決を行っているか?
□ 企業と組合は労使協調に導くような革新的な団体交渉協定を結んでいるか?


III.報酬、雇用の保障、仕事環境

 分権化されたハイ・パフォーマンス職場では、様々なシステムが用いられている。技能の習得と成果との関係を把握し、従業員を企業経営へ関与させ、多様な労働力を確保することがその目的とされている。報酬システムは個人の成果と給与、組織の成果と給与を結び付けている。様々な支援があり安全な仕事環境を提供すれば、必要な従業員を呼び寄せ、留まらせることができる。

(1)成果と技能に直結した報酬

 ハイ・パフォーマンス企業は、個人やチームや企業の成果に応じた報酬システムを構築することにより、従業員の長期的コミットメントを獲得している。また経営陣の報酬を企業の長期目標に直結させることにより、経営陣が株主の関心によりよく対応するようにする。ゲインシェアリング制度、従業員持株制度、利益分配制度、チーム・ベースの給与、技能をベースとした給与などは、いずれも従業員の報酬システムを構成するものである。新しい技能を身に付けた従業員に支払われる技能をベースとした給与は継続的な学習を促し、利益の共有は個人の努力と企業方針との結びつきを明確にする。チームの成果に応じた個人への報酬は、チームやプロジェクトの成功に対するコミットメントを高める。
 他のハイ・パフォーマンスの為の戦略と同様に、インセンティブを取り入れた報酬システムは、権限や責任を従業員に与え、インボルブメントを高めるプログラムと結びつけて適用されたときに、最も効果的に機能し、企業パフォーマンスを向上させる。

【実証研究】
 27の計量経済学の研究を対象とした1994年のレビューでは、生産性は成果に直結させた報酬との間に正の相関があることが全ての研究において見出されている。従業員1人あたりの付加価値や売上で計測したところ、利益分配制の活用は概ね3.5~5パーセント生産性を向上させていた。中小企業の場合、生産性の向上は11パーセントを超えている。

  引用:Kruse, Douglas.(1994) Profit Sharing:Does It Make A Difference? Kalamazoo: Upjohn Institute.

【実例:Cin-Made社】
 1985年、Cin-MadeとUnited Paperworkers International Unionは、シンシナチに本拠をおく小さなパッケージング会社に、利益分配制と、知識をベースとした給与体系を導入した。契約賃金は1984年レベルで固定化され、技能が新たなレベルに達した時に昇給するシステムとなった。また、税引き前営業利益のうち18パーセントが組合メンバーに分配され、ボーナスは労働時間を基に決められた。その後、固定賃金分は支払総額の1パーセントまで下げられた。Cin-Madeの利益分配型ボーナスは、過去3年間の平均で基本給の36パーセントである。その結果、売上は1985年の従業員1人あたり4万1千ドルから、1992年の10万3千ドルへと上昇した。

【チェックリスト】

□ インセンティブ・システムとして、従業員に報いる方法が組み込まれているか?
□ 従業員やチームは、製品や仕事のプロセスの改善を行うことで金銭的な報酬を受けているか?
□ 個人の給与は、どんな方法で個人の業績と企業の業績双方にリンクしているか?
□ 役員や管理職の給与は企業あるいは事業部門の業績に連動しているか?

(2)雇用の保障

 経済状況が変化するにつれ、終身雇用に変化がおとずれている。経費削減を行う企業が増えるにつれ、近年急速にダウンサイジングが進んでいる。一時解雇された従業員が元の企業に再雇用される可能性も低い。
 ダウンサイジングが期待どおりの結果を生まないということを明らかにする研究もあり、実際、生産性と利益の低下につながることが多い。またダウンサイジングは解雇されなかった従業員のモラールと生産性を低めている。レイオフに脅かされた従業員は、改善すれば効率化が進み、自らを追いやるはめになるのではないかという不安をもっている。それが改善や提案への意欲を低下させることになる。
 ハイ・パフォーマンス企業は従業員を主要な投資対象と考えるため、レイオフはやむを得ない場合のみの最終手段であると考えており、雇用の保障を明言している。レイオフは一切行わない方針を採っている企業もある。低調な期間中、従業員の教育訓練を行ったり、社内の別の仕事に配置替えする企業もある。あるいは、失業を避ける手段として従業員オーナーシップ制に頼る企業もある。
 ハイ・パフォーマンス企業は、パートタイム、契約社員、臨時雇用、ワークシェアリングといった様々な雇用形態によって調整を行うことで、業績低迷に対処している。企業が雇用の保障という方針を堅持すれば、従業員は柔軟性とコミットメントを高める。
 常に変化する今日のビジネス環境において、従業員の雇用を別の形で守っているのが、高レベルの教育訓練と技能開発である。高度な技能により、従業員の企業に対する価値が高まり、レイオフの可能性を低める。もしレイオフの対象となったとしても、幅広い技能があれば、新しい仕事をすぐに見つけることが出来る。
 ハイ・パフォーマンス企業では、レイオフを避けられない場合、従業員に事前に通知し、解雇手当を支払い、再就職の世話をしている。失業中の補償をする特別基金を設置したり、在職期間に応じた手当てを支払うこともよく行われる。

【実証研究】
 1991年に行われたある研究では、雇用保障の方針を採るとレイオフや再雇用の費用が不要となる為、製造コストの引き下げが可能なことが見出された。また、雇用が保障されると、従業員のモチベーション、柔軟性、忠誠心が高まり、生産性の向上に大きく貢献することが示されている。

  引用:Atchison, T. J.(1991年11月)“The Employment Relationship:Un-tied or Re-tied?”. The Executive. pp.52-62.

 1993年に行われた調査では、1988年以降ダウンサイジングした組織のうち、業務利益が増大した組織が半数に満たないこと、従業員の生産性が向上したと回答した企業は全体の3分の1にすぎなかったことが示されている。

  引用:American Management Association Research Reports.(1993) AMA Survey on Downsizing and Assistance to Displaced Workers. Ed. By Eric Rolfe Greenberg. American Management Association.

【実例:NYNEXとRhino Foods, Inc.】
 NYNEX社はニューヨーク及びニューイングランド地域の電話会社である。同社はCommunications Workers of Americaに対して契約期限の2年も前から次期契約の交渉を行った。NYNEX社では全部で1万6,500名の人員削減を行う必要があったが、その一環である8,000人の解雇に対する対応策であった。同社はまた、残った従業員の技能向上も目指していた。NYNEXによる早期退職のインセンティブの内容は、年齢と勤続年数に応じて恩典を与えることと、62歳まで年金の援助を行うこと、健康管理費用の全額負担を継続するというものであった。
 新契約のもと、残った若い世代のNYNEXの従業員は、ニューヨーク州立大学からテレコミュニケーション技術の準学士号を得ている。従業員は週4日働いて週1日大学に通うが、週5日分の給与を受ける。そして単位を取得すると、「上級技術者」手当が支給される。この週4日の勤務体制が効果的に働いて解雇のペースは抑制され、残った人員の雇用が維持された。
 準学士号は、NYNEXでの採用の新しい基準になる。そして多様で高度な技術的専門性が従業員に求められるようになる。変化の激しい業界にあるNYNEX社とCWAの長期目標は、従業員の教育レベルを向上させ、雇用を保障することである。

 Rhino Foodsはバーモント州バーリントンにある、従業員55名の高級デザート製造業者である。同社もまた雇用の保障について、よい事例を提供している。1993年春、従業員主導による生産性向上プログラムが効率を高めたことに加え、受注が予測外に落ち込んだ為、雇用が危機に陥った。レイオフを実施することを嫌った社長は、この問題を従業員全員に投げかけ、打開策を検討するため人員を募った。募集に対し、26名の従業員が名乗りを上げ、10項目の戦略案が作成された。その第一の解決策は、臨時に労働力を必要としている他社との間で、従業員交換プログラムを実施することであった。この結果、RhinoはBen and Jerry'sと地元の園芸用品製造業者に、従業員を契約社員として送り込んだ。1か月後、従業員たちは新しい技能と有益な実務経験を身につけ、さらに会社に対するコミットメントを強めて戻ってきた。このコミットメントは現在ではRhino社の全従業員に波及している。

【チェックリスト】

□ 従業員の解雇を防止、または最低限に抑えるため、包括的な雇用戦略や方針があるか?
□ 解雇を行った場合、解雇された従業員が新しい仕事を見つける支援を積極的に行っているか?それをどのように行っているか?
□ 従業員の提案により生産性が向上しても、それが人員削減に結びつかないことが明文化されているか?

(3)様々な支援

 ハイ・パフォーマンス企業は、安全で支援的な仕事環境が従業員の生産性とコミットメントにとって重要であることを認識している。こうした組織では、仕事と家庭生活間のバランスを様々に支援する方針が優先的に取り入れられている。
 緊迫した経済環境にある今日、従業員の家庭生活に対する支援や生活の質を尊重する方針をもつ企業は、競争の上で有利である。有能でコミットメントの強い、生産性の高い従業員を引き寄せ、留まらせることができるからである。こうした企業が通常取り入れる方針やプログラムは、フィットネス、健康、安全を促進するものである。勤務時間や勤務日のフレックス制を導入したり、身体に障害のある従業員のための設備を整備したり、育児施設を設置している。女性や少数民族に対するグラスシーリングを取り除き、差別をなくすようにしている。

【実証研究】
 Johnson & Johnsonの家庭生活に対する支援を検討した1993年の研究では、同支援の導入前後の管理職や従業員の態度を比較している。その結果、管理職の支援的な態度が高まり、生産性のあらゆる側面にプラスの効果があったことが見出されている。

  引用:Families and Work Institute, (1993)An Evaluation of Johnson & Johnson's Work-Family Initiative

 1966~1981年のフォーチュン100社リストに上がった企業のうち60社を対象に調査したところ、会社が従業員の福祉や作業条件に高い関心を抱いていると従業員がみなしている場合、そうでないとみている場合に比べ、企業の収益性が高かった(資産に対する5年間の平均収益を計測)。

  引用:Hansen, Gary S. & Birger Wernerfelt. (1989) Determinants of Firm Performance: Relative Importance of Economic and Organizational Factors, Strategic Journal of Management. Vol.10. 399-411

【実例:Fel-Pro, Inc.】
 Fel-Pro社はシカゴにある自動車の下地塗料製造業者である。家族経営のこの会社は、品質と従業員の家庭支援の双方を重視していることを誇りとしている。同社は、従業員参画、品質改善のための教育訓練、小集団での問題解決、提案制度など、ハイ・パフォーマンスを目的とする様々な活動を行う一方、配慮した福利厚生のプログラムをあわせもっている。この従業員の為のプログラムと、それを成功の秘訣とする信念によって、Fel-Proは全米で有名になった。
 Fel-Proの仕事と家庭支援プログラムには、保育設備や老人介護設備の職場への設置や、委託サービス、子供の医療ケア、救急治療サービス、教育への補助金や子女の為の奨学金、カウンセリング・サービス、健康プログラム、フィットネス、減量プログラム、麻薬やアルコール依存症の治療プログラムなどがある。同社の福利厚生対策すべてにかかる費用は、従業員1人あたり年間約700ドルに達する。
 シカゴ大学による最近の研究では、会社の恩恵を最大限に活用しているFel-Proの従業員は、最も生産性が高く、コミットメントが高いことが示されている。

【チェックリスト】

□ 有能な従業員を引きつけ、留めているか? 年間の退職率はどのくらいか? 従業員が会社を辞める理由は何か?
□ 従業員のモラールとコミットメント向上を奨励するための方針やプログラムはあるか? 従業員のモラールに問題があるか否かを素早くシステマチックに捉えるためにどんな対策を用いているか?
□ 健康や安全に関する方針やプログラムの企画、実施に関して、従業員を積極的に関与させているか?
□ 事故発生率は業界の標準を下回っているか?
□ フレックスタイム制度や子供の保育、老人介護など、従業員の家庭を支援しているか?
□ 多様な従業員を積極的に採用し、教育訓練を行い、長い期間雇用し、昇進させているか?


IV.すべてを総合して

 成功を収めている企業では、ハイ・パフォーマンスを目指す雇用管理が、組織戦略として組み込まれている。それらの戦略は基本的にはビジネス戦略に統合されている。例えば、単独で新しい教育訓練プログラムを導入したとしても、同時に情報の共有化やフラット化、新しい報酬システムが行われなければ、確実な成果は得られない。それは総合的なアプローチによってのみ可能となる。各戦略は相互に補完し合っており、組織変革として体系的に実施された時に、最もその効果が発揮される。
 ハイ・パフォーマンス企業は雇用管理戦略を寄せ集めるだけでなく、更に一歩進んでそれを統合している。品質向上プログラム、顧客サービス、R & D、製品開発、新技術導入、マーケティングといったビジネス上の優先事項と結びつけている。
 すべてを統合的に行う企業は、顧客サービスと品質を改善するためには、従業員が最善の立場にあることを認識しており、技術の導入や企画を決定する際に従業員や組合を参加させている。新しい機械により従業員を代替するのではなく、従業員が新しい技術を活用・工夫する為の教育訓練を施している。つまり雇用管理の理念をシステムの一環と捉える企業は、利益や品質、顧客満足と同時に従業員のコミットメントも高めている。

【実証研究】
 鉄鋼業界を対象に調査したところ、課題解決チーム、利益分配制、教育訓練、雇用保障などの施策を含むシステムを有する場合、最終工程の生産性と生産品の品質が向上することが見出された。このような革新的なワークシステムを導入している仕上げラインでは、98パーセントが予定通り進行したのに対して、1つか2つの戦略のみを用いたラインでは88パーセントしか予定通り進まなかった。各戦略は個別に生産性向上と相関していたものの、システム全体を変えることなく個別に戦略を導入した場合は、生産性に有意な影響は見られなかった。

  引用:Ichiniowski, Casey, Kathrin Shaw, & Giovanna Prennushi. (June 10,1993) The Effects of Human Resource management Practices on Productivity. Mimeograph, Columbia University.

 特定の専門分野でのみ優れている企業もあるが、特に優れた企業は経営戦略が広範にわたって勝る傾向にある。フォーチュン誌の人気企業調査との関係を検討した研究では、従業員を尊重する企業では、健全な経営、製品の品質、イノベーションなど、他の項目も重視していることが見出された。また従業員に対して配慮している企業は、長期的に業績を測定した重点項目に於いても高得点を示したとされている。

  引用:Gordon Group, Inc.(May 30, 1994)High-Performance Workplaces: Implications for Investment Research and Active Investing Strategies. Report to the California Public Employees' Retirement System.

【実例:Southwest航空】
 Southwest航空は自社の企業文化により成功をおさめたと考えている。同社は、同社の従業員と社員の生活を支援する職場風土が、高レベルの顧客サービス、コスト管理、効率を達成する主要な要因であると確信している。この戦略によってSouthwest社は、航空業界中最大級の利益を上げる企業となっている。
 Southwest航空では、技術に関わる教育訓練が新入社員全員に対して実施され、その期間は2~6週間である。新入社員の教育訓練費は全額会社が負担し、教育期間を修了したときに雇用を保障している。そして従業員全員がパイロットも含め、顧客応対のコースを毎年受けることになっている。University for Peopleというプログラムでは、従業員と管理職を対象に多くの専門コースが設けられている。小集団活動、パフォーマンス評価、ストレス・マネジメント、安全、キャリア開発などである。University for Peopleでは、新入社員歓迎式典として企業の沿革、企業文化、職場慣行に関する1日のコースが用意されている。この他、リーダーシップ開発のコースが6つ、非財務部門従業員を対象とした財務用語理解のためのコースもある。
 Southwest航空は、航空業界で初めて利益分配制を行った企業でもある。同社は、社内報、週間報告書、季刊ニュースビデオなどにより、財務状況や業績に関する情報を従業員に伝えている。従業員は、従業員/管理職合同委員会をはじめとする数々の委員会を通じて、意志決定に参画している。合同委員会では、福利厚生計画の改定から新しいユニフォームの選択まで、広範な問題について決定を行っている。
 同社は、労働者側と経営側の協力的な関係でも有名である。労働問題を扱う正式な部門はなく、労働側の代表が部門統括副社長に直接働きかける。Southwest航空は労働組合員から、模範的な雇用主の手本と評されており、組合とのチームワークによって職場環境から厳格な規則を一掃することができた。その結果、Southwestではゲートで飛行機の向きを変えることが通常15~20分間でできるようになった。多くの航空会社ではこれに1時間も費やしている。
 Southwestの統合的な戦略は成果を上げ、過去2年連続で、米国運輸省の「三冠」を授賞した。運行時間が最も正確で、預けた荷物の処理が最も優れ、顧客満足度が最も高いことが評されたのである。年間離職率はわずか3~4パーセントであり、米国では就職先として人気ベスト10に入っている。そしてSouthwest航空は、従業員と乗客双方に対して高レベルの安全を推進しており、これまでに一度も大きな事故を引き起こしたことのない唯一の航空会社でもある。
 同社のハイ・パフォーマンスのための戦略は利益面でも成果を上げている。1972~1992年の株式は最も高い収益率(21,775パーセント)を記録した。また1992年には米国航空会社として唯一経常利益を上げ、純利益でも過去3年連続業界一位であった。

【チェックリスト】

□ 人的資源に関する施策や雇用管理を、他の重要な経営戦略と十分に統合しているか?
□ 改革と継続的な改善のための努力は、教育訓練、組織、従業員参画、選択的報酬プログラムと整合性がとれているか?
□ 従業員は新しい技術の導入に関与しているか? そして常に技術を自ら変更できるか(例えば、機械のプログラムを変更したり、ワープロのマクロ命令を書く等)? 従業員は、新技術を効果的に活用するために適切な教育・訓練を受けているか?

3. On a new pattern of employees' relationships with organizations

Satoshi Kinoshita - Rep. of Management Development Center
Shinsaku Matsumoto - Senior Researcher of Japan Institute of Labor

Abstract

   In the changing business environments, in which many companies have compelled to do downsizing with business restructuring, employees' attitudes toward and relationships with the company have been greatly changed.
   In this study, while using employees' self-evaluation of their-own productivity level as a productivity index, we assumed that employees' commitment to their present job areas coupled with a perspective of their future career growth will have influence upon their work motivation and resultant productivity. And also, especially in the small company, employees' positive identification with the business management will be influent upon their work behavior and productivity.
   In order to test the above assumptions, we identified the following three aspects of employees' attitudes toward and commitments to the company, 1) job & career commitment aspect in terms of each employee's commitment to the present specialist area, 2) employees-management relational aspect (management commitment aspect) depicting the employees' attitudes toward the business management, and 3) organizational commitment aspect in terms of each employee's intention to continuously work for the company. These aspects were measured by the questionnaire survey. In the same questionnaire, we also used questions regarding employees' morale-related variables and management practices variables to investigate what variables antecedently have influence upon and correlate with each of the above employees' attitude and commitments.
   Since Nov. 1999, Japan Institute of Labor has conducted the survey, into which 7,936 employees participated from 36 companies and the public school and the local government office.
   The results showed that, while all three attitudinal aspects depicting employees' relationships with the company was correlated with their perception of own-productivity level, there was differences in the the effects of variables related to employees' morale and management practices, which were expected to have positive influences upon each of employees' attitudinal aspects. Job & career commitment aspect was mainly influenced by job contents resulted in increasing a sense of job accomplishment, organizational commitments aspect was reinforced by such morale-related variables as job accomplishment, relation with the manager and peer relations, and employees-the management relation aspect was mainly influenced by management practices variables such as innovative organization climate, equitable personnel practices and training practices focused upon the individual employee training need.

1. Introduction
 The unemployment ratio was still being at 5.4% level, and the jobless were counted up to about 3.85 million. This trend continues to worsen, considering that most companies are required to restructure and downsize the organization, due to bankrupts, withdrawal from unprofitable business, reduction of personnel cost amount for operating profit up, and cutting of surplus manpower to pursuit for synergy effect with M&A, and so forth. Under such business environments, most companies have tried to revise HRM plans and programs, in order to go out of